どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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――最後の死闘。




英雄よ、全てを救え!

―――全世界の命運を賭けた決戦が始まった。

 

神聖な力を持った神の一撃と邪悪な力を持った邪神の一撃。二つのぶつかり合いは歴代の神々の争いを凌駕(りょうが)していた。

 

 

「ぐぅッ!!」

 

 

「がぁッ!!」

 

 

ガギンッ!!!

 

 

大樹の二刀と慶吾の大剣が何度も交差する。まともに受け止めれば宇宙の星にでも押し潰されてしまうかのような剣の重さ。

 

新たに進化した【神刀姫・黒金(クロガネ)】と【神刀姫・白金(シロガネ)】を振りながら大樹は慶吾を睨み付ける。歯を食い縛りながら慶吾も冥界剣【ツェアファレン】で弾き返す。

 

 

ガギィンッ!!

 

 

互いに一歩も引かない。後ろに下がってしまえば永遠に前に踏み込むことができないと戦いの中で錯覚されてしまう。

 

刹那の油断も許されない。全神経を集中して、自分の持つ物全てを研ぎ澄ました。

 

 

「【無刀の構え】———【睡蓮花(すいれんか)】!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

剣と剣が重なる瞬間、大樹の回し(かかと)蹴りが慶吾の側頭部に直撃した。視界が大きく揺れて足元がふらつくが、目を見開き敵を逃さない。

 

 

ドゴッ!!

 

 

大剣の柄が蹴った左膝を突く。タダではやられない慶吾の執念が生み出した反撃の一撃。

 

一度距離を取るのが定石だが、二人は攻撃を受けても引こうとしなかった。むしろ、

 

 

「「おおおおおおぉぉぉ!!!」」

 

 

ゴギッ!!!

 

 

雄叫びを上げながら痛みに耐え、両者の拳が腹部にめり込む。巨獣を屠る強烈な拳に二人の体はくの字に曲がり、後方に吹き飛ぶ。

 

 

ズザァ!!

 

 

空中で体勢を立て直しながら地面を滑る。慶吾が血を吐きながら前を向くと、

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

体が逆さまになったまま、空中で【神刀姫・黒金】と【神刀姫・白金】の銃で追撃を仕掛けていた。舌打ちをしながら慶吾は大剣を地面に突き刺して盾にする。

 

重い衝撃を持つ銃弾に耐えながら反撃の隙を伺う。大樹が地上に足を付けた瞬間、慶吾は大剣を引きずりながら爆走する。

 

 

「【鋭撃(シュートス)】!!」

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

大剣の剣先に邪神の闇が収束する。掴むことのできない光すら突き抜ける一撃が大樹に向かって襲い掛かる。

 

回避不可の絶大な攻撃に大樹は、

 

 

「剣術式奥義、【無限の構え】」

 

 

静かに目を閉じて武器を下に向ける。その行動に慶吾は馬鹿だと心の中で吐き捨てる。

 

慶吾の【鋭撃(シュートス)】は光と真逆にある闇そのもの。光を掴むことができないのであれば、闇もまた同じ。

 

人間どころか神すら不可能な理。防御に徹してダメージを可能な限り減らすのが正解なのだ。

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)廻光(かいこう)】」

 

 

ビシッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

慶吾の鋭い一撃は、空を突き抜けた。

 

二つの剣銃が大剣に触れた瞬間、透き通るように突き抜けた。大樹の体には傷一つ付けられていない。

 

 

(この短時間で技を進化させた……!?)

 

 

驚きを隠せない慶吾は身を翻して大樹を警戒する。そして信じられない光景は続く。

 

 

「【刀解弾(とうかいだん)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

次は大樹の番だった。銃口から数千を越える光の銃弾が慶吾に向かって雨が降り注ぐように放たれる。

 

慶吾には大樹のように闇を受け流すことはできない。当然、光もだ。

 

 

「ぐぅあッ!?」

 

 

無数の銃弾が全身を貫く。熱で焼かれるような激痛が走る。

 

大樹の力は邪神の力を押し潰している。傷はすぐに回復しているが、慶吾の表情には焦りがあった。

 

 

ダンッ!!

 

 

そして、既に大樹は光の速度で慶吾の目前まで移動していた。一瞬の油断がこのような結果を生み出す。【神刀姫・黒金】をゼロ距離からぶっ放そうとしてる。しかも、

 

 

「【神聖な新風(シュトゥルムハイリヒ)】!!」

 

 

煌めきを持つ猛風の鋭い弾丸が慶吾の体を吹き飛ばす。慶吾の力と大樹の力が組み合わさった技に邪神が怒り狂う。

 

 

『貴様ぁ!! 邪神を汚してタダで済むと―――!』

 

 

「何度も言わせんじゃねぇクソッタレ! これはお前なんかの力じゃねぇ!」

 

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 

吹き飛ばしたはずの慶吾が叫びながら大樹の背後を狙う。回復を無視し、額から血を流しながら無理矢理攻撃を仕掛けようとしていた。

 

大剣を大樹の頭に向かって振り下ろす。常識破りの凄まじく重い剣を!

 

 

ガッッッギィン!!!

 

 

しかし、大樹は二本の刀をクロスさせて防いで見せた。地面に巨大なクレーターが生まれるが、腕すら折ることはできていない。

 

 

「馬鹿なッ!?」

 

 

「軽いな。軽過ぎるぜ慶吾!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

大樹は糸も簡単に大剣を弾き返した。すぐにガラ空きになった慶吾の腹部を斬ろうとする。

 

 

(片手ッ……だと!?)

 

 

反撃するのは右手の一刀だけ。余りにも舐められた攻撃に慶吾は怒りを抑えきれない。

 

このまま大剣で受け流すことはせず、そのまま押し返してやると邪神の力を込める。

 

 

「おおおおおおォォォ!!!」

 

 

グシャッ!!!

 

 

だが大剣はまた簡単に弾かれてしまい、慶吾の腹部から血が噴き出した。

 

ありえない光景に慶吾と邪神の思考は凍り付く。そのまま慶吾の体に左手の拳が顔面に叩き付けられる。

 

 

「お前の剣には、重みが無いんだよぉ!!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

強烈な拳が炸裂した。地面に亀裂を生みながら慶吾の体は吹き飛ぶ。

 

圧倒されていることに危険を感じた慶吾は急いで回復する。今まで対等だったはずが、どうしてこのような追い詰められた状況になっているのか理解できない。

 

 

「剣に重みが無いだと……笑わせるな! 俺の復讐が、お前のような奴に……!」

 

 

「負けるに決まっているだろッ」

 

 

そう断言しながら大樹は前に進む。一歩。また一歩。確実に慶吾を追い詰めるように。

 

 

「俺がどれだけの思いを背負っていると思ってんだ! この剣には、星の数よりも多くの命が懸かっているんだ! 邪神程度の力で、この重さを越えれるわけがねぇだろうが!!」

 

 

様々な世界を転生して、いろんな人たちと出会い、大樹は成長し続けた。過去と向き合い、希望ある未来に向かって歩き出すこともできた。

 

その希望の未来を壊す? 冗談じゃない。

 

 

「もう二度と折れねぇぞッ。この剣も、俺の心も!!」

 

 

『くだらない! どれだけの人間が集まろうが絶対的な力の前では無意味! それを教えてやろう!』

 

 

「世界もろとも、潰すのが俺の目指す先だ! 邪魔をするなぁ!!」

 

 

封印された扉の先から邪悪なオーラがこちらに流れ込む。そのオーラを取り込むように慶吾の大剣に収束し始めた。

 

あの大剣が慶吾の持つ最後の武器。銃とは比べものにならない桁違いな憎悪を秘めていた。

 

禍々しい力が膨れ上がる。人を殺し尽くしたいと意志を持つように。

 

 

「お前を殺して全てを終わらせるッッ!!」

 

 

「終わらせるかッ! 世界はッ、俺が守るッ!!」

 

 

大樹の刀が神々しく輝き、慶吾の大剣は邪悪な闇に包まれた。

 

 

「【双葉(そうよう)双桜(そうおう)】!!」

 

 

「【極撃(シュラーク)】!!」

 

 

同時に前に踏み込み、剣が衝突する。その瞬間、嫌な予感がした。

 

 

バギバギバギバギッ!!

 

 

今まで押し負けることのなかった大樹の両腕が一瞬で粉砕した。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

激烈な爆発が轟いた。互いが本気で振るった一撃は星々を砕くような破壊力。

 

その破壊力の中で、大樹と慶吾は辛うじて立つ事ができていた。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」

 

 

『しぶとい奴めッ!? 生きていたのか!?』

 

 

呼吸を荒げながら両者は傷だらけになっている。慶吾の胸には深く斬り裂かれたバツ印の傷があった。

 

大樹の両腕の骨は粉々になっていた。むしろ骨が粉々になった程度で済んでいたことは奇跡だった。

 

慶吾の握り絞める大剣は常識破りな重さを持っていた。どうしてあの剣を持つことができているのか不思議で仕方なかった。

 

 

「ふぅ……! 俺の大剣を瞬時に避けたのかッ……!」

 

 

「何をッ……したッ……!」

 

 

「くはッ……単純なことだ。―――剣を()()()()

 

 

不敵な笑みを見せながら慶吾は大剣を軽々しく横に振るう。

 

 

「邪神の力で俺は剣の重さを一切感じない。だがお前にはこの剣の重さが分かるだろ? お前の思い程度ではひっくり返せない重さがぁ!?」

 

 

強く下唇を食み、押し負けた悔しさに顔を歪める。

 

その大樹の顔をさらに歪ませたい慶吾は、剣の秘密を告げる。

 

絶対に押し返すことはできない。それを、教える為に。

 

 

 

 

 

「【極撃(シュラーク)】の重さは、天文学的数字に到達するのだから!!」

 

 

 

 

 

「んなッッ!!??」

 

 

現実離れしたありえない桁数。それが今、目の前に存在するのだ。

 

どれだけの力を持っても、慶吾の大剣に勝つことができないことを実感させられてしまう。

 

 

「この場所が天界で幸運だったな! 地球程度なら簡単に砕けていた所だ!」

 

 

「……ハッ、俺が生きているんだ。地球はそんなに脆くねぇよ!」

 

 

「その余裕がいつまで続くか見物だなッ!?」

 

 

再び慶吾が攻撃を仕掛ける。跳躍して天文学的数字を持った大剣で大樹を潰そうとする。

 

受け止めれないなら避ければ良いだけの話。

 

だがその行動を慶吾が読まないはずがない。

 

 

「先程は()()の重さで振るった剣だ。今度は本当の重さを見せてやるッッ!!」

 

 

「テメェッ!?」

 

 

狂気的な笑みを見せながら慶吾の大剣が黒く光始める。大樹は狙いに気付き、避けることをやめた。

 

 

「まさかッ!? 天界を壊す気かッ!?」

 

 

「そのまさかだッ!! 全てを壊すと言ったはずだ! 【極撃(シュラーク)】!!」

 

 

全てを破壊し尽す邪神の大剣。その剣は天文学的数字に達した。

 

この下には愛する人たちが、失ってはならない仲間たちがいる。天界の崩壊に巻き込ませてはいけない。

 

 

(全力を出して押し返せるのか!? いや、無理だ!)

 

 

冷静に考えて不可能だと判断する。この不可能はどう足掻いても変えることはできない。

 

どれだけの状況を覆した大樹だからこそ、この状況の危険を一番理解していた。

 

無防備になった慶吾を倒した所で剣の重さは変わらない。だったら取る手段は一つ!

 

 

(可能な限り、威力を減らすしかねぇ!!)

 

 

例え自分が生きていても、守る物を守れていなきゃ意味が無い。それは自分の人生の中で最も大切なことだ。

 

これ以上、誰も死なせない! 原田を失った時から決意しているんだ。

 

 

「天界魔法式、【秩序支配神の世界翼(シルテムルーラー・ワールドフリューゲル)】!!」

 

 

世界を包み込むような巨大な翼が背中から広がる。邪神の力を弱めようとするが、ほんの僅かしか弱まっていない。

 

 

「小さい! 小さ過ぎるぞ、楢原 大樹!!」

 

 

「うるせぇよ!!!」

 

 

天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】で超巨大氷山の一角や神災級の竜巻を大剣にぶつける。だが一瞬で氷山は砕け、風は消えて行く。

 

意味の無い攻撃が続いてしまった。それでも、大樹は止めることを諦めない。

 

 

双剣銃(そうけんじゅう)式、【四葉(よつば)の構え】!!」

 

 

両手に全ての力を注ぎ込む。強く跳躍して【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を広げて飛翔した。 

右手の【神刀姫・黒金】が黒く輝き、左手の【神刀姫・白金】は白く輝く。

 

永遠の平行線で混じり合うことはないはずの力が重なり合い、進化は加速する。

 

 

 

 

 

「【双葉(そうよう)黒白(こくびゃく)雪月花(せつげつか)】!!!」

 

 

 

 

 

 

今の大樹が出せる全身全霊の一撃。黒と白が交わり、振り落ちる大剣を受け止めた。

 

大剣が止まったことに慶吾は驚愕を見せるが、ニヤリと口端を上げる。

 

 

グシャリッ!!!

 

 

剣は折れずとも、大樹の体は耐えることができなかった。

 

天文学的数字を持つ大剣は、無情にも大樹へと振り下ろされる。

 

 

「終わりだぁッ!!!」

 

 

そして―――世界よりも先に、天界は崩壊し始めた。

 

 

________________________

 

 

 

天界全体を揺らした巨大な衝撃は一番下にいた原田たちにも影響があった。

 

すぐに大樹を追いかける為にもズタボロになった体を治療していたが、誰一人まともに立つことができない酷い揺れに襲われたのだ。

 

想像を絶する程の衝撃が上で起きていることが瞬時に分かったガルペスの顔色は青ざめていた。

 

 

「何て力だ……もう少し大きければ天界は一瞬で壊れていたぞ……!」

 

 

「無理をしないでくださいガルペスさん! 今のあなたは小さいんですから凄く遠くに飛んで行ってますよ!」

 

 

揺れの衝撃で飛んで行ったガルペスをバトラーがおんぶして回収。すぐに皆の所に戻る。

 

 

「お兄さんは大丈夫でしょうか……」

 

 

「は、早く助けに行こう! こんな怪我、へっちゃらなんだから!」

 

 

「そこの双子も大人しく待っていなさい! 同じく転がり過ぎですよ!」

 

 

地面が割れて開いた穴に必死に掴まる双子の奈月と陽はプルプルと限界そうにしている。ガルペスを乱暴に投げ捨てたあと、急いでバトラーは双子を助ける。

 

 

「全くッ……だらしない奴らだねぇベロゲボロディアスバァッ!? ゴビャガッハゴフッ!?」

 

 

「あなたが一番重傷なのですからもっと土を食べなさい!!」

 

 

「嫌だああああァァァ!! もっさもっさするの嫌だああああァァァ!!」

 

 

ガルペスは動けない姫羅に対して強引に土を食わせる。拷問に見えるが、立派な治療だ。誰がどう見ても土を食わせている最低ないじめだと言われようが、これは治療だ。

 

 

「ふざけてる場合かお前ら! 大樹が危ないかもしれないんだぞ!!」

 

 

「「「「「頭が地面に突き刺さった奴がまともなことを言う普通?」」」」」

 

 

原田に関しては頭が地面に突き刺さっている。どんな衝撃の受け方をすればこんな酷い光景が生まれるのだろうか。

 

とにかく全員が動ける状態になった後、即座に上に向かって走り出した。

 

 

「心配することはねぇ。それは俺たちが分かっていることだろ」

 

 

大樹と共に戦った者、敵対して戦った者、そして救われた者。

 

一人の男が作った繋がりがこの団体を作っている。過去の自分にこのことを言えば「絶対に嘘だ」と確実に信じないだろう。

 

バトラーに背負われたガルペスは鼻で笑うと、白衣から煙草を取り出して火を点ける。

 

 

「その通りだ。奴と戦ったからこそ分かる。奴はしぶとい」

 

 

「あの、煙草止めて貰います? 絵面的にも私的にも」

 

 

「根性焼きするぞロリコン」

 

 

「マジで叩き落としますよ」

 

 

真顔でキレるバトラー。そのやり取りに周りは笑ってしまっていた。

 

 

「アタイの自慢の弟子だ。神の一匹や二匹、ちょちょいのちょいだよ」

 

 

「はい、私たちの自慢の兄でもありますから」

 

 

「お姉ちゃんの言う通り、ババーンッ!と倒してくれるわよ!」

 

 

姫羅に続いて陽と奈月が大樹のことを褒める。バトラーもそれを肯定して、原田も頷いた。

 

だから今は、自分たちにできることをする。原田は短剣を取り出した。

 

 

「さてと、まだ悪魔の残党が残っているようだ。合流する為にも、速攻で終わらせるぞ」

 

 

元保持者たちは武器を取り出して構える。振り返れば悪魔の軍勢がニタニタと笑いながらこちらを見ていた。

 

その悪魔たちの中には苦戦することになるだろう上級悪魔がいることも感じ取っている。

 

 

「止まれクソ悪魔共! ここから先ッ、上には絶対に行かせねぇよッ!」

 

 

 

________________________

 

 

 

天界の中で最も被害が大きく出ていたのは冥界の女神ペルセポネとの戦闘跡だ。

 

山のように積み重なった瓦礫。揺れの衝撃で谷のような穴まで多く出現している。

 

 

「こ、こんな状況になるなんてッ……!」

 

 

「漫画かアニメでしか見ないと思っていたわよッ……!」

 

 

優子と美琴が苦しそうな声を上げる。彼女たちの怪我は酷かったが、それどころではなかった。

 

 

「わ、私……限界かも……!」

 

 

「真由美!? あなたが諦めたらあたしとティナは終わるからね!? 絶対に離しちゃ駄目よ!?」

 

 

真由美の腰にしがみ付いたアリアが力を入れながら首を横に振る。

 

 

「根性をッ……見せてくださいッ……私も、頑張っていますからッ……!」

 

 

「そうねッ……! この中で一番キツイのはティナなのよ……! 私がしっかりしなくちゃッ……」

 

 

アリアの腰にしがみ付いたティナの足は限界が来ていた。励まされた真由美も腕にグッと力を入れて、優子の腰に抱き付く。

 

 

「……尻尾が邪魔」

 

 

「黒ウサギのチャームポイントに文句を言わないでくださいッ! というか―――!」

 

 

黒ウサギの腰に抱き付いた折紙が文句を言う。さて、彼女たちの現状を説明しよう。

 

 

「一番キツイのは黒ウサギですよおおおおおォォォ!!」

 

 

———八人の女の子は断崖絶壁から落ちそうになっていた。

 

そして最悪なことにそれぞれが崖に掴まっているのではなく、縦に並んで掴まっていた。そう、漫画やアニメでよく見るアレだ。唯一崖に手を置いているのは黒ウサギだけ。

 

そこから順に折紙、美琴、優子、真由美、アリア、ティナ、双葉と腰にしがみ付いてブランブランと揺れている。一番下にいるティナは気を失った双葉を足だけで掴んでいる。

 

 

「だ、誰か助けてくださぁい! 黒ウサギの胴体が本当に千切れます! マジでヤバイです!」

 

 

「お願い黒ウサギ! 絶対に離さないで! あなたが離せば全員が奈落の底に落ちるのよ!」

 

 

「手を離す以前に千切れる問題があるのですよ!?」

 

 

優子の言葉に黒ウサギは泣きそうな声で叫ぶ。その言葉にムッとする者がいた。

 

 

「そんなことはない。大樹は私たちの体重は紙と同じと言っていた。つまり手を離すわけがない」

 

 

「めちゃくちゃ重い紙たちですねぇ!!!」

 

 

「「「「「重くないッ!!!」」」」」

 

 

軽く喧嘩が始まった。この中で一番重いのは黒ウサギだの、重いは胸のせいだと、あとで絶対に許さないだの、意外と余裕がある女の子たちだった。

 

だが幸運なことに騒がしいおかげで彼女たちの存在に気付く人たちがいた。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

冷たい目で彼女たちのピンチを見ていたのは元保持者たち。悪魔の残党を蹴散らし、またボロボロな姿になっている。

 

そのことに女の子たちも気付き、静かになる。目と目が合い、静寂が生まれた。

 

元保持者たちは何と声をかければいいのか分からない。だが遠慮のないガルペスは煙草の火を消しながら、

 

 

「この危機的状況で何を遊んでいるんだお前ら」

 

 

「「「「「遊んでない!!」」」」」

 

 

一斉に否定する女の子たち。若干キレてた。

 

「アニメや漫画でしか見たことねぇよあんなの」と原田が口にすると、周りはうんうんと頷いて肯定する。そんなことは女の子たちが一番早く思っていた。

 

こうして元保持者たちに助けられて治療を受ける。当然だが土を食することは全力却下された。

 

何が起きたのか互いに情報を交換し、ガルペスは周囲を見渡し現状を把握する。彼の予測から導き出された答えは、

 

 

「ペルセポネの仕業か……ゆっくりと壊れ始めている。このままだと長くは持たない。何かしら手を打たなければ天界は俺たちごと消滅するぞ」

 

 

容赦無く告げれた真実に全員が息を飲む。この上では誰よりも命懸け戦っている大樹がまだいる。

 

そして、これ以上の話し合いはいらない。選択肢は『助けに行く』以外無いのだから。

 

即座に行動を開始する。バトラーは双葉を背負い、ガルペスは原田の背中に乗った。

 

 

「待てやマッドサイエンティスト」

 

 

「この頭のジョリジョリ感……戦いが終わったら商品化するのも有りだな」

 

 

「おい」

 

 

―――こうして大樹の『繋がり』で集まった彼らは走り出す。『繋がり』の中心点となった大樹を助けに行く為に。

 

 

________________________

 

 

 

 

二人が出した全身全霊の一撃。その衝突は星々の衝突より遥かに超えていた。

 

無謀だと理解してながら大樹は【極撃(シュラーク)】から逃げずに踏み込んだ。その姿はまさに英雄。

 

だが英雄は―――邪悪な力に敗北したのだ。

 

 

「ふぅ……! ふぅ……!」

 

 

左半身を失った慶吾は息を荒げながら大剣に寄りかかる。ゆっくりと傷を回復しているが、時間はかかっていた。

 

大樹の一撃は天文学的数字の重さを持った大剣を貫き、慶吾の左半身を斬り裂いた。半壊していた大剣も傷と同じで元通りなろうとしている。

 

慶吾の視線の先には、横たわった瓦礫に埋もれて横たわった大樹がいた。最後まで武器を手放さず、呼吸を止めていた。

 

心臓の音も聞こえない。聞こえるのは天界が崩壊し始める音だけだ。

 

 

「ふぅ……! これでッ、終わりだぁッ……!」

 

 

長い時間を掛けて体の回復と大剣の修復が終わると、その場から立ち去ろうとする。

 

目指すは封印された扉。邪神―――冥府神ハデスを解放する時が来た。

 

先程からずっと頭の中が何かに縛られているような感覚がする。忘れてはいけないことを忘れているような……。

 

それでも頭を抑えながら慶吾は扉に向かって進む。全てを終わらせるために。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

それなのに、終わることはできないのだ。

 

背後から聞こえた爆発音に戦慄する。額から汗を流しながら慶吾はゆっくりと振り返る。

 

 

「……馬鹿なッ……!?」

 

 

「はぁ……はぁ……! どうしたッ? まだ戦いはぁ……ぐぅッ……終わってねぇぞぉ……!」

 

 

―――武器を構えながら、大樹は立ち上がった。

 

左目は開いておらず、グチャグチャに折れ曲がったはずの腕で武器を握り絞めていた。

 

痛みに耐えながら震えた足で立ち、血でグショグショになった上半身の着物を脱ぎ捨てる。傷だらけの体を晒した。

 

 

「来いよぉッ!! 剣も心もぉ、まだ折れてねぇ!!」

 

 

虫の息にも関わらず叫ぶ大樹に慶吾の足は後ろに下がってしまう。

 

完全に仕留めたと確信していた。だからこそ、その結果を裏切られたことが怖かった。

 

慶吾が攻撃を仕掛けない内に大樹もまた神の力で回復しようとする。その行動に慶吾の顔に不敵な笑みが浮かび上がる。

 

 

「……無駄だ。今の俺は、お前の力を完全に封じる手がある」

 

 

慶吾の一撃は大樹の体に刻まれた。発動条件は十分。

 

手に闇を纏いながら大剣を握り絞め、詠唱を始める。

 

 

「『未来永劫、消滅不可の過去』———【再現(ザ・リバース)】!!」

 

 

グシャッ!!!

 

 

大樹の体から黒い光が溢れ出すと同時に血が噴き出す。あまりの痛みに声も上げれなかった。

 

握り絞めた武器から手を離し、力を無くした膝は崩れて再び倒れる大樹。何が起きたのか理解できなかった。

 

 

「過去の斬撃を再現する力だ。お前は体の傷を治し、斬ったことを無くそうとした。体から傷を消そうとしたんだろ? だから―――消えた傷を再現した」

 

 

「ッ……!!」

 

 

「お前の回復手段は完全に封じた!! もう諦めろ! 絶望しろ! そのまま死に絶えろぉ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、慶吾の視界が揺れた。

 

頬に鈍痛が走り、気が付けば地面に倒れていた。何が起きたのか一瞬、理解できなかった。

 

ゆっくりと立ち上がり、慶吾は大樹を睨み付ける。

 

 

「それがッ……どうした……!」

 

 

重傷で立つことができないはずの男が、倒れていたはずの男が拳を握り絞めていた。

 

油断していたとはいえ慶吾の顔に一発入れた大樹。限界の先……いや、その果てを越えて戦い続ける。

 

覚えてしまった血の味を吐き出し、歪な骨を音を鳴らしながら前に踏み出す。

 

 

「それがぁ、どうしたああああああァァァ!!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

今度は慶吾の腹部に拳が突き刺さる。だが身構えていた慶吾は糸も簡単に耐え切り、反撃する。

 

 

ゴスッ!!

 

 

「がふッ!?」

 

 

下から顎を殴り大樹の意識を飛ばそうとする。続けて頭部、腹部、太股と殴打し続けた。

 

大剣を使うまでもない。このまま甚振(いたぶ)り殺す。

 

 

「があぁ!!!」

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

グシャッ!!

 

 

しかし大樹の猛攻はその程度は止まらない。自分の腕を盾にしながら獣のように食らい付いた。

 

膝蹴りが慶吾の指を折り、左拳で慶吾の頬を何度も殴る。一撃一撃は弱く、掠り傷程度しか与えることはできない。

 

 

「いい加減にしろぉ!!」

 

 

ザシュッ!!!

 

 

痺れを切らした慶吾は大剣を一閃。大樹の腹部が横に大きく裂け、後ろに転がる。

 

 

パシッ!

 

 

「ッ!?」

 

 

転がりながらボロボロになった手を地面に着いて空中で体勢を変える。まだ動ける大樹に慶吾は驚きを隠せない。

 

大樹の両手には落としたはずの【神刀姫・黒金】と【神刀姫・白金】が神々しく輝き始めていた。

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

重い銃声が何度も轟く。漆黒の銃弾と白銀の銃弾を乱射した。

 

だが邪神の力を纏わせた大剣までは無意味。慶吾が力を込めて振り下ろすだけで凄まじい衝撃波は生まれ、飲み込まれた弾丸は全て粉々になる。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

衝撃波で巻き起こった土煙の中から姿を現したのは大樹。体勢を低くしながらこちらに走り出していたのだ。

 

 

「貴様ッ!?」

 

 

「二刀流式、【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】!!」

 

 

再び振り返そうとする慶吾の腕を銃弾で止める。痛みは感じなくても、弾の衝撃で大剣を振り遅らせることはできた。

 

生まれた隙を逃さない。歯を食い縛り、強く足を踏み出して腕を振るう。

 

 

「【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】!!」

 

 

ザンッッ!!!

 

 

刀身は眩い光を放ちながら桜色に変わり、斬撃は慶吾の両肩を抉るように引き裂いた。

 

大樹を蹴り飛ばして慶吾は距離を取る。腕を切断できなかったことに大樹は舌打ちする。剣で付けた傷口から黒い煙が漏れ出していた。

 

 

「何故だ!? 何故お前はここまで諦めない!? 無駄だと、意味が無いと一番分かっているはずだ!?」

 

 

勝てるはずのない敵に挑み続ける大樹の行動原理を理解できない慶吾は嫌悪感をあらわにしている。もう一度【極撃(シュラーク)】を放てば必ず敗北すると大樹は分かっているはずだった。

 

無謀だと分かっていながら、立ち上がり続ける理由が慶吾には分からなかった。

 

 

「例え俺を止めたとしても、邪神の復活は止まらない! 必ず冥府神ハデスが世界を滅ぼす! なのにッ……!」

 

 

血だらけの英雄は虫の息。全身の骨は粉々に成り果て、肉体のほとんどはグチャグチャになった。

 

圧倒的な不利状況。奇跡の逆転も、会心の一手も、希望は残されていない。それなのに―――!

 

 

「何故だ!? 何故貴様は笑っていられる!?」

 

 

―――英雄の口元は、笑っていた。

 

 

その笑みは絶望の狂気に染まったわけではない。諦めて呆れていたわけでもない。

 

この戦いに敗北すると、彼は全く思っていないのだ。

 

だからと言って勝利を確信しているわけではない。大樹が笑っていられる理由は一つ。

 

 

「当たり前だ。お前を救える、希望が見えたからだッ!」

 

 

「何だと……!?」

 

 

大樹の頭の中で過ぎるあの声は今でも耳の奥に残っている。

 

 

『―――双葉の望んだ世界を、救ってくれぇ!!!』

 

 

心臓の鼓動は止まらない。この言葉が心の中で響く限り、静止することはない。

 

 

『ええい! 何をしている! 遊んでないでトドメを刺せ!』

 

 

邪神が怒るのも当然だ。この状況で【極撃(シュラーク)】を撃てば勝つのは必然。

 

絶対と不可能を覆すことのできない天文学的数字の重さ。どんな神でも一撃で屠る必殺だ。それなのに……!

 

 

(何だッ……この嫌な予感はッ……!)

 

 

死に体の男を見ているだけで、確信していた勝利が不安定にされる感覚に襲われる。

 

有利な状況から一瞬で蹴り落とされそうだった。額から流れる汗が止まらない。

 

 

「クソッ! 【鋭撃(シュートス)】!!」

 

 

慶吾が選んだのは突き。大剣の剣先にまた邪神の闇が収束する。

 

光すら突き抜ける一撃だが、大樹には通じなかった。だがボロボロになった大樹には通じるはずだと慶吾は考えていた。

 

 

ガギンッ!!

 

 

「ぐぅッ……がぁッ!?」

 

 

避けることのできない大樹は二本の刀身をクロスさせて【鋭撃(シュートス)】を受け止める。衝撃で後ろに吹き飛びそうになるが、耐え切った。

 

 

グシャッ!!

 

 

大剣を横に逸らすと同時に左脇腹を深く抉られる。だが肉を切らせて骨を断つチャンスだった。

 

鋭撃(シュートス)】を受け流されることを完全に頭の中から消えていた慶吾は息を飲む。急いで回避しようとするが、

 

 

「うおおおおおおおおおおォォォォォ!!!!」

 

 

ドゴォッ!!!

 

 

「がッ!?」

 

 

大樹の膝蹴りが慶吾の腹部にめり込む。そのまま右腕を引き絞り、慶吾の顔面を上からぶん殴った。

 

地面に巨大な亀裂を生みながら叩きつけられる。これだけの力が一体どこに眠っていたのだろうか。

 

 

「その希望を潰させるわけにはいかねぇ! ここで俺が倒れてしまえば、全部が無駄になっちまう!

 

 

最後の抵抗を見せた慶吾の姿を、この目で焼き付けたからには……!

 

 

「だから絶対にッ……!」

 

 

倒れた慶吾の胸ぐらを掴み空中に投げ捨てる。光輝く二つの刀身を横に振り、白銀の斬撃波を飛ばした。

 

 

「絶対にッ、負けるわけにはいかねぇんだよおおおおおォォォ!!!」

 

 

ズシャッ!!!

 

 

「ぐぅあッ!?」

 

 

白銀の斬撃波は黒い煙を霧散させながら慶吾の体を引き裂いた。

 

苦悶の表情を浮かべる慶吾。斬られた箇所を抑えながら空中で体勢を整える。そのまま大樹から距離を取りながら地面に着地した。

 

 

「もう十分だッ! 貴様の声を聞くだけで吐き気がする! 二度とその口を開けないようにしてやる!」

 

 

大剣を握り絞めながら【極撃(シュラーク)】を繰り出そうとする。あの技を返せる策も無ければ封じる手段も無い。

 

それでも大樹も武器を構える。勝てないと分かっていても、覆そうとしていた。

 

 

『大樹ッ!!!』

 

 

「ッ!」

 

 

その時、背後から聞こえた女の子たちの声に大樹は振り返る。そこには大樹を安心させる光景が待っていた。

 

ポセイドンとの戦いを任せた元保持者たち―――バトラー、奈月、陽、姫羅、ガルペス。

 

冥府の女神ペルセポネとの戦いを任せた愛する女の子たち―――美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。

 

そして、死んだと思われていた原田の姿だけでなく、あの双葉の姿まであることに大樹と慶吾は驚きを隠せなかった。

 

 

「双葉!? どうしてここに……!?」

 

 

「ッ……!」

 

 

「もうやめて! こんなこと、私もあなたも望んでいないッ!」

 

 

変わり果てた慶吾の姿を見た双葉は涙を流しながら叫ぶ。痛々しい傷を負った大樹も、見ていられなかった。

 

彼女の予想外な登場に慶吾は苦しそうな顔をする。だが、額を抑えながら双葉を睨み付ける。

 

 

「黙れ! もうお前のことは関係ない!」

 

 

「慶吾……!」

 

 

「これは俺が望んだことだ! 全てを壊すことで、やっと俺は満たされる!」

 

 

大切な人の声はもう届かない。慶吾はゆっくりと大剣を持ち上げると空高く跳躍した。

 

今まで見た中で最も大剣が黒く光り始めた。【極撃(シュラーク)】が放たれようとしていた。

 

元保持者たちは尋常じゃない桁外れの力に青ざめる。女の子たちも危険だと分かっている。

 

 

「大樹ッ!? 逃げッ―――!?」

 

 

美琴が悲鳴のような声で大樹を呼ぶが、その言葉は止まる。

 

ずっと見て来た中で一番ボロボロになった体なのに、彼はまた『あの顔』をしているからだ。

 

 

―――『大丈夫だ』と、『任せろ』と、『いつもの顔』をしていた。

 

 

何度も見て来た顔。何度も見て救われた顔を女の子たちに見せていた。

 

圧倒的な存在として君臨する学園都市第一位を血を流しながら戦った顔を美琴は覚えている。

 

自分を奪い返す為に刀を握り絞め、シャーロック・ホームズに立ち向かった時の顔をアリアは覚えている。

 

誰も手の届かない不正された点数を堂々と正面からありえない数字で勝利してみせた顔を優子は覚えている。

 

火龍誕生祭で大切な人を失い、悲しんでも立ち上がって見せた時の顔を黒ウサギは覚えている。

 

九校戦の事件、大勢の死者を生み出す富士山の噴火を止める為に決意した顔を真由美は覚えている。

 

許されない罪を犯し、世界から弾き出された忌み子でも笑顔で手を伸ばしてくれた時の顔をティナは覚えている。

 

闇に閉じ込められ自分を見失った時、必死に戦いながら愛の言葉を叫んでくれた顔を折紙は覚えている。

 

 

「―――絶対に守る。救って来るから待ってろ」

 

 

そう告げて大樹は前を向く。

 

敵対した元保持者たちにも『あの顔』を覚えている。彼が守る為に戦う強さがどれだけのものかを。

 

世界を変えて、覆して、救って、全ての人を助ける英雄なのだと。

 

そして―――誰よりも一番長く英雄の隣に並んでいた双葉が、それを分かっている。

 

彼は誰かの為に涙を流せる優しい人だと。苦しんでいる人を見捨てない人だと。

 

 

「【極撃(シュラーク)】ッッッ!!!!」

 

 

覆すことのできない絶対的な数字―――天文学的数字の重さを持つ大剣が振り下ろされる。

 

世界の誰よりも世界を憎んだ男の、全ての憎悪を飲み込んだ大剣。

 

 

「双剣銃式、【七葉(ななつは)の構え】」

 

 

幸運と幸福の四つ葉から新たに生まれた三つの葉が加わると、意味は変わる。

 

七つの葉が意味するのは『無限の幸福』。それは大樹が掲げる『全てを救う』先にある世界の未来だ。

 

ここで散らさせるわけにはいかない。全世界の未来の幸せを賭けた戦いならば、ここで負けるわけにはいかない。

 

 

(この『繋がり』は、無限に広がり続ける! 慶吾、お前にも繋げる為に俺は勝つ!)

 

 

バサァッッ!!!

 

 

大樹の背から広がるのは虹色の巨翼。光輝く巨翼を天界一杯に広げ、二本の刀身が交差する。

 

 

 

 

 

「【双葉・黒白の無幻(むげん)神刀(しんとう)】ッッ!!!」

 

 

 

 

 

破壊と救済、全世界の命運を賭けた両者一撃がぶつかった。

 

衝撃は大樹の後ろにいた人たちがまともに立っていられないほど伝わっているが、大樹の巨翼が守っていなければ一瞬で闇に呑まれていただろう。

 

勝負は一瞬で決まるはずだった。慶吾の大剣が大樹の攻撃を押し潰して世界が終わる……そのはずだった。

 

 

「なんッ……でッ……!?」

 

 

―――大剣は、大樹の攻撃を押し潰すことができなかった。

 

空中で静止したまま大樹との攻撃がぶつかり続ける。二本の刀身は全く折れる気配を見せない。

 

体に限界が来ているはずの大樹も、倒れる様子は無い。歯を食い縛り、全身に力を入れたまま大剣を押し返そうとしていた。

 

 

ビギッ!!

 

 

その時、絶対に壊れるはずのなかった大剣に大きなヒビが入った。

 

ありえない光景に慶吾の思考は真っ白になる。勝利を確信していたはずなのに、負けることは絶対に無かったはずなのに、想像していた違う結果に慶吾は叫んだ。

 

 

「ふざけるなああああああァァァ!? こんなことがあっていいわけがないッ! 負けるはずが無いッ!!」

 

 

慶吾の体から闇のオーラが溢れ出す。そのオーラを大剣が食らい威力を上げようとするが、

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

―――だが、ほんの少しも押し返すことはできなかった。

 

 

「お前の重さは邪神の力で得た力なんだろッ。だったら、俺はそれを打ち消す!」

 

 

「神程度で負けるわけがぁッ―――!」

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)廻神(かいしん)】」

 

 

「なッ!?」

 

 

神すら想像を絶する重さを刀身から全身に循環させて自分の攻撃に乗せて返していた。

 

 

(何でそんな体でッ……お前は進化し続けれるッ……!?)

 

 

人の限界を越えて、神の限界まで越えた。どこまでも先に行こうとしていた。

 

 

バギンッッ!!!

 

 

そして、大樹の攻撃に耐え切れなくなった大剣は砕け散った。

 

気が付けば大樹は誰にも手が届かない高みにいたのだ。

 

だが、決して慶吾のように孤独ではない。

 

彼には絶対に切ることができない『繋がり』がある。一人ではないのだ。

 

心構え一つで天文学的数字を覆した。大樹の剣の重みは、本物だった。

 

 

「がはッ!!??」

 

 

剣が砕けた衝撃で慶吾の体は宙を舞って地に落ちる。大樹の勝利に女の子たちは安堵の息を吐くが、

 

 

「まだだ! 油断するな!」

 

 

「認めてたまるかぁ!!!」

 

 

ガルペスが大声を出すと同時に慶吾は血を吐きながら地面を叩く。血だらけの手に砕けた大剣が歪に、そして禍々しく剣を再生させる。

 

両膝を地に着きながら大剣を地面に突き刺すと、黒い煙が周囲に広がる。天界を包み込むような勢いと今までとは違う煙の正体に気付いた大樹は女の子たちに顔を向ける。

 

 

「大丈夫だ。あとは任せろ」

 

 

「ッ! 大樹!!」

 

 

嫌な予感がアリアの足を動かすが、黒い煙が進路を塞ぐ。まるで大樹を闇の世界に幽閉するかのように壁を隔てた。

 

元保持者たちが壁を破ろうとするが、全く破れる気配が無い。

 

ここにいる猛者たちの力を合わせても壁の一枚も破れない。如何に大樹が強大な敵と戦っているのか思い知らされる。

 

 

「……お願い……無事に帰って来てッ……!」

 

 

ただ待つことしかできない。優子の祈りは、全員が同じ気持ちだった。

 

 

________________________

 

 

 

 

無限の闇が続いているかのような空間に閉じ込められた。だが大樹の持つ神の力がそれを許さない。

 

漆黒の闇から神の後光が差し込み、互いの姿が見えるようになる。

 

血だらけの二人―――大樹と慶吾は剣を構えながら向き合う。

 

 

「届いていいわけがないッ。この強さに、お前が辿り着いていいわけがない!」

 

 

極撃(シュラーク)】を破ったことで本当の焦りが慶吾には生まれてしまった。

 

大剣が黒く染まれば染まる程、慶吾の体に刻まれた紋章も黒く闇の色へと変わる。

 

 

「ここなら邪魔は入らない! ここにお前の守る物は存在しない!」

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

 

口から血を吐き出しながら進化した二本の【神刀姫】を握り絞める。

 

 

「こんな壁程度で、俺たちの最強の『繋がり』は断たれねぇよ!」

 

 

「ならばこの手で、引き千切ってやる!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

両者は同時に前へと踏み出す。二本の刀身と大きな刀身が衝突する。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

超次元な力がぶつかり合う。未来永劫、混じることのない光と闇の衝突。

 

気を抜けば剣だけでなく、体も意識も吹き飛びそうになる。それだけ一撃が重かった。

 

 

「「うおおおおおおおォォォォ!!!」」

 

 

雄叫びを上げながら剣のぶつかり合いは加速する。互いに体から嫌な音が何度も響き渡るが、全く関係無かった。

 

それどころか剣は更に重くなり、力が膨れ上がっていた。

 

絶対に負けられない戦い。自分の命を、人生を、未来を投げ出してでも勝つ! それが慶吾の力の源だった。

 

 

「があッ!!」

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

大樹の刀身を力で押し返し、無防備になった腹部に慶吾の蹴りが炸裂する。大樹の体はくの字に折れ曲がり、そのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

転がる大樹に容赦無く追撃を仕掛けようとする。跳躍して【極撃(シュラーク)】を落とそうとしていた。

 

 

「【刀流導(とうりゅうどう)廻神(かいしん)】!!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

「チィッ!!」

 

 

転がりながら体勢を変え、空中で唯一【極撃(シュラーク)】に対抗できる技を繰り出す。

 

そのまま銃口を慶吾に向けて銃弾を放つ。

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

重い銃声と共に二つの銃弾が慶吾の左腕を貫く。痛みに顔を歪めるが、大剣を離す程の痛みではない。

 

技を返されたからとはいえ、まだ攻撃のチャンスは残っている。

 

 

「【鋭撃(シュートス)】!!」

 

 

空中から滑空して大樹の腹部を貫こうとする。大樹も避けようと足に力を入れるが、

 

 

「ッ!?」

 

 

「限界か!!」

 

 

足が動かない。力を入れる感覚すら無くなっていた。回避できないことを見抜いた慶吾は威力を上げながら大剣に力を集中させる。

 

 

ガリッ

 

 

瞬時に回避不能だと判断した大樹は右手の【神刀姫・黒金】を口に咥えて、

 

 

グシャッ!!!

 

 

「んなッ!?」

 

 

「ぐぅッ、がああああああァァァ!!!」

 

 

空いた右手だけで大剣の一撃を直接受け止めた。血が勢い良く噴き出し、剣先は手の甲まで貫いていた。

 

それでも、腹部を突き刺すまでには至らない。あの鋭い一撃を右手だけで止めたことに慶吾は驚愕する。

 

 

「はぁ……はぁ……ああああッ!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

そして、大樹と慶吾の間で巨大な爆発が起きる。大樹の【神爆(こうばく)】を近距離で受けてしまった。

 

衝撃で後ろに転がる慶吾に大樹も容赦はしない。左手に握り絞めた【神刀姫・白金】を地面を抉りながら振り上げる。

 

 

ズゥシャッ!!!

 

 

【神刀姫・白金】の斬撃波が転がる慶吾の体を引き裂く。辛うじて大剣でガードしていたため、ダメージは小さく抑えられているが、瀕死に近い体には痛い一撃だった。

 

 

「ぜぇ……はぁ……! ぜぇ……はぁ……!」

 

 

「ふぅ……ふぅ……! すぅッ……ふぅ……!」

 

 

呼吸を乱しながら睨み付ける両者。死闘はさらに加速する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

再び両者は踏み込んでぶつかる。今度は重く鈍い音が響き渡る。

 

 

「「あああああああァァァァ!!!!」」

 

 

剣が衝突すると同時に頭突きもぶつかり合った。

 

額の骨は砕け、血が飛び散る。そのまま力勝負へと持ち込む。

 

 

「負けるかあああああァァァ!!!」

 

 

「くたばれえええええェェェ!!!」

 

 

神の力が大樹の背中を押し、邪神の力は慶吾の背中を押した。

 

一歩も、一ミリも引かない力の押し合い。二本の刀身は神々しく輝き、大剣は禍々しく闇を強くした。

 

 

「世界は俺が守るッ!! 絶対に壊させないッ!!」

 

 

「どんな世界でも人は醜い! どれだけ周りが綺麗でもッ、土足で踏み荒らす奴がいる限りッ、俺たちの平穏は永遠に訪れないッ! 理解しているだろッ、双葉を奪った奴らのことを!」

 

 

憎悪を吸収した闇の力が強くなる。二本の刀身は徐々に押し返されてしまう。

 

 

「お前は恵まれていたから知らないんだ! 双葉に甘え続け、邪魔になる周囲を殺さないから殺された! 俺のような人間にも!」

 

 

「ふざッ、けるなあああああァァァ!!!」

 

 

今度は二本の刀身が光輝いて大剣を押し返す。

 

 

「確かに俺は恵まれた! この繋がりが俺の誇りだ! でもなぁッ、恵まれていないのはお前だけじゃねぇ! この世界にどれだけいると思っているッ! それを救わずに、壊すことで逃げてんじゃねぇよッ!!」

 

 

「最初に逃げたお前にッ、言われる筋合いは無いッ!」

 

 

「だから言ってるだろ! もう二度と逃げねぇって!!」

 

 

ゆっくりと光は闇を消し去る。大剣は徐々に押されて負けようとしていた。

 

 

「それにッ、逃がす気もねぇよ! 命を懸けて守った双葉の為にも、お前を救うッ!!」

 

 

そして、今まで動くことのなかった足が動く。

 

頭の中で巡るのは支えてくれた人たちの笑顔。

 

自分を応援する声が聞こえる。聞こえるはずがない壁を越えて自分の耳に入って来る。

 

大樹が一歩だけ前に踏み込み、慶吾が一歩だけ後ろに下がった。

 

 

「この戦いで、俺は負けないッ!!」

 

 

「黙れぇ!!!!」

 

 

それでも闇の力が一気に溢れ出す。大樹の後光を全て飲み込み、真の深淵へと誘う。

 

 

「【世界冥崩(ハーウェルト・デスフェアファル)】ッッ!!!!」

 

 

極撃(シュラーク)】を越えた世界を滅ぼす一撃を、二本の刀身が止める。

 

地面に巨大な亀裂が生まれ、衝撃で大樹の体が粉々に吹き飛びそうになる。それでも、大樹の足は一歩も引かない。

 

 

「この世界もろとも、終わらせてやるッ!!!」

 

 

「ぐぅッ!!!」

 

 

闇に呑まれ続けたせいで二本の刀身から輝きが失われようとする。耐えていた右足が、膝を着いてしまう。

 

 

「あぁッ……聞こえるぜッ……皆の声ッ!!」

 

 

闇の壁をブチ破るような声が、大樹の耳に届いていた。

 

 

『 大 樹 !!!』

 

 

「馬鹿なッ……!?」

 

 

その幻聴は慶吾の耳にも届いてしまった。そして二本の刀身が再び輝きを取り戻す。

 

 

『負けるなぁッ!!!!』

 

 

「うおおおおおおおおォォォォ!!!!」

 

 

闇の力を、光の力で返した。呑まれていた光は、闇を打ち消したのだ。

 

地に着いた足を動かし、もう一歩前に踏み出す。その瞬間、この勝負の勝敗を決めた。

 

 

「ッ!?」

 

 

「どんな理由を並べても、世界を終わらせていいわけがない! 俺たちがいる限り、世界は()()―――ッ!!」

 

 

ガギンッ!!!

 

 

二本の刀身が大剣を宙に吹き飛ばす。がら空きになった慶吾に攻撃が叩きこまれる。

 

 

 

 

 

「―――希望の光でッ、輝き続けるッ!!」

 

 

 

 

 

ズシャッ!!!

 

 

全身全霊を刀身に乗せた渾身の一撃が決まった。

 

慶吾の体が吹き飛ぶと同時に大樹も前から倒れた。

 

 

ドシャッ!! キンッ!

 

 

宙を舞った慶吾の体が地面に落ちると同時に大剣も地面に刺さる。力勝負に負けたことに慶吾は体を震わせた。

 

 

(分からないッ……負けることは無かったはずなのにッ……どこで、どこで間違えた!?)

 

 

必死に力を入れて立とうとするが、全く動く気配は無かった。

 

大樹も同じのようで呼吸しか聞こえない。立ち上がる力は尽きたようだ。

 

 

「……世界はまだ、お前を見捨てないッ」

 

 

「ッ!」

 

 

「俺がッ……俺たちがッ……見捨てないからだッ……」

 

 

信じられない大樹の言葉に慶吾の顔が酷く歪む。憎しみではなく、怒りでもない。

 

 

「ありえないッ……俺は邪神のッ……!」

 

 

「だから見ていろッ……その目に焼き付けろッ」

 

 

―――あの時に見せた顔。涙を流す顔だった。

 

そして、剣で支えながら大樹は立ち上がる。自分の勝利だと証明するかのように。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

戦いの終幕に黒い煙の壁が霧散する。振り返れば大切な人たちの顔があった。

 

心配で涙を流し、安心で涙を流し、泣かせてしまった女の子たち。男たちは不安から解放されて安堵していた。

 

 

『クッハッハッハッハッ!! だがもう遅い!!』

 

 

バギンッ!! バギンッ!!

 

 

悪夢は終わらない。封印されていた扉が開かれようとしていた。

 

扉の隙間から邪神の声が轟く。深淵から紅い瞳が自分たちを見ていた。

 

女の子たちは恐怖に呑まれて足が震える。元保持者たちも息を飲んだ。

 

 

『役立たずだったが、十分な時間は稼いだ! 世界の崩壊は近い! クッハッハッハッハッ!!』

 

 

「クソがッ……!」

 

 

忌々しそうに慶吾が下唇を噛む。双葉が駆け付けて治療しようとするが、戦える傷ではない。

 

これ以上、邪神と満足に戦える者はいない。オリュンポス十二神が存在しない天界の崩壊も、世界の崩壊も、全てが時間の問題だった。

 

 

「皆で帰るハッピーエンドは、ちょっと無理だったか」

 

 

悲しい声で呟きながら、扉に向かって歩く者がいた。

 

傷だらけの体で、まだ戦おうとする者の姿に全員が止めようとした。

 

 

「ダメッ」

 

 

いち早く美琴が大樹の腕を掴んだ。人の腕とは思えない嫌な感触だが、離すわけにはいかなかった。

 

 

「お願いだからッ……行かないでッ……!」

 

 

泣きながら懇願する。しかし、悲しそうな顔で大樹は首を横に振った。

 

 

「皆を守る為には、行かなきゃいけないんだ」

 

 

「約束ッ……約束したじゃない!!」

 

 

溢れる涙を流しながら怒鳴る。子どものように駄々を捏ねる。

 

 

「どうしてよッ……もう消えないでよぉ……!」

 

 

大樹も目の奥に涙を溜めながら美琴を抱き締めようとするが、手は止まる。

 

 

「たくさん考えたよ。でも、思い付かない。皆が好きな世界を守るには、これしかないって」

 

 

「ふざけないで! あたしのパートナーはそんなことで諦めない!」

 

 

美琴の後ろからアリアが出るが、彼女の顔も泣いていた。

 

 

「結婚するって、皆で幸せになるって……やめてよッ……!」

 

 

「嫌よッ!! 大樹君ッ、お願いだから戻って来て!」

 

 

優子も俺の腕を掴む。今にも千切れそうな腕に、力強く掴んだ。

 

 

「コミュニティはどうするんですか!? 皆、大樹さんのことを待っているのですよ!」

 

 

「大樹君のいない世界に私たちが満足すると思うのッ!? 幸せになると思っているのッ!!」

 

 

黒ウサギも、真由美も、嫌だと涙を流して訴えていた。

 

 

「こんな終わり方ッ、絶対に嫌です!!」

 

 

「帰って来て大樹!! お願いだから行かないでッ!!」

 

 

ティナも、折紙も、泣かしていた。後ろにいる保持者たちも首を横に振っている。

 

 

「……ごめんな。でも、()()()()()()()()()()()

 

 

これまでの戦いに終止符を打つのは自分の役目だと、自分しかいないと理解している。

 

女の子たちの思いも分かっている。一番、分かっている。

 

だから、涙の別れはしたくない。

 

 

「俺がここで行かなくても、世界が終わる。それは絶対に幸せになれない。でも、ここで俺が立てば―――」

 

 

「ひぐぅッ……やめてよッ……お願いだからッ……分かってッ……るからッ……!」

 

 

泣き崩れた美琴に俺は言葉が一度止まるが、言い切った。

 

 

「―――愛する人の幸せは、守れるッ……」

 

 

「どうしてッ……こんなことにッ……!」

 

 

泣き崩れる愛する人を見て、自分がどれだけ愛されているのか実感する。

 

後ろにいる元保持者たちに目を向ける。顔を手で隠しながら原田が何度も頷いていた。「あとは任せろ」と。

 

原田は大樹が折り曲げないことを知っている。だから頷いていた。

 

 

ドゴッ! ドゴオッ! ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

封印された扉が何度も強い衝撃で揺れる。遂に扉の隙間から邪神の腕が伸びた。

 

禍々しく巨大な悪魔の手。尋常じゃない力が溢れていた。

 

 

「じゃあ帰って来てッ……絶対にッ……!」

 

 

「……その約束は、できない」

 

 

「ダメッ……そんなことじゃ……行かせないッ」

 

 

だが美琴の握る力は弱まってしまう。

 

頭の中で分かってしまう。大樹は必ず、このまま行ってしまうことを。

 

どれだけ泣いて止めても、世界を救いに行ってしまうことを。

 

 

「美琴」

 

 

大樹は名前を呼ぶ。

 

 

「アリア」

 

 

一人一人、大切な名前を。

 

 

「優子」

 

 

例えこの身が死んでも、必ず名前を忘れない。

 

 

「黒ウサギ」

 

 

過ごして来た幸せな日々と時間を。

 

 

「真由美」

 

 

この好きだという気持ちも。

 

 

「ティナ」

 

 

絶対に忘れない。永遠に忘れない。

 

 

「折紙」

 

 

最後に焼き付けたい。そして見せたい。

 

大樹は笑顔で涙を流す。

 

 

「―――ずっと愛している。大好きだ」

 

 

最後の告白に女の子たちは涙が止まらなくなる。

 

それでも大樹の気持ちに応えたい。女の子たちは何度も目をこすり、思いを伝えた。

 

 

「私も、大樹の事が大好きよッ……!」

 

 

「ずっと愛しているわ大樹……!」

 

 

「大樹君のこと、一番好きなんだから……!」

 

 

「YES……! 愛しています大樹さんッ……!」

 

 

「ありがとうッ……私も大好きだからッ……!」

 

 

「絶対に忘れませんッ……愛し合っていることをッ……!」

 

 

「愛しているッ……私も大好きッ……!」

 

 

そして、美琴の手が離れる。彼女たちの笑顔の涙に大樹は満足した。

 

後ろで双葉に支えられながら慶吾が情けない顔をしている。だけど、大丈夫だと顔を見せる。

 

 

―――振り返る必要は、無くなった。

 

 

前を向き、剣を握り絞める。

 

 

『虫の息の貴様に何ができる!?』

 

 

「できるさ。最後の最後に、超カッコイイ必殺技を決めるのが主人公だからな!」

 

 

ダンッ!!!

 

 

最後の力を振り絞って飛翔する。【神刀姫・黒金】と【神刀姫・白金】が神々しく輝き始める。

 

 

『神の力で今さら何ができる!?』

 

 

「できるさ―――【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】!!」

 

 

『何だとッ!!??』

 

 

最後の最後で到達した領域に踏み込むことができた。その力を今、解放する時が来た。

 

慶吾との戦いでも見たことのない神の強大な力に邪神は驚愕する。

 

天界の空に星のように光がいくつも輝く。その輝きは、自分たちが一番知る物だった。

 

 

「アレはッ……『世界』なのかッ……!」

 

 

「ああッ……大樹が行った世界……巡った世界が大樹に力を貸しているッ……!」

 

 

ガルペスの驚きに原田が涙を流しながら肯定する。自分たちは今、世界の奇跡を目の当たりにしていた。

 

世界から流れ出す光の筋が大樹の刀身に当たる。世界の奇跡を授かった刀身は虹色に輝き始め、大樹に力を与える。

 

 

『馬鹿なッ!? どこからそんな力がッ!?』

 

 

「覚悟しろ邪神! いや、冥府神ハデスッ! 世界は絶対に終わらせないッ!」

 

 

背中から黄金の巨翼が広がる。巨翼も世界の奇跡を受け、虹色に輝いた。

 

扉の隙間に向かって滑空する。邪神を天界など入れない! 世界は滅ぼさせない!

 

 

 

 

 

「これが【世界(せかい)(つるぎ)】だあああああァァァ!!」

 

 

 

 

 

シュドゴオオオオオオオオォォォォォッッ!!!!

 

 

虹色の剣は邪神の腕を簡単に貫いた。そのまま突き進み、扉の先へと進んで行く。

 

闇を引き裂きながら飛翔する大樹。邪神の悲鳴が轟くが、大樹は止まることはない。

 

 

『貴様ッ……こちらに来るつもりか!』

 

 

「お前が存在する限り、大切な人は笑顔にならない! だったら、お前をぶっ倒すまでだッ!!」

 

 

『死ぬ覚悟で来るつもりか! ならば返り討ちにしてくれる! 貴様を殺したあとでも遅くはない!』

 

 

「それはどうかなッ!!」

 

 

邪神の腕を扉の先まで押し返したあと、大樹は託されたゼウスの権限を使う。

 

封印の扉が光り輝き始める。周囲から白銀の鎖が生まれ、扉に絡まって行く。

 

 

『まさかッ!?』

 

 

覚えのある力と同じ。大樹の力を感じ取った邪神は驚きと焦りを見せる。

 

邪神の予想は当たっている。最後の力を振り絞ってやることは、扉の再封印だ!

 

世界を救うたった一つの道―――それは邪神を抑えながら冥界に行き、扉を封印するしかなかった。

 

 

『やめろおおおおおおおォォォォ!!!!』

 

 

「絶対にッ、ここは通さねぇえええええェェェ!!!」

 

 

このままだと不味いとやっと理解した邪神は必死に力を収束させて【世界の剣】を押し返そうとする。

 

 

ビギッ! バギギッ!

 

 

まだ残っていた肉が潰れる音、骨が折れる音、体が壊れ始める音が止まらない。

 

血を吐きながら、歯を食い縛りながら全ての力を使い果たそうとした時、

 

 

「「「「「負けるなああああああァァァ!!!」」」」」

 

 

「ッッ!!!」

 

 

背中を押す応援の声に、大樹の意識は覚醒する。

 

虹色の光が強まり、輝きを放つ。闇を打ち払う最強の光が大樹を味方した。

 

世界の声が大樹の腕を動かす。世界の声が大樹に力をくれる。

 

そして、女の子たちの声は大樹の心に響かせた。

 

 

『な、何だこの力はッ!? 一体どこからッ!?』

 

 

「世界はッ……俺が守るんだああああああああああああァァァァ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!!

 

 

何百倍にも膨れ上がる奇跡の力に闇は一瞬で消滅する。【世界の剣】は扉の先にいた邪神の胸に突き刺さる。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

雄叫びを上げながら邪神に立ち向かう最後の神となった男。

 

全員が彼の名前を叫ぶ。泣きながら名前を何度も叫ぶ。

 

扉が閉まる瞬間、最後に見せた英雄の顔は―――笑顔だった。

 

 

ガギンッ!!!

 

 

―――世界を闇に呑み込む扉は、白銀の鎖によって封印された。

 

その瞬間、意識と視界は真っ白に包まれた。

 

 


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