どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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ガルペスとの最終決戦の前編です。なのにイチャイチャやギャグが多いのは、いつものことなのでスルーしましょう(震え声)


悪魔の背に復讐の烙印を

―――復讐の悪魔はずっと見ていた。

 

白衣を羽織った男。ソイツは楢原 大樹という人物を観察―――分析し続けていた。

 

無数のモニターに映るのは羅列した数字と英語。そのうちのいくつかの映像は大樹が戦う場面が映し出されている。

 

 

「———これで準備は整った」

 

 

カツンッ……

 

 

ガルペスは座っていた椅子から立ち上がり、握っていたペンを床に落とした。

 

最後にガルペスが書いた紙にはびっしりと白の余白が全く見えないほど数式が書かれていた。

 

一番下の欄には『99.999%』と答えが導き出されている。

 

彼は振り返る。最後の戦いの舞台になるであろう空間を見て右手を横に振るった。

 

 

「醜い世界に終止符を打つ時だ」

 

 

そして、一斉に機械が始動する重々しい音が響き渡った。

 

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

大切な女の子を抱き締めに抱き締めた後は後悔した。帰ってすぐに両手で顔を隠し恥じた。

 

またダサイ姿を見せてしまった。あまりの嬉しさに泣いたし世迷言を吐いてしまう俺は大馬鹿だ。読者の皆様は俺が馬鹿なことは知っているか。トホホのホ。

 

救出に成功した後、美琴は【フラクシナス】に連れて行き治療を開始した。目立った外傷などはないが念のためだ。気を失っているだけだが、何かあったら大変だ。大変なことになったら俺の顔も大変なことになって世界が大変なことになる。大変過ぎるよッ。

 

あれから二日程時間が経っているが、今の所大丈夫だと琴里ちゃんから聞いている。つまり世界は救われた。完。

 

美琴を待っている間に女の子たちから頬をツンツン突かれていろいろといじられもした。いやアレはもういじめだ。ここぞとばかりに俺を弄びやがった。多分前にやったいじりの仕返しだろう。特に真由美のいじりが一番心に刺さった。

 

まぁでも、琴里ちゃんの言葉に比べれば可愛いもんだ。真由美の言葉がナイフに例えるなら、琴里ちゃんはロケットランチャーを俺の心に撃ち込んでいる。でもドMの方なら兵器万歳だろう。クルーに約一名、ガトリングガンやショットガンを撃ち込まれても笑顔になる奴がいる。

 

 

『……………おい』

 

 

「何だ」

 

 

そして現在、そわそわと落ち着かない俺。美琴が入っている部屋の前で俺が落ち着いていられるわけがない。

 

面会は許可されているが、眠っている美琴に会うより、起きている時にどうしても会いたい。というのが建前で、多分眠り続ける美琴を見たら俺は発狂する。ごめん嘘。悲しくなって首を吊るぐらいだ。変わらねぇよ。

 

隣で丸まったジャコがジト目で俺に言う。

 

 

『貧乏ゆすりをやめろ』

 

 

「うるせぇよ。それくらい許せ」

 

 

『お前の足が残像を見せる程に揺れていなければ気にしないッ!』

 

 

おっと。椅子が凄い揺れているなと思っていたら俺のせいか。

 

足を止めて俺は立ち上がる。静止することができないのでその場でウロウロする。

 

 

「美琴の顔を見るまで安心できねぇよ」

 

 

『だから残像を見せながら動くなッ!』

 

 

おっとっと。うすしお味。じゃなくてまたやらかした。こんな些細なことで人間をやめるわけにはいかない。

 

集中しよう。落ち着いて集中すれば問題無い。俺はまた座り、目を閉じる。

 

 

ギュイイイイイイイイン……!

 

 

『神の力がッ!?』

 

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!?」

 

 

突如自分の体が輝き出したことに焦る一人と一匹。すぐに黄金の光は収まった。

 

 

『何をしているんだ貴様は!?』

 

 

ジャコの怒鳴り声に俺は反省するしかなかった。

 

やはり力の制御ができていない。女の子たちを抱き締める時はできていたのに、ドアを開けようとするだけでぶっ壊してしまうことがあった。酷いな俺。今なら「み、右手が暴走する……!?」どころか「体が言うことを利かない!?」まで実現してしまうレベルである。よく分からん。

 

水道の蛇口を捻ればぶっ壊れる。ペットボトルの蓋を回せば上から半分は千切れる。パンツを洗濯カゴにシュートを決めれば壁がぶっ壊れる。最後は特に酷い上に猛省した。

 

 

「いや……それが体から力がドンドン溢れ出してヤバいんだ」

 

 

『……いつものことだろ?』

 

 

「ホントお前らさ、俺の認識を少し改めた方がいいよ?」

 

 

苦労している俺を少しは褒めて。褒め称えて。

 

 

「溢れ出した力を【神刀姫】に注ぎ込んだりしているけど、それでも力が溢れ出しているんだ」

 

 

『……悪いが、驚かないぞ? その程度では』

 

 

その程度って何だよ。どの程度ならビビるんだよ。

 

 

「……鼻くそを飛ばすだけで人を殺せるレベルまで到達したかも」

 

 

『!?』

 

 

おい。それはビビるのか。基準が分からん。

 

 

「今なら俺の一振りで街を一刀両断できるかも」

 

 

『……………』

 

 

マジで基準が分からん。真顔やめろ。

 

 

『だが悪いことではない。この先、俺たちにはそれだけの力が必要だ』

 

 

ジャコの言葉は正しい。

 

ガルペスの力は強大。過去の世界で圧倒したとはいえ、未知の力が多過ぎるがゆえに怖い。もしサイ〇マ先生の一撃必殺のパンチ級の攻撃を突如されたらさすがにヤバい。

 

実際、奴の隠された力は俺をゾッとさせるモノが多い。しっかりと気を付けておこう。

 

 

「……でもこの溢れた力で何かできないかな?」

 

 

『聞いておくが、【神刀姫】に力を与えるとどうなる?』

 

 

「数が増える」

 

 

『……今の数は?』

 

 

「もう百万越えた」

 

 

ジャコは絶句した。ギフトカードってこれだけ収納できることに俺は驚いたが、ジャコは違う点に驚いているようだった。

 

全てを無効化する神の弾丸も同時に平行して作っている。ギフトカードの収納が有能過ぎてヤバい。箱庭の誰よりも物を収納している自信がある。

 

 

「フッ、最強の俺なら当然の結果か」

 

 

『否定はしない』

 

 

しろよ。「人間やめたな」みたいな目で俺を見るな。呆れ寝るな。

 

 

「はぁ……風呂入って来る」

 

 

『これ以上、設備を壊すな』

 

 

「安心しろ。体を洗って風呂に入るだけだ。シャワーの蛇口を一時間捻ることはないッ」

 

 

うわぁっと表情を歪めるジャコ。一発殴ろうかと思ったが、殴ったら一帯が吹き飛びそうなので我慢した。

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

『神の力ッ!!!』

 

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」

 

 

少し苛立っただけでこれである。ホント、大変だ。

 

 

________________________

 

 

 

「超痛い」

 

 

まさか体を洗うだけで血を見ることになるとは思わなかった。一度たわしで失敗したことがあったが、まさかスポンジで失敗するとは……恐ろしい。擦っただけで体を削るとか痛過ぎグロ過ぎ。すぐに綺麗に回復したけど辛かった。

 

広々としたお風呂に浸かると癒しの時間が始まる。変な声が出そうになるが自重した。

 

ボーっと何も考えないで天井を見ていると、気配を感じた。

 

風呂の外だ。脱衣所から布が擦れる音が聞こえ始めた。

 

 

(はい来ましたよこの展開)

 

 

予想できるね。これから嬉しい展開があって、最悪な展開になるのが頭の中ですぐに推理されたよ。こういう展開を『主人公殺し』と名付けよう。

 

まず誰かが服を脱いでいる。そして男じゃない。ここは男湯でも女湯でも無い。ドアの外に「大樹入浴なう」の紙を貼ったくらいだ。そして誰が来るのかも分かった。

 

 

ガラララッ

 

 

「……何しに来た」

 

 

風呂に入って来た全裸の女の子に問いかける。

 

 

「大樹の背中を流しに来た」

 

 

―――無表情のまま折紙は堂々と答えた。

 

見ている俺が言うのも何だが、タオルの一つくらい巻いて欲しかった。恥じらいを持て折紙。

 

 

「回れ右」

 

 

「何故」

 

 

「嫁にバレたら殺されるだろ?」

 

 

俺がタフなせいか知らないが、容赦無いんだぜ? ウチの嫁は。

 

 

「問題無い。ドアなら壊して開かないように施した」

 

 

「何やってんのお前」

 

 

せっかく壊さないように入って来たのに無駄になった。俺の意図をほんの少しでいいから汲み取って。

 

というか何で俺はこんなに落ち着いているんだ? 女の子の裸を見てこんなに冷静でいられる自分が怖い。

 

見目麗しい美少女に興奮しないか? いや興奮しているに決まってる。興奮しなかったらホモだろソイツ。

 

 

「体はもう洗ったからしなくていい」

 

 

「まだ洗い足りない。途中投げ出した痕跡がある」

 

 

「うっ」

 

 

バレてる。確かに全身が血塗れになるトラウマのせいで、背中などが洗い切れていない。安心して欲しい。大事な部分は念入りに洗った。念入りに。

 

 

「私に任せて。隅々まで舐め……洗ってあげる」

 

 

「さすがの俺でも今のは引いた」

 

 

エロいとかそういう次元じゃない。むしろ恐怖を感じた。

 

折紙は一歩も譲らないようだ。溜め息をつきながら俺は諦める。

 

 

「じゃあ背中だけ洗ってくれ。舐めたら駄目だからな」

 

 

「……分かった」

 

 

俺は息子を手で隠しながら素早く移動する。俺の行動が普通に正しいはずなのに、堂々としている折紙を見ていると俺が異端者にしか見えない。何だこの雰囲気は。

 

風呂椅子に座り石鹸を折紙に渡す。折紙は泡立たせた後、自分の体を洗い始める。ん? は? ちょっと待て。

 

 

「俺の背中はどうした?」

 

 

相棒! 俺の背中がガラ空きだぞ! 任せたのに!

 

 

「今から洗う」

 

 

「お、おう……頼むぞ?」

 

 

折紙の言葉を信じて俺は正面を向く。すると、

 

 

ムニュッ

 

 

「ファッ!?」

 

 

「ッ……」

 

 

柔らかい感触が背中に伝わった。鏡を使って見てみると、折紙が自分の体を密着させていた。

 

おいマジか!? これは予想していなかったぞ!? 誰が胸で洗えと言った! ここはソープランドじゃねぇよ!

 

 

「たくましい背中」

 

 

「褒めて誤魔化そうとするな! やめろ! そういうことはまだ早い! いや早いとかじゃなくて!」

 

 

自分でも何が言いたいのか分からない。とりあえず混乱していた。

 

折紙を引き剥がそうと試みるが、泡が滑るうえに力の加減ができないため失敗する。抵抗する俺の手は滑り、折紙の強い力から逃れられない。

 

 

「うおッ!?」

 

 

「ッ!」

 

 

泡が落ちた床は簡単に俺の足元を滑らせた。俺の腕を掴んでいた折紙も一緒に足元を滑らせた。

 

危ないと思った俺は折紙をかばいながら床に叩きつけられる。

 

 

「ほげぇッ!」

 

 

そして、その上から折紙が落ちて来る。

 

 

「うべぇッ!」

 

 

風呂場で起きた二連コンボに俺は変な声が連続して出てしまった。

 

 

「痛ッ……………あ?」

 

 

倒れた痛みに顔を歪めていると、手に柔らかい感触を感じていた。

 

史上最強の男は知っている。この黄金の右手にある感触の正体を。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

俺に覆い被さった折紙と視線が合う。そのまま無言で見つめ合っていた。

 

右手は未だに掴んだまま。しかし、指先一つ動かせないでいた。

 

 

(何だこの状況。何だこの空気。何で俺は動けない)

 

 

ラッキースケベが起きても互いに無言って……折紙はキャー! スケベ! 変態! と顔を真っ赤にして俺にビンタ———無理だな。するわけがない。むしろウェルカム言うような奴だよ折紙は。

 

 

「お、折紙? あの―――」

 

 

ついに意を決した俺。折紙に声をかけようとした時、

 

 

「あらあら? もうお楽しみの最中でしたか?」

 

 

「「!?」」

 

 

ビクッと俺と折紙の体が驚きで震える。声がする方を向くと、狂三がクスクスと笑いながら俺と折紙を見ていた。

 

何故ここに狂三が!? と普通の人ならそう反応するだろうが、狂三なら壊れたドアなんて関係なしにここに来れるだろうな、と俺は自己完結した。影の中に入ってスイスイっと抜けれそう。

 

 

「ってお前も裸で来てんじゃねぇよ!!」

 

 

「さすがにバスタオルは巻いていますわよ?」

 

 

確かに白いバスタオルで体を隠している狂三。彼女はまだほんの少しだけ常識があるようだ。俺が居る風呂に突撃して来ている時点で常識もパンパカパーンだよ。

 

 

「お背中を流そうと思ったのですが……どうやら私が思った以上にハードですわ」

 

 

「やめろぉ!! 俺はこんな要求はしていないッ! そもそも洗って貰おうとも思っていないからな!?」

 

 

「では聞きますが———その右手は?」

 

 

それを聞かれるととても困る。

 

こんな状況でも右手は掴んだままだからな。不思議なことに放れないんだこれが。オーマイゴッド。

 

 

「左手は空いているぜ狂三?」

 

 

「開き直ったセクハラは性質が悪いですわね……」

 

 

正直、ここまで来るとどうすればいいのか分からない。ゆえにボケるしかない。

 

 

「ッ……左手も、もう片方を揉むべき」

 

 

ツーッと俺の鼻から血が飛び出た。こんにちは!って感じで。

 

 

「折紙さん僕降参です参りましたごめんなさい!!」

 

 

ついに右手から放し、俺は風呂場にダイブ。脱兎の如く、お湯の中へと逃げた。

 

肩まで浸かりながら戦闘できる体勢にする。

 

 

「こ、これ以上、俺の貞操に傷を付けるわけにはいかん。帰れ……頼む」

 

 

「先程まで胸を揉んでいた人の言葉とは思えませんわ……」

 

 

真顔で願う大樹の言葉に狂三は苦笑い。そのまま風呂へと入り……っておい! 入るのかよ! タオル付けたままに関しては許す。俺も目のやり場に困るから。

 

 

「だが折紙。テメェは駄目だ」

 

 

「何故。公衆浴場のマナー」

 

 

「よく覚えておけ。俺と一緒に風呂に入りたい時は水着の着用が絶対だ!」

 

 

「……なら―――」

 

 

「おおっと皆まで言うな。狂三は何故いいのかってだろ? 狂三は『初大樹』だから許可される」

 

 

意味不明な言葉に狂三は頬を引き攣らせた。狂三は急いで大樹に近づき耳打ちする。

 

 

(『初大樹』って何のことでしょう?)

 

 

(すまん、今作った。話し合わせて……)

 

 

(そんなことだろうと思いましたよ! どうするのですか!? 凄く睨まれていますわよ私!?)

 

 

(……ざ、ざまぁ)

 

 

(そんな微妙な表情で言うのですか!? もっと人を馬鹿にするように言えないのですか!? 言われても嫌ですが!)

 

 

申し訳ないという気持ちが顔に出ていたようだ。そもそも『初大樹』って何だよ。年越した時に出会った俺のことかよ。

 

 

「と、とりあえずタオルを巻けば許してやる。ホラよ」

 

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で両手から白いタオルを創造する。便利な能力だと思うが、タオルでも中々体力を持って行かれるのが難点。

 

しかし、ここで忘れていけないのが俺の力の暴走である。

 

タオルは生成されるが、その勢いが凄い凄い。

 

 

「うおうおうおうおうおおぉんッ!?」

 

 

ニョキニョキとタオルが出て来る出て来る。バスタオル四枚分は創造された。

 

 

「あ、あまり良い光景ではありませんわ……」

 

 

「う、うん……ちょっと気持ち悪いって自分でも思う」

 

 

狂三と一緒にドン引きする。さすがに四枚分も巻けとは折紙に言えないので手を高速で縦に振るう。

 

 

シュンッ!!

 

 

「ほい、タオル」

 

 

「たった今、当然かのようにタオルを手で切りましたが、普通じゃありませんからね大樹さん」

 

 

「うるせぇ」

 

 

「それと、床のタイルも切ってます」

 

 

「あッ」

 

 

タオルのことしか考えていなかったせいでドジを踏んでしまう。もういいよ。どうせ折紙はドアをぶっ壊したし、後でまとめて直す。

 

タオルを受け取った折紙は早速体に巻き付けて風呂に入る。そして俺の隣まで移動して来た。

 

 

「おい」

 

 

「?」

 

 

「あっち行けよ。狭いから。狂三と一緒にシッシッ!」

 

 

「大樹さん。鼻血が……出ています」

 

 

ごめんなさい。風呂のお湯に入らないように余分なタオルで拭きます。

 

駄目だな俺の体。正直すぎて駄目だ。この手の耐性が無さすぎる。

 

右隣りに狂三。左隣に折紙。折紙に関しては腕に抱き付いている。柔らかいアレが腕に当たってもお構いなし。

 

 

「そ、そろそろ俺上がるわー……」

 

 

このまま長時間、ここにいるわけにはいかない。それは何故か? 嫌な予感がするからだ。

 

 

ドンドンッ!!

 

 

「いッ!?」

 

 

その時、脱衣所の方からドアを叩くような音が聞こえて来た。その音に俺は体を震わせて怯える。

 

 

『大樹君!? 大丈夫かしら!? ドアが大変なことになっているけど!?』

 

 

折紙ぃ!! どんな壊し方をしたんだテメェ!!

 

とにかくここに来られたら不味い。「大丈夫だ。問題無い」と言えば終わる話だ。落ち着け俺!

 

 

「だいびょうぶ! 問題にゃい!」

 

 

『あるわね!? それ絶対あるわね!?』

 

 

あああああ! 何で俺はここでやらかしてしまうんだぁ!

 

このままだと優子は壊れたドアをこじ開ける。魔法を使って突破して来たらヤバい。

 

 

「俺は今裸だから! 絶対に開けないでくれ!」

 

 

『そ、そういうことね。焦っていたのは……分かったわ。開けないから早く直しておいた方がいいわよ』

 

 

優子が安堵の息をついたのが分かった。よしよし、狂三は黙っていてくれるし、折紙の口は俺が手で塞いである。完璧。バレない。罪悪感半端ない。

 

とにかく出よう。この風呂から―――この楽園から。認めちゃったよ楽園って。

 

 

『———待ってください。大樹さん、そこに誰か居ますね?』

 

 

黒ウサギの声に、俺は心の底からゾッとした。

 

体が一気に震え上がるのが分かった。喉が干上がり、一瞬で乾いた。唾を飲みこもうとするが、上手く飲みこめない。

 

それだけ、嫁が怖かった(泣)

 

 

『黒ウサギの耳は誤魔化せませんよ?』

 

 

「か、勘違いしないでくれ!? 実は原田と―――」

 

 

『原田さんなら先程、七罪さんと出掛けましたよ?』

 

 

タイミングが悪いよ!?

 

この言い訳は失敗した。つまり———二人はここに突撃して来る……!

 

 

ドゴンッ!!

 

 

脱衣所のドアが吹き飛ぶのがここからでも分かった。物凄い音がしたのだ。それ以外の何がある?

 

いつの間にか狂三の姿は消えている。あの野郎!? 逃げるの早すぎるだろ!?

 

 

「大樹君。開けるわよ」

 

 

「は、はい」

 

 

余分のタオルを腰に巻いて、俺は正座した。

 

折紙は無表情で風呂に浸かっている。少しは動揺して欲しいものだ。俺がこんな目に遭っているのに、酷いじゃないか。

 

 

ガラララッ

 

 

「……何か言い残すことはあるかしら?」

 

 

入って来て状況を確認した後、優子から通告される。死の通告が。言い残すって……あんまりだ。

 

黒ウサギの手にはギフトカード。ああ、俺はカードから出て来る武器でお仕置きされるのか。

 

 

「ッ!」

 

 

その時、俺はとんでもない下衆な博打を閃く。

 

 

「優子! 俺と一緒に風呂に入ることを許したお前なら、分かってくれてもいいじゃないか!?」

 

 

「なッ!?」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺の言葉に優子は顔を真っ赤にする。そのことを知っている黒ウサギは表情を引き締め。折紙は聞き捨てならないと耳を傾けた。

 

そうだ。ガストレアと戦い温泉を掘り当てて、一緒に入った仲じゃないか!(子どもも含む)

 

 

「そ、それは……べ、別に大樹君だったら良いってわけで……!」

 

 

照れながら言い訳する優子。超可愛い。だがここで攻めなければ……すまん!

 

 

「折紙は優子と同じ気持ちなんだ。だから許しても良いじゃないか? タオルも巻いているし、な?」

 

 

「私はタオルが無くても———」

 

 

「ごめん。ちょっと静かにしてて」

 

 

「優子さん! 惑わされてはいけません! 大樹さんはこの場を乗り切ろうとしていますよ!」

 

 

安心しろ黒ウサギ! その場を乗り切るために黒ウサギの言葉も考えてある! しかも最高の一撃を誇った奴がな!

 

 

「黒ウサギ」

 

 

俺は自分の唇に人差し指を置く。決して「静かにして」という意味では無い。

 

 

「言うぞ?」

 

 

「———今日だけですから! 許すのは今日だけですから!!」

 

 

「黒ウサギ!?」

 

 

優子よりも顔を真っ赤にした黒ウサギ。もちろん、キスのことである。言われたらもちろんヤバいですよね。俺と黒ウサギ。運命共同体だよ。俺に関しては骨が残るかどうかの危機だよ。

 

突然の裏切りに優子は驚く。折紙の視線が痛いが、これで危機は免れ―――

 

 

「何を……やっているのかしら……?」

 

 

そして、腕を組んでいるアリアを見て息を飲んだ。

 

完全に怒っている。感情豊かな彼女の姿は見ただけで判断が付く。

 

 

「大樹君ったら……またかしら?」

 

 

「そんなに浮気が好きですか大樹さん?」

 

 

アリアの後ろには真由美とティナの姿があった。これには俺も笑うしかない。

 

 

「ははっ」

 

 

俺は両手を挙げて降伏のポーズ。アリアの裁きを待った。

 

 

「アンタたちねぇ……はぁ……もうキリがないわねホント」

 

 

何故かアリアは怒らず、呆れていた。怒るを通り越して呆れさせてしまったのか。本当に申し訳ない。

 

でも何故だ? 真由美とティナがクスクスと笑っている。この状況で何が面白いのか、分からなかった。まさかこの後俺が無残な姿になることを笑っているのか!? そ、それはないよ。多分。

 

 

「大樹!」

 

 

「は、はい!?」

 

 

アリアに呼ばれて返事をする。敬礼も忘れず背筋をピーンッと伸ばす。

 

 

「今度、あたしたちも入っていいわよね?」

 

 

「……………パードゥン?」

 

 

今……なんと……?

 

 

「入っていいわよね!?」

 

 

「全然良いですよOKですよ待っています!!」

 

 

アリアに銃を向けられたので首を縦に何度も振った。

 

というか一緒に入る!? どういうこと!?

 

 

「二人とも行くわよ」

 

 

「「えッ」」

 

 

アリアの言葉に理解が追いつかないのは黒ウサギと優子もだった。目が点になっている。

 

 

「 行 く わ よ 」

 

 

「「あッハイ」」

 

 

凄い威圧感。体が小さいのに何故あんなに存在が大きく見えて怖いのだろうか。

 

 

「折紙。あんたもよ」

 

 

「私は———」

 

 

「大樹のTシャツあげるから」

 

 

「———分かった」

 

 

「おいちょっと待て!? 折紙の扱いに合っているような気がするけどやめろぉ!!」

 

 

折紙は素直に風呂から上がり出て行く。物に釣られるなよ!

 

 

「あとダサイけどいいかしら?」

 

 

「構わない」

 

 

俺をディスるなアリア。そして一向に構うわ俺は。

 

色々な感情が渦巻いている俺に、真由美がこっそり近づいて来た。

 

 

「良かったわね大樹君。皆でお風呂よ」

 

 

「それは死んでも良いくらい嬉しいが、どういうことだ? アリアがそんなことを許すと思わないが……」

 

 

「そうね……水着だからかしら?」

 

 

あー、理解した。それなら許しそう。

 

でも水着か……ちくしょう。布の面積はできれば小さめでお願いします。できればポロリする水着で。

 

 

「裸が良かったかしら?」

 

 

「駄目だぜ真由美。俺たちは健全な付き合いを―――」

 

 

「本音は?」

 

 

「———俺の理性が持たなそうだから水着でお願いします」

 

 

ダサイ。最高にダサイぞ俺。これだから童貞だと言われるんだよ俺! もっとグイグイ行けよ!

 

 

「もっとグイグイ行っても良いと思うわよ?」

 

 

「好きな子にそれ言われるとキツイぞ真由美……」

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

そして本当に申し訳なさそうに謝られるとさらに辛い。心が痛いぜ。ズッタズタだぜ。ボッロボロだぜ。泣けるぜ。

 

 

「早く行くわよ真由美!」

 

 

「ええ! すぐに行くわ!」

 

 

アリアに呼ばれた真由美はすぐに風呂場を後にする。残された俺はどうすればいいのですか?

 

 

「……寒い」

 

 

もう一度、風呂に入って温まろう。うん、それがいい。

 

肩まで湯に浸かり、フッと息を吐く。ああ、極楽極楽。

 

 

ガラララッ

 

 

「何か勘違いしているようだけど、許したわけじゃないわよ」

 

 

「えッ」

 

 

風呂場に戻って来たのはアリア。その手には———【インドラの槍】があった。

 

いや、それはアカンよ。それお湯に入れたら死んじゃうよ? 感電死しちゃうよ?

 

必死に俺は首を横に振るが、アリアは笑顔で槍をポイッと風呂に投げた。

 

 

「大丈夫。強い大樹、あたしは好きよ」

 

 

「今、それを言うのは卑怯だぜ」

 

 

バチバチガシャアアアアアァァァンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

風呂場の修理を終えた後、琴里に叱られた。理不尽。だってドアを壊したの折紙だし、折紙と狂三が入ってこなければこんなことにならなかったし、床のタイルは俺が悪いのは間違いない。そこは認めよう。

 

 

「べぼ、ばびぶびべびゃばびびょ?」(でも、やり過ぎじゃないの?)

 

 

「ごめん、何を言っているのか全然分からないわ」

 

 

優子が可哀想な目で俺を見ている。辛い。舌と唇が痺れているだけなのに。こんなに言葉が伝わらないとは。

 

黒ウサギに治癒のギフトで治して貰い回復する。顔にあった嫌な違和感がスッと消えた。

 

 

「毎度思うけど【インドラの槍】はやり過ぎだと思います」

 

 

「でも大樹君が浮気しなければ良いだけの話だと思わないかしら?」

 

 

真由美のド正論に俺は何も返せない。口をポカンッと開けていることしかできなかった。

 

周囲の視線がグサグサと刺さる。そこは何か返せよと目が言っている。無理だよ。俺が悪いって分かっているもん。

 

切羽詰まった大樹は変なことを口にした。

 

 

「そ、それなら俺にだって考えがあるぜ! アリアたちも俺以外の男と仲良くしていたらペナルティな!」

 

 

「……別に良いわよね?」

 

 

「……もちろん黒ウサギは、それでもいいですけど」

 

 

うんと頷く優子と黒ウサギ。彼女たちは元からその気がないのは当然知っている。

 

しかし、馬鹿な大樹はすぐに勘違いするのだ。彼は涙をポロリっと床に落とした。

 

 

「前言撤回、良いですか? 絶対に仲良くしないで……!」

 

 

「完全に大樹さんが誤解して泣きそうになっていますよ」

 

 

焦ったティナが急いで大樹の手を握り絞める。五秒にも満たない発言はすぐに撤回された。

 

反省しました。浮気された側は、こんなに辛いことだと。

 

だから、俺は決意したことを明かす。

 

 

「実は……だ、大事な話があるんだ。えっと、将来的な……感じの話が」

 

 

急に視線を泳がせながら話す大樹に女の子たちは察する。頬を赤くして大樹の言葉を待った。

 

そして同じく、大樹も彼女たちの顔を見て察する。

 

 

「……あー、その顔は……うん、言わなくて良い感じだな。分かっているようだから省くぞ」

 

 

「できれば言葉にしてくれると嬉しい」

 

 

「録音機はしまってくださいね折紙さん?」

 

 

黒ウサギが折紙を説得。大変助かりました。黒歴史残すような真似はしないでくれ。

 

一度咳払いとして、真っ赤な顔でも、真面目な表情で彼女たちの名前を呼ぶ。

 

 

「アリア」

 

 

「ええ、聞いているわよ」

 

 

「優子」

 

 

「何かしら?」

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「はい」

 

 

「真由美」

 

 

「ちゃんと聞こえているわよ」

 

 

「ティナ」

 

 

「はい、大樹さん」

 

 

「折紙」

 

 

「何?」

 

 

「録音機は片付けろ」

 

 

「………………」

 

 

「ここに美琴は居ないが、後で二人っきりの時にしっかりと伝える。俺の気持ちを全てさらけ出してくるよ」

 

 

そして、大きく深呼吸して彼女たち―――大切な人たちに告げる。

 

 

 

 

 

「———全部終わった後、一ヶ月以内に答えを出して、行動を見せる。必ず良い形で……以上です」

 

 

 

 

 

「「「「「———ッ!?」」」」」

 

 

それは大樹の告白。しかも、OKサインがもう出ている予告だった。

 

答えとは当然あのこと。行動とはもちろんあのこと。一つ一つ言わずとも分かることだった。

 

女の子たちの顔は驚愕と嬉しさとその他諸々の感情が混ざり合い、顔を紅潮させていた。

 

だが何を言えばいいのか彼女たちには分からない。今までこんな展開が無かったせいだ。

 

当然、大樹もこんな展開にしたことがない。よって彼女たちの言葉を待つが、一向に帰って来ないので不安になっている。

 

 

「え、えっと……俺、何か嫌なことを―――」

 

 

ドッと強い衝撃が胸に飛び込んで来た。それは女の子の体で、折紙だった。

 

しっかりと受け止めることができたが、これはどういうことなのか聞こうとする。が、

 

 

「———嬉しい」

 

 

折紙の一言に、俺は胸が一杯になった。

 

それだけその一言は俺の不安を掻き消し、安心と嬉しさが心を満たした。

 

折紙を強く抱き締め、礼を言う。

 

 

「ありがとう。俺も嬉しいぜ、折紙」

 

 

「私の方がもっと嬉しい」

 

 

「何張り合ってんだよ。俺の方がもっともっと嬉しい……って俺たちはバカップルかよ」

 

 

「大樹となら、なっても良い」

 

 

「そりゃ感激だ」

 

 

折紙を十分に抱き締めた後、再び前を向く。アリアと目が合った。

 

 

「できれば、アリアにも抱き付かれたいのだが……」

 

 

「……きょ、今日だけよ」

 

 

「俺は明日も明後日もお願いしたいけどな」

 

 

「……………考えておくわ」

 

 

しゃあッ! アリアのデレ、いただきましたぁ!! ありがとうございます! ごっつぁんです!

 

中々折紙は俺の体から離れてくれないので、そのまま俺を中心に動かして背中から抱き付く形で止めて置いた。折紙さん、力が超強い。背中に凄い頬擦(ほおず)りする。

 

前が空き、アリアを受け入れる準備は整った。さぁ来いっと目で訴えると、

 

 

「なら私もいいわよ、ねッ!」

 

 

「って真由美!?」

 

 

ドンッと満面の笑みで真由美が飛び込んで来た。しっかりと受け止めたが、アリアがまだ受け止めれていない。

 

 

「大樹!? 何であたしじゃないのよ!?」

 

 

「違う俺のせいじゃない! アリア! 飛び込んで来い! 二人なら同時に抱き締めれる!」

 

 

「あ、あんたねぇ……!」

 

 

怒らせたか!? と思っていたが、アリアは勢い良く飛んで来た。その怒った感情を突進に込めるのやめてくれます!?

 

 

「うぐぅ!」

 

 

誰よりも一番強い飛び込みだった。それでもアリアを受け止め真由美と一緒に抱き締める。ひゃっふー!!

 

アリアと真由美の顔が真っ赤? 知るか! 俺も真っ赤だから気にするな!! ヤケクソだ!

 

 

「な、何この流れ!? アタシたちもするの!?」

 

 

「大樹さん! 次は黒ウサギとティナさんでお願いします!」

 

 

「できるだけ早くお願いします!」

 

 

「あれ!? アタシだけ乗り遅れているの!?」

 

 

女の子たちにもみくちゃにされる大樹。実は———というか察しの通り、彼は内心ビビッていた。

 

 

(何だコレ? 何だこれ!? なんだこれ? ナンダ・コレ!)

 

 

大事なことなので色々と変換させて四回言いました。

 

愛されていることは分かっている。こんなに幸せになっていいのでしょうか!?

 

だって本来ならこの後、女の子に見つかって怒られる展開が普通じゃん!? でも今回は違う。怒る女の子がいないんだよ!?

 

 

(俺の感覚がおかしいのか!? 女の子に怒られないといけない使命感を持った自分怖い! ドMかよ俺!?)

 

 

気にしなくて良いんだよ俺! 例えアリアの小さな胸が手に当たっても、優子の柔らかい頬と俺の頬がくっついていても、黒ウサギの凶悪とも言える胸が腕に埋まっていても、悪戯に俺の髪をわしゃわしゃと真由美が触っていても、ティナが小さな体で俺の胸に抱き付いても、折紙が背中から抱き付きながら俺の耳をハミハミと噛んでいても———そう、許されるのです! 法で裁けぬ悪とは俺のことよ。

 

でも最後はレベル高いな。折紙、ちょっとそれはやめて。あふんってなる。力が抜けるから。

 

 

(ああ、この幸せな時間が永遠に続けばいいなぁ……)

 

 

「ちょっとティナ!? あたしは大樹のパートナーで出会った時間が早いんだから!」

 

 

「駄目です。ここは譲りませんよアリアさん。それと愛に早さなんて関係ありません」

 

 

「なッ……い、言ってくれるじゃないの……! でもあたしの方が年上なんだから、素直に言うことを―――」

 

 

「……体型、あまり私と変わらないじゃないですか」

 

 

「は?」

 

 

(あれれ~、雲行きが怪しくなって来たぞぉ?)

 

 

落ち着いてアリア。(あお)らないでティナ。

 

右手に鋭い痛みが走る。アリアだ。アリアが俺の腕を強く握っている。だから力強いって痛い痛い!?

 

 

「言っておくけど真由美! 正妻なのはあの世界だけであって———!」

 

 

「ごめんね優子。先に大人の階段を上るのは私になりそうね」

 

 

「うぅ……!」

 

 

そこも落ち着いて煽らない。優子、真由美、仲良くやろうや。

 

そして左腕に鋭い痛みを感じた。優子だ。無意識なのか、俺の腕に力を入れて関節を一つ増やそうとしている。だから痛い痛いあああああ!

 

 

「だから黒ウサギはエロくありません!?」

 

 

「嘘。あなたの体が誰よりも一番凶悪。だから大樹が獣になった時は必然的にあなたのせい」

 

 

「喧嘩売ってんのかおい」

 

 

「そ、それなら黒ウサギは惜しむことなく全力で迎撃します!」

 

 

「いやそれはおかしい」

 

 

「必要ない。私が全て受け止める」

 

 

「な、なら黒ウサギだって望むところですよ!」

 

 

こっちは何の勝負をしているのか分からない。

 

黒ウサギの胸が顔に埋まり、後頭部は折紙の胸で埋まった。呼吸できない。窒息死する。

 

 

(幸せの時間、凄い早さで終わったな)

 

 

そうだよな。こんなに簡単にハーレム達成おめでとう!とかならないよな。

 

忘れていたよ。この困難を乗り越えなければ、俺の願いは叶わない。

 

 

 

 

 

―――この『修羅場』、どう(おさ)めようか。

 

 

 

 

 

既に体はチェックメイトされているような状態なのだが。大変なことになっております。

 

 

「……………」

 

 

ま、幸せだからいいや。

 

 

グギッ バギッ ガクッ……………チーン

 

 

________________________

 

 

 

「どこだここ」

 

 

「大樹よ。そこを渡ってはならん」

 

 

「えッ? じいちゃん? じいちゃんなのか!?」

 

 

「現世とあの世を分ける川じゃ。お前なら分かるだろう?」

 

 

「さ、三途の川じゃねぇか……でも」

 

 

「何じゃ? ワシの顔に何かついておるか?」

 

 

「じいちゃん。何でこっちにいるの? 普通川の向うにいない?」

 

 

「……………のだ」

 

 

「え? 何て?」

 

 

「怖くて渡れぬのだ」

 

 

「子どもか!」

 

 

「向う岸には幽霊の様な足が透けている奴が多い……とてもじゃないが無理じゃ」

 

 

「じいちゃんの足も透けているけどな?」

 

 

「とにかくワシはここに居続ける。お前さんは帰れ」

 

 

「いやいや、じいちゃんはもう渡れよ。いつまでここに居るんだよ」

 

 

「もうすぐ10周年」

 

 

「迷惑過ぎるだろじいちゃん!? どんだけここに居るんだよ!? 向うに行けよ!」

 

 

「嫌じゃ嫌じゃ! ワシはここでお前さんのような新人に三途の川を教えてここでの生き方を伝えるんじゃッ」

 

 

「エンディング迎えた奴にチュートリアルするとかどんなクソゲーだよ!? ああもう! 俺も渡り切らない程度までついて行ってやるから!」

 

 

「ああああああああああああああああああああ!!」

 

 

「うるさッ!? じいちゃんうるさッ!? ホラ、早く渡れ! 生まれ変わって来い!」

 

 

「まだばあさんが! まだ来ておらぬ!」

 

 

「ばあちゃんなら超元気だぞ。年賀状の写真が『若い奴にはまだまだ負けへん』ってマラソン大会優勝していたやつだったよ」

 

 

「ばあさん!? もう90歳になるじゃろ!? 大丈夫なのか!?」

 

 

「いや、じいちゃんのこと結構忘れていた。仏壇に置いてあるじいちゃんの遺影を不思議そうに見ていたぞ」

 

 

「ばあさあああああああああん!!?」

 

 

「もう行けよクソじじい! 覚悟決めろ!」

 

 

「なッ……孫がグレた……お前さんの姉ちゃんはあんなに優しいのに……」

 

 

「そうだろうな。姉ちゃんがじいちゃんのこと、『良い金づる』言っていたからな」

 

 

「ごばはぁ!? それが死者の見送りの言葉か貴様ぁ!!」

 

 

「俺はそんなこと関係無しで好きだったよ。いつもトラックで乗せて色んな所を連れて行ってくれたから。パチンコ率が凄い高かったけど」

 

 

「……………大樹。母さんは元気か?」

 

 

「うん。今はどうか分からないけど」

 

 

「そうか。ならアイツによろしく死ねと言っておいてくれ」

 

 

「まだオトンのこと嫌ってんのか……」

 

 

「フンッ、ワシは認めぬ。由緒正しき『   』家に、あの男は不適切だ」

 

 

「そうかよ。ちゃんと伝えておくわ」

 

 

「うむ。所で大樹。お前さんは今年でいくつになる?」

 

 

 

 

 

「ん? 16だ。もう高校生なんだぜ?」

 

 

 

 

 

「おお、ならもう彼女を作らないとな。画面の向うにいる女の子はお前さんの期待には———」

 

 

「やめろ。やめてください」

 

 

「まぁ、お前さんには双葉ちゃんがいるから安心じゃのう」

 

 

「———双葉? 誰だそれ?」

 

 

「—————ッ……いや、ワシの勘違いだ。気にするな」

 

 

「そ、そうか?」

 

 

「……まだ渡らずに居て正解だったな。大樹よ、最後に覚えて置いて欲しいことがある」

 

 

「何だ?」

 

 

「———この場所を忘れるな。忘れても、思い出せ。必ず、お前が必要とする場所だ」

 

 

「じ、じいちゃん?」

 

 

「この水がどこから流れて来ているのか、(あば)け」

 

 

「ど、どういうことだ!? 何を言っているのか全然―――」

 

 

「お前さんは選ばれている。『   』家の———」

 

 

 

________________________

 

 

 

「……………」

 

 

変な夢を見た。いや、思い出したということが正しいのか。

 

いつもなら女の子とヒャッホィする夢なんだが、何だこの夢。

 

記憶にない夢だ。絶対記憶能力が再び忘却した記憶を蘇らせたのかもしれない。

 

しかし、死んだじいちゃんに会っていたとは……普通忘れるか? とても簡単に忘れることができないような出来事だが……自分が怖いよ。

 

 

「ん?」

 

 

そういや、体が温かくて柔らかいモノに包まれているこの感触は何だ?

 

あの修羅場の後、どうしたっけ? あ、そのまま寝てしまったのか。 気絶したと思うでしょ? 残念普通に幸せ過ぎて寝ちゃいました! ……これ以上、嫁の鬼度を上げるわけにはいかない。

 

よくあの場面で寝れたなと自分でも思う。って今はそんなことより状況把握。暗い部屋。ベッドに寝ていることを確認。黒ウサギの顔を認識―――はい?

 

 

「あッ……………」

 

 

「……………黒ウサギさん?」

 

 

暗い部屋の中でも、黒ウサギと目が合ったことは分かった。しかも距離は20センチあるかどうかの距離と来た。

 

柔らかいモノの正体が分かった。黒ウサギが隣で寝ている。つまりこの全身を覆った柔らかい感触とは———女の子たちの体というわけだえええええええええェェェ!!??

 

 

「!?」

 

 

「お、おはようございます……」

 

 

「ど、どないなってんねん……」

 

 

思わず関西弁を使ってしまうほど動揺している。

 

アリアも、優子も、真由美も、ティナも、折紙も、俺の手を握ったり腕を抱いたり体に抱き付いたりしている!?

 

そして黒ウサギ! 俺の顔を触って何をしている。

 

 

「俺の顔がブサイクなのは仕方ないぞ」

 

 

「い、いえ……そんなことは一度も思ったことが……十分にカッコイイと黒ウサギは……………思います」

 

 

もう! ホント可愛いなぁ黒ウサギは!! 惚れてしまうだろ!? ってもう惚れてたわ!

 

いかんいかん。馬鹿なリア充みたいなこと考えているぞ俺。落ち着け落ち着け。

 

 

「実は大樹さんがボロボ……疲れていて」

 

 

オッケー牧場。ボロボロになっていたんだな? 理解したし、許容した。

 

 

「気ぜ……寝てしまっていたので、大樹さんをベッドに運びまして」

 

 

今更『気絶していた』なんて遠慮しなくていいよ。手遅れな俺に必要ない遠慮だ。

 

 

「そこで大樹さんが寝言で……その……美琴さんの名前を出しまして」

 

 

「やだ恥ずかしい」

 

 

「そこまでは良かったのですが……その、部屋から出ようとした時に……『双葉』と呟いたのです」

 

 

「それはヤバいな」

 

 

「ええ、ヤバかったです」

 

 

「で、どうなった俺の体」

 

 

「ッ……大丈夫です。黒ウサギが治しました」

 

 

「よし、聞かないでおく。で、どうなった?」

 

 

黒ウサギが一瞬目を逸らしたので深く追求しない。かなり気になるが、好奇心は猫を殺す。嫁の胸の中で死ねるのなら本望だが。

 

 

「そこから流れるように、全員で大樹さんと寝ることになりました」

 

 

「俺が言うのもアレな気がするが……ぶっ飛び過ぎだろ」

 

 

事件が発生した直後に犯人が牢屋にぶち込まれるくらい過程をすっ飛ばしたぞ。

 

 

「折紙さんと真由美さんがアリアさんたちを煽らなければこんなことにはなりませんでした」

 

 

「そうか。じゃあ後でお仕置きとしておっぱいの一つや二つ揉ませて―――」

 

 

「キレますよ?」

 

 

「———ひえ!? じょ、冗談に決まっているだろ。頬をつねらないでッ」

 

 

「絶対にできないクセに……大樹さんのクセに……」

 

 

黒ウサギが拗ねてる。珍しい。

 

ニヤニヤと頬をつねられながら黒ウサギの表情を楽しんでいると、

 

 

「……童貞のクセに」

 

 

「お前の口からその言葉が出るとは一生本気で思わなかった……!」

 

 

涙がボロボロ零れるのだが。絶対真由美辺りの影響だわ。俺の健全でエロエロな黒ウサギを返して!!

 

……取り戻してみせる。ちょっと攻めただけで恥ずかしくなる黒ウサギをもう一度、この目に焼き付ける!

 

 

「だ、大樹さんが悪いのですよッ」

 

 

「そうだな。俺が悪いな。でも、そんな悪い俺を好きになってくれた黒ウサギはもっと悪いだろ?」

 

 

「ッ……口説いているのですか?」

 

 

「攻略済みだろ?」

 

 

「なッ……!? く、黒ウサギはそんなに軽い女ではありませんッ」

 

 

「知っている。200年以上守って来た貞操だ。19年ぽっちしか生きていない俺とは違う。ちゃんと分かっている」

 

 

「……そこまで理解してくれているなら……許します」

 

 

「ただその貞操に俺が傷をつけるということになると興奮する俺がいる」

 

 

「にゃッ!?」

 

 

変な声を出して驚く黒ウサギ。興奮する俺もいるが、ビビっている俺もいることを忘れないでくれ。

 

 

「ただ———大切にしたいという気持ちは本当だ」

 

 

「ッ———!」

 

 

黒ウサギの顔がカーッと赤くなるのが分かる。キタァ! はいクエストクリア! 報酬はその顔を完全に記憶させていただきます。

 

 

「で、では……そんなに大切にしてくれるなら———」

 

 

「ん?」

 

 

「———少しだけ、傷をつけて貰っても良いですか……?」

 

 

( д ) ゚ ゚

 

 

「えッ」

 

 

俺は現在、眼が飛び出る程驚いています。

 

黒ウサギは俺の服を掴んで距離を縮めている。黒ウサギの顔が近づくと男の理性を簡単にぶち壊してしまうかのような香りが鼻に入る。

 

追撃と言わんばかりの暴力的な胸が俺の体に押し付けられる。今気付いたのだが、超絶エロい黒いネグリジェを着ている。

 

童貞にはレベルが高過ぎる展開。当然、俺はこうなる。

 

 

________________________

 

 

「極悪人の俺が、傷だけ済むとでも?」

 

 

「あッ……んッ」

 

 

大樹は強引に黒ウサギの唇を、自分の口で塞いだ。

 

抵抗しようと黒ウサギは力を入れるが、すぐにその抵抗は無くなった。

 

そのまま体重をかけないように黒ウサギの上に(またが)り、逃げ場を失わせた。

 

唇を一度離す。大樹はニヤリと悪い笑みを見せた。

 

 

「今夜は寝かさないぜ?」

 

 

「……はい」

 

 

そして、俺たちは熱い夜を―――

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

―――――んなわけあるか。常識的に……いや、大樹的に考えてみろ。

 

 

 

 

 

「あッ、いや、その、えっと、あの、これは、ぬ!?」

 

 

これが正解。この焦りようだ。ぬって何だよ。ぬって。

 

今度はこっちが恥ずかしがって慌てているじゃないか。攻める姿勢を忘れるな!

 

 

「ぎ、ギフトカードギフトカード」

 

 

「何するつもりですか大樹さん……」

 

 

焦り過ぎて何を探しているんだ俺。

 

 

「ま、まだ早いと思うぜ?」

 

 

「分かっています……冗談ですよ。仕返しです」

 

 

手玉に取られた。今日で思い知った。女の子に勝てる気がしない。

 

黒ウサギはそのまま俺の顎下に顔を入れて抱き付いて来た。

 

ダイレクトに髪から素晴らしい香りが鼻に入る。というか近過ぎてまともに動けない。

 

 

「大樹さんのエッチ」

 

 

はいエッチでも変態でも良いです。

 

黒ウサギが抱き付く形になったせいで綺麗な首後ろに目が移り、そこから背中へと視線が落ちて行き、

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギのお尻に目が釘付けになる。YES! 黒! ブラック! 最高ッッ!! 小さなピンク色の丸いウサギ尻尾が萌えポイント高い!

 

ガン見しているが黒ウサギは気付かない。そりゃそうだ。黒ウサギの頭の上に頭を乗せているのだから。見えるわけがない。気付くわけがない。

 

 

(というか……!?)

 

 

女の子たち全員が薄い格好をしていた。いくら暖房が効いているからとはいえ、防御薄すぎでしょ俺の嫁!?

 

太ももにホルスターを付けたまま寝ているアリア。ピンクのワンピースから薄っすらと下着が見えている。

 

下着の上からフード付きパーカーだけ着ている優子。それ俺の『一般人』服じゃないか。全然許せる。洗って返さなくていいよ。

 

ノースリーブで肩を大胆に露出し、スカートが長いワンピースを着た真由美。艶めかしい鎖骨のラインに目を奪われそうになる。

 

可愛らしいピンクのチェックのパジャマを着たティナ。一番まともな恰好をしているかと思いきや、ズボンがない。あとパジャマがはだけて右肩が見えているうえにブラがない。年齢的にそろそろブラを付けるべきだと思います。

 

折紙に関しては一番最強かもしれない。裸『一般人』Tシャツとは恐れ入った。下着すら着けないスタイルとは次元が違いすぎる。

 

 

「大樹さん?」

 

 

「……幸せ者だよ俺は」

 

 

「? それはよかったです」

 

 

ふさふさのウサ耳と一緒に黒ウサギの頭を撫で回す。撫でながら絶景を脳に焼き付けた。

 

今日はおかしい。けど素晴らしい。こんなに感激する展開ばかり起きているなんて……!

 

フハハハハハ!! 我が軍の勝利だあああああァァァ!!

 

 

 

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

突如響き渡ったのは、空間震警報のサイレンだった。全員が飛び起きる。

 

 

ゴッ!!

 

 

「ぶべッ!?」

 

 

「痛ッ!? ご、ごめんなさい大樹さん!?」

 

 

「だ、大丈夫だ……」

 

 

黒ウサギが飛び起きたせいで顎を強打する。黒ウサギも痛そうにしていたが、口から血を流している大樹よりはマシなはず。どうやら舌を噛んだらしい。

 

 

「と、とにかく俺は先に司令室に行くぞ。ちゃんと着替えてから来い。もしその恰好で来たら男共を抹殺しなきゃいけなくなる」

 

 

ベッドから飛び起きて部屋を出る。女の子達は頬を赤くしながら布団で身を隠していた。何だろう。このイケない感じの雰囲気。うーん、最高。

 

それより真面目に切り替えろ。美琴以外の精霊が現れた。それなら琴里たちに任せればいい。

 

 

(いや……違う気がする……)

 

 

自分の嫌な予感は、宝くじのハズレ並みに当たる。何て嬉しくない体質なんだろうか。

 

 

―――ドクンッ

 

 

「ッ……」

 

 

突然襲い掛かる激しい痛み。ナイフを心臓に突きたてたかのような胸の痛みに顔を歪める。

 

 

「……冗談じゃないッ」

 

 

右胸を抑えながら、大樹は歩き出した。

 

 

________________________

 

 

 

深夜0時00分と日付が変わる時間に、異変は起きた。

 

空間震と呼ばれる現象を機器が感知したにも関わらず、街では何一つ異変が起きていないのだ。

 

空間震も、精霊も、何も起こってない。誰もいない。ただ時間だけが過ぎていた。

 

 

「どういうこと? 空間震も精霊もいないって……」

 

 

飴を咥えながら難しい表情をする琴里。クルーたちが必死に原因を探っているが、見つけ出せていない。

 

 

「機械が間違って感知したってのは?」

 

 

「そんなはずはないわ。あの機械は特殊な余波———霊力を感知してやっと作動するの。誤作動は考えられないわ」

 

 

士道の言葉に琴里は首を横に振る。今の琴里の言葉から考えられることが一つある。

 

 

「なら、作為的に誰かが霊力を流したって線が一番あるな」

 

 

「ッ……それこそありえないわ。誰かが精霊の力を所持していることになるのよ」

 

 

「なら思い出してみろ。美琴が精霊として現れた時、空間震警報は鳴ったよな?」

 

 

「……何が言いたいのかしら?」

 

 

「でも『ファントム』は美琴を精霊にした記憶はない。なのに美琴から霊力をレーダーで感知した」

 

 

ここまで言えば大体理解したのだろう。琴里は黙ってしまう。

 

 

「そして美琴の背後にはソロモンの悪魔が居た。もう決定的としか思えないだろ」

 

 

「……じゃあ敵は」

 

 

「ああ、ついに仕掛けて来やがったかもしれないな」

 

 

ご丁寧に街の人間を安全なシェルターに避難させたんだ。必ず、奴は動く。

 

その時、艦橋のスピーカーから外部通信を(しら)せるブザーが鳴った。

 

琴里が俺に確認を求めて視線を合わせる。俺は頷いて繋げて欲しいことを伝えた。

 

 

「繋いでちょうだい」

 

 

「ハッ!」

 

 

クルーの声と同時にモニター画面が切り替わる。そこには文字が書かれていた。

 

 

「何だ……この絵は?」

 

 

「記号? まさか……文字なの?」

 

 

士道と琴里が首を傾げる。怪しい模様の数々にクルーたちも眉を寄せていた。

 

記号や模様に見えるようなモノが円を描くように並び、渦巻き状になっている。

 

モニターを見て理解したのは二人だけだった。

 

 

「信じられないが、未解読文字のようだ」

 

 

令音の呟きに全員が驚く。

 

 

「み、未解読って……!」

 

 

「未だ人類が解読できていない文字体系だ。私に期待しないでくれ。読めるとするなら———チラッ」

 

 

「『チラッ』じゃねぇよ。何俺なら分かるだろみたいな視線送ってんだよ。目潰すぞコラ」

 

 

令音の視線は大樹だった。大樹は後頭部を掻きながら溜め息をつき。

 

 

「さすがに読めねぇよ。未解読文字の『クレタ聖刻文字』なんて」

 

 

彼は気付かない。そこまで分かっている時点で普通じゃないことに。

 

彼の常識に少しだけついていけるのは令音ぐらいだ。

 

 

「そう言われると、これは『ファイストスの円盤』に似ている」

 

 

「よく知っているな。その通りだ。『ファイストスの円盤』は『クレタ聖刻文字』が使われている。人の顔や動物のようなモノが書かれていて、解読も内容も明かれていない。俺でも無理だ」

 

 

「す、少しくらいは解読されているんじゃないのか? もしこれが『ファイストスの円盤』なら———」

 

 

士道の言葉に、大樹は嫌な顔をした。

 

 

「それならいいけどな」

 

 

「え?」

 

 

「ありました司令! 『ファイストスの円盤』の画像、モニターに映します!」

 

 

クルーの一人がネットで検索した画像をモニターの横に映し出す。

 

遺跡に置かれていそうな円盤形の石。そこには『クレタ聖刻文字』に似たモノが彫られている。

 

ほぼ同じように見える二つのモニター。しかし、全員の表情が固まった。

 

 

「……文字が、違う?」

 

 

出されたモニターの文字が一字一字が全て異なっているのだ。同じ文字はあれど、場所は全く違う。

 

 

「クソッタレが……頭は俺以上に良いってことをアピールしているのかよ」

 

 

「……まさか!?」

 

 

「ああ、そうだよ士道。敵はこの未解読文字を解読———いや、理解している」

 

 

全員が息を飲むのが分かった。

 

未解読文字を完全に理解して、それをメッセージにして今、俺の目の前に出してやがる。

 

実に(しゃく)に障る行為だ。奥歯からガリッと削れる音が聞こえた。

 

ピロンッと軽快な音が響く。外部通信で出したモニターに変化が生じた。

 

『クレタ聖刻文字』の下部に漢字で書かれた『問題』が表示される。が、問題の続きに書かれた文字が異常だった。

 

 

「……ハッ」

 

 

もう笑うことしかできなかった。鼻で笑った大樹の額から汗が流れた。

 

 

「問題文も、未解読文字か……!」

 

 

言葉を失った一同。外部通信の最悪なことに、問題文は未解読文字の『クレタ聖刻文字』ではない。別の未解読文字だった。

 

 

「な、何を伝えたいの……敵は何を伝えたいのよ!」

 

 

琴里が取り乱すのも分かる。わざわざ外部通信を受け入れたにも関わらず、人類が解読できていない言語を並べて来た。

 

挑発より性質の悪い。馬鹿にしたモノだ。怒りが込み上げるの不思議ではない。

 

 

「落ち着け。問題文の未解読文字は解こうと思えば俺ならできるかもしれない」

 

 

取り乱した琴里を落ち着くように大樹が声をかける。

 

幸い、問題文の未解読文字は箱庭の歴史書物に書かれた読解法をいくつか応用すれば読める可能性はある。ただし、解読に時間は多くかかるだろう。

 

それだけじゃない。『クレタ聖刻文字』は本当に手の付けようがない。お手上げと言っていいレベルだ。

 

約100年先の技術を知っていても、普通じゃありえない現象を知っていても、箱庭と言う規格外な世界で本を読み漁っていた俺はこの言語を知らない。

 

 

(ふざけやがって……!)

 

 

この出された未解読文字でもっとも問題となっているのは『理不尽さ』だ。難解のレベルを遥かに上回っている。

 

だが幸運と言うべきか、制限時間のようなモノは与えられていない。理不尽なゲームオーバーは無い事を信じておこう。

 

外部通信が無言なのは気になるが、なるべく早く解読に取り掛かるべきだろう。

 

 

「とにかく嫌な予感しかしない。解読したいから手伝って―――」

 

 

大樹が解読に取り掛かろうとした瞬間、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

戦艦を大きく揺らす激しい衝撃が突如襲い掛かって来た。あまりにも突然すぎる出来事にクルーたちは衝撃に備えることができず、床に転がってしまう。

 

 

「敵襲!? そんな!? レーダーには何も……!?」

 

 

「違う!! 中だ!!」

 

 

大樹の叫びの否定。ギフトカードから取り出した刀を握り絞めて背後の壁を睨み付けた。

 

 

「全員後ろに俺の隠れろ! 死ぬぞ!!」

 

 

刀を構えた瞬間、再び爆音が轟いた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

巨大な雷が壁を粉々にする。砕けた壁の破片を切り落としながら歯を強く食い縛った。

 

黒煙の向うから歩いて来る一人の人間。紅い閃光がバチバチと弾けていた。

 

 

「まだ、終わってねぇってことかよ……!」

 

 

歩いて来たのは———美琴だ。

 

病院の患者が着る緑の服に身を包ませた彼女の眼は虚ろ。その瞳に大樹は映らない。

 

 

「不味いです司令! 戦艦の高度が下がって……!」

 

 

「それくらい分かっているわ。大樹!」

 

 

「時間ならいくらでも稼いでやる。絶対に落とすんじゃねぇぞ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

強く踏み込み前に進む。音速の壁をブチ抜き、美琴の背後を取る。

 

当然、紅い閃光はそれを許さない。大樹に襲い掛かろうとするが、

 

 

「大樹!!」

 

 

「分かっている!」

 

 

背後から聞こえるアリアの声にニヤリと笑みを浮かべる。応援に駆け付けたアリアは緋色の銃弾で紅い閃光を相殺し、打ち消した。

 

美琴との距離はゼロ。アリアが作ったその隙を大樹は逃さない。

 

 

「頼むから大人しくしてくれよッ!」

 

 

神の力を発動した。全てを打ち消すその力に抗えるモノは何もない。

 

しかし、彼女が止まることはなかった。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

「大樹!?」

 

 

美琴の体から衝撃波のように飛ばされる電撃波に大樹の体は後ろに吹っ飛ぶ。アリアはその光景に驚愕していた。

 

 

「どういうこと!? 今ので終わりじゃ……!?」

 

 

体を回転させて衝撃を殺す。そのままアリアの隣に立った。

 

 

「……俺の弱点を突かれたな」

 

 

「弱点って……嘘でしょ?」

 

 

神の力は全ての力を打ち消す。

 

 

―――それが美琴の能力でも、打ち消す。

 

―――それがアリアの緋弾も、打ち消す。

 

―――それが優子や真由美が使う魔法も、打ち消す。

 

―――それが黒ウサギの恩恵も、打ち消す。

 

―――精霊の持つ霊力だって、打ち消す。

 

 

万能ゆえに最強。欠点があるとすれば、力を持たざる現象には通じない。

 

人の拳、自然現象、天文現象などと言ったモノは打ち消せない。そこに異様な力、不思議な力が介入しない限り打ち消せない欠点。例外はいくつかあるが、大きく分けるならそうまとめることができる。

 

つまり、今の美琴が出している電撃は———自然現象だということだ。

 

 

「そんなこと……ありえないわ」

 

 

「ああ、そうだろうな。人の体から自然と雷が出るわけがない。ならどこかで力が作用しているに決まっている」

 

 

「じゃあ、最初は……探すのね」

 

 

「ああ、こういう場合は原点を探すべきだ」

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出してアリアと一緒に構える。

 

 

「そういや黒ウサギたちは? アリアしか来てくれないから寂しいんだけど?」

 

 

「馬鹿ね。消火活動に決まっているでしょ。あたしも最初はそっちに行こうと思ったけど」

 

 

「何でなのよさ」

 

 

「普通に考えて一人で十分でしょ?」

 

 

「『普通』って言うのやめて」

 

 

バチバチッ!!

 

 

紅い電撃が襲い掛かって来る。ふざけて会話している場合じゃないな。

 

刀を振り回して電撃を撃ち落す。アリアには掠りもさせないぜ?

 

 

ガキュンッ!!

 

 

俺の背後に隠れながらアリアは発砲。緋色の光を纏った弾が紅い電撃が次々と撃ち抜かれる。

 

しかし、弾いた電撃や衝撃が【フラクシナス】にダメージを与えている。このまま戦い続ければ落ちるのも時間の問題か。

 

 

「ここで戦うのは不味い。せっかく持ち堪えている戦艦が落ちる」

 

 

「確かに不味いわね」

 

 

「このまま空の旅に誘う。アリア、俺に掴まれ」

 

 

アリアは俺の左肩に掴まり、俺は左手でアリアの体を支えた。

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を装備して悪魔の様な翼を形成。

 

 

「フッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

美琴にダメージを与えるなど論外。威力を最小限にまで抑えて美琴を衝撃だけで戦艦から追い出す。

 

追い出した勢いを利用してそのまま空へと羽ばたいた。

 

 

「やっぱ大好きな人の為なら、力の制御が効くな」

 

 

「何ニヤニヤしているのよ。真面目に行くわよ!」

 

 

「ああ!」

 

 

空に出た後は戦艦に近づかせないように立ち回る。アリアも居る為速度の加減は必要だ。

 

刀を振り回しながら飛び回る。俺の動きを読んでいるのか、アリアは目まぐるしく動く視界の中でも確実に電撃を撃ち抜いていた。

 

 

「……………」

 

 

激しい戦闘を繰り広げているが、どうしてもあの未解読文字が頭から離れない。

 

何故あのタイミングであの未解読文字のメッセージを送って来た? 何故そのタイミングで美琴が再び攻撃を仕掛けて来た? 必ず何か関係があるに違いない。

 

 

「何か心当たりがあるような顔をしているわね」

 

 

「ああ、アリアの胸が成長している気がする」

 

 

「ホント!?」

 

 

(あッ、これヤバイ。冗談で言って怒られるかと思ったのに嬉しそうな顔された。どうしよう)

 

 

背汗が凄いことになっている大樹。罪悪感が半端じゃない。

 

誤魔化すためにアリアたちが来る前の出来事を話す。アリアは嫌な顔をして答えた。

 

 

「未解読文字を読めるかもしれない大樹に引いたわ」

 

 

「酷い話だ」

 

 

「そうかしら? それより解読にどれくらい時間が必要なのかしら?」

 

 

「三日は必要だろうな。俺が歴史書物を読みまくった所で読解方法を知るわけがない。結局、頭の回転が早いかどうかの問題だ」

 

 

紅い電撃を避けながら苦笑いする。

 

未解読文字の解読に絶対の正解はない。日本語の『こんにちは』を英語の『Hello』と翻訳することができるが、『やぁ』や『おーい』も『Hello』に翻訳する。つまり、意味は同じでも本質が違うことは多々あるというわけだ。

 

隣に未解読文字を理解している奴がいるなら話は別だが、読める奴が誰もいないから未解読文字のままになってしまうんだ。

 

だから、解読は憶測———約八割合っているかもしれない答えだ。内容を理解したところで、内容を伝える文が間違っていることなんて大きくあり得る。

 

―――解読した所で、間違っている可能性はかなり高い。

 

 

「それに三日もこの状況が続くなんて、耐えれないだろ」

 

 

「アンタ一人なら行けるじゃない?」

 

 

「無理無理。美琴と分かり合えないままこの状況が続くんだろ? 発狂するわ」

 

 

「アンタねぇ……」

 

 

「ま、アリアを抱いたままって条件なら余裕で乗り切れる自信がある」

 

 

「風穴開けるわよ。付き合い切れないわよさすがに」

 

 

アリアの言う通り、俺もこの状況には少々付き合い切れない。

 

このまま防戦一方を虐げられるのは勘弁願いたい。戦いも恋も、俺は攻める方が好きだからな!

 

 

「ねぇ」

 

 

「ん? 何、だッ!」

 

 

刀で電撃を弾きながらアリアの声を聞く。アリアは銃で電撃を落としながら聞く。

 

 

「一時間で解読できないかしら?」

 

 

「いやいやいや。俺の話、聞いてた? 無理だ」

 

 

「馬鹿。あたしの前で『無理』は禁止よ」

 

 

「さっきツッコミが入らなかったけど、三日でも十分人間の可能性を開花していると思うんですけど?」

 

 

「大樹なら五分よ」

 

 

「過剰評価ってレベルじゃねぇよ!?」

 

 

俺が首を横に振っていると、アリアは戦闘中だと言うのにポケットから携帯電話を取り出した。

 

ピッピッピッと操作した後、画面を俺に見せた。

 

 

「……何これ」

 

 

「ティナから経由して貰ったわ。曾お爺様がまとめたデータの一つに、様々な書物に書かれた文字の読解方法よ。最古の文字まであるから役立つはずよ」

 

 

何でもアリかあのクソ探偵。人外メーター振り切っているだろアイツ。

 

他にも『問題に隠された謎解き』『医療の神秘』『未知の生物学』などなど。ジャンルが多過ぎる。恋に関してのモノが異常に多かったのは気のせいか? まぁアリアの性知識は俺に任せろ。体が頑丈な俺にしかその役割はできないだろ?

 

 

「……さすがにアイツでも厳しいと思うが、まぁ読解法のヒントくらいはなるかもな」

 

 

「そんなに難しいの?」

 

 

「問題文の未解読文字は複合型で———簡単に言うと謎解きが九割と言った感じ、だッ」

 

 

上手い具合に美琴と距離を取りながら電撃を回避する。こちらを狙ってくれるよう、相手が当てることができると思わせることが大事だ。

 

 

「よっと危ない危ない。だか読解の不規則なパターンをまとめることができたらスラスラ解けるかもな」

 

 

俺は携帯電話を見る。

 

 

 

 

 

『難解な文の解読パターンを下記に印す。未解読文字を理解しなくとも、規則性を理解すれば内容の読解は可能となる』

 

 

 

 

 

「……………マジか」

 

 

何度も文を確認した後、俺は空を見上げた。

 

 

「ちょっと!? 止まらないでよ!? 当たるでしょ!?」

 

 

アリアは紅い電撃を必死に銃弾で撃ち落す。もう当たってる。文に書かれた3つパターンを使えば10分で読解できるよ。

 

 

「……………」

 

 

俺は携帯電話を操作して探し出す。様々な項目がある中、この一文を見つけ出す。

 

 

 

 

 

『クレタ聖刻文字 読解法』

 

 

 

 

 

「…………………………マジか」

 

 

空を見上げて、全てを投げ出したくなった。

 

嘘だろ。三日でドヤ顔している俺が恥ずかしくなるじゃん。

 

何だこのやるせない気持ち。普段の俺ならアイツに対して怒ったり悔しいと感じるのに。

 

今はただ、悲しいよ。

 

 

「大樹ッ!!!」

 

 

「ハッ!?」

 

 

気が付けばアリアの顔が目の前にあった。彼女の危機迫る表情に俺の体はすぐに上昇する。

 

直後、自分の居た場所に紅い電撃が通った。避けることができた俺はホッと安堵の息をつく。

 

 

「シャーロックのせいで死ぬとか洒落にならねぇよ……」

 

 

「何ボーっとしているのよ馬鹿!」

 

 

「す、すまん。俺より先に解読されているのがショック? いや、何か変な気持ちになって……」

 

 

「何言っているのよ。曾お爺様は読解法を教えているだけで、その文を解読しているわけじゃないわ。その文を解読できるのは大樹だけでしょ!」

 

 

「ッ!」

 

 

心にグッと来る言葉を言われた。アリアさん超かっけぇ。

 

大切な女の子がここまで言ってくれたのだ。本気を出さずにどうする?

 

 

「一分だ」

 

 

「え?」

 

 

「一分で解読する」

 

 

大樹はそう告げた瞬間、戦闘をしながら頭の中で解読を始めた。

 

 

「一分って……本気の出し方が……もういいわよ」

 

 

頬を引き攣らせたアリアが呆れるように首を横に振った。そんなアリアの反応に大樹は気付いていない。

 

シャーロックの用意したモノは全て読破した。後は頭の中で自分で決めた無数の記号と数字を整理してパターンをいくつも用意して記憶。

 

 

「———カイドク、カンリョウシマシタ」

 

 

「馬鹿なの?」

 

 

ちょっとロボットっぽくふざけたらアリアにジト目で見られた。

 

まずは問題文の未解読文字を解読した。そして『クレタ聖刻文字』を解読して戦慄した。

 

 

「……『名前を叫べ』、か」

 

 

「……それが解読した内容?」

 

 

「問題文だ。アリア、黒ウサギに電話してくれ。ギフトカードに近い謎解きだ」

 

 

アリアは頷き、携帯電話で連絡を繋げようとする。その間に俺は【神刀姫】を周囲にいくつも展開して防御の姿勢を取る。

 

 

『アリアさんですね! 黒ウサギにどんなご用でしょうか!?』

 

 

「待って。今代わるわ」

 

 

アリアは電話を俺の耳に近づけて通話しやすいようにしてくれた。

 

 

「説明を省くぞ黒ウサギ。たった今、『クレタ聖刻文字』を解読したんだが、内容が謎解きになっている」

 

 

『サラリッととんでもないことを言いましたね……分かりました。黒ウサギも助力します。それで、内容は?』

 

 

「『襲い掛かる愚者の名を暴け』」

 

 

『……それだけですか?』

 

 

「ああ、俺はその名を叫ばなくちゃいけないようだ」

 

 

黒ウサギは再度聞くのも当然だ。あまりにもヒントが無さすぎる文だ。解読して最初に思った感想はそれだった。

 

しかし、一つ一つのポイントを抑えれば分かることがある。

 

 

「非常にとても最高にキレそうになるが『襲い掛かる愚者』は美琴のこと()指していると思って間違いないだろう」

 

 

銃で電撃を落としながら美琴を見る。彼女はただ俺の姿を虚ろに見ている。

 

 

「じゃあ美琴って叫んだら?」

 

 

アリアの言葉に大樹は首を横に振る。

 

 

「おいおい、それは絶対違うか美琴おおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォ!!!!」

 

 

『違うと思っているなら叫ばないでください!?』

 

 

俺の気持ちを受け取って欲しいから叫んでみた。何ならこのまま美琴へとの愛を実況動画にして、よう〇べかニ〇ニコに上げる勢いである。

 

 

「とりあえず謎解きだ。黒ウサギ、現段階までどのくらい紐解けている?」

 

 

『赤い妖精までは合っているかと』

 

 

「さすが俺の嫁。俺もそこまでは解けた」

 

 

俺と黒ウサギのやり取りを見ているアリアのジト目が辛い。このままだとまた撃たれちゃう。一体俺の体にいくつ風穴を開けるつもりだよ。

 

 

「……気になるけれど、余裕がないならあたし抜きで話していいわ」

 

 

「まさか。俺の人生でアリアを邪魔に思う日は永遠に来ないから安心しろ」

 

 

「え、ええ……ありがとう」

 

 

ちょっとくさいセリフだったか? でもアリア、ちょっと嬉しそうだから結果オーライとしましょう。

 

 

「説明すると美琴の周囲にある雷がヒントだ」

 

 

「赤い雷……あッ、あたしも分かったかも」

 

 

「マジか」

『本当ですか』

 

 

説明を始めようとした途端にピンと来るアリア。うちの嫁は、本当に優秀過ぎてビビる。

 

 

「別にあたし一人じゃ結びつけなかったわよ。黒ウサギが言った『赤い妖精』で繋がっただけよ」

 

 

「……アリアってシャーロックの血をしっかりと引き継いでるよな」

 

 

「そ、そうかしら?」

 

 

憧れの曾お爺様との繋がりが嬉しいのか、アリアは照れていた。

 

 

「……俺も探偵になろうかな」

 

 

『嫉妬心で人生を決めないでください大樹さん……』

 

 

「俺の一番就きたい就職先はアリアたちの夫だZE!」

 

 

『アリアさん、確認の為に説明をお願いしてもいいでしょうか?』

 

 

「ええ、もちろんよ」

 

 

無視は泣くぞコラ。

 

 

「———ってうおッ!?」

 

 

紅い電撃が俺の横を通り過ぎる。【神刀姫】を十本以上展開しているのに突破して来たか。

 

 

「少し動きを封じた方が良いな」

 

 

敵の攻撃が激しくなって来た。刀の数を増やして相殺し続けるのも良いが、ここは動きを封じよう。

 

 

「ジャコ! もう喰い終わっただろ!」

 

 

『フンッ、喰わずとも発動できる』

 

 

ギフトカードから飛び出したジャコ。黒い炎を纏った犬が空を優雅に駆ける。

 

しかし、ジャコの体はまん丸に太っていた。デブ犬と化していた。

 

 

「えッ」

 

 

「俺の刀をこれでもかってくらい食わせたからな。ブサイクに太るのは仕方ねぇよ」

 

 

「………………普通に可愛いわよ」

 

 

「そ、そうか」

 

 

ギフトカードにある【神刀姫】をほとんど喰い尽したジャコは力を解放する。

 

神の力を解放した恩恵なのか、黒い炎は白い光へと変わり痩せて行く。

 

 

ゴオオオオオオオォォォ―――!!!

 

 

獣の咆哮と共に燃え上がる白き炎。

 

 

『【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】!!』

 

 

(つるぎ)のように鋭く研ぎ澄まされた光の矢がジャコの周囲に展開し、美琴に向かって放たれた。

 

紅い電撃が光の矢を撃ち落そうとするが、一度も当たらない。

 

矢の速さは電撃の速さを凌駕していた。紅い電撃を回避した矢は美琴を囲むようにグルグルと回る。

 

 

『捕らえた』

 

 

ガチンッ!!

 

 

高速で回転していた矢は棒状に伸び、正方形の辺の形を造り上げた。

 

正方形の面にはガラスのような薄い結界が張られている。巨大な結界に美琴は閉じ込められていた。

 

 

「これで美琴の動きは封じた。後は———」

 

 

「待って!? 美琴を閉じ込めただけじゃ———!」

 

 

安堵の息を吐いた俺を見てアリアが焦る。

 

 

バチバチッ!!

 

 

アリアが何を言いたかったのか分かる。確かに、美琴を囲い込むだけじゃ、あの紅い電撃を抑えることはできない。

 

正方形の結界の外で電撃は生成され放たれる。まぁそうでしょうね。わざわざ結界の中で電撃を発生させる意味はないからな。

 

紅い電撃は俺たちを狙っているが、ニヤリと笑みを見せた。

 

 

「ま、雷畜生が俺たちの巧みな作戦に気付かないだろうな」

 

 

バチンッ!!

 

 

紅い電撃は、()()()()()()()()正方形の結界によって阻められた。

 

もちろん、この正方形の結界はジャコが生み出したモノだ。美琴を閉じ込めている間に、同じように俺とアリアもその結界の中に入る準備をしていたのだ。

 

電撃は何度も結界にぶつかるが、割れることはない。それどころか揺れもしなかった。

 

 

「紅い電撃が俺たちを無視して【フラクシナス】を狙わせるわけにはいかないからな。美琴の行動を制限しつつ守る。そして俺たちの身も安全にする」

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

俺の説明にアリアが目を見開きながら結界を見ている。その間に俺はさりげなくアリアを抱き締める感触を楽し―――そんな暇はないので自重します。

 

 

『どうする? あの電撃程度なら永遠に防げるが、このままというわけにはいかないだろ?』

 

 

「謎解きの間だけで良い。時間稼ぎを頼む」

 

 

ジャコは頷くと、白い光を結界に収束させて守りを固めた。

 

黒炎状態のジャコは攻撃的なモノが多かったが、神の恩恵を得た白炎状態のジャコは守りを固める術を会得した。それを今、十分に発揮しているのを見て、嬉しく思う。ジャコの進化した力は、この先俺を助けてくれるだろう。大丈夫、社畜の様に働かせるから。

 

 

「待たせたな黒ウサギ。アリアの推理を聞こうぜ」

 

 

『YES』

 

 

「間違っていたらすぐに指摘しなさいよ?」

 

 

コホンッと咳払いをしてアリアは説明を続ける。

 

 

「赤い雷には名称があるわ。超高層紅色型(かみなり)放電(ほうでん)———『レッド・スプライト』と呼ばれる発光現象がね」

 

 

ここで大樹先生の補足説明! 超高層雷放電って言うのは、高度20~100kmにかけて起こる放電による発光現象のことだよ! つまり空高い場所じゃないと見れない雷だね! というかアリア君、意外と博識だったことに僕はビックリだよ!

 

 

赤い(レッド)妖精(スプライト)―――直訳すると『赤い妖精』に辿り着くわ」

 

 

「さすが俺の嫁。素敵! 抱いて!」

 

 

「? もう抱いているじゃない?」

 

 

おっと、そっちの知識は(うと)いのですか? ぐへへ、こりゃあとで教えなきゃな。

 

 

『えッ……嘘、ですよね……?』

 

 

「違うよ? 違うからね? 勘違いしないで黒ウサギ。空に浮くために、本当に抱き締めているだけだから」

 

 

そんなにショックを受けられると顔がニヤッとなるからやめて。嬉しいから。でもインドラの槍はやめてね。

 

 

「ま、俺たちもそこまではすぐに紐解けた。それ以外の線は無いと思う」

 

 

「……その言い方だと、赤い妖精は違うのね?」

 

 

「ああ、違うだろうな」

 

 

『襲い掛かる愚者の名を暴け』と書かれていた。『赤い妖精』は名前では無い。

 

なら赤い妖精とは何か?

 

 

Sprite(スプライト)には妖精、精霊という意味が含まれている。この世界なら精霊の線が一番強いと思うが、ダミーだろうな」

 

 

「そう言い切れる根拠は?」

 

 

「『ファントム』が言った『美琴は精霊じゃない』説だ。アレは信じる価値が十分にある。妖精で間違いない」

 

 

「そう……なら赤い妖精の名前ね。大樹と黒ウサギなら余裕―――」

 

 

そう言いかけてアリアはハッとなる。

 

そう、余裕ならもう名前を叫んでいるのだ。

 

 

『黒ウサギは赤を象徴とする炎を連想し、イフリートの名が一番に思い浮かびました。ですが、』

 

 

「それなら雷が襲い掛かるのは話に合わない。炎を俺たちにぶつけるのが普通だ」

 

 

黒ウサギの解答に俺は首を横に振る。

 

赤い妖精の名を当てる前に、まずは何故赤い妖精なのか考えた方が良い気がして来た。

 

 

「……………」

 

 

この問題を出したのは、ガルペスだ。そもそも奴は何がしたい?

 

難解の文を突きつけて、美琴を酷い目に遭わせて、名前を叫べ?

 

 

(ガルペス……いや、ガルペス=ソォディアの過去……)

 

 

その時、奴の名前に違和感を感じた。

 

 

 

 

 

(ガルペス=ソォディア? 奴は何で()()()()()()()?)

 

 

 

 

 

他の保持者の名前を思い出す。まず俺、楢原 大樹。日本人だ。

 

リュナの阿佐雪 双葉。バトラーの遠藤 滝幸。エレシスとセネス、新城 陽と奈月。四人も、日本人だ。

 

原田 亮良も、楢原 姫羅も、日本人。

 

沙汰月(さたつき) 加恵(かえ)朱司馬(あけしば) 遼平(りょうへい)不武瀬(ふぶせ) 利紀(としのり)江野(えの) 凛華(りんか)。死んだ保持者たちも、日本人だ。

 

しかし、ただ一人だけガルペス=ソォディアという日本人じゃない人間が居る。

 

 

(何でこんな簡単なことに気付かなかった……!?)

 

 

違う点ならまだある。ガルペスは16世紀後半の死んだ人間だ。死亡した保持者は分からないが、俺が知る保持者のほとんどは現代を生きていた人間だ。

 

姫羅は昔の人間だが、箱庭で亡霊として俺が来るまで生きていた。その後に、彼女は保持者となった。彼女も最近と(くく)ってもいいだろう。

 

ガルペス=ソォディアという人間が気になり始めた時、あるワードにピンと来た。

 

 

「16世紀……そうだ、妖精は16世紀から17世紀にかけて有名となるきっかけになったアレがある」

 

 

『16世紀? 確かに、ありますが……何故16世紀なのでしょうか?』

 

 

「ガルペスが生きていた時代は16世紀だ」

 

 

『なるほど……問題提供者と繋げたのですね。十分に答えの可能性はあります』

 

 

「待って。その妖精が有名になった理由は何なの?」

 

 

アリアの質問に俺は答える。

 

 

「誰でも聞いたことがある。『ウィリアム・シェイクスピア』だ」

 

 

「あッ……『夏の夜の夢』!!」

 

 

ホントよく知っているなアリアは。そうだ、妖精で有名な作品は『夏の夜の夢』だ。

 

しかし、こんな安直に繋げて大丈夫なのか? 16世紀で起きた出来事なんてたくさんあるぞ?

 

 

『でも大樹さん。それに繋がる線が……』

 

 

「……………いや、ある!」

 

 

『えッ!』

 

 

黒ウサギの不安な言葉に、突如(ひらめ)いた大樹は強く言い切った。ガルペスの過去を思い出して繋がったのだ。

 

 

「ガルペスの居た場所は絶対王政があった国に居た。絶対王政は主に西ヨーロッパだ。ウィリアム・シェイクスピアの生まれた地はイングランド王国……!」

 

 

『ッ! イギリス! 同じです!』

 

 

合致した。ガルペスの生きた地がイギリスならば、この説は通る。

 

しかし、まだ謎は解明されていない。

 

 

「話を続けましょう。大樹、『夏の夜の夢』に出て来る赤い妖精は?」

 

 

「アリアも知っているなら分かるだろ。そんな妖精はいない」

 

 

『黒ウサギも記憶にございません。比喩した言葉、隠された言葉も心当たりはないです』

 

 

また壁に当たってしまう。ここまで合っているのだから、必ず赤い精霊はいるはずだ。

 

 

「名前のある妖精は悪戯好きの妖精『パック』。妖精の王『オーベロン』。その妻の妖精の女王『ティターニア』の全部で3つ」

 

 

「そのうちのどれか……のはずなのよね……」

 

 

アリアが自信なさそうに言うが、合っていると俺も思う。

 

だが赤い妖精に当てはまる要素はどの妖精にもない。

 

行き詰った大樹たちが考えていると、

 

 

『おい。あの赤い雷、街を破壊し始めたぞ』

 

 

ジャコが状況を知らせてくれた。下を見ると、紅い電撃は建物を破壊していた。薙ぎ払うように、粉々になるように。

 

街の人たちはシェルターに避難している。被害は建物だけだが、その光景は呆れるモノだった。

 

 

「放って置いていい。住民は避難済みだ。【フラクシナス】を狙わなければ問題無い」

 

 

チラッと見て首を横に振る。そんなことは放って置いて謎を考える大樹。

 

 

『フンッ、まるで駄々をこねるガキのようだな』

 

 

鼻で笑うジャコ。まぁそんな感じで暴れているな。

 

その時、アリアの目が大きく見開いた。

 

 

「ガキ……ッ! ……そうよ、ガキよ!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

アリアが何か閃いたかのように大樹の顔をガッと掴んだ。大樹はアリアの意図を汲み取れなかったが、

 

 

「『赤い』は『赤子』のことを指しているのよ!」

 

 

「ッ!」

 

 

『ッ! その発想は気付きませんでした……!』

 

 

アリアの渾身の名推理によって、大樹と黒ウサギは全てのパズルを頭の中で完成させた。

 

 

「最高だぜアリア。これで謎は解けた」

 

 

『ええ、ナイスですよアリアさん!』

 

 

「さぁ、名前を叫びましょう!!」

 

 

『パック』、『オーベロン』、『ティターニア』のどれが赤子か?

 

きっと俺たち三人はニヤリと笑みを浮かべているだろう。

 

『赤子の妖精』———それは小柄で毛深い悪戯好きの妖精のこと。ソイツの名は―――!

 

 

 

 

 

「「『パック』ッ!!」」

 

 

 

 

 

「うるせぇこんのクソガキ共がああああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

「「『!?』」」

 

 

名前を叫んだ瞬間、怒鳴られた。

 

突然大声を出されたせいで携帯電話の通話を間違って切ってしまった。黒ウサギもビックリしているのに、どうなったか状況を伝えれなかった。すまん。

 

 

「いつまで考えてんだボケェ! 頭硬過ぎるんだよゴミ虫! イチャイチャしてんじゃねぇよ〇〇〇!!」

 

 

結界の外。俺たちの目の前には小さな子どもがガチギレで口汚いことを一気に吐き出していた。

 

黒い軍服のようなモノを着た男の子。緑色の髪に機嫌の悪そうな面構え。しかし、雰囲気で分かる。コイツは———悪魔だと。

 

怒鳴り散らしたパックと呼ばれた男の子が小さく息を吐く。

 

 

「———ふぅ、失礼。取り乱したようだ。気が短いのだ吾輩(わがはい)は」

 

 

「そ、そうかよ。で、答えは?」

 

 

「正解だ。が、パックという名は吾輩の名の借りの姿。ゆえに真の名を教えよう」

 

 

ドンッと右手で拳を作り心臓を叩く。左手は後ろに回した。

 

そして、悪魔のような笑みを見せた。

 

 

「吾輩はソロモン72柱———序列11番『グシオン』である!!」

 

 

グシオンと名乗った男の子の言葉に大樹は納得した。一連の流れがガルペスと関係ありませんって言われたら混乱して永遠に謎が分からないままになってしまう。

 

 

パチンッ!!

 

 

グシオンが指で鳴らすと、目の前に大きな砂時計が虚空から現れた。

 

 

「ではさっそくだが……制限時間は二十四時間―――問題を解くのだ」

 

 

サァ……

 

 

そして、上部に溜まった砂が落ちると同時にグシオンは告げる。

 

 

 

 

 

「解けなければ、この世界が滅ぶぞ?」

 

 

 

 

 

最悪のゲームは、ここからだった。

 

 

 





大体予想がついていると思いますが、ソロモンの悪魔はアレな感じ終わります。はい。

後編は気合をいつもより三十倍くらい入れて書き上げます。頑張ります。

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