どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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ちくしょうもうバレンタインの季節が来やがった!

今年もチョコを貰っているリア充は爆発しろと思いました。


正義の反逆者 神話ディストラクション

五河 士道が幻覚を見ている疑いがある.

 

よって「ちょっと俺が診ようか? 大丈夫、痛くないから」と言うと士道は半泣きで拒否して来た。そんなに嫌なのか。俺も泣くぞ。

 

士道の言うことを信じて空の確認をしよう。艦橋の方に皆で行くのだが、

 

 

「お前らくっつくな。歩きにくい」

 

 

「そうですよぉ。離れてくださいよぉ」

 

 

「あらあら? 私のことではありませんよ?」

 

 

「お前ら二人共だボケナス」

 

 

美九に右腕、狂三に左腕を掴まれていた。とても歩き辛い。

 

俺が嫌な顔をしても二人は笑顔を見せるだけ。何だこの鉄壁の守りは。崩せる自信が無いのだが。俺って何かした? そんなに凄いことやりました?

 

艦橋に着くとクルーたちが既に調べ上げてくれていた。結果を聞く前に、

 

 

「人に見えねぇ物を見えるなんて、さすがです兄様! 真那(まな)はまだ修行が足りねぇですね!」

 

 

「いや……そういうのとは違う気が……」

 

 

また新キャラ増えているよ。しかも兄様だとぉ!?

 

 

「士道。実はお前って俺よりヤバい奴だよな……」

 

 

「どういう意味だ!? ちょっと待て!? 引くな!?」

 

 

彼女の名前は崇宮(たかみや) 真那。後頭部で括った髪の色は士道とそっくり。左目の下の泣き黒子が特徴的な女の子だった。

 

実際、士道と真那の血縁関係らしい。生き別れの兄妹という涙ボロボロ零れる展開だったそうだ。へぇー。

 

 

「義理の妹に実の妹か。士道は妹萌か? いや四糸乃のことを考えるとロリコンの可能性———」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「何でこういう時だけ全員大樹の言葉を信じているんだ!? おかしいと思わないのか!?」

 

 

全員から「Oh…」みたいな顔をされていた。疑われても文句が言えない状況になったお前が悪い。理不尽? そういう世界なんだよ今は。女の子、正義、絶対。以上。

 

 

「解析結果、出ました! 士道君はロリコン———ゲフンゲフン。確かにその座標から球形に放出される微弱な霊波が観測されています」

 

 

「今余計なことをしましたよね中津川さん!?」

 

 

ナイス! ゴー☆ジャス。俺と中津川は親指を立てた。

 

しかし、本当にあるのか。しかも微弱な霊波で球体? どういうことだ?

 

 

「本当にあるのね……」

 

 

「士道は薬を使っていない……ならあの事件で脳に負担がかかって目がおかしくなっているのかもしれないな。琴里ちゃん、医療室の使用許可を」

 

 

「分かったわ」

 

 

「話を聞いていたのか二人とも!? 機械でちゃんと確認できたんだろ!? どうしてそんなに俺を異常者扱いする!?」

 

 

琴里ちゃんも士道をいじって楽しんでいるようだ。タララタッタッタ~♪ 仲間が増えました。

 

 

「微弱な霊波しか確認できないので物体の有無は判断できません……もし観測するなら———」

 

 

「やめとけ。分からない物に不用意に首を突っ込むのは良くない」

 

 

観測した球体の中に入ろうとするのは良くない。刺激するのも。

 

微弱な霊波でも、原因が全く分かっていないのだ。ここは慎重に事を進めるべきだ。

 

 

「……大樹君をあの空間に飛ばせば解決できるのでは」

 

 

「誰だ今ボソッと鬼畜なことを言いやがったのは」

 

 

出て来い。しばく。

 

ポキポキと手を鳴らして犯人を捜していると、艦橋に新たに二人が入って来た。

 

 

「呼ばれたから来たぞ」

 

 

「今度は何?」

 

 

クルーたちが着ている服を着用している原田とフリルの付いたお人形さんのようなドレスを着た七罪だった。

 

原田の目には元気が無く、七罪の顔は不機嫌そうだった。うーん、呼ばない方がよかったこれ?

 

 

「あ、ああ……実は士道が奇妙な物体を見つけてな……」

 

 

「なるほどな。じゃあ後は俺に任せてくれ」

 

 

「え」

 

 

ちょっと待て。様子がおかしい。原田君? 大丈夫ですか? もう朝ですよ?

 

 

「お前は疲れているだろ? 心配するな、全部俺が片付けておいてやる」

 

 

「いや、あの……疲れているのはお前……もしかして、美九のことを気にしているのかな? な?」

 

 

お、俺としては「ふざけんな!?」「やめろぉ!!」と元気に反抗して欲しいのですが? 無理かな?

 

 

「フッ、気にしていないに決まっているだろ。ただ———」

 

 

原田は自重するように笑みを見せた後、呟いた。

 

 

「———世界の罪は、俺の罪だ」

 

 

「誰か!? お医者様はいられませんか!? ウチの親友が(うつ)病なんです! 助けてください!」

 

 

原田の変貌に大樹は今日一番の焦りを見せた。大樹は原田のことを何度も心配していた。

 

 

「お腹空いていない!? 喉は乾いていない!? 大丈夫か親友!? 誰もお前を責めたりしないからな!?」

 

 

「そういえば……昨日からご飯が喉を通らなくて———」

 

 

「今からお前に最高の料理を作って来る!!!」

 

 

大樹は猛スピードで艦橋から飛び出した。その光景にクルーたちは唖然とする中、原田は右手で顔を隠しながら呟いた。

 

 

「———計画通り」

 

 

「「「「「なん……だと……!?」」」」」

 

 

———その場に居た原田以外の人間が、戦慄した瞬間だった。

 

 

________________________

 

 

 

大樹の作った最高の料理に全員が涙をこぼした。

 

本気で作り上げたモヤシご飯がこんなにも美味しいと思う日は二度と来ないだろう。

 

原田は大樹に対して心が痛くなってしまい、元気が出たという設定に急遽変更。

 

 

「げ、元気百倍! 原田ですよ!?」

 

 

(今度は頭がおかしくッ……クソッ)

 

 

原田の空回りした元気に大樹は悔いるように落ち込んだ。原田の額からダラダラと汗が流れる。

 

 

「完全に失敗したわね……もういいわ。無視よ無視。解析を続けなさい」

 

 

———原田は最後に嘘をついていたことを白状するが、大樹には信じて貰えず、後に心が痛む優しい待遇を受けることになるのは別の話。

 

琴里が指示を出してから数分後、解析が終了した。

 

 

「霊波が集まっていますが、新しい精霊ではないようです」

 

 

クルーの言葉に琴里たちは驚く。当然だ、新しい精霊でないならあの物体の霊波は一体誰が?

 

その疑問に答えてくれるのは令音だ。

 

 

「これは一見複雑な波長をしているが、要素を分解してみると十香や四糸乃、八舞姉妹、二亜、そして琴里。一つ一つが今までシンが封印して来た精霊の霊波と同じだと分かった」

 

 

「何ですって!?」

 

 

つまり士道にしか見えない愛の結晶と言う解釈でオーケー? 違う? あ、はい。

 

 

「99.6%。同じです。解析官の言われる通りです」

 

 

「球体は琴里たちの霊力で作られている可能性がある」

 

 

「私たちの……」

 

 

なるほど。じゃあ、

 

 

「何だぁ、全部司令の悪戯だったんですかぁ。もう、人騒がせ何ですからぁ!」

 

 

「琴里ちゃんたら、お茶目さん♪ 愛の結晶を顕現させていたんだね!」

 

 

神無月と大樹は琴里の頭をツンツンと人差し指で揺らす。琴里ちゃんは当然怒り、

 

 

「フンッ!」

 

 

ゴギッ!!

 

 

「ひぎぃ!? 地味なのありがとうございますッ!!」

 

 

琴里は神無月の人差し指を飴の棒を使ってゴキゴキと曲がらない方向に曲げた。神無月は苦悶の表情ではなく、笑みを見せた。キモッ。

 

次に琴里は大樹の腕を掴み足払い。

 

 

「ウラァ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「うがはぁ!? 凄いの来たぁ!?」

 

 

まさかの背負い投げ。俺だけ威力が最高に大きかった。

 

それだけで終わらない。琴里は倒れた大樹の背中に乗りながら顔を手で抑えつけ、大樹の曲がった右足を太股で抑え込んだ。

 

グッと顔が引っ張られてオットセイの様に体が曲がり、背骨がボキボキと鳴り出す。

 

 

「死ねぇ!!!」

 

 

「死ぬぅ!!!」

 

 

「あれは伝説の技!? ステップオーバートーホールドウィズフェイスロック!」

 

 

レベルの高い技を繰り出されて驚愕する一同。何で俺だけここまでされるの!?

 

 

「でも……でもッ……微かに……ほんの微かに……後頭部に胸の膨らみがッ……」

 

 

「もっと死ねぇ!!!」

 

 

「あああああああああああああああああああァァァァ!!!」

 

 

———ゴギボキゴキッ!!

 

 

________________________

 

 

 

チーン……

 

 

悪は滅んだ。燃え尽きた大樹を見た琴里は右腕を空に向かって突き出し勝利宣言。拍手が聞こえた。

 

 

「……それで、解決方法は何ですか?」

 

 

「精霊の感情が形になったと私は見ている」

 

 

「感情……ね……」

 

 

琴里がその感情がどんなモノなのか聞こうとする前に、美九が勢い良く手を挙げた。

 

 

「はい! 私には分かりますよぉ!」

 

 

美九が喜々として答えを述べる。

 

 

「ズバリ嫉妬の感情! だーりんを独占したい気持ち、私には凄く分かりますからぁ! というわけでだーりん、デートに行きましょう!?」

 

 

「却下」

 

 

また女の子を怒らせてたまるかッ。全力で拒否するわ。

 

 

「ええ、分かりますわ。私も、大樹さんを食べ———独占したいですからねぇ」

 

 

「お前まだ諦めていなかったの?」

 

 

やらないから。俺の体は、俺と将来を誓った女の子だけだから。絶対にあげないから。

 

 

「仮に霊波が精霊の嫉妬の感情だとしても、一体どうすれば対処できやがるのです?」

 

 

「そこはもう決まっているだろ。士道が精霊たちの嫉妬を解決する———」

 

 

「———デート、というわけね」

 

 

真那の質問に俺が答えようとする。意図を汲み取った琴里が答えを先に口にする。

 

 

「羨ま死ね」

 

 

「今日も大樹の殺意が高い……」

 

 

士道が嫌な顔をしながら俺から距離を取る。いいですねー、こちらは外に出ることが許されないテロリストですかねー。うふふふ……!

 

 

「精霊たちは無意識に士道君を独占したいという気持ちがあるのは確かなはず。その嫉妬はストレスへ変わるモノです……私もある日、突然妻が家財道具と一切と共に消え失せてしまったという苦い経験も———」

 

 

川越(かわごえ)! アンタの離婚話はいいから!」

 

 

「川越、今度一緒に飲みに行こう。俺が、御馳走するから……」

 

 

琴里が冷たくても、俺は優しく接する。川越にハンカチを渡しながら肩を叩いた。

 

 

「結局、みんな士道君が好きなわけですし。デートやりましょうよ」

 

 

「うッ……」

 

 

中津川の指摘に顔を赤くした琴里が言葉に詰まる。そしてここぞとばかりに原田を除く男性陣は琴里を煽り始める。

 

 

「「「「「デート! デート! デート!」」」」」

 

 

「や、やめなさい!? 何よそのコールは!?」

 

 

「「「「「「お兄ちゃんとデート! お兄ちゃんとデート!」」」」」

 

 

「あ、アンタたちねぇ……!」

 

 

琴里が手を出す前に散開。男性たちは一斉に逃げ出した。

 

その後琴里が鬼の形相で追いかけるが、大樹だけは最後まで捕まらなかった。

 

 

「……引き続き球体の調査はするとして、並行して精霊たちのストレス解消にかかろう」

 

 

「デートですよね……分かりました。じゃあ明日皆で出掛けますね」

 

 

令音の発言に士道が頷くが、原田は納得がいかない顔をしている。

 

 

「うん? それじゃ意味が無いだろ? 独占したい気持ちが精霊たちにあるって話だから、毎日一人ずつデートしないといけないだろ」

 

 

「そ、そうだった。大変だな……」

 

 

士道の目が既にお疲れモードに入っている。連日騒動が彼にもストレスを与え溜まっていた。

 

 

「お? 話はまとまったか?」

 

 

琴里から逃げていたはずの大樹が戻って来た。士道は引き攣った表情で聞く。

 

 

「こ、琴里は?」

 

 

「クルーを生贄にすることで俺は逃げれた」

 

 

「相変わらずの鬼畜っぷりだな」

 

 

死んだ目で納得した原田だった。士道たちは逝ったクルーたちに合掌した。

 

 

「一人一人順番に希望通りのデートをしてあげるんだ。その時間はシン。君はその彼女だけのモノになる。それが見えない球体にどんな効果を及ぼすのかは分からない」

 

 

「何もしないよりはマシじゃねぇの。俺は関係無いし」

 

 

「拗ねるなよ」

 

 

令音が士道に言いつけると、大樹は拗ねながら肯定した。原田の同情する顔にイラッとするが、頼みたいことがあるので抑える。

 

 

「原田。しばらく外国に行く予定があってな。女の子たちのこと、頼んでいいか?」

 

 

「待てテロリスト」

 

 

「やめろその呼び名。透明になって飛んで行くからバレねぇよ」

 

 

「そ、そうか。だとしても唐突だな。どこの外国に行く? 何をするんだ?」

 

 

「観光地巡り。お土産は買って来る」

 

 

何かを誤魔化すように大樹は笑う。手を振りながら艦橋を出て行った。

 

それから士道は一週間、精霊たちのデートの日々を送るのだが、その間、大樹が帰って来ることはなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

———【オリンポス山】

 

 

大樹はギリシャのテッサリア地方にある山に来ていた。標高約2900メートルでギリシャでは最高峰とされる。

 

ゴツゴツとした足場の悪い岩肌の山頂。大樹は登山服など着ておらず、私服に黒いコートを羽織っているだけだ。

 

景色が一望できる場所に立った大樹は背負ったリュックを地面に置く。

 

 

「やっぱり違う……」

 

 

大樹は確信しながら空を見上げ、右手を掲げた。

 

 

「ッ!!」

 

 

そして拳を握りながら創造する。空を覆った雲を消滅させるイメージを!

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

上空の雲は一点に収束して消えていく。まるで異次元に吸い込まれる様に消滅した。

 

青い空が広がる。山頂から見える景色が先程より鮮やかになった。

 

 

「……むしろ、上がっているな」

 

 

———失った神の力が、元に戻った。

 

いや、それ以上に力を手に入れている。この山頂に居続けるだけで、神の力は格段に上がった。そのことに大樹は嬉しい気持ちが半分、不快な気持ちが半分と言った難しい心情だった。

 

大樹はが訪れたのはギリシャだけではない。オリュンポス十二神に関わる建物や書物、場所を巡った。そして最後に辿り着いたのはオリンポス山。

 

この山の(ふもと)に訪れただけで空気の違いを感じ取ることができた。登ってみれば自分の持つ神の力が一気に回復し、驚いているわけだ。

 

 

今回の目的、それは【神】だ。

 

 

残った神の保持者は俺と双葉———リュナだけだ。彼女を倒せば全てが終わる。

 

 

「そう思えないのは俺だけか……?」

 

 

この神の起こした騒動。保持者の決着で終わるとは到底思えないのだ。

 

保持者は俺を狙った。理由は俺に力を与えている『ゼウス』を殺すこと為に必要な手順だから。

 

 

『保持者は自分のいた世界に干渉できない。お前が今まで戦った保持者たちも、同じだ』

 

 

ガルペスの言った言葉を思い出す。保持者たちは自分の世界に復讐をしようとしていた。復讐をする為には、俺と神ゼウスを殺す必要があったことは理解できていた。

 

ただし、二人を除いて。

 

まず保持者としてリュナは少しおかしい。まず他の保持者と違い記憶が無い事だ。誰かに操られていると見ていて、ガルペスを倒せば一石二鳥で終わりかと思っていたが、どうも違う気がする。

 

 

『奴はどこにいるか知らん。だが、この世界にはもういない。そして、お前の命を狙うだろう』

 

 

ガルペスがリュナの記憶を消したわけではなさそうだった。なら何故従っていた?

 

疑問は多く残るが……とにかくリュナとの再戦と終戦の時は近い。覚悟を決めなければいけない。

 

そしてもう一人。原田のことだ。

 

仲間だと信じて疑うことはない。だが、そのうち明らかにしなければならない。

 

 

『俺を、信じてくれ……!』

 

 

あの言葉は、嘘なんかじゃない。『ホンモノ』だった。

 

アイツが自分で言うその時まで、俺は待つ。疑うことなく、信じて。

 

 

「……コーヒーでも飲むか」

 

 

コーヒーカップにコーヒーの粉を入れて、水筒に入れたお湯を注ぎ香りを楽しむ。うん、コーヒーの匂いが凄い。以上。ソムリエには向いていないな俺。

 

しかし、味は極上の味わいなのは分かる。わざわざ【フラクシナス】から落とした大金で買ったコーヒーは違うな。絶景を見ながら最高のコーヒーを飲むのは素晴らしいな。

 

お湯は冷めないのかって? おいおい、お湯を水筒に()れたのは10分前だぞ? そんなに早く冷めないだろ?

 

 

「メェ」

 

 

「へいへい、ミルクだよな」

 

 

リュックから顔を出した黒い毛並みの小さいヤギに大樹は暖かいミルクを皿に注いで差し出す。

 

山を音速で登っている途中、崖から足を滑らせ落ちようとしていたヤギを保護したのだ。足を滑らせたのも、右前足が怪我をしていたからだ。

 

動物の医療学も頭の中にあるので治療してやり、治るまで保護しているのだ。まぁ軽い怪我だから1日も経てば歩けるようになる。

 

 

———さて、話を戻すか。

 

 

神を調べる為にわざわざここまで足を運んで来たのだが、神の力を回復させるという点は計算外だが、幸運と言えよう。さすが『オリュンポス十二神の居所』と呼ばれる山だ。

 

もしかしたら他の世界でも、神の関わる場所に訪れればこのような現象が起きたのかもしれない。気付くのがかなり遅かったがな。

 

 

「神の力が回復する(イコール)()()()()()()()で、間違いないよな?」

 

 

むしろ何か無いと怖い。逆に見つからないとビビる。

 

ヤギの入ったリュックを再び背負い、神の力で眼を神格化させる。

 

視界が全てを捉えれるように切り替わり、辺りから自分と同じように不思議な力が地から溢れ出しているのが見えるようになる。

 

力の源はこの山全体。しかし、山とは別に不思議な力を感じ取る。

 

 

「……何もない」

 

 

視線の先に何もない。岩しかない場所から不思議な力を感じ取っているのだ。

 

つまり、そこに何かが隠されている。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

大樹の背中から黄金の翼が広がり羽根を一帯に散らせ、山に神の雨の如く黄金の羽根が降り注いだ。

 

隠されていた力が打ち消され、今まで見えていなかった正体が明らかになる。

 

 

「うおッ……」

 

 

隠されていたのは巨大な神殿だった。

 

目の前に現れたのは古代神殿。中心の建築物を囲むように立った柱には古代文字のようなモノが刻まれている。世界資料でも見たことのない神殿に大樹は驚く。

 

 

「メェ!?」

 

 

「お前はここで待ってろ。ちょっと危ない歓迎もあるからな」

 

 

鳴き出すヤギに声をかけながらリュックを地面に降ろす。

 

 

ズシンッ! ズシンッ!

 

 

大地を揺らすかのような震動。腹に響く重い音に大樹は神殿へと歩き出す。

 

 

ドゴオオンッ!!

 

 

『オオオオオォォォ———!!!』

 

 

柱が盛大に砕け散り、その後ろから岩の巨人が姿を見せた。

 

黄金の金塊を身に纏い、大樹の数十倍はある巨体が立ち塞がった。

 

まるでこの神殿の守護者のように、番人のような佇まいに並みの人なら(おく)して逃げるだろう。

 

だが、大樹は違う。

 

 

「売ったら高そうだな」

 

 

———余裕の表情で巨人を見上げていた。

 

ポケットからギフトカードをゆっくりと取り出し【神刀姫(しんとうき)】を握り絞めるが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹の頭上から巨人の右拳が振り下ろされた。拳圧で突風が吹き、地面に大きな亀裂が生まれる。

 

しかし、巨人の拳は大樹を潰すことはできなかった。

 

 

「重ッ……くないな。うん。普通」

 

 

巨人の拳を防いでいる大樹が逆に驚愕していた。

 

大樹は右手一本で受け止める。左手に刀を持ちながら巨人の攻撃を防御していた。

 

巨人が自分の体重を拳に乗せて大樹を潰そうとするが、ビクともしない。

 

 

「そらよッ」

 

 

ザンッ!!

 

 

左手に握った【神刀姫】で巨人の体を横に一閃。斬撃の傷痕から黄金の光が弾け飛んだ。

 

巨人の覆った金塊が黒色に腐り、巨体がボロボロと崩れ落ちた。大樹の一撃が巨人を動かしていた不思議な力を消したからだ。

 

一撃必殺とはまさにこのこと。

 

 

「……この巨人だけか? セキュリティ対策大丈夫かよ。セ〇ムしてますかー?」

 

 

こんな神々しい建物にあの巨人一体だけとは……神も赤字で苦労しているのか?

 

まぁ今はそんなこと関係ない。突撃あるのみ。1、2、3、4、ア〇ソック! お宅の留守番、突撃!

 

 

「……簡単には進まないか」

 

 

フォンッ!!

 

 

古代文字が刻まれた柱から魔法陣が浮き出る。全ての柱から浮き出る魔法陣を見た大樹は刀を構える。

 

魔法陣から現れたのは純白の鎧に身を固めた騎士。右手には大きなランスを持ち、左手には魔法陣が刻まれた正方形の盾を構えている。

 

一番目に付くのは背中から生えた白い翼。まるで天使を連想させるかのような姿に息を飲んだ。

 

その魔法陣から次々と騎士が出撃する。その勢いは止まることはない。

 

 

「わざわざ日本から来てやった客に腰を抜かすような歓迎に、感謝するぜ」

 

 

———ここに神の手掛かりがあることを大樹は確信する。

 

尚更(なおさら)引けない。()ぎ倒してでも進ませてもらう。

 

大樹は【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を羽織り、空いた片手に【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を握り絞めた。

 

 

「ジャコ!」

 

 

『今回は骨のある相手か?』

 

 

ギフトカードから飛び出したジャコの毛並みは既に白銀に染まっている。俺の力が戻ったこともあり、ジャコも強化されているのだ。

 

 

「骨どころか肉すらないような相手だけどな。準備運動にはなるだろうよ」

 

 

鎧の内側は恐らく空洞。不思議な力によって動かされている鉄の塊だ。

 

そんな存在が自分たちより劣っているとは全く思わない。

 

 

「三分だ。三分でケリを付けるぞ」

 

 

『いいだろう』

 

 

———大樹の宣言と同時に、騎士たちは一斉に大樹たちに襲い掛かった。

 

 

________________________

 

 

 

———大樹の宣言通り、勝負は三分で着いた。

 

当然勝利したのは大樹たち。圧倒的な強さで騎士たちをねじ伏せた。

 

大樹とジャコの体には傷が一つもない。無傷で完勝したのだ。

 

ボロボロの残骸に成り果てた騎士の鎧が辺りに散らばり、魔法陣を描いた柱は全て砕け折れていた。

 

 

「ガルペスの作ったロボより弱いって……もしかして、ここってハズレ?」

 

 

『それはないだろう。お前の力に似た不思議な力をこの先から漏れている』

 

 

「……そうか」

 

 

骨というより小骨だった。喉に引っかかったら辛そう。

 

 

『私はしばらく眠る。次の戦いに備えてな』

 

 

「ああ、お疲れ」

 

 

ジャコは再びギフトカードへと戻り、眠りについた。

 

次の戦いか。そうだな。俺もその準備する為にわざわざここまで来たんだ。

 

瓦解した柱の横を通り抜けながら中心へと向かう。歩けば歩く程、不思議な力が強まるのを肌で感じ取った。

 

中心にある建物の中に足を踏み入れた。神殿中は何も置かれてなく、古代の壁画が目に付くだけの空間だった。

 

 

「……それで隠れているつもりなら、まぬけにしか見えないぞ」

 

 

『なるほど。天使を打ち破るその実力は確かのようですね』

 

 

女性の声が響き渡った。何もない空間からうっすらと隠していた姿を見せる。

 

白い衣を身に包んだ彼女は綺麗な素足で地面に降り立つ。背中には小さな翼が生えている。

 

そして一番目立つのは頭の上にある光の輪。天使のイメージで一番印象付ける『天使の輪』があるのだ。

 

 

「私の名は『————』と言いますが、人間には理解も発音できない名前ですので———」

 

 

「『————』」

 

 

「———えッ」

 

 

「言えるんだが。どうしてくれんだお前」

 

 

また一歩人間から遠ざかったぞ。現在人間からダッシュで遠ざかっている奴にこれ以上やめろよ。

 

驚いた表情でこちらを見る天使。エメラルドの様に綺麗な瞳に俺は腐った目で見返す。何見てんだコラァ! メンチ切ってどうする俺。

 

彼女は咳払いをした後、金色の髪を揺らしながら後ろを向く。

 

 

「に、人間ではないのですね。人は見た目に……いえ、外見で判断するのは良くないですね、ええ」

 

 

「おい。何で気をつかう。俺が悪いみたいな感じにするのやめろ」

 

 

コイツ一発殴ってやろうかと考えていると、彼女は俺の方をもう一度じっくりと見た。

 

そしてグルグルと素足で俺の下へ駆け寄り見る。グルグルと俺の周りを歩きながら見る。見る。見る。見る。そろそろ俺の体に穴が開くぞ。見過ぎだ。

 

 

「なるほど……あなたの保持者はゼウス様ですね」

 

 

「ッ……やっぱり知っているのか」

 

 

「名を聞いても?」

 

 

「楢原 大樹だ。お前らの言葉で言うなら『————』だ」

 

 

「なッ!? 天界語が分か———って全然違うじゃないですか!?」

 

 

うん、適当。それっぽく真似しただけ。

 

 

「はぁ……私の名はこの世界で近い言葉で言うなら『リィラ』です」

 

 

「は? お前の『————』は日本語で近い発音ならウ———」

 

 

「ふふ、言ったら天界処刑しますよ?」

 

 

「———すいませんでした」

 

 

女の子に酷い名前は駄目だよね。反省します。

 

頭を下げて謝った俺に対してリィラは溜め息をつく。

 

だが、今度は見るだけでは飽き足らず、ペタペタと俺の顔を触り始めた。

 

 

「今度は何だ? 俺の顔はイケメンか?」

 

 

「天界ならイケメンの部類でしょうが、この世界では……ふッ(笑)」

 

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

 

鼻で笑いやがったこのクソ天使。その羽根、残らず(むし)ってくれよう!

 

泣かそうかと思っていたが、彼女の目を見てあることに気付いた。

 

 

「お前……目が見えないのか?」

 

 

「……そこに気付くとは、大樹様は医療学にも精通しているのですね」

 

 

リィラは無理に笑みを見せた。

 

天使がそんな顔をするなと言いたいが、冗談では済まされないことがあるらしい。

 

彼女は一歩距離を置くとまた後ろを向く。そして、白い衣を脱ぎ始めた。

 

 

「ちょッ!?」

 

 

浮気しちゃダメだ大樹! 目を手で隠せ! ああ! でもやっぱり指の隙間から見ちゃう! 男の子だもん!

 

 

「これが———悪魔の呪いです」

 

 

「は?」

 

 

彼女の背中を見た瞬間、背筋が凍った。

 

背中は綺麗な肌なんてものは無かった。ドス黒く染まった肌に赤色の文字が描かれていたからだ。

 

黒い肌は肉体の腐食。赤色の文字は、血だ。

 

吐き気を催す光景に絶句していると、彼女は振り向きながらまた無理な笑みを見せた。

 

 

「我らの最高位に君臨する神、オリュンポス十二神でも治せぬ呪いです。今の天界は、この呪いのせいで天使たちを苦しめています」

 

 

「ま、待て! 理解が追いつかない。天界ってそもそも———」

 

 

「順を追って話しましょう。まず天界とは私たち天使と神が存在する世界です。保持者ならば、来たことがあるはずです」

 

 

ゼウスとの初対面の時か。あの場所が天界か……!

 

全ての始まりの場所だ。俺はもう一度、あそこに行きたいと思っていた。

 

 

「神の数は信仰の数だけ、天使の数は世界の数だけ居ると言い伝えでありますが、今は違います」

 

 

「待て。信仰の数だけ神が居るって言うのは()()()()()()()()()()()()()のことでいいのか?」

 

 

つまりこの世界の神と別の世界の神は一緒じゃないのか?と聞いているのだ。この世界でのゼウスと全世界でのゼウス、どちらが正しいのか。

 

例えばα(アルファ)世界に居る神を神αとする。そしてβ(ベータ)世界に居る同名の神は神α本人なのか、全く違うβ世界だけに存在する神βなのか。どちらが正しいのか、それが聞きたいのだ。

 

 

「その答えは合っていますが、オリュンポス十二神は違います。十二神の神は、十二神だけです」

 

 

「……なるほど、他の神はたくさん居るが、十二神は違う、という解釈でいいな?」

 

 

「はい。それで話の続きですが———」

 

 

彼女の言葉は、耳を疑う程のことだった。

 

 

 

 

 

「———十二神を除いて、神はほぼ全滅しました」

 

 

 

 

 

「……………嘘だろ」

 

 

一瞬、脳がフリーズした。思考が停止したのだ。

 

意味が分からない。どういうことなのか、考えが追いつかない。

 

 

「天使も私ぐらいでしょうか? 運が良くて後数十人、残っているぐらいでしょう」

 

 

「いや待てよ。おかしいだろ……俺が戦って来たのは世界を守る為だ……その中に、神も守る為でもあったはずなんだよ!!」

 

 

積み上げて来た物が一気に破壊された。それを怒らずにいられなかった。

 

何より死んだという事実が、俺の心をかき乱していた。

 

 

「ここまで来て神は死にました!? 舐めるのもいい加減にしろよ!!」

 

 

「だから大樹様が最後の希望なのです!!」

 

 

叫びながら俺の胸ぐらを掴むリィラ。その剣幕に押されるが、リィラは気にせず続ける。

 

 

「出会っているはずです! ソロモン72(ななじゅうふた)(ばしら)の悪魔に! 彼らの親玉である『邪神』を止めない限り、神は死に、天使は生まれない!」

 

 

「邪神……!?」

 

 

「大樹様は天使より遥かに強い保持者です! 他の方々もそうなのでしょう!? 時は来たはずです!」

 

 

———嫌な予感がした。

 

体が寒さに震え出す。この寒さは、嫌な奴だ。

 

過ぎってはいけない最悪が、頭の中をグルグルと支配している。

 

 

 

 

 

「十二人の保持者たちの力を合わせて、邪神を討伐する時が!!」

 

 

 

 

 

———その言葉に、本当の絶望を味わった。

 

今まで積み上げて来た物が壊れたとかそういうモノじゃない。積み上げて来たのは、『不幸』だ。

 

 

ドサッ……

 

 

腰が砕けた。膝から崩れ落ちた俺にリィラが必死に声をかけるが、何も耳に入ってこない。

 

十二人の保持者? もう残っている保持者は俺を含めて二人だ。原田がどうかも分からないのに。

 

邪神の討伐って何だよ。保持者を救って終わりのゲームじゃないのか?

 

 

———保持者は神を殺すんじゃなかったのか?

 

 

———裏切りを止めるんじゃなかったのか?

 

 

———敵は、保持者じゃなかったのか?

 

 

その時、原田の言葉を思い出した。

 

かなり前の出来事だ。それは箱庭で火龍誕生祭で原田がゼウスの目的を話した時のことだ。

 

 

『そもそも、大樹は見つかるわけは無いんだ。ゼウスの力があれば敵の目から欺くことは簡単。なのに何で見つかったんだ……!?』

 

 

繋がるんだよ、そこに。

 

 

もし、今までの事が無駄だとしたら? 邪神を倒す目的から遠ざかる為だとしたら?

 

 

 

 

 

———本当の敵が誰なのか、裏切者が誰なのか。

 

 

 

 

 

「———ふざけるなよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ゼウスがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

耳を(つんざ)くような咆哮が、轟いた。

 

怒り以上の感情が現れていた。その顔は憎悪にも見えた。

 

握り絞めた拳から皮が剥げ落ち、血が噴き出す。食い縛った歯から嫌な音が漏れていた。

 

それが気付いてはいけない答えなのか、突然建物の壁画が同時に動き出し魔法陣を生み出した。

 

 

「何故天界魔法が!? 邪気を感じていないのに、これは!?」

 

 

先程と同じように魔法陣から鎧の騎士が現れるが、今度は上位版なのか鎧の色が黒かった。

 

騎士から溢れる力は先程の騎士より倍。白い騎士より遥かに強いことを物語っていた。

 

数は一気に膨れ上がり大樹とリィラを囲む。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

騎士たちは一気に大樹へと攻撃を仕掛ける。リィラの手から魔法陣が描かれるが、間に合いそうになかった。

 

息を荒げる程叫んだ大樹は、

 

 

 

 

 

「———それでも、俺は信じてやる……!」

 

 

 

 

 

ピタッ……

 

 

騎士たちの動きが静止した。

 

大樹は自分の体の寸前で止まった騎士のランスに触れながら続ける。

 

 

「まだ決まったわけじゃない……可能性だ。ここは我慢する……だからお前らも、止まれよ」

 

 

黒い騎士たちは数秒静止した後、後ろに下がり魔法陣へと帰って行った。

 

 

「嘘……意志を持たない彼らが言うことを聞いた……!?」

 

 

リィラは驚きながらその光景を見ていた。

 

大樹は一度深呼吸をしてリィラを見る。

 

 

「少し落ち着きたい。外で絶景を眺めながらコーヒーでも飲まないか?」

 

 

大樹はリィラの背中を叩きながら外へと出て行く。リィラはポカンッと大樹を見ていたが、

 

 

「ま、待ってください! 私は呪いがあるせいで聖なる加護を受け続けないと死んで———!」

 

 

「ふーん」

 

 

「———軽ッ!? って行かないでください!? 話を聞いて———えッ?」

 

 

その時、自分の体を痛みつけていた感覚が無い事に気付く。

 

リィラは正面に魔法で鏡を出現させて自分の背中を見る。

 

 

「……そんなことが……!?」

 

 

美しい肌の背中から生えた翼。その背中に呪いなんてモノがないことに気付くのだった。

 

 

________________________

 

 

 

外に出ると暗くなっていた。どうやらあの空間と外の時間は違うようで、携帯端末を開くと時間の進みが早いことが分かった。

 

猛ダッシュでヤギが俺に突撃したのはビックリした。「お前今までどこに行ってたバカヤロー!」って感じで腹に突進された。痛いよ馬鹿野郎。

 

焚火を【神刀姫】で起こし、冷めたお湯を温める。熱くなったらコーヒーを二人分作り、隣に座ったリィラに渡す。

 

 

「ホラよ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

ヤギを抱きかかえたままリィラはコーヒーを受け取る。その時大樹は彼女が白い衣一枚で外に出ていることに気付いた。

 

 

「さすがに寒いだろ? 毛布あるから体を覆っとけ」

 

 

「私は天使の力で大丈夫ですけど……いえ、貰います」

 

 

ヤギと一緒に、リィラは毛布で身を包む。

 

毛布を受け取ったことを確認した後、空を見上げた。

 

星空が広がっていた。日本じゃ見られない綺麗な星空が。

 

 

「スー、ハー、スー、ハー」

 

 

怒りに満ちていた心が落ち着く。何も考えられなかった頭が回るようになる。

 

 

「メェ……」

 

 

「スー、ハー、スー、ハー」

 

 

「リィラ、コーヒーのおかわりはいるか?」

 

 

「スーハー」

 

 

「さてはお前変態だな?」

 

 

この野郎。一心不乱に人の毛布を嗅ぎやがって。お前のその緩んだ顔、酷いぞ。

 

毛布を嗅いだリィラはキリッと表情を引き締めると、

 

 

「大樹様は隠れモテ体質ですね」

 

 

「嗅いで分かるとか犬かお前。隠れモテ体質って新しいなおい」

 

 

「オリュンポス十二神様方でも治せない呪いを一瞬で治したのですよ! そして最高位の保持者で顔はワイルドなイケメンと来ました! これで惚れない天使はどこにいるんですか!」

 

 

「解説やめろ!? 俺には愛する嫁がいるんだぁ!!」

 

 

体が(かゆ)くなるようなリィラの説明に大樹は(もだ)え苦しむ。

 

これ天使なの? 本当に天使なの? 天使に擬態(ぎたい)した変態じゃないの!?

 

大樹の『愛する嫁』という言葉にリィラは驚愕。背景に稲妻が見えるくらい衝撃を受けていた。

 

 

「天界では一夫多妻が多いですよ」

 

 

「クソどうでもいい情報ありがとう」

 

 

神と俺を同類にするのは(しゃく)(さわ)る。俺は神と違う! 言うなれば神とは別の存在だ。よって今日から大樹神と呼んで貰おうか! そうだな……純愛の神、大樹神がいいな。フッ、神社で奉られたい名前だろ?

 

……おふざけはこの辺でいいかな?

 

 

「リィラ。俺がこれまで通った道を話す。気を動転させないでくれ」

 

 

「……分かりました」

 

 

毛布をグッと強く握り絞めながら真剣な表情に切り替わる。俺は今までのことを話した。

 

時間にして二時間。細かく説明しているうちに、みるみるとリィラの表情が悪くなっていた。

 

途中、コーヒーのおかわりなどを挟んで休憩させたが、混乱はしていた。

 

 

「———以上のことを考えれば、本当の敵がゼウスの可能性がある。そういうことだ」

 

 

「ありえません……それは、絶対にッ……!」

 

 

「まだ決まったわけじゃない! 落ち着け、俺の勝手な妄想だ……」

 

 

呼吸を乱れさせてまでパニックにならないように頑張っているリィラに俺は両肩に触れる。震えている体を何とか落ち着かせようとしていた。

 

 

「も、申し訳ないです大樹様。体の震えが……」

 

 

「悪いな。そうなっても仕方が———」

 

 

「スー、ハー、スー、ハー……落ち着きました」

 

 

「何で毛布嗅いだ? 何でキリッとした顔になる? お前実は結構余裕があるだろ?」

 

 

完全に終わってる。この天使駄目だ。堕天使してるよ。いや駄天使だ。悔い改めろ。

 

 

「話を戻すぞ。俺の推測が正しいとは絶対に限らない。だから、お前の知識を全部教えろ」

 

 

「知識、だけではないですよね?」

 

 

「……一つ、知りたいことがある」

 

 

大樹は口にする。

 

強くなるために。守るために。

 

 

「———【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】」

 

 

「なッ!?」

 

 

「せっかくここまで———」

 

 

言葉を続けようとした時、あることを思い出した。

 

 

「ああ———ここまで来た……」

 

 

何を勘違いしている大樹。

 

お前は———自分という存在を否定する人間じゃないだろ。

 

 

「そうだ……ああそうだ!! 俺はここまで来たッ!!」

 

 

積み上げた物が崩れた? 今までの事が水の泡になった?

 

ふざけるなよクソッタレが! 俺の人生や思いに無駄なことは一切無い!

 

大切な人たちの人生にも、思いにも、無駄なことはどこにも無い!

 

 

「神が裏切った? 邪神を倒す? んなこと最初からどうでもいいんだよ!」

 

 

俺は俺だ! 道具でも操り人形でも都合の良い生贄でもない!

 

神が俺たちの存在を否定するなら、俺はお前らを何百倍も否定してやる!

 

邪神が世界を喰うってんなら、俺が何千倍もブチのめしてやる!

 

 

「———俺たちの通った(生涯)を、神と邪神(お前ら)なんぞに否定させるかッ!!」

 

 

大樹の胸から神々しい光が放たれる。

 

彼の瞳に一切の迷いは見られない。全てを救う。その(こころざし)が知らないリィラでも分かった。

 

投げられたのは神の仕組んだ悪戯の(さい)なのか? 邪神の仕組んだ悪質の賽なのか?

 

どちらの目が良く出ても、大樹は止まらない。

 

 

「俺の大切な人たちを傷つける奴らは、俺がぶっ飛ばす!!」

 

 

正義の反逆者は———そんな二つの賽を踏み潰す。

 

 

「……人の身では耐えることは難しいですよ? 保持者でも最悪———死にます」

 

 

「これまで俺が何度死にかけて何度死んだか、聞かせてやろうか?」

 

 

大樹たちは立ち上がり、再び神殿の方へと歩き出す。

 

 

「メェ」

 

 

「お前も来るのかよ……」

 

 

背負ったリュックにヤギを入れて歩き出した。

 

 

________________________

 

 

 

 

「———ただいまああああああああああァァァ!! マイハニィィィイイイイイ!!」

 

 

「「「「「おかえりなさいッ!!」」」」」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「げぼらぼあッ!?」

 

 

涙を流しながら女の子にハグをしようとしていた大樹に、強烈な蹴りが全身に叩きこまれた。

 

 

「痛い! 何で蹴ったの!?」

 

 

「何で……ですって!?」

 

 

美琴は大樹の胸ぐらを掴み、怒鳴った。

 

 

「———二週間も帰って来なかったら怒るに決まっているでしょうがぁ!?」

 

 

「すいませんでしたぁごぶはッ!!!」

 

 

美琴に良い拳を貰って再びノックアウト。大樹は負けていた。

 

アリアにも、優子にも、黒ウサギにも、真由美にも、ティナにも、折紙にも、怒られた。正座をして耳と足が限界になるまで怒られた。

 

 

「どうして置いて行ったの? 大樹君、普段なら———」

 

 

「危険だから。登山したし、空飛んだし、俺テロリストだし、一人も省きたくないし、集中していたかったし、それから———」

 

 

「凄い言い訳の量ね……」

 

 

真由美は魔法を発動しながら呆れていた。凍えるぅ!!

 

怒るのも当然。連絡を取らずにずっと修行をしていたからな。お土産もセンスが無いと怒られた。

 

 

「大樹。これは?」

 

 

アリアは銃を俺の眉間に突きつけながら問う。

 

 

「お、お土産です」

 

 

「このチョコが?」

 

 

「はい……」

 

 

「これはOKよ。でも次からが問題よ」

 

 

アリアは次のお土産を見る。

 

 

「これは?」

 

 

「……………ヤギだ」

 

 

「おかしいでしょ!?」

 

 

ですよねー。

 

連れて来たのは例のヤギさん。お土産にしたつもりはないけどね。

 

 

「しかも翼が生えているんだけど!? ヤギなのこれ!? 本当にヤギなの!?」

 

 

「メェ」

 

 

ライオンと同じくらい立派な毛並みになっており、勇ましさを感じるようなヤギに変わっていた。

 

 

「ヤギ……だった」

 

 

「過去形!?」

 

 

修行をしていたら偶然俺の【神格化・全知全能】を浴びてしまって———神に近い存在のヤギとなった。

 

それだけ俺の力が規格外になった証拠なんだこのヤギは。あの可愛いヤギはもういない。

 

 

「もういいわ。最後のお土産よ。こ・れ・は?」

 

 

一番怒っていた。そうですよねぇ……うん、分かってた。俺も、これは駄目だと思っていたから。

 

 

「何って———天使だよ」

 

 

「リィラです♪」

 

 

「「「「「もう意味が分からない!!」」」」

 

 

俺も分からないよ! お土産が天使!? 聞いたことねぇよ! だからコイツもお土産にしたつもりはない!

 

でも聞いてくれ! 仕方ないんだよ!

 

 

「話を最後まで聞いてくれ! そしたら分かり合える! 愛し合えるはず!」

 

 

「浮気の言い分なんて聞きたくないわ!」

 

 

「優子さん!? お願い聞いて! 浮気じゃないから!」

 

 

優子に泣きつく大樹の姿はもはや情けなかった。

 

そんな大樹の肩に手を置いた黒ウサギと真由美は笑顔で告げる。

 

 

「「頑張れパパ!」」

 

 

「その呼び方は嬉しいけど不吉な予感だぞ!?」

 

 

呼び方に愕然としていると、ティナと折紙が笑顔で告げる。

 

 

「「頑張れあなた!」」

 

 

「その呼び方は超嬉しいけどティナは年齢アウト! 折紙は手に持った『よく分からない何か』を置け!」

 

 

———だがしかし、俺は正座しながらまた説教された。

 

———その説教が終わった後、話を聞いてくれるようになった。

 

 

「———つまり外国で二週間も修行をね……」

 

 

「……………うん、まぁ、ソウダネ」

 

 

「それだけじゃないわよね?」

 

 

美琴さん鋭い。俺の完璧なポーカーフェイスから気付くなんて素敵。

 

ここで誤魔化しても俺の体の傷が増えるだけなので観念する。

 

 

「修行の時間、なのですが……」

 

 

女の子たちは気付いていた。

 

大樹の髪が結構伸び、大人びていることに。二週間で変われるような姿じゃない。

 

大樹の代わりにリィラが説明する。

 

 

「実は神殿内での時間はある程度、自由に操れるのです」

 

 

「そういうことですか。箱庭にも似たような現象を聞いたことがあるので納得できます」

 

 

黒ウサギがうんうんと頷きながら納得していた。

 

 

「それで、二週間はどのくらいの時間を過ごしたのですか?」

 

 

「「……………メェ?」」

 

 

突如二人は馬鹿になった。ティナの質問を誤魔化すように首を横に傾げた。

 

もちろん、それを許す人はここに居ません。

 

 

カチャッ

 

 

「言った方が身の為」

 

 

「言う! 言うから! 言うから武器を下げてぇ!!」

 

 

折紙の低い声に大樹は号泣。脅しに関してはアリアと同じくらい強かった。

 

 

「———半年だ」

 

 

大樹が告げた言葉に女の子たちは驚愕する。女の子たちは二週間という時間、大樹に会えなかった。しかし、大樹は半年という時間、女の子たちと会えなかったということだ。

 

帰って来た時に泣きながら抱き付こうとした理由に合点した。しかし、それだけ修行に時間を使うことが解せなかった。

 

 

「どうして?」

 

 

「もう二度と後悔しない為に。そして、絶対に俺の大切な人たちを奪わせない為に」

 

 

真剣な表情で答える大樹。尋ねた優子は唇を少し噛んだ後、

 

 

「そう……なら、仕方ないわね。……いいわよ」

 

 

「へ?」

 

 

優子は頬を赤くして両手を広げた。

 

 

「頑張った、のよね?」

 

 

「優子おおおおおォォォ!!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

当然大樹は優子をギュッと抱き締めた。頭を何度も撫でながら優しく、そして強く抱いた。

 

この後、俺は死んでも後悔はしない。そんな覚悟で優子を抱き締めたのだが、

 

 

「それなら私も抱いて構わない」

 

 

「折紙いいいいいィィィ!!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

「ちょっと大樹君!?」

 

 

優子の次に折紙を抱き締めてやった。頭を撫でると何故かお尻を触られているような気がするが、気にしない。

 

この後、無残な死を遂げても俺は後悔しない。そんな覚悟で折紙を抱き締めたが、

 

 

「それなら黒ウサギだって問題ないですよ!」

 

 

「私も大丈夫です!」

 

 

「黒ウサギ!! ティナ!!」

 

 

二人一緒に抱き締めてやった。もはやハグテロリスト。無差別ではないが、嫁を抱き締め回っていた。

 

 

「美琴! アリア!」

 

 

「まだ言ってないわよ!?」

 

 

「ちょっと!? やめなさい!?」

 

 

問答無用で美琴とアリアは抱き締めた。自分から言いそうにないので俺から出向いた。

 

 

「だ、大樹君? 私も居るのよ?」

 

 

「一周回って優子おおおおおォォォ!」

 

 

「「何でよ!?」」

 

 

「嘘だよ真由美! 愛しているぜえええええェェェ!!」

 

 

「もうッ! 大樹君ったら!」

 

 

最後に悪戯して真由美を抱き締めてやった。バカップルと言われても、俺は褒め言葉としか思えないから。

 

一瞬でイチャイチャワールドが展開されたことにリィラは驚いていたが、

 

 

「流石大樹様! 女の子を手懐(てなず)けるのがお上手ですね!」

 

 

「あははは、おい皆。あのクソ天使、縛ろうぜ」

 

 

「え? じょ、冗談ですよね? まさか———あッ」

 

 

「メ、メェ……!?」

 

 

天使の(いじ)め方は簡単。体をロープで縛って吊るす。そして頭上に浮いている天使の輪を奪う。

 

 

「だ、大樹様!? 慈悲を! 慈悲を!」

 

 

「さぁて、俺の一発芸を披露(ひろう)するぜ。この天使の輪、目隠しで投げると必ず誰かの腕に入れることができますよ~」

 

 

「大樹様あああああァァァ!?」

 

 

———天使は自分の輪をこうやって馬鹿にされることが一番嫌らしい。輪を奪われるくらいなら裸で踊る方がマシだと本人は言う。

 

まぁコイツの裸踊りとか興味無いし。嫁に殺されるし、良い事ないから。

 

 

「天使の輪で、キャッチボール……じゃないね。キャッチリングしようぜ!!」

 

 

「ごめんなさああああァァい!!!」

 

 

________________________

 

 

 

天使を虐めるという神々の遊びをした後、俺は修行で更に強くなったことを話した。「もう十分強いでしょ……」と呆れられていたが、俺は妥協しない。一切な!

 

 

「この天使を連れて来た理由は———大樹の使役する力の一部になったから、ということでいいのね?」

 

 

「YES! 大樹、嘘言わない!」

 

 

「浮気じゃないのね?」

 

 

「優子。俺はそんなことをしないぜ」

 

 

「自分の状況を本当によく分かっているのかしら……」

 

 

頭に手を当てながら優子は溜め息をつく。うん、ごめん。嫁が多くてごめんなさい。

 

優子が納得した後、ヤギを撫でていたティナが尋ねる。

 

 

「このヤギもですか?」

 

 

「いや、それは別にいらん」

 

 

「メェ!?」

 

 

ペット感覚で育てていたからなぁ。あと毛布代わり。

 

捨てられるかと思ったのか、ヤギはスリスリと俺の顔を頬擦りする。うーん、可愛いけどなぁ。

 

 

「【神獣(しんじゅう)】として飼われてはどうですか大樹様?」

 

 

「【神獣】か……いや、俺は無理だな」

 

 

リィラの提案に大樹は首を横に振った。女の子たちは【神獣】が何かと聞こうとするが、それを察したリィラが説明する。

 

 

「神が飼うペットの様なモノですね。ほとんどの神には優秀な【神獣】がいます。伝承では、ゼウスは山羊(ヤギ)の『アマルテイア』に育てられたと伝えられています。それに見習ってはいかがでしょうか?」

 

 

「俺の【神獣】はもう居る………………ジャコが」

 

 

少し照れながら理由を言う大樹を見た女の子たちはニヤニヤと笑みを見せていた。

 

 

「デレた」

 

 

「デレたわね」

 

 

「ええ、デレたわ」

 

 

「YES、デレました」

 

 

「デレたのね!」

 

 

「デレましたね」

 

 

「ビデオは撮った」

 

 

「やめろぉ!!!」

 

 

何度も言われた。ツンツンと俺の顔を指で突かないでぇ! ビデオの確認をしないでぇ!

 

それより今はヤギだろ!? コイツの処遇だ!

 

 

「名前はあるのですか?」

 

 

「ギリ太郎」

 

 

「「「「「え゛ッ」」」」」

 

 

「だ、大樹さん……それはあんまりでは……」

 

 

全員に戦慄されて引かれた。黒ウサギが俺の肩を叩きながら首を横に振る。馬鹿な。

 

 

「良いじゃんギリ太郎。可愛いだろ、ギリ太郎。どこが悪いんだギリ太郎」

 

 

「大樹。あんたのネーミングは最悪よ。覚えておきなさい」

 

 

美琴に叱られた。そんなに駄目なのか。

 

 

「ギリ太郎は神器としての器もあります。大変優秀ですのでジャコ様と一緒に【神獣】にされては?」

 

 

「経験が浅過ぎる。俺の無茶苦茶な力について来れるのはジャコだけだ。ギリ太郎じゃ無理がある」

 

 

「アンタたち……本気でギリ太郎にするつもりね……」

 

 

美琴はギリ太郎を可哀想な目で見て撫でていた。これじゃまるで俺が悪魔の様だ。

 

 

「では【守護獣(しゅごじゅう)】に?」

 

 

「ああ」

 

 

「【守護獣】? 【神獣】とはどう違うのかしら?」

 

 

アリアの問いにリィラは説明する。

 

 

「【神獣】が神の右腕とするなら、【守護獣】は神の大切なモノを守る役割があります。人も物も、そして領域も。【守護獣】はその命を懸けて守り通します」

 

 

「最初からその為に連れて来た。優子を守る為にな」

 

 

「あ、アタシ?」

 

 

「優子が弱いって言うわけじゃないからな? 適性可能性が一番高いからなんだ」

 

 

「適正って……もしかして」

 

 

優子は首から下げたペンダントを見る。神から貰った物だった。

 

それを見たリィラの表情が真っ青になった。

 

 

「そ、それは【森羅万象(しんらばんしょう)(かぎ)】!? 何故あなたがそれを!?」

 

 

「鍵だと?」

 

 

優子を守る為のアイテムじゃないのか? リィラの驚きを見れば嘘じゃないようだが……何の鍵だ?

 

 

「リィラ。これを知っているのか?」

 

 

「……上位階級の天使でも、特位階級の天使でも知らないでしょう。ですが、私は知っています」

 

 

「確かお前は下位だったよな?」

 

 

「私は呪いを受けた生き残りですよ?」

 

 

なるほどな。知っているのは生き残りだけというわけか。

 

 

「【森羅万象の鍵】とは、世界と天界を繋ぐ為に必要な鍵のことです」

 

 

「何だとッ!?」

 

 

目指している場所に行く為に必要な鍵と言われて驚かないわけがない。

 

 

「鍵は十二個。十二神がそれぞれ一つ、管理しているはずです。保持者を世界に飛ばすのに必要な道具でもあります」

 

 

「……それ以外の方法は?」

 

 

「私が知る限り、天界と世界を行き来する方法はその鍵だけです」

 

 

何て物を優子に渡しているんだ神は! 正気とは思えないぞ!?

 

もし敵が【森羅万象の鍵】の存在を知れば最悪だったぞ。神も守る結界なんざ必要無くなる。俺を倒す必要も。

 

 

「ならもう一つ質問だ。世界と世界を渡る為にも、それは必要か?」

 

 

「それは違います。【森羅万象の鍵】は天界だけです。世界と世界の行き来は様々な方法があったはずです」

 

 

美琴たちを世界に飛ばしたリュナの黒い矢。原田の描く魔法陣。俺の創造する神の力で世界を行き来する。ガルペスもどうにかして移動できたはずだ。リィラの言うことは正しいだろう。

 

しかし、どうしても解せないことがある。何故優子にそれを渡した?

 

無謀としか言えない行為だ。俺たちを天界に招きたいならそんな渡し方はしないはず。

 

敵の手に落ちたらどうなって———まさか落としたかった?

 

……考えてはいけないことをまた考えてしまう。

 

 

「……………」

 

 

考えても答えは出て来ない。

 

必ず理由はあるはずなのに。無意味なことは絶対に無いのに。

 

最近、難しい事ばかり考えさせられる。完全記憶能力で覚える勉強より何倍も苦痛だ。

 

 

「……とりあえず優子様はギリ太郎に名を授けてください。まぁ名はギリ太郎ですが」

 

 

「名? 名前をあげればいいの?」

 

 

「はい、ペンダントを握り絞めながらギリ太郎と呼んでください。それだけで成功か失敗します」

 

 

リィラの肯定に優子は表情を引き締めて、名前を叫んだ。

 

 

「『白雪(しらゆき)』!!」

 

 

「「ギリ太郎じゃない!?」」

 

 

大樹とリィラがショックを受けていた。女の子たちは当然と言わんばかりの目をしていた。

 

 

シャンッ!!

 

 

優子の掛け声と共にギリ太郎———もとい白雪の体が白く光る。

 

白雪の内側から力が溢れ出す。いや、増幅していた。

 

 

「メェ!!!」

 

 

カァッ!!

 

 

ヤギの体から溢れる光はさらに強まる。腕で覆わないと目が見えなくなってしまうかもしれないくらい強い光だった。

 

 

「……え? このヤギ、ビビるくらい力が膨れ上がっているのは気のせいか?」

 

 

「わ、私が知る限り特位級の天使を越えています……これって神級……」

 

 

大樹とリィラの顔が真っ青になっていた。女の子たちも驚愕している。

 

二本の角が渦の様に捻じれて黄金色に輝く。毛並みは神々しさを感じる白色。

 

下手をすれば今のジャコと互角の力を感じ取ることができた。

 

 

「ゆ、優子? いつから人間をやめ———」

 

 

「やめてないわよ!? むしろアタシ以外がやめているでしょ!?」

 

 

「「「「「異議あり!」」」」」

 

 

優子も中々やめていると俺は個人的に思う。普通の人間は、ヤギをこんなに強化できません。

 

 

「メェ……!」

 

 

ゴゴゴゴゴッ……!という文字がヤギの背後に見えてしまうくらい強くなっていた。怖いよお前。お父さんは認めませんからね!

 

そんなヤギに少し怯えてしまう優子だが、

 

 

「し、白雪? よろしくね?」

 

 

「メェ!」

 

 

頭を撫でると白雪は気持ちが良さそうな表情になった。それが優子の心に響いたのか、わしゃわしゃと白雪を撫で始めた。羨ましいなギリ太郎め。

 

 

「大樹も撫でられてたい?」

 

 

「折紙。俺はそんなこと考えていないぞ」

 

 

「大樹さん。膝を曲げているせいで説得力が皆無ですよ」

 

 

折紙の言葉に大樹は首を横に振るが、ティナの指摘で台無しになった。待って、同情で頭を撫でるのやめて折紙。ティナもやめてぇ!

 

———その後、全員に撫でられたことは言うまでもない。

 

 

________________________

 

 

 

リィラは大樹のギフトカード、白雪はペンダントのクリスタルから出し入れ可能というビックリ仰天の話があったが、特に中身がそれだけなのでカット!

 

で、半年の修行———もとい二週間の間、士道はちゃんと対処できたのか気になった。あの球体は消えたかな?

 

しかし女の子たちに聞くと、目を逸らされながら微妙な顔をするので何か起きたことを確信できた。ウチの嫁も嘘が下手だな。

 

【フラクシナス】の艦橋へ向かうと、モニターには士道が十香とデートしている場面が映し出されていた。

 

しかし、十香は元気そうだが士道が疲れ切った顔をしているのは気のせいか? うん、絶対体調悪いな。笑顔がちょっと引き攣ってる。

 

 

「あら? 帰って来たのね」

 

 

「まぁね。お土産は後で皆で食べてくれ」

 

 

「毒ね」

 

 

「おっと信頼度0なのかな? ん?」

 

 

琴里ちゃんの切れ味は相変わらず凄い。半年でも変わら———二週間だった。俺だよ半年は。

 

 

「それで、まだ士道のデートは終わっていなかったのかよ」

 

 

「十香で最後よ。二週目は、ね」

 

 

「は? 二週目?」

 

 

「士道は全員と一人ずつデートをしたわ。全員でデートもやったわ」

 

 

おいおい、まさか……!

 

 

「球体は、それでも消えなかったわ」

 

 

「あちゃー……」

 

 

デートで全てが解決する話じゃなかったけ?

 

 

「士道には続けてもう一度一人ずつデートをさせているわ。それで今日、十香が二回目のデートで最後だから二週目が終わるのよ」

 

 

疲れている原因が判明した。

 

でも士道、毎日デートとは羨ましいな。俺もデートしたい。キャッキャッうふふなイチャイチャデートしたい。

 

だって半年だよ? ハグじゃ足りないよ? ラッキースケベ20回分は欲しいよ。むしろ毎秒ラッキースケベが起きて欲しい。一秒に一回、どこでもドアでし〇かちゃんのお風呂に突撃するくらいのペースで。キャー! の〇太さんのドスケベ魔王!

 

 

「それで、球体は?」

 

 

「安心しなさい。消えていないわ」

 

 

「お前お兄ちゃんとデートしたいだけだろ」

 

 

何を安心すればいいんだ。あの疲れた士道を見ろよ。三週目は死ぬぞ。

 

 

「大丈夫よ。明日は全員でデートするから」

 

 

じゃあ明日死ぬよアイツ。

 

 

「俺も調べていいか? デートで死ぬ人とか可哀想だから」

 

 

「その必要は無いぜ」

 

 

クルーと一緒に俺が調べようとするが、一人の男に止められる。

 

 

「お前……………えっと、ここまで来てるけど名前が……!」

 

 

「忘れているのか!? 嘘つけ!?」

 

 

原田がツッコミを入れる。まぁ絶対記憶能力があるからな。

 

クルーの制服を着た原田だった。馴染んでいるな。

 

 

「実はデートした精霊の霊波が消えないは、他の霊波のせいだ」

 

 

「他の霊波? 一体誰の……………もしかして」

 

 

大樹は気付く。二週目に突入してもダメだった。他にデートしていない精霊と言えば———!

 

 

「七罪か!!」

 

 

「そこは折紙だろ!?」

 

 

半年ぶりに良いツッコミを貰った。さすがだぜ。

 

で、当然原田の言葉に折紙が食い付く。

 

 

「詳しく」

 

 

「お、おう……あの霊波にはお前のもあったから———」

 

 

「大樹とデート?」

 

 

「まぁ……そうなる」

 

 

「よっしゃあああああああああァァァ!!!」

 

 

大樹の叫びが部屋に響き渡った。ガッツポーズで喜んでいた。

 

アホみたいに喜ぶ大樹を見た折紙も、隣で無表情でガッツポーズをしている。

 

 

「だけど……問題はそれだけじゃないんだ……」

 

 

その言葉は大体来ると思っていたよ大樹さんは。大抵良い事には悪い事がついてくるの。知ってる。

 

 

「折紙の霊波……七罪の霊波……それから———狂三と美九の霊波も発見した」

 

 

「進化した俺の神の力、見せてやるよ。ちょっと消してくる」

 

 

「無暗に手を出すなって言ったのお前だろ!? 本当にできる可能性があるからやめろ!!」

 

 

「リィラ!! 俺たちの力を試す、良い実験台があるぜ!」

 

 

「大樹様、天使の力は私欲で使うのは……」

 

 

「て、天使!? どういうことだ大樹!?」

 

 

原田に説明するの忘れていた。カクカクシカジカ。

 

 

「———というわけ。お前も一応天使だろ? 自称&詐欺天使」

 

 

「ぐぅ……あの、そこは……頼む」

 

 

「ガチ土下座されると俺が困るんだけど!? 軽いノリで返して!?」

 

 

「大樹様、こんな汚い天使、私は知りません」

 

 

「もうやめて!? 原田のライフはゼロだから! 大丈夫だよ原田!? 俺は何があっても味方でいるから!?」

 

 

———原田が立ち直るまで時間が少しかかった。

 

 

「いらねぇ……後者マジいらねぇ……」

 

 

「そんなこと言わないでくれ。お前がデートしなきゃ———」

 

 

「俺が何とかするから、ね?」

 

 

「ね? じゃねぇよ。頼むから暴れるな」

 

 

くッ、本当にアイツらとデートするのかよ。

 

女の子たちの様子をチラッと見ると、よし怒っている。一瞬で分かった。

 

覚悟を決めた俺は両手を上げて降参のポーズを取ろうとするが、

 

 

「問題無い」

 

 

折紙が俺の手を握った。

 

 

「異端者には最初にデートをさせて良い」

 

 

い、異端者って……うん……そうだね。うんうん、それもまたア〇カツだね。

 

 

「———その後、私たち全員でデートをすればいい」

 

 

神の提案か、そう思った。

 

一度に全員とデート!? 何て素晴らしい言葉なのでしょうか!?

 

 

「私たちのデートが、負けるわけがない」

 

 

「……はぁ、別にいいわよ。仕方ないことでしょ」

 

 

折紙の言葉に折れた美琴が溜め息をつきながら言う。おお! 分かってくれるのか!

 

そうと決まればデートプランを立てなければ! 究極で完璧で至高のデートを!

 

 

「しかし、条件がある」

 

 

折紙の一言に、全員の動きが止まった。

 

今まで無理難題を吹っかけて来た前科持ちの彼女。思わず身構えてしまう。

 

 

「デート内容は私が決める」

 

 

それは際疾(きわど)い。

 

信じて大丈夫? 悪い方向に進まない? ダメだ、フラグしか立たない。

 

 

「折紙、それは安全か?」

 

 

「………………問題無い」

 

 

「今の間は何!? ねぇ今何考えたの!?」

 

 

俺と目を合わせてくれない折紙。どうやら平和に終われないらしい。

 

美琴たちも助けてくれない。ドンマイっと言いたげな表情をするだけ。

 

クルーたちも自分の作業に戻らなきゃとか言いながら俺を助けない。

 

 

「大樹。頑張れよ」

 

 

この時、原田の励ましは心に痛かった。

 

 

 





残酷極まりないバレンタインで被害があった方々。

今年も言いましょう。さぁ皆で感謝の言葉を送りましょう。


———ありがとう、母。

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