どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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迷いを断ち切る

ざわざわッ!!

 

 

一年生の教室は騒がしかった。

 

 

一学期定期試験が終わり、今日は学内ネットで成績優秀者が発表された。

 

 

一科生も二科生も。全員、発表された成績順位に驚愕していた。

 

 

 

総合成績優秀者

 

1位 1-A 司波 深雪 1630点

 

2位 1-A 木下 優子 1592点

 

3位 1-E 楢原 黒ウサギ 1557点

 

4位 1-A 光井 ほのか 1262点

 

5位 1-A 北 山雫  1258点

 

 

 

実技試験成績優秀者

 

1位 1-A 司波 深雪 1135点

 

2位 1-A 木下優子 1098点

 

3位 1-E 楢原 黒ウサギ 1067点

 

4位 1-A 北山 雫  855点

 

5位 1-A 森崎 駿 847点

 

 

 

 

 

記述試験成績優秀者

 

1位 1-E 楢原大樹 500点

 

1位 1-E 司波達也 500点

 

1位 1-E 新城陽  500点

 

4位 1-A 司波深雪 495点

 

5位 1-A 木下 優子 493点

 

6位 1-E 吉田幹比古 491点

 

7位 1-E 楢原黒ウサギ 490点

 

8位 1-E 柴田 美月 479点 

 

9位 1-E 千葉 エリカ 461点

 

10位 1-A 光井 ほのか 419点

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「す、すごいですね……」

 

 

「うん、普通じゃない」

 

 

「し、雫……褒めてあげようよ……」

 

 

ほのかと雫の会話を聞いて、みんな苦笑いになる。普通はじゃないは褒め言葉ではない。

 

食堂に集まってみんなで食事をしていた。メンバーは達也、深雪、美月、エリカ、レオ、幹比古、ほのか、雫、黒ウサギ、優子、エレシス。

 

この場に、大樹はいない。

 

 

「大樹さん、まだ帰って来ませんね」

 

 

「俺は実技の点数が赤点ギリギリだったからすぐに解放された。だが、大樹は違うだろう」

 

 

黒ウサギの言葉に達也が言う。

 

達也は成績は驚愕的なものだった。というかここにいるE組のメンバーは一度全員職員に訊問された。実技で手を抜いていたのではないかと。

 

 

「そうね。楢原君の点数はさすがに……ねぇ?」

 

 

優子の言葉にみんなが苦笑いをした。

 

 

大樹の総合成績は500点。

 

 

つまり、

 

 

 

 

 

実技試験 0点

 

 

 

 

 

「魔法が使えない人がこの学校にいるのは不味いですよね……」

 

 

美月の言葉に全員がうなずいた。

 

大樹は何一つ魔法が使えなかった。

 

『オラァ!』

『秘技・二刀流CAD!』

『ごめんなさい。今日調子悪いみたいです』

 

最終的には腰を90°に曲げて、職員に頭を下げていた。

 

 

「でも、一番凄いのは黒ウサギよね!」

 

 

「え、エリカさん!もういいじゃないですか!」

 

 

「何言ってるのよ!前代未聞なのよ!」

 

 

エリカの褒め言葉に黒ウサギは恥ずかしがる。

 

黒ウサギの魔法力は想像以上のものだった。隠れた才能。来年は一科生。期待の新星などいろいろとよばれている。

 

総合成績3位。全職員並びに全生徒が一番驚愕した。

 

 

「で、ですが記述試験だって凄いじゃないですか!」

 

 

「あー、アレね」

 

 

E組メンバーが全員遠い目をした。

 

黒ウサギの成績と同じく、記述試験の順位も驚かされた。だがベスト10に二科生の生徒が七人もいるせいで先生方に訊問された。しかし、

 

 

大樹『テストなんて簡単だろ。テスト範囲を教えてもらってるし』

 

先生『今回のテストは範囲が広かったはずだ!それだけで満点など……!』

 

大樹『……テストでどんな問題が出されるか分かっているから取れたんでしょ?』

 

先生『……………え?』

 

大樹『1つ言っておくが、お前らが出したテストの問題くらい予想できたぞ?』

 

先生『』

 

 

大樹の発言に俺たちはすぐに解放されたが、

 

 

先生『なら実技も予想できたよな?何だ、この点数は?』

 

大樹『』

 

 

という出来事があった。

 

成績を見ていた幹比古があることを思い出す。

 

 

「……そういえばレオは何位だったの?」

 

 

「うぐッ!」

 

 

ただ一人、この男だけどこにも名前が書かれていなかった。

 

 

「記述は……13位だ……」

 

 

「「「「「ドンマイ」」」」」

 

 

「やめろよ!そんな目で見るなよ!」

 

 

みんなの笑顔が眩しかった。そして、レオにとってはそれは辛かった。

 

 

「大樹さん、ずっと笑っていましたね」

 

 

「でも、レオが実技の点数を言うと泣きだしたね……」

 

 

深雪と幹比古の言葉を聞いてみんなは思う。情緒不安定か。

 

 

ざわざわッ!!

 

 

その時、食堂が騒がしくなった。みんなにはその理由が分かっていた。

 

 

「楢原さんが帰って来ました」

 

 

「おう。ただいま」

 

 

エレシスの言葉通り、フードを深く被った大樹が帰って来た。

 

 

「いやぁー、危なかったぜ。先生を脅迫できなかったら今頃退学もんだよ。ハッハッハ!」

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

大樹は笑いながら黒ウサギの隣に座った。みんなの顔は引きつっている。

 

 

「さて、今から『実技の再試験。どうやったら乗り越えられるか大作戦』を始める」

 

 

「やっぱり再テストになったのね……って脅迫って何したのよ!?」

 

 

大樹の言葉に優子が苦笑い……と思ったら次は怒った。

 

 

「脅迫?おいおい、俺は学校の予算を読み上げただけだぜ?」

 

 

「怖ッ!?予算に何が書いてあったんだよ!?」

 

 

大樹の笑みは黒かった。あまりの黒さにレオがドン引きだった。

 

 

「おや?どうした、13位?」

 

 

「あぁ?何のことだ、0点?」

 

 

「「……………ぐすんッ」」

 

 

「お互い傷つくんだからやめなさいよ……」

 

 

大樹とレオの不毛な戦いを見て、エリカは呆れた。

 

 

「そういえば黒ウサギ。九校戦メンバー選定会議に呼ばれたんだろ?」

 

 

「YES。でも、黒ウサギが行っていいのか……少し考えています」

 

 

なんと黒ウサギは九校戦に出る可能性があるらしい。それは今日ある選定会議で決まる。

 

 

「安心しろ黒ウサギ。こういう時のために手を打っておいた」

 

 

「?」

 

 

大樹の言葉に黒ウサギやみんなが首を傾げた。

 

 

「前に言っただろ?真由美と賭け事をしたって」

 

 

「……まさかッ!?」

 

 

「おう!既に生徒会に根回ししてある!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「ついでに優子とほのかと雫もな!」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

「私……も?」

 

 

優子とほのかは同時に驚きの声を上げた。雫は静かに目を見開き、驚愕していた。

 

 

「深雪は確実に出そうだから根回しはしてないぞ」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

深雪はどういう顔をすればいいか困っていた。そんな時はお兄様に頼ってね!

 

 

「前に九校戦に出れたらいいなってほのかと雫言ってたじゃん。特に雫は出たがっていただろ?」

 

 

「覚えていたんだ……」

 

 

「まぁな」

 

 

大樹の言葉に雫は笑顔になった。

 

 

「あ、ありがとうございます!大樹さん!」

 

 

「おう。もっと感謝しろ」

 

 

ほのかのお礼を聞いた大樹はドヤ顔をした。

 

 

「えっと、楢原君?どうして私も?」

 

 

「優子の晴れ舞台をこのカメラに収めるためだ!」

 

 

「絶対にやめて!」

 

 

大樹が取り出した高性能ビデオカメラを見た優子の行動は早かった。

 

その瞬間、魔法が発動した。

 

 

バキッ!!

 

 

高性能ビデオカメラが壁にぶつかり、壊れた。

 

 

「いやあああああァァァッ!!!!黒ウサギも写そうとしたのにッ!!」

 

 

「優子さん、ナイスです!」

 

 

大樹は壊れた高性能ビデオカメラを見て膝をついて落ち込む。黒ウサギと優子は握手を交わしていた。

 

 

________________________

 

 

生徒たちが自由を手にすることができる放課後。いや、大袈裟だな。

 

俺は実技で赤点(というか0点)を取ってしまったため、居残り補習授業を受けていた。補習授業の内容は実技に関する問題やCADの使い方など基本的なことを学ぶ授業だった。それくらい俺でも分かってるわ。馬鹿にしてんのか。

 

監督の先生はいないので机の上でボーッと外を鑑賞してサボっていた。あと1時間もここから出ることができない。他の生徒たちは自由を手に入れたのに……俺はまだゲットできないのか!?だから大袈裟だって。落ち着け俺。

 

 

「ん?」

 

 

窓の外で手を振っている女の子が目に入った。俺に向かって手を振っているみたいだ。

 

 

………優子だった。

 

 

「楢原君!何してるの!?」

 

 

大きな声で俺を呼んでいる。

 

俺は急いで窓を開けて返事をする。

 

 

()()()()()()()()()!少し待っててくれ!」

 

 

俺は急いで教室を出て、優子のいる場所へと向かった。え?補習?何それ美味しいの?

 

階段を全段飛ばしで降りて廊下を走り抜ける。

 

 

「おまたせ!」

 

 

「え!?早くないかしら!?」

 

 

「気にするな。それより家まで送っていくぜ」

 

 

優子は少し難しい顔をしていたが「そうね、楢原君だもんね」と納得した。もうそれでいいや。

 

俺と優子は並んで歩き帰り始めた。

 

 

________________________

 

 

「ここか……」

 

 

楽しい一時が終わってしまい血の涙を流す3秒前だったが、優子の家を見た瞬間、涙は出なくなった。

 

優子は一軒家に住んでいると聞いていたが、見たことは無かった。

 

家は白く、屋根は灰色。周りの住宅と同じだった。違う所と言えば二階は無く、平家だった。まぁ探せば平家の一つや二つはあると思うけど。

 

っとあまり人の家をジロジロと見るのは良くないな。

 

 

「じゃあ俺はここで。また明日な」

 

 

「ま、待って!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

突然優子に腕を引っ張られ呼び止められる。

 

 

「お、お茶でもどうかしら?この前の勉強会のお礼がしたいわ」

 

 

「いや、別に礼を……」

 

 

待てよ……うん。訂正する。

 

『いや、別に礼を言われるようなことじゃない。気にするな』

 

から

 

『じゃあお言葉に甘えて!』

 

に変更。

 

 

「じゃあお言葉に甘えて……貰おうかな?」

 

 

俺の答えに優子は笑顔になる。俺の選択は間違っていなかった。もしここに高性能ビデオがまだ生きていたらすぐに撮ってた。よし、また買おう。

 

家の玄関で靴を脱ぎ、部屋に案内さr

 

 

「ちょっと待って!」

 

 

……されなかった。

 

優子は何故か俺を外の玄関の入り口に正座させた。え?どゆこと?

 

苦笑いをしながら優子は玄関の扉を勢い良く閉めた。え?マジでどゆこと?放り出されたの俺は?

 

耳を澄ませると家の中から物凄い音が聞こえる。まるで急いで何かを片付けているような……何が起こってんだ。

 

 

「お、おまたせ……」

 

 

しばらくすると疲れ切った優子が玄関のドアを開けた。

 

 

「お、おう……大丈夫か?」

 

 

「え、えぇ……入っていいわよ」

 

 

あれ?俺って今から優子の家に行くんだよな?さっきまで胸がときめきで満ちていてドキドキしていたのに、今は足が震えてゾクゾクなんだけど……!?

 

俺の第六感が言っている。

 

『お前は恐らく死ぬ。いや、死ね』

 

なんてこった。死の宣告どころか堂々と死ねと言われちゃったよ。俺の第六感ヤバすぎだろ。

 

俺は恐る恐る玄関の扉を開ける。さっきと変わらず綺麗な廊下と玄関が目に入る。靴を脱いでリビングに入ると、女の子特有の良い香りが俺の心拍数をはやくさせた。

 

テーブルも綺麗に拭かれており、ソファのクッションもきちんと並べて配置してある。

 

 

「そこのソファに座ってて。紅茶を出すから」

 

 

「お、おう」

 

 

俺はフカフカのソファに腰を下ろす。優子は紅茶を用意しに、キッチンへと向かった。

 

 

(それにしても一人暮らしか……)

 

 

記憶をねつ造された優子には謎が多すぎる。

 

この世界で優子の家族構成はどうなっているのか。どんな風に育ってきたのか。どうやって俺より立派な家を手に入れたのか。いや、別に文句はないぞ。むしろいい暮らしをしていてお父さん、安心したよ。

 

俺は優子のことを知るいい機会だと思った。ついでに好感度を上げるとか全然考えてないんだからね!

 

 

「ふぅ……ん?」

 

 

ソファに深く座り、リラックスする。だがクッションの下に何かあることが気が付いた。

 

俺はそれを右手で掴む。布?ハンカチ?みたいな生地をした物体を広げてみると、

 

 

 

 

 

緑と白のストライプのパンツ。そう(しま)パンだ。

 

 

 

 

 

……あ、縞パンって分かるよな?よくアニメの女の子が王道ではいているしましまのパンツ。俺も下着の種類だったら好きだぜ、縞パン。

 

 

(ってえええええェェェ!!??)

 

 

何でパンツ!?え、誰の!?……ってあ!?

 

俺はあることを思い出した。

 

優子はああ見えてずぼたらな生活をしているって妹……じゃなかった。弟の秀吉(ひでよし)から聞いたことがある……!学校では猫被り、家ではアレという……まぁ俺はいいと思うよ。可愛いし。

 

って冷静に思い出している場合じゃないよ!?早くこのパンツをどうにかしないと……!

 

 

「楢原君。お菓子はチョコでいいかしら?」

 

 

その時、優子が帰って来た。

 

 

 

 

 

そして、俺は無意識の内にパンツを右ポケットに入れてしまっていた。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「え?どうしたの?」

 

 

優子がキョトンとした顔で首を傾げる。可愛いが今はそれどころではない。

 

これ、犯罪だよね?

 

あー、ヤバい。猛烈に逃げたい。今すぐ【ギルティシャット】に牢獄されたい。

 

俺はこのパターンを知っている。アニメで何度も見たことがある。この後主人公はドジを踏んでしまい、裁きを受けることを。

 

 

(落ち着け!主人公たちみたいなドジをしなければバレないはずだ!)

 

 

最低だって?ああ、もうそれでいいからこの状況を救う手段をくれ。

 

 

「どうしたの?震えてるけど……?」

 

 

「い、いや!寒い季節になったよな最近!?」

 

 

「……7月なんだけど?」

 

 

超寒い。膝が笑ってらぁ。

 

 

「あ、楢原君」

 

 

「はい?何でしょうか?」

 

 

「何で敬語なの……?まぁいいわ。実はアタシのパソコンの調子が悪いの。見てくれないかしら?」

 

 

「おう、別にいいぜ」

 

 

「じゃあアタシの部屋に行きましょ」

 

 

え?

 

俺はゆっくりと優子に尋ねる。

 

 

「ぱ、パソコンって自分の部屋にあるの?」

 

 

「そ、そうだけど……普通そうじゃない?」

 

 

(チャンスッッ!!)

 

 

俺は心の中でガッツポーズ。

 

どさくさに紛れてタンスの中にこの爆弾(パンツ)を放り込んでやる!

 

俺と優子はリビングを出る。廊下を歩き、優子の部屋についた。

 

 

「入って」

 

 

優子は扉を開ける。俺は警戒態勢レベル99の状態で部屋に入る。

 

部屋は薄いピンク色の家具が多く、女の子らしい部屋だった。先程より良い香りがする。心臓の鼓動がはやくなってしまった。

 

リビング同様、しっかりと綺麗にしてある。……何かさっき綺麗にしたような感じがあるのは気のせいか?

 

俺は机に置かれた優子のパソコンを調べ始める。同時に部屋の内装を理解する。

 

俺の後ろにはクローゼット。その隣には本棚。その横にはタンスがある。あとはベッドと小さなテーブルがある。

 

よし、隙をついてタンスの中にコイツを入れれば……俺の勝ちだ!

 

 

「なぁ優子。多分これが原因だと思うよ」

 

 

「どれかしら?」

 

 

俺は優子に全く関係ない資料を画面に映し出す。すまん、もう直った。

 

優子はパソコンに全く関係ない説明書を黙読し始める。俺は静かに距離を取る。

 

音を完全にぶち殺し、タンスに近づく。そして、タンスの上から二番目を静かに開ける。もちろん、音を出さないように開ける。

 

 

「!?」

 

 

俺は驚愕した。

 

 

 

 

 

これは……緑と白のストライプのブラジャー!縞ブラ!

 

 

 

 

 

縞ブラって何だよ。しま〇らかよ。スマ〇ラかよ。

 

とりあえず直せ俺。今はこのパンツをここに入れれば終わりだろうが。

 

 

「ねぇ楢原君!どういうことか分からないんだけど!?」

 

 

 

 

 

俺はすぐにタンスを閉めて、ブラジャーを左ポケットに入れた。

 

 

 

 

 

俺もどういうことか分からないんだけど。一式揃ったんだけど。

 

 

 

 

 

「ごめんな……もう解決したから。ほら、直っているだろ……?」

 

 

「え?……………あ、本当だ!ありがとう!」

 

 

うぅ……!笑顔が眩しすぎるよ……!

 

……こうなったら最終手段だ。

 

 

「あれ?もしかしてあれって有名なBL本じゃないのか?」

 

 

「え?」

 

 

おふう。優子の笑顔が一瞬で凍り付いたんだけど。

 

優子は俺の指さした方向を見る。

 

その瞬間、俺は指さした反対方向にあるベッドの布団の下に下着一式を投げ入れた。本気でごめん。俺は上条みたいに噛まれたくないし、遠山みたいに風穴を開けられたくないから。

 

 

「あ、違った。ただの参考書だった」

 

 

「そそそそうよね!この家にそんな本は無いわよ!」

 

 

あるだろ。その反応は絶対あるだろ。

 

ため息をつき優子の部屋を見渡してみる。その時、ふっと俺はあることに気が付いた。

 

 

「……なぁ優子。これって卒業アルバムか?」

 

 

本棚の端に置いてあったのは卒業アルバム。俺はそれに目が入った。

 

優子は俺の言葉に頬を赤くしながら頷いた。

 

 

「お、怒ったような顔で写っているから見ないで……」

 

 

「分かった」

 

 

俺はアルバムを開けた。

 

 

「って何で開けてるのよ!?」

 

 

「大丈夫。優子はいつでも可愛いから」

 

 

「ッ!?」

 

 

優子は口をパクパクさせ、混乱してしまった。

 

俺は優子が写っているページを探す。

 

 

(あった!)

 

 

俺は集合写真を見つけた。優子は一番左に立っている。確かに笑っていないな。不機嫌な顔をしている。

 

……ちゃんと中学時代の優子みたいだな。身長が少し低い。

 

敵はどうやって用意したかはこの際どうでもいい。

 

 

「優子以外に第一高校に入学した人はいるか?」

 

 

「いえ、アタシだけよ」

 

 

「じゃあこの中で今でも会っている人はいるか?」

 

 

俺の質問に優子は苦笑いで答えた。

 

 

「アタシ、中学時代はあまりクラスの人とは関わってないのよ。だから友達はいないわ」

 

 

チッ、そう来たか。

 

記憶のねつ造に抜かりは無いか……。この調子だと親や家のことを聞いても無駄だろう。

 

 

「もう一つ聞いてもいいか?」

 

 

「何かしら?」

 

 

俺は優子から一番知りたかったことを聞いた。

 

 

 

 

 

「優子の魔法が知りたい」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「それでは、九校戦メンバー選定会議を始めます」

 

 

真由美の一言で会議が始まった。

 

部活連本部で開かれた会議。既に選手とエンジニアの内定通知を受けている2、3年のメンバーと実施競技各部部長、生徒会役員、新人戦に出場する一年生、部活連執行部を出席者とする大人数の会議が始まった。

 

 

「待て真由美」

 

 

止めたのは俺だった。

 

 

「何で俺と達也が九校戦に出ることになってんだ!」

 

 

俺たちは風紀委員の警備とかではなく、選手と同じ場所に座らせているからだ。

 

 

「大樹君。落ち着いて聞いて」

 

 

「ッ!」

 

 

真由美の真剣な声に俺は思わず黙る。

 

 

「人手が足りないの!」

 

 

「知るかぁッ!!」

 

 

俺は渡された資料を地面に叩きつけた。

 

 

「俺は魔法が使えないんだよ!達也がなるのは分かるが、俺は意味が分からん!」

 

 

「大樹。さりげなく俺を売らないでくれ」

 

 

「大樹君」

 

 

真由美は笑みを浮かべながら言う。

 

 

「あなたの魔法技術は……どうかしら?」

 

 

「ぐッ……まさかお前ッ!?」

 

 

「そうよ!私はあなたをエンジニアに推薦します!」

 

 

「クソッ!やられた……!」

 

 

(((((何だこの茶番……)))))

 

 

俺は膝をついて諦めた。みんなは困った顔をしている。

 

 

「達也君は妹さんから聞いたわ。大樹君以上に腕の良いエンジニアってね」

 

 

「……………」

 

 

達也の目が死んだように見えた。だが、達也はすぐに立ち直り、意見を言う。

 

 

「一年生のエンジニアが加わるのは過去に例が無いのでは?」

 

 

達也の問いに真由美は、

 

 

「なんでも最初は初めてよ!」

 

 

達也の問いに摩利は、

 

 

「前例は覆すためにあるんだ!!」

 

 

摩利さん、かっけえええええェェェ!!!ってと、危うくこのまま自分の世界に入るところだったぜ。

 

 

「フッフッフ、真由美。俺をエンジニアにするなら条件がある」

 

 

「何かしら?」

 

 

大樹はユラユラっと立ち上がる。

 

 

「俺を優子と黒ウサギ専用のエンジニアにしろ!」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

優子と黒ウサギが顔を赤くして驚愕する。

 

 

「ダメよ!」

「ダメです!」

 

 

「何でだ!?ってほのかも!?」

 

 

否定したのは真由美とほのかだった。

 

 

「私もしなさい!」

 

 

「わ、私もお願いします!」

 

 

「は、はい……」

 

 

断れそうになかった。俺は何度も縦に首を振った。

 

 

「私のCADも頼んだぞ」

 

 

「摩利もか……」

 

 

俺の肩を叩いたのは摩利だった。アンタもか。

 

 

「私もしてほしい!」

 

「うちの部もお願いします!」

 

「楢原君を推薦します!」

 

「楢原……やらないか?」

 

 

「最後どこだ!?殺してやる!!」

 

 

最後は貞操の危機を感じさせるものだった。大変だ。この九校戦メンバーにテロリストより危ない奴が潜んでいる。

 

 

「では、楢原と司波のエンジニア入りに賛成の者は手を挙げてくれ」

 

 

バッ!!

 

 

全員、手を挙げた。

 

 

「全員かよ!?」

 

 

決定早ッ!?どんだけ俺と達也のことが好きなんだよ!?

 

 

「では競技種目で楢原君に担当して貰いたい人は挙手してください」

 

 

鈴音の一言で、

 

 

バッ!!

 

 

全員が手を挙げた。

 

 

「だから全員かよ!?そんなに担当できるか!」

 

 

「では、試しに全員のエンジニアになった場合のスケジュールを出してみますね」

 

 

「た、試しなら……」

 

 

まぁ……見てもいいか。

 

鈴音は計算して出てきた数字を言う。

 

 

「平均すると一日25時間労働です」

 

 

「一時間、次元を超えたああああああァァァ!!!」

 

 

どうやって仕事すればいいんだ!?分からないよ!?

 

 

「ってか俺が一人で担当したら他のエンジニアの意味が無いだろ!あ、達也は絶対に深雪にしとけよ」

 

 

「大樹さん……!」

 

 

深雪の表情がパァッと明るくなり、輝いた。ついでに周りにいた男たちもパァッと笑顔になった。

 

 

「ではどうします?」

 

 

鈴音は俺に尋ねる。決まっているだろ。

 

 

「俺は優子と黒ウサギの担当がしたい。いや、するぞ。させないなら舌を……消す」

 

 

「消す!?噛み千切るじゃなくてか!?」

 

 

摩利が驚愕してツッコム。

 

 

「もしくは舌を斬る。桐原の舌を」

 

 

「何で俺だ!?」

 

 

「じゃあ下を」

 

 

「最低だなお前!?」

 

 

急いで桐原は席を後ろに移動する。顔色はあまりよろしくない。

 

 

「はぁ……はぁ……俺の下ならいつでもOKだぜ?」

 

 

「出て来やがれ!!頼む!殺させろ!!」

 

 

もうやだこの空間。相当ヤバい変態がいる。

 

というか変態の居場所が分からない。マジでどこだよ、あいつ!?

 

 

「……話が進まないのでくじ引きにしませんか?」

 

 

「「「「「くじ!?」」」」」

 

 

あの鈴音が放棄しやがった!仕事を放り出しやがったよ!

 

九校戦って学校行事で一大イベントですよね?それを中学校の2年生で全員リレーする時に適当にくじで決めるような感じで良いんですか!?

 

 

「おそらく最終的に大樹さんが担当した方は必ず勝つと思いますから。そうですよね、会長」

 

 

「しかり」

 

 

「うわッ、ここでもブームか!?」

 

 

っと思ったら鈴音はちゃんと考えていた。……いや、考えていた……のか?

 

真由美は鈴音の耳元に近づけて、

 

 

「リンちゃん、私が当たりくじを引くようにお願いね」

 

 

「会長は最後に引いてください」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

ズルっていけないと思う。俺も聞いていたから。

 

それからくじで俺の担当者は決まり、無事に揉め事も無く終わった。

 

 

「よーし。この後はみんなで焼肉行こうぜ!!」

 

 

「「「「「いぇーい!!」」」」」

 

 

「全部……………俺様の奢りだッ!!」

 

 

「「「「「きゃあああああァァァ!!」」」」」

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

「さすが俺の楢原!婿としての……!」

 

 

「「「「「捕まえろおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

その瞬間、達也や深雪。黒ウサギ、優子、真由美、摩利、ほのか、雫、鈴音、あずさ、服部、桐原、十文字の常識人を除いた九校戦メンバーが一斉に飛び掛かった。

 

 

「クソッ!!逃げられたか!!」

 

 

「どうする楢原?」

 

 

「……………焼肉行こうぜッ!!」

 

 

「「「「「いぇーいッ!!」」」」」

 

 

(((((……この学校はこんなに仲が良く、自由な学校だっただろうか?)))))

 

 

常識あるメンバーたちは長いため息をついた。

 

 

________________________

 

 

「う、うぅ……二日酔い……」

 

 

「ジュースしか飲んでいませんよね……?」

 

 

深雪が困った顔で大樹に言う。

 

 

「あ、深雪の膝枕をし『カチャッ』……CADを下ろしてくれミスター・タツヤ。本気の冗談だ」

 

 

命の危機!?達也は俺の土下座を見て、CADを懐に直した。

 

俺と達也と深雪の三人で俺たちはある場所に向かっていた。妙に達也と深雪との距離が空いているが気にしない。気にしたらやられる。俺のメンタルが。

 

 

「ここか……」

 

 

「ああ」

 

 

俺の言葉に達也は短く肯定した。

 

F.L.T(フォア・リープス・テクノロジー)、CAD開発センター。

 

 

「何で俺をここに?」

 

 

「大樹には世話になったからな」

 

 

「ん?」

 

 

どういう意味か分からず、首を傾げる。達也は答えてくれそうに無かった。仕方なく俺は黙って達也と深雪の後ろをついていくことにした。

 

黒ウサギは優子たちと買い物に行った。女子だけの仲良しショッピングだ。俺が入ることは許されない。ぐすんッ。

 

中に入ると受付はせず、そのままドンドン奥に入って行く。……ちょっと怖くなってきた。もしかしたら俺は改造されるかもしれない。

 

中にいるのは皆白衣を着ているからだ。全員こっちを見て驚いた顔をしている。

 

 

「こっちだ」

 

 

達也が目的の部屋を教える。自動ドアを開くと、

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

中で白衣を着て仕事をしていた人たちの動きが止まった。そして、

 

 

「「「「「御曹司!」」」」」

 

 

「御曹司ッ!?」

 

 

達也にわらわらッと白衣を着た人たちが一斉に集まった。

 

 

「た、達也って何者だよ……」

 

 

「すまない。あまり深くは言えないんだ」

 

 

「……そうか。別にいいよ、俺は気にしねぇから」

 

 

俺は達也の顔を見て笑顔で返した。きっと友人にも知られたくないことがあるんだろ。なら関わらないのが正解。

 

 

「俺は絶対に達也と深雪のことは嫌いにならないから安心しろ」

 

 

「……ありがとう、大樹」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「別にお礼を言われる程じゃねぇよ。友達として当たり前のことをしたんだ」

 

 

達也は口元を緩ませ、深雪は笑顔になった。俺は満足して辺りを見回した。

 

 

「それで、何しにきたんだ?」

 

 

「少し待っていてくれ」

 

 

達也はある人物を探しに行った。

 

 

牛山(うしやま)主任はどちらに?」

 

 

「あちらです」

 

 

達也は奥の方へと案内された。

 

 

「なぁ……あの人って」

 

「あぁ、間違いない……」

 

 

今度の標的は俺にされた。白衣を着た人たちが俺を見てコソコソと話し始めた。

 

 

「大樹さんはどこでも有名ですね」

 

 

「あまり嬉しくないよ」

 

 

深雪は笑いながら言う。俺は少し不機嫌になる。はやく帰ってこないかな、達也。

 

 

「バカ野郎!何で補充しとかねぇんだッ!!」

 

 

「ん?」

 

 

奥から怒鳴り声が聞こえてきた。アフロの髪型をした男が周りに大声で指示を出している。

 

 

「分かってんのか!?飛行術式だぞ!?」

 

 

飛行術式?もしかして……。

 

 

「現代魔法の歴史が変わるんだ!!」

 

 

 

 

 

俺が手伝った魔法じゃね?

 

 

 

 

 

________________________

 

 

CAD屋内試験場。

 

体育館より大きい部屋の中で飛行術式の実験が始められた。

 

天井から通信ケーブルが吊り下げられ、実験者の着ているベストに繋がれていた。このケーブルは命綱の役目もある。

 

俺たちはモニター監視室から見学だ。

 

 

「そう言えば飛行魔法って加重系魔法の三大難問とか言われていたな」

 

 

「大樹はそれを簡単に解いたんだ」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

白衣を着た人達。研究者たちが俺たちの会話を聞いて驚愕した。

 

 

「たまたまだろ。達也がヒントを何個も出すから」

 

 

「さすが【瞬間移動(テレポート)】の魔法式を生み出した天才だな」

 

 

「「「「「ッ!?!?」」」」」

 

 

「お、御曹司!どういうことですか!?」

 

 

アフロ頭の牛山が驚きながら尋ねる。

 

 

「彼は前に話した【強制無効(フォース・エラー)】です」

 

 

「俺、楢原大樹って名前があるんだけど?」

 

 

「か、彼がッ!?」

 

 

「この話は後でしましょう。今は飛行魔法を」

 

 

「スルーできねぇんだけど?」

 

 

達也と牛山は俺の言葉を無視して画面に目を向ける。おいこら。

 

実験者であるテスターが飛行魔法のCADにスイッチを入れる。

 

 

『離床を確認。上昇加速度の誤差は許容範囲内』

 

 

テスターの体がゆっくりと上に向かって浮く。

 

 

『加速度減少ゼロ……等速。加速度マイナスにシフト……停止』

 

 

「CADの動作は安定しています」

 

 

「ここまでは浮遊術式でも可能な範囲だ」

 

 

研究者の言葉に牛山は答える。俺はボーッその光景を見ていた。

 

 

『水平方向への加速。加速停止。毎秒1メートルで水平飛行中』

 

 

テスターはゆっくりと飛んでいた。テスターの体が震えている。

 

 

『テスターより観測室へ……飛んでる……自由だ……!』

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

その瞬間、管理室が歓喜の声に包まれた。

 

俺は管理室のモニターのマイクに向かって一言。

 

 

「だが残念。お前はまだ社会の家畜だ。自由じゃない」

 

 

『テンション下げないでください!!』

 

 

________________________

 

 

その後はたくさんのテスターが飛び回り、鬼ごっこをし始めた。楽しそうで何よりです。

 

達也と牛山が話が終わり、今度は俺の話に移る。

 

 

「大樹。実験室に行ってくれ」

 

 

「ん?大人が楽しそうに鬼ごっこをしているところの部屋か?」

 

 

「超勤手当は出さないので勘弁してください……」

 

 

牛山さん。それは彼らが泣きますよ。

 

 

「それとこれを持って行ってくれ」

 

 

達也が取り出したのは、

 

 

「刀ッ!?」

 

 

それは綺麗な白色の鞘。刀を抜くと、刃は普通の刀と同じだが鋭くはない。これだとリンゴすら綺麗に切れない。しかし、刃は美しい銀色、立派な刀だった。

 

 

「何だこれ?」

 

 

「武装一体型CADだ。……大樹、手を放してくれ」

 

 

「嫌がらせか?嫌がらせなのか?嫌がらせならこのまま太平洋まで投げ飛ばす」

 

 

「……まだ引きずっているのか」

 

 

「……うん」

 

 

「大丈夫だ。大樹も魔法が使えるかもしれn

 

 

「よし!今すぐ実験やろう!」

 

 

俺は音速の速度で実験室へ向かった。

 

 

「……騒がしい人ですね」

 

 

『騒がしくて悪かったな!』

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

モニターから大樹の声が聞こえてきた。

 

 

「早過ぎるだろ……!」

 

「これが【強制無効(フォース・エラー)】……!?」

 

 

『で、どうするんだ?』

 

 

「す、少し待ってください。今、鬼ごっこをしているバカどもを……」

 

 

『よし、俺も鬼ごっこしよう』

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

大樹は走り出す。壁に向かって。

 

ぶつかる!っと思った瞬間、

 

 

『うおおおおおォォォ!!』

 

 

そのまま壁を走り出した。

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

『『『『『はッ!?』』』』』

 

 

研究者とテスターたちは目を見開いて驚愕した。

 

大樹は壁を蹴り、テスターに飛び掛かる。

 

 

『くたばれッ!!』

 

 

『いやあああああァァァ!!』

 

 

この後、10分くらい遊んだ。

 

 

________________________

 

 

テスターたちが遊び疲れて帰った後、俺は部屋で一人待機していた。

 

 

「待たせたな、大樹」

 

 

「達也?」

 

 

部屋に入って来たのはテスターと同じ格好をした達也だった。手には特化型のCAD。拳銃型CADを持っている。

 

 

「大樹。俺と模擬戦をしないか?」

 

 

「ほう……俺に勝てると?」

 

 

「手加減はしてくれ」

 

 

「いいぜ。ルールはどうする?」

 

 

「基本的に何でもありだが、大きな怪我はしないようしてくれ」

 

 

「分かった」

 

 

俺は右手に持った鞘から刀を抜く。って。

 

 

「その前にこれは何だ?」

 

 

「すまない。説明していなかったな」

 

 

達也は俺の刀を持って説明する。

 

 

「これは大樹が提案した瞬間硬化魔法を応用した武装デバイス【(おに)(ごろ)し】だ」

 

 

「マジかッ!?」

 

 

俺は達也の言葉に驚愕した。【鬼殺し】完成できたの!?

 

 

「ど、どうやって……!?」

 

 

「牛山主任が手伝ってくれたんだ」

 

 

すげぇ……ここの研究者。ただ者じゃないな。

 

 

「使い方は鞘に備え付けてある小さなモニターで設定してくれ」

 

 

達也がモニターの場所を指差す。確かに柄の少し下に小さなモニターがある。

 

俺は達也から刀を返して貰い、設定する。

 

 

「1秒でいいか」

 

 

「……そんなに短くていいのか?」

 

 

「一秒だと30回くらいは使えるんだろ?十分だ」

 

 

「大樹がそれでいいなら構わないが……」

 

 

「よし、出来た」

 

 

その瞬間、刀から少量のサイオンの光が溢れ出した。

 

 

「やるか」

 

 

「ああ。牛山主任、合図お願いします」

 

 

俺と達也は距離を取る。5メートルくらいの距離だ。

 

俺は鞘を納めた状態の【鬼殺し】の柄を握る。達也の右手と左手には同じ拳銃型CAD。

 

牛山はタイミングを見計らい、ブザー音を鳴らした。

 

 

ブーッ!!

 

 

ダンッ!!

 

 

両者は同時に動き出した。

 

 

________________________

 

 

「オラッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は【鬼殺し】の鞘から抜く。刀は左から斬っている。達也の右腕を狙っていた。

 

達也はそれを瞬時に見切り、身体を後ろに反らして避ける。

 

大樹は達也が避けたことを確認して、後ろに飛んで後退した。

 

 

「一秒で十分だったろ?」

 

 

「ああ、さすがだな」

 

 

瞬間硬化魔法を応用した武装デバイス【鬼殺し】はその名の通り、ある一定の瞬間だけ刀に硬化魔法をかけることができる武装デバイスだ。

 

大樹が爆弾型CADで作ったサイオンを補給することを可能にした特別装置を刀に応用させたのだ。この特別装置は達也と牛山しか知らない。研究者たちには極秘にしている。

 

特別装置を使って刀と鞘には硬化魔法の術式が組み込んであり、刀を鞘に入れると、刀はサイオンを補給し、硬化魔法を刀に掛けることができる。

 

ただ問題なのは刀に硬化魔法が掛かっている時間だ。

 

特別装置にサイオンを補給させておくのにも上限がある。最高で30秒は硬化魔法をかけることができる。だがそうすると、鞘の特別装置のサイオンが空になってしまう。

 

大樹が一秒に設定したのは30回だけ刀に硬化魔法を一秒だけ使えるからという理由だ。

 

 

「あと29回も使えるのか……最高だな」

 

 

硬化魔法の強度はかなりの強固だ。普通の刀よりずば抜けて硬い。

 

そもそも硬化魔法は物質を構成する『分子』の相対位置を固定する魔法だ。分子の相対位置が動かなければ物質の形状に変化が起きない。つまり壊れることはないのだ。

 

 

「もう一度行くぜ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は刀を鞘に収め、サイオンを補給すると同時に達也の目の前まで距離を詰めてきた。達也はあまりの速さに驚愕する。気付いた時には刀は既に抜かれている。

 

 

(まだ半分も補給していないはずだが……!?)

 

 

達也は疑問に思うがすぐに分かった。

 

一秒もいらない。相手に攻撃を当てるのに。

 

 

(さすが大樹だ)

 

 

だが、達也には効かなかった。

 

 

バリンッ!!

 

 

「は?」

 

 

大樹の斬撃が止まった。刀は達也の身体の横で当たらずに静止している。硬化魔法が解けてことで、刀の動きを止めてしまったのだ。

 

 

「ま、魔法が掛けられていない……!?」

 

 

大樹は急いで後ろに後退する。何が起きたのか理解できていなかった。

 

 

「大樹には話したことは無かったな。俺は『特定魔法のジャミング』が使えるんだ」

 

 

「はぁッ!?」

 

 

達也の言葉に大樹は大きな声を上げて驚愕した。

 

 

「大樹も知っているだろ。たくさんの魔法や二つのCADを同時に使うとサイオン波の干渉で魔法が発動しないことは」

 

 

「そ、それくらいなら知っている。実際に使ったこともある」

 

 

「俺はその干渉を利用したんだ。一方のCADで妨害したい魔法の起動式。もう一方でその逆方向の起動式を展開させる。その際に発生するサイオンの干渉波を相手にぶつけるんだ」

 

 

「……それで俺の魔法は妨害され、発動できなくなったってわけか」

 

 

大樹の言葉に達也は頷いた。大樹はフッと短く息を吐く。と同時にあることを一つ思い出した。

 

 

「もしかして……テロリストの時に優子の魔法を解いたのは達也か?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

さすがお兄様。あの時はホント助かったわ。

 

 

「あの時はありがとうな、達也。……これは簡単に勝てないな」

 

 

「どうする?諦めるか?」

 

 

「冗談キツいぜッ!」

 

 

大樹は刀を鞘に戻し、達也に向かって突撃する。

 

達也は大樹の足元に移動魔法を発動させる。威力は弱く。簡単に発動できるものだ。

 

 

「無駄だッ!!」

 

 

バキンッ!!

 

 

大樹は魔法陣を踏みつけて、破壊した。

 

 

「ッ!」

 

 

達也はその光景に驚くが、笑みを浮かべていた。

 

見学していた研究者たちは騒ぎ出す。大樹の光景が信じられないからだ。

 

達也は二つのCADを起動させる。硬化魔法を解く準備はできている。

 

 

「甘いぜ、達也」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

大樹は硬化魔法を掛けた刀を投げた。

 

 

 

 

 

「くッ!」

 

 

達也の反応速度は常人を越えているが、それでも出遅れた。ギリギリのところで横に避けてかわす。刀のスピードが尋常じゃなく速かった。プロ野球の投げる球より速い。

 

 

「ッ!?」

 

 

達也の驚愕は終わらない。視線を前に戻してみると、大樹はすでにそこにはいなかった。

 

 

(いや、違う!)

 

 

達也は上を向く。

 

 

「貰ったあああああァァァ!!」

 

 

大樹は飛翔し、上から達也を狙っていた。

 

だが、達也は冷静に魔法を発動し対処する。達也の目の前に加速魔法を展開させる。ちょうど大樹の落下地点だ。

 

達也は横に大きく飛び、避ける。大樹が魔法に当たる瞬間、

 

 

「ハッ!ヤバいッ!?」

 

 

大樹は理想はこうだった。

 

達也が前や後ろ。横に避けたとしても、すぐに地面に着地して、追撃してやろうと思っていた。

 

 

だが、現実は厳しかった。

 

 

空中にいたせいで魔法を避けることはできず、そのまま魔法に当たる。そして、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

加速魔法が発動し、落下速度が増加した。当然、大樹は体を床に思いっきりぶつかった。

 

 

「おごッ!?」

 

 

にぶい音が部屋全体に響き渡る。研究者たちが思わず目を背けた。

 

 

「……なんてなッ!」

 

 

「ッ!」

 

 

だが、大樹はそれでも体制を立て直した。地面を転がり、すぐに達也に向かって走る。

 

達也はCADを大樹に向けて、硬化魔法を妨害した。

 

 

「チッ、バレていたか」

 

 

大樹は背中の後ろに隠していた鞘を放り投げる。

 

大樹はとっさの判断でサイオンを全て使って鞘に硬化魔法を掛けていたのだ。

 

 

「だが、拳があるぜ!」

 

 

「それは俺もだ」

 

 

大樹が右ストレートが達也に当たろうとする。達也はCADを持ったまま、左手首で腕を払い受け流す。

 

達也は反対の右手のCADを強く握り、大樹の顔を狙う。だが、

 

 

「まだまだッ!」

 

 

バシンッ

 

 

大樹はその場で小さく飛び、空中で回転した。

 

達也の拳が大樹の身体に当たるが、回転で拳の威力を受け流した。

 

 

「「ッ!」」

 

 

同時に宙に浮いた大樹の拳と迎え撃った達也の拳が交差した。

 

 

シュッ!!

 

 

そして、同時に拳が両者の顔の目の前で止まった。

 

 

「引き分けか」

 

 

達也の一言で、大樹と達也は拳を降ろす。

 

 

「まぁお互い本気を出したら違う結果になってただろ」

 

 

「そうだな」

 

 

大樹には分かっていた。達也が脅威に成りえる魔法を隠していることを。

 

 

達也は知っていた。彼が本気を出せば負けていたかもしれないことを。

 

 

「サンキュー達也。【鬼殺し】は大切にするぜ」

 

 

「それはあそこに転がっている刀のことか?」

 

 

「こ、硬化魔法が掛かっているから無傷だろ」

 

 

「だったら大切に扱って欲しいな。刀を投げずに。鞘のサイオンを空にせずに」

 

 

「すいませんでした!」

 

 

どうやら口では達也の方が上手らしい。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「魔法を破壊するのが異常?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

俺と達也は再びモニター室に戻り、一段落していた。俺と達也の手には深雪が用意してくれた冷たいジュース。とても美味しい。

 

現在、俺の二つ名?の【強制無効(フォース・エラー)】について聞いていた。

 

 

「大樹は魔法が一切使えない」

 

 

なのにっと達也は付け加える。

 

 

「サイオンの光と魔法の術式は見えるっということだ」

 

 

「はい?ドユコト?」

 

 

俺には何が言いたいのか一切理解できなかった。みんな普通は見えるんじゃないのか?

 

 

「ずっと前から気になっていたんだ。どうやって大樹が魔法を消しているのか」

 

 

「そうだな……こうバリンッ!って感じだな」

 

 

「感覚を言われても困るんだが……」

 

 

「普通はできないのか?」

 

 

「ありえないです。絶対に」

 

 

俺の言葉を返したのは牛山だった。

 

 

「本来魔法とは情報体を改変することです。それを無理矢理壊すなど不可能です。あなたがやっているのは起ころうとする自然災害を物理的に止めていることと一緒です」

 

 

「えぇ……………あ」

 

 

牛山の言葉に俺は顔が引きつった。その時、あることを思い出した。

 

 

「強制的に無効にしている……それで【強制無効(フォース・エラー)】か」

 

 

「これは人類の進化ですよ!ぜひ解剖させてください!」

 

 

「お断りだッ!!」

 

 

俺は牛山に怒鳴った。何てことを考えているんだ。

 

 

「この【鬼殺し】で斬ってやろうか……」

 

 

「じょ、冗談です!冗談ですよ!」

 

 

俺は刀を持って構える。牛山を斬る準備はいつでも整っています。

 

 

「そ、そうだ!おい、アレを持って来い!」

 

 

牛山は研究者に指示を出す。研究者たちが持ってきたのは赤いヒモだった。

 

 

「これで持ち運びできますね!」

 

 

ヒモは鞘に通し、俺の右肩から左脇へと結んだ。刀は俺の背中に来るようになる。

 

俺はモニターに映った自分の姿を見て一言。

 

 

「……桃太郎みたいだな」

 

 

「きびだんごも要りますか?」

 

 

「ぶん殴るぞ?」

 

 

俺はいつも通り腰につけることにした。やっぱこれだねぇ~。安定してるわ。

 

だが、そんなのんきな会話をしている場合ではなかった。

 

 

「……………達也。優子の魔法が分かった」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の唐突な言葉に達也が反応した。

 

 

「アレは普通じゃない。それでも聞くか?」

 

 

「頼む」

 

 

「……分かった」

 

 

俺は優子の家で一番知りたかった魔法を聞いた。

 

 

 

 

 

「はっきり言っておこう。アレは十師族を越える魔法だった」

 

 

 

 

 

俺の言葉をきかっけに、部屋に居た人たちが誰一人喋らなくなった。

 

俺は構わずゆっくりと説明する。

 

 

「優子の魔法。ある一定の空間を宇宙のように無重力かつ呼吸ができなくなるようになってしまうあの魔法。達也はどのくらい分かった?」

 

 

「マルチキャストが使われていることは確実だ。牛山さんもそう考えている」

 

 

「まぁ合ってる。だけど何種類マルチキャストされていると思う?」

 

 

「……まさかッ!?」

 

 

俺の言葉に牛山が驚愕して声に出す。周りの研究員もざわつく。

 

 

「優子は更に高度の魔法技術が必要とされる【パラレル・キャスト】が使えるんだ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の言葉に誰も声をあげることができない。

 

別に【パラレル・キャスト】は驚くことではない。最強の魔法師なら使える技術だ。

 

 

 

 

 

だが、一般生徒の優子が使えるとなると、話は別だ。

 

 

 

 

 

深雪でも使うことができない技術。それを優子が使えるんだ。驚かないわけがない。

 

 

「驚くのはまだ早い。優子は連続で4種類の系統魔法を使って疑似宇宙空間を造りだし、二種類の魔法。つまりマルチキャストで空間を持続させているんだ。……残念だが魔法の構造は全く理解できなかった」

 

 

「不可能です!物理的に、化学的に、理論的に無理です!例えできたとしても、それは十師族を……!」

 

 

「言っただろ?越えているって」

 

 

「なッ!?」

 

 

俺の言葉に牛山の顔が青くなった。他の人たちもだ。深雪も口に手を当てて驚いている。

 

 

「もちろん簡単に使えるわけじゃない。サイオンなんてすぐに枯渇する。発動できたとしても3秒だ」

 

 

「……何が言いたい」

 

 

達也の強い視線を浴びる。俺の含みある言葉に嫌な感じがしたのだろう。

 

俺は目を閉じ告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優子にはサイオンを枯渇させない【サイオン永久機関】がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を……言っているんですか?」

 

 

牛山が震えながら俺に尋ねる。

 

 

「永久機関。サイオンを永遠に、永久的に補給と生成ができるって

 

 

「大樹」

 

 

達也が俺に向かって言う。

 

 

「もうやめろ」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺は立ち上がり、部屋のドアの前に立つ。

 

正しい判断だ。これ以上、ここに迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

「すまん。そろそろ帰りたい」

 

 

俺はドアを潜り抜けながら言った。

 

 

絶対防御装置(ぜったいぼうぎょそうち)

 

 

優子が首からかけているペンダント。優子を守る為に大切なモノだ。しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが【サイオン永久機関】の正体だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優子が学年次席なのは入試で手加減をしたからだ。中学時代のように周りから怖がられる存在にならないために。

 

 

『黙っていてごめんなさい。嫌われたくなくて……』

 

 

無理をして作った優子の笑顔。頭の中から離れない。

 

俺のせいじゃないのか?責任は俺にあるのでは?

 

でも、優子が強いことは良い事じゃないのか?俺が守ってやる必要なもうないのではないか?

 

 

違う。全然良い事なんかじゃない。

 

 

優子の打ち明けてくれた秘密の魔法。俺はどうにか解決したかった。

 

一人ではできない。なら、誰かに……だが、その可能性は捨てたほうが良い。

 

下手をすると優子の力は世界を大きく左右させるかもしれない。達也はそれをすぐに察した。だからあの場で止めたのだ。

 

 

(……優子)

 

 

俺は彼女を救えるのか?この脅威は取り除くべきなのか?記憶は思い出すのか?

 

頭の中でたくさんの『分からない』という解が暴れ回る。頭痛がしてきた。

 

……分かれよ。

 

迷っている場合じゃない。今ここで答えを出すんだ。

 

 

【必ず救う】これが俺の解。

 

 

必ず優子を救う。必ず魔法を最善で最高の手段で解決して救う。

 

 

記憶は絶対に思い出させる。優子は絶対にそれを願っている。俺でも分かる。

 

 

『大樹のこと、大好きだから……!』

 

 

記憶を失う前、優子が言った最後の言葉。

 

あの時の優子は俺のことを『大樹』と呼んだ。君付けでは無く、名前を呼んだのだ。

 

優子は涙を流しながら打ち明けてくれた。俺はその思いに応えないといけない。

 

 

(アリア、美琴……)

 

 

2人にも言いたいことがある。俺の中にあるこの感情を優子に、アリアに、美琴にぶつけたい。

 

3人が俺に与えてくれた優しさ、温もり、思い出。そして、生きる希望を。

 

俺という人間に笑顔を向けてくれた3人を救いたい。いや、救わなければならない!

 

 

「大樹」

 

 

後ろから声をかけられた。達也だ。隣には深雪もいる。

 

 

「達也、深雪。……優子を守ってくれ」

 

 

「……理由を聞こうか」

 

 

「人外最強の俺でも、どうにもならない時がある。その時は黒ウサギや原田が手伝ってくれる。でも」

 

 

俺は振り向く。

 

 

「それでも、俺たちは弱いんだ」

 

 

「……………」

 

 

「失敗や挫折。何度も壁にぶち当たってしまう。だから、俺が……俺たちが弱くなった時は……代わりに優子を助けてくれ」

 

 

「馬鹿を言うな」

 

 

「ッ!」

 

 

達也の声に俺は言葉を止める。

 

 

「お前は俺と深雪を信頼してくれている。なら、それに応えるのは当たり前のことだ」

 

 

「優子だけでなく、大樹さんも助けます」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺は笑みを浮かべた。

 

 

「達也、深雪。二人がピンチになったら俺が助けてやる」

 

 

「フッ、さっきは助けてくれと言っていなかったか?」

 

 

「この世界には共存という素晴らしい言葉がある。助け合っていこうぜ、お兄ちゃん?」

 

 

「弟にしたつもりはないぞ」

 

 

「ふふッ、大樹さんらしいですね。ですが、私のお兄様は一人だけなのでダメです」

 

 

「うーん、おしい」

 

 

「全然おしくもないと思うが……?」

 

 

二人は俺の横まで歩き、並んだ。

 

そんな居心地の良さに、俺の心に掛かっていた負荷が軽くなったような気がした。頭痛はもうしない。

 

解は出た。この先、どんな問題があっても……

 

 

もう迷わない。

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

気まずい空気で帰る途中、研究所通路でスーツを着た男と執事に出会った。二人の顔を見た瞬間、達也と深雪の表情が険しくなった。

 

 

「俺は先に外に出てるぞ」

 

 

大樹はスーツを着た男性と執事の横を通り過ぎ、外へと向かった。

 

 

「ご無沙汰しております、深雪お嬢様」

 

 

執事服を着た男が頭を下げる。

 

 

「お久しぶりです、青木(あおき)さん。挨拶は私にだけですか?」

 

 

「……恐れながらお嬢様は四葉(よつば)家次期当主の座を皆より望まれているお方。そこの護衛とは立場が異なります」

 

 

「ッ!?」

 

 

深雪が何かを怒鳴ろうとした時、達也は手を深雪の前に出して止めた。

 

 

「口を挟んで失礼……青木さん」

 

 

「……構わん」

 

 

「『皆より望まれている』とは……他の候補者の方々に対してあまり不穏当では?それとも叔母上はもう深雪をご指名に?」

 

 

達也の言葉に青木は歯を食い縛った。

 

 

「………真夜(まや)様はまだ何も……!しかし、近くに仕えていれば心は通じるもの……!お前如きにわかりはしないだろうながな!」

 

 

青木は大きな声で怒鳴る。

 

 

 

 

 

「心を持たぬ似非魔法師がッ!!」

 

 

 

 

 

「やめろ大樹。深雪もだ」

 

 

ズバンッ!!

 

 

「……ッ!?」

 

 

その瞬間、青木の横に何かが掠った。

 

 

 

 

 

青木の顔の横にはサイオンを無くした【鬼殺し】の刀があった。

 

 

 

 

 

「深雪も落ち着いてくれ」

 

 

深雪は暴発しようとしていた魔法を止める。深雪は達也に体を近づけ、達也は優しく片手で肩を抱き寄せた。

 

 

「き、貴様……!?何の真似

 

 

「よく喋るゴミだな、オイ」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹の声はいつもより低く。黒かった。

 

大樹は【鬼殺し】を鞘に収める。

 

 

「わ、私が誰だと分かって……!?」

 

 

「一つ言っておく」

 

 

大樹はこれまでに見たことのない殺気を出した。

 

 

 

 

 

「例え十師族だろうが関係ない。俺の親友を貶す奴は全員……潰す」

 

 

 

 

 

大樹の紅い眼がどす黒く光っていた。

 

 

「ひッ!?」

 

 

「大樹!」

 

 

「達也。最初もさっきも言ったが、もう一度言う」

 

 

大樹は顔をこちらに向けずに言う。

 

 

「お前が心を持たないとしても、俺はずっと親友だ。嫌いになることは絶対にない。危ないときは助けてやる」

 

 

だからっと大樹は付け加える。

 

 

「貶す奴は俺が全部潰す。襲い掛かって来る奴は必ず守る。……深雪も同じことを思っているはずだ」

 

 

「お兄様……!」

 

 

深雪の目から涙が溢れ出した。

 

 

 

 

 

「お前の気持ちはちゃんと俺たちに伝わっている」

 

 

 

 

 

大樹は最後にそう告げ、出口へと向かった。

 

 

「そこのゴミ。次は無いからな」

 

 

「ッ…………!」

 

 

大樹は青木の耳元でそう呟いた。青木の体が震えあがる。

 

 

「達也……」

 

 

スーツを着た男性が名前を呼ぶ。

 

 

()()。今は時間が無いんだ。友達……いや、親友を追いかけないといけない」

 

 

「……そうか」

 

 

達也は深雪を抱き寄せながら父の横を通った。

 

 

達也は魔法の能力と引き換えに感情を失った。

 

 

怒りに我を忘れることはがない。

 

悲嘆に暮れることがない。

 

嫉妬に胸を焦がすことがない。

 

恨みを持たず憎しみを持たない。

 

異性に心を奪われることがない。

 

食欲はあれど暴食の欲求は生じない。性欲はあれど淫楽の欲求は生じない。睡眠欲はあれど惰眠の欲求は生じない。

 

 

強い欲求は母親によって奪われてしまった。

 

 

その母親すら恨むことすらできない。

 

 

(俺ができることは……)

 

 

達也は静かに泣く深雪を見る。

 

 

彼に残されたとある感情。

 

 

それだけしかなかった。

 

 

 

『それでも、俺たちは弱いんんだ』

 

 

大樹が弱音を吐いた。

 

あの時はただ助けるべきだと判断したから。感情は無い。だが、

 

 

『お前の気持ちはちゃんと伝わっている』

 

 

大樹の言葉が頭の中で何度も再生される。

 

感情が無いのに、どうやって伝わったんだ。どうして分かるんだ。……いや、本当に伝わっているかもしれない。

 

達也は深雪の頭を優しく撫でた。

 

達也には分からない。だけど、深雪は達也の代わりに悲しみ、泣いてくれた。大樹は達也の代わりに怒り、怒ってくれた。

 

大樹の言葉は矛盾している。自分が分からないのに、大樹や深雪が分かっているなんて。

 

 

だが、達也は不思議な感じがした。悪くない感覚。温かいモノだった。

 

 

……いつの日か、理解できる日が来るだろうか?

 

 

達也は外で待っているか分からない大樹を深雪と一緒に探しに行った。

 

 




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