どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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バッドエンドは嫌いです。


バッドエンドは嫌いです。


大事なことなので二回書きました。


続きです。




火龍誕生祭 サヨナラ編

魔王の襲来を聞いた観客は皆一斉に逃げ始めた。

 

 

「どうして!?魔王はルールで封じたはずじゃないの!?」

 

 

「だったら奴らはルールに則った上で現れたんだ」

 

 

優子の疑問の声に十六夜は答える。

 

 

「十六夜とレティシアは魔王の撃退に迎え!残りの者は一般人の避難をさせるんだ!今の白夜叉は動けない。【サラマンドラ】と協力してまずは守りを固めろ!」

 

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 

「チッ、【名無し】が………お前たち!【ノーネーム】の指示を聞きつつ住民の避難を優先しろ!」

 

 

俺の指示に従って皆が動き出す。マンドラも仕方なく俺の指示に従ってくれた。

 

 

「飛鳥と耀。それにジンは白夜叉の所に行け!あいつが出られない理由が少しでも分かるかもしれない!」

 

 

「だ、大樹さんは!?」

 

 

ジンが俺に質問する。

 

 

 

 

 

「俺はあいつらの相手だ」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

「へぇ気付いてたんだ」

 

 

俺は空を睨む。いや、透明化して隠れている奴らを睨む。

 

 

ヒュンッ

 

 

俺の睨む先の空間が光る。現れたのは二人の男女。宙に浮いた二人はこちらを見ている。

 

 

「僕とは初対面だな。初めまして」

 

 

「私は二度目です」

 

 

女には見覚えがあった。忘れたくても忘れられなかった人。

 

 

「双葉……!」

 

 

「違いますよ。私はリュナです」

 

 

白い衣を着て、黒い弓を持った少女。リュナがいた。

 

 

「あれ?リュナちゃん、名前間違われてるよ?」

 

 

リュナの隣には黒いコートを着た二十代後半くらいの男がいた。男の着ているコートは踵まで長く伸ばし、髪は金髪のショートカットをしており、コートの中にはタキシードのような礼儀正しそうな服を着ていた。執事に近い格好だ。

 

 

「はやく仕事をしてください、バトラー」

 

 

「あー、リュナちゃんダメだよ。僕はまだ彼に名前を名乗ってないのに……」

 

 

「あなたは前回失敗したのですよ?真面目にやってください」

 

 

男の名はバトラーというらしい。

 

 

「はぁ……せっかく最強神の保持者なんだから自己紹介くらいさせて欲しかったのに…」

 

 

男はため息を吐く。

 

 

「楢原君だね。僕は【デメテル】の保持者、バトラー。以後、お見知り置きを」

 

 

「ジン。はやく行け」

 

 

俺はジンを白夜叉のところに行かせる。こいつらは……今までの奴らと格が違う。

 

 

「……【デメテル】の保持者ってどういう意味だ」

 

 

「ん?あ、そうかそうか。まだ知らないんだったね楢原君は」

 

 

俺の質問にバトラーは手を叩いて笑う。

 

 

 

 

 

「君は神から力を貰っているでしょ?」

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

何で知っているんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕もリュナちゃんも同じなんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと……!?」

 

 

聞き間違いかと思った。違う。

 

 

「ここにいる三人。僕たちはそれぞれ違う神から力を貰っているんだよ」

 

 

「……………」

 

 

俺は黙って聞くしか無かった。

 

 

「僕はオリンポスの十二神、【デメテル】から力を貰っているんだ。リュナちゃんは」

 

 

「もう無駄口を叩かないで下さい。もう始めますよ」

 

 

「えー、もうそんな時間なの?仕方ないな…」

 

 

リュナがバトラーの会話を止めた。渋々バトラーは話すのをやめる。

 

 

「じゃあ話の続きは仕事が終わってからだ」

 

 

「仕事…?」

 

 

バトラーは満面の笑みを浮かべながら言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう!君が連れてきた女の子をこの世界から消すんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

愕然とした。

 

 

「な、何を言っているんだ……お前……!?」

 

 

「だーかーら、この世界からバイバイするんだよ?」

 

 

「ふざけるな!何で美琴たちを殺す必要があるんだよ!」

 

 

「あるからするんだろ?」

 

 

冷静な。いや、冷徹な声にゾッとした。バトラーは本気だ。

 

 

「やらせねぇ……絶対にやらせねぇ!!」

 

 

「意気込みはバッチリって?じゃあ始めようか」

 

 

パチンッ

 

 

バトラーは右手で指をならす。

 

 

ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ

 

 

「ぁ………ぅ……」

 

 

「………ぁ…………」

 

 

「あぁ…………」

 

 

土の人形が地面から出てきた。

 

 

(こいつらはあの時の…!?)

 

 

ガルドとのギフトゲームの時に現れた土人形と全く同じ系統だ。

 

 

「それじゃあリュナちゃん。僕は楢原君を足止めするからよろしくね」

 

 

「はい」

 

 

そう言ってリュナは背中から白い翼を出し、消えた。違う、透明化したのだろう。

 

 

「待て!!」

 

 

「ダメだよ。僕の相手だって………言ってるでしょ!!」

 

 

三体の土人形が一瞬にして大樹との距離を詰めた。

 

 

 

 

 

だが、そこに大樹はいない。

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

バトラーは驚愕した。一瞬にして消えたのだ。

 

 

「違う………後ろか!!」

 

 

バトラーは後ろにいる気配に気づく。後ろを振り向くと遠くに大樹が逃げているのを確認できた。リュナを追いかけているのだろう。

 

 

「逃がさないよ…!」

 

 

バトラーは笑みをこぼした。悪魔のような笑みを。

 

 

________________________

 

 

(いたッ!)

 

 

俺は音速のスピードで街を駆け巡り、美琴たちを見つけた。

 

避難が終わり、三人とも魔王の撃退に向かっているところみたいだった。

 

 

「みんな!」

 

 

「大樹!どうしたの!?」

 

 

俺はリュナよりはやく美琴たちに追い付くことができた。美琴が俺の側まで寄ってくる。

 

 

「みんな今すぐ逃げてくれ!」

 

 

「な、何を言っているのよ!魔王が来ているのに逃げるだなんて…」

 

 

「そんなことどうでもいいんだよ!いいから逃げろ!!」

 

 

「だ、大樹君?」

 

 

俺の言葉にアリアは反論するが、俺は強く言う。優子は俺の異常な態度に驚く。

 

 

「時間が無い!今すぐここから…!」

 

 

「見つけました」

 

 

背筋が凍った。

 

振り返ると、リュナが黒い弓を構えていた。

 

 

「クソッ!!」

 

 

俺は無理矢理アリアと優子の手を握る。

 

 

「逃げるぞ!美琴もついて来い!」

 

 

「そこまでだよ、楢原君」

 

 

ガシッ!!

 

 

俺の足に地面の土が強く纏わりついた。

 

 

(しまった!?)

 

 

俺の足は全く動かない。どんなに力を入れても。

 

 

「一人」

 

 

リュナが美琴に向かって弓を構える。

 

 

「逃げろ美琴!!」

 

 

「出来ないわよ!!あんたを置いてなんか!」

 

 

美琴はポケットから超合金で出来たコインを取り出す。

 

 

チンッ

 

 

「大樹を……放しなさい!!」

 

 

美琴はコインを弾き、

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!

 

 

空気を切り裂くような音が響いた。全てを破壊する超電磁砲はバトラーに向かって放たれた。

 

 

「無駄だよ」

 

 

バトラーの目の前に、三体の土人形が飛び込んできた。

 

土人形は形を変え、丸い盾となった。

 

 

ドスンッ!!

 

 

鈍い音が鳴り、

 

 

 

 

 

超電磁砲が弾け、消滅した。

 

 

 

 

 

「そ、そんな………!?」

 

 

美琴は驚愕する。そして、

 

 

「避けろ!!美琴おおおおおォォォ!!」

 

 

「え?」

 

 

リュナが美琴に向かって矢が放たれた。

 

俺の声が街全体に響き渡る。だが、

 

 

 

 

 

ドスッ!!

 

 

 

 

 

遅かった。

 

 

「………ぁ…!」

 

 

美琴が小さく呻く。

 

 

 

 

 

美琴の背中から一本の黒い矢が貫通した。

 

 

 

 

 

シュパンッ

 

 

その瞬間、美琴の体が光り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ………あぁ……!」

 

 

俺の声は言葉にならなかった。

 

目の前の現実が信じられなかった。

 

 

「嘘………でしょ………?」

 

 

「い、いやぁ………!」

 

 

アリアと優子は目を疑った。目の前で。人が。友が。親友が。

 

 

「二人目」

 

 

「!?」

 

 

リュナは絶望をしている俺たちに弓を構える。俺たちに休みなんてモノは与えない。

 

俺はその言葉を聞き、顔が青くなるのが自分でも分かった。

 

ふざけるな。

 

まだ殺すというのか。

 

 

「逃げろ!アリア!優子!」

 

 

動けない俺は二人から手を放す。アリアと優子は走り出す。

 

 

「逃がさないよ」

 

 

だが、バトラーがアリアと優子の目の前に立ち塞がる。

 

 

「ッ!!」

 

 

優子は首からかけたペンダントを握る。

 

 

シュピンッ!!

 

 

ガラスの箱が優子とアリアを包み込んだ。

 

 

「一分間の時間稼ぎか……」

 

 

バトラーは呆れたように溜め息を吐いた。バトラーはこの能力を知っているようだ。

 

 

一分間。

 

 

(一分間で………こいつらを………)

 

 

俺の中ですでに何かが壊れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(殺すッ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギフトカードから一本の刀を取り出す。先祖から受け継いだ最強の刀を。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺は両足に纏わりついた土を斬り落とした。

 

 

「ッ!!」

 

 

光の速度でバトラーの目の前まで一瞬で詰める。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

全身全霊を込めた一撃。殺意を込めた一撃。俺はバトラーに死の一撃をぶつけた。

 

バトラーは一番遠くにある壁。境界門まで吹っ飛んだ。境界門の上から下まで亀裂が走る。

 

 

「ああああああああァァァ!!」

 

 

次に俺は光の速度で刀を振るった。かつて幼馴染である双葉。いや、

 

 

 

 

 

人殺しのリュナに向かって!!

 

 

 

 

 

 

「くッ!?」

 

 

リュナに向かって巨大なカマイタチが襲いかかり、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

飛んでいったバトラーは反対の方向にある境界門まで飛んだ。境界門には横に長い斬撃の跡が刻まれた。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

俺は地面に着地し、息を整える。

 

 

パリンッ!!

 

 

優子とアリアを包んでいたガラスの箱が粉々に砕けた。

 

 

「大樹君……?」

 

 

優子が声をかける。

 

 

最低だ。

 

 

俺は。

 

 

 

 

 

美琴を殺したようなものだ。

 

 

 

 

 

「最低だ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、君は十分強くて立派だと思うよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の心臓が止まった。

 

 

「…ぁ………」

 

 

俺の後ろにいるのは……

 

 

「いやいや、あの攻撃は僕の左腕を持ってかれたよ」

 

 

 

 

 

背中から白い翼が生えたバトラーが飛んでいた。

 

 

 

 

 

バトラーの左腕は土で出来た義手を作っていた。生身の左腕は無くなったのだろう。バトラーは涼しそうな顔をしていた。

 

 

「リュナちゃんは無傷だなんて僕より化け物だね…」

 

 

「あの程度なら避けれます」

 

 

リュナも翼を広げ、飛んでいた。

 

彼女に至っては無傷。当たってすらいなかった。

 

 

「に、逃げろ……逃げろ!!」

 

 

俺は優子とアリアに向かって叫ぶ。顔を青くさせながら二人は逃げる。

 

 

「ッ!!」

 

 

俺はバトラーに向かって刀を振りかざす。

 

 

「遅いよ」

 

 

ドスッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

バトラーの腕から土で固めた槍が飛んで来た。槍は俺の左肩を貫通する。

 

 

「大樹!!」

 

 

アリアが戻って来てしまった。

 

 

「来るな!!」

 

 

俺は出血の止まらない左肩を抑えながら叫ぶ。アリアは俺の言葉を無視して突き進む。

 

 

ガキュンガキュン!!

 

 

アリアは両手に銃を持ち射撃する。銃弾はバトラーに向う。

 

 

ボスボスッ

 

 

だが、土で出来た槍を盾に変え、防いだ。銃弾が盾にめり込み、軽快な音が響く。

 

 

「二人目」

 

 

リュナが黒い弓を構える。

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!!」

 

 

 

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

「うッ…………!」

 

 

 

 

 

黒い矢がアリアの胸に突き刺さった。

 

 

 

 

 

「大、樹……!」

 

 

 

 

 

アリアの小さな声が俺の耳に届く。

 

 

 

 

 

 

シュパンッ

 

 

アリアの体が光り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリアッ!!!」

 

 

優子の叫び声が響く。

 

 

「やめろ!もうやめてくれ!!」

 

 

俺は優子の目の前に立つ。

 

 

「諦めるんだ。楢原君、君の負けだ」

 

 

「ふざけるな!勝ち負けなんかどうでもいいんだよ!!」

 

 

バトラーの言葉に俺は怒鳴る。

 

 

「もうやめてくれ!!頼む!!俺はお前ら言う事なら何でも聞くから!!」

 

 

「バトラー、彼を排除してください」

 

 

リュナの無慈悲な声がバトラーを動かす。

 

 

「少し動かないでくれ、楢原君」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

地面の土が再び俺の足に纏わりつく。

 

 

「大樹君!!」

 

 

「最後です」

 

 

「やめろおおおおおおおおおおォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優子の胸に三本目の黒い矢が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大、樹……君……!」

 

 

優子は倒れる。

 

 

「優子!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺に纏わりついた土が勝手に崩れた。俺は優子に駆け寄り、優子の体を支える。

 

 

「ごめんね……」

 

 

「何で謝るんだよ!」

 

 

どうして!?どうしていつもお前らは謝るんだ!?

 

あの時、双葉が謝ったことを思い出した。

 

 

「アタシ………アタシたち、ね……」

 

 

優子は力を振り絞って声を出す。

 

 

「美琴も…アリアも…………アタシもね……!」

 

 

優子の体が光る。

 

やめろ……やめてくれ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹のこと、大好きだから……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュパンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優子が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全員です。私は帰りますので……」

 

 

「あとは僕がやるんだろ?分かった分かった」

 

 

リュナの背中の白い翼が光り、姿を消した。

 

 

「……ぁ………!」

 

 

消えた。

 

 

「…あぁ………ああぁ…!」

 

 

何もかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最低。最低だ。

 

俺は膝から崩れ落ちた。

 

何が守るだ。何がずっとそばにいるだ。

 

 

「ふざけるなよッ!!」

 

 

何もできなかった!何も守れなかった!!

 

 

「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!!クソッ!クソッ!クソッタレが!!!」

 

 

何度も何度も地面に向かって叫ぶ。

 

結局俺はただのクズじゃねぇか!!

 

 

「大丈夫?」

 

 

バトラーが様子を伺いながら俺に話しかける。

 

 

「クソッ!クソッ!………クソッ………………うぅ…!!」

 

 

俺の目から涙がこぼれはじめた。泣いて何かが変わるわけでもないのに。

 

 

俺は無力だった。

 

 

最強だ?どこがだよ。今このありさまを見て、まだ言えるのか、俺は?

 

 

「仕方ない、終わりするよ。いろいろ話したかったけど…」

 

 

バトラーは悲しそうな顔をして、土の槍を大樹に突き付ける。

 

 

「サヨナラだ、楢原君」

 

 

これで終わりだ。二回目の俺の人生。

 

 

こんな人生を迎えるなら一回目で死にたかった。

 

 

美琴と……アリアと……優子と……約束したこと……まだいっぱいあるのに。

 

 

やりたいことも。一緒に行きたい場所も。一緒に見たい景色があった。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の方から好きという言葉を……言いたかった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにッ!?」

 

 

バトラーの目の前に透明なガラスの結界のようなモノが大樹を包み込んだ。

 

土の槍は跳ね返される。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

街の中心にある高い建物に大きな雷が落ちる。

 

 

 

 

 

「全員、ギフトゲームを中断してください」

 

 

 

 

 

雷を落とした人物。

 

 

 

 

 

「【審判権限】が受理されました!これより審議決議を行います!速やかに交渉へと移行してください!!」

 

 

 

 

 

黒ウサギの声が街中に響き渡った。

 

 

「なるほど。楢原君はゲームの参加者。これは契約(ギアス)で守られているのか…」

 

 

バトラー後ろを向く。

 

 

「……一度手を引くよ。また会いましょう、楢原君」

 

 

バトラーは歩き出し、姿を消した。

 

 

「うぅ………ッ!」

 

 

俺は泣くことしか出来なかった。

 

 

自分の無力さを思い知った。

 

________________________

 

 

「そ、そんな………!」

 

 

ジンは膝をついた。

 

 

「本当だ…。俺の目の前で消えた」

 

 

大樹は下を向きながら言う。

 

ここには避難者のほとんどが避難している建物だ。

 

十六夜、ジン、黒ウサギ、大樹。現在この4人だけが動ける者だ。

 

耀、レティシアは魔王にやられ、ベッドに寝ている。飛鳥は行方不明だ。そして、

 

 

「嘘で……ございますよね……?」

 

 

「………………」

 

 

大樹は黒ウサギに回答できない。いや、沈黙は肯定だ。

 

 

「大樹。どうするんだ」

 

 

「何がだ……」

 

 

「ギフトゲームの審議決議に決まってるだろ」

 

 

十六夜の言葉に大樹は

 

 

「ハハッ、今更どうすんだよ」

 

 

笑った。

 

 

「もう俺は………降参だ」

 

 

全員が耳を疑った。あの大樹がこんなことを言うなんて。

 

 

「俺はゲームが始まり次第、俺は絶対に殺される。俺はもう疲れた。休ませてくれ」

 

 

「そんな!?魔王からみんなを守るのではなかったのですか!?」

 

 

ジンが大樹の服を乱暴に掴む。

 

 

「知らん。俺には関係ない…」

 

 

 

 

 

「歯喰い縛れ」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その場に居た全員が驚愕した。

 

十六夜の本気の拳が大樹の顔面をぶん殴った。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

大樹は後ろの壁まで吹っ飛び、壁を貫通させた。周りの人たちはざわめく。

 

 

「………気は済んだか?」

 

 

「済むわけねぇだろ」

 

 

大樹は立ち上がる。十六夜は大樹に近づく。

 

 

「俺は【ノーネーム】を脱退する。もう関わらないでくれ」

 

 

「テメェ……!」

 

 

「やめてください!ここで争ったところで何も変わりません!!」

 

 

十六夜が再び殴りかかろうとするが、黒ウサギが止める。

 

 

「大樹さんもしっかりしてください!」

 

 

「ふざけんなよ……」

 

 

大樹の口が開く。

 

 

「ふざけんなよ!何がしっかりだ!俺が今どんな状況に立たされているかも知らないであれこれ言ってんじゃねぇ!!」

 

 

大樹の怒鳴り声が響く。

 

 

大樹の目からは涙がまた流れていた。

 

 

「俺は何度大切な人を奪われるんだよ…!?」

 

 

これ以上は……限界だ。

 

 

「もうたくさんなんだよ……!」

 

 

嗚咽が何度も大樹を襲う。大樹は必死に声を抑える。

 

 

「放っておいてくれ………」

 

 

 

 

 

「いいえ、放っておきません」

 

 

 

 

 

黒ウサギが強く否定した。

 

 

「こんな状態の大樹さんを放っておけません」

 

 

「……うるせぇよ」

 

 

「黒ウサギはずっとそばに居ます…!だから…」

 

 

「黙れ!もう黙ってくれ!!」

 

 

「黙りません!!!」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギの未だかつてない大きな声が大樹に向かって放たれた。

 

 

「黒ウサギは心配で心配で心配でたまりませんッ!!何故だか分かりますか!?」

 

 

黒ウサギは俺を抱きしめた。

 

 

「美琴さんやアリアさん。そして優子さんと同じだからです!!」

 

 

黒ウサギは告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒ウサギも大樹さんが大好きだからです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は耳を疑った。

 

 

「だから黒ウサギは大樹さんを放ってはおけません!黒ウサギは……!」

 

 

黒ウサギも目から涙が溢れ出した。

 

 

「黒ウサギも…!美琴さんが…!アリアさんが…!優子さんが……!」

 

 

黒ウサギは泣きながら叫ぶ。

 

 

「大好きなのですよッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュピンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹の左手につけてる銀色のブレスレットが光り出した。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

光は今まで以上に強かった。

 

 

「な、何だよこれ…!」

 

 

大樹が驚く。

 

 

だが、光はすぐに収まった。

 

 

 

 

 

「大樹」

 

 

 

 

 

後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

その声は何度も俺をいろんな場所で助けてくれた。

 

 

俺は振り返る。

 

 

 

 

 

「………原田」

 

 

 

 

 

不思議と驚きはあまりなかった。

 

坊主頭をした少年。白いコートを着た原田 亮良が歩いて来た。

 

 

「宮川もいるぜ」

 

 

原田は後ろを指さす。後ろには原田と同じ白いコートを着た宮川 慶吾がいた。宮川の髪は黒髪から白髪に変色しており、全身が真っ白に統一されていた。宮川は何もしゃべらない。

 

 

「何で……俺を知っているんだ……」

 

 

原田たちは俺を知らないはずだ。前の世界でもそうだったはずだ。世界が違うのだから。

 

そもそも何でこいつらがいるんだ。

 

 

「今は記憶が戻ってんだよ」

 

 

「何を言っているんだよ!」

 

 

話が全く噛み合わない大樹と原田。

 

 

「大樹と黒ウサギは俺から話がある」

 

 

原田は真剣な目で言う。

 

 

 

 

 

「まだ希望はある」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

俺と黒ウサギは原田に連れられ、人気のない部屋にいた。

 

 

「さて、まず大事なことを言おう」

 

 

宮川は部屋の入り口で見張りをしている。原田は俺の顔を見て言う。

 

 

「御坂 美琴、神崎・H・アリア。そして木下 優子の三名は」

 

 

「聞きたくない。そんな報告…」

 

 

俺はドアに手を掛ける。

 

 

「自分が一番分かっているんだ。もう……分かっているんだ」

 

 

「大樹さん……」

 

 

黒ウサギが小さな声で呼ぶ。だが、俺は振り返らない。

 

 

「最後まで聞け、大樹」

 

 

原田が俺を止める。

 

 

「お前は聞かなきゃいけない。これからの戦いに備えて」

 

 

「………バトラーか」

 

 

俺はあいつに負けた。俺の必殺の一撃をくらってなお生きている。

 

 

「ああ、あの執事だ」

 

 

「俺はあいつに勝てない。どうにかしてほしいなんてことは頼むなよ」

 

 

「いや、お前はあいつを倒すよ」

 

 

「ハッ、何を根拠に…」

 

 

「あいつを倒すために……いや、あいつを救うために、今からでも強くなれ」

 

 

原田の言葉が理解出来なかった。

 

 

「救う……だと…?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

「ふざけるな!!あいつは美琴たちを…!!」

 

 

「そこだ」

 

 

「……は?」

 

 

「お前は勘違いしている」

 

 

原田は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの三人はまだ生きている可能性がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は原田に掴みかかる。

 

 

「適当なこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 

「本当だ!!」

 

 

「黙れ!!俺はこの目で見た!!目の前で消されたんだ!!」

 

 

「ああ、そうだ!!」

 

 

原田は俺の腕を払いのけ、俺の胸ぐらを掴む。

 

 

 

 

 

「消されたんだ!!死んだのではなく、消されたんだ!!」

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺と黒ウサギは驚愕した。

 

 

「ど、どういことだよ……」

 

 

「あの光はお前も見たことがあるだろ!」

 

 

光。俺は記憶を辿る。

 

 

 

 

 

「まさか………転生したのかッ……!?」

 

 

 

 

 

「転生……?」

 

 

俺の言葉に原田はうなずく。黒ウサギは俺の言葉に疑問に思っていた。

 

 

「生きて……るのかッ…?美琴たちは!?」

 

 

「ああ、可能性はある」

 

 

生きてる。みんな。

 

 

「……った……!」

 

 

俺は両手を顔に当てる。

 

 

「…よかった…!」

 

 

もう出ないと思っていた涙がまた流れた。

 

 

「よかった……みんなが……無事でッ……!!」

 

 

今はただ、可能性があるだけで嬉しかった。

 

 

「大樹さん……」

 

 

黒ウサギが俺を抱き絞める。

 

 

「助けにいきましょう。皆さんを」

 

 

「ぁあッ……!………ああッ!!」

 

 

俺はただ、ただうなずいた。

 

 

________________________

 

 

「もう、大丈夫だ…」

 

 

俺の目は赤く腫れて、目は乾いた。

 

これから転生について話をするはずだ。

 

 

「黒ウサギ、少し外で……」

 

 

「必要ない。むしろ聞くべきだ」

 

 

「……なんでだ」

 

 

「もう隠すのはやめるんだ。ここまで巻き込んだ以上、真実を話すんだ」

 

 

原田の目は真剣だった。

 

 

「美琴たちにも言っていないんだぞ」

 

 

「助けた後、言うんだ」

 

 

「…………分かった」

 

 

俺は決心する。

 

 

「黒ウサギ。話がある」

 

 

「………はい」

 

 

俺の低い声音に黒ウサギは少し驚くが、しっかりと返事をした。

 

 

俺は全てを話した。一度死んだこと。神に力を貰ったこと。いろんな世界に行ったこと。

 

転生というもの全てを話した。

 

黒ウサギは顔を真っ青にして聞いた。当たり前だ。こんなこと普通は信じられない。

 

 

「……そして、俺は今ここにいるんだ」

 

 

全てを話し終えた。

 

 

「俺はバトラーを倒す。美琴を、アリアを、優子を救うために…」

 

 

ハッキリと告げる。

 

 

「俺は違う世界に行く……いや、転生するんだ」

 

 

黒ウサギの目が見開いた。

 

 

「事情は分かりました」

 

 

黒ウサギは俺の名前を呼ぶ。

 

 

「では、黒ウサギも連れていってください」

 

 

「…………それでいいのか?」

 

 

「え?」

 

 

「コミュニティはどうするんだ」

 

 

「そ、それは……」

 

 

黒ウサギは目を逸らした。

 

 

 

 

 

「行けよ、黒ウサギ」

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「い、十六夜……!」

 

 

「十六夜さん!?」

 

 

十六夜が入って来た。

 

 

「おい、宮川はどうした!?」

 

 

「あいつならどっかに行ったぞ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

原田の大声に十六夜が返す。原田は手で頭を抑えた。

 

 

「何やってんだよ、あいつは……」

 

 

原田は呆れる。

 

十六夜は服の内側から一枚の羊皮紙を取り出す。

 

 

「俺は黒ウサギに命令権を使う。大樹と一緒に行って来い」

 

 

「なッ!?」

 

 

十六夜の持っている羊皮紙が光り、消えた。黒ウサギは驚く。

 

 

「十六夜さん……」

 

 

「コミュニティ再建ならまかせろ。まぁときどきでいいから帰って来い」

 

 

元の世界に帰る。それはできないことだ。

 

 

「……十六夜、それは」

 

 

「できるぞ、大樹」

 

 

十六夜の言葉を否定しようとした時、原田が止める。

 

 

「戻ってくること」

 

 

「は?神はできないって……」

 

 

「嘘を吐いたんだ」

 

 

原田は語る。

 

 

「嘘だと?じゃあ転生した世界が元通りのなるのは……?」

 

 

「嘘だ。今も現在、女の子がいない状態で物語が進んでいる」

 

 

「なッ!?」

 

 

俺の言葉を原田は目を伏せ、申し訳なさそうに否定した。俺はその真実に驚いた。

 

美琴が居ない世界。

 

アリアが居ない世界。

 

優子が居ない世界。

 

どこの世界もパニックになっているはずだ。

 

 

「だが、対策は俺が立てていたから安心しろ。事情があって遠くにいるっとそれぞれの世界に細工をしておいた」

 

 

「でも、あれからどれだけ時間が経っていると思ってんだ!」

 

 

俺は原田の肩を乱暴に掴む。

 

 

「御坂 美琴のいた世界は転生してから10日しか経っていない」

 

 

原田は冷静に答えた。

 

 

「10日!?」

 

 

「神崎・H・アリアのいた世界は2週間。優子のいた世界は2日しか経っていない」

 

 

全く日にちが経っていなかった。

 

 

「な、何でそれだけしか経っていないんだ……」

 

 

「ほとんどの世界はそんなもんだ」

 

 

俺は落ち着き、原田から離れる。

 

 

「でも、俺は神の力が無いと転生できない。そもそも神は今どうしているんだ」

 

 

一度も連絡してこない。俺は心配だった。

 

 

「…………神は大丈夫だ。それよりも、俺の力があればすぐに転生できる」

 

 

「本当か!!」

 

 

原田は目を逸らして答えるが、すぐに俺の方へ顔を向ける。

 

 

「今すぐ美琴たちを……!!」

 

 

「そのためには今ある問題を解決しないといけない」

 

 

原田は急かす俺をなだめる。

 

 

「もうすぐ審議決議が始まる。黒ウサギ、大樹。参加してくれるか?」

 

 

十六夜は俺と黒ウサギを見る。

 

 

「ああ、まかせろ」

 

 

「YES!任せてください!」

 

 

俺と黒ウサギは承諾した。

 

 

「大樹、俺も戦う」

 

 

原田は俺に向かって言う。

 

 

「でも、参加できないはずだろ」

 

 

「だから交渉してくれって言ってんだ」

 

 

「なるほど、分かった」

 

 

俺と原田は笑う。だが、

 

 

「それと、お前に今言わないといけないことが山ほどあるが……とりあえず、これだけは知ってほしい」

 

 

真面目な顔。真剣な目で俺を見る。

 

 

 

 

 

「お前に力を与えている神の正体を…」

 

 

 

 

 

それは、とんでもない真実だった。

 

 

________________________

 

 

「それでは、ギフトゲーム【The PIED PIPER of HAMELN】。その審議決議および交渉を始めます」

 

 

 

『ギフトゲーム名 The PIED PIPER of HAMELN

 

・プレイヤー一覧

 

 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター

 

 太陽の運行者・星霊 白夜叉

 

・ホストマスター側 勝利条件

 

 全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側 勝利条件

 

一、ゲームマスターを打倒。

 

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

【グリムグリモワール・ハーメルン】印 』

 

 

 

黒ウサギの声が部屋に響き渡る。

 

この部屋には真ん中に横長いテーブルが置かれ、一方には【ノーネーム】と【サラマンドラ】の二つのコミュニティ。反対には魔王のコミュニティ【グリムグリモワール・ハーメルン】が対峙するように座っていた。

 

【ノーネーム】からはジン、大樹、十六夜、黒ウサギ。【サラマンドラ】からはサンドラとマンドラ。計6人が座っている。

 

対する【グリムグリモワール・ハーメルン】は三人。大きな怪物はいなかった。さすがにあの大きさはこの部屋に入れない。

 

 

「まず【主催者】側に問います。此度のゲームですが」

 

 

「不備はないわ」

 

 

黒ウサギの質問に魔王側のコミュニティの一人が答える。

 

 

「白夜叉の封印もゲームクリアの条件もすべて整えた上でのゲーム。審議を問われる謂れはないわ」

 

 

答えたのは白黒の斑模様のワンピースを着た少女だ。

 

 

「……黒ウサギの耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘を吐いてもすぐに分かってしまいますよ?」

 

 

「それを踏まえた上で提言しておくけど、私たちは無実の疑いでゲームを中断させられているわ」

 

 

黒ウサギの言葉に動じない少女。少女は続ける。

 

 

「つまり貴女たちは神聖なゲームに横槍を入れている……ということになる。言っていること分かるわよね?」

 

 

「不正がなかった場合、主催者側に有利な条件でゲームを再開しろ……と?」

 

 

少女の意図をサンドラが汲み取る。

 

 

「……いいでしょう。黒ウサギ、箱庭の中枢へルール確認をお願いする」

 

 

「しなくていい」

 

 

大樹はサンドラの言葉を否定する。

 

 

「勝手なことを言うな!おい、審議を…!!」

 

 

マンドラが無理矢理審議を取らせようとする。

 

 

「したら死ぬぞ、全員」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

容赦のない声が部屋全体に響いた。

 

 

________________________

 

 

俺の冷たい言葉に全員が驚愕した。魔王側の方も少し驚いている。

 

 

「あいつらは有利な条件を手に入れたら何に使うと思う?」

 

 

俺の質問に誰も答えれない。

 

 

「俺の予想ならゲームを再開する時間を決める権利を要求するはずだ」

 

 

「どういうことだ」

 

 

魔王側の少女の目が鋭くなった。マンドラは尋ねる。

 

 

「簡単なことだ。このゲームは長く続けば続くほど俺たちの不利になる」

 

 

「ええい!さっさと言え!!」

 

 

マンドラはいつまでも言わない俺に腹を立てる。

 

 

「落ち着け。なぁ魔王さん」

 

 

俺は前にいる三人組に話しかける。

 

 

「いや、男の方はヴェーザー。女の方はラッテンって名前って言ったな」

 

 

「ああ、合ってる」

 

 

「あなたは誰かしら?」

 

 

「楢原 大樹だ」

 

 

ヴェーザーはうなずき、ラッテンは俺の名前を聞いた。俺は名前を言う。

 

 

「あなた、私の駒にならない?」

 

 

「なるわけないだろ」

 

 

「話がずれてるわよ。はやくいいなさい」

 

 

俺とラッテンの会話を少女が中断させる。

 

 

 

 

 

「ああ、悪かったな。ペスト」

 

 

 

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

俺の言葉に全員が驚愕した。

 

 

「ど、どういうことですか!?」

 

 

サンドラが焦り、俺に尋ねる。

 

 

【ペスト】

 

高い致死性を持っていたことや罹患すると皮膚が黒くなることから黒死病とも呼ばれる。14世紀のヨーロッパではペストの大流行により、全人口の三割が命を落とした史上最悪の伝染病だ。

 

元々はげっ歯類に流行しやすい病気で、ネズミなどの間に流行が見られることが特に多い。

 

 

「ジン。どうしてか説明できるか?」

 

 

「は、はい。【ハーメルンの笛吹き】に現れる道化が【斑模様】であること。ペストが大流行した原因である【ネズミ】を操る道化であったこと。この二つから貴女は【130人の子供たちはペストである】という考察から生まれた霊格ですね」

 

 

 

『1284年、聖ヨハネとパウロの記念日6月の26日

色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男に

130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され

コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった』

 

 

 

「正解よ、私の名前は黒死病(ペスト)。私のギフトネームは【黒死病の魔王(ブラックバーチャー)】」

 

 

ペストは正体がバレて、不利になったにも関わらず、笑う。

 

 

「おいおい、そんな余裕丸出しで大丈夫か?」

 

 

「……どういう意味かしら」

 

 

「俺の推測だと…」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「お前、この町に黒死病(ペスト)を撒いてるだろ?」

 

 

 

 

 

 

全員が絶句した。相手側も。

 

 

「気づいてないと思ったか?」

 

 

「待て!それは本当なのか!?」

 

 

マンドラが大声を出す。

 

 

「ああ、俺たちは最初から嵌められたんだよ。ゲームの再開を遅らせることによって死人を増やす……そうだろ?」

 

 

「……ええ、その通りよ」

 

 

大樹の問いにペストは動揺を隠して答える。

 

 

「ジャッジマスターに提言します!彼らは意図的にゲームの説明を隠していた疑いがあります」

 

 

「やめとけ」

 

 

サンドラの発言をまた大樹が止める。

 

 

「そうだろ、黒ウサギ」

 

 

「はい。ゲーム中断前に病原菌を潜伏させたとしても、その説明を主催者側が負うことはありません」

 

 

「そんなッ……」

 

 

黒ウサギの説明にサンドラは手を強く握る。

 

 

「ねぇ、ジャッジマスターに問うわ。ゲームの再開の日取りは最長でどのくらいかしら」

 

 

「現段階で二週間は可能です。審議は結局取っていないので本来の一ヶ月は無理かと……」

 

 

「なら二週間でいいわ。ゲームの再開は…」

 

 

「待ちな」

 

 

ペストは黒ウサギに質問する。黒ウサギの答えに話を進めようとしたペストを十六夜が止める。

 

 

「交渉をしようぜ」

 

 

「交渉………?」

 

 

十六夜の発言にペストは怪しむ。

 

 

「ああ、お前らは俺たちという人材は欲しくないか?」

 

 

「どういうことかしら?」

 

 

「俺たちが負けたらお前らの傘下になるって言ってんだよ」

 

 

十六夜は笑いながら言う。

 

 

「『主催者側が勝利したら相手のコミュニティを傘下にする』ってルールをつける。再開は3日後にしろ」

 

 

「ダメよ。10日後に再開するわ」

 

 

十六夜の提案に少しは聞き入れるペスト。

 

 

(俺には時間が無いんだ……!)

 

 

大樹は思う。バトラーとの戦い。魔王とのギフトゲームを早く終わらせて美琴たちに会いに行く。そのためには日取りを早くするんだ。

 

 

「なら期限をつけるのはどうだ?」

 

 

十六夜は交渉を続ける。

 

 

「ゲームが再開して24時間以内にゲームを一つクリアしないと無条件で主催者側の勝ちってのは?」

 

 

「………一週間よ」

 

 

まだだ。

 

 

「では、新たな人材を勝負に入れるのはどうでしょうか」

 

 

次にジンが交渉する。

 

 

「新たに原田 亮良さんをゲームに加えます。もちろん、そちらが勝ったら人材はあなたたちのモノです」

 

 

「強いのかしら?」

 

 

「はい。保障します」

 

 

「では6日後よ」

 

 

事前に俺はジンに話をしておいた。だがほんの少しだけしか短縮しなかった。

 

 

「まだだ」

 

 

大樹は交渉を始めた。

 

 

「まだあるのかしら?」

 

 

「ああ、ゲームの再開を明日にしろ」

 

 

俺の発言に全員が耳を疑った。

 

 

「だめです、大樹さん!」

 

 

「ジン。少し静かにしてろ」

 

 

俺はジンを黙らせる。ジンが大声を出したのは明日を避けたいから。理由は謎をまだ解いていないからだろう。

 

 

「『ゲームマスターの打倒』を『主催者側のプレイヤー全員の打倒』にする。それと……」

 

 

ペストは黙って聞く。

 

 

「二つの勝利条件。両方をクリアしないと俺たちの負けで構わない」

 

 

俺の言葉に十六夜以外の者達が驚愕する。

 

 

「………いいけど気に入らないわね」

 

 

少女は俺を怪しむように、警戒するように睨む。

 

 

「あなたはこの状況で勝つつもりかしら?」

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

俺は自信満々に言い切った。

 

 

「…………いいわ。ゲームの再開は明日にしなさい」

 

 

交渉が成立した。

 

 

 

『ギフトゲーム名 The PIED PIPER of HAMELN

 

・プレイヤー一覧

 

 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

 

・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター

 

 太陽の運行者・星霊 白夜叉

 

 

・ホストマスター側 勝利条件

 

 全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

 ゲーム再開から24時間後を迎える。

 

 

・プレイヤー側 勝利条件

 

プレイヤーは下記の条件をすべて満たす。

 

一、主催者側の全プレイヤーを打倒。

 

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

・プレイヤー側の禁則事項

 

休止期間中にゲームテリトリーからの脱出。

 

休止期間の自由行動範囲は大祭本陣営より500M四方に限る。

 

・休止期間

 

明日までの期間を相互不可侵の時間として設ける。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

【グリムグリモワール・ハーメルン】印 』

 

 

 

「宣言するわ、貴方は私が倒してあげる」

 

 

ペストは俺に向かって言う。

 

 

「あ、俺は基本参加しないから。特に当日は」

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

全員の口が開いた。

 

 

「俺にはやることがあるから。このゲームには参加するけど、多分戦わない」

 

 

「貴様……!!」

 

 

「だが!」

 

 

マンドラが俺に掴みかかろうとしたが、俺の強い睨みでマンドラを止める。

 

 

 

 

 

「謎は解いた」

 

 

 

 

 

また全員が驚いた。

 

 

「お前も聞く?ペスト」

 

 

「……ありえないわ。こんな短時間で」

 

 

「130」

 

 

ペストに言い分に、俺は三桁の数字を答える。

 

 

 

 

 

「ステンドグラスは67枚割ればいいのか?」

 

 

 

 

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

俺はニヤリっと笑いながら言う。ペスト、ヴェーザー、ラッテンは驚愕した。

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

「俺が『ハーメルンの笛吹き』を話したのは覚えているだろう?」

 

 

俺は説明を始める。

 

 

「勝利条件『偽りの伝承を砕き、真実を掲げよ』。伝承とは『ハーメルンの笛吹き』のことを表している。【ネズミ(ラッテン)】、【地災や河の氾濫(ヴェーザー)】、【黒死病(ペスト)】。お前らは『ハーメルンの笛吹き』を表す霊格なんだろ?」

 

 

俺の言葉に俺の正面にいる三人は答えない。

 

 

「そして、『偽りの伝承』を砕く。じゃあ偽りの伝承とは何か?」

 

 

俺は告げる。

 

 

「思い出せ、碑文を」

 

 

 

『1284年、聖ヨハネとパウロの記念日6月の26日

色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男に

130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され

コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった』

 

 

 

「……まさかッ!?」

 

 

十六夜は気づいたみたいだ。

 

 

「そう……この碑文には【ネズミを操る道化】が登場していないんだ」

 

 

文には『色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男』としか書かれていない。俺は続ける。

 

 

「笛吹き男は【ネズミ捕りの道化】とは書かれていない。つまり…」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「ネズミを操ることができる【ネズミ捕りの道化(ラッテンフェンガー)】。ネズミを操る道化がもたらした伝染病の【黒死病(ペスト)】。お前ら二人が偽物ということになる」

 

 

 

 

 

「じゃあ!二人を倒せば……!」

 

 

「いや、ダメだな」

 

 

ジンの言葉を否定する。

 

 

「それだと一個目の勝利条件と被る」

 

 

「元々はゲームマスターだけだった。ラッテンを倒せば二つをクリアすることができるというゲームだったのではないのか?」

 

 

「それはありえない」

 

 

マンドラの言葉をしっかりと否定する。

 

 

「さぁここで問題!実は私、楢原 大樹は相手に罠を仕掛け、見事に引っかかりました!それは何でしょうか!」

 

 

「罠だと?」

 

 

俺の言葉にヴェーザーは反応する。

 

そして、十六夜が静かに手を挙げた。

 

 

「はい!十六夜君、お答えください!」

 

 

「大樹が交渉で出した『主催者側の全プレイヤーを打倒』を飲み込んだから」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員気づいたみたいだ。

 

 

「正解だ。この条件を飲んでもゲームには全く支障がない。では、何故飲み込んだのか?考えられることは一つ。『偽りの伝承を砕く』方法が他にあるからだ」

 

 

「それがステンドグラスってことか」

 

 

俺の言葉に十六夜が続いた。

 

 

「この街の『偽りの伝承』が描かれたステンドグラスを割り、『真実の伝承』が描かれたステンドガラスを掲げる。これが二つ目の勝利条件ってことか」

 

 

「本物はヴェーザー?そいつを表す碑文なんて……」

 

 

十六夜の説明を聞いてマンドラは一つの疑問をあげる。

 

 

「『130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった』。ヴェーザーは子供たちの死因を表すんだ。地災や河の氾濫による死因をな」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉にペストはノーリアクション。無言だ。

 

 

「大丈夫か?まだ話は終わっていないけど?眠いなら寝るか?」

 

 

「まだあるの!?」

 

 

ラッテンは驚愕し、大声を出す。

 

 

「ああ、ペストが偽物だと分かったのはまだある。それは年代だ」

 

 

俺はまた説明を始める。

 

 

「ステンドグラスに書かれていた碑文には1284年の6月26日だ。だが、俺はさっきこう言っただろ。【黒死病】は14世紀のヨーロッパではペストが大流行ってな」

 

 

「年代が合わない……!?」

 

 

黒ウサギは声に出し、驚く。他の者も驚愕している。

 

 

「そして、このことから白夜叉を封印することができたわけも説明できるんだよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ここにきてペストはやっと苦虫を噛み潰したような顔をして、明らかな動揺をした。

 

 

「白夜叉は箱庭の【太陽】の主権を持っているんだ。太陽の運行を司る使命がある」

 

 

「そ、それはゲームと関係があるんですか?」

 

 

サンドラは尋ねる。

 

 

「ある。黒死病が流行した寒冷の原因は【太陽】が氷河期に入り、世界が寒冷に見舞われたからなんだ」

 

 

「………もしかしてッ!?」

 

 

サンドラはハッなる。

 

 

「そう、ペストが現れることによって、白夜叉を封印することができたというわけだ」

 

 

「だから白夜叉様は封印されたのですね」

 

 

黒ウサギは納得したみたいだ。

 

 

「どうだ?100点満点の解答じゃないか?」

 

 

「あなた……何者なの……!?」

 

 

ペストは恐る恐る聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はオリンポスの十二神の中で最高位の神、【ゼウス】から力を貰った楢原 大樹だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹の発言は全員の言葉を奪うには十分すぎるモノだった。

 

 

 





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