どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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シングルなう~♪シングルなう~♪

シングルぼっちマス~♪


どうも、独り身の人々の味方の作者です。


クリスマスにケーキを食べたら負けだと自分は思っています。(謎の使命感)




再び動き出す影

発足式は講堂で行われた。

 

九校戦に出場する選手メンバーたちはユニフォームを着用し、壇上に上がっている。もちろん、大樹も技術スタッフとして壇上に上がっている。選手と技術スタッフはそれぞれ別のユニフォームがあるため、大樹はブルゾンを着ている。

 

生徒会長の真由美がメンバーの名前を呼び、深雪が競技エリアに入るためのIDチップが埋め込まれた徽章を選手の襟元に付けてもらえる。ほとんどの男たちは深雪が近づくと背をビシッ!と伸ばして顔をキリッ!とさせるが、最後はみんなにやける。それほど深雪は美少女だった。

 

 

「………ぐぅー」

 

 

「な、楢原君。起きて……!」

 

 

大樹は寝ていた。立った状態で。

 

昨日、大樹は技術スタッフとしての必要知識を必死に頭に叩き込んだ。そのせいで今日は寝不足。立って寝られるほど疲れがたまっていた。

 

隣にいる技術スタッフの先輩である五十里(いそり) (けい)が必死に大樹を起こす。

 

五十里は魔法理論の分野では常に学年トップ。中性的な美少年でスカートでも履かせたら女の子と間違われるような青年だ。

 

 

「うぅ……超電磁砲は撃たないでくれ……」

 

 

「どういう状況!?」

 

 

大樹の寝言に五十里は困惑する。

 

 

「うん?メリークリスマス?」

 

 

「まだ先だよね!?」

 

 

「うるせぇリア充!爆発しろ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

大樹はとりあえず起きてくれた。目から水を流しているが。

 

そして、大樹の番が訪れた。

 

 

『技術スタッフ 1-E 楢原 大樹』

 

 

「メリークリスマスッ」

 

 

「「「「「メリークリスマスッ!?」」」」」

 

 

「……あ、違った。はい」

 

 

大樹はすぐに意識を取り戻し、前に一歩踏み出す。

 

深雪は大樹の襟元に徽章を付ける。

 

徽章が付け終わり、元居た場所に帰る。

 

 

『技術スタッフ 1-E 司波達也』

 

 

「はい」

 

 

達也は前に一歩前進。目の前には深雪が笑みを浮かべながら待っていた。

 

深雪は頬を赤く染めながら達也の襟元に徽章を付ける。

 

 

「良くお似合いです、お兄様……」

 

 

深雪はニッコリと微笑み、達也を称賛した。

 

 

(この二人、本当に兄妹なの?実は恋人でしたってオチは無いよな?)

 

 

大樹はその光景を見て、二人を兄妹としての認識ができなくなってきていた。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

ようやく発足式が最後の項目を迎える。確か最後は選手の代表者一名が決意表明的なモノを言うプログラムだ。まぁ生徒会長の真由美がすると思うよ。

 

速く終わることを願いながら俺はあくびをする。また眠たいよ……。

 

 

『最後に九校戦の決意表明です。代表は楢原大樹。前に出てください』

 

 

「審判。タイムお願いします」

 

 

俺は急いでTの文字を作って司会者に見せる。だが、司会者は首を横に振った。なんでや。

 

衝撃的な告白を受けて、目を覚ました。というか覚醒した。

 

 

「すまない大樹」

 

 

「達也、何か知っているのか!?」

 

 

「上には逆らえないんだ」

 

 

「よし、二人に絞れたぞ」

 

 

真由美か摩利。さぁどっちを説教すればいい!?

 

 

「大樹」

 

 

「何だ?」

 

 

「諦めてくれ」

 

 

「断る」

 

 

「……そう言えば木下が楽しみに

 

 

「行ってくる」

 

 

(予想通り会長の策にかかったな……)

 

 

『優子さんの名前を出せば必ずやってくれるわ』と真由美が言った言葉を達也は思い出す。

 

達也の言葉を聞く前に俺は壇上の前に立つ。前にはマイクがある。

 

視線を横にずらしてみると、真由美と摩利が口パクで『頑張って!』『言ってやれ!』っと言っていた。OK、多分犯人は共犯者がいる。俺の予想なら真由美が犯人で摩利が共犯者だちくしょう。

 

 

「変わった人だね」

 

 

「それは違いますよ、先輩。彼はおかしい人です」

 

 

後ろから五十里と達也の会話を聞いた。フォローしろよ、達也。

 

……さて、勢いで前に出てきたけど……………何を言えばいいんだ?

 

こういう場合は最初は何か外の風景を言うんだよな?卒業式なら桜について語ってみたりするよな。よし、その感じで行こう。

 

 

『今日、この発足式を祝福するかのように空は晴れやかに輝き、清々しい日ですね』

 

 

 

 

 

ザーッ!!

 

 

※今月の最高降水量を記録するほどの大雨。

 

 

 

 

 

『……………』

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

 

 

……祝福してないな。空が大泣きだよ。……あ。

 

 

『でも空は泣いているようだ……』

 

 

「「「「「……………!?」」」」」

 

 

生徒がざわつき始めた。どういうことだよ。泣いているってどういうことだよ。

 

落ち着け俺。このままだと痛い奴だと思われるぞ。

 

 

『俺は、雨が好きだ』

 

 

(((((………だから何!?)))))

 

 

何を言っているんだ俺は!ヤバい、どうしよう。

 

場が気まずいよ……!みんな口が開いてるよ……!もっと場を和ませる一言を!

 

 

『う〇こ!』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺は小学生かあああああァァァ!?!?

 

 

『失礼。あ、失礼と失恋って似ていますよね?』

 

 

(((((どうでもいいよ!)))))

 

 

『だったらポニーとレオも似ていると思うんですよ』

 

 

「何でだよ!?」

 

 

(((((あれがポニーか……)))))

 

 

おおう、レオがツッコんできた。まさかの最前列じゃないですか。

 

……これは異常だぞ。決意表明だ。決意表明を言えばいいんだ。

 

 

『宣言。私はこの九校戦で……………えっと……』

 

 

やばっ、考えていなかった。何かあったかな?九校戦……魔法……ハッ!

 

 

『魔法を使えるようになりたいです』

 

 

(((((………え!?使えないの!?)))))

 

 

しまった!学校で知られてはいけないベスト10の第3位を言ってしまった!?

 

 

『嘘だよーん!俺は魔法が使える!もう超余裕だから!魔法とか一度に何十個も出せるから!』

 

 

(((((絶対に嘘だ……!)))))

 

 

『別にいいもん!魔法使えないから何!?別に生きていけるし!?』

 

 

(((((開き直った!?)))))

 

 

『俺、魔法無くても最強だし!?超強いし!?』

 

 

(((((それについては否定しない)))))

 

 

何かみんなの目が死んでいるが気にしない。いや、気にしろよ俺。今、決意表明をやってるんじゃないのか?

 

 

『えーっと、そろそろ真面目に決意表明するか』

 

 

俺は咳払いをして喉の調子を整える。

 

 

『俺と達也。そして黒ウサギ……二科生が九校戦に選ばれた。お前たちはどう思う?』

 

 

ざわついていた生徒たちは全員静かになった。俺の言葉をよく聞くために。

 

 

『二科生の生徒は喜ばしいことじゃないか?二科生でも九校戦に出場できる……自分たちにもできるって思っただろ?』

 

 

俺は笑顔でその言葉を、

 

 

『その通りだ。お前たちも努力すれば来年にでも出れる可能性がある』

 

 

肯定した。

 

 

『魔法が劣っていてもいい。下手くそでもいい。俺みたいに魔法が使えなくてもいい。だから……二科生でも諦めるじゃねぇ。お前らは負け犬なんかじゃない。いつか一科生みたいに魔法が使えるはずだから』

 

 

俺の決意表明?はまだ終わらない。

 

 

『逆に一科生はどう思った?すごいって思ってくれた人は少ないんじゃないのか?』

 

 

次は一科生に向けて言う。

 

 

『いい気になりやがってっとか、調子に乗るなっとか思ったんじゃないのか?』

 

 

一科生と二科生は完全に仲良くなったわけじゃない。まだ……二科生を敵として見る人がいる。

 

 

『そんな奴に一言だけ言いたい』

 

 

俺は一歩後ろに下がる。そして、

 

 

『頼む。一度だけ俺にチャンスをください』

 

 

頭を下げた。

 

 

ざわざわッ

 

 

俺の行動に当然生徒たちはざわつき始めた。俺は頭を下げながらマイクに向かって言う。

 

 

『俺はこの九校戦で選手たちを全面的にカバーする。もし俺が役に立って九校戦に勝つことができたのなら……』

 

 

これが俺の願いだ。

 

 

 

 

 

『俺たち二科生を敵視するのはやめてくれ』

 

 

 

 

 

全員が静まり返った。その言葉に驚愕したからだ。

 

 

『いい加減うんざりなんだ。同じ学校の生徒なのに二科生と一科生が争うのがよ』

 

 

俺は顔を上げる。

 

 

『テロリストたちを倒した時みたいに協力して、仲良くできるはずなんだ。だから……』

 

 

俺はマイクに向かって言わず、講堂に向かって、生徒が座っている席に向かって、大声で言う。

 

 

 

 

 

『仲良くしようぜえええええェェェ!!』

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大声に生徒たちは驚く。耳を塞ぐ者もいた。

 

 

『ふぅ……あ、決意表明だけど優勝するからテレビのチャンネル合わせとけよ』

 

 

「「「「「短ッ!?」」」」」

 

 

『優勝できるのに頑張りますとか言ってたらおかしいだろ?優勝してくるから待ってろよ。決意表明は以上だ』

 

 

俺は壇上から降りるために歩き始める。その時、

 

 

わあああああァァァ!!!

 

 

講堂に歓声と拍手が響き渡った。

 

 

「うおッ!?」

 

 

まさか拍手されるとは思わず、俺は驚いてしまった。

 

俺はダッシュで講堂の裏舞台へと帰って行った。舞台裏からでも歓声が聞こえる。拍手も聞こえる。

 

 

「大樹君!」

 

 

最初に俺に声をかけてきたのは真由美だった。真由美が俺の方に向かってきたので、

 

 

「せい」

 

 

「ふえッ!?」

 

 

真由美のほっぺを両手で引っ張った。

 

 

「よくもやってくれたな。おかげで黒歴史に新たなページを刻んじまったぜ?」

 

 

「ふへへふへッ!」

 

 

「すまん。聞こえないから続ける」

 

 

「ふにッ!!」

 

 

最後は多分『鬼ッ!!』って言ったと思う。そっくりそのまま返すわ。

 

それにしても頬っぺた柔らかいな。ちょっと癖になりそうだ。

 

 

「大樹さん」

 

 

「おう、どうした黒ウ…サ……ギ?」

 

 

振り返るとそこには黒いオーラをユラユラと出している黒ウサギがいた。な、何か……怖いんだけど……。あとその黒いオーラは何だ。

 

黒ウサギの顔は笑っている。でも、目が笑っていない。あの、何ていうか……目が……いや、これは……うん、ヤバい。

 

目からハイライトが無くなってうつろ目になってる。

 

 

「大樹さんは最近女の子と仲良くし過ぎですよ♪」

 

 

ハハッ、『♪』が狂気にしか感じられない。

 

俺の手は震えはじめ、真由美の顔も揺れる。いや、真由美も震えているような。

 

周りに助けを求めようとするが……ちくしょう。みんな逃げてやがる。

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

「どうして謝るのですか?」

 

 

だって、手にギフトカードが握ってあるから。

 

 

「あ、楢原君!」

 

 

その時、運悪く俺に話しかけてきたのは優子だった。

 

どうやら状況を把握していないらしい。優子は黒ウサギの後ろにいるため黒ウサギの表情を見れない。

 

 

「さっきの演説、カッコよかったわよ」

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

「そ、それでね!」

 

 

優子は下を向いて頬を赤く染めた。

 

 

「も、もしよかったら……この後……お茶でも飲みにいかないかしら?」

 

 

足の震えが最高潮に到達した。携帯電話のマナーモードを越える振動数だ。

 

 

「べ、別に嫌ならいいわよ!?わ、私一人でもいいけど……楢原君がいてくれると……嬉しいわ」

 

 

大樹は逃げ出した!▼

 

 

しかし、回り込まれてしまった!▼

 

 

黒ウサギの攻撃!▼

 

 

『インドラの槍』だ!▼

 

 

急所に当たった!▼

 

 

効果はばつぐんだ!▼

 

 

大樹は吹っ飛んだ。▼

 

 

黒ウサギに13の経験値が手に入った!▼

 

 

黒ウサギは大樹との勝負に勝った!▼

 

 

大樹「黒ウサギがヤンデレ化してる。誰かたすk」▼

 

 

 

________________________

 

 

「摩利先生!おやつはいくらまでですか?」

 

 

「10円だ」

 

 

「うま〇棒買って来ていいですか?」

 

 

「ついでにたけ〇この里を買って来てくれ」

 

 

「値段高いし、俺はき〇この山派だから却下」

 

 

たけのこ〇里派の人達よ……戦争をしようか……。

 

 

「というか今日が出発日だぞ?今から店なんかに行くな」

 

 

「大丈夫だ。俺はここから動かない」

 

 

「……そこからか?」

 

 

「うん」

 

 

摩利は俺の姿を見て引いた。

 

今日は九校戦出発日。俺たちはバスで移動するのだが、真由美が遅刻しているため、バスが出せないのだ。

 

あ、もちろん俺は外で待ってるよ。点呼係だから。でも、

 

 

バスの下に潜り込んでいるけどな。

 

 

こんな日当たりの良い場所なんて死ねる。

 

 

「暑い……眩しい……」

 

 

「だからってそこで待つのか、普通?」

 

 

「うるせぇよ。俺は普通じゃないからよ」

 

 

俺はバスの下から出ようとしない。むしろフードを被ってさらに完全防備。やったね。

 

ちなみに今日は自由に服を着ていいのでフード付きコートを羽織っている。黒のコートで光を完全遮断!無敵だぜ!

 

 

「渡辺委員長、点呼が終わりました。………大樹はどこですか?」

 

 

選手たちの点呼を終えた達也がバスから降りてきた。

 

 

「ここだ」

 

 

「……何をしている?」

 

 

「太陽と名を偽っている俺n

 

 

「大樹君は太陽の光を浴びたくないらしい」

 

 

「おい摩利。俺のボケを聞けよ」

 

 

俺の代わりに摩利に答えてしまった。中二病ギャグが台無しだよ。

 

 

「馬鹿ですね」

 

 

「ああ、馬鹿だな」

 

 

「……何か最近、俺の味方が減った気がする」

 

 

友達が……欲しいな……。

 

 

「ごめんなさーいッ!」

 

 

カッカッとサンダルのヒールを鳴らしながら走って来たのは真由美だった。

 

俺は携帯端末を開いて時間を確認する。ほう、1時間30分の遅刻か。今時のの〇太君でもここまで遅刻しないぞ。

 

まぁ家の事情だから仕方ないよな。

 

 

「これで全員ですね」

 

 

達也は手に持っていた点呼表にチェックを入れる。俺はもぞもぞとバスの下から出てくる。

 

 

「きゃッ!?変態!?」

 

 

真由美は俺を見て驚く。俺はもぞもぞとバスの下へと帰る。しくしく。

 

 

「あ、大樹君!?ご、ごめんなさい!」

 

 

「いいよ、どうせ俺は馬鹿で変態で優柔不断で最低で卑怯でブツブツ……」

 

 

「だ、大丈夫よ!大樹君はカッコいいから!」

 

 

「そういう優しさって……時に人を傷つける時があるんだぜ?」

 

 

「うッ」

 

 

俺の言葉に真由美は言葉が詰まる。達也はため息をついて、

 

 

「運転手さん、アクセル踏んでください」

 

 

「あぶねぇ!?」

 

 

俺は急いで転がってバスの下から脱出する。このままだと轢かれていた。

 

 

「達也君……最近、大樹君に酷いじゃないのか?」

 

 

「いえ、渡辺委員長には負けません」

 

 

いや、お互いに酷いと思うよ?少しは自重してくれ。

 

達也と摩利は点呼表を見ながら何かを話し始めた。おそらくこの後の予定だろう。

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

「ん?」

 

 

俺は真由美に名前を呼ばれて振り向く。

 

 

「これ、どうかな」

 

 

真由美はその場でクルリッと回る。同時に真由美の着ているサマードレスがヒラリッと舞う。

 

肩まで露出した花柄のサマードレス。スカート丈も膝上まで。素足にヒールの高いサンダル。黄色いリボンがついた白の帽子。

 

とても綺麗で、可愛かった。

 

だがこの程度で俺は動揺しない。ここは冷静に返すんだ、楢原大樹18歳童貞。おい、最後は余計だ。

 

 

「に、似合ってるってばよ」

 

 

俺はどこの忍者だってばよ。未だに動揺を隠しきれていないな、俺。

 

 

「そう……?」

 

 

俺は頷く。余計なことは言わない。ドジ踏んじゃうから。テヘッ☆

 

 

「ありがとう」

 

 

「おう……外は暑いからもうバスの中に入れよ」

 

 

「え?大樹君は入らないの?」

 

 

「技術スタッフは作業者に乗らないといけないらしい。というわけでこれにてドロン」

 

 

俺よ。結構気に入っているのじゃないか、忍者。

 

 

「大樹君」

 

 

俺のドロンを邪魔したのは摩利だったでござる。いい加減、自分でも鬱陶しいので忍者を引退させていただきます。ニンニン。

 

 

「君だけでもバスの中に乗っても……」

 

 

「いや、やめておくよ。一科生や先輩だって作業車に乗っているんだ。俺だけバスに乗るのは良くないだろ?」

 

 

「そうか……」

 

 

摩利の誘いに俺は笑みを浮かべて断った。摩利も言葉を口元を緩めた。

 

 

________________________

 

 

走り出したバスの中は賑やかだった。

 

九校戦について話す者。ついたら何をするか予定を決める者。みんな笑ったりしていた。

 

 

「「「「「はぁ……」」」」」

 

 

5人を除いて。

 

 

「せっかく大樹君を隣の席に誘おうと思ったのに……」

 

 

真由美はすねていた。隣に座っていた鈴音が答える。

 

 

「的確な判断です」

 

 

「え?リンちゃん、今なんて言ったのかな?」

 

 

にこやかに笑みを作る真由美。しかし、目が笑っていない。

 

 

「会長の美貌の魔力に耐えられる生徒はほとんどいないでしょうから。もっとも、楢原君はかなり女の子に慣れているようですが」

 

 

「え?どうして?」

 

 

真由美は鈴音の意外な言葉に疑問を持つ。

 

 

「前に楢原君が持っていた写真を見せて頂いたことがあったんです。写っていたのは女の子ばかりでした」

 

 

「え!?」

 

 

「見たことのない制服を着ていましたね。どこの学校か特定できませんでした」

 

 

「……私、一度も見せてもらったことないのだけど」

 

 

鈴音の言葉に真由美はさらにすねてしまう。

 

鈴音はこれからどうやって機嫌を直してもらうか考えるのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

一方、摩利の隣に座っていた千代田(ちよだ) 花音(かのん)は流れる外の風景を見ながらため息をついた。摩利はそんな花音を見て言葉をかけた。

 

 

「花音……許嫁の五十里と離れ離れが残念なのは分かる。だが、2時間くらい待てないのか?」

 

 

「あ!それ酷いです!あたしだってそれくらい待てますよ!」

 

 

花音は右手を強く握る。

 

 

「でも今年は啓も技術スタッフに選ばれて楽しみにしてたんですッ!今日はバスの中でもずっと一緒だと思っていたのに……!」

 

 

(毎回毎回、五十里が絡むと別人だな……)

 

 

摩利は本気で悔しがる花音を見て、少し距離を取った。理由は、

 

 

「なのになんで……技術スタッフは作業車なんですか!!納得いかーんッ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

花音の大声に生徒たちは驚く。摩利は耳が痛くなり、困った顔になった。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

深雪は下を向いていた。

 

 

「ええと……お茶でもどう?」

 

 

隣にいたほのかがお茶を深雪に差しだす。雫も席を立ち、ほのかの横で見守っている。

 

 

「ありがとう。でも、ごめんなさい。あまり喉は乾いていないの」

 

 

次の瞬間、バスの室内温度が下がった。

 

 

「私は()()()のようにこの()()()にわざわざ外で立たされていたわけじゃないから」

 

 

「「……………」」

 

 

氷点下を越える勢いだった。話を聞いていた他の生徒たちも寒そうにしている。

 

 

「お兄さんのことを思い出させてどうする」

 

 

「不可抗力よッ」

 

 

ヒソヒソッとほのかと雫は会話する。ほのかは既に涙目だった。

 

 

「……まったく誰が遅れて来るのか分かっているんだから外で待つ必要なんてないのに……何故お兄様がそんなお辛い思いを……しかも機材で狭くなった作業車で移動だなんて……せめて移動の間くらいゆっくりとお休みになっていただきたかったのに……」

 

 

(((((怖ェ……!!)))))

 

 

ほのかの体が震える。他の生徒たちも震えだした。

 

だが、雫は違った。

 

 

「深雪。でもそこがお兄さんの立派なところだと思うよ」

 

 

「え?」

 

 

「バスの中で待っていても誰も文句は言わないのに『選手の乗車を確認する』という仕事を誠実に果たしたんだよ。つまらない仕事でも手を抜かず当たり前のようにやり遂げるなんてなかなかできないよ」

 

 

(こういうセリフを赤面しないで言えるって雫のキャラよねぇ……)

 

 

雫の言葉にほのかは顔を赤くした。

 

深雪は雫の言葉を聞いてほのかと同じように顔を赤くした。

 

 

「そ、そうね。本当にお兄様って変なところでお人好しなんだから……」

 

 

深雪がデレた瞬間、周りにいた生徒全員がガッツポーズをした。

 

 

________________________

 

 

【技術スタッフの2年の先輩】

 

 

作業車の中。

 

俺は楢原にトランプをしないかと誘われた。五十里もするらしいので俺も参加することにした。

 

三人ではバランスが合わないので楢原と同じ一年の司波も参加した。

 

無難にポーカーをすることになったのだが……

 

 

俺「2ペアだ!」

 

 

五十里「4カード」

 

 

司波「俺も4カードです」

 

 

楢原「よし、ストレートフラッシュで俺の勝ちだな」

 

 

こいつら超つえええええェェェ!!!

 

何で二人も4カードいるんだよ!?ってかストレートフラッシュを一発目から!?おかしいだろ!?

 

 

楢原「よし、もし次に先輩が負けたらバスの中で『ぞうさん』を熱唱してもらうから」

 

 

めっちゃ嫌だ!?

 

だが、俺の止める暇も無くトランプが配布される。

 

手札は……!

 

 

(2が三枚……(ジャック)が一枚……(クイーン)が一枚!!)

 

 

既に3カード!4カードが狙える!!

 

俺はJとQを捨てる。

 

 

五十里「じゃあ僕は3枚で」

 

 

司波「俺は4枚」

 

 

楢原「ぐぬぬぬ……一枚だ!一枚に賭ける!」

 

 

デッキはシャッフルされ、俺、五十里、司波、楢原の順でカードを引く。

 

 

(来た!!)

 

5のカードが二枚!クローバーとハートだ。

 

俺はカードを広げる。

 

 

俺「フルハウスだ!!」

 

 

五十里「4カード」

 

 

司波「ストレートフラッシュ」

 

 

大樹「よっしゃあッ!!ロイヤルストレートフラッシュッ!!」

 

 

罰ゲームが決定した俺「何でだああああああァァァ!?」

 

 

俺は決意した。こいつらと二度とトランプなんてしない。

 

 

________________________

 

 

 

「「はぁ……」」

 

 

バスの中でため息をつく二人。黒ウサギと優子だった。

 

一番後ろから二番目の席。そこに二人は座っていた。

 

 

「楢原君と一緒の席に座りたかったわ」

 

 

「YES。黒ウサギもです」

 

 

「「はぁ……」」

 

 

再びため息をついた。

 

 

「ねぇ、黒ウサギ。何でフードを被っているの?」

 

 

「そうですね……今日の夜に話します。今晩、優子さんの部屋に行っていいですか?」

 

 

黒ウサギは笑顔で聞いた。優子は少し驚いたが、

 

 

「ええ、いいわよ」

 

 

笑顔で許可した。

 

二人で話す機会はなかなか無かった。黒ウサギはこれを機に優子との距離を縮めようとしていた。

 

 

『俺じゃダメかもしれない』

 

 

大樹がどんなに優子との距離を詰めても思い出さない。なら黒ウサギが距離を詰めるしかない。大樹はそう言った。

 

笑顔で言っているのに、目は悲しそうにしている。あの顔は忘れられなかった。

 

 

「優子さん。大樹さんが作って来たお菓子食べませんか?」

 

 

「ありがとう。楢原君の作るお菓子は美味しいから嬉しいわ」

 

 

優子は黒ウサギが持っているクッキーの袋詰めを貰おうとすると、

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

バスが急停止した。

 

慣性の法則にしたがって、バスに乗っていた生徒たちは全員、前に傾く。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

優子は席を立ち、慌てて運転手に近づく。

 

運転手は前を見ならがら言う。

 

 

「あなたが木下優子さんですか?」

 

 

「え……そ、そうですけど」

 

 

優子は運転手の質問を聞いて、後ろに一歩下がった。

 

嫌な感じがした。

 

 

「そうですか。では」

 

 

運転手は立ち上がり、

 

 

「対象を確認」

 

 

 

 

 

手にはバタフライナイフが握られていた。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

優子はナイフを見て恐怖に陥った。後ろから倒れ、尻もちをつく。CADを取り出そうとするが、焦りと恐怖でうまくポケットから出せない。

 

 

「下がれ木下!!」

 

 

摩利が急いで助けに行こうとするが、間に合わない。このままだと運転手の持っているナイフの方が先に優子に刺さる。

 

魔法を発動しようにも時間が足りない。

 

 

「いやッ!!」

 

 

優子は腕で顔を覆い隠す。目からは涙が出ていた。

 

 

「優子さん!!」

 

 

黒ウサギの速さでも間に合わない。バスの狭い空間の中では動きづらく、最悪な。

 

 

「死ねえええええェェェ!!」

 

 

運転手の持ったナイフが振り下ろされた。

 

 

パリンッ!!

 

 

 

 

 

「【黄泉(よみ)送り】ッ!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「があッ!?」

 

 

 

 

 

突如、バスの窓をぶち破って入って来たのは黒いコートを着た大樹だった。

 

 

 

 

 

大樹の技が運転手の身体にぶち当たる。運転手は吹っ飛び、大樹が入って来た反対の窓へと飛び出した。

 

 

パリンッ!!

 

 

ここは高速道路。運転手は道のわきにある高いガードレールにぶつかり、アスファルトに倒れる。運転手は動かず、気を失った。

 

 

「優子!大丈夫か!?」

 

 

大樹は急いで優子に駆け寄る。

 

そして、優子は大樹に抱き付いた。

 

 

「怖かった……怖かった……!!」

 

 

「……ああ、もう大丈夫だ。俺が来たからには安心しろ」

 

 

大樹は優子を強く抱きしめ返した。恐怖から解放された優子の目から涙が溢れ出す。優子の頭を撫で、落ち着かせる。体が小刻みに震え、大樹にも恐怖が伝わった。

 

 

「十文字。運転を頼めるか?」

 

 

「待て。現場の処理を……」

 

 

「そんなことしている時間は無い。急いでここから離れろ」

 

 

大樹は優子を立ち上がらせ、バスの後方の席。黒ウサギのところまで優子をゆっくりと一緒に移動する。

 

 

「黒ウサギ。優子を頼む」

 

 

「………分かりました。ですが」

 

 

「一人で大丈夫だ。今は優子をお願いしたい。これ以上危険に晒すのは絶対に避けたい」

 

 

「……お気をつけて」

 

 

黒ウサギは優子を席に座らせる。大樹はそれを確認した後、バスから降りる。

 

大樹は倒れて気絶している運転手の所まで警戒をしながら歩く。その時、作業車から降りた達也が急いで駆け寄って来た。

 

 

「大樹」

 

 

「悪い達也。状況は言えない。だけど」

 

 

大樹は真剣な表情で告げた。

 

 

「すぐにここから逃げたい」

 

 

「……分かった」

 

 

達也は急いで作業車へと戻り、スタッフたちに指示を出した。理由を聞かずに動いてくれたことを心の中で感謝する。

 

バスは十文字が運転し、走らせる。その後を作業車が追いかけた。

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は助走をつけて飛翔し、バスの上に乗った。作業車を運転していたスタッフが俺を見て驚くが気にしない。

 

フードを深く被り、風に飛ばされないようにする。涼しさを通り越した冷たい風がコートをなびかせる。

 

 

ピピピピピッ

 

 

()()()携帯端末が鳴りだす。それを予期していた大樹はすぐに電話に出ることができた。

 

 

『あ、繋がった』

 

 

「誰だ」

 

 

『あ、やっぱり失敗した』

 

 

声がエレシス……陽にそっくりだ。だが、口調が違う。だからある程度予想がついた。

 

 

 

 

 

「セネスだな」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

 

『……………』

 

 

無言。何も喋らない。

 

 

「どこから見ている」

 

 

『言うわけないじゃん。馬鹿なの』

 

 

「あぁ?」

 

 

俺は生意気な口調に苛立った。原田と黒ウサギの言っていたことは本当だったみたいだ。腹立つわ。

 

エレシスの分身。セネス。

 

今ここにエレシスがいるのかは分からない。もしかしたらいないのかもしれない。

 

 

「チッ、エレシスはどこだ」

 

 

『え、お姉ちゃん?』

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

お姉ちゃん?シスター?

 

 

 

 

 

「お前ら姉妹だったのか!?」

 

 

『あ、言っちゃった』

 

 

なるほど。多分、こいつ馬鹿だな。うん、馬鹿。

 

 

「おい馬鹿」

 

 

『死ね童貞』

 

 

「……………」

 

 

俺のライフが一瞬にして0になった。こいつ、許さねぇ……!

 

それよりも姉妹だと?姉妹揃って神の力を……?いや、それは後で考えよう。

 

 

「セネス……何が目的だ」

 

 

『目的?そうね……』

 

 

セネスは少し考えた後、告げた。

 

 

 

 

 

『復讐かな』

 

 

 

 

 

予想通りの答えが返って来た。

 

 

「エレシスは停戦を持ちかけているんだが?」

 

 

『え?お姉ちゃんが?』

 

 

「あぁ?知らないのか?」

 

 

『……そう』

 

 

セネスの声は低くなっていた。

 

 

『そうよね。お姉ちゃんだもん。私は認めているんもん。誰が……見なくても私が見ている』

 

 

「セネス?」

 

 

セネスの声は小さくなっていく。ノイズが入って聞こえにくい。

 

 

『私は私のやり方でフォローする』

 

 

セネスはそう言った後、

 

 

 

 

 

『あなたを殺す』

 

 

 

 

 

低い声でそう言った。

 

 

「ああ、かかって来い」

 

 

俺はそれに答えた。

 

優子に手を出したことを後悔させてやる。

 

 

ブチッ

 

 

数秒後、俺の声を聞いたセネスは満足したのか、携帯端末の電源を切った。端末からはもう声は聞こえない。

 

俺はギフトカードから【神影姫(みかげひめ)】を取り出し弾丸を入れ、左手に持つ。右手には【(まも)(ひめ)】を握った。

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

後ろから物凄い勢いで走って来る物体。直立戦車だ。

 

数は1……2……3……4……いや、10はいる。

 

むッ、まだいるな。11……12……13……14……15。チッ、20か……多すぎる……!

 

………馬鹿な!?まだいるだと!?28……!29……!30……!31……!32……!33……!34……!って

 

 

 

 

 

「多いいいいいィィィ!?」

 

 

 

 

 

34ッ!?多過ぎだろ!?よく用意できたなおい!?予算とか超赤字だろ!

 

しかもあいつら綺麗に二列に並んで前進してきやがる。なんかムカつく。

 

俺は飛翔して最後尾の作業車の上に乗り移る。少し揺れたが問題なく作業車は進む。

 

 

「うわぁ……これ1UPキ〇コが無いと厳しいぞ?」

 

 

俺はマ〇オみたいに何度も生き返れないからな?……いや、二回くらい生き返ったような気がする。……残機二個くらいあったのか俺は?今何個だろう?

 

コートをなびかせ、迫りくる直立戦車を見る。敵はいつ俺が攻撃をするか(うかが)っている。

 

鬼種の力を宿した右目が紅く光る。同時に左手に持った【神影姫】も赤く光った。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

引き金を引き、【神影姫】で発砲する。【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で銃を。銃弾を捕捉させない。直立戦車は避けることもできず、

 

 

ドゴンッ!ドゴンッ!

 

 

先頭にいた二台の直立戦車が胴体から真っ二つになる。鬼種の力を与えた銃弾の威力は見ての通り最強だった。

 

後ろで控えていた直立戦車たちはやられた直立戦車の残骸を避けて行く。なるほど、動揺はしない……ということは……。

 

俺は精神を集中させる。……思った通りだ。直立戦車の中に人はいない。遠隔操作されて動いているんだ。

 

こちらからしたら好都合。遠慮なくやれる。

 

 

ガガガガガッ!!

 

ドゴンッ!!

 

 

次々とマシンガンやロケットランチャーなど直立戦車は遠距離攻撃を仕掛けてくる。直立戦車は一台一台、違う種類の武器を持っているようだ。

 

 

「ッ!」

 

 

ガチンッ!ガチンッ!

 

ガキュン!ガキュン!

 

 

【護り姫】から蒼い炎が燃え上がり、刀が錬成される。俺は【護り姫】を巧みに扱い、作業車やバスに当たりそうになる銃弾を的確に斬っていく。ロケットランチャーのミサイルは【神影姫】で撃ち落した。

 

だが、限界はある。

 

 

シュッ!!

 

 

「くッ!」

 

 

俺のコートに敵の銃弾が掠る。数が多すぎる。

 

コートの中から爆弾型CADを取り出し、スイッチを入れる。それを道路に落とした。

 

爆弾型CADは転がり、ちょうど直立戦車の真下に来た瞬間、

 

 

ガチンッ!!

 

 

加速魔法が発動した。

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

突然のことに何台も直立戦車は対処できず、足元が滑りバランスを崩す。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

やがて転んだ直立戦車は後ろに控えていた他の直立戦車にぶつかったりし、地面に倒れた。

 

数は結構減った気がするがまだまだ多い。俺は【神影姫】を高速リロードをする。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

すぐに狙いを定めて【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】を繰り出す。先程と同様、直立戦車は銃弾を捉えることはできない。

 

 

ドゴンッ!ドゴンッ!

 

 

今度は二台の右足を狙って転倒させる。

 

タイミングが良かったのか、運良く後ろで待機していた直立戦車にも当たった。一石二鳥だ。

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

遠距離攻撃は通じないと思ったのか、直立戦車はスピードを加速させて俺の乗っている作業車の後ろまで来た。

 

右手に備えられたチェーンソーを俺に向かって振り下ろす。

 

 

「無駄だ!」

 

 

俺は【護り姫】でチェーンソーを受け止め、

 

 

バキンッ!!

 

 

チェーンソーがついた右手ごと粉々に破壊した。

 

 

「吹っ飛べッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

追撃の一撃。俺は右手を失った直立戦車の腹部に向かってローキック。直立戦車はくの字に曲がり、後ろに向かって吹っ飛ばされた。

 

後ろに控えていた一台の直立戦車も巻き込まれ、一緒に転がる。

 

……残りの数は20台。やっぱり多いだろ。

 

 

「穿て!【インドラの槍】!」

 

 

その時、後ろから稲妻が飛んで来た。

 

いや、飛んで来たのは稲妻では無く、黒ウサギが使っている【インドラの槍】だ。雷を身に纏い、直立戦車に向かって飛んで行った。

 

 

バチバチッ!!

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

槍は直立戦車を次々と貫き爆発した。すげぇ、半分近くまで減った。でも後処理大変そうだなぁ……何て言い訳しようか?

 

黒ウサギの槍以外にも援護された。直立戦車の装甲が爆発したり、直立戦車が凍ったりした。後者は多分、深雪が発動した魔法だと思う。

 

バスに乗った生徒たちが助けてくれた。そのことに思わず俺は笑みをこぼす。

 

 

ガゴンッ!!

 

 

唐突に直立戦車のパーツが崩れてバラバラになった。あれは達也の魔法だな。テロリストの持っていた銃をバラバラにした魔法と同じだ。

 

支援を受けて直立戦車数は残り2体までとなった。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

直立戦車も残りわずか。一気にケリを付ける。

 

不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で直立戦車の胴体を吹っ飛ばした。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、最後の直立戦車は壊れ、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

爆発した。

 

やっと終わった。そう思っていたが、

 

 

ピピピピピッ

 

 

再び奪った携帯端末が鳴った。俺は周りを見渡し警戒しながら電話に出る。

 

 

「何の用だ」

 

 

『最低ッ!アンタが捕まっている間に貯めた金が全部無駄になった!』

 

 

「知るかよ」

 

 

いきなり八つ当たりかよ……。こいつ本当に腹立つな。

 

 

『でも本命はここから』

 

 

「本命だと?」

 

 

『あの人の作った最強の兵器』

 

 

あの人だと?背後に誰かいるのか?

 

嫌な汗が一気に溢れ出た。心臓の鼓動が速くなる。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

その時、上から飛行機でも通ったかのような音が腹の底まで響き渡った。

 

俺は恐る恐る顔を上げる。

 

 

『直立戦車タイプ(シグマ)

 

 

さっきの直立戦車(おもちゃ)とは比べものにはならないほどの大きさ。2倍……3倍……5倍以上はある大きさ。

 

 

 

 

 

そいつは空を飛んでいた。

 

 

 

 

 

右手には全てを薙ぎ払う大きな大剣。左手には貫くことを許さない絶対の盾。他の直立戦車と格が違うことを思い知らされる大きさだ。

 

普通の人が見れば空に小さな点にしか見えず、大きさはわからないが俺には分かる。本当に大きい兵器だと。

 

赤と白でコーティングされた飛行型直立戦車は腹部や腕に隠してあるミサイルを俺たちに向かって落としてきた。空がミサイルで埋め尽くされる。

 

 

「おい!スピードを出せッ!!」

 

 

俺は大声で作業車とバスに指示を飛ばす。

 

直立戦車が一斉に攻撃してきた時より数が多い。このままだと完璧に防ぐことができない。

 

 

ガガガガガガガガガガガガキュンッ!!

 

 

リロードしておいた【神影姫】を空から落ちてくるミサイルにフルオートで連射する。

 

銃弾に当たったミサイルは空中で爆発した。

 

 

だが、全部のミサイルを落としきれなかった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

道路や高いガードレールに何十発のミサイルが降り注ぐ。当たるかもしれないという恐怖がみんなを襲う。バスでは泣きだす女の子。叫び出す男の子がいる。

 

 

「クソッ、【神影姫】じゃ届かない!」

 

 

標的は上空1000m以上もある。銃弾では届きそうにない。跳躍で距離を稼いだとしても、十分な威力が期待できない。

 

少しでも数を減らすために俺は跳躍し、刀でミサイルを斬る。銃弾をミサイルにぶつけて軌道をずらす。あるいはミサイル同士をぶつけた。

 

ミサイルの攻撃範囲が広過ぎるせいで作業車やバスの上を飛び回り、乗り移りながら対処しないといけなかった。

 

 

(数が多すぎるッ!)

 

 

ガチンッ、ガチンッ

 

 

「なッ!?」

 

 

ついに【神影姫】に込める弾丸が底を尽きた。家に置いてある全ての銃弾を持ってきたのに……!

 

ミサイルは残り少ない。あと少しなのに……!

 

 

「大樹さん!」

 

 

バスの窓から黒ウサギが顔を出し、俺の名前を呼んだ。

 

黒ウサギは俺に向かって刀を投げた。俺は【神影姫】をギフトカードに直し、左手で受けとる。

 

 

「【鬼殺し】……!」

 

 

刀は武装デバイスの【鬼殺し】だった。バスに乗せていた俺の荷物から取ってくれたのか。

 

俺はすぐに刀の鞘を腰につける。そして、サイオンを補給し【鬼殺し】に硬化魔法を掛ける。

 

 

「二刀流式、【阿修羅(あしゅら)の構え】!」

 

 

足に力を入れて飛翔する。と同時に【鬼殺し】を腰につけた鞘から抜いた。

 

 

「【六刀鉄壁(ろっとうてっぺき)】!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

落ちてくる無数のミサイルを次々と斬り落とす。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ミサイルは地面に落ちる前に空中で爆発した。

 

 

「くッ!」

 

 

爆風に背中を押されながらバスの上に着地し、膝をつく。衝撃を少しくらってしまったようだ。コートが少し焦げている。バスの中にいた生徒が驚くが構っていられない。

 

飛行している直立戦車はまだ上空。降りてくる気配はない。

 

 

(どうする?このまま待っていると次のミサイルが降って来るぞ……!)

 

 

焦りで体中から嫌な汗が溢れ出る。

 

サイオンを半分以上失った【鬼殺し】を鞘に戻す。

 

 

「……やるしかないか」

 

 

集中。神経を研ぎ澄ます。

 

バスから飛び降り、道路に上手く着地する。靴底は削れて熱くなる。

 

 

「……………」

 

 

敵に狙いを定め、足に力を入れる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

鬼種の力を使い、標的に向かって音速で跳躍した。飛んだ衝撃で道路に大きなクレーターができる。

 

風のように空に向かって突き進む。

 

俺は敵の倒し方を再度頭の中で再現する。ある程度敵に近づいたところで【鬼殺し】を抜き、二刀流式、【六刀暴刃(ろっとうぼうは)】のカマイタチで直立戦車を切り裂く。届くかどうかは分からない。賭けだ。

 

敵との距離はあと200m。

 

 

ゴオッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

だが、敵も甘くはなかった。

 

俺が近づいて来ていることに気付いた直立戦車タイプ∑は飛行ウイングから炎を出し、俺に向かって突進して来た。

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺の刀と相手の大剣がぶつかり合う。腕が簡単に折れてしまいそうな重い一撃。だが今の俺の方が力は上だ。

 

 

「このッ!!」

 

 

バキンッ!!

 

 

直立戦車タイプ∑の大剣を弾き飛ばし、怯ませる。その隙を俺は逃さない。

 

【護り姫】から蒼い炎が再び燃え上がり、新たに刀を錬成させる。刃は先程の10倍以上の長さに伸びる。

 

長い刀で敵を横から一刀両断する。

 

 

ガキンッ!!

 

 

敵が持っていた盾で俺の攻撃を防ぐが、

 

 

「うおおおおおォォォ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

盾を強引に斬り、そのまま胴体を真っ二つにした。

 

直立戦車タイプ∑から電撃が溢れ出て、嫌な機械音を響かせる。外装から太いコードが飛び出してしまっている。もうこれ以上の戦闘は不可能だ。

 

俺はこの星の法則。重力に従って落下し始める。

 

 

「!?」

 

 

俺はバラバラになって落下している直立戦車タイプ∑を見て驚愕した。

 

 

「何だよ……これ……!?」

 

 

 

 

 

直立戦車タイプ∑は生きていた。

 

 

 

 

 

いや、生きているように見えた。外装から飛び出したコードがウネウネと動き、真っ二つになった胴体と絡め合い、元通りにくっつけている。

 

砕け散った大剣は歪な形をしているが、元通りに近い形で復元していた。もちろん、粉々になった盾も。

 

 

(機械に再生能力だと……!?)

 

 

有り得ない光景に茫然としてしまった。

 

 

ドドドドドッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

直立戦車タイプ∑の装甲が開き、銃弾やミサイルが乱射される。俺は射撃音にハッとなり、刀を構える。

 

 

「二刀流式、【受け流しの構え】!」

 

 

俺は空中で音速の一回転をする。

 

 

鏡乱風蝶(きょうらんふうちょう)!!」

 

 

ゴオッ!

 

 

長い刀で風を断ち切る。斬った瞬間、刀に風が纏い、敵の銃弾やミサイルに暴風が吹き荒れる。

 

全ての銃弾とミサイルは相手の元へと帰って行った。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

鼓膜を破ってしまいそうな爆発音が耳を襲う。衝撃はバスや作業車まで届いていた。

 

 

「……………」

 

 

俺は落下しながら爆発した敵を見ていた。煙のせいで敵の姿は見えないが……俺には分かる。

 

 

ガチンッ!!

 

 

金属同士をぶつけた音が耳に届く。煙の中から何かが飛び出してきた。

 

 

「クソッ!」

 

 

ボロボロになった直立戦車タイプ∑が追いかけてくる。手には盾と大剣を組み合わせて造った剣が握られている。

 

ジェット機の速さに負けないスピードで迫って来る。

 

 

(弱点は無いのか……!?………いやッ!)

 

 

俺は【護り姫】をギフトカードに直す。

 

相手の弱点はあるはずだ。再生能力を引き起こすコア。そいつが絶対にあるはずだ。

 

俺は迫りくる敵の外装を見る。腕、足、胸……どれも違う。

 

 

「ッ!」

 

 

俺はあることに気が付いた。

 

直立戦車タイプ∑の頭部。そこだけが歪な形をしておらず、綺麗だった。

 

爆発を直撃して頭部だけ傷が一つも無いのはおかしい。怪しすぎる。

 

恐らく、頭部を頑丈にしなければならない理由がある。

 

例えば、自己再生をするためのコアがある、とかな。

 

 

「………抜刀式、【刹那(せつな)の構え】」

 

 

目を閉じて、神経を研ぎ澄まし集中する。最強の一撃を敵に当てるために。

 

何も見えない。真っ暗な暗闇が支配される。

 

何も聞こえない。心臓の音だけだけが聞こえる。

 

感情を殺せ。闘争心を封じろ。心を無にしろ。

 

俺は静かに鞘に入った【鬼殺し】に手を伸ばす。全てのサイオンを刀に注ぐ。

 

 

ゴオッ!!

 

 

直立戦車タイプ∑のスピードが加速した。俺に向かって剣を振り下ろす。

 

 

 

 

 

「【横一文字(よこいちもんじ)(ぜつ)】」

 

 

 

 

 

空間すら断ち切る絶対の一撃。

 

 

ザンッ

 

 

俺の動きは誰にも見えることはできない。

 

 

刀を引き抜いた瞬間。斬った瞬間。そして、刀を鞘に納める瞬間も。

 

 

直立戦車タイプ∑は俺の横をそのまま通り過ぎて落下する。剣は振られないまま。

 

俺は目を静かに開く。その瞬間、

 

 

バキンッ!!

 

 

俺に近づく前に直立戦車タイプ∑の頭部は綺麗に真っ二つになった。

 

文字通り、横一文字に。

 

頭の中にあった小さな核も一刀両断にした。再生する様子も見られない。再生機能を失った直立戦車タイプ∑は崩れていき、落ちて行く。

 

触れることすら許されない最強の居合い斬り【横一文字・絶】。居合いを極めた者だけが成せる技。エレシスに敗北してからずっと磨き続けた剣技だった。

 

落下スピードは加速する。地面に着地する時、少し痛そうだが、我慢するしかない。

 

 

「ッ……!」

 

 

覚悟を決めようとした瞬間、俺の体は落下途中で止まった。空中で止まった。

 

下を見てみると、バスと作業車が見えた。みんな外に出て、俺を見ていた。

 

俺の体にはいつの間にか浮遊魔法が掛かっており、落下するスピードが落ちていた。

 

 

「うわぁ……もう言い訳できないなこれ」

 

 

俺の人外っぷりを見られた。どうやっても誤魔化せそうになかった。

 

後で助けたお礼に話せとかめっちゃ言われそう。

 

 

「……………」

 

 

俺はポケットに入れておいた携帯端末を握る。もちろん、これは奪った携帯端末だ。

 

右手に力を入れ、粉々に壊す。

 

この九校戦。セネスは必ずもう一度仕掛けてくるはずだ。最悪、エレシスと一緒に。

 

 

(来るならかかってこい……)

 

 

返り討ちにしてやる。

 

 

俺は携帯端末の残骸を投げ捨てた。

 

 




今年最後の投稿です。

今まで見てくれた方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

来年も頑張って書かせていただきます。

皆さん、よいお年を。

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