どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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シリアス「ただいま」


踏み外す一歩

『とりあえず殴れ』

 

 

「ああ」

 

 

「おぼぉ!?」

 

 

「んひぃ!?」

 

 

文月学園の学生を二人程殴って気絶させる。一人から制服を剥ぎ取ると冥府神の力がもう一人に与えられる。

 

憑依と呼ばれるモノを行っているのだ。俺とは違い不完全だが、操れる程度のことはできるらしい。

 

 

「お、オデ……長谷川(はせがわ) 智紀(ともき)……ウンババウバッホラオラオハー」

 

 

「馬鹿やっていないで行くぞ」

 

 

制服を着て変装すると同時に学園長室へと向かう。それから冥府神の洗脳、コンピュータ技術の改竄(かいざん)を冥府神に任せた。

 

 

「意外だな」

 

 

「馬鹿め。地獄の世界でも今ではネットがないと社会が回らないのだから当然だぞ」

 

 

「近代社会取り入れてる地獄ってもはや何だ」

 

 

ある意味恐怖を感じる地獄だった。鬼や悪魔がカタカタカタカタカタカタカタカタカタカと一心不乱にキーボードを叩く姿はもはや狂気。

 

 

「この世界も腐っているな。毎日残業? ボーナスなし? 愚か! 地獄では残業なし、ボーナスは当然! そんなブラック企業しか存在しないぞ!」

 

 

「もはや天国」

 

 

人間がその職場を知ったら競争率がぐんと上がるな。というか人間が地獄に就職って何だ。いや何だ。ホント何だ。

 

 

「これで怪しまれることなく清涼祭に参加できる」

 

 

「アレはどうする? 試験召喚獣だったか? テストは受けていないぞ?」

 

 

「どの道、貴様の点数など低いだろう。回答欄が全て殺伐としていそうだ」

 

 

「あ?」

 

 

どうやら冥府神は点数も改竄しているようだ。当然、楢原 大樹に勝てる点数を設定している。

 

見下された物だ。一体どう考えたら俺を頭の悪いガキだと思いやがる。

 

 

「……問題を一つ出そうか」

 

 

「……何だ」

 

 

「兄が弟より20分早く家を出ました。兄の歩く速度を3km、弟は自転車で追い駆ける速度を12kmとする。追いつくにはどれだけの時間が必要か———」

 

 

「狙撃して兄の足を止める。そうすれば五分で着くな」

 

 

「………………………………………………………………………………正解だ」

 

 

冥府神は苦悶の表情をしていることに、慶吾は気付かなかった。

 

 

「クックックッ、これは楢原の召喚獣じゃないか」

 

 

「……何をする気だ」

 

 

楢原の召喚獣は武器が銀色に輝いた剣で二刀流。黒い短ランを着ており、中には白いTシャツが着た装備。そのTシャツに文字を書いた。

 

———『紳士』と。

 

 

「ガキかお前」

 

 

「こういう楽しいことは、我、やめられぬ」

 

 

「ガキ」

 

 

________________________

 

 

 

楢原 大樹のサポートしている天使———元保持者である原田 亮良に挑発的な態度を取った後、自分の失敗に気付く。

 

 

「チッ、思わず宮川で名乗ってしまった」

 

 

「気にすることはない。同姓同名くらい、よくあることだ」

 

 

冥府神(コイツ)が余計な馬鹿をしたせいで、楢原は自分のことをアホの子だと思っているに違いないことをポンコツ神は気付いていない。お前の核爆弾のせいだぞポンコツ……!

 

……今更騒いだところで失敗を消すことはできない。

 

絶望に落とすことだけ考えろ。圧倒する力で、ねじ伏せる。生きる力を失えば、それはそれで潰しがいのある人間の完成だ。

 

 

———しかし、結果は最悪。潰されたのは自分だった。

 

 

Aクラス

 

楢原 大樹 28291点

 

原田 亮良    21点

 

 VS

 

Aクラス

 

宮川 慶吾  8971点

 

長谷川 智紀 8470点

 

 

「———俺たちをバカにしたことを後悔するんだな」

 

 

ちゃぶ台でボコボコにされる召喚獣。その光景は酷く不愉快で、最悪で……憎かった。

 

何故コイツは絶望しない。

 

何故コイツは臆しない。

 

何故コイツは、折れない!!!!

 

 

(……我としては、結果が良ければ問題ない。そう、十分な成果だ)

 

 

冥府神は敗北と屈辱に押し潰されそうになっている慶吾に笑みを浮かべる。

 

殺意がふつふつと高まるのを感じていた。それは今まで以上の殺意が。

 

化ける。最強の悪魔以上の、冥府神以上の存在へと化けると。

 

勝利した者と敗北した者の違い。意志の違いで、強さは変わる。

 

どちらに転がった方が良いのか、明白になるほどの豹変を慶吾は見せた。

 

 

________________________

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオオォォォォ!!

 

 

慶吾の蹴りは怪物の腹部に凄まじい衝撃を与えた。二十メートルはある巨体がくの字に曲がり、そのまま後ろから倒れる。

 

 

『ありえぬ……!? こんなことは……!?』

 

 

百を越える黄金の腕が慶吾を捕まえようとする。しかし、慶吾は軽々とそれを回避して再び倒れた怪物と距離を詰める。

 

 

『ま、待て!? 降参を———!?』

 

 

「【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】」

 

 

———なんとかの神と呼ばれていた物を肉塊へと還す。

 

血で全身が濡れることも気にしない。ただただ目の前にある肉を潰して命を奪う。

 

そんな命を奪う行為に慣れてしまう。動揺など、今更しない。

 

神の命を潰した所で『だから?』としか思えない。

 

 

「次」

 

 

『ギュグガァアアアアアアアアァァァ!!!』

 

 

鼓膜の潰さんばかりの遠吠え。巨大な竜がコチラに敵意を向けながら炎を吐き散らす。

 

それに対して慶吾は銃を構えて一発の弾丸を放つだけ。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

それだけで炎を吹き飛ばし、竜の頭部を木端微塵にする。

 

———弱い。

 

 

「次……」

 

 

コイツも———弱い。

 

 

「次ッ!」

 

 

コイツもアイツも———弱い弱い。

 

 

「次ッッ!!!」

 

 

コイツら全員———弱い弱い弱い弱い弱い!!!!

 

 

「クソがああああああああァァァア!!!」

 

 

最後は———積み上げた死体の山の上で叫んでいた。

 

圧倒的な強さで全ての敵をねじ伏せていた。

 

怪物だろうが神だろうが、強者だろうが猛者だろうが、最強と名乗る愚か者だろうが。

 

宮川 慶吾には、虫を潰す程度の存在でしかなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

『……素晴らしい、とは言えないな』

 

 

冥府神の声は冷めていた。荒れ狂う慶吾の姿に、少し失望していた。

 

力は想像以上、だが感情は最低だった。

 

 

「次だ……次はもっとッ……!」

 

 

『ッ……転生だ。来るぞ』

 

 

冥府神の声にハッと我に返る。振り返れば転生の光が輝いていた。

 

銃を構えて敵に近づこうとする。冥府神が「待て!」と叫んでいるが本人には聞こえない。

 

 

「—————」

 

 

銃を敵に突き付けた瞬間、慶吾の心は更に乱れることになる。

 

銃を突きつけた相手は———双葉だったのだから。

 

 

「ぁ……が……!?」

 

 

綺麗な黒い長髪。顔は見間違えることはない。

 

白い衣に包まれ、黒い弓を握り絞めた双葉に言葉が出なかった。

 

 

「おやおや、この程度で動揺するとは……冥府神の保持者もゴミですね」

 

 

双葉の背後から現れたのはヘルメス。ニヤニヤと気味の悪い笑みを見せている。

 

冥府神の声が響き渡る。

 

 

『何だこれは?』

 

 

「嫌だなぁ、私は保持者を早急に選べと彼女に頼んだだけですよ? 文句なら彼女に———っと、もう彼女はいないのでしたね」

 

 

『……()ったのか』

 

 

「ええ、邪魔だったので。あまり変な動きをされても困るので」

 

 

邪魔だったから殺した。それは慶吾も同じようなことを何度もして来たが、ヘルメスとは全く違う。

 

慶吾の戦いは長く高い壁———障害があるから破壊した。いや、飛び越えるよりも破壊する方法が一番だったから。扉が開くのなら何もしない。

 

しかし、ヘルメスは違う。壁に扉があるにも関わらず破壊したのだ。扉の開け閉めが面倒だからという理由だけで。

 

この神もまた、狂っていた。まるで自分の道に石が落ちていることすら認めないくらい最低な神だった。

 

冥府神が彼女の存在を双葉から推測して教えてくれる。オリュンポス十二神のアルテミスのことだと。

 

しかし、一つの疑問が残る。神が死んだ状態での保持者はどうなるのか? それをヘルメスに対して質問すると、

 

 

「特に問題はありません。死んだ者のことなど考える時間なんて勿体無い———」

 

 

ドゴンッッ!!

 

 

そこまで告げるとヘルメスは壁に叩きつけられていた。

 

胸ぐらを掴んでいるのは慶吾。ヘルメスは笑みを崩さない。

 

 

「だから私は関係ありません。あぁでも少しだけ要望で『哀れな死に方をした者』で操りやすいように記憶を消して———」

 

 

「黙れよ」

 

 

ヘルメスの笑みが終わりを迎えた。

 

そこには恐怖。ただただ恐怖と絶望だけが残されていた。

 

絞め上げられる首にゾッとするヘルメス。慶吾の顔を見た瞬間、心の底から本気で殺されると感じたからだ。

 

———理性や本能、何もかもの錠が壊れた顔付き。

 

神たる存在が怯えてしまっている光景に冥府神は笑うこともできなかった。

 

 

(何だ……殺意や絶望でもッ……コイツの感情は……!?)

 

 

彼の中で渦巻いているのは純粋な『怒り』だと理解した。

 

人としてタガが外れたはずの男が見せる感情に冥府神の動揺は収まらない。

 

 

(何故だ……そんな感情じゃこの力は増幅しない……操ることもできな———まさか!?)

 

 

宮川 慶吾の中を渦巻いている感情が、冥府神の力を越えたことを物語っていた。

 

殺意や憎悪なんてものより、彼の怒りが己の力を増大させていた。

 

 

「ぁ……がぁ……!?」

 

 

『やめろ! まだコイツには利用価値がッ……!』

 

 

頭の中に響く声でハッと我に返る。首を絞めていた手を緩めてヘルメスを地面に降ろす。

 

苦しそうに咳き込むヘルメス。最初は睨み付けようとするが、先程の光景を思い出したのか、慶吾の存在に怯えているようにも見えた。

 

最初に見えていた笑顔は、仮面のような笑みへと変わり果てていた。

 

 

「ッ……これだから冥府神の……いえ、もういいです」

 

 

触れることが怖くなったのか、ヘルメスは急いで用件を話す。

 

 

「彼女の保持者はいなくなりました。自由に動かせる駒……人材ですので好きにどうぞ」

 

 

駒という言葉を後悔しているようだったが、慶吾は何も行動を起こそうとしない。代わりに冥府神は話を進める。

 

 

『ならば我があそこで指示した奴に渡せば良い』

 

 

「……私の保持者に?」

 

 

『ああ、ガルペス=ソォディアなら必ず世界を乱す』

 

 

冥府神がヘルメスに頼んでいたことだった。慶吾の前、冥府神の元保持者である上野 航平———ガルペス=ソォディアをヘルメスの保持者にすること。

 

そしてガルペスを筆頭に他の保持者を部下にして神を殲滅(せんめつ)するという目的を与える。

 

 

「解せませんね。冥府神のあなたが捨てた男なのでしょう? そこから希望を与えて、神の脅威に辿り着くなど思えません」

 

 

『逆だ。だからこそ、あの男は這い上がる』

 

 

冥府神の声は、笑っていた。

 

 

『次は何もかも捨てる。奴は全てを捨てて、この戦いに喰らい付く。絶対に』

 

 

「……そうですか」

 

 

ヘルメスは理解しがたいと言いたげな顔でその場から離れようとする。その後を双葉が追いかけようとする。

 

 

「彼女の名前は『リュナ』とします。ゼウスの保持者に元の名を隠した所であまり意味はないのですが、他の保持者がそうしている中、彼女だけしないというのは不自然ですからね」

 

 

「それともう一つ」とヘルメスは最後に付け足す。

 

 

「この世界に彼が仕掛けてきましたよ。ゼウスの保持者『楢原 大樹』は更なる強さを手に入れようとしています」

 

 

「ッ!」

 

 

慶吾の表情が更に歪む。そのことにヘルメスは少し急いで目の前に黄金の扉が出現させて開く。白い空間にリュナと一緒に逃げるように入り、消えて行った。

 

黄金の扉が最後まで消えるのを待った後、慶吾は拳をグッと握り絞める。

 

 

ドゴオオオオオオオオオォォォォ!!!!

 

 

その拳を地面に叩き付けた。

 

拳から血が噴き出し骨が砕ける。力任せに殴りつけたせいで腕の骨まで壊す威力だった。

 

巨大なクレーターと何百メートルまで続く地割れ。慶吾の怒りを表しているようだった。

 

冥府神の力で怪我は回復するが、怒りは収まらない。

 

 

「殺してやるッ……あの神も……奴も、絶対に……!」

 

 

———冥府神すら予期できぬ方向へと物語は進みだしていた。

 

 

________________________

 

 

 

———【箱庭】

 

 

その世界に慶吾は少し前から来ていた。楢原 大樹が転生するよりも前に。

 

【ペルセウス】と【ノーネーム】の大樹たちがギフトゲームをしている所を冥府神の力を使って遠くから見ていた。あまり近くに寄るとバレると冥府神に忠告された。

 

 

『確かに強いな。ふざけている余裕があるせいか、イマイチ強さが分からないが……』

 

 

ゼウスの保持者としてどの程度の実力なのか。それを確かめる為に見に来たのだ。

 

だが実際は【ノーネーム】の大樹たちが圧勝でゲームを終えようとしていた。精霊アルゴールを使ったにも関わらず【ペルセウス】はボロボロになっている。

 

 

「ルイオス。お前の負けだ」

 

 

「……くそッ」

 

 

大樹の勝利宣言にルイオスが悔しそうに唇を噛む。ここまで足を運んだ結果がこれだと———実につまらない。

 

 

「おい」

 

 

『ククッ、分かっている』

 

 

口端を吊り上げた慶吾の希望に応えるように冥府神の力が発動する。禍々しいオーラを放つ銃弾を銃に込めて、右手に握り絞めて構える。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

遠距離からの狙撃———銃弾は不可視になりアルゴールの体中に取り付けられた拘束具のベルトを消滅させた。誰にも気付かれることなくゲームに干渉する。

 

 

『さぁ……始めよう!!』

 

 

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃァァァ!?」

 

 

アルゴールの奇怪な叫び声で、ゲームは再び始まる。

 

今度こそ、大樹の力を図ろうとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

「———【一葉(いちよう)風鈴閃(ふうりんせん)】」

 

 

まさに閃光。光の速度で駆け抜けた大樹はアルゴールを突き刺し、後方の壁どころか闘技場を破壊した。

 

 

「まさか覚醒した【アルゴルの悪魔】を倒すとは………」

 

 

『ああ、少し驚きだな』

 

 

冥府神は同意するように呟いているが、

 

 

「最強の神の【保持者】、か………果たしてそうかな?」

 

 

慶吾は嘲笑っていた。

 

 

「その力が冥府の神の【保持者】に勝てるのか?」

 

 

『……危機感はないのか?』

 

 

「……危機感?」

 

 

白亜(はくあ)の宮殿が崩れゆく光景に慶吾は溜め息を漏らしていた。

 

 

「———この程度でか?」

 

 

それは強さに対してではない。弱さに対して呆れていた。

 

期待外れもいいところ。更なる強さを手に入れようとする姿に見えるのか?

 

慶吾は一言だけ感想を呟く。

 

 

「舐めているのか?」

 

 

嘔吐しそうなほど自分に甘い。そんな大樹に軽蔑と侮蔑の感情しか湧かない。

 

殺意や敵意を向ける相手にもならない。飛んでいる虫が周囲をウロチョロしているだけでいちいち殺意なんて湧くはずがない。

 

 

『我は貴様の感想の方が舐めているようにしか思えないがな』

 

 

冥府神は大樹の戦いに危機感を心の底から感じていた。だから慶吾の発言に驚いていた。

 

 

「神の力を最大限に扱い切れていない」

 

 

『馬鹿な。あの状態で使いこなしても我らが困るだけだ』

 

 

状況を飲み込めないのかと冥府神は不審に思う。しかし、慶吾の異変に気付くことに遅れたことを後悔する。

 

 

「意味は当然ある」

 

 

『何だ?』

 

 

 

 

 

「それだけ強くなければ———潰す意味がないだろ」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、冥府神はゾッとするような恐怖を覚えた。

 

慶吾は大樹を単純に殺さないとは言った。しかし、殺し方に関してあまり冥府神は理解していなかった。

 

いや違う。理解したつもりだったから、気付くのが遅れたのだ。

 

 

「どれだけ足掻いても無駄だと思い知らせる。奴には絶望して、殺すんじゃない。絶望しながら殺し続ける……!」

 

 

頭のネジが数本外れたという話ではなかった。

 

 

「奴の目の前で奴の大事な物を壊し殺す……自分の人生全てを否定させるくらい絶望に叩き落とす……!」

 

 

———狂人や殺人鬼の考えすら超越した危険な思考回路。

 

 

「貴様の持つ神の力がゴミ同然だったと分からせてやる……!」

 

 

冥府神すら呼吸を忘れる———【冥府神】への一歩を踏み出していた。

 

 

 


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