どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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今日で連続投稿は終わりです。頑張ったので許してください。


この戦いの果てに…

涙を枯らし切った後、俺は歩き出していた。

 

フラフラとした足取りでは無い。しっかりと前に進んでいた。

 

一歩一歩。もう迷わないように。

 

幼馴染に笑われないように、恥じた生き方をしないように。

 

 

「進めているよ……双葉……」

 

 

アイツは立派な俺を望んでいるのだから。

 

川を辿り海へと目指す。海岸に出ると、一人の男が待っていた。

 

スポーツができそうな坊主頭で似合わない白い服。俺の姿を見て安心するように息を吐いていた。

 

 

()れているな」

 

 

「……ああ、そうだな。今日は良い天気だこと」

 

 

目の下が腫れていることを無理にでも誤魔化そうとする大樹に原田は笑ってしまう。

 

大樹は言わなければいけないことを原田に話す。

 

 

「あの攻撃、お前が助けてくれただろ」

 

 

「少し遅かったけどな。まぁ一発だけ殴られても文句は———」

 

 

「ありがとう。本当に助かった」

 

 

冗談を言わずに正面から礼を言う。大樹は頭を下げて原田に感謝した。

 

それだけ原田は大樹たちに対して救った。

 

———尻尾巻いて逃げた自分の行いを肯定したのだ。

 

 

「……俺は、逃げていたんだぞ」

 

 

「それでもお前に感謝している」

 

 

原田は額を手で抑える。器の大きい男に呆れてしまったのだ。

 

 

「お前は……はぁ」

 

 

何かを言おうとするが、無駄だと思いやめてしまう。

 

 

「悪いな、いつも面倒かけて」

 

 

「やめろやめろ。もう分かったから。この件は終わりだ」

 

 

原田は海岸の砂浜を歩き出す。それに大樹が後ろからついて行く。

 

波の音が心地良い。戦いと涙に疲れた自分を癒してくれているようだった。

 

 

「……俺が話すのは保持者のことだ」

 

 

「……とうとう俺だけになったな」

 

 

「ああ、お前だけだ」

 

 

寂しそうに言う大樹に原田は頷くが、

 

 

「でも———元保持者ならここに居る」

 

 

「……………」

 

 

振り返った原田の表情は覚悟を決めていた。

 

何かを決心した親友に大樹は気を引き締める。

 

 

()()()は騙され裏切られた。多分だがガルペスに襲われたんだろうな」

 

 

「俺たちって……」

 

 

「俺の他に四人、死んだ保持者が居るって話はしたよな?」

 

 

「……ああ。でも遺体は五人って話だったな」

 

 

「……その一人は俺だ。唯一生き残りで力を失った保持者だ」

 

 

「じゃあ天使とかっていう話は嘘か?」

 

 

「そうだな。でも、今の俺の位置としてはそこが正しいと思う」

 

 

原田は朝日で光る海を見る。

 

日が昇り美しい朝日を見ることができるが、彼の心は洗われないようだった。

 

 

 

 

 

「———俺は、最後まで何もやっていない」

 

 

 

 

 

その言葉は、あまりにも重かった。

 

大樹の心の中をすり抜けるが、虚しさが残る言葉だった。

 

そんなことはないと簡単に否定できなかった。

 

 

「それは……」

 

 

「お前ばかりに……お前だけに頼ってしまった。情けないと自分でも思う。でもな、お前に救われたことは良かったと思っている」

 

 

いいやと原田は続ける。

 

 

「大樹だからこそ、俺はここに居れるんだ」

 

 

「……当たり前だ。何もしていない? ふざけんなアホ、絶望の(ふち)から俺を救ったのはお前だろ」

 

 

美琴たちを守れなかった時、自暴自棄になるまで落ちた俺を救ったのは原田だった。

 

周りからの励ましもあったが、原田の希望ある可能性に俺は再び歩き始めることができた。

 

 

「どれだけ世話になったと思っている。最初から最後まで、お前に助けられている」

 

 

だから大樹は、原田の言葉を否定する。

 

 

「———お前は、最後まで頑張った」

 

 

「……そうか」

 

 

大樹は原田の口元が嬉しそうにしていたことを見逃さなかった。

 

 

________________________

 

 

 

大樹の母から語られる大樹と双葉の話。

 

桜の木の下りが終わった瞬間、女の子たちには砂糖水を飲まされる気分で聞いていた。

 

 

「———それでだいちゃんがね、双葉ちゃんを自転車の後ろに乗せるんだけどね!」

 

 

何故なら大樹と双葉のラブラブな話だからだ。

 

話を聞いてゴハァッ!!と血を吐く女の子たち。実際には吐いていないが。

 

 

「ごふッ」

 

 

「大変です! 折紙さんの意識が!?」

 

 

「AED! AEDを!」

 

 

ただし、折紙は本当に重傷だった。ティナと優子は慌てていた。

 

 

「もうすっごい可愛かったの! ホラ、だいちゃんと双葉ちゃんが手を握って寝ている———」

 

 

「「「「「ゴハァッ!!」」」」」

 

 

今の一撃は全員に効いた。もう超効いた。スペシャル効いた。

 

眠った大樹と双葉が映る写真———手を繋ぐ威力は絶大だった。

 

楢原家のリビングは死屍累々(ししるいるい)と化していた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「ヘックシュン!! ……何かウチが大変なことになっている気がして来た」

 

 

「急に何を言い出すんだお前?」

 

 

砂浜に座りながらコーヒー缶を飲む。突然意味不明なことを言い出す俺に原田はドン引き。やめろよ、そんな目で見るなよ。そんな気がするんだから仕方ないだろ。

 

 

「話の続きだが、俺が死ねばゼウスの守る結界が無くなる話は本当だと言ったな」

 

 

「ああ、それは本当だ」

 

 

「……何が嘘なんだ?」

 

 

「邪神という存在は、俺も途中から聞かされた」

 

 

「ッ!」

 

 

今更何故黙っていたとは聞かない。俺に教えることができない理由があったと分かるからだ。

 

 

「続けろ」

 

 

「ガストレア戦争の後、色金(イロカネ)を回収しに行った時だ。その時に話を少しだけゼウスから聞かされていた」

 

 

「あの時か……」

 

 

「お前に教えようとしていたが、教えることはできなかった」

 

 

原田の告げる言葉は、驚くことだった。

 

 

「———誰かに邪魔をされたんだ。記憶に鍵を掛けるみたいに、思い出せなかった」

 

 

「邪魔をされた!? 誰に!?」

 

 

神に聞かされた直後の邪魔となると、神に近い存在たちを疑ってしまう。もし敵が神側に居るのなら最悪なことが予想される。

 

 

「分からない。ガルペスかもしれない、だけど……ヤバいくらいの負のオーラを感じた」

 

 

当時のことを思い出す原田の顔は強張っていた。原田の手を見るが、震えていた。

 

 

「感じたことのない恐怖だった。ソロモンの悪魔ってレベルじゃない。本当の闇をこの体で味わったはずなんだ……!」

 

 

本当の闇……ここまで怯えて話す原田に疑う余地はない。

 

ソロモンの悪魔だってそうだ。ガルペスが居ない今、背後に居るのは邪神という存在だけ。

 

奴は完全に俺を殺そうとしていた。もし原田の助けがなければ俺は双葉を救うこともできず、最悪な結果で終わることになっていただろう。

 

敵の攻撃タイミングは完璧だった。二人の油断したタイミングを狙われていた。

 

 

「……大丈夫だ。そうやって今まで乗り越えて来たんだからよ」

 

 

「……頼もしいな」

 

 

「神への手掛かりもある。世界と天界を繋ぐ【森羅万象の鍵】も優子が持っている。決戦は近いが、問題無い」

 

 

悪魔だろうが何だろうが関係無い。大切な人を傷つけた奴らに一発殴らないと気が済まない性分だからな。

 

 

「だからお前が俺をどんな形で騙していたとしても、俺は許す」

 

 

大事なことは口にした方が良いと大樹は思い、原田に伝える。

 

 

「お前が助けてくれたことは変わりないからな」

 

 

「———ありがとよ」

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「ちーん」」」」」

 

 

「あらあら? どうしたのかしら?」

 

 

大樹の母が語る双葉と大樹のイチャイチャ猛攻に女の子たちはノックダウン。止めてくれる大樹(レフリー)はこの場にいない為、こんな悲劇が生まれてしまった。

 

 

「どうして……こんな残酷なことに……!」

 

 

「勝っているはずですよ……黒ウサギたちが進んでいるはずなのですよ……! ですが……!」

 

 

「双葉さん、恐ろしい子……!」

 

 

「……………」

 

 

美琴と黒ウサギ、真由美が苦しんだ声で言う。折紙は完全に沈黙していた。

 

 

「風穴よ……! 帰って来たら、風穴なんだから……!」

 

 

「そうね……風穴よ……!」

 

 

アリアと優子は静かに怒りの炎を燃やしていた。本人がここに居れば理不尽だとツッコミを入れていただろう。

 

 

「だいちゃんたら、モテモテねぇ」

 

 

事情を知らない大樹の母だけが気楽に女の子たちを見ていた。

 

 

________________________

 

 

 

「うッッ!!? ……俺も今、闇の力を感じた気がする。まさかこれが!?」

 

 

「絶対違うな」

 

 

突如震え出した大樹。砂浜に穴を掘って隠れようとする馬鹿に原田は冷静に返す。

 

二人で穴を埋めた後、砂浜に座り会話を始める。

 

 

「……それで話の続きなんだが、おっぱいとお尻のどっちが好きとかというより———」

 

 

「それは完全に違うな。コーヒーもう一本買って来るから落ち着け」

 

 

プシュッとコーヒー缶を開けて再び飲む二人。落ち着いた大樹は会話を始める。

 

 

「……気にし過ぎだ馬鹿」

 

 

大樹の言葉に原田の表情は驚いたモノに変わる。

 

 

「俺を殺したから何? いいか? 今の俺は全世界の中で最も最強に可愛い超スーパーレディの嫁を七人も居るんだぞ!? お前が殺さなかったら、今の俺は……………きっと廃人だ」

 

 

最後の言葉は原田の胸に大きく圧し掛かる。大樹の事情を知っている原田は否定することはできなかった。

 

 

「それに俺は死んでないし? 死んでも生き返っちゃう系男子だから仕方ねぇだろ」

 

 

「生き返っちゃう系男子って何だ。ただのゾンビだろそれ」

 

 

「最強無敵と呼ばれる俺のようなゾンビが~?」

 

 

「いてたまるか! 何言わせんだお前!?」

 

 

クックックッと笑いを堪える大樹。原田は重く考えていたことが馬鹿に思えて来てしまった。

 

 

「お前……ホント良い奴過ぎるだろ」

 

 

「今更気付いた? でも男に差し出す貞操はねぇから死ね」

 

 

「ぶん殴んぞテメェ」

 

 

『ガチホモと聞いて』

 

 

「「帰れぇ!!!」」

 

 

天使が一瞬姿を見せたが消えた。大樹と原田のコンビネーションで即座に帰らせた。

 

 

「お前、アレと同類でいいの? 天使やめちまえよ。職業偽るならニートの方がずっとマシだよ」

 

 

「ニートは絶対に嫌だが……クソッ、あまり否定できねぇ」

 

 

「俺とお前で世界征服する魔王に就職しないか?」

 

 

「お前が言うと洒落にならないからやめろ」

 

 

「世界を平和にしようぜ」

 

 

「魔王の言う言葉じゃないんだよなぁ」

 

 

大樹らしい魔王だがと考えてしまう自分が恥ずかしくなる原田だった。

 

 

「悪友で良いんだよ。お前は俺を何度だって騙せば良い。俺はお前を平気で蹴るし売るし見捨てるし死ねって言うし中指立てるし馬鹿にするし一生童貞野郎とか貶すこともする」

 

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 

「さすがに俺は殺し切れないぞ」

 

 

短剣が手の横の砂に突き刺さる。ゾッとするが親友が本気で刺すわけがない。

 

 

「別に回復するからいいよな?」

 

 

「目がガチでビビる」

 

 

大樹は走り出し、原田は追いかけた。青春ドラマのように走る二人は、

 

 

「ハッハッハッ、待てよ、ぶっ殺すからよぉ~」

 

 

「ハッハッハッ、絶対に逃げるぅ~」

 

 

———とても殺伐としていた。

 

 

________________________

 

 

 

朝日が昇るのを縁側に座り見ていた大樹の父。手には折れた竹刀が握られていた。

 

その竹刀を大切そうに握り絞める父に、

 

 

「幽か?」

 

 

「はい」

 

 

「そんな所で立っていないで、こっちに座りなさい」

 

 

「……もう、隣に座っています」

 

 

「……………うむ」

 

 

白い着物を身に着けた幽霊が父の隣に座っていたことに気付かなかった。本当に微かにしか見えていないことが明らかとなっている。

 

幽は父の握る竹刀に気付き、微笑む。

 

 

「だいちゃんは、大人になったんだね」

 

 

「ああ、私たちが思うよりも立派になって帰って来た」

 

 

嬉しそうに口元を吊り上げる父に幽は笑みを浮かべる。自慢の息子を楽しそうに語る父を見るのは久しぶりだったからだ。

 

 

「小さい頃から厳しく指導して来たが、成長は早いな」

 

 

「二刀流の才能でしょ?」

 

 

「ああ、しっかりと教えを守っていた。私を越えてな」

 

 

父は立ち上がると空を見上げる。

 

 

「今日は良い天気だ」

 

 

雲一つ無い空に、父は悲しそうな目で空を見ていた。

 

息子の知らない真実を隠していることに、罪悪感を感じていた。

 

 

________________________

 

 

 

大樹と原田はまた砂浜に座っていた。疲れた様子でコーヒー缶を飲んでいる。またコーヒーかよ!

 

 

「カフェインの取り過ぎなんだが……何でコーヒー缶ばっかなの?」

 

 

「あ? 俺はオレンジジュースにしたけど?」

 

 

「テメェ」

 

 

別の買って来いよ!と文句を言いながら飲み終えたコーヒー缶をゴミ箱にシュート! 超、エキサイティング!

 

 

「お前……軽く1キロはあったぞ」

 

 

「余裕だわ」

 

 

原田の飲み終えたオレンジジュースもゴミ箱にシュート! 超、エキサイティング!

 

嫌な顔をする原田だが、笑っている。暗い表情は消えていた。

 

 

「はぁ……反則だろ」

 

 

「まぁな」

 

 

「……俺の神は『太陽神アポロン』だ」

 

 

「唐突だな。まぁゆっくり話せよ」

 

 

ゼウスの息子の神と来たか。偶然か必然か、どっちだろうな。

 

 

「力を奪われた俺に残ったモノは、僅かな神の力を宿した短剣だけだった」

 

 

「僅か?」

 

 

「日本の神『天照大神(アマテラス)』から力を授かったんだ。俺たち保持者は様々な世界を巡ることで力を付けるんだよ。この能力もなッ!」

 

 

砂浜に落ちていたゴミの缶を投げ飛ばす。地面に当たるとスーパーボールの様にバウンドして飛んで行く。学園都市で原田が見せた力を思い出す。

 

 

「すっかりお前の力のこと、忘れてたわ……」

 

 

「ま、まぁ……ジャンプとかマッハを越えた速度を出すのに使っていたんだけど……目立たないからな」

 

 

「Welcome to ようこそ大樹パーク!」

 

 

「人外に巻き込むな」

 

 

入園を拒否された大樹はショックを受ける。ドッタン、バッタン大騒ぎできないらしい。

 

大樹の勧誘を無視した原田は構わず話を続けた。

 

 

「そうして残った力で足掻いた。足掻いて足掻いて足掻いて、追い詰められた時———お前が来た」

 

 

ヒーローの如く、空から降って来た馬鹿野郎だった。

 

 

記憶を失った状態でお前と向かい合わせた神の意図が分かる。

 

 

こんな馬鹿正直に正義を振りかざす男前を見れば、誰でも憧れてしまう。

 

 

復讐に染まった愚か者でも、お前の様な馬鹿になりたいと夢を見てしまう。

 

 

倒すことのできなかった敵を倒し、泣いた者の背中を叩き、助けを求める声に向かって走る姿に———

 

 

———俺も変わりたいと思った。

 

 

愛する者の為に剣を振るい、拳と拳をぶつけ合って分かり合い、平和に馬鹿騒ぎするお前に憧れないわけがない。

 

 

世界に取ってのお前は最後の救世主。

 

 

俺に取ってのお前は、最後の希望。

 

 

そんな重いプレッシャーでもお前は笑う。周りに心配させないように、お前はいつでも笑う。

 

 

「ハッ」

 

 

「あ?」

 

 

思わず笑いが出てしまう。

 

 

『よろしく。俺は楢原 大樹だ。空から落ちてきた神だ』

 

『………俺、人間だけど?』

 

『またつまらぬものを斬ってしまった』

 

『見つけたぞ、突破口を……!!』

 

『明日のゲームは頼んだぞ』

 

『はぁ……あのな黒ウサギ。そもそも原田が落ちたのは俺がそう落ちるように仕組んだからだぜ?』

 

『……原田。あと一回だけ、俺はお前を信じる』

 

『でもまぁ、よくやったな原田。後は、任せろ』

 

『———空っぽの俺を殺してくれて、ありがとよ』

 

 

親友との記憶が一気に脳裏を駆け巡る。どれだけの感謝を重ねても、礼を尽くすには足りなかった。

 

 

「———ホント、難しいな」

 

 

「?」

 

 

今更になって、『ありがとう』の言葉すら出て来なくなってしまった。

 

 

だけど、分かる。

 

 

この馬鹿は、そんなありふれた言葉など全く求めていないことを。

 

 

「———そしてお前も、難しい奴だ」

 

 

最後の感謝を胸に秘めたまま、原田は最後の仕事をするのだ。

 

 

________________________

 

 

 

「それにしても、多いですね……」

 

 

大樹と双葉の写真だけでない。家族との写真も多く残っていた。

 

アルバムの数は数十冊を超えている。娘と息子への愛情が伝わるが、姉が大樹をいじめている写真が多くて苦笑いだった。

 

 

「たった一人の弟だからね。可愛がってしまうものよ」

 

 

女装までさせている写真を見ると、母の言葉を疑ってしまう女の子たち。半泣きしている大樹が可哀想に思えた。

 

和やかな雰囲気で写真を見る女の子たち。大樹の帰りが少し遅いと思っていると、

 

 

「嘘……」

 

 

顔を真っ青にした優子が写真を手に取り、戦慄していた。

 

 

「何を見ているのかしら?」

 

 

優子の後ろから写真を覗く母。酷い驚きに気付かないまま母は答える。

 

 

「あら? 双葉ちゃんの弟さんね。懐かしいわぁ、写真に映っているの、珍しいのよ」

 

 

「弟さんですか?」

 

 

気になった黒ウサギが優子の写真を覗くと、優子と同じように顔色を変えた。

 

 

「これって……!」

 

 

「双葉ちゃんの両親が再婚したでしょ? 母親にも事情があってねぇ……」

 

 

ガタンッ!!

 

 

優子は母の話を聞くことなく走り出した。黒ウサギが急いで後を追いかける。

 

 

「優子さん!?」

 

 

「黒ウサギ!? ちょっと!?」

 

 

美琴が止めようとするが、優子の落とした写真が気になってしまい追いかけることはできなかった。

 

 

(駄目……そんなの駄目なんだから!!)

 

 

必死に走り出す優子。大樹がどこに居るのかも知らずに、足は動いていた。

 

事情を知った黒ウサギが優子を追いかける。彼女もまた、止めることはできなかった。

 

 

そして、最悪の結末を、迎えようとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

「———原田?」

 

 

手を見れば真っ赤に染まっていた。

 

俺に体を預けて原田が倒れている。そう、倒れているのだ。

 

急に立ち上がったかと思えば倒れて来た。振り返って何かを言っていたのに、原田は俺に倒れて来た。

 

そして、何故か血で濡れていた。

 

 

「原田? なぁ原田」

 

 

じわじわと白い服が真っ赤に染まる。

 

原田の呼吸が止まっていることも分かった。

 

 

「冗談だろ……おい、起きろよ」

 

 

何度揺らしても反応が無い。何度声をかけても返事が無い。

 

手を胸に置けば心臓の音も聞こえない。

 

それじゃまるで、死んでいるようじゃないか。

 

 

「原田……なぁ……」

 

 

信じられない光景に、大樹は声を荒げる。

 

 

「おいッ……起きろよ!」

 

 

 

 

 

———既に息を引き取っていることぐらい、分かっていた。

 

 

 

 

 

「ふざけるなよぉ!!!」

 

 

目の前の現実を、受け入れることができなかった。

 

 

「起きろぉ! 起きろって言ってんだよぉ! 何寝てんだよぉ!!」

 

 

枯らしたはずの涙が溢れ出す。さっきまで笑っていた親友が死んでいる現実を受け入れずにいた。

 

 

「もう最後まで来たんだぞ!? あと少しだろ!? お前と俺が神をぶん殴って、邪神も倒してッ……!」

 

 

神の力でどれだけ傷を癒しても、蘇生しようとしても、原田が目を覚ますことはなかった。

 

悔いのない笑みを見せながら、安心でもさせるように眠っていた。

 

安らかに眠る友を、自分は見送ることしかできなかった。

 

 

「それからッ……最後にッ……!」

 

 

「最後に死ぬんだろ。お前も」

 

 

________________________

 

 

 

女の子たちは血相の色を変えて写真を見ていた。

 

そこに写真に映る男に、驚きを隠せないでいた。

 

 

———双葉と一緒に写る義理の弟の存在を。

 

 

彼女たちは知っていた。その男の名前を。

 

知らないわけがない。大樹も知っている男なのだ。

 

 

「父親が母親に暴力を振るう最低な奴で大変な思いをしたのよ。再婚したのが双葉ちゃんのお父さんで本当に良かったと思うの」

 

 

「ごめんなさい、今はそんなことより聞きたいことがあります」

 

 

真剣な表情をした真由美が写真を取り出し、写真に映る義理の弟に指を指した。

 

嘘だと言って欲しい。でも本当なら———大樹が危ないと。

 

 

「———彼のことを教えてください!」

 

 

「え、えっと今は遠くで暮らしているわ。でも何年も帰って来てなくて、会っていないって聞いて……」

 

 

________________________

 

 

 

 

「お前も死ねばいい」

 

 

そんなことを言いながら砂浜を歩き、大樹たちに近づいて来た。

 

涙を流した大樹は原田を抱えたまま()()()者を睨み付ける。

 

原田の心臓は銃弾で貫かれていた。黒い煙が神の力を阻害し、傷を癒せないようにしていたのだ。

 

 

「何でだよ……!」

 

 

「それが邪魔だからだ」

 

 

「邪魔、だと……!?」

 

 

「邪魔で邪魔で仕方なかった。利用価値はあったが、お前の目の前で殺すことが俺の目的だからな」

 

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

音速で射出さらる【神刀姫】に敵は全く動かない。右手に握り絞めた銃を構えて迎え撃つだけ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁ!?」

 

 

刀はいとも簡単に弾かれ、大樹の左目が撃ち抜かれる。血が飛ぶが、大樹は歯を食い縛り耐えた。

 

目に激痛が走るが、大樹は睨み付けることをやめない。

 

親友を奪われたことに激怒していたのだ。許す気など毛頭ない。

 

 

「よくも……よくも騙したなぁ!!!!」

 

 

________________________

 

 

 

「———阿佐雪の前の苗字でしょ? 間違いないわ」

 

 

大樹の母が教える真実に、女の子たちは信じられないでいた。

 

 

耳を疑い、何かの間違いだと頭の中で否定し続けた。

 

 

名前を聞いた瞬間、女の子たちが一斉に走り出し家を出る。

 

 

愛する人の———大樹の危険を感じ取ったからだ。

 

 

『ちゃんと覚えているわ。名前は———』

 

 

「大樹ッ!! お願いだから! お願いだから……!」

 

 

必死な声で美琴が願う。アリアたちも同じ願いだった。

 

 

全員が大樹の生存を願う中、大樹は敵の名前を憎悪を込めて叫んでいた。

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮川ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不敵な笑みを見せて立つのは———宮川 慶吾(けいご)

 

 

最後の裏切者は、大樹の傷ついた姿に笑っていた。

 

 

銃口を大樹に向けて、闇の力を纏った銃弾を解き放った。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

『———慶吾君よ。そう、宮川 慶吾君!』

 

 

大樹の母は懐かしそうに、その名前を口にした。

 

 

 

 

 


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