どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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あけましておめでとうございます! 今年は『吉』と普通な運勢だった作者ですが、たくさんの方に見て頂けている私は毎年『大吉』の気分です。今年もよろしくお願います!

デート・ア・ライブ編はあとちょっと続きます。ツイッターで知っている方も居るでしょうが、まだ登場していない女の子たちを出さないといけないですからね(使命感)

今年もギャグを凝縮させた内容に仕上げたいと思っています。質より量。良い言葉です。下手な鉄砲も数打ちゃなんたらです!

それでは、物語の続きをどうぞ!


終わらない物語 エンドレスデートタイム

———ガルペスとの戦いは終わった。

 

 

妖星『シヴァ』の破壊と共に地球の軌道は元に戻る報告が【フラクシナス】に届いた。

 

大樹がガルペスに勝利したことを知った彼らは【フラクシナス】で迎えに行くが、

 

 

「大樹!!」

 

 

『シヴァ』の残骸の上に倒れている大樹を見た折紙が名前を呼ぶ。随意領域(テリトリー)が大樹を包み込んだ瞬間、大樹の周囲に展開していた結界が崩れた。

 

CR-ユニットを使い折紙が誰よりも早く駆け付けてボロボロになった大樹を抱きかかえる。

 

大樹は折紙の顔を見て安心したのか、スッと意識を落とした。

 

ボロボロに破れて血塗れた軍服は大樹がどれだけ無茶をして、死線をくぐり抜けていたことを物語っている。

 

黒色のオールバックに数十本の白髪が少し目立っている。右こめかみの緋色の髪が一番目立っているかもしれないが、彼女たちに取って白髪は緋色以上に目立つモノだった。

 

 

「治療を!!」

 

 

「すぐに運びなさい!!」

 

 

折紙の言葉に琴里が急いで叫ぶ。全員で協力して大樹を【フラクシナス】の医療室に運んだ。

 

そして数分後には大樹は手術室の台に横たわっていた。

 

 

「うッ!?」

 

 

大樹の姿を見た医者たちは絶句した。

 

外傷が少ないと思いきや、X線で人体の中を見ればグチャグチャになっているのだ。

 

骨はボロボロに砕け内臓は元の場所にあるのが数個だけ。まだ息があることに医者たちはゾッとしていた。

 

 

「何だこれは……」

 

 

「ど、どうすればいいのですか……」

 

 

医者たちは戸惑った。まずこの状態で生きている人間を見たことが無ければ、この状態の人間を治療したことが無い。

 

どこから手を付ければいいのか分からない彼らは混乱していた。

 

 

「心臓と肺からです。先生は強いですから他は後で大丈夫です」

 

 

しかし、一人の男は冷静に判断を下していた。

 

何の躊躇(ちゅうちょ)も無く腹をメスで切り手術を始めたのだ。

 

 

「人が生きる為に必要な臓器から優先的に治療します。幸い、先生の血液は足りているので時間との勝負ですよ皆さん」

 

 

その場に居た医者たちは、天才医師の手術技術を見て戦慄した。

 

猿飛(さるとび) (まこと)の手術技術は世界の常識を覆すと謳われていた。

 

証明するかのように、その場に居た医者たちの常識は覆った。

 

 

その日———『猿の神手』と呼ばれる医者が復活した。

 

 

「先生、恩返しです。あなたには大切な人がいる。だから泣かせない為に生きてください。私はあなたを絶対に死なせない」

 

 

———手術時間は42時間32分という世界最長時間に及んだ。

 

 

しかし、世界に衝撃を与える伝説は彼ら【ラタトスク機関】にしか知られていない。

 

 

そして猿飛天才医師は、一度も医療器具を手放すことなく、一睡もしなかったという。

 

 

 

________________________

 

 

 

大樹が目を覚ましたのは、1月1日に変わる瞬間だった。

 

ふと耳に『ハッピーニューイヤー!』と大きな声が届いた。

 

ゆっくりと目を開ければ———両目で天井を見えていた。

 

不思議なことに失明していたはずの左目が見えるようになっているのだ。

 

上体を起こして周りを見渡せば白一面の病室だ。

 

しかし、一人の女の子が椅子に座って俺を見ていた。

 

 

「……………あ」

 

 

そして、視界がぼやけた。

 

両目からボロボロと涙がこぼれ出していた。

 

無理に体を動かしてベッドから起き上がろうとする前に、女の子は俺に近づき体を起こさないようにした。

 

 

「馬鹿ね。まだ無理しちゃ駄目でしょ」

 

 

「ぁ……あぁ……!」

 

 

彼女の手を握りながら俺は泣き出した。

 

どうすればいいのか分からなかった。

 

何を言えばいいのか分からなかった。

 

それでも、彼女は俺の目を見て笑ってくれる。それが堪らなく嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらない。

 

 

「おかえり大樹………ううん、ただいま」

 

 

「ッ———!!」

 

 

そして、大樹は決壊した。

 

大声で泣き、彼女の名前を叫んだ。

 

体を強く抱き締めて、彼女の温もりを感じた。

 

彼女の為にかけた長い時間が、やっと報われた。

 

辛い事が何度もあった。心が何度も折れた。それでも周りに大切な人が居てくれたから、大樹はここまで来れた。

 

 

「美琴ッ!! 好きだッ……大好きだッ……!」

 

 

「うん……ありがとう」

 

 

________________________

 

 

 

その後、騒ぎを聞きつけてアリアたちに泣かれ騒がれ抱き付かれと、落ち着くのに二時間以上の時間がかかった。

 

仲裁に入った原田たちはドッと疲れていた。精霊たちも乱入した時は全てを諦めかけたが、士道のおかげで収まった。

 

ベッドに寝た大樹に寄りそう7人の女の子たち。幸せそうな表情で大樹はご飯を食べていた。

 

 

「飯が美味い……箸も美味いよ」

 

 

「それ食べるモノじゃねぇよ……」

 

 

頭がおかしいのは、いつものことか。原田はホッと安堵の息をついた。

 

 

「いやー、少年の周りはホント凄いねー。漫画にしたらネタが尽きないよこれ?」

 

 

歳は同じくらいか灰色の髪とターコイズの瞳を持つ女の子が笑っていた。精霊か?と士道に視線で確認すると頷いた。

 

 

「ほう? 俺が寝ている間に士道のハーレム計画は順調に進んでいたと?」

 

 

「まだ言ってんのかアンタ!?」

 

 

「えっへっへ、いいよいいよー。少年が獣の姿になる……実に最高!」

 

 

二亜(にあ)も何を言ってんだ!?」

 

 

名前は本条(ほんじょう) 二亜。聞けば未来以外のことを知ることができる精霊の力を持っているらしい。

 

現在起きている出来事、人の過去の情報を知ることができるらしい。プライバシーの保護って言葉を知っているのかこの精霊は。

 

 

「残念だけど少年(ツー)の情報は得られないんだよねー。フィルター? みたいなのが邪魔しているから」

 

 

既に俺のプライバシーが荒らされそうになっていて、守られていることに草が生えるんだが。

 

 

「少年2って……俺をそんな枠で埋めれると思うなよ?」

 

 

「おおっと!? 敵にはならないよ!? 星を壊した男に歯向かえる度胸、あたしにはないからね!」

 

 

「バラした奴集合」

 

 

「「「「「サッ」」」」」

 

 

「全員かよ!?」

 

 

美琴まで目を逸らした。その現実に泣きそうになる。確かに妖星『シヴァ』をぶっ壊したけど……富士山の記録越えたな。

 

 

「だ、大樹……お前は勘違いしていると思うぞ……」

 

 

何か言い辛そうに原田が近づいて来た。手にはタブレットがある。これを見ろと?

 

嫌な予感がしつつも受け取ると、そこには宇宙銀河系の図が液晶に写っていた。

 

 

「……おお、軌道は元に戻ったのか。凄いな、アイツは……」

 

 

「気付け……頼む気付け大樹!?」

 

 

「う、うお!? 何だよ……気付けって……」

 

 

「惑星を、見てみろ……!」

 

 

「は?」

 

 

タブレットをもう一度確認する。

 

太陽を一番左にあるとして、その次の左から水星、金星、地球、木星、土星、天王星、海王星。

 

……何がおかしい? 分からないぞ。

 

そう言えば小学校の時って『すいきんちかもくどてんかい』って覚えたよな。

 

 

「…………………………あれ?」

 

 

落ち着け。今、何と言った?

 

『水、金、地、火、木、土、天、海』だ。

 

 

 

「あれ? あれれ? あれれれれれれ!?」

 

 

それでこのタブレットには『水星、金星、地球、木星、土星、天王星、海王星』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———おい、火星どこいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……火星は? 火星はどこに? 火星は何処(いずこ)に?」

 

 

「大樹……」

 

 

「ガルペスがアレを起動した時か!? これって不味い———!」

 

 

「大樹ぃ!!!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

原田は大樹の顔を掴み、真実を告げた。

 

 

 

 

 

「お前の全力攻撃が、火星を消したんだよぉ!!!」

 

 

 

 

 

「嘘だああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァ!!??」

 

 

ひぐ〇しのレ〇ちゃんの何倍もの大声で叫んだ。

 

妖星『シヴァ』で記録更新? 大幅に更新したよ。 エベレストを高跳びで超える勢いで更新したよ。

 

涙を流しながら大樹は首を横に振る。だがそれよりも原田が首を横に強く振った。やめてぇ!

 

 

「妖星『シヴァ』の後ろには火星があった! もう分かるだろ!?」

 

 

「わざとじゃないんだ! 俺は悪くない!」

 

 

「許されねぇよ! 惑星吹っ飛ばすとか何を考えているんだお前は!?」

 

 

「富士山と同じように対処してぇ!!」

 

 

「世界遺産を消し飛ばすのと次元が違ぇよ!!」

 

 

「そうだ! ゴキブリを全滅させる為とか言えば———!」

 

 

「テ〇フォーマーズじゃねぇよ!?」

 

 

「もうガルペスのせいに……しよ?」

 

 

「クズだろお前……」

 

 

自然と大樹はベッドに正座していた。罪の意識を感じているのは嘘ではないらしい。

 

原田もこれ以上何も言わない。最後に一言だけ、告げて部屋に帰ることにした。

 

 

「今日からお前は人じゃない。『大樹』だ」

 

 

「(´;ω;`)」

 

 

———再び大樹は涙を流した。

 

 

 

________________________

 

 

 

大樹は鏡の前に立った。

 

白髪が何本か目立つ黒髪の頭になった。そして右こめかみが緋色になっている髪を見て大樹はフッと笑みを見せた。

 

 

「俺には勿体無いくらい、綺麗な色だな」

 

 

嫌だと言う気持ちは全くない。むしろ嬉しいくらいだ。

 

 

「……サル君もやるな」

 

 

自分の体を治療したのはサル君。彼は俺を治療した後、医者の戦場へと戻って行った。

 

左目が見えるのも、生きているのも、全部サル君のおかげ。そう考えると、嬉しい気持ちが収まらない。

 

 

「よし」

 

 

今から全員で初詣に行く。俺は黒の着物に着替えてオールバックをビシッとワックスで決めていた。

 

頭と体に巻いた包帯を取れば完璧だが、完治していないので外せない。

 

どうやら今回の戦いで消耗した体力は相当なモノだった。神の力が不用意に使えない点と、未だに全快しない体を見て分かった。

 

しかし良い事が一つ。溢れ出して暴走していた力を外に放出できたので、力は元に戻った。もう暴走することはないだろう。

 

 

「大樹? 準備はいいの?」

 

 

「おう、完璧だ……ぜ……」

 

 

美琴の声が聞こえたので振り返ると、そこには青い着物を着た美琴が居た。

 

赤紫色の帯を巻き、綺麗な花柄ある青い着物は美琴に合っていた。

 

合っていたというか超可愛い。結婚したいって思うくらい。

 

 

「な、何よ……」

 

 

「超似合ってる。可愛いぜ」

 

 

「なッ!?」

 

 

バチンッ!!と美琴から電撃が飛んで来るが、いつものように俺は冷静に手で叩き落とした。

 

 

「危ねッ」

 

 

「ッ!? ……ホント見ない内に凄いことになったわね」

 

 

「褒めていると信じているからな、その言葉」

 

 

美琴は気まずそうに目を逸らすが、俺はもう気にしていない。だって大樹だから! やべぇ泣きそう……!

 

 

「女の子とたくさん遊んだせいかしら?」

 

 

「否定できないのが辛いが、俺は———」

 

 

「い、いいわよ! 言わなくていい!」

 

 

「———美琴を愛している!!」

 

 

「ホント変わったわよ!?」

 

 

そうだな。きっと成長したんだよ。でも悪い方向に伸びている可能性が高いから口には出さないでおく。

 

 

「美琴。俺は普通だ」

 

 

「……一応言っておくけど、真由美から話はほとんど聞いているわよ?」

 

 

やりやがったなあの魔王! そんなに困る俺が見たいのか!? 美琴の好感度、ダダ下がりだよ!

 

 

「……私の為に、頑張ってくれたのよね」

 

 

と思っていたが、違うようだ。予想外でーす。

 

視線を逸らしているが、美琴は頬を赤くしながら言った。

 

 

「お、おう……」

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

真由美。お前は良い奴だよ。見直した。惚れ直した。いやもう惚れていたわ。

 

 

「で、でも! 女の子と遊びまくるのは許さないわ!」

 

 

「それは真由美が言ったのか?」

 

 

「ええ、そうよ!」

 

 

前言撤回。よし、もう許さん。今日の大樹さんは真由美に対して厳しく優しく接します。どっちだよ。

 

 

「皆は?」

 

 

「もう行ったわよ。下で待っているわよ」

 

 

「そうか。じゃあ俺たちも行くか」

 

 

美琴と一緒に並びながら廊下を歩き出した。

 

平和な時間が再び訪れたことに、大樹はずっと笑っていた。

 

 

 

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おみくじ結果 『極凶』

 

———あなたは呪われています。今年どころか永遠にとんでもない災難があなたに降り注ぐでしょう。特に恋愛は宇宙銀河級にヤバいです。

 

 

グシャッ!!

 

 

「ど、どうしたのよ? 急におみくじを握り潰して……」

 

 

「大丈夫。ちょっと今年は運が悪いようだ」

 

 

(殺意を振り撒きながらクジを潰すのはお前ぐらいだよ大樹)

 

 

美琴を心配させないように俺は笑顔で答える。原田は何か気付いたようだが、見て見ぬフリをしてくれた。

 

凶の下は大凶だろ? 俺様、その下があるとは思わなかったよ。極凶って何だ。凶を極めたのか。

 

呪われているって……舐めてんのかこの神社は。(はら)えよ、仕事しろ。

 

 

「美琴は大吉か?」

 

 

美琴はドヤ顔で俺に『大吉』と書かれたクジを見せてくれた。どうやら嫁たちは全員『大吉』らしい。

 

 

「おーい、男共。集合集合」

 

 

「どうした?」

 

 

「……嫌な予感しかしないぞおい」

 

 

俺と同じように黒い着物を着た士道と原田。俺は笑顔で尋ねる。

 

 

「大丈夫大丈夫。お前ら、クジはどうだった?」

 

 

「あまり言いたくないけど俺は大凶だった。大凶って本当にあるんだな……」

 

 

「……俺も大凶って言ったらお前はどうするんだ」

 

 

なるほど、士道と原田はシロか。オーケーオーケー。全て理解した。

 

 

「美琴、ちょっと神社ぶっ壊して来る」

 

 

「うん、後でね」

 

 

美琴と一度別れた俺はギフトカードから刀を取り出し力を———!

 

 

「ってコラァ!?」

 

 

「止めるな美琴! この神社は祟られている! 俺の神殺天衝で一発だ!」

 

 

久々に美琴から跳び蹴りを背中から受けた。そのまま乗られて身動きが取れなくなる。

 

 

「ま、まぁ落ち着けよ大樹。絵馬でも書いて、な?」

 

 

「原田……お前は悔しくないのか……!」

 

 

「いや、士道のクジを見た琴里がさっき……な?」

 

 

既に粛清されてしまったようだ。ブラコンの力って凄いよね。

 

 

「便乗してくる」

 

 

「それ以上追撃したら死ぬからやめろ!?」

 

 

何を言っている? 殺すんだよ(白目)。極凶大樹の力を見せてやるよ。

 

まぁ美琴がそれを許すわけないわけで、俺はズルズルと引っ張られながら絵馬のところまで連れてかれた。

 

全員が絵馬を書くことになったらしく、俺たちが来たことで全員が集合した。

 

 

「絵馬に書くより大樹君にお願いした方が早く叶いそうなのはアタシだけかしら?」

 

 

「優子。何でも言ってみろ。叶えてみせるぜッ!!」

 

 

「……やっぱり絵馬に書くわ」

 

 

何故だ優子。お前の為なら世界だって征服でも制服にすることもできるぞ。

 

……まぁ良いだろう。今は仕事が先だ。全員が綺麗な浴衣を着ているこの光景、カメラに収めるのだ!

 

 

「恥ずかしいからやめなさい!」

 

 

「えー」

 

 

アリアに注意されて俺は落ち込む。これ以上嫌がることはしない。だが、

 

 

「フッ、だが俺の携帯端末の待ち受け画像はアリアの寝顔なんだぜ?」

 

 

「消せ」

 

 

———自慢したことを死ぬほど後悔した。

 

画像を消された大樹は絵馬の傍で死んでいる。その姿を見ていた二亜と七罪は笑う。

 

 

「んーふふふ、いやー少年2は面白いね。凄く良い」

 

 

「フフッ、ただの馬鹿でしょ」

 

 

絵馬に死んだ大樹を書く二亜。彼女だけ着物を着ておらずダウンジャケットを羽織っていた。

 

変身していないせいか七罪は大樹を嘲笑った。しかし、深緑色の着物は似合っていて可愛い。自分を卑下するのは少なくなったと原田が言っていたな。

 

 

「大丈夫だ……俺には、黒ウサギのエロウエディングドレスがある!!」

 

 

「少年2、ホント最高ッ」

 

 

二亜はそんな馬鹿な大樹を気に入っていた。

 

復活した大樹は二亜の書いている絵馬を見て感心する。

 

 

「うおッ、すげぇ上手いな」

 

 

絵馬に書かれたイラストはプロレベル。七罪はサッと隠したがプロに近いレベルで上手かったのを見逃さなかった。

 

 

「まぁねー。借りにも絵描きの端くれとして? 手は抜けないっていうか?」

 

 

「職業病か? 漫画でも描いているのか?」

 

 

「おッ、察しが良いね」

 

 

ペンをクルクルと回しながら二亜は笑った。いや適当に言ったけどな。

 

……精霊が漫画家って、俺が寝ている間に何があったんだホント。

 

 

「今なら少年2の好きな人の裸体とか描いてあげても良いよ? リアルに再現してみせるよ?」

 

 

「師匠と呼ばせてください」

 

 

刹那———俺はその場で片膝を地につけて忠誠を誓った。

 

天才だ。この精霊、逸材過ぎる!

 

 

「YES♪ では黒ウサギもお願いしても?」

 

 

「少年2、撤退だ!!」

 

 

「御意!!」

 

 

数分後———俺と二亜は正座させられた。黒ウサギのウサ耳から逃げれるわけがない。

 

黒ウサギにロープで体で縛られた俺は口にペンを咥えさせられ、大人しく絵馬を書くように言われてしまった。

 

しかし、いざ書くとなると何を書けばいいのか思いつかない。ペンを器用に口元で回しながら原田に聞く。

 

 

「どういうことを書けばいいんだ? 大体のことは神に頼まずとも自分でできるんだけど」

 

 

「じゃあそれでも自分ができないことを書けば?」(どうやって口元でペンを回してんだコイツ……)

 

 

うーん、自分じゃできないことか……。

 

口にペンを咥えて絵馬にやりたいことを書いてみる。隣で様子を見ていた原田は戦慄する。

 

 

スパンッ!!

 

 

「アホか!?」

 

 

「うぐッ、ごめん、違う。あの、証拠隠滅してください」

 

 

原田は大樹の絵馬を掴んで大樹の頭を叩いた。絵馬は真っ二つに割れた。

 

珍しく大樹が反省していた。理由は簡単。絵馬にR-15では公開できないようなことを書いたからだ。

 

 

「俺だってそういうことも考えちゃうんだよ……」

 

 

「下ネタ20連発より酷い内容を俺は初めて見たぞ」

 

 

マジか。

 

 

「公共の場だ。分かるよな? オブラートに包め」

 

 

「じゃあ———嫁とエロいことがしたいです」

 

 

スパンッ!!

 

 

原田は大樹の絵馬を奪い取り大樹の頭を叩いた。再び絵馬が真っ二つに割れる。

 

 

「———デートの最後はホテルに行きたいです」

 

 

スパンッ!!

 

 

「……おっぱいが揉みたいです」

 

 

スパンッ!!

 

 

「嫁とラブラブになりたいです!!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「お前殺すぞ!?」

 

 

「ふざけるお前が悪いだろうが!? でも最後はスマン!!」

 

 

頭からダクダクと血が流れてはないが結構痛い。怪我人にこの仕打ちは駄目だろ。

 

とりあえず最後は採用された。原田は最後の詫びに不採用の絵馬を燃やしてくれた。

 

 

「———フッ、もうラブラブなのに絵馬に書く意味は無いか……」

 

 

「これが神と非リア充に喧嘩を売って行くスタイルか」

 

 

違うわ。

 

絵馬を書き終えると俺の背後に誰かが近づく気配を感じた。原田が何もしないということは、

 

 

「大樹君はもう書いたかし、らッ!」

 

 

「うおっと。書いたぞ」

 

 

背中から抱き付いて来たのは真由美。俺は受け止めながら答えるが、今日の大樹さんは怒っていますよ。

 

 

「美琴に何を話しているんだよ。おかげで美琴と手を繋ぐタイミングを逃したじゃねぇか」

 

 

「中学生の悩みか」

 

 

「原田は後でしばく」

 

 

俺がジト目で真由美の顔を見ると、真由美もジト目で俺を見ていた。

 

 

「ふーん」

 

 

「な、何だよ」

 

 

「別に。大樹君は美琴さんのことが随分と好きみたいね」

 

 

「馬鹿か。俺は美琴と同じくらい真由美のことが好きだぞ」

 

 

「かゆいかゆい。コイツらの会話を聞いていると体中がムズムズする」

 

 

———とりあえず原田の腹に一発パンチを入れて静かにさせた。

 

 

「でも本当のことでしょ? いつも私じゃない女の子とイチャイチャしているじゃない」

 

 

「ぐッ」

 

 

痛い所を突かれた大樹は気まずそうに視線を逸らした。好機と見た真由美は大樹の右頬を指で突きながらニヤニヤと笑う。

 

ちくしょう。また遊ばれているじゃねぇか。何か反撃の手立てはないのか?

 

 

「あ、そうだ」

 

 

俺の背中に体重をかけていた真由美をそのままクルリと前まで回転させて、

 

 

「えッ」

 

 

お姫様抱っこの状態になった。赤と白の花柄の和服と華の(かんざし)を付けた綺麗な髪を見てドキッとなるが、俺はキリッと真剣な表情になる。

 

 

「だ、大樹君!? えっと、あの……」

 

 

「真由美」

 

 

俺は告げる。

 

 

「ちょっと初音速ダッシュしてもいいかな?」

 

 

「私が悪かったから降ろして!?」

 

 

勝ったぜ。

 

真由美が俺の顔をポコポコと叩いて拒否していた。体験したことはなくても、相当なモノだということは予想できているようだ。

 

今度は俺がニヤニヤする番だった。頬を膨らませた真由美を見れて大満足。

 

 

「大樹さん、新年早々から撃たれますよ?」

 

 

「て、ティナ!?」

 

 

そんなニヤニヤする時間はすぐに終わりを告げた。

 

ジト目でティナが俺の顔を見ていることに気付いた俺は真由美を降ろして笑って誤魔化す。

 

 

「さ、さすがに撃たれないって」

 

 

「ではアリアさんの前で同じことをやってください」

 

 

「無理ですごめんなさい」

 

 

アリアが帯の裏に銃を隠していることを知っている大樹は首を横に振った。

 

真由美にまた笑われているが、ここはスルーしよう。あとで真由美はお姫様抱っこで甘い言葉を囁いて亜音速より少し遅めのダッシュをする刑に処す。

 

桃色の着物を着たティナはため息をついたあと、無言で俺の顔を見る。

 

 

「………………えっと、似合っているぞ?」

 

 

「撃ちますよ」

 

 

「怖ッ!? アレ!? 違った!?」

 

 

「言葉が足りません」

 

 

「マジか……ティナ、可愛いぞ?」

 

 

褒め言葉にティナは喜ぶ様子を見せない。何故?

 

俺が困っていると、ティナは拗ねるように呟く。

 

 

「……大樹さんが私に言う可愛いは、恋愛的な要素が全く無い気がします」

 

 

———周囲に居た人たちが全員、俺を睨んだ。

 

ドッと汗が噴き出す。既に何人かの大人がスマホを手に取り通報しようとしている。新年からとんでもないことを公共の場でぶちまけないでくれ。

 

気が付けば真由美は逃げ出していた。姿はどこにも見えない。道連れしようと思っていたのに!?

 

 

「あ、あの……ティナさん? ここでは不味いので後で別の場所でお話でも……」

 

 

「……言って下さい」

 

 

「へ?」

 

 

「今、ここで言ってください」

 

 

そして、周囲から音と声が消えて静かな空間へと変わった。

 

この状況に戦慄する大樹。震えた声で尋ねる。

 

 

「な、何を言うのかな……?」

 

 

「———いつも皆さんに言っている『愛している』です」

 

 

ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポッ

 

 

「全員動くなぁ!!!」

 

 

大樹の大声が轟いた。全員の動きが止めることに成功。よし、まだ通報されていないな?

 

危なかった。一斉に通報されるところだった。

 

 

「ティナ。今じゃなきゃダメか?」

 

 

「今だからこそ、確認できると思います」

 

 

「フッ、そうだな」

 

 

———俺は覚悟を決めた。

 

ティナを恋愛対象に見ていない? いいや、そんなわけないだろ。

 

お前も大切な人だ。子ども扱いもしないし、ティナはティナだとちゃんと思っている。

 

この場で異様な光景だとしても、ロリコンだと罵られるとしても、俺は言わなきゃいけないんだ。

 

 

「ティナ。超愛しているぜ」

 

 

———琴里が助けてくれなかったら普通に逮捕されていた。

 

 

________________________

 

 

 

アリアたちの前で正座をする大樹。いつもの光景を美琴が遠くから見ていた。

 

 

「本当に変わっていないのね……」

 

 

「大樹だから」

 

 

隣には折紙も居た。白地に折り鶴柄の着物を着た折紙が答えた。彼女も長い期間で大樹の扱いを大方理解したようだ。以前のように怒っている女の子を止める様子を見せていない。

 

 

「アイツは、本物の馬鹿よ……」

 

 

「そう?」

 

 

「馬鹿。大馬鹿よ」

 

 

美琴は顔を赤くしながら俯いた。声も小さく、折紙だけが聞き取れた。

 

 

「馬鹿じゃなきゃ……あんな必死になって、私を助けないわよ……でも……」

 

 

「……………」

 

 

大樹という男に助けられた二人は知っている。

 

大樹がどれだけ必死に食らいつき、どれだけ血を流し、何度も助けてくれた。

 

美琴は大樹と以前、どんな風にやり取りをしていたのか感覚が思い出せない。あんなに過ごしたのに、あんなに笑ったのに、どう接すればいいのか分からなくなっていた。

 

 

「ねぇねぇそこの彼女。君凄く可愛いね」

 

 

「俺たちとちょっと遊ばない? こんな奴といないでさぁ」

 

 

「ほほう、新年早々血を流したい奴がいるようだな……嫁に手を出そうとしたことを死んで後悔させてくれるわ!!」

 

 

女の子に絡んで来た男を修羅となった大樹が追い払う。あの様子だと自分に来る運気まで追い払う勢いだった。

 

最後はやり過ぎな点と周囲に迷惑をかけている点があったのでまた正座をして怒られている。

 

そんなことが目の前で起きても美琴と折紙は無かったかのように話を続ける。

 

 

「成長しても大樹は変わらないでいてくれた。それでも分からないのよ」

 

 

美琴の言うことに折紙は同感して頷く。記憶が無くても大樹は変わらないことを折紙は知っているからだ。

 

 

「待つんだ黒ウサギ! その話、誤解が十個以上もあるのにインドラの槍を俺に撃つのか!?」

 

 

「それでもやった事実はありますよね!?」

 

 

「納得した」

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!!

 

 

快晴の空だというのに雷の音が轟いた。そんなありえないことが目の前で起きても美琴と折紙は無かったかのように話を続ける。

 

 

「分からないなら聞けばいい」

 

 

「え?」

 

 

「士道はそう言った。大樹はその答えに笑っていたから間違いない」

 

 

折紙は美琴の手を掴み引っ張る。美琴が何事か声に出す前に、地面に倒れた大樹に声をかける。

 

 

「大樹、デートして欲しい」

 

 

「———喜んで」

 

 

「私と美琴。三人で一緒に」

 

 

「———喜んで!!」

 

 

突如巻き込まれた折紙のデートに美琴は唖然(あぜん)とした。

 

大樹は嬉しい表情だが、美琴は顔を真っ赤にして何も言えなかった。

 

 

________________________

 

 

 

———翌日。

 

突然だが、完璧など無い。

 

むしろ完璧と言える物はボロが出ることが多いとそれは人生を通して十分に学び分かっていた。

 

でも完璧に近い素晴らしい計画はできた。自分の持つ能力をフルに活用して練り上げた渾身のデートプラン。

 

美琴は喜んでくれる。折紙も笑ってくれるに違いない。そう確信する程、完璧と言える計画だった。

 

だがそういう計画は、大体崩れるのがオチ。というわけで、

 

 

「狂三の存在で全てがパーになりました。拍手」

 

 

パチパチッと隣に立ったフリルの付いたモノトーンの服を着た狂三が笑顔で拍手した。長い黒髪を二つに括り、左目が前髪に隠れているが、そんなことはどうでも良い。

 

 

「お前が女の子で、借りが無ければツバ吐き捨てて速攻でミンチにしたのに……!」

 

 

「その発言を女の子に言う時点でアウトでは?」

 

 

お前がここに来た時点でスリーアウト、チェンジだよ。

 

振り返るとせっかくデート服を着てくれた美琴と折紙のれいとうビーム級の視線が合う。凍る。目も心も。

 

白のコートに黒いスカート、黒色のマフラーを巻いた美琴。茶色のダッフルコートに白のスカートを穿いた折紙。

 

凄い可愛い。可愛くてテンション上がるのに、どうして修羅場が起きようとしているんだ?

 

 

「別にデートの邪魔をする気は無いですわ。前にしましたからね」

 

 

「「……………」」

 

 

「現在進行形で邪魔してない? 狂三の発言で視線がもっとギスギスしているんだが?」

 

 

「……真面目な話、注意して欲しいことが大樹さんにありますの」

 

 

「注意して欲しい事?」

 

 

急に真剣な表情になる狂三に俺は『は? 何それ美味しいの?』みたいな表情になるが真面目に聞く事にする。

 

 

「当然、大樹さんの後をつけている人のことです」

 

 

「……………え?」

 

 

「え?」

 

 

「狂三、それって自分のことを言ってんだろ? 自虐ネタは今の時期は流行って———」

 

 

「違います」

 

 

「またまたー」

 

 

(わたくし)も撃ちますわよ」

 

 

「俺が悪かった」

 

 

しかし、本当に誰がつけているのか分からなかった。

 

あの戦いで神の力が激減して弱くなっているが、人に見られている気配に気付かない程ではないぞ? 相手は相当の手練れか?

 

 

「ソイツはいつ危害を加えそうだ?」

 

 

「いえ、それはないでしょうね」

 

 

「ほん? 言ってることが少し分からないんだが……」

 

 

「それでは大樹さん、良いブラッディデートを……」

 

 

「とんでもねぇ捨て台詞を残して行くな!? 何で血塗られるの!? まさか俺のこと!?」

 

 

最悪の言葉を残した狂三は人混みに溶け込み姿を消す。今度会ったら覚えておけよ。

 

美琴と折紙のところに戻ると、俺は事情を説明しようとするが、

 

 

(せっかくのデートにあまり不吉な話をするべきじゃないな)

 

 

どう誤魔化そうかと考えると、自然と答えが出た。

 

 

「———狂三が俺のストーカーという話だ。気にするな」

 

 

数秒後、銃弾で頭部を狙撃された。後頭部が超痛かった。

 

 

________________________

 

 

 

歩き始める前に右手で美琴の手を握る。すると微量の電気が体に流れた。

 

美琴は無意識なのか顔を赤くして俯いているだけだ。ちなみにアリアの手を握ると銃弾が飛んで来るから注意が必要。

 

左手に握った折紙が感電しないように神の力で打ち消していた。

 

 

ばべ(さて)どぼびいぼうば(どこに行こうか)?」

 

 

「!?」

 

 

舌が回っていなかった。気付いた美琴がビックリして謝る。でも大丈夫だ。悲しいことに全然効かないから。何が大丈夫なのか分からないな。

 

デート場所は少し遠いオシャレなレストランだ。移動手段は【フラクシナス】の瞬間移動でも良いがロマンが無い。というわけで、

 

 

「車で行くぜ」

 

 

「え……」

 

 

「おっと美琴? 俺の運転が荒いとか常識破りとか予想して恐怖に怯えているかもしれないがさすがにしないぞ?」

 

 

【ラタトスク機関】から貰った白色の四人乗り新車を自慢するけど引かれた。地球を救ったから【ラタトスク機関】に何でも貰える。嬉しいね。

 

 

「見ろ! 免許もあるぜ!」

 

 

「偽造?」

 

 

「本物だよ!?」

 

 

「そ、そう……た、確かに持っているわね」

 

 

オートマ車(AT)しか乗れないけどな!」

 

 

マニュアル車(MT)じゃないのね」

 

 

武偵校でバイクと一緒に免許を取っていたけど時間が足りなかったからATで妥協した。知識は全部頭に詰め込んだけどな。だが安全運転できることを証明するには十分だ。

 

 

「この世界でもちゃんと免許を取り直したから安心しろ!」

 

 

「違うわ大樹。免許とか車とか、関係ないの。大樹だから心配なのよ」

 

 

「その哲学みたいに言うのやめて」

 

 

一番美琴が乗りたく無さそうだった。折紙は既に助手席に座っているというのに。

 

だってカッコつけたいじゃん。男の子だもん。

 

 

「ん? まさか美琴、後部座席に座るかもしれないと思っているだろ?」

 

 

「いや別にそこは気にしてないわよ……死亡率が低いから後ろの方で良いわ」

 

 

「事故前提に話を続けないで。それに安心してくれ。運転席と助手席の間に座席を移動して三人乗りできるようになっている!」

 

 

「そ、そう……」

 

 

手応え無しか。そんなに俺の運転が不安なの?

 

 

「!? 大樹の隣じゃない……!?」

 

 

折紙が俺と隣じゃないことに戦慄している。そっちに手応えを感じても困る。

 

 

「美琴。これは言いたくなかったが……」

 

 

真剣な表情で大樹は告げる。

 

 

「例え事故が起きるとしても、その前に解決できる自信がある」

 

 

「今覚えてはいけない安心感を覚えたわよ」

 

 

こうしてドライブデートが無事始まり、目的地に向かうことができた。

 

 

「音楽は未来〇記のOP『Dead END』です。出発!」

 

 

「降りていいかしら?」

 

 

________________________

 

 

 

無事に車でレストランに到着して食事をした。金は腐るほど【フラクシナス】から貰っているので問題は無い。地球を救った男が優遇されるのは当然だ。

 

しかし、料理を食べていると不良に絡まれた。よってしばいた。

 

その後は美琴の希望でゲームセンターに行って楽しんだ。そこでも不良に絡まれたのでしばいた。

 

折紙の希望で服屋に行って三人の服を買った。特に俺が買った。部屋着に『アイラブ嫁』Tシャツを着ていることや、コートの中に『神・一般人』Tシャツを着ていることがバレたので。そこでも悪いお兄さんに絡まれたのでしばいた。

 

そして、最後は俺の希望でアクセサリー屋に寄っていた。

 

 

「はぁ……今日は平和な日なのに人を殴り過ぎな気がする」

 

 

「折紙の時に一団潰しているから当たり前よ」

 

 

最初は3人、次に7人。最後に20名の団体様をフルボッコした。何でこんなに絡んで来る人が多いんだ。最後は久々に美琴と一緒に戦ったぞ。ちょっと嬉しかったよちくしょう。

 

 

「さっき見た限り、能力は大丈夫そうだけど威力は上がったか?」

 

 

「そうね、今なら超電磁砲(レールガン)も凄いことになっているわね」

 

 

「その手に持ったコイン、俺に渡しなさい」

 

 

「しないわよ。大樹じゃあるまいし」

 

 

「それやめろよ」

 

 

気が付けば何故か俺が不利な立ち位置になっていた。自分って女の子との口喧嘩に弱いような気がする。

 

美琴と折紙は様々なモノを見ているが何も欲しいとは言わない。しかし、俺は何かプレゼントしたいと思っている。

 

だがガラスのショーケースに並べられたネックレスなどを先程から見ているがピンと来ない。

 

違う物にしよう。そう思い場所を変えようと歩き出すと、

 

 

「おッ」

 

 

あるモノに目がついた。

 

美琴と折紙を遠くから見て決断した。これを買おうと。

 

店員さんにコッソリ購入させて貰い懐に隠す。そして何も無かったかのように美琴と折紙と合流する。

 

 

「欲しい物はあったか?」

 

 

「ううん、無いわよ」

 

 

美琴は首を横に振り、折紙も美琴の言葉を同意するように頷いた。それは好都合。もしプレゼントの中身が被ったら意味がないからね!

 

店から出て車に乗って帰ろうとした時、一人の少女とすれ違った。

 

 

「ん?」

 

 

その時、違和感を感じた。

 

振り返るとそこには少女は見当たらず、誰もいない。店員さんが笑顔で俺たちを見送ってくれているだけだった。

 

 

「どうしたのよ?」

 

 

「いや……何でもない」

 

 

美琴に聞かれるが、気のせいだと俺は頭を振って車へと向かった。

 

———あれ? 何で俺は振り返ったんだ?

 

 

________________________

 

 

 

 

———事件は起きて終わった。

 

意味は言葉通り。起きたけど二秒で解決した。

 

車に乗ろうとした時、新車は無残な姿で発見された。『サンタマリア号』の破壊に大樹は犯人を殴ると言っていると、すぐに犯人たちは姿を見せた。

 

今度は団体様の倍、40人だ。この街を仕切るヤクザが俺の評判(団体様ボコボコ事件)を聞いて来たという。

 

 

「俺の下で働け。お前には見所がある。従わないなら、この車より酷い目に遭わせてやる」

 

 

金歯の歯を見せながら笑うおっさんボス。手下たちが刃物や拳銃を見せながら脅して来た。

 

 

———で、二秒で全員粛清して鎮圧した。

 

 

顔面に一発パンチを全員に叩きこんだら終わった。今日から俺が街のボスとなる。

 

 

「今日からお前らはボランティア活動の日々だ。逆らう奴は豚箱に叩きこむ」

 

 

街の治安維持。平和は二秒で守られた。

 

新車は壊れたので手に入れた部下にリムジンを用意させて帰ることにした。

 

 

「何で今日はこんなに絡んで来る奴が多いんだよ……」

 

 

「ねぇ折紙。これが今の大樹の普通なの?」

 

 

「……当然」

 

 

「目を逸らしたから今日はちょっと違うのね」

 

 

「大樹ね、今日はちょっと所じゃないと思うの? 美琴さん? 折紙さん? こっち見ろ」

 

 

初リムジンなのにテンションが高くない三人。今日はデートなのですが? 街の裏ボスを倒すゲームじゃないのですが? どういうことですか?

 

不味い。良い感じに終わるデートがこのままじゃヤバい。

 

 

「あのさ、実は———」

 

 

先程買ったプレゼントを懐から取り出そうとした時、

 

 

ギュルルッ!!!

 

 

突然のブレーキ。車が大きな音を立てながら無理矢理停止しようとしていた。

 

咄嗟の出来事に大樹は対応できた。美琴と折紙の体を引っ張り怪我をしないようにする。

 

数秒後には車が停止し、運転手の頭を叩く。

 

 

「何をやってんだアホ!?」

 

 

「す、すいません兄貴! でも前が……!」

 

 

「前?」

 

 

前を見ると、横断歩道の信号は赤なのに対して歩行者がズラリと並んで歩いていた。

 

車の信号は青なのに進める状況じゃない。部下のブレーキは正しい、歩行者が間違っている。

 

 

「すまん、叩いて悪かった。でも何だこの行列は」

 

 

「……ライブコンサートじゃないですか?」

 

 

「ライブ?」

 

 

行列を成している人たちの手にはペンライトや応援うちわを持っていた。誰のライブだ?と部下に聞くと驚いた表情をされた。

 

 

宵待(よいまち) 月乃(つきの)ですよ、この街の人たちなら全員知っているくらい有名です」

 

 

「悪いがアイドルは二次元にしか興味は無い」

 

 

「ドヤ顔で言う事じゃないわよ」

 

 

美琴にビシッとツッコミを入れられる。綺麗に決まった。黒ウサギでも80点以上の点数をあげるだろう。俺は絶対に満点あげるけど。

 

 

「はぁ……少し待てば通れるようになるだろ」

 

 

「見に行かないのですか?」

 

 

「それ、俺に対して『死ね』と同義語だから注意しろ」

 

 

「えッ!?」

 

 

「さすがにそこまで咎める気はないわよ……」

 

 

「美琴は許してくれるかもしれないが、アリアたちが違ったらどうする!?」

 

 

「アリアたちも言わないと思うわよ? それにせっかくの……その、デートなら連れて行ってくれてもいいじゃないかしら……」

 

 

照れながら言う美琴に俺の気持ちは変わった。俺は部下に指示を出す。

 

 

「任せろ。よし、突っ込め!!」

 

 

「犯罪者になるのでやめてください!?」

 

 

こうしてデートはまだまだ続くことができた。

 

 

________________________

 

 

 

何も持たずに入ろうとすると他の客に睨まれる。睨み返して威圧するが、アイドルに対する愛が足りないと思われているのだろう。

 

アイドルを世界一にしたことがある俺には分からないことではない。だからペンライトぐらいは購入する。

 

会場に入ると既に凄い盛り上がりを見せていた。観客たちの応援する叫び声、ステージ立つアイドルの歌声、響き渡る音楽。

 

 

「———♪ ———♪」

 

 

ステージに立つアイドルは完璧に()せていた。

 

紫紺の髪に銀色の瞳。黒ウサギと張り合えるぐらい抜群のスタイルの美少女。

 

白いドレスの衣装を纏った彼女に、全観客の視線が集まった。

 

 

「「Foo! T・U・K・I・N・O・月乃たん!!」」

 

 

大樹と部下は普通に適応していた。美琴と折紙はここに連れて来たことを早くも後悔している。

 

 

「あんた……興味無いって話じゃなかった?」

 

 

「美琴。アイドルになるには凄い努力が必要なんだ。俺は知っている。彼女がどれだけ頑張って来たのか!」

 

 

「さっきまで知らなかったわよね!?」

 

 

こんな感じの状態で一番後ろの席でも大樹と部下は盛り上がった。

 

そして美琴と折紙もアイドルの良さに気付いたのか、最後の曲になれば一緒に盛り上がっていた。

 

 

「うん?」

 

 

ふと空席の右隣りに気配を感じた。そこには俺と同じようにペンライトを振り、何故か俺の顔を見ている女の子が居た。

 

先程までいなかったのに突然現れた。しかも女の子には見覚えがあった。

 

 

「大樹?」

 

 

「———え?」

 

 

折紙に声をかけられてハッとなる。気が付けば曲も終わり、閉めの挨拶をしていた。

 

右隣りには誰もいない。そこで違和感に気付く。

 

 

「どうして俺は、右の席を見ていたんだ……」

 

 

「具合が悪い?」

 

 

「いや、大丈夫だ。ちょっとな」

 

 

折紙を心配させないように首を横に振った。

 

 

「女の子とキスするタイミングとか考えていただけだ」

 

 

「何言ってんのよ!?」

 

 

「私はいつでも構わない」

 

 

美琴に頭を叩かれ折紙には迫られた。大丈夫、まだしないから。

 

さすがの俺も二回目となると違和感の正体に気付く。狂三の言っていた『あとをつけている人』だ。

 

あの女の子が俺をつけているのは確実だ。でも危害を加えることがないと狂三は言っていた。言葉通り、危害を加える素振りはない。どういうことだ?

 

顎に手を当てて考えていると、周囲がざわざわしていることに気付く。

 

 

「ん? どうした?」

 

 

「アイドルの動きが……」

 

 

美琴に聞くとステージで終わりの挨拶をしている途中、話が止まったという。まるで何かを見つけて驚いているようだと。

 

彼女の視線は観客の方だ。一体誰を見ている?

 

 

「こういう場合、止む終えず別れた彼氏とか?」

 

 

「ドラマかよ。今からハッピーな展開になるの? アイドルはプロデューサーと良い関係になるモノだぞ」

 

 

「リアル過ぎるわよ」

 

 

リアルじゃない、二次元だ。

 

美琴にそう言おうとすると、アイドルが突如走り出した。

 

観客は驚きの声を上げる。アイドルは騒ぐ観客の間にある通路を駆け抜けてこちらの方へと向かっていた。

 

 

「おっ? 俺たちの近くのようだな。修羅場が近くで見れるとなると、少し見てみたいな」

 

 

「……どうしよう折紙。嫌な予感がするわ」

 

 

「大樹。今すぐ帰るべきと私は思う」

 

 

あれ? 何故か二人は乗る気じゃないようだ。

 

美琴と折紙が俺の腕を掴んで逃げようとしていると、アイドルは一番後ろの列まで到着。

 

そして、大樹と視線が合ったような気がした。

 

俺では無い。そう思い振り返るとそこには美琴と折紙、部下の三人が居る。まさか部下を探して!? 衝撃の展開!?

 

 

「本物……!?」

 

 

そう呟いたアイドルはゆっくりと大樹に近づき涙をポロリと零した。ありえない光景に俺たちはビックリする。

 

 

「ずっと会いたかったのですよ……?」

 

 

「部下のことか!?」

 

 

「違います違いますよ兄貴!? 兄貴のことですよ!?」

 

 

そんな馬鹿な!? じゃあク〇リン!?

 

この状況に混乱していると、信じられないことに彼女は俺の右手を両手で握り出した。

 

 

「ほわッ!?」

 

 

「私の……私だけの———!」

 

 

そして、アイドルは大樹を前から抱き付いた。

 

 

 

 

 

「———だーりんッ!!!」

 

 

 

 

 

「はあああああああああああああああああァァァいいいいいいいいィィィィィ!?」

 

 

———俺はこの世界に来て、衝撃的な事を告げられることが多い気がした。

 

アイドルの爆弾発言に観客たちも大樹と同じように叫んだという。

 

 

________________________

 

 

 

———テレビのニュースは大変なことになっていた。

 

アイドル『宵待 月乃』のスキャンダルだ。映像には真っ青な顔で驚く大樹と涙を流しながら抱き付くアイドルの姿。バッチリと映っていた。

 

このニュースのせいであの場から逃げ出した俺は【フラクシナス】で女の子たちに説教されていた。

 

 

「何も知らないんだよぉ!?」

 

 

「じゃあ何でこうなっているのよ!?」

 

 

「俺が聞きたいよ!? 全く面識が無いんだぜ!?」

 

 

アリアに無実を訴えるも前科が多過ぎて信じて貰えない。しかし、

 

 

「アリア。知っていると思うけど大樹の驚きから見て無実よ。でも有罪と思うの」

 

 

「優子が助けてくれるかと思ったけど全然違った」

 

 

優子は『大樹は悪いことをしていない。でも気付かないだけで罪を犯している』と言っていることと同じだ。普通に駄目じゃん。

 

だが思い当たることは無いが知らず知らずの内にやらかしてしまうことが多々あるので否定できない。最近は火星を吹っ飛ばしたぐらいやらかしたことがあるからね。

 

 

「でもアイドルの方が勘違いしているように黒ウサギは見えませんでした」

 

 

「だから困っている。真由美の悪戯より性質が悪いぜ」

 

 

「それってどういう意味かしら?」

 

 

そのままの意味だ。

 

真由美にズビシッと頬に指で突かれている中、ティナがハッとなる。

 

 

「大樹さんがイケメンだから、あのお芝居で狙って来た……!」

 

 

「すげぇ嬉しいけどそれは絶対無い」

 

 

ティナが俺のことをそう見てくれるのは嬉しい。でもそれは無い。

 

その証拠に美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、折紙が順に言うからだ。

 

 

「無いわ」

 

 

「無いわね」

 

 

「絶対に無いわ」

 

 

「可能性はゼロかと」

 

 

「無理ね」

 

 

「ありえる」

 

 

「よし、本当にお前らが俺のことを好きなのか疑う流れだな。折紙は大好き」

 

 

そこまで否定しなくても良いじゃないかな? ちょっと酷いよ?

 

絶対記憶能力で過去を(さかのぼ)るも心当たりが全くない。どういうことだ? 人違いか? 見落としているのか?

 

考えていると部屋のドアが開いた。入って来たのは原田と琴里。

 

 

「「馬鹿が馬鹿したと聞いて」」

 

 

「原田はぶっ殺す」

 

 

「何で俺だけだよ!? てか本当に馬鹿しているだろうが!」

 

 

否定できない。事態の元凶が自分だから原田に強く言えない。

 

 

「それでもお前は殺す!」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「いい加減にしなさい。大樹、事態は深刻なの」

 

 

原田と違って琴里が真面目な顔で俺を見る。俺も真面目に原田の腹を殴り理由を聞く。

 

 

「ナチュラルに殴るなよッ……ぐふッ」

 

 

「それで、何が深刻なんだ? 大体、予想がつくけどな」

 

 

「分かっているなら話は早いわ。あのアイドルが『精霊』だからよ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

琴里の言葉に女の子たちが驚愕する。琴里がこの部屋に来た時点で大体予想はできていた。

 

アイドルが精霊。漫画家の二亜が精霊だったからおかしくは……ないのか?

 

 

「彼女の本名は誘宵(いざよい) 美九(みく)。精霊として力が発覚したのはさっきよ」

 

 

「さっき?」

 

 

「まだ知らないみたいね。説明するから艦橋に来なさい」

 

 

________________________

 

 

 

『本日、午後6時過ぎから天宮会場で突如起きた謎の暴動は瞬く間に市内に広がり、現在数万人の規模に膨れ上がっています』

 

 

「暴動だと?」

 

 

ニュースを知らない俺は映像を見る。そこに映っているのはペンライトを持った集団が市内を徘徊しているゾッとする光景だった。

 

異様な光景だが、集団が持っているペンライトを見て理解した。アレは俺たちが持っていた物と同じだから。

 

 

「まさかアイドルの観客!?」

 

 

「正解よ。あなたたちが逃げた後、出て来た観客はああなったわ。ちなみにあの中には中津川も居るわ」

 

 

「中津川ああああああァァァ!!」

 

 

次元を超える者がやられたことに俺は涙を流しはしなかった。二次元一筋じゃないのかよ裏切者。

 

 

「それにスキャンダルのニュースを見て不自然なことに気付かなかったの?」

 

 

「不自然? いや、怒られていたからよく見ていない」

 

 

「チッ。そう、大変ね」

 

 

「今舌打ちした? ねぇ何で? 酷いよ琴里ちゃん?」

 

 

「そもそもあのニュースはスキャンダルだったかしら?」

 

 

理解できない俺にクルーたちが先程流れていたニュースの映像をいくつか見せる。

 

そして、目と耳を疑った。

 

 

『アイドルのヒーロー!? 月乃の人生を救った男!』

 

『男の名と行方は!? アイドルになれたのは話題の男!?』

 

『生中継 あの男の行方を知っている方からの電話をアイドル月乃が望———』

 

 

「ぬ!?」

 

 

何か俺に対して話題が大きくないですかね!? 確かに有名なアイドルに抱き付かれたけれど、アイドルの話題は俺より小さくない!?

 

 

『たった今速報が入りました! 暴動の原因はあのアイドルで話題となった男です!』

 

 

「ぬぬぬ!?」

 

 

『暴動を起こした人たちの要求はアイドルの宵待 月乃に抱き付いた男性ということが発覚しました!』

 

 

「ぬぬぬぬぬ!?」

 

 

最後何故か俺が抱き付いたことになっているし!? 違うよ!? 僕抱き付いていないよ!? 受け身です、被害者です!? だから武器を取り出さないでアリアさん!?

 

どういうこと!? 何が起きているの!? What's happen!?

 

 

「あの、これって……まさかと思うが」

 

 

「美九はあなたを望んでいるわ。暴動を起こす程ね」

 

 

「Oh,Yeah……」

 

 

何でそうなった。

 

 

「あの観客は美九の持つ精霊の力で操られているのよ」

 

 

「いやいやいや、ここまでするのか!?」

 

 

「ここまでする理由があった。そう考えないの?」

 

 

「アイドルだぞ? 楢原さんだぜ? 考えるか?」

 

 

「……考えないわね」

 

 

普通に論破しちゃったよ。罪悪感半端ない。ごめんなさい。

 

 

(しゃく)に障るから言いたくなかったけど、大樹の容姿はそこそこ良い方よ。彼女があなたに惚れているのは確かね」

 

 

「終いには泣くぞおい」

 

 

しかし惚れていると言われてもマジで分からない。俺がいつ、どこで、何をきっかけに惚れさせたのか。

 

琴里は俺がどういう答えを出すか待っている。出す前に一つ聞きたいことがある。

 

 

「士道はどうした?」

 

 

その言葉に琴里は視線を逸らした。待て、士道はどうなった。生きてる?

 

 

「さっき美九とコンタクトしたわ」

 

 

「先に行ったのか。まぁ元々精霊を止める仕事はアイツだからな。士道が恋愛で落と———あ」

 

 

気付いてしまった。

 

成功しているならこんなニュースは流れていない。暴動なんて終わっているはずだ。

 

 

「美九は士道の話に耳を傾けることなく一蹴。そのまま美九は十香たちを精霊の力で操って……最悪の状況よ」

 

 

「嘘だろッ……じゃあ士道たちは捕まって、今残った戦力は……?」

 

 

「アタシと部屋に七罪がいるわ。あとはここに居る原田とあなたたちよ」

 

 

「精霊が二人、嫁が七人、ゴミが一人か」

 

 

「俺も終いには泣くぞ」

 

 

原田が何か言っているが無視する。

 

戦力を確認した。そして正直な感想を告げる。

 

 

「うん、普通に大丈夫な気がする」

 

 

「誰もいなくてもお前が居れば行けると思うんだよ。お前のの存在が大き過ぎるんだよ」

 

 

「褒めているはずなのに悪口に聞こえるのは気のせい?」

 

 

最近原田の言葉は辛辣だ。

 

 

「大樹には美九の説得。この暴動を抑えた後、士道がもう一度美九に挑戦するわ」

 

 

「ちなみに士道に対するアイドルの好感度は?」

 

 

「大丈夫。まだ『ゴキブリ以下の好感度』よ。希望はあるわ」

 

 

「絶望的だろブラコン。現実見ろ現実」

 

 

琴里が真顔で言うから一瞬大丈夫と思ったわ。全然駄目だろ。何をどうしたらそうなる。

 

どうやら琴里は士道が美九と上手く行かないことに納得できていないらしい。アイツは性格もイケメンだから惜しいところまでは行けそうなんだがな?

 

 

「選択肢は完璧だったはずなのに……『下からの眺めは最高だったよ!』じゃなかった……?」

 

 

「士道に何を言わせようとしているんだよ……」

 

 

今度士道が精霊と対話している様子を見学しよう。【フラクシナス】の恋愛術は完璧だ!という言葉が信じれなくなった。

 

 

「とにかく士道が捕まっているなら原田が行けば解決だ。精霊には俺の力をぶつければ打ち消せる」

 

 

「お、おう」(信頼されているのか貶されているのか、最近分からねぇな……真剣な時は即分かるが)

 

 

原田と作戦を練ることにする。女の子たちも特に言うことなく作戦立案に協力してくれた。

 

様々な案が出されるが、大方は決まっていたので数分で終えた。そして、この作戦はアイツに頼るとする。

 

 

「ジャコ」

 

 

『何だ?』

 

 

ギフトカードからジャコが飛び出す。作戦を説明するとジャコは顔を引き攣らせた。

 

 

『なるほど……それは大丈夫なのか?』

 

 

「最悪、そうするしかない。士道がそうなった。なら俺がそうなったら、止む負えないだろ?」

 

 

『むぅ……いいだろう』

 

 

ジャコに作戦を伝えた後、ギフトカードに戻って来て貰う。

 

『士道救出作戦&美九の精霊封印作戦』は決まった。完璧かどうかは分からないが、問題は無いはずだ。

 

俺と原田は琴里の方を見て頷く。琴里は期待に応える。

 

 

 

「さぁ———私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

「「おう!」」

 

 

 

———デートは戦争(デート)へと変わった。

 

 

 

 

 

「「「「「浮気確定」」」」」

 

 

「そこは空気を読んで欲しかったッ」

 

 

女の子たちを説得させるのに少し時間がかかった。

 

 

________________________

 

 

 

 

アイドル宵待 月乃———誘宵 美九が居るのはライブ会場。天宮会場だ。

 

会場の周囲にはペンライトを握り絞めた警備員が埋め尽くすように居る。当然そのまま行けば見つかる。

 

しかし、最強の悪神から貰った恩恵を使えば簡単に突破できる。

 

 

「ちょっと通りますよ~」

 

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】をギフトカードから取り出し羽織る。触れないように通り、中に侵入した。

 

赤外線センサーも恩恵の前では無効化される。監視カメラも仕事をしない。

 

ズンズン中に進み、まず最初に向かったのは地下の電力室。

 

 

「えっと、コイツとコイツを切ってと」

 

 

スイッチを操作して裏口のセキュリティ解除、扉の施錠を開けた。そこから原田の仕事なので任せる。

 

地下から会場を目指す。美九はあれから会場に居座り続けているとのこと。

 

中に入れば入るほど人の数は少なくなり、最後は誰もいなくなった。会場の扉には誰も警備していない。

 

 

ガチャッ

 

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】の恩恵を解除しながら扉を開けた。

 

観客は誰もいない。ステージにも、美九の姿は無い。

 

辺りを見渡し探して見ると、アイドルをすぐに見つけることができた。

 

 

「!? だーりんッ!?」

 

 

———彼女は俺が座っていた席に居たから。

 

美九は俺の存在に気付くと、すぐに流していた涙を拭き取り俺が居る入り口へと駆け出す。

 

泣いていた。その真意は分からないが、下手に変なことを言うわけにはいかない。

 

俺は耳に手を当て、小声で告げる。

 

 

「美九と接触。アシスト頼む」

 

 

『知っているわ。了解よ』

 

 

そう、俺は士道と同じことを今からするのだ。

 

士道はいつも琴里からアドバイスを貰い精霊とのデートを成功していると聞いた。ならばこの事件も美九を抑え、士道(ルート)に持って行けるようにすれば勝てる。そう琴里は自信満々に告げた。

 

俺としては『下からの眺めは最高だったよ!』発言を聞いた後だから信用できないが、五河兄妹を信じるとしよう。

 

 

「あの、私のこと……覚えていますかー?」

 

 

来たぞ。これはどう返せばいいんだ?

 

 

『選択肢が3つあるわ。そこから私たちがすぐに選ぶから待っていなさい』

 

 

選択肢があるのか。これは凄い。

 

しかし、その選択肢は俺も見てみたいな。眼鏡を改造して掛けている人間だけが映像が見れるようにすれば行けるか?

 

一方、【フラクシナス】で選択肢は以下のように出ていた。

 

 

1.「誰だ、お前?」

 

2.「覚えているわけがないだろ雌犬」

 

3.「黙れ。頭が高いわ」

 

 

『『『『『うわッ』』』』』

 

 

今、美琴たちの嫌な声が聞こえたけど? 何? 選択肢、大丈夫なの? 不安で仕方がないけど?

 

 

『全員選択肢を選んで! ……決まったわよ大樹。まずは「覚えているわけがないだろ雌犬」って言いなさい』

 

 

「待て待て待て待て待て」

 

 

美九に気付かれないように俺は琴里を止める。馬鹿野郎、俺を焦らせるな。

 

舐めているの? 何でいきなり雌犬って言わなきゃいけないの?

 

 

『大樹。よく聞きなさい。これは大事な選択肢なのよ』

 

 

「どこがだッ」

 

 

『もしこのまま美九の好感度が上がればあなたの大切な人が怒る。でもあなたが美九に嫌われて士道に繋げることができたら———頭の良い大樹なら分かるわよね』

 

 

凄い。酷いことを言っているのに正論だ。

 

女の子にそんなことを言うのは嫌だが仕方ない。美琴たちに嫌われたくないからすまん!

 

 

「覚えているわけがないだろ雌犬」

 

 

「ッ……!?」

 

 

『パターン青! 精霊の気分低下を確認!』

 

 

当たり前だ。それで嫌われなかったらおかしい———

 

 

『ってアレ!? 司令! 大変です司令!』

 

 

『どうしたの!?』

 

 

『好感度が全く変動していません! 高い数値を記録しています!』

 

 

———なんでやねん。

 

インカムから聞こえて来る報告を聞いた俺は背中に嫌な汗を掻く。これは不味い展開に進んでいるのでは?

 

報告に戦慄していると、美九は苦笑いで答える。

 

 

「そ、そうですよね……私、誘宵 美九と言います……アイドルの芸名とは違うので、美九と呼んでください」

 

 

『名前を呼ばないで! 一番酷い選択肢を用意するわ!』

 

 

もうしなくていいよ。【フラクシナス】に振り回される士道を想像すると涙が出そうになった。アイツ、頑張って生きているんだな。

 

 

1.「よろしくな、誘宵」

 

2.「ああ、覚えたよ雌犬」

 

3.「うるさい豚だ。ケツでも叩いて(しつ)けてやろうか?」

 

 

『『『『『うッ…………』』』』』

 

 

もう嫁が可哀想に思えるからやめて差し上げろ。どんなえげつない選択肢を用意しているんだお前ら。

 

 

『全員選択肢を選んで! ……決まったわ。「うるさい豚だ。ケツでも叩いて(しつ)けてやろうか?」って言いなさい』

 

 

「頭大丈夫かお前ら」

 

 

『いいから早く言いなさい! 気分が戻り始めているの! ドンと地獄の底に蹴り落とすように言いなさい!』

 

 

それ酷いとか鬼畜とかのレベルじゃない。人間のクズだよ。

 

 

『女の子に嫌われるわよ!?』

 

 

それを持って来られると断れないからやめて!?

 

そうだ。俺は最低。最低な事を今から告げる。俺は最低なクズを演じて見せる!

 

俺は美九の頭をちょっとだけ乱暴に掴み、低い声で選択肢で決められたセリフを言う。

 

 

「うるせぇ雌豚だ。ケツでも叩いて……(しつ)けてやろうか?」

 

 

全てが終わった後、俺は美九に土下座しようと誓った。心がね、凄くね、痛くて苦しい……。

 

 

『うわぁッ……やり過ぎよ……』

 

 

言わせた琴里に引かれた。もう嫌だこのチーム。はよ潰れてしまえ。

 

美九の好感度はガッポリ下がり、精霊の力で最悪俺を殺すかもしれない可能性はあった。俺はいつでも力を使えるように準備して警戒する。

 

 

「ッ~~~~!!」

 

 

美九は手で口を抑えて感情を抑えていた。怒鳴られる、そう思った瞬間、

 

 

『司令! 司令! 大変です司令!』

 

 

『今度は何よ!?』

 

 

『精霊の好感度が上昇しています! 気分もご機嫌になっています!』

 

 

『何ですって!?』

 

 

———な、なんでやねん。

 

インカムから聞こえて来た報告に開いた口が塞がらない。

 

好感度上昇? そんな馬鹿なことがあるか!? 機器の故障か見間違いだろ!

 

 

「あぁん、ごめんなさいだーりん! 今すぐ駄目な私に躾けてくださぁーい!」

 

 

悪い。壊れているのは美九(コイツ)で、俺の見間違いのようだ。

 

……いや落ち着け俺。どうしてこうなったかはこの際置いておこう。考えても無駄な気がする。

 

今は何をすればいいのか、琴里に小声で聞こう。今の状態は非常に不味い。

 

 

「おいッ、次はどうすればいい? このままアイドルの尻を叩いて嫁に殺される未来しか見えないんだが?」

 

 

『……………』

 

 

無言は絶対にしてはいけないことだろがぁ!!!

 

ちょっと!? この状況が一番アドバイスが欲しいのですが!?

 

くッ、作戦変更だ。どうにかして嫌われてやる!

 

 

「悪い、実は今の言葉は嘘だ。本当は俺がして欲しい側なんだよ」

 

 

「そうですかー? だーりんの為ならお尻くらい、何万回も叩きますよー?」

 

 

尻が千切れるわ。ドMの人間でもその回数は無理だと思うぞ。

 

 

『こ、好感度、上昇です』

 

 

———なん・でや・ねん。

 

分からない。どうすればいいのか、全然分からない。

 

脳をフル回転させて状況をどう乗り切ればいいのか考えているが、さっぱり思いつかない。

 

 

「そ、そうだ! SMプレイは飽きたの忘れていたわ! いやー俺って忘れっぽいからなぁ!」

 

 

子どもでも気付くレベルの苦しい言い訳だった。【フラクシナス】に居る全員がズッコケた。

 

 

「……本当ですかぁ?」

 

 

「本当本当! 大樹、嘘言わない!」

 

 

急に疑いの目を向けられて俺は首をガクンガクンと縦に振った。

 

しかし、美九は俺の言った言葉に目を輝かせていた。

 

 

「大樹……だーりんの名前ですかー?」

 

 

「お、おう……楢原 大樹だ」

 

 

「素敵ですよだーりん! カッコイイ名前です!」

 

 

絶賛された。大樹って名前、結構日本に居るぞ?

 

美九は波に乗るようにグイグイ攻めて来る。俺の右手を握り、左手も握って、最後は両手で両手を握って近づいて来た。

 

数十センチ。美九の顔は俺の目の前まで来ていた。

 

 

「ふふ……だーりんッ」

 

 

今の美九はステージに立っていた時より、客に見せる笑顔より笑顔だった。

 

対して美琴たちから半殺しは決定しているので覚悟を決めた大樹は、真っ青な笑顔だった。

 

意味が分からない。昨日飼い始めたペットの犬、ジョンが明日には総理大臣の席に座っているくらい意味が分からない。

 

どうして美九の好感度が高くて、どうして俺のことが好きなのか、どうして暴動を起こしてまで俺を探したのか。

 

 

「なぁ美九」

 

 

「何ですかー?」

 

 

「どうしてここまでして、俺を探した?」

 

 

直球の質問を投げた。真剣な表情で聞くと美九は少し寂しそうな顔をした。

 

 

「もう、だーりんってば。本当は覚えているのに、失礼しちゃいます。ぷんぷん!」

 

 

俺、もう疲れたから誰か変わって。この子のテンションについていけない。凄く元気です。

 

 

「さっきのお尻だって、頭を叩いてくれたあの時と同じですよねー?」

 

 

よし分からん。誰か日本語訳してくれ。え? 言葉は日本語だって? じゃあ理解するのは無理だな。

 

 

「……実は俺、つい最近まで記憶喪失だったんだ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「だから教えてくれよ。俺とお前の———」

 

 

ここまで来るとヤケクソになる。俺は美九の頬に手を当てて、

 

 

「———秘密の関係……ってヤツをさ」

 

 

「はいー! 教えます全部教えますー! 美九のこと、全部全部知ってくださーい!!」

 

 

チョロいわ。将来が不安になる。

 

自分でやって起きながら微妙な表情になる大樹。美九は喜々とした表情で自分の過去話を始めた。

 

 

________________________

 

 

 

———私には、歌しかない。

 

 

美九が九歳になる頃にそれは感じていた。勉強も運動も、下から数えた方が名前を見つけるのが早い。絵や工作も得意なわけでもない。学校の通知票も良いとは言えない評価が多かった。

 

しかし、彼女には『歌』があった。

 

クラスの誰よりも上手く、綺麗に、歌を歌い上げることができた。誰にも持っていない才能が美九にはあったのだ。美九は自分の持つどんな物より誇らしく思えた。

 

そんな美九がテレビの中で歌い踊るアイドルに憧れの感情を持つのは当然の結果と言えるかもしれない。憧れのアイドルたちが歌う歌詞はもちろん、振り付けまで完璧に覚えるくらい彼女はアイドルを目標とした。

 

 

———だが、そんな少女に悲劇は訪れた。

 

 

中学生になった美九は交通事故に遭った。

 

事件の発端となったのは銀行強盗だ。金を強盗した犯人が車で逃走。暴走車となった車は人を二人()ねた飛ばしたとのこと。

 

奇跡的なことに暴走車は彼女の横をギリギリ通り過ぎ、擦り傷程度で済んだ。しかし、彼女の心には深い傷を負った。

 

血の付いた車。鬼の形相で運転する犯人。猛スピードで突っ込もうとする車。

 

まだ中学生だった美九。それを見てしまった彼女を恐怖に陥れるのは容易だった。

 

 

———恐怖と共に、彼女は失った。

 

 

 

 

 

『残念ですが———失声症です』

 

 

 

 

 

唯一生きる希望となっていた———自分の声を。

 

そう医者に告げられた瞬間、母は泣き崩れ父は激昂した。

 

心因性の失声症と診断された。それは歌手には合ってはいけない病。

 

私は信じることができず、ただ椅子に座っていた。必死に声を出そうとするも、聞き取ることが難しいくらい、声が(かす)れていた。

 

精神的強いショック、強いストレスで起きる症状。治る可能性はあると医者に言われた。だが美九は希望を持つことができなかった。

 

彼女は、彼女自身で症状を悪化させていた。声が出ない日々に彼女のストレスは膨れ上がり、声を出すことすら諦めていた。

 

両親は諦めなかった。しかし、美九は諦めている。治すことのできる病は、不治の病へと変わっていた。

 

 

———そんなある日、何十件の病院を両親と歩き回っていた時、奇跡の出会いが起きた。

 

 

「大樹さん!? 医療器具の改造はやめてください!? 上から怒られますから!」

 

 

「先生、サル君の為だと思って見逃してください。俺はアイツの為にこの医療器具を改造するのです!」

 

 

「体温計に『テ〇リス』できるようにしても無意味な気がします!」

 

 

その病院はいつも騒がしかった。

 

目立つのは一人の青年。医者の先生を困らせたかと思えば入院している子どもや老人、大人に話しかけて笑わせている不思議な人だった。

 

声帯に詳しい先生から話を聞くと、自分たちより医療に詳しい家庭教師だと意味の分からない人だということ。あの大火災で学校を失った子どもたちの為に超低額金で授業を行い、先生をしている点は凄いと美九は思った。

 

声帯に詳しい医者の先生は彼に一度診て貰った方が良いと(すす)めた。自分にはできないことを容易にこなす人だと絶賛していたからだ。

 

しかし、両親は困っていた。何十人の医者が解決できなかった症状を医者でも無い彼に治して貰うことが果たしてできるのか?

 

結局、両親は自分の大切な娘を彼に託すことはできなかった。

 

違う病院に行こう、両親が美九にそう言おうとした時、

 

 

「どうもこんにちは。ここ最近通っていますよね? どうかしましたか?」

 

 

彼の方から声をかけて来たのだ。

 

オールバックの黒髪に安心できるような声で尋ねて来た。両親は戸惑いながらも説明した。

 

 

「失声症……」

 

 

「気に病まないで欲しい。娘の病気は簡単には———」

 

 

「何を諦めているか知りませんが、失声病を治す確立した治療法はありますよ」

 

 

「———え?」

 

 

彼は美九の前まで歩き、笑顔で右手を挙げた。

 

 

ビシッ!!

 

 

 

 

 

———そして、頭にチョップされた。

 

 

 

 

 

美九は何が起こったのか分からなかった。頭に衝撃が走ったことだけは鮮明に覚えている。

 

彼は自分の頭にチョップした。それが分かった瞬間、美九の目が点になった。

 

 

「はい、治りましたよ!」

 

 

父が笑顔の彼に飛び蹴りしたことは、今でも鮮明に覚えている。

 

蹴り飛ばされた彼はそのまま病院の窓を突き破り、二階から外へとダイブした。母が悲鳴を上げていることも覚えている。

 

父と母は急いで美九に駆け付けて叩かれたことを大丈夫か聞く。美九は、

 

 

「大丈夫……………あッ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

———今まで出なかった声が、自然と出て来ていた。

 

両親は目を見開いて驚愕した。近くで一部始終を見ていた声帯の先生が走り出す。

 

 

「先生! 私にもそのチョップの仕方を教えてくださいッ!!」

 

 

________________________

 

 

 

「その後、両親がお礼を言うためにだーりんを探していたのですが、全く見つからなくて……でもこうして会うことができたのですよー!」

 

 

———楢原 大樹は両手で顔を覆っていた。

 

 

(思い出したよおおおおおお! 普通に覚えているよおおおおおお!)

 

 

心の中で叫んでいた。

 

思い出した。過去に折紙の両親が入院していた時、俺は手あたり次第に患者を治療していた。

 

その中で失声病の少女を治すためにチョップしたこと、キレた父親から跳び蹴りを貰ったこと。全て記憶している。

 

彼女の失声病はストレスから来ていた。大樹は症状の発端となっている脳を揺さぶり治すという荒治療の知識があった。得た場所は魔法科高校の医療学本、そこには確立した治療法がある。当然脳に衝撃を与えると詳しく記載されているが、チョップしろとは書かれていない。

 

しかし、人間をとうの昔にやめた大樹は彼女の頭をどう叩けば声が出るようにか把握し理解していた。大樹だからできた治療法だった。

 

 

(彼女を叩く行為がここに繋がってしまったのか……いやいやいや)

 

 

チョップ=尻叩き。つまり嬉しい。意味分からん。

 

チョコ=カカオ。つまり寿司ってレベルぐらい意味が分からない。

 

 

(そもそもあの女の子が、たった五年で有名アイドルに変わっていると思わないだろ……!?)

 

 

スタイル超抜群だし髪は長い。髪が長いのは当然か。

 

言われるまで気付けない。美九が奇跡の出会いとか言っているけど、俺にとってアレは日常の一枠だよ。診察する日は大体患者の関係者に跳び蹴りを食らっていたし。

 

美九の声を奪った原因の暴走車。アレは折紙の両親を()いた馬鹿のことだ。最後は俺の手を借りずに警察が根性を見せてちゃんと逮捕したらしい。良かったな犯人。もし今でも捕まっていなかったらお前をボコボコにして八つ裂きにしていたからね!

 

 

「だーりんのおかげで私はオーディションを受けることができました。そしてアイドルになれました。ファンも増えて、私は嬉しくて嬉しくて……」

 

 

「お、おう。そうだったのか……ま、まぁ治せて良かったよ。うん」

 

 

顔、大丈夫かな? 多分引き攣っているよね? あー、俺は何てことをしてしまったんだ。

 

 

「でも———」

 

 

美九の話は、それだけで終わらなかった。

 

 

________________________

 

 

 

誰よりも輝いていた。

 

大樹に救われた美九のアイドル人生は最高に輝いていた。

 

仕事は順調に増えてCDもチャートに入るようになっていき、ライブにも観客が満員になるのが当たり前になっていた。

 

自分の歌がみんなに届いている実感を得ることができるライブは特に美九の心を響かせた。

 

夢のような時間が、ずっと続いていた。

 

 

———だが、アイドル人生の終焉はあっさり訪れた。

 

 

見覚えのないスキャンダルが写真週刊誌に掲載された。過去の男性関係、堕胎(だたい)経験、ドラッグパーティ、訳の分からないことばかり記載されていた。

 

後で分かったことは美九のことを気に入っていたプロデューサーの仕業だった。美九のことを気に入り、手に入れようとしていた男だ。

 

男の誘いを美九は当然断っていた。そのことに苛立ったプロデューサーがこの騒動を引き起こしたのだ。

 

 

———美九の辛い時間が続いた。

 

 

ファンからの悪口。今まで好きだと言ってくれたファンが悪質なコメントをブログや動画に書き込んでいた。

 

心無い言葉を浴び続ける彼女は、それでも諦めなかった。

 

声を失ったあの時より、彼女は努力を重ねた。何度も歌い、歌い、歌い続けた。

 

ファンを取り戻す。彼がくれたチャンスを、泥を塗るような真似をしたくない。

 

 

———その願いが、神に届く事は無かった。

 

 

いつの日か美九の目に映るファン———人々は自分が知る別の生き物に見えてしまっていた。

 

会場に(ひし)めく恐ろしい生物。大切なお客がそう見えてしまう程、美九の心はズタボロになっていた。

 

ステージに立って歌う。いつもできていた事が、彼女にはできなくなっていた。

 

 

(———嫌だ)

 

 

彼の救ってくれた人生に泥を塗っている。ふざけた野郎のせいで崩される。

 

 

———その日、美九は醜い男共を嫌いになった。

 

———命よりも大切にしていた声を奪った男たちを憎んだ。

 

 

同日、美九は『神様』に出会う。

 

それは【ファントム】と呼ばれる精霊。美九は【ファントム】から力を貰うのであった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「私は正々堂々戦いました。男共にスキャンダルの真実を吐かせて、もう一度ステージに立ちました。そして取り戻すことができたのです、あなたがくれた声で、私の人生を!」

 

 

美九は両手を広げながらステージを俺に見せる。誇らしげに、褒めて欲しいと言わんばかりに。

 

【ファントム】が一枚噛んでいた。そのことには俺も琴里も予想ができていた。与えるタイミングがベスト過ぎて苛立ってしまうが。

 

 

(軽率な行動だっていつも原田に怒られる理由が分かった……でも!)

 

 

「だから今度は私がだーりんに人生を捧げる番です! だーりんがしたいこと、全部私に言ってくださいねー!」

 

 

(ここまでなるとは誰も予想できないだろおおおおおォォォ!?)

 

 

アイドルの笑顔どころかアイドル自身を独り占めできてしまっていることに大樹は戦慄していた。

 

醜い男共って……士道がゴキブリ以下の好感度を貰ってしまうことも理解できてしまう。

 

それでも、士道にバトンを渡さなきゃ。先輩として、俺は繋げて見せる!

 

 

「俺の様な男じゃ駄目だぜ? もっと他に良い男がいるのだからな!」

 

 

「私にはだーりん以外の男は醜い家畜の豚にしか見えないですよー?」

 

 

なるほど、じゃあ無理だな。っておい。

 

 

『好感度急上昇。いつでもキスできる状態です。封印できます』

 

 

そんな能力ねぇよ。士道連れて来い。

 

 

『……この方法だけはやりたくなかったけど、今から七罪を送るわ』

 

 

「……まさか」

 

 

『士道を大樹に化かせるわ。それしか方法がない』

 

 

最終手段。誰もやりたくなかった手段を琴里が口に出した。

 

きっと司令として彼女は決断しなくてはいけなかったのだろう。琴里は七罪と同じようにしない。俺に神の力を極力無理に使わせたくないからこの決断を、辛い決断をしたのだろう。その気持ちは俺でも分かった。

 

 

「その方法はもう少し待つべきだ。士道も、望まないだろ」

 

 

『……ごめんなさい』

 

 

「全然いいよ。琴里ちゃんの為ならお兄さん、何でも頑張るからな」

 

 

小声で会話を終了させる。

 

琴里が最終手段を使うなら、俺も最終手段を使わせてもらう。

 

 

「悪いな美九。俺はお前の願いに応えることはできない」

 

 

「どういうことですかー? 私は絶対に応えますよー?」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「俺には、愛する人がもう居るからだ」

 

 

「え?」

 

 

「お前の気持ちは嬉しい。だけど俺は結婚したい人がいる。だからお前とは、一緒に居られない。友達でしか」

 

 

ハッキリと告げた。突き撥ねるように美九の好意を受け取らない。

 

笑顔だった美九の顔にヒビが入る。首を横に振って否定する。

 

 

「う、嘘は駄目ですよだーりん?」

 

 

「悪いが昨日のライブの時、俺はデートをしていた」

 

 

俺は美琴と折紙を連れて逃げたから知っているはずだ。その現実を彼女に突きつけた。

 

美九は目に涙を溜めていた。しかし、彼女は涙を拭き取らずに笑みを見せた。

 

 

「ねぇだーりん。あの女、誰なんです?」

 

 

「………急にどうした? 悪いがそれは言え———」

 

 

「いいから……答えて。あの女は誰なの、だーりん」

 

 

低い声でしつこく聞く美九に俺は駄目だと言う。

 

次の瞬間、美九のドレスが輝いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

美九の声が脳に響き渡った。痛みと共に入って来る言葉に支配されるような感覚。

 

だが大樹には効かない。神の力を脳に部分発動して打ち消した。

 

 

「騙されているわけがないだろ! 俺の大切な人を悪く言うな美九!」

 

 

「ッ? ……その女はだーりんを()()()()()()()()

 

 

「残念だが俺には効かないぞ」

 

 

大樹の言葉に美九は驚愕する。しかし美九はすぐに笑みを見せる。

 

 

「さすが私だけのだーりん! ……でも、私のだーりんに他の女の息がかかるのは、ぜーったい許されないことなんですよー?」

 

 

アイドルの笑顔では無かった。美九の笑顔は、怖かった。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

突如会場に爆音が轟く。炎の中から現れるのは五人の少女。

 

大剣を手に持った十香。白い兎の獣に乗った四糸乃。双子の精霊、耶倶矢と夕弦。修道服のような霊装を纏った二亜。

 

美九の力によって操られた女の子たちだった。彼女たちは俺を囲むように配置に着き、俺を逃がさないようにしている。

 

 

「だーりん、分かっていますかー?」

 

 

「おいおい……冗談だろッ……」

 

 

「【破軍歌姫(ガブリエル)】」

 

 

美九の足元の空間に放射状の波紋が広がった。波紋の中心部から巨大な金属(かい)のようなモノが飛び出す。

 

それは聖堂に備わっているパイプオルガンのようなモノ。輝きを放つと同時に演奏が響き渡る。

 

美九は———天使を顕現したのだ。

 

 

「だーりんは私だけを愛すればいいのですよー? だーりんが分かってくれるまで、言い続けてあげますからねー」

 

 

美九は右手を左から右へ一閃させ、オルガンの鍵盤(けんばん)のようなモノを出現させた。

 

彼女は奏でる。大樹の為に。

 

彼女は歌う。何度も詠う。大樹に届くまで謳うのだ。

 

 

———ヴォオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

そして、会場に演奏が轟いた。

 

苦虫を噛み潰したような表情になる大樹は、ギフトカードを右手に持った。

 

 

 




作者「新年でも自重はしません。行ける所まで行く。それが私たちだ」

大樹「( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい!」

原田「これは酷い」

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