どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】 作:夜紫希
ドサッ……
「黒ウサギぃ!?」
地面から突き出た黒い槍が黒ウサギの腹部を
急いで優子は黒ウサギの下に駆け付けて抱き寄せるが、どっぷりと血が付いた自分の手を見て顔は真っ青になる。
僅かに息をしているが、喋ることはできないようだ。それだけ黒ウサギは重傷だった。
『あっはあははああっは』
必殺の一撃を受けた冥府の女神ペルセポネの体は何故か無傷。むしろ綺麗な体に変わり、そこに立っていた。
だが美しい顔は
『まず一人。次は———』
ゴギッと骨の折れる音。ペルセポネは自分の右手の指を折り、左手に黒い弓―――【
標的は黒ウサギを抱きかかえた優子。取り乱れているせいで敵が攻撃を仕掛けようとしていることに優子は気付かない。
ガキュンッ!!
だが弓に装填された黒い矢が一発の銃弾で壊される。
「させるわけないでしょ!!」
ガキュンッ!!
背後からペルセポネとの距離を詰めたアリア。銃を乱射しながらペルセポネの体を狙うが、避けられる。
近距離から何度も発砲するが、まるで銃弾の軌道を全て見えているかのようにペルセポネは避けていた。色金の力を使っても。
ユラユラと不気味で不快な動き。アリアは相手にしたことのない動きのせいで動きを予測して撃つこともできない。
「援護しますッ!」
ペルセポネの背後からティナと折紙が奇襲を仕掛ける。ティナはライフルの先に取り付けた【神刀姫】でペルセポネの喉を狙うが、やはり避けられる。
即座に折紙がブレードでペルセポネの足を切断しようとするが、また避けられる。
どれだけ攻撃を重ねても、ペルセポネに一撃も当てられなかった。
『フフフッ———開眼するとここまで見えてしまうのですね』
ゾッとする言葉に女の子たちの動きが止まる。顔を見ればペルセポネの左目は潰れており、右目は大樹と同じように青く光っていた。
『神アレスの力です。常人の開眼は全くの別……次元が違いますよ』
「ッ……だから何よ!!」
怒りに任せて美琴は電撃を放つが、ペルセポネに当たる前に黒い魔法陣が防いでしまう。
『勝ち目がないとハッキリ言ったつもりですが?』
「……何かイライラすると思ったら、似ているわあなた」
真由美の言葉にペルセポネが眉を寄せる。彼女は魔法を発動しながら叫ぶ。
「どっかの馬鹿な天使にね!!」
複数の【ドライ・ブリザード】を射出してペルセポネを狙う。
その攻撃を見たペルセポネは真由美の弱さに呆れながら魔法陣で防ぐ。
『天使……
ペルセポネは自分の首を絞めながら地面を踏み付けた。
『———無礼だッ!!』
グシャッ!!
不快な音と共にペルセポネの足元から黒い槍が広がるように突き出る。近距離で攻撃していたアリアたちは回避するが、美琴たちは回避できなかった。
「あぐッ!?」
「ぁ……ッ!?」
美琴は左腹部を掠め、真由美は右太股に深々と突き刺さってしまう。
幸い二人は致命傷を避けることはできた。しかし、美琴の動きは鈍くなり、真由美は歩けそうにない。
『痛いでしょ……痛いわよね? 私も、
同情でもして欲しいかのような訴えにアリアは緋色の力を使って再び距離を詰める。
「いい加減にしなさい! このメンヘラ女!!」
『あっは!』
ガキュンッ! ガキュンッ! ガキュンッ!
アリアは銃に装填された最後の三発を発砲したあと、背中に隠した【神刀姫】で斬り掛かる。
ペルセポネは銃弾を避けるが、斬撃は避けなかった。
グシャッ!!
右腕で深々と受け止めて血を噴き出す。ペルセポネの血はアリアの顔に盛大にかかり、視界を奪われてしまう。
ドゴッ!!
「かはッ……!」
ペルセポネの膝蹴りがアリアの腹部にめり込む。
そのまま後ろに吹き飛び転がる。急いで折紙がアリアを受け止めるが、ペルセポネは間髪入れずに攻撃を続ける。
「【
「ッ!?」
ドガッ!!
ティナの真横から黒炎を纏った二輪の馬車が突然出現する。骨の馬に蹴られティナの体が吹き飛ぶ。
「【ソード・トリプル】」
ザンッ!!
「くッ!!」
ペルセポネの頭上に三本の黒い剣が出現し、精霊の力を使おうとした折紙に襲い掛かる。二本は避けることができたが、回避位置を見破られていたのか、三本目は右肩を引き裂いた。
『———【
ペルセポネの背後に漆黒の闇を纏った巨木が根付く。闇の粒子が一帯に飛び散り、やがて粒子は黒い矢に変わり降り注いだ。
ドゴオオオオオォォォ!!!
回避不能の攻撃に周囲は黒い爆炎に包まれた。
最初に出来上がっていた山は崩れ、荒れ果てた地に変わり果ててしまう。見渡せば女の子たちが全員倒れていた。
『……あはは』
その光景を目にしたペルセポネは小さく笑う。すると傷はじわじわと
『強者は弱者を痛めつけて笑いました。弱者は強者の笑う顔は嫌いです』
ポツポツと語り始めるペルセポネ。その手には最初に体に刺さっていた短剣が握られていた。
『だから———強者には笑わせない。自分の体を傷つけるくらいなら、私が傷つける』
グシャッ!!と不快な音を出しながら自分の体を刺す。腕に、体に、足に、次々と。
『
ペルセポネは自分の力の源の正体を明かす。明かした所で彼女たちに逆転されると思っていないのだ。
体をナイフに突きたて終えた後、体から出た血を舐めながら倒れた女の子たちを見下す。
『私が、笑うッ!!! この天界を壊して、ハデス様の為に、この身を尽くすと決めたのだから!!』
「———あなたの怒りはよく分かりました」
ペルセポネに話しかけたのは黒ウサギだった。傍に居た優子に肩を支えられながら立ち上がる。
『……回復したのですか。あの状況で』
「あの状況だからできたのよ」
反論でもするかのように優子は言う。冷たい目で見られるが、状況を思い出せば納得できてしまう。
『怒りに任せた攻撃ではなく、治療する為の囮……』
「攻撃の射線上にアタシと黒ウサギは居なかった。最初は単純にあなたがアタシたちを眼中に入れてなかっただけだと思っていたけど」
唯一黒ウサギのギフトカードを使うことのできる優子。黒ウサギの恩恵を使い、黒ウサギを治療したのだ。
ペルセポネは興味なさそうに視線を下に落とすが、倒れた女の子たちが次々と立ち上がる気配を感じて視線を上げた。
『……まさか、まだ戦うつもりで?』
「当たり前、でしょ……!」
額から血を流しながらバチバチと電気を纏う美琴。アリアも銃を弾丸を込めながら立ち上がり、片膝を着きながら真由美も魔法式の展開をしている。
「言ったはずですよ」
「あなたに勝つと」
ティナはその小さな体でもライフルを抱き締めながら立ち上がり、右肩を抑えながら折紙は精霊の力を発動させる。
誰も戦うことをやめなかった。負けるという気もなかった。
―――ペルセポネは、それが嘘では無いことを見てしまった。
『あ、あぁ……き、気持ち悪い……!』
「……逸話では冥府神ハデスがあなたを連れ去ったことが有名です」
ペルセポネが初めて取り乱しているにも関わらず、無視して黒ウサギは話す。
「神ゼウスはそれを許容しており、それを聞いた神デメテルは憤怒した。以降デメテルはオリュンポスを去った」
ペルセポネの逸話をゆっくりと掻い摘んで語り出す。ペルセポネは頭を横に振りながら聞いていたが、
「あなたはハデスの求婚を受け入れなかったはず。あなたに何が起きたのですか」
『違う!!!!』
大きな声で否定するペルセポネ。彼女は苦しそうに話し始める。
『それは
「神の嘘……いえ、それは」
『あなたの世界では嘘じゃない。でも、
ペルセポネの言わんとすることは分かる。いくつもの世界があることを黒ウサギたちは知っている。彼女たちが出会えたのはいくつもの世界を越えて来たからだ。
『最低な理由ですよ。オリュンポス十二神の席に座らせない為だけに、私を冥府に投げ捨てたのですから』
「席に座らせない為だけに?」
『確かにオリュンポス十二神の一柱になれば莫大な力を得ることができる。ですが、私は興味がなかった』
それなのにッ……と悔しそうにペルセポネは続ける。
『私を可愛がっていた先代のゼウスは席に座らせようとしていた。他の神が嫌がっていると分かっていたのに!』
バギバギッと自分の腕を折りながら怒りをぶちまける。
『他の神が私を消そうとするに決まっている! 目に見えた結果を、ゼウスは無視した! ポセイドンも、ヘルメスも、全員私を消そうとした!!』
「……冥府に落ちた理由は、神々のせいだったのですね」
『……冥府神は利用する為に私を拾った。私の価値などその程度しか見ていない。でも———』
ペルセポネは怒気を忘れ、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
『———神に復讐できなら、何でも良い。例え体がどれだけ痛くても!!』
そう叫ぶと同時にペルセポネの体に血の紋章が体中に刻まれる。今更痛みなど感じない女神は、最後にナイフを心臓に突きたてる。
『私は何度死んでも絶対に死ぬことができない! この矛盾を【
黒ウサギの攻撃は確かにペルセポネを殺した。しかし、彼女の死は絶対に無効化することはできない。
体が不死身というわけではない。『死』という概念そのものを消しているのだ。
大樹なら神の力を使ってペルセポネの力を封じることができただろう。瞬殺することができただろう。だが、彼女たちにはできない。
『———ふざ、けろ……』
なのに、彼女たちの目は死んでいなかった。
ペルセポネの体は何度も死んでいるせいで痛みなど感じない。恐怖心なんてとっくに消えた。
「「「「「ッ……!」」」」」
だが彼女たちは違う。
死んだこともない。ちょっとした痛みでも涙を流しそうになる。ペルセポネを前にしてからずっと恐怖心を抱いていた。小鹿のよう足の震えだって止まらないくらいだ。
なのに、彼女たちは逃げようとしない。
開眼したせいで見えてしまう。女の子たちの意志の強さに、ペルセポネは一歩後ろに下がってしまう。
(人類は絶対的存在を前にすればひれ伏し恐怖する……それなのにッ!!)
戦いに挑むことすら偉業と言えるべきなのに、彼女たちはペルセポネを打倒しようとしていた。
「同情する話です。とても辛かったと思います」
黒ウサギは【インドラの槍】を構えながら前に進む。優子の肩を借りずとも、一人で歩いていた。
優子もついて行くように歩き出す。どんな恐怖を前にしても、膝を折ることなく倒れなかった。
「ですが、世界は守らせて頂きます」
『ッ! まだ……まだ、言うの!?』
「言うわよ。何度だって」
顔に付いた血を腕で拭きながらアリアは銃口をペルセポネに向ける。ティナもライフルの銃口をペルセポネに向けていた。
折紙に肩を貸して貰いながら真由美は立ち上がる。そして、ペルセポネに告げる。
「私たちも引けない理由があるのよ。世界を守ることより、大事なことが」
『くッ……見えていますよ。そんなくだらない理由で———!?』
「「「「「くだらなくないッ!!」」」」」
ペルセポネも驚く程の大声で否定する女の子たち。
あの馬鹿は―――大切な人と過ごす為に戦っている。
あの大馬鹿は―――大好きな人と手を取り合う為に戦っている。
大樹は―――自分たちが歩んで来た大切な世界を守る為に戦っている。
そんな大事な事をくだらないと否定したペルセポネが許せなかった。何より、自分たちの愛する人を馬鹿にされたことが許されなかった。
『何なの……あなたたちは、何なの……!?』
―――初めてペルセポネは、力以外の物に恐怖というものを覚えてしまった。
自分には無い。彼女たちの胸に灯る感情の熱さに、正体不明の感情に怯えていた。
「馬鹿にしないで! くだらないのはアンタの方よ!」
『ッ……!』
美琴の言葉に苛立ってしまう。常人なら簡単に屈服させる程の睨み付けるが、彼女は一切屈服することはなかった。
「YES。美琴さんの言う通りですよ。あなたは分かっていながら、理解しようとしなかった。可哀想な人です」
黒ウサギの肯定にペルセポネは思わず手が出てしまう。ズタボロの右手を振るい、血の槍を黒ウサギに向かって飛ばす。
だが黒ウサギは一切避けることなく、その場に立っていた。
ズシャッ
血の槍は黒ウサギの右頬を引き裂き血を流させた。ペルセポネはニヤリと笑うが、笑みは消えてしまう。
「ゼウス様はオリュンポス十二神の席に座って欲しいと思うくらい可愛がっていた。なのに、
『—————』
黒ウサギの言葉にペルセポネの思考は止まった。まさか矛先が自分に来るとは思わなかったのだろう。
ゼウスを
「目に見えた結果でも、あなたに乗り越えて欲しいと思ったのでは? 他の神に嫌われても、あなたを大切にしたかったのでは?」
優しく問いかける言葉にペルセポネは何も答えることができない。口を動かすこともできない。
そんな酷い姿を見た黒ウサギは、当然怒るに決まっている。
「
静かに怒った黒ウサギに美琴たちも驚いている。いつも感情的になっていることが多い黒ウサギにしては珍しい光景だった。
ギリッと歯を食い縛るペルセポネ。再び自分の体をナイフで傷つけ始める。
『うるさいうるさい……うるさいッ………うるさいッ……!』
先代ゼウスが可愛がった体が嫌で嫌で仕方ない。傷つけたくて壊したくて、殺したくて仕方ない。
だがペルセポネの表情は狂気に染まっていなかった。苛立ちと何かを後悔するかのような顔だ。
『何を恐れる……結局私には勝てない……そう、勝てない!!』
バギッとナイフが折れる。流れ出した血がペルセポネの体に紋章を刻む。それは悪魔の呼ぶための魔法陣だ。
『もう終わらせる! その勝ち切った顔を壊して、心も、体も、全部全部壊す!! アッハッハッハッ!!』
背中から禍々しい黒い翼が広がる。顔の半分は悪魔のように黒く崩れ落ち、人の形を壊していた。
左手は竜の
愛など、記憶など、何も考えない。考えるのは復讐と
「勝てない、ね……」
「どうしたの美琴?」
圧倒的な存在を前にしても、美琴は少し笑う余裕があった。美琴の考えていることは分かっていたが、アリアはあえて聞いてみた。
「大樹はいつだって
「……そうね、大樹君は覆すわ」
肯定するように優子は頷く。彼女たちはいつも近くで大樹を見ていた。
遠くから見る時もあった。それでもいつも心に響く物を見せられていた。
「YES。だから黒ウサギたちも覆しましょう」
「一応聞くけど、策はあるのかしら?」
黒ウサギは自信満々に告げた。そんな自信に溢れた黒ウサギに真由美が聞くが、黒ウサギはドヤ顔を見せるだけで何も答えない。つまり、策は無い。
「完全に思考が大樹さんですよね」
「ほ、褒め言葉として受け取ります」
「頬が引きつってますよ」
ティナに言われてしまい、黒ウサギのウサ耳はシュンと元気を無くす。
「策が無くても、大樹なら戦う」
折紙の言葉に、全員が頷いた。
どんなに無謀でも、どんなに手詰まりでも、王手を打たれても、大樹は諦めなかった。
無謀は勇敢に変え、手詰まりの壁をぶち壊し、王手の盤面をひっくり返し来た。
「だから、私たちも戦う」
大切な人が繰り返して来たことを、今度は自分たちがする番だった。
何も難しいことはない。単純なことだ。
バシンッと美琴は右手の拳で左手のひらを叩いた。
「行くわよ、皆!!」
「ええ! その意気よ!」
「大丈夫……アタシたちなら勝てるわ!」
「YES! この戦い、絶対に負けません!」
「ここが正念場よ! しっかり!」
「今度こそ撃ち抜きます!」
「絶対に負けないッ」
冥府の女神———ペルセポネを前にしても、七人の女の子は屈しなかった。
絶対的存在を打倒する為に武器を取り、戦意を剥き出しにした。
『———ありえない』
ペルセポネの言う通りだ。こんなこと、ありえない。
奇跡でも運命でもない。これは絶対に、ありえないのだ。
凶悪な姿を前にしても彼女たちは折れなかった。心はくじけなかった。
強く生きる女の子を目にしたペルセポネは、捨てたはずの思考と記憶を思い出してしまう。
『うぅ、ああぁ……ああああああぁぁァァァアアアアア!!』
叫び声を上げて無理矢理忘れる。それは思い出してはいけない。
ゼウスは言った―――『私はお前を―――』———やめろ!!
思い出さない為に、彼女は力を存分に振るった。
悪魔の力で傷ついた分を【
ドゴオオオオオォォォ!!!!!!!
天地をひっくり返すような一撃を、容赦無く女の子たちに繰り出した。
『———【
________________________
悪魔に魂を売った神ポセイドンの猛攻は元保持者を着実に追い詰めていた。
ドゴッ!!!
「ぐぅッ!!」
特にバトラーたちは武術に関して才能はない。一度のダメージで体力をごっそりと削ることになる。
「はぁ……はぁ……土の鎧も、限界ですね……!」
息を荒げながらポセイドンを睨み付ける。纏っていた土の鎧がボロボロと音を立てて崩れ落ちた。
「ッ……大丈夫!?」
「ええッ、ですが……!」
双子は背中合わせで互いを守っていた。周囲には数え切れないほどの凶悪な虫たちが囲んでいた。
「……まだか」
表情には出さないが、ガルペスは焦っていた。この状態が長く続けば全滅すると分かっている。分かっているが、打開策が無い。
「はあああああぁぁぁぁッッ!!!」
ザンッ! ザンッ! ザンッ!!
血に濡れながら、虫の液体に塗れながら姫羅は必死に刀を振るう。
宙を飛ぶ虫を次々と両断し、ポセイドンとの距離を再び詰める。
『オオ……ゥオオオ……!』
ベルゼブブの力に取り込まれたポセイドンの無数の腕が姫羅に襲い掛かる。
ドゴンッ!! ドゴドゴッ!! ドゴオオオォォ!!
次々と地面を割るような一撃を回避する姫羅。開眼した瞳には、全てが見えている。
「これでも食らいな!!」
姫羅の【神速絶刀の構え】から繰り出される絶技。大樹すら目にしたことのない動きでポセイドンを斬る。
「【
―――右手の一振りは神速を越える。速さの一刀。
―――左手の一振りは地獄に落とす。強さの一刀。
ズバァンッッッ!!!!
―――二刀の斬撃を合わせることで悪を断ち、天に召す。これぞ最強の一撃なり。
凄まじい衝撃と共にポセイドンの体が頭の先から縦に裂けた。大きな傷口から盛大に不快な色の血を噴き出した。
『……………ニィ』
だが、怪我を負ったにも関わらず奴は不敵に笑った。
開眼した姫羅に見えていた。次に繰り出すポセイドンの一撃が。
「———クソッタレ……!」
そして、避けることのできない攻撃であることも見えていた。
ドゴオオオオオォォォ!!!
突如ポセイドンの体から噴き出した体液が大爆発を引き起こした。
爆炎は姫羅の体を包み込み、自分が生み出した虫すら飲み込んだ。
衝撃は凄まじく、爆風はガルペスたちの体を軽々と吹き飛ばした。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!』
「クソッ……姫羅さん!? 生きていますか!?」
バトラーは急いで倒れている姫羅を抱きかかえる。彼女は死にそうな顔で、
「ゴボゴオヴォロロホッホッ……めっちゃ血出たけど逆に大丈夫かも……」
「死にかけてるわ!!」
顔色は真っ青になり、体中の骨は折れている。今の爆発で生きていることが奇跡だった。
馬鹿みたいなことを言っているが、姫羅に余裕がないのはバトラーにも伝わった。
「治療をします。さぁ! 早くこの土を食ってください!」
「あ、アンタもノリが良いねぇ………………………マジで?」
「マジです」
ガチで土を食わされた。
姫羅が回復している間にガルペスは態勢を立て直そうとする。再び魔神を召喚し、地獄術で自身を強化する。
『王ニ……オウ、ニ、ナラナ、ケレバ……!』
ボォウッ!!!
漆黒の闇が自我を失ったポセイドンの口から溢れ出す。そして次の瞬間、魔神を薙ぎ払う光線が放たれた。
光線は巨体の魔神を一瞬で斬り裂き、消滅させた。その光景にはガルペスも額から汗を流す。
「フッ、こうも簡単に召喚した魔神を倒されると……へこむ」
「アンタも余裕ですね!? 土食うか!?」
「やめろ」
再びバトラーのツッコミが入る。追い詰められている連中に見えなかった。
「うぅえッ……土が口の中でえらいことに………………美味い」
「ねぇ? あの人の頭は大丈夫なの?」
虚ろな目で姫羅は土をモグモグ食べている。普通じゃない光景に奈月は不安になっていた。
ふざけている時間は終わりだとガルペスが告げると皆の目の色は変わる。ポセイドンの様子がおかしくなったからだ。
『オォ……オォオオ……【
周囲を飛び回っていた虫の
「巨大化……というわけではないな」
ガルペスが考察するまでもなく、明らかに悪い事が起きようとしていた。
「恐ろしい力が溢れ出しています。これが放出されてしまえば……!」
悪魔の力に怯えている陽。こうして話している間にポセイドンの体は二倍に膨れ上がっていた。
このまま力が膨れ上がれば天界を壊すレベルの爆弾ではない。何もかも無へと還り、全てが消滅する。
手を打とうにも下手に刺激を与えれば最悪なことになる。慎重な対策を要求されるが、今の彼らに手段は残されていなかった。
「———諦めない」
その言葉を口にしたのは、意外な人物だった。
カツカツと前に歩き出し、両手に小さな魔法陣を回しながら敵を睨み付けた。
「最初、ここに立っている理由は一つだった。これまで重ねて来た罪を償う為。それだけだった」
―――そう、ガルペスだ。
辛そうな表情をしながら両手を広げて魔神を
「だが、今は違う」
しかし、魔神の数は今までに出して来た数より多く、力も膨れ上がっていた。
「先に行った
「「「「ッ!」」」」
「なるほど……貴様らが
地獄術を無理に使っているせいでガルペスの口からは血が流れている。その姿に、元保持者が動かないわけがない。
「そうですよ。私にも負けられない理由がある。お嬢様が生きている世界を守る為に、ここに立っている」
握り絞めた土の剣が変わる。ダイヤモンドのような輝きを放ち、熱を帯びた。
陽と奈月も頷き合い、手を握り合う。
「私たちも、負けられない理由があります」
「こんな奴なんかに、皆の希望は奪わせない!」
強く、離れないように。赤い氷の花が青い炎で包み込み、幻想的な光景を造り出す。本来なら反発する力がこの時だけは融合していた。
「越えろ……アタイも負けられないんだ……自分の限界を、越えろぉ!!」
目を閉じて集中していた姫羅は大声を出す。
開眼―――同時に全神経を限界を越えて研ぎ澄まし、刀に己の覇気を纏わせる。
結ったゴムは燃え、長い髪は炎のように揺れた。
「ああ、確かにこれは良い……」
誰にも聞こえないような小さな声でガルペスは呟く。
前世で忘れていた感情———今なら愛する人の顔から声まで、感情の一つ一つ思い出せる。
『オォォオオォォ―――――――!!!』
「皆さん行きますよ!! 【
ドゴドゴッドゴオオオオオォォォ!!
膨れ上がったポセイドンを中心とした周囲に岩の山が抑え込むように一斉に突き出る。
続けて魔神たちが山の上から隙間無く重なって抑え込む。
だが抑え込んだ爆弾は凶悪。抑えている魔神たちも悲鳴を上げ、今にも爆発しそうになっている。
「「燃えろ! そして凍えろ! ―――【
双子が合わせた力は一瞬で山も魔神も、全てを凍結させた。赤き氷山を創造した。
周囲を飛び回っていた虫も、全て凍り付いて落ちる。絶対零度を凌駕した未知の氷結。
そして次の瞬間、魔神たちの最後の力と共に力を放出する。
ゴオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!
魔神たちの魂を燃料にして蒼き炎が中で燃え上がる。太陽の熱すら越えた常識破りの火力。
そして、人類が誰も到達することのできない速度で上空から振って来る超人が居た。
「受け取りなクソ神! これがアタイのッ……」
二本の刀が合わさり一本の刀となる。両手でグッと握り絞め、開眼した瞳は真紅に染まる。
姫羅の体は赤く、刀も朱く、全てが紅く輝く。たった今、赤い流星と成った。
「アタイの最後で、アタイの本気で、アタイの、一撃だッ……!!」
全身全霊―――己の持つ全てを賭けた一撃。
次は無い。自分の過去も未来も、全てをこの刀に掻き集めた。
小さい事も、些細な事も、想う人が繋いだ世界の為に、姫羅は叫ぶのだ。
「———【
一撃。
たった一太刀。
上から下への一刀。
青い炎を消すことなく、赤い氷を傷つけることなく、魔神を斬ることなく、山を砕かない静かな両断。
自分の命に代えて、姫羅は一刀両断した。
姫羅が地面に着地し、刀を鞘に納めた瞬間―――!
バギンッッ!! ビシッ!!!!!
抑え込まれていたポセイドンの体に亀裂が走った。膨れ上がった体から今にも中身が飛び散りそうだった。
だが爆発はしない。中に閉じ込められたポセイドンが苦しみもがいている。溜まった力を放出することができないのだ。
『オゴォ―――オオォ―――ォォオオオ!!??』
汚い声で必死に暴れようとするポセイドン。姫羅が斬ったのは、体でも力でもない。
一刀両断したのは、敵の引き金だ。
刀を鞘に納めた姫羅が地面に倒れる。二度と起き上がることのできない体になっても、表情はニヤリと笑みを見せていた。
必死に暴れるポセイドンを見たガルペスは驚きの声を上げる。
「まさか、敵の力そのもの……能力や機能を斬ったとでも言うのか……!」
「き、機能!? 物体じゃない!? そんなことが可能なのですか!?」
「ありえないに決まっている! だが、目の前で起きているのが事実だ!」
ガルペスの言葉にバトラーたちが驚いてしまう。
大樹のように敵の能力を消すわけではない。刀で敵の思考や機能を完全停止させたのだ。
何をどう斬ればそうなるのか、ガルペスですら永遠に解けない謎であろう。
一秒やコンマ、そういう短い時間のレベルではない。
次元が違う、神業、そういう技術のレベルではない。
今の一刀は教えることも、盗むことも、解説することもできない。誰にも真似をすることができない。そう、神ですら!
(―――光の速度で飛び回る米粒より小さい物体を刀で斬るレベル……神を越えた偉業だ!)
元保持者たちが造り出した
「お、抑え込めた……?」
「……いや、駄目だ! まだ奴が居る!」
奈月の言葉にガルペスが否定する。視線の先はポセイドンの膨れ上がった腹部。大きく縦に裂け、ゆっくりと中からこじ開けようとする悪魔の手が出ている。
「今の一撃でポセイドンは完全に終わった! だが
「そんなッ……!」
元保持者たちから安堵が消える。倒れた姫羅も悔しそうに歯を砕いた。
『ォォォォオオオオオオオオオオ!!!』
ポセイドンの咆哮と共に腹部から
「ベルゼブブ……!」
腹部から不快な音を立てながら巨大なハエの形をした顔を出す。不気味に光る赤い目が、元保持者たちに恐怖を与える。
「不味いですよ! このままだと最後にポセイドンを食らう気なのでは!?」
ベルゼブブはこちらの力を吸収するつもりだ。そうなればポセイドンが召喚するより酷い状況に悪化するのは容易に想像できてしまった。
「ぐぅッ……ぁあ……!」
(……無理だ、楢原 姫羅は限界だ! だが打つ手はもう……!)
必死に体を動かそうとする姫羅。だが立ち上がることはできない。
その姿にガルペスは鬼才の頭脳をフル回転させるが策は思い浮かばず。
バトラーは
「―――ここまでか」
諦めるようにガルペスは呟いた。
「っと前なら簡単に諦めていた。遅いぞ」
だが、口元は笑みを浮かべていた。
絶望を前にした元保持者たちは後ろから歩いて来た希望を見て安堵する。
「待たせた。地獄ってのは案外広くてな」
バギンッ!!!
『ッッッ!!??』
その時、ベルゼブブの体に無数の魔法陣が描かれた。突如動かなくなった自分の体にベルゼブブは驚きの声すら出ない。
その希望は中国の道服に似た紅い衣装を身に纏い、木製の
『王』と書かれた帽子を脱ぎ捨て、坊主頭が
「『森羅万象の奇跡は崩壊の兆し。身に宿るのは反逆の一矢』―――【
己を守っていた神の加護を捨て、地獄の力を借りる。短剣を取り出し、背後に北欧神話の毒蛇の怪物が姿を見せる。
「詠唱省略―――同時に『閻魔大王』の名の下に制限を解放」
「は? ……いや待てッ!? まさか貴様、閻魔に力を借りるのではなく、閻魔そのものを!?」
「そうでもしなきゃ勝てない相手だろ? だったら俺は迷わず選ぶ。アイツもそうするだろ?」
ガルペスが汗を流すほど驚いているにも関わらず、声は落ち着いていた。
危険を察知したベルゼブブが口の中で力を溜める。希望を砕く為のエネルギーを放出しようとしていた。
背後に居たヨルムンガンドの黒い巨体は紅い光の粒となり、握り絞めた短剣を腕ごと包み込んだ。
「【———
力を授かった右腕が赤き龍の
ドゴオオオオオォォォ!!
ベルゼブブの口から超高熱のレーザー光線が放たれる。ポセイドンを包み込んでいた元保持者の力を一瞬で溶かすほどの力だ。
それに対抗するは第二の希望。その名は———!
「今から俺が閻魔大王―――原田 亮良だぁ!!!」
シュドゴオオオオオオォォォォォォ!!!!
「———【
世界に轟かせる赤き咆哮。
紅き咢から放たれたのは灼熱地獄の熱を持った光線。ポセイドンの巨体よりも何十倍も大きい光線だ。
新たに生まれた地獄の王は全ての悪を焼き払う炎を解き放った。
神の奇跡も、悪魔の契約も、世界を脅かす存在全てに対して閻魔は許すことは無い。
『ゴォアアァォォオオオオアアアアアアァァァ―――!!??』
原田が来る時まで元保持者たちが必死に繋いでくれた。それを無駄とは言わせない。
「消し飛びやがぁれぇえええええええええええええええええ!!!」
この先に居る親友の為に、未来の希望の為に、原田は力を惜しみなく解放する。
反動で腕が千切れそうになっても、喉が潰れそうになっても、光で失明しそうになっても、ベルゼブブとポセイドンと、二つの悪の存在を決して許さない。
その場に居る全員の視界が真っ白に包まれ、衝撃波と爆風が体を吹き飛ばした。
だが言うまでは無いだろう。
最後は立ち上がり―――この戦いに勝った者達の喜びの叫びが響き渡ったことを。