どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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ま、ま、まさかの....れ、れ、連続更新...

(*^^*)ニコパァ


呪われた血筋

「初代から受け継がれた剣技。そして常軌を逸脱した身体能力。この世界ではどれだけ努力を重ねても、この世界で手に入れることができる人間はいない」

 

 

オトンの語る言葉に真っ青な顔で聞く大樹。嘘を言っているような素振りは一切なかった。

 

オカンの陰陽師の家系から始まり、オトンの転生者の話。頭が一向に回らず、受け入れることができなかった。

 

 

「母さんとは出会うべき存在で、出会うべきではない存在だった」

 

 

「……転生者だからか?」

 

 

「少し違う。『転生者』という存在は母さんの神託を聞いてから知った。前から自分の家系が異常だということに気付いていたからだ」

 

 

オトンは振り返る。そこには祖父と幼い俺が映る写真が飾って置かれていた。

 

 

「父は何も語らなかった。だが剣技だけは熱心に教えた。いや、必死に教えていたのかもしれない」

 

 

オトンは俺の顔を見た。真剣な表情で。

 

 

「神に選ばれるその時を、待っていたのかもしれない」

 

 

「何だよそれ……」

 

 

気が付けば俺は父親の胸ぐらを掴み殴りかかろうとしていた。

 

 

「何だよそれ!!!」

 

 

自分が積み上げ来た大切な物———人生そのものが否定されていた。

 

神に選ばれる為に俺は剣技を磨いていたわけじゃない! こんなものがあるせいで双葉は死ぬ結果になった最低な汚物だと後悔もした!

 

それでも手を放さなかったのは大切な人を守る為だ。無くしたくない記憶の為に握り続けた!

 

 

「大樹!?」

 

 

「俺は……! 俺はそんなモノの為に剣を握り続けたんじゃねぇ!!」

 

 

どれだけの思いが託されているのか理解していない。姫羅からも受け継いだ意志も、この手にあることを!

 

 

「この剣は……オトン(アンタ)から受け継いだ剣は、そんなくだらない野望を思って使っていない!」

 

 

「……お前は優しいな。それと一つ、断言しよう」

 

 

オトンは胸ぐらを掴んだ手を握り絞めた。

 

 

「私も、息子を不幸せにする為に教えた剣では無い」

 

 

「そうじゃなきゃ縁をぶっち切っているところだ」

 

 

「だが現状はこうなっている。神の悪戯かは知れないが、私は私のやるべきことをする」

 

 

オトンは立ち上がると、道場の方へと歩き出した。

 

 

「大樹。一人で来なさい」

 

 

「……というわけだ」

 

 

フッと笑みを見せると、大樹も立ち上がった。女の子たちは笑顔で見送るのだが、

 

 

「神の力を得た俺に勝てると思うなよオトン……!」

 

 

「さっきまで言ってることが全然違うわよ……」

 

 

美琴に良いツッコミを貰うが、当然使うわけない。『俺が持つ俺』の全力を持って倒すだけだ。

 

大樹がいないくなると、オカンは楽しそうな表情をしていた。

 

 

「さぁて、だいちゃんのアルバム、見たい人は手を挙ーげてッ!」

 

 

———1秒も経たず、全員が挙げた。

 

 

大樹は知らない。自分の黒歴史の塊を母が大事に隠し持っていたことを。

 

 

________________________

 

 

 

———竹刀と竹刀がぶつかるだけで風を揺るがすような衝撃が走る。

 

常人の身体能力限界を越えた両者の剣(さば)きは凄まじいモノだった。

 

 

バシンッ!!

 

 

「このッ……!」

 

 

「ッ!」

 

 

オトンの一撃はとてつもなく重い。一撃で守りを崩され、油断すればすぐに一本取られてしまう。

 

神の力を抜きにしろ、自分の身体能力は死ぬ前よりずっと向上している。

 

それでもオトンは俺の上に居た。叩きのめすように、剣を振るっていた。

 

 

「一刀流式、【(ハヤブサ)の構え】」

 

 

「なッ!?」

 

 

オトンが踏み込み距離を詰めた瞬間、竹刀は消える。あまりの速さに目で追うことができなかった。

 

 

「【鳥落(とりおと)し】」

 

 

スパンッ!!

 

 

オトンの繰り出す竹刀の突きが頬を掠めた。熱が走ると同時、頬から血を流す。

 

その光景に驚いたのは自分ではなく、オトンだった。

 

 

「今の攻撃を避けるか……」

 

 

「目で追えないなら、直感に頼るしかないからな……!」

 

 

突き刺さろうとする竹刀に柄で横から衝撃を与えた。それだけで僅かにオトンの竹刀の軌道をズラすことに成功したのだ。

 

 

「というか、何だ今の」

 

 

「お前が死んだ後、何もしていないように思ったか?」

 

 

「思うよ。息子の保険金でワイハ行くような奴が修行しているとか微塵も思わねぇよ」

 

 

「ハワイとワイハ、あとお土産のことは忘れろ。恥ずかしい」

 

 

「恥ずかしいなら最初からやるな!!」

 

 

オトンは再び構えるが、また自分の知らない構えを見せて来た。気を引き締めて構えるが、

 

 

「次はもっと速く斬る。一刀流式、【熊鷹(くまたか)の構え】」

 

 

「何ッ!」

 

 

オトンが踏み込んだ瞬間、今度は姿まで消した。

 

 

スパンッ!!!

 

 

「【鳥落し】!!」

 

 

またしても突き。今度は全力の一撃を竹刀にぶつけて軌道を曲げた。すると曲げた軌道は道場の床を壊す程の威力だった。

 

その光景に両者は驚く。

 

 

「おまッ……オカンに怒られるぞこれ……」

 

 

「今逃げれば間に合うか? 大樹、お前が足止めをしてくれるなら父さんは———」

 

 

「情けないことを言うなよ。俺の力を使えば直せるから。頼むから気をつけてくれ」

 

 

「すまん」

 

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で床を修復する。神の力に関してはスルーする辺り、この人は普通じゃないんだなと改めて認識する。

 

床が元通りになると、竹刀を構える。

 

 

「どうやら速さを上げた程度ではお前に通じないようだな」

 

 

「当たり前だ。どれだけ修羅場くぐって来たと思っている」

 

 

「父さんは一夫多妻を認めないから———」

 

 

「そっちの修羅場は置いとけよ」

 

 

「行くぞ大樹。成長したお前を見せてみろ」

 

 

「ッ……いいぜ!」

 

 

オトンから溢れ出す殺気。いや、竹刀に込める気迫がビリビリと伝わった。

 

本気の一撃を溜めているのだ。ならばこちらも、全力で答えるまで!!

 

 

「一刀流式、【犬鷲(いぬわし)の構え】!!」

 

 

「ちょっとタイム」

 

 

俺は構えた竹刀を下げた。オトンは不思議そうに俺の顔を見ていた。

 

ハッキリと言わせていただく。これは大事で、気になることだから。

 

 

「あのさ……鳥、多くね?」

 

 

「悪いか?」

 

 

「いや悪くないよ。俺もカッコイイと思う。でも一応な。ちなみ、あと何段階くらい速くできるの?」

 

 

「二段階だ。【(ツバメ)の構え】と続き、最後は【(シギ)の構え】が最速だ」

 

 

「遅くなってんだよぉ!!!」

 

 

これだけはどうしても言いたかった。とても大事なことだから。

 

 

「分かる!? 順番が完全に逆なんだよ!? 鳥はどんどん失速しているのに、オトンの剣は速くなるっておかしいでしょ!?」

 

 

「そうなのか……じゃあ隠技の【駝鳥(ダチョウ)の構え】も考え直した方がいいのか」

 

 

「もはや飛んでねぇよ!? 走ってるだろうが!?」

 

 

「一番グッと来たのは【皇帝企鵝(コウテイペンギン)の構え】なんだが……」

 

 

「だから飛んでねぇよ! 鳥から離れろ! どんだけ好きなんだよ!」

 

 

オトンの鳥好きを知って複雑な気持ちになってしまう。何だこれ。真面目に戦っていたはずなのに、オトンがボケ始めたぞ。

 

今度はこっちの技を見せてやる。鳥じゃない、最強の技を!

 

 

「一刀流式、【嫁の構え】!!」

 

 

「待て」

 

 

何故か止められた。竹刀を床に落として両手を前に出したオトンに俺は首を傾げる。

 

 

「どうした?」

 

 

「恥ずかしくないのか?」

 

 

「何を今更。余裕だわ」

 

 

「そうか。でも戦う父さんは恥ずかしい」

 

 

「おいおい。七回攻撃、ちゃんと避けて貰わないと困るんだが」

 

 

「別に人数と攻撃回数の心配をしているわけじゃない。単純に———」

 

 

「愛している」

 

 

「愛の深さも別の話だ」

 

 

とりあえずやめろと言われたのでやめることにする。それにしても、真面目な戦いは家出したようだ。

 

 

「……変わったな」

 

 

「何が?」

 

 

「今のお前なら、双葉ちゃんのことを教えてもいいだろう」

 

 

「ッ!」

 

 

オトンの言葉に俺は息を飲む。オトンは話を続けようとするが、俺は首を横に振った。

 

 

「双葉のことなら、思い出したよ」

 

 

「ッ……そうか」

 

 

オトンは目線を下に落とした後、懐から鍵を取り出し、俺に向かって投げた。

 

 

「これは……」

 

 

「許可は取ってある。彼女の家の合鍵だ。二人が家を空けている内に……行きなさい」

 

 

「……でも俺は」

 

 

「二人は君を心配していた。恨んでいない。そして会う必要は無い。互いに時間は必要なのだから」

 

 

「……行ってどうするんだよ」

 

 

「違う。行ってどうするのかを決めるのだ」

 

 

強く鍵を握り絞める。神への手掛かりは手に入った。これ以上、探す必要は無い———やっぱり違うよな。

 

 

「ありがとう、決着を付ける為にパンツでも盗んで来るわ」

 

 

「勝手にすればいい。だがその前に———」

 

 

オトンは床に落ちた竹刀を握り絞めて構える。

 

真剣な表情に驚きながらも、オトンは低い声で告げる。

 

 

「一刀流式、【無限の構え】」

 

 

かつて『極めれば斬れぬモノも斬れる』と称された究極の技を構えた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「———これがだいちゃんの小学生の時ね」

 

 

大樹の母が見せるアルバムをガン見する女の子たち。

 

 

「———中学生時代もあるわよ」

 

 

「……一緒に写っている写真がないわね」

 

 

「YES。抜き取られている形跡があるので恐らく双葉さんの写真は……」

 

 

「あらあら? 双葉ちゃんのこと、知っているの?」

 

 

美琴と黒ウサギの会話に大樹の母は更に写真を取り出す。今度は大樹と双葉のツーショット写真ばかりが出て来た。

 

 

「あの子が記憶喪失なのはもう知っているのよね?」

 

 

「一応……ですが」

 

 

優子が小さな声で肯定すると、大樹の母は寂しそうに話を始めた。

 

 

「あの子の家も、ちょっと複雑だったのよ」

 

 

________________________

 

 

 

 

俺は夜の街を歩いていた。

 

オトンと話し終えた後、すぐに家から出た。鍵を握り絞めたまま。

 

日は沈み街灯だけが道を照らす。コツコツと足音を立てながら、幼馴染の家へと向かっていた。

 

しかし、その歩みはふと止まる。

 

 

「……出て来いよ」

 

 

「……………」

 

 

気配で分かっていた。隠れていた者は素直に俺の前に姿を現す。

 

黒い長髪をなびかせる。綺麗な姿に俺は動揺することはなかった。

 

 

「俺たちが最後の保持者みたいだぜ、リュナ」

 

 

———双葉が姿を見せた。

 

薄い白い衣を身に纏った彼女に身構えることはない。何故なら彼女からは殺気と言ったモノが一切感じられないからだ。

 

笑いながら声を掛けるが、リュナは黙ったままだった。

 

 

「……言葉にしなきゃ、分からないぞ」

 

 

「……これから、どこに行くのですか」

 

 

無表情で聞いているはずなのに、声音は悲しそうだった。

 

答えを躊躇(ためら)ってしまうが、ここで逃げてはいけないと俺の心が告げている。

 

 

「俺の幼馴染、双葉という女の子の家だ」

 

 

リュナの表情が変わる。驚きを露わにして聞いていた。

 

手ごたえを感じた俺は、一歩前に踏み出す。

 

 

「一時休戦しないか? 死んだ幼馴染の所に行くんだ。近くで争うのはやめたいんだよ」

 

 

「……私も、行かせてください」

 

 

「ッ! ……ああ、それがいい」

 

 

これからどう転ぶのか、俺には分からない。それでも、進んでいることは確かだった。

 

双葉が隣まで歩いて来る。透き通るような綺麗な瞳が俺の目を見ていた。

 

 

「—————ッ……」

 

 

だけど、俺は彼女の本当の名前を呼んであげることはできなかった。

 

 

________________________

 

 

 

 

阿佐雪(あさゆき)』と書かれた表札を見て変わっていないことを確認する。目の前には一軒の家があるが、庭の手入れは全くされていない。

 

オトンから貰った合鍵を使い扉を開ける。暗い廊下と綺麗に並べられた靴を見て、人が生活していることを物語っていた。

 

電気を付けると、リュナが何かに気付く。

 

 

「手紙……」

 

 

「見せてくれ」

 

 

リュナから受け取ると、それは双葉の父が書いた手紙だった。

 

そこには俺のことが書かれていた。オトンから事情を聞いているから好きに見て欲しいと。

 

それから謝罪の言葉、感謝の言葉。胸が痛くなる思いで全てを読み切る。

 

 

「そういえば、双葉の母さんは早く亡くなって……」

 

 

玄関から上がると俺は仏壇を探した。

 

今思えば、双葉の家に上がるのは初めてだった。家の前には何百回も来たのに、俺の広い家で遊ぶことが普通だったからな。

 

リビングの隣の部屋に入ると、そこには双葉と一緒に母親の写真も飾られた仏壇を見つける。

 

 

(……………?)

 

 

その時、妙な感覚が俺に訴えて来た。

 

遺影は何もおかしくはない。でも、何か不自然な感じに思える。

 

 

「これが……彼女の母親ですか」

 

 

リュナは自分と同じ顔が仏壇に置かれていることより、微笑んだ母親を気にしていた。

 

違和感のことは忘れ、双葉の言葉を思い出す。

 

 

「優しい人って双葉は何度も話した。髪を伸ばしているのも、母親を真似していたんだよ」

 

 

知っていることを話すとリュナは自分の髪を触り始める。遺影をジッと見つめ、何かを考えていた。

 

 

「……先に見て来ていいか?」

 

 

「いえ、私も行きます」

 

 

リュナはすぐに振り返り、次の部屋へと歩き出した。

 

次に向かったのは双葉の部屋だった。三つ程部屋を開けて探していた。

 

 

「ここか」

 

 

薄いピンク色のカーテンとベッドの布団で判断する。デスクを見れば中学時代に使われていたノートがポツンと置かれている。

 

中学生にしては綺麗な字でまとめてあり、しっかりと授業を聞いていたことが分かる。

 

本も多かった。俺がオススメした小説もいくつか置かれている。貸したマンガ本も一緒に置かれていた。

 

 

「……大事に読んでくれてたのか」

 

 

双葉の物に次々と触れて見る。出会った頃からの思い出が噴き出すように頭の中を流れる。

 

彼女の笑顔が、脳裏から離れなくなった時、

 

 

「—————ッ……!」

 

 

嗚咽をこらえるが、床に何度も涙をこぼしてしまっていた。

 

双葉の事を忘れて、高校生活を送っていた自分を情けないと思ってしまう。どんなに辛くても、双葉まで逃げることはなかったはずだ。

 

 

「ッ……!」

 

 

それでも俺は、ここに立っている。

 

立ってしまっている。決着を付ける為に、忘れてしまっていた双葉の為に、俺は踏み込んで自分の気持ちに答えを出さなければならない。

 

答えを待っている人が居る。俺にも、双葉(お前)にも。

 

 

———振り返るとそこには黒いパンツを手に持った双葉が居た。

 

 

「……ごめん、何やってるの?」

 

 

穿()こうと思いまして」

 

 

「……パンツを?」

 

 

「パンツを」

 

 

「……え? まさか、穿いてないの?」

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

新事実———ずっとリュナはノーパンだった。

 

脳がフリーズしてる。頬を少し朱色に染めた彼女は一度部屋を出て、すぐに戻って来る。穿いたのか、パンツをやっと穿いたのか。

 

 

「……何て言えば良い!? 俺は何て言えば良い!? 分かんねぇよ!?」

 

 

「?」

 

 

パンツに対しての答えは得ることができなかった。

 

最後に虚ろな目で部屋を見渡すが、不自然な感覚がまた俺に襲い掛かる。

 

 

(やっぱり違和感がある……何だ?)

 

 

仏壇で見た時と同じだ。何か不自然だと感じてしまう。

 

飾られた写真の額縁を見るが、どうも正体が掴み切れない。

 

 

「……あッ」

 

 

写真を見て思い出す。双葉とその父が映る写真とは別に、双葉ともう一人の女性が映っている写真を見つけた。

 

再婚していたのだ。違和感の正体は双葉の父は再婚していることだったのか。

 

見慣れない女性だったから気付かないで———あれ?

 

 

(遺影での違和感と違う……?)

 

 

何でこんなに胸が痛む? 何故俺はここまでモヤモヤとした気持ちになる?

 

 

———振り返るとそこには黒いブラジャーを手に持った双葉が居た。

 

 

「もういいだろ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

双葉の部屋を見た後はすぐに家を出た。他の部屋を見る必要は無い。

 

両親がいつまでも綺麗にあの部屋を残していたことに俺は複雑な気持ちになる。どう捉えればいいのか分からない。だけど、俺は感謝している。

 

鍵を閉めた後はポストに入れて返す。阿佐雪家を後にした。

 

しばらく道を歩く。後ろからリュナが付いて来るが、何を言えば良いのか分からなかった。

 

 

「学校」

 

 

リュナの呟きに足が止まる。

 

 

「学校の場所を教えてくれませんか?」

 

 

「行きたいのか?」

 

 

俺の質問に頷いて肯定する。少し考えた後、

 

 

「分かった。俺も行くから」

 

 

「お願いします」

 

 

俺たちは何度も双葉と登下校した道を歩き始めた。

 

高校時代の二年と更に二年、四年という歳月が経っても、この道はあまり変わっていない。

 

コンビニができたとか、綺麗な家が建てられたとか、それぐらいだけしか変わっていない。

 

中学校に辿り着くと、自然と目から涙が出て来ていた。

 

 

「懐かしいなクソッ……」

 

 

「……………」

 

 

涙を拭き取ると、暗闇に支配された学校に侵入する。

 

正門を飛び越え、扉の鍵は武偵で学んだ技術を活かして開錠。

 

全く変わっていない靴箱、緑色の廊下を歩き始める。

 

 

「二階だ。最後は二階の奥のクラスだ」

 

 

四階ある内の二階まで階段を上り、奥へと進む。机の中から教科書が飛び出しているのを見ると笑いが出てしまう。置き勉とは、また懐かしいな。

 

双葉と一緒だったクラスに辿り着くと、扉をまた開錠して侵入する。

 

 

「……ここだ」

 

 

窓側の奥の席。前と後ろで並んでいた。

 

後ろを見ればいつも彼女が笑っていた。後ろから鉛筆で(つつ)かれ、小さな手紙を投げられ、勉強を教えて貰ったこともあった。

 

剣道部で居場所を無くした俺に、彼女はいつも優しい笑みを見せて俺を受け入れてくれる。

 

 

もし———双葉が生きていれば……俺は……。

 

 

ガタンッ

 

 

崩れるように椅子に座る。右手で顔を抑えて双葉との記憶を思い出していた。

 

流れるように、噴き出すように、記憶が蘇る。蘇れば蘇る程、床に涙を落としていた。

 

 

「最低だ……」

 

 

双葉が生きていれば? そんなことがあるわけないのに、俺は何を考えた。

 

大切な人が居るのに、愛する人が居るのに、俺は何を考えた。

 

 

「どうして……何で……!」

 

 

無表情で俺を見るリュナに乱暴に掴みかかった。

 

 

「———俺の心を掻き乱す真似をするんだよぉ!!!!」

 

 

理不尽な物言いにリュナは押し倒されても、何も言わなかった。

 

 

「お前が俺を殺しに来ればいいのに……! どうして何もしない!? 攻撃すれば、俺はお前を楽に……何でだ!? 何でだ!? 何でだよぉ!?」

 

 

何度も訴えるように言うが、彼女はそれでも口を開かない。

 

 

「どうにかできると思っていた! でも……いざ目の前にしたら刀どころか拳一つ握れねぇんだ! お前を救うと決意したのに、お前は……お前は……!」

 

 

パチンッ!!

 

 

頬に衝撃が走った。

 

攻撃というより、それはただのビンタだった。

 

そう、怒った女の子のビンタ。

 

 

「———私は、思い出したかった……それだけなのに!!」

 

 

初めて見せた彼女の怒りに呆然としてしまう。俺を押し退け、そのままどこかに走り去ってしまう。

 

 

「それだけって何だよ……」

 

 

追い駆けないといけないのに、足が動かない。

 

 

「お前のそれだけは……俺に取っちゃ……」

 

 

それでも、唇を噛み切ってしまう程の力を込めて立ちあがった。

 

 

「重過ぎるんだよッ……馬鹿野郎がぁ!!」

 

 

逃げたリュナを———双葉を追い駆けた。

 

 

________________________

 

 

 

「———再婚……」

 

 

大樹の母から双葉の両親が再婚したことを話す。優子の呟きに大樹の母は首を横に振った。

 

 

「死んだ母親の望みは父と娘が幸せに暮らせること。それを一番に望んで欲しいと言ったそうよ。『私と娘を愛してくれる人を見つけた』、だから再婚したそうよ」

 

 

「……双葉さんは認めたのですか?」

 

 

「ええ、再婚相手はそれだけ良い人なのよ。今も父を支えているのだから」

 

 

大樹の母はアルバムをめくりながら懐かしそうに語る。

 

 

「だから失った時、父は自殺しようとして大変だったわ」

 

 

「じ、自殺ですか!?」

 

 

「でも踏み留まった。再婚した奥さんのおかげでね」

 

 

失った物が多過ぎた。責任を感じた父は命を投げ出そうとしたらしい。奥さんに助けて貰った後、大樹の父が顔をぶん殴って酒を飲ませて泣かせたと語る。

 

 

「彼はずっと死を乗り越えていない。でも、無理に乗り越える必要も無いのよ」

 

 

「……大樹さんは乗り越えようとしていますよ?」

 

 

黒ウサギの言葉に大樹の母は笑みを見せる。

 

 

「結局はどっちでも良いのよ。乗り越えて忘れずに強く生きるか、乗り越えずに心に繋げて強く生きるか。どっちでも変わらないわ。一番駄目なのは逃げて忘れようとすること。だいちゃんにはいつか教えようとしたけど、自分で向き合い始めたのよね」

 

 

「……難しいです」

 

 

「そうね。おばさんも、全然分からないわ」

 

 

ティナの言葉に同意する大樹の母。でもっと続ける。

 

 

「ウチの息子は壁を乗り越えても、壁を大事にする子よ」

 

 

________________________

 

 

 

「ジャコ! リィラ!」

 

 

『全く……探せばいいのだろう?』

 

 

「久々の出番ですよ! 張り切ります!」

 

 

ジャコは空を駆け抜け、リィラは白い翼で羽ばたく。俺は【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を纏い飛翔する。

 

町の空を音速で飛び回り探すが、どこにもいない。

 

 

(考えろ! リュナがどこに行くのか……双葉がどこに行くのか!)

 

 

いや、考えても分からないはずだ。俺は最後まで、アイツのことを理解してやれなかった。

 

……なら感じろ。神経を研ぎ澄まして彼女の力を見つけろ。

 

 

「—————北の方……!」

 

 

体を回転させて方向転換。そのまま音速を超える速度で飛翔し始める。

 

次第に力が強まるのを感じる。リュナに近づいている証拠だった。

 

町は灯りが多くなる街へと変わり、港へと変わる。海の先に居ると知ると、リュナがここまで移動したことに心当たりが生まれる。

 

闇に包まれた海の上を飛翔する。そして、リュナの姿を見つけた。

 

白い翼を広げた彼女は俺の姿を見ると逃げるように上昇する。雲を突き抜けて上へと目指していた。

 

当然追いかける。リュナより速い速度で雲を突き抜けて彼女を捕まえる。腕を掴むと痛みを感じた。

 

 

バチンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

「私は思い出せない!」

 

 

黒い電撃がリュナを守るように弾け飛んでいる。自分の手は血に濡れており、今の攻撃が普通じゃないことを見抜く。

 

 

「どれだけあなたと関わりがあったとしても、今の私は『阿佐雪 双葉』ではない! 神の保持者、リュナとして私はあなたを倒すだけ!!」

 

 

白い翼は漆黒に染まりリュナの顔に赤い紋章のようなモノが浮かび上がる。血で描かれていることが分かるとゾッとした。

 

顔から首へ、そのまま全身に描かれる赤い紋章。不気味な光景に呼吸を忘れてしまう。

 

 

「【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】!!」

 

 

漆黒の弓が顕現してリュナの手に収まる。十字に広がる弓はリュナの体より十倍は大きい。

 

闇より黒い翼が広げられると、後方に無数の魔法陣が出現する。そこから新たな弓が姿を見せ、矢を構えた。

 

 

 

 

 

「———【厄病の狩猟女神(Katastrophe Artemis)】」

 

 

 

 

 

左目には紅色の魔法陣が浮かび上がる。天使のような姿はもうどこにもない。

 

その姿に大樹は歯を喰い縛る。涙を見せながらリュナと向かい合った。

 

 

「思い出せないから、何だよ……」

 

 

右手を伸ばし、グッと強く握り絞める。

 

 

「そんなことより、もっと大事なモノがあるだろ!!」

 

 

制限解放(アンリミテッド)】———【神装(しんそう)光輝(こうき)

 

黄金の翼が舞い散り、神の衣を身に纏う。白銀の着物から神聖な力が溢れ出しリュナの表情を歪める。

 

 

「俺だって思い出せなかった! それでも進んだ! 進んで進んで、あとで後悔して、失って……それでも俺はここに居る! 歩いて来た道には、失うだけじゃなく、それだけ多くの物を得たから!」

 

 

「展開、【悪夢の弓(ボウ・ナイトメア)】!!」

 

 

魔法陣の数が一気に膨れ上がる。リュナの背後一面は漆黒の弓で埋まり、矢が装填される。

 

 

「【漆黒の矢(ダークネス・アロー)】!!」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

百を越え千を越える。矢を放たれた瞬間には次の矢が装填され放たれる。

 

矢継ぎ早に繰り出す攻撃に大樹は右手を払うだけで防ぐ。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

大樹の持つ最強の結界が矢を打ち消す。球体の結界にヒビ一つ入らない光景にリュナは絶句する。

 

それでも黒い矢の嵐は止めることはない。更に弓を増やして火力を上げる。

 

 

「今ここでお前との因縁を終わらせる。そして、ここから始めるんだ!」

 

 

握り絞めた右拳を引き絞り、神々しい輝きを放つ。リュナは警戒を高めて矢の数を増やすが、結界を破るまでには(いた)らない。

 

 

「天界魔法式、【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

輝く拳から放たれたのは巨大な竜巻。矢を巻き込み雲を捻じれさせる。暴風の吸い込みに体が引き千切れそうになる。

 

宙に展開した弓は粉々に砕け散り、攻撃の手段を潰された。

 

 

「もう一発だ!!」

 

 

(連発!?)

 

 

リュナは翼で自分を守るように覆う。

 

しかし、再び強風が吹き荒れるかと思いきや、突如竜巻は凍り付いてしまう。

 

 

バギンッ!!

 

 

竜巻の風に巻かれていたリュナの全身に氷が纏わりついている。必死に抵抗しようにも、全く動くことができない。

 

凍り付いた幻想的な竜巻にリュナの呼吸は止まっていた。

 

 

バチバチッ……バチバチッ……!

 

 

凍った竜巻の中心に大樹が拳を握り絞めて構えている。拳からは電撃が弾け飛んでいた。

 

再び放たれようとしているのだ。【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】が。

 

天界魔法式に発動する———奇跡を使った神技に尽きること無し。

 

永遠と無限を約束された力に、リュナは圧倒されていた。

 

 

 

 

 

「———来いよ、お前の幼馴染はもう逃げたりしないぞ!!」

 

 

 





だからと言って明日更新できると思わないでくださいね!

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