どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】 作:夜紫希
一割のシリアス
↓
七割のギャグ
↓
二割のシリアスだが微ギャグ有り
何故こうも統一できないのか、分かりません。
———楢原 大樹は走っていた。
ゴオォッ!!
その速度は音速越え、跳躍するとコンクリートの地面が砕け散った。右手と左手に握り絞めた二本の刀と共に空へと飛翔する。
バチバチッ!! ドゴオオオオオオオオォォォ!!
刹那———紅い閃光が大樹の視界を奪った。目に鋭い痛みが襲い掛かり、舌打ちをして刀を振るった。
ガチガチガチガチンッ!!
大樹に襲い掛かった紅い電撃を刀で弾き飛ばす。一瞬で六発の電撃を撃ち落すことに成功する。
一瞬の隙。弾き落とした後、大樹は足に力を入れて空気を蹴り飛ばした。
高層ビルの窓を全て割ってしまう暴風を生み出す程の脚力。大樹の体はさらに加速した。
「うおおおおおおォォォォ!!」
バチバチッ!!
先程の電撃よりも激しい閃光が空で瞬く。放たれた電撃の数は千を越えた。
秒間十数発の電撃が襲い掛かっている中、大樹は突き抜ける。自分の体に当たる最低限の電撃だけを刀で弾き飛ばす。
目標に近づけば近づく程、電撃の猛攻が激しくなる。秒間二十、三十、四十と電撃の数が増える。
バチンッ!!
「くッ!!」
左の肩に掠っただけで血が出るより先に肉を黒く焦がした。鋭い痛みに顔を歪めるが、体は止まらない。
あと少し。もう少し。手を伸ばせ、限界まで伸ばせ!
「———美琴ッ!!!」
愛する人の手を掴むまで、諦めるな!!
『ッ!』
大樹の言葉に体を震わせたのは空に浮いた少女だった。青白いドレスのような衣装を身に纏った少女の周りには、紅い電撃がバチバチと威嚇するように雷が走っていた。
バチバチバチバチッ!!
紅い雷は大樹が美琴に近づくことを許さない。ついに秒間百を超える電撃の槍が尽くことなく無限に射出される。
「【神刀姫】!!」
しかし、
刀の超多数複製。神の力がある限り、こちらも永久に刀を生み出し飛ばすことができるのだ。
「今度こそ……!」
増幅した刀が飛ばされると同時に美琴の元へと向かう。
刀が電撃と相殺している間に、俺は最後の一手【
バチバチガシャアアアアアァァァンッ!!
最悪を知らせる音―――落雷が響き渡った。
耳を
電撃が空を埋め尽くし、美琴の周囲に展開した電撃が激しくなる。そして次の瞬間、
ガガァドゴオオオオオンッ!!!
街を破壊する、巨大な雷が最後に轟いた。
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【フラクシナス】の医務室。そこには左肩に包帯を巻き、不機嫌な顔をした大樹がベッドに座っていた。
大樹と一緒に居るのはティナと優子。二人は不安な表情で大樹を見ていた。
「大樹君……」
優子に声をかけられた大樹はハッとなり、すぐに笑みを見せる。
「どうした?」
だが彼女たちにとって、その無理に作られた笑みは心を痛めてしまう。
言葉に詰まりそうになるが、優子は話す。
「す、少し無理をし過ぎよ。それに最近ずっと寝れてないって聞いたわ」
「私も聞きました。今日はもうゆっくり寝た方が良いです」
優子とティナがそう勧める。
いつもの大樹なら適当に誤魔化して休もうとしないだろう。
「別に疲れてはいないけど……そうだな。寝させて貰おうかな」
いつもと同じじゃないから、彼女たちは不安になるのだ。
大樹はそう言って、ベッドの上に横になり睡眠を取り始める。寝息が聞こえるのは早かった。
優子は眠った大樹の頭を優しく撫でながら話し始める。
「……今回で、何回目の挑戦だったのかしら?」
「……七回目です」
「ッ……そう」
ティナの答えに優子は一瞬、動きを止める。
あれから
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「気が付けば両隣に優子とティナが寝ていた。幸せ過ぎて疲れが吹っ飛ぶわ」
起床後から三秒で状況を理解し独り言を呟いた。俺がTw〇tterをやっていたら炎上するな。俺が死ぬ前にやっていた時、フォロワーの数は三桁だったけど……うん少ないな。炎上するのかこれ?
美少女に両腕を抱き付かれた状態で二度寝はできない。俺は起きたまま状況を頭の中で整理する。
あの折紙が精霊になった事件の後に起きた空間震は【ライトニング】———美琴が起こしたモノだった。
すぐに俺は美琴を取り戻す為に【フラクシナス】を飛び出し向かうが、失敗に終わった。
美琴を守るように周囲に走った紅い電撃が俺の邪魔をするのだ。もうしつこい。ホントしつこい。ロ〇ット団並みに根性あるわあの電撃。やなかんじ~。
この最強無敵無双王者の俺でさえ、苦戦し容易に突破できない程の激しさ。しかし、電撃の猛攻は神の力を
(―――街が半分がぶっ壊れてもいいなら、の話だが)
……いや冗談とかじゃなくてだな? おいそこ、笑うな。マジで困ってんだ。ホント困ってんだ。
電撃の猛攻に耐えることは容易なんだ。突破が困難になるのは、あの電撃が
それに敵なら気にせず思いっ切り突っ込んでそのまま衝撃を与えるが、美琴に突っ込むなら話は違う。ダメージを与えるなんて論外。いやらしい気持ちで女の子の胸に飛び込む感覚とは全く違うのだ。
……知っての通り、俺は最強だ。
そんな俺だが、最強過ぎて最近困っている。
―――力加減、ちょっと難しくなってしまった。
今までやっていた軽い攻撃に殺傷力が十分あるようになってしまった。美琴と戦っている途中、それに気付いて驚愕した。
美琴との戦闘を繰り返すうちに、さらに俺は強くなってしまった。今どのくらい俺は最強なんだろう? 最強の上の上の上の辺りか? どんだけ最強なんだよッ。
もう一つ報告することがある。美琴が現れる回数がここに来て多くなった理由は分からないが、先程の戦いも数に合わせれば七回目だ。……ああそうだよ、七回も失敗したよ。文句あんのかゴラァ!?
手加減しながら戦うの超難しいから! 分かる!? いや普通の人には分からねぇよ!!
……変なキレ方をしてしまった。申し訳ない。でも苦戦を強いられているのは理解して欲しい。
一ヶ月も戦っているが進展はなし。美琴の手に触ることさえできていない。【
……さすがに七回も戦闘を繰り返せば不自然なくらい気付く。三回目から気付いていたが、それでも美琴を助けることができなかった。
美琴の背後に奴がいることは分かっている。俺がここまで手玉に取られているんだから間違いないと確信して良い。
(……【フラクシナス】が協力してくれるのは助かる。ASTには邪魔されるけど)
琴里たちのサポートがあるおかげで迅速に対応できるようになった。四回目からはASTが来る前に美琴が逃げさせてしまうくらい追い詰めることができた! ASTざまぁ!! そして俺だせぇ!!
(……それにしても柔らけぇ)
考えることに集中している理由は結局コレだよ。意識しないように頑張っていたけど無理。男の本能は抑えれることができねぇ。
女の子特有の良い匂いが俺の鼻孔を刺激する。心臓がドクドクと鼓動を早める。
目を開ければ無防備になった可愛い女の子の寝顔。ヤバい。
目を閉じて考えれば鼻に意識が移る。ヤバい。
息を止めて何も考えず寝ようとすると、今度は腕に当たる柔らかい感触を意識してしまう。ヤバい。あと呼吸ができないと死ぬ。
詰んでる。どう回避すればいいのか分からない。
(いや違うだろ!!)
何故回避する必要がある!? この状況を喜んで受け入れるのが普通だろう!
理性? モラル? 抑制? ナニソレ美味しいの?
俺は漫画やアニメの主人公のように「うわぁ! ご、ごめん!」とヒロインの裸を見ても謝る姿は似合わねぇ!
そう……正直に生きるのだ。俺はこの状況を楽しみたい欲望があるのだ!
隣で無防備に寝ているなら、その胸や尻を触ることぐらい―――あッ。
(両腕、塞がってんじゃん……)
……………あ、冷静になって考えて見れば無理だわ。触れない。無理無理。全部嘘。そんな外道、俺には不可能だ。
「……フッ」
―――よし、寝るか。
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次に起きた時は頭にチョップされた。どうやら俺が優子とティナと一緒に寝ていたことを怒っていたので、「じゃあ今日は俺とアリアで熱い夜を過ごすか?」と言ったらアリアに撃たれた。その後は全員に蹴られた。酷い。
「………それで逃げて来たのですか?」
「イエス、キリスト」
怯えた様子で聞いてきた四糸乃に笑顔で答える。すると
俺は今、士道に霊力を封印された元精霊さんたちと会話していた。
大樹の呆れた理由に
「……貴様は恥を持っていないのか?」
「そんなモノ、最強の人間に必要ないと思うぞ」
「否定。絶対に必要です」
俺の言葉を全力で否定する
気を取り直して右手で右目を隠しながら黒い笑みを見せる。
「クックックッ、我が邪悪なる化身にあるのは破壊と言う名の黒き感情のみ。この身は破滅を導く仮の姿に過ぎぬわ……!」
『えっと大樹君? みんなドン引きだから止めた方が良いと思うよ?』
四糸乃のパペット———よしのんが真面目な雰囲気で言う。アカン。もう最近の俺、アカン!
「ッ……!」
いや、違う。若干一名、俺に期待の眼差しが向けられた。耶倶矢さん? どうした? 目がめっちゃキラキラしているんだけど?
「制止。耶倶矢、これは———」
夕弦が耶倶矢に何かを言おうとするが、その前に耶倶矢が俺に言い寄って来た。
「詳しく! 経緯を詳しく!?」
「はい落ち着いて。深呼吸してー、そうだ。まず落ち着こう。そして夕弦さん。彼女はこういう人なのですか?」
「肯定。違います」
「うっし、肯定したな。最初に肯定したな。最後は嘘だな」
とりあえず俺の中二発言に期待してしまった耶倶矢を落ち着かせよう。俺ができる能力はたくさんある。
ギフトカードから刀をゆっくりと取り出し、決める。
「俺の愛刀が血に飢えているぜ……どうだ、恐ろしいだろ?」
「……………」
ん? 耶倶矢さん、リアクションがいまいちみたいな顔をしていますね。
『んー、よしのんたちの方が凄いの出せるからねー』
精霊、マジパネェ。
急いで俺は咳払いして改めて決める。
「俺の愛犬が肉を求めていてな……どうだ、恐ろしいだろ?」
ギフトカードから現れた一匹の黒い犬———ジャコ。
しかし、ジャコは思いっ切り大樹の手に噛みついていた。
「「「……………」」」
再び微妙な空気が流れる。お前ふざけんなよクソ犬。台無しじゃねぇか。
さすがにクソ犬を殴ってギフトカードに戻すと俺の評価がダダ下がりするので大人しくギフトカードにジャコを戻す。でも、後で覚えておけよ。絶対許さん。
だが次は大丈夫! これには自信がある!
「———【
大樹が叫んだ瞬間、真紅の布地がマントのように羽織られる。その姿に耶倶矢の目が輝く。
その期待に応える為に俺は力を見せる。
バサッ!!
真紅の布地が悪魔の翼のように形作り広がる。これには大樹も満足し、ドヤ顔で決める。
「―――我が屍の上こそ正義であるッ!!』」
アジ=ダカーハのセリフ、丸パクリである。
そんな最低なことを知らない耶倶矢は感情を高ぶらせていた。
「み、見て夕弦! 超カッコイイ!」
「困惑。夕弦には少し理解できませんが、耶倶矢がそう思うならそうなのでしょう」
耶倶矢が喜んでくれたことに俺も嬉しく感じる。
さらに【神刀姫】を空中にいくつか展開させて自分の周囲を守るように回転させる。
さらにさらに、右手に【神銃姫・
「これが、俺の力だ……!」
そして―――全員が部屋の隅まで移動していることに気付いた。
……今度はどういうことかな!?
「理解。夕弦たちは凄い事が分かりました」
「そ、そうだな! かか、我が力と同等と見た!」
「ッ……ご、ごめんなさいッ……!」
『とりあえず落ち着いてくれるとよしのん的には嬉しいかな?』
完全に怯えさせる結果になったんだけど。申し訳ない。
恩恵を全て消して頭を下げる。反省の意を見せると、精霊たちは慌てて慰めてくれた。優しい。
全員が落ち着いたその後、今度は精霊から情報を掴もうと聞き込みを開始するが、どれも琴里から聞いたことばかり。収穫は特になかった。
そして、また俺の話題へと変わる。
「恋人の作り方?」
「くく……何人もの女子を落として来た浮気者の恋愛術は凄いと聞く。少しくらい気になるのも当然」
「疑念。少しではなく、凄くだと思います」
「ち、違うし! 少しだけだし! ほんの少しだけだし!」
「その前に俺のことを浮気者と言った奴を教えろ。ぶっ殺すから」
俺の言葉は聞いていないのか二人は言い合いを始める。
俺が手で頭を抑えていると、四糸乃が手を挙げる。
「私も、聞きたいです……」
『よしのんも知りたいなぁ』
……ふ、ふーん! そんなに聞きたいなら言ってやるよ! でも一つ、ちゃんと理解して欲しいことがある。
「俺は浮気しているわけじゃない。全員愛している。そのことを覚えて欲しい」
「う、うん……?」
耶倶矢が微妙な表情で頷く。理解してくれて嬉しいよ。
俺は腕を組み話を始める。
「……………」
話を、始める。
「……………」
話を……始め……!
「……………」
―――って話を始められない!!!
どうしよう! 分からない! 何で俺はアリアたちと両想いになる事が出来たのか全然説明できねぇ!
汗をダラダラと流す大樹に精霊たちは怪しげな表情になり始めている。やばい、疑われている!
とにかく、何か言わないと———!
「ら」
「「「ら」」」
「———ラッキースケベが重要なのだよ」
もう駄目だ。世界は滅びる。
「疑問。何故大事なのでしょうか?」
「夕弦!? それ聞くの!?」
「無論。当然です」
え? 言うの? 適当に言ったのに? ちょっと待って。続き考えるから。
……………もう適当でいいや。
「男はエロに弱い生き物なんだよ。士道にも、そんな様子を見たことがないか?」
「「「ッ!!」」」
おいおい。手ごたえを感じてしまったぞ。こんなに女の子に囲まれているのに耐性がないのか士道君? ん? 俺? もちろん、あるに決まって———ベッドのことを思い出したごめん俺も無い。
「だからさりげない仕草で誘惑すれば相手もイチコロなの、さ!」
今のセリフに
デタラメ発言に真剣に考え始める精霊を見て心を痛めていると、夕弦が小さく手を挙げた。
「質問。どの仕草がグッと来るのですか?」
「えッ」
突然の質問に俺は少し考えて答える。
「……上目づかい?」
「疑問。よく耳にする言葉ですが、するタイミングが分かりません」
「そこだ」
大樹は人差し指を立てながら説明する。
「不意にされるから俺たちはドキッと来るんだよ」
「「「ッ!」」」
「女の子達も無意識でやってしまうから威力が爆発するんじゃないか……?」
「なるほど……上目づかいは狙う仕草ではない、と」
頷いて納得する耶倶矢。俺はニヤリと笑みを見せる。
「じゃあ、狙うことができたら最強と思わないか?」
「「「ッ!?」」」
「驚愕。そんなことができる人がいるのですか?」
「今から呼ぶわ」
―――五分後。
「紹介する。俺の妻、真由美だ」
「……それって———」
「細かいことは気にするな。どんな世界でも俺とお前は親に認められた正式な夫婦だ」
「都合が良い時だけその話を持ち込まないでよ!?」
というわけで真由美を呼び出しました。拍手。
「それで、話って何かしら? 今の流れからして告白かしら?」
真由美は悪戯に笑いながら大樹を見る。
「「「ッ!!」」」
「え? 何? この視線の集まりは何かしら?」
「気にするな」
いやー、その笑顔はドキッと来るわー。みなさん、勉強になりますねー。
「それと俺の告白は全員呼んで「結婚してください」だから付き合う過程はないぞ」
「初耳よ!?」
「当たり前だ。言うつもりはなかっ―――あッ」
「あッ」
「「「あッ」」」
……………。
「真由美、俺と付き合ってくれ」
「予定変更したわね!? さっきの夫婦のくだりはどこに行ったのかしら!?」
「頼む! それじゃ最後に綺麗な花畑でタキシードを着たイケメンの俺が全員に「俺と結婚してくれ」という夢が叶わないじゃん!?」
「そんなにしたかったの!?」
「当たり前だ! その後はずっと待たせていた俺の方からキスを―――あッ」
「ッ!!!???」
「「「あッ」」」
そして、大樹と真由美の顔が真っ赤に染まった。精霊たちは口を手で抑えて見ている。
「だぁ、ぁ……!」
口を魚の様にパクパクと動かす大樹。真由美は口を強く閉じて下を向いていた。
「———あああああああああああぁぁぁぁ!!!」
なんと大樹は叫びながらその場から逃げ出した。
「「「「!?」」」」
その行動に精霊たちは驚くが、意外なことが起きる。
フォンッ!!
「あぁぐぅ!?」
大樹の足元に魔方陣が出現し、大樹の体が真横に吹っ飛んだのだ。
魔法。発動したのはもちろん真由美だ。
そのまま大樹は体を回転させて勢いを殺し、真由美を見る。
「す、すまん! 今日はおうち帰る!」
「どこよ!? 聞いていないことにしてあげるから待ちなさい!? 私がここに連れて来られた理由をまだ聞いていないのよ!」
「そんなもん知るかぁ!!」
「「「「えぇ!?」」」」
―――その後、大樹を落ち着かせるのに時間はかかったが、冷静にすることができた。ただ、大樹が両手で顔を隠している点を除けば完璧だったのだが。
「―――ということで真由美を呼んだ」
両手で顔を隠しながら説明する大樹。真由美は何とも言えぬ表情で答える。
「だ、大樹君は私のことをそんな風に見えていたのかしら?」
「違う違う。前に言っただろ? 小悪魔美少女だって」
「結局魔王とか呼んでいなかったかしら!?」
覚えていたか。
大樹は目を逸らすが真由美が俺の顔を両手で捕まえて無理矢理目と目を合わせさせる。
近い! 近い! 近い!
「なら望み通り、見せてあげるわよ……!」
顔を真っ赤にした真由美の顔が目の前まで迫る。恥ずかしさを堪えながら、震える手で俺の顔をゆっくりと引き寄せる。
「ま、待っ———!?」
焦り出す大樹は何も抵抗することができないまま、真由美と顔を近づけた。
精霊たちはその光景に驚く。あの光景と同じ―――自分たちを救う時にした『アレ』だったからだ!
ツンッ……
「ッ……?」
真由美の唇と、大樹の唇が当たることはなかった。
当たったのは鼻先と鼻先。『ノーズキス』と呼ばれるモノだった。
(な、んだ、これ……!?)
真由美の吸い込まれそうな綺麗な瞳。勝ち誇ったように俺を見ているが、やはり恥ずかしいのか……手が震えている。
息ができない。口も動かない。脳が活動停止したかのような感覚。ただ真由美と目を合わせることしかできなかった。
少し背伸びをした真由美が俺の体に寄りかかっている。柔らかい豊満な胸の感触が自分の体に伝わると、心臓の鼓動が早くなった。
もしかして、普通のキスより恥ずかしいことをしているのでは? そう考えると頭の中が真っ白になった。
どうすればいいのか迷って硬直していたが、数秒後、真由美の方から離れた。そして、
「ま、参った……かしら……!」
―――ドバッと俺の鼻から鮮血が噴き出した。
あまりの可愛さに俺は降参した。
「参った。だからその可愛い武器で、俺を殺してくれ」
「えッ!? ちょっと!?」
俺の顔を掴んでいた真由美の手を握り絞めてもう一回してくれと要求―――
「———そうですか。では遠慮なく撃ちますね」
「……………」
そして、自分の後頭部にスナイパーライフル銃口が突き付けてられていることに気付いた。
言葉を発したのはティナ。不機嫌そうな顔で俺を見ている。おこですね。
「俺は卑猥なことはしていないぞ。鼻と鼻をくっつけただけだ」
「よく鼻血を出しながらそんなことを言えましたね」
「決してエロいことはしていない」
「目が欲望に染まっていますよ」
「欲望に染まっているなら真由美の唇をそのまま奪っている」
「性質の悪い言い訳をしないでください」
「これは
次から次へと言い訳する大樹。顔を真っ赤にした真由美の手を離そうとはしない。
だんだんと機嫌が悪くなるティナ。銃口で大樹を何度もド突き始める。
そんな光景に耶倶矢は焦っていた。
「こ、これって止めなくていいのか……!?」
「説明。修羅場に余計な横槍を入れる行為は不要です。男がどうにかするモノだと聞きました」
「誰に!?」
夕弦の解答に驚く耶倶矢であった。四糸乃はオロオロと、どうすればいいのか分からない状態だった。
さすがの真由美もこの状況に堪えられなくなったのか手を握る大樹を言いくるめようとする。
「きょ、今日はもうやめておきましょ?」
「無理だ。もう一度するまで俺はもうお前を放さない」
「そのセリフ、もっと違う場面で言って欲しかったわ!」
何故か怒られた。
「いい加減にしないと撃ちますよ大樹さん」
イチャイチャを見せつけられたティナはついに指が引き金に触れる。俺は振り返り名前を呼ぶ。
「……ティナ」
そして、告げる。
「———あとで真由美と同じことをするから見逃せ」
「———仕方ないですね」
そして、ティナは銃を下ろした。
とんでもない解決の仕方に、精霊たちは呆然としている。真由美はティナの当然の手のひら返しに驚いていた。
「嘘でしょ!?」
「これで邪魔者はいなくなった。これでもう俺とお前だけだ」
「違うわよ!? 周囲の目が凄いと思うけど!? 凄く見られているわよ!?」
「俺の目にはお前しか映っていない!!」
「だからそのセリフはもっと違う場面で言って!?」
だから何故怒られる。
「……嫌か?」
「え?」
「さっきの、もうするのは嫌か?」
突然真剣な表情で聞く大樹に真由美は黙り込むが、
「……嫌じゃ……ないわよッ……」
小さな声で、そう言った。
(俺の嫁、超絶可愛過ぎるだろおおおおおおォォォ!!)
強く抱きしめたい衝動に駆られるが、そこは抑える。
俺は右手でゆっくりと真由美の頬に触れる。
真由美がソッと目を閉じた。まるでキスをするかのような雰囲気だが違う。俺たちはそんなことをするわけじゃない。いやらしい気持ちなんて、一切ない。
精霊たちも息を飲んで見守っている。ティナは若干頬を膨らませて不機嫌だが、邪魔をする気配はない。
……そしてついに、俺は自分の顔をゆっくりと真由美の顔に近づけた。そして、
ドゴンッ!!
―――撃たれた。
「うぐッ」
「「「「「えッ」」」」」
突如起きた悲劇に周りは呆気に取られた。大樹の体はそのまま横に傾き、床に倒れた。
真由美とティナはすぐに察した。部屋の入り口を見てみると、戦慄した。
―――黒いオーラを放った女の子たちがいたからだ。
怒った表情で入り口に立つアリアと優子。笑顔なのに怖い黒ウサギ。無表情なのに怒っているのが雰囲気で分かってしまう折紙。
真由美とティナは両手を挙げて声を揃える。
「大樹さんが悪―――」
「大樹君が悪———」
「安心しなさい。三人とも有罪よ」
その後、三人が正座して反省文を書かされたことは言うまでもない。
________________________
「休暇?」
「そうよ」
指令室で中津川と一緒にアニメについて語っていたら琴里が話しかけて来た。突然休暇と言われても困ると言った感じの顔をすると、琴里は溜め息をつきながら話す。
「はぁ……あなた、今までやってきた内容をちょっと言ってみなさい」
「例えば?」
「現在進行形でやっているそのパソコンは?」
「これはCR—ユニットの開発だ。
「はい、おかしいわよね」
「え?」
「一ヶ月の間にあなたはいくつCR—ユニットの開発に携わったかしら?」
「……2、3?」
「そうね。正確には二十七個よ。異常なの」
「そうなのか? 中津川?」
「ええ、異常ですね」
「そうか……でも遊びでやっているようなモノだから休暇を貰うっておかしくないか?」
クルーたちが一斉に引いた。琴里も頬を引き攣らせている。
「あ、遊び……ゴホンッ、それでもこっちは助かっているのは事実よ。それに―――それだけじゃないでしょ」
「まぁ……確かにいろいろあるな」
「……言いなさい」
「【フラクシナス】の
「———勝手に改造し過ぎよ!? これはアンタのおもちゃじゃないのよ!?」
「性質の悪い事に、性能が本当に強化されているから責められないのですよ私たちは……」
琴里は怒っているが、中津川は苦笑している。この戦艦、改造するの超楽しい。男のロマンがぎっしり詰まっているもんッ。
そんな俺は、冷静に、真面目な顔で告げる。
「この戦艦には足りないモノがある」
「足りないモノ?」
真面目な顔をした大樹を見て、琴里はしぶしぶ聞くことにする。飴を口に咥えながら大樹の言葉を待つ。
「こんなに大きい戦艦だ。なのにアレがないんだよ」
「だから何よ」
「最強の機械兵器———ガ〇ダムだ」
「……………」
「ロボット兵器が無いんだよこの戦艦には! 戦艦なのに!」
琴里の目が腐っていく。中津川は逃げる準備をし始めた。
大樹は、真剣な目で告げるのだ。
「———次はガ〇ダム作りたいから、手伝え琴里」
「しばき倒すわよ」
何故か琴里に叱られてしまった。どうして!? こんなにカッコイイ戦艦なら絶対必要だろ!?
「とにかくこれ以上余計なことはしないで。いいわね?」
「えー」
「 い い わ ね ? 」
「はい」
恐ろしい威圧だった。俺に許される作業は無いかもしれない。悲しい。
琴里は反省した大樹を見て本題の話へと入る。
「休暇と言ってもあなたが大好きなことよ。喜びなさい」
「大好きなこと?」
「女の子とデート、したくないかしら?」
「超デートしたいです琴里先生ィ!!!!」
ビシッ!!と挙げられた手の勢いは風圧で琴里のツインテールが少し揺れるくらい風が生まれくらい凄かった。
________________________
天宮駅前。噴水がある場所に大樹は立っていた。
「違う」
オシャレな黒色のトレンチコートを羽織り、いつもよりカッコ良く決めたオールバック。
「全然違う」
デートコースも決めている。美味いイタリア料理店、手を繋いでショッピングモールを回り、最後は夜景を見ながらディナーをする。
楢原 大樹の用意は完璧だった。しかし、ただ一つ間違いがあるとすれば―――!
「お前は俺の彼女じゃねぇだろうがぁ!!!!」
「あらあら、酷いですわ」
―――デート相手が時崎 狂三だということだ。
フリルの付いたモノトーンの服の服に身を包み、長い黒髪を二つに括り、左目が前髪に隠れている。
わざとらしく泣く真似をする狂三。普通なら周りの視線が痛いのだが、この男には効かない。
「俺はお前とのデートは望んでいない。はやくここにアリアたちを呼べ!!」
「な、何故そんなに堂々としていられるのですか……」
「俺は士道とは違うぞ。もし嫁を傷つける奴がアイドルや女神だったとしても、俺はソイツの顔面を蹴り飛ばせる男だ。狂三、お前が本気で泣くまでフォローはしないからな」
「本気で泣けばフォローするあたり、特殊なツンデレですわね……」
「うるせぇ!! いいからデートに行くぞ!!」
「言葉と行動が合っていませんわよ!?
突然歩き出す大樹を狂三は小走りで追いかける。そして大樹の右手を掴んだ。
「俺の手を握り絞め良いのは嫁だけだ」と言いかける大樹だったが、狂三の微笑んだ顔を見てやめる。
握り絞められた手を振り払うことなく、大樹達は仲良く歩き出した。
「それにしても、お前からすれば俺と会うのはかなり久しぶりか? ……いや、お前は未来から過去に来たから一ヶ月ぶりになるのか?」
「アレは会ったと言っていいのでしょうか……ややこしいですわね」
「助けてくれたのは間違いねぇよ。ありがとよ」
「嫌ですわ大樹さん。私たちの仲なら当然のことじゃないですか……!」
「頬を赤くしながらクネクネしてんじゃねぇよ」
顔に手を当てながら身をよじらせる狂三に俺はジト目で睨む。
俺とお前の関係なんて———アレ? どんな関係だ?
最初に出会った時を思い出すと、狂三は俺から不思議な力(神の力と見て間違いないだろう)を狙っていた。
「あッ、なるほど」
そして、思いついた。
「どうかしましたか?」
「いや、俺とお前の関係を考えていたんだよ」
「そんな……分かり切ったことじゃないですか」
「そうだな。『体の関係』だったな」
「「「「「!?」」」」」
ギョッと周囲にいた人たちが大樹たちを驚いた顔で見る。狂三も同じような反応をしていた。
「だ、大樹さん? 突然何を―――!?」
「だってお前、俺の体が目当てだったじゃねぇか」
「誤解を招くような言い方は
馬鹿野郎。誤解を招くように言わなきゃお前が困らないだろ?(ゲス顔)
「はぁ? お前、何度も俺のこと食べたい食べたいって言ったよな?」
「や、止めてくださいましッ!! お願いですから!」
「この調子だと俺の嫁たちも食べられてしまいそうだわ」
「私が悪かったですわ! もう許してくださいましッ!!」
ここまで来れば悪意を持って言っていることが狂三にも分かっただろう。現在、周囲の人間から狂三の評価は大変なことになっているに違いない。
耳を澄ませて周囲の声を聞き取ると、
「おい、ヤバくないかあのカップル。特にあの男」
「ああ、女の子のことをバッサリと体の関係とか言いやがったな」
うん?
「しかも不倫でしょ? 最低よね」
「嫁
アレ? あれれ?
「「「「「最低」」」」」
(なんか俺の評価だけが一方的に下がってたああああああァァァ!?)
解せぬ。狂三の評価が下がっていないことに。
俺の計算が正しければ狂三が『結婚した男に手を出して、さらに嫁にまで手を出す』というカオスな展開になっていたはずなのに……!
そして俺は気付く。狂三がニヤリと笑みを見せていたことに。
「や、やめて―――」
「ああ! 今日も大樹さんに一日中
「———やりやがったなちくしょうがあああああァァァ!!」
俺は狂三を抱きかかえて走り出した。
同時に、周囲の人間が一斉に携帯電話を取り出したことは見なかったことにする。
________________________
遠くに逃げた後は、過去で別れる時に約束していたことを果たす為に、猫カフェに来ていた。
奥のテーブル席に座りながら俺は話を進める。
「お前がこの一ヶ月、俺と美琴―――【ライトニング】が戦っていることは当然知っているよな?」
「もちろん、知っていますにゃー」
「美琴に近づいて力を解放すれば勝ちなんだが、結果は全部失敗に終わっている」
「ええ、見ていたにゃ~」
「そこでだ、一つ策があるから乗って欲しいと思って―――」
「もうっ、甘えんぼさんにゃ猫さんにゃー!」
「———調子狂うから一旦やめろよ!? どんだけデブ猫触り続けるんだよ!?」
せっかく逃げて来たというのに、再び周囲の視線がこちらに集まっていた。
そんな視線にお構いなく狂三は猫を撫で続ける。撫でる撫でる撫でる。もう凄い勢いで撫でる。猫が気持ち良いを通り越して昇天しそうになっている。テクニシャンかおい。
「はぁ……真面目な話をしているのにお前は……」
「ここが良いですにゃん?」
「テメェ俺は猫じゃねぇぞゴラァ! ってああああやめろおおおお!」
標的が変わる。狂三が俺の首や頭を撫で始めて来た。俺は必死に抵抗するが引き剥がせない。
これアカン。猫が気持ち良いのが分かる。これは人間でもヤバい。
「ギブ! ギブアップ! やめて! 周りの視線も痛いし!」
「仕方ないですわね」
狂三はクスリと笑いながら俺から離れる。先程から手玉に取られ過ぎている。
何だろう。とりあえず―――ムカつく。
このメニュー欄にある『超激辛カレー』でも食わせてやろうか。一矢報いないと気が済まない。
再び猫を撫で始める狂三。俺の行動に気付くことはないだろう。
クイクイッと店員さんを手招きして呼ぶ。そして小声で、
「超激辛カレー1つと甘口のカレーを1つ。この女を泣かせるくらいタバスコを遠慮なくブチ込んでください」
「か、かしこまりました……」
引き攣った表情で店員は注文を聞き、厨房へと消えていく。俺は何事もなかったかのようにコーヒーを飲む。
(言い訳はしない。口にした瞬間『ざまあああああああ!』って最高のゲス顔で言ってやる)
ん? 何かフラグが立った気がするんだけど? 嫌な予感がするのですが?
10分後、料理を持った店員さんが俺たちのテーブルまで運んで来る。
「お待たせしました」
店員はテーブルに巨大な皿に盛りつけられたカレーを、一皿だけ置いた。
「これは?」
「激熱ラブラブカップルカレーです」
「しばくぞテメェ」
問答無用で女性店員を鬼の形相で睨み付けた。しかし、店員は怯むことなくスプーンと水を置くのだが、
「……おい、スプーンが一つしかないぞ」
「はい、お互いに『あーん』をしてあげてください」
「この店の店員の頭はトチ狂ってんのか」
昔から変わらない人たちで何よりですね。こっちは最悪で良くないですが。
「あーん♪」
「するわけねぇだろおい」
俺に『あーん♪』をしていいのは嫁だけだ。
「お客様、あーんですよ♪」
「テメェの顔、よく覚えているぞ。テメェの仕業だな?」
元凶判明。この野郎、五年前から俺を
「帰っていいか?」
「お客様、食べなければお会計は四千万になりますが!?」
「警察を呼んだら百%俺が勝つぞ?」
「それは大変ですわ大樹さん! 今すぐ食べましょう!」
「食べねぇ」
「「食べましょう!」」
「食べねぇよ!!」
「「「「「食べろ!!」」」」」
「「「「「にゃー!」」」」」
「食べ———おい何だこの客と猫の団結力は。明らかに俺だけ空気読めていない奴になっているじゃねぇか」
気が付けば客と猫たちも声を揃えていた。あまりの団結力にドン引きしてしまう。
店員が食べろとコールすると手拍子が始まる。野郎、絶対許さねぇ。
狂三が微笑みながらスプーンを持って『あーん♪』を要求して来た。
逃げ道が無い。ここは素直に食べるしかないようだ。だけど、タダじゃ終わらんぞ。
「ぱくり、もぐもぐ、おいちー」
(((((コイツ、死んだ目で棒読みの感想を!?)))))
周囲の空気が変わった。これは周りの期待に応える食べ方では無い。これは酷いと店員は戦慄していた。
狂三の笑みもやや引き攣っている。大樹は勝利を確信―――
「お待たせしました! サービスのポッキーゲームです!!」
(なッ!?
突然のサービスに大樹は驚愕する。店員たちがハイタッチを交わし喜び合う。これは不味いと大樹はポケットから財布を取り出し窓からぶん投げた。
「しまった!! 今日は何も払えないや!!」
「本日この場にいるお客様は全品無料で提供します!!」
―――猛者だ! とんでもない猛者がいる!
血涙を流しながら無料を告げる店員に俺は目を見開く。大赤字を覚悟した店員の背中が凄く大きく見える。
「でもこれで金がもう無いから今日のデートは終わりな!!」
「カップルのお客様にはキャッシュバックと、ゴフッ!! ショッピングモールで使える割引券を提供させていただきます……!」
―――コイツやべぇ! マジでやべぇ! 何だコイツ!?
吐血しながら壁に寄りかかる店員。客たちが涙を流しながら見ていた。
ここまで覚悟を決めたサービスされると、さすがの俺もこれ以上は悪い事ができない。客の一人が「もうやめて! この店の金はゼロよ!」「店員、アンタは立派な勇者だよ……」「お前の勇姿、絶対に忘れねぇ!」とか言い出す始末。
「だ、大樹さん? さすがにこれは……」
「お前まで引いたら客たちは大泣きするぞ」
狂三までやり過ぎたと思ってしまうくらい
店員の覚悟を無下にはできない。蹴り飛ばすことなど、【
「ま、痛むだけでやるとは言っていないけどな」
その後、狂三にカレーを食べさせて貰い完食。ポッキーゲームは普通にわざと折って真顔で食ってやった。
店員が微妙な表情をしていたことは、見なかったことにした。
「んにゃ……」
「……腰抜けで悪かったな」
膝の上で寝ている猫に、俺は呟いた。
________________________
カフェから出るとショッピングモールに来ていた。財布を投げたが金を投げたわけじゃない。金はちゃんと抜き取って投げたので買い物はできた。
ランジェリーショップに連れて行かれた時はド突こうかと思ったが、気が変わった。本気で選んで恥じらわせてやろうとした。ところがどっこい、警察に通報されかけたのですぐに下着を選んで逃げた。
「はぁ……今日は通報されることが多いなちくしょう……」
わざわざ店で買ったフード付きパーカーで顔を隠し、ベンチに座っていた。
「私は楽しいですわよ?」
「苦しむ俺を見てか? 趣味悪ぃよ」
狂三は購入した服が入った手提げ袋を大事に抱きながら微笑んだ。
疲れたせいか喉が渇く。狂三に「何か飲むか?」と聞くと「コーヒーをお願いしますわ」と返って来たので自販機まで歩いた。
当たり付き自販機でコーヒー缶を二つ購入し見事にハズレを出す。『7776』と期待させるなよ。最後まで見ちゃうだろうが。
ベンチの所に戻ると、そこには狂三を囲むように三人の男が居た。これは、アレか?
「ねぇーいいだろ? どうせ彼氏に捨てられたんでしょ?」
「全部奢るから、な? ちょっとくらい遊ぼうぜ」
出たよナンパ。毎回思うけど、アレ成功するの? 最強無敵の俺が誰かにナンパしても成功しそうにないよ? いや絶対成功しない。
というか狂三に手を出すのはやめておいたほうがいいぞお前ら。どうしよう。やられる未来しか見えない。
「ッ!」
しまったッ、狂三に気付かれた。
その場から逃げようとした時、狂三が泣き真似をしながらこちらに向かって走り出して来た。
「ダーリン、助けてくださいまし! ダーリンより千倍ブサイクな男たちに絡まれましたの!」
「お前何でそんな面倒なことにしようとするの!?」
いろいろとツッコミたいことがあるが、まずは目の前の状況だ。
「アイツよりブサイクだと……」
「あんのデコハゲ……」
「おい、兄ちゃん。ちょっと
Oh……完全にキレてるご様子。俺もリア充にこんなことをされたらキレる自信がある。
お、穏便に済ませよう。そう、いつものように缶コーヒーを飲み干し、
「あぁ!? 何してんだテメェ!」
それを自動販売機の横にあるゴミ箱に向かって投げる。そして殺気を出してカッコ良く追い払おう。
―――と、思っていたが駄目になった。理由は簡単。
ドゴオオオオオオオオォォォン!!!
「……へ?」
―――投げた空き缶がゴミ箱どころか自販機までぶっ飛ばしたからだ。
大樹は軽く投げた。良い感じにゴミ箱に入るように力を調整していた。でも、できなかった。
缶の速度は音速を超えて戦車の砲撃の様に射出された。手首のスナップだけでとんでもない威力が出てしまった。
ガシャガシャンッ!!
粉々になった自販機の部品の破片が地面に落ちる。空き缶が周囲に降り注ぎ、中の液体が飛び散っていた。
「「「「「……………」」」」」
そして、静寂が訪れた。
もう誰も喋らないようだったので、俺は場を和ませる一言を告げる。
「テヘペロ★」
「「「ひぃやあああああああァァァ!!??」」」
男たちが泣きながら逃げ出した。当然の結果だった。
騒ぎを聞きつけて野次馬が集まり出している。俺は狂三の手を引きながら逃げ出した。
「何でこうなった!?」
「こっちのセリフですわ!?」
「ですよね!」
―――ショッピングモールから街を見渡せる丘まで逃げて来た。今日はよく走るな俺たち。
再び木製のベンチに座り、狂三と顔を合わせる。
「くくッ……!」
「ふふッ……!」
何故か笑いが込み上げて来た。腹を抑えながら笑い、街を一望する。
「はぁ……笑ったな。久しぶりに、大声で笑ったよ」
「それは良かったですわ。大樹さん、戦っている時は怖い顔でしたから」
「怖い顔って……真剣って言えよ」
「真剣でも、良い事はありませんよ?」
突然理解できない言葉に俺は首を傾げた。
「……どういうことだ?」
「笑っていてください。大樹さんはどんな時でも、笑っている方がカッコイイですから」
「どんな時もって、お前なぁ……」
呆れた大樹は狂三に言おうとしたが、それは止まる。狂三の表情は微笑んでいるが、真剣だったから。
「私も、あなたに出会う前までは知りませんでした。笑顔の強さを」
「笑顔の、強さ……」
狂三は俺の手を握り、俺の胸に手を置くように移動させる。
「心当たりがあるはずです。無くても、大樹さんなら知っている」
「……………」
自分の心臓の鼓動が手に伝わる。同時に脳の奥にある記憶が全身を駆け抜けた。
まず一番最初に女の子たちの笑顔が見えた。
美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。
次に友達の笑顔、仲間の笑顔、戦って来た保持者たち―――次々と知っている笑顔が思い出される。
最後は家族、そしてリュナ―――双葉だった。
(ああ、分かるよ狂三)
―――俺は望んでいる。みんなの笑顔を見ることを。
その為にはまず、自分が笑わなきゃいけない。
「……良い笑顔ですよ、大樹さん」
「そうだろ? 惚れたか?」
「あらあら、そんな野暮な事を聞かないでくださいまし」
狂三は俺に寄り添い、肩に頭を乗せた。
それから狂三は何も言おうとしなかった。俺も何も言わない。
そのまま時間だけが過ぎる。数分、数十分、一時間無言のまま俺たちは街を見ていた。
「———俺は望まない。美琴が苦しむ未来を」
最初に開いたのは、大樹の口だった。
「ええ」
「頼む、お前の力を貸してくれ」
「喜んでお受けしますわ」
大樹でも怪我をして失敗する。そんな危険で恐ろしい橋でも、狂三は首を横に振らなかった。
無茶だと思わない。馬鹿だと思わない。迷惑だと思わない。
何故なら彼女は五年前のあの時から、その言葉を待っていたから。
「私は大樹さんを助けます。だから———いつか私のことも、助けてください」
「どんなにお前が道を踏み外しても、俺は必ず助けてやるよ。貸し借り関係なく、何度でもな」
「……やっぱりとてもズルい人ですわ。大樹さんは女の敵ですわね」
「安心しろ。俺はいつだって女の子の味方だ。お前らに嫌われてもな」
「大丈夫です。今の大樹さんを嫌う人はいませんよ」
狂三は人差し指で自分の顔を指して俺に伝える。
「笑った俺はカッコイイって?」
「もちろん、カッコイイですよ?」
「……褒めても何もでねぇよ」
俺は狂三の頭をわしゃわしゃと撫で回して立ち上がる。その目は真剣で、口元は笑っていた。
見つめる先は街の上空。
「残念だけどデートはお預けだ」
ウウウウウゥゥゥ―――――!!!
大樹の言葉通り、デートを中止せざる負えないサイレンが鳴り響いた。
この状況に狂三は驚かず、虚空から古式の銃を取り出し霊装を身に纏った。まるでこの展開を知っていたかのように彼女は冷静だった。
準備を整えた狂三を見て大樹は【神刀姫】と【神銃姫・
作戦を聞いた狂三は目を見開いて驚いていた。この状況より、大樹の作戦には驚いていたのだ。
「大胆な
「奇想天外、型破り上等。ここまで来れば常軌を逸脱した作戦するしかねぇよ」
「え? でも大樹さんは既に存在が奇想天外―――」
「手を組むパートナーの心を傷つけて楽しいかお前?」
ピピピッと大樹のポケットから携帯端末の着信音が鳴る。
「ハロー、作戦通り始める。そっちは大丈夫か?」
『問題無いわ。それより———』
電話の相手はアリア。問題が無いことに俺の心は安心―――
『———デートは楽しいかしら?』
―――命の危険を感じ取った。
尋常じゃない汗の量が流れ落ちる。手と足が震えてアリアの言葉を待った。
『大丈夫よ。今、どうこうしなさいとは言わないわ』
「そ、そうか」
『当たり前でしょ。作戦に支障が出たら困るでしょ?』
「そうだな! 困る困る!」
『だから———後で聞くわ』
―――もう駄目だ死ぬ。orz
通話は切られ、その場で両膝を着く。先程まで笑顔だったのに、笑顔になれない。絶望のドン底なんだが。
ピロリンッ
その時、携帯端末に一通のメールが届く。アリアから届いたメール。きっとそこには地獄の拷問メニューが書かれているに違い―――
『あとでアタシたちとも、デートしないと風穴よ!』
「復活ああああああァァァ!!!」
「切り替えの早さは逸脱していますわね」
大樹が叫ぶと同時、空に紅い閃光が咲いた。
________________________
———楢原 大樹は
余裕の笑みを見せながら右、左と、一歩一歩ゆっくりと進んでいた。
見つめるのは不安な表情をしている美琴。彼女は同じように空に浮いている。
周囲には紅い電撃が美琴を守るように走っている。
ドゴンッ!! バチバチバチバチッ!!
街に容赦なく雨の様に降り注ぐ赤い雷は建物を破壊する。コンクリートの地面を抉り取り、一発でも人間が当たれば絶命する威力。
しかし、その程度で大樹の命を奪うことはできない。
ガチンッ!!
大樹は簡単に、その一撃を刀で弾き飛ばした。
虫でも追い払うかのように腕を振るっただけで雷は消滅。大樹は無傷のままだった。
「あらあら、随分と余裕ですわね」
隣を一緒に歩く狂三が悪戯に笑う。その言葉、そっくりそのまま返すよ。
「ああ、よく分からないけど余裕を持てるんだ」
紅い電撃は更なる猛攻を見せる。大樹に向かって何十の電撃を落とし始める。
「狂三」
「【
ガキュンッ!!
狂三の撃った銃弾は敵の動きを止める特殊な弾。それは雷に当たらなければ意味がないが、
ガキュンッ!! バギンッ!!
【神銃姫・
刹那———神の力が猛威を振るう。
「終わりなき時間を貪り続けろッ」
「【
ゴオオオオオォォォン!!!
―――大きな鐘の音が街に響き渡った。
振り子の古時計が鳴らすような音。その鐘の音は世界の終わりを意味していた。
シンッ……
―――そして、世界の時間が止まった。
音が消え静寂が生まれる。聞こえる音は何もない。
砕け散った建物の破片やコンクリートの石が宙に浮いたまま静止している。まるでビデオの一時停止ボタンを押したかのように。
紅い電撃も当然、大樹に襲い掛かる前に止まっている。
「———マジで世界の時間止めたな」
「止めましたわね」
少し大樹と狂三は焦っていた。
どうやってこの現象を作り出したのか? 大樹は【神格化・全知全能】を銃弾に込めて狂三の弾丸に当てた。ただそれだけだ。
狂三の持つ精霊の力を爆発的に向上させて街の時間を止めたのだ。元々、ビル一つの時間を止める(自然現象のみ)ことができた彼女の力だ。てこを入れるだけでここまでなるのはおかしくはない。そもそも前提がおかしいけど。
止まった世界を観察しながら大樹は続ける。
「多分俺の力でも世界までは止めてはいないと思う。この街全体だな」
「この街の時間を止めている時点でおかしいと思わないのですか……?」
「いやw 俺たちの存在自体がおかしいのにw 何言ってのw」
「あらあら、大好きな人なのに、キレてしまいそうですわ♪」
「まぁ落ち着けって。ま、不味いって。銃をこっちに向けちゃらめえええええ!」
戦闘中だと言うのにふざけている二人。第三者が見たら激怒するだろう。
大樹は急いで【
「あとは美琴の近くにこれを漂わせて時間を動かし始めれば勝ちだけど―――そう上手く行かないよな」
ゾゾゾゾゾッ―――!!
美琴の右隣りから黒い渦が生まれる。黒い闇の中から赤黒い炎が見え始める。
不気味な雰囲気に、大樹は気を引き締める。
「アレは?」
「多分、悪魔だ」
軽い返事をしている大樹だが、警戒はいつも以上にしている。狂三も銃を強く握り絞めて黒い渦を睨む。
紅蓮の炎から現れたのは馬の様な怪物。しかし、上は人の上半身になっておりギリシャ神話に登場する半人半獣『ケンタウロス』に似ている。
『我が名は、バティン。序列18番の悪魔である』
やはり―――大樹の予想通り『ソロモン
バティンは炎の源泉の奥深くの領域に属した悪魔。位階の中でも敏捷さと愛想の良さでは並ぶものがないとされているらしいが……?
『……………フッ』
(うわー、本人は笑顔を見せているつもりかもしれないけど駄目だコレ。怖い。凄い怖い。狂三が小さな悲鳴上げたぞ)
バティンの愛想笑いは、酷かった。あの笑顔で世界に絶叫を轟かせることは容易だろう。
『安心しろ人間。我は手を出さぬ。お前が手を出さぬ限り』
強者の余裕か。バティンから溢れ出す闘気は強さを語っていた。
狂三はゾッとする。戦ってもいないのに、桁違いな強さが伝わって来ることに。
「そうか。ありがとう」
―――そう言って大樹は刀をバティンに向かって投擲した。
グサッ!!!
『がはぁッ!!??』
「大樹さんッ!?」
【神刀姫】はバティンの胸を貫き風穴を開けた。バティンは吐血し、地面へと落下する。
大樹の不意打ちに狂三は驚愕するしかない。こんなゲスな真似は誰もやらないだろう。
「いや、だって俺が攻撃するまで待ってくれるってことだろ? やるしかないじゃん」
「悪魔以上に悪魔な方ですわ!」
「どこだよ。天使と呼べ天使と。ホラ見ろ」
大樹が指を指す。その先には血塗れになったバティンが倒れていた。
『ご、ごふッ……はぁ……はぁ……!』
「殺さず、あえて瀕死にさせているだろ?」
「十分最低だと思いますわ!」
バティンは今にも命の
「だって悪魔だぜ? 手加減はいらねぇだろ」
「さすがに不意打ちは容赦がないかと……」
「分かった分かった。反省するから。とりあえずアイツにとどめの一撃入れて来るから、その後に話を聞く」
「全く反省していないですわ!?」
パキパキと手を鳴らしながら大樹はバティンに近づく。完全に悪人顔だ。
倒れたバティンの目の前まで歩みを進めた時、殺気を感じた。
「ッ!」
キンッ!!
頭部を狙った投擲だ。刀で弾くと金属音が響き、そのまま地面にナイフが落ちる。
投擲された方向を睨むと、白いローブを身に纏った者が続けてナイフを投擲した。
キンッ!! キキキンッ!!
刀を何度も振るい弾き飛ばす。最後に投擲されたナイフは一瞬だけ刀から手を離し、ナイフを掴んで投げ返した。
音速で投擲されたナイフは風を切り、投擲者を貫こうとするが、
『ヌンッ!!』
投擲者の前に屈強な男が盾を持って立ち塞がった。投擲者を守るつもりだろう。
バギンッ!!
『何ッ!?』
男は投擲者を守ることができたが、盾は粉々に砕け散った。そのことに目を張って驚愕する。
「【無刀の構え】」
『『!?』』
背後から聞こえた大樹の声に男と投擲者はゾッと震えた。
振り返る時間すら与えられない。大樹の攻撃が炸裂した。
「【地獄巡り】」
ドゴンッ!!
重い一撃。大砲でも放たれたかのような無茶苦茶な威力を男は腹部で受けた。
大樹の右回し蹴り。男の呼吸は止まり、近くの建造物にブチ込まれた。
建物は崩落しようとするが、時を止めているため崩壊はしない。崩れる瞬間が見えるだけだ。
「【天落撃】」
回し蹴りから大樹は空中でさらに体を回転して勢いをつける。そのまま両手を合わせて一つの拳を作り、投擲者の頭上から叩き落とした。
ドガッ!!
投擲者は鈍い音と共に地面に落下する。その速さは尋常では無い。
コンクリートの地面が砕け、クレーターを生み出す。投擲者は血を吐き出し、その場で動けなくなる。
「ふぅ」
軽く息を吐きながら大樹は狂三の元へと帰る。地面に突き刺した刀を抜き、ニヤリと笑う。
「出て来いよ。まだいるんだろ、クソ悪魔共?」
大樹の声で空気が変わる。隠れている悪魔たちに永遠に知ることの無かった感情———恐怖が芽生える。
『何故……神の
「バティンって言ったな。俺はまだ半分も本気を出していない」
『—————!?』
バティンは言葉を失った。投擲者も、男も、隠れた悪魔も、言葉を失った。
悪魔たちの常識を超えた存在。桁違いに強い悪魔は何十も見て来た。しかし、大樹は違う。
―――彼は人間だ。強さに限界がある種族。
『理解不能———悪魔が人間に勝利する確率―――ゼロ』
「ハッ、面白い事を言うなお前」
投擲者の言葉に大樹は笑う。
「自分の体をよく見てからモノを言いな」
大樹の言う通り、人間が悪魔を圧倒していた。
いくら神の力を貰った人間だからと言えど、この強さはあまりにもおかしい。
『ならば、貴様が英雄かぁ!』
ドゴンッ!!
建造物の中から男が叫びながら出て来た。再び建物を破壊しながら屋上を突き破り、大樹に向かって落ちて来る。
『再びあの戦いを……再戦の時だ英雄よ! 俺の
男の血走った眼は大樹しか映らない。背負った大剣を抜き、大樹に頭部に振り下ろす。だが、
「遅い」
バギンッ!!
『なッ……に、が……!?』
突如、男の持っていた大剣が消えた。何が起こったのか理解できない男は呆けてしまう。
大樹は右隣りに【神刀姫】を一本だけ展開し、大剣に向かって射出した。ただそれだけの話。
射出された刀は大剣を弾き飛ばした。消えたように見えたのは、速過ぎたから。
「お前らは俺を舐め過ぎだ。ベリアルに押されたのは、その前に神の力を使い過ぎたせい。万全な状態なら余裕なんだよ」
ドゴッ!!
『がはッ!?』
容赦無く男の顔面に叩きこまれる拳。男は後ろに吹っ飛びまた建物に叩きつけられる。
『なんと……』
『———理解、不能』
『くぅッ……み、見事……!』
バティン、投擲者、男がそれぞれ口にする。その表情は暗い。
対照的に大樹の顔は明るい。彼はさらに笑みを見せた。
「で、どうする? 帰るか? ご主人様の元によ」
大樹の言葉に、投擲者が白いローブを脱ぎ捨てる。人の形をしていたが、体を変化させた。
『ガアアアアアアァァァァ!!』
赤い
(
敵の悪魔の正体を即座に見破る。序列5番の悪魔だと。
マルバスに夢中になっていると、男が口を開いた。
男の眼を見た瞬間、大樹は息を飲んだ。あの眼は死を覚悟した時の眼だ。
『……序列18番———バティン。
序列5番———マルバス。
序列21番———モラクス。
序列24番———ナベリウス。
序列31番———フォラス。
序列39番———マルファス。
序列57番———オセ。
序列59番———オリアス。
序列64番———フラウロス。
そしてこの俺、序列8番———バルバトス。以上、名を呼ばれた悪魔よ』
「狂三、下がっていろ」
大樹は刀を強く握り絞めて構える。表情は真剣だった。
建物に隠れていた人型の悪魔、虚空から出現する巨大な獣の悪魔、未だに姿を見せない悪魔。
だが大樹を囲むように悪魔たちは動いている。
『———契約を破棄。制限を解除し、目の前にいる敵を全力で喰らえ』
「ッ!」
そして、周囲の殺気が爆発的に上がった。
まるで封印していた力を解放するかのような現象。
狂三の顔色も悪くなっている。この殺気は、人を殺せる。
『俺たちの契約は足止めすること。その
「いいのか? 言いつけを破って?」
『何を言っている?』
ダンッ!!
バルバトスが地を蹴った瞬間、姿を消した。
残像すら残さない速さ。既にバルバトスは大樹の背後を取っていた。
大樹は振り返ると同時に気付く。全ての悪魔が一斉に襲い掛かろうとしていることに。
『俺たちは、悪魔だぞ?』
ドゴオオオオオオオオォォォ!!
________________________
それは―――50秒だった。
これは一体、何の数字か分かるだろうか?
1分にも満たない時間。それは———
『『『『『ちーん』』』』』
「それでも弱いぞ、お前ら」
―――大樹が10体の悪魔を返り討ちにするのにかかった秒数だ。
地面に落ちた悪魔たちを見下しながら大樹は苦笑い。さすがに自分でもこの強さには引いた。
悪魔一体に、ほぼ一発だった。強化した悪魔だけど、本気で戦ったらすぐに終わった。
狂三の方を見てみると、何とも言えない表情をしていた。目の前で恐ろしく激しい戦闘を繰り広げていたのに、一分も経たずに大樹が勝利したのだ。そりゃそうなるか。
悪魔たちは満身創痍。ボロボロだ。戦える気力は残っていない。
「……悪い。でもホント弱いよお前ら」
『ヤバい。俺、悪魔なのに……泣きそう』
バルバトスは完全に消沈。ざまぁ。
「やーい、雑魚雑魚」
「大樹さん、あなたが悪魔に見えますわ。自重してくださいまし」
「よし、トドメ刺すか!」
「大樹さん!?」
大樹は最初にバルバトスに近づき胸ぐらを掴む。そのまま上に上げて脅す。
「その前に、ガルペスの場所を吐け」
『クックックッ、悪魔の俺が言うとでも? 拷問でもして吐かせてみるか?』
「いや、それなら別の奴に聞くからお前は殺すけど―――」
『———場所は分からない。多分だがこういうことをされた時のために契約者は教えなかったのだろう』
(((((あの野郎、裏切りやがった!?)))))
さすが悪魔。手のひら返しが早い。
他の悪魔たちの視線がバルバトスに刺さる。この男、悪魔たちに投げたら面白いことになりそうだ。
(———そう言えば、これって使えるんじゃないか?)
バルバトスを投げようとした時、ある策を思い付く。
「なぁお前ら。さっき契約は破棄したとか言ったな?」
『さて? そんなこと―――』
「うるせぇ答えろぶっ殺すぞ」
『———破棄しました』
「なら―――次は俺と契約しろよ」
『『『『『!?』』』』』
悪魔たちが驚く。バルバトスに呆れていると、大樹は突如とんでもないことを言い出した。
バルバトスは必死に首を横に振る。
『悪魔が神の僕の手助けなど、するはずがないだろう!? するくらいなら死んだ方がマシだ!』
「あ? 誰が神の僕だゴラァ! むしろ俺は神をぶん殴ってやりてぇよ!」
『『『『『!?』』』』』
理解出来ない矛盾に悪魔たちは酷く驚いた。大樹はバルバトスを解放して続ける。
「俺の目的はこのくだらない戦いを終わらせることだ。大切な人を傷つける連中は一人残らずぶっ飛ばす」
スッ……
大樹は握り絞めた刀を解放したバルバトスの首に突きつける。
「大切な人の為だ。悪魔と契約が必要なら俺はやる。神を裏切る必要があるなら、歯向かう。世界中の人間が敵になるなら、俺は受けて立つ」
悪魔たちは大樹の持つ覚悟の強さに唖然としていた。
彼は真剣な表情ではなく、憎んだ顔でも怒った顔で言わなかった。
―――笑顔を見せながら告げたのだ。
その笑顔に釣られてバルバトスも悪魔の笑みを見せる。
『そうか……そうかそうか……英雄様の言うことは———いや、お前は英雄の器じゃ収まり切れないな』
笑いながら話すバルバトス。しかし、
『やはり人間は面白い。これだから
低い声でそう告げた瞬間、
ゴオォッ……
バルバトスの体から青白い炎が発火した。
「ッ……テメェ」
青白い炎を見て大樹は息を飲むが、すぐに理解して悪魔を睨む。
その睨んだ瞳に満足したバルバトスはさらに態度を大きくする。
『だがお前とは契約をしない。人の思い通りに動く悪魔はいねぇことを……よく覚えて置くんだな小僧』
どうやら自ら消滅の道を選んだようだ。他の悪魔からも青白い炎が体から発火しているのが見える。
一矢報いることができた悪魔たち。大樹は表情を歪めると小声で、
「……どうせ消えるならボコボコにしてストレス発散しようかな」
『何ボソッと恐ろしい事言ってんだお前!? カッコよくこのまま立ち去らせろ!?』
カッコいいのかそれ。そうは思わんぞ俺。
「あら? でも大樹さんの力なら止めれるのでは?」
『『『『『!?』』』』』
悪魔たちの顔が青ざめる。狂三の言うことは正しい。俺の力を使えば止めれるだろう。
本気で怯えている悪魔を見ると超やりたくなるが、
「一応止めれるけど、やめとく」
大樹はフッと笑みを見せながら告げる。
「コイツら、ポンコツそうだし(笑)」
『『『『『喧嘩売ってんのか!?』』』』』
ポンコツ悪魔ーズは大層怒り狂っていたが、俺は笑顔(ゲス)で消える様を見送った。
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悪魔が消える最後まで見届けた後は、上を見上げた。
「さて、大仕事がまだ残っているから終われないんだよな」
大樹の視線の先には当然美琴が居た。時間が止まったままの世界のせいで何も動けていない。
紅い電撃も同様、空中で静止したままだ。
「【
バサッ!!
大樹の背中から黄金に輝く巨大な翼が広がった。
【
バチバチッ
「……まぁそう簡単にいかないよな」
美琴の周囲に再び紅い電撃が弾けているのだ。
決して止まっている電撃が動き出したわけではない。最初に止めた電撃は今も動きを止めている。
「やっぱり『足止め』だったか」
「……あの悪魔たちがですか?」
狂三の確認に大樹は頷く。
どうりであの悪魔たちが弱いわけだ(大樹個人的感想)。数を多く並べたのは俺を倒すためでなく、時間を稼ぐこと。
そして解明したことが一つある。あの電撃は、『美琴が生み出したモノではない』ことだ。
「美琴と電撃が止まっているのに新しい電撃が襲い掛かって来た。美琴と繋がっている可能性は———」
「———断たれた、と」
「断言はできないけどな。可能性は大きいだろ?」
バチバチッ!! ガキンッ!!
こちらに向かって襲い掛かる電撃を刀で叩き落としながら答える。今まで戦って来た中で一番強い威力の電撃が連続して落ちる。
しかし、それは追い詰められたから必死になっていると解釈して受け取ることもできる。
「———1ヶ月……長い間待ち続けた……」
いや、違う!
「———消えたあの日からずっと待ち続けていたッ!!」
バギンッ!!!
大樹の斬撃が全ての電撃を撃ち落す。そこに一瞬の隙が生まれた。
その隙を大樹が逃すわけがない。笑みを見せながら銃口を美琴に向けた。
銃弾は神の力を圧縮させた弾丸。当然、放たれた銃弾は全てを無効化する矢となる。つまり、これが美琴に当たれば勝利だ。
バチバチバチバチッ!!
その勝利を許さない電撃。守りを捨てて一気に大樹へと襲い掛かる。
威力は最高。数は桁違い。渾身の一撃をぶつけようとしていた。
「———やっと、
ついに守りを捨てた。今までどんなに俺が突っ込んで行っても、守りを捨てず攻撃し続けていた電撃。
ニヤリと笑みを見せた大樹は、喉が張り裂けんばかりの大声で呼ぶ。
「あとは任せたぜ―――黒ウサギいいいいいィィィ!!!!」
「YES! そのバトン、黒ウサギが受け取りました!」
黒ウサギの答える声は、美琴の真上から聞こえた。その距離はすでに二百メートルを切っている。
囮作戦。それは大樹が美琴を救うと見せかけた囮だということ。本命は黒ウサギに託したのだ。
ギフトカードを握り絞めながら高速で降下する黒ウサギ。そのカードからは黄金の光が溢れ出していた。
何故紅い電撃が黒ウサギの存在に気付かなかったのか? それは黒ウサギが羽織っている真紅の布地【
焦りの感情でもあるのだろうか? 電撃が急激な方向転換して黒ウサギを狙い———!
「せっかく俺の近くまで来たんだ。ゆっくりしていきな?」
バギンッ!!
急転回した電撃を刀で斬り落す。美琴を傷つけることは絶対に許さない俺だ。そんな俺が黒ウサギに傷つけることを許すと思うか?
しかし、猛攻をは止まらない。新たに生まれようとする電撃が黒ウサギに襲い掛かろうと準備をしている。
ガキュンッ! ガキュンッ!
バチンッ! バチバチンッ!!
装填した銃弾で生まれようとしていた電撃を消し飛ばす。大樹の眼は黄金色に輝いており、一つ残らず電撃を撃ち落している。
【神格化・全知全能】を眼に発動した。その恩恵は電撃が発生する刹那を目視できる程の奇跡だ。
電撃が形作るまでのタイミングと銃弾を当てるタイミング。両方を合わせるのは容易だった。
大樹の足止めが成功した今、この好機を逃さない。
「力をお借りします……!」
黒ウサギはギフトカードから一本の刀を取り出した。
―――それは【神刀姫】だった。
紛れもない本物。大樹が持つ一本を黒ウサギにあげた一振りだった。
これが止まった世界でも黒ウサギが動ける理由。刀が黒ウサギを守ったのだ。
「力を解放しろ【神刀姫】!! 黒ウサギをぶっ飛ばすくらい!」
「こんな時まで馬鹿しないでください!?」
黄金の光がより一層強く輝いた。黒ウサギの表情は真剣になり、全神経を集中させた。
バチバチガシャアアアアアァァァンッ!!
鼓膜がブチ破られるような雷鳴が轟く。この最悪の落雷は美琴が姿を消す時に決まって鳴るモノ。
しかし、今回は一本遅い!
「斬り裂けッ!!!」
ザンッ!!
振り下ろされた黄金の一撃。神の力を凝縮させた一撃はどんな力でも打ち消す。
バギンッ!!
美琴を包んでいた電撃の膜が崩れ落ちる。雷鳴がピタリと止み、消滅させたことを物語った。
「まだ終わってねぇ!? 黒ウサギぃ!!!」
「ッ!?」
バチバチッ!!
美琴の周囲から紅い電撃が生み出された。電撃は収束し、一つの紅い球体となり、黒ウサギに襲い掛かろうとする。
大樹はその電撃の球体を撃ち落そうとするが、必要がないことを悟った。
「大樹さんから貰った神の一撃を、逃げる手段で相殺する手……見事でした」
その時、黒ウサギの羽織っていた【
「でも、あたしたちの勝ちよ」
カチャッ
黒ウサギの背中から、銃を持ったアリアが姿を見せた。
アリアはずっと真紅の布地に―――黒ウサギの背中に隠れていた。
本命の裏に隠れた大本命。アリアは電撃の球体に向かって引き金を引いた。
ガキュンッ!!
バチンッ!!
電撃は簡単に弾け飛んで消滅。呆気なく終わった。
「狂三!!」
「ッ……【解除】!!」
大樹が呼びかけると、狂三の合図で世界が再び動き始めた。
今までずっと止まっていた電撃は大きく的を外して消滅する。
『!?』
そして美琴の表情が驚きに変わる。当然の反応だ。何故なら―――目の前に黒ウサギとアリアがいるのだからな。
「これで終わりよ!」
アリアは銃を握った反対の手からネックレスを取り出した。アレは七罪にあげたヤツだろ!?
でも、ナイスだアリア!!
バシュンッ!!
美琴から溢れていた不思議な力が霧散した。俺はガッツポーズして大喜びする。
俺のあげた神の力は黒ウサギが使い切ってしまった。しかし、アリアが第二の保険として七罪から借りていたのだ。
精霊の力を抑えるネックレス。それは美琴にも有効だった。
浮遊していた美琴の体は黒ウサギとアリアが抱き締める。美琴の意識は力が無くなると同時になくなっていた。
黒ウサギたちの身体も落下を始める。【
そして、強く三人ごと大胆に抱き締めた。
「だ、大樹さん? ちょっと痛いですよ……」
「………………」
呼びかけられても大樹は抱き締める強さを緩めない。
「……大丈夫よ」
大樹の気持ちに気付いたアリアは抱き締められながら大樹の後頭部をポンポンと軽く叩いた。
「長かったから、仕方ないわよ……」
「ッ—————!」
そして、ずっと堪えていた大樹の感情が決壊した。
大樹から啜り泣く声が聞こえた。必死に抑えようとしているが、涙が彼女たちにボロボロと零れ落ちていた。
ここに来るまで、どれだけの時間を費やしたのだろうか?
この抱き締める瞬間まで、どれだけ心を痛めたのだろうか?
あの後悔した日から、どれだけ待ち続けた?
「ぐぅッ……うぅ……!」
この小柄な体躯の女の子を一人すら守れなかった自分。誰一人守ることができなかった弱者だった。
勝手に忘れて、勝手に諦めて、最低な己を思い出すと怒りと後悔が溢れ出す。同時に悲しい気持ちも、心から漏れた。
「大樹さん」
それでも、そんな
黒ウサギは大樹の耳に口を近づける。
「———離れませんよ、黒ウサギたちは絶対に」
「———ああ、分かってるよ……それくらい……!」
俺は———彼女たちのおかげで強くなれた。
あれから随分とマシな男になれたと思う。
だから、今―――言うのだ。
「俺も離れない……皆、愛しているから……!」
「何よ今更。堂々といつも言ってるでしょ?」
アリアが呆れたように笑う。それでもこの感情は抑えられない。
「本当に好きなんだ……どうしようもなく大好きなんだよ……!」
この抱き締めた温もりが、ずっと愛おしかった。いや、全てが愛おしくなっていた。
「美琴も……アリアも……優子も……!」
愛おしかったから、必死に探していた。
「黒ウサギも……!」
いつも支えてくれる人が、愛おしくなっていた。
「真由美も……ティナも……折紙も……!」
自分との繋がりを誰よりも大事にしてくれようとした人が、愛おしくなっていた。
「誰にも渡したくないッ……ずっと俺の傍で笑っていて欲しい……!」
我が儘だ。誰よりも、俺は我が儘だ。
「好きだから……どうしようもなく、好きだから……!」
楢原 大樹は———
「大好きだからッ……愛しているからッ……!」
あの日からずっと―――
「俺はここに居るんだッ!!」
この時を、この瞬間を―――
「おかえり美琴ッ……そして、愛してる皆ッ……!」
―――待ち望んでいた。
次回―――ガルペス最終決戦編
【悪魔の背に復讐の烙印を】
このクソッタレな戦いに終止符を打つのは?