どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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もう更新しちゃったゼ(ちょいドヤ顔



背中の温かさを感じて

黄金の翼を弾けさせ、数え切れない程の羽根を街に舞い散らせる。曇天のせいか、輝きはより一層際立っていた。

 

それと同時に大樹の体は光の速度で加速する。

 

 

「折紙ッ!!」

 

 

名前を叫ぶと同時に闇の核に触れる。神の力を使役した大樹の手は闇の核を削るように消滅させるが、

 

 

ギョロッ!!

 

ガシッ……ガシッ、ガシッ、ガシガシガシッ!!

 

 

全ての目玉が震えながらこちらを睨み付ける。無数の黒い手が一気に大樹の手や体に纏わりつく。

 

 

(消えない!? いや、違う!)

 

 

神の力で消えない手と目玉。力が効いていないわけではない。

 

闇がずっと生まれ続けているのだ。

 

消しても消しても、新たな闇が生まれて邪魔をする。そんな均衡状態が続いているのだ。

 

どれだけ手に力を入れても、何も捕まえることができない。たった一人の少女の手さえも。

 

折紙は、そこにいると分かっているのに。

 

 

「クソッ!!」

 

 

このまま無駄な時間を過ごしてしまうだけだと判断した大樹は一度下がる。隙を見た闇の核は急いで削られた部位を回復していた。

 

右手に【神刀姫】を展開して握り絞めるが、不用意に攻撃はできない。

 

 

「時間が……!」

 

 

いくら最強の大樹でも限界があった。体力は無尽蔵にあるわけがない。人は必ず疲れを見せるモノだ。

 

神の力を大規模に、長時間使う。どれほどの消耗があるのか、見当も付かない程膨大だ。

 

苦しい。キツイ。無理だ。そう思うのが普通だが、生憎、この男は普通じゃない。

 

 

「俺は……諦めねぇぞ」

 

 

汗を流しながらニヤリと笑う大樹。

 

一筋縄でいかないことくらいは予想出来ていた。たった一回の失敗で諦めることはない。

 

 

『ぎゃギャアアアアあああァァぁぁぁ!!!!』

 

 

「ッ!」

 

 

突如闇の核が叫んだ。産声を上げるかのように、パックリと巨大な口が開いたのだ。

 

そこから見えるのは、囚われた折紙の姿。

 

 

「折紙ッ!!」

 

 

しかし、大樹の声は届かない。

 

闇の核は徐々に肥大化する。無数の手をたくさん伸ばし、目の数を増やした。

 

災厄。悪魔と化け物と指を指されても文句が言えないくらい、醜い姿をしていた。

 

 

「……待ってろよ折紙」

 

 

刹那、肥大した闇の核に斬撃が叩きこまれた。

 

 

ズシャッ!!

 

 

『ぎゃギャアアアアあああァァぁぁぁ!?!?』

 

 

悲鳴を上げるように痛がる闇の核。強い衝撃にたまらず大樹の姿を捉え逃がさないようにする。

 

 

「すぐに助けてやるからな」

 

 

刀を敵に向けながら、大樹は飛翔した。

 

 

________________________

 

 

 

以前琴里は原田たちに【ラタトスク】は精霊と対話によって精霊を殺さず空間震を解決するために結成された組織と自己紹介した。

 

その組織がどこにいるのか? それは大樹が言っていた通り空にいるからだ。

 

 

―――空中戦艦【フラクシナス】

 

 

組織の拠点は天宮市上空一万五千メートルの位置に浮遊しているのだ。

 

黒い風に囚われていた原田たちを救出する―――顕現装置(リアライザ)を用いた転送装置は直線状に遮蔽(しゃへい)物が無ければ一瞬で物質を転送・回収できる凄い代物―――ことに成功できたのはこの【フラクシナス】のおかげだ。

 

優子と真由美は戦艦にある医療室に連れて行き、念のためにアリアや七罪たちも、医療室に案内している。

 

彼女たちを除いた原田と士道たちは艦橋の様な場所からモニターを見ていた。当然、映っているのは戦う大樹と悍ましい黒い核だ。

 

 

「これが精霊…!?」

 

 

戦慄する士道の震えた声が部屋に響く。それだけ衝撃を与える光景が映し出されていた。

 

五河 士道は様々な精霊を見て来た。しかし、このような精霊は見たことがない。

 

これは皆必ず、化け物と口を揃えるに違いない。それほど恐ろしい姿をしているのだ。

 

通常の映像では目視できない速度で飛翔する大樹を見て、

 

 

「シドー! はやく私たちも!」

 

 

腰まであとうかという夜色の髪をなびかせながら急かす夜刀神(やとがみ) 十香(とおか)。彼女もまた精霊で、士道が救った一人なのだ。

 

十香に続くように他の者達も声に出す。

 

 

「この颶風(ぐふう)御子(みこ)八舞(やまい)ならあの程度のそよ風、掻き消してくれよう!」

 

 

「同調。空の支配は夕弦(ゆづる)耶倶矢(かぐや)に任せてください」

 

 

橙色の髪に水銀色の瞳を持つ双子―――八舞 夕弦と八舞 耶倶矢が自信満々で宣言する。

 

 

「私とよしのんも……士道さんのお役に立ちたいです……」

 

 

『うんうん! よしのんも同じだよ!』

 

 

水色の髪と蒼玉の瞳の少女の名は四糸乃(よしの)。左手には眼帯をつけたコミカルなデザインのウサギのパペット———よしのんをはめた少女が小さい声で言う。

 

士道の言葉を待つ四人だが、士道よりも琴里が先に答える。

 

 

「やめなさい。危険よ」

 

 

一蹴だった。琴里はモニターを睨みながら説明する。

 

 

「今までの精霊とは比べものにならないくらい違うわ。霊力なんて、私たち全員を合わせても届かないくらいにね」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その説明に驚愕する士道たち。原田たちは説明が少し分からない点があったが、敵が強大で凶悪な存在だということぐらいは理解している。

 

琴里がチラリと隣に目配せすると、目の下に分厚い隈ができた女性———村雨(むらさめ) 令音(れいね)が説明を付け足す。

 

 

「それに妙な反応も出ている。迂闊(うかつ)な行動は控えた方が良い」

 

 

「妙な反応……だと?」

 

 

その言葉に食い付いたのは原田だった。令音は頷き説明を続ける。

 

 

「あの核は確かに霊力によって顕現している。だが同時に核の内部に今までになかった反応が見られた」

 

 

「それって反転とかじゃ……」

 

 

「反転?」

 

 

聞いたことの無い単語ばかりだが、気になるワードが士道の口から出て来た。原田が聞き返すと、再び令音が説明してくれる。

 

 

「こちらもあまり詳しい解析はできていないうえに、霊結晶(セフィラ)の反転と言っても理解できないだろう。分かりやすく言えば精霊以上の存在になること」

 

 

「精霊以上……」

 

 

「だけど今回その反応は見られない。見られる反応は———未知だ」

 

 

「……何も分からないってことか」

 

 

原田の確認に令音は頷く。一通り説明を終えた後、次に琴里が話し出す。

 

 

「これで分かったでしょ。あなたたちは大人しく見ていなさい。あの黒い風は最悪よ。触れただけ腐敗させるなんて、常軌を逸しているわ」

 

 

消滅した街。街の修繕に時間が掛かるが、元に戻る。しかし、命と言ったモノは、二度と戻ってこない。

 

元精霊だった女の子たちも悔しそうな表情をするが、行こうとする者は誰もいなかった。

 

沈黙が続く中、一人のクルーが声を荒げた。

 

 

「なッ!? 大変です司令! 膨大な霊力反応……この数値は!?」

 

 

「何事!」

 

 

異常を知らせるアラームがいくつも鳴り響く。次々とクルーが慌てる。

 

 

「内部に強大な霊力反応……!? これは一体……!?」

 

 

「測定限界値の突破を確認! 現象不明件数百……千……ぞ、増加が止まりません!」

 

 

警報が止まらない。何が起こっているのか理解できない一同だったが、

 

 

「おい……何だよ、アレ……」

 

 

原田がモニターを見ながら、戦慄した。

 

全員がそちらに目を移すと、呼吸が止まった。

 

肥大化していた黒い核の中から巨大な二本の腕が姿を見せた。悪魔のように鋭い指と爪。禍々しい色をした凶悪な手。

 

そこから、生まれていた。

 

 

 

 

 

―――悪魔が。いや、魔王が。

 

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおォォォォォォォォォ———!!!!』

 

 

バギンッ!!

 

 

次の瞬間、映像が消え、モニター画面にはスノーノイズだけが映される。

 

一瞬だけ見てしまった魔王の姿に、全員の顔が真っ青になっていた。

 

 

「何よ……アレ……!?」

 

 

琴里が震えながら声に出す。咥えていたアメは、粉々に砕けて落ちていた。

 

 

________________________

 

 

 

「ッ……えてぇおクソ……!」

 

 

戦闘を繰り広げていた大樹の両耳が()()()()()

 

血の流れも腐り止めてしまう程、耳は腐敗し切っていた。聴覚は完全に失い、言葉がしっかりと発せているのか分からない。

 

突如核から生まれた悪魔の様な姿をした敵の咆哮を聞いた瞬間、なんと耳が腐り始めたのだ。

 

痛みは一瞬だけ。痛覚すら鈍らせ顔の感覚がほとんど消えてしまった。

 

 

(何だよ……訳が分かんねぇよ……)

 

 

敵の姿をもう一度見る。

 

核から人の上半身の様なモノが生まれた悪魔に恐怖を隠し切れない。体中にギョロギョロと動く目玉が悍ましい。

 

頭部は口だけしかなく、何かを叫んでいる。聞こえないうえに、化け物に読唇術など使えない。

 

刀を強く握り絞め、斬撃を飛ばす。

 

 

(嫌な予感がする……ロクなことにならないうちに決着を―――)

 

 

ズシャッ!!

 

 

悪魔の体を引き裂き黒い風を吹き出させる。痛がるように悪魔は頭部を手で抑えて叫んだ。

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

その時、呼吸ができなくなった。

 

 

(何だこれは!? 何をやられた!?)

 

 

必死に息をしようとするが全く意味をなさない。ただ苦しい時間が続くだけ。

 

この不可解な現象を解明しようと考える。

 

 

(敵の黒い風は何だ……モノを腐らせる……壊疽(えそ)? いや、違う。それなら建築物の消滅の原因説明ができない……)

 

 

その時、一つの疑問が引っかかった。

 

 

(消滅……? まさか!?)

 

 

建築物は黒くなって腐敗したように()()()だけ。

 

数秒で謎の解明に成功するが最悪なモノだった。

 

 

(()()()()()()()()()のかよ……!?)

 

 

世界の理を無視した力。腐敗なんて可愛い言葉じゃないのだ。

 

胸を抑えながら痛みに耐えようとすると、

 

 

パキバキッ……

 

 

「ッ!?」

 

 

胸骨の骨が簡単に砕け散った。

 

そして驚くことはそこじゃない。自分の胸に触れて、気付いてしまったのだ。

 

 

―――体の中に、空洞があることに。

 

 

(まさか肺そのものがッ……!?)

 

 

それは毒ガスを吸うより最悪なモノだった。

 

 

―――肺を消滅させられた。

 

 

呼吸ができないのは、呼吸器官そのモノが消滅したからだった。あまりの衝撃に全身が震えた。

 

 

(【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!)

 

 

神の力を発動して体の傷を一瞬で元に戻す。腐り落ちた―――消滅した耳や肺などを全て回復する。

 

 

ドンッ!!

 

 

「かはッ……!!」

 

 

握った拳で自分の腹を思いっ切り叩き、消滅の原因となった空気を吐瀉物と一緒に吐き出す。吐き出した後は即座に息を止めた。

 

 

(どうやって空気の中に……!? 俺の力なら消せるはずじゃ……!?)

 

 

秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】をすり抜けて来た力に戦慄する。宙に舞った羽根はしっかりと闇の手をこれ以上伸びないように抑えている。つまりちゃんと神の力が発揮していることを物語っている。

 

……ならば原因はただ一つ。この感じたことの無い妙な感覚。その正体を掴むことができれば―――!

 

 

「それで……いつまで隠れているつもりだ?」

 

 

『それは罪。気付かず終わりを迎えることで(ゆる)されるのです』

 

 

大樹が悪魔の姿をした敵に声をかけると、斬撃で切り開いた傷口から黒い風が漏れ溢れ出し、人型のような形を作り出された。

 

二メートルある体格は禍々しい鎧に包まれ、長い赤髪から黒い角の様なモノが生えていた。

 

人間に近い顔をしているが、鼻と耳が長いことから人間じゃないことを語っている。

 

 

「赦しましょう。私の名はベリアル。ソロモン72(ななじゅうふた)(はしら)———序列68番の悪魔である」

 

 

「ソロモン72柱……!? 何でそんな大層な奴らが……!?」

 

 

敵の自己紹介に大樹は目を見開いて驚愕する。

 

魔術書物———グリモワール『レメゲトン』に記載された悪魔の書『ゴエティア』と呼ばれるモノがある。内容は至って簡単。ソロモン王が使役したという72の悪魔を呼び出して様々な願望をかなえる手順だ。つまり、この悪魔ベリアルは———!

 

 

「ガルペスが契約者……!」

 

 

「それは罰。契約者の正体があなたに当てれるわけが―――」

 

 

「二枚舌を使うのはやめろよ。もう推理はできている」

 

 

「……ほう」

 

 

赤い目を細めて大樹を見据える。大樹は続けて説明する。

 

 

「姫羅との戦いに原因を作ったクソッタレだよ。ヘンブリット・アインシュタインに憑りついた奴……アイツもお前と同じソロモン72柱だろ? アイツはちゃんとガルペスのことを言っていたぜ?」

 

 

「……それはそれは大罪。やはりあの悪魔は全て醜い。脳だけ抉り出して使えれば有能だろうに」

 

 

恐ろしいことを口にしながらベリアルは静かに怒りを露わにする。自信は少ししかないが、大樹はソイツの正体の名を口にする。

 

 

「序列27番……ロノウェ」

 

 

「ああ! それは罰だ! それは罪だ! 愚かなロノウェ! 契約者を信頼する君の美徳は実に悪だ!」

 

 

頭を抱えて叫ぶベリアルから黒い風が吹き荒れる。

 

 

「無価値! 無価値! 私と同じ反逆者だロノウェ……!」

 

 

知識が優れている悪魔という点だけでの簡単な予測だったが、どうやら当たりだったようだ。

 

 

「……悲観に暮れているところ悪いが」

 

 

ベリアルを無視し、刀を光らせながら大樹は睨み付ける。

 

 

「折紙を返せ」

 

 

「それは罪ですよ? ()()()を返す悪魔がどこにいるのです?」

 

 

「何だと……?」

 

 

「あなたの言葉には偽りの事実があります。それはガルペス様が契約者ではなく、鳶一 折紙が契約者様なのですから」

 

 

悪魔の微笑みを見せながら説明するベリアルに大樹は息を飲む。

 

 

「折紙が契約者……!?」

 

 

「契約内容は『大切な人と一緒に居たい』とのことでした」

 

 

大切な人が誰なのか。大樹にはすぐに分かってしまった。

 

だが自分のせいだと嘆く暇はない。

 

 

「ですが、私は大切な人の名を聞いていません。それは罰……いいえ、赦しです」

 

 

「テメェ……!」

 

 

「ですが契約は契約! 代償として楢原 大樹! あなたの命を貰います!!」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおォォォォォォォォォ———!!!!』

 

 

巨大な悪魔の咆哮は大樹の鼓膜を激しく震わせるが、突き破るまでには至らない。

 

 

「それは裁き! 精霊と悪魔の力を組み合わせた最強の大悪魔の(いかづち)を下す!」

 

 

対してベリアルは平気な顔で虚空から真っ赤な槍を出現させて握り絞める。

 

 

「それは死! 永久(とこしえ)に眠―――!」

 

 

「———黙れよ」

 

 

ザンッ!!!

 

 

ベリアルから雷が放たれると同時に、大樹の斬撃がベリアルの体に走った。

 

 

「———なッ!?」

 

 

一瞬の時間。大悪魔すら捉えることのできない速度。神を凌駕するその力にベリアルは絶句した。

 

 

「結局、簡単な話だ」

 

 

そのままベリアルの背後を取ったまま大樹は続ける。

 

 

「テメェが折紙を傷つけていることに、変わりはない。だったら———!」

 

 

シュンッ!!

 

 

黒い空に光が(またた)いた。

 

―――【一刀流式 風雷神の構え】

 

神の威光に見えるその正体は超音速で振るわれた大樹の斬撃。刹那の時間、何百何千何万に到達した斬撃は悪魔の体に隙間無く叩きこまれ、ベリアルの体を引き裂いた。

 

 

「———ぶっ潰すに決まってるだろがぁ!!」

 

 

―――【無限蒼乱(そうらん)

 

悪魔の巨体から弾け飛ぶ黒い風。痛みに泣き叫ぶ巨大な悪魔の体がボロボロと砂の城を崩すように崩壊し始めた。

 

だが、

 

 

「それは無価値」

 

 

「何ッ!?」

 

 

ベリアルの体だけが、無傷のままだった。笑みを見せるベリアルに大樹は驚きを隠せない。

 

攻撃が効かなかったことに疑問を持つが、今は距離を取ることを優先する。大樹は背中の翼を羽ばたかせ―――

 

 

「あなたはもう、悪なのですから!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ベリアルが叫んだ瞬間、大樹の背中にあった黄金の翼が黒くなり消滅する。飛行手段を失った大樹は地へと落ちて行く。

 

 

「それは罪! しかし、あなたは地獄の業火に抱かれることで赦される!」

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

ベリアルが握っていた槍から赤黒い炎が噴き出す。放出された炎は落ちる大樹へと喰らい付こうとしている。

 

 

「調子に乗ってんじゃ―――なッ!?」

 

 

体勢を変えながら刀を振るい炎を掻き消そうとする。だが握り絞めていた【神刀姫】の刃が無くなっていることに気付く。

 

 

(折れた!? いや、刀身が丸ごと無くなってやがる……! これじゃ刀の価値なんて———まさか!?)

 

 

『それは無価値』

 

 

ベリアルの言葉が頭を過ぎった瞬間、大樹は業火に包まれてしまった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

折紙の頭の中で、声が響いていた。

 

 

お前は何を求める。お前は何を得たい。お前は何がしたい。

 

 

分からない。何も分からない。

 

 

ゴチャゴチャになった記憶が歪なモノへと変わり混乱させている。どれが正しいのか、どれが間違っているのか。

 

 

分からない……いや、どうでもいいのだ。

 

 

(私は……私は……ただ……)

 

 

嗚呼(ああ)、思えばそれは簡単な望みだった。

 

 

私は『    』という人間と―――え?

 

 

(名前……名前……名前!?)

 

 

思い出せない。彼の名が……!

 

 

いくら脳裏に残っている記憶を、光景を、思い出を辿っても、名前が出て来ることはない。

 

 

『それは赦されることなのです。大切な人を望むことに罰はありません』

 

 

あの日、彼が消えた次の日にやって来た男がいた。

 

 

その男の隣にはベリアルと名乗る悪魔がいたのだ。

 

 

笑みを見せた悪魔が囁くのだ。大切な人と一緒に居たいか?と。

 

 

(う、あ……あぁ……!)

 

 

自業自得。その言葉が何度も私の心を引き裂いた。

 

 

私が傷つけたのだ。私を、大切な人を、周囲の人間を。

 

 

たった一度の誘惑に負けた自分のせいで。

 

 

(……違う……私は……)

 

 

折紙は思い出す。()()()()自分は愚かなことをしていた。

 

 

自分じゃない自分が、犯した罪。それは最悪最低な———両親殺し。

 

 

(あ、あ、あ、ああああああ、ああああああああ!!)

 

 

あの大火災を作り出したのは私だ。私だ。私だ!!

 

 

(でも、私はッ……)

 

 

零れない涙を流す。

 

 

些細な願い事を叶えて欲しかっただけ。

 

 

(ただ……!)

 

 

あの日、英雄の様に助けてくれる人と。

 

 

(一緒、にッ……!)

 

 

この世で一番、家族と同じくらい愛する人と―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居たかったッ……だけなのにッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『—————ォォォォォオオオオオオオオオ!!!』

 

 

「ッ!」

 

 

その時、叫び声が聞こえた。

 

顔を上げても何もない真っ暗な闇の世界があるだけ。

 

 

『———聞こえているか!? 折紙ッ!!!』

 

 

しかし、見えるのだ。彼女にはハッキリと。

 

 

「どうして……!」

 

 

自分の名前を叫びながら戦う彼の姿が。

 

 

名前も何もかも忘れてしまった自分の為に、彼は剣を握り、敵に立ち向かっていた。

 

 

真っ赤に染まった体で、痛々しく焼けた腕で、咆哮を上げながら彼は戦っている。

 

 

地に何度も落ちようとも、彼は折れた足で立ち上がるのだ。

 

 

『いいか! 俺だって……お前と一緒に居たいと思っているッ!!』

 

 

『それは罪! 私を無視するなど、大罪! 罰を与える!』

 

 

ベリアルの持つ槍から渦を巻くように炎が放たれる。その光景に折紙は息を飲む。

 

 

『だけど、巻き込みたくなかった!』

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

しかし、彼は新たに出した武器【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】の弾丸で相殺した。

 

 

『もう分かるだろ!? 俺とお前じゃ住む世界が違うことくらい!』

 

 

突きつけられた言葉に折紙は胸を抑える。唇を震わせ下を向いた。

 

 

『それは罰! 言い訳ですよ! 彼女の願いは———!』

 

 

『うるせぇ!! んなこと言われなくても分かってんだよ!!』

 

 

彼は叫ぶ。

 

 

『初めて会った時から俺のことが大好きなことくらい、俺が一番知ってんだ!!』

 

 

喉が張り裂けそうになっても、彼は折紙に向かって叫ぶのだ。

 

 

『だから、今度は俺が言う番だ!! いいか! 俺は、お前のことを―――!!』

 

 

折紙は顔を上げる。

 

 

絶望に飲まれていた闇に光が差す。

 

 

「……思い出した」

 

 

折紙は涙を流す。

 

 

「大樹……楢原 大樹ッ……大樹ッ……!」

 

 

胸に手を当てて、何度も名前を呼んで、自分に言い聞かせる。そして心が教えてくれるのだ。正解だと。

 

 

もう一人の私は、道を誤った。

 

 

もう一人の私もまた、道を誤った。

 

 

でも、一つだけ変わらないことがあった。

 

 

「大樹ッ……どんな時でも、あなたがッ……」

 

 

どんな世界でも、楢原 大樹という存在が私の心を動かしてくれたこと。

 

 

「私の傍にッ……居てくれたッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『———大好きだ馬鹿ヤロオオオオオオオオオォォォォォ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――折紙は、泣きながら最高の笑みを見せた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「くぅ……耳がぁ……!」

 

 

大樹の渾身の愛の叫びにベリアルの耳は痛みに襲われていた。鼓膜は破れていないが、下手をすれば意識を持ってかれていた。

 

喉を張り裂けてでも叫んだ大樹は口から血を流し笑っていた。その表情にベリアルは怒りを覚える。

 

 

「それは……大罪だ!!」

 

 

怒号するベリアルが槍を天に掲げた瞬間、崩れていた巨大な悪魔が再び蘇ろうとしていた。

 

黒い風が収束し、元の形へと―――バギッ!! バギバギッ!!

 

 

「……どういう……ことです……!?」

 

 

だが、ベリアルの考えとは全く違う現象が起きた。

 

何度も響く音。それは巨大な悪魔が消滅しようとしている音だった。

 

収束した黒い風は塊へと形を変えて、ヒビを作って壊れる。

 

 

「それは……それは……それは……何なのですか!?」

 

 

……そこにはもう、黒い悪魔などいない。

 

宙に浮かぶのは黒いウェディングドレスのような服を身に纏った一人の少女だけ。

 

そう、鳶一 折紙だけ。

 

 

「……ありがとよ、折紙」

 

 

大樹は()()()()()お礼を言った。

 

 

「この反逆者がぁ!! 悪魔との契約を潰しておいて、生きて帰れるとでも!?」

 

 

激昂したベリアルは折紙の元へと黒い翼を広げて飛んで行く。槍を構えて腕を引き絞り、折紙の体を貫こうとする。

 

しかし、そんな行為を許すわけがない。

 

ベリアルより激怒しているのは、大樹なのだから。

 

 

「俺の大切な人に手を出すとは、良い度胸してんじゃねぇか」

 

 

「なッ!? その体は!?」

 

 

ベリアルの進行方向を塞ぐように飛翔してきたのは無傷の大樹だった。黄金の翼を羽ばたかせ、刀身の無い刀を構えていた。

 

回復した大樹を見てベリアルは一瞬焦るが、すぐに状況を飲みこむ。

 

 

(それは赦し! 何も回復した所で意味はない!)

 

 

ベリアルは力を解き放つ。

 

 

「漆黒の風に飲まれ喰われ、死の導きを!!」

 

 

今まで吹き荒れていた黒い風とは比べ物にならないくらい闇の風がベリアルの体から流れ出す。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】!!」

 

 

対して大樹は黄金の羽根を前方に撒き散らし、大樹とベリアルの間に道を作った。

 

そこを駆け抜けるように大樹は飛翔して距離を詰める。

 

 

(それも赦し! かかった!!)

 

 

その行動にベリアルは勝利を確信した。下衆な笑みを見せながら槍を構える。

 

 

「うおおおおおォォォォォ!!!」

 

 

叫びながら大樹は血に染まった左腕を振るう。ベリアルの顔面にめがけて。

 

 

「それは無価値」

 

 

ゴギッ!!

 

 

ベリアルの顔に手が当たった瞬間、大樹の腕が砕け散った。

 

黒く変色し消滅する現象。何度も見て来た現象だった。

 

その現象が起きた原因。それはベリアルが大樹の拳を受け止めた手に触れたこと。

 

 

「それは裁き! 私の力は物質を『無価値』にすることができる! 今まであなたは何を見て来たのですか!?」

 

 

苦悶の表情でベリアルを睨み付ける大樹。ベリアルは調子に乗って説明を続ける。

 

 

「本来ならこの黒い風に触れさせて無価値にするのですが……あなたには私の力を無効化する厄介な力が備わっていた」

 

 

だからっとベリアルは続ける。

 

 

「私は、あなたの力を無価値にしていた!」

 

 

「ッ……そういうことか」

 

 

「それは罪! 気付くのが遅い! 私の黒い風を無効化するのは良い判断ですが、生憎、私の体は触れるだけで物質を無価値にすることができるのですから……!」

 

 

肺の消滅と刀がベリアルの体に効かなかった理由が判明する。黒い風を吸った肺と攻撃した刀が無価値になったということだ。

 

痛みに堪えていた大樹は無価値になった自分の腕を見て驚愕する。

 

細くなった白い手。それは骨だったからだ。

 

 

「あなたが私の無価値を無効化すれば勝負は敗けていたでしょう。ですが、後出しジャンケンで負ける人はいませんよね?」

 

 

つまりベリアルは大樹が神の力を使うのを待っていた。その力を無価値にすれば、大樹は神の力を振るうことができないのだから。

 

誘い出された罠に、無様に掛かってしまった大樹は何も喋らない。

 

 

「それは罰。あなたの体は無価値になり、死を迎えるのです……!」

 

 

「……………」

 

 

空中で静止した状態が続く。ニヤリッと笑みを浮かべていたベリアルは、

 

 

「……………え?」

 

 

突如、顔を真っ青にした。

 

無価値になった大樹の腕を見て驚愕し震えているのだ。

 

 

「な、何故無価値にならない!?」

 

 

ベリアルは叫ぶ。

 

 

 

 

 

「何故大樹(お前)は無価値にならない!?」

 

 

 

 

 

今度は、大樹が笑みを見せる番だった。

 

ベリアルは大樹の腕を無価値にしたわけじゃない。大樹を無価値にしていたのだ。

 

腕から無価値になるのは理解できる。しかし、腕が繋がった大樹自身が無価値にならないことは理解不可能。

 

 

「自分で言ったじゃねぇか触れたモノを無価値にするってよ」

 

 

大樹が無価値になった腕を引いた瞬間、その光景にベリアルは戦慄した。

 

 

「腕を……切り落とした……!?」

 

 

 

 

 

―――大樹の腕は繋がっていなかった。

 

 

 

 

 

骨となった腕が下に向かって落ちる。そんな展開を誰が予測していただろうか。

 

肉を切らせて骨を断つ。無価値になるのを避ける為にわざわざ自分の腕を斬るなど、正気では無い。

 

 

「お前は俺に触れていない。触れたのは()()()だけだ」

 

 

「そ、それは罪……いや罰……? わ、分からない……何でそんな愚かな……馬鹿みたいなことが……!?」

 

 

「イカれていると思うなら思えばいい。でも、俺が一番イカれていると思うことは……」

 

 

反対の手には刀身が無い刀が握られている。その失った刀身から光を放っているように見えた。

 

 

「大切な人を守り切れないことだぁ!!!」

 

 

「ひ、ひぁあ!? そ、それは無価値!!」

 

 

ベリアルが急いで力を解放する。刀が完全に無価値となり、消滅する。

 

武器が無価値になったことに大樹は動きを止める。それを見たベリアルは引き攣った笑みを浮かべる。

 

 

「は、ハハハッ!! それは罪! 早まりまし―――がぁ!?」

 

 

ガシッ!!

 

 

言ってる途中に関わらず、大樹はベリアルの顔を思いっきり掴んだ。そして気付くのだ。

 

大樹が放つ光が、消えていないことに。

 

 

「そういや言ったよなお前? 後出しジャンケンで負ける人はいませんってよ?」

 

 

「……ま、まさかッ!? や、やめ―――!?」

 

 

大樹の言葉にベリアルの表情は真っ青になる。ベリアルの体は触れるだけで無価値になる。

 

 

ならば、その無価値の源を俺の力で無効化すればいいだけの話なのだ。

 

 

相手の無価値より早く無効化すればいい。

 

 

(ああ、そうだよ。お前の言う通り、後出しジャンケンで負けねぇよ!!)

 

 

大樹は渾身の力を込めて神の力を解き放つ。

 

 

バギンッ!!

 

 

ガラスが割れるような音と共に、ベリアルの力が無効化された。これで、攻撃がベリアルに通る!

 

 

「これでトドメだぁ!! クソ悪魔ああああああァァァ!!!」

 

 

「ば、馬鹿な……!? そんな……馬鹿なことがぁ……!!」

 

 

力を完全に消されたベリアル。槍も一緒に消え、大樹は上に向かってベリアルを投げる。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

「……ああ、それは……それは……赦されていない……」

 

 

神の力を宿った光の拳が、放たれた。

 

ベリアルが最後に呟いているが、もう自分の敗北は悟っていた。

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

大樹が出せる力を全てこの一撃に乗せた。

 

一撃は流星の如く、黄金の光を瞬かせながら解き放たれた。

 

ベリアルの体は雲を突き抜け、そのまま消滅した。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……んっ」

 

 

折紙は自分の体が温かいことに気付く。大樹の言葉を聞いた瞬間、あれから自分は気を失ってしまったようだ。

 

足音が聞こえる。ユラユラと揺られて目を開ける。

 

 

「……あッ」

 

 

そして自分は誰かに背負われていることが分かった。

 

空間震でもあったかのような酷く荒れた地をゆっくりと歩き、進んでいた。

 

 

「おッ? 気が付いたか?」

 

 

もう分かっていたが、折紙を背負っている男の声が聞こえた。

 

 

「大樹……」

 

 

「はいはい、あなたの心の癒しの大樹ですよー」

 

 

額から流れた血を気にせずヘラヘラとした態度で余裕を見せる。アレだけ全身が真っ赤に染まっていたにも関わらず、上半身の傷はどこにも―――あれ?

 

折紙は大樹が上の服を着用していないことに気付く。

 

 

「変態じゃないぞ。王道のアレだからな。お前に服を着せたから俺は上半身裸になった。オーケーですか?」

 

 

「?」

 

 

大樹が何を焦っているのか分からない折紙。しかし、自分の服装を見て驚愕した。

 

 

「……………ッ!?」

 

 

Tシャツ一枚しか着ていない。ズボンも下着も何もないことに折紙は顔を赤くした。

 

 

「えっと俺の言い分を聞いてくれよ? まず俺がお前の精霊の力を抑え込んだ結果、裸になった。ここまで大丈夫な?」

 

 

一体どこの何が大丈夫なのか分からないが、とりあえず頷く折紙。

 

 

「俺の力なら服を作ることもできた。でも疲れているからできない。でも裸で放置できない。俺の服をギブする。そしてここに辿り着く。アンダァスタァンド?」

 

 

一連の流れだけは理解できた折紙。大樹に悪気が無いことぐらいは知っている。

 

折紙は強く大樹を後ろから抱き締める。すると大樹の心臓の音が自分にも分かるようになった。……………鼓動が早い。

 

 

(ば、バレてないか? そのTシャツ……見えないから大丈夫だよな?)

 

 

知っての通り、大樹のTシャツは普通じゃない。今回は『一般人』でも『アイラブ嫁』でもない。

 

―――『俺の嫁に手を出すな!』と書かれているのだ。どこかの青い鳥と一緒にするなよ? 獲物じゃない、嫁だ。

 

 

(もちろん、アリアたちが居る時に着る服であって……何だよ。ちょっとSになってもいいじゃねぇか! 文句あんか!?)

 

 

……おんぶしているこの状況では、折紙=嫁となってしまっている。誰も見ていませんように!

 

 

「私は……」

 

 

「ん?」

 

 

「本当の、私は……どっちか……」

 

 

「……ああ、なるほど」

 

 

折紙の呟きで理解した大樹は続ける。

 

 

「つまりお前は『パパ大好き!』なファザコン折紙か、『お兄ちゃん大好き!』なブラコン折紙か、それとも『大樹……大好き……!』なヤンデレ折紙―――」

 

 

ズビシッ!!

 

 

折紙は大樹の頭にチョップした。

 

 

「普通に痛ぇよ……」

 

 

「……真面目に」

 

 

「はぁ……へいへい」

 

 

ジト目で睨まれた大樹は溜め息をつきながら答える。

 

 

「どっちでも変わらねぇよ。お前はお前。違う誰かにはなれない。折紙は、折紙にしかなれない」

 

 

「……どういう意味?」

 

 

「鈍いなぁ」

 

 

「……それはこちらのセリフ」

 

 

「おっと、心当たりがめっちゃあるからグサッと来たぜ。つまり何が言いたいかと言うと———」

 

 

大樹は笑顔を見せながら答える。

 

 

「どんなお前でも、俺が大好きなのは変わらねぇよ」

 

 

「ッ……!」

 

 

「むしろ全部行くか? 全てを兼ね備えた究極の属性、ファザブラヤンツンデレコンとか」

 

 

「……うん」

 

 

折紙は頷く。

 

 

「え? マジ? マジで言ってるンゴ? ちょっと心の準備が……って……」

 

 

涙をポロポロと零しながら、頷くのだ。

 

 

「うんッ……!」

 

 

そして折紙は―――大樹に泣きながら笑みを見せた。

 

不覚にも大樹は歩くのをやめてまで見入ってしまった。今まで折紙の笑みを何度も見て来たが、その中でも一番心の底から笑っているのが分かった。

 

 

「私も……大好きなのは変わらないッ……!」

 

 

「……おう」

 

 

大樹は再び前を向き、歩き始める。

 

ギュッと抱き締められる感覚を確かめながら、皆の元へと帰る。

 

二人の出会いを祝福するかのように、空には雲一つ無い綺麗な青空が広がっていた。

 

最後に大樹は思う。空を見上げて―――

 

 

 

 

 

(……帰ったら嫁にぶっ殺されるなコレ)

 

 

 

 

 

―――悲しい涙を流した。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……死にそう」

 

 

例の如く、【神の加護(ディバイン・プロテクション)】の反動が来た。大樹はたまらずその場で倒れ痛みに堪えていた。

 

心配そうに見守る折紙。ちょっと? あのまま綺麗に終われないの? 最後、俺が泣いて終わったけど。まだ続くの? この物語?

 

 

「大丈夫?」

 

 

「何とか」

 

 

膝枕をされながら贅沢に休憩する。頭をすっごい撫でられるがそこは赦そう。やべぇアイツの口調が移ってる。最悪だ。

 

 

「結局、その感じでいくのか?」

 

 

俺の質問に頷く折紙。理由が俺が本当に最初に出会った時———俺がこの世界に初めて来てお父さん呼ばわりされた時と同じが良いということだそうだ。

 

 

「えっと」

 

 

「なに」

 

 

ぐぐぐッと折紙は大樹の手を握っていた。大樹は必死に抵抗している。

 

 

「この手は何かなぁ……って……!」

 

 

「この世界には私と大樹しかいない。つまり、アダムとイヴ」

 

 

「そこは平常運転かよ!?」

 

 

折紙が大樹の手を引き寄せる場所はもちろん胸。大樹は断固拒否していた。

 

 

「……見る方がいい?」

 

 

「服をめくるな!!」

 

 

一枚しか着ていないことをいいことに服をめくろうとする折紙。大樹は両手で顔を隠した。

 

 

「頼む……落ち着け……まだ焦る時期じゃない」

 

 

「それは違う。もう大樹には悪い虫が付いている」

 

 

「おい!? 俺の愛する嫁を悪い虫呼ばわりするなよ!?」

 

 

ピクッと折紙の眉が動く。少し不機嫌そうな顔で大樹の顔をガシッと両手で掴んだ。

 

 

「急いで既成事実を作らなければ……」

 

 

「いやあああああ! 薄い本みたいに襲われてるぅ!!」

 

 

ギャーギャーと騒ぐ二人だが、その時大樹の表情が険しくなる。

 

 

「———誰だ!?」

 

 

即座に刀を握り絞めて睨み付ける。無価値にされた【神刀姫】は確かに消滅した。しかし、ギフトカードにはとりあえず百を超える数がストックされている為、一本無くそうが意味はない。無くなれば増やせばいいだけの話である。

 

折紙が大樹の睨む方を見ると、息を飲んだ。

 

 

『敵対する意志はない。武器を下げてくれないか?』

 

 

ノイズと言えばいいのだろうか。年齢も性別も背丈も分からない『何か』がそこに居た。

 

まるで映像にモザイクをかけたかのような存在。異常な存在に、折紙は驚いたわけじゃない。

 

折紙は、この『何か』を知っていたのだ。

 

 

「【ファントム】……!?」

 

 

折紙が知っていることに大樹は驚くが、何も聞かず【ファントム】と呼ばれた存在に声をかける。

 

 

「何者だって聞いてんだよ」

 

 

コイツに全部聞けばいいのだから。

 

 

『……彼女を精霊にしたのは私だよ』

 

 

「よし大体分かった。今から二、三発殴る。一発は美琴を精霊にしたこと、二発目は折紙。三発目は何となくだ」

 

 

『ず、随分と理不尽なことを言うんだね……』

 

 

「うるせぇ四発目も追加するぞ」

 

 

手をゴキゴキと鳴らしながら凶悪な笑みを見せる大樹。さすがの【ファントム】も引いていた。

 

しかし、大樹の言葉に引っかかることがあった【ファントム】は不思議そうに言う。

 

 

『でも美琴って……誰のことかな?』

 

 

「……は?」

 

 

大樹の歩く足が止まる。

 

 

『そんな子、精霊にした覚えがないけど』

 

 

「……それは、本当か?」

 

 

『必要のない嘘は言わないよ』

 

 

大樹の確認に【ファントム】は答える。

 

しばらく考えた後、大樹は刀を消した。

 

 

「敵対する意志はないんだろ」

 

 

『ありがとう。じゃあ聞いてもいい?』

 

 

「スリーサイズを?」

 

 

『どうやって、彼女の精霊の力を消したのか』

 

 

「スルーかよ。簡単な話だ」

 

 

大樹は折紙の首からぶら下げたペンダントを指差す。

 

 

「いつの間に……」

 

 

「あのペンダントは精霊の力を抑えれる羽根(モノ)が入ってる。調整にかなり力を使ったが、問題無さそうだろ?」

 

 

「……指輪の方が良かった」

 

 

「……………」

 

 

折紙の言葉を聞こえないフリをする大樹。【ファントム】は折紙に近づこうとするが、やめる。

 

 

『確かに凄い力だ。不用意に近づけないね』

 

 

「折紙! 【ファントム】に『たいあたり』だ!!」

 

 

『ちょッ!?』

 

 

ダッ!!

 

 

運動神経抜群の折紙が素早い動きで【ファントム】に近づく。驚愕する【ファントム】は必死に距離を取り、最後は空へと逃げた。

 

 

「「チッ」」

 

 

『君たちは良いコンビになるよ……』

 

 

呆れられながら褒められた。

 

 

『でも不便そうだね。良かったら力を消してあげてもいいけど?』

 

 

【ファントム】の提案に大樹は眉を(ひそ)める。折紙の方をチラリと盗み見ると、

 

 

「必要ない」

 

 

「えッ……いや………………そうだ! 必要ない!」

 

 

『完全に彼、返す流れかと思っていたみたいだよ』

 

 

うるせぇ!!!

 

 

「この力は、私の罪のようなモノ。私はこの力を背負い続ける……」

 

 

『辛くは?』

 

 

折紙は首を横に振り、答える。

 

 

「大樹が、一緒に居てくれるから」

 

 

「……別に無くても居るっつーの」

 

 

拗ねるように言う大樹に、折紙は微笑みながら腕に抱き付く。その光景を見ていた【ファントム】は大樹に近づいた。

 

 

「お? 当たりに来たのか?」

 

 

『違うよ。君は、本当に澄んだ目をしている』

 

 

「嘘はやめろよ。小さい子から目が濁ってるって言われたことがあるんだぞ」

 

 

『確かに濁っているよ』

 

 

「おい」

 

 

『だけど分かる。君はいつも誰かの為に動ける人間だと。自分を犠牲にしてまで、人を救う。でも同時に自分も大事にしようとしている。凄いね』

 

 

漠然とした言葉に、逆に何と返せばいいのか分からない。自分を大切にしている点はアレだよ。自分の腕を斬ったけど勝利を確信して生きる自信があったからやったんだよ? 普通はしないからね?

 

俺は頭を掻きながら答える。

 

 

「まぁ何だ……ありがとう?」

 

 

『……本当に、面白いね君は』

 

 

よく言われます(白目)

 

その時、ノイズの一部が俺の体に触れたような気がした。何が起こったか分からないまま、ノイズの一部が折紙の元まで伸び、ペンダントを弾き飛ばした。

 

 

「なッ!?」

 

 

抑えていた精霊の力が暴走する。焦った大樹はすぐに神の力を解放しようとするが、

 

 

「———はい?」

 

 

折紙は何も変わらない。精霊の力が暴走しなかったのだ。

 

これには折紙も驚いている。驚く二人がおかしかったのか、【ファントム】の笑い声が聞こえる。

 

 

『残念だったね』

 

 

「あの野郎マジで一発殴ろうか……それで、奪ったのか?」

 

 

『勘違いしないで欲しい。彼女には錠を掛けただけ』

 

 

「ジョー? 明日の?」

 

 

『鍵の方だよ。もちろん鍵は君に預けた』

 

 

【ファントム】の言葉と先程の行動。納得した大樹は難しい顔をする。

 

 

「できることならその鍵は折ってくれると嬉しいが?」

 

 

『それは彼女が望まない。だから君に託す』

 

 

次の瞬間、フッとノイズが姿を消した。大樹と折紙は辺りを見回して探すが、見つからない。

 

 

『———また会おうね』

 

 

最後にそう言い残し、【ファントム】は消えて行った。

 

 

________________________

 

 

 

「いよいよソロモン72柱を使って来たか……」

 

 

大樹たちから遥か遠くから見ていた男が呟いた。その距離は肉眼どころか機械を使っても目視できない距離だ。

 

 

「……これからガルペスがどう出るか……だが、やることは変わらない」

 

 

男が小さく手を挙げると、背後に白い衣を身に纏った双葉(ふたば)———リュナが姿を見せる。

 

 

「最後の時は近い。どうせガルペスは何も言わないだろう。先回りしていろ」

 

 

「はい」

 

 

無表情で返事をしたリュナに、男は誰にも分からないように下唇を噛んだ。

 

 

「ああ、俺が殺してやるよ……こんな汚い世界」

 

 




というわけでヒロインは折紙でした拍手!

……はい、緊急記者会見を始めます。ヒロインの決定および決定理由を書きます。興味のない方はブラウザバックしても構いません。毎度こう言っていますが、皆さん優しいので見るのですよね? ありがとうございます。

まずこのヒロイン決定には冗談抜きで年単位かかりました。ホントこの作品の女の子は全員好きです。

では決定の経緯を説明します。まずヒロイン候補として三人上がりました。

鳶一 折紙、時崎 狂三、そして登場していない誘宵 美九です。

最初に狂三。謎が多い少女ですが、仕草や猫好きがグッと来る可愛い子です。何故ヒロインに選ばれなかったと言いますと、


謎が多過ぎるッ。


とにかく謎が多い。そこが良いのですが、物語の進行で支障が出てしまう可能性があった為に選ぶことはできませんでした。

次に美九。実は当初ヒロインは美九でやろうとほぼ決まっていました。物語が作りやすくキャラが素晴らしい。あと可愛い。

では何故選ばれなかったのか。


伏線回収するのに膨大な話数になることに気付いたからです。


美九編&七罪編&折紙編をやってからのさらに話があってと長い長い。とても長くなることに気付いたからです。

大樹が過去に行くのは絶対的に決定していたので、これは駄目だ。妥協しようとした時、私は思いました。


もう自分の好きなように物語作ってやろ……っと。


はい、つまり折紙推しです私は。決定理由がこんな感じになりました。

逆に他のヒロインでは駄目なのか? 理由はちゃんとあります。

まず十香。彼女もまた美九と同じくらい候補でしたが、


ヒロイン奪ったら、このデート・ア・ライブ始まらなくね?


物語の起点。つまり士道君どうすればいいやとなりましたので選ばれませんでした。


次に四糸乃ですが、これはすぐに選べないと思いました。


中の人が被ってる上に、もうロリ枠(ティナ)が埋まってる。


……次に琴里ですがこれも……すぐに選べないと思いました。


アリアとすっっっげぇ被ってる。はい。


次に八舞姉妹、耶倶矢と夕弦ですが、双子という素晴らしい設定な上にこれまた素晴らしく可愛い女の子たちでした。ただ、


キャラ濃すぎて手に負えねぇ……!


かなりの中二病患者と話し出しの頭にその趣旨を二文字の単語。続けれる自信が無かったです。特に後者。語彙力の無い作者には拷問に等しい。

次に最近登場した二亜と六喰ですが、彼女たちを知らない人が多いと思い選ぶことができませんでした。

以上でヒロインの決定理由説明を終わります。


最後に原田のヒロインが七罪という流れがありましたが、正直に言います。

当初予定していた本当のヒロインは、この物語では出すことができないと判断して、妥協しました!


原田&七罪「!?」

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