どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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もうすぐで三年!?

この小説を続けることができたのは読者様の応援があったからです!

感謝。圧倒的感謝。

この小説を今まで見てくださり、ありがとうございました!!

そして! これからもよろしくお願いします!



大樹フルラヴィング

万由里の事件から一週間の時間が流れた。

 

途中でデートを投げだしたことには何も怒られず、あまり無茶するなと注意をされたぐらいだ。腕一本は覚悟していたが、大丈夫なようだ。

 

それから忙しい日々が続いた。士道と同じように毎日女の子とデート三昧だ。朝早く起こされてはすぐにデート。帰って来たらそのままデートに出発。寝る時も明日のデートの話をしながら寝る。

 

 

———そんな忙しい日々は悪くない。むしろ最高。ご褒美。生きがい。

 

 

ただちょーっと修羅場気味になりやすいのは勘弁して欲しい。間に挟まれたらとりあえず正座するしかないんだよ。どうすればいいのか分からないから。甲斐(かいしょう)無しでごめんなさい。

 

あと狂三とか美九とか万由里が途中乱入して来るのもやめて欲しい。その時はとりあえず土下座から入ることしかできないから。男は辛いよ。

 

 

「だ、大丈夫か? 本当に切れるのか?」

 

 

「あ、ああ。任せてくれ」

 

 

大樹は鏡の前に座り、背後には士道が立っていた。手にはハサミを持っている。

 

別に士道は大樹を殺そうとか脅しているわけではない。伸びきった髪を切って貰おうとしているのだ。

 

不安な表情で士道を見ている大樹。士道は苦笑いで大樹の髪を切った。

 

 

「それにしても、本当に伸びたな」

 

 

「これでも雑に切った方だぞ」

 

 

「そうなのか? じゃあ何で俺に頼む?」

 

 

「……リィラのハサミ使いで俺が血を流したからだ」

 

 

「あッ」

 

 

察するな。散髪で血の雨を降らす美容師なんて恐ろし過ぎるわ。ジョニー〇ップが真っ青な顔するくらい酷いハサミ(さば)きだったわ。

 

それから士道は丁寧に大樹の髪を切った。血を一滴も流すことなく、無事終了する。これが普通なんだよな。

 

以前の大樹と全く同じ。大樹は自分の髪をワックスでオールバックにして、キリッとカッコつける。

 

 

「やっぱりこれだな」

 

 

「ああ、似合っているよ」

 

 

「サンキュ」

 

 

「でもいいのか? 黒染めしなくて」

 

 

大樹の髪は普通の人と違ってかなり異常だ。若いにも関わらず数十本の白髪があり、右のこめかみは緋色に染まっている。

 

どこの二次元キャラクターだよっとツッコミを入れたいくらいだが、本人は首を横に振った。

 

 

「どうせならアリアと同じ髪の色がいいな。折紙と一緒でも良いし。どうせなら全員分の髪の色を合わせた———」

 

 

「最後は絶対にやめておいた方が良いぞ……」

 

 

どうやら俺と士道は気が合わないらしい。士道も精霊たちの髪色を真似すればいいのに。

 

 

________________________

 

 

 

その日の夜。デート&修羅場をくぐり抜けた大樹は自室で天界魔法の練習をしていた。

 

そもそも天界魔法は天使たちが使う奇跡のこと。天使によって使える魔法は違く、便利であったり、一歩間違えば大変なことにもなるような奇跡もある。

 

そんな魔法を大樹は修得しているわけではない。大樹が練習しているのは天界魔法式に神の力を酷使できるようにすることだ。

 

先程言った通り天界魔法は奇跡だ。そして、奇跡を起こすことに自分の力が消耗することはない。つまり例えるなら———MPの消費無しでメラ〇ーマを連発できたり、充電無しで永遠にゲームをすることが可能になるのだ。天界魔法ってすごーい! たーのしー!

 

 

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……!」

 

 

まぁこんなに息切れしているので、あまり上手く進んでいないのは明白である。フレンズによって得意なことは違うから。

 

構造を理解しても発動までのプロセスが甘かった。数学の公式を理解しても、テストで解けなければ意味が無いのと同じ。

 

何度も挑戦をしているが、体力を大きく消費しているだけ。奇跡なんて吹っ飛んでいた。

 

 

「大樹様。今日はここまでにしましょう」

 

 

天界魔法の練習に付き合ってくれたリィラが声をかける。無理のし過ぎはを止めてくれていた。

 

大樹は素直に頷き、息を大きく吐く。疲労した体をベッドに投げ出して体の力を抜いた。

 

 

「だぁ! ……キツイな」

 

 

「ですが、いくつかの奇跡は成功しています。この調子なら上達するはずです」

 

 

「……上達するだけじゃ勝てないだろ」

 

 

「確かにそうですが……」

 

 

大樹の言葉にリィラは難しい表情になる。

 

 

「『神の行いは全て奇跡』———そう教えたのはお前だろ、リィラ」

 

 

「……………」

 

 

無言は肯定を意味する。修行の時、教えて貰った知識の一つとして記憶していた。

 

神の行いは全て奇跡———人を生き返らせるのも、人を殺すことも奇跡となる。

 

幸福にするのも、不幸にするのも奇跡。最低な運命を神が決定するのも奇跡になる。

 

指先一つ動かすことも奇跡。(まばた)きするのことも、息をすることも、神の奇跡なのだ。

 

 

「神が死なないのも奇跡。衰えないのも奇跡。そうだろ?」

 

 

「神は奇跡の絶対存在です。そのような存在を気にすることは———」

 

 

「そんな奇跡の塊共が死んだ。奇跡なんかぶっ壊す奴の手によって」

 

 

敵の強大さを物語っていた。大樹が気を引き締めて天界魔法の練習をするのはその為だ。

 

 

(ふざけたことに、『邪神』という奴もいるらしいからな。神にぶん投げたいところだが、居ないからな)

 

 

神の尻拭いというより、自分の尻拭いだ。保持者の半分は俺のせいでもある。責任を取るという言い方は少し違うが、けじめはつけないといけない。

 

神や自分が弱いとは言わないが、まだ強くなる必要がある。絶対に、必要だ。

 

 

「……悪い。気を詰め過ぎているかもな」

 

 

「いえ。大樹様の(こころざし)は立派だと思います」

 

 

嫌なことに付き合わせてしまっても、リィラは嫌な顔一つしない。むしろ笑顔で返してくれるほどだ。

 

……良い天使に一瞬見えてしまうのが怖い。本性を知っている俺からすればこれは天使じゃない。堕天使だ。いや駄天使だよ。

 

 

「あと、大樹様のハーレムも立派だとリィラは———」

 

 

「おいクソ天使。顔。顔がヤバイ。殴って直してやろうか?」

 

 

多分、悪魔の生まれ変わりとか言ってくれたら普通に信じるけどな。

 

 

 

________________________

 

 

 

———事件とは突然起きる。

 

予期できない場合が多い。

 

というわけで、

 

 

「———大樹様が眠ったまま、起きなくなりました」

 

 

リィラの報告に、その場に居た全員が固まった。

 

ここでツッコミを入れたり、リアクションを取るのが普通なのだが、予想を遥かに斜めな状況に何もできなかった。

 

昨日まで元気に笑っていた大樹。そんな彼はベッドでスヤァと深く眠っていた。

 

 

バチンッ!!

 

 

状況を理解できていない一同に対して、リィラは大樹の頬をビンタした。しかし、大樹は目覚めない。

 

 

「このように何をしても起きません。脅迫や誘惑、それから天界処刑も試してみましたが、無意味でした」

 

 

「起こす途中で殺したんじゃないわよね……?」

 

 

リィラの説明に美琴は嫌な顔をする。原因がありそうな天使を全員がジト目で見ていた。

 

 

「わ、私は何もしていません! こっそり隣で一緒に寝て、大樹様の頭を抱いたら『硬い』とか寝言でふざけたことを抜かしたから天界魔法をぶちかまして何か変なことになったとかそういうわけではありません!!」

 

 

有罪(ギルティ)。数秒後、リィラは天井に吊るされた。

 

アリアと真由美のコンビで取り調べが行われ、リィラから洗いざらい吐かせた。処遇は後、今は解決を急ぐとする。

 

 

「リィラの使う魔法の特徴から、大樹は通常より深く眠らされたのが一番ありえる推測かしら」

 

 

「何をしても起きないのは大樹君の力が強いせいね。どうして平和に過ごせないのかしら……」

 

 

真由美の言葉に全員が頷いた。問題発生が多過ぎである。

 

 

「とにかく、方法を探しましょ。このまま起きないのは困るわ」

 

 

「YES! 黒ウサギも手伝います!」

 

 

優子の提案に黒ウサギは張り切り、グッと両手でガッツポーズする。

 

 

「その必要は無い」

 

 

しかし、バッサリそれを切り捨てるのが折紙。彼女は大樹の元まで近づき、顔を近づける。

 

 

「真実の愛、つまりキスをすれば生き返らせることができる」

 

 

「そんなことを言うと思っていました!」

 

 

「大樹さんは死んでいませんし、キスをしても血が止まらなくなって悪化するような気がします!」

 

 

近くに居た黒ウサギとティナが折紙を止めた。同時に全員で折紙を抑え込んだ。

 

 

「全く……白雪姫じゃないのよ? そもそも男女逆じゃない」

 

 

「優子さん、優子さん。白雪姫は別にキスをされて生き返ったわけじゃないですよ。(ひつぎ)を揺らした拍子に白雪姫は喉に詰まっていたリンゴの欠片を吐き出して息を吹き返したのですよ」

 

 

「嘘……」

 

 

黒ウサギの補足説明に優子は戦慄。そこに真由美が追い打ちをかける。

 

 

「ちなみに眠れる森の美女のいばら姫はキスして目覚めたわけじゃないわ。ちょうど100年の呪いが偶然、その時に解けただけで愛とか———」

 

 

「やめて! これ以上、夢を壊さないで!?」

 

 

優子だけじゃなく、美琴やティナも耳を塞いでいた。

 

その隙に折紙は大樹に近づこうとするが、アリアが止める。

 

 

「駄目よ」

 

 

「チッ」

 

 

アリアの静止に折紙は舌打ちをする。一瞬銃を突き付けたくなったが、我慢する。

 

本格的にどうするか考えていると、吊るされていたリィラが提案する。

 

 

「大樹様の意識世界に皆様を飛ばすことは可能ですよ? 最初からそうお願いするつもりでしたので」

 

 

「最初に言いなさいよ!?」

 

 

美琴の怒鳴り声にリィラはすぐに謝罪するが、反省しているようには見えなかった。

 

 

「というわけで飛ばします。皆様、大樹様をよろしくお願いします!」

 

 

「ちょっと!? まだ準備が———」

 

 

アリアが止めるよりも先に、リィラの天界魔法が発動した。

 

彼女たちの足元に魔法陣が現れ、大樹の寝ている大きなベッドへと投げ出される。

 

青白い光と共に、美琴たちの意識は深い眠りへと落ちて行った。

 

 

「……………ふぅ」

 

 

吊るされた縄をほどいたリィラは息を漏らす。しっかりと全員がベッドで眠っていることを確認すると、一歩ベッドから距離を取り、その場で片膝を着く。

 

 

「神よ……どうか……」

 

 

———天使は亡き神に祈りを捧げた。

 

 

________________________

 

 

 

 

———20※▽年 H月 あr日

 

 

———∑れ時 @?分 23秒

 

 

———場所 高高高高高高校………… 

 

 

 

バチンッ!!

 

 

「「「「「ッ!!」」」」」

 

 

映像が切り替わるように黒一色から景色が変わる。

 

目の前にあるのは黒板。机と椅子が並び、教卓の前には先生らしき人物が授業を教えていた。

 

それを熱心にノートを取る生徒、居眠りする生徒、小さい手紙で交換する生徒、様々な生徒が周囲に座っていた。

 

 

「これが大樹の夢……?」

 

 

美琴が呟きながら辺りを見渡す。

 

自分は学校の制服を着ており、隣には困惑するアリアも居る。後ろを振り返れば優子と折紙の姿も発見できた。

 

 

「———以上の公式から落下するボールの重力が分かるわけだが……楢原、解いてみろ」

 

 

「うっす」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

一番前の席を座っていたのは大樹。学校の制服を着ており、なんと眼鏡をかけていた。

 

黒髪オールバックなのは変わらない。しかし、どこか雰囲気が違った。

 

 

「mg=Wの公式をg=W/mに入れ替えれば良い訳ですよね」

 

 

「正解だ。さすが学年主席だな」

 

 

「「「「!?!?」」」」

 

 

大樹の解答に先生は満足気に頷き、生徒たちから拍手が送られる。

 

物理の問題を大樹が解いた。そのことに美琴たちは戦慄していた。

 

数学や物理、とにかく数字に弱いいつもの大樹じゃないのだ。

 

 

「で、でも今の大樹ならできるかもしれないわ……」

 

 

「そ、そうね。驚くことはないわ」

 

 

異常物体=大樹で証明完了。落ち着くことができた。このことを大樹が聞いたら涙を流しながら笑顔を見せるだろう。

 

続けて美琴とアリアがコソコソと話をする。

 

 

「ここが大樹の夢の様ね。大樹は普通に起きてるみたいだけど……」

 

 

「まずは居ない者を探しましょ。黒ウサギと真由美、それからティナが心配よ」

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン

 

 

授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。先生が宿題を生徒に出して退出した。

 

休み時間となると、優子と折紙が二人に近づいた。

 

 

「これからどうするの?」

 

 

「今そのことを話していたの。まずは真由美たちを探しましょ」

 

 

優子の質問に美琴が答えるが、折紙はあまり良しとしなかった。

 

 

「ここは夢の世界。迂闊(うかつ)に離れるのは危険のはず。昼休みまで待つべきだと私は思う」

 

 

「……確かに一理あるわね。この後、また授業があるなら今のうちに……」

 

 

折紙の言葉にアリアは頷き、大樹の方を向く。

 

大樹は椅子に座りながらんーっと背を伸ばしていた。話しかけるなら今がチャンスだと美琴たちは近づくのだが、

 

 

「———大樹」

 

 

「ッ!」

 

 

一人の女子生徒が大樹に話しかけた。大樹はその女の子に笑顔を向けて手を挙げていた。

 

折紙は唇を小さく噛むが、他の三人は驚愕した表情で見ていた。

 

 

「リュナ……!」

 

 

黒い長髪をなびかせた女の子の名をアリアは口にする。

 

美琴とアリアは知っている。忘れるわけがない。大樹と離れ離れになった元凶がそこにいるのだから。

 

真由美はガストレア戦争で最悪な現状を作り上げた危険な存在だと認識している。

 

イマイチ、ピンッと来ない折紙にアリアは説明する。

 

 

「彼女は……双葉よ。大樹から聞いたことがあるでしょ」

 

 

「ッ……!?」

 

 

折紙の表情が大きく変わる。良い事を聞いた顔では無いことがすぐに分かる。

 

四人は大樹と双葉の様子を見ることにした。

 

 

「今日も部活?」

 

 

「まぁな。全国大会が決まったんだ。気合を入れて今日も頑張るよ」

 

 

「大丈夫なの?」

 

 

「当たり前だ。俺を誰だと思っている。二連覇王者だぞ?」

 

 

「えー」

 

 

「えー、って何でいつもお前はそうやって返すんだよ」

 

 

何気ない会話で花を咲かせる二人に女の子たちは無言でいた。

 

許せないとか、嫉妬しているわけではない。

 

もう叶わない現実だということを、彼女たちは知っているからだ。

 

 

「もう、昔は私の方が頭が良かったのに」

 

 

「昔は昔。今は今。残念だったな」

 

 

「残念? 嬉しいよ?」

 

 

「……そうかよ」

 

 

「それよりお昼の話だけど、今日は早起きしてお弁当を———」

 

 

ガタッ!!

 

 

大樹は目にも止まらぬ速さで教室を出て行った。双葉は逃げる大樹に驚いて追いかける。

 

 

「ま、待って!? 今日は間違えていないから! 砂糖と塩はもう間違えていないから!」

 

 

「うるせぇ! その前にハンバーグの色を青色に変色させる原因を見つけろ!」

 

 

新情報。双葉は料理が駄目だった。

 

 

「お、追いかけるわよ!」

 

 

アリアの言葉にハッとなる三人。教室から出て二人を追いかけようとする。だが、

 

 

バチンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

———9999年 99月 99日

 

 

———αお時 !3分 五*秒

 

 

———ば所 屋上………… 

 

 

 

黒ウサギが目を開けるとそこは大空が広がっていた。

 

自分の着ている服が違うことに気付くと同時に、大樹の夢の中へと入ったことを確信した。

 

周囲を見てみると、学校の屋上のようだった。

 

 

「ここが大樹さんの夢……」

 

 

一見、誰も居ない屋上のようだが、黒ウサギは見抜いていた。

 

屋上にある貯水槽の裏側に人の気配があることを。

 

黒ウサギはゆっくりと歩き、貯水槽の近くに寄る。すると会話が聞こえて来た。

 

 

「———この曲は?」

 

 

「アニメだな」

 

 

「この曲も?」

 

 

「アニメだな」

 

 

「アニメばっかり」

 

 

「別にいいだろ。好きなんだから」

 

 

一人は大樹の声。もう一人は女性の声。その声が誰なのか黒ウサギはすぐに分かった。

 

 

(リュナ……双葉さんですね……)

 

 

決して許せる存在じゃない彼女と大樹が仲良くしている。複雑な気持ちで黒ウサギは二人を見ていた。

 

大樹と双葉はイヤホンを片方ずつ分け合い、音楽を聞いていた。

 

 

「また新しくアニメが始まるから楽しみだ」

 

 

「いいの? テストも近いのに」

 

 

「うッ……そ、それは……」

 

 

「また数学で赤点を取ったら留年でしょ」

 

 

「……タスケテ双葉サン」

 

 

「ふふッ、今度奢ってね」

 

 

「はぁ……バイトでも始めようかなぁ」

 

 

二人の会話に黒ウサギはジッとその場で聞いていた。

 

残酷過ぎる夢の世界。それが黒ウサギの心を痛みつけていた。

 

 

バチンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

———%102年 0&月 21日

 

 

———まU時 3>分 五*秒

 

 

———バ初 m46通り………… 

 

 

 

 

いつの間にか、景色が変わっていた。

 

どこにでもあるような道。夕暮れの道に、真由美は立っていた。

 

前には学校の制服を着ている大樹の姿が見える。その両隣には、

 

 

「……お兄ちゃん、汗臭い」

 

 

「すっげぇ傷ついた。奈月が反抗期だ。陽、助けて」

 

 

「お兄さん、今日の晩御飯は何ですか?」

 

 

「妹たちが俺をいじめるんだけど!? どう思う双葉!?」

 

 

「面白い」

 

 

「そうだろうな! クソッ!」

 

 

その光景に真由美は酷く心を痛めた。

 

エレシスとセネス。いや、陽と奈月だ。

 

二人は中学生の制服を着ており、大樹と一緒に歩いている。その様子を隣で双葉が楽しそうに見ている。

 

 

「大樹君……」

 

 

真由美は、その場で首を振りながら目を逸らした。

 

 

「大丈夫。私は好きだからねー」

 

 

「あー! 双葉姉さんズルい! お兄ちゃんはあげないからね!」

 

 

「その通りです。私だって大好きですからあげません」

 

 

「痛い痛い痛い!? いろんなところを引っ張るんじゃねぇよ!?」

 

 

———笑い声が響き渡る。その声を真由美は受け入れることはできなかった。

 

 

________________________

 

 

 

———うぇごぎふえ年 あじょh月 jさほfあ

 

 

———おぁh時 kがいk えけおふぁ

 

 

———あkごい —————00 

 

 

 

「スーパーアルティメットドラグーン!」

 

 

「馬鹿者!」

 

 

バシッという痛い音と共にティナの意識が覚醒する。

 

道場の様な場所で、床には大樹が頭を抑え、一人の女性が竹刀を大樹に突き付けていた。

 

腰まで長く伸ばした赤いポニーテールに、ティナの目が見開かれる。

 

 

「変な技を作るな! 禁止だ! ウチを何だと思っている!」

 

 

「必殺鬼胸無し斬りッ!!」

 

 

「ぶっ殺」

 

 

大樹と竹刀で戦っている女性にティナは唇を噛んだ。

 

女性は———楢原 姫羅だったから。

 

フルボッコにやられた大樹は姫羅の尻に敷かれていた。

 

 

「どうだい? もう言わないってアタイに誓う?」

 

 

「誓う! 誓うからどいてくれぇ!!」

 

 

実現不可能の師弟の関係に、ティナは何も言えなかった。

 

練習が再び続行されるが、見る気も起きない。

 

 

「大樹さん……!」

 

 

耳を塞いだティナの小さな声と共に、視界が暗転する。

 

 

バチンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

———    年   月   日

 

 

———  時   分   秒

 

 

———        …………… 

 

 

 

 

気が付けば女の子は集合していた。

 

全員顔色は良くない。悪い物を見て来たかのような悲しい表情だった。

 

 

「皆さん……大丈夫ですか?」

 

 

黒ウサギの言葉に全員が頷く。しかし、誰も喋ろうとしなかった。

 

真っ白な空間に大きな扉が一つだけ。この先に誰が居るのかは明白だった。

 

最初に扉に触れたのは美琴。彼女は振り返り確認する。

 

 

「いいわよね?」

 

 

答えを聞くまでもなかったが、全員がしっかりと頷いて答えてくれた。

 

美琴は手に力を入れる。大きな扉はゆっくりと重々しい音と共に開かれた。

 

 

扉の先は———大草原が広がっていた。

 

 

青い空と白い雲。天気は快晴で、太陽が眩しかった。

 

真っ直ぐに進めば盛り上がった丘の様な場所が見える。そこに大樹は座っていた。

 

全員がゆっくりと大樹へと近づく。

 

 

「———リィラが余計なことをしたようだな」

 

 

最初の一言がそれだった。

 

大樹の周りには数百枚の写真が草の上に落ちていた。そこには先程見せられた思い出の光景が映し出されている。

 

美琴たちは、あれからいくつもの『ありえない現実』を見せられた。心が痛くなるような、泣いてしまうような辛い現実ばかりだった。

 

 

「……今まで見せたのは俺の夢だ。叶うことのない、無理な現実だ」

 

 

大樹は立ち上がり手に持った双葉とのツーショット写真をグシャリと潰した。

 

 

「やっぱり弱いな……俺の心は」

 

 

「そんなこと……」

 

 

「美琴。俺は最低なんだよ」

 

 

大樹が首を横に振る。辛そうに何度も首を横に振った。

 

 

「美琴が好きなのに、アリアが好きなのに、優子が好きなのに、黒ウサギが好きなのに、真由美が好きなのに、ティナが好きなのに、折紙が好きなのに———」

 

 

大樹は手を額に当てた。

 

 

「———俺はまだ、乗り越えれない……」

 

 

そして、手に持った写真を引き裂こうするが、できなかった。

 

クシャクシャになった写真は大樹の手から落ちてしまう。

 

 

「大樹……それは必要なことなの?」

 

 

「必要だ。俺は双葉……いいや、リュナを相手にした時、手加減をして逃げるような無様な姿を見せるかもしれない。殺す勇気が———」

 

 

「違うわ」

 

 

アリアは否定した。大樹の落とした写真を拾い上げる。

 

 

「悩んでいることはね、しっかりと向き合っている証拠よ。逃げていないわ」

 

 

「……………」

 

 

大樹は答えない。アリアの拾った写真も受け取ろうともしなかった。

 

 

「……ねぇ大樹君」

 

 

優子の声に大樹は振り返らない。しかし、優子は続ける。

 

 

「これから、どうするの?」

 

 

「……………」

 

 

沈黙する大樹に優子は泣きそうな表情になる。大樹は下を向きながらゆっくりと答える。

 

 

「本当は……このまま、この世界に居て暮らせば良いんじゃないかと思った。神のことも、保持者のことも、全部忘れて、投げ出してしまえばいいんじゃないかと少し思った」

 

 

「大樹君……」

 

 

「分かっている。停滞すれば世界が危ない……保持者で戦える俺しかいない今、そんなことはできない。でも……」

 

 

彼女たちは大樹の考えていることを分かっていた。

 

彼が迷っているのは、

 

 

「大樹さん。黒ウサギたちのことが心配なんですよね?」

 

 

「ッ……何で分かるんだよ」

 

 

「黒ウサギも同じだからです。それに、大樹さんはいつもその事ばかり考えて悩んでいますよ」

 

 

黒ウサギの言う通り、大樹は美琴たちの事を心配していた。

 

大樹はやっと振り返るが、顔を合わせようとしなかった。

 

 

「過酷で、危険で、最悪な道だ。そこを歩くために俺は強くなった。でも、絶対に守れるという保証は無い……いつものようについて来て欲しいと言えるような———」

 

 

「———この世界って大樹君の夢なのよね」

 

 

唐突に話を変え始めた真由美に大樹は困惑する。

 

 

「そ、そうだが……急にどうした?」

 

 

「ねぇ大樹君。どうして私たちが夢に出て来なかったのか、分かる?」

 

 

「え……?」

 

 

真由美の質問に大樹は答えられない。よく考えてみても、分からなかった。

 

そんな大樹に真由美は微笑んで答える。

 

 

「それはね、夢じゃないからよ」

 

 

「……どういうことだよ」

 

 

「馬鹿ね。そんなことも分からないの?」

 

 

真由美は大樹に近づき、大樹の手を両手で握り絞めた。

 

 

「私たちは夢なんかじゃない。夢では終わらないわ」

 

 

「ッ—————」

 

 

「ここに居る。ずっと傍にいるわ」

 

 

「……現実だから怖いんだよ。これ以上、失って無くなれば———!」

 

 

「大樹さん」

 

 

ティナが名前を呼んで止める。

 

 

「らしくないです。いつもの大樹さんじゃないですよ」

 

 

「いつもの俺って何だ!? 本当の俺はいつも……いつも……!」

 

 

真由美の手を振り払い、両手で頭を抑える。苦しむ大樹に折紙が近づき、その体を抱き締めた。

 

 

「大丈夫。私は、どんな時でも大樹を信じている」

 

 

焦燥(しょうそう)で狂わせていた瞳が正気に戻る。糸が切れたかのように大樹の体から力が抜けていた。

 

 

「———何でバレた」

 

 

そこにはいつもの大樹が居た。折紙の体を抱き寄せて苦笑いで皆に問いかける。

 

 

「今の演技は一番上手かったかもしれないわね」

 

 

フフンッと自慢げに美琴が笑みを見せる。アリアたちも騙せていないことに大樹は少しばかりショックを受けていた。

 

 

「本物と嘘を混ぜたのに、リィラの天界魔法で完璧のはずだったんだが……勝てないな、ホント……」

 

 

今回の一件はリィラと大樹の仕業だった。最初から魔法の失敗など嘘。

 

それを彼女たちは途中から見抜いていたのだ。

 

 

「でしょうね。でも気付いたわ。決定的な間違いを言ったおかげで」

 

 

アリアに指摘され、大樹は自分が言った言葉を思い出す。しかし、答えは出て来そうに無かった。

 

首を横に振ってギブアップ。答えは優子が教えてくれた。

 

 

「『殺す』ことなんて、大樹君には無理なはずよ。それに全部、救うって決めたんでしょ?」

 

 

「……ああ、そうか。だったら、全部間違っているな」

 

 

微笑みながら答える優子を見て大樹は負けを認める。

 

リュナに対して手加減や逃げる、命を奪う問題じゃない。俺はアイツを救うと心に決めた。その気持ちは今でも揺るがない。

 

 

「リィラ」

 

 

「聞いています」

 

 

大樹が名前を呼ぶとリィラが姿を見せた。天使の翼を大きく広げた彼女は女の子たちを見渡した後、頷く。

 

 

「大樹様がどれだけ彼女たちを愛し、愛されているのかは理解しました」

 

 

愛というワードに顔を赤くする一同。大樹は「まぁな」と腕を組んで何ともないように見せているが、顔は赤い。

 

 

「ですが、言葉や思いだけでは……私は納得できません」

 

 

「納得……?」

 

 

黒ウサギがどういう意味なのか教えて貰う為に大樹の顔を見る。

 

大樹は複雑そうな表情で事情を話す。

 

 

「次に行く世界で、神の糸口を見つける」

 

 

「……確実に見つけるのね」

 

 

『見つかるかもしれない』と大樹は言わない。彼女たちの表情に緊張が走る。

 

 

「ああ、絶対だ」

 

 

「……どこの世界に行くのか、当然知っているのでしょう?」

 

 

不安で震わせた唇を動かし、真由美は大樹に訊ねる。大樹は一呼吸置いた後、答えた。

 

 

 

 

 

「———俺の生まれた世界だ」

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

「これは俺の勘だが、リュナもそこに居ると思っている。だから———」

 

 

「だからこそ、私は彼女たちをこの世界で保護することを提案します」

 

 

リュナの強い言葉が大樹の発言を被せる。大樹はリュナを睨むことはなく、否定することもなかった。

 

そんな横暴な提案に、彼女たちが乗るわけがなかった。

 

 

「ふざけないでください。そんな提案は反対ですッ」

 

 

「ティナ様、相手は神から力を授かった保持者ですよ? 大樹様の足を引っ張る結果になるだけです」

 

 

慈悲の無いリュナの発言で、大樹とリュナがこれから行おうとすることを大体予測できた。

 

大体の事を察した折紙が声を漏らす。

 

 

「だから試す……?」

 

 

「その通りです。もちろん、思いは立派です。私が大樹様に言うことは何一つございません。ですが、力は別です」

 

 

「……………」

 

 

リィラの言葉に大樹は黙っていた。彼もまた、それを危惧しているからだ。

 

万が一、美琴たちがリュナに襲われた時、抵抗の有無で命運は変わる。彼女たちがそれぞれ力を持っていることは分かっているが、保持者レベルの話になれば話は変わる。

 

だから大樹はリィラの言葉を簡単には否定できなかった。それに言葉は厳しくても、彼女も天使として美琴たちを心配してくれているのは確かだ。

 

 

「分かったわ。よーく、分かったわよ」

 

 

緊張から解放されたかのように息を大きく吐き出しながら美琴は大樹に近づき、トンと胸を叩いた。

 

握り絞めた拳と美琴の顔を交互に見ながら大樹は困惑する。

 

 

「えっと……何が?」

 

 

「弱いから大樹の足を引っ張るんでしょ。なら私たちが強いことを証明すればいいだけの話よね」

 

 

「正解です。なので———」

 

 

美琴の言葉にリィラが頷き説明しようとするが、

 

 

「大樹。これだけは言っておくわ。私たちは、あんたが思っているより、弱くないわ」

 

 

「ッ……それは俺も分かって」

 

 

「美琴の言う通りよ。分かってないわ全然」

 

 

大樹が否定しようとするが、アリアは首を横に振った。

 

少しカチンッと来る。分かっているからリィラがあーだこーだ言うわけで、自分も心配しているのだ。

 

 

「大樹君」

 

 

優子に呼ばれて大樹はハッと我に返る。

 

 

「大樹君に……神様に貰ったペンダントが無かったら私が一番弱いと思うの。ううん、誰よりも弱いの」

 

 

「優子……」

 

 

「でもね、負けないわ」

 

 

強い意志が現れた声に大樹は言葉を失う。

 

迷いを捨てた優子の瞳を見た大樹は釘付けになる。

 

 

「大樹君の傍に、ずっと居たいから」

 

 

優子の言葉に同意するように彼女たちは頷く。その光景に大樹は嬉しさに涙を零しそうになるが、男なので我慢する……我慢、する。

 

 

「う゛ん゛……俺もずっと一緒にい゛だい゛……!」

 

 

「だ、大樹さん……いえ、何でもないです……はい」

 

 

黒ウサギは何とも言えない心情で、そっと大樹にハンカチを渡した。

 

 

________________________

 

 

 

リィラと大樹が創り上げた夢の世界———『モルペウスの箱』と呼ばれる天界魔法だ。

 

この空間は人の意識を閉じ込める天界魔法なのだが、使い方を変えれば便利快適ワンダフルとリィラは語る。

 

王道な使い方としてストレス発散。心の中にある悪や負の感情を浄化することができる。さらに夢の中に深く入り込めば短い睡眠時間でも十分に睡眠を取ることもできるという。

 

そして俺はこの天界魔法を使い修行もした。つまり、

 

 

「この仮想世界は現実に一番近い夢の世界だ。ここで勉強すればその分、現実でも知識が身に付いた状態で目覚めることができる。技を考えれば現実で実践練習ができる」

 

 

大樹が説明している途中だが、これから何をするのかはある程度察した。

 

 

「この世界で怪我をしても、痛みを感じても現実は無事というわけね」

 

 

「……美琴、痛いのは痛い。甘く見ないで欲しい」

 

 

「分かっているわよ」

 

 

美琴は拗ねるように顔を逸らす。

 

全員が理解したのを見たリィラは後ろに巨大な扉を出現させた。

 

 

「準備ができましたらこの扉を入ってください。その瞬間、戦闘を開始します」

 

 

「相手はあなた?」

 

 

僭越(せんえつ)ながら」

 

 

折紙の質問にリィラは体を前に傾ける。

 

天使の実力は大樹やジャコぐらいしか知らないだろう。保持者の大樹程でもないだろうが、大樹の右腕———ジャコに続く『左腕』の実力はあるだろうと彼女たちは推測する。

 

天界魔法という人知を超えた能力を持っている、そして本物の天使であることには変わりない。

 

リィラはその場で姿を消し、扉の奥へと消えていった。

 

 

「大樹。リィラの実力はどの程度なの? 詳しく教えなさい」

 

 

「え゛」

 

 

突然アリアの質問が始まった。敵の強さを一番知る大樹に聞くことに周りは驚く。

 

 

「そ、それってアリなのかしら……」

 

 

「優子、別に禁止されていないのよ。それに準備しなさいと言われたから準備しているだけよ」

 

 

さすが武偵と周りは感心する。敵の強さを事前に知ることは大事だと思い知った。

 

大樹は全員にリィラのことを教える。

 

 

「アイツは下位の天使だ。天使の中でも弱い天使だった」

 

 

「『だった』ね……それで?」

 

 

「俺の力を受けた影響でめちゃんこ強くなってる」

 

 

「「「「「最悪」」」」」

 

 

「あの……全員から(さげす)まれる目で見られると大興奮どころか大泣きしそうなのですが……そんな目で見ないでぇ!!」

 

 

また涙を流す大樹であった。

 

それから知っている天界魔法のことを聞いて対策を練る。大樹は細かく丁寧に優しく教えるが、

 

 

「アイツ……何か企んでいるに違いない。十分に気を付けてくれ」

 

 

真剣な大樹の表情から本気が伝わる。女の子はその思いを受け止めて力強く頷いた。

 

 

「……本当は隣で見守りたいが、遠くから見ている」

 

 

「隣は邪魔です」

 

 

「ティナが反抗期に入ったよぉ!!」

 

 

「大樹さん。もう見送りはいいので」

 

 

「黒ウサギが辛辣ぅ!!」

 

 

大樹を置いて準備を整えた美琴たちは扉へと向かう。

 

最後までいつもの自分を見せてくれた大樹。彼に見えないように女の子たちは笑みを浮かべる。

 

 

「またわざとやっているわね」

 

 

「それが大樹君のいいところよ」

 

 

アリアと真由美の言葉に皆がクスリと笑う。

 

扉に手を掛けたのは折紙と黒ウサギ。二人は頷き合うと、扉を勢い良く開いた。

 

扉の先に広がるのは高層ビルの街。大通りの道の先にはリィラが待っている。

 

 

「お待ちしておりました」

 

 

「意外ね。不意打ちを警戒していたけど、残念ね」

 

 

全員が武器を構える中、リィラの口元は笑った。

 

 

「いえ、警戒して損はありませんよ」

 

 

ガリガリガリッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

コンクリートを削るような音が聞こえた瞬間、事態に気付いた黒ウサギが叫ぶ。

 

 

「下から来ます!!」

 

 

黒ウサギは優子の腕を引きながらその場から跳躍して逃げ出す。折紙はワイヤリングスーツを展開、真由美は魔法で跳躍して浮遊魔法を展開した。

 

ティナは狙撃銃をリィラに反撃の構えを取りながら跳躍している。

 

五人がそれぞれ回避している中、美琴とアリアは逃げ出そうとしなかった。

 

 

「行くわよアリア!」

 

 

「任せなさい!」

 

 

美琴の合図でアリアは上に向かって一発の銃弾を放つ。その銃弾は緋色を纏い、空へと向かう。

 

 

カクンッ

 

 

しかし、銃弾の軌道は大きく変わる。

 

銃弾は美琴の放つ電撃と繋がっており、そのまま真下へと急降下する。

 

 

「ちぇいさーッ!!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

銃弾は何十倍もの威力が膨れ上がり、地面に叩き付けられた。まるで大砲が放たれたかのような音にリィラは驚愕の表情を表に出す。

 

コンクリートの地面に大きなヒビが生まれる。下から攻撃を仕掛けて来たモノごと破壊しながら。

 

 

(やはり大樹様に知られていますね……ですが、禁止にしなかった理由はこれですよ)

 

 

不意打ちの天界魔法を破られたリィラは攻撃を仕掛けようとするティナに向かって手を向ける。すると目の前に魔法陣が出現した。

 

 

バチンッ!!

 

 

ティナの放つ銃弾は魔法陣が受け止めた。簡単に攻撃を受け入れてくれないことはティナも承知していることだが、こうも簡単に止められるとは思わなかった。

 

 

「そこッ」

 

 

「ッ!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

風を切る様な速度でリィラの懐に入り込んだ折紙。レイザーブレイドでリィラの胸を貫こうと狙うが、魔法陣が妨害した。

 

 

「返します」

 

 

「「ッ!」」

 

 

バチンッ!!

 

 

ティナの弾丸と折紙の剣が魔法陣によって弾けるように跳ね返る。弾丸はティナの狙撃銃のスコープを破壊し、剣は砕けるように折れた。

 

リィラは怯ませた二人に時間を与えない。隙ができた二人に天界魔法を叩きこもうとする。

 

 

「させないッ!」

 

 

フォン!!

 

 

避難したビルの屋上から優子の大声が聞こえる。

 

彼女の声と共にティナと折紙の足元に魔法陣が描かれる。構築した魔法は『対物障壁』。銃弾も防ぐことができる魔法の障壁だ。

 

リィラの手から天界魔法が繰り出されようとするが、優子の予想は外れることになる。

 

 

ゴオォ!!

 

 

天使の翼をリィラは飛翔した。障壁で守られた二人を無視して上空へ、ビルの屋上へと。

 

リィラに狙いを付けられた優子は息を飲む。

 

魔法のタイミングをズラされ、無防備になった優子に攻撃を仕掛けるリィラは完璧の動きができていた。だが、

 

 

「———最初にアタシが狙われるって読んでいたわ……!」

 

 

「ッ! しまっ———!?」

 

 

震えた声で告げる優子の言葉にリィラは迂闊な行動だと悟った。

 

 

シュピンッ!!

 

 

優子が首から下げたクリスタルを握り絞めると、四角形のガラスの箱に包まれた。

 

何一つ通さない絶対の壁。魔法よりも強固に造られた守りにリィラは急いで逃げようとするが、

 

 

フォン!!

 

 

真由美の魔法が発動する。リィラを閉じ込めるように展開した対物障壁。普通に発動すればリィラを捉えることは不可能だろう。しかし、今のリィラに一瞬の隙が生まれたことで成功した。

 

 

「今よ黒ウサギ!!」

 

 

「くっ!」

 

 

最後に決めるのは最高火力を秘めた黒ウサギの最強恩恵———天雷を纏う【インドラの槍】。

 

溢れ出すように感じる神気にリィラの表情は曇る。轟く雷鳴、電撃が槍先に収束する。

 

 

(最初で最後の一撃です! もう此処で決めるしかありません!!)

 

 

全霊を込めた黒ウサギの一撃が撃たれる。

 

 

穿(うが)て! 【疑似神格・梵釈槍(プラフマーストラ・レプリカ)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

解き放たれた必勝の槍。第六宇宙速度で猛進する一撃にリィラは魔法陣の壁で防ごうとする。

 

それはあまりにも愚かな行為。絶対の勝利を受け止めることは、敗北を意味する。例え天使でも、その『絶対』を打ち破ることは不可能。

 

 

「———【概念拒否(ノー・ノーティオ)】」

 

 

言葉一つ、魔法一つ、力一つで愚かな行為は消える。

 

 

パシィンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

必勝の槍が、止まる。

 

リィラを囲むように四方の魔法陣が展開するが、槍は糸も簡単に魔法陣を砕いた。次の瞬間、凄まじい衝撃でリィラを貫こうとした。

 

だがリィラは槍を両手で掴み止めた。矛先はリィラには当たらず、射貫くことはできなかった。

 

信じられない光景に黒ウサギの表情が真っ青に変わる。それは美琴たちも同じだった。

 

絶対の勝利を受け止めることは、敗北を意味する———その意が消滅しているからだ。

 

 

「大樹様の力は全てを無効化するほど強力なモノです。対して私は悪災を断つ程度の力しかありません。ですが———」

 

 

バギンッ!!

 

 

リィラは両手で最強の槍を真っ二つに折る。ゴミと化した武器をその場に投げ捨て、天使の翼を大きく広げた。

 

 

「———今の私は違います。今の攻撃、黒ウサギ様の『必勝』という概念を消しました」

 

 

「なッ!?」

 

 

説明に息を飲む黒ウサギ。インドラの槍は一瞬でただの槍へと変わったのだ。そんな攻撃でリィラは一生倒すことはできないだろう。

 

 

「この障壁はジャコ様では破れません。唯一破れるのは大樹様だけです。そんな壁を、あなた様方は破れますか?」

 

 

天使は見下す。憐れんだ目で絶望する少女たちを。

 

越えられない壁はあまりにも分厚く、高過ぎた。

 

 

________________________

 

 

 

天界魔法は基礎魔法でも相手が人の身であるなら十分な威力を出すことができる。

 

リィラは次々と炎球や氷の槍、落雷など美琴たちに容赦無く飛ばしていた。

 

一方的な攻撃だった。突破口が完全に塞がれた状態が続き、防衛を強いられた彼女たちは疲労が溜まるだけだ。

 

特に優子と真由美は立ち上がれない程疲れ切っていた。サイオンが枯渇していた。

 

 

「……まだ続けますか?」

 

 

「当たり前でしょッ……!」

 

 

バチバチと電撃を弾き飛ばしながら美琴は立ち上がる。怪我をしてもなお、彼女たちの闘志が消えることはなかった。

 

 

キンッ……

 

 

美琴はポケットからコインを取り出し指で弾いた。

 

しかし、超電磁砲(レールガン)は一度試し通じていないことを全員が知っている。リィラは呆れるように魔法陣を前方に出現させる。

 

 

「折紙! お願いッ!!」

 

 

「【砲冠(アーティリフ)】!」

 

 

美琴の背後には折紙が居た。彼女は精霊の力を解放して、ワイヤリングスーツから霊装を纏う。

 

王冠型の翼がコインの周囲を回転する。白銀に輝き始めるコインに美琴の一撃が加えられた。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!!

 

 

地面を抉りながら音速を超える速度で突き進む超電磁砲(レールガン)にリィラは瞬き一つしなかった。自分を守るように【概念拒否(ノー・ノーティオ)】が展開しているからだ。

 

 

バチンッ……

 

 

魔法陣に直撃した瞬間、コインはゆっくりと回りながらリィラの手元へと落ちた。

 

どんなに威力を上げても掻き消える。そんな光景を嫌と言う程、この戦いで思い知っている。

 

 

「お返しです」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

リィラの展開魔法が発動してコインが銃弾の様に飛ぶ。女の子たちに向けって放たれた攻撃に黒ウサギが立ち塞がる。

 

 

ドシュッ!!

 

 

「くぅッ……!」

 

 

「黒ウサギ!?」

 

 

既に武具と防具の恩恵を失った彼女は生身の体で受け止めるしか方法は無かった。

 

優子たちの顔から血の気が引く程、鮮血が盛大に飛び散った。

 

倒れる黒ウサギをアリアが抱き止めるが、体勢を崩して地面に倒れた。

 

 

「好きにはさせませんッ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ティナがリィラに銃を構えた瞬間、即座に天界魔法をティナに向けて放った。

 

狙撃銃の銃身が折れ曲がるような衝撃波をまともに浴びてしまう。狙撃銃はティナと一緒に後方へ吹き飛ぶ。

 

 

「ティナちゃんッ!?」

 

 

疲労した体に鞭を打ってでも、優子は小さな体を飛び込んで受け止めた。

 

ティナを守る為に。自分の体が地面から落ちてでも(かば)った。

 

 

「優子さん……!」

 

 

「アタシは平気よ……ッ!」

 

 

痛々しい怪我にティナは顔を歪める。だが優子は無理な笑みで安心させようとしていた。

 

 

「……………」

 

 

血を流す女の子たちを見ても、天使は同情などしない。

 

普段見ているリィラとは大違いだった。

 

圧倒的な力。理不尽な力。そんなモノを前にしていると再認識する。

 

 

(……冗談ですよね)

 

 

しかし、リィラの内心では焦っていた。

 

何度でも立ち上がる彼女たちを見て。

 

 

「アリアさんッ……黒ウサギなら大丈夫ですッ」

 

 

「それでも無理は駄目よッ……」

 

 

互いに肩を貸しながら立ち上がるアリアと黒ウサギ。その瞳から闘志の炎は消えていない。

 

二人だけじゃない。全員がリィラを倒そうとする意志がヒシヒシと伝わる。

 

 

「ティナちゃんッ……負けちゃ駄目よッ」

 

 

「分かっていますッ」

 

 

立つことができない優子でも戦おうとしていた。武器が壊れたとしてもティナは諦めていない。

 

 

(大樹様自身の持つ思いは素晴らしいモノでした。他の人では見れないと思っていましたが……あなた様方で見てしまうとは少し予想外です……!)

 

 

気を引き締める為に魔法陣を更に多く宙に展開する。油断しないように、リィラは彼女たちから決して目を離さなかった。

 

 

「さすが天使ね……これ以上、打つ手があるのかしら?」

 

 

「顔は諦めていないけど?」

 

 

息を切らしていた真由美だが、優子と笑い合っている。

 

 

「当然、ですッ。諦めるにはまだ早い時間です……!」

 

 

「そうね……まだ行けるわ!」

 

 

「YES! 黒ウサギたちなら勝てます!」

 

 

壊れた狙撃銃を杖替わりにしながら立ち上がるティナ。小さい体でも諦めないティナを見たアリアと黒ウサギは頷く。

 

 

「—————!」

 

 

その時、美琴の頭の中に、一つの考えが浮かんだ。

 

バチバチと電撃を散らしながら美琴は深呼吸する。隣では折紙が意識を集中させて精霊の力を高めていた。

 

その様子に美琴は折紙に尋ねる。

 

 

「気付いた?」

 

 

美琴の言葉に折紙は力強く頷いた。

 

二人は、天使リィラの最強の壁———【概念拒否(ノー・ノーティオ)】の弱点を見つけた。

 

 

「皆、聞いて欲しいことがある」

 

 

折紙の声に全員が耳を澄ませる。

 

作戦を立てようとする彼女たちをリィラは許さない。反撃の種を潰すために攻撃を仕掛けようとする。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

 

しかし、美琴の放出する電撃がそれを邪魔する。

 

 

「させないわよ!」

 

 

「こちらのセリフです」

 

 

魔法陣から怒涛の攻撃が放たれる。リィラの攻撃手数は先程より増していた。

 

それにも関わらず美琴は激しく応戦する。ついに見つけ出した突破口を塞ぐわけにはいかなかった。

 

だが現実は非情。天使の猛攻に美琴は十秒も耐えることができなかった。

 

 

「十分よ!!」

 

 

アリアの握り絞めた二刀流の刀。緋色に染まった刀身でリィラの攻撃を弾き飛ばした。

 

早い復帰にリィラは驚く。作戦を放棄したならおかしいことではないが、自信に満ちた表情を見てそれは違うと頭を動かす。

 

魔法陣を展開して攻撃準備に取り掛かる。

 

 

「見てなさいリィラ! これがあたしたちの全力よ!」

 

 

アリアの掛け声と共に、彼女たちは立ち上がる。

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】の突破は絶対に不可能だとリィラは分かっている。それでも、不安になるのは何故か。

 

急いで彼女たちを攻撃しようとするが、用心深くなってしまったリィラは行動に移せないでいた。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

ギャンッ!! ギャンッ!!

 

 

一帯を破壊する勢いで解き放たれる美琴の電撃と、全方位から幾千幾万もの破壊力を帯びた粒を放つ【日輪(シェメッシュ)】がリィラを襲う。

 

しかし、【概念拒否(ノー・ノーティオ)】に死角はない。球体状に魔法陣を作り上げて完全に隙間を無くした状態で身を守った。

 

作戦にしては、あまりにも惨め。呆れ溜め息を吐きそうになるが、

 

 

シュンッ!!

 

 

次の瞬間、その息を飲むことになる。

 

アリアは右手に持っていた剣を逆手に持ち、そのままリィラとは真逆の後方に投擲した。

 

突然の行動にリィラは混乱するが、すぐに理由が分かる。美琴と折紙の攻撃は囮だったと。

 

 

フォンッ!!

 

 

優子と真由美は少ないサイオンを合わせることで魔法を発動する。発動した魔法は———逆加速魔法【ダブル・バウンド】。

 

刀の柄が魔法陣に当たった瞬間、反発して射出された。

 

刀の先はリィラを狙っている。威力はまだ弱いと認識するが、

 

 

「貫けえええええェェェ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

射出された刀の柄に黒ウサギの宙返りの蹴り———オーバーヘッドキックが叩きこまれた。

 

気迫を込めながら吠えた蹴り。爆発したかのように速度を上げる刀。『月の兎』の脚力は常識破りだった。

 

刀は緋色の流星となり、リィラを撃ち抜こうとする。

 

 

(やはり弱点を見破られていた……!)

 

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】の弱点、それは———消せる概念は一つだけということだ。

 

黒ウサギの【疑似神格・梵釈槍(プラフマーストラ・レプリカ)】は『勝利』の概念を消した。ゆえに投擲された槍の威力を消すことはできなかった。

 

美琴の超電磁砲や銃弾は『力』の概念を消すことで無力化にした。ゆえに優子と真由美の魔法を無効にするためには違う壁を張り直さないといけなかった。

 

コインを返す時も『抵抗』という概念を消すことで威力を増して飛ばすことができた。ゆえに反撃が魔法陣に触れた時、今度は自分が最悪な目に遭うことになる。

 

 

(この刀を止めるには『力』の概念を消せば良いことです。ですが、そうなるとアリア様の色金の力を秘めた刀、そして美琴様と折紙様の『異能』が通ることになります……)

 

 

同時に二つの概念を消すことはできない。確かにこのままでは攻撃が通ってしまう。しかし!

 

 

「【概念拒否(ノー・ノーティオ)】!」

 

 

シュンッ……

 

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】に刀が直撃した瞬間、消滅するように刀は姿を消した。

 

単純な話だとリィラは心の中で笑う。『攻撃』の概念を消すだけでいいのだと。

 

 

「折紙! 黒ウサギ! 行くわよッ!!」

 

 

———その油断がリィラを危機に(おとしい)れた。

 

 

美琴の掛け声と共に彼女たちは跳躍と飛翔していた。突飛な行動にリィラの目は見開かれる。

 

既に三人はリィラの頭上へと場所を移動していた。リィラは反撃の魔法を発動することができず、何故そんな無謀な行動をしているのか理解できなかった。

 

 

(そんなッ!? 『攻撃』を通すことは不可能———まさか!?)

 

 

狙いに気付くまでの時間。それはあまりにも遅過ぎた。

 

リィラが新たな概念の壁を張り直そうとするが、その前に三人は抜けて来た。

 

 

ドンッ!!

 

 

「くッ!!」

 

 

三人はリィラに()し掛かるように落ちた。苦悶(くもん)の表情でリィラは落ちない為に必死に耐えた。

 

彼女たちから『攻撃』する概念は消滅している。二度とこの戦いで攻撃をすることを禁じられた。

 

そんな捨て身の特攻だが、『拘束』という概念は消えていない。

 

 

「リィラさんッ……あなたなら必ず混ざり合わせた概念を上手く一つで消すと信じていました……!」

 

 

「『物質』の概念で消されたら私たちは完全に終わっていた。でも、アリアの力を警戒してそれはやめた……!」

 

 

リィラに体重をかけながら黒ウサギと美琴は苦しそうに笑って見せる。折紙と合わせて三人の体重を乗せているにも関わらず、天使は少しだけしか落ちない。

 

 

「———これなら、戦える」

 

 

「そん、な……!」

 

 

折紙は隠し持っていたCR-ユニット『ブリュンヒルデ』を身に纏った。機材の重量は3人の体重を遥かに超える重さ。押し潰されるかのような重さにリィラの体は急速に落ちる。

 

 

(不味い———!?)

 

 

このまま落下すれば球体状に作り上げた結界に触れてしまう。自分の落ちる体に合わせて結界を移動すれば済む話だが、リィラにはできない。大樹の様に神の力を自在に操る力を持っていないからだ。

 

壁に触れればリィラは三人と同じように『攻撃』が封じられる。それだけは避けなければいけなかった。

 

結界を消す———それは彼女たちの狙いのはず。無と化した天使を地に落とした勝機があると! ならば!

 

 

「『重量』の概念を消せばいいだけです!!」

 

 

天使と三人の体が壁に触れた瞬間、その場に浮くように体が止まった。

 

重量がゼロになった今、紙よりも、軽い存在になり宙に浮いてしまった。当然、リィラは笑みを見せて三人は苦悶の表情を———?

 

 

「チェックメイトです、リィラさん」

 

 

彼女たちは———勝利を確信した表情をしていた。

 

黒ウサギの言葉にリィラは目を疑う。地上から浮いた自分を狙う遠距離はアリアやティナの持つ銃くらいだ。しかし、ティナの銃は壊れ、アリアの火力では自分を打ち破るには足りない。

 

優子と真由美のサイオンは枯渇して魔法は使えない。美琴と黒ウサギ、そして折紙の三人は絶対に攻撃することは不可能。

 

 

「———この勝負、貰いました」

 

 

真下にはティナが銃———『右手』で作った銃を構えていた。

 

人差し指の先から青白い光が溢れ出し力を集中させていた。

 

その光景にリィラは愕然(がくぜん)とする。この時、リィラはティナの持つ瑠瑠神の力の存在を忘れてしまっていた。

 

最初からずっと使わず、どんな危険な場面でも温存していた。その一撃を、勝利の一撃にする為に。

 

 

(【概念拒否(ノー・ノーティオ)】……間に合わない!?)

 

 

概念の壁を突き抜けた直後、すぐに展開することはできない。

 

リィラは【概念拒否(ノー・ノーティオ)】を諦め、拘束する彼女たちから逃れようとする。しかし、

 

 

「全然痛くないわよ?」

 

 

「ッ……!」

 

 

リィラの拳は美琴たちに当たるが、『重量』を失った拳はダメージを通さない。自分の判断がここまで自分の首を絞める結果になるとは思わなかった。

 

しかし、まだ詰めが甘いとリィラは魔法を発動しながら思う。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

手から天界魔法を発動。暴風が吹き荒れるように風を纏い、一気に上へと上昇した。

 

ガラスが砕け散る音と共に美琴たちは無理矢理引き剥がされ、ビルの壁に叩きつけられる。

 

 

「逃がしませんッ!! 【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】」

 

 

「遅いですッ!!」

 

 

蒼色の弾丸がリィラの胸を貫こうとするが、リィラは体を捻ることで回避した。

 

『重量』を失ったせいで体にかかる負担が大きい。体が引き千切れそうなくらい無理をしているが、それでもリィラには勝機がある。

 

空から勝利を逃した彼女たちを見下す。自然と笑みがこぼれる。

 

ギリギリの戦いだった。しかし、勝利は自分であることは間違いない。

 

 

 

 

 

リィラの勝利は———間違いない、そのはずなのに。

 

 

 

 

 

「メエエエエエェェェ!!!」

 

 

目前に攻める黄金の角を最後に、リィラの視界はブレた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

凄まじい衝撃が体にぶつけられる。痛みを感じる前に、呼吸が止まった。

 

攻撃の正体を見た瞬間、リィラは自分の愚かさを思い知った。

 

彼女たちの本当の切り札は、最高のタイミングで切られた。その策に気付くことはできたはずなのに、リィラは完全に失念していた。

 

 

「白雪!! お願いッ!!!」

 

 

優子の応援に神級の力を持った白雪の体毛が白金色の輝きを放つ。

 

黄金の角が天使の力をねじ伏せる。圧倒的な力で、上から潰すように。

 

優子のことを誰よりも弱いとリィラでも思っていた。そんな彼女の隠し持った必殺の一撃に天使は破れる。

 

 

 

 

 

「【破壊の猛威(ヴートディストラクト)】!!」

 

 

 

 

 

超音速の突進はリィラを戦闘不能まで追い込むには十分の威力を備えていた。

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】の出す暇すら与えられない。リィラの残す手を無慈悲にブチ壊した。

 

空に一閃。黄金の流星が駆け流れると同時、リィラの意識は暗闇に落ちた。

 

天使の力が消えたことで、『モルペウスの箱』も崩れ、美琴たちの意識もスッと消えるように落ちる。

 

 

________________________

 

 

 

 

美琴たちが目を覚ますと、抱擁(ほうよう)されていることに気付く。誰がとは、もはや考えるまでもない。

 

大樹は指先を使って無理にでも全員を抱き締めて待っていた。

 

 

「寿命がゴッソリ削られた」

 

 

「心配し過ぎよ……馬鹿」

 

 

大樹の頭を美琴は優しく撫でる。どれだけ大樹が心配していたのか伝わる。

 

 

「もう大丈夫だ。悪は滅した」

 

 

天井からロープで吊るされた天使を見て、どれだけ大樹が心配していたのか嫌と言う程伝わる。

 

 

「ああ! そんな大樹様! 私は良かれと———!」

 

 

「粉砕玉砕大喝采」

 

 

バギッ!!

 

 

大樹は容赦無く、両手で天使の輪を粉々に砕いた。

 

 

「ああ! あああ! あああああ! あああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

絶望と悲観を混ぜ合わせたかのようなリィラの泣き叫びに女の子たちの表情は引き()る。大樹は手でゴリゴリと粉状になるまで天使の輪をすり潰す。

 

 

「【概念拒否(ノー・ノーティオ)】なんて反則技を使いやがって……最初に話した時は使わないって言わなかったか? おん? 覚悟はできているよな?」

 

 

「だ、大樹君? アタシたちは無事に認めてくれるんでしょ? だからその……ね?」

 

 

以心伝心。優子の言葉を聞かずとも、大樹は理解している。

 

 

「分かった。今から沈めて来る」

 

 

「うん、違う」

 

 

以心伝心? いいえ、全く大樹には伝わっていなかった。

 

ロープで結ばれたリィラを担いで本気で沈めに行こうとしていた。

 

 

「ま、待ちなさい!?」

 

 

「どうしたアリア!? 一発殴っておくか!?」

 

 

「鬼畜過ぎるわよ!?」

 

 

暴走気味に鬼畜になった大樹の目は本気。相当怒っていることが分かる。

 

黒ウサギと真由美が大樹を必死に止める。それでも抵抗して天使の羽根を千切るなど恐ろしいことを口にしたので、全員で圧し掛かり止めた。

 

 

「な、何事だ!?」

 

 

この騒動に気付いた原田が慌てた様子で部屋に入る。そして彼らを見て、

 

 

「……………いや何事だよ!?」

 

 

「原田ぁ!! その天使を……!」

 

 

「だ、大樹!? 大泣きしている天使がどうするんだ!? 助けば———」

 

 

「東京湾に沈めろぉ!!」

 

 

「はあああああァァァ!? 何でだよ!?」

 

 

その後、精霊たちの手を借りてやっと事態を収束させることができたという。

 

仲直りの為に、天使の輪は大樹が復元してあげたそうだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

「認めます。大樹様と、その大切な方々に忠義を尽くすことを再び誓わせていただきます」

 

 

片膝を床に着きながらリィラは頭を下げることで事態は収拾した。

 

次の世界———俺の世界に帰る。出発するのは約一週間後。その間にできる準備は整える。

 

この世界でやり残したことが無いように、俺は行動を開始した。

 

 

「———というわけで、手始めにお前らの戦闘力を削ったわけだ」

 

 

社長室の机の上で足を組みながら座っているのは大樹。部屋は荒れ果てているが、服には一切の傷が無い。

 

女の子が選んでくれたジャケットを気に入っているのか、嬉しそうに何度も服を確認している。

 

 

「ば、化け物……!」

 

 

ドアの近くでは全身に白金の鎧を纏った金髪碧眼のエレン・ミラ・メイザースが息を切らしていた。

 

窓の外からは黒煙がいくつも立ち上り、バンダースナッチの残骸ばかりが転がっている。

 

そう、ここはデウス・エクス・マキナ・インダストリー日本支社。DEM社だ。

 

大樹の正面、社長室の椅子に座っているのはアイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。顔色一つ変えず、大樹を見ていた。

 

 

「ふむ……」

 

 

ウェスコットはパチパチと拍手して大樹に笑みを向けた。

 

 

「仕方ない……これは完敗だ。お見事だ、ナラハラダイキ。我々の精鋭がまさか()()()()()()()()()なんて」

 

 

「余裕そうだな? 何を企んでいる?」

 

 

「まさか? 君がここを襲撃することだけは分かっていたのに、我々は手も足も出なかった。大損害だ」

 

 

「……………」

 

 

大樹の鋭い眼光にウェスコットは動揺一つしない。不気味な雰囲気に舌打ちする。

 

 

「こっちには俺という最強が居る。忘れるな」

 

 

「ああ、肝に(めい)じるよ」

 

 

大樹は机を蹴り飛ばして乱暴に部屋から出て行く。焦ったエレンがウェスコットを守るように立つが、大樹は全く見向きもしなかった。

 

 

「———よろしかったのですか?」

 

 

「構わない。それに……いや、何でも無い。都合が良さそうだ」

 

 

「……?」

 

 

「それよりも、これからの為に復興を急いで欲しい。被害は尋常じゃないはずだ」

 

 

ウェスコットの指示を聞いたエレンは急いで部屋から出て行った。

 

再び窓に目を向けて、ウェスコットは笑みを見せる。

 

 

「しばらくは大人しくしよう。でも、二度目はない……そうだろ?」

 

 

野望に満ちた瞳が、惨状の地を見下していた。

 

 

 

________________________

 

 

 

激しい戦闘を繰り広げた翌日、コタツに入りながらCADを改造していた。

 

優子と真由美のCADだ。専用の機械がこの世界に無いので、俺が機械を自作して頭の中に入った魔法を入れ込むという……もうこの時点で人間をやめているなー。もっと前からやめてるって? 殴るぞ☆

 

……そろそろ人間卒業ネタはもういいかな。

 

 

「大樹」

 

 

CADの整備をしていると、折紙が隣に座って来た。

 

オシャレな服装をしているので、これから出掛けるのだろうか? ハッ!? まさかデート!? 急いで終わらせないと。

 

 

「どうした?」

 

 

「頼みたいことがある」

 

 

「何だ?」

 

 

ドライバーをクルクルと回しながら聞く。

 

 

「両親に合って欲しい」

 

 

ズグシャッ

 

 

「あああああ!!!」

 

 

ドライバーが手に捻じれ刺さった。あまりの激痛に悲鳴を上げてしまう。

 

本来なら病院待った無しの大怪我だが、大樹なので大丈夫。

 

 

「きゅ、急にとんでもないことを言うなよ」

 

 

「私は準備できている」

 

 

「戦闘準備しかできてないよ俺?」

 

 

「大丈夫、婚姻届ならここに」

 

 

「落ち着け」

 

 

「あとはハンコだけ押せばいい。役所には私が届ける」

 

 

Chill out(落ち着け)!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

そんなわけで折紙と一緒に両親の実家へと(おもむ)いた。

 

突然の来訪は大丈夫なのかと心配していたが、折紙が既に行くと連絡していたらしい。あの時点で行くことが決定していたのか(戦慄)

 

ウチの嫁はかなり強引なのは分かっているが、時々斜め上を行くときがあるよな。

 

 

「娘を頼んだ」

 

 

「会った瞬間にそれ言われたら逆に困るのですが」

 

 

折紙の父に涙をホロリと流しながら言われた。土下座して頼む前にそれ言う? どんだけ信頼されているんだよ。

 

しかし、重大な話が残っている。それは———俺が折紙だけでなく、六人の女の子と結婚しようとしていることだ。

 

もし俺に娘が居たとしよう。とても可愛い娘が突然、何股もする男(もはや俺)と結婚すると言い出した。

 

当然、俺はソイツをぶっ飛ばす。問答無用でぶっ飛ばす。絶対にぶっ飛ばす。いいか? ぶっ飛ばすぞ俺は。

 

 

(どれだけ殴られても痛くないから俺はいいけど……認めてくれるかなぁ……)

 

 

居間の椅子に座りずっと笑顔でいる父と母。折紙は俺にピッタリとくっついている。

 

この幸せ空間を今からぶち壊すと考えると、手汗と背汗が凄い。もうびしょびしょ。逃げたいよ。

 

でも……俺は決意した! 全員幸せにすると! ならば———男を見せろ大樹!!

 

 

「お父さん! 実は俺、折紙だけじゃなく他の女の子とも結婚するつもりです!!」

 

 

「知ってる」

 

 

「うそーん」

 

 

出鼻を(くじ)かれて昔のアニメの様に椅子から転げ落ちる。

 

ハッハッハッと両親は笑いながら言う。

 

 

「そもそもウチに来る前から浮気していたかもしれないとか言っていたじゃないか」

 

 

「折紙から全部聞いていますよ。皆のことを愛していると。フフフッ」

 

 

おー恥ずかしい。顔が熱いぜ。今なら額でお湯を沸かせそうだ。

 

 

「君なら絶対に娘を幸せにしてくれる。確信しているから任せれるのだよ」

 

 

「お父さん……」

 

 

「まぁ最初聞いた時は母さんと一緒に荒れたけど、今は大丈夫だ! ハッハッハッ!」

 

 

おっと背筋がゾッとしたぞ。でもそれが普通の反応だ。

 

そのタイミングで訪問しなくて良かったと心の底から思った。

 

 

「今日は泊まって行くのだろう?」

 

 

「はぁ……まぁ……」

 

 

「そうかそうか」

 

 

折紙の父親はふぅ……と小さく息を吐くと母と目を合わせて頷いた。

 

 

「折紙……父さんと母さんは夜になったら出掛けないといけない。分かるな?」

 

 

「ッ! 分かった」

 

 

「おい待て何だその一家の意気投合。え、夜だって? 俺は嫌な予感がするから友達を呼んでもいいか?」

 

 

「大樹君。この家に私たち以外の人が入ると死ぬ病気を(わずら)って———」

 

 

「適当過ぎるだろ」

 

 

俺もよく同じようにアホみたいな言い訳するけど。それは無理がある。

 

この両親、折紙の血筋だとよーく思い知らされる。お二方のせいで折紙は……素敵な女性になりましたよ! クソッ、愛しているがゆえに否定できねぇ!!

 

 

「そういうのはまだ早いと俺は———」

 

 

「おおっと!? 迎えのタクシーが来たみたいだ! 母さん、後は二人に任せよう!」

 

 

「そうね! じゃあ私たちは明日の昼頃に帰って来るからお願いね!」

 

 

「———待てコラァ!?」

 

 

目にも止まらぬ速度で支度して家を飛び出す二人。あまりの唐突さ、そして折紙の妨害のせいで二人を逃がしてしまう。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

二人は目を合わせる。この空間は、昼まで二人だけしかいない。

 

ドクドクと心臓の鼓動が早くなる。緊張に耐えかねた俺は———!

 

 

「もしもし誰か助け———!?」

 

 

「その携帯電話の妨害用の電波は設置済み」

 

 

「ちきしょう俺の負けだ!!!」

 

 

(たま)らず携帯端末を放り投げた。

 

 

________________________

 

 

折紙の強制アーンの食事を長い時間を掛けて終えた後はお風呂。湯船が俺の鼻血で真っ赤に染まるかと思っていたが、なんと折紙は何も仕掛けてこなかった。

 

扉に天界魔法を無駄に使用してしまい、解除するのが大変だった。自業自得だな。

 

折紙が先に風呂に入ったので、後は寝るだけなのだが……

 

 

「何をしている」

 

 

「受け入れの準備」

 

 

折紙を探して寝室。折紙の両親に用意された俺の寝場所に折紙を見つけた。

 

暗闇の空間。敷かれた布団の上に折紙は居た。ただし、服を着ていない。

 

生まれたままの姿になっている折紙に俺は真顔で聞くが、無表情で聞いたことを後悔する返事が返って来た。

 

 

「服、着ろよ」

 

 

「………………着た方が興奮———」

 

 

「違うわ」

 

 

心臓に悪い解釈をしないで貰えます?

 

 

「脱がしたい?」

 

 

「おやすみ」

 

 

平行線に話が進みそうにないのでドアを閉めた。

 

部屋ならまだある。天界魔法をドアに施して今日は寝よう。うん、それがいい。ここで折紙とエロシーンに突入したら、美琴たちの修羅場&俺のフルボッコシーンにも突入しちゃう。

 

 

「大樹」

 

 

ドア越しから折紙の声が聞こえた。ドアノブに手を掛けながら聞く。

 

 

「どうした」

 

 

「……大樹君」

 

 

「ッ!」

 

 

いつもの折紙と違う声音。久々に聞いた名前の君付けにビックリする。

 

 

「折紙……」

 

 

「大樹は、どんな私が良いのか……時々分からなくて混乱する」

 

 

「……どんなお前でも、俺が大好きなのは変わらねぇよ」

 

 

「ッ!」

 

 

それは悪魔ベリアルと戦った後、折紙に言った言葉だった。

 

忘れるはずのない言葉を思い出した折紙は扉を開ける。

 

 

バサッ

 

 

しかし、開けた瞬間Tシャツのようなモノが顔にぶつけられた。折紙はそれが大樹が着ていた服だとすぐに分かった。

 

 

「服を着るなら一緒に寝る。俺には折紙と同じくらい好きな人がいるんだ。分かってくれ」

 

 

「……うん」

 

 

大樹は目を逸らしながら告白していた。折紙は急いで服を着て大樹の腕を抱き付くように掴む。

 

そのままベッドまで連れて行かれ、押し倒されるようにベッドの上で寝る。

 

 

「今日は寝させない」

 

 

「今までの流れに何故逆らう」

 

 

「違う……話がしたいだけ」

 

 

「ッ……そうか」

 

 

大樹はフッと微笑み、話を始めた。

 

二人は睡魔が襲ってくるまで様々な事を夜中まで話した。

 

 

________________________

 

 

 

折紙の両親に子どもはいつなのか何度も聞かれてうんざりした。ホント元気だよな折紙の両親。

 

【フラクシナス】に帰った後はとりあえず、

 

 

「まずは俺からは何も言わない。この姿を見て察してくれ」

 

 

「いつもの土下座で安心するわ」

 

 

腕を組んだ美琴に呆れられていた。土下座から始まる謝罪術。出版したら売れそう。俺と同じ境遇の人たちに対して役立つことを書くわ。幅が狭いよ。

 

この世界を去る前にやるべきことをやったと言ったら納得してくれた。ふぅ……いつもボコボコにされる大樹さんじゃないぞ。

 

しかし、火種はいつも傍にあることを忘れていた。

 

 

「大樹とは夫婦。やるべきことはやった」

 

 

「その言い方は不味いよね!? 両親に認められたことだからね!? エロいことごばがはぁ!?」

 

 

やっぱりいつもの大樹さんだったぜ。ちくしょうが。

 

女の子たちをなだめた後、俺は原田の所に行っていた。もちろん、転生の話だ。

 

原田の部屋の扉を開けようとした瞬間、誰かが走って出て行った。

 

それが泣いた七罪だと分かると、追いかけることはできなかった。

 

 

「いいのか?」

 

 

「大樹か……俺にはまだやるべきことがある」

 

 

声をかけるが、椅子に座った原田は元気がないように見えた。

 

 

「この世界でやることはやった」

 

 

「エロい方もか!?」

 

 

「お前しばくぞ!? やってねぇよ!」

 

 

「もう俺はしばかれた後だ。やってないのに……!」

 

 

「知るか!!」

 

 

調子が戻ったかな? ニヤニヤと顔を見ていると、原田は気を(つか)われていることに気付いた。

 

 

「……悪い」

 

 

「気にするな。それより転生の話をしようか」

 

 

「ッ……ついにか」

 

 

「ああ、ついにだ」

 

 

目を合わせて互いの決意を確認する。

 

俺たちはここまで来た。残る保持者はリュナのみ。

 

 

「転生先は俺の居た世界。できるよな?」

 

 

「ッ……ああ、できる」

 

 

原田は何かを言うとするが、言えなかった。多分、大事なことだろう。

 

しかし、そこは急かさせない。原田が言いたい時に言わせる。そして、真剣に話を聞くのがいいだろう。

 

 

「大樹。その前に話をしなきゃいけない人がいる」

 

 

「誰だ?」

 

 

「宮川だ」

 

 

原田の言葉に大樹は思い出す。原田と同じ天使だと言っているが、本当はどうなんだろうか。天使はほぼ全滅していると聞いているが、生き残りだろうか。

 

助けてくれたこともある。世話になったから信頼しているが、聞きたいことも山ほどある。

 

 

「行こうか———宮川 慶吾(けいご)の所に」

 

 

俺たちは立ちあがり、その場を後にした。

 

 

 

 




またシリアスに近づきつつある……?

ふざけたい気持ちをグッと抑えて、ギャグの自重が始まります……!


次回 『帰るべき世界の原点』


タイトルが既にシリアスで草生えます。自重することができなかった時は許してください。

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