どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

140 / 177
最近よく使う言葉、ベスト3。

1位 ばっくれつ、ばっくれつ、らんらんら~ん♪(このすば二期)

2位 chu chu yaeh! please me!(小林さんちのメイドラゴン)

3位 悔い改めろ(ガヴリールドロップアウト)


愛の宴 ダークデートプレッシャー

———会場には大音量で演奏が響き渡っていた。

 

会場の中心でたくさんの精霊たちに囲まれた状況で大樹が取る行動はただ一つ。

 

 

『撤退よ!』

 

 

最初の作戦を立案した時から決めていた。状況の悪化は様々な予期せぬ問題が起きてしまう。

 

ただでさえ厄介な状況なのに対して無理をするのは悪手だ。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】!」

 

 

琴里の言葉が聞こえた瞬間、大樹は即座に神の力を解放。自分の背から一瞬だけ黄金の翼が広がり、羽根を一帯に散らせた。

 

だがいつもより翼は小さく、散らせた羽根の数が断然少なかった。

 

 

(くそッ、ガルペスとの戦いで消耗し過ぎている……!)

 

 

力の調子は最悪。本来の力が十分に発揮できていない。体の調子は良くても力が無力なら、この状況の打開の手として意味を成さない。

 

大樹の翼に精霊たちは本能的な危険を感じたのか距離を取り避けていた。しかし、幸運にも一人だけ捕まえることができた。

 

 

「……ん? 何この展開? 少年2! この状況を三行で報告しなさい!」

 

 

「ハイッ!

師匠たちは精霊に操られていました!

助けに来ましたが普通に失敗しました!

力がほとんど無くて大ピンチなので助けてください!」

 

 

何でもしますからぁ!とまでは言わない。言ったら後が怖い。

 

 

「いいねぇ! 分かりやすいよ! 少し時間がかかるけど?」

 

 

「十分!」

 

 

二亜の救出に成功。言い方は悪いが、彼女の機動力は他の精霊と違って遅かったのが功を成した。

 

神の力を浴びた二亜はハッと我に返り、すぐに俺から状況を理解しようとする。その冷静さに俺はあなたに脱帽です。

 

しかし、当然美九はそれを良しと思わない。

 

 

「ねぇ、だーりん? 浮気はだめって言ってるじゃないですかぁ……?」

 

 

「おぉふ……本物だよ少年2……アレはヤンデレだよ……」

 

 

ホント助けてください。このままだと監禁される勢い。縛られ愛と言う名の拷問をされるに違いない。

 

二亜の元に跳び後ろに守るように隠す。本当は自分が隠れたいけどね。

 

大樹の後ろに隠れた二亜は即座に精霊の力を解放して聖典を思わせる巨大な本を取り出した。精霊の力で何かをするつもりだ。

 

俺は右手に握り絞めたギフトカードを発動する。そこからジャコが飛び出し姿を見せた。

 

 

「じゃ、ジャコ! ヘルプミー!」

 

 

『やはりこうなるか!』

 

 

大樹の掛け声と共に吠えるジャコ。体が黒から白へと変わった。

 

咆哮と共に周囲に光の矢が展開して放たれる。

 

 

『【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】!』

 

 

ガチンッ!!

 

 

高速で光の矢が飛び回り大樹と二亜を包み込むように正方形の結界を作り上げた。

 

この不測の事態の為に、ジャコには力をいつでも解放できるように準備させていたのだ。今の俺は体力がゴリゴリ減っている状態だから弱い。キノコを食べていないチビマ〇オ並みに弱い。

 

 

「ああん、だーりんのいけずぅ。そんな空間で二人きりなんて……今で出て来れば許しますよぉ?」

 

 

「しゅみましぇん! しゅぐに出ましゅ!!」

 

 

「ちょッ!? 少年2!? 出ようとしちゃ駄目だよ!?」

 

 

「ハッ!? あ、危ない所だった……嫁たちの言葉を聞き過ぎたせいで、こういう事は聞かなきゃって体が勝手に……」

 

 

「よし、お姉さんが後で少年2に優しくするように言うから頑張って!」

 

 

師匠に本気で心配された。大丈夫ですよ、あなたの描いた絵が見れればこの程度、乗り越えて見せます。

 

 

「わぁー、楽しそうでいいですねぇ。美九も混ぜて欲しいので開けますよぉ?」

 

 

美九は鍵盤に手を添えて演奏し始める。すると他の精霊たちが一斉に攻撃を仕掛けて来た。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

強い衝撃が結界を襲うが中は無事だ。チリの一つすら侵入を許していない。

 

 

「しょ、少年2!? これ大丈夫なの!?」

 

 

不安になったのか二亜が俺の肩を揺さぶりながら尋ねる。

 

 

「安心してくれ師匠! ジャコの結界は最強だ!」

 

 

『フンッ、当たり前だ』

 

 

ビシッ……

 

 

「「『……………』」」

 

 

今、聞こえてはいけないガラス音が聞こえた気がする。

 

何だろう。俺の目の前にはこう……結界にヒビのようなモノがあるんだけど見間違いだよな? 汚れだよな?

 

 

ビシビシッ……

 

 

二度どころか三度も音が聞こえた。絶望よ……来たれ(涙目)

 

ジャコの顔を見ると『馬鹿な……』みたいな顔をしていた。師匠の顔を見ると『これあかんやつ?』みたいな顔をしていたので。

 

 

「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……」

 

 

「少年2が諦めた!?」

 

 

『この馬鹿!?』

 

 

バリイィィン!!

 

 

精霊の力が強過ぎた。超火力を次々と連続で叩きこまれた結界は割れてしまう。

 

最強の結界が破られた原因は精霊の力が増加していたことだ。美九は精霊を操るだけでなく、力を増幅させる能力もあるようだ。

 

大樹は二亜とジャコの前に立ち、神の力を再び解放する。

 

 

「【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】!!」

 

 

黄金の光が大樹の体から放たれる。黄金の波紋が大樹から広がり巨大な竜巻を巻き起こした。

 

暴風の壁が精霊たちの攻撃を受け付けさせない。会場の天井を破壊し場を荒らし尽した。

 

竜巻の中心に居る大樹たちは逃げる手段を考えるが、

 

 

「はぁ……! はぁ……! すまん、ジャコ……後、任せていいか?」

 

 

酷い疲労感に体が悲鳴を上げた。既に限界が来ていた。

 

目眩と吐き気が同時に襲い掛かり視界がぼやけてしまっている。

 

 

『心得た』

 

 

体力が尽きかけようとする大樹の言葉にジャコが大きく頷く。ジャコの体が大きくなり大樹と二亜を背に乗せた。

 

ジャコは竜巻の中を駆け抜けるように上昇して逃走し始めた。その後を追うように精霊も動き出すが、

 

 

「遅くなってごめんね少年2! 【囁告篇帙(ラジエル)】!」

 

 

二亜の持つ聖典が光り輝く。本のページに書かれた文字も同じように光った。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

本が輝くと同時に精霊と美九の体が動かなくなった。

 

二亜が行ったのは『未来記載』だ。全知を知る【囁告篇帙(ラジエル)】に記述している内容は『事実』だ。なら、【囁告篇帙(ラジエル)】に書き込んだことは全て『事実』とすることもできるのだ。

 

二亜は『未来記載』で美九たちの行動を制限したのだ。時間がかかるのは、未来に記載した時間になるまで発動しないからだ。

 

 

「———ッ!?」

 

 

大樹の目が見開かれる。

 

二亜は本に書き逃してしまったことがある。一人の存在を、書き漏らしてしまった。

 

彼女が知らないのは当然だ。大樹もジャコも、予想できていなかったのだから。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹の腹部に、()()の拳が突き刺さった。

 

原田の攻撃に気付いた大樹は二亜とジャコを守るように力を振り絞り盾となった。だが痛みは鋭く突き刺さり顔を歪める。

 

大樹の体は落ちようとするが、道連れに原田の腕を掴み共に地面へと落下した。

 

 

「少年2!?」

 

 

「ぐぅ……行けぇ!! 二亜の力は琴里たちに必要だ! 頼んだぞジャコ!」

 

 

『くッ!』

 

 

二亜が大樹を呼ぶが、すぐに返事が返って来た。大樹の言葉を聞いたジャコは悔しそうな顔をしていた。

 

ジャコはそのまま空を駆け抜けて会場から逃げ出した。

 

逃げることに成功したのを見届けた後、耳に付けたインカムを指で潰し壊す。

 

……俺はこれ以上無理だな。詰みに入った。

 

 

「ったく、慎重な馬鹿がヘマするとは考えられないが……」

 

 

「音の反響ですよぉ」

 

 

腹部を抑えながら原田がどうして操られているのか思考していると、美九が答えを出した。ああ、その答えは予想はできていた。

 

 

「お前の声が、会場全体に響くようになっているのか?」

 

 

「さすがだーりんッ、苦労したんですよぉ?」

 

 

ジャコの張った結界が出ている時、美九の攻撃もあった。その時、会場に居る精霊を操れる声を出していた。

 

その操る声が会場に響き渡っていたのだ。会場は正門以外を締め切っている。裏工作していた原田が耳にするのは不思議じゃない。むしろ無防備にやられたと言ってもいいだろう。

 

気が付けばステージの上に立たされた俺は何百人のファンに囲まれていた。ペンライトが不気味に見えて仕方ない。

 

 

「ハッ、モテモテだな……だけど答えれるのは嫁だけなんだ……諦めろ」

 

 

「だーめ、ですよぉ? そうそう、すぐにだーりんに()びを売っていた女と私がお話をすれば、私とだーりんが一番だって分かってくれますからねぇ」

 

 

美九は嬉しそうに、鬼すらビビる怖い笑顔を俺に見せた。精霊たちが武器を俺に向けて原田は俺の腕を抑えた。

 

……美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。

 

 

「私のだーりんに他の女の息がかかるのは、許されないですからねぇ」

 

 

———た、助けてぇええええええ!!!

 

 

________________________

 

 

 

———大樹が捕まった。

 

アイドルに惚れられた大樹。しかもアイドルは重度のヤンデレのようだ。

 

もう監禁される未来しか見えないヤンデレアイドルに、琴里だけでなく映像を見ていたクルーも顔が真っ青だったという。

 

ジャコと二亜が【フラクシナス】に帰って来たことは大きい。特に『未来記載』を持つ二亜は十分に戦略的にも戦力的にも大きい。

 

だが、超生物大樹を失ったのは相当大きい。操られないという点はあるが心配だ、原田も敵に奪われたので最悪と言えるだろう。

 

琴里とクルーはビビっていた。美九に? この状況に? どれも違う。

 

 

「———黒ウサギがここまで怒るのは久しぶりですよ」

 

 

大樹の大切な人たち———怒気をあらわにした女の子たちにだ。

 

存外キレていらっしゃる。黒ウサギが【インドラの槍】を持ちながら見せる黒い笑みはもはや冗談では済まないレベル。

 

美琴の体からバチバチと電気が弾け飛び、アリアは二つ銃に弾を装填しながら緋色の髪を輝かせ、優子は真由美と一緒にCADのえげつない魔法を厳選、瞳を赤くしたティナは狙撃銃を強化、折紙はCR-ユニットを装備しようとしていた。

 

———戦争が起きる。天宮街が火の海になる。

 

女の子を見た二亜とジャコも止めることができず、顔が引き攣っていた。

 

 

「悔しいけど大樹君の気持ちが分かるわね。確かに嫌な気分よ」

 

 

魔法科高校に居る時、優子は大樹を置いて服部先輩と帰ったことがある。その気持ちがどれだけ辛いモノか分かった。

 

不良が女の子に絡んで取られそうになる時、大樹がキレる気持ちを理解した瞬間だった。愛が深まったと言えば聞こえは素晴らしく良いが、知ってはいけない感情でもある。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちましょ!? 二亜が士道の場所を今調べているわ! 士道があの場所に居ないのはおかしいの。だからまずは———」

 

 

「作戦を言うわ。あたしと美琴で正面突破。優子と真由美はあたしたちの傍で、ティナは遠くから援護しなさい。黒ウサギと折紙は存分に暴れて敵の陣形をかき乱して」

 

 

琴里の声を完全に無視。

 

アリアの作戦に女の子たちは頷く。準備ができた彼女たちは部屋から出ようと、

 

 

「だから待ちなさいって!? 美九の声を聞けば操られるから対策を———!」

 

 

「一発で仕留めます。長距離からなら問題はありません」

 

 

「ティナ!?」

 

 

琴里が驚愕する。一切の迷いが見られない目を見て琴里とクルーはさらに焦り出す。完全に美九を()る気だった。精霊を守るのがこの機関の目的だったはずなのに。目的が迷子。

 

 

「精霊たちに勝てる見込みは!?」

 

 

「問題無い。私も精霊の力がある。黒ウサギと協力すれば行ける」

 

 

折紙の言葉に黒ウサギが頷いた。琴里は引き下がらずに続ける。

 

 

「大樹が人質なのよ!? もし美九が最終手段に大樹を———」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

その言葉に女の子たちは動きをやっと止めた。このことを大樹に教えれば発狂して喜ぶだろう。

 

ちょうど良いタイミングで二亜は本をパタンと閉じた。士道の居場所を突き止めたようだ。

 

 

「なるほどなるほど、それは盲点だったわー。少年は会場の地下じゃない、ステージの下に閉じ込められてるみたい」

 

 

「ステージの下?」

 

 

「ほら、アイドルが下からバーンって飛び出すシーンとかよくあるでしょ? アレアレ。あの空間に居るよ、椅子に縛られて」

 

 

予想を大きく外した場所に琴里は下唇を噛む。原田の探索した場所は大きく的を外していた。大樹でもステージの下、男嫌いの美九の近くに士道を隠しているとは思っていなかっただろう。

 

 

「まずはできる限り情報を集めて確実に救出するわよ。幸い、美九が大樹に危害を加えるような真似はしないはずよ。それに二亜が居れば向うの行動を把握できる点は強みね。でも急いだ方がいいわ」

 

 

———こうして作戦会議が始まった。

 

【ラタトスク機関】は地球を救った英雄を助ける為に出し惜しみはしない。しかし、彼らはまた欠点を見逃していた。

 

二亜の精霊の力は、大樹には干渉できないということを。

 

 

________________________

 

 

 

———美九に捕まった大樹はブスッと不機嫌な顔をしていた。

 

腕を背中に回されて太陽の腕輪を装着されていた。この腕輪は原田のナイフが形を変えて作り上げた特殊なモノだ。

 

それだけじゃない。観客席に両足も装着されて、腹部にもロープが巻かれている。自由に動かせるのが指先と頭ぐらいだけだという状況だ。

 

さらに姑息なことに原田は俺の力の秘密を明かして無効化できる力のこと、それを注意して欲しいことも説明した。

 

 

「そう、じゃあもう行ってくださいね。あなたは会場の廊下まで入って来て居ていいですよ。他の男は入ることすら禁止していますが、あなただけは特別ですからねー」

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

今回、俺はアイツに対して責めようと思わない。多分だが正気に戻った後、凄い後悔すると思う。それを見るのが私の楽しみですぐへへ。そのまま七罪に怒られてしまえ馬鹿野郎。

 

原田がホールから出ようとすると、精霊たちが入れ替わりでホールに入って来る。精霊たちは全員メイド服を着替えていた。

 

 

「男は嫌いだけど女の子は好きって?」

 

 

「一番はだーりんですよぉ? 元々可愛い女の子は大歓迎ですしぃ、だーりんと可愛い女の子に囲まれて、私は天国を作れたのですね……!」

 

 

ポッと美九は頬を赤くしながら隣の席に腰を下ろして俺の肩に頭を置いた。俺は現在、嫁のお怒り(地獄行き)への片道キップを握らされている状態ですよ。その後に天国かな?

 

その後、美九は精霊たちの身の回りの仕事をさせたりマッサージをさせたりと自由自由自由。最高に女王様気分で楽しんでいた。

 

 

(神の力を回復させるのにまた結構な時間がかかるぞ。クソッ、こんなことなら最初に使わなければ良かったぜ……)

 

 

原田の襲撃は予想外過ぎたせいで一本取られた。しかし、【フラクシナス】に切り札級の精霊を送ることに成功している。美九は二亜の力を詳しくは知らなかったおかげでバレていない。勝機は大きく残されている。

 

……と、この状況の打開はいくつもあるが根本的解決には到達しないだろう。

 

 

(ここから士道にバトンを渡すのは無理だろうな)

 

 

米粒と同じ大きさのバトンを士道に向かって遠くから投げるようなモノだ。取れるわけがない。

 

神の力で作った封印ネックレスを美九に付けさせるしかないが、彼女がそれを付け続けるとは限らない。不味いな。どう足掻いても絶望とはこのことか。

 

 

「それにしても遅いですねぇ。まだですかぁ、だーりんを騙す女が見つかるのは?」

 

 

少し苛立ちを見せる美九に俺はバレないように笑みを見せる。【フラクシナス】に居るんだ。見つかるわけがない。

 

 

「むっ? それは美琴たちのことか?」

 

 

「いッ!?」

 

 

しまった!? 十香たちは知っているじゃん! ヤバい、普通にバレる!?

 

どうするどうする!? 美九が【フラクシナス】がどこにあるか知れば間違いなく精霊と原田を使って落としにかかる。それだけは阻止しなくては……!

 

 

「ハハッ、何を言っている。俺の嫁は—————狂三のことだろ?」

 

 

すまん。お前を売ったこと、後で全力で謝るから。今は嫁の為に死んでくれ。美琴たちを守るためには仕方なかった。

 

 

「そ、そうだったのか!?」

 

 

「そうだぜ? 一緒にお風呂だって入ったこともある」

 

 

十香が顔を赤くしながらビックリしていた。嘘は言っていない。

 

美九は目を細めて俺の顔を見ている。嘘かどうか確かめているのだろう。

 

 

「……十香さん、美琴という女について教えてくれますぅ? それから他に居るなら喋ってくださいねぇ?」

 

 

「もちろんいいぞ!」

 

 

はい終わった。何だこの無理クソゲー。

 

十香は美琴たちのことをほとんど話してしまった。美九は他の精霊たちにも美琴たちのことを聞き出し、【フラクシナス】の存在まで全てバレてしまった。

 

しかし、精霊たちの言葉を聞いた美九の表情に変化はあった。

 

 

「ダイキはいつも美琴たちのことを好きだ好きだと言ってぐらい大好きだぞ」

 

 

「だ、大樹さんは……美琴さんの為にずっと戦っていました……」

 

 

『士道くんと同じで大樹くんは本当に女の子を大切にしているようだったよ?』

 

 

十香と四糸乃&よしのんの言葉。

 

 

「かか、全て真実だぞ! 証拠に神社に書いてある絵馬には———」

 

 

「警告。耶倶矢、それは口にしたら怒られます」

 

 

「そ、そうだった! と、とにかく大樹がデレデレしているのは本当だし美琴たちが好きなのも事実だ」

 

 

「確信。間違っていません」

 

 

耶倶矢と夕弦の言葉。全員が俺を見てニヤニヤしながら報告していた。恥ずかしい。もういっそ殺せよ。

 

精霊たちの報告に美九は信じられないという顔をしていた。

 

唇を噛みながら首を横に振り、大樹に向かって堂々と否定した。

 

 

「全部嘘ですよ……これは間違っているはずです……」

 

 

「じゃあ精霊たちに『嘘を言うな』って命令すれば? そしたらお前の望む本当のことが返って来るぜ?」

 

 

「ッ……! か、勘違いですよきっと。その女の子に直接聞くので安心してくださいねだーりん。すぐに———」

 

 

「おー、それは楽しみだ。絶対に後悔すると思うけど。まぁ俺は告白に近い言葉を貰いそうだから嬉しいイベントだな」

 

 

バチンッ!!

 

 

———美九の平手打ちが大樹の頬に当たった。

 

全然痛くないビンタに大樹は何も反応せず、黙るだけだった。

 

その態度を見た美九は酷く驚き、目に涙を溜めて大樹の背中から抱き付いて来た。

 

 

「……叩いて泣くとか卑怯だろ」

 

 

美九の濡れた頬が自分の右頬に当たる。強く抱きしめた腕を、俺は払うことなく大人しくしていた。

 

一番戸惑っていたのは精霊たちだが、俺が首を横に振るとホールから出て行った。

 

 

 

________________________

 

 

 

———拘束されてから長い時間が経過した。

 

何を思ったのか美九は原田を呼び俺の足に付いた手錠を解いたのだ。体に巻き付いたロープも取り外し、立てるようにした。

 

原田をすぐに退室させて会場の警備を精霊にも役目を与えて強化した。

 

 

「どういうつもりだ?」

 

 

「———歌を聞いてください」

 

 

真剣な声音に大樹は少し驚いた表情を見せた。その顔を見れたおかげか美九はフッと笑みを見せた。

 

 

「だーりんの為にある歌ですよぉ? 嫌ですかぁー?」

 

 

「何でそんなことを……」

 

 

「安心してください、精霊の力は使いません、だからだーりんは聞いているだけでいいんですよぉ」

 

 

美九の言うことに大樹は察しがついてしまった。

 

開いた口をグッと噛み締め、大樹は前に歩き出す。

 

 

「当然、最前列で見させて貰うぞ」

 

 

「ッ!」

 

 

今度は美九が驚き、笑顔を見せた。

 

最前列に移動する際、落ちていたペンライトを両手で拾い上げる。よし、まだ点くな。

 

美九がステージでいろいろと用意している間に俺も用意する。体の関節を外して背中に回した腕を前へと持って来る。一応、こういう技は忍術と一緒に取得したので使える。何故今まで使わなかったのかと聞かれれば、普通に壊せるから必要ないって答えです。

 

 

『だーりん! 聞こえますかー!』

 

 

「おう! 声が枯れるまで、お前が満足するまで歌え!」

 

 

『ッ……はい!』

 

 

美九が右手を挙げると(あらかじ)め設定されていた音楽が会場に流れ出した。

 

音楽に合わせて美九は踊りながら歌う。目線はずっと俺に向けたまま笑顔だった。

 

ペンライトを両手で振りながら俺も掛け声を出す所は出した。ジャンプもした。

 

曲はライブで聞いたモノばかりだが、歌唱の本気度が全く違った。今の歌にどれだけ賭けているのかが伝わる。

 

振り付けの踊りは激しく、後の体力なんて考えていない。一曲一曲に全力をぶつけていた。

 

そして、通算15曲目に突入した時、美九は一度動きを止める。

 

 

『最後の曲です、だーりん。大事な歌ですから、ちゃんと聞いてくださいねー……』

 

 

「ああ、聞くよ」

 

 

その曲を大樹は全く知らない。ライブでも歌われなかった曲だ。

 

その曲は、美九が失声症で歌えなかった新曲だったからだ。

 

誰も知られなかった曲が、大樹だけに歌われる。

 

 

『————!』

 

 

今までの曲とは全く違う曲だった。

 

歌声はどんな曲より会場に響き渡り、大樹の心を揺さぶった。

 

曲が進む。進めば進むほど、美九の目から涙が流れ出した。

 

その光景に大樹は強く唇を噛んで堪えた。

 

 

『だーりん……ありがとう、ございまひゅ……ッ』

 

 

「ッ……それは俺のセリフだ……こんな素敵な歌をプレゼントされることなんて、二度ねぇよ」

 

 

美九はマイクを手放し大樹に向かって走り出し、ステージから飛び降りた。突然の行動にビックリした大樹は手錠を手に神の力を集中させて解除した。

 

疲れた体を無理に動かし、落ちて来た美九の体を抱いてキャッチした。

 

抱かれた美九はそのまま首に手を回し大樹の胸に顔を埋めて静かに泣き出した。

 

 

彼女の思いが届かない現実に、彼女が選ばれない現実に———知った現実に涙を流すのだ。

 

 

________________________

 

 

 

美九が落ち着くまで時間が少しかかった。

 

逃げ出そうと思えば逃げ出せる。だが大樹は観客席に座ったままだった。

 

何の警戒もせずにホールから出て行った美九。逃げないで欲しいと言われたが、逃げられる覚悟は十分にしているんだろう。

 

 

「そういや……」

 

 

大樹は美九の演奏を聞いている時に気付いたことがある。ステージの下から物音がしていたのだ。ドンドンッと叩く音だった。

 

ステージを少し乱暴に扱いながらステージ下に続く床の扉をこじ開ける。するとそこには、

 

 

「んー!! んー!!」

 

 

「士道!?」

 

 

椅子にロープで縛られ身動きが取れない士道を発見した。俺は士道に急いで近づき、

 

 

「何遊んでいるんだよお前……そういうのはお家に帰ってからやれよ」

 

 

「んー!? んー! んー!!」

 

 

士道は目を見開き驚いていた。否定するように首を横に振っている。知ってる、こういうのはお決まりだったから、遊んだけだ。

 

ロープを解き、士道を捕縛から解放した。

 

 

「美九は!?」

 

 

「美九の指示でゴキブリは処分しろって言われたから来た」

 

 

「ちょッ!? 心臓に悪い嘘はやめてくれ!」

 

 

美九が士道に対する好感度がゴキブリ以下なのは知っているのか。結構ショック受けている?

 

とりあえず俺は今まであったことを細かく士道に説明した。美九の歌と演奏、戦いが起きたのは縛られていた状態でも分かったようで話は早く進んだ。

 

士道が座っていた椅子に座りながら俺はこれからのことを考える。士道もどうすればいいのか分かっていないようだった。

 

 

「で、でも美九は分かってくれたんだろ? 大樹は答えられないからって———」

 

 

「それなら暴動は収まるだろ。しかもあの狂信したような愛を見せられて簡単に終わるとは俺は思わねぇよ。ここで逃げれても、後が怖い」

 

 

「……じゃあ何で大樹を自由にしたんだ?」

 

 

「さぁ? ……罪悪感とかじゃねぇの。ビンタしたり強制したり、迷惑かけているから」

 

 

「……俺は大樹を待っていると思う」

 

 

それはズルいだろっと士道に言いたかったが、飲み込んだ。

 

 

「大樹には美九の力が通じない。歌でも響かない。結ばれるにはもう待つしかないと美九は思ったんだろ」

 

 

「でも逃がさない為に暴動はやめない。で、強制もしないか……やっぱ逃げた後が怖いな」

 

 

大樹は椅子から立ち上がり士道に出るぞと目線で送る。

 

 

「え? でも見つかったら……」

 

 

「用済みの奴をこのまま拘束し続けると思わないけどな。お前は俺を誘き寄せる為のエサっぽいし。俺が美九の視界に居る限り大丈夫だろ」

 

 

「エサって……」

 

 

「事実だろ」

 

 

微妙な表情で士道はステージ下から出る。大樹も続いて出た。

 

観客席には誰もいない。美九はまだ帰って来ていないようだ。

 

 

「逃げるなら今だろうな」

 

 

「俺は逃げるけど大樹は残るだろ? なら犠牲は無駄にしないから」

 

 

「舐めんな」

 

 

ムカつく。お前、助けた俺になんて扱いだよ。犠牲言うなこの。

 

 

「ったく……原田が見回っているから見つからないようにな? 一応、俺も廊下に出てアイツに会ったら跳び蹴りするけど」

 

 

「お、おう……」

 

 

建物の外に出ることができれば【フラクシナス】が回収してくれる。精霊たちは美九たちと一緒だから気をつけなくてもいいだろう。

 

士道と一緒に廊下に出ようとする。その時、

 

 

「どこに行く気だ?」

 

 

早速原田が姿を見せた。廊下の扉の近くでずっと待機していたようだ。

 

睨み付けながら短剣を握り絞めた原田に大樹は思う。手間が省けた。

 

 

「は?」

 

 

「死ねえええええええェェェ!!!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

「ごばはぁッ!?」

 

 

大樹の渾身の一撃。右ストレートが原田の顔を捉えた。

 

光の速度で移動した大樹に反応できるわけがなく、原田の体は壁ごと窓を突き破り空の彼方へと飛んで行った。

 

ここで一句。

 

 親友を

  殴って飛ばす

   冬空に   【大樹】

 

 

「!?」

 

 

士道が目を見開いて驚いていた。

 

殴った大樹はスッキリした表情で士道に向かってグッと親指を立てる。

 

 

「精霊たちが来るかもしれないから急げよ。キラッ」

 

 

爽やかな笑顔で何事も無かったかのように大樹は言った。士道は空の彼方に飛んで行った原田に合掌しながら走り出した。

 

精霊たちが現場に駆け付けるのは早かった。ぶっ壊れた壁と窓を見て驚愕していた。

 

 

「原田が馬鹿したと美九に言ってくれ」

 

 

「原因が大樹にしか見えないけど!?」

 

 

耶倶矢の鋭い指摘に俺は心の中で舌打ちする。チッ、日頃の行いが裏目に出たか。

 

 

「ホラ見ろよ。綺麗な星空が広がっているぜ」

 

 

「誤魔化し方が雑!?」

 

 

「さっきは汚ねぇ流れ星が見れたのに」

 

 

「怪奇。どんな星ですかそれは」

 

 

頑張って話を逸らそうと試みるが無理だった。俺にはこの手の才能が欠落しているっぽい。良く言えば嘘がつけない正直者のイケメン。へへッ、悪くは言わせねぇよ。絶対にだ。

 

 

「一体何の騒ぎですかぁ?」

 

 

騒ぎを聞きつけた美九が姿を見せる。衣装のドレスから紺色のセーラー服に身を包んでいた。

 

状況を見て顔を曇らせているのは俺が逃げると思っているからだろう。

 

 

「……腹が減った」

 

 

「え?」

 

 

「腹が減ったから飯を食いに行こう。外出させたくないなら食材を持って来い。料理してやる」

 

 

「だーりん……!」

 

 

「泊まるなら風呂と寝床も用意してくれよ? 俺は客———」

 

 

「だーりんの手料理……食べさせ合いっこ……一緒にお風呂……そしてだーりんと初夜……!」

 

 

話を全然聞いていないうえにとんでもないことを口走っている。食べさせ合いっこもしないし、一緒に風呂にも入らない。初夜に関しては別の部屋で寝るから絶対に迎えないぞ?

 

 

「おお! ついにダイキのフルコースが!?」

 

 

「そうだな。十香との約束もあるから食材を持って来る方針で頼むわ」

 

 

「だーりん! 食材ならここに!」

 

 

「誰がお前を料理すると言った」

 

 

________________________

 

 

 

大量の食材は大量の料理へ変わる。そして大量の料理は十香の胃袋の中へと消えた。アイツの胃袋はブラックホールでも入っているのか。料理を作っても作っても無くなっていたぞ。

 

美九のしつこいあーんを回避しながら食事を終えた後は風呂に入るのだが、

 

 

「だーりん、一緒にお風呂———」

 

 

「地球が消滅しても入らないから」

 

 

「ああん、意志が屈強ですぅ」

 

 

突撃されると凄く困るので諦めた。

 

美九が会場の湯船付きのシャワールームに入ったことを確認した俺はコーヒーを片手に会場へ戻った。観客席に座りながらコーヒーを置き、深い溜め息を吐いた。

 

 

「どうすりゃいいんだよこれ……」

 

 

解決策の糸口が全く見つからない。

 

一番簡単な解決策は士道の代わりに美九をデレさせる。だがその策を使えば命は七十回程無くなること間違いなし。それで美琴たちから嫌われたら首に縄をつけてエベレストの頂上からダイブするレベルで死にたくなる。

 

 

「はぁ……」

 

 

溜め息が止まらない。コーヒーを飲んで落ち着こう。

 

 

「……………?」

 

 

気が付けば隣の観客席に置いていたコーヒーが消えていた。おかしい。ここに置いたはずなのに。

 

ふと反対の方向を振り返ると、

 

 

「!?」

 

 

女の子が居た。俺のコーヒーを持って! おいコラ。

 

白の制服にピンクの学校バッグ。金髪のサイドテールの女の子が俺の顔を見ながらコーヒーを飲んだ。

 

 

「ッ……!」

 

 

『うぇ』みたいな顔になった。人の飲み物を取っておきながらそんな顔をするな。しかもこのコーヒー、誰かの楽屋から盗んだヤツで結構良い豆を使っているんだぞ。

 

苦虫を噛み潰したような表情で俺にコーヒーを返す。飲みかけを渡すな馬鹿野郎。

 

 

「……………」

 

 

無言で女の子を観察する。何度も彼女は俺の前に姿を見せては消える。この状況でも俺の前に現れることは明らかに異常。

 

狂三の言う追跡者は彼女だ。目的は何も分からないが、聞けばいいことだけの話だ。

 

 

「なぁ、お前は———」

 

 

いざ尋ねようとした時、女の子は俺に向かってある物を差し出した。

 

 

「———これって」

 

 

小さな金色の星が付いたネックレスだった。このネックレスには見覚えがある。美琴と折紙、二人と一緒にデートをして最後に入った店に売っていた物だ。

 

女の子は俺の隣に座るとグッと顔を俺に近づけた。まさか……付けろと?

 

 

「……へいへい」

 

 

文句を言わずに素直に従う。言うことを聞けばこっちの話も聞いてくれるだろう。

 

彼女の首にネックレスを付ける。顔が近いとか良い匂いがするとか、煩悩を全て嫁に捧げた俺には効かぬ。

 

 

「ほらよ……ん?」

 

 

ネックレスを付けてあげると、ふと空に違和感を感じた。壊れた天井から夜空を見るが何もない。綺麗な星が見えるだけ。

 

 

「気のせいか……いやこれフラグだ。絶対に何かある」

 

 

経験上『気のせい』と言えば後で絶対に何かある。目を凝らして空を見続ける。だが何もない。待てよ。絶対何かある! 俺の本能がそう言っている!

 

 

「その前にお前から話を……って居ない!?」

 

 

女の子は姿を消していた。この俺から逃げることができるなんて、アイツ忍者かよ! 拙者も修業が足りないでゴザル! それ武士じゃね?

 

単純に俺の勘が鈍っているだけか? 今度会ったら手を掴んで逃げられないようにしてやる。それ犯罪者じゃね?

 

 

「あらあら? 意外と元気にしていますわね大樹さん?」

 

 

「あ、今ので元気が無くなった」

 

 

はい狂三さんの登場です拍手。ブーブー。

 

背後から聞こえる声に大樹は肩を落とす。そんなことも気にせず狂三は俺の隣に座った。

 

 

「さっきお前の言うストーカー2号に会ったよ」

 

 

「まさか1号は(わたくし)ではありませんよね?」

 

 

「当たり前だろストーカー王」

 

 

「王!?」

 

 

「あッ、違った。女だから女王(クイーン)か」

 

 

「どちらも嫌ですわ!? すぐにやめてくださいまし!」

 

 

だが断る。そう言ったら仕返しが怖いのでやめておく。今日の俺は大人しいな!

 

 

「俺の予想だがアイツは精霊だよな?」

 

 

「精霊と言っていいのでしょうか?」

 

 

「……まさか精霊じゃないのか?」

 

 

「いえ、精霊ですわ。ですが私たちとは少し違う存在と言いますでしょうか……」

 

 

精霊じゃないのかどうかハッキリしない狂三の発言に大樹は(あご)に手を当てて思考する。

 

俺は士道がデレさせる前の精霊がどのようなモノか、その存在を詳しく知らない。

 

……美九以外に問題が増えるのは勘弁して欲しいのだが。

 

 

「教えてくれないのか? あの女の子がどういう精霊なのか」

 

 

「それは……あらあら、無理ですわね」

 

 

狂三は何かに気付き言葉を止めた。狂三の視線を追うと先程消えた女の子がこちらを見ていた。アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!? ……帰って来たのかーい。

 

 

「……どうでもいいか。危害を加えないってお前の言葉を信じることにする」

 

 

「まぁ大樹さん。私を信じてくれるなんて……!」

 

 

「チッ! チッ!! チッ!!!」

 

 

三回舌打ちをしておいた。最後は会場全体に聞こえる舌打ちだった。

 

狂三はまた気にせずに立ち上がり、足元の影の中へと消えていく。

 

 

「では大樹さん。おやすみなさい、ですわ」

 

 

「永眠してろッ」

 

 

狂三は不敵な笑みを見せながら消える。同時に女の子も姿を消していた。

 

ゆっくりするつもりが二人の女の子の手によって邪魔された。コーヒーは冷めているし最悪だこの野郎。

 

 

「……ぬるい」

 

 

冷めたコーヒーを頑張って飲み干し、再びコーヒーを注ぎに行こうとする。

 

 

「だーりん……」

 

 

その時、背筋がゾッとするような声が聞こえた。思わずコーヒーカップを落としそうになる。

 

会場の入り口近くには美九が立っていた。風呂上りのせいか髪飾りとイヤリングは外されている。服装はバスローブというのはいただけない。

 

 

「ど、どうした? 風呂から上がったならもう寝てしま———」

 

 

「今の女———誰ですの?」

 

 

低い声で尋ねられた。美琴たちが怒った時と似ていて怖い。体が震えるのです。

 

 

「だ、誰って……ストーカーかな?」

 

 

間違っていないと僕は思いますけどね!?

 

 

「だーりんの、ですか?」

 

 

「お、俺ってモテるからなー……」

 

 

苦しい言い訳だと自分でも分かる。何を言えばいいのか分からなかったもん!

 

 

「そうですかそうですかぁ。それで、あの女との関係は何ですかぁ?」

 

 

「……………は?」

 

 

あれ? 今言ったよな俺? 無限ループ入っているのか?

 

 

「だ、だから……」

 

 

「嘘は……だーめ、ですよぉ……?」

 

 

そして、美九の手を見て俺の心臓は一瞬止まった。

 

 

シャキッ……

 

 

「……………」

 

 

美九の手には———包丁のようなモノが握られていたから。

 

 

———マジかおい。

 

 

あまりの衝撃的光景に俺は戦慄。最強であるはずなのに包丁一つにビビってしまった。

 

一歩二歩下がって俺は首を横に振った。

 

 

「争いは愛を生まない……!」

 

 

何を言っているんだ俺は。

 

よく見れば美九の足元にはバッグが置いてあり、中からロープとムチ、それから蝋燭(ロウソク)口枷(くちかせ)、手錠、首輪が……ぎょえ!?

 

 

「閉じ込めても他の女とイチャイチャするだーりんにはお仕置きが必要ですねぇ」

 

 

「待て!? イチャイチャなんてしていないから! 全然そんな関係じゃないから!」

 

 

「大丈夫ですよだーりん。もうすぐ準備は終わりますからねぇ」

 

 

「準備……?」

 

 

まさか俺の拷問準備ですか!? 死刑準備ですか!? どっちも嫌だぁ!!

 

しかし、美九は拷問どころか死刑を越える準備をしていた。

 

 

 

 

 

「喜んでくださいだーりん。明日には結婚式が挙げれるのですよー!」

 

 

「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 

 

 

 

何勝手にとんでもないことを準備しちゃってるのお前!?

 

ヤバいよそれ!? 一番ヤバイヤツだよそれ!? アルマ〇ドンとか終末の日(ラグナロク)の比じゃないくらい危ない儀式だよ!?

 

この街どころか世界が火の海に包まれちゃうよ!? 今すぐ止めなければ……!?

 

 

「落ち着け!? それだけはやってはいけな———!」

 

 

「反対する人なんていないですよぉ。私の歌で、全世界を祝福の言葉だけにしますからぁ」

 

 

それただの洗脳! 通常魔法カードのブ〇インコントロールを連発で発動しているだけだから!

 

 

「こっちには強くて可愛い精霊さんたちが居ます。大丈夫ですよだーりん、勝てますからねぇ」

 

 

お前は何と戦っているの!? 罪のない世界を不意打ちで殴って楽しいの!? Sの人なの!?

 

洒落にならないぞこれ……! ここは逃げるしか……!

 

 

「だーりん。さっき捕まえていたのに逃げ出した男、また捕まえましたよ?」

 

 

今日から士道をポンコツと呼ぶかもしれない。

 

仏頂面でいると、美九の後ろから複数の女の子がロープで縛った士道を連れて来た。また縛られているよアイツ。

 

 

「随分と積極的に迷惑をかけるドMだなお前」

 

 

「好きで縛られているわけないだろ!? 待ち伏せされていたんだよ!」

 

 

知らんがな。

 

 

「どうしますだーりん? 何が言いたいのか分かりますよねぇ?」

 

 

「逃げてくれ大樹! 俺のことは構わず———!」

 

 

「分かった! あばよ士道! 骨は拾ってやる!」

 

 

「———いやちょっと待て!?」

 

 

猛スピードで逃げ出そうとすると止められた。

 

 

「そこは……違うんじゃないか?」

 

 

「何がだ? 俺に構わずって言っただろ」

 

 

「いや……そうだけど……そうじゃないと思う……」

 

 

「まぁお前の言いたいことは分かる。だがあえて……正直に言うぞ」

 

 

「な、何を……」

 

 

「大切な嫁以外の人間なら大体切り捨てれる男だぞ俺は。その証拠に俺は原田を殴ったし、今からお前を見捨てれる」

 

 

「ですよねぇぇぇぇ!!」

 

 

真っ青な顔で納得した士道に俺は親指を立てながら逃げ出そうする。だが精霊たちにも囲まれていることに気付いた。

 

 

「ここは通さぬぞダイキ!」

 

 

「ですよねー」

 

 

ところがどっこい。ここで俺の仕掛けた罠が発動。トラップカードオープン!

 

 

「そろそろ体が痺れ始めたんじゃないか?」

 

 

「む? 何のこと……ッ!?」

 

 

突如剣を構えた十香の体がガクッと膝を着いた。他の精霊も地面に座り込んでいる。

 

美九も驚き、士道が焦りながら名前を呼ぶ。

 

 

「十香! 四糸乃! 耶倶矢! 夕弦!」

 

 

「フハハハハ!! 安心しろ。明日には全快してむしろ元気になるから。俺の料理は人と共に日々進化する」

 

 

「毒を混ぜたのか!?」

 

 

「毒じゃねぇよ! むしろ未来の健康食品と呼べ!」

 

 

「無理だろ!?」

 

 

一時的な副作用なモノだ。毒なんて物を混ぜたら料理人なんてやらねぇよ。俺がそれをやるのは悪人と———原田ぐらいだ。やだ私ったら原田に対する信頼度が高過ぎッ!

 

 

「……だーりん。私には入っていなかったのですかぁ?」

 

 

「入れる必要がないからな。逃げるのに」

 

 

「そうですかぁ。でもー」

 

 

美九は手に持った刃物を士道の首筋に近づけた。

 

 

「本当に、いいのですかー?」

 

 

「骨は今度取りに来る。残してくれると助かるマダガスカル」

 

 

「マジで切り捨てるのか!?」

 

 

「……じゃあ、仕方ないですねー」

 

 

驚愕する士道に目を細めた美九は包丁を上に振り上げて———

 

 

「……マジでやるのかよ馬鹿が」

 

 

———そのまま士道の頭部に振り下ろした。

 

 

パシッ!!

 

 

しかし、刃物は士道の頭から僅か数センチを残して止まっていた。

 

美九が振り下ろすその前に大樹が美九の腕を握り絞めていた。

 

 

「その線を乗り越えたら、俺は本気でお前を軽蔑してしまうッ」

 

 

「ならどこにも行かないでください。だーりんはずっと……私と一緒に……」

 

 

美九の目から再び涙が零れる。その涙に息を飲むが、俺は首を横に振った。

 

 

「お前の理想は俺では叶えられない。本当の俺を知らない限り俺は———」

 

 

「そんなに真実が大事なのですか!? 憧れて好きなった人を好きな人が居るという理由だけで、だーりんは諦めれるのですか!?」

 

 

「それはッ……」

 

 

美九の言葉は正しいというより、否定できないことだった。

 

確かに納得できるわけがない。自分も同じ立場ならば必ず簡単には諦めたりしない。むしろ今までの行動が自分の失言を物語っていた。

 

だが、違うことが一つだけある。

 

 

「愛する人の幸せをブチ壊しても、自分の幸せを望むことなのか?」

 

 

その言葉に美九の表情が引き()った。

 

 

「俺は本気で好きな人が居るから抵抗する。でも強硬手段に出ないのは、お前を嫌いにならないのは……美九、お前を傷つけたくなかったからだ」

 

 

「だーりん……私はもう十分に……傷ついていることを分かっているのですか!?」

 

 

「んなことお前の話や歌を聞いた時から覚悟してんだよ!! お前の思いに答えれないからどうすりゃいいのか必死に考えてんだ!」

 

 

「考えなくていいんです! だーりんは美九だけを……!」

 

 

「ああそうだ! 我が儘なことばかり言っているが、俺も我が儘でな! だから言わせてもらう! お前を傷つけても、俺は言うぞ!」

 

 

息を大きく吸い、腹から大声を出した。

 

 

「俺は———!」

 

 

「ダメえええええェェェ!!!」

 

 

大声を出そうと同時に美九が俺に向かって走り出していた。

 

そのまま美九は大樹の腹部に向かって体当たりを決める!

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「———よえごれェ!?」

 

 

勢いが強いので避けると美九が怪我をする。そう思い受け止めようとするが、予想を遥かに超えて威力が凄かった。

 

そのまま後方に吹っ飛び美九に上から馬乗り状態になってしまう。

 

地面に倒れた状態で見上げれば美九のローブの胸元がはだけて、圧倒されてしまう双峰(そうほう)が目と鼻の先にあった。

 

 

「————!?!?!!??」

 

 

真っ赤にした大樹は声にならない悲鳴をあげてしまう。口がパクパクと開閉している。

 

士道を連れていた女の子は士道の顔を乱暴に掴み視線を逸らさせている。

 

そんなことを美九は気にすることなく、大樹の頭をグッと胸へと抱き締めた。

 

 

「絶対に……誰にも渡しません!!!」

 

 

「むごぉおおお!!??」

 

 

———大樹の鼻から、鮮血が飛び散った。

 

美九が抱き付いた瞬間、死んだかと思うくらい大樹から血が飛び散った。

 

女の子たちはビビっているが、精霊たちはすぐに生きていることを見抜く。精霊たちは急いで美九に乱れたバスローブを整えさせた。

 

もちろんバスローブは大樹の鼻血が付いている。よって美九は人を殺してしまったかのように見えてしまうのが怖い。思わず精霊たちは小さな悲鳴を上げてしまうほど。

 

やっと解放された士道も美九を見て顔を真っ青にしている。大樹は生きているが、顔が血塗れである。

 

 

「ず、ズルいぞ……!」

 

 

(血で濡れて分からないが、嬉しそうな顔に見えるのは俺だけか……?)

 

 

士道が怪訝な表情をすると大樹は顔を逸らした。限りなくクロと見て間違いないと士道は確信する。

 

服を直した美九は大樹をまた抱き締めて抱える。再び血が舞い飛ぶが今度は微量。

 

 

「……勝負です」

 

 

大樹を抱き締めた美九の瞳は真剣だった。

 

 

「彼女たちはだーりんが大切なんですよねぇ? でしたら結婚式で決着を付けてもいいじゃないですかぁ?」

 

 

———大樹は思った。それは死に行くと言っているようなモノだと。

 

戦慄していた。顔を真っ青に。美九が大変なことになる。止めなければならないと。

 

 

「やめろ!? それだけは絶対にやめろ!?」

 

 

しかし、美九は勘違いをしてしまう。大樹が焦るのは美九に勝算が大きくあるから、好きな女の子には勝ち目が少ないから『やめろ』と口にするのだと。

 

美九の表情は笑みへと変わる。

 

 

「私とだーりんの好きな人、どちらの愛が本物なのか……!」

 

 

「ッ……!」

 

 

目を細めた大樹と余裕の笑みを見せる美九の視線がぶつかった。

 

 

舞台は変わる———式場の教会へと。

 

 

歪な形を成した愛は明後日の方向へと突き進む。例え間違えていたとしても、その形は変わろうとしない。

 

 

しかし、それが許容できない間違いであるなら、誰かの手によってバツの烙印(らくいん)が押される。

 

 

デートは戦争(デート)へ。戦争(デート)結婚(デート)へと……最終決戦へと移る。

 

 

「これで嫁が大怪我したら、士道をぶち転がす」

 

 

(精霊と争う時と同じくらい命の危険を感じた……)

 

 

________________________

 

 

 

真っ白な壁と大理石の床。

 

並んだ長椅子には大勢のアイドルファン。

 

目の前には十字架とステンドガラス。神父が微笑みながら立っていた。

 

ここは会場の半分しか広さは無いが、巨大な教会だ。俺は灰色の最高級タキシードを着ていた。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

 

 

———おいマジか。普通に結婚式が始まったんだけど?

 

 

 

 

 

半日過ぎたけど誰も助けに来なかったよ? 長椅子に拘束された士道の顔を見ているけど首を横に振るだけだし。

 

非常に不味いよ。精霊たちに剣とか向けられている状況、簡単には抜けれないし、下手に動けば士道の首が()ね飛ぶし、詰んでいないですかね?

 

逃げたい。超逃げたい。Bダッシュして全力で逃げたい。統率が取れない今、美九が来ない今のうちに!

 

 

『それでは続きまして……新婦、入場』

 

 

遅かったかぁ……!

 

ピアノの演奏と拍手と共に姿を見せたのは白いウェディングドレスを纏った美九だった。スカートは短く、大胆に見せた肩。手には白い花束。そしてアイドルが見せる最高で最高の笑みだった。

 

一方新郎の顔は酷く悪い。インフルエンザにでもかかっているかのような顔色の悪さだった。

 

ファンたちが一斉にペンライトを振るう。何だこの結婚式。異様過ぎて引くぞ。

 

美九がゆっくりとこちらに向かって歩く。祝福の言葉を全身に浴びながら。

 

 

死ねゴミ(おめでとう)!」

 

(死あわ)せになってください!」

 

「かっこいいよ新郎(デコハゲ)!」

 

 

こっちは祝福という名の罵倒を浴びている。ほとんどの人間が中指を立てているのですが?

 

美九が俺の隣まで歩いて来ると腕を組んで来た。

 

これは許しては駄目だ! 俺は(つば)を吐き捨てながら強引に腕を払———

 

 

「抵抗したら刎ねますからねぇ」

 

 

———俺は唾を飲み込み爽やかな笑みを見せて受け入れた。唾を吐き捨てる? そんな外道、結婚式で居るのか? 信じられなーい。

 

落ち着け。まだ焦る時間じゃない。結婚式の流れで隙が見つかればすぐに逃げてやる。最悪、士道は南無三。

 

神父は大樹と美九を見て口を開く。

 

 

「お祈り———以下略」

 

 

「神に殺されるぞ神父」

 

 

省略しやがったぞコイツ!? 時間短縮か!?

 

 

「式辞———以下同文」

 

 

「お前は本当に神父か?」

 

 

一体何が以下同文なのか分からない件について。

 

 

「誓約———誘宵 美九。あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

 

「誓います」

 

 

断る。誓わないぞ俺は……! 断って終わりにしてやる! うおおおおォォォ!!

 

 

「楢原 大樹。あなたは健やかなるときも、不死の病に侵されたときも、誘宵 美九の喜びに喜び狂うときも、絶望の悲しみのときも、奴隷になったときも、捨てられたときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを命懸けで助け、その命ある限り、真心を尽く()()()()

 

 

「まさかの命令形!?」

 

 

しかも俺の誓約だけ過酷じゃないですかねぇ!? でも断ればいいだけの話だ!

 

 

「だが断———!」

「誓いますねぇ!? 分かりました続けます!!」

 

 

———何だこの最強の神父は。

 

俺よりデカい声で神父は式を進行し始めた。強引過ぎてビビっている。

 

次は確か指輪の交換だったか? 残念だがそんなモノは無い。っと思っていると絶対に用意してあるから注意しろ俺。用意していたら投げ捨てる。これに限る。

 

 

「指輪交換———ですが、二人の強い愛に指輪などこの場には不要です。飛ばして誓いのキスを」

 

 

教えてくれ。俺は一体どこで何をすればこの場を乗り切れたのか。

 

 

「新郎、ベールをあげて誓いのキスを」

 

 

それだけはできない。何があっても、それだけは譲れない。

 

士道の首に十香の剣が近づけられる。士道が必死に首を横に振っている。自分の命より、俺のことを心配してくれるなんてな。

 

 

「だーりん。結局、女の子は来なかったですねぇ」

 

 

美九は自分でベールを上げて俺の首の後ろに手を回して顔を近づけた。

 

 

「だから言ったんですよぉ? だーりんへの愛は私が一番って」

 

 

「……まだ分からないか?」

 

 

「えッ?」

 

 

大樹は勝ちを確信したかのような笑みを見せながら告げる。

 

 

「俺は嫌われても見捨てられても、彼女たちを愛し続けることをここに誓う」

 

 

「ッ……だーりん!!!」

 

 

美九が怒りの声を上げたその時、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

爆音が轟いた。

 

式場の後方。大きな扉が爆発して吹き飛んだ。

 

ファンたちが驚く中、大樹は笑みを見せた。

 

 

「……二亜の力がアンタに通用しないせいで遅れたわ」

 

 

声が聞こえた。その声に俺は全て納得できた。

 

救出が遅れたのは俺自身のせい。俺の行動が分からないせいだった。

 

 

「あー、それはすまん。それと悪い、今回は俺じゃ解決できそうにない」

 

 

「許さないわよ? でも、今は私たちに任せなさい」

 

 

「はい」

 

 

フッと笑みを浮かべた大樹は静かにその場に正座した。

 

煙の中から現れたのは白いウェディングドレスを纏った七人の女の子。

 

美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。彼女たちが入り口に立っていた。

 

 

(対抗心燃やしてウェディングドレスを着るとか、ウチの嫁可愛い過ぎるだろぉ……!)

 

 

大樹はニヤニヤしながら彼女たちの姿を記憶にしっかりと刻んだ。

 

しかし、そのニヤニヤした表情はすぐに消える。

 

この状況をもう一度捉えて欲しい。俺が美九に囚われ、嫁が助けに来る状況だ。

 

で、有名映画のワンシーンで結婚式で新たな新郎が登場して新婦を(さら)って行く。性別は違えど状況はまんま同じだな。

 

 

———俺ヒロインじゃないから。主人公だからね?

 

 

完全に立場が逆。理想からかけ離れすぎて泣ける。美琴たちが美九に捕まり俺が結婚式に乗り込む役の方がやりたかった。欲を言えばそのまま無限の彼方へランデブーしたい。

 

虚ろな瞳でアホなことを考えていると、

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

 

閃光。ファンたちを薙ぎ払う電撃が飛んだからだ。

 

美琴の体から放出された電撃だと即座に理解した。同時にファンの男たちが宙を舞う姿を見て大樹は事態の深刻を察した。

 

 

「……え? まさか……」

 

 

———かなりキレてる感じですか?

 

そう考えた瞬間、足と手の震え出し、汗が止まらない。こ、これはさらに大変なことになったのでは!?

 

 

「アンタが美九ね……あたしのパートナーに手を出した覚悟はできているわよね?」

 

 

ウェディングドレスのスカートの中から二丁の拳銃を取り出したアリア。その嬉しい一言ですが、顔が怖い。

 

 

「大樹君……今日は抑えれないかも」

 

 

優子はCADを構えながらニッコリと黒い笑みを見せた。バイオレンス優子誕生の瞬間である。

 

 

「ええ、ありえないですよ……黒ウサギたちの大樹さんを奪うなんて……!」

 

 

頼む。【インドラの槍】はさすがにやり過ぎだから抑えてくれ。俺まであの世に逝く。

 

 

「大樹君! この後は私とかしら!?」

 

 

真由美の笑顔と(あお)りに俺は逆に安心したよ。黒ウサギは真由美を見ない。冗談だから。敵は真由美じゃないぞ。こっちこっち。

 

 

「大樹さんの為に、私は撃ちます」

 

 

逃げろ美九! 狙撃されるぞぉ!? あの狙撃銃はヤバい改造がしてあるのが遠目からでも分かる! ティナもガチだぞ!

 

 

「絶対に、許さない」

 

 

折紙が一番のガチだ!? 精霊とCR-ユニットの同時展開だぁとぉ!?

 

冗談でも洒落でも警察でもFBIでも済まない。このままだと本気で第三次世界大戦まで起きる勢いだぞ!?

 

精霊たちも武器を構えて戦闘できる態勢だ。ファンたちは巻き込まれ邪魔にならないように、一目散に逃げ出している。俺も逃げたいよ。

 

 

「くく、愚かな! 姉上様に逆らうとは!」

 

 

「嘲笑。耶倶矢たちに勝てると思っているのですか」

 

 

二人の霊装と天使が光輝いた。耶倶矢の右肩から生えた羽と夕弦の左肩から生えた羽が合わさり弓の形状を作り上げた。

 

耶倶矢の巨大な槍———【穿つ者(エル・レエム)】は矢となり、夕弦の鎖と刃が付いたペンデュラム———【縛める者(エル・ナハシュ)】が弓の弦となる。

 

八舞の二人が誇る一撃———吹き荒れる暴風と共に最強の矢が放たれた。

 

 

「「【颶風騎士(ラファエル)】———【天を駆ける者(エル・カナフ)】!!」」

 

 

ヒュゴオオオオオォォォ!!!

 

 

教会の長椅子と床を破壊しながら女の子たちに向かって突き進む矢に大樹は目を見開いて驚愕した。

 

 

チンッ……

 

 

僅かに聞こえた金属を弾く音。

 

矢の先に立っているのは美琴。指で弾いたのは一発の銃弾。銃弾は宙を舞い、美琴の手へと帰って来るように落ちる。

 

正座していた大樹は急いで走り出し耶倶矢と夕弦の頭を乱暴に掴んで自分と一緒にその場に伏せさせた。

 

刹那———鼓膜を破るような雷撃と爆音が轟いた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「いやあああああァァァ!!??」」」

 

 

三人の悲鳴が響き渡った。

 

超電磁砲(レールガン)が矢を破壊して天使ごと吹き飛ばした。二人の精霊と大樹の頭上の髪を掠める。ハゲるぅ!?

 

超電磁砲(レールガン)を避けるとそのまま後方の十字架を木端微塵に破壊。壁に大きな穴が開いた。大樹の咄嗟の判断が無ければ……考えるだけでも恐ろしい。

 

命を救われた二人は大樹の顔を怯えながら、安心した表情で見ていた。救世主の大樹は一言だけ告げる。

 

 

「大丈夫。抵抗しなければ生きることはできるはず」

 

 

———つまり抵抗したら死ぬと脅した。

 

武器と天使を同時に失った双子は降伏するように大人しくなった。

 

 

「よし、洗脳されているのに聞き訳が良いのはポイント高いぞ。このまま俺と一緒に逃げようぜ」

 

 

「大樹。間違って当てたくないからそこに正座しなさい」

 

 

「はい。待ってます」

 

 

逃げればきっと美琴は俺に当てるだろう。大人しくするべきだ。

 

その場に二人の精霊と一緒に正座。降伏のポーズだった。

 

次に動き出したのは十香。剣を振り上げ黒ウサギへと斬りかかる。

 

 

「次は私だ!」

 

 

「ッ……!」

 

 

対して黒ウサギは冷静に槍の刃で剣を受け流す。十香は続けて剣を振り続けて槍の破壊を試みる。

 

高速で繰り広げられる剣と槍の戦い。二人の戦いは激しさを増す。

 

 

「どわぁ!?」

 

 

お? 士道が巻き込まれて吹っ飛んだ。

 

宙をクルクルと舞いながらこちらへと飛んで来る。

 

 

「何してんだよっと」

 

 

「うぐッ」

 

 

士道の体をを受け止めてその場に降ろす。まぁ反省しながら正座して落ち着けよ。

 

自分の隣に士道を正座させていると、

 

 

ガチンッ!!

 

 

黒ウサギの槍が十香の剣を上に弾き飛ばした。同時に黒ウサギは踏み込み十香との距離を縮めた。

 

 

「ジャコさん!」

 

 

ドンッ!!

 

 

【インドラの槍】を右手に持ち替えて左手でギフトカードを取り出した。十香の体を強く押して怯ませると同時に距離を無理矢理取らせた。

 

 

『【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】!』

 

 

その隙にカードから白い炎と一緒にジャコが姿を見せる。黒ウサギのギフトカードに隠れていたようだ。

 

白い矢がジャコと共にに飛び出し、十香を結界で囲み閉じ込めた。

 

 

「くッ!」

 

 

ガチンッ! ガギンッ!

 

 

十香は何度も剣で結界を叩くがビクともしない。ヒビも以前のように入らない。

 

精霊相手に圧倒している光景に大樹は開いた口が塞がらない。

 

 

『フンッ、前回の失敗の原因は大樹の力が俺にも影響していたことだ。もう割ることはできん』

 

 

「それでも抵抗するなら黒ウサギは遠慮なく攻撃を開始します。結界の開閉はジャコさんが握っていることをお忘れなく」

 

 

結界で閉じ込めた相手にインドラの槍を投げ込むとかどんな鬼畜ですか。

 

多分投げ込むぞ。十香が抵抗すれば本気で黒ウサギは投げ込む。

 

 

「これ以上、黒ウサギの手を(わずら)わせないでくださいね?」

 

 

「ッ!?」

 

 

トドメの黒い笑みで十香の闘志が消えた。蝋燭(ろうそく)の火が消えるようにじゃない。ボギッて折る感じで消えた。十香の悲鳴が聞こえたような気がする。今日の嫁は一段とヤバい。

 

剣を落として消滅させる十香の姿を見たジャコは引き攣った顔で結界を解除。隣に居る黒ウサギに怯えていた。

 

 

「十香。こっちは安全だぜ」

 

 

涙目になった十香は一目散に正座している俺たち三人の所へと飛び込んで来た。よしよーし。怖かったよな。俺も見てて怖かった。もう大丈夫だぞ。

 

十香を三人で慰めていると、急に四糸乃のことが心配になった。今までの流れに出て来ていない女の子のことを考えると……!

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ごっほッ!?」

 

 

突如腹部に衝撃が走った。

 

俺の腹に飛び込んで来たのは涙を流した四糸乃。心配していたが遅かったか……!

 

四人で四糸乃の頭を撫でながら四糸乃の飛び込んで来た方向を見てみると、真由美、ティナ、折紙の三人が居た。何をやったんだお前ら。

 

俺と目が合うと一斉に視線を逸らした。この世にはやって良いこととやってはいけないことがあるからなお前ら?

 

とりあえずあの三人は四糸乃に後で謝らせる。絶対にだ。

 

 

「残ったのはアンタだけよ?」

 

 

「覚悟はできているわよね?」

 

 

アリアと優子が並んで美九へと近づく。怖い顔のせいでせっかくのウェディングドレスが台無しだよ。誰か残念な花嫁たちを止めて。

 

 

「結婚式を邪魔するなんて不愉快な人ですねぇ。だーりんの言う通り可愛いですが、残念ですよぉ」

 

 

この状況だと非常に否定しにくい。辛いな。でも可愛いから許されるだろ?

 

 

「でも大丈夫ですよぉ。私の話を聞けば納得して諦めますからねぇ」

 

 

そうだ。美九には声だけで人を操ることができる。無効化できる俺とは違って女の子たちには無い。

 

不安な表情で女の子たちの顔を見る。すると美琴は少し得意げな顔を見せた。

 

 

「なら、やってみればいいじゃない?」

 

 

「……何ですって?」

 

 

「だから精霊の力で従わせることができるならやってみればいいじゃないって言ってるのよ。できるなら、ね?」

 

 

美琴は人指し指でクイクイッと挑発した。カッコイイ! 素敵! 抱いて!

 

その発言に頭に来たのか美九はウェディングドレスの上から霊装を纏い天使を顕現させる。

 

 

「【破軍歌姫(ガブリエル)】!!」

 

 

———ヴォオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

式場に演奏が響き渡った。

 

美琴の挑発を疑っているわけではないが、俺は急いで神の力を解放して精霊の力を無効化しようとするが、

 

 

「くそッ……!」

 

 

無効化できる範囲が前よりも狭い。近くに居た精霊たちだけしか守れなかった。

 

演奏を聞いてしまった美琴たち。彼女たちに駆け寄る為に立ち上がると、

 

 

「うるさい」

 

 

「「!?」」

 

 

俺と美九が同時に息を飲んだ。

 

美琴は鼓膜を破るような響く演奏にイライラしていた。操られている様子など一切無い。

 

周りを見渡せばアリアたちも無事だ。その光景に驚かないわけがない。

 

 

「え? 全員、俺側に来てしまった系? コングラッチュレーション」

 

 

「それは冗談でもやめなさい……」

 

 

優子に嫌な顔された。本気で嫌がっているから泣きそうになる。

 

 

「大樹君。アタシにそんな力があるわけないでしょ? むしろ大樹の力よ」

 

 

「俺の?」

 

 

優子はそう言うとウェディングドレスのスカートを膝の上まで上げて、太股(ふともも)を露出させた。

 

そこには黒いレッグホルスターが装着され金色の短剣があった。大樹はその輝きに目を見開く。

 

 

「エロ過ぎぐぶッ!!」

 

 

「け、剣を見なさいよ!?」

 

 

剣のことなど一切見ていなかった。大樹は優子を見て鼻血を撒き散らしている。優子は顔を真っ赤にしながらスカートを下げた。

 

(なま)めかしいというより純粋にエロかったと表現するのがいいだろう。撫で回したい太股とはこのことか。

 

それにしてもウェディングドレスとの組み合わせは本当に素晴らしいモノを俺に見せてくれる。ぜひ結婚式は西洋式でお願いします。

 

 

「じゃ、ジャコから貰った俺の【神刀姫】だろ? 形が変わっていても分かる」

 

 

大量の【神刀姫】を取り込んだことが功を成したか。確かにこれなら美九の洗脳から逃れることができる。

 

鼻血を止める為にティッシュを鼻に詰めていると、真由美が手を振っていることに気付く。

 

真由美は俺が気付いたことを確認すると、隣に居たティナと一緒に自分のスカートを膝上まで上げた。

 

 

ブバッ!!

 

 

凄い勢いで鼻血がまた出た。出血多量で死にそう。もう死んでもいいや。

 

 

「ちょっと!? アタシたちは大樹君を助けに来たのよ!?」

 

 

真似された優子が怒る。大樹の反応を見て満足した真由美とティナは悪戯に笑っていた。

 

 

「黒ウサギだって上げたことがありますよ!」

 

 

「何を競っているのよ!?」

 

 

黒ウサギを必死に止める美琴。二人が争っているせいでチラチラと太股が見えてしまっている。駄目だ、血が止まらない。

 

 

「私なら全部下げれる」

 

 

「「「「「それは駄目!」」」」」

 

 

最後には全員で折紙を止めることになる。耳を疑うような折紙の発言に驚いたおかげで鼻血が止まった。

 

 

「う・る・さあああぁぁぁいッ!!」

 

 

大きな声で入って来たのは美九。しまった。太股に夢中で美九のことをスルーしていた。

 

 

「だーりんの為なら私は全部脱げますからぁ!」

 

 

これもスルーしていい? 女の子の視線がグサグサ刺さるから。

 

……逆に波に乗るべきか?

 

 

「俺も美琴たちの為なら脱げるぜ!?」

 

 

『ただの犯罪者だ馬鹿』

 

 

ですよね。変態でした。あッ、美琴たちに引かれてる。酷い。同じことを言っただけなのに。

 

 

「大体精霊の力が効かないから何ですかぁ!? どうせあなたたちはだーりんのことを愛していないことには違いないんですからぁ!」

 

 

鍵盤に手を置きながら美九が叫ぶ。ペンライトを持ったファンたちが動き出した。

 

『愛』というワードに美琴たちは顔を赤くするが、大樹は違う。

 

 

「何でそう言える? 証拠はあるのか?」

 

 

「逆に聞きますよだーりん。愛されている証拠はあるのですかぁ?」

 

 

美九は余裕の笑みを見せているが不安な気持ちだということはすぐに見抜いた。大樹は告げる。

 

 

「あるに決まっているだろ」

 

 

「ッ……じゃあ見せてくださいよぉ!?」

 

 

 

 

 

「女の子がウェディングドレスを着てここまで助けに来てくれたんだ。それ以上、何が必要だよ?」

 

 

 

 

 

その言葉に美九の表情が凍り付いた。

 

簡単に言われた言葉だが美九は何も言えなかった。否定も言い訳も、できなかった。

 

美九は一歩一歩、首を横に振りながら下がった。

 

 

「違う……違う……違いますもん!」

 

 

「美九!」

 

 

頭を抑えながら否定する美九。光を纏っていた霊装が怪しく光り始めた。

 

ウェディングドレスが黒いオーラと共に染まっていく。異質な空気が漂い始めた。

 

 

「まさか……反転!?」

 

 

士道の言葉に大樹は心の中で舌打ちをする。絶望の(ふち)に沈んだ時に起きる精霊の転換現象のことだ。

 

モヤモヤと煙のように体から霊力が溢れ出している。触れば害がありそうなくらい不気味なオーラだった。

 

精霊の力に美九の苦しそうな声が聞こえる。あの黒いオーラが激痛を生み出し美九を襲っているのだ。このままでは不味い、どうにかしなければならない。

 

恐ろしい光景に全員が固唾を飲んで見守る中、一人の男は美九に向かって歩き出している。

 

 

「———違うことは何一つ無い」

 

 

天使の演奏が大樹の精神を破壊しようとするが全く効いていない。爆音で耳の鼓膜をブチ破ろうとしても通用しない。

 

大樹の体に白銀の光が纏い、煙を打ち消していた。

 

 

「その現実から目を背けたい気持ちは分かる。好きな人に振り向いて欲しい……俺だって何度も思ったことがある」

 

 

近づけば近づく程黒い煙は濃くなり視界を曇らせる。大樹の体を(むしば)むように煙が張り付くが、歩みは止まらない。

 

 

「無責任な俺を許せとは言わない。でもな美九。前に……次に進む後押しだけはさせてもらう」

 

 

「そんなのッ……イヤぁ……!」

 

 

美九が頭を抑えながら首を振る。そして黒い煙は美九の衣装に一点収束する。

 

黒い霊装を完成させて纏った美九の瞳には光は無い。虚無的な目はこの世のありとあらゆるモノに意味や価値など無いと語っていた。

 

 

———ギィゴォオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

巨大な金属塊の天使は大樹に向かって爆音を放つ。世界の終わり———到底音とは言えない何か聞かされた大樹は表情を歪めた。

 

周囲に居た人たちも気絶する人が続出する。ジャコが結界で守るも、女の子たちは耳を塞いで苦しんでいた。

 

 

「うるせぇ!!! 今美九と話しているだろうがぁ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

大樹の怒鳴り声が式場を反響した。天使の出す音が小さくなるくらい大きな声で。

 

 

「邪魔をするな! これ以上美九の人生を滅茶苦茶にさせるか!」

 

 

パイプオルガンの天使は歪な音を立てながら静かになってしまう。鍵盤は動いているのに音が鳴らなくなってしまっていた。

 

 

「———【絶滅天使(メタトロン)】!」

 

 

大声と共に放たれた精霊の力。大樹の髪が白髪に変わり目を見開く。

 

 

「折紙!」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹が名前を呼ぶと折紙はCR-ユニット【ブリュンヒルデ】の持つ長柄の槍武器を大樹に向かって投げた。

 

槍を両手でキャッチすると大樹は投擲の構えをした。

 

 

「【神格化・全知全能】!!」

 

 

槍先に収束していた光が神々しく輝く。巨大な黄金翼を羽ばたかせ、刃は大きく鋭くなる。

 

精霊と神を合わせた絶対の一槍。止まることを知らない暴虐的な一撃。

 

渾身の力を込めた腕で、その槍を天使に投擲する。

 

 

「うおおおおおおおォォォォ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォォ!!!!

 

 

投擲された最強の槍は金属塊を粉々に吹き飛ばした。天使としての効力を完全に潰し消されていた。

 

光が式場を包み込み視界を真っ白にしていた。その光に美九は閉じることなく涙を流した。

 

 

「俺はお前の気持ちに応えることができない」

 

 

美九の目の前まで歩いて来た大樹は残酷な言葉を突きつける。

 

 

「でもお前は俺と違って多くの人の期待に応えることができる。誰よりも輝くことができる。その『声』が、その『歌』が、『誘宵 美九』がある限り!」

 

 

カチッ……

 

 

美九の首にネックレスが付けられる。大樹が神の力で作った精霊の力を無効化するネックレスだ。

 

何も映さない瞳に光が宿る。彼女の双眸(そうぼう)には大樹が映っていた。

 

 

「———俺は一切合切、美九を否定しない」

 

 

「だーりんッ……!」

 

 

「もしお前の人生を世界が否定するなら、俺は世界を変えてやる」

 

 

美九は大樹の胸元に顔を埋めて泣いている。それでも大樹は続けた。

 

 

「お前は俺を踏み台にしろ。あの最高の歌をもっと世界に届けろ」

 

 

指で美九の涙を拭き取り小声で指示を出す。美九は驚いて聞くが、すぐに笑顔を見せた。

 

ボロボロに崩れた式場。沈む夕日の光が二人を照らす。

 

結ばれない二人に、最後の幕が降ろされようとしていた。

 

 

「永遠に大っ嫌いですよぉ……だーりんッ……!」

 

 

「それでも俺は永遠にお前の味方だ、美九」

 

 

そう言って、美九は右手を振り上げて勢い良く振るった。

 

 

バチンッ!!

 

 

———美九の平手打ちが大樹の頬を襲った。

 

 

________________________

 

 

 

———事件は解決した。

 

 

え? 暴動まで起きてニュースまで報道されたのにどうやって解決したのか気になる? 簡単だよ簡単。

 

いつもと同じように。何も変わらず。俺は俺。そうそう、こんな感じ!

 

 

『———以前アイドルを脅した悪魔のテロリスト、楢原 大樹は逃亡しており、警察も増員して捜索に当たっています』

 

 

安定の自己犠牲。またテロリストになったよ(笑)。

 

日課のように、息をするように問題を起こす俺はもはや天才。いや天災。爆裂(ばっくれつ)爆裂(ばっくれつ)、らんらんらーん♪

 

ニュースには俺をビンタする美九が映っていた。この暴動を抑えるには偽物の元凶が必要とされた。全ての様子を見ていた【フラクシナス】が全国のテレビ局などに根回しし、美九の力でファンたちの記憶を捏造。完全犯罪を完遂していた。

 

特に原田君には馬車馬の様に働かせた。俺を殴ったことをかなり反省しているようで、誰よりも働いた。でもさ、俺を犯罪者に仕立て上げるのやめろよ。一番良い手で乗った俺も悪いかもしれないけどやめてよ。本当に反省しているのか疑う。

 

 

「ま、【フラクシナス】から出ないからいいけどー」

 

 

長方形の炬燵(こたつ)の中に入った大樹はミカンを食べながらニュースを見ていた。

 

人を駄目にするというが、もう既に駄目なテロリストなら存分に入っていいよね。マイナスとマイナスをかければプラスになるっていうじゃん。

 

 

「本当に良いと思っているの?」

 

 

俺の右隣りで湯呑(ゆの)茶碗(ちゃわん)に熱いお茶を注ぎながら優子が聞く。

 

 

「全然構わない。外寒いし」

 

 

「……外でデートできないわよ?」

 

 

———俺も反転する勢いで絶望の淵に叩き落とされたよ。

 

両手で顔を抑えながらシクシクと泣く。辛過ぎる……あんまりだぁ!!

 

 

「別に場所を変えれば大丈夫じゃない?」

 

 

「さすが美琴。じゃあ今からパスポート作りに行こうか?」

 

 

「外国まで逃げるの!? 作りに行けばそれこそ捕まるわよ!?」

 

 

左隣に座った美琴に冷静にツッコまれる。大丈夫、それを含めて外国に行く算段が頭の中にあるから。

 

 

「私は……もう少しこのままで構いません。大樹さんが居ればどこでも良いですから」

 

 

「天使!」

 

 

俺の膝の上に座ったティナが天使の様に微笑みながら言う。俺は綺麗に剥いたミカンを丸ごとティナにあげた。

 

 

「ティナの気持ちも分かるわ。私もこのままゆっくりしていたいから……」

 

 

「アタシもよ……」

 

 

美琴と優子は俺に(もた)れかかる様に距離を詰めて密着した。二人は漫画本を持ちながらリラックスしている。こうしてゆっくりすることを二人は好んでいることを俺は知っている。

 

分かる。気持ちは凄く分かる。よし、転職しよう。

 

 

「……自分、このままニートになって良いですか?」

 

 

「え? まず大樹ってニートになれるの?」

 

 

「何だその難解な言語は」

 

 

逆にニートになれない理由って何? ニートになるには資格でも必要なのか?

 

美琴の言葉に戦慄していると、優子が納得したように頷く。

 

 

「確かに一瞬で大金を稼げる人がニートにはなれないわね。それに大樹君。アタシたちがお金が欲しいって言ったら稼ぐでしょ?」

 

 

「そりゃ当然粉骨砕身(ふんこつさいしん)で働———ニート無理じゃね俺?」

 

 

「でしょ?」

 

 

優子たちの言う通りだった。ニートって難しい。

 

 

「大樹さんが凄いせいで何故かニートが凄い職業みたいな感じに聞こえます……」

 

 

「大樹が成れない職業って相当よね」

 

 

「ニートって凄いのね」

 

 

「適当過ぎるだろお前ら……」

 

 

ビックリするくらい気怠(けだる)さがこっちに伝わる。まぁいいか。

 

俺は三人の天使に囲まれ幸せを味わう。

 

ああ……永遠に続け、この素晴らしい時間よ!

 

 

 

 

 

「———だあああぁぁぁぁありいいいィィィん!!!」

 

 

 

 

 

———平和破壊者系アイドルが現れた! 攻撃、攻撃、攻撃、防御を選択した。

 

ドアを勢い良く開けた美九に美琴と優子、ティナは一斉に飛び掛かり抑えた。俺は頭を抱えて嘆いている。

 

 

「何でアンタがここに居るのよ!?」

 

 

「もう終わったわよね!?」

 

 

「帰ってください!」

 

 

「あぁん! 私だけ仲間外れは嫌ですよぉ!」

 

 

勇者はお前を仲間にした覚えはない。馬車で寝てろ。

 

三人で抑えられる美九だが、様子がおかしい。むしろ自分から抑えられに行っている気がする。

 

 

「ンモー! だーりんの女の子は可愛過ぎますねぇー! コホー! コホー!」

 

 

何だこの得体の知れない変態は。

 

嫁の体に顔を埋めて荒く息をしだしたぞ羨ましい。さぞ幸せな気持ちになるだろうな。

 

美九の行動に女の子たちは顔を赤くして急いで引き剥がそうとした。

 

 

「なッ!? 黒子みたいなこと、してるんじゃないわよッ!?」

 

 

「ちょっと!? アタシが悪かったからやめて!?」

 

 

「だ、大樹さん! 助けてください!?」

 

 

えー? 助けるより参戦したいっていうのが本音だけどー?

 

その時、抑える力が弱くなる隙を見つけた美九は三人の女の子から振り切り、大樹へと飛び掛かった。

 

突然の襲撃に驚くが、余裕で避けることができる。

 

 

炬燵(コタツ)バリア!!」

 

 

「あぁん!」

 

 

炬燵のテーブルをひっくり返して盾にする。残念だったな。神の力が弱くなっても、反射神経は最高だ。

 

 

「だーりんのいけずぅ」

 

 

「ねぇねぇ? 俺のこと、嫌いになったよな? アイドルどうしたの? 何でここに居るの? 全部まとめると、帰れ」

 

 

「意地悪なだーりん……これはこれであ———」

 

 

「クネクネしてんじゃねぇよ」

 

 

熱烈にテーブルに頬擦りする美九。顔を赤めながら身をよじらせていた。

 

女の子の視線が痛い。どういうことか説明しろっと目で訴えられるが、こっちが知りたいです。

 

 

「私、気付いてしまったのですよだーりん」

 

 

よし! それ絶対気付いちゃいけないことだと言う前に分かったぞ!

 

 

「だーりんの愛する女の子も、私が許して愛せば良い事に!」

 

 

「やめてください」

 

 

「だーりんは平等に愛してくれるんです! なら私も平等に愛してだーりんの愛を———!」

 

 

「ホントやめてください!?」

 

 

一体どんなことを考えたらこんな超理論に辿り着く!?

 

 

「だーりんのことを考えれば、ですよぉー!」

 

 

「人の思考をドヤ顔で読むなよ!?」

 

 

ガタッ!!

 

 

テーブルの守りが緩くなった隙を美九はまた見逃さない。テーブルをどけて大樹に抱き付いた。

 

豊満なバストが大樹の顔にすっぽりハマり、死期を悟った。

 

 

「大樹ぃ……!」

 

「大樹君……!」

 

「大樹さん……!」

 

 

「待ふんだッ!」

 

 

俺は美九の胸から顔を離して誤解を解く。

 

 

「俺は胸の大きさとか全然気にしないから!!」

 

 

バギッ!!

 

 

———相手が気にしていることを学べ大樹。

 

 

________________________

 

 

 

美琴たちに許して貰った後、三人は買い物に出かけた。というか俺を残して女の子たちだけでショッピングに出掛けたよ。まぁ俺はテロリストで外を歩けないから仕方ないよな。

 

アニメを見ながらボーっとしていると、炬燵の中で右隣に入った美九が幸せそうにミカンを食べている。

 

 

「だーりん、あーん!」

 

 

「パクッ、ペッ!!」

 

 

「だーりん!?」

 

 

必死に嫌われるようにしているけど無理のようだ。

 

美九は大樹が吐き出したミカンを見て、

 

 

「……これは食べた方が好感度———」

 

 

「それをやったらアイドルどころか人として何かもう終わるから」

 

 

結局俺が食べることになる。

 

 

「そんなことでは駄目ですわよ。大樹さん、あーんですわ」

 

 

左隣ではミカンを口に咥えた狂三が待っていた。とりあえずいつ入って来たのかは置いておこう。俺がする行動はただ一つ。

 

 

醤油(しょうゆ)か? ウニが食いたいのか? 付けてやるよオラ」

 

 

「んむッ!?」

 

 

オラオラ! 俺の醤油が飲めないのかオラァ―――チッ! 付ける前に食べやがったか!

 

 

「でしたら海苔(のり)がありますよだーりん?」

 

 

「非常に言いたくないが挑戦意識が高い奴、俺は好きだよ」

 

 

完璧にウニ軍艦。でも遠慮する。他人の不幸を見る方が俺は好きだから。

 

この駄精霊共のせいでゆっくりできない。俺に安息の地は無いのか。また宇宙まで行く? 火星に住んじゃう? あ、消したんだった。

 

とりあえず無断侵入して来た二人はどうしてやろうか。そんなことを考えていると、

 

 

「大樹は居るかしら?」

 

 

扉を開けて入って来たのは琴里。飴を舐めながら大樹たちを見て表情を引き攣らせた。

 

 

「どうやって入って来たのよ……」

 

 

「意外。琴里ちゃんがクロだと思っていたのに」

 

 

「私はいつだってシロよ」

 

 

はいダウト!!!!

 

 

「そんなことより大変よ。士道が幻覚を見始めたわ」

 

 

「え? 薬でもやった? 覚醒剤? 本気剤?」

 

 

「やるわけないだろ!? って本気剤!?」

 

 

琴里の後ろから反論して来たのは士道。居たのかよ。本気剤はアレだよ。覚醒するんだよ。経験者は語る、マジで何か覚醒する。何か分からないけど本気になる。うん、完全に危ない薬だこれ。飲みたい方は夾竹桃(きょうちくとう)に聞いてください。

 

 

「むむっ、だーりん、今他の女の子のことを考えていましたねぇー」

 

 

「怖いから思考読むのホントやめろ。司波兄妹かよ」

 

 

体が震えて来ちゃうよ。ガクガクブルブル。

 

 

「空に奇妙な物体があるんだよ。それを琴里に言っても信じてくれないんだ」

 

 

「薬———」

 

 

「違うって言っているだろ!」

 

 

「まだ『薬』ってしか言ってないだろ!!」

 

 

「逆ギレ!?」

 

 

「まだ人がボケているでしょ! 邪魔するなよ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

怒りながら大樹は士道の胸ぐらを掴み、ガクガクと揺らすのだった。

 

 

________________________

 

 

 

———何事に置いても、行き過ぎたモノはトラブルを引き起こす。

 

 

それは———集まり過ぎた力。

 

それは———強過ぎる思い。

 

それは———過剰な欲望。

 

 

集中には必ずバランスを保つ為の反動が訪れる。

 

 

「—————楢原 大樹」

 

 

少女の声は、振り子を揺らした。

 

 

———神が下す理不尽な判決に、誰も気付けぬまま。

 

 

ガコンッ……

 

 

———最後の物語は、ゆっくりと動き始める。

 





悔い改めろって友達に言うと、お前が悔い改めろって言われます。否定できないのが辛いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。