どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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ガルペスのラスト並みに文字数が大変なことになりました。

凝縮したデート回をどうぞお楽しみください。デートと言えるのか分かりませんが。


最強降臨 デート・オア・デッド

「非常に不満だが、お前とデートすることになった。内容はお前に任せるが、常識を逸脱したら容赦無く殴る」

 

 

「あぁん! 女の子相手でも容赦がないだーりん、ドSで素敵ですぅ!」

 

 

頭大丈夫か? デートコースに病院を追加しても俺は文句言わないぞ? むしろ勧めるレベル。

 

現在俺が居るのは美九の楽屋だ。部屋には二人しか居ないが、いざとなれば天使のリィラを召喚して逃げる。最終手段としてリィラにはダイナマイトでも持たせて盛大に自爆して貰おう。

 

アイドル衣装を着た美九は事の経緯(いきさつ)を聞いて喜んでいた。

 

 

「だーりん、早速行きましょう! 外を一緒に歩きましょうよぉ!」

 

 

「あ、無理無理。俺、お前のせいでテロリストだから。デート内容、この部屋だけにしてくれ」

 

 

「それデートじゃないですよぉ!?」

 

 

仕方ないじゃん。捕まるもん。アレだよ、お部屋デートってやつだ。

 

 

「大丈夫。その為にたくさん用意したぜ」

 

 

「も、もしかして……! 部屋でエッチな事を———!?」

 

 

「トランプだろ? UNOだろ? オセロに将棋、それから遊〇王に———」

 

 

「だーりん!? デートが嫌になりそうですよぉ!?」

 

 

フッ、誰がそんなことを部屋でするか。浮気ダメ、絶対。

 

……本当はこのまま時間切れを狙いたいのだが、それじゃ駄目だ。空に浮かぶ球体とやらを解決するには、美九を満足させる必要がある。

 

 

「外は人が多い場所は無理だ。少ない場所ならデートに行ける」

 

 

「決めました!!」

 

 

早いな!? 別にいいけど!

 

 

「温泉に行きましょうよだーりん! 山奥なら人も少ないはずですからぁ!」

 

 

「……いいぞ。連れて行ってやる。俺はマッサージ椅子に座っているから」

 

 

「そろそろ泣きますよだーりん!?」

 

 

それは卑怯だろ。

 

 

「水着を着ますからぁ」

 

 

「……ギリギリアウトのような気がする。はぁ、分かったよ」

 

 

最終的に折れてしまう。俺は甘い奴だから。

 

美九は俺の言葉に瞳を輝かせると、意気揚々に準備を始める。

 

 

「すぐに準備をしますからねぇ!」

 

 

「服を俺の目の前で脱ぐなぁ!!」

 

 

———何はともあれ、美九とのデートが始まった。もう疲れたよパト〇ッシュ。

 

 

________________________

 

 

 

山奥の温泉宿に着いた。まさか九州まで旅行することになるとは思わなかった。

 

幸運な事———不幸かもしれないが、今日の宿は俺たちだけだそうだ。独占できる温泉は気が楽で良いが、コイツと一緒という時点でゆっくりできる気がしない。むしろ身の危険を感じる。

 

美九の()(まま)に付き合うとこうなるのか。

 

頂上に雪が積もった山が一望できる窓を眺めていた大樹。隣ではご機嫌に自分の歌を歌う美九が居た。

 

 

「ねぇだーりん、早速温泉に浸かりましょうよぉ」

 

 

「もう少しゆっくりしたらな」

 

 

「むぅ……美九の我が儘を聞いてくれるんじゃないのですかぁ?」

 

 

「馬鹿。一体嫁に何千回土下座したと思っている」

 

 

「せ、千……!?」

 

 

その数の多さに美九は戦慄していた。まぁ冗談だけど。本当は760回、土下座した。意外としてるぞ俺。

 

 

「せっかく家族風呂を予約したのにぃ……」

 

 

「お前何てことを」

 

 

美九は俺の嫁が怖くないのか。前に抱き付いていたことを思い出し、大丈夫という事実に気付く。美九って実は凄い?

 

ってそんな話は置いておく。

 

 

「お前が俺の事が大好きなのは十分に分かった。でも、線引きはする」

 

 

少し強めに言い過ぎたか? そう思うが、

 

 

「じゃあ美九は水着じゃなくて、タオル一枚でもいいですよぉ」

 

 

「俺の話を聞いてそれを言えるのか……」

 

 

俺とお前の間に引いてある線はどこ? そもそも線自体が無さそうだけど? 帰って来ーい。

 

お互いに水着は着る。美九にしっかりと説明した後、俺たちは風呂へと向かった。

 

途中、顔を隠しながら客に気付かれないように警戒していたが、誰一人俺のことを気にしようとしなかった。

 

ここまで来ると目立たないのか? 都合が良いから別にいいけど。

 

風呂に着いたら音速で着替える。目にも止まらなぬ速さの着替えだった。

 

 

「じゃあ先に入ってる」

 

 

「だーりん!?」

 

 

一緒に着替えるとかアウトだろ。風呂ですらアウトなのに、チェンジどころか試合が終わって乱闘が始まる。

 

説得の末、美九には水着を着せることができた。ちなみに湯船に浸かっているが、もし水着を着ていなかったら舌を噛み切ると脅している。

 

 

「あ゛あ゛……いぎがえ゛る゛ぅ……」

 

 

「半年の間、湯船に浸かることはなかったからですからね」

 

 

そうなんだよ。山では冷たい水を浴びるという苦行を乗り越えていたからな。

 

 

「って何でお前が居るんだよ」

 

 

タオルを体に巻いたリィラが湯船に紛れ込んでいた。リィラは妖艶な笑みを見せながら俺の肩に頭を乗せる。

 

 

「美人な天使に興奮しないのですか?」

 

 

「ハッ、胸無し妖怪が。何度も俺の水浴びに突撃して来やがったクセに、興奮すると思うか?」

 

 

「ええ? 喧嘩ですか? 天界処刑ですか?」

 

 

「悪い。言い過ぎた。天界処刑だけは勘弁してくれ」

 

 

トラウマになったぞ天界処刑。神でも恐れるよアレは。

 

 

「今は美九と二人じゃないと不味い。隠れていろ」

 

 

「仕方ないですね」

 

 

リィラの体は光の粒子になって姿を消した。それと同時に扉が開く。

 

 

「だーりん、美九の登場ですよぉ!!」

 

 

「よし、じゃあ俺は上がるから」

 

 

「だーめ、ですよぉ。お背中を流させてくださいねぇ」

 

 

黄色の布に赤いリボンが付いた水着を着た美九。約束は守っているので問題無いと思っていたが、ヤバいことに気付いた。

 

暴力的なスタイルだ。黒ウサギと張り合えるレベルでデカイ。水着じゃ駄目だ。宇宙服を持って隠して来い。

 

 

「さっき秒速で綺麗に体は洗ったけどな」

 

 

「やぁーん、だーりんたら、い・け・ずぅ」

 

 

俺の頬を指で突きながら体を(よじ)らせる美九。ちょっとイラっとした。

 

 

「私がちゃぁーんと、私スポンジで洗ってあげますからねぇー」

 

 

「それをやったら俺は冗談抜きで死ぬから頼むやめてくれ」

 

 

「ぶー」

 

 

文句を言っていたが、大人しく美九はタオルで俺の背中を洗い始めた。

 

 

「……だーりんの背中、傷だらけですねぇ」

 

 

「……嫌な思いさせて悪いな」

 

 

「そんなことないですよぉ?」

 

 

大樹の体のあちこちには傷痕が多く残っている。

 

本来なら傷痕も残さず治癒できる力を持っているが、できない理由を知っている大樹は美九に謝る。

 

だが、美九は首を横に振った。

 

 

「ちゃんと大切な人を守っている証拠ですからねぇ。しっかりと綺麗に洗いますよぉー」

 

 

「……お前ホント良い奴なのに、何で俺の事が好きなんだよ」

 

 

「何か言いましたかぁ?」

 

 

お湯で俺の体を流す音のせいで美九には聞こえていなかったようだ。

 

 

「何でもない」

 

 

「あ! だーりん!」

 

 

泡を湯で流した後は湯船に浸かる。美九が追いかけるように隣に入るが、思わず視線を逸らしてしまう。

 

 

「ふぅー……やっぱり大きなお風呂は良いですねぇ」

 

 

激しく同意。山で作った水風呂とか泥風呂とか、全然違う。匂いからお湯の質まで何もかもが違う。もうあの山に登りたくないが、こっちの山は何度でも登りたい。

 

 

「それにしても、銭湯には詳しいようだな? ここを自信持ってオススメしたから凄いと思ってな」

 

 

「それはもう! 同性同士の裸の付き合い……それはめくるめく甘美な世界! 夢と希望のアバンチュール———!」

 

 

「よし、もう黙れお前」

 

 

湯が汚れる。(よこしま)な心は山の滝にでも流して貰え。邪な心が一瞬で死滅できる滝なら知っているぜ。その貧弱な体であの滝に打たれたら多分死ぬと思うけど。

 

 

「……お土産はどうしようかなぁ」

 

 

「だーりんだーりん、この旅館にあるお土産がですねぇ———」

 

 

湯船に浸かりながらこれからのデートコースを話した。

 

それから美九のコンサート、俺の修行、過去の事、様々なことを湯船に浸かりながら話した。

 

そう———長い間、話し続けたのだ。

 

 

「だ、だーりん……私は世界一のアイドルにぃ……!」

 

 

「のぼせたか……」

 

 

顔を真っ赤にした美九を抱えながら、俺たちは湯船から出た。

 

 

________________________

 

 

 

美九の着替えはリィラに任せて俺は飲み物を買いに行った。

 

休憩室に戻ると浴衣に着替えさせた美九とリィラが座っていた。美九はまだ頭がフラフラしているようだ。

 

 

「美九の様子は?」

 

 

「安心して下さい。安静にすれば問題ないです」

 

 

「だ、だーりん……」

 

 

リィラの報告に俺は安心する。すると美九が俺に向かって手を伸ばしていた。

 

 

「馬鹿野郎。無理に俺と付き合うからだ」

 

 

「だってぇ……」

 

 

美九の手を握りながら隣に座る。買って来た水を渡そうとするが、美九は俺の膝に頭を置いて体を休め始めた。

 

 

「おい」

 

 

「いいじゃないですか。今日くらいは許しませんか?」

 

 

「便乗してリィラも来ようとするな」

 

 

この膝はお前らの枕じゃねぇよ。というか男の膝枕とか需要が無いと思うが?

 

火照った体のせいか美九は熱そうにしている。浴衣を邪魔そうにしていた。

 

はだけた浴衣から見える肌。(あで)やかな首筋から反則級の胸へと視線が移ってしまう。

 

 

「おらッ!!」

 

 

「大樹様!? 自分の顔を殴らないでください!?」

 

 

制裁(自分)。俺はすぐに驚くリィラに視線を移した。

 

美九とは正反対。うん、美九と違って凄くスラリとしているな。

 

 

「……お前が隣に居てくれて助かった」

 

 

「天界処刑」

 

 

処刑はされなかったが、リィラからもパンチを一発食らった。

 

水を飲みながら俺は美九の胸元にバスタオルをかける。悪いが体を冷やすわけにはいかない。湯冷めは体調不良の原因になる。

 

 

「大樹様、私は口が堅いですよ?」

 

 

「何もしないからな?」

 

 

大樹は美九に対して(いや)しいことはしなかった。少しうるさいリィラは天使の輪を奪うことで黙らせた。本当に天使の輪って大事なんだな。泣きそうになるなよ。

 

 

「だーりん……」

 

 

「……少しだけ、顔色が良くなったな」

 

 

「せっかくのデートが台無しに……」

 

 

弱々しい声で泣きそうになる美九。握る手の力が強くなる。

 

 

「お前なぁ……満足するデートしないと意味が無いって【フラクシナス】が言ってんだぞ?」

 

 

「大樹様、あまり責めるのも……」

 

 

「は? いや、責めてねぇよ」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

「……これからどうするのですか?」

 

 

「デート続行だろ? 美九が満足していないからな」

 

 

美九とリィラが驚いた表情を見せていた。

 

 

「つまり大樹様———ツンデレですね?」

 

 

「今のやり取りで何を感じ取ったお前は?」

 

 

意味が分からない。何が『ツンデレ』だったのか教えてくれ。

 

 

「だーりん……嬉しいですぅ……!」

 

 

「何でお前は泣くんだよ……?」

 

 

美九が涙を流す理由を理解できない大樹は焦る。

 

 

(思い人とのデートが中止なんて最悪ですよ。それが続行ですから喜ぶ決まっています)

 

 

リィラは二人のやり取りを微笑みながら見ていた。

 

 

________________________

 

 

 

急遽、宿に休むことから泊まることになったが、美九と二人だけで部屋とか危ない。よってリィラを常時召喚して俺の傍を離れないようにする条件を呑ませた。でもダイナマイトは握ってくれないらしい。

 

夕飯を食べた後は三人でテレビを見たり、トランプやUNOで遊んだ。

 

日付が変わるまで遊び尽くした後、最も危険な就寝の時間が来た。

 

そして、早速問題が発生した。

 

 

「何で布団が一つしかない……!!」

 

 

どこをどう探しても、布団は一つしか見つからなかった。仲の良い夫婦が使うような大きな布団しか。

 

この宿はそんなに貧乏なのか!? いや絶対に違う!

 

他の部屋から布団を貰おう。もしくは女将と戦うことまで考えていたのだが、

 

 

「ああっと大変です大樹様! 右手が暴走して扉に天界魔法の結界が!」

 

 

「こっちに来いポンコツ」

 

 

犯人が分かった瞬間、殺意が()いた。【神刀姫】を出しながら俺はリィラを手招きした。

 

 

「大樹様!? お仕置きにしては随分と本気なのでは!?」

 

 

「お仕置き? おいおい冗談だろ?」

 

 

大樹の顔は極悪人と同じだった。狂気を彷彿(ほうふつ)させるような顔で、刀の刃を舌で舐めながら告げる。

 

 

「———処刑に決まっているだろ?」

 

 

「調子に乗りました! どうか慈悲を!!」

 

 

ここで天使(ポンコツ)を斬れないのは残念だ。天使(ゴミカス)を消すと美九と二人っきりになってしまう。

 

天使(ボケナス)の処遇はまたの機会として、【神刀姫】をギフトカードに直す。

 

 

「俺は座布団を並べて寝る。お前らは仲良く布団に入って寝ろ。風邪だけは引くなよ」

 

 

「だーりん、だーりん」

 

 

「何だ」

 

 

「今日は私が満足するデートじゃないと駄目ですよねぇー?」

 

 

「……………それは卑怯だぞ」

 

 

美九の言うことに理解するのに三秒かかった。

 

意味が分かった瞬間、大樹の額からドッと汗が噴き出した。

 

 

「さぁだーりん! 熱い抱擁(ほうよう)を交わしてあげますからぁー! 全然私は、ベリーグゥです!」

 

 

「ベリーバァトゥだこっちは! いらんわ! クソッ、完全にやられた……!」

 

 

「大樹様、大人しく私たちと寝ましょう?」

 

 

「その子どもをあやす様な言い方はやめろ! というかお前は何でそっち側についた!?」

 

 

美九とリィラは布団に入り、二人の間に空いたスペースをトントンと叩いている。

 

普通の男なら顔を赤くしながら喜んで飛び込むだろう。鈍感主人公でも、渋々入るだろう。でも俺は違う!

 

 

「だが断る!!」

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

ハッキリと断った。そして、

 

 

「よーし、寝るぞー」

 

 

美九とリィラの間に寝て、布団の中へと入った。

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

「さっきから驚き過ぎだお前ら」

 

 

そんなに騒いでいると寝れないだろ? 何かおかしいことをしたか?

 

 

「大樹様、頭のおかしいことをしていますよ」

 

 

「お前は一度本気で絞めないと分からないようだな? 俺はちゃんと断った。そのことが大事なんだよ。つまりこの状況は不可抗力。仕方なかったと美琴たちに説明する」

 

 

まぁ説明したところで「それで?」みたいな感じで流されて死ぬと思うけど。

 

 

「詐欺臭いですね……」

 

 

「うるせぇ。文句あるならお前は出ろ。むしろ表に出ろ。天使は病気になりそうにないしな」

 

 

「あの優しかった大樹様は一体どこへ!? 最近私に対して辛辣(しんらつ)ですよ!」

 

 

最近、お前の素性が分かったからな。それなりの態度で接している俺を崇めろ。そして悔い改めろ。

 

パァッと花が開くように美九は笑顔になり、俺の腕へと抱き付く。逃げるように美九とは反対方向に移動しようとするが、リィラが邪魔をする。

 

 

「もういいです……大樹様の不幸を祈ります。必殺、浮気現場の激写!!」

 

 

「ちょまッ!? 人の携帯で何写メ撮ってんだゴラァ!!」

 

 

カシャッ☆っと気持ちの良い音と共に携帯端末に写真が保存される。大樹のポカンッとした顔、リィラと美九はピースを決めていた。コイツら……!?

 

 

「送信されたいですか!? 大樹様、観念してあああああァァァ!?」

 

 

リィラが天使の輪が盗られ、俺の手の中でミシミシと嫌な音が鳴る。

 

神の魔法? 天界魔法? 怖くないね。これでリィラを倒せる。さすが下級天使、俺の力が無いとクソ弱い。

 

ギフトカードから【神刀姫】を取り出して本格的に天使の輪を虐めようかと思うと、

 

 

「送信しますねぇー」

 

 

「「え?」」

 

 

美九の声に大樹とリィラの動きが止まった。

 

振り返ると舌をチロッと出しながらウインクする美九が居た。その手には携帯端末。

 

大樹はリィラが送信するとは思わなかった。リィラ自身も、その勇気はない。何故なら———

 

 

((あッ、これ死んだ……))

 

 

リィラと大樹、二人は写真を見られれば女の子に絞められると分かっていたから。

 

真っ青になった二人に美九は小悪魔な笑みでルンルンと携帯端末を握っていた。

 

 

「さぁだーりん、寝ましょうねぇー」

 

 

「そうだな……()るか……」

 

 

「ええ、()ましょう……」

 

 

大樹とリィラは死んだ目で布団に入った。美九は嬉しそうに大樹の腕に抱き付くが、リィラは体を震わせながら大樹の腕に抱き付いた。

 

 

「俺だって……誰かに抱き付きてぇよ……」

 

 

大樹の体は震えていなかったが、目からホロリと涙がこぼれた。

 

 

________________________

 

 

 

「……頼む、節度を持ってデートをしてください」

 

 

「大樹さん。ズタボロになった体で、頭を下げながらそう言われると、無茶できないのですが……」

 

 

無茶しないでください。そうお願いしています。

 

大樹の体は戦争にでも行った後かのようなに、体がボロボロになっていた。

 

美琴たちの前で正座しながら全ての罪を告白し、懺悔(ざんげ)した。隣でリィラも反省していたが、膝の上に重石を乗せられた俺の方が辛かったぞ。

 

懺悔を終えた後、今日は狂三とのデートです。交差点で土下座したら風の如く駆け寄ってくれた。あまりにも可哀想だったからすぐに出て来たらしい。

 

 

「デートは嬉しいのですが、その……病院に寄ります?」

 

 

「お前の優しさがここまで心に()みるとは……」

 

 

今日のデート、狂三に対して優しくしようと思った。

 

ギフトカードを取り出し、傷を一瞬で(いや)すと同時にデート服に着替える。

 

 

「あら? それって……」

 

 

「ああ、士道の通っている学校の制服だ。もう高校生の年齢じゃないからなぁ……」

 

 

十九歳だからなぁ。あと半年経てば二十歳だぜ? 時間が過ぎるは早いな。

 

きっと学校の制服を着ることはもうないだろう。だから今日は———!

 

 

「学生気分で、街を歩こうぜ」

 

 

女子制服を狂三に見せながらニッと笑みを見せた。

 

狂三はフッと笑みを見せながら、

 

 

「大樹さん、どこで盗みましたか?」

 

 

「今日は怒らないぞ。大丈夫、自分の力で作ったから」

 

 

狂三は思う。それは無駄な力の使い方だと。

 

 

________________________

 

 

 

———学生がするデートってなぁに?

 

 

「知るかボケ」

 

 

「大樹さん、落ち着いてくださいね?」

 

 

学生時代まともな恋愛なんてしませんでしたが何か!?

 

大体普通の学校に通ったことすら無かっただろ。銃を乱射したり、召喚獣で戦争したり、魔法を学んだり、普通の学校ってどこにあるんだよ!? この世界にはあるよ! 変なキレ方をしているな俺。

 

 

「そもそもデートって何だよ……この世界に来てからデートが何か考えさせられるんだが……」

 

 

「デートはそんな複雑なモノではないですよ」

 

 

本当に? 士道たちのデートを見たけど凄かったよ。the・デートって感じだった。

 

 

「……デートって何だ?」

 

 

「大樹さんが聞いているのは内容じゃなくて、難しいことですよね?」

 

 

頭が痛くなって来たぞ。駄目だ忘れよう。デートとは楽しいことだ。うん、それでいいや。

 

 

「学生が行く場所ねぇ……学生ってお金があまりないから高い店には行かないよな?」

 

 

「大樹さん、手持ちのお金はどれくらいですか?」

 

 

「無人島が買えるくらい?」

 

 

「が、学生はそんなに持ちませんよ……」

 

 

引くなよ。いつものことだろ。

 

 

「じゃあこれからカラオケに行こう!」

 

 

「おー! 朝まで歌うわよ!」

 

 

「まじひくわー」

 

 

「「何が?」」

 

 

三人の女子高生が目の前にあるカラオケ店に入って行くのが見えた。

 

俺と狂三は店の前に置かれた看板を見ると、平日料金でかなり安い値段が記載されていた。

 

 

「あー、確かに放課後、行った記憶があるなぁ」

 

 

「大樹さん、学生割引もありますよ。でも……」

 

 

「学生手帳の提示必須か……3分待ってろ。作って来る」

 

 

「お待ちを。お待ちを!!」

 

 

狂三は急いで大樹の腕を掴んだ。それでも大樹は行こうとするので背中から抱き付いて止めた。

 

 

「放せよ」

 

 

「犯罪ですわよ!?」

 

 

「フッ、いいじゃん。俺はテロリストだぜ?」

 

 

「吹っ切れたら終わりですわよ!?」

 

 

大樹は狂三の押しの強さに諦める。諦めて平日料金、割引無しでカラオケ店に入ることにした。

 

飲み放題のジュースを部屋に持ち込んで曲を選ぶ。そしてストレスを発散するように歌った。

 

 

「———勝ち取りたい! ものもない! 無欲なバカにはなれない!」

 

 

大樹君、久々にハッスルしちゃいました。大声で歌うの気持ち良い!!

 

 

「———ひとりでに熱い衝動! 募らせていく!」

 

 

(ちくしょう俺より上手いなコイツ!)

 

 

狂三も案外楽しんでくれたようだ。最後は一緒に懐かしい曲を歌ったりもした。

 

採点モードも試したが全敗した。ちょっと悔しい。

 

熱唱していると、あっという間に二時間は過ぎてしまった。

 

 

「次は~♪ どこに~♪ 行こうか~♪」

 

 

「次も~♪ 大樹さんに~♪ 任せますよ~♪」

 

 

ちなみに二人は既にカラオケ店から出ている。道行く人たちから白い目で見られるが、テンションが高いせいで気にならない。

 

しかも大樹は歌の採点に負けた罰ゲームでハゲカツラと鼻眼鏡を装着しているせいで怪しさMAXである。

 

 

「では、くじで決めます」

 

 

「引きます」

 

 

「デデンッ!! なんと———漫画喫茶です!」

 

 

「「……………」」

 

 

何か微妙な空気になった。

 

 

________________________

 

 

 

カラオケで気分上々↑↑だったが、次に漫画喫茶と来ると何か違う気がする。

 

あまり騒いで良い場所ではないので、この(たかぶ)ったテンションを維持するわけにはいかない。しかし、くじで決まったので行くことになる。

 

俺と狂三は手を繋いだままカラオケ店から徒歩二分の場所にある漫画喫茶へと入った。

 

店員に嫌な顔をされながら対応されたが、俺はドヤ顔で対応してやった。性格悪いな俺。

 

 

「漫画を見るかアニメを見るか……いや、ここは映画を見よう!」

 

 

「いいですわね。それで何を見るのですか?」

 

 

「ガ〇パン、艦〇れ、暗〇教室、それから———」

 

 

「見事なまでに大樹さんの趣味に傾いていますわね……」

 

 

狂三には分からないか。ガル〇ンはいいぞ。

 

 

「普通に洋画でいいか」

 

 

「打倒ですわね」

 

 

狂三と選んだ映画のDVDを取り、飲み物と食べ物を部屋へと運ぶ。

 

部屋は小さいが、椅子はフカフカで快適に過ごせそうだ。並んで座ると肩が密着するのは仕方ない。漫画喫茶は大体どこもこんな感じだろう。

 

 

「意外と狭いですわね」

 

 

「広い部屋じゃないと嫌か?」

 

 

「大樹さんが隣に居ればどこでもいいですわ♪」

 

 

「鼻で笑えるレベルの言葉をどうもありがとう」

 

 

「それはさすがに泣きますわ」

 

 

泣くのはホラー映画を見た後にしてくれ。

 

選んだホラー映画のパッケージを見る。題名は『絶望の絶望へ』と書かれている。どんだけ落とされるんだよ。絶望し放題か。某超高校級の絶望さんが歓喜するようなタイトルだな。

 

下の方にR-18の表記はもちろん。心臓の悪い方、一般人、ホラー要素に多少強い方は閲覧をご遠慮くださいと書いてある。『一般人』どころか『多少』の耐性だと駄目なのか。

 

裏を見るとあらすじ。それから大きな字で書かれた忠告「絶対的なホラー耐性をお持ちの方だけ見てください」と来た。

 

いやいや、どんだけ怖いんだよ。その言葉が怖いわ。

 

 

「今の内に聞いておくぞ。本当に見るのか?」

 

 

「ええ。もしかして大樹さん、怖いのですか?」

 

 

「パッケージの忠告で俺はこんなにビビったことは無いぞ。中身は相当なモノと思うが……」

 

 

狂三はニコニコしながらDVDからディスクを取り出し、パソコンの横に備わった機器に入れようとするが、

 

 

カチャカチャッ

 

 

「手が震えてるぞ」

 

 

「す、少し部屋が寒いせいですわ」

 

 

狂三は何度もディスクを入れられないでいた。余裕で暖房入っていますよ。

 

代わりに俺がディスクを入れると、狂三は目にも止まらぬ速さで俺の腕に抱き付いた。

 

 

「だ、大樹さん……体が震えていますよ」

 

 

「だからお前だよ」

 

 

もう見るのやめない? 楽しいジ〇リでも見ようぜ? 心がポカポカする名作を見ようぜ?

 

 

コンコンッ

 

 

いざ視聴を開始しようかと思うと、扉がノックされた。ついでに狂三の体がビクッてなった。本当に大丈夫なのかコイツ。

 

 

「お客様。お聞きしたいことが……」

 

 

「どうぞ?」

 

 

店員の声だった。店員は震えた声で、

 

 

「お客様の借りた『絶望の絶望へ』の視聴をよろしいのでしょうか?」

 

 

「……何か問題が?」

 

 

「……お気をつけて視聴ください!!」

 

 

「どんだけヤバいんだよこのDVD!?」

 

 

おい店員が逃げたぞ! ダッシュで逃げたぞ! ヒィとか言いながら逃げたぞ!

 

もうやめた方がいい気がして来た。諦めよう。内容は凄く気になるが、トラウマ確定の映画を見る勇気はない。

 

パソコンの電源を消そうとしたその時、狂三は俺に何か小さなモノを渡した。

 

 

「大樹さん……もし、大変なことになりましたら記憶をこれで消してください」

 

 

「チャレンジャーだなお前!?」

 

 

渡して来たのは精霊の力が込められた弾丸だった。どんだけ全力だよ。

 

ここまで覚悟を決めているなら見てやるよ。……俺も手が震えて来たぞ。

 

気が付けば俺たちは二人で一つの布団入り手を握っていた。そして、スタートボタンを押した。

 

 

———開始30分、既に20回は叫んでいた。

 

 

『お前の絶望おおおおおおォォォ!?!?』

 

 

「「———きゃああああああ!!??」」

 

 

『テメェの頭の中だよおおおぉぉぉ!!!』

 

 

「「———ああああああァァァ!!」」

 

 

予想を遥かに大きく超えていた。怖いという次元じゃない。恐ろしかった。

 

これを考えた人間は人間じゃない。悪霊か悪魔だ。とてもじゃないが人が作れるような作品じゃない。

 

 

映画は———二時間。俺たちは抱き合いながら泣き叫んでいた。

 

 

________________________

 

 

 

———本気で一度死んで記憶を消そうと思った。しなかったけど。

 

ギリギリ何とか耐えた。最後がハッピーエンドじゃなかったら多分リアルで死を覚悟した。狂三も俺の服で涙をぬぐっている。服の胸辺りは凄いビショビショだけどな。後で着替えよ。

 

 

「……生きているか」

 

 

「……今日は……今日だけは一緒に寝て欲しいです……」

 

 

完全にノックダウンである。

 

実際俺も今日だけは人の温もりを感じながら寝たい。一人じゃ無理。トイレも多分無理。

 

最強でも勝てない映画とか、帰ったら原田と士道に見せよう。被害者を増やしてやる。

 

 

「……ゲームセンター行こうぜ。このままじゃ駄目になる」

 

 

「……もう少し待ってくださいまし」

 

 

いいよ。全然待つよ。いくらでも俺の胸を貸してやるよ。

 

狂三が調子を取り戻すまでにパソコンでこの作品と作者について調べた。なんと作者は不明。とある監督が偶然家から掘り出したノートに書かれていることを再現したという。少々強引な場面が多々あるのはそのせい———つまりその監督の偶然を恨めばいいのか。くたばれとある監督。

 

偶然でこんな恐怖を植え付けられるのか。何て物を掘り出していやがる。あと書いた奴は絶対悪魔だぞ。

 

 

「お客様! 救急車が表に止めています! ささ、急いで!」

 

 

「うるせぇオラァ!!!」

 

 

「ごばぁ!!??」

 

 

———大樹の八つ当たりは、店員へと向けられた。

 

 

________________________

 

 

 

 

———しばらく死んだ目でショッピングをしていた。通行人に何度も声をかけられたが。

 

ビショビショになった服は漫画喫茶の更衣室でもう一着のカッターシャツに着替えて、デートを再開した。

 

 

「随分と大きいな」

 

 

「最近オープンしたみたいですわ」

 

 

ゲームセンターの前に置いてある看板を見ながら狂三は俺に教える。次のデート場所はここでいいか。

 

 

「そう言えば昼飯は大丈夫か?」

 

 

「大樹さんは、食べれますか?」

 

 

「無理。とりあえず今日は飲み物でいい。今日は固形物を食べれない」

 

 

まさかあの映画が食生活まで害するなんて。救急車を呼ばれた理由が分かったよ。今日は狂三にも、栄養のある飲み物を作ってやろう。

 

 

「まぁ遊ぼうぜ? 金ならいくらでもある」

 

 

「学生気分はどこに行ったのでしょうか……」

 

 

そんな余裕消えたわ。今は心を癒すことに専念したいわ。

 

 

________________________

 

 

 

「はぁ……はぁ……やるな……!」

 

 

「大樹さんこそ……さすがですわッ……!」

 

 

大樹と狂三が不敵な笑みを見せる。周囲はざわざわと大勢の客が集まっていた。

 

二人は対決していた———ガンシューティングゲームで。

 

宇宙から攻めて来たエイリアンたちを倒すゲーム。二人プレイで協力できるのが、問題はそのスコアである。

 

 

「大樹さん、このスコアで勝負をしませんか?」

 

 

「……こういうゲームは俺の得意分野だぞ。やめとけ」

 

 

「あらあら? 負けるのが怖いんですか?」

 

 

「あ?」

 

 

戦争勃発(ぼっぱつ)。大樹は最初から本気で挑んでいたが、狂三も上手かった。いや、名人レベルだった。

 

さすが銃を持つ精霊と言うべきか、この俺と張り合うとは……だが!

 

 

「最後に勝のは俺だ!!」

 

 

「いいえ、私が勝ちますのでご安心を!」

 

 

画面は凄まじいことになっていた。敵のエイリアンがどんな形で奇襲を仕掛けても一秒も経たずにクリティカルショットを決められ絶命する。地球の平和は余裕で守られていた。

 

ステージ毎にスコア表示がされるが、ほぼ僅差でどちらも勝負を譲ろうとしない。注目はお互い命中率100%というスコアと全ての銃弾がクリティカルということ。そして———

 

 

『ゴギャアアアアア!!!』

 

 

ドゴドゴドゴオオオオオォォォガキュンガキュンギンギンギンゴオオオオオォォォ!!!

 

 

『———ギョボヴァヤギャラブグシャベギャアアアアァァァ!?』

 

 

———ボスの討伐タイムが10秒以下という記録。その記録は客たちを盛り上げていた。

 

 

「すげぇ!! 何だあの男女!?」

 

 

「最短記録を大幅更新だぞ! 何者なんだよ!?」

 

 

動画撮っている者も居るほど、彼らのプレイは凄かった。

 

さらに二人がやっているゲームは特にガンゲーム界で特に難しい難易度のゲームだった。それを知っている人たちは驚いた表情で大樹と狂三を見ていた。

 

 

「フッ、俺がお前より格上なことを見せてやるよ!!」

 

 

大樹は銃を両手で構えると、エイリアンの股間だけを狙い始めた。当然クリティカルの文字が出ている。

 

 

「「「「「Oh……!」」」」」

 

 

「ッ……やりますわね。ですが!」

 

 

狂三は銃を回転させて右手、左手、右手、左手と踊り舞うようにエイリアンを倒し始めた。カッコ良く魅せるプレイに客たちは大興奮。

 

 

「野郎……だったら!」

 

 

大樹は学生服のネクタイを外し、目隠しするようにネクタイを頭に巻いた。そして、銃を構えてエイリアンを次々と倒した。

 

 

「音だけで敵の動きを把握できる俺を越えれるか!?」

 

 

「「「「「な、なんだって!?」」」」」

 

 

「やりますわね……!」

 

 

激闘が繰り広げられていた。

 

フィールドは大樹と狂三がエイリアンを挟み撃ちする展開へと進む。このステージは仲間に銃弾を当てないように敵を倒すのが目的だが、

 

 

ガキュンッ ガキュンッ

 

 

大樹と狂三のHPが初めて削れた。

 

お互いに相手の銃弾が当たったのだ。

 

シンッ……と場が静かになる。大樹と狂三は同時にお互いの顔を見てニッコリと笑みを浮かべる。

 

 

「手が滑った☆」

「手が滑りましたわ☆」

 

 

刹那———銃弾が飛び交った。

 

 

「上等だゴラァ!!」

「上等ですわ!!」

 

 

(((((じ、地獄が生まれる!?)))))

 

 

大樹と狂三の撃ち合いが始まった。エイリアンを倒す為の銃弾がぶつかり合っていた。

 

間に入って来たエイリアンは瞬殺。文字通り溶けていた。

 

全ての銃弾を味方にプレゼント。即リロード。また味方を撃つ。

 

エイリアンがどれだけ入って来ても瞬殺。それでも二人は相棒を撃っていた。

 

 

『グハハハ! 地球の英雄よ! 我は———!』

 

 

「邪魔だクソ犬!」

「邪魔ですわ!」

 

 

『———最強将ギャアアアアァァ!!』

 

 

「「「「「ボスが一瞬で消えた!!??」」」」」

 

 

途中でボスが登場して死んでも、二人は撃ち合っていた。しかし、ボスが倒されたことでステージは次の場面に進む。

 

 

「チッ、殺し切れなかったか」

 

 

「仕留め損ないましたわ……」

 

 

(((((この二人超怖ぇ!!!)))))

 

 

________________________

 

 

 

『———ば、馬鹿な!? この私が死ぬわけがぁ!?』

 

 

「クソッ! ボスが弱すぎてスコアが稼げなかった!」

 

 

「骨がありそうでしたが……中ボスでしたか……!」

 

 

(((((ラスボスが第二形態に行けずに死んだぁ!?)))))

 

 

ラスボス瞬殺。二人はそんなことに気付かないままゲームを最後まで終えていた。

 

ゲームクリアの文字とエンディングが始まると大樹と狂三は驚愕する。

 

 

「ゲームクリア!? スコアは!?」

 

 

客たちが息を飲んで見守る中、エンディングが終わる。

 

それと同時に最終スコアが表示される。

 

 

だいき ——— 6008500点

 

くるみ ——— 6007000点

 

 

「ヒャッハ————————!! よっしゃああああああああああ!! ざまああああああああああああァァァ!!」

 

 

「くぅ……!!」

 

 

大喜びの大樹と涙目の狂三。最低な男に敗北した可哀想な女の図になっていた。

 

もちろん客たちからのブーイングの嵐。大樹を非難するのだが、

 

 

「黙れ撃つぞ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

一言で黙らせた。客が弱いわけではない。大樹が強過ぎるのが悪い。

 

客を静かにさせた後、大樹は腕を組みながらゲスな笑みを浮かべる。

 

 

「さぁて……勝者は敗者に何でも命令できる、だったな?」

 

 

「大樹さん、手加減をしてくださいね」

 

 

「大樹さんはいつも全力で生きている素晴らしい人だから無理だな」

 

 

「帰って来てくださいまし!? 優しい大樹さん、帰って来てくださいまし!?」

 

 

「優しい俺が今考えていること、教えてあげようか? 映画『絶望の絶望へ2nd(セカンド)』を一人で見るか、今日は一人で真っ暗な部屋で寝るか、それとも———」

 

 

「大樹さん! 何でもしますから、どうかそれだけはやめてくださいまし!?」

 

 

「馬鹿野郎。俺はエロい願いは絶対にしないから安心しろ」

 

 

「今の選択より断然そっちの方がいいですわ!?」

 

 

俺も裸で町内一周するか、あの映画を一人で見るかを選ぶなら裸で町内を迷わず選ぶ。むしろ全裸で日本を旅する方がまだ良い。それだけあの映画はヤバかった。

 

 

「俺の命令は———」

 

 

「大樹さん! 大好きですからね!? そんな人を———」

 

 

「うるせぇ!! 蹴り飛ばすぞ!!」

 

 

(((((この男、最低だ!?)))))

 

 

「ごほん! 俺の命令は———士道たちの、アイツらのことを頼みたい」

 

 

「……………」

 

 

大樹の真面目な声に狂三は静かに聞いた。

 

 

「守ってやりたい気持ちで一杯だが、それは無理だ。でも心配で仕方がないから、お前に頼みたいんだ。見守るだけでもいいからさ」

 

 

「それは、本気で言っているのですか?」

 

 

「ああ、狂三にだけにしか頼めないことだ。なんだかんだ、お前とは付き合いが長いしな」

 

 

「私と士道さんがどういう関係なのかは知っているのでしたら……無理ですわ」

 

 

「じゃあこうするのはどうだ? その約束を守ってくれるなら、今度はお前が何でも俺に命令できるってのは」

 

 

「……何でも?」

 

 

「危険なことも俺は引き受けるぜ。危険な恋だけは勘弁して欲しいけど」

 

 

「なら———」

 

 

狂三はガンシューティングの銃を大樹の胸に突き付けた。

 

 

「———その命でも、ですか?」

 

 

真剣な表情に大樹はフッ笑みを浮かべた。

 

突き付けられた銃を右手で握り絞め、自分の心臓に来るように銃口を移動させる。

 

 

「お前が本当に心の底から望むなら、こんな命、いくらでも散らせてやるよ」

 

 

その言葉に狂三は驚きながら大樹の顔を見ていた。

 

大樹が「ん? ほら何か言えよ?」的な顔で狂三に顔を近づけられると、顔を赤くした。

 

 

「ず、ズルいですわ……こんなの卑怯としか……!」

 

 

「それが大樹クオリティ」

 

 

「や、やっぱり駄目ですわ! これは無かったことにしてくださいまし!」

 

 

「———お前の願いの為なら、俺の命なんて安い」

 

 

「—————ッ!!??」

 

 

大樹が耳元で囁くと狂三の顔が先程より真っ赤になった。

 

 

(((((何だこのチョロイン!? すげぇ可愛い!!)))))

 

 

ちなみ客は歓喜していた。

 

 

「お前が『はい』か『YES』のどっちかを言うまで虐めるぞ」

 

 

「ノー、ですわ!」

 

 

「よろしいならば戦争だ」

 

 

大樹は狂三の手を掴み移動する。狂三は抵抗しようとするが、神の力が常時発動して精霊の力が使えない。

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

「手始めにホラーガンシューティングをやろうか。安心しろ。あの映画ほど絶望するゲームではない」

 

 

「ギブアップですわ!? 参りましたから!?」

 

 

「ダイキ、ニホンゴ、ワカリマセーン」

 

 

容赦のない大樹は狂三をホラー要素たっぷりのゲームへと連れて行った。何度も泣かれたが、大樹はご満悦のご様子だったと客たちは涙を流しながら少女を見守った。

 

 

________________________

 

 

 

そして———次の日。

 

 

「さて———楽しい二日間だったかしら?」

 

 

「滅相もございません」

 

 

バチバチッと電気を弾き飛ばしながら正座した俺を見下すのは美琴。笑っているのか怒っているのか、顔は怖くて見れない。ただ見ちゃ駄目な気がする。

 

 

「楽しかったはずよ。こんなにイチャイチャしている証拠もあるのだから」

 

 

背後で銃をカチャカチャと扱う音が聞こえる。アリアは美九とのスキャンダル写真と狂三とのプリクラを見ながら言っているのだ。

 

 

「先にデートすることは許したわ。でも、違うでしょ?」

 

 

優子に肩を叩かれれば俺は一生懸命、首を縦に振ることしかできなかった。

 

誰かに助けを求めたり逃げようとすれば、

 

 

「大樹さん? 黒ウサギの耳は絶好調ですよ?」

 

 

———背後からグサァ!!とインドラの槍が飛んで来るかもしれないから諦める。

 

 

「アリアさん、大樹さんはどの銃弾までなら大丈夫ですか?」

 

 

「.460ウェザビー・マグナム」

 

 

ティナの質問にアリアは即解答する。待てアリア。それゾウやサイどころかクジラも一撃で屠れる威力があるヤツ。かなり危ないヤツだから。

 

この包囲網から逃げれる自信は無い。できるだけダメージを少なく受けて死ねるかが問題になってくる。死は確定している時点でおかしいだろ俺。

 

 

「そんな大樹も、私は好き」

 

 

「「「「「抜け駆け禁止!」」」」」

 

 

折紙の急な告白に俺の心はポカポカ。つい口元が緩んでしまうが、バレたら不味いので必死に堪える。

 

 

「そんなことよりデートの内容は決まった」

 

 

『そんなこと』で済ませる折紙さんマジパネェ。でも、デート内容は超気になります。期待と不安で一杯ですが。

 

 

「聞かせてくれ。明日に備えて寝れないくらいのデートを期待しているぜ」

 

 

「……デートはもう始まっている」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

これには全員驚愕。説教と折檻のせいで既に外は暗く、月がもうすぐ昇ろうとする時間だ。今から夜のデートってロマンチックだが……おっとアレだけ修行をしたというのに煩悩が次々と生まれるぞ。凄いぞ変態(大樹)

 

 

「大樹に質問。異端者Mとお風呂デートをした。間違いは?」

 

 

「今からデートという名の粛清が始まるのか? 本当に反省しているからね?」

 

 

異端者Mは美九のことだな。ああ、デートして分かったよ。デート中の男を笑顔で虐める異端者だ。経験者の俺が保障する。

 

 

「間違いは?」

 

 

「ありましぇん……」

 

 

今デートが始まっているんだよね? 女の子から冷たい視線を浴びているよ? デートにあるまじき事態だよ? 本当に大丈夫?

 

その時、黒ウサギのウサ耳がピンッと伸びた。顔は赤くなり、折紙の意図を読み取ったらしい。

 

 

「折紙さん……まさかと思いますが……」

 

 

「水着でお風呂に入ったと聞いた。なら、その上———私たちは裸の付き合いをするべき」

 

 

———久々に勢いのある鼻血が出た。

 

女の子たちが頬を真っ赤に染める。大樹は血で顔を真っ赤に染めた。

 

無表情で語る折紙に美琴とアリアは急いで掴みかかる。

 

 

「無理よ! 絶対に無理!」

 

 

「駄目に決まっているでしょ!?」

 

 

「何故?」

 

 

「恥ずかしいからよ!? 何で平気な顔していられるの!?」

 

 

「見なさいあの顔を! 想像しただけでニヤニヤしているのよ大樹は! 絶対に危ないわ!」

 

 

美琴の言うことは理解できるが、アリアの言葉は泣きそう。そんなに信頼が無いのかって今までの行動を振り返れば当然だわ。

 

 

「だ、大樹さん? まだ生きていますか?」

 

 

「結構ギリギリ」

 

 

黒ウサギに介抱されながら折紙たちのやり取りを見守る。それにしても、意外なことに優子が反対勢に着かず、真由美とティナと一緒に居ることにビックリだ。

 

……………そういえば優子と一緒にお風呂に入ったことがあったな。ぶはっ。

 

 

「……大樹さんの鼻血が止まらないのですが」

 

 

「黒ウサギ。それは放っておいていいわよ」

 

 

優子さん辛辣(しんらつ)ぅ。

 

そんな会話を繰り広げていると、向うにも動きがあった。

 

 

「愛し合う人とお風呂に入るのは当然」

 

 

「当然じゃないわよ!?」

 

 

「いや当然だ」

 

 

「血で真っ赤に染まった大樹(アンタ)はドヤ顔で何を言っているのよ!?」

 

 

折紙に便乗する俺。美琴に強く否定されてしまったが俺は諦めない。男なら未来の妻とお風呂に入りたいと思うのは当たり前だろ!!

 

 

「私には、あなたたちの言葉は言い訳にしか聞こえない」

 

 

「ど、どういう意味よ。一体何を言い訳するのよ」

 

 

ビシッと折紙はアリアの体を指差す。次に美琴の体を指差す。

 

謎の指差しの後、折紙はとんでもない言葉を口にした。

 

 

「お風呂で好きな人に体を見せる———その自分の体に自信がないと」

 

 

それはやべぇって。

 

 

「「あ?」」

 

 

美琴とアリアの威圧の声に思わず俺の鼻血もストップ。優子たちも青ざめた顔で折紙を見ていた。

 

早くフォローしないと!っと以前の俺なら即座に美琴とアリアを褒め言葉を言うのだが、経験から得たことがある。何を言っても最後は墓穴を掘って俺は殺されると。

 

何も言わないせいか、優子と黒ウサギが俺の真剣な表情を見て驚いていた。

 

 

「だ、大樹君? ど、どうしたの?」

 

 

「だ、大樹さん? 今、ここが死ぬポイントですよ?」

 

 

「好きな人の死様を見たいのかお前らは」

 

 

知っていたな? いつも俺が墓穴を掘って馬鹿することを! 何で今まで言ってくれないの!?

 

俺の悲しい顔から伝わったのか、真由美は俺の肩をポンッと叩く。

 

 

「二人を責めないで大樹。口止めされていたから言えなかったのよ」

 

 

「そ、そうなのか? でも一体誰に……?」

 

 

「私の口からは言えないわ。でも、犯人はこの中に居るわ!」

 

 

「じゃあお前だよ」

 

 

疑う余地も無い。現行犯逮捕から裁判飛ばして牢獄に入れることができるくらい疑わない。

 

 

「……おかしいわね。何で分かったのかしら」

 

 

「自分の演技に自信があったのか……俺と同じで駄目な部類だぞ」

 

 

「自分がないことは自覚しているのね……」

 

 

見破られる回数の多さから自覚できたというのが正しい。

 

真由美の頬を引っ張っていると、俺の腕をティナが引っ張っていた。

 

 

「大樹さんが馬鹿正直に言う言葉がいけないんですよ」

 

 

「褒めているのに!?」

 

 

「逆です。褒めている、からですよ」

 

 

「へ? どういうこと?」

 

 

嬉しそうに笑顔を見せるティナに俺の頭の上には?がたくさん浮かぶだけ。優子と黒ウサギ。そして真由美はティナに向かって人差し指を口に当ててそれ以上は言ってはいけないと合図を送った。

 

 

「待って。教えてくれよ。俺たち、夫婦だろ?」

 

 

「夫婦でもそれは駄目よ。とにかく、大樹君はこれから墓穴を掘って欲しいわね」

 

 

「つまりその度に死ねと?」

 

 

「それは全然違うけど……もうそれでいいわ!」

 

 

「俺は良くねぇよ!?」

 

 

その時、折紙たちに動きがあった。

 

 

「———上等よ。入ればいいんでしょ……!」

 

 

耳を疑うような言葉が美琴から口から出ていた。俺は目を見開いて驚いた表情になる。

 

 

「か、簡単な話よ。お風呂に入るだけならね……!」

 

 

「美琴の言う通りよ。お風呂ぐらい、一緒に入れるわ!!」

 

 

美琴とアリアが無理をするように言う。一体どういう会話をしていたのか凄く聞きたいです。

 

これは大丈夫なの? 湯船、真っ赤に染まらない? 俺の血で染まったりしないよね?

 

不安気な表情で折紙を見るのだが、

 

 

ビシッ

 

 

親指を立てて来たぞ。何がOKなのか全く理解できない。

 

優子たちの顔色(うかが)うが、満更でもないご様子。頬を赤くして目を逸らされると、俺も照れてしまう。

 

 

(待て待て!? もしかして本気でやるの!? 冗談で済ませる話かと思っていたのに!?)

 

 

女の子に囲まれてお風呂とか……間違いが起きるに決まっているじゃないか! 逆に起こすのが大樹さんだと考えないの!?

 

 

「きょ、今日はやめないか? 心の準備が……」

 

 

「大樹さん。女の子がここまで言っているのですよ? 怖気づいてはいけません」

 

 

ティナの言葉は俺の心に突き刺さる。童貞には厳しい壁があることを分かって欲しい。

 

 

「万が一、問題が起きても黒ウサギには抵抗する力があるので心配しないでください」

 

 

その脅しは俺の煩悩を瞬殺するには十分だった。

 

 

________________________

 

 

 

 

———鼻血が3回ほど勢い良く出た。

 

頭がクラクラで死にそうになったが、超人はその程度では死なない。

 

原因はもちろん、女の子とのお風呂である。宣言通り、タオル一枚で入って来たのである。

 

俺も腰にタオルを巻くように指示されたが、女の子も本当に一枚で来るからビックリ仰天。鼻血がブシャー。

 

まさかお風呂で介抱されながら入る時がもう来るとは思わなかったよ。

 

 

「大樹さんは女の子に免疫が無さ過ぎですよ……」

 

 

「うぅ……そうかもしれないが、多分違う。美九の時は鼻血なんて一度も出なかったから女の子に免疫がないわけじゃなくて……………何でもない」

 

 

容易に想像できる続きの言葉を言わない大樹。隣で一緒に浸かっていた黒ウサギたちの顔がさらに赤く染まる。

 

大浴場の湯船で並んで浸かる。一瞬、女の子の仲の良い光景に見えるが、俺という異端者が居て完全にアウト。

 

左隣に居る折紙が俺の腕の筋肉やら腹筋やら、触っているが無視。元々折紙を満足させるデート?だから何も言うことはない。

 

 

「でもそれより下は駄目だ」

 

 

「チッ」

 

 

「「「「「コラァ!!」」」」」

 

 

何故か俺が湯船の中で正座して怒られた。もういいよ、どんな理由を並べても、俺が悪くなくても、俺が悪いんだよ! 分かったか!?

 

 

「ちくしょう……何でお前らはそんなに可愛いんだよぉ……!」

 

 

「何で悔しそうに言うのよ……」

 

 

俺の嘆きに優子は苦笑いで返す。タオルを一枚しか巻いていない女の子たちの前にした俺はさっきから顔を手で抑えてばかりだった。

 

 

「しっかりと見て記憶に刻まなきゃいけないのに……! 童貞の俺には厳しい世界だぁ……!」

 

 

「指の隙間からチラチラと見ているの、バレているわよ」

 

 

アリアの指摘に大樹の体が硬直する。すぐに顔を上げて知らないフリをするが遅かった。

 

 

「大樹さんのエッチ……」

 

 

「ぐはぁ!?」

 

 

ティナの突き刺さる言葉に大樹は涙を流した。

 

 

「エロい俺でも嫌いにならないでくれぇ……!」

 

 

(きら)ッ……ち、違いますよ大樹さん!? 嫌いになんかなりませんよ!」

 

 

「ほ、本当か? エロい男は女の子に嫌われると聞いたから俺……」

 

 

「そんなことで嫌いにならないですよ」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

ティナの笑みを見て大樹は一安心する。その様子を見ていた真由美が目を細めながら疑問を口にする。

 

 

「大樹君。むしろグイグイ行くべきよ。今ここで」

 

 

「ぶふッ!!」

 

 

突然の無茶振りに大樹は吹き出す。それに同意して頷く者、顔を真っ赤にする者、女の子の意見は別れていた。

 

 

「できるか!!」

 

 

「『———全部終わった後、一ヶ月以内に答えを出して、行動を見せる。必ず良い形で———』」

 

 

「や、ヤメロォ―――――!? 恥ずかしいセリフを掘り出すな!? まだ全部終わってないからな!?」

 

 

「答えは分かっているのよ! 尚更(なおさら)待てないわ! 大樹君! それくらいの甲斐(かいしょう)性をいい加減見せなさい!」

 

 

無理! まだカッコイイセリフ考えている途中だもん! 告白するロマンチックな場所も頑張って決めているもん! まだ完璧じゃないから言えません! あと風呂場で言えるセリフじゃないから!

 

 

「ごめんなさい! でも見せる時まで待って! お願い!」

 

 

「折紙!」

 

 

真由美が折紙の名前を呼ぶと同時に俺の腕を掴まれ動きが封じられる。裏切者!

 

この程度なら余裕で振り切れる。が、折紙は俺が抵抗できないように腕を組んで来た。この状態で抵抗すれば折紙の腕が怪我をしてしまう。完全にやられた!?

 

 

「止めてくれ! この痴女二人を止めてぇ!」

 

 

「誰が痴女よ!?」

 

 

「それは心外」

 

 

「否定できるのか!? この光景を見て!?」

 

 

折紙と真由美が俺のタオルを奪おうとしているこの光景! アウトでしょ!

 

 

「ちょっと!? 本気(マジ)で取れちゃう!? タオル落ちちゃうから!?」

 

 

神の力———【創造生成(ゴッド・クリエイト)】でタオルを何度も生み出していた。一枚、また一枚と剥がされても生成している。

 

 

「ちょっと何よこれ!?」

 

 

「間違いを起こさない俺の意志だ!!」

 

 

「何カッコ良く言ってるのよ!?」

 

 

真由美と折紙が不機嫌そうな顔になる。折紙はこれ以上しても無駄だと思ったのか、俺を解放する。

 

それより、俺はジト目で美琴たちを見る。

 

 

「何で助けてくれないんだ……」

 

 

「大丈夫と思ったからよ」

 

 

「そうね。甲斐性がないのは知っているし」

 

 

「大樹君ってアタシとお風呂に入る時も目隠しするくらいだったわよね」

 

 

美琴、アリア、優子の順で俺の心にグサグサと言葉のナイフを投げて来る。泣きそうになるが、ここはグッと堪えて男を見せる時だ!

 

 

「見せてやるよ……俺が男ってことを……!」

 

 

「「「「「えッ……」」」」」

 

 

手始めに俺は甲斐性を見せろと言った真由美に近づき、体に巻いたタオルを握った。

 

真由美の顔が一気に真っ赤になるが、俺はキリッと真剣な顔で告げる。

 

 

「どうした? 甲斐性を見せてやるから、タオルから手をどけろよ」

 

 

「ま、待って!? 急にそんな準備が……!」

 

 

「10、9、8、7、6……」

 

 

「べ、別の方法よ! これじゃなくていいから! タオルは駄目よ!?」

 

 

逃れたか。それでいい。俺も女の子のタオルを引き剥がす度胸は無い。

 

でも男を見せることぐらい、俺はできる!

 

女の子のタオルを脱がさなくても、俺は男だと証明できるのだ!

 

 

「別の方法……いいぜ、見せてやるよ……!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

俺は男———いや、漢だあああああァァァ!!

 

 

「これが男の証拠だあああああああああああああああああああァァァァァァ!!!!」

 

 

———自分の腰に巻いたタオルを勢い良く引き剥がした。

 

 

________________________

 

 

 

 

「お前ホント馬鹿だろ?」

 

 

真顔で言う原田。その言葉に大樹は涙を上に流した。

 

 

———大樹は天井から吊るされていた。頭に血が上りそう。

 

 

背中には『変態は反省しています』と書かれた紙が貼られている。

 

女の子の前で自分の裸を晒したのだから変態なのは間違いない。男を見せたというより息子を見せた。何を言っているんだお前。

 

 

「甲斐性を見せろって言われても、恋愛経験の無い俺がどうしろって言うんだよ。はじまりの街から出たばかりの勇者に向かって「伝説の剣を見せろ」って言っているのと同じだぞ」

 

 

「同じじゃねぇよ。規模違い過ぎるだろ」

 

 

「見せるしかねぇだろ。自分の持つ下の伝説の剣を」

 

 

「勇者ただのクソ変態サイコ野郎じゃねぇか」

 

 

「大体あのまま女の子に手を出すことはできないぞ。女の子に手を出すなら、俺は俺を出すまでだ!」

 

 

「お前がクソ変態サイコ野郎だよ」

 

 

どうやら俺と原田の意見は合わないらしい。

 

 

「じゃあお前はどうする? 七罪から男を見せろって言われたら」

 

 

「お前の様に自分の下半身を見せることは絶対にねぇよ」

 

 

ド正論に俺は何も返せない。その通りだった。

 

 

「……それに俺はお前と違う」

 

 

「は? 何が違———」

 

 

「だ・い・き? ちゃんと反省しているかしら?」

 

 

「ヒィ!?」

 

 

アリアの低い声に俺の背筋は凍る。

 

原田に助けを求めようとするが、既に逃走していた。あの野郎!?

 

体を回転させると、そこにはワンピースみたいなネグリジェ姿で腕を組んで仁王立ちしたアリアが居た。

 

 

「あ、可愛い……じゃなくて反省しています! もう脱がないから許して!」

 

 

「そ、そこまで怒ってないわよ……」

 

 

「殺さないでぇ!!」

 

 

「馬鹿! あたしを何だと思っているのよ!?」

 

 

大袈裟にすることで話を逸らそうとするが、アリアには通じなかった。

 

 

「……どうせあの場を切り抜けるなら自分が代わりになればいいと思ったんでしょ」

 

 

「うッ……」

 

 

鋭い。アリアの勘は毎度当てて来るので顔に出てしまう。

 

ため息をつきながらアリアは俺を縛っていたロープを解き、解放した。

 

 

「デートはまだ終わっていないそうよ」

 

 

「アレだけのことがあって続行か……嬉しいような……申し訳ないような……」

 

 

「……喜んでいた方が、あたしたちは嬉しいわよ……」

 

 

「えッ、今何て言っ———」

 

 

「な、何でもない! 行くわよ!」

 

 

アリアは大声で怒鳴るとすぐに歩き出してしまう。

 

急いで立ち上がった俺は後を追いかけながらアリアに声をかける。

 

 

「喜んでいたら嬉しいんだろ!? 俺、すっげぇ嬉しいよアリア!」

 

 

「なッ!? ちゃんと聞こえているじゃない馬鹿!!」

 

 

「ぐへぇ!?」

 

 

アリアに蹴られて吹っ飛ぶ。クリティカルヒット!

 

 

「次は風穴よ!」

 

 

倒れる俺に向かってアリアは舌を出してベー!っと子どもっぽい怒り方をして歩き出した。

 

 

________________________

 

 

 

 

「———絶対に睡眠不足になるぞ俺」

 

 

巨大なベッドに寝ている俺は天井を見上げながら呟いた。

 

パジャマに着替えたら後は就寝。だがデートは続いていると言われたらこうなることは予想できていた。

 

美九や狂三の時とは違い、隣で寝ているのは自分の大好きな人だ。心臓がバクバクと鼓動が止まらないのは当たり前だ。

 

腕に抱き付く折紙と真由美。優子はティナを抱きかかえながら寝ているが、俺と真由美の空いたスペースに優子とティナがすっぽりと入っている。

 

美琴と黒ウサギは頭同士がくっつくように寝ている。髪からシャンプーの良い香りが鼻に入って俺の眠気を吹っ飛ばす。永遠に夢を見ることができないよ。

 

前もこんな状況になったことがあるが、やっぱり寝れるかぁ!! 無理に決まっているだろ!?

 

 

「なのに……何で寝れるの……?」

 

 

安眠。快眠。爆睡だぜ。隣に居るのは誰だと思ってんだお前? 楢原さんだぞ? チェケラッチョ、大樹チョ。

 

もし俺が寝ている間に胸を揉んでも知らないぞ? できないけどな!

 

しかぁし! 君たちは薄着で寝ているせいで俺はそれを見放題だ! 見えても事故案件で処理してやる!

 

 

「顔がニヤついているわよ……」

 

 

「ハッ!? 起きていたのかアリア……」

 

 

急いで目を逸らすと真由美の隣で座っていたアリアがジト目で俺を見ていた。

 

吊るされたくないので話を急いで逸らすことにする。

 

 

「そう言えばアリア、お前に言いたいことがある」

 

 

「な、何よ?」

 

 

「何で少し距離を取っている。一緒に寝てくれよ」

 

 

「一体どこによ……もうキッチリ埋まっているじゃない。別にあたしはいいわよ。譲るわ」

 

 

「アリアが大人の対応だと……!?」

 

 

「十分あたしは大人よ!」

 

 

「「シーッ……!」」

 

 

二人は同時に口に人差し指を置く。大声は駄目だ。せっかく寝ているのに邪魔するのは良くない。

 

というわけでジェスチャーを交えながら小声で話す。

 

 

「Heyアリア、カモンカモン」

 

 

「ね、寝ないわよ。そもそもどこに寝れる———」

 

 

呆れるアリアに対して大樹は仰向けになったお腹と胸を目配せして言う。

 

 

「俺の上が空いている」

 

 

「馬鹿なのかしら?」

 

 

馬鹿なのですよ? 俺に常識は通用しません。

 

アリアは顔を赤くしながら首を横に振った。それでも大樹はカモンを連呼する。

 

 

「アリアだけ仲間外れは嫌なんだよ」

 

 

「仲間外れじゃないわよ。ちゃんとここに居るわ……」

 

 

「……何でも願いを叶えるから頼むよ」

 

 

「必死過ぎるわよ……!?」

 

 

お前の為なら世界征服もしてやる! そんな気持ちです。

 

アリアは皆がちゃんと寝ているか確認した後、視線を俺に向ける。綺麗な赤紫色(カメリア)の瞳から本当に良いのかを聞いていた。

 

頬を朱色に染めたアリアに俺も顔を赤くなってしまうが、頷いて誤魔化した。

 

 

「こ、後悔しても遅いわよ……」

 

 

「後悔?」

 

 

「後で重くなってキツイって言っても、どかないから」

 

 

「永遠に俺と一緒に居ろとは言うかもな」

 

 

「ッ…………それ以上変な事を言ったら風穴ッ」

 

 

ウチの嫁、ホント可愛いよぉ! どうしてそんなに可愛いの? さらに惚れてしまうやろぉ!!

 

アリアはゆっくりと俺に近づくと、仰向けになった体の上にアリアの小さい体が乗る。

 

アリアの体が重い? どこが? 永遠に乗せていられるぞ。それくらい軽かった。

 

 

「んっ……」

 

 

アリアは恥ずかしそうに俺の胸に耳を当てながら寝る体勢になる。アリアの頭が目の前にあることに心臓がさらにバクバクとなる。ま、不味い!

 

 

「心臓……凄いことになっているわよ」

 

 

「ね、寝れないか? すまん……」

 

 

アリアはフッと笑みを見せた後、俺の胸をトン……トン……とリズムよく優しく叩いた。

 

赤子を寝かしつける時の仕草に似た行為だが、不思議と安心感があった。胎児の時に聞いた母親の心音を聞いていた経験の疑似体験とかで安心できると言われていたが、馬鹿にできないな。

 

 

「将来……」

 

 

「ん?」

 

 

「将来……あたしたちって……その……」

 

 

「何だよ今更。何でも聞いてくれ」

 

 

「うぅ……け、結婚するのよね?」

 

 

盛大に吹きそうになった。

 

 

「きゅ、急にどうした……」

 

 

普段のアリアから出て来る言葉じゃない。大樹は焦りながら尋ねる。

 

 

「ど、どうせあんたのことだからここに居る全員と結婚するつもりなんでしょ?」

 

 

うん。モチのロンです。

 

 

「真由美と折紙はもうOKサイン貰った様なモノだし、他の親に土下座しに行く覚悟を決めないとな」

 

 

まだ会っていないが、折紙の親は元気らしい。事情があってあのマンションから引っ越しをしたらしいが。

 

容易に想像できる。OKサインを出すことを。ただ、折紙だけじゃないということになるとなぁ……不味い予感が。

 

 

「ど、土下座……あんたらしい前提ね……」

 

 

新情報。土下座って俺らしいってさ。

 

 

「……多分あたしの所が一番苦労するわよね」

 

 

「そうか? 一番楽そうだけどな」

 

 

「あたしの家系を知っても?」

 

 

「うん? かなえさんからOK貰えば結婚できるだろ?」

 

 

「そうはいかなわよ。ママは喜んで良いって言うと思うけど、他が———」

 

 

「安心しろアリア。あの世界での俺は、英雄だぞ」

 

 

アリアの目が死んだ魚の様な目になる。何でだよッ。英雄の権限を使えば余裕だろ? シャーロック馬鹿野郎も俺を助けてくれるに違いない。

 

 

「それはしっかり聞いたわよ。相当無茶したってね」

 

 

「無茶か……それだけアリアのことが大切だったんだよ」

 

 

「……バカッ」

 

 

「ああ、馬鹿だよ。俺はきっと将来は嫁馬鹿、親馬鹿、家族馬鹿になるだろうよ」

 

 

「……そう」

 

 

アリアは俺の顔を見ると満面の笑みを見せた。

 

 

「———楽しみね」

 

 

「……アリアは何か、前より素直になったよな。超嬉しい」

 

 

「あんたが浮気しなければもっと素直になっていたかもね」

 

 

「スイマセン……」

 

 

俺が謝るとアリアはクスクスと笑った。

 

そして、アリアは俺に顔を近づけると右頬の横に頭を置いて寝始めた。

 

 

「おやすみなさい、大樹」

 

 

チュ……

 

 

そう呟いた瞬間、首元に柔らかい感触を感じた。

 

キスをするかのような音。というかキスの音だった。

 

 

「!?!!?!?!!??」

 

 

唇じゃなくてもキスはキスだ。突然の出来事に大樹は混乱していた。

 

嬉しい気持ちが膨れ上がるが、恥ずかしいという気持ちも膨れ上がる。というか最高という気持ちが爆発しています!!

 

アリアの温もりを感じながら俺はニヤニヤしながら寝ようとする。

 

 

「「「「「……………あッ」」」」」

 

 

「……………」

 

 

ふと目を開けて周囲を確認したら、女の子は全員起きていた。

 

ニヤニヤ顔から真顔に変わってしまう。

 

完全に目撃されていた。俺とアリアがイチャイチャしていた瞬間を。

 

一瞬怒られると思っていたが、全員の目を見て分かった。これは違う。いつもツンツンしているアリアがデレているのを楽しんで見ていたのだ。

 

 

ツンツン、ツンツン、ツンツンツンツン

 

 

アリアを除いた女の子全員が俺の顔や体を指で軽く突いている。「ねぇどんな気持ち? 今どんな気持ち?」と聞いているようだった。うぜぇ……!

 

恥ずかしさで顔が赤くなるが、俺は精一杯の抵抗をする。

 

 

「……し、シーッ」

 

 

静かにするようにジェスチャーすると女の子たちは頷き、さらに俺との距離を詰めて来た。何か思っていたことと違う。でも嬉しいからそれでいいや。

 

そんなことが起きていても———アリアは幸せそうな顔で気付かず寝ていた。

 

 

________________________

 

 

 

ざわざわ……

 

 

現在、俺はショッピングモールの洋服屋に居た。

 

もちろん、今日もデートである。折紙の作ったプラン通りに進行中。

 

しかし、周囲は騒がしく、いろんな人に指を指されたりしている。

 

何故こんなに俺が目立っているのかというと、

 

 

「だ・か・ら! 大樹には黒色の方が———!」

 

 

「帽子なんて駄目よ! あたしは今の髪型の方が———!」

 

 

「知的にするために眼鏡をかけても———」

 

 

「黒ウサギからすれば、もっと大人びた服装を———!」

 

 

「ねぇ大樹君。このマフラーなんてどうかしら———」

 

 

「意外と緑色の服も似合うと私は思い———」

 

 

「大樹にはもっと攻めの姿勢を見せて欲しい———」

 

 

女の子が俺の服を選んでいるからだ。

 

着せ替え人形リ〇ちゃんばりに着替えさせられているのだ。それが凄く疲れてしまう。

 

お客さんから見れば異様な光景だろう。女の子たちが一斉に俺の服装を選んでいるのだから。モテているとか人気者とか言える雰囲気でもない。

 

 

「「「「「大樹(君)(さん)!!」」」」」

 

 

「か、勘弁してぇ……!」

 

 

日頃から変なTシャツを着ていることを反省した瞬間だった。

 

 

________________________

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

服を大量購入した。しかも全部俺。なのに女の子たちは満足そうにクレープを食べている。

 

これから毎日、オシャレな服を着ることになるだろう。俺の普段着は寝巻へと変わり果てるのであった。完。

 

……しかし、まだまだデートは続きます。続。

 

 

「……………」

 

 

椅子に座りながら隣に座った女の子たちを見る。美琴とアリアはどっちが美味しいか食べさせ合いっこして、優子はティナにクレープを食べさせている。真由美は黒ウサギにあることないことを言って困らせている。折紙は俺のクレープを食べて———おいやめろ。

 

そんな平和で幸せな時間に俺は笑みをこぼしてしまう。

 

 

「ッ……」

 

 

その時、誰かの視線を感じ取った。

 

表情には出さずに気付かれないように俺を見ている者を盗み見る。

 

 

(アイツは……)

 

 

白の制服にピンクの学校バッグ。小さな金色の星が付いたネックレスを身に着けている金髪のサイドテールの女の子。そう、ストーカー2号!

 

 

『いえ、精霊ですわ。ですが私たちとは少し違う存在と言いますでしょうか……』

 

 

狂三の言葉を思い出す。あの精霊の正体は全く掴めていない。どうする? 捕まえるか?

 

謎の少女の視線は俺のようだが、違う。

 

 

(クレープが欲しいのかアイツ……)

 

 

いつもの俺なら買って餌付けして捕まえて拷問して全部聞き出してやるが。鬼畜だな俺。

 

でも女の子が居るからな。誤解されてまた怒られる未来が見える。

 

俺は女の子たちにトイレと嘘をついて離席。彼女たちから見えない場所まで移動すると、

 

 

「こういう時に使えるのがパシリだ」

 

 

「天使です」

 

 

指をパチンッとならす。するとリィラが姿を見せた。俺と同じように女の子たちからオシャレな服を着せさせられたリィラが華麗に登場。天使の輪と羽根は隠し消している。

 

 

「あそこに女の子が居るだろ?」

 

 

「もう浮気ですか……」

 

 

「ある程度話は聞いているはずだよな? 泣かすぞ」

 

 

この天使は一回一回俺をからかわないと死ぬ病気でも(わずら)っているのか。

 

 

「周囲の警戒だ。ジャコも連れて行け」

 

 

足元から伸びている俺の影がリィラの影へと伸び、ジャコの移動が完了した。リィラは頷き、一般人に紛れてその場から離れる。

 

俺も戻ろうとするのだが、携帯端末の着信音が鳴る。電話に出ながら歩いていると、

 

 

『大樹。霊波の球体に変化が見られたわ』

 

 

「琴里ちゃんか。折紙の霊波が消えたんじゃないか? 残りは七罪ぐらい———」

 

 

『それなら終わったわよ。アンタが旅行している間に』

 

 

「なん……だと……」

 

 

俺は携帯端末を落とし、その場で膝から崩れ落ちた。

 

グッと悔しい気持ちを抑えながら俺は涙を堪える。

 

 

「最高のいじりイベントがぁ……!」

 

 

『喧嘩売ってんのか!?』

 

 

携帯端末から原田の声が聞こえた。許さねぇ。俺がいないうちに素敵な面白イベントを終わらせるなんて……!

 

 

『そんなことより事態は悪化したわ』

 

 

「悪化? 良好に進んでいると思っていたが……」

 

 

『霊波の消失は良好どころか完全に消失できたわ。()()()()()()()()()、ね』

 

 

琴里の言葉に眉を(ひそ)める。意図を掴めることができた大樹は問う。

 

 

「ま・さ・か、新しい精霊の霊波とか?」

 

 

『ええ。全く新しい精霊の霊波でこっちは大変よ』

 

 

なるほどなるほど。新しい精霊ね。しかも琴里ちゃんたちが見たことも会ったこともない精霊の霊波が球体に残っちゃったかー。うわー、これは手詰まりで大変だなぁー。

 

一度深呼吸をして、俺は振り返る。

 

 

「……………」

 

 

そして、ストーカー2号の姿を発見する。

 

 

(100%あの女の子だろおおおおおォォォ!!!)

 

 

頭を抱えながら俺は心の中で叫んでいた。

 

心当たりが多過ぎて胸が痛い。どう考えてもどう転がっても、あの女の子としか思えない。

 

 

『霊波の強さが大きくなっているの。あまりモタモタしている暇がないわ』

 

 

(そんな!? 今すぐデートをやめて、あの子と仲良くしろと言っているのか!?)

 

 

究極の選択。愛する人とのデートを取るか、パンドラの箱級のヤバい霊波の球体を消滅させるか、選ばなければならない。

 

 

(そ、そんなの……決まっているけど……くっ!)

 

 

究極の選択というより、そちらを選ぶことを余儀なくされている。

 

そうだ。諦めよう。もう慣れているだろ? だったら———

 

 

「琴里ちゃん。何か分かったら伝えてくれ。すぐに行くから」

 

 

『はい!? ちょっと待ちな———!』

 

 

ピッ

 

 

俺は携帯端末の電源を落とし通話を終了した。

 

清々しいまでに、彼の表情は輝いていた。

 

 

「俺の心が叫んでいる。愛する人とデートをしろと!」

 

 

———大樹は普通にデートを続行した。

 

 

________________________

 

 

 

 

———携帯端末の電源を完全にシャットダウンして、デートの邪魔をできないように防いだ。

 

 

もちろん美琴たちの携帯からも着信が来るので甘い言葉を(ささや)いたり、積極的な行動で誤魔化した。物理的にデートに介入しようとして来たラタトスクのクルーは全員邪魔する前に倒した。ハンバーガーの包み紙を丸めて投げれば丁度良く意識を奪えるから便利。

 

 

「ふぅ……」

 

 

デートを満喫している大樹。頬がだらしなく緩んでいた。

 

霊波の球体? なにそれ美味しいの?

 

今食べているパフェは超美味しいよ! クルーが唐辛子を入れようとしたけど、代わりに俺がクルーの口の中に入れてあげたよ。やったね!

 

しかし、女の子たちの表情は微妙な感じになっていた。

 

 

「ど、どうした?」

 

 

クルーの討伐は黒ウサギでもバレないくらい上手くできたと思うのだが……

 

 

「だ、大樹さん。あの、聞いてもいいですか?」

 

 

「な、何だよ」

 

 

顔を引き()らせた黒ウサギは俺の隣を指差す。

 

 

 

 

 

「大樹さんと一緒にパフェを食べているお方は……誰ですか……?」

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

すぐに俺は指差された隣を見ると、そこには金髪の女の子が居た。

 

彼女は俺のパフェを一緒に食べていた。目が合うが、彼女はパフェを食べ続ける。

 

 

(し、しまったあああああああああァァァ!!??)

 

 

完全にノーマークだったストーカー2号! 邪魔するクルーたちのせいで忘れていたよ!

 

しかも近ッ!? 何で気付かない俺!? 鈍感に鈍感を重ねたド鈍感さだよ!

 

 

「お前何してんの!? ねぇ何してんの!?」

 

 

パフェを取り上げて問い詰める。彼女はシュンと取り上げられたことに落ち込むが、俺はそんなに甘くない! 隣に座られる程、視野は凄く甘かったがな!

 

 

「この際、良い機会だ。お前のことを聞こうと———!」

 

 

「大樹君。まさかデート中に他の女の子を口説くわけじゃないわよね?」

 

 

「———滅相もございません真由美様。大樹はいつでもあなた様のモノです」

 

 

即座に真由美の前で方膝を着き忠誠を見せる。アリアに銃を突きつけられたりするが、俺は必死に弁明した。

 

 

「———もういいわよ。わたしたちのデートをする為に今日は頑張っていたのでしょ」

 

 

最後は美琴が電源の入った携帯を俺に見せて笑みを見せる。ば、バレていたぁ……。

 

アリアたちもそれを分かっていたようで、うんうんと頷いていた。ヤバい、恥ずかしい。

 

 

「……全然気付かなかった」

 

 

「意外とチョロいわよね折紙って……」

 

 

どうやら折紙は知らなかったらしい。美琴の指摘に俺は頷く。そこが折紙の可愛いところでもある。

 

そんな会話していると、隣に座っていた女の子の姿が消えていることに気付く。すぐに見渡すと女の子は店を出ようとしてるところを発見する

 

 

「捕まえろ! 奴は霊波の球体の最後の精霊だ! 無理矢理にでも首輪して霊力を抑えれば後はこっちのもんだ!!」

 

 

「大樹君? 少し話があるけどいいかしら?」

 

 

「あ、違う。今のは言葉の(あや)で、霊力を抑えるネックレスをああああああァァァ!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

優子に散々怒られた後、半泣きで逃げた女の子を探した。ぐすん。

 

あえて美琴たちと別れて、別々に探すことにした。理由は、

 

 

「リィラ!」

 

 

「この街の丘です。彼女はそこに向かっています」

 

 

「ナイス!」

 

 

すぐに姿を見せたリィラが報告する。ギフトカードを取り出し【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を羽織り飛翔する。姿を消した状態なら問題を起こすことなく飛べる。

 

リィラも俺の肩に掴まり一緒に飛翔する。リィラが指さす方向へと飛ぶと、彼女の姿を見つけた。

 

 

「止まれ!」

 

 

「ッ!!」

 

 

「きゃッ」

 

 

飛んだ勢いを殺さないまま、彼女の前に着地する。が、慣性の法則に順応できなかった天使はそのまま横に吹っ飛んで行った。

 

 

「「………………」」

 

 

草木に向かって飛んだ天使に女の子は戦慄しているが、俺は無視することにした。

 

 

「聞きたいことはたくさんある。そろそろいいよな?」

 

 

「———おめでと」

 

 

「……………は?」

 

 

初めて女の子が口を開いたと思ったら突然祝福された。大樹さん、誕生日は今日じゃないよ?

 

 

「どうやら私と【雷霆聖堂(ケルビエル)】の出番はないみたい」

 

 

「ケル……何だそれ。ポ〇モンか?」

 

 

「全然違う」

 

 

あ、はい。

 

彼女は空を見上げる。そこは士道が球体が見えると言っていた場所だ。

 

霊波の集まりの正体が【雷霆聖堂(ケルビエル)】なのか?

 

 

「私は万由里(まゆり)。【雷霆聖堂(ケルビエル)】の管理人格」

 

 

万由里は続ける。

 

 

「一つの場所に霊力が一定以上集約された時、私は自動的に生まれる。器がそれに値するのか確かめる為に」

 

 

「器……士道のことか」

 

 

霊力を吸収して精霊を救う存在———士道を器と言うのは中々合っている気がする。

 

 

「それとあなたも」

 

 

「俺はそんなにホイホイ女の子にキスできる度胸はねぇ!!!」

 

 

「そ、そういうわけじゃなくて……」

 

 

はい、万由里が困っているので少し黙ります。

 

 

「器としてアンタはイレギュラーだった。でも一応監視する必要があった」

 

 

まぁ俺の力で精霊の力を無理矢理封じ込める俺は完全にイレギュラーだわ。

 

 

「そしてアンタたちを監視した結果、現時点に置いてシステムの発動は必要ないと判断したわ。私と【雷霆聖堂(ケルビエル)】の役目は終わった」

 

 

「そうか」

 

 

大樹は真剣な表情で万由里に尋ねる。

 

 

「それで、この後はどうする気だよ」

 

 

「……あとは存在の構成を分解し、『無』に還るだけ」

 

 

「………………」

 

 

大樹の口元が少し引き締められた。万由里は淡々(たんたん)と言葉を続ける。

 

 

「判断が終われば消滅する。私はそういう風にできている」

 

 

「それがどうした」

 

 

「え?」

 

 

「俺はそんな説明書に書いてあるようなことを聞きに来たわけじゃない」

 

 

強い意志が込められた言葉なのは理解できた。しかし、大樹の意図を掴めない。

 

万由里はそれでも自分の為に言っていることは分かった。

 

 

「……何でかな。最後にアンタと話がしたかった」

 

 

「ッ……だから俺が言いたいのは———!」

 

 

ゴオォ!!!

 

 

万由里から黄金色の光が放たれ突風が吹き荒れる。大樹は腕で風を防ぎながら叫んでいるが、風が掻き消している。

 

 

「……………」

 

 

その時、万由里が何を思っていたのかは分からない。ただ、何かを思い出しているように見えた。

 

胸元が開いた黒いドレスの霊装を身に纏い、白い翼と黄金色の四枚羽根を広げる。

 

そのまま上に飛翔して大樹に最後の言葉を残す。

 

 

「さよなら、大樹」

 

 

———しかし、簡単には終われなかった。

 

 

カッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

空が輝き始めたのだ。太陽よりも眩しく発光していた。

 

そして次の瞬間、空に巨大な球体が姿を見せた。

 

それは様々な色に変化し、形をぐにゃぐにゃと変えていた。

 

 

ゴオォ……!!

 

 

最後は小さな球体に収束し、巨大な四枚の翼を広げた。

 

下からは尾の様なモノも伸び、不気味な姿をしていた。

 

 

「おいおい……本当に判断は大丈夫だったのかよ!?」

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】!? 何で!?」

 

 

万由里の驚く声に対して【雷霆聖堂(ケルビエル)】の小さな球体に一つの穴が開く。

 

 

ギュンッ!!!

 

 

そこから(いかづち)の如くエネルギー砲が射出された。威力は丘を吹き飛ばす程のだとすぐに判断できた。

 

 

「クソッタレが!!」

 

 

大樹は自分の拳と拳を勢い良くぶつけると足元に魔法陣が展開する。

 

 

「【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】!!」

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

 

大樹の拳から黄金色の雷が生み出され、そのまま【雷霆聖堂(ケルビエル)】の攻撃を相殺した。

 

その成功に大樹は笑みを見せる。

 

 

「よっしゃ! 天界魔法式に発動できたぞ!」

 

 

「まだ来ますよ大樹様!!」

 

 

後ろから飛び出したのはリィラ。正面に魔法陣を展開すると同時に【雷霆聖堂(ケルビエル)】の攻撃がぶつけられる。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

「原典の天界魔法だって、まだまだ捨てたモノじゃないですよ!」

 

 

バチンッ!!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の攻撃はリィラの魔法陣によって反射される。そのまま【雷霆聖堂(ケルビエル)】に攻撃が当たるが、

 

 

「無傷ですか……威力を上乗せして返したのですが」

 

 

『大樹! 簡単にはいかないようだ』

 

 

リィラが苦虫を噛み潰したような表情になると、足元の影からジャコが姿を現した。

 

ジャコの助言に大樹は頷く。

 

 

「なるほど! じゃあお前ら万由里を守る為にここに待機で!」

 

 

「何故そうなるのですか!?」

『何でそうなる!?』

 

 

「えー、だって最近、戦ってないよ? そろそろ読者は俺の戦闘シーンを望んで——」

 

 

「こんなにシリアスな場面でメタ発言!?」

 

 

馬鹿野郎。ここから俺のカッコイイ戦闘を見せる時だろ。パワーアップした俺の力を存分に振るう良い機会だ。

 

精霊らしい万由里を守る為に俺は彼女に下がるように指示しようとする。が、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「あッ……」

 

 

「「『……………』」」

 

 

万由里は鳥かごの様な牢屋に囚われていた。【雷霆聖堂(ケルビエル)】の一部だとすぐに分かる。

 

上部に付いた翼が広がり、そのまま大空へと羽ばたき万由里を連れ去り飛んで行った。

 

 

「おいマジか」

「マジですか」

『マジなのか』

 

 

茫然と【雷霆聖堂(ケルビエル)】に誘拐された万由里を眺めていた。

 

万由里を閉じ込めた鳥かごは【雷霆聖堂(ケルビエル)】の下へと帰り球体と合体。そんな状況を理解した瞬間、ドッと汗が噴き出た。

 

 

「不味くない? この状況?」

 

 

「……あの【雷霆聖堂(ケルビエル)】という敵の力が膨らんだのを感知しました」

 

 

『……来るぞ』

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の周囲にある歯車が勢い良く回転する。同時に光のエネルギーが一点に集中していた。

 

【ラタトスク】の迅速の対応で空間震警報が街で響き渡っているが、少し遅い。もしあのエネルギー砲が拡散して撃たれたら街は火の海へと変貌する。

 

 

「だったら、こっちも全力で行くだけだ!」

 

 

大樹は【神刀姫】を取り出して構える。リィラとジャコは頷き、光の球体へと姿を変える。

 

二つの球体は大樹の胸の中へと入り、大樹に力を分け与えた。

 

 

「行くぞ!!」

 

 

ヒュンッ!!!

 

 

風を切る音と共に大樹は飛翔した。音速を超えた速度で【雷霆聖堂(ケルビエル)】に向かって飛んだ。

 

その姿を捉えることのできない【雷霆聖堂(ケルビエル)】。大樹が消えたようにしか見えなかった。

 

大樹が目の前に来た瞬間、エネルギー砲を射出しようとするが遅い。

 

 

ゴオォ!!

 

 

大樹の持つ【神刀姫】の長さが一瞬で100メートルを越える太刀へと形変わった。

 

天使リィラの持つ天界魔法は人の(ことわり)を超越する能力上昇系と悪災を断つ遮断系の天界魔法が使える。下級天使でこの力なら、特級はどんだけ強いんだよ。

 

リィラの天界魔法のおかげで刀は強固になっていた。

 

 

「ジャコ!!」

 

 

ギャンッ!!

 

 

刀が黒色に染め上げられ、さらに強化される。最強の刀をその上を行く最強へと進化させた。

 

凝縮された力は、最高の形で大樹が引き出す。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】!」

 

 

落雷の如く、【雷霆聖堂(ケルビエル)】の上から刀を振り下ろした。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

ザンッ!!!!

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の球体を縦から一刀両断。蓄積(ちくせき)させていたエネルギー砲ごと斬り捨て誤爆させた。

 

凄まじい爆発の衝撃が波紋のように広がる。

 

 

「きゃあああああァァァ!!」

 

 

万由里の悲鳴が聞こえるが、既に大樹の腕の中なのでご安心を。

 

斬撃したと同時に万由里を捕らえていた鳥かごも破壊して爆発する前に救出していた。

 

崩れた【雷霆聖堂(ケルビエル)】から距離を取った大樹は万由里に声をかける。

 

 

「おい大丈夫か! 意識はあるか!? 元気はあるか!? 漏らしてないか!?」

 

 

「してないわよ馬鹿!!」

 

 

よぉし! 俺の顔に右ストレートを一発入れることができるくらい元気があるな! 普通に痛い!

 

くぅ……大人しい性格をしているかと思っていたが、全然違う。お、オラを騙したな!?

 

 

「万由里! あの馬鹿デカイのを止めるにはどうすればいい? あの攻撃じゃダメみたいだぞ」

 

 

大樹の視線の先。【雷霆聖堂(ケルビエル)】は崩れた本体を一点に吸収させていた。どうやらまだまだ戦うことはできるようだ。

 

大樹の質問に万由里は険しい表情で答える。

 

 

「……難しいわ。全ての精霊の感情———全霊波を受け取った天使なの」

 

 

つまりあの天使は十香、四糸乃、狂三、耶倶矢と夕弦、美九、折紙、七罪、二亜の霊力を受け取っていた天使だから凄く強いって言いたいんだね。わーい! たーのしー! 舐めんな。

 

 

「どうしよう……この世界のラスボスみたいな奴が登場しているんだけど」

 

 

「器の大きさにも影響するから、アンタのせいで相当の力を———」

 

 

「追い打ちやめろ」

 

 

もう分かったから! 俺が悪いんでしょ!? 知ってるから! ちゃんと解決するから!

 

 

「そもそもアレはお前のだろ? 何で制御できていない」

 

 

「それは……」

 

 

「……あー、言わなくていい。言うのは倒す方法だけでいい」

 

 

言葉を詰まらせた万由里に大樹は首を横に振った。万由里は気を取り直して口を開こうとするが、

 

 

ギュルギュルル……

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】に変化が起きた。

 

 

ギャシャンッ!!

 

 

球体から巨大なドリル状のような物が突き出し四枚の翼を広げた。

 

必殺の一撃が無意味に思えるほど球体の傷は再生して完治していた。傷痕など一切どこにも見えない。

 

見た目が恐ろしいせいか、ヤバイ雰囲気なのが素人でも分かる。

 

 

「絶ッッッッッ対ヤバいだろアレ……!?」

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】……まさか、【ラハットヘレヴ】!?」

 

 

ドリル状の先端に先程とは比べものにならないくらいのエネルギーが集中する。

 

 

(本気で迎え撃てば耐えれる。でも衝撃だけで街が吹っ飛ぶぞ!?)

 

 

刀を強く握り絞めながら構えるが表情は(すぐ)れない。街を救う方法を模索するが何も思いつかない。

 

モタモタしていると頭の中にジャコの声が響き渡る。

 

 

『大樹! 神の力で天使ごと消せ! このままで街が消えてしまう!』

 

 

「……それだけは駄目だ」

 

 

『何だと!?』

 

 

『……大樹様、まさかと思いますが、万由里様を?』

 

 

こういう時だけ天使の勘は鋭い。大樹の苦笑いは肯定を意味していた。

 

万由里の存在は霊力によって生まれた精霊だと推測できた。

 

 

———『一つの場所に霊力が一定以上集約された時、私は自動的に生まれる』

 

 

推測を裏付ける根拠として万由里の言葉は十分だった。

 

ならば、あの天使を消した時、万由里はどうなる? 消えてしまうじゃないのか?

 

 

「大樹! 策があるなら手遅れになる前に早く!」

 

 

「今考えている!」

 

 

万由里に急かされる。大樹は唇を噛みながら行動に移す。

 

精霊の力を持つ万由里は宙に浮ける。万由里を離した後、刀を構える。

 

 

「とにかく軌道を真上にズラす! タイミングを合わせろ!」

 

 

『くっ……仕方ないか』

 

 

『大樹様! 敵の攻撃まで残り2秒です!』

 

 

「十分だクソッタレ!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

もはや瞬間移動にしか見えない速度で【雷霆聖堂(ケルビエル)】のドリル状の真下に潜り込む。

 

【神刀姫】をさらに一本増やして両手に握り絞めて構える。

 

 

「うおおおォォらあああッ!!」

 

 

ガチンッ!!!

 

 

刀の二撃が真下から直撃する。【雷霆聖堂(ケルビエル)】は凄まじい勢いで上を向くように弾き飛ばされた。同時に射出しようとしていたエネルギー砲が空に放たれる。

 

 

ギュアゴオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!

 

 

「ッ……!!」

 

 

巨大な光の柱が空に向かって伸びた。目を潰すかのような閃光と共に、エネルギー砲の放った衝撃がビリビリと全身に伝わった。

 

衝撃だけで街のガラスが何百枚も割れた音が聞こえた。予想を遥かに超える強さにゾッとしてしまう。

 

 

「ふ、ふざけるなよコイツ……!?」

 

 

無茶苦茶な威力に大樹は焦る。ここまで強いエネルギー砲が放たれると思っていなかった。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の追撃が来る前に大樹は刀を投げて翼を破壊しようとする。

 

 

「リィラ!!」

 

 

『お任せを!』

 

 

投擲した刀に空中に展開した魔法陣が当たる。当たると同時に刀の投擲速度と回転速度が上昇して、刀は四枚の翼を粉々に斬り刻んだ。

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】が態勢を崩している隙を狙い右足で蹴り上げた。凄まじい蹴りの衝撃を受けた【雷霆聖堂(ケルビエル)】はさらに上空へと吹き飛ぶ。

 

足に激痛が走るが、我慢して万由里の下へと戻る。

 

 

「キツイ! もう無理! 帰る!」

 

 

「アンタ……何者よ……」

 

 

「そのくだりの続きは結構。耳が弾け飛ぶくらいは聞いたから言うな」

 

 

余裕そうな会話をしているが、本当はそんな暇など無い。既に【雷霆聖堂(ケルビエル)】は態勢を整えて馬鹿デカイ歯車をこちらに飛ばして来ている。

 

 

「しつこい!!」

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出して迎撃する。歯車は盛大な音と共に崩れた。

 

歯車の破片が雨の如く街に降り注ごうとするが、

 

 

『大樹様!? 街が———!』

 

 

「大丈夫だ。間に合ってる」

 

 

リィラの焦りの声に大樹はフッと安心するように笑みを見せた。

 

街の上空には大規模な魔法陣が出現し、落ちて来た破片を消滅させていた。

 

 

「【フラクシナス】の汎用独立ユニット【世界樹の葉(ユグド・フォリウム)】が間に合ったようだな」

 

 

街のガラスぶっ壊した時点で間に合ったもクソもないけど。

 

世界樹の葉(ユグド・フォリウム)】の障壁がある限り、ちょっとの飛び火程度なら街に降ることは無いだろう。

 

 

「で! どうする? ア〇フル!」

 

 

『古ッ』

 

 

天使ちょっと黙れ。あの頃からチワワが人気で———今はそんな話はどうでもいいわ。

 

万由里は難しい表情で俺の顔を見た。

 

 

「まだ足りない……」

 

 

『大樹の馬鹿みたいな火力でもか!?』

 

 

「一言余計だろお前」

 

 

驚きながら俺の隣に姿を現すジャコ。しかし、その驚きに万由里は首を横に振った。

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】を消滅させるには外部からの一撃に加えて、霊力の供給を止める行動を同時に行う必要がある!」

 

 

「完全にゲームボス仕様の敵に脱帽です」

 

 

外部からの一撃は問題ない。足りないのは霊力の供給だ。

 

 

『供給しているのは、貴様じゃないのか?』

 

 

「ッ……ええ、そうよ」

 

 

『なら話は簡単だ。大樹、その女を———』

 

 

「殺せとか消せとか言ったら俺流の天界処刑な」

 

 

『こッ———これを、どうにかして、どうにかしろ』

 

 

完全に他人任せな発言だが許そう。言おうとしていた言葉より何倍もマシだ。

 

 

「どうして……」

 

 

「胸クソ悪い展開は大ッ嫌いでな。物語で辛い後にはハッピーエンドで終わるのが一番大好きなんだよ」

 

 

「これは物語でもおとぎ話でもッ———!」

 

 

「現実なら尚更だ! 物語やおとぎ話なら、好きな時に魔法や科学で、超展開で簡単に生き返れる! でも現実はもっと厳しくて……甘くないんだよ」

 

 

「ッ……」

 

 

「死ぬ時は死ぬ。殺される時は、殺される。そういう現実だってことを、思い知った時があった」

 

 

大樹は万由里の瞳をジッと見る。何かを確かめるかのように彼女を見ていた。

 

 

「だからと言って、俺はそれを受け入れるつもりはない」

 

 

ザンッ!!!

 

 

万由里を見ながら【雷霆聖堂(ケルビエル)】に斬撃波を飛ばす。攻撃を仕掛けようとしていた【雷霆聖堂(ケルビエル)】は前方が爆風で遮られてしまい中断する。

 

 

「全てを救うために、俺は理不尽な現実をぶっ壊し続ける」

 

 

その言葉に万由里は目を見開く。

 

 

「お前は———万由里はどうする?」

 

 

その問いに万由里はすぐに答えることはできなかった。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】は攻撃を仕掛けようとしているが、大樹は動かない。万由里の答えを待つために。

 

 

『このッ……大馬鹿が!』

 

 

『援護しますジャコ様!』

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の放つ小型雷撃の乱射が大樹たちを襲うが、ジャコの炎とリィラの天界魔法が守っている。

 

長くは耐えることはできない。それでも大樹は余所見すること無く、表情一つ崩さない。

 

 

「私は……」

 

 

万由里の中で様々な感情が渦巻いた。

 

 

———『俺はそんな説明書に書いてあるようなことを聞きに来たわけじゃない』

 

 

何と言葉にすればいいのかサッパリ分からない。戸惑っていた。

 

———万由里は、ずっと監視していた。

 

彼らは楽しくデートをしていた。

 

嬉しそうな顔を見ていると、胸が痛くなった。

 

 

『———俺は一切合切、美九を否定しない』

 

『だーりんッ……!』

 

『もしお前の人生を世界が否定するなら、俺は世界を変えてやる』

 

 

辛い現実を乗り越えようとする姿に憧れ、万由里の心は大きく揺らいでいた。

 

 

「私は……霊力の結晶体……封印を施せばッ……天使は消えて……ッ?」

 

 

気が付けば万由里の頬には涙が流れていた。

 

頭の中ではどうすればこの状況に終止符を打てるのか分かっている。それを口にすればいい。

 

なのに、自分の口は言う事を利かない。

 

 

 

 

 

「———嫌に決まっているじゃない……!」

 

 

 

 

 

そうすれば自分も消える。それが嫌で嫌で仕方なかった。

 

 

———『胸クソ悪い展開は大ッ嫌いでな』

 

———『物語で辛い後にはハッピーエンドで終わるのが一番大好きなんだよ』

 

———『お前は———万由里はどうする?』

 

 

投げられた一つ一つの言葉が、行動が、嬉しくて仕方なかった!

 

 

「羨ましかったッ……ずっと考えないようにしていたけど、皆が羨ましかった……!」

 

 

万由里は、嫉妬していた。

 

この感情のせいで【雷霆聖堂(ケルビエル)】は暴走して皆を傷つけようとしている。

 

嬉しそうな顔でデートをする女の子に、辛い現実を一緒に乗り越えようとする姿に、嫉妬していた。

 

どんな理不尽にも手を伸ばしてくれる大樹と士道。その手を自分にも向けてくれることをずっと期待していた。

 

でも、それは無理だと諦めていた。

 

自分は意味無き存在で、与えられて良い存在じゃない。なのに、

 

 

「消える為の存在だった私にッ……意味をくれると言うのッ……?」

 

 

万由里は手を伸ばそうとするが、ひっこめてしまう。

 

自分一人で良いことを、もし被害を拡大させてしまうようなら……。

 

そんな恐怖から大樹の手を取ることを怖がってしまった。

 

 

「生きることに、意味なんて必要ねぇよ。探して生きるのが立派なだけだ」

 

 

だが、大樹はその手を無理矢理掴んだ。

 

そのまま自分の方に引っ張り、正面から堂々と告げる。

 

 

「今は、言葉だけで十分だ」

 

 

「ッ……私は」

 

 

大樹の微笑みに、万由里は決壊した。

 

涙をボロボロと零しながら、不可能な現実を口にしてしまう。

 

 

「救ってよッ……皆と一緒に、生きたいからッ……!」

 

 

「最初からそのつもりだ馬鹿野郎」

 

 

その瞬間、ジャコとリィラの守りが崩れた。

 

しかし、その前に大樹が立ち塞がり刀を振るった。

 

 

ザンッ!!!

 

 

たった一撃で、銀色の衝撃波で【雷霆聖堂(ケルビエル)】の放つ小型雷撃が全て撃ち落される。そのことにジャコたちは驚いた顔をしていた。

 

 

『今のは……!』

 

 

「顕現せよ———【絶滅天使(メタトロン)】」

 

 

大樹の髪は白銀色に変わる。羽織っていた【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】も白銀色に染まった。今の斬撃波は精霊の力を織り合わせた力だとジャコは気付いたのだ。

 

精霊の力を纏った大樹はゆっくりと刀を【雷霆聖堂(ケルビエル)】に向ける。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

バチンッ!!!

 

 

大規模に展開された魔法陣と同じく、【雷霆聖堂(ケルビエル)】が結界に閉じ込められた。

 

その光景に姿を見せたリィラはハッと気付く。

 

 

「霊力の供給をこんな形で断つなんて……!」

 

 

『だが足りん! どうやって破壊する!?』

 

 

ジャコの疑問は言わずともリィラは分かっていた。

 

神の力で、無茶苦茶なことで、困難を乗り越えて来た男だと。

 

 

『中に入って破壊したとしても、結界を解いた瞬間、最初みたいに再生するはずだ!』

 

 

「だろうな。でも、こんな無敵な奴でも限界があるんだよ」

 

 

『限界だと? 一体何の事を?』

 

 

「万由里が()()()()()()()雷霆聖堂(ケルビエル)】は再生して復活するんだろ? だったら簡単だ」

 

 

大樹の言葉の意図を汲み取れないリィラと万由里は何も言えない。しかし、付き合いの長いジャコは気付き驚愕した。

 

 

『まさか!?』

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】が万由里の()()()()()()()()()()話だよな?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

既に大樹は【雷霆聖堂(ケルビエル)】の真下に移動しており、右脚で蹴り上げようとしていた。

 

 

「第二回目———宇宙旅行だゴラああああああああああああああァァァァァァ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

鼓膜を破るかのような轟音と共に結界ごと【雷霆聖堂(ケルビエル)】を蹴り上げた。それを追うように大樹も空に向かって飛翔した。

 

凄まじい速度で雲を突き抜けてあっと言う間に大気圏を突破した。

 

黒い空と青い海が見える境界線に、大樹たちは居た。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】は状況が分かっているのか、急いで結界から脱出しようと攻撃を仕掛けるが、結界はビクともしない。

 

 

「霊力の供給をシャットダウンしたんだ。無限から有限になったせいで、無駄に暴れることができないんだよな?」

 

 

使い切れば消滅。そのまま供給できない場所に居るなら再生できずに終わり。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の敗北は、目前に迫っていた。

 

 

「万由里のことなら任せろ」

 

 

大樹の右手には【神刀姫】が握られ、

 

 

「———【滅殺皇(シェキナー)】」

 

 

左手には金色の持ち手に銀色の刃の剣を顕現させていた。

 

 

「二刀流式、【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】」

 

 

神の力と霊力が二本の刀に注ぎ込まれて刀身が白銀色に染まる。

 

太陽よりも眩い光を刀に宿らせながら、大樹は結界をバク転するように蹴り上げる。

 

距離を十分に取った瞬間、逆さまの状態から斬撃波を繰り出した。

 

 

「【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォォ!!!!

 

 

刀から放たれた銀色の二撃。結界ごと【雷霆聖堂(ケルビエル)】を包み込んで宇宙の彼方へと吹き飛ばした。

 

霊力の供給を宇宙からできるなら【雷霆聖堂(ケルビエル)】は復活できるだろう。しかし、その様子は全く見られなかった。

 

宇宙の塵と化した【雷霆聖堂(ケルビエル)】を見送った後、大樹は【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を翼に変えながらゆっくりと下降した。

 

 

「……懐かしいなぁ」

 

 

こうして落下するのは何度目だろうか。

 

最初はあんなに怖がっていたのに、今は寝ようか考えてしまうくらい余裕を持っていた。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

雲を突き抜けて街が広がる。弁償金とか請求されたらどうしようとか、考えていると、こちらに向かって飛んで来る人影があった。

 

 

「あん?」

 

 

「大樹!!」

 

 

天使の翼を広げた万由里だった。気付くのが遅れたせいで焦ってしまう。

 

 

「ば、馬鹿!? ぶつかるげぇほぉッ!?」

 

 

案の定、ぶつかった。

 

万由里は勢い良く大樹を抱き締めて空に浮いていた。

 

 

「馬鹿ッ……何であんな無茶するのよッ……!」

 

 

「アレが無茶なレベルなら俺はそれ以上に無茶なことを———」

 

 

「心配させないでよ……!」

 

 

「あー、すまん……悪かった」

 

 

「顔面スライディング土下座で謝って……」

 

 

「えぐいわ」

 

 

本当に心配しているのかお前。

 

万由里の頭を撫でようと思ったがやめた。意外と元気あるから必要ないと思う。

 

 

「まぁこのまま終われないから丁度いいか」

 

 

「ッ……どういうこと?」

 

 

「自分で言ったクセに、分かっているだろ。お前は霊力で生まれた存在なんだろ? このまま危うい状態のままじゃ、何かの拍子で消えてしまうことぐらい」

 

 

目を見開いて驚いていた万由里は大樹から目を逸らした。また辛い顔をする万由里に大樹は笑みを見せながら頭を撫でた。

 

 

「アホ。黙って消えるのは一番良くねぇよ。それに、俺は消させるつもりもない」

 

 

万由里を抱えたまま大樹は下降する。ジャコとリィラの元まで戻る。

 

 

「大樹様!」

 

 

「リィラ。ちょっと力を貸してくれ。天界魔法の発動に協力して欲しい」

 

 

「ッ! 大樹様、まさか神の禁忌(きんき)に触れて———」

 

 

「神なんざ関係ねぇ。人の道理を外れるなら上等。一人の女の子も救えない馬鹿野郎にはならない」

 

 

それにっと大樹は続ける。

 

 

「この世界に神はいない。というわけで今日から俺が神な。崇めろ」

 

 

「なんとバチ当たりな……!? 神罰が下っても仕方ない危ない言葉を……でもそこが素敵です大樹様!」

 

 

リィラは万由里の足元に天界魔法を発動する。いつもと違い魔法陣が赤く輝いている。

 

 

「な、何をするの?」

 

 

「折紙や琴里ちゃんとかって人間から精霊になったのは知っているよな」

 

 

その言葉だけで大樹が何をしようとするか分かってしまう。

 

大樹は出現した魔法陣に触れると力を注ぎ込んだ。

 

 

「任せろ。俺の創造に、不可能はない」

 

 

その笑顔に万由里は驚いていたが、笑みを見せた。

 

 

「うん……信じてる……」

 

 

「あ、でもブサイクになったらマジでごめん。なるべく今のお前に近づけるけど……ね?」

 

 

「不可能はないんじゃないの!?」

 

 

魔法陣から光の柱が空に向かって伸び、万由里を包み込んだ。

 

その様子を見ていたジャコはこう思っていた。

 

 

———お腹空いた。早く帰りたい。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「おかしい」

 

 

大樹は両肘をつきながら手を(あご)に置いていた。

 

 

「何がおかしいのよ」

 

 

「お前だよ」

 

 

隣に座っていた万由里が聞くが、即座に俺は答えた。

 

白い制服に身を包んだ万由里にジト目を向ける大樹。万由里はドリアンパンという絶対に不味いであろうパンを食べている。

 

 

「……ちなみにお味の方は?」

 

 

「意外とイケる」

 

 

「嘘だろ」

 

 

んッと食べかけのドリアンパンを向けられる。半信半疑でそれを口にする。

 

 

「……不味くはない。でもパンに挟む必要はあるのかこれ?」

 

 

「それを言ったらこのパンの価値は終わりよ」

 

 

何故購買のパンはここまで商品に攻めの姿勢を見せるのか。普通に食パンの方が美味しいわ。

 

そろそろ状況説明に移ろう。ここは士道の通っている高校———都立来禅(らいぜん)高校だ。

 

ちなみ現時刻は深夜1時である。はい、不法侵入ですね。

 

教室の一室に大樹と万由里は席に着き、ダラダラと過ごしていた。

 

 

「なぁ、もう帰ろうぜー」

 

 

「駄目よ。まだやりたいことが山ほど残っている」

 

 

「何だよ、窓ガラスをバッドで叩き割り回るのか?」

 

 

「アンタの頭でもいいわよ」

 

 

「よくねぇよ」

 

 

おい待て。霊力をちょっと漏らして脅すなよ。そんな威力で頭を殴られたら命が消えちゃう。

 

万由里はため息をつきながら、今度は大樹をジト目で睨んだ。

 

 

「そもそもアンタがあんなことをしなければ……!」

 

 

「仕方ないだろ。外見は似せても感触は触らないと無理無理。むしろ硬いおっぱいになら———すいませんでした嫁に連絡するのはやめてぇ!!」

 

 

万由里の携帯電話を必死に取り上げる。何発か顔に良いパンチを食らったが、連絡阻止に成功した。

 

あの日、俺は人として犯してはいけない禁忌に触れた。

 

 

———万由里を『精霊』としてではなく、『人』へと創造したのだ。

 

 

生命をこの手で創り出したと言っても過言では無い。むしろその通りだ。

 

 

(例えそれが駄目だとしても———俺には見捨てる選択は無かった)

 

 

万由里は自分自身の意志がある。感情がある。俺たち人間と何も違わない。

 

救う為の理由なんて必要なかった。

 

 

「……何よ」

 

 

「いや、命の恩人にこの仕打ちはあんまりじゃないかと」

 

 

「じゃあ大樹の命の恩人が変態だったら同じことを言えるかしら?」

 

 

「俺が悪かった」

 

 

万由里が怒っているのは、俺の創造が原因だった。

 

リィラに力を貸して貰いながら俺は万由里を『人』として創造していた。しかし、外見は見れば創造できる。髪の色、肌の色、瞳の色、見れば良いだけの話だ。

 

だが、ここで問題発生。体の柔らかさが全く創造……いや、想像できなかった。

 

身長や腕の長さは分かっても、肌は鉄の様に硬くない。胸が超合金だったら俺は泣くぞ。万由里も泣くと思う。

 

一から『人』を創造するのだ。体の機能は医学で分かっていても、髪の匂いや唇の柔らかさまでは知らない。

 

リィラの顔を見た。彼女は涙を流しながら首を横に振った。

 

賢い俺は全てを理解した。

 

 

———ああ、犯罪者確定コースなんだなこれ。

 

 

……後は想像に任せるが、越えてはいけないラインのギリギリまで足を突っ込んでいたことをここに書き記す。

 

 

(散々罵った後は責任を取ってデートしろとか……俺のこと好きなの? 嫌いなの? どっちなの?)

 

 

……答えは分かっているので考えないでおこう。

 

 

「それで、後は何がしたいんだ? 警備員もそろそろ起きるぞ」

 

 

「あの警備員が一体何をしたというのよ。それと、ハンカチで眠らせるのってフィクションだけだと思っていたわ……」

 

 

「安心しろ。俺の化学は最強だ。あのオッサン、起きたら健康以上に健康になる化学薬品だ」

 

 

「ツッコミ所が多過ぎるわよ」

 

 

それが大樹スタイル。俺の知人は万由里を除いて全員適応していると思うぞ。

 

 

「そうね……授業を受けてみたいな」

 

 

「よし、今から保健体育の授業を始める。まず第二次成長期———どっから持って来たそのバッド」

 

 

「そこにあったわよ。殿町(とのまち)って書いてあるわ」

 

 

殿町って奴、絶対に許さねぇ。

 

学校を舞台にした深夜の鬼ごっこが始まった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「はぁ……はぁ……精霊は反則だろ……! こっちは生身で逃げてやったのに……!」

 

 

「アンタこそ……余裕の顔で逃げないでよね……!」

 

 

疲れ切った状態で二人はまた教室に居た。大樹は教卓に座り、万由里は席にうつ伏せになっていた。

 

呼吸を整えた後、万由里は手を挙げる。

 

 

「はーい大樹先生。質問です」

 

 

「はーい、何ですかー」

 

 

「人を好きになるってどういうことですか」

 

 

「エロです」

 

 

「叩き具合が足りなかった?」

 

 

「暴力反対! んなこと真面目に答えれるか恥ずかしい」

 

 

大樹は拒否するが、万由里の強い眼差しに観念する。

 

 

「……一緒に居たいって気持ちが大切じゃねぇの」

 

 

「……ふーん、大雑把ね」

 

 

「気が付いたら好きだった。誰にも渡したくないくらいにな」

 

 

いや違うなっと大樹は続ける。

 

 

「多分、好きって言うより愛しているんだよ」

 

 

「何が違うの?」

 

 

「さぁな。辞書に書いてあるようなことしか言えねぇよ。そうだな……簡単に言うと、誰よりも好きだってことだよ」

 

 

楽しそうに語る大樹を見て万由里は笑みを見せる。

 

 

「矛盾しているわね。アンタ、嫁が何人もいるクセに」

 

 

「ばーか、全員愛しているに決まっているだろ。俺を常識に当てはめるな」

 

 

「そう、じゃあ私も一つ言う事があるわ」

 

 

万由里は立ち上がり、教卓の上に座った大樹の背後に回り込む。そして、そのまま後ろから背負われるように抱き付いた。

 

 

「おいッ」

 

 

「私を救ってくれてありがとう」

 

 

万由里はそう呟いた。そして、右頬に柔らかい何かが当たった。

 

その感触を大樹は知っている。自分の手で触ったこともあれば、何度もされたことがある。

 

 

「おまッ!?」

 

 

「何? 足りないの? スケベ」

 

 

「かちーん……おう、そうだよ。足りねぇよ。オラァ! もう一回来いよ! やってみろよ! 今度は真正面からバチ来い!!」

 

 

「やるわけないでしょ。馬鹿なの?」

 

 

「おっしゃキレた。表に出ろ。トラウマ級の罰ゲームを体に刻んでやるッ」

 

 

大樹が振り返り万由里に手を出そうとした瞬間、両手で顔を触られた。

 

 

 

 

 

「———大好きよ、ばーかッ……!」

 

 

 

 

 

今度は額にキスをされた。

 

それと同時に自分の顔が濡れたことに気付く。大樹の体は自然と止まっていた。

 

数秒の時が流れ、ゆっくりと顔を上げると万由里は制服で目を何度も擦っていた。

 

 

「いつかッ……アンタが後悔するような良い女になっても知らないからねッ」

 

 

「……ああ、その時はたっぷり後悔させてくれ」

 

 

———綺麗な月明かりが二人を照らしていた。

 

 

「「ばーか」」

 

 

そして、教室から二人の男女の笑い声が聞こえた。

 





DVDの映画は軽く20回は見ました。私もあんなデートがしたい(血涙)


次回———大樹フルラヴィング

デート・ア・ライブ編、あと二話で終わる予定です。

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