どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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―――マジで皆好き。ホント好き。だから辛い。


失った感情に響かせるのは一矢の思い

冥界の女神であるペルセポネが放ったのは【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】だった。

 

その一撃は触れるだけで全てに宿った命を枯らし、掠るだけで命を奪う。直撃すれば地獄よりも恐ろしい苦痛が待っている程に残酷な一撃だ。

 

莫大な範囲攻撃な上に自分も一緒に巻き込んでしまう攻撃だが、【快楽自虐(デッドラフハート)】を持った彼女には効かない。それどころか力を更に得ることができる。

 

 

『はぁ……はぁ……はぁ……うぐぅ』

 

 

慣れたはずの痛みなのに、何故か胸が張り裂けそうなくらい痛い。ズキズキと釘を打たれ続けているような感覚だ。

 

黒ウサギに突き付けられた言葉を無視することも、受け流すことができなかった。動揺で口に溜まった血が混ざった唾が呑み込めない。むしろ吐き出したいくらいだ。

 

 

『……………どうして』

 

 

そして、嘔吐(おうと)するよりキツイ光景が目の前に広がっていた。

 

 

『どうしてあの攻撃で無傷でいるのですか……!』

 

 

破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】は確実に女の子たちに直撃した。辺りは荒れ果て、天界の美しさを完全に掻き消した。

 

無様な恰好で転がり、真っ赤な池ができているはずだった。なのに!

 

 

「メェ!!!」

 

 

怪我した女の子たちを守るように現れたのは【守護獣】だった。

 

二本の角が渦の様に捻じれて黄金色に輝き、毛並みは神々しさを感じる白色。

 

名付け親の優子が呼び出した白雪(しらゆき)はペルセポネに敵意を向ける。

 

 

(神級……!? まだこんな隠し玉を……!)

 

 

予想外の出来事にペルセポネは自分の指を噛む。黄金の角が【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】を正面から打ち消した。信じられないが、強い事は明白した。

 

 

『召喚! 【光喰い蝙蝠(リヒトイーター・ピピストレッロ)】!』

 

 

ペルセポネの足元から伸びる影が肥大化し、中から無数の蝙蝠(コウモリ)が飛び出す。一匹一匹が人と同じ大きさで、襲われたらひとたまりもないだろう。

 

 

「「「「「【破壊の猛威(ヴートディストラクト)】!!」」」」」

 

 

美琴たちは大声で合わせる。白雪の角が黄金色に輝き始め、前に向かって走り始めた。

 

 

「メエエエエエェェェ!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

角の先から衝撃波が生まれ、周囲を飛び回っていた蝙蝠を()ぎ払う。そのまま奥に居たペルセポネの体に直撃した。

 

 

『ッ!?』

 

 

一瞬で体の骨が砕かれ、臓器ごと潰されたかのように肉が悲鳴を上げる。

 

冥府の女神は血を吐き出しながら地面を何度もバウンドしながら後ろに吹き飛ぶ。

 

 

『がぁッ……弾け飛べぇ!!』

 

 

ペルセポネが叫ぶと同時に上空を舞っていた蝙蝠の死骸から黒い煙が噴き出す。煙は広範囲に広がり、女の子たちは手で口と鼻を抑える。

 

毒か? それとも別の力か? 真由美と優子は魔法を発動して煙を除外しようとする。

 

警戒する彼女たちに、ペルセポネは壊れた顔で笑う。

 

 

『絶対に壊す! その顔を、ぐちゃぐちゃにしてやる! 【痛覚共感(リンクペイン)】』

 

 

グシャッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ペルセポネが右の太股にナイフを突き立てた瞬間、美琴たちにも右の太股に激痛が走った。

 

ナイフは肉を抉るように、骨を折るように、乱暴に突き立てた。美琴たちは膝を折り、その場で痛みに絶叫した。

 

 

『その声! その声が聞きたかった! 勝てるわけがないのに勝とうとする哀れな自信を砕きたかったのですよ! あっは!』

 

 

一回、二回、三回とナイフを次々と体中に突き立てるペルセポネ。彼女に取って痛みは快楽に等しい行為。常人の体である美琴たちには激痛でしかない。

 

 

「ぅッ……あの煙を何とかしないと……!」

 

 

「分かってるッ……けどッ!」

 

 

「ッッッ!!」

 

 

毒素を含んでいる可能性もある煙。痛みに耐えながらティナが真由美たちの方を見る。頼りにされていることは分かっているが、痛みで魔法を発動させることに集中できない。優子は痛みで何もできない状態だ。

 

通常なら収束魔法の一つである【スモークボール】を発動して簡単に排除ができていた。たった数秒の遅れで全滅寸前まで追い込まれている。

 

傷は無いのに次々と体に激痛が走る。いつ痛みで気が狂ってもおかしくない。

 

 

「もう、これしか方法がないッ……!」

 

 

折紙は精霊の力を手の先に集中させて地面に向ける。これから何をするのか容易に想像ができた。

 

 

バシュンッ!!

 

 

一点に収束させた精霊の力を爆発させる。衝撃で体が吹き飛びそうになるが、爆風で煙を掻き消すことに成功した。

 

自身も傷つける手荒な方法だが、このまま敵の自虐ダメージを受け続けるよりはマシな結果だと言える。

 

 

『召喚! 【光喰い蝙蝠(リヒトイーター・ピピストレッロ)】!』

 

 

「ッ! また来るわよ!」

 

 

煙を消されたなら再び出すまで。ペルセポネの影からあの蝙蝠が姿を現す。

 

アリアは蝙蝠がこちらに近づけないよう発砲するが、先程のダメージの影響で狙いが定まらない。

 

俊敏な動きで美琴たちを翻弄し、煙が届く範囲まで飛翔すると、

 

 

『弾け飛べ……!』

 

 

ニヤリと笑った顔でペルセポネは呟く。蝙蝠は息絶え、死骸から黒い煙を散布した。

 

収束魔法の【スモークボール】で煙を集めようとするが、真由美と優子には無理だと判断してしまう。

 

煙は広範囲に、そして収束されないように渦を巻いて女の子たちを囲んでいた。

 

 

(もし優子と一緒に魔法を発動して一ヶ所に集めたら……!)

 

 

(他の場所の煙が動いてこちらに流れてしまう……!)

 

 

計算されたかのような煙の流れに真由美たちは下唇を強く噛む。決して蝙蝠は適当に飛んでいたわけではなく、女の子たちを追い詰めるように飛んでいたことが分かる。

 

ペルセポネがナイフを握り絞めて自分の体を自虐する準備をする。その姿に女の子たちの恐怖心が膨れ上がるが、

 

 

「黒ウサギ!」

 

 

「YES! そうはさせません!」

 

 

ツインテールの髪を翼のように広げて飛翔するアリア。二刀流の刀に緋色の力を纏わせ、回転しながら煙の中に突っ込む。

 

反対側では左手に【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】を持ち、右手に【神刀姫】を握り絞めた。そのまま煙の中に突っ込みながら体を回転した。

 

 

『やらせない!!』

 

 

グシャッ!!

 

 

「「ぐぅッ!!」」

 

 

ペルセポネの自虐がアリアと黒ウサギを苦しめる。だが二人の働きで道は開かれた。

 

女の子たちを囲んでいた煙が二つに分断された。その光景に優子と真由美は即座に魔法を発動させる。

 

それぞれ別れた煙を中心とした箇所に【スモークボール】を発動して二ヶ所に煙を収束させることに成功する。二人以外、煙に触れることはなかった。

 

 

『ッ……召喚!』

 

 

「三度目はないわよ!」

 

 

痛みに耐えながらアリアと黒ウサギも煙の中から脱出し、そのままペルセポネに斬り掛かろうとする。

 

 

『ッ!』

 

 

紙一重で斬撃を回避するペルセポネ。一度詠唱を止められるが、避けながらまた唱えれば良い。

 

そう思い再び口を開こうとするが、青い稲妻を覆った三叉の金剛杵がそれを許さない。

 

 

バチバチッ!! ガシャアアアアアァァァン!!

 

 

詠唱する自分の声が聞こえなくなるほどの雷鳴が轟いた。黒ウサギの持つ恩恵が落雷を起こし、直接的に詠唱の邪魔をしたのだ。そんなふざけた方法にペルセポネのイライラは積もる。

 

 

ガキュンッ! グシャッ!

 

 

『舐めるな! そんな物、とっくに見えてる!』

 

 

ティナの狙撃。ペルセポネの左頭から一発の銃弾が貫こうとするが、右手を犠牲にして受け止める。

 

この時点で既に銃による攻撃、刀による斬撃、魔法や恩恵、超能力から精霊の力まで、ペルセポネには全て効かないと分かっているはずだ。

 

それなのに、ペルセポネに対しての攻撃は止まらない。むしろ激しさを増していた。

 

 

『何故! 何故分からない!?』

 

 

何度も真正面から超電磁砲を掻き消し、色金の力は神の前では無力。

 

どんなに優れた魔法も、どれだけ素晴らしい恩恵も、神の前では無力。

 

 

『どうして無力だと理解しない!?』

 

 

いつの間にか敬語は消え、必死に声を荒げているペルセポネ。本性を露わにしたペルセポネに、折紙は静かに告げる。

 

 

「理解している。だからと言って私たちは現実をそのまま受け入れるわけにはいかない」

 

 

『ッ……ただの現実逃避ですか。弱者の逃亡に、興味はない!』

 

 

グシャッ!!

 

 

不快な音と共にペルセポネの足元から黒い槍が突き出て折紙に向かって広がる。

 

折紙は正面から精霊の力で対抗する。王冠型の翼を円環状に組み合わせて【日輪(シェメッシュ)】を使おうとする。

 

 

「逃げない。私の大好きな人が進んだように、私も進むッ」

 

 

バシュンッ!!

 

 

冥府の女神に負けない破壊力を帯びた粒を拡散させて敵の攻撃を潰す。

 

即座に爆煙の中を突き進んで距離を詰めるペルセポネ。こちらに飛翔して来るのが分かっているが、折紙は回避しなかった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

『かは……ッ!?』

 

 

「メェエエエエエ!!!」

 

 

真下からの衝撃にペルセポネの呼吸が止まる。煙の中に隠れていたのは白雪だった。

 

ペルセポネの速度について行くことができる唯一の神獣。上空に吹き飛ばされるが、空中で体勢を立て直し、即座に攻撃に移す。

 

 

『ぐぅ! もう消えろ! ———【終焉樹(インフィニティ・ユグドラシル)】』

 

 

再び宙に漆黒の闇を纏った巨木が根付く。葉から闇の粒子が一帯に飛び散り、やがて粒子は黒い矢に変わり降り注いだ。

 

 

「その攻撃は当たらないッ!!」

 

 

ガッガッガッ! ガキンッ!!!

 

 

超スピードでペルセポネに向かって跳躍する黒ウサギ。通り抜ける隙間すら無い黒い矢の嵐を刀で弾きながら跳び回っていた。

 

黒ウサギの凄まじい身体能力の進化にペルセポネは息を忘れそうになる。

 

己の持つ全ての神経を研ぎ澄まして神へと挑んだ。その美しき姿にペルセポネは憤怒する。

 

 

『お前の攻撃も絶対に当たらない!!』

 

 

上から振り下ろした黒ウサギの斬撃を紙一重で避ける。僅かに掠ったペルセポネの髪が舞い散る。

 

左手に持った三叉の金剛杵を振りかざそうとするが、ペルセポネの蹴りが黒ウサギの腹部に入れられる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

『ッ!?』

 

 

開眼したペルセポネに初めて銃弾が当たる。左頬を引き裂いた瑠璃色の銃弾。

 

 

「弱点、見つけましたよ……!」

 

 

小型偵察機『シェンフィールド』無しでの1kmの狙撃。黒ウサギとの交戦時、コンマ一秒も満たない隙を狙撃した。

 

小さい体に蓄積したダメージは大人でも耐えれないほどの痛みなはず。ティナはそれを耐えながら狙撃を繰り返していた。

 

 

「なるほどね。見えていても、避けれなきゃ意味が無いものね。ちょっと考えれば分かることじゃない」

 

 

ティナの狙撃を見ていたアリアが納得するように頷く。二刀を鞘に戻し、二丁の銃を握り絞める。

 

開眼しても回避不可の攻撃を見切るには限界がある。そのことを周りにティナは伝えた。

 

 

『ッ……【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】』

 

 

ティナの答えを肯定するかのように防御の態勢に移るペルセポネ。先程の調子なら『それくらい知られても良い』で済ませていた。なのに、今のペルセポネに余裕は消えていた。

 

 

(どうして……!? 私はここまで警戒する!?)

 

 

鎧に続いて体を高速再生して綺麗な体に戻す。【快楽自虐(デッドラフハート)】で得られる力を増幅させる為に痛覚が鈍くなったグチャグチャの体を一度リセットするのだ。

 

 

『……チッ!』

 

 

再生に気を取られていたせいで背後から攻撃を仕掛けようとする二人を見逃しそうになる。

 

美琴の電撃が足を狙い、優子の【エアブリット】が胸に当てようとする光景が開眼した目で見えている。

 

舌打ちしながら体を反転させて前方に紫色の魔法陣を出現させる。電撃も魔法も通さない防御魔法陣だ。

 

 

「せぇやぁ!!!」

 

 

『なッ!!』

 

 

ガチンッ!!

 

 

前方の攻撃の対策を張っていると頭上から奇襲を仕掛けて来たのは黒ウサギ。刀を振り下ろしペルセポネに渾身の一撃をぶつける。

 

斬撃は鎧の腕の装甲で受け止めて無傷だが、あまりの衝撃の強さに少しよろけてしまう。だが、問題は無い。

 

 

(右から左に一刀、そのまま回転して右下から左上に一刀! 二刀目の速度を上げるからと言って()()()()()が———!)

 

 

それ以上、攻撃は当たらない。

 

開眼した目で一刀目を回避し、回転する黒ウサギを目にして、やっと自分がおかしなことを言っていることに気付いた。

 

―――このタイミングで『無駄な動き』をするのだろうか?

 

 

パリンッ!!

 

 

黒ウサギが体を回転すると同時に、紫色の魔法陣がガラスを割るような音と共に砕ける。

 

その光景を見た瞬間、最悪の未来が訪れることを見てしまう。

 

 

「その顔は見えてしまったようですね!」

 

 

『ッッ!!』

 

 

黒ウサギの言葉にペルセポネは悔しそうに歯を食い縛る。この黒ウサギの刀を受けても避けても、開眼して見た未来は変わらない。

 

 

グシャッ!!

 

 

鎧を砕き、横腹を抉るように一発の銃弾が貫いた。自分の体に傷がついたことにペルセポネの表情は怒りに染まる。

 

負傷の原因は黒ウサギの動きを全て把握したせいだった。無駄な動きまで見えていたペルセポネ。その無駄な動きが『ティナの攻撃を当てる為の誘導』だとまで気付けば無傷で済んだだろう。

 

心を乱され、目の前の敵に集中し過ぎていたことを後悔する。だから、女神は覚悟を決める。

 

 

『【完全弾道予測(パーフェクト・バレットアヴォイド)】、【不攻回避点(キャンセルアタック・ポイント)】』

 

 

敵を侮らず、己の慢心を消す。敵を殲滅するまで油断はしない。

 

足元に魔法陣が何度も浮かび上がり、自身を更に強化する。漆黒の鎧に悍ましい目玉が無数に浮かびあがり、骨の翼が背から広がる。

 

 

『【快楽自虐(デッドラフハート)】———【狂乱暴走(フレェンズィ・バーサーカー)】!!』

 

 

ペルセポネの体中から黒い血が弾け飛ぶ。鎧の中から滝のように溢れ出している。

 

劣等人間共に復讐の恐ろしさを刻み込む。何もかも歪んだ存在は、女の子たちに向かって猛進する。

 

―――この世界が終わるまで、狂気の女神は笑い続ける。

 

 

ドゴォッ!!!!

 

 

「くッ!!??」

 

 

「ッ!?」

 

 

一瞬で背後を取られた黒ウサギ。防御しようと思考した頃には体が『くの字』に曲がっていた。

 

超速度で吹き飛び、後方に居た折紙が巻き込まれる。そのまま一緒に吹き飛び、転がって行く。

 

 

「黒ッ―――!?」

 

 

アリアが名前を叫ぼうとした時には、ペルセポネが目前まで迫っていた。悪魔のような禍々しい黒く大きい手が、アリアの体を引き裂こうとする。

 

敵の速度に反応が追いつかない。回避行動を取ることができない。

 

 

「間に合えッ!!」

 

 

グンッ!!

 

 

悪魔の手が振り下ろされる前に、不意にアリアの体が横に向かって吹き飛ぶ。危険を感じ取っていた美琴が能力を使ってアリアの銃ごと引っ張ったのだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

手が振り下ろされた場所には巨大なクレーター。隕石でも落ちて来たかのような惨劇が広がっていた。

 

今の一撃を食らっていたらひとたまりもない。生から死への直結まで一秒もかからない。

 

 

『【(むくろ)の凶砲】!!』

 

 

ペルセポネの周囲に様々な種族の頭が出現する。人から動物まで、見たことのない頭蓋骨が次々と。

 

骨の瞳からは蒼い光が漏れ出し、口の中には黒い炎を溜め込んでいる。

 

 

「ッ!!」

 

 

危険を察知した折紙が【光剣(カドゥール)】で撃墜しようとするが、対処すべき頭蓋骨の数が多い。全ては撃ち落すことはできない。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

骸の口から漆黒の光線が放たれる。光線は枝分かれして拡散し、女の子たちの避ける場所を消しながら突き進んだ。

 

回避不可の攻撃に耐えるしかない。各自で光線を叩き落とそうとするが、

 

 

『アッハッ!!』

 

 

「ぐぅッ……!?」

 

 

自分の放った光線を受けながらペルセポネは距離を詰めていた。折紙の体が地面に叩き付けられる。

 

ペルセポネは叩き付けた折紙をボーリングの球でも投げるかのような動きで転がし、近くに居た真由美にぶつける。

 

投げられた折紙の体は砲丸の(ごと)く。体の弱い真由美には無理があり、折紙と一緒に後方に吹き飛ぶ。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

追い打ちをかけるように黒い光線が放たれる。ペルセポネの猛攻は一気に激しさを増した。

 

それでも対抗する。アリアとティナが狂人に向かって飛び込んだ。

 

乱射しながら距離を詰め、近距離戦闘でペルセポネを足止めしようとする。だが攻撃は先程強化したせいで見切られ、全て回避されている。

 

 

シュンッ! シュンッ!!

 

 

自分の光線で鎧は砕けていた。ならばとチャンスを突くのは当然。生身の体に一撃を入れる!

 

どれだけ攻撃が空振りしても手を緩めることはなかった。彼女たちはもう分かっているから。

 

 

「一回で駄目なら二回! 二回が駄目なら三回!」

 

 

「それでも届かないのなら、何度も挑戦するだけですッ!!」

 

 

大好き人と同じくらい諦めが悪いからだ。

 

そして遂にアリアの回し蹴りとティナの飛び膝蹴りがペルセポネの腕にめり込む。痛々しい音と骨の折れる音が聞こえるが、彼女に全く通じていないことはすぐに分かる。

 

折れた腕で二人の足を掴んで逃げられないようにする。そのまま骸の口はアリアたちを狙う。

 

 

「甘いッ!!」

 

 

ザシュッ!!!

 

 

己が身を犠牲にして攻撃するペルセポネが何を考えているのか見抜いていた黒ウサギ。口から血を流し、限界が近いというのにボロボロの体を酷使させていた。

 

刀と槍でペルセポネの両腕を肩から切断する。拘束から解除されたアリアとティナが急いで逃げようとするが、

 

 

ボフンッ

 

 

その時、拍子抜けな音がペルセポネの体から聞こえた。

 

アリアたちが振り返れば、切断された肩先から黒い煙が噴き出している。それが何か、アリアたちは分かっていた。

 

ペルセポネが召喚した蝙蝠の死骸が弾け飛んで生まれた煙と同じだからだ。

 

 

『【痛覚共感(リンクペイン)】』

 

 

「「「ッ!!」」」

 

 

攻撃を受けたのは意図的だと理解してしまう。黒い煙はアリアたちを飲み込もうとしていた。

 

光線を避けたとしても、ペルセポネに当たれば【痛覚共感(リンクペイン)】が発動してしまう。

 

逃れられない攻撃にアリアたちは痛みに耐えようとするが、

 

 

「絶対にさせない!!」

 

 

それより先に優子の魔法が発動する。霧散した黒い煙がペルセポネの体に集まり広がることはない。

 

だが、それをペルセポネが読んでいないわけがない。

 

 

グシャッ!!

 

 

「ぁッ……!」

 

 

ペルセポネが自分の首を絞めた時に気付くべきだった。悍ましい笑みと同時に不意の一撃に、優子は対応できなかった。

 

不快な音と共にペルセポネの足元から黒い槍が広がるように突き出る。それが優子の左腕と右足を貫いたのだ。

 

真っ赤な血が弾き飛ぶ光景に女の子たちは絶句した。彼女の倒れ行く姿がスローモーションで目に焼き付けられた。

 

 

「ぁ―――――あああああぁぁぁぁ!!!」

 

 

怒りの断末魔と共に黒ウサギの体から赤い稲妻が黒い槍を撃ち砕く。

 

神代の縫術(ほうじゅつ)で編まれた衣を身に纏い、天界中に雷鳴を轟かせた。

 

超高熱の雷が流血を蒸発させ、額には帝釈天の神紋(しんもん)が刻まれている。

 

神格の体現……いや、これは暴走に近い。

 

 

「【雷槍刀(らいそうとう)】ッ!!!」

 

 

バチバチッガシャアアアアアァァァン!!

 

 

神すら泣いて逃げ出す破壊力。威力は爆発的に跳ね上がり、ペルセポネの体を焼き焦がした。

 

だが灰にはなっていない。ペルセポネの歪んだ笑みは消えることはなかった。

 

 

『【痛覚反射(リフレクトペイン)】』

 

 

グシャッ!!

 

 

その瞬間、黒ウサギの意識は闇に落ちる。

 

絶叫を上げることも許されない痛みが黒ウサギの全身に走った。暴走していた神格は静かに眠り、体は前から倒れた。

 

一方ペルセポネは焼き焦げた体から綺麗な体に再生し、漆黒の鎧を身に纏う。蓄積させたダメージはゼロになり、振り出しに戻っていた。

 

 

「黒ウサギッ!!」

 

 

「優子ッ!!」

 

 

アリアと真由美は急いで倒れた二人の元に駆け付ける。優子は痛みに苦しみ、まともに戦える状態ではない。

 

黒ウサギの意識はないが、奇跡的に小さい呼吸をしている。

 

 

『【骸の凶砲】……!』

 

 

休む時間を与えない。下卑た笑みを見せながらペルセポネは無慈悲に攻撃を続けた。

 

無数の頭蓋骨が周囲に出現し、優子たちにトドメを刺そうとする。

 

 

「メエエエエエェェェ!!!」

 

 

だが黒い光線は白雪の角先から展開される白い魔法陣によって防がれる。守護獣の持つ力で疑似天界魔法を発動させていた。

 

 

『そんな疑似(ニセモノ)では止められないッ!!』

 

 

バリンッ!!!

 

 

漆黒の鎧を身に纏ったペルセポネが白雪との距離を詰め、魔法陣を殴りつけた。

 

たった一撃で魔法陣は砕け散り、同時に白雪の右角が折れる。

 

角の中に秘められた神の力が―――光と赤い血が弾け飛ぶ。美しく恐ろしい光景に美琴たちの顔色は青ざめる。

 

 

「ッッ!!」

 

 

声よりも体が先に動いたのは折紙。レイザースピア【エインヘリヤル】を取り出し精霊の力を極限まで引き出した。

 

先端に集中させた力を螺旋(らせん)に高速回転させて突き出した。

 

 

グシャッ!!

 

 

白雪にトドメを刺そうとしていたペルセポネの腹部を貫く。漆黒の鎧が再び容易に破壊されるが、先程とは違う異変に気付いた。

 

突き刺した鎧から浸食するように槍が黒く染まり始める。槍を抜こうとするが、黒い浸食は折紙の腕まで掴んでいた。

 

 

『【骸の凶砲】!!』

 

 

動きを止められた折紙に避ける術はない。随意領域(テリトリー)と【絶滅天使(メタトロン)】で防御するしかない。

 

しかし、頭蓋骨の数は今までの中で一番多かった。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

何百と越える黒い光線が折紙に向かって放たれた。折紙の用意した壁は数秒で破壊され、何度も光線が直撃した。

 

吹き飛んだ折紙の体をティナが受け止めるが、勢いが強過ぎて一緒に後方へ吹き飛んでしまう。

 

次々と倒れる仲間たちに女の子の表情から恐怖が芽生え始める。いつ誰が死んでもおかしくない状況なのだ。

 

ペルセポネはその僅かな恐怖の感情を肌で感じ取り、笑みをこぼしていた。

 

 

『壊れてる壊れてる……! 私はその顔がもっと壊れて、グチャグチャになるところが見たい!』

 

 

抗うことのできない絶望に身を破壊される瞬間、諦めと脱力に壊れる精神、人としての本当の最後を見たい。

 

それが神なら尚更、死んでも見たいと狂う程思い焦がれる。

 

この戦いは終わった。勝利を手にしたと確信したペルセポネは彼女たちの顔を見て―――

 

 

『—————?』

 

 

―――言葉を失った。

 

 

「何驚いているのよッ……」

 

 

「もしかして、あたしたちが諦めると思ったッ……?」

 

 

声音に恐怖が混じっているのは分かっている。それでも、それでも!!

 

 

『何故、戦う……のですか!?』

 

 

もう、ペルセポネには理解できなかった。

 

神に戦いを挑む時点で敗北は決まっていたはずなのに、神を笑った時点で笑われるのは人類だと決まっていたはずなのに。

 

そう、決まっていた。『絶対』に。

 

盤上の駒を無視して土台を覆されたかのような衝撃にペルセポネの鼓動は早まる。

 

―――気が付けば、勝利への自信を崩されていたのは自分だった。

 

 

『む、【骸の凶砲】!!』

 

 

焦りながら頭蓋骨をさらに出現させて攻撃を仕掛けようとする。だが、

 

 

バギンッ! バギンッ! バギンッ!!

 

 

アリアは二丁の拳銃で乱射。美琴は電撃を巧みに操り銃弾を暴れさせた。

 

撃ち漏らした頭蓋骨は遠くからティナが狙撃する。折紙を庇いながら、戦っていた。

 

 

『何でッ……!?』

 

 

続けて頭蓋骨の数を増やし続ける。今まで以上の数を増やしているのに……ずっと増やしているのに……!

 

 

『折れ、ない!?』

 

 

攻撃の激しさは増している。光線の数も、手数も、誘導から囮、あらゆる手段を増やしているのに……!

 

敵の人数も減らした。味方を庇いながら対応できるはずがないのに……!

 

美琴の電撃は蒼色から紅く燃え上がるような電撃に変わり、アリアの銃弾は緋色の力で生成され、撃ち尽くすことのない無限の攻撃となっている。

 

瑠璃色と赤色の混ざった瞳から見える世界にティナの狙撃は神業を凌駕する。一度の狙撃で跳弾を繰り返し、頭蓋骨を何十個も破壊していた。

 

 

 

『どうして折れない!?』

 

 

ビギッ!という音と共にペルセポネの笑みが砕け散った。

 

追い詰めているはずなのに、追い詰められていると思えない異常な光景。

 

 

ビシッ!!!

 

 

『ッ!?』

 

 

突如頭蓋骨の光線がペルセポネの頬を裂いた。攻撃を見た方向を見れば真由美が魔法を発動していた。

 

優子と黒ウサギを庇いながら、痛みに耐えながら、サイオンが枯渇瞬間まで、彼女は戦っていた。

 

ついに―――ペルセポネは笑うことができなくなった。

 

 

『ぁ……』

 

 

そして同時にペルセポネが隠し持っていた力が失われた。

 

ペルセポネは言った―――強者()には笑わせない。笑うのは弱者()だ。

 

自虐して力を得られる【快楽自虐(デッドラフハート)】とは別に自分だけ笑い続け他者に笑わせない状況を造り出し続けることで得られる再生の力―――【狂笑拒断(ラッヘンレジェクション)】があった。

 

 

『ぁあ……あああはっ……あっはっはっはっはっ!?』

 

 

既に空笑いだった。先程のように心の底から笑えない。全く笑えない。

 

壊れたように足元がおぼつかなくなるペルセポネに女の子たちは不審に思うが、チャンスだとも捉えた。

 

頭蓋骨はペルセポネを守るように動いている。隙を突くのは今しかない。

 

 

「【()(おどし)(ちょう)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

アリアの二丁拳銃の銃口から二つの緋色の炎が射出される。巨大な蝶のような大きな翼が広がり、頭蓋骨ごとペルセポネを包み込んだ。

 

緋色の炎で身を焼かれるペルセポネは絶叫することなく頭を抱えて苦しんだ。焼き焦げた肉体は再生しない。

 

そう、再生しない。【狂笑拒断(ラッヘンレジェクション)】の完全停止を意味していた。

 

―――ペルセポネは、二度と笑えない状況まで落とされていた。

 

 

『違うッ……間違えるなッ……私は、私の方が、勝て……勝てる()()……!?』

 

 

いつの間にか確信は不安の感情で消えていた。不確かな物になっていたのだ。

 

 

『私が笑わないわけがない……負けるわけがないッ!!!』

 

 

ゴォッ!!

 

 

ペルセポネが叫ぶと同時に緋色の炎が消し飛ぶ。鎧も消滅し、強化された力も消滅した。

 

女神の笑みは消え、怒りに染ま切っていた。

 

闇のように黒い衣装を身に纏い、傷や火傷だらけの体で戦おうとしている。しかし、力は鎧を装備している時より膨れ上がっていることが女の子たちには分かる。

 

―――【光を破壊する女】と呼ばれた神は、今一度、希望と言う名の光を破壊する。

 

 

『【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】!!』

 

 

再び天地を逆転させる一撃が放たれる。しかし次は前方に向かって力を解き放ち、自分は回避していた。

 

狂笑拒断(ラッヘンレジェクション)】の再生能力が使えない今、【快楽自虐(デッドラフハート)】を使う

には代償が大きい。

 

威力も最初の一撃に比べて小さいと女の子たちも分かっただろう。

 

 

「「「「【神刀姫】ッ!!」」」」

 

 

美琴、アリア、真由美、ティナのそれぞれが持つ刀が呼び声に応えるように前方に飛んで行く。

 

四本の刀は女の子たちを守るように刀身を交差させて敵の攻撃を防いだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

それでも凄まじい衝撃が後ろまで伝わる。気を抜けば意識が刈り取られそうになる。

 

 

バギンッ!!

 

 

そして、四本の刀が同時に折れた。

 

敵の攻撃を完全に防ぎ、役目を終えた刀は砕けて地に落ちる。

 

 

『顕現せよッ!! 破壊の象徴【ウルボロス】!!』

 

 

ペルセポネの叫び声で空が裂ける。天界という世界を破壊しながら現れたのは巨大な龍。

 

長い胴体が何度もうねり、輪を描いた龍。尻尾を口の中に入れているのは循環性を意味し、『無限』と『不老不死』を表していた。

 

 

『ヴォォアアアオオアオアオォアァオオオオオ!!!!』

 

 

破壊と創造を繰り返す化け物を相手に、女の子たちができる術は残されていない。

 

だが、誰一人諦めていない。何度でも言おう。

 

 

「【神刀、姫】ッ!」

 

 

「……【神刀姫】ッ」

 

 

「【神刀姫】ッ……!」

 

 

次は優子、黒ウサギ、折紙の元から刀が飛んで行った。

 

立てずに痛みで涙がボロボロ出ても、優子は戦うことをやめなかった。

 

既に死んでもおかしくない一番重傷の黒ウサギでも、立ちあがった。

 

CR-ユニットは壊れ、精霊の力が弱まっていても、折紙は武器を手にした。

 

 

グシャッ!!!

 

 

『ヴォ!? ヴォアアアオオアオ!? ヴォアオオオオオ!!!!』

 

 

三本の刀はウルボロスの尾を斬り落とし、ウルボロスは口に入れた尾を吐き捨てた。つまり、循環性の理は消えたのだ。

 

この機を逃すわけにはいかない。すぐに攻撃に移らなければいけない。そう頭では分かっているのに、

 

 

「「「「「ッ……!」」」」」

 

 

もう、女の子たちは動けなかった。

 

体に最後の限界が来ていた。

 

歩くことすら困難な女の子も居る。既に死んでいてもおかしくない女の子も居る。

 

今まで神と戦い続けていたことが『奇跡』だった。

 

だが奇跡を起こしていても、勝利の奇跡までは掴み取れなかった。

 

 

『……やっと、分かりましたか』

 

 

口調に落ち着きを取り戻したペルセポネ。息を荒げながら警戒はより一層強めていた。

 

余裕も傲慢(ごうまん)も無い。神と対等に戦い続けた女の子たちを明確な脅威と見ていた。

 

笑わないのは無謀に戦い続ける女の子たちに対しての恐怖ではない。

 

己の油断を断ち、己の真剣さを取り戻す為に笑うことをやめたのだ。

 

 

『ここまで戦えたことは人類に取って偉業となるでしょう。ですが、ここで終わりです』

 

 

ペルセポネの後方に多くの頭蓋骨が出現し始める。撃ち落されないように数を徐々に増やしていく。

 

数十秒で女の子たちを取り囲むように頭蓋骨で埋め尽くされた。光線を放つ準備は整っており、死がそこまで近づいていた。

 

 

『絶対に覆せない。あなた方が愛した人は、助けてくれませんよ』

 

 

ビシッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その時、ペルセポネの頬から血が垂れ落ちた。

 

突如下から飛んで来たのは【神刀姫】の破片。その破片がペルセポネを襲ったのだ。

 

 

『……しつこいですね』

 

 

ペルセポネが腕を横に払うと、黒い炎が【神刀姫】を溶かした。

 

その光景に鈍器を殴られたかような衝撃が脳に走る。

 

―――また、助けられた?

 

 

「冗談じゃないわよ……」

 

 

口に溜まった血を飲み込みながら美琴は立ち上がった。

 

 

「どれだけ助けられたと思っているのよッ……もう、私たちは弱くないわよ!」

 

 

どれだけの傷を負っても、どれだけの期待を背負っても、血を吐きながら走っていた。

 

あの背中を押すこともできず、肩を支えることもできなかった瞬間は数え切れない。

 

だからこの戦いで愛する人の負担が減らせるなら、神と戦うと決めた。

 

 

「美琴の言う通りよッ……諦めるなんて、馬鹿なことはしないわよ!」

 

 

血に濡れた拳銃を強く握り絞め、アリアは美琴の隣に並ぶ。

 

泣いて、笑って、怒って、楽しい時を取り戻す。失って得られなかった物を、取り戻す!

 

 

「今度は、アタシたちが助ける番なのよ!」

 

 

立てなくても闘志は誰よりも燃やした。グッと痛みに耐えながら優子は前を向く。

 

この程度の怪我、愛する人が今まで負って来た怪我に比べれば掠り傷。その傷を癒す為にも、『これから』という時間が必要だ。

 

 

「YES! ですから、ここで死ぬわけにはいかないのです!」

 

 

恩恵を全て使い果たしても、黒ウサギは力を失った【インドラの槍】を握り絞める。

 

傍で見続けていたから分かっている。あの人が、これから何百という地獄を越えようとすることを。

 

自分たちが前にしているのはその地獄の一つにも満たない脅威。この程度で負ければ、見損なわれてしまう。絶対にそんなことはないが。

 

 

「覚悟しなさいッ! 神だからって、諦めないって言ってるでしょ!」

 

 

サイオンが枯渇しても、体が動き続ける限り真由美は戦い続けるだろう。

 

折れる度に立ちあがり続けていた。二度と失わないように、強く有り続けようとした。

 

他人から見たら歪んた正義かもしれないだろう。それでも己の信じる正義を貫き続けた。

 

 

「怖がっている場合じゃない! 私たちは、勝たなきゃいけない!」

 

 

瑠璃色の弾丸を狙撃銃に込める。絶対に外さない意志が表れていた。

 

不幸にする悪を断ち、誰でも幸せにする。そして世界すら何度も救ってくれる大好きな人。

 

その人の隣に立つ為に、生きなければならないのだ。

 

 

「今度は私たちが迎えに行く番。そして言わなきゃいけない。今度は私たちが―――」

 

 

折紙の言葉で全員が確信する。心は今、一つになったのだと。

 

 

「「「「「―――愛してるって!」」」」」

 

 

『ぁ……………!』

 

 

声を揃えて言った言葉にペルセポネの意識は揺れる。そして思い出される。

 

ゼウスは確かに言った。

 

 

―――『私はお前を愛している』と。

 

 

愛しているから、オリュンポスの席に座って欲しかった。

 

目に見えた結果でも、乗り越えて欲しいと思ったのは愛があったから?

 

他の神に嫌われても、愛しているから大切にしたかったのでは?

 

 

『や、やだぁ……壊してぇ! ウルボロスッ!!』

 

 

頭を掻きむしりながら絶叫する。

 

頭蓋骨から光線が、龍の口から真っ赤な炎が解き放たれようとする。

 

そして、視界が真っ白に包まれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

神々しい光の矢が頭蓋骨を破壊しながら飛び回る。最後はウルボロスの額を貫き、龍を撃ち落した。

 

 

『ヴォォアアアオオアオアオォアァオオオオオ!!??』

 

 

命の循環性を失った不老不死の龍。体がボロボロに崩れていき、消滅した。

 

何が起きたのかペルセポネは分からなかった。救われた女の子たちにも分からない。

 

 

「やっぱり羨ましいよ。こんなにも愛されているなんて」

 

 

美琴たちの背後から聞こえて来た声に呼吸は一瞬止まる。

 

聞き覚えのある声。忘れるはずがない。

 

 

「でも、大樹のことは私の方がもっと知っているけどね」

 

 

紅いドレスのような衣装を身に纏い、手には大きな赤色の弓を持っていた。

 

黒い長髪をなびかせ、神アルテミスの元保持者。

 

リュナと名乗り、敵として戦い続けた彼女の本当の名は―――!

 

 

「間に合って良かった。大樹が泣くのは私も嫌だからね」

 

 

―――阿佐雪(あさゆき) 双葉(ふたば)だ。

 

 

突然の登場に女の子たちは言葉が出なかった。ペルセポネも驚いて声が出ない。

 

それでもペルセポネの体は動いた。新たに頭蓋骨を出現させ―――!

 

 

「遅いよ」

 

 

ズバンッ!!!

 

 

光の如く双葉の弓から炎の矢が放たれ頭蓋骨を粉砕した。目にも止まらぬ速さにペルセポネは唖然とする。

 

その速さに、折紙はあることを口にした。

 

 

「泥棒猫」

 

 

「敵はこっちじゃないよ!?」

 

 

二人のやり取りに「ああ、そういえば」と女の子たちは思い出す。先に大樹に手を出したのは双葉なのだと。

 

危うく仲間割れが発生しようとしていたが、新たな戦力である双葉と組む。

 

同じ好きな人の為に、断る理由はどこにもない。

 

 

『ッッッ!!!』

 

 

歯を食い縛りながら戦おうとする女の子たちを見る。その光景にペルセポネには限界だった。

 

 

『そんなに愛が大切ですか!? 裏切られるかもしれないと思わないのですか!?』

 

 

「微塵も思わないわよ! ふざけたことを言わないで!」

 

 

美琴の強い反論にペルセポネは止まらない。

 

 

『アッハ! あなた方のような人間がどれだけ裏切られていたのか私は知っている! 死を受け入れて嘆きを聞けば分かることなのですから!』

 

 

「それが何?」

 

 

『―――――は?』

 

 

「あたしたちの大樹を、その裏切り者と一緒にしないで」

 

 

自信の強さという次元では無い。アリアは確信して「違う」と言ったのだ。

 

長い時間をかけて作り上げた関係に、今更ヒビなど入るわけがない。

 

 

『どうして……私は、私たちは裏切られて……!』

 

 

「そうね。裏切られた人たちは辛かったでしょうね。でも、あなたは違う」

 

 

優子に指摘された瞬間、ペルセポネの喉は干上がってしまった。

 

理解してしまっているからだ。先に裏切ったのは―――自分だということに。

 

 

「もう一度胸に手を当てて……考えて……ハッキリと分かるはずです」

 

 

黒ウサギの言葉にペルセポネは耳を塞いでしまう。

 

知ってはいけない感情が、知っていたはずの感情が、蘇ろうとしていた。

 

 

『か、【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】ッ!!』

 

 

額から滝のように汗を流しながら腕を横に振るう。しかし、威力はどの攻撃よりも弱く、女の子たちの目の前で霧散する。

 

 

「私たちはその感情を大切にしたい。これからの人生で絶対に必要な物だから」

 

 

『ぁあ……あぁ……ああああああァァァ!!!』

 

 

落ち着いた声音で真由美が言うも、ペルセポネは聞きたくないと(わめ)く。

 

ゼウスが自分に向けて言った言葉の一つ一つが、脳に刻まれていた記憶が復活し始めている。

 

 

『【骸の凶砲】!!』

 

 

「それでも遅いよ」

 

 

頭蓋骨が出現する場所まで見切っている双葉。全ての矢を放った頃には頭蓋骨は全て砕けていた。

 

自分の頭を何度も叩き、折れるくらい腕を握り絞める。そして、痛いということに気付いてしまった。

 

 

『い、たいッ……!?』

 

 

体の痛みには慣れている。しかし、この痛みには身に覚えがない。

 

胸の奥底から湧き上がるズキズキと激しく訴えかけるような痛みに、ペルセポネは涙を流していた。

 

 

「確かに辛い道のりです。ここに来るまで数え切れない『痛い』傷を負いました」

 

 

『ッ……!』

 

 

「けれど、今は違う。私の隣にはそんな『痛い』を取り払ってくれる大好きな人がいる」

 

 

自分たちを守る為に真正面から戦い、一度も逃げることはなかった。ならば、自分たちも逃げるわけにはいかない。

 

強い意志を秘めたティナに銃口を向けられたペルセポネは後ろに下がってしまう。

 

 

「その為なら、私たちは戦える」

 

 

折紙の意志と同じだと証明するように、他の女の子たちも武器を構える。

 

どれだけ血で汚れていても、どれだけ痛みで苦しんでいても、どれだけ恐怖に飲み込まれそうになっても。

 

彼女たちは戦う。大好きな人の為に。

 

 

『私は、こんな感情でッ……!!』

 

 

「こんな感情でも、大樹は世界の誰よりも大切にして来た」

 

 

双葉が手に持つ弓が巨大化する。大きな火の鳥の翼のように、真っ赤に輝き始める。

 

 

「今からその大切さを彼女たちが見せてあげるわ。しっかりと見て―――!」

 

 

『黙れぇ! 黙れ黙れ黙れ黙れぇええええ!!』

 

 

バンッ!!

 

 

狂乱しながらペルセポネは地面に両手を叩きつけた。手の先から巨大な黒い魔法陣が広がり、中から大勢の悲痛な叫び声が聞こえて来た。

 

 

『死の嘆きを轟かせ! 復讐への肉体はここに在り! 這い出ろ、【骸の帝王(スカルエンペラー)】!!』

 

 

魔法陣がヒビ割れ、闇の中から這い出て来た骸骨の巨人。何億という人の骨で造られていた。

 

数え切れないほどの蒼い火の玉が骸骨の巨人の周りを浮遊する。玉からはあの人の叫びが聞こえている。

 

ウルボロス以上の大きさを持ち、美琴たちを見下す。巨大な頭骸骨はこちらを向き、今にも襲い掛かりそうだった。

 

 

『それでも私はッ! ここで終わるわけにはいかない! 後戻りは、もう許されないッ!!』

 

 

ペルセポネは蒼い炎を身に纏い、骸骨の心臓部に埋め込まれていた。

 

主が感情を爆発させると炎がさらに勢いよく燃え上がる。そして頭骸骨の口に黒い光が収束されていた。

 

 

『今の私はッ……愛されてはいけないッ!!!』

 

 

背中から歪に何本も骨の腕が伸びる。人という形を失い始め、何もかもが壊れているように感じる。

 

恐怖で逃げ出したくなる。けれど、逃げては駄目だと全員が思う。

 

ペルセポネは言った。私は愛されてはいけないっと。

 

 

「「「「「そんなことはない」」」」」

 

 

彼女たちが口にした言葉は、ペルセポネには届かないだろう。しかし、必ず届かせる。

 

 

「【地獄の弓(ボウ・ヘル)】———【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

骸骨の巨人に負けないくらいの大きさに広がる紅き弓。双葉の後ろから美琴たちが支える。

 

 

「ラストチャンス。世界の命運を賭けた一矢になるよ」

 

 

「全然負ける気がしないわ。完全に大樹のせいね」

 

 

美琴の一言に全員が笑う。追い詰められた状況とは思えなかった。

 

 

「……込めるのは力でも魔法でもない。『思い』だよ」

 

 

紅い弓は更に激しく燃え上がり、真っ白な輝きを見せた。

 

神々しく、美しく、敵対したペルセポネすら口を開けて感動してしまっていた。

 

 

「完成―――【救済(ヒルフェ)(かぎ)】」

 

 

それは悲しき女神を救う一つの手段。

 

彼女を苦しめる『死』という概念。『死』を恨み続ける魂の檻からの解放だ。

 

弓の輝きに骸骨の巨人は身の危険を感じたのか力の収束をさらに加速させる。

 

天界が激しく揺れ始め、空は歪み、何もかもが壊れ始めた。

 

 

『壊セぇ!!! 【死骸の怒砲(エルガーダー・ベグラーベン)】!!!!』

 

 

死者たちの怒りの咆哮が放たれた。

 

漆黒の光線はあらゆる概念を殺し、天界ごと世界を崩壊させようとする。

 

復讐の塊とも言える光線に、小さな一矢が正面から放たれた。

 

込められた矢はこの地に辿り着き、矢を放つまでの時間と思い。

 

愛する人と過ごして来た思い出を、これからの思いを、全てを乗せた一矢。

 

 

「―——よかったね、大樹」

 

 

双葉の呟きは誰にも聞こえることはない。既に矢に全てを込めた疲労が女の子たちに襲い掛かり、倒れてしまっていたからだ。しかし、全員生きている。

 

むしろ生きて居なければ困る。大樹の悲しむ姿は、二度と見たくないからだ。

 

矢に乗せられた思いの強さは双葉の想像を遥かに越えていた。

 

漆黒の光線を容易に消し飛ばし、骸骨の巨人の心臓部―――ペルセポネを貫いた。

 

 

「ぁあ……!」

 

 

人のような綺麗な声で、ペルセポネは涙を流す。

 

ペルセポネが最後に見た光景は、敗北や死ぬ間際に見る走馬燈ではない。

 

自分を最も愛してくれた人の、笑顔だった。

 

 

「私はッ……!」

 

 

骸骨の巨人が崩れゆく中、女神は誰もが綺麗だと言える泣き笑顔を見せていた。

 

その光景は双葉はしっかりと脳に焼け付けて、意識を手放した。

 

 

 

 






―――いよいよお前の番だよ主人公。かっこよく決めて来いよ。

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