どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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今回は内容が薄くなってしまいました。すいません。


九校戦 Fifth Stage

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

耳の鼓膜を破ってしまいそうな轟音が会場内に響き渡る。まるで雷がその場に落ちたかのような音……いや、実際に落ちていた。

 

 

「おい、ヤバいぞあれは……」

 

 

「えぇ……流石に正面からぶつかれないわね……」

 

 

電撃を纏った槍と金剛杵(こんごうしょ)を持った黒ウサギに柴智錬(しちれん)とカトラは嫌な顔をした。

 

 

「でも、私たちの目的は分かっているでしょ?時間まで粘りましょう」

 

 

「ハッ、俺は殺すつもりで行くぞ」

 

 

助言してくれたカトラの言葉を柴智錬は鼻で笑い飛ばした。

 

溜め息を吐きながらカトラは自分の右腕に付いてある腕輪型CADを黒ウサギに向ける。

 

柴智錬は右手に特化型の拳銃型CADを握っており、左手には散弾銃が握られていた。散弾銃には実弾が入っている。こちらは殺意が籠った瞳で睨んできている。

 

 

「……立ち去らないのですね」

 

 

黒ウサギが最後の確認を取る。二人は構えることで返事を返す。

 

 

「……分かりました。では」

 

 

黒ウサギは告げる。

 

 

「格の違いをお見せします」

 

 

その瞬間、黒ウサギの姿が消えた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その光景に驚き、急いで黒ウサギの姿を探そうとする。

 

だが、

 

 

「後ろです」

 

 

黒ウサギの一言。たった一言だけで、二人は恐怖のドン底に落とされた。

 

後ろを振り向くことはできない。振り向いたらやられる。脳が危険信号を出していた。

 

 

「黒ウサギはまだ切り札を隠し持っています」

 

 

二人は黙って黒ウサギの話を聞く。

 

 

「それでもあなたがたは、この黒ウサギに刃を向けますか?」

 

 

その低い声音に汗が一気に噴き出した。喉も干上がり、唾が上手く呑み込めない。

 

 

(この女、こんなに強かったのか……!?)

 

 

柴智錬は【ギルティシャット】での出来事を思い出す。あの時はキックされただけで、力はあまり無いと思っていた。

 

しかし、それは違った。

 

あの時の黒ウサギは手加減していた。それは今の状況を見れば明らか。

 

 

「……………くっくっく」

 

 

柴智錬が静かに笑いだした。

 

 

「……何がおかしいのです?」

 

 

「くくっ……馬鹿だよお前は」

 

 

カタンッ

 

 

柴智錬は振り返り、散弾銃を黒ウサギに向けた。

 

 

「殺せるもんなら殺してみろって話だッ!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

柴智錬は引き金を引いた。重い銃声が腹の底まで響く。

 

片手でも使える散弾銃。反動を最小限に改造してあり、柴智錬の運動神経の良さ。その二つのおかげで彼の腕は反動に耐えれた。

 

 

バチンッ!!

 

 

しかし、黒ウサギに向かって飛んで散った100発以上の散弾は【インドラの槍】と【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】から出た雷に弾かれる。

 

黒ウサギは【インドラの槍】を上から下へ振り下ろす。

 

 

バチバチッ!!

 

 

その瞬間、柴智錬の頭上から雷が降り注ぎ、直撃した。

 

雷の電圧は最低で200万ボルト、最高は10億ボルトに達する。

 

柴智錬が直撃した雷は手加減をして5000万ボルト。人間が耐えれる電圧の領域を遥かに超えていた。

 

黒ウサギの圧倒的勝利かと思われた。

 

 

 

 

 

「クッハッハッハッ!!」

 

 

 

 

 

 

その高笑いを聞くまでは。

 

黒ウサギの顔は真っ青になった。

 

 

「おい女!【避雷針(ひらいしん)】を使え!それで女の電撃は防げるはずだ!」

 

 

【避雷針】

 

対象の電気抵抗を改変させる魔法。他にも電気を逃がしたり、その逃がした電気を放つことも可能としている。

 

 

「ま、魔法!?」

 

 

柴智錬の言葉に黒ウサギは驚きを隠せなかった。

 

黒ウサギは『アンティナイト』の指輪に常時サイオンを送り続けていた。つまり魔法を発動することはできないはずだった。

 

 

「そんなモノ、持っていないわよ」

 

 

「今は気分がいい。一本くれてやる」

 

 

柴智錬の手には細長い針。先端に小さな丸い物体が取りつけてある。恐らくその丸い物体が電気を何らかの形で無効化しているに違いない。柴智錬はそれをカトラに投げ渡した。

 

 

「な、何故魔法が使えるのですか!?」

 

 

「その顔だ。その顔が見たかった」

 

 

柴智錬は不気味な笑みを浮かべて笑っていた。

 

 

「これでも俺は天才だ。魔法を作るのも改造するのも」

 

 

十師族の魔法をコピーすることができる時点で大体の予想はできていた。

 

 

「前回の反省を踏まえただけ。そう、天才は反省したんだよ。忌まわしき『アンティナイト』があったせいで敗北したことに」

 

 

黒ウサギはここまで言われて、理解してしまった。

 

 

 

 

 

「今の俺は、『アンティナイト』にキャストジャミングされても、魔法を使うことが可能なんだよ」

 

 

 

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

「最高傑作だッ!!このCADが!この魔法理論が!この力があれば軍だろうが怖くねぇ!!」

 

 

柴智錬は大きな声で高笑いをした。黒ウサギは戦慄し、思わず一歩後ろに下がる。

 

 

「まだまだ作品はあるぜ!?【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】に数え切れない程の実験材料を提供してもらったんだ!今頃、俺の殺戮ピエロ(マッサカァ・クラウン)が血の雨を降らせているはずだ!」

 

 

「殺戮……ピエロ……!?」

 

 

「『アンティナイト』を体に埋め込んで強制的に服従させた化け物だ!俺の奴隷はその生き残り。女のガキって部分は気に食わねぇが、かなり使える(こま)だ。そのくらいは大目に見てやろう」

 

 

そう言って柴智錬はまた笑い始める。

 

恐ろしい笑みを浮かべた柴智錬を見た黒ウサギは開いていた口を閉じる。

 

今の黒ウサギは怒っているのか?……違う。

 

今の黒ウサギは怖がっているのか?………違う。

 

今の黒ウサギは悲しんでいるのか?……………違う。

 

 

「……何だその目は?」

 

 

黒ウサギの顔を見た柴智錬は苛立ちながら聞く。

 

今の黒ウサギは、

 

 

「あなたは、可哀想な人です」

 

 

哀れんでいた。

 

 

「何だと……!?」

 

 

「あなたには大切な人がいなかったのですか?人を傷つけて、心が痛まなかったのですか?」

 

 

「ハハッ、そんなモノ微塵も感じないな」

 

 

「いいえ、嘘です」

 

 

「何?」

 

 

黒ウサギは首を横に振って、柴智錬の言葉を否定した。柴智錬が怪訝な顔をする。

 

 

「最初はあったはずです。こんなことをして、心を痛まれたはずです」

 

 

「……同情か?同情してんのか?」

 

 

柴智錬は鬼の形相で静かに言う。

 

 

「黙れよ、クソ女」

 

 

「……………」

 

 

「いいか、覚えておけ。この世は力が全てだ。どんなに学力が良くても、魔法が使えても、力が無いモノは上に逆らえない。従うしかないんだ」

 

 

上というのは七草家のことを言っていると黒ウサギはすぐに判断できた。

 

 

「俺はずっと頭を下げ続けるのは御免だ。せっかくこの世に生まれたんだ!頂点を目指さなきゃ意味が無いんだよ!」

 

 

「それが、悪名でも構わないんですか?」

 

 

「ああ、最高だな。ったく、俺は一体……」

 

 

柴智錬は目を細めて小さく呟いた。

 

 

「どこで間違えたんだ……?」

 

 

柴智錬の小さな声に黒ウサギは悲しげな表情をするしかなかった。

 

その答えは誰が答えてくれるのだろうか?誰が探してくれるだろうか?

 

 

「罪を、償う気は……?」

 

 

「ねぇよ。もう間違えてしまったモノは仕方がない。だから俺は」

 

 

柴智錬は散弾銃を黒ウサギに向ける。

 

 

「この間違った道を、正しいと思わなきゃならねぇんだよッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

再度、散弾銃の引き金が引かれ、重い音が響く。

 

 

バチバチッ!!

 

 

黒ウサギの持った【インドラの槍】と【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】の雷が再び暴れ出し、銃弾を弾き飛ばす。

 

 

「おいカトラ!お前も攻撃しろ!」

 

 

「初めて名前を呼んだわね」

 

 

カトラは黒ウサギに向かって走り出す。

 

 

バチバチッ!!

 

 

黒ウサギは電撃の壁を作り出し、カトラの進行を妨害する。

 

 

「いいわ、少しだけ手を貸してあげる」

 

 

バチンッ!!

 

 

その瞬間、電撃の壁が散布した。

 

 

「なッ!?」

 

 

黒ウサギは驚愕する。

 

急いで状況を理解しようと、辺りを目まぐるしく見回す。

 

 

そして、カトラも『アンティナイト』のキャストジャミングが効かないことに気付いた時には遅かった。

 

 

カトラは柴智錬から貰った針を電撃の壁に向かって投げ、【避雷針】を発動した。

 

よく考えれば分かることだった。柴智錬はカトラと協力しているのだから、柴智錬と同じ、キャストジャミングされないCADと魔法を使うはずだということ。

 

 

「終わりだクソッタレッ!!」

 

 

柴智錬の魔法が発動し、黒ウサギの体に魔法陣が出現した。

 

黒ウサギは息を飲んだ。この魔法は、大樹の命を奪おうとした魔法。【爆裂(ばくれつ)】だと予想できたからだ。

 

 

(ダメです……黒ウサギは大樹さんを助けに行くまでは……!)

 

 

死んではいけない。

 

だが、この魔法は最悪なことに、一度食らえば助からない魔法だと黒ウサギは覚えている。

 

対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法で、生物ならば体液が気化して爆発。つまり当たれば即死だ。

 

死。その恐怖の一文字が頭で何度も過ぎった。

 

最強の力を持った大樹なら耐えられただろう。しかし、黒ウサギにそんな力は無い。

 

時間があるならば黒ウサギは泣いていただろう。時間があるならば黒ウサギは後悔していただろう。

 

時間があるならば……大樹を助けに行っただろう。

 

無情にも、その時間は無い。

 

 

フォン!!

 

 

柴智錬の劣化魔法【爆裂】が発動した。

 

 

 

 

 

「……ば、馬鹿なッ!?領域干渉だと!?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

黒ウサギは恐る恐る目を開いた。

 

目の前には驚いた顔をした柴智錬。カトラも同じように驚愕していた。

 

 

魔法は不発で終わっていた。

 

 

黒ウサギは柴智錬の言っていた言葉を思い出す。

 

領域干渉。

 

一定の空間を事象改変内容を定義せず、干渉力のみを持たせた魔法式で覆うことにより、他者からの魔法による事象改変を防止する対抗魔法。

 

つまり、魔法を無効化させる魔法だ。

 

しかし、これを行えるのは高い干渉力が必要であるため、魔法力が強い魔法師しか使えない。さらに魔法師としても優秀な柴智錬の魔法を領域干渉で阻害するには十師族クラス。もしくはそれ以上の強い魔法師でないと不可能だ。

 

 

「久しぶりですね、和也(かずなり)さん」

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

黒ウサギの後ろから声が聞こえた。その声は誰なのか黒ウサギは知っている。

 

第一高校の生徒会長であり、十師族の七草家の英才。

 

 

「真由美さん……!」

 

 

七草 真由美が凛とした表情で立っていた。

 

黒ウサギの声に真由美は唇をほころばせる。

 

 

「遅くなってごめんなさい。あとは任せて」

 

 

真由美はそう言ってすぐに真剣な表情に戻る。

 

腕輪型CADを柴智錬に向けながら黒ウサギの前に出る。領域干渉は今も発動し続けている。

 

カトラも同じように魔法が発動できず、額に汗を流していた。

 

 

「ははッ……久しぶりに名前を呼ばれたぞ」

 

 

柴智錬の乾いた笑いが黒ウサギと真由美に嫌な予感を伝える。

 

 

「七草あああああァァァ!!」

 

 

怒り狂った柴智錬は叫び声と共に走り出す。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

走りながら散弾銃の銃口を真由美に向け、引き金を引いた。100発以上もの弾丸が真由美に向かって亜音速で飛んで行く。

 

 

「真由美さんッ!?」

 

 

黒ウサギが急いで電撃を銃弾にぶつけようとするが、反応が遅れたせいで僅かに間に合わない。

 

 

「残念ね」

 

 

真由美はたった一言だけ告げ、魔法を発動した。

 

 

フォン!!

 

 

その瞬間、柴智錬が射撃したすべての弾丸が、柴智錬に向かって跳ね返って行った。

 

発動した魔法は【ダブル・バウンド】。

 

加速系の系統魔法で対象の移動物体の加速を二倍にし、ベクトルの方向を逆転させる魔法。

 

つまり、倍のスピード。倍の威力で柴智錬の体に散弾銃の弾が返って来た。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

重い衝撃が襲い掛かり、柴智錬の体は後ろに吹っ跳んだ。

 

地面に倒れ、うめき声を上げる。

 

 

「あがッ……い、痛ぇ……超痛ぇぞ……?」

 

 

弾丸は防弾チョッキを簡単に貫通していた。衣服にはべっとりと赤い液体が染み込んでおり、地面に赤い水溜りができていた。

 

手加減は無し。容赦は一切無かった。

 

 

「これは大樹君を傷つけた仕返しよ。そして」

 

 

真由美は移動魔法【ランチャー】をカトラに向かって発動する。

 

 

「くッ!?」

 

 

カトラは急いでその場から離れようと走り出すが、

 

 

バチンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギはカトラの足に向かって微量の電気を飛ばし、転ばせた。

 

 

ドンッ!!

 

 

移動魔法が発動し、カトラの体は勢いよく吹っ飛んだ。後方にあった壁に思いっきり叩きつけられ、体内の空気が一気に吐き出される。

 

衝撃の強さにカトラは気を失い、壁にもたれかかって動かなくなった。

 

 

「大樹君に無実の罪を着せたこと。その仕返しよ」

 

 

________________________

 

 

「真由美さん!」

 

 

黒ウサギは真由美に駆け寄り、怪我をしていないか確かめる。

 

 

「大丈夫でしたか!?怪我はしていないですか!?」

 

 

「心配し過ぎよ、黒ウサギさん。むしろあなたが怪我をしていないか……ッ!」

 

 

真由美の言葉は途切れる。黒ウサギが左腕を怪我していることに気付いて。

 

 

「だ、大丈夫ですよ!」

 

 

黒ウサギは白黒のギフトカードを取り出し、優しい光が溢れ出した。

 

優しい光は傷口に降り注ぎ、傷口がみるみると塞がっていく。

 

 

「これは……?」

 

 

「説明は後でします。今は……」

 

 

黒ウサギは視線を柴智錬の方に向ける。

 

柴智錬はもぞもぞと動き、手から離れた散弾銃を必死に掴もうとしている。

 

 

「治療しましょう」

 

 

「……必要ないわ」

 

 

「あります。ここで真由美さんを人殺しにしたくありません」

 

 

「でも……」

 

 

「大樹さんも、そんなことは望んでいません」

 

 

大樹の名前を聞いた瞬間、真由美は黙り込んでしまった。

 

黒ウサギはギフトカードを柴智錬の体に近づける。優しい光が再度溢れ出し、治療を始める。

 

 

「何の、真似だ……」

 

 

「勘違いしないでください。真由美さんを人殺しにしないためです」

 

 

「ハッ、このまま死ん、だ……方がマシだ……」

 

 

柴智錬の傷が次々と塞がって行く。出血量も少なくなっている。

 

 

「七草ぁ……俺を殺、せぇ……」

 

 

「……どうしてそこまで私が憎いの?」

 

 

「憎い、か……」

 

 

柴智錬は血の付いた唇を吊りあげて笑みを浮かべる。

 

 

「最初……俺は、お前の下につくは……構わなかった……」

 

 

「ならどうして……?」

 

 

「周りが俺を、下に見たからだ……」

 

 

柴智錬はゆっくりと話し出す。

 

 

「『お前は七草家の補佐でしかない』……周りから、ずっと……言われ続け……俺を……見下しやがった。それがぁ……お前を暗殺する理由、だ……」

 

 

「そんなの……!」

 

 

「言いたいことは、分かる……」

 

 

柴智錬の言葉に黒ウサギが怒鳴ろうとするが、遮られた。

 

 

「だけどなぁ……一番手っ取り早い、んだよ……俺が見下されなく、なるのは……。それに七草家を、暗殺する理由は……他にある」

 

 

「……十師族選定会議で十師族になること」

 

 

七草の言葉に柴智錬はゆっくり頷く。

 

 

「俺が十師族に、入れば……見下した奴らに、報復できる……」

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

真由美は下を向いて目を伏せた。

 

 

「くくッ……殺されそうに、なった奴の言葉が……それかぁ……」

 

 

「こんなことになったのは私たち……いえ、私の責任だわ……」

 

 

「……………ハッ、死ぬ前に……一つ教えてやるよ」

 

 

「あなたを……死なせはしないわ」

 

 

「いや、死ぬ……俺も」

 

 

柴智錬は笑みを浮かべて告げた。

 

 

「お前らも……!」

 

 

その言葉に二人は恐怖を感じた。

 

 

「何故俺たちは……ここに攻めて、こないか……分からないのか?」

 

 

「どういう意味……!?」

 

 

真由美には全く理解できなかった。しかし、黒ウサギは状況を理解できた。

 

 

「……おかしいです……どうしてここに攻めてこないのですか!?」

 

 

「黒ウサギさん、説明してくれない?」

 

 

黒ウサギはウサ耳で把握した情報を真由美に話す。

 

 

「敵の数は圧倒的に多いです。しかし、この建物には指で数えれる程しか侵入していないのです」

 

 

「残りはどこに?」

 

 

「距離を取って遠くで待機しています」

 

 

「くくッ……どうやって……状況を把握したかは分からねぇが……まぁいい」

 

 

柴智錬はズボンのポケットから端末を取り出し、真由美に向かって投げた。

 

 

「時間はもう、ない……逃げても無駄、だッ………!」

 

 

端末に保存されたデータを真由美は慎重に開く。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

絶望するしかない情報を見た二人の体に、戦慄が突き抜けた。

 

 

________________________

 

 

会場の外。西側のエリアには戦車や直立戦車が会場に向かって、並んで進行していた。

 

テロリストの数は100を超えている。手にはマシンガンがショットガンを持った者が戦車や直立戦車の後ろに隠れて歩いていた。

 

その中で一際目立つ二人の人物。

 

 

「状況はどうなっている?」

 

 

「予定通り観客たちはパニックになっています。警備隊は南側の制圧に苦戦しているため、こちらまで手が回って来ていません」

 

 

蝶ネクタイのような口髭生やし、顔には大きな傷跡がある男。この男こそ、この西側のテロリスト軍隊のボスである。

 

ボスの質問に隣で控えていた側近が端末のモニターの画面を見ながら伝える。

 

 

「こちらは手薄か……何十人いるか調べろ」

 

 

テロリストのボスは側近に会場の西側を護っている人数を調べさせる。

 

監視役の魔法師、審判をしていた魔法師。それに警備隊の魔法師に観客として見に来た魔法師。戦える者をすべて数えると多くは無いはず。

 

西側の守りについた人数は多くて30人。少なくて15人だろうっと予測は立てれる。

 

 

「……それは本当かッ!?」

 

 

伝達された情報を聞いた側近の顔が驚愕に染まる。

 

 

「どうした?」

 

 

「会場前には一人の男しかいないそうです」

 

 

「……ほう」

 

 

側近の言葉にテロリストのボスは目を細めた。

 

一人で守るとなると、相当の腕利きの魔法師であると推測される。しかし、側近は『男』と言った。『老人』とは言っていない。つまり、

 

 

「『老師』は出て来なかったか……となると『老師』に次ぐ強さを持った魔法師のはずだ。調べろ」

 

 

「そ、それが詳細は分かったのですが……」

 

 

側近の言葉は歯切れ悪かった。

 

 

「第一高校の生徒なんです。しかも二科生です」

 

 

「……何だと?」

 

 

全くの見当違いだった。

 

 

「落ちこぼれが一人……はったりか?」

 

 

「恐らく、その可能性が高いかと」

 

 

テロリストのボスの言葉に側近は頷いた。

 

ボスは手で髭を弄りながらしばらく思考する。そして、

 

 

「戦車と遠距離武器を取りつけた直立戦車で遠くから攻撃を開始しろ。目的は時間稼ぎだ。何の抵抗も無ければ部隊を下げて撤退し始めろ」

 

 

「はッ!」

 

 

テロリストのボスの命令を聞いた側近が短く答え、すぐに他のテロリストへと伝達しに行った。

 

戦車の主砲と直立戦車の腕に取りつけられたガトリングガンが会場に向けられる。後方にはテロリストが銃を持って何か不測な事態に備えている。

 

 

「準備、整いました」

 

 

「よし、撃て」

 

 

ドゴンッ!!

 

ガガガガガッ!!

 

 

テロリストのボスの短い言葉の合図。たったそれだけで戦車の主砲と直立戦車のガトリングガンは火を噴いた。

 

戦車の砲弾重量は約20キログラム。それが毎秒1800メートルもあるスピードで放たれた鉄の塊が建物に当たればどうなるか。

 

直立戦車のガトリングガンは一分間で4000発の弾丸を亜音速で飛ばす機関銃。それを持っている直立戦車の数は10機。つまり一分間に4万発の弾丸が建物に当たり続ければどうなるか。

 

当然、建物は崩壊する。

 

次々と会場に砲弾が当たると炎が燃え盛り、弾丸が当たると土煙を巻き上げた。

 

時間にして一分。一通り撃った後、戦車と直立戦車は動きを止める。

 

炎や土煙が少しずつ消え、会場の様子が見えるようになる。

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

テロリストたちは目を疑った。

 

破壊しようとした会場は全くの無傷。

 

 

 

 

 

赤い光の壁が砲弾と弾丸を受け止めていた。

 

 

 

 

 

赤い光の壁を境に外側はいくつもクレーターが出来ており、数え切れないほどの弾丸が散らばっていた。破壊できる威力は十分にあったことを教えてくれる。

 

しかし、会場の内側は全くの無傷。弾丸が一つも転がっていなかった。

 

 

「な、何だアレはッ!?」

 

 

その光景を目の当たりにした一人のテロリストが声を上げる。答えれる者は誰もいない。

 

 

「古式魔法の結界かッ!?」

 

 

「わ、分かりません!魔法の類では見たことないモノです!」

 

 

ボスの確認に側近は首を振り、肯定も否定もしなかった。

 

 

 

 

 

次の瞬間、戦車と直立戦車が宙に舞った。

 

 

 

 

 

「は……………?」

 

 

テロリストのボスは目の前の光景に茫然と立ち尽くすしかなかった。

 

まるで風が爆発したかのように舞い上がり、気が付けば宙に浮いていたのだ。人が。戦車が。

 

残ったのはただ一人。ボスだけだ。

 

隣にいた側近も今は空高く舞い上がっている。

 

 

「な、何が……起きた……!?」

 

 

状況が全く理解できない。何が起こったかも1ミリも分からない。

 

 

「お前が親玉っぽい……いや、親玉だな」

 

 

「ッ!?」

 

 

聞きなれない青年の声が後ろから聞こえ、急いで振り向く。

 

第一高校の制服を着ており、頭は坊主。運動が得意そうな青年だった。

 

手には小さな剣。短剣が握られていた。

 

 

「お前には聞きたいことが山ほどある。それ以外は全部飛ばした」

 

 

ドサドサッ!!

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

人が次々と地に落ち、戦車と直立戦車が爆発する。炎が天高く燃え上がる。

 

 

「何を……何をした……!?」

 

 

「何をした、か……」

 

 

青年は簡潔に答える。

 

 

 

 

 

「ただ走り抜けて来ただけ、だ」

 

 

 

 

 

テロリストのボスはまた理解できなかった。

 

果たして、走っただけでこんなことになるだろうか?

 

走っただけで戦車が、直立戦車が、人が吹っ飛ぶだろうか?

 

デタラメな強さを持った男を見て、ただ呆気に取られるしかなかった。

 

 

________________________

 

 

 

(マッハ500でな!って言ったら失神しそうだな……)

 

 

原田は出かかった言葉を飲み込んだ。テロリストの酷い顔を見て。

 

赤い壁の正体。それは原田の【天照大神(アマテラスオオミカミ)の剣】を使った技。

 

 

神壁(しんへき)(くれない)宝城(ほうじょう)

 

 

太陽の力を最大限に引き出し、あらゆる攻撃を通さぬ障壁を作り出す原田の持つ最強の防御技だ。会場を護るのは簡単だった。

 

 

「とにかくお前らの目的を言え。時間が惜しい」

 

 

「……………ッ!?」

 

 

テロリストのボスはしばらく放心状態に陥っていたが、すぐにハッとなった。

 

 

「クソッ!」

 

 

テロリストのボスは急いで銃を懐から取り出し、原田に向けるが、

 

 

「あ?」

 

 

テロリストは驚いて目を白黒させた。

 

持っていた拳銃の銃身が無くなっており、グリップしか残っていなかったからだ。無くなった銃身の切り口は何かに斬られたような痕が見られる。

 

 

「余計な真似はするな」

 

 

原田の低い声にテロリストは恐怖を感じ取ってしまい、背筋がゾッとなった。

 

 

「絶対にお前は俺に勝てない。分かるだろ、この状況を見て」

 

 

二人を囲むように炎が燃え盛り、逃げ道は無い。

 

 

「俺は大樹(アイツ)の方針に従って人殺しはしない。だけど……」

 

 

原田は短剣をテロリストの首に当てる。

 

 

「半殺しはするかもな」

 

 

首から出た一滴の血が下へと流れた。

 

 

「ば、ばば爆弾だッ!爆弾を仕掛けてあるんだッ!」

 

 

恐怖に勝てなかったテロリストのボスは顔を真っ青にし、急いで目的を話した。

 

 

「俺たちは観客を外に出さないことッ!俺たちの目的はそれだけだッ!」

 

 

「どこに爆弾を仕掛けた?」

 

 

「観客席だッ!観客席に仕掛けてあがッ!?」

 

 

テロリストの言葉が途切れた。

 

原田がテロリストの胸ぐらを掴んで上にあげたからだ。

 

 

「嘘をつくな。俺たちが既に調べてある。観客も不審なモノを持ちこんでいないか検査済みだ」

 

 

「ほ、本当だぁ……俺は上からそう聞かされたんだぁ……!」

 

 

テロリストのボスは必死に声を出し、原田に教える。

 

 

「威力はここ一帯が消し飛ぶ程の威力がある……!」

 

 

「だったらなおさら信じられねぇ。そんなモノを持ち込めるわけが……」

 

 

この一帯が消し飛ぶ威力。つまり火薬の量が多くなるとともに、爆弾の大きさもでかくなる。

 

数を多くするなら発見するのも容易。火薬の臭いですぐに分かり早急に対処され……。

 

 

(いや待て……俺は何かを勘違いしているんじゃないのか?)

 

 

ここは魔法の世界。大規模の魔法を使えば会場を吹き飛ばせるか?

 

……いや、それは不可能だと思う。優秀な魔法師が集うこの場所。そんな魔法が発動されるならすぐに気付いて、さらに騒ぎが大きくなるはずだ。

 

 

(……考えろ……もっと周りを見ろ……)

 

 

考え方をゼロから始めてみよう。

 

 

(まずどうやってここを吹き飛ばすのか……)

 

 

火薬を使った爆弾、それは違うのではないか?

 

そもそも爆弾にはたくさんの種類がある。火薬一点に絞るのは愚の骨頂では無いのか?

 

 

(落ち着け……柔軟な思考をしろ……)

 

 

テロリストは何人か会場に侵入しているはず。それは何故か?爆弾が怖くないのか?

 

 

「………違う」

 

 

全部違う。最初から最後、前提から終わりまで全部違う!

 

爆弾の種類とか関係ない。そもそも爆弾がこの会場にあるわけない!それは俺が……司さんが……大樹が……俺たちがしっかりと調べたはずだろ!。

 

 

(なら考え方は大きく……全く違うモノになる……!)

 

 

どこに仕掛ければ……どんなモノを使えば……ここを潰せるか……。

 

ここは森と山に囲まれた場所。会場を潰すには………。

 

 

「ッ!?」

 

 

頭を鈍器のようなモノで思いっ切り殴られたような感覚に陥った。

 

 

「やられた……」

 

 

考えれば誰でも思い付く発想だった。

 

監視の目を欺き、爆弾を仕掛けて会場を吹っ飛ばす難しい方法よりも、

 

 

 

 

 

 

ここ一帯を死の空間にする簡単な方法がある。

 

 

 

 

 

 

大き過ぎて気付かなかった。目の前にあるコイツを使えば簡単に全て解決することを。

 

 

 

 

 

「頭の回転は良いようだな、原田 亮良(あきら)

 

 

 

 

 

後ろから若い男の声が聞こえた。その声に全身に鳥肌が立った。

 

ゆっくりと首を後ろに向けると、白い白衣を着た一人の男が立っていた。

 

 

「……誰だ」

 

 

男は頭は短い黒髪でボサボサしている。歳は自分と同じくらい若い。18~20歳だと予想される。

 

 

「19歳だ」

 

 

「ッ!?」

 

 

「そんなに驚くことか?初対面の人に会った時は、まず最初に特徴を捉えて覚えようとする。お前は俺の歳の数と髪型を見ていた。まぁお前の目を見ていればすぐに分かることだが」

 

 

自分の心を読まれているような感覚は気持ちが悪く、いい気分にはなれない。いや、読まれているような、というより読まれているかもしれない。

 

原田は短剣を構えて、攻撃の準備をする。

 

 

「無駄だ。俺にダメージは与えられない」

 

 

「なら試してみるか?」

 

 

「愚か者。俺に実体があると思っている時点で貴様は負けている」

 

 

「何……?」

 

 

その時、男の体がブレた。まるで、映像にノイズが入ったかのように。

 

 

「ッ!?」

 

 

「立体映像っと言った方が分かりやすいか?」

 

 

男の腕が伸びたと思ったら体が小さくなったりしている。本物じゃない。映像だと分かってしまう。

 

 

「何者だテメェ……!」

 

 

「ふむ、俺が名乗るとするなら……」

 

 

男はニタリっと笑った。

 

 

「ガルペス。『保持者』と言えば分かるか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

保持者。それは大樹と同じ神の力を持った者のことを指す。

 

今、目の前に大樹と同等、もしくはそれ以上の力を持った者が立っている。

 

3人目の裏切り者。この世界にいる可能性があることは分かっていたが、まさか自分から姿を見せるとは思わなかった。

 

 

「ハハッ……まさか俺の前に現れるはな……!」

 

 

「足が震えてるぞ、原田」

 

 

当たり前だ。自分は一度、神の保持者に負けている。

 

圧倒的な力に振り回され、手も足も出なかった。そんな同じような力を持った相手に勝てるはずが無い。

 

 

「何で……俺の名前を知っている?」

 

 

「……同じ境遇に遭った者同士、知っていて何がおかしい?」

 

 

「テメェッ……!?」

 

 

原田の動揺が表情に出た。同時に激しい怒りも湧き上がり、鋭い目つきでガルペスを睨んだ。

 

この男は自分の秘密を知っている。それは誰にも知られてはいけないことだった。

 

 

「一番知られたくないことだったか?また顔に出ているぞ」

 

 

溜め息をつき、ガルペスは呆れる。

 

同じことを指摘され、さらに怒りの炎を燃やす。今すぐ怒りに任せて殴り倒したいが、相手は実体がないから不可能だ。

 

 

「ところで……」

 

 

ガルペスは辺りを見回し、

 

 

「派手に食い散らかしてくれたようだな」

 

 

壊滅状態にまで追い込んだテロリストを見たガルペスは面白くなさそうに言った。

 

今さら気付いたが、先程までいたテロリストのボスはいつの間にかいなくなっている。

 

 

「やっぱりお前の仕業か」

 

 

「そうだ。このテロリストの黒幕。エレシスとセネスを動かしたの者。そして、楢原大樹を殺す作戦を考えた者。全て俺だ」

 

 

「お前……!?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

原田が何かを言う前に、言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前たちが呼んでいる裏切り者。そいつらの(おさ)をしている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく顔を見せやがったな……!」

 

 

原田はその言葉に引きつった笑みを浮かべた。

 

この最悪な戦いを終わらせるラスボス。その情報を握れたことは今までで一番大きいモノだった。

 

しかし、喜びより恐怖が強い。できればこんな形で会いたくなかった。

 

 

「……そろそろ時間だ。仕事を始めるぞ」

 

 

ガルペスは右手を横に薙ぎ払うと、空中にいくつものディスプレイが表示された。

 

右手の人差し指でディスプレイを操作していく。原田は身構え、周りを警戒する。

 

 

「この世界にいる人たちは中々賢い。厄介なことになる前に終わらせてもらう」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

その時、空から音が聞こえた。

 

戦闘機のような何かが通った音に似ていた。

 

しかも、一回だけではない。二回、三回っと何度も聞こえる。

 

 

「楢原 大樹は少し苦戦していたが、力無くしたお前は勝てるか?」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

ガルペスの背後に大きな巨体が舞い降りた。

 

全長は約10メートルはある。黒い装甲を身に纏ったロボットのような奴が地面に穴を開ける勢いで降って来た。

 

体中にはいくつもの機関銃が取り付けてあり、右手には巨大な電動ノコギリが嫌な音を立てながら回っている。

 

ロボットは一機だけではない。どんどんと空から降って来る。空にも何機か飛び回って待機している。

 

 

「俺の直立戦車(シグマ)を改造した直立戦車Ω(オメガ)だ。数は10機」

 

 

大樹が戦った直立戦車∑より強い機体。それが10機。

 

原田はその化け物クラスの強さを持った機械に囲まれてしまった。

 

 

(大樹でも無傷じゃ済まなかった奴らの強化版を相手にするのかよ……!)

 

 

できれば逃げたかった。負け戦になることは自分が一番分かっていた。

 

しかし、逃げ出すことは許されない。

 

 

「アイツは俺より不利な状況で戦っているだろうが……!」

 

 

ギフトカードを持たず、自分の拳と蹴りだけ戦っている。神の力を持った二人と。

 

他の人たちだってそうだ。黒ウサギたちだって命懸けで守っているんだ。

 

 

「ここ逃げたら……あの時と同じだ……!」

 

 

二度と、同じ過ちを犯しては駄目だ。

 

原田は短剣【天照大神(アマテラスオオミカミ)の剣】の刃を直立戦車Ωに向ける。

 

 

「ここから先は通さねぇよ、クソ野郎」

 

 

「95%の確率でそう言うと思った。愚か者が。99%でお前の負けは……」

 

 

ガゴンッ!!

 

 

その時、一体の直立戦車Ωがバラバラに崩れた。

 

文字通り、直立戦車Ωが部品ごとに分けられ、辺りにネジや部品が散らばっている。元の原型が分からない程、バラバラにされていた。

 

 

「……面白い奴が来たな」

 

 

苦痛な表情はガルペスには一切無かった。あるのは興味だけ。

 

ガルペスの視線の先にいた人物に原田も視線をずらした。

 

 

 

 

 

そこには右手に拳銃型CADを握った司波 達也がいた。

 

 

 

 

 

 

「これは凄い有名人に会えたな。四葉(よつば)の人形が何の用だ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルペスの言葉に達也の顔に動揺が走った。

 

 

「何者だ」

 

 

達也の声は低く、表情は険しかった。

 

 

「お前に答える名は持ち合わせていない。立ち去れ」

 

 

「駄目だ!奴と戦ってはッ!」

 

 

ガルペスの素っ気ない態度に達也が魔法を発動しようとするが、原田が大声を出して止めた。

 

 

「何故だ」

 

 

「アレを見れば分かる」

 

 

原田が指を差した先には、先程バラバラになった直立戦車Ωの部品の山だった。

 

 

ガチャンッ

 

 

部品の山が少しずつ揺れだし、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如、歪な形をしたロボット人形が出来上がった。

 

直立戦車Ωのような原型は残っていないが、人の形になっている。その光景を見た達也は息を飲んだ。

 

 

「99%は変わらない。例え誰が来ようともな」

 

 

ガルペスの言葉に原田は反論できなかった。

 

しかし、

 

 

「……ハッ、お前……臆病者だろ」

 

 

悪口は言えた。

 

 

「……何だと?」

 

 

原田は怪訝な顔をしたガルペスに告げる。

 

 

「100%って言い切れねぇお前は腰抜けだ……!」

 

 

「……今の状況を分かっていて、その言葉を口にするのか?」

 

 

ガルペスの言葉は苛立ちが含まれていた。

 

 

「分かっている。お前らの目的は……」

 

 

原田が指を差した場所は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「富士の山を噴火させることだッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

原田の言葉に達也は目を見開いて驚愕した。

 

一番簡単な方法だった。

 

巨大な噴石の直撃などで会場が破壊される危険性があるが、それより恐ろしいことは他にある。

 

 

「お見事。ついでに聞くが、どうやってお前らを殺すか分かっているか?」

 

 

「火山が噴火した際に危険な災害は多くある。噴石の直撃。土石流や泥流による土砂崩れ。マグマが流れ出す溶岩流。そして、積雪期の雪が噴火によって一気に溶け、大量の水が流れ落ちる融雪型火山泥流がある」

 

 

「お前はどれだと思う、原田」

 

 

「全部違う」

 

 

「……なるほど。本当に分かっているのか」

 

 

 

 

 

「お前たちが狙っているのは……火山ガスによる即死だ……!」

 

 

 

 

 

「大正解だ。なおさらお前をここから逃がすことはできないな」

 

 

火山ガスはマグマに溶けている水蒸気や二酸化炭素、二酸化硫黄、硫化水素などの様々な成分が空気中に含まれ、それを吸い込むと、その場で死亡するほどの即死性がある。

 

そんなモノがこの会場まで流下すれば、大量の死者。いや、全員死んでしまう。

 

 

「……ハハッ、逃がす必要はねぇよ」

 

 

「……何?」

 

 

笑みを浮かべた原田は親指を下に向けて、皮肉を交えて最低な返答した。

 

 

「腰抜けの作戦なんて、俺たちに効かねぇよ……出直しやがれ!」

 

 

「……愚か者より愚か者だ」

 

 

ガシャンッ

 

 

直立戦車Ωが一斉に構える。ミサイルや機関銃を乱射する準備は整っている。

 

 

「ここがお前の死に場所だ」

 

 

ガゴンッ!!

 

 

ミサイルや銃が火を噴くその瞬間、一斉に直立戦車Ωが取りつけていた武器が全て地面に落ちた。ミサイルと銃弾、一発も飛ばされていなかった。

 

 

「させると思うか?」

 

 

「無駄だと言っているだろ、司波 達也」

 

 

達也の系統魔法の収束、発散、吸収、放出の複合魔法【分解】。

 

名前の通り、機械などを部品ごとにバラバラにすることができる。

 

しかし、これだけでは無い。

 

 

「お前は学習する奴だと思ったのだが……見込み違いか?」

 

 

ガシャンッ

 

 

地面に落ちた武器が次々と動きだし固まって行く。そして、再び武器の形を作り出す。

 

 

「それなら、これならどうだ?」

 

 

達也は直立戦車Ωに狙いを定め、再度【分解】を発動する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

 

 

 

直立戦車Ωが消えた。

 

 

 

 

 

一瞬の出来事だった。

 

巨大な直立戦車Ωは散布し、薄い炎が燃え上がり、全て消えた。

 

塵一つすら残らない。消滅したのだ。

 

 

「何だ……今の……?」

 

 

「……………」

 

 

原田は何も理解できず、ガルペスは黙ってその光景を見ていた。

 

 

【マテリアル・バースト】

 

 

質量をエネルギーに分解する究極の分解魔法。

 

【分解】は部品をバラバラにするだけではない。物質を細かな粉末状に、元素レベルの分子に、原子核を核子に、物質の質量をエネルギーに、全て分解することができるのだ。

 

【マテリアル・バースト】は【分解】の最高グレード。

 

 

 

 

 

それは世界を滅ぼすことすらも可能な、世界最強の威力を誇る戦略級魔法となっている。

 

 

 

 

 

正真正銘、神すら恐れる魔法なのだ。

 

 

「……面白い。中々やるじゃないか司波。だが」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

直立戦車Ωの一体が高速で動き、達也の背後を取った。

 

達也は気配を感じ取り、すぐに後ろを振り向くが遅い。回避することができない。

 

 

「これで、終わりだ」

 

 

直立戦車Ωの重い右拳が振り下ろされた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

しかし、その拳は達也に当たらなかった。

 

 

「俺を忘れるなよ……!」

 

 

原田が直立戦車Ωの拳を両手で防いだからだ。

 

 

「クソッタレがぁッ!!」

 

 

ゴンッ!!

 

 

直立戦車Ωの拳をはじき返し、すぐに短剣を振り下ろす。

 

振り下ろした場所に黒い亀裂が生まれる。

 

 

「【天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)】」

 

 

そして、黒い亀裂から赤い光が輝きだす。

 

 

「【天輝(あまてる)】ッ!!」

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!

 

 

真紅の光線が一直線に直立戦車Ωに向かって放たれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

直立戦車Ωの胴体を貫き、大爆発を引き起こした。

 

機械の残骸が辺りにばら撒かれる。

 

 

「なぁ達也。あまり喋る機会は無かったが、ここは仲良く戦わねぇか?」

 

 

「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」

 

 

達也と原田の口元に笑みがこぼれる。

 

 

「俺がアイツら(直立戦車Ω)の動きを止める」

 

 

「その隙に俺が奴 ら(直立戦車Ω)を消す」

 

 

原田は短剣を構え、達也は拳銃型CADを構えた。

 

 

「興味深い組み合わせだな。いいだろう。お前ら二人、まとめて相手をしてやる」

 

 

ガルペスは不気味な笑みを浮かべた。

 

 


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