どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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シリアスぅ……

ギャグが無い事に土下座です。


「お前が/あなたが——好きだった/好きです」

「———展開ッ!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

リュナの叫びで氷の竜巻の外に漆黒の弓が出現すると同時に矢が放たれる。

 

氷の竜巻を破壊して脱出を試みると同時に大樹への攻撃。だが大樹は全く避けようとしなかった。

 

 

「最初に出会った時、お前の攻撃が俺の刀をすり抜けたよな」

 

 

そして、黒い矢は大樹の体を突き抜けた。

 

血を流すことなく、無傷のままだった。その光景にリュナの表情が更に歪む。

 

 

「『光の屈折』を利用した攻撃だろ。手応えのない攻撃も、お前の力の仕業だと見抜いている」

 

 

リュナの光の矢は光を操り姿を捻じ曲げたり消したりすることができたのだ。黒い矢は闇に紛れて僅かな光を避けている。だが、あの時の雑魚の俺から成長した今の俺とは違う。見抜くことは容易かった。

 

攻撃手段を見抜かれたにも関わらず攻撃を続行するリュナ。氷の竜巻から逃げ出すリュナに対して大樹はただ右手を前に出した。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

パチンッ

 

 

そして大樹が指を鳴らすだけで結界に閉じ込められる。そして右手を握り潰すようにグッと握り絞めた。

 

 

「———【神爆(こうばく)】」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

リュナを幽閉した結界内で白い光が発光して爆発した。衝撃波がここまで伝わるが、リュナの力は膨れ上がっていることを感じ取る。

 

 

「『死を撒き散らせ』『絶望の声を聞け』『(けが)れた名を刻め』」

 

 

「……ッ!」

 

 

リュナの低い声を耳にした瞬間、それは絶対に聞いてはいけないモノだとすぐに分かった。

 

聞こえないように後ろの飛んで回避しようとするが、体に激痛が走った。

 

 

グシャッ……!

 

 

「かはッ……クソが!」

 

 

腕の肌が赤黒く変色して血を流していた。口から溢れ出す真紅の液体を吐き出し、結界に閉じ込めたリュナを睨み付ける。

 

 

「『全てを(むさぼ)り尽くせ』———【死への記憶(デスメモリー)】」

 

 

そして、脳がグチャグチャにされるような激痛が襲い掛かった。

 

両手で頭を抑えて耐えるが、あまりの痛みに気が狂いそうになる。

 

だけど、同じようにリュナが苦しんでいるのを目にする。

 

 

(自分も……かよッ……!)

 

 

(おのれ)を巻き込んでの攻撃に苛立っていた。リュナは何度も自分の頭を結界に叩きつけている。

 

その光景に、何かが吹っ切れた。

 

 

「ぶっ壊れろおおおおおおォォォ!!」

 

 

雄叫びと共に神々しい輝きを放つ拳を突き出す。

 

 

バギンッ!!

 

 

全てが崩れ去る音が聞こえた。気が付けば大樹の結界も、脳を食らっていた痛みも消えていた。

 

大樹の持つ神の創造———全てを打ち消す力が振るわれたのだ。

 

 

「そ、そんな……まさかッ……!」

 

 

つまり———リュナの力も全て消えてしまっているのだ。

 

背中から生えた黒い翼、体中にある赤い紋章、武器である弓までも。

 

全てを消し飛ばしていた。

 

天界魔法式、【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】。

 

持続的に発動するのではなく、一発を広範囲に発動した。一度消すだけでいいのなら、力を消費せずに消す。ただそれだけ。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

驚きで動けないリュナの背後には既に大樹が居た。体を回転させて蹴りを放とうとする。

 

 

「【地獄巡り】」

 

 

ドゴッ!!

 

 

凄まじい衝撃がリュナを襲う。横腹に容赦無く蹴りは入り、リュナの体を急激に降下させて雲を突き抜ける。

 

落下速度は恐ろしく、すぐに海面へと体は叩きつけられた。

 

 

「……【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

後を追い駆ける大樹。雲を突き抜けた瞬間、結界を張ると、

 

 

バシュンッ!!

 

 

闇に染まった海から無数の黒い矢が放たれる。結界は矢を打ち消し、またしても大樹にダメージを与えることができていない。

 

 

「『死を撒き散らせ』『絶望の声を———』!」

 

 

バシャンッ!!

 

 

海面から飛び出すと同時に再び呪いの言葉を聞かせてきた。しかし、同じ手は通じない。

 

 

「ソイツは聞き飽きてんだよ! 喝ッッ!!!!」

 

 

ドゥンッ!!!!

 

 

ビリビリと鼓膜が破けてしまうかのような大音量にリュナは思わず耳を塞いでしまう。

 

声だけで神の攻撃を打ち破る大樹にリュナは絶望するかのような顔に変わる。本気を出してなお、大樹はまだ本気の片鱗(へんりん)すら見せていない。

 

武器を出していないのだ。刀を一度も見せてないことにリュナは激怒する。

 

 

「ああああああああああァァァァ!!!」

 

 

叫びと共に漆黒の弓が周囲に展開する。今までの中で一番数が多いが、大樹は動揺一つ見せることはなかった。

 

 

「【神刀姫(しんとうき)】」

 

 

一本の刀を握り絞めて、振るうだけだった。

 

 

ズバンッッッ!!!

 

 

一閃。大樹の一撃は矢を跳ね返し、弓を破壊した。

 

海面が大きく割れ、海底の地面に奈落が生まれてリュナの体は底へと叩きつけられた。

 

 

ザザァッ!!

 

 

海は激しく荒れる。海水は奈落に流れ込み波は狂うように揺れた。

 

右手だけで刀を振るったその一撃は天地を揺るがした。それだけ重い一撃だった。

 

 

「……………来るか」

 

 

再び【神の領域(テリトリー・ゴッド)】を発動するが、

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は本能に従って刀を前に突き出した。

 

 

バギンッ!!!

 

 

刹那———結界は砕け散り、突き出した刀に鋭い衝撃が走る。

 

即座に衝撃を受け流し後方に飛ばす。飛んで来たのは『赤い矢』だった。

 

 

「……マジかよ」

 

 

———両腕が折れている。

 

戦慄していた。今の一撃、刀を構えていなければ死んでいたかもしれないということを。

 

海面を睨み付けると、闇から赤い海へと変わっていた。恐ろしい光景に息を飲む。

 

 

ザパァッ!!

 

 

海面から飛び出したのは巨大な骨の檻。その中にはリュナが捉えられ、(はりつけ)にされていた。

 

体から血を流し、牙の様な鋭い骨がリュナの体中を突き刺していた。

 

 

『カ……カララッ……カララララッ……』

 

 

「テメェ……!」

 

 

檻の上部には王冠を被った骸骨(がいこつ)が口をパカパカ開閉して笑っていた。リュナに刺さった骨は骸骨に繋がっている。

 

骸骨は一つじゃない。両隣には獣の頭骨、横に平べったい頭骨がある。両隣は人間の骨では無いことが明らかだった。

 

 

「猫と蛙の骨……? まさか!?」

 

 

『我ガ名ハ……魔神バアル……』

 

 

ソロモン72(ななじゅうふた)(ばしら)の序列一番———バアル。

 

猫と王冠を被った人間。そしてカエルの頭を持ち、体は蜘蛛(クモ)だと知られているが、様子がおかしい。何故骨の状態だ? それが本来の姿……だとは思えないな。

 

 

『呪エ……奴ヲ殺シ、我ヲ解放シロ……!』

 

 

「———ああああああァァァ!!!」

 

 

ミシミシと鳴る音と共に深々と骨の牙がリュナの体に刺さる。強く強く、骨が突き刺さる彼女の体を見た大樹は刀を握り絞めて振るおうとするが、

 

 

『コロスゾ?』

 

 

悲鳴を上げるリュナにバアルは鋭い牙を心臓に向けた。大樹は下唇を噛み、体を止める。

 

光の速度で移動して背後から奇襲———駄目だ。一撃であの幽閉した(おり)を破壊したとしても食い込んだ骨までは破壊できそうに思えない。間に合わない。

 

力を打ち消した所で状況は変わらないだろう。むしろリュナの力を弱めて危険に晒すだけだ。

 

 

(クソッ……何でソロモンの悪魔がこのタイミングで来やがった……!)

 

 

やはり悪魔を使役しているのはガルペスだけではない。他に居ることを明らかにしていた。

 

俺の知っている『契約』が正しいのなら契約者を裏切らないはず。目の前の光景を見ればリュナが契約者ではないことはことが推測できる。

 

 

『我ノ為ニ、我ノ為ニ、我ノ為ニ!』

 

 

「あああァァ……あぁ……!」

 

 

(おびただ)しい血の量がリュナの体中から流れる。手を出すことのできない状況に手が出る程グッと手を握り絞めていた。

 

 

『復活ヲ! コノ手ニ!!』

 

 

(急げッ……急げ急げ急げ急げぇ!!!)

 

 

頭の中で叫ぶように何度繰り返す。リュナの意識が落ちる所を見た瞬間、怒りの沸点が越えた。

 

 

———バシュンッ!!

 

 

『カララッ……?』

 

 

「ッ!?」

 

 

俺が体を動かすよりも先にバアルの頭部が消し飛んだ。突如横から突き抜けて来たのは白い光の光線だった。

 

バアルは唯一残った骸骨の下顎から声が発せられていた。しかし、何が起きたのか理解していないように見えた。

 

隙を見せたバアルに大樹は逃さない。

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

光の速度でバアルとの距離をゼロにする。音速で繰り出される拳はバアルの骨を砕け散らした。

 

 

バギンッ!!

 

 

リュナを突き刺していた牙を握り潰す頃にはバアルの骨は粉々になってしまっていた。リュナを抱き込みバアルから距離を取る。

 

 

『オオオオオォォォォ……!』

 

 

粉々になったバアルの骨粉。だが一点に収束するように集まり始めた。

 

何百と越える数の【神刀姫(しんとうき)】を周囲に展開する。リュナを抱き締めたままバアルを睨み付ける。

 

やがて収束した骨は形を変える。人に近い形へと。

 

 

『……不完全だが、十分だろう』

 

 

白色の肌をした悪魔が呟く。血の様な赤黒い鎧を身に纏い、右手には禍々しい鎌を握り絞めていた。

 

 

『クックックッ、改めて名乗ろう。我が名は魔神バアル。ソロモン72柱の序列一番の悪魔』

 

 

「……リュナに何をした」

 

 

『少し力を分けて貰っただけだ。我の肉となることは光栄で———』

 

 

ズバッ!!!

 

 

刹那———バアルの白い腕が斬り飛ばされた。

 

バアルが目視することができない速度で射出された【神刀姫】。腕を斬り飛ばし、鮮血を散らした。

 

 

『———貴様……!? この我を……?』

 

 

ズバッ!!!

 

 

バアルが何か言う前よりも速く、構えるよりも速く、刀はバアルの右足を奪った。

 

 

『ぐぅ……があああああァァァ!!??』

 

 

「よくも俺と幼馴染の喧嘩を邪魔してくれたな」

 

 

痛みに苦しむバアルは急いで大樹から距離を取ろうとするが遅い。既に【神の領域(テリトリー・ゴッド)】に閉じ込められていた。

 

 

『馬鹿なッ……!? 不完全とはいえ、我は邪神様の力と神の……!』

 

 

「覚悟はできているよな?」

 

 

血に濡れたリュナを抱きかかえたまま、神の力を更に解放する。

 

海の波が荒れ、暴風が巻き起こる。収束した雲にはバチバチと雷鳴が轟いていた。

 

バアルの余裕は、消し飛んでいた。

 

 

________________________

 

 

 

———『壁を乗り越えても、壁を大事にする』

 

 

大樹の母が言った言葉に女の子たちは微笑みながら頷いた。

 

保持者との戦いがそれを証明している。

 

復讐に染まり切った遠藤 滝幸(バトラー)に憎しみをぶつけるのではなく、救いの為に正面からぶつかり戦った。

 

周囲から新城 陽(エレシス)を認められない怒りに満ちた新城 奈月(セネス)を救う為に命を懸けて、最後は二人の妹として勇敢な姿を見せて戦った。

 

愛する人に会う為に罪を犯した姫羅()を許し、それでも大樹(弟子)は救う為に貧弱な体で立ち向かった。

 

最後はあのガルペス=ソォディアまで救い出した。彼もまた愛する人たちの為に、怒りの炎を燃やし世界を憎んだ。それを止めることができたのは大樹だけだった。

 

そして彼らを乗り越えた大樹は忘れていない。あの時の双葉のように、ずっと深く胸の奥に刻んでいる。

 

 

「それにあの子は、忘れても忘れられないのよ」

 

 

「……何がですか?」

 

 

首を傾げながらティナが聞くと、大樹の母は楽しそうに答えた。

 

 

「だいちゃんの髪型だけど、アレはお父さんを真似したわけじゃないのよ」

 

 

「……前に剣道の面を被る時に伸ばすと邪魔になるから髪を上げているって言っていた気がするわ」

 

 

「記憶が失った後だからそんなことを言うのよ。おばさんたちはちゃんと知っているのよ」

 

 

美琴の発言に母は違う違うと手を横に振る。

 

 

「双葉ちゃんに『カッコイイ』って言われたことがあるからずっとあのままなのよ。思い出すと懐かしいわぁ。顔を真っ赤にして帰って来たからしっかりと覚えているのよ」

 

 

大樹の母はグサァっと女の子たちに静かにダメージが入っていることに気付いていない。

 

 

「その日から毎日髪を上げ始めてねぇ。本人は『別に』とか『邪魔だから』とか言い訳してて可愛かったわぁ」

 

 

そうして大樹の母は大樹の小さい頃の写真をたくさん取り出す。どれもオールバックをした大樹だった。

 

 

「それに双葉ちゃんのこと、しっかりと覚えていると感じたのは花見の時かしら」

 

 

「花見?」

 

 

微笑みながら大樹の母は懐かしそうに話す。

 

 

「桜の木よ。大樹は必ずそこを選んでいたのよ」

 

 

________________________

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

『ゴハッ……!?』

 

 

バアルの体は【神刀姫】でズタボロにされていた。無数の剣が突き刺さり、四肢を引き裂かれ、意識を保つのが精一杯だった。

 

対して大樹は()()()動いていない。【神刀姫】を飛ばし操り、【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】で天候を操るだけ。身動きは一切していない。

 

———圧倒的力の差がそこにはあった。

 

 

「緋弾も精霊も使っていないのにお前は負けそうだな。それだけ弱いんだよお前は」

 

 

『貴、様ッ……!』

 

 

「邪神だろうが神だろうが関係ねぇよ。テメェはリュナを……双葉を救わず殺そうとしたんだ」

 

 

再び【神の領域(テリトリー・ゴッド)】に幽閉されるバアル。焦り狂うように結界を叩き脱出しようとするバアルだが、ヒビ一つ入らない。

 

 

「その汚い手で幼馴染を触るなクソ悪魔! ———【神爆(こうばく)】!!」

 

 

『やめろおおおおおおおお!!??』

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

白い閃光。結界の中が爆発で満たされる。

 

雲の上でも衝撃波は波まで揺らした。ビリビリと自分にも襲い掛かるが、保持者の俺たちには全くの無害だ。

 

バアルを倒したことを確認するとリュナを抱きかかえたまま飛翔する。当然、傷を治す為に飛んでいた。

 

 

「どう、して……」

 

 

小さな声が聞こえた。リュナが俺の胸を弱く叩き抵抗していた。

 

 

「どうして……助けるのですかッ……」

 

 

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 

 

リュナの声を掻き消すように速度を上げる。だが不意にその体は止まる。

 

翼となった【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を翻して急停止。正面には鳥の大群のようなモノが近づいているのを目視した。

 

 

「クソッ……!」

 

 

鳥の大群なら全然良いが、残念ながらアレは鳥ではない。

 

 

『『『『『オオオオオォォォォ!!』』』』』

 

 

———悪魔の大群が、こちらに向かって来ていた。

 

この世のモノとは思えない姿をした悪魔が一斉にこちらに向かって来ている。数は少なく見積もっても五十はいる。

 

ソロモン72柱が全総力を持って仕掛けて来た。この最悪なタイミングで。

 

しかし、その後ろから白と黒の流星の如く駆け抜ける姿も確認した。

 

 

ドシュンッ!!

 

 

悪魔の中を突き抜けた二つの白黒。その正体はリィラとジャコだった。

 

天使と獣は俺の横に来ると身構えた。

 

 

「申し訳ないです大樹様。手こずりました」

 

 

『悪魔と戦って随分と遅くなった』

 

 

「今来たから許す。俺もバアル程度の悪魔に刀を使ったからな」

 

 

リィラとジャコは「おいマジか」と言った顔をする。この男、ソロモン72柱の悪魔相手に武器無しでも勝てると思っているのだ。

 

 

「リュナ……双葉を頼んでいいか?」

 

 

「それは構いませんが……悪魔は?」

 

 

リィラに双葉を抱きかかえさせた後、前を向いた。

 

神の加護(ディバイン・プロテクション)】を使い全ての怪我を回復する。

 

 

「ジャコ。行くぞ」

 

 

『フッ、久々だな』

 

 

ジャコは光の球体へと姿を変えて大樹の胸の中へと入った。【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】の色が真っ白に変わり、大樹の髪も白く染まる。

 

 

「【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】」

 

 

手の中に現れたのは巨大な弓。リュナの使った弓よりも遥かに巨大だった。

 

十字に広がる弓。装填される矢には神々しい輝きが纏っていた。

 

 

バシュンッ!!!

 

 

———白銀の矢が解き放たれた。

 

音速を超えた光の矢は一瞬で悪魔たちを正方形の結界に閉じ込めるように飛翔した。

 

悪魔たちが戸惑うのが見えるが、構わず弓を光の大剣に変化させて突撃した。

 

大切な幼馴染を守る為に剣を振るう。

 

 

「———うおおおおおォォォ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

闇の様に黒い海から白銀の光が溢れ出していた。

 

港からでも大樹が戦う姿を見ていた原田は右手の黒い龍の(あぎと)を解く。右腕が赤黒く変色していたが、痛みに苦しむことはなかった。

 

バアルに不意打ちを与えたのは原田だった。前の自分なら構わず助けに行っていただろうが、その足は動かなかった。

 

 

『何を恐れている?』

 

 

ヨルムンガンドの声が頭の中に響く。原田は首を横に振って否定していた。

 

 

「何も怖くねぇよ」

 

 

『お前は酷く怯えている。あの者に会うことを』

 

 

原田はずっとあの時の言葉を思い出していた。

 

 

———空っぽの俺を殺してくれて、ありがとよ。

 

 

折紙を助ける時、大樹は言葉にせず確かに伝えて来た。

 

自分がこの世界で生きた大樹を殺したことを知っている。それでも大樹は自分を信頼している。

 

待っているのだ。真実を話す時を。

 

 

『……人間とは難しい生き物だな』

 

 

「そうだな……難しいな」

 

 

原田は目を離さない。目に映る光景をずっと脳に焼き付けていた。

 

 

「同族で傷つけ合い、騙し合い、仲良く生きるのはごく一部だけ。自分の生きる星すら壊そうとしてしまう。他の生物からすれば馬鹿だと思われるだろうな」

 

 

でもと原田は続ける。

 

 

「素晴らしく、美しいって思うよ」

 

 

『……そうやって生きるのも、また難しいモノだ』

 

 

「ああ、ホント難しいな」

 

 

そんな難しい生き方をしているにも関わず、一人の男は愛する者の前では笑顔を絶やさない。初対面に握手を求め、悪には正義の鉄拳。

 

自分勝手でも、己を貫き通す信念は曲がっていない。

 

 

「———難しい奴だ」

 

 

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「———ハァッ!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

光の斬撃波が悪魔を断つ。大樹は猛獣の様に暴れていた。

 

普通の人間が見れば悪魔を閉じ込めた檻の中は地獄だと見る。だが悪魔たちは一匹の獣が入って来た瞬間、それは違うと叫ぶ。

 

———悪魔が居る檻に閉じ込められたのは自分たちだと。

 

 

『ギィギャァッ!?』

 

 

『そ、ソロモン72柱がッ……神々が恐れる私たちが、こんな奴に……!?』

 

 

次々と斬られる同胞たちを震えた声で見る悪魔たち。反撃を試みる悪魔も居るが、全く歯が立たない。

 

 

ズバンッ!!

 

 

大悪魔を一撃で(ほうむ)り去る大樹を止める者はいない。猛攻に悪魔たちは太刀打ちできないでいた。

 

 

「【終末の時(クローズ・ワールド)】!!」

 

 

悪魔の力が大樹にぶつけられる。黒い衝撃波が大樹に当たり悪魔が下衆な笑みを見せるが、

 

 

「それが、どうしたぁ!!」

 

 

バギンッ!!!

 

 

咆哮と共に消し飛ばす。悪魔の力をモノともしなかった。

 

屈することのない戦士に悪魔たちは戦慄する。そして後悔した。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

———楢原 大樹という男を怒らせ、戦ったことを。

 

 

「———【神格化・全知全能】!!」

 

 

大樹の振るう大剣から神の光が溢れ出す。悪魔を打ち滅ぼす正義の光が解き放たれた。

 

 

________________________

 

 

 

光輝く光景にリュナは目を奪われていた。

 

リィラに抱きかかえられたまま、大樹の戦う姿を(まばた)きすることなく見ていた。

 

悪魔たちに立ち向かうその姿に、リュナは心まで奪われようとしていた。

 

 

「あッ……」

 

 

違う。

 

 

「あ……あぁ……!」

 

 

奪われようとしているのではない。自分はもう、奪われていたのだ。

 

大樹の背中が、あの時と重なる。

 

 

「大樹……」

 

 

桜の木の下、一人で竹刀を振っていたあの時と。

 

真剣な表情で練習をしていた。強くなろうとする姿が自分には誰よりもカッコ良く見えたのだ。

 

 

「大樹……大樹ッ……!」

 

 

———そう、一目惚れだった。

 

会う前から、自分は好きだった。

 

思い出した。全てを、思い出した。

 

 

「私は……!」

 

 

 

 

 

私の名前は———阿佐雪 双葉。

 

 

 

 

 

この世界で、私が最初で最後に、あなたを好きになった人。

 

 

涙をボロボロとこぼしながら、好きな人を見ていた。

 

 

________________________

 

 

 

ソロモンの悪魔を全て倒した後、大樹は急いでリィラの元に戻るが、様子がおかしいことに気付く。

 

リュナの体が輝き始めているのだ。保持者たちが救われるように。

 

 

「何でだよッ……俺はまだ何もッ……」

 

 

リュナ———双葉を抱きかかえて涙を流す。彼女もまた、涙を流していた。

 

役目を終えたリィラは姿を消す。ジャコもギフトカードへと帰った。

 

 

「今まで……私を助けようとしてくれていた……それだけで、十分なの……!」

 

 

「ッ……リュナ、お前……!」

 

 

大樹の顔に双葉が触る。優しく触れた手は温かった。

 

その手に重ねるように大樹は触れる。涙で濡れた手で。

 

 

「双葉ッ……ごめん……!」

 

 

「私も、ごめんね……!」

 

 

「お前が謝ることなんてねぇよ! 俺はずっとお前のことを……!」

 

 

「忘れてないよ……私も、大樹も……こうして覚えている」

 

 

双葉の言葉に俺は強く抱きしめた。その優しさに、どれだけ救われたか。

 

昔からずっと変わらない大切な幼馴染だった。

 

 

「双葉……迎えに来るのに、遅くなっちまった……!」

 

 

「ううん……」

 

 

「どれだけお前が待っているのか……知っていたのに……!」

 

 

「ううん……ううん……!」

 

 

首を何度も横に振る双葉。それでも言葉を続ける。

 

 

「お前を失った時、後悔した……何もできない自分は、最低だと思った……」

 

 

それでも、同じなんだ。

 

 

「———失って大切だと気付いてしまう……鈍感野郎だッ……!」

 

 

「……桜の木」

 

 

双葉の呟いた言葉にハッとなる。

 

 

「また、見たいな……」

 

 

「……任せろ」

 

 

すぐに【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】の翼を広げて飛翔する。暗い海の上を飛翔した。

 

大切な幼馴染の願いを一つでも多く叶えたい思いを胸に。

 

 

「大樹の腕……温かいなぁ……」

 

 

双葉の呟きは、風によって掻き消された。

 

 

________________________

 

 

 

 

桜の木。

 

 

それは俺と双葉の始まりとも呼べる。

 

 

———俺と双葉が最初に出会った場所だから。

 

 

「……双葉」

 

 

名前を呼ぶと双葉は目を開ける。そこには思い出の場所だと分かるが、桜は咲いていなかった。

 

木は伐採されていた。切り株だけがそこに残り、周囲の草も花も刈られて何もなくなっていた。

 

無情な景色に双葉は残念そうに見ているが、笑みを浮かべた。満足しているようにも見えた。

 

だが、大樹は諦めなかった。

 

 

「ッ……!!」

 

 

大樹は地面に【神刀姫】を突き刺した。刀身から黄金の光が溢れ出す。

 

 

「少しだけで良い。一瞬でも良い。お前の……双葉の願いを叶えてくれぇ!!」

 

 

そして、視界が真っ白の光で埋め尽くされた。

 

大樹の叫びに応えるように、景色は一転した。

 

 

「……あぁ」

 

 

双葉はまた涙を流した。

 

 

———桜の花びらが、盛大に舞った。

 

 

桃色の花弁は輝き、木はあの時と同じようにたくましく成長していた。

 

周囲には花が咲き、綺麗な光景が広がっていた。

 

 

「また……見れた……!」

 

 

桜の木の下。大樹に抱かれたまま一緒に景色を眺める。

 

それが双葉にはどれだけ嬉しかったことか。

 

 

「他にも言ってくれ。お前の願いは、俺が全部叶えて見せる」

 

 

「贅沢だなぁ……凄い嬉しいよ……」

 

 

泣いて笑う彼女の顔に大樹も同じような表情になる。この時を邪魔する者はどこにもいない。

 

永遠に続けと、二人は思ってしまう。だけど、時間はそれを許さなかった。

 

双葉の体が強く輝き始めてしまう。大樹の顔が歪み、強く双葉を抱き締めた。

 

 

「双葉ぁ……!」

 

 

「あのね……いっぱいお願いがあるの」

 

 

「言ってくれ! 全部、言って欲しい! 俺は、双葉のことが———!!」

 

 

 

 

 

そして、大樹の口は双葉の唇で塞がれる。

 

 

 

 

 

不意打ちのキスに大樹は反応できなかった。いや、反応できたとしても、抵抗する意志はなかっただろう。

 

数十秒。少し長いキスをした後、双葉は悪戯が成功するように笑った。

 

 

「あの子たちには、最初だけは取られたくなかったから……!」

 

 

「双葉……!」

 

 

「でもね、あの子たちを愛してあげて。私は、違うよ?」

 

 

その言葉の意味に大樹は俯いてしまう。

 

だが、彼女の為に無理に笑うのだ。

 

 

 

 

 

「お前が好き()()()……!」

 

 

「あなたが好きです……!」

 

 

 

 

 

過去の出来事にする。それが双葉の願い。

 

幼馴染の好意に大樹は応えることはできなかった。

 

自分は愛する人を、双葉以外で見つけてしまったから。

 

 

「嬉しい……両想いだったんだ……」

 

 

「ごめんッ……もっと早く俺がッ……言えれば……!」

 

 

「早く言ったら、駄目だよ……」

 

 

双葉は大樹の涙を拭き取るように頬を撫でる。

 

 

「あの子たちを、大切にできないじゃん……」

 

 

「ぐぅ……ひぐッ……ごめんッ……!」

 

 

双葉は考えてしまう。

 

もし大樹と恋人になることができたらと。

 

高校のこと、デートのこと、友達に二人のことをからかわれて、喧嘩してもすぐに仲直り。

 

大学に行けばもっと楽しくなって、いつかは結婚する。

 

子どもを産んで、育てて、大樹は良いパパになるとか…………ああ。

 

 

———涙が止まらない。

 

 

ずっと一緒に過ごしていたかった。こんなにも大好きな人と一緒になれる女の子が羨ましくて仕方なかった。

 

 

「大樹ぃ……お願いッ……救って!」

 

 

求めるように大樹を抱き締める。強く、強く、今まで触れなかった分を埋めるように。

 

 

「———皆を救って……!」

 

 

「誓う! 俺は絶対に幸せにする! 絶対だ! だから———」

 

 

双葉は、嬉しくてたまらなかった。

 

 

「———あとは俺に、任せろぉ!!!」

 

 

鼓膜を破れるかのような大声に双葉は涙を流しながら笑う。

 

 

そして、またキスをする。

 

 

最後の我が(まま)を大樹にぶつけた。そして———

 

 

「ッ……双葉ぁ……!」

 

 

それを最後に、双葉の体は消えた。

 

 

喪失感に絶望しそうになる。

 

 

でも、それだけは駄目だと歯を食い縛る。

 

 

彼女の温もりを抱き締めながら、声に出して泣いた。

 

 

 

「—————————————ッ!!!」

 

 

 

叫んだ。

 

 

ちょうど日の光が昇り始めていた。

 

 

何度も彼女の名前を叫び、涙が枯れるまで泣いた。

 

 

あの日を後悔するのではなく、前に進む為に。

 

 

双葉の為に、全ての涙を使い切る。

 

 

願いを叶える為に、愛した者の存在を二度と忘れない為に。

 

 

———俺は、泣き叫んだ。

 


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