どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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九校戦 Fourth Stage

「なぁ司さん」

 

 

モノリス・コードの決勝戦がもうすぐ始まるころ、原田と司は一緒に行動していた。

 

二人はモノリス・コードの観客席にいるのではなく、その外にいた。もちろん、警備のために。

 

周りには人がおらず、静かだった。

 

 

「何だ?」

 

 

歩きながら隣にいる原田に答える。

 

 

「失礼なこと聞きますけど、その右腕ってどうしたんですか?」

 

 

「斬られたんだよ。第一高校の生徒に」

 

 

「……まさか」

 

 

「原田だったな?お前が思っていることは恐らく違う。楢原じゃない」

 

 

原田の予想を司はバッサリと否定した。

 

 

「じゃあどうして?」

 

 

「僕が悪事を働いたからに決まっているだろ」

 

 

「悪事……?」

 

 

「……第一高校の生徒のクセに何も知らないのか?」

 

 

「俺、しばらく学校を休んでいまして」

 

 

「……僕は学校を襲ったんだよ。最先端資料のデータを盗み出すために」

 

 

「……そうですか」

 

 

原田の反応に司は変に思った。

 

 

「驚かないんだな」

 

 

「いや、大樹の今までの行動に比べれば……」

 

 

「……悪かったな」

 

 

「いえ……」

 

 

二人は同じことを思った。同じ苦労をしている同類がいると。

 

 

「でも、大樹と仲が良いですよね?いつからそんな関係に?」

 

 

「冗談でもやめろ」

 

 

「冗談じゃないですよ。司さん、大樹と居る時、よく話すじゃないですか」

 

 

「……………」

 

 

司は少し黙っていたが、話し出した。

 

 

「原田。お前はこの世界のことをどう思う?」

 

 

「スケールがでかいですね」

 

 

原田は手を顎に置いて考える。

 

 

「……魔法が使えない人に対して、少し厳しい世界ですかね」

 

 

「原田の通う学校はどうだ?」

 

 

「厳しすぎます」

 

 

今度の質問に答えるのは早かった。

 

 

「俺が学食を食べていたら一科生の奴らが『どけ、二科生(ウィード)』って言って来たんですよ。思わずキン肉バ〇ターを食らわせてやろうと思いましたよ」

 

 

(コイツも楢原と同じで、血の気が多いな)

 

 

司は少し引いていた。だが咳払いをして、話を始める。

 

 

「僕だってそうだ。魔法が使えないだけで見下し、蔑み、そして暴力を振るわれた」

 

 

「……………」

 

 

「僕が恐れる世界なんて殺してやるっと思っていた」

 

 

たった一言。原田のその言葉に恐怖を感じた。それほど重い言葉だった。

 

 

「学校を襲った僕の同志たちはみんなそんな境遇に立った人達だ。何人かは既に……」

 

 

「犯罪ですか」

 

 

「ああ、犯罪者だったよ。窃盗、暴力。一番酷いのは殺人だ。魔法を優れていた人を殺したそうだ」

 

 

司は早く歩き、前に出る。原田から表情を読み取れないようにするためだ。

 

原田は追いかけず、同じペースで歩き続ける。

 

 

「でも、おかしいだろ?」

 

 

「何がです?」

 

 

「何って……」

 

 

司は告げた。

 

 

 

 

 

「僕達を散々蹴っ飛ばしておいて、当然の報いだろ?」

 

 

 

 

 

「それは……」

 

 

原田はその言葉をすぐに否定できなかった。

 

 

「尊厳を落とし、汚し、嘲笑った。だったら仕返しをしても文句は言えないはずだ。さすがに殺すのはやり過ぎだと思うが、殺意が芽生えるほど、それだけ傷つけたんだ。殺されるに決まっている」

 

 

「……………」

 

 

「僕には義理の弟がいる」

 

 

司の声は小さかった。

 

 

「剣道が強くて高校では主将になるほど強かった。それなのに」

 

 

司は手を強く握る。

 

 

「何故、魔法を併用する剣術部に蔑まれないといけないんだ」

 

 

司の声は震えていた。

 

怒りか悲しみか。もしくは両方。原田には分からない。

 

 

「入学してから……剣道部に入ってから……主将になってからも差別は終わらない。弟を見ていて思うよ」

 

 

原田はずっと黙って聞いている。何も言えない。

 

 

「いつか大怪我するんじゃないかって」

 

 

「……司さんはあったんですか?」

 

 

「僕は頭がいいからね。逆に嵌めてやったよ」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

司が立ち止って振り返った時、笑顔だった。原田には恐ろしすぎて直視できなかった。

 

 

「でもいつか大怪我をするかもしれない。と言うより既に甲も精神的にきていた。だから、その時僕が所属していた【ブランシュ】を使って革命を起こそうと思ったんだ」

 

 

「革命……ですか」

 

 

「革命の第一歩だ。第一高校は踏み台にしか過ぎない。どっかの正義のヒーローに第一歩をへし折られたがな」

 

 

大樹だろうっと原田は思った。

 

 

「だけど、へし折られてよかったと僕は思うよ」

 

 

司の表情が少しだけ緩んだ気がする。

 

 

「やり方は最悪だった。僕の催眠魔法で人を操って同志たちを危険な目に合わせ過ぎた。弟にも使ってしまった。これだとアイツらと同じだ」

 

 

司はまた歩き始める。

 

 

「楢原と牢獄生活をした時、いろいろと気付けた」

 

 

「アイツらしいですね」

 

 

牢獄生活については何もツッコまないでおく。

 

 

「……ツッコまないのか?」

 

 

「ツッコミ欲しかったんですか……」

 

 

ちょっと面倒臭い人だと原田は思った。

 

 

「アイツとの牢獄生活は最悪だったぞ」

 

 

「でしょうね。予想できます」

 

 

「考えられるか?看守と笑いながら雑談するとか」

 

 

「馬鹿なのかコミュ力が高いイケメンなのか分かりませんね」

 

 

「馬鹿だろ」

 

 

「俺もそう思います」

 

 

否定材料が無かった原田であった。

 

 

「だけど、アイツと話をしていて他の事にも気付いた」

 

 

司は口元に笑みを浮かべながら告げた。

 

 

 

 

 

「そして、世界の変え方も掴んだ気がする」

 

 

 

 

 

「……スケールがまた凄いっすね」

 

 

「変わらないさ。目的が大きくなっただけだ。やることは変わらない」

 

 

司はそう言って前を向いて歩き始めた。

 

 

(お前はそうやって人を変えていくのか……)

 

 

大犯罪者だった人を変える。差別をしていた生徒を変える。

 

そして、アイツはいつか世界……いや、()()()()()を変えていくんだ。

 

人を救い、仲間を守り、助け合っていく。

 

原田はそんな大樹に嫉妬していた。

 

 

 

 

 

(俺にも、お前と同じ力があれば……)

 

 

 

 

 

こんなことになっていないだろうに。

 

 

 

 

 

「どうした原田?」

 

 

「ッ!い、いや!何でもないです!」

 

 

原田はいつの間にか立ち止まっていた足を動かし、司の後を追う。

 

その時、

 

 

ピーッ!ピーッ!

 

 

「「ッ!」」

 

 

司のポケットに入っている携帯端末から警告アラームが鳴った。その音を聞いた原田と司の表情が強張った。

 

 

「敵だ!」

 

 

「そうみたいですね……!」

 

 

司の言葉に原田は嫌な表情をした。

 

 

「ちょっとヤバい……な」

 

 

「何だと?」

 

 

司が敵の情報を見る前に、原田は言った。原田は敵の気配を感じ取り、汗を流した。

 

司が携帯端末を開けて、情報を見てみると、

 

 

「ッ!?」

 

 

目を疑ってしまいそうになる情報が情報端末のディスプレイに映しだされていた。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

この道を真っ直ぐ行けば試合フィールド。

 

俺たちはまだ会場の中にいた。ここからでも観客たちの騒がしい声が聞こえる。

 

 

「へっくしゅんッ!」

 

 

あー、鼻がムズムズする。誰か俺のことを馬鹿にしなかったか?分かる人、通報お願いします。

 

俺のくしゃみを見ていたレオが俺の心配をする。

 

 

「大丈夫かよ大樹?死ぬなよ?」

 

 

「心配し過ぎだろ。どんな状況で今から死ぬんだよ」

 

 

心臓発作でも起こすのかよ。

 

 

「いや、なんかさぁ……」

 

 

レオは頭を掻く。

 

 

「嫌な予感しかしねぇんだよ。さっきからよぉ」

 

 

「……馬鹿言うな。これからの試合は余裕だ。自分の心配しろ」

 

 

「……あぁ。分かった」

 

 

レオの言葉を冗談として受け入れなかった。それはレオも同じみたいだった。

 

 

「……大樹」

 

 

「ん?」

 

 

レオの次は幹比古か?

 

 

「これ、持っておいて」

 

 

幹比古が俺に渡したのは一枚の御札。呪符か?

 

 

「何だよ?俺を呪うのか?」

 

 

「……お守りだよ」

 

 

俺の冗談を幹比古は真剣な表情をして返した。

 

 

「僕も、嫌な感じがする」

 

 

「俺から、か?」

 

 

「……何か隠していない?」

 

 

「そうだな……実は、俺がk

 

 

「ふざけるのは無しだよ」

 

 

幹比古は俺の退路を塞いだ。

 

 

「じゃあ何もねぇよ」

 

 

「……だったらもうこれ以上は追及しない。でも」

 

 

幹比古は告げる。

 

 

「責任は僕達にもあるんだ」

 

 

「……やっぱり、俺は思うよ」

 

 

「「?」」

 

 

「レオ、幹比古、達也。いい男の親友ができたなって」

 

 

レオと幹比古は少し驚いた後、笑みを浮かべた。

 

 

「何だ、死亡フラグか?」

 

 

「馬鹿野郎。俺には効かねぇよ」

 

 

「そうだね。絶対に死にそうにないね」

 

 

「おう。死なねぇから安心しろ。それと」

 

 

俺は手に持っていたヘルメットを被る。

 

 

「ありがとよ」

 

 

感謝の言葉を伝えた。

 

 

「それなら俺だってサンキューな!」

 

 

「僕の方こそ、ありがとう」

 

 

レオが俺と幹比古の肩を組む。三人で並んだ。

 

俺は後ろを振り返り、

 

 

「ほら、達也も組もうぜ?」

 

 

「……バレていたか」

 

 

後ろから達也が姿を見せる。

 

 

「お前がいないと、始まるモノも始まらないんだよ」

 

 

「そうだぜ達也!」

 

 

「達也もいないとね」

 

 

「……仕方ない」

 

 

達也は口元に笑みを浮かべ、俺たちと肩を組んだ。

 

 

「じゃあ……大声出しますか」

 

 

「鼓膜敗れるぜ?」

 

 

「レオの隣、怖いなぁ」

 

 

「あまり得意ではないんだが……」

 

 

俺は大きく息を吸い込む。

 

 

「絶対に……勝つぞおおおおおォォォ!!!」

 

 

「「「おおおおおォォォ!!」」」

 

 

俺たちは前に向かって走り出した。

 

 

________________________

 

 

モノリス・コード 決勝戦

 

 

対戦相手は第三高校。

 

フィールドは草原ステージ。

 

その名の通り、障害物が何も無く、平面で草しか生えていない。

 

双方のモノリスの距離は600メートルと今までのステージと比べるとやや近い。

 

 

 

会場はざわついていた。

 

大樹と一条が戦うという理由も一つあるが、騒がしい理由は他にある。

 

それは第一高校の選手がローブやマントを羽織っているからだ。

 

幹比古はローブのフードまで被り、レオはマントの襟首を掴んで顔を隠していていた。ちなみにエリカはこの恥ずかしがっているレオを見て、さらに爆笑していた。

 

大樹はフードは被らず、ローブを羽織っていた。そして、決めポーズを決めていた。第一高校の生徒は『あぁ、大樹だな』っと思い、他の人達は黄色い歓声を上げていた。

 

俺は一言だけ感想を述べる。

 

 

「……うるせぇな」

 

 

「お前がポーズを決めなきゃもっと静かだよ!」

 

 

レオのツッコミが炸裂。

 

 

「それにしても……これ着ないと駄目なのか?」

 

 

げんなりとしたレオがマントを見ながら呟いた。

 

レオのマントには特殊な仕掛けが用意されてある。それは後々説明することになるだろう。

 

 

「僕だって着たくないよ」

 

 

幹比古のローブには魔法陣が織り込んであるのだ。着用するだけで魔法が掛かりやすくなる補助効果がつくんだ。簡単に言えば命中率アップだ!

 

え?『何でそんなモノをお前まで着てんだよ』って?……俺のローブってドラ〇エでいうと布のローブなんだ。魔法陣なんて無かった……。

 

 

「ただの日光避け……さ……」

 

 

「どうしたの大樹?」

 

 

ちょっと魔法が恋しくて……。

 

 

「何でもない。お前ら、それは達也が勝つために用意してくれたモノだ。しっかり着とけ」

 

 

「へいへい」

 

 

「大丈夫。活用させてもらうよ」

 

 

その時、会場が静かになった。

 

 

「そろそろか」

 

 

俺は600メートル先、モノリスの近くにいる三人を見る。

 

一人は笑みを浮かべた美少年。一条家の御曹司。

 

もう一人は『カーディナル・ジョージ』の異名を持つ天才。ジョージ。

 

そして、最後の一人は………………………。

 

以上3人がこちらを見ていた。

 

 

「なぁみんな」

 

 

俺は笑みを浮かべながら言った。

 

その時、ちょうど開始のアラームのカウントダウンが始まった。

 

 

「今回、達也の作戦。俺、超好きだぜ」

 

 

「ああ、俺も好きだぜ!今回だけはよぉ!」

 

 

「不思議なことにね」

 

 

そして、開始の火蓋が、

 

 

ビーッ!!

 

 

 

 

 

「「「『ガンガン行こうぜ!』」」」

 

 

 

 

 

切られた。

 

 

ダンッ!!

 

 

その瞬間、俺たちは敵に向かって走り出した。

 

俺が先陣を切る。後ろにレオと幹比古が並んで走っている。

 

 

「さぁて……敵の攻撃が来るぞッ!!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺の言葉に二人の表情はさらに強張る。

 

 

フォン!!

 

 

空中に魔法陣が浮き出る。

 

 

 

 

 

数は6個。

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その数にレオと幹比古は息を飲んだ。

 

発動したのは一条。

 

一条は空気を圧縮させた圧縮空気弾を作り、それを飛ばす魔法を発動したのだ。

 

圧縮空気弾っと言っても威力は高い。一発でも食らえば強固な体を持ったレオでも、気を失う可能性がある。

 

 

「走り続けろ!」

 

 

俺は叫びながらレオと幹比古に言う。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、一斉に魔法が発動した。

 

圧縮空気弾が俺たちに向かって降り注ぐ。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】」

 

 

大樹はローブの中から手を出す。

 

 

「【六刀鉄壁(ろっとうてっぺき)】」

 

 

カンッ!!カンッ!!カンッ!!

 

 

何度も甲高い音が響いた。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その光景に敵も、味方も、観客も驚愕した。

 

 

 

 

 

大樹の手には二本の刀【鬼殺し】が握られ、その刀で全ての攻撃を防いだからだ。

 

 

 

 

 

(まだ余裕だな)

 

 

俺は心の中でとりあえず安心する。

 

これは達也が急いでもう一本用意したモノだ。届いたのは1時間前だ。さすがだぜ。

 

俺は二本の【鬼殺し】を使って圧縮空気弾を弾き飛ばした。硬化魔法と圧縮空気弾。どちらかが強いかは目に見えている。

 

しかし、時間制限がある。

 

 

(たったの30秒……何これ。俺、今から世界でも救うの?)

 

 

冗談を言いながら俺はサイオンの節約のため、ローブの中にある鞘に【鬼殺し】を戻す。

 

その時、レオと幹比古が驚いた顔でこっちを見ていた。あ、足が止まってる。

 

 

「おい!走り続けろって言っただろ!〇〇〇をされたいのか!?」

 

 

「「怖ッ!?」」

 

 

レオと幹比古が走り出すと同時に、俺も走り出す。

 

さぁどう出る?ジョージ!!

 

 

________________________

 

 

 

「嘘だろ……!」

 

 

三高のディフェンスの一人が呟いた。一条と吉祥寺も大樹の取った行動に驚いていた。

 

大樹は剣のようなモノを取り出し、それに硬化魔法を掛けて、一条の圧縮空気弾を弾き飛ばした。その光景には驚くことしかできない。

 

 

「彼が将輝の魔法を跳ね返して、僕達の所に突撃するみたいだね」

 

 

「……俺が惹きつけておく。ジョージは」

 

 

「残りの二人だね。任せて」

 

 

一条はゆっくりと歩き出した。赤い拳銃型CADを大樹達に向けて。

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

 

「おう。後は任せろ」

 

 

吉祥寺は残ったチームメイトに告げて、走り出した。

 

吉祥寺は大きく迂回しながら走る。大樹達の側面を叩くつもりだった。

 

だが、

 

 

「ッ!」

 

 

大樹たちの進行方向が変わった。行先は、

 

 

(狙われてる!?)

 

 

吉祥寺だった。

 

 

フォン!!

 

 

空中に一条の新たな魔法陣が出現する。その数は8個。

 

吉祥寺はその魔法陣が出現した位置に笑みを浮かべた。

 

 

(彼の前方に4つ。後方にも4つ。これなら……!)

 

 

吉祥寺は走るのをやめない。

 

前方の進行方向を叩けば、後方の魔法が後ろの二人に命中する。後ろを守っても前方の魔法にやられる。

 

両方を叩くのは不可能。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、魔法が発動された。

 

進行方向の前方に向かって走っていたせいか、発動した魔法が大樹達に当たるのがわずかに早い。

 

大樹はローブから再び二本の刀を取り出し、

 

 

カンッ!!カンッ!!カンッ!!カンッ!!

 

 

右の刀で一発を叩き斬り、左の刀も同じように上から叩き斬った。

 

そして、最後の二発は同時にそのまま下から上へ斬り上げて、弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

そして、斬り上げたと同時に大樹は跳躍し、バク宙をした。

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その光景に驚かない者はいない。大樹はレオと幹比古の頭上を通り過ぎていく。

 

既に後方から圧縮空気弾が発射されている。レオと幹比古に当たりそうになる圧縮空気弾を、

 

 

カンッ!!カンッ!!カンッ!!カンッ!!

 

 

空中で回転しながら飛んで来た圧縮空気弾を斬った。

 

 

タンッ

 

 

大樹は地面に綺麗に足だけで着地し、再び走り出した。

 

 

(あり得ない……!)

 

 

甘く見ていた。今までの試合で分析して、力量を図ったことが甘かった。

 

まだ彼は本気を出していないことを。

 

徐々に吉祥寺との距離を縮める大樹達。このままでは接触してしまうと思った吉祥寺は【不可視の弾丸】を放った。

 

 

【不可視の弾丸】

 

対象のエイドスを改変無しに直接圧力そのものを書き加える魔法だ。雫が使った情報強化なんかでは防げない。

 

 

対象はもちろん大樹。

 

 

「ッ!」

 

 

魔法はしっかりと発動し、大樹の足元に魔方陣が出現する。

 

だが、

 

 

バリンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

吉祥寺の目が見開く。

 

大樹は大きく足を上げて、それを一気に下ろして踏み潰して破壊した。

 

 

(やっぱり原理が分からない……!)

 

 

吉祥寺は大樹たちが一番最初に森林で戦った試合を見ていた。特に最後の方で大樹が魔法を破壊する場面を。

 

吉祥寺は魔法に何らかの阻害する魔法を掛けたのではないかと思っており、その対策もしていたが……結果は違った。

 

吉祥寺……いや、みんなは知らない。大樹は魔法が使えないことを。

 

 

フォン!!

 

 

また空中に魔法陣が展開する。今度は一列に並び、同時に発射される。

 

 

12個の圧縮空気弾が。

 

 

レオと幹比古の顔が強張っているのがこちらからでもよく分かる。

 

 

「抜刀式、【刹那(せつな)の構え】」

 

 

大樹は走りながら目を閉じて集中する。

 

その光景に吉祥寺がまた驚愕する。

 

 

(どうして目を閉じる……!?)

 

 

何かトリックがあるのか?高位魔法を放つために集中しているのか?吉祥寺にその真相は分からない。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、同時に12個の圧縮空気弾が放たれた。

 

 

「【横一文字・絶】」

 

 

ザンッ!!

 

 

魔法陣から圧縮空気弾が出された瞬間横に一直線、一閃した。

 

 

 

 

 

一瞬にして12個の圧縮空気弾が斬られ、消滅した。

 

 

 

 

 

「そんな……!?」

 

 

吉祥寺が声に出して驚いた。

 

一条の表情が初めて歪んだ。攻撃が一度も通じないことに。

 

 

(せめて彼以外の人を!)

 

 

吉祥寺は考えを変える。

 

【不可視の弾丸】の標的はレオだった。吉祥寺は魔法を発動する。

 

 

「させるかよッ!」

 

 

ドンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

標的にしたレオの目の前に、黒い壁ができていた。

 

この黒い壁はレオの羽織っていたマントだ。マントにサイオンを送り込んで発動したのだ。

 

マントは硬くなり、地面に突き刺さった。そのマントを壁とすることで【不可視の弾丸】の発動を防いだのだ。

 

【不可視の弾丸】の弱点。それは視認する必要があることだ。遮蔽物があれば使えない魔法なのだ。

 

大樹と幹比古もその後ろに隠れている。

 

 

「ウオオオォォ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

黒い壁の右横から【小通連】のブレードが飛び出して来る。

 

吉祥寺は頭を下げて、間一髪の所でかわす。

 

ブレードはそのまま左横まで行き、黒い壁の後ろに隠れた。

 

 

(これが駄目なら……!)

 

 

吉祥寺は【不可視の弾丸】とは違う魔法を発動しようとする。

 

 

ダンッ!!

 

 

その時、大樹とレオが走り出した。

 

 

モノリスに向かって。

 

 

「えッ!?」

 

 

自分を倒せるチャンスがあるにも関わらず、二人は一人を残して離脱したのだ。しかもレオの手には【小通連】が握られていない。

 

吉祥寺はその行動に少し怒っていた。たった一人で十分だと思われていることに。

 

 

フォン!!

 

 

吉祥寺は移動魔法を発動し、黒い壁の横に回る。そして、幹比古の姿を捉える。

 

すぐに【不可視の弾丸】を発動……!?

 

 

「ぐあッ……!」

 

 

吉祥寺は幹比古に向かって魔法を発動できなかった。視界が歪み、ブレたせいで。

 

 

(幻術……!)

 

 

もう一度言うが、【不可視の弾丸】は視認が必要だある。そのため、幻術で幹比古の姿を増やしたり、歪めさせたりすることでも【不可視の弾丸】を防ぐことができるのだ。

 

さらにローブのおかげで吉祥寺は魔法に掛かりやすくなっている。

 

 

ゴオッ!!

 

 

その時、突風が吹き荒れた。それを起こしたのは幹比古。

 

吉祥寺は移動魔法を使ってよける。風に逆らわずに、風に乗ることで勢いを殺す。ノーダメージだ。

 

 

(厄介な!)

 

 

心の中で舌打ちをするが、異変に気付いた。

 

相手が追撃をしないのだ。

 

敵はただ笑みを浮かべているだけ。

 

 

「……まさか!?」

 

 

気付いた時には遅かった。吉祥寺は一条たちの方を振り返る。

 

 

フォン!!

 

 

空中に魔法陣がまた展開される。

 

 

 

 

 

そして、14個の圧縮空気弾が放たれた。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は二本の刀をローブから出し、

 

 

「二刀流式、【受け流しの構え】」

 

 

大樹は約2メートル、空に向かって高く飛び

 

 

「【鏡乱(きょうらん)風蝶(ふうちょう)】」

 

 

一回転した。

 

 

カンッ!!

 

 

たったそれだけで、

 

 

ドゴォ!!!

 

 

「うわッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

圧縮空気弾がバラバラの方向へと飛んで行った。

 

土煙が巻き上がり、辺りが見えなくなる。チームメイトは驚きながら腕で顔を隠して煙を防ぐ。一条も驚き、腕で顔を隠していた。

 

 

ゴォッ!!

 

 

土煙の中から二人の男たちが走り出してくる。大樹とレオだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、煙のせいで距離感が分からなくなっていたが、吉祥寺は気付いてしまった。

 

 

彼らは既に射程範囲だということ。

 

 

「将輝ッ!!」

 

 

吉祥寺は叫ぶ。駄目だ。彼らの狙いは……!

 

 

「モノリスだッ!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

一条とチームメイトが気付いた時には遅かった。

 

 

「レオッ!!」

 

 

「任せろ!!」

 

 

フォン!!

 

 

レオが敵のモノリスに向かって手を向ける。その距離は10mも無い。

 

そして、

 

 

ガゴンッ!!

 

 

モノリスはゆっくりと開いた。

 

モノリスの背中に書かれた512文字が現れる。

 

 

「くッ!!」

 

 

一条の顔に動揺が走った。

 

そのせいで、取り返しのつかないことをしてしまった。

 

 

フォンッ!!

 

 

空中に再び16個の魔法陣が出現する。

 

 

(しまったッ!?)

 

 

一条が思った時には遅かった。

 

魔法にサイオンを強く送り過ぎたせいで、一発が最強の威力を秘めた圧縮空気弾になってしまったのだ。

 

その威力は大怪我を負う程。下手をすれば死を招く一撃。

 

 

 

 

 

大樹に向かって16個の死の弾丸が展開された。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

大樹には分かっていた。今までとは比べものにはならない威力で弾丸が放たれると。

 

大樹はレオの着ている防 護 服(プロテクション・スーツ)の襟首を掴み、圧縮空気弾の被害が合わない距離まで遠くへと投げた。

 

 

「うおッ!?」

 

 

レオは突然のことに驚く。

 

 

ザシャアアアァァ!!

 

 

「ぐうッ!!」

 

 

地面に勢い良く転がり、何とか膝をつく。

 

 

「な、何を……!?」

 

 

レオの続きの言葉は掻き消された。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

大樹に向かって、16個の圧縮空気弾……いや、それはミサイルだと表現した方が正しいのかもしれない。

 

圧縮空気弾が発動した瞬間、大きな地響きが響き渡った。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

強風が周りの選手に向かって吹き荒れる。体に力を入れないと、飛ばされてしまうくらいの暴風だった。

 

 

「だ、大樹……?」

 

 

レオが名前を呼ぶ。返事は返ってこない。

 

煙が立ち上がり、中の様子が分からない。分かるのは、

 

 

 

 

 

大樹のいた場所。周りの草が全て消え、大きなクレーターができていた。

 

 

 

 

 

「う、嘘だろ……!?」

 

 

レオが急いで立ち上がり、走って近づく。

 

一条たちは呆然と立ち尽くしているだけだった。大きな歓声も今は聞こえない。

 

 

「大樹!いるだろ!?返事しろよッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なのかポニー?返事したらバレるだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。

 

 

 

 

 

敵のモノリスの後ろに大樹の姿があった。

 

 

 

 

 

大樹は無傷。変わったことは防 護 服(プロテクション・スーツ)は土で少し汚れており、ローブも無くなっている。そして、大樹の腰に刺さっている鞘が二本見えるようになっただけだ。

 

 

「どうやってッ!?」

 

 

「おっと、動くなよ?」

 

 

一条の驚きの言葉に大樹は人差し指を口に当てて黙らせる。

 

 

「もうモノリスのコードは511文字打ってある。分かるよな、この状況?」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

その言葉に敵も味方も驚いた。

 

あと一文字、コードを打ち、送信すれば第一高校の勝利となる。

 

 

「何で打たねぇんだよ!?」

 

 

「はやく終わらせてよ!?」

 

 

「うるさいぞッ!ポニー&ミキ!」

 

 

「「その言い方やめろ(やめて)!!」」

 

 

大樹は一条に向かって指を差す。

 

 

「俺は少し怒った。規定違反の威力を出したお前に」

 

 

「ッ……」

 

 

一条は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 

「そこでだ」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「俺と一対一で勝負しろ、一条」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

俺の言葉に全員がまた驚く。

 

 

「距離は20m。そこから俺とお前の戦いを始める」

 

 

「い、いいのか?」

 

 

「俺がやりたいんだ」

 

 

大樹は説明する。

 

 

「ルールは簡単。お前は全力で俺を潰せばいい。規定違反を余裕で越えるほどの魔法力を使って」

 

 

「何だと!?」

 

 

「そうじゃないと……お前、俺に勝てないぞ?」

 

 

大樹の挑発に一条は険しい顔をするしかない。

 

 

「お前が勝てば試合はそこから再スタート。俺が勝てば残りの一文字を打って、俺たちの勝ちだ」

 

 

「……………分かった」

 

 

「将輝!?」

 

 

一条は何かを決意し、頷いた。吉祥寺は一条のその行動に驚く。

 

 

「ジョージ。彼が提案して来た戦いだ。乗るしかない」

 

 

「……………」

 

 

一条がそう言った後、吉祥寺は何も言わなくなった。

 

 

「よし、じゃあ始めるか」

 

 

大樹は後ろを振り向き、歩き始める。一条はその姿を見て、周りの選手を『離れていろ』っと目で訴えた。レオたちは黙って後ろに下がり距離を取る。

 

大樹が一条と20mを取った時、振り返った。

 

 

「開始の合図はこの石が落ちた時だ」

 

 

手に持った小石を一条に見えるように大樹は見せる。

 

 

「準備はいいな?」

 

 

大樹は笑みを浮かべながら一条に言った。一条は真剣な表情で頷いた。

 

 

パチンッ

 

 

一条が頷いた瞬間、大樹は小石を親指で弾いて、高く飛んで行った。

 

一条は赤い拳銃型CADを大樹に向ける。

 

大樹は目を瞑り、二本の刀、【鬼殺し】に手を置いた。

 

勝負は一瞬で決まる。

 

静かにその勝負を見守っているのは選手たちだけじゃない。会場も静まり返っている。観客は呼吸を忘れるほど見入ってしまっていた。

 

 

タンッ

 

 

そして、小石が地面に落ちた。

 

 

フォン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中に死の弾丸。20個の圧縮空気弾を飛ばす魔法陣が描かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一条は本気だった。大樹を殺す勢いで魔法を放ったのだ。

 

だがこの時の一条は本気を出したことを後悔していた。規定違反の出力を出し、反則している。これで大樹を倒したとしても、最低だと思ったからだ。

 

しかし、同時に期待もしていた。

 

この圧倒的な力。不利な状況。この魔法を覆してみせること。

 

最初の規定違反の時、責められると思っていた。だが、大樹は一対一の勝負を持ちかけたのだ。

 

理由は全く分からない。だけど、この勝負が終わった後、分かるかもしれない。

 

一条はそれが知りたかった。

 

 

シュンッ!!

 

 

ついに魔法は放たれた。

 

一斉に20個の圧縮空気弾が大樹に向かって飛んで行く。

 

 

「見せてやるよ」

 

 

大樹は目を開けて告げる。

 

 

「これが、最強だ」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

先程の爆発より大きな轟音。大きな爆風。選手たちの体は爆風にまともに逆らえず、地面に膝をついてしまうほどだった。圧縮空気弾を撃った一条ですら後ずさりをするほどだ。

 

観客席にまで強風が吹き、悲鳴が聞こえる。

 

 

「「大樹ッ!!」」

 

 

レオと幹比古は名前を叫んだ。爆風にかき消され、その声は誰にも聞こえない。

 

……30秒は経っただろうか土煙がようやく少なくなり、大樹のいた場所が映し出される。

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その光景に、誰もが息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全くの無傷の大樹が立っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

一条はその光景に絶句した。選手も、観客たちも、この一連の出来事を見た者全てが言葉を失っていた。

 

大樹を中心とする大きなクレーター。一条の力の強さが十分に分かる。しかし、大樹は全くの無傷。ダメージを受けていない。

 

 

「足りねぇよ」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「俺にダメージを与えたいなら足りねぇよ。数も。速さも。威力も」

 

 

「そ、そんなわけ……!?」

 

 

「まだ全力じゃないはずだろ。数で勝負をするな。あらゆる手段の試行錯誤するな」

 

 

大樹は右の拳を前に向ける。

 

 

「本気の一撃で勝負しろ」

 

 

「ッ…………!」

 

 

大樹の言葉に一条は唇を噛んだ。

 

ここまでプライドをズタズタにして、大樹はまだ自分を挑発することに苛立っていた。

 

 

「熱くはなってもいいが、感情的になるなよ?」

 

 

「ッ!」

 

 

全てを見透かされ、一条は息を飲む。

 

 

「お前が冷静になるために少し俺がお前に説教をしてやろう」

 

 

「説教……?」

 

 

「お前は俺を甘く見過ぎだ」

 

 

「……………」

 

 

大樹の言葉に一条は何も答えない。

 

 

「試合が始まった直後、最初の攻撃。手を抜いただろ。最初から本気を出さなかった。お前は慢心していた」

 

 

大樹の言っていることは正しかった。敵がどのくらい戦えるか小手調べをしてしまっていた。

 

 

「そのせいでお前は窮地に落ちた時、冷静に判断ができなくなり、焦ってしまった」

 

 

大樹の目は真剣だった。

 

 

「そして、人を殺してしまうかもしれない魔法を放った」

 

 

その言葉は一条の心に重く圧し掛かった。

 

 

「あの時、俺の代わりにレオか幹比古だったら死人が出ていたかもしれないぞ?」

 

 

「……………」

 

 

一条は下を向いて何も喋らない。

 

 

「だけど」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「もうお前なら大丈夫だろ?」

 

 

「ッ!」

 

 

一条は顔を上げる。

 

 

「もうお前は慢心しない。最初から全力で戦えるはずだ」

 

 

「だ、だけど俺は……!」

 

 

「俺はお前の攻撃を受け止めれる。全力の魔法を、な」

 

 

その言葉に一条が驚く。大樹は拳を作り、自分の胸を叩いた。

 

 

「お前の全力を俺がぶっ飛ばしてやる。上には上がいることを教えてやる」

 

 

大樹の言葉に一条は全て理解した。

 

 

(この勝負は俺のためだったのか……)

 

 

上がいること知らしめることで自分の慢心を無くそうとしてくれた。

 

今まで自分に立ち塞がる強大な敵はいなかった。今回の九校戦でも、簡単に勝てると思っていた。

 

現にもう一つ出場したアイス・ピラーズ・ブレイクは簡単に優勝した。自分に勝てる者などいなかった。

 

 

(俺の全力……)

 

 

この男に本気を出せば自分は強くなれる。一条はそんな不思議な気持ちを感じた。

 

一条は深呼吸して息を整えた後、赤色の拳銃型CADの銃口を大樹に向けた。

 

 

「……いいのか?」

 

 

「いいぜ。お前の本気、捻り潰してやるよ」

 

 

大樹は手を握り、構えた。

 

そんな大樹を見て一条は口元に笑みを浮かべた。

 

 

「……行くぞ」

 

 

一条がそう言った瞬間、既に笑みは消えて、真剣な表情になった。

 

 

フォン!!

 

 

一条の拳銃型CADの銃口の前に巨大な魔法陣が出現する。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

風が吹き荒れた。

 

強風は魔法陣の中心、一点へと集まる。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突如、風の中で電撃が走った。その光景に誰もが恐怖を感じた。

 

一点に凝縮することで生まれた電気。

 

 

 

 

 

高電離気体(プラズマ)

 

 

 

 

 

この瞬間審判はすぐにアラームを鳴らし、試合を止めなくてはいけなかった。しかし、アラームは鳴らない。

 

先程から何故アラームを鳴らして止めようとしないのか。

 

それは彼らの本気の戦い。この試合の最後。結末を見たいからだ。

 

誰にも邪魔されない。いや、邪魔をしてはいけない戦い。

 

そして、遂に決着の時が来る。

 

 

フォン!!

 

 

一条の魔法が放たれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

耳の鼓膜をぶち破ってしまうような轟音が響き渡る。

 

そして、豪風を纏った高電離気体(プラズマ)が大樹に向かって飛んで行った。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

草原の地面を抉りながら向かってくる高電離気体(プラズマ)に、

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

大樹は右手一本だけで挑んだ。

 

そして、最強の一撃を秘めた拳をぶつける。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

暴風が辺り一帯に襲い掛かる。観客席まで強風が来るほどの暴風だ。

 

大樹の右手に鋭い痛みが走った。

 

 

(高電離気体(プラズマ)……か……)

 

 

大樹は歯を食い縛る。

 

高電離気体(プラズマ)に触れば感電死。そんな常識的な考えは大樹の前では無力。

 

 

(そんな電撃……俺に……!!)

 

 

通じないッ!!

 

足に力を入れてさらに前に突き進む。拳も前に進む。

 

 

バチンッ!!

 

 

 

 

 

そして、暴風を纏った高電離気体(プラズマ)が消えた。

 

 

 

 

 

ゴオォッ!!

 

 

高電離気体(プラズマ)が消えた瞬間、風が散布した。

 

一条が有り得ないモノを目にしたかのように、目を見開いて驚いていた。

 

 

 

 

 

「お前の負けだ、一条」

 

 

 

 

 

気が付けば大樹の左手には武装一体型CAD【風拳(ふうけん)】が装備されていた。

 

目にも止まらぬ速さで一条に近づき、

 

 

「ひっさぁぁああつ……!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

すぐ目の前には大樹。突然のことに一条は何もできない。

 

 

「ブーストぉぉ……!!」

 

 

 

一条は目を瞑る。

 

 

 

「ノヴァぁぁあああ……!!」

 

 

 

そして、一条は理解した。

 

 

 

 

 

「ナックルうううううゥゥゥッ!!」

 

 

 

 

 

この男には、(かな)わない。

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

重い風の一撃。一条は吹き飛ばされ、後方に飛んで行った。

 

何度も地面に叩きつけられ、転がる。

 

 

一条は横たわったまま、動かなくなった。

 

 

大樹はそれを確認した後、ウェアラブルキーボードに最後のコードを打った。

 

 

ビーッ!!

 

 

モノリス・コード決勝戦。新人戦最後の試合に終止符が打たれた。

 

 

_______________________

 

 

 

「「この馬鹿ッ!!」」

 

 

ゴッ!!

 

 

「痛ッ!?」

 

 

試合終了直後、レオと幹比古に叩かれた。しかもグーで。

 

 

「心配させんじゃねぇぞ!こっちはどれだけ……!」

 

 

「『大樹!いるだろ!?返事しろよッ!!』……お前は俺のヒロインか!?」

 

 

「違ぇよッ!?あと復唱するな!」

 

 

「……悪かったよ」

 

 

俺は小さい声で呟いた。

 

 

「勝負しないといけないなぁって思ってよ。一発ぶん殴らないと気が済まなかった」

 

 

「……大樹らしいね」

 

 

そう言って幹比古は息を吐いた。安心して出た安堵の息か、呆れて出た溜め息か。俺には分からない。

 

 

「楢原大樹」

 

 

「……よぉ、ジョージ」

 

 

俺の名前を呼んだのは吉祥寺。チームメイトと一緒に一条の肩を持っていた。一条は完全にダウンしている。

 

二人は俺を睨んでいる。

 

 

「あなたは……本当に人間ですか?」

 

 

「俺はそう思っている。それと、一条に伝言を頼む」

 

 

「聞きます」

 

 

「お前の本気の魔法、凄かった。今度は突き指以上の怪我をさせろよってな」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

俺は笑いながら言ってやった。お前らの驚く顔、傑作だな。

 

 

「……次は勝ちますっとは言えなくなりました」

 

 

ジョージは残念そうに言った。失礼な。

 

 

「大丈夫、作戦次第では俺に勝てる。……保障はできないけど」

 

 

「最後の言葉、いらなくねぇか?」

 

 

レオの言葉に同感。言わない方が綺麗に済んだ気がする。みんなドン引きだし。

 

 

「そうですね。次はあなたと戦わずに勝利します」

 

 

「おいおい、そんなことしたら俺は味方と戦うぞ?」

 

 

「「最悪だッ!」」

 

 

宣戦布告をして満足した吉祥寺はチームメイトと一緒に一条の肩を組み、帰って行った。

 

その後ろ姿を見送った後、

 

 

「俺たちも帰るか」

 

 

「そうだね」

 

 

レオの言葉に幹比古が同意し、歩き出す。

 

 

わあああああァァァ!!

 

 

大樹たちを迎える大歓声が聞こえる。手を振る者。飛び上がって喜ぶ者。泣いている者もいた。

 

 

「行きづれぇなぁ……」

 

 

「ほとんど大樹の歓声だよね」

 

 

レオと幹比古は苦笑いで歩く。

 

 

「……………」

 

 

その時、大樹が嫌に静かだと二人は気付く。

 

 

「大樹?」

 

 

レオが声をかけるが、大樹はフィールドの方を向いたままだ。

 

 

「………幹比古。そのローブ、俺にくれないか?」

 

 

「ローブ?」

 

 

幹比古は訳が分からなかったが、とりあえずローブを脱いで大樹に渡した。

 

 

「サンキュー。それと」

 

 

大樹はローブを着た後、振り返り、レオと幹比古の腕を掴んだ。

 

 

「そっちは任せたぞ」

 

 

観客に向かって二人を投げた。

 

二人は宙を舞い、高く飛ぶ。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

突然のことに二人は驚愕する。観客も驚いていた。

 

その時、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

 

観客席の目の前に巨大な水の壁が吹き上がった。

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

次々と観客席の目の前に水が吹き上がり、中の様子が全く見れなくなる。

 

観客たちが悲鳴を上げる。会場はパニック状態に陥っていた。

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

「レオッ!行ったら駄目だッ!」

 

 

観客席に投げ込まれた二人。水の壁の向こう側には大樹が一人取り残されている。レオが水の壁に向かって飛びこむことを試みるが、幹比古に邪魔をされる。

 

水の勢いは恐ろしい程強い。手が触れれば一瞬で千切れてしまうかもしれない。

 

 

「放せッ!アイツはまた一人で……!」

 

 

「落ち着けレオ」

 

 

レオたちの後ろから冷静な声がかけられた。

 

 

「達也……」

 

 

「大樹は言ったはずだ。そっちは任せたっと」

 

 

二人は分かっていた。大樹が自分たちを頼り、頼みごとをしたことを。しかし、二人は納得いかなかった。

 

 

「それでも!」

 

 

「こっち側も大変なことになった」

 

 

達也の『大変』という言葉を聞いて、レオが冷静になって聞く。

 

 

「既にこの会場はテロリストに囲まれている状況だ。警備隊が対応しているが、恐らく負けるだろう」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その言葉に二人は耳を疑った。

 

ここにいる警備たちは一流の警察部隊。当然、魔法はエキスパート。最強の部隊と言っても過言ではないはず。

 

そんな彼らがテロリストに負ける。有り得ない話だった。

 

 

「何で負けるんだ!?」

 

 

「これを見ろ」

 

 

レオの言葉に達也は携帯端末を二人に見せた。ディスプレイは真っ暗で、電源すらついていなかった。

 

 

「ここ一帯にある電子機器が全て使えなくなった。応援を呼ぶことも。通信することも封じられた」

 

 

「ど、どうやって!?」

 

 

「分からない。水が吹き上げた瞬間、突然使えなくなったんだ」

 

 

幹比古の問いに達也は首を振った。

 

 

「二人に頼みがある。ここの地下に向かってくれ。既にテロリストが侵入しているはずだ」

 

 

「……ぶっ飛ばせばいいんだな?」

 

 

レオの苛立った声に達也は頷いた。

 

苛立っている理由は半分が大樹。もう半分はテロリストだ。

 

一人で抱え込んだ大樹に苛立ち。助けに行くのを邪魔するテロリストに怒り。

 

幹比古は表情に出ていないが、同じ気持ちだった。

 

 

「達也はどうするの?」

 

 

「俺は別の場所に行く。いいか、油断はするな。遠慮はいらない」

 

 

達也の忠告を聞き、レオと幹比古は走り出した。

 

 

「これが終わったら殴ってやるぞ、幹比古」

 

 

「うん、僕も殴らないと気が済まない」

 

 

早く終わらせて、大樹を救うために、殴るために。

 

二人は全速力で走り出した。

 

 

_______________________

 

 

 

「……久しぶりだな」

 

 

「「……………」」

 

 

大樹の言葉に二人の少女は何も答えない。

 

 

「水だけで空間を造るなんて発想がぶっ飛びすぎて驚いた。まぁ一番驚いたのは……地下水を操ることだ」

 

 

この平原の下にはどうやら地下水があったようだ。そこから水を操り、大樹を閉じ込めたのだ。

 

水の中から外の景色は見えない。向うも同じく中の様子は見えないだろうが。

 

 

「俺と約束、忘れたのか?」

 

 

大樹は悲しそうな表情で名前を呼んだ。

 

 

(ひかり)

 

 

「……私の名前はエレシス。【ポセイドン】の保持者」

 

 

エレシスは冷たく答える。

 

 

「あなたを殺す者です」

 

 

「……そうかよ」

 

 

大樹は隣に立っているもう一人の人物を見る。

 

 

「お前もか?」

 

 

「私はお姉ちゃんについて行く。名前はセネス」

 

 

セネスは何かを決意し、告げる。

 

 

「復讐のために」

 

 

「……分かったよ」

 

 

大樹はローブを被り、二人を睨み付けた。

 

 

「だったら俺も戦う」

 

 

紅くなった目がフードの中でも赤く光るのが分かった。

 

 

「もう、俺の大切なモノは何一つ奪わせないためにッ!」

 

 

その瞬間、二人の姉妹の背中に翼が生える。

 

エレシスの翼は水で生成されており、セネスは鉄のように銀色に輝いた翼だった。

 

二人の服装は同じ。スカートが膝下まであるワンピースを着ている。色はエレシスが薄い水色。セネスは赤色だ。

 

綺麗な紫の色の髪。同じ髪型のショートカット。姉妹というより双子の印象が強い。

 

 

(ギフトカードが無いこの状況。それでも、俺は勝って見せる!)

 

 

大樹は構える。

 

エレシスの両手には大きな二本の槍【三又(みまた)の矛】。セネスの右手には片手剣。左手には真っ赤な盾。

 

 

彼らの最後の戦いが始まった。

 

 

_______________________

 

 

 

「放してくださいッ!!」

 

 

「駄目だ!今の君は冷静じゃない!」

 

 

黒ウサギが顔を真っ青にして叫んだ。摩利の一喝は黒ウサギに全く効かず、怯みの隙すら与えなかった。

 

黒ウサギもレオと同じく水の中に飛び込もうとしていた。優子と真由美。摩利と雫とほのか。5人で抑えてもまだ人手が欲しい状況だった。

 

 

「黒ウサギッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギの名前を呼んだのは原田。黒ウサギは動きを止める。

 

 

「大樹さんがッ!」

 

 

「アイツなら大丈夫だ。次は倒せ……」

 

 

「違います!ギフトカードを持っていないんです!」

 

 

「何だと!?」

 

 

黒ウサギの言葉に原田は目を見開いて驚く。

 

 

「……駄目だ。この水の壁の向こう側にはいけない」

 

 

「ど、どうして!?」

 

 

「水に含まれている力が圧倒的に強過ぎる。下手に手を出せば周りに被害が出る」

 

 

「な、ならどうするれば!?」

 

 

「……任せるしかないだろ」

 

 

原田は唇を強く噛んでいる。何もできない悔しさを必死に堪えていた。

 

その様子を見た黒ウサギは黙るしかなくなった。

 

 

「……他に敵が来ている。俺一人じゃ厳しい。一緒に迎撃してくれ」

 

 

「……ですが!」

 

 

「敵を倒した後、大樹を救う。今は我慢してくれ」

 

 

原田の言葉に黒ウサギはゆっくりと頷いた。

 

 

「現在、司さんとその部下が東側で交戦中。警備隊は南側を守っている。黒ウサギはここの会場内に入ってきたテロリストを撃退してくれ。俺は西側を守る」

 

 

北側は大樹たちが乱戦中の方向。富士の山と樹海がある。今は水の壁があるため、その方向からテロリストが来ることはない。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

その時、摩利が二人を止めた。

 

 

「何か私たちにできることは

 

 

「無い」

 

 

摩利が何かを言う前に、原田はバッサリと切り捨てた。

 

 

「相手は俺たちを殺そうとしているんだ。怪我では済まない」

 

 

「このまま何もするなと……!?」

 

 

その言葉に摩利は納得できていない。他のみんなも同じだった。

 

 

「……分かった。じゃあ二つ頼みがある」

 

 

摩利たちの強い意志に、原田は折れる。原田は騒ぎ出している観客たちに指を差した。

 

 

「何かをやりたいなら、まず観客たちを落ち着かせてくれ。このままパニック状態が続けば俺たちが戦いにくくなる」

 

 

運営からここに待機するように指示が出されているが、それでもここから逃げようとする危ない行為を行う人達がたくさんいる。ここに待機してもらわないと、外で交戦している者たちの邪魔になってしまう。

 

 

「二つ目は侵入者の排除。既に何人かこの会場に潜んでいるはずだ。そいつらを叩いてくれ」

 

 

だが無理はするなとっと原田は付け加える。摩利たちもその言葉に納得し、頷いた。

 

原田はみんなが頷いたことを確認して、その場から走って立ち去った。

 

 

「優子さん」

 

 

冷静になった黒ウサギが優子の名前を呼んだ。

 

 

「これを持っていてくれませんか?」

 

 

黒ウサギの手には黄色いカードのようなモノが握られていた。両手で丁寧に持っている。

 

 

「これは?」

 

 

「もし大樹さんが……あの中から出て来た時、渡してください」

 

 

カードを握る力が強くなる。黒ウサギが唇を強く噛んでいるのも分かる。

 

 

「大樹さんはこれが無いといけないんです……だからお願いします。黒ウサギが戻って来るまで持っておいてください」

 

 

「黒ウサギ……」

 

 

優子は両手でカードを受け取る。カードは温かく、黒ウサギがずっと握っていたことがよく分かる。

 

 

「お願いします!」

 

 

黒ウサギはすぐに走り出し、高く跳躍して会場から逃げるように去った。

 

 

「……楢原君」

 

 

優子は黒ウサギが大事に持っていた時と同じように両手で持ち、水の壁を見た。

 

水の壁の先は何も見えない。どんなに目を凝らしても。

 

 

「真由美。選手たちに協力を仰いでくれないか?」

 

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

 

真由美と摩利が話し合っている。そこにほのかと雫も加わり、大体の方針が決まった。

 

 

「優子さん。あなたはここにいてちょうだい」

 

 

「えッ!?」

 

 

真由美の言葉に優子は驚いた。

 

 

「あなたは大樹君がここに来た時のためにいてほしいの」

 

 

真由美の真剣な表情、声音に思わず息を飲んだ。

 

 

「……会長はどうするんですか?」

 

 

「私も戦うわ」

 

 

「ッ!」

 

 

「大樹君が必死に戦っている。いえ、私達を守る為にずっと戦って来たわ」

 

 

大樹は九校戦が始まる前から戦っている。あのバスで起こった事件、講堂で討論会をした時にテロリストに襲われた事件。そして、【ギルティシャット】での事件。

 

ずっと戦っている。

 

 

「だから今度は私たちが守る。もう傷つく姿は見たくないわ」

 

 

「……………」

 

 

その言葉に優子は何も言えなくなった。

 

強い。

 

真由美の魔法の力のことではない。心のことだ。

 

その強い意志、大樹の助けになりたいことがこちらまで伝わる。

 

 

「……分かりました。ここにいます」

 

 

優子はそう言って、水の壁をまた見る。

 

優子の言葉を聞いた4人はすぐに走り出し、それぞれの仕事をし始めた。

 

一人残った優子は水の壁を見続ける。それだけしかやることがなかった。

 

 

「楢原君……お願いだからッ……!」

 

 

ただ無事を祈ることしか。

 

 

_______________________

 

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

銃声が何度も鳴り響く。銃声が鳴るたびに悲鳴も聞こえてくる。

 

 

「クソッ!!」

 

 

会場の東側エリアはすでに戦場と化していた。その指揮を取る司は苛立ち、近くにあった木箱を蹴り飛ばす。やつあたりだった。

 

司たちは会場の手前に築いたバリケードの後ろに隠れていた。バリケードは会場内や周辺にあったモノで代用している。防御力も低く、所々穴が空いていてバリケードと呼ぶにはあまりふさわしくなかった。だが、無いよりはあるほうがいい。

 

敵の数は100人弱。こちらは20人いたが、現在戦えるのは10人だけだ。残りの半分は10人は怪我をして、会場に避難させていた。

 

司の部下は政府から許された第一高校を襲った元同志たち。銃撃戦ではこちらが有利かと思われたが、数が圧倒的に多すぎて劣勢だ。

 

 

(今敵は僕達の様子を伺っているおかげで撃ってこない。しかし……!)

 

 

もうすぐ銃撃が再開される。その間に対策を捻らないといけない。

 

時間だけがただ過ぎて行く。時間が経つたびに額から出る汗の量が増え、足が震える。

 

 

「司さん!敵がッ……!」

 

 

仲間の声。その言葉に息を飲んだ。銃撃戦がまた始まると。

 

 

「撤退し始めます!」

 

 

「何だと!?」

 

 

司はバリケードから顔を出して、敵を見る。

 

敵は銃をこちらに向けながら後ろへと後退し始めている。

 

 

「一体何が……?」

 

 

「出番!来たぁッ!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突然の大声に全員が驚く。

 

後退していく敵の中から、一人だけこちらに向かって前進してくる人がいた。

 

髪は真っ白。長くボサボサしており、全く健康そうに見えない少女だった。

 

服は黒いコートを着ており、その髪の白さが余計に目立つ。少女はフラフラと手を広げながら近づいてきている。

 

年齢は15歳ぐらいだろうか?かなり幼い。

 

 

「誰だ誰だ?私の餌食になるのは?誰だ誰だ?お前らの指揮官は?」

 

 

歩き方とその喋り方でさらに不気味さが増す。

 

 

「どこだどこだ?お前らの指揮官は?」

 

 

「……………」

 

 

「つ、司さん!?」

 

 

司は立ち上がり、姿を現した。

 

 

「僕が指揮官だ」

 

 

司は賭けに出た。ポケットに左手を突っ込み、CADを操作する。

 

大事なのはタイミング。

 

 

「何の用だ?」

 

 

「お前が私に質問をするな」

 

 

「ひッ!?」

 

 

少女の雰囲気がガラリッと変わった。

 

低い声で司を睨み、殺意を込めて言われた。その声に圧倒され、思わず悲鳴を上げた。司の喉が一気に干上がる。

 

 

「どんなどんな?」

 

 

そして、さっきと同じように不気味な喋り方をする。

 

 

「死に方は?」

 

 

「ッ!?」

 

 

少女の言葉を聞いた瞬間。司は急いでその場から逃げ出したかった。

 

きっと少女は殺すことに躊躇いなどはしない。きっと笑いながら人を殺すだろう。

 

その恐怖が司の体を金縛りにあったかのように硬直させる。だが、

 

 

「お、面白い事を言うな貴様。お前が死ぬのに」

 

 

「……私が私が?」

 

 

そして、少女の目つきが変わった。

 

 

「殺す」

 

 

殺意が籠った目つきで睨まれた。

 

 

フォン!!

 

 

少女の足元に魔方陣が出現する。司はハッとなり、急いで動かなくなった指を無理矢理動かす。

 

 

「『そこを動くな!』」

 

 

大声で命令した。

 

司は【邪眼(イビル・アイ)】が発動した。相手の目をしっかりと見ていた。成功のはずだ。

 

 

フラッ……

 

 

司の視界が揺れた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

その直後、少女の重い蹴りが司の腹に叩きこまれた。

 

 

「がはッ……」

 

 

体の中にあった酸素が一気に吐き出される。

 

そのまま勢いよく後ろへと吹っ飛び、転がった。

 

 

(な、何故だ!?)

 

 

司は混乱する。確かに魔法は発動し、催眠術が掛かったはずだった。

 

 

「ヒャハハ……楽しい。何故だ何故だ?」

 

 

少女は不敵に笑い告げる。

 

 

「魔法が効かないから?」

 

 

「なッ……!?」

 

 

少女はコートの袖から腕が見えるように手を出した。

 

 

その手や腕にはいくつもの黒い物体が刺さっていた。

 

 

そして、その黒い物体が『アンティナイト』と気付くまで時間が掛かった。

 

 

(あの女、本当に体を壊していたのか!)

 

 

司は少女の髪が白い理由、不健康そうな体をしていたことを理解した。

 

『アンティナイト』を使われた者は魔法が発動できず、魔法を無力化することができる。

 

しかし、『アンティナイト』を使われた者にはもう一つの現象が襲い掛かる。

 

 

それは頭が割れるような痛みが襲い掛かることだ。

 

 

しかし強い魔法師だとその痛みは全くない。平衡感覚が少し劣り、吐き気がするだけだ。

 

では、その『アンティナイト』を直接魔法師の体に埋め込み、発動させたらどうなるか。

 

魔法が発動できなくなるのはもちろん、頭が割れるように痛みが襲い掛かって来るだろう。

 

 

常人では耐えられない、死にたくなってしまう程の痛みが。

 

 

司はその違法実験が極秘で行われたことを知っている。人の体に『アンティナイト』を埋め込むだけで人を服従できるのか。

 

結果は最悪。被験者は人としての理性を失い、何もかも失った。そして大勢の死者を出した。

 

 

(その生き残りが目の前にいるのか……!)

 

 

成功者はいない。ただ生き残った者は力を手に入れた。

 

自在にキャストジャミングを出すことができ、魔法が一切通用しない改造人間。いや、ゾンビと言ってもおかしくはない。恐らく彼女は既に痛覚を失っている可能性がある。

 

 

(……待て、策はある)

 

 

話は通じていた。上手く誘導して相手にキャストジャミングを使わせろ。その瞬間、チャンスはある。

 

痛みが腹部に襲い掛かるが、足に力を入れて立ち上がる。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

呼吸が荒くなり、意識が吹っ飛びそうになるが、必死に堪えていた。嗚咽を堪え、吐瀉物は出さないようにする。

 

ここで倒れたら仲間がやられる。それだけは避けたかった。

 

 

(話し方に気を付けろ……)

 

 

質問するのは禁句。ならば、

 

 

「僕の名前は司(はじめ)

 

 

少女の動きが一瞬だけ止まる。

 

 

「目的はここを誰も通さないこと」

 

 

「……何で何で?通さない?」

 

 

「そっちの目的と同じだから」

 

 

「どこがどこが?時間稼ぎが?」

 

 

100人のテロリストを下げた理由が分かった。時間を稼ぎ、何かをする気なのか。

 

 

(よし、もう一度……!)

 

 

司は再び【邪眼(イビル・アイ)】を発動させようとする。

 

 

「何故だ何故だ?無駄なのが?」

 

 

「ッ!?」

 

 

少女は『アンティナイト』にサイオンを送り、キャストジャミングを送り、司の魔法を阻害した。

 

司の視界が揺れ、吐き気が襲う。きっと少女はそれ以上の痛みや吐き気が負担しているだろうに、顔色一つ変えない。

 

 

「全員、撃てぇッ!!」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

司の大声に仲間が一斉に銃を構える。銃口の先には少女。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

そして、一斉に銃弾が少女へと飛んで行った。

 

 

「ヒヒ、どこだどこだ?当たらないのは?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

少女は走り出し、銃弾を身軽に華麗に避けていた。一発も当たらないことに驚愕する。

 

少女と司の距離がドンドンと縮まる。だが、司は逃げなかった。

 

何故なら、司の読んだ通りのシナリオだからだ。

 

 

「キャハッ」

 

 

ついに司との距離が3メートルとなった。

 

 

「司さんッ!逃げてください!」

 

 

「……………」

 

 

仲間が大声で逃げるように言うが、司は動かない。

 

少女が拳を作り、司に殴りかかる。

 

その拳に魔法を纏わせて。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

司の右腹部に痛みが走る。服が破れ、血が流れ出す。

 

 

「いつだいつだ!?お前が死ぬのは!?私が死ぬのは!?」

 

 

「……分かる、ことは……一つだけだ……!」

 

 

司は口元に笑みを浮かべた。

 

 

「僕は魔法師……を倒す、ことなら……誰よりも一流だ……!」

 

 

そして、司は少女の腕を左手で掴んだ。

 

 

「お前なんかに……負けたり、しないッ!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その時、大きな爆発音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、司と少女のいた地面が崩れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その光景に、敵も味方も驚いた。少女も何が起こっているか理解できていない。

 

 

(とっておきの切り札!お前一人のために使ってやる!)

 

 

司が最後に取っておいたのは地面を爆発させ、敵を落とす作戦だ。本来なら携帯端末を操作して爆破させるつもりだったが、使えなくなったので焦っていた。しかし、一応タイマーをセットしておいたため、タイミングを合わせるのが厳しかったが、成功した。仲間はこのタイミングでこの作戦を使ったことに驚いていたのだ。

 

 

「あ、あ、あぁぁぁあああッ!!」

 

 

少女は突然のことにパニックを起こす。急いで魔法を発動して逃げようとするが、

 

 

「終わりだッ!!」

 

 

司は少女の体に埋め込まれた『アンティナイト』にサイオンを送り込んだ。

 

キャストジャミングを強制的に発動し、少女の魔法が消える。

 

司は見抜いていた。キャストジャミングを使えば自分たちは魔法を使えない。

 

しかし、それは少女も同じことだと。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

ついに地面に大穴が開く。司は少女の腕を放し、後ろに飛んで下がる。

 

司の位置はギリギリ穴が開く場所の範囲外。落ちるのは少女だけだった。

 

 

「何で何で!?」

 

 

少女が最後に叫ぶ。

 

司は思う。さっきの行動は最低だと。

 

彼女が被験者だった頃、司と同じようにサイオンを送られ、無理矢理キャストジャミングを発動させ、痛みで服従されたに違いない。

 

可哀想だと思う。同情してしまう。

 

だが、助けることはできない。

 

彼女を殺さないと自分たちがやられる。

 

 

 

『例え誰だろう俺は救う』

 

 

 

……僕には関係無い。お前のようになれない。

 

頭の中で、アイツの声がまたよぎる。

 

 

『そいつが苦しんでいたら助けてやる。見捨てたりはしない』

 

 

悪人は見捨てるだろ!?お前は殺されそうになった時、そいつを許せるのか!?

 

 

『そいつが変わるなら……救って変われるのなら助けてやる』

 

 

大樹の言葉が頭に響き渡った。

 

 

 

 

 

『だから……俺は、はじっちゃんを助けるんだ』

 

 

 

 

 

「ッ……………!」

 

 

【ギルティシャット】での口論した時を思い出した。司は歯を強く食い縛る。

 

 

「何で何で何で何で何で!?何でぇッ!?」

 

 

少女は必死に魔法を発動しようとする。

 

もう少女の体は落下し、奈落の底に叩きつけられる。

 

 

 

 

 

「もうこんな世界、嫌だぁッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

『僕が恐れる世界なんて殺してやる』

 

 

 

 

 

気が付けば、司の身体は宙に浮いていた。いや、落下していた。

 

 

 

 

 

「司さんッ!?」

 

 

仲間の声が聞こえるが、司は少女に向かって左手を伸ばす。

 

 

(お前のお人好しが移っていたようだ……)

 

 

司の左手が少女の右腕を捉える。

 

 

「ッ!?」

 

 

少女が驚いた顔で司の顔を見ていた。司は無視して、少女の体を引き寄せた。

 

 

「ッ!」

 

 

司の表情が強張る。落下の恐怖に耐えるために抱きしめる力が強くなった。

 

 

司と少女は、奈落の底へと落ちて行った。

 

 

_______________________

 

 

 

黒ウサギは会場内で既に交戦していた。

 

敵はやはり既に侵入しており、会場内で拳銃を持ってうろついていた。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

黒ウサギのギフトカードから電撃が射出され、敵に当たる。敵は白目を剥いて気絶する。

 

 

(大樹さん……!)

 

 

黒ウサギは焦っていた。一刻の猶予がないことに。早く戻らなければっとずっと考えていた。

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギは足に力を入れて、テロリストの距離を一瞬で縮める。

 

 

ドゴッ!!

 

 

そして、回し蹴りでテロリストの横腹を蹴り、吹っ飛ばす。

 

テロリストは壁に叩きつけられ、その衝撃で気を失う。

 

 

(終わりました!)

 

 

急いで黒ウサギは会場に戻ろうとするが、

 

 

「ッ!」

 

 

その足は止まった。

 

 

「そこにいるのは分かっています!誰ですか!」

 

 

「チッ、うるせぇ女だ」

 

 

通路の奥から歩み寄って来る一人の男。その姿を見た瞬間、黒ウサギは息を飲んだ。

 

 

柴智錬(しちれん)……!」

 

 

「あの時は世話になったな、クソアマ」

 

 

柴智錬はテロリストと同じ黒い防弾チョッキに黒い服を着ていた。

 

【ギルティシャット】で大樹達を違法で牢獄に閉じ込めた首謀者。魔法を作るために人体実験をやった悪魔。忘れるわけがなかった。

 

 

「あら、あの時の坊やと一緒に居た女の子じゃない」

 

 

「ッ!」

 

 

後ろにもう一人いた。声を聞いてすぐに分かった。

 

 

不龍(ふりゅう)三姉弟の……!」

 

 

「下の名前はカトラよ」

 

 

不龍三姉弟の姉。カトラが姿を現す。姿をくらませた時と同じ服装、赤いドレスのような服を着ていた。

 

 

「この前の借りは返さないとな……」

 

 

「私は弟たちを助けてくれたから見逃してもいいと思うけれど?」

 

 

「甘えるな。俺は殺すぞ」

 

 

柴智錬は拳銃型の特化型CADを取り出す。銃口は黒ウサギに向けられる。

 

カトラは溜め息を吐き、腕輪型のCADをつけた右腕を黒ウサギに向けた。

 

 

「……黒ウサギには時間がありません」

 

 

黒ウサギが握っている白黒のギフトカードが光る。

 

 

「すぐに終わらせます」

 

 

そして、手には【インドラの槍】が握られていた。

 

槍は電撃を纏い、周囲の壁を抉り取る。

 

黒ウサギの髪の色は緋色に変わっている。本気の一撃を放つ一歩手前だ。

 

 

「穿て!【インドラの槍】ッ!!」

 

 

その時、柴智錬が口元に笑みを浮かべた。

 

 

フォン!!

 

 

黒ウサギが【インドラの槍】を放つ前に柴智錬は地面の向かって魔法を放った。

 

 

バキバキッ!!

 

 

床のタイルがめくれ、柴智錬の前に盾として前に現れる。

 

 

(そんなモノでは【インドラの槍】は防げません!)

 

 

黒ウサギの手から【インドラの槍】が放たれた。

 

 

バチバチッ!!

 

 

第三宇宙速度で放たれた最強の一矢。勝利を約束された一撃。

 

柴智錬の操るタイルに向かって飛んで行った。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

タイルに当たった瞬間、【インドラの槍】から巨大な雷が溢れ出し、大爆発を引き起こした。

 

建物の中だろうと関係なかった。今の黒ウサギはそんなことを考えていられる余裕はなかった。

 

 

「チッ、何の真似だ」

 

 

「それだけじゃ足りないでしょ。感謝したらどうかしら?」

 

 

黒ウサギの体が固まる。聞こえてはいけないモノを聞いてしまったせいで。

 

あの二人。柴智錬とカトラの会話が聞こえた。そして、目の前に広がる光景に黒ウサギは目を疑った。

 

 

【インドラの槍】を放った場所には何十枚もタイルを重ねて作り上げた壁が出来ていたのだ。

 

 

柴智錬は一枚しかしていなかったが、カトラが加勢してタイルの数を増やしたのだ。

 

 

「硬化魔法……!」

 

 

黒ウサギは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 

どんなに強い衝撃。硬化魔法が掛かったタイルの壁は【インドラの槍】を受け止めれる程、強固だった。

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギは急いで落ちている【インドラの槍】を回収しようとするが、

 

 

フォン!!

 

 

「なッ!?」

 

 

その時、黒ウサギの足元にいくつもの魔法陣が出現した。

 

相手は黒ウサギのことが見えていないはずなのに、黒ウサギの居場所の座標を正確に当てたのだ。そのことに黒ウサギは驚きを隠せない。

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギは跳躍して、後ろに大きく下がる。

 

 

ドゴッ!!

 

 

黒ウサギのいた場所のタイルの床が引き剥がされ、黒ウサギが逃げた方向に向かって飛んで行った。

 

 

(読まれている!?)

 

 

空中で身を翻し、飛んで来るタイルを避けるが、

 

 

バシュッ

 

 

「ッ……!」

 

 

一枚のタイルだけ、黒ウサギの左腕に掠り、傷をつけた。傷口から赤い液体が少しずつ流れ始める。

 

黒ウサギは敵の追撃を避けるために、右手の人差し指にはめた『アンティナイト』の指輪にサイオンを送った。

 

 

ガララッ

 

 

魔法を無力化されたため、魔法で作り上げたタイルの壁が崩れ去る。柴智錬とカトラの姿が見えるようになる。

 

 

「チッ、また厄介なモノを……!」

 

 

「あなたさっきから舌打ちしかしていないわよ。そんなに苛立っているとモテないわよ?」

 

 

「うるせぇぞクソ女。もう喋るな」

 

 

彼らは無駄口を叩きあっていた。同時に、それほどの余裕があることを物語っている。

 

 

「……どうしてここを襲うんですか?」

 

 

黒ウサギは怒りながら二人に問いただした。

 

 

「九校戦の中止。それが目的よ」

 

 

カトラが簡潔にその質問を答えた。

 

 

「【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】に命令されたのよ。新人戦のモノリス・コードで第一高校が優勝した時点でこの戦いは避けられないの」

 

 

「そ、そんなことで……?」

 

 

黒ウサギの体が震える。怒りで震えていた。

 

九校戦で大樹の優勝がいけない。レオが……幹比古が……大樹が……三人が頑張って勝ち取ったあの試合を。

 

この二人。敵は否定した。

 

 

「【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】だけじゃないだろ。俺の部下だっているし、あの()()()()()()()()()()()()()()もいるだろ」

 

 

男の言葉は重要だった。二人のガキは恐らくエレシスとセネス。そして、面白みのない男が何者か。

 

だが、黒ウサギのウサ耳には入らない。

 

 

「……ありえない」

 

 

「あぁ?」

 

 

黒ウサギの震えた小さな言葉。その言葉に柴智錬が苛立ちながら睨んだ。

 

 

「九校戦の邪魔をするためだけに……どれだけの人たちを苦しめるのですか……」

 

 

バチバチッ!!

 

 

その電撃は【インドラの槍】から溢れたモノではない。黒ウサギの持っているギフトカードから溢れ出ていた。

 

 

「ありえないですよ……黒ウサギをここまで怒らせるなんてッ!」

 

 

黒ウサギはギフトカードから新たな武器を取り出す。

 

取り出したのは【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】。黒ウサギの持っている恩恵ギフトの一つ【叙事詩・マハーバーラタの紙片】から取り出した武器だ。

 

護法十二天の武具。『叙事詩・ラーマーヤナ』と並ぶ二大インド叙事詩として10万の詩節からなる数々の伝承・神話を束ねた大長編叙事詩であり、インドラに縁のある武具を召喚できる。【インドラの槍】もこの恩恵から出しているのだ。

 

形状は中央に柄があり、その上下に槍状の刃がフォークのように三本に分かれた武器。大きさは短剣のように小さい。

 

 

「今の黒ウサギは手加減ができません」

 

 

疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】に反応した【インドラの槍】が黒ウサギの手元に飛んで戻って来る。

 

左手に【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】、右手に【インドラの槍】。

 

 

「命が惜しければ、早急に立ち去ることをオススメします」

 

 

今までの電撃と比べものにはならない雷が、会場全体に轟いた。

 


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