どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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ついに大樹たちの最終決戦です。

続きをどうぞ。



九校戦 Final Stage

私には一人の姉がいた。

 

 

 

成績は優秀、八方美人で男子にモテている完璧な女の子だった。

 

 

 

いつも私に優しく接してくれる姉。

 

 

 

しかし、

 

 

 

「あなたに姉はいないわ」

 

 

 

この女の冷たい一言。そう言われて気付いた。

 

 

 

この女は、私の姉を認めない最低な人だと。

 

 

 

________________________

 

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

音速で空を飛行する直立戦車Ω(オメガ)は装甲に取りつけられたガトリングガンを達也と原田に向かって乱射する。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、一機の直立戦車Ωの胴体に大きな穴が空いた。

 

それはマッハ500で飛翔し、原田の蹴りで空けた穴だ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

機体は爆発し、墜落する。

 

しかし、機械の破片の中にあるコードがウネウネと動き、他の破損した部品と繋がっていく。直立戦車Ωに備わった自己再生だ。

 

 

フォン!!

 

 

だが、次の瞬間には壊れた機械の破片は全て消滅した。

 

達也の分解魔法【マテリアル・バースト】。右手に持った拳銃型CADを直立戦車Ωに向けて発動していた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

直立戦車Ωの装甲から大きなミサイルが達也に向かって放たれた。

 

爆発すれば高層ビルを簡単に破壊できる威力を秘めたミサイルが達也の目の前まで迫るが、

 

 

フォン!!

 

 

達也は左手に持った拳銃型CADでミサイルを消滅させた。ミサイルの部品の小さなネジ一つ残らなかった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、直立戦車Ωが恐ろしいスピードで達也の背後に降り立つ。

 

達也の背後を取り、巨大な拳を達也に振り下ろした。

 

 

ガンッ!!

 

 

「ハッ、遅ぇよッ!!」

 

 

しかし、直立戦車Ωの拳はマッハで戻って来た原田の両手で持った短剣で受け止めていた。

 

原田は直立戦車Ωの拳を弾き飛ばし、後ろに突き飛ばす。

 

 

フォン!!

 

 

達也はすかさず魔法を発動し、突き飛ばされた直立戦車Ωを消滅させる。

 

 

「あと8機か……地味にキツイな」

 

 

「俺たちの動きを分析している。はやく終わらせた方がいいな」

 

 

原田と達也は背中を合わせ、会話する。

 

二人は役割を分担したおかげで直立戦車との戦いは困難ではなかった。

 

原田が敵の動きを止め、達也に反応できない攻撃を受け止める。逆に達也は原田が動きを止めた直立戦車Ωを消滅させ、ミサイルなどの大きな被害が出る攻撃を防御していた。

 

 

(これが大樹が認めた男の力か……)

 

 

目で追いつけない速度。人間離れした力。見たこと無い異能。

 

全てが大樹と同じように謎に包まれた男。これが達也から見た印象だった。

 

 

「というか……ガルペスはどこに行きやがった!?」

 

 

「『面白いデータが取れそうだ』って言って消えたぞ」

 

 

「チッ、次は絶対に殺してやる」

 

 

鋭い目つきになった原田は短剣を構える。

 

 

「……大樹は大丈夫と思うか?」

 

 

「どうした達也?アイツのことが心配か?」

 

 

「……前にアイツは自分で俺は弱いって言ったんだ」

 

 

「……達也。実はアイツは木下と黒ウサギだけが大切な人じゃないんだ」

 

 

原田の声は小さかった。達也は拳銃型CADの銃口を空を飛行する直立戦車Ωに向けながら聞く。

 

 

「他にも二人……大切な人がいるんだ」

 

 

「……どうしたんだ?」

 

 

「……正直言って、危険な状態だと思う」

 

 

「ッ……」

 

 

その言葉に達也は唇を噛んだ。原田は続けて話す。

 

 

「アイツは……みんなを救うまで自分を責め続ける。本当に優しい奴だ」

 

 

原田は目を細める。

 

 

「最後の希望を託すのに……相応しい人だ」

 

 

その言葉だけ、達也には理解できなかった。何が言いたかったのか分からなかった。

 

 

「だから……俺はアイツを信頼しているんだ」

 

 

その瞬間、原田は動き出した。

 

マッハ500で飛翔し、次々と直立戦車Ωを短剣で切り裂き、蹴り飛ばす。敵は地面に叩きつけられる。

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

蹴った力を利用して、同時に次々と他の直立戦車Ωを切り裂き、地面に叩き落とす。

 

空高く舞い上がった原田は紅く光る短剣を振り下ろす。

 

 

「【慈雨(じう)天輝(あまてる)】」

 

 

空に無数の黒い亀裂が出現する。

 

黒い亀裂から赤い光が輝き、地面に向かって紅い閃光が降り注いだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

直立戦車Ωが避ける隙間が存在しない。雨のように降り注いだ。地面に落ちた直立戦車Ωが爆発する。

 

 

フォン!!

 

 

達也が居る場所は一つも降り注がれていない。達也は冷静に粉々になった機械部品を消滅させる。

 

 

ダンッ

 

 

原田が綺麗に両足で着地する。達也の方を振り返り、口元に笑みを浮かべて告げる。

 

 

「いつか……アイツの背負っている重い荷物を減らすために、俺は戦う」

 

 

________________________

 

 

 

誰も見てくれない。

 

 

 

あの女だけじゃない。みんな私の自慢の姉を否定する。

 

 

 

それは嫉妬なのか?

 

それは憎しみなのか?

 

それは恐怖なのか?

 

 

 

どうして姉を拒絶するか分からない。何も分からない。

 

 

 

味方がいない。いや、味方なんていらない。

 

 

 

私はお姉ちゃんがいるだけでいい。

 

 

 

それ以外は、私の敵だ。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「【ソード・ダブル】」

 

 

銀色の翼を羽ばたかせて宙に浮いたセネスがそう呟いた瞬間、右横に銀色の剣が二つ出現した。

 

そして、剣先は俺に向けられ高速で飛んで来る。

 

 

「チッ!」

 

 

舌打ちをして、俺は横に飛んでかわす。

 

 

ドゴッ!!

 

 

しかし、地面からドリル状になった水が勢い良く吹き出し、俺の右腹を掠めた。

 

 

(痛ぇッ……!)

 

 

それでも俺は右腹を抑えながら走り逃げ続ける。そのせいで赤い液体は止まるどころか余計に出ていが、気にしていられない。

 

 

「【ランス】」

 

 

セネスの一言が耳に聞こえた瞬間、俺は真上に飛んだ。

 

 

ドゴッ!!

 

 

先程、俺のいた場所の地面に巨大なランスが突き刺さり、地面にクレーターができた。

 

 

「隙だらけッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

いつの間にか空中でセネスに背後を取られた。セネスが右手に持った片手剣が俺の頭に向かって振り下ろされる。

 

しかし、俺は体を捻らせて回避。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

そのまま体を捻らせる勢いをさらに強くして、

 

 

「【地獄巡(じごくめぐ)り】!!」

 

 

音速の領域を超えた速さで右回し蹴りを繰り出す。

 

 

ガンッ!!

 

 

だが、俺の蹴りはセネスが左手に持った真っ赤な盾によって邪魔される。

 

 

「【リフレクト】」

 

 

その時、セネスが持った真っ赤な盾が紅い閃光を放つ。その瞬間、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

右足に強い衝撃が圧し掛かり、跳ね返された。

 

その勢いで体が反対方向に回転し、とてつもない速さで落下した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

地面にぶつかり、体に痛みが襲い掛かって来る。

 

 

「かはッ……!?」

 

 

喉に血が詰まり、思わず咳き込む。

 

 

(やっぱりあの盾……俺の力を跳ね返してやがる……!)

 

 

真正面から戦うのは得策じゃない。

 

重い体をゆっくりと動かし、片膝をつく。

 

 

「……もう抵抗しないでよ」

 

 

「あぁ?」

 

 

セネスの小さな声が聞こえた。

 

銀色の翼を羽ばたかせながらゆっくりと俺の前に降りて来る。

 

 

「無理だよ。私とお姉ちゃんに何一つダメージを与えれてないじゃん」

 

 

「うるせぇよ。こっからが……」

 

 

「本番だと言うんですか?」

 

 

俺が言おうとした言葉をエレシスが先に言った。いつの間にか背後を取られている。

 

ゆっくりと振り返り、エレシスに向かって笑みを浮かべる。

 

 

「……分かってるじゃねぇか」

 

 

「分かっていないのはあなたです。無謀な戦いに挑むのは……馬鹿がやることです」

 

 

「馬鹿で上等。アホで結構。いいからその口を閉じろ」

 

 

「……では、最初にあなたの口を閉じさせていただきます」

 

 

地面から水が溢れ出し、エレシスの目の前に集まっていく。そして、巨大な水の球体が出来上がる。

 

巨大な水球は大樹に向かって飛んで行く。

 

 

「当たってたまるかッ!」

 

 

あれに当たると水の中に閉じ込められ、二度と出れなくなってしまう。俺は横に飛んでかわす。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

その時、俺の背後で炎が燃え上がる音がした。

 

振り返ると、そこにはエレシスが巨大な赤い炎を目の前に作り出し、巨大な水球に向かって放っていた。

 

巨大な炎と巨大な水球はぶつかる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「があッ!?」

 

 

その瞬間、突然爆風が吹き荒れ、全身に重い衝撃が襲い掛かる。

 

何十メートルも吹っ飛び、地面に何度も叩きつけられる。

 

 

「ごほッ……がはッ……!」

 

 

大きく咳をした後、大量の血を吐き捨てた。地面に血だまりができる。

 

 

(気付くのが遅かった……!)

 

 

今のは水蒸気爆発。水が非常に温度の高い物質。つまり炎と接触することにより気化されて発生する爆発現象だ。

 

 

(セネスが炎を使った……これで確信できたが……)

 

 

体が思うように動かない。全身の腕や足がもげていないのが不思議過ぎて恐ろしい。

 

 

「クソッ、今のやられた……さすがだな」

 

 

「……ふざけないでください」

 

 

「……………」

 

 

エレシスの声は震えていた。怒りか悲しみか。どちらかは分からない。

 

 

「楢原さん。あなたは何度骨を折られましたか?あなたは何度肉を抉られましたか?あなたは何度攻撃をくらいましたか?」

 

 

「さぁ?数えてないからわかr

 

 

 

 

 

「数え切れないほどやられているんですよッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?……お姉ちゃん?」

 

 

「……………」

 

 

エレシスの大声にセネスが驚き、俺は黙った。

 

 

「どうして……どうしてそこまで自分を傷つけれるんですか……!?」

 

 

「好きで傷ついているわけじゃねぇよ。俺だって必死にお前らを攻撃しているだろ」

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

地面からドリル状の水が吹き出し、俺の肩を貫いた。

 

 

「ぐぅッ……不意打ちかよ?」

 

 

「どこが必死ですか!?あなたの攻撃は全部跳ね返されて、何も学習していない!私には何一つ攻撃してこない!」

 

 

エレシスの言う通り、俺の攻撃は何度もセネスの盾にはじかれ、何度もエレシスの水の攻撃を食らった。

 

 

「……お前に攻撃してもダメージ入らねぇだろ。水のくせに」

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 

再び地面からドリル状の水が二つ吹き出し、俺の右腕と左の太ももを貫いた。

 

 

「ッ……!!」

 

 

あまりの痛さに声が出なかった。右手を地面について荒い呼吸になる。

 

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 

「あなたには吸血鬼の力があるせいで、この天候では明らかに不利です」

 

 

……確かにその通りだ。

 

既にローブもボロボロに破られ、ヘルメットも粉々になった。いつも以上に力を出せていない。いつもならもう倒れてしまってもおかしくないのだ。

 

雲一つ無い晴天。俺にとっては最悪だった。

 

 

「あなたは、私たちを殺せない」

 

 

「……じゃあ、俺からも、言わせて……もらうッ」

 

 

下を向いたまま、俺は問いかける。

 

 

「陽。お前は俺を殺す気がないだろ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

エレシスの顔に動揺が走った。息を飲むのも分かった。

 

 

「お前の攻撃は全部、俺の急所を外している。セネスは俺を殺そうとしているのに、お前はしていない」

 

 

「……何を言っているんですか?そんな嘘をついたところで何の意味があるのですか?」

 

 

「その言葉。そっくりそのまま返してやる」

 

 

俺の言葉にエレシスは苦悶の表情になる。それを見たセネスがおそるおそる聞く。

 

 

「……どういうことなの、お姉ちゃん?」

 

 

エレシスは何も答えられなかった。

 

 

「ぐうッ……!!」

 

 

俺は足に力を入れて立ち上がる。頭がクラクラし、全身に痛みが走るが、耐え続ける。

 

 

「お前は……何がしたい?」

 

 

俺の問いにエレシスはしばらく何も喋らなかったが、

 

 

「私は……あなたを殺したくない」

 

 

「!?」

 

 

その言葉にセネスが驚愕した。

 

 

「私は……あなたが何もかも諦めてくれれば……それで……!」

 

 

「駄目だよ、お姉ちゃんッ!!」

 

 

セネスが大声を出した。

 

 

「私はあの世界に復讐したい!あの女を許したくないッ!!」

 

 

「あの女って……母親のことか?」

 

 

「「!?」」

 

 

双子が同時に俺の方を振り向き、目を見開いて驚いていた。

 

 

「お前らの家族構成を調べさせてもらった」

 

 

「……それで、何が書いてあったの?何か分かったの、探偵さん?」

 

 

セネスの冷ややかな視線が送られるが、気にせず話し続ける。

 

 

「ああ、書いてあったよ。重要なことが」

 

 

「……やめて、ください」

 

 

エレシスの震えた声が聞こえてきた。

 

 

「いや、やめない。よく聞けよ、二人とも」

 

 

「やめてえええええェェェッ!!」

 

 

「お姉、ちゃん?」

 

 

エレシスが叫んで俺を止めようとしていた。その様子を見たセネスが目を白黒させた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

ドリル状の巨大な水がエレシスの前方に形成され、大樹に向かって放たれる。

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

右の腰に刺した一本の【鬼殺し】を硬化魔法を発動させて握る。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

ドリル状の水が横に一刀両断される。

 

水は弾け飛び、地面に落ちる。

 

 

「いやぁ……いやあああああァァァ!!!」

 

 

「セネス。いや、本名は新城(しんじょう) 奈月(なつき)

 

 

エレシスが耳を抑えて叫ぶが、俺はハッキリと告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奈月。お前に姉はいない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の言葉にセネスは何も喋らなくなった。下を向き、体を震わせていた。

 

 

「三人家族。奈月とその父と母だけだ。(ひかり)なんて名前の子供はいない」

 

 

「……お前も……!!」

 

 

セネスの銀色の翼が大きく開く。

 

 

「同じことをッ!!!」

 

 

怒りの表情で叫び、俺との距離を一瞬で詰めた。

 

 

ザンッ!!

 

 

片手剣が俺の左肩にめり込み、そのまま力を入れる。俺は右手に持った剣。硬化魔法を発動させた【鬼殺し】で何とか受け止めて、これ以上肩に剣が入らないようにしていたが、

 

 

「お前も……あの女と同じッ!!アイツらと同じッ!!」

 

 

「ぐぅ、があああああァァァ!?」

 

 

段々と押されていき、肩に剣がめり込んでしまう。とてつもない痛みが襲い掛かり、叫び声を上げてしまう。

 

 

「【アックス】ッ!!」

 

 

巨大なオノが俺の頭上に出現し、

 

 

ザンッ!!

 

 

右肩に向かって、振り下ろされた。

 

 

ドシュッ!!

 

 

 

 

 

俺の右腕が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

肩から切断されており、血が噴き出す。痛みより驚きが強過ぎて、痛みを感じなかった。

 

 

ドシュッ!!

 

 

受け止めていた右手の剣が無くなった瞬間、セネスの持った片手剣が俺の左肩を大きく引き裂き、胸まで抉った。

 

骨を折られ、心臓まで斬られた。

 

 

「がはッ……」

 

 

ドサッ

 

 

血を吐き出し、そのまま前に倒れる。

 

力を入れて立とうとしても、力が入らず立てなかった。

 

何も喋ることができない。ただ体の中にある血が流れ出している。

 

 

「お前も……同じッ!」

 

 

「やめて、奈月」

 

 

とどめを刺そうとしたセネスをエレシスが腕を掴んで止める。

 

 

「お姉ちゃんッ!!」

 

 

「私は……この人を死なせたくない」

 

 

「でも!このままだと、あの世界に行けない!!」

 

 

「大丈夫。他の条件もあるから」

 

 

「他の……条件……?」

 

 

セネスは少しだけ冷静になり、剣を振り下ろすのをやめる。

 

エレシスが手を横に振るうと、三人を囲んでいた水の壁が消えた。

 

 

「あとは……お姉ちゃんに任せて」

 

 

「……………うん」

 

 

セネスはエレシスに抱き付き、落ち着きを取り戻した。

 

 

ガシッ

 

 

その時、エレシスの足が掴まれた。赤い液体がべっとりっと付く。

 

 

「な、に……を………する、気だ……ッ!!」

 

 

大樹は力を振り絞って、左手でエレシスの足を掴んでいた。いつ死んでもおかしくない状態なのに、彼はまだ動いていた。

 

 

「もうすぐです。これであなたを殺さずに済む」

 

 

エレシスが手に持った【三又(みまた)(ほこ)】を構える。

 

 

 

 

 

「楢原君ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

今、絶対に聞きたくない声を聞いてしまった。

 

 

(来るな……頼むから……!!)

 

 

「あの人を殺せば……あなたを殺さずに済む」

 

 

「や、めろ……!!」

 

 

エレシスの視線の先。

 

 

 

 

 

優子がこちらに向かって走って来ていた。

 

 

 

 

 

「頼む……もう、やめて……くれ……!!」

 

 

命懸けの懇願はエレシスに届かない。

 

二本の矛が、優子に向かって投げられた。

 

 

________________________

 

 

 

10歳になったころ、私はいじめられていた。

 

 

 

「コイツ、また変なことを言っているぞ!」

 

 

 

一人の男の子がそう言うと、私に向かって石が投げられた。

 

 

 

一つじゃない。たくさんの石が体に当たった。

 

 

 

男の子だけじゃない。他のみんなも一緒に私に向かって石を投げていた。

 

 

 

痛い。

 

 

 

腕は傷だらけになり、足は痛くて立てない。

 

 

 

逃げたい。

 

 

 

でも、逃げれない。

 

 

 

「お姉ちゃん……!」

 

 

 

小さな声で助けを求めた。涙が目にいっぱい溜まる。

 

 

 

自分が弱い事に。

 

 

 

姉を頼らないと、生きていけない自分に。

 

 

 

「奈月ッ!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

気が付けばお姉ちゃんが私の両肩を掴んでいた。

 

 

 

「ごめんなさい!遅くなって……本当にごめんなさい!」

 

 

 

「ううん……お姉、ちゃんが……来てくれただけで……私……!」

 

 

 

私は姉に抱き付き、大泣きした。

 

 

 

________________________

 

 

 

【優子視点】

 

 

水の壁が消えた瞬間、アタシは一目散に走り出した。

 

 

 

 

 

 

右腕が無くなった血だらけの楢原君を見たせいで。

 

 

 

 

 

会場が騒ぎ出すが気にしていられない。とにかく楢原君に会いに行かなければならない。その使命感がアタシの足を動かした。

 

 

「楢原君ッ!!!」

 

 

彼の名前を呼ぶが、返事がない。それほど弱っていることが明白である。

 

とにかく走り続けた。

 

手遅れになる前に。後悔する前に。

 

失ってしまう前に。

 

 

「え?」

 

 

その時、アタシの目の前に何かが飛んで来た。

 

 

ドサッ!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

何かとぶつかり、アタシは後ろに倒れてしまう。

 

 

ドスッ

 

 

何の音か分からなかった。ただ、アタシの目の前に誰かが立っていることが分かった。

 

 

「ッ!?」

 

 

目を疑った。

 

 

片腕を失った楢原君がそこに立っていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一本の槍が楢原君の体を貫通して刺さっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはッ……!」

 

 

もう一本は左手で掴んでいるが、もう一本は胸を貫いている。

 

 

「嘘よ……そんな……!」

 

 

楢原君は前から倒れ、アタシは地面に倒れる前に抱き留める。

 

生暖かい大量の血が服や肌に付く。そのせいでパニックに陥ってしまった。

 

 

「ねぇ起きてよ……起きてよッ!?」

 

 

彼の体を起こし、揺さぶるが全く動かない。血が多く流れ出すだけだ。

 

 

「そうだ……持ってきたよ!これ、必要なんでしょ!?」

 

 

ギフトカードを楢原君の体に当てるが、何も反応しない。血がカードに付くだけだ。

 

 

「お願い……あの時みたいに私を護ってよ……!」

 

 

信じたくなかった。

 

 

「動いてよ……ねぇッ!!」

 

 

息をしていないことに。

 

 

「目を覚ましてッ!!」

 

 

 

 

 

そして、心臓の鼓動が止まっていることに。

 

 

 

 

 

「そんな……あの体で……動けるはずが……!?」

 

 

ドサッ

 

 

顔を真っ青にしたエレシスが膝をつく。彼女もこの展開は信じられなかった。

 

 

パサッ

 

 

その時、大樹の胸から一枚の紙がヒラヒラと落ちる。

 

 

「呪符……!?」

 

 

エレシスが呟く。セネスの最後の一撃は呪符によって緩和されていた。

 

その呪符が幹比古がくれたモノ。お守りとして持たせていたモノだった。

 

しかし、エレシスの攻撃で全てが無意味となってしまった。いや、大樹は呪符のおかげで優子を守れてよかったと思っているに違いない。

 

 

「……無いよ……こんなの無いよッ……!」

 

 

優子の綺麗な瞳から涙が溢れ出す。

 

 

「アタシを護るのに……死んでしまうなんて……許さないんだからぁ……!」

 

 

涙が零れ落ち、大樹の顔に落ちるが、彼の目は開かれない。

 

 

「黒ウサギから楢原君のこと……せっかくいろいろと聞いたのに……!」

 

 

自分の手で大樹の顔に付いた血を拭きとる。

 

 

「こんなの……酷いよッ!!」

 

 

ついに優子は泣き崩れ、大樹に抱き付いた。

 

 

「……ゆぅ……こぉ……!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

小さな声。耳を澄ませないと聞こえない程の声が聞こえた。

 

優子はハッとなり、すぐに大樹に返事をする。

 

 

「ちゃんといるよ!ここにッ!!」

 

 

「……ぁ……に、げろ……!」

 

 

「どうすればいいの!?どうしたら助かるの!?」

 

 

優子の言葉に大樹は答えない。いや、答えられないのだ。

 

大樹の目は未だに開かないまま。もう死期がそこまで迫っているのだ。

 

 

「……そうよ」

 

 

優子は思いつく。

 

 

 

 

 

「楢原君。アタシの血を飲んで」

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

その言葉にエレシスとセネスは驚愕した。

 

黒ウサギに聞いたことの内の一つ。それは吸血鬼の力を持っていることだった。

 

楢原君がいつもフードを被っている理由が知りたかった。返って来た言葉は耳を疑ってしまうことだったが、信じれた。

 

血を飲んで回復するなんて保障はどこにもない。しかし、(わら)でもすがりたい状況だ。助けられるなら何でもよかった。

 

 

「ねぇ、回復できるなら……!」

 

 

「ぁあ……ぁ……ダメ、だッ……」

 

 

「何で!?どうして拒むの!?」

 

 

大樹の返答は拒否。その答えに納得がいかなかった。

 

 

「血を飲まれた人間は死んでしまうかもしれないからですよ」

 

 

「ッ!」

 

 

疑問に答えたのはエレシスだった。優子は大樹に抱きついたまま、警戒する。

 

 

「それに楢原さんの力は壮大です。あなたが耐えれるような力は無いし、与えれる力も無い。楢原君は十分な力を得られず、あなたは血と力を吸われ、無駄死にするだけです。諦めてください」

 

 

「……いやよ」

 

 

「え?」

 

 

優子は涙を流しながら大声で言った。

 

 

「嫌よッ!そんなの絶対に嫌ッ!楢原君が死ぬなんて絶対にあり得ないッ!」

 

 

優子は大樹が持っていた槍を奪い取り、槍先を自分の首に当てて、皮膚を切った。

 

 

ツー……

 

 

紅い血が流れ出し、下へと流れて行く。

 

 

「よく聞いて楢原君」

 

 

首をわずかに横にずらして、血を飲むことを拒む大樹に語り掛ける。

 

 

「アタシは……絶対に生きてみせる」

 

 

優子は大樹の手を強く握り、首を大樹の口に近づける。

 

 

「だから……楢原君も生きて、約束を守り果たして」

 

 

優子は告げる。

 

 

 

 

 

「お願いッ!アタシの前からいなくならないでッ!!」

 

 

 

 

 

その叫び声は大樹の耳に届いた。

 

優子の首の傷口が大樹の唇に当たる。

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、危険を感じたエレシスが動いた。ドリル状の水が何十本も空中に形成され、大樹と優子に向かって放たれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

大量の水が舞い上がり、巨大な水柱が巻き上がる。

 

 

「……お姉ちゃん」

 

 

「……仕方なかった。どちらか生きる選択は……なかった」

 

 

またエレシスの膝が崩れ落ち、尻餅をつく。セネスはそれを見ることしかできなかった。

 

上からの命令はどちらかを殺すこと。そんなの……最初は選べなかった。

 

しかし、エレシスは大樹のことが優子よりも大切だと判断し、優子を殺すことにした。

 

結果は最悪。どちらとも殺してしまった。

 

 

「私を……私たちを救ってくれる人はいなかった……」

 

 

絶望するしかないこの状況。後悔の強さに涙が出そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら俺が、お前らを救ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

聞こえてきた声に二人は驚き、耳を疑った。

 

 

ゴオッ!!

 

 

巨大な水柱は黒く染まり、吹き飛ばされた。

 

 

「お前ら二人を救ってやる」

 

 

 

 

 

そこには優子をお姫様抱っこした大樹が立っていた。

 

 

 

 

 

 

大樹の斬られた右腕は元に戻っており、傷一つ無い。

 

右目だけではなく、左目も紅くなっていた。口元には血が付いており、優子の血を吸ったことを物語っている。

 

 

 

 

 

一番変わったことは、背中からは4枚の黒い光の翼が大きく広がっていた。

 

 

 

 

 

「もう一度言うぞ」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

黒い翼を大きく羽ばたかせ、風を巻き起こす。

 

 

「ここからが、本番だ」

 

 

________________________

 

 

 

「お姉ちゃんッ!」

 

 

 

私は燃え盛る火の中を彷徨っていた。

 

 

 

たった一人の姉を探すために。

 

 

 

「奈月……」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

振り返ると、そこには母がいた。

 

 

 

「どこよッ!お姉ちゃんをどこにやったの!?」

 

 

 

「まだ……まだ言うのね……」

 

 

 

母は悲しそうな目をしていた。いや、私を哀れんでいた。

 

 

 

 

 

「……あなたの姉は、私が殺したわ」

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「もうこの世にはいないの。だから、どこかに行きなさい」

 

 

 

嘘だ……。

 

 

 

「何で……何で……!?」

 

 

 

あんなに優しかった母が……信じられない。

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

ドンッ

 

 

 

「あ……!」

 

 

 

母に突き飛ばされ、私は身を投げ出された。

 

 

 

ここは3階だということを忘れていた。

 

 

 

ガシャンッ!!

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 

重い衝撃が背中に伝わる。口から酸素が一気に吐き出てしまい、その場で咳き込んだ。

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

「!?」

 

 

 

その時、私が落とされた場所から火がさらに燃え上がり、爆発した。

 

 

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃああああああんッ!!!」

 

 

 

この日、私の姉と母を同時に失った。

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

優子の血を吸い、俺は吸血鬼のさらなる力を手に入れれた。

 

太陽の光なんか全く効かない。久々に太陽と真正面から見れた。

 

 

「ありがとう優子。もう休んでいてくれ」

 

 

優子は静かに寝息を立て、眠っていた。その寝顔を見て、安堵の息をつく。

 

絶対に成功しないかと思っていた。しかし、優子は約束通り生きてくれた。

 

俺もその気持ちに答えるために、吸血鬼の力を完全に支配し、力を手に入れてみせた。

 

 

「ここからは、俺が戦う番だ」

 

 

優子から貰ったこの力。絶対に負けられない。

 

 

「……【ソード・サウザンド】」

 

 

空を埋め尽くすほどの銀色の剣が、俺たちを囲んだ。剣先は俺に向けられている。

 

 

「悪いな。とりあえず優子を安全な場所に運ばせてもらうぜ」

 

 

その瞬間、全ての剣が大樹に向かって飛んで行った。

 

 

ドスッ!!ドスッ!!ドスッ!!

 

 

何百と超える剣が大樹と優子に刺さる。しかし、

 

 

バシュンッ

 

 

「「!?」」

 

 

大樹と優子は黒い霧になり、散布した。

 

 

「偽物!?ど、どこに行ったの!?」

 

 

セネスが辺りを見渡し、急いで大樹を探す。

 

 

「……いつの間にッ」

 

 

先にエレシスが大樹の姿を見つけた。

 

大樹は会場に降り立ち、優子を第一高校の生徒に任せていた。観客の目なんか全く気にしていなかった。

 

そして、大樹は翼を使って飛翔し、こちらまで飛んで戻って来る。

 

 

「待たせたな」

 

 

クロムイエローのギフトカードを左手に持ち、光らせる。右手に【(まも)(ひめ)】が姿を見せ、鞘から引き抜いた。

 

蒼い炎が燃え上がり、刃を造り上げる。

 

 

「ッ……!」

 

 

俺は唇を強く噛み、血を流す。

 

左手の親指で血を拭き取り、その血を【護り姫】の刀身にべったりっとつける。

 

 

「燃え上がれ、紅き炎ッ!!」

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

蒼い炎では無く、紅い炎が舞い上がった。

 

刃は新しく造られ、蒼色では無く、黒い刀身に生まれ変わった。

 

 

「さぁ……どこからでもかかって来い!」

 

 

俺の挑発に、一番最初に乗って来たのはセネスだった。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

銀色の翼を広げ、音速のスピードで突撃してくる。

 

片手剣が俺の頭上から振り下ろされるが、

 

 

バシッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

左手の人差し指と中指に剣を挟み込み、止めた。片手で真剣白刃取り。

 

 

「これで終わりじゃ……ないだろ?」

 

 

「ッ!」

 

 

さらなる大樹の挑発。セネスは盾を俺にぶつけて、距離を取ろうとするが、

 

 

バキンッ!!

 

 

「え?」

 

 

いつの間にか持っていた真っ赤な盾は縦に真っ二つにされていた。

 

 

ガランッ!!

 

 

持っていた盾が地面に落ち、目を疑った。手には何も傷がついておらず、盾のみがダメージを受けていた。

 

【護り姫】によって斬られた斬撃。それは音速を越えたマッハの速さで斬撃された一撃だった。

 

 

「あ、あり得ない……!」

 

 

セネスは後ろに何歩も下がり、首を横に振った。

 

桁違いに強くなっていた。先程の力とは比べモノにならないくらいに。

 

 

「奈月ッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

エレシスに名前を呼ばれ、急いでセネスは後ろに飛び距離を取る。

 

 

「【水問(すいもん)】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

俺の真下の地面に大穴が空き、大量の地下水が俺を包み込む。

 

水は増水していき、巨大な水柱が出来上がった。

 

 

「【焦熱(しょうねつ)地獄】」

 

 

セネスの頭上に小さな炎の球体が出現する。

 

しかし、その小さな炎の球体は第二の太陽の如く、温度は優に7000°を越える。

 

球体は渦巻く巨大な水の柱に向かって飛んで行った。その瞬間、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

辺り一帯を吹き飛ばしてしまうような爆風が吹き荒れ、水柱が紅く燃え上がった。

 

 

(爆風が抑えきれていない……!)

 

 

エレシスは必死に水を制御していた。

 

水柱の中では常に水蒸気爆発が発生し続けている。

 

水蒸気爆発を外に出さないように水で防いでいるが、爆風が抑えきれず、辺りに暴風が吹き荒れていた。

 

大樹の生死がどうなったかは聞くまでも無い。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「!?」」

 

 

水柱が黒く染まり、破裂した。黒い水が辺りに飛び散り、黒い雨が降る。

 

水柱があった場所には黒い球体が出現していた。

 

 

「決着をつける前に、少し話をしねぇか?」

 

 

黒い球体から声が聞こえる。

 

黒い球体はゆっくりと開かれ、

 

 

バサッ!!

 

 

大きく広がった。

 

黒い球体は黒い光の翼によって包まれたモノだった。

 

 

大樹の背中から生えている、四枚の黒い光の翼によって。

 

 

エレシスとセネスは絶句していた。大樹が生きていたことに。

 

神の力では無く、吸血鬼の力で二人は圧倒されているのだ。

 

 

「まず結論から言うと、セネス」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「お前も保持者だな」

 

 

 

 

 

「ッ…………!」

 

 

セネスは驚き、唇を噛んだ。

 

 

「お前は炎と鍛冶の神と呼ばれた【ヘパイストス】の保持者だ。武器の生成、炎を使えるから間違いないはずだ」

 

 

「……だから何よ」

 

 

「そうだな。だから何って言うとな……どっちとも本物ってことだよ」

 

 

「意味……分からない……」

 

 

「最初はお前らのどっちかが分身か何かだと思っていたんだよ。でも、違った」

 

 

黒い翼を羽ばたかせ、エレシスとセネスの前に降り立つ。

 

 

「お前ら二人は、ちゃんと生きているんだって」

 

 

「当たり前だ!お姉ちゃん、今だってちゃんと……!」

 

 

「いや、そこはほんの少しだけ否定させてもらう。昔……つまり前世。死ぬ前のことを否定させてもらう」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の姉は、生きていない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!!」

 

 

セネスは耳を塞ぎながら叫んだ。

 

 

「生きてる!お姉ちゃんは生きてる!生きてる生きてる生きてる生きてる生きてるッ!」

 

 

「奈月…………」

 

 

エレシスは悲しげな表情でセネスの本当の名を呟く。

 

 

「現実を見ろ!本当は分かってんだろ!?いい加減、姉離れしろこのシスコンがッ!」

 

 

「黙れッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

エレシスの片手剣が大樹に向かって振り下ろされ、俺はそれを【護り姫】で受け止めた。

 

 

「お姉ちゃんの……お姉ちゃんの何が分かるんだよッ!?」

 

 

「ならお前は分かるのかッ!?」

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺は剣を弾き飛ばし、セネスの着ている赤いワンピースの胸ぐらを左手で掴んだ。

 

 

「お前は本当に姉を分かっているのか!?」

 

 

「分かる!私が一番陽お姉ちゃんを理解しているッ!」

 

 

セネスは暴れ回り、パンチや蹴りが俺に叩きこまれる。しかし、ここで俺が逆ギレしても意味が無い。

 

セネス……いや、奈月が反論できないことを言うしかない。

 

 

「なら質問だ!陽の友達の名前を言えるかッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、セネスの動きが止まった。

 

 

「陽が写った写真はあるか!?陽が楽しく友達と喋っている所を見たことあるのか!?」

 

 

「そ、それは……!」

 

 

「陽が好きだった食べ物は!?陽が好きな本は!?陽が憧れていた人は!?」

 

 

「い、言えるわよ……言え、る……!」

 

 

「……じゃあお前らの食卓で、陽の皿が並べられたことがあるか?」

 

 

「それはあの女が……!」

 

 

「母親をあの女呼ばわりか!?親不孝者めがッ!!」

 

 

「うるさあああああいッ!!」

 

 

セネスの叫び声と共に、周囲に火の玉がいくつも出現し、燃え上がっている。

 

 

「【(ほむら)(つるぎ)】!!」

 

 

小さな炎は剣の形になり、一斉に大樹に向かって飛んで来る。

 

 

「無駄だッ!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

大樹の黒い光の翼は伸び、炎の剣をムチのように全て叩き消した。

 

 

「どうして!?」

 

 

セネスは俺の腕を掴み、力を入れた。普通の人なら骨を簡単に折るほどの力で。

 

 

「どう、して……お姉ちゃんを認めて、くれないの……?」

 

 

涙を流しながら、俺の目を見ていた。

 

俺は掴んだ胸ぐらを放し、セネスを地面に下ろす。

 

 

「認めないわけじゃない……お前が現実を見ないと、陽が悲しむんだ」

 

 

「そんなこと……ないッ……!」

 

 

「姉ちゃんのことを分かっているなら……今、アイツがどんな気持ちか当ててみろよ」

 

 

俺はエレシスの方に顔を向ける。セネスも同時にエレシスの方に顔を向けた。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

セネスの声にエレシスは……。

 

 

「どうしました……奈月」

 

 

無表情のまま、首をかしげた。しかし、陽の瞳はどこか悲しげだった。

 

 

「私……私ッ……!!」

 

 

涙をポタポタと流しながら、エレシスと話す。

 

 

「お姉、ちゃんが……頭が良くて……綺麗で、可愛くて……いつも、いつも……憧れていたッ……!」

 

 

「そうですか」

 

 

「でも……私……お姉ちゃんの、こと……!」

 

 

そこで言葉が途切れ、セネスは顔を手に当てまた泣き出す。

 

俺はセネスに近づき、手を頭に置いて、優しく撫でた。

 

 

「思っていることちゃんと言え。そうでないと、真実をお前に話せない」

 

 

「知ら、なくて……いいッ……!」

 

 

「このまま知らないでいたら、お前の心がもっと苦しむ。そして、陽も苦しいままだ」

 

 

「……ッ!」

 

 

セネスは涙を拭きとり、エレシスの目を見る。

 

セネスの目は赤くなっており、エレシスは無表情だが、目が少し悲しんでいるように見えた。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「私……私ッ……!」

 

 

また涙が溢れ出すが、それでも言い切った。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんのこと、()()()()()()知らないのッ!!」

 

 

 

 

 

 

「ッ……そう、ですか」

 

 

セネスの言葉に、エレシスは驚いた顔をしたが、すぐに元の無表情に戻った。

 

 

「お姉ちゃんの好きなモノ……お姉ちゃんのこと……何にもわかんないッ……!」

 

 

「……大丈夫です。私にも、分かりませんから」

 

 

「何で……何でよ……お姉ちゃんのこと、何にも分かんないよぉ……!」

 

 

「……そろそろ教えてくれますか、楢原さん」

 

 

エレシスの視線が俺の方に向く。

 

 

「……お前も、聞く覚悟は?」

 

 

「大丈夫です」

 

 

「……分かった。新城 奈月。お前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(かい)()(せい)(どう)(いつ)(しょう)(がい)……つまり多重人格者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉にセネスは真っ青になり、絶望していた。エレシスは無表情だが、手を強く握っていた。

 

きっとエレシスもどこかで気が付いていたんだ。しかし、信じられずにいた。

 

 

「奈月は『陽という名の人格』を持っていたんだ。持っていた理由は憶測でしかないが、二重人格なのは確実だ」

 

 

俺の言葉にセネスが今にも倒れそうなくらい顔が真っ青になっていた。フラフラになっていたセネスの体をエレシスが肩を持って支える。

 

 

「お前の母が残した日記帳を見た」

 

 

「日記ですか?」

 

 

エレシスの確認に俺は頷く。

 

 

「日記は燃えカスになっていたが、原田が力を使って修復してくれたんだ。日記は大雑把な内容が書いてあったが、大体把握できた」

 

 

俺はセネスにあることを尋ねる。

 

 

「小学5年生の時……というと9歳か10歳の時。奈月はいじめにあっていただろ?」

 

 

「……あった……その時はお姉ちゃんが……!」

 

 

 

 

 

「日記には『陽が10人以上の生徒を重傷にした』って書いてある」

 

 

 

 

 

その言葉に、セネスとエレシスは息を飲み込んだ。

 

 

「『性格が豹変し、生徒に暴行。先生から聞いた話によると、あの子が虐められていたことが分かった。子供がつらい状況に追い込まれていることに気付かなかった自分が死ぬほど恥ずかしい。そして情けない』」

 

 

「ど、どういうことなの……!?」

 

 

耳を疑ったセネスが身体を震わせながら俺に尋ねる。

 

しかし、俺は続きを読む。

 

 

「『あの子はまだ自分に姉がいると言っている。そのせいで世間から冷たい目で見られる日々が続く。でも、あの子がそう言い続けるならばそれでいい。離婚してから夫がいない今、あの子は私しかいないのだから』」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その言葉にはエレシスも驚いていた。

 

 

「お父さんは死んだんじゃ……!?」

 

 

次々と知らなかった事実が読み上げられ、セネスの顔色がどんどん悪くなっている。

 

記憶の中から俺は夫と別れた日の日記を思い出し、読み上げる。

 

 

「……『夫が出て行った。理由は奈月が姉のことを言い出したこと。夫はあの子のことを受け止めて切れなかった。でも、私は見捨てない。ちゃんと教えれば、いつか分かってくれる日が来る。例え私が嫌われてもいい。あの子が幸せになるなら』」

 

 

「……いや……いやッ……!」

 

 

セネスの目からまた涙が溢れ出る。

 

憎んでいた母親がこんなに優しい人だと分かってしまったからだ。

 

姉を否定していたのは周りの人から嫌われないようにするため。悪役を自ら演じていた母。

 

 

「……中学二年生。14歳の時……最後の日記を読んでいいか?」

 

 

「最後……!」

 

 

「……母が死んだ日ですね」

 

 

今の二人には聞きたくない話だった。

 

真実が分かった今、罪悪感で押しつぶされそうになっている。もう彼女たちの心は持ちそうに無かった。しかし、

 

 

「……読ん、でッ……!」

 

 

「お願いします……!」

 

 

二人は手を握り、覚悟を決めた。

 

四本の足は震え、セネスは涙を流し、エレシスは唇を強く噛んでいる。

 

俺は最後の日を読み上げる。

 

 

「『限界が来た。パートは首になり、用意できる食事が無い。通帳の残額も2桁になっている。このままでは二人とも死んでしまう』」

 

 

何故か俺の声も震えていた。いや、震えていておかしくない。

 

 

「『私の両親なら奈月の面倒を見てくれるだろう。事情もちゃんと分かっている。しかし、両親の世話になったとしても、腰が悪くなった父と目が見えない母に全てを任せることはできない』」

 

 

怖いんだ。俺も真実を告げるのが。

 

 

「……『いや、これは一番のチャンスかもしれない。奈月を救う一番の方法がある。私の両親と奈月が一緒に暮らしていける金も稼げて、奈月の姉を消すこともできる方法が』」

 

 

彼女たちには耐えられない重い真実だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『多額の保険金を私に賭け、自分の部屋を放火して、奈月の前で姉を殺したように見せかける』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、セネスがエレシスに抱き付き、大泣きした。

 

エレシスは悲痛な表情になり、涙をポロポロとこぼした。

 

 

「お母さぁんッ!お母さぁんッ!!」

 

 

何度も母の名前を呼び、泣き叫んでいる。

 

後悔と罪悪感がセネスに一気に圧し掛かり、彼女を壊していた。

 

 

「『陽。あなたの姉を殺します。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』……雑な字だが最後のページまでずっと書き続けてある。ずっと謝り続けている」

 

 

俺の声は届いてあるだろうが、セネスの涙は溢れ出している。

 

 

「……最後のページの端……最後だけは違う言葉が書かれている」

 

 

俺はゆっくりと読み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『私の愛する()()の娘。永遠に愛しています』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その言葉に二人は涙を止めて驚く。

 

 

「お前らの母親は、誰よりも奈月……いや、奈月と陽を信じていたんだ!でも、一番に分かっていたせいで……つらい選択をしなくちゃならなかったッ……!」

 

 

気が付けば大声で俺は叫んでいた。二人を責めているわけでもない。自分は何を言えばいいか正直分かっていない。

 

とにかく大事なことを言わないといけない。そんな使命感が俺の口を動かした。

 

 

「お前らは、一番理解してくれた人を憎んでいたんだッ!!もう分かっただろッ!?復讐する必要なんざねぇんだよッ!!」

 

 

「お母さぁん……お母さんッ……!!」

 

 

「……………ッ!」

 

 

二人はもう戦う気が無い。俺に武器を向けることも、敵意を向けることも。もう戦う理由は一切なくなった。

 

 

(人格に神の力を与えるってどういうことだよ……)

 

 

エレシスは神の力を持っている。それはポセイドンだということは確か。自分でもそう言っていた。

 

二重人格の一人に神の力が宿る。普通なのか異常なのか全く分からねぇ。

 

……とりあえず、二人が落ち着いたら話を聞く事にしよう。

 

 

「はぁ……とりあえず俺の仕事は終わりか……」

 

 

大きなため息が口から出る。少し体を動かせば全身がバキバキと痛みが襲い掛かっている。

 

 

 

 

 

「最悪な結末だな、哀れな双子よ」

 

 

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

その時、エレシスとセネスの背後に一人の男が現れた。

 

白い白衣を着て、短い黒髪でボサボサになっている。年齢は俺と同じくらい。

 

その時、嫌な予感がした。

 

 

「お前らッ!!ソイツから離れろおおおおおォォォ!!!」

 

 

俺が急いで駆け出すが、反応が遅かった。

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

既に男の両腕が二人の背中から突き刺さり、貫通していた。

 

 

 

 

 

「いッ……かはッ……!」

 

 

「……が、ガる……ペ……すッ……!」

 

 

セネスは何も喋れず、血を吐くことしか出来なかった。エレシスは男の名前だろうか。そう呟いた。

 

二人の腹部から赤い液体が流れる。

 

俺の中でどす黒い怒りが爆発した。

 

 

「貴様ああああああァァァ!!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

光の速さで男に近づき、【護り姫】を男の胸に突き刺した。

 

 

「おおおおおォォォ!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

怒りの一撃。男の腹部を貫通させ、そのまま前に音速で走り抜る。その時、エレシスとセネスを貫通させていた腕が一緒に離れる。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ある程度エレシスとセネスと距離を取った後、男を地面に叩きつけた。

 

男の体は原型を保っているが、音速の勢いで足と腕の骨がボロボロになっている。それでも、

 

 

「一刀流式、【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】!!」

 

 

刀をもう一度男の腹部に突き刺した。

 

 

「【一葉(いちよう)風鈴閃(ふうりんせん)】!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

全てを破壊し、無に還す一撃必殺の技をぶつける。

 

地面に大穴が空き、男の体も一瞬で消えてしまった。

 

体は大穴の最下層まで叩きつけられただろうが、恐らく残っていない。既に体はぐちゃぐちゃになり、血が見つかる程度だろう。

 

 

 

 

 

「初見でここまで俺に傷つけるとは……さすがと言ったところか」

 

 

 

 

 

その声は、俺の背後から聞こえた。

 

後ろをゆっくりと振り向くと、そこには男が立っていた。

 

 

 

 

 

体に風穴が空き、腕と足が血まみれになった男が立っていた。

 

 

 

 

 

その男はさきほど大技を食らわせた人物。エレシスとセネスの体を突き刺した人物。

 

冷徹な眼差しで俺を見ている男が立っていた。

 

 

「お前……どうやって……!?」

 

 

「俺に痛覚はない。体の細胞は再生する」

 

 

体に空いた風穴からブクブクと赤い泡が溢れ出す。泡は男の体を飲み込み、巨大な泡の塊が出来上がる。

 

 

バンッ!!

 

 

泡が一瞬で全てを破裂する。赤い液体が一帯にばら撒かれる。

 

 

「ッ!?」

 

 

その光景に絶句した。

 

中から出て来た男。ソイツの着ている衣類。そして、肉体がすべて元通りになっていた。

 

血はどこにも一滴もついていない。

 

 

「こいつは肉体を再生させる細胞を改造したモノだ。正真正銘お前と同じ化け物ってわけだ」

 

 

「お前と……一緒にするんじゃねぇ!」

 

 

「一緒だ。吸血鬼に自分の体を差し出したんだろ。俺は悪魔に肉体を渡した。同じだ」

 

 

笑みをこぼす男に怒りを震わせるが、俺の足は動かなかった。

 

恐怖で動かないのか、技の反動が来ているのか、どちらか分からない。

 

 

(……まさか、こいつ……!?)

 

 

嫌な予感は的中した。

 

 

「自己紹介が遅れたな。俺は神の保持者の一人、ガルペスだ。一応、お前らの言う裏切り者の(おさ)をしている」

 

 

「テメェ……!!」

 

 

【護り姫】をより一層に強く握った。

 

予想通り、神の保持者だった。ガルペスからただならぬ殺気を感じ取り、予想はできていた。しかし、ボスが出て来たことは予想外だ。

 

俺はいつでもガルペスを殺せるように構える。

 

 

「それよりいいのか?二人が手遅れになるぞ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

後ろを振り向くと、エレシスとセネスが全く動いていないことに気が付いた。

 

 

「おい!?しっかりしろ!?」

 

 

ガルペスのことを警戒せず、地面に倒れたエレシスとセネスに急いで駆け寄る。

 

二人は大量の血を流し、致命傷の傷を負っているが、今すぐ治療をすれば助かるかもしれない。なのに、

 

 

「何だよ……これ……!?」

 

 

エレシスとセネスの体が輝き始めたのだ。

 

光の粒子が二人の体から出され、宙に舞い出す。

 

この現象は見たことがあった。

 

かつてデメテルの保持者だった。バトラーと名乗った男。遠藤(えんどう) 滝幸(たきゆき)が最後に消えた時と同じ現象だった。

 

 

「何で……まだコイツらは救われていねぇだろ!?」

 

 

「俺が無理矢理抜き取ったからだ」

 

 

ゆっくりと近づくガルペスの右手には青い光の球、左手には赤い光の玉が浮いていた。

 

 

「右がエレシスの神の力。左がセネスの神の力だ。力を無くした体は最後を迎える」

 

 

「奪ったのか……!?」

 

 

「そういう言い方もあっているな」

 

 

「……返せ……返せよッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

光の速度でガルペスとの距離を詰め、【護り姫】でガルペスの首を斬った。

 

 

バシュンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

しかし、ガルペスの首は水のように透明になり、刀がすり抜けてしまった。ダメージを与えることはできていない。

 

 

「エレシスの力だ。お前に勝つすべは無い」

 

 

「ならコイツでどうだッ!?」

 

 

後ろに飛んでガルペスと距離を取る。

 

【護り姫】の刀身が紅く燃え上がり、炎がガルペスに飛んで行く。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

紅い炎はガルペスを包み込み、巨大な炎柱が天高く燃え上がった。

 

 

「忘れたか?俺はセネスの力もあることを」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

巨大な炎柱が中から爆発し、紅い炎が消えた。

 

白衣のポケットに手を突っ込んだまま、無傷のガルペスが立っている。

 

 

「……そろそろ帰らないとな。コイツは貰っていくぞ」

 

 

ガルペスはそう言って、俺の斬られた右腕を拾い上げた。その不気味な行動に俺の足は震えた。

 

 

「テメェ……何を……!?」

 

 

「じゃあな。生きていたらまた会おう」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

巨大な水柱が地面から吹き出し、ガルペスを一瞬で飲み込んだ。

 

 

「ふざけるなよ……ふざけるなあああああァァァ!!!」

 

 

背中から生えた四枚の黒い光の翼が伸び、水柱を切り裂く。

 

 

バシュンッ!!

 

 

水柱が消え、大量の水が弾け飛んだ。

 

しかし、ガルペスはそこにおらず、気配は完全に消えてしまっていた。

 

何も取り返すこともできないまま、ガルペスは俺から逃げてしまった。

 

 

________________________

 

 

 

ガルペスは神の力を使役し、会場からすでに遠くまで離れていた。

 

手に持った大樹の腕をカプセル容器に詰め、小さく笑った。

 

 

「相変わらずお前は気持ち悪い奴だな。俺なら即捨てる。もしくは燃やす」

 

 

「ッ!?」

 

 

気配が全くなかったのにも関わらず、ガルペスの背後には一人の青年が立っていた。

 

 

「貴様ッ……!!」

 

 

「おー怖い怖い。力を奪われた奴って全員こんな気持ち悪いのか?」

 

 

「無駄口を叩くな。今ここで……」

 

 

「俺を殺せるってか?」

 

 

青年は恐ろしい笑みをうかべる。

 

 

「お前から奪った冥府神の力。そんな力を持った俺に、お前は本当に勝てるのか?」

 

 

「ッ……!!」

 

 

歯を思いっきり噛み、ガルペスは怒りを抑える。

 

 

「今に見てろ……貴様らは全員俺が殺す」

 

 

「……くはっ……ははッ……ハッハッハッハッ!!」

 

 

青年は大声で笑い、ガルペスを馬鹿にする。

 

 

「裏切られた神に復讐か!?根に持つんだな上野(うえの)君よぉ!?」

 

 

「その名前で俺を呼ぶな」

 

 

「じゃあ下の名前か?航平(こうへい)君にするか?ザコと書いて航平と読ませようか?」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

大笑いする青年の背後に一気の直立戦車Ωが降り立った。

 

直立戦車Ωの拳が青年に振り下ろされる。

 

 

「ハッ、ゴミが」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

青年はいつの間にか右手に持った黒い拳銃で直立戦車Ωを撃ち抜いた。

 

直立戦車Ωの胴体に穴が空くが、中のコードがうごめき、再生しようとする。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、直立戦車Ωの空いた穴から黒い渦が巻き上がり、直立戦車Ωを飲み込んだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルペスは目を疑った。

 

黒い渦が消えると同時に直立戦車Ωは消え、何もかも無くなっていた。

 

直立戦車Ωの部品。抉れた地面の土。全て無くなっていた。

 

 

(司波が使った分解の消滅魔法とは違う……どうやってしたのか全く分からない……!?)

 

 

どんな考えや理論を並べても、その現象を説明することはできなかった。

 

 

「これが、実力の違いだ。お前がどんな神の力を持とうとも、俺には勝てない」

 

 

「ッ!」

 

 

青年はガルペスの方に振り向き、告げる。

 

 

「楢原 大樹を殺すのは、俺だ」

 

 

そう言って、青年は笑い、その場を立ち去った。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「ちくしょう……ちくしょうッ……!」

 

 

俺は地面に横になった奈月と陽の手を握り、何もできない自分に怒りを感じていた。

 

ガルペスに手も足も出せず、力を取り戻すこともできなかった。

 

奈月と陽の体がさらに光り輝く。もう長く持たないことが、見ていて分かる。

 

 

「……楢原さん。私は……何だったんでしょうか?」

 

 

陽が俺の目を見ながら尋ねる。

 

 

「私は……生きていたんでしょうか?」

 

 

「生きてるに決まっているだろうがッ!お前は陽と一緒に生きていたッ!それは俺が保障してやるッ!」

 

 

「そうですか……」

 

 

陽は目を細めて、笑みをこぼした。

 

その笑みは俺が今まで見て来た陽の中で、一番の笑顔だった。

 

 

「最初……驚き、ましたよ……生きてないって言われた時、悲しかったです」

 

 

「お前らは認められなかった。でも、母親は信じていたことを……!」

 

 

「分かっています……私たちの、ために……あんなことを言ったんですよね」

 

 

エレシスは空を見る。

 

 

「……もしあなたが……私たちの兄だったら……きっと母と一緒に理解してくれただろうに……」

 

 

「そのくらい……いくらでも俺がなってやる……お前らの兄になってやるから……だからッ」

 

 

「お姉ちゃんと……お兄ちゃん、か……私も嬉しいなぁ……」

 

 

奈月が握る手の力が強くなる。俺も同じように強く握り返す。

 

 

「ごめんなさい……いっぱい……傷つけて……」

 

 

「そんなこと、気にしてんじゃねぇよッ……!」

 

 

奈月の言葉に俺は何度も首を横に振った。

 

 

「私も……酷い事をして……たくさん振り回して……」

 

 

「……じゃあ許さねぇよ……お前らがしっかりと生きて……謝らないと……俺は絶対に許さねぇッ!」

 

 

「……優しいですね」

 

 

陽の手が俺の頬に触れた。

 

 

「私は……あなたの好きな人が羨ましかった……」

 

 

俺の頬を何度も撫でる。変に温かい血が俺の頬にベットリと付くが、気にしていられない。

 

 

「あなたの周りはいつも楽しそうな声と笑顔が溢れていた……そんな人達に……私たちは入りたかった……」

 

 

「頼むよ……俺はこんな結末……望んじゃいねぇ……!」

 

 

「でも、最後にあなたの妹になれて……愛を貰った今……私たちは」

 

 

「聞きたくねぇッ!」

 

 

俺は二人の手を強く握り、全神経を集中する。

 

 

「俺の神の力を分けてやるッ!だから生きてくれッ!」

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

奈月と陽が悲しそうな顔をするが、俺は無視して神の力を発動する。しかし、

 

 

「来い……今、俺の力を出すときだろうがッ……!」

 

 

神の力は発動されない。

 

 

「来いよ……来い来い来いッ!!力をよこせよッ!!」

 

 

「もう、いいですよ……」

 

 

何度も力を出そうとするが、俺の背中から翼が生えることはない。黒い光の翼だけしか現れない。

 

そんな俺を見た陽が首を横に振った。

 

 

「私たちは……大丈夫です」

 

 

「ちくしょう……ちくしょうがッ……!」

 

 

二人の握る力が弱くなるが、絶対に手を放さないように俺が代わりに力を入れる。

 

 

「大樹さんッ!」

 

 

「大樹君ッ!」

 

 

その時、会場の方から二人の女の子が走って来た。

 

 

「黒ウサギ……真由美……」

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

黒ウサギが俺の怪我を調べようとするが、奈月と陽が倒れていることに気が付き、動きを止めた。

 

 

「新城さん!?どうして……!?」

 

 

「真由美、話は後で話す。それよりも黒ウサギ。お前の治癒の恩恵で二人を救ってくれッ!」

 

 

黒ウサギの肩を掴み、俺は頼み込んだ。

 

俺の必死さが伝わったのか、黒ウサギは何も言わずにギフトカードを取り出す。ギフトカードから優しい光が溢れ出し、二人の体に降り注ぐ。

 

しかし、黒ウサギの表情が暗くなっていた。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「いや、続けてくれ」

 

 

「ですが……」

 

 

「お願いだ……」

 

 

その時、ギフトカードから溢れ出る光が止まった。

 

 

「黒ウサギの持っている恩恵では……何もできません……」

 

 

「……………」

 

 

突然頭が鉛のように重くなり、下を向いた。

 

地面を見るが、答えはどこにも書いていない。

 

 

「また……何もできないのか……」

 

 

美琴……アリア……優子……また三人のように助けてあげれないのか。

 

弱い。また弱い自分になるのか。

 

 

「大樹君」

 

 

その時、俺に声をかけたのは真由美だった。

 

 

「この会場に……いえ、みんなの命の危機が迫っているの」

 

 

「……何だ?」

 

 

力の無い声だったが、一応言葉は耳に入ってきている。

 

 

「火山ガスがこの一帯に流下してしまうの」

 

 

「火山ガスだと……?」

 

 

「火山に爆弾が仕掛けてあるの」

 

 

「なッ!?」

 

 

真由美の言葉に息を飲んだ。

 

爆弾で火山を強制的に噴火させ、噴石の落下での破壊。火山ガスでここにいる会場の即死を狙っていることがすぐに理解できた。

 

そのことを聞いた奈月と陽も驚いていた。どうやら知らなかったようだ。

 

 

「いつの間に仕掛けやがったんだ……!?」

 

 

いや、仕掛けている時があった。

 

富士の樹海の中にテント爆破。あれは俺たちを騙すためじゃなく、()()()()()()()()()()()()ための罠だったのだ。

 

既にあの時から作戦が進められていた。

 

 

「何もかも……できていねぇじゃねぇかよ……!」

 

 

見回りをしたこと。選手に怪我をさせないようにしたこと。全てが水の泡になっている。

 

 

「大樹君……」

 

 

「待て。今、考える」

 

 

強力な冷却魔法【ニブルヘイム】を使えばいけるか?……いや、あの大きさじゃ何百人も必要だ。それに今から富士に行っても間に合わないはずだ。

 

なら俺が急いで山に向かい、爆弾を撤去するしかない。

 

 

「爆弾がどこにあるか分かるか?」

 

 

「……ここに載っているわ」

 

 

難しい顔をした真由美は手に持った端末のディスプレイを俺に見せる。

 

そこに書いてあった内容は、

 

 

「爆弾の数……1000だと……!?」

 

 

山の中だけでは無い。山の外壁も、地中深くにも爆弾があることが映っていた。

 

火山ガスが勢いよく流下するように計算された爆弾の配置だった。

 

俺一人じゃ……到底できない……。

 

グルグルと視界が回る。考えたくない状況だった。

 

 

「い、急いで逃げ……」

 

 

「外にはテロリストがいるわ」

 

 

「俺がぶっ飛ばして道を開ければ……」

 

 

「10万人を一気に走らせれば怪我人どころか死人がでるわ」

 

 

「……爆破時間は?」

 

 

最後に、一番聞きたくないことを聞いてしまった。

 

 

「残り……5分を切ったわ」

 

 

「……ハハッ」

 

 

乾いた笑いが俺の口から出て来た。

 

 

「何だこれ……何も守れていねぇじゃん……」

 

 

目も当てられない悲惨な状況だ。救いの言葉なんて、どこにも存在しない。

 

俺は二人の手を放し、立ち上がる。

 

富士の山の方角に歩き、前に出る。

 

 

「……抜刀式、【刹那(せつな)の構え】」

 

 

【護り姫】の刀身を鞘に直し、片足を地面について集中する。

 

鞘の中から紅い光が溢れ出し、刀身を輝かせる。

 

 

「【横一文字・(しょう)】」

 

 

ザンッ!!

 

 

光の速度で放たれた一撃は紅いカマイタチとなり、音速を越えた速度で富士の山へと向かっていく。

 

 

ドゴオオオオオォォォ………!!

 

 

カマイタチは山の外壁に激突し、紅い煙を上げた。

 

 

「無理だ……」

 

 

カランッ

 

 

手から刀を地面に落とし、両膝をついた。

 

 

「何で……俺の力はこんなにちっぽけなんだ……」

 

 

吸血鬼の力を最大に込めた一撃がアレだ。距離が遠くなっていても、あの威力の一撃なら今までの一撃と比べたらかなり強い部類だ。

 

しかし、富士の山を飛ばせるほどの威力までには達しなかった。

 

残された道は富士の山の破壊。それしかない。

 

だが俺にはできなかった。破壊など出来る気がしない。

 

 

(そもそも山を吹っ飛ばす……って方法自体がバカげているよな)

 

 

次から次へと問題が山積みになって行く。俺の頭じゃ対処できなくなっている。

 

もう……駄目なのか……?

 

 

(いや、まだだ……神の力を……出していない……まだ諦めんじゃねぇ……)

 

 

俺は刀を拾い上げ、もう一度鞘に刀身を直す。

 

 

「一刀流式、【刹那の構え】!!」

 

 

紅い光が鞘の中から溢れ出す。

 

 

「【横一文字・翔】!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

先程より強い威力を持った紅いカマイタチが富士の山に向かって飛んで行く。

 

 

ドゴオオオオオォォォ………!!!

 

 

そして、山の外壁にぶつかり、紅い煙を巻き上げる。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

二撃目。

 

 

ザンッ!!

 

 

三撃目。

 

 

ザンッ!!ザンッ!!

 

 

四撃目。五撃目。

 

 

「あああああァァァ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

六撃目。

 

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 

六撃目を放った後、俺は刀を手から落としてしまい、前から倒れてしまった。

 

 

「大樹さん!!」

 

 

急いで黒ウサギが駆けつけ、俺の体にギフトカードを当てる。優しい光が俺を包み込む。

 

 

(ちくしょう……!)

 

 

俺の斬撃は四撃目から小さくなっていた。五撃目になってから山に届かず、六撃目はカマイタチすら出なくなっていた。

 

 

「まだ……まだだ……!」

 

 

「もう限界です!右腕が……!!」

 

 

右手で刀を持ち、何度も振るっていたせいで俺の右腕の骨は既に粉々になっている。肉が抉れていないのが奇跡に近い。

 

それでも俺は右手で刀を握った。

 

 

「今、諦める時じゃねぇ……!」

 

 

「ですが……!?」

 

 

「今ここで俺が逃げたら……もう俺は……『俺』じゃなくなる!」

 

 

「ッ!」

 

 

「だから黒ウサギも……手伝ってくれッ……!」

 

 

大樹の必死な表情を見た黒ウサギは、ギフトカードから【インドラの槍】を取り出す。

 

 

「では、一緒にぶつけましょう」

 

 

「さすが……頼りにしているぜ……」

 

 

俺はもう一度【護り姫】の刀身を鞘に直す。

 

 

「黒ウサギッ!!投げろッ!!」

 

 

「穿てッ!!【インドラの槍】!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

第三宇宙速度で放たれた最強の槍【インドラの槍】が富士の山へと飛んで行く。

 

 

「これでも食らいやがれえええええェェェ!!!」

 

 

鞘が紅く光り、俺は刀を持つ手を変える。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

光の速度で刀を抜き取り、【護り姫】を槍と同じ要領で投げた。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

紅い流星が山に向かって突き進む。

 

 

(行けるッ!!)

 

 

【インドラの槍】と俺の攻撃。当たれば……!?

 

 

ガシャンッ!!

 

 

 

 

 

その時、俺の投げた【護り姫】の目の前に、黒い装甲を身に纏った直立戦車が進行を妨げた。

 

 

 

 

 

黒ウサギの【インドラの槍】も、直立戦車が同じように進行を妨げている。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

直立戦車は簡単に貫通し、爆発した。

 

黒ウサギの投げた【インドラの槍】も直立戦車を貫通し、爆発していた。

 

 

ガキンッ!!

 

 

ゆっくりと音が鳴った方に顔を向けると、そこにはあってはならないモノがあった。

 

俺から10メートル離れた先に、【護り姫】が地面に突き刺さった。

 

本来なら山に突き刺さらないといけないはずの刀が。

 

 

「ふざけんなよ……」

 

 

【護り姫】を取りに、俺はゆっくりと歩く。

 

 

「あんなのアリかよ……」

 

 

全てを込めた一撃があんなモノに邪魔されるなんて。

 

もう一度山の方を見れば、何十機も同じような直立戦車が飛び回っていた。

 

 

「……………」

 

 

いつの間にか、俺の足は止まっていた。

 

動けよ。刀を取って攻撃しないと。

 

動けよ。みんな死んじゃうかもしれないんだぞ。

 

動けよ。動けよ。動けよ。

 

 

(何で俺の足はこんなに重いんだ……)

 

 

気が付けば、俺はもう諦めていた。

 

 

ザシュッ

 

 

俺の横を誰かが通り抜け、【護り姫】を地面から引き抜いていた。

 

刀を丁寧に両手で持ち、俺の方に歩み寄って来る。

 

 

「真由美……」

 

 

「……無理なことくらい、分かっているわ」

 

 

真由美の声は小さかったが、俺の耳にはしっかりと聞こえていた。

 

 

「でも、もう大樹君にしか希望は残っていないの」

 

 

そう言って真由美は会場の方に目を向けた。つられて俺も会場の方に目を向ける。

 

会場にいる観客は静かだった。悲鳴や怒号など無い。みんな口を閉じていた。

 

視線は俺たちの方に向けられている。

 

 

「誰かが……多分テロリストだと思うけど、その人が火山の噴火のことを言いふらして、パニックになったけど……みんなが協力して落ち着かせたの。ここに来る途中、生徒会や選手のみんな……他の学校生徒が頑張っていた」

 

 

「……………」

 

 

「私たちはこれだけのことしかできない……でも大樹君は違う。私達にできないことをやり遂げれる、ヒーローなの」

 

 

【護り姫】を前に出して俺に受け取るように目で訴える。

 

 

 

 

 

「お願い……私たちを……みんなを救って」

 

 

 

 

 

「真由美……」

 

 

俺の力は小さい。でも、アイツらはもうこんな(弱者)にしか頼れねぇんだ。

 

力を持った者が最前線で戦わなくちゃならない。弱い者を守らなきゃいけない。

 

 

(いや、弱い奴なんていねぇんだよ)

 

 

真由美がこうして言ってくれなきゃ俺はずっと気付かなかった。

 

諦める選択……そんなモノ、ドブの中に捨てろ。

 

他の人は今でも戦ってんだ。外でテロリストたちと。会場の中にいる敵と。そして恐怖に負けそうになっている自分と……諦めずに戦っているんだ。

 

やってやる。勝利の女神に嫌われても、奇跡を無理矢理でも起こして、みんなを守って見せる。

 

 

「そうだ。俺だけが諦めることは……許されない」

 

 

俺は【護り姫】を受け取る。

 

 

「……ごめんなさい。私が一番何もできていないのに……」

 

 

「真由美」

 

 

俺は首を横に振って否定する。

 

 

「真由美のおかげで俺は最後まで戦える。だから、ちゃんと見ていてくれよ」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の言葉を聞いた瞬間、真由美の目から涙が零れ落ちた。

 

 

「ええ……見てる……ちゃんと見ているわッ……!」

 

 

泣いてしまうのも当然だ。真由美にも怖い思いをさせているのに、俺の所まで走って来た。

 

逃げたい気持ちを殺して、俺を心配して来てくれた。

 

 

(今、俺が言える言葉……)

 

 

俺は真由美の涙を指で拭き取る。

 

 

「絶対に、勝って見せる」

 

 

笑顔で言うと、真由美は何度も頷いてくれた。

 

 

 

________________________

 

 

 

前に歩き、富士の山を見る。富士の山がさっきより小さく見えるのは錯覚だろうか?もし錯覚じゃないのならそのままどんどん小さくなってほしい。

 

 

バサッ!!

 

 

背中から黒い光の翼を出現させ、空高く羽ばたく。

 

 

(これで……決めるッ!!)

 

 

ラストチャンスだ。この一撃に全てを賭ける。

 

【護り姫】から紅い炎が渦巻き、刀身を燃え上がらせる。

 

 

(クソッ……)

 

 

認めたくないが、この力で放った斬撃の威力だと全く足りない。

 

 

(神の力……)

 

 

頼む……お願いだ……俺に力を……!!

 

 

トンッ

 

 

その時、誰かが俺の両肩に手を置いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

振り返った瞬間、目を見開いて驚愕した。

 

 

「奈月ッ!?陽ッ!?」

 

 

銀色の翼を生やした奈月。水の翼を生やした陽。二人が俺の肩に手を置いていた。

 

 

「私たちの最後の力……受け取ってください」

 

 

「ふざけんなッ!!そんなモノ……!」

 

 

「私たちは救われたッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

陽の大声に俺は驚く。

 

 

「でも、あなたがここで死んだら……私たちはまた救われなくなる……!」

 

 

「それでも……俺は……!」

 

 

「私たちに……最後の恩返しをさせてください」

 

 

陽は優しい笑みを俺に向けた。

 

 

「馬鹿。私にはやることがあるんだから、さっさと力を貰ってよ」

 

 

「奈月……」

 

 

「情けない声……出さないでよ。お母さんにお兄ちゃんのこと……紹介できないじゃん……」

 

 

奈月は涙を流しながら笑顔を俺に向けた。

 

 

「……すまねぇ。こんな情けない兄貴でよ……」

 

 

「それは違います」

 

 

「ううん、違うよお兄ちゃん」

 

 

二人は声を揃えて、言う。

 

 

「私たちの自慢のお兄さんです」

 

 

「私たちの自慢のお兄ちゃんだよ」

 

 

一緒に二人は笑顔になった。

 

 

「……分かったよ。妹のために、兄ちゃん頑張って来るわ」

 

 

その時、俺の中に力が流れ込んできた。

 

流れて来た力はとても小さかった。しかし、暖かい力だった。

 

 

「【ソード】」

 

 

俺の左手に銀色の剣が出現する。

 

同時に俺の背中に触れていた二人の手が離れた。俺は振り返らず、構える。

 

 

「二刀流式、【紅葉鬼桜の構え】」

 

 

二本の刀身に紅い炎が渦巻く。

 

刀と剣を交差さえ、十字に構える。今出せる全ての力を刀身に込める。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、火山の周りが一気に爆発した。仕掛けてあった爆弾がついに爆発したのだ。

 

 

ゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

地面が大きく揺れ、大地を揺るがす。

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 

「……お兄さん」

 

 

二人の体が光り出し落下しながら手を握っていた。

 

そして、大樹を見ながら最後の言葉を贈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れ、お兄ちゃん」

 

「頑張ってください、お兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

光の速度で放たれる最強の十字斬撃を富士の山に向かって放つ。吸血鬼の力を最大に出した力だ。

 

 

「【双葉(そうよう)雪月花(せつげつか)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

紅蓮の炎を纏った十字の斬撃が富士の山に向かって放たれた。

 

……数学は嫌いだが、一つだけ好きことがある。

 

どんな小さい力の数字3や4でも大きな数字に変える方法を知っているか?

 

頭の悪い回答だと思ってもらっても結構。俺は数学は嫌いだし、馬鹿だ。

 

でも、この考え方は好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一億という俺の力を掛けてやれば、3億や4億になるんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、富士の山が消滅した。

 

 

同時に、教科書に載るような歴史を動かす日になった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

 

 

「何でしょうか?」

 

 

 

「お母さん……許してくれるかな?」

 

 

 

「……分からないです。ですが……」

 

 

 

「……?」

 

 

 

「私たちも、母を愛していることを伝えましょう」

 

 

 

「……そうだね。あんなに私たちのこと愛してくれたもん。また仲良くなれるよね?」

 

 

 

「えぇ……きっと仲直りもできます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、お姉ちゃんのこと……大好き」

 

「私も、奈月のことが好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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