どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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夏休みが終わるorz


恋敵登場!? 許されない選択

———原田 亮良は女の子と一緒に街を歩いていた。

 

 

服装はいつもとは違い、防御力がゼロのオシャレな服。羽織った茶色のトレンチコートは、寒さを軽減してくれる。

 

原田の隣には(しと)やかな令嬢とも呼べるような美少女。その正体はなんと七罪。辺りを警戒して目を鋭くさせている点を除けば美少女と完璧に言えたのだが。

 

 

「「……………」」

 

 

二人の間に会話はない。

 

無理矢理大樹が作ったデート。それは七罪が自分を卑下することをやめさせること———自信を付けさせる特訓のようなモノであった。

 

もちろん原田は「お前がやれよ!」と大樹に言った。しかし、大樹は真顔で「俺が死んでもいいならやるけど」と周りを見ながら言われた瞬間、反論の余地をなくした。それはズルい。

 

そんな卑怯な手を使った男はというと、

 

 

「クックックッ、散々俺を馬鹿にしてきたんだ。ちゃんとカッコイイデートしてくれるんだよなぁ……クックックッ」

 

 

「大樹君、今まで見て来たけど、一番悪い顔してるわよ」

 

 

……物陰から悪い笑みを浮かべながら女の子と一緒に原田たちを見ていた。優子にツッコまれても悪い顔はやめる気はないようだ。

 

正直、今すぐ殴りに行きたいが、七罪とデート中である。ここでマイナスするようなことはしたくない。自分勝手な行動は、七罪を勘違いさせて自信を失わせてしまう。それは避けなければデートの意味が無い。

 

 

「ど、どこに行こうか?」

 

 

「……ど」

 

 

「ど?」

 

 

「どこでも、ええわよ……」

 

 

大丈夫かお前。原田は挙動不審の七罪を見て戦慄した。額や背中からドッと汗が噴き出る。

 

七罪の様子がおかしい。もうおかしい。デートが始まって3分経ってないのに、これはアカン。

 

こういう時、大樹はどうする? 非常に言いたくないが、大樹は女の子の扱いにはとても慣れている。それがあの結果だ。……………いや慣れているのか? アレ? 思い返せば———うん、もう触れないでおこう。

 

 

「ったく、仕方ないなぁ。手本を見せてやるか」

 

 

(助け船! さすが大樹! お前はやる時はやる男なんだな!)

 

 

その時視界の隅で大樹が立ち上がるのを見た原田は喜ぶ。参考にする気満々であった。

 

 

「優子。ちょっとアイツらの目の前でデートするぞ」

 

 

「ちょッ!? えぇ!?」

 

 

突然の無茶振りに優子は顔を赤くしながら戸惑う。一瞬修羅場が展開するかと思ったが、

 

 

「もちろん、ローテーションするのよね?」

 

 

「当たり前だろ真由美。全員俺の愛する嫁なんだからよ」

 

 

(……やっぱどっか行ってくんねぇかな?)

 

 

見せつけるならどこか違う場所でやって欲しいものだ。

 

ポケットに入れたナイフでも投げようか考えていると、大樹と優子が手を繋いで原田と七罪の前に出て来た。

 

 

「時間は良い感じにおやつの時間だな。ちょっと小腹も空いたし、あの喫茶店に行かないか?」

 

 

「そ、そうね。いいと思うわよ?」

 

 

「よっし! 俺の大好きなケーキもあるみたいだし、楽しみだ。早く行こうぜ!」

 

 

完璧にこなせている所が余計にムカつく。本当に仲の良いカップルに見えているな。実際、仲が良いレベルを遥かに超えているが。

 

 

(しかし参考になった。俺もお腹が空いたし、アイツが好きな食べ物を選んだ理由は分からないが、真似をすれば何とかなるか!)

 

 

大樹の意図に気付かない原田はニッコリと笑顔で告げる。

 

 

「よし、ラーメン食いに行こうぜ!!」

 

 

そして———めっちゃ周りから石投げられた。

 

 

アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。普通に投げたよ女の子たち。大樹の投げた石は特にヤバかった。さすがに音速の石はナイフを使って跳ね返した。

 

 

「初デートにラーメンはアカン! センス無さすぎ! 帰れクソ坊主!」

 

 

大樹にボロクソ言われた。そろそろ殴ってもいいよね?

 

 

「じゃあ———俺たちも喫茶店に行く?」

 

 

「何で不満げな顔で言ってんのよ……私に聞かれても……」

 

 

全く噛み合わない二人に大樹達は不安になる。

 

 

「でも」

 

 

その時、七罪が少し踏み込んだ。

 

 

「ラーメンで、いいと思うわよ……」

 

 

急展開に大樹達は何を思ったのか、すぐに身を隠した。クッ、七罪に夢中で大樹がどこに隠れたのか見えなかった。

 

仕方ない。今は放って置こう。

 

 

「さ、サンキュー。じゃあ、あそこのラーメン屋に入るか」

 

 

原田が指さした方の店へと二人は並んで歩く。店内から人の声が聞こえないので、空いているようだ。人間不信の七罪には都合の良い。

 

原田は店内の扉を開けて中に入った。

 

 

「へい! へいへいへい! らっしゃい!!」

 

 

———ハチマキを頭に巻いた大樹が出迎えた。

 

 

「んんッ!?」

 

 

「二名様ご来店!」

 

 

「YES! ご案内いたします!」

 

 

今度は黒ウサギが登場。というか裏方に人の気配が多数。全員グルかちくしょう。

 

 

「……やたら声が大きいわねあの店主」

 

 

「は?」

 

 

「え?」

 

 

「……気付かないのか?」

 

 

「何に?」

 

 

絶句。大樹たちも絶句していた。このハチマキとチョビ髭を付けただけの変装に気付かないなんて。黒ウサギに関しては場違いなコック帽子で耳を隠しているだけだ。気付かない方がおかしい。

 

七罪の発言に戸惑っていたが、黒ウサギはすぐに切り替える。

 

 

「ちゅ、注文をどうぞ!」

 

 

「ゴリ押す気かお前……その前に聞きたいことがある……どうやったこの状況」

 

 

小声で注文を取りに来た黒ウサギに尋ねると、

 

 

「……………今日のオススメは———!」

 

 

「おいマジで何したお前ら」

 

 

これは犯罪の匂いがする。危険を感じた原田はトイレに行くフリをして、裏方を覗き見た。そして、ちょうど大樹とアリアが話しているのを確認する。

 

 

「おじいさんは?」

 

 

「安心しろ。優子とティナ、そして折紙がトランプをして足止めしている。おじいさんは可愛い女の子と遊べて嬉しそうだ」

 

 

何やってんだよここの店主。

 

 

「……あのおじいさん、大丈夫かしら」

 

 

「その点も安心しろ。優子が魔法を張っているからおじいさんがお前たちの体に触れることは絶対にないからな」

 

 

何やってんだよお前ら。

 

見てはいけないモノを見てしまった。原田は暗い表情で席に戻る。

 

 

「ど、どうしたのよ……」

 

 

「いや、何でもない……ホント、人生ってクソだよな」

 

 

「どうしたのよ!?」

 

 

怖くなった。これから大樹が何をしでかしてしまうのか。原田は怖くて仕方がなかった。

 

この店を乗っ取るほど、大きな計画で、とんでもないことをするに違いない。

 

 

(……俺たちって、何でここに来たっけ?)

 

 

当初の目的が迷子だった。

 

原田の目は絶望に染まり切ってしまっていた。その目を見てしまった七罪は顔色を悪くした。

 

 

「や、やっぱり私なんかと一緒じゃ、つまらない———」

 

 

「マイナスハリセンポイント! レベル1!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如七罪の頭部に衝撃が走った。痛くはないが、驚きで椅子から転げ落ちてしまう。

 

 

「な、何今の!? 何か叩かれた!?」

 

 

「ああ、今のは『マイナスハリセンアタック』だ。お前がネガティブ発言をするとハリセンが飛んで来るシステムだ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

ちなみに今のハリセンは大樹が投げたモノだ。裏方からブーメランの如く、鋭く、強く投げることでハリセンを目視できないようにした。さらに大樹は七罪の頭部に当たる直前を計算し、投げられたブーメランは一瞬の失速と威力を格段に下げて当てることに成功。あとは流れるように跳ね返ったハリセンをキャッチして、何事も無かったかのように厨房に立った。無駄な技術である。

 

 

「よく分からないが、レベルが上がるごとにハリセンのヤバさが上がるらしいぞ」

 

 

「ヤバさって何!? お願い! もうやめさせて!」

 

 

涙目で懇願されても困る。それができたら最初からやめさせているのだから。

 

 

「それで、注文はどうした?」

 

 

「うっ……何も頼んでないわよ……アンタの好みなんて分かんないから」

 

 

「あー、すまん。じゃあ、頼むか。すいませーん!」

 

 

「YES! ご注文をどうぞ!」

 

 

「俺は普通のラーメンで。七罪は?」

 

 

「私もそれでいいわよ」

 

 

「じゃあラーメン二つで」

 

 

「はい! かしこまりました! 終焉の王麺(ラスト・エンペラー・オブ・カオス・メン)二つお願いします!」

 

 

「ちょっと待てそこの兎!?」

 

 

とても危なげな注文をした駄目兎。当然原田と七罪は立ち上がって止める。しかし、悪魔(奴ら)は止まらない。

 

 

「おっしゃあ! 作るぞお前ら!」

 

 

「「任せなさい!」」

 

 

もう……手遅れのようだ。

 

カウンターにアリア、真由美、大樹と料理に関して最悪なメンバーが並んだ。

 

 

「麺入れるわよ!」

 

 

アリアが器に入れた麺、それはそれは伸びきったネチャネチャの麺だった。

 

 

「スープ入れたわよ!」

 

 

真由美が器に注いだスープ、それはそれは闇のようなドス黒い色のスープだった。

 

 

「神の一手入りまーす」

 

 

大樹がトッピングをすると、それはそれは綺麗なラーメンに仕上がった。

 

 

「「「完成!!!」」」

 

 

「YES! お待たせいたしました!」

 

 

「食えるかああああああああァァァ!!!」

 

 

料理の行程が明らかに食べてはいけないラーメンであった。

 

 

「ツッコミ所が多過ぎるわ! 麺はお湯に浸し過ぎてネチョネチョになってんだろ! スープの色絶対おかしいだろ!? そして何でお前のトッピングでラーメンがあんな風になるんだよ!?」

 

 

アリアと真由美の料理の腕に関しては酷かった。そしてあの酷い有り様をここまで回復させる大樹の料理の腕はまさに神の一手だった。

 

料理長(仮)が原田たちの前に姿を見せる。

 

 

「味に関しては保障できるが、栄養素に関しては保証できねぇから」

 

 

「お前がそれ言うと完全に駄目なヤツじゃねぇか!?」

 

 

「馬鹿だなお前」

 

 

大樹はフッと笑みを浮かべながら告げる。

 

 

「例え嫁の手作り料理に毒を入れる行程があっても、俺は喜んで食べれる。栄養素なんざクソくらえだ」

 

 

「ただのキチ〇イだよお前!!」

 

 

「そこは嫁馬鹿と呼んでほしい」

 

 

「うるせぇ黙れ!!」

 

 

目の前に出されたラーメンを大樹(クレイジーボーイ)にぶつけてやろうかと考えていると、

 

 

「……美味しい」

 

 

「え?」

 

 

なんと目の前で七罪がラーメンを食べて驚いていたのだ。これには原田も驚愕して、急いで七罪の背中を叩く。

 

 

「今すぐ吐き出せ!!! 死んじまうぞ!?」

 

 

「ちょッ!? 大袈裟よ! 本当に美味しいから食べてみなさいよ!」

 

 

「それはお前の舌がアホなだけだ! ぺッしろ! ペッ!!」

 

 

「な、な、何すんじゃコラァー!! 離せぇ!!!」

 

 

原田と七罪が争う。そんな光景を見ていた大樹たちは一言だけ呟いて裏方へと去る。

 

 

「「「「喧嘩する程、仲が良い」」」」

 

 

「お前ら目腐ってんのかああああああァァァ!!!」

 

 

原田の悲痛な叫びが、店内に響き渡った。

 

 

 

________________________

 

 

 

結果、ラーメンは自分の舌を疑う位美味だった。悔しい。

 

七罪と原田は再び道を歩くが、また沈黙が続いていた。物陰から「プークスクス、童貞が戸惑ってやんの」「アンタもでしょ」「え? いつ俺が童貞だと錯覚してぶぼらッ!? ごめんなさい! 嘘です童貞ですぎゃあッ!?」と大変なことになっているが、放って置いた方が清々しい気持ちになるので見なかったことにする。

 

 

「さて、次はどこに行こうか」

 

 

「……ねぇ、これっていつまで続けるのよ」

 

 

七罪の表情は暗い。不安というより、原田を怪しんでいた。

 

こんな調子で七罪(自分)に自信を付けさせることなど無理がある。むしろ悪化しているとしか———

 

 

「次はゲームセンターにでも行って見ないかハニー?」

 

 

「いいわね! またプリクラを撮りましょダーリン♪」

 

 

……いい加減にしろよ大樹&真由美(お前ら)

 

空気読めよ。ホント頼むから。七罪の顔に、さらに暗みが掛かってたぞ。死んだ魚の目みたいになってんぞ。

 

 

「まぁ何というか……あの馬鹿みたいに今は楽しまないか? 俺は別にお前のことを嫌っているわけじゃ」

 

 

「嘘よ」

 

 

ピシリッと空気にヒビが入る音がしたような気がした。

 

原田の言葉を簡単に切り捨てた七罪は次々と口からネガティブな発言がされる。

 

 

「もう分かっているの。この私じゃどうやっても笑われるの。あんたも今の私を見て面白おかしく心の中で笑っているんでしょ。私とあんたは違う」

 

 

「……………」

 

 

「どうせ誰も私を望まない、誰も私を必要としない。いや違うわね……あなたたたちが楽しくお喋りする為に、私を必要とするよね。確かに、良い笑い話に持って来いだわ」

 

 

卑屈に笑う七罪は、

 

 

「———もういいのよ。諦めているから」

 

 

とても辛そうだった。

 

 

「……すぅー、はぁー」

 

 

原田は目を閉じて深呼吸した。再び口を開けるのに数十秒かかったが、言葉は決まっていた。

 

 

「ああ、お前の言う通り、笑われるのは辛いよな」

 

 

まるで経験があるかのような素振りを見せた原田。その発言に嘘と思えるような節は見えない。

 

 

「俺には兄がいるんだ。多分今も立派に仕事をしているんじゃないかな」

 

 

「……急に何よ」

 

 

「まぁ聞けって。昔から仲が良くて、いつも俺のことを可愛がってくれたんだ」

 

 

原田は話しながら近くにあったベンチに座る。原田が目線で隣に座れと語ると、七罪は素直に座った。

 

 

「兄さんは凄かった。超難関高校を主席で入学して、陸上部のエースで、友達がたくさんいた」

 

 

楽しそうに語る原田の姿を見て、本当に兄の事が好きだったことが人を疑ってしまう七罪でも分かる。

 

 

「誇りだった。兄さんが何かを成し遂げる度に、俺はいつも友達に自慢していた。それくらい、俺は兄さんを誇りに思えたんだ」

 

 

だからっと原田は苦笑する。

 

 

「———俺の存在は、あまりにも小さ過ぎた」

 

 

「……え?」

 

 

既に楽しそうに語っていた原田の姿はどこにもいない。欠片すら残っていなかった。

 

 

「例え俺がテストで良い点を取っても、兄さんより劣っている。大会で準優勝しても、兄さんより劣っている。そう、俺は何もかも、兄さんに劣っているんだ」

 

 

「……劣っているから、笑われるの?」

 

 

「でも俺の友達はそんなことをしなかった」

 

 

七罪の予想は外れる。原田は必要以上に何度も首を横に振った。

 

 

「兄さんの友達が、俺を笑ったんだ……」

 

 

「あッ……」

 

 

「兄さんは当然激怒した。大切な友達なのに、俺なんかの為に……!」

 

 

悔しそうに、堪えて話す原田に七罪はバツが悪そうに視線を下に落とした。

 

 

「俺が笑われたせいで友達を失った。暴力事件を起こして世間の信頼を失った。なのに兄さんは言うんだ」

 

 

胸をグッと手で抑えながら原田は告げる。

 

 

「———ごめんなって……」

 

 

「……………」

 

 

「七罪。俺はお前と同じで笑われたことがある。でもな、お前と違うことがある」

 

 

少しだけ、原田の言おうとしていたことが七罪には分かっていた。

 

 

「俺は、それでも諦めなかった」

 

 

敵対するような物言いに七罪は目を細める。しかし、原田はやめない。

 

 

「その後足掻いた俺が成し遂げて見せたことがある。お前に言い当てれるか、七罪」

 

 

「……何よ」

 

 

七罪の問いに原田はニッと笑みを見せて答える。

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介するぜ。陸上自衛隊1等陸尉、原田 亮良だ」

 

 

 

 

 

「……………はい!?」

 

 

敬礼する原田に七罪は数秒遅れて驚愕した。これには隠れて見ていた大樹たちも驚きを隠せない。

 

 

(前世が自衛隊だと!? それは思いつかなかったな……ん? これって驚くことなのか?)

 

 

大樹は思う。バトラーの前世は大企業の社長の娘の執事、エレシスとセネスは二重人格の双子、姫羅は神々と渡り合える戦闘力を持っていて、ガルペスは凄腕の医者だった。

 

……うん、自衛隊ってまぁまぁ凄いよね。保持者ってすごーい。

 

 

「最後の最後に俺は誇れるモノを手に入れることができた。諦めなかったおかげでな。めでたしめでたし」

 

 

「……じゃあ何? 私にも諦めるなって言うの?」

 

 

イラついた声で七罪が原田の目を睨む。しかし、原田は首を横に振った。

 

 

「お前は諦めるのが早過ぎる。自分の格好を鏡で見て分かっただろ。お前は自分を捨てるべきじゃない」

 

 

「……………うるさいのよ」

 

 

何も知らないクセにと七罪は心の中で吐き捨てる。原田の言葉に七罪は怒鳴った。

 

 

「あんたが私の何を分かっているの!?」

 

 

「何も分からねぇよ。でも、一つ確信していることがある」

 

 

真剣な表情を崩さない原田は、七罪に告げる。

 

 

「お前が苦しんでいるのは、見ていて分かる」

 

 

「ッ……」

 

 

「俺はどっかの変態馬鹿浮気野郎のように人の心を読めない。誰かが救いを求めていても、全力で助けに行ける自信は無い」

 

 

(ちょっと一回殴って来る……!)

 

 

(駄目よ! 良い雰囲気なんだから邪魔しちゃ台無しよ! 私と一緒に大人しく座って!)

 

 

コーヒーカップを武器にした大樹が立ち上がるが、真由美がすぐに止めた。今のは言い過ぎたと原田は反省しない。絶対にしない。

 

 

「口にしなきゃ分からないことがある。一人で無理な時は言え」

 

 

原田は頭を掻きながら恥ずかしそうに告げる。

 

 

「まぁ……その、少なくとも、俺はお前の事を———」

 

 

 

 

 

———その時、原田が消えた。

 

 

 

 

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 

言葉に偽りはない。文字通り、七罪の隣に居た原田が消えた。

 

瞬間移動でもしたかのような消え方に周りは当然驚いた。

 

 

「原田の霊圧が消えた……!?」

 

 

「……この状況でも平常運転で嬉しいわ大樹君」

 

 

「褒めるなよ優子。キスっていうご褒美が俺は欲し———」

 

 

「絞めるわよ?」

 

 

「すいません」

 

 

とにかく原田が消えてしまった。俺たちは七罪の居る場所に急ぐ。

 

 

「七罪! いくら失礼なことばかり言う原田を消すのはやり過ぎじゃないか?」

 

 

「やってないわよ!?」

 

 

ですよね。

 

 

「気配で索敵しているが近くにはいないな。どこか遠い場所に飛ばされたか?」

 

 

「だ、誰によ」

 

 

「そりゃ……………アレだよ」

 

 

七罪の質問に大樹は汗を流しながら答える。

 

 

「……ヤードラッ〇星人の仕業だよ」

 

 

「「「「「誰!?」」」」」

 

 

「あ、ド〇ゴンボールですよ皆さん」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

大樹のボケについて来れたのは折紙だけだった。

 

原田が突如消えた原因は分からない一同だが、大樹には少し心当たりがあった。なので、

 

 

「どうする? 一人でデートするか七罪?」

 

 

「するかぁ!!」

 

 

良いツッコミありがとうございます。そして案の定、釣れましたよ。

 

 

「な、ならそのデートの続きは俺が受けよう!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

発言したのは大樹では無い。遠くから消えた声だった。

 

こちらに向かって来る一人の男。その正体は———!?

 

 

「ホラな。士道(馬鹿)が連れたぞ」

 

 

 

 

 

———五河 士道だった。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

突如消えた原田。

 

一人佇む七罪に声を掛けたのは恋敵の士道。

 

果たして、恋の行方はどうなるのか?

 

次回! 恋するあなたにズッキュンバッキュンドッキュン☆ あなたのハートに———

 

 

「何しているのよ!」

 

 

「ぐべぇ!!」

 

 

頭の中で面白い次回予告を練っていたらアリアに殴られた。

 

現実逃避くらいしたくなるわ。この状況、明らかにおかしいだろ。

 

 

「士道がいつの間にかチャラ男になっていたことにショックを受けてだな」

 

 

「なってませんよ!? 何言ってくれてんの!?」

 

 

「人のデートを邪魔しておいて、寝取りプレイが大好きなクソッタレになりやがって……」

 

 

「ちょッ!? 言い過ぎでしょ!?」

 

 

「ほう? 言い過ぎ、か? ならデートの邪魔くらいは認めるんだな?」

 

 

「うッ」

 

 

図星か。コイツ、演技下手くそだなおい。

 

ジト目で女の子たちが士道を見る。士道はワタワタとしていたが、咳払いして調子を戻す。

 

 

「ゴホンッ……今日は良い天気だな、七罪」

 

 

「お前……俺たちガン無視で事を進めようとするなよ……というかコイツと面識あるのか七罪?」

 

 

「……一応」

 

 

「そうか。士道、七罪はお前みたいな奴とはデートしたくないってよ」

 

 

「えぇ!? そんなこと言ってない———」

 

 

「お前に聞こえなくても、七罪の心が、俺には聞こえるから」

 

 

「言ってないうえに思ってないわよ!? 何勝手なことしてんのよ!?」

 

 

チッ、流れに逆らうなよ七罪。ここで士道と七罪をくっつけるわけにはいかないだろ。

 

良い感じの雰囲気になっていたのに、原田の奴は一体どこで何をしている。早く戻って来い。

 

 

「原田をどこにやった士道? お前が答えないなら、通信している妹にでも聞くが?」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の発言に士道は再度驚く。手で耳を抑えて隠すが、俺の目と耳は誤魔化せない。

 

 

『嘘でしょ!? ちょっと士道! もう気付かれる素振りを見せちゃ———』

 

 

「気付かれる素振り? おいおい、俺は琴里ちゃんの声が聞こえているから言ってるんだぜ?」

 

 

琴里が息を飲むのがここからでも分かる。あまり俺を甘く見るなよ? 俺は人間をやめたからな! クソッ!!

 

 

「猶予を与えてやるよ。10秒以内に答えな。さもなくばずっと空にいる不可視の飛行機、ぶった斬るぞ?」

 

 

この世界に来る途中(落下中)にぶつかった透明の床。その正体は前々から見破っていた。もちろん、神の力を使ってね! この力は本当に万能だな。 万能人間大樹。ワタシ、サイキョウ。ヨメ、ダイスキ。

 

士道は不味いと思ったのか、すぐに両手を挙げる。

 

 

「こ、降参だ! 頼むから何もしないでくれ!」

 

 

狂三と精霊たちの戦闘時に俺の実力を知っているおかげだろう。降参するのは早かった。うんうん、素直でよろしい。それもまたア〇カツだね!

 

 

「ねぇ? さっきから何のことなの?」

 

 

「優子。空は、青いだろ?」

 

 

「え、えぇ……そうね……?」

 

 

「……そういうことだ」

 

 

「どういうこと!?」

 

 

相変わらず誤魔化し方が下手なワ・タ・シ。もうここまで来ればクールでカッコイイことになるのでは? 無理だな。

 

 

「無駄よ優子。大樹に救急車を呼んだところで必要ないことと同じよ」

 

 

「最近のアリア先輩切れ味鋭いなぁー」

 

 

心にグサッと来るぜ!

 

っと話が脱線していた。戻さないとな。

 

 

「Hey! Where is 原田!?」

 

 

「訳、私はティナ・スプラウトを生涯愛することを誓います」

 

 

「待つんだティナ。今俺がボケている。あと捏造しないで」

 

 

「訳、今日から浮気はしません」

 

 

「真由美さーん! 俺、浮気なんてしてないですよ!」

 

 

「厄、近いうちにウサ耳が生えます」

 

 

「それは確かに厄だな。でも俺はお揃いでちょっと良いと思うけど」

 

 

「焼く、他の女の子に目移りした時」

 

 

「普通に怖いよ優子。というかちゃんと訳できてないよお前ら!?」

 

 

「……訳、愛しの原田はどこにいるのですか?」

 

 

「「「「「それだ!!」」」」」

 

 

「それは一番やめろアリアあああああァァァ!!!」

 

 

頭を抑えて悲鳴を上げる男。嫌がる彼を見た女の子たちはお腹を抑えて笑っていた。

 

 

「訳、私は鳶一 折紙のことを―――」

 

 

「もういいだろ!?」

 

 

折紙も乗って来ていた。

 

この状況に、完全に置いて行かれている七罪と折紙。そして士道はどうすればいいのか分からない状態だった。

 

 

『何しているのよ!? 七罪を連れればこっちのモノよ!』

 

 

しかし、通信機から聞こえた琴里の声に士道はハッとなる。

 

 

「ま、待てよ琴里! やっぱりこれは———!」

 

 

『彼女は精霊なのよ! いくらあの人が異常で次元が違う存在でも、これはあなたにしかできないことなのよ!』

 

 

ちょっと? 聞こえているよ? 俺のことをそんな風に認識するのやめてよね! プンプン!

 

 

『強引な手段だけど七罪と一緒に回収するわよ士道』

 

 

「……琴里、それは無理だ」

 

 

『え?』

 

 

士道は七罪の方を見ながら汗を流す。

 

 

「しゃーッ」

 

 

七罪の背後には蟷螂(とうろう)拳法で威嚇する大樹が居たからだ。状況をモニターでも見て把握したのか琴里も戦慄していた。

 

 

『な、何故かしら……ふざけているはずなのに、勝てる気がしない……!』

 

 

(今作った構えなんだけどなぁ……言わないけど)

 

 

他にも北〇神拳とか南〇聖拳、あと宇〇CQCも心得ているから。俺最強。史上最強の男とは俺のことよ。

 

 

「さぁ来いよ士道。鼻毛〇拳で死ぬか、飛天〇剣流で死ぬか、選ばせてやるよ」

 

 

「絶対に嫌ですけど!?」

 

 

士道は首をブンブン横に振って拒否。遠慮はいらないんだぞ?

 

 

「前者はできないことは分かるけど、後者はできそうだから怖いわ……」

 

 

優子の言葉に俺は何も言わない。想像に任せるよ。

 

緊迫した空気(笑)が続いている中、突如異変が起きる。

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

ビリビリっと耳に来る空間震警報が街一帯に響き渡った。

 

 

「ッ! このタイミングで来るのか」

 

 

ふざける雰囲気を消し辺りを警戒する。周りにいる人たちが慌てて避難する中、士道は妹の名前を呼ぶ。

 

 

「琴里!」

 

 

『分かっているわ! すぐに回収するから待っていなさい!』

 

 

通信を終えた士道は七罪へと走り出そうとするが、俺は白鳥の舞で進路を塞ぐ。

 

 

「逃がすとでも?」

 

 

「いい加減その構えやめてもらえます!?」

 

 

すまん。何かふざけないと駄目な気がして。真面目になるって難しいの。

 

 

「できれば俺の近くに居て欲しいんだよ。離れられるとやり辛いからな」

 

 

「え?」

 

 

「ほら、来るぞ」

 

 

刹那、士道の目の前で光が弾け飛んだ。

 

 

バギンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

不快感がある金属音に士道はその場で尻もちをつく。

 

恐る恐る前を見れば刀を握り絞めた大樹が立っており、刀が士道を守るように構えられていた。

 

そして気付く。自分の隣にコンクリートの地面を抉り取った大きな穴があることに。

 

 

「美琴が来てくれたかと、超期待していたんが……ハズレ以上のハズレかよ」

 

 

『———士道!? 聞こえてるの士道!? 今すぐ逃げなさい! この警報は精霊じゃないわ!』

 

 

大樹が睨み付ける方向は空。見上げるとそこには何百もの黒い点があった。

 

それは人であり、機械であり、敵であった。

 

 

『【DEM】よ!』

 

 

その言葉に士道はハッとなる。あれは全て魔術師(ウィザード)と『バンダースナッチ』だということ。

 

 

「DEM? 何だそれ? 大樹・エリート・マジシャンの略か?」

 

 

通信を聞いていた大樹が士道に問いかける。士道はどう答えようか迷うも、

 

 

「信じろ」

 

 

大樹の言葉を聞いて、迷いは消えた。

 

 

「……俺たちの敵だ。精霊の敵なんだアイツらは。十香を傷つけたのも、全部アイツらのせいだ!」

 

 

「十香ってのは……ああ、多分あの女の子たちの誰かか」

 

 

以前襲われたことを思い出す大樹。しかし、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「まぁお前が大切な女の子だということは分かったよ。敵ってことが分かれば十分だ」

 

 

「え? でもあなたは———」

 

 

「関係ないとか言うなよ? 関係大ありだからな。それと、俺のことは大樹って呼んでくれ。歳は近いからな」

 

 

刀を構えながら大樹は告げる。

 

 

「俺はあの日からずっと、お前らの味方だ」

 

 

「ッ!」

 

 

「お前らの敵は、俺の敵だ。だから後ろに居ろよ士道」

 

 

士道は頷き、俺の後ろへと移動する。女の子たちも俺に後ろにいるように移動してくれる。

 

 

「さーてお前ら、回れ右しろよ。今なら攻撃しないから」

 

 

「それはできない話ですね」

 

 

俺の声に返して来たのは女性。全身に白金の鎧を纏った金髪碧眼。美少女と言うより、他の者達とは違う屈強の戦士に見えてしまう。

 

 

「ですが、私はあなたと友好的な関係を築きたいと思っています。目的は『ウィッチ』の回収。協力してくれるならそれ相応の報酬を———」

 

 

「あーはいはい。交渉決裂交渉決裂。無理無理」

 

 

恐らく『ウィッチ』とは七罪のことだろう。大樹は呆れるように溜め息を吐きながら女性の言葉を遮る。そして刀を光らせて威嚇する。

 

 

「怪我をしないように手加減するが、ボロクソに負けて、恥をかいても泣くんじゃねぇぞ?」

 

 

「お戯れを。最後にあなたを狩る名前を教えましょう」

 

 

女性は光剣を握り絞めて赤色に輝かせる。

 

 

「エレン・ミラ・メイザース。あの世でも、どうぞ覚えていてください」

 

 

「ご丁寧にどうも。でも———俺より()()()に気を付けた方がいいぜ?」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

その瞬間、エレンの上空で耳を劈くような爆発が起きた。

 

バンダースナッチと呼ばれた機械兵が連鎖するように爆発していたのだ。飛行していた魔術師(ウィザード)たちの悲鳴が響き渡る。

 

 

「何事ですか?」

 

 

仲間がやられたというのに冷静な対応。この程度のトラブルでエレンは取り乱さないらしい。

 

必死に助けを呼ぶ仲間、状況を必死に伝える仲間。その必死さは報われない。

 

 

「代わりに俺が教えてやろうか? エレンちゃん?」

 

 

「その呼び方は不快です。ですが聞きましょう。彼は何者ですか?」

 

 

「おお、敵の正体は見破ってんだな」

 

 

超スピードで飛び回る敵を目視していることに少し驚く大樹は説明を始める。

 

 

「アイツはデートの邪魔をされ、カッコイイセリフも邪魔され、どこかに飛ばされて踏んだり蹴ったりの男だったんだよ」

 

 

そう、不幸な男だ。でも、

 

 

「ソイツが一番怒っていることは、お前のことだと思うぞ?」

 

 

「ッ! それは……」

 

 

大樹が見せたのは携帯電話。画面には通話中と表示されている。

 

 

「ってそれ俺の!?」

 

 

はい、士道君の携帯電話ですが何か? 文句あるならかかって来い。

 

 

「さっき何て言ったけ? 『ウィッチ』を狩るとかどうとか言ったかな? うわー、アイツ激おこプンプン丸じゃないの?」

 

 

「ッ……もしかして」

 

 

後ろで聞いていた七罪が反応する。ああ、正解だよ七罪。

 

 

「あの馬鹿は今、本気で戦っている。お前の為にだ、七罪。よく見ておけ」

 

 

大樹に言われるまでもなく、七罪は空を見上げていた。

 

 

『口にしなきゃ分からないことがある。一人で無理な時は言え。少なくとも、俺はお前の事を———』

 

 

原田の言葉が、思い出される。

 

バンダースナッチが次々と爆発し、魔術師(ウィザード)たちの武器や装備が破壊され次々と墜落する。

 

 

「少なくとも、アイツは信じて良い。俺が保障する」

 

 

獣の様に、狩人の様に、騎士の様に咆哮しながら短剣を振るい戦う男。

 

 

「うおおおおおおォォォ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

———原田 亮良の姿があった。

 

 

斬撃は赤い亀裂を生み、紅い光線を放つ。その威力は一撃でバンダースナッチを修復不可能まで葬り去る。

 

精霊との戦闘に身を投じて来た強者たちでも、原田の猛攻を止めれる者はいなかった。

 

さすがのエレンも冷静が欠けてしまう。唇を噛み、険しい表情になる。

 

 

「よっと」

 

 

全て言う事を終えた俺は落ちて来る敵の残骸を刀で振り払う。女の子たちに塵一つ触れさせない。

 

 

「テメェか!! エレン・ミラ・メイザース!!」

 

 

「くッ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

凶悪な速度で降って来た原田。エレンの頭部めがけて短剣を振り下ろす。随意領域(テリトリー)を展開して防ぐも、バリアもろとも地面に叩きつけた。

 

強い揺れと衝撃が辺りを襲う。舌打ちをしながら大樹は刀を振るい、衝撃と砂煙を吹き飛ばす。

 

 

「おい! 次嫁に怪我させるような真似したらぶっ殺す!!」

 

 

「うるせぇ!! ぶっ殺すぞ!!」

 

 

「あ、すいません」

 

 

(((((大樹が負けた!?)))))

 

 

怒らせた原田に勝てないことをいよいよ確信する。大樹は静かに見守ることにした。

 

 

「ッ……なんて滅茶苦茶な破壊力……!」

 

 

「一応、今のは手加減はしているぞ」

 

 

ゆっくりと歩き、怒気を含ませながら声に出す原田。短剣の剣先をエレンに向ける。

 

 

「俺は大樹の様に甘くはない。七罪を狩るんだろ? なら狩られる覚悟くらいはできているよな?」

 

 

「ッ……」

 

 

エレンは逃げようとするが、原田にはその隙がない。背中を見せた瞬間、その命を散らすだけだ。

 

 

「……原田の奴、超怖いんだけど。あんなにキレる? 確かに俺もアリアたちを狩るとか言ったらキレるけど」

 

 

「……か」

 

 

「か?」

 

 

声を震えさせながら七罪は告げる。

 

 

「カッコ、イイ……!」

 

 

「……恋に落ちる瞬間を見た」

 

 

俺は怖いのに、この子、カッコイイって言っちゃたよ。

 

 

「確かに大樹よりカッコイイこと言ってるわよね」

 

 

「ぐはッ!!」

 

 

アリアの一言に吐血。膝をついてしまう。

 

 

「ふふッ、冗談よ。大樹もカッコイイわよ」

 

 

「アリアぁ……!」

 

 

「えっと、騙され惚れやすい男を見た、です!」

 

 

……黒ウサギさん。僕、そんなことはないと思いますよ? じゃあ嫁を何人も作るなよって話になるか。惚れやすい男でごめんなさい。

 

原田とエレンの距離はもう近い。エレンは武器を握っているが、構える素振りを見せない。恐らく、分かっているのだろう。

 

強者(原田)には勝てないことが。

 

 

「……おい待てよ」

 

 

勝利を目前にした原田を見ていた大樹が呟いた。

 

誰も何も言わない。いや、気付ていないのだ。見えているのは神の力を持った自分だけ。

 

 

 

 

 

———原田の背後にいる黒いローブを全身に纏った敵の存在に。

 

 

 

 

 

その敵を大樹は知っている。忘れもしないあの出来事。ガルペスとの決着が付く寸前に邪魔をした敵。俺とガルペスを過去に送った奴だった。

 

以前と違い、ソイツの手には禍々しいオーラを放つ黒い鎌。巨大な刃は人の首などあっさり斬り落としてしまうだろう。

 

その恐ろしい刃が、原田へと振り下ろされようとしていた。

 

 

「ッ!!!」

 

 

刹那。思考より早く、体が動いていた。光の速度で敵の前に出現し、刀を振るう。

 

斬撃は音速を超え、斬れないモノはない。そのはずなのに、

 

 

ゴオォッ!!

 

 

(嘘だろッ……!?)

 

 

刀は空気でも斬るかのように、敵をすり抜けた。幽霊とでも戦っているのかと疑ってしまうが、鎌は実態を持っていることは確かだと分かる。

 

一度振るった刀で鎌を叩くには時間がわずかに足りない。反対の手に剣を持っていたら間にあっていただろう。でも今は持っていない。

 

 

(だけど【幻影(げんえい)刀手(とうしゅ)】なら間に合うッ!!)

 

 

シュンッ!!

 

 

抜刀された大樹の空いた左手から風の刃が鎌に向かって放たれる。圧縮された空気は凶器へと変わる。

 

 

フッ……

 

 

だが、風の刃は鎌に当たる直前、なんと消滅した。ロウソクの火を消すかのように、簡単にだ。

 

敵の不可解な力に目を見開いて驚く大樹。最後に残された選択を取ることをやむを得なかった。

 

 

(クソッタレが……!)

 

 

ズシャッ!!

 

 

「は?」

 

 

原田の頬に何かが付着した。あまり驚かなかったが、頬に触れて手を見た瞬間、体が震えた。

 

温かい赤色の液体。それが血だと知った瞬間、心臓の鼓動が早くなった。

 

振り返ると、そこには誰もいない。だが、足元に誰かがいた。

 

 

「……………だい、き?」

 

 

いつの間にか出来上がった真っ赤な血の池。そこに倒れていたのは、大樹だった。

 

 

________________________

 

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

最初に駈け出したのはアリアだった。それに続くように優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、士道、七罪も倒れた大樹に向かって走り出した。

 

茫然と立ち尽くす原田。その隙に飛行して逃げ出すエレン。そして、何もできない鳶一 折紙(わたし)だった。

 

 

「何、で……どうして……」

 

 

目の前の光景を信じることができなかった。

 

どうしてこんなことになってしまったのか。

 

折紙はただ、大樹という大切な人と一緒に居たかった。

 

ただ、幸せに暮らしたかった。

 

ただ、彼の笑顔を見ていたかった。

 

些細な出来事で笑い、泣き、怒り、楽しく、笑って、笑って、笑って、幸せに———!

 

 

「うぅ……!」

 

 

激しい頭痛に折紙は頭を抑えて膝を折る。

 

刹那、今までの記憶が甦り、見て来た情景が走り抜けた。

 

大樹がいなくなった日からずっと努力し続けたこと。

 

全てはまた会った時、あなたの隣に居られるように。

 

私を置いて行かせない。ずっと、ずっと、ずっと一緒に居る事を、家族全員で幸せになる事を目的として。

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

 

これは———誰の記憶?

 

 

 

 

 

「違う……私は……私は……私は?」

 

 

 

知らない。こんな記憶、私の思い出じゃない!

 

 

ガシャンッ!!

 

 

そして、酷い音と共に、記憶が崩れた。

 

 

———ワタシハ、カンジョウヲ、ステタ。

 

 

「あぁ……」

 

 

そうだ……私は五年前、あの日に両親を失った。

 

 

「あぁ……!」

 

 

全ては両親を殺した精霊を殺すために。

 

 

「あぁ!!」

 

 

でも、私はその精霊を知っている。

 

 

『折紙。俺の考えが正しいなら———お前の両親は死んだんだろ?』

 

 

『そして、両親を死んだ原因は———折紙。お前にあるんだろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———両親が帰って来るまで、家の中にずっと隠れていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しばかり驚かそうとしただけなのに。信じられない話を聞いてしまった。

 

 

『俺のせいだ。本当なら、あの大火災で両親が亡くなり俺がお前を育てるはずだった。でも、俺が助けたせいで変わってしまったんだよな』

 

 

でも、それは現実だ。

 

残酷でも、非情でも、痛くても、これは現実なのだ。

 

 

「ああああああああああああああああああ!!!」

 

 

喉が張り裂けそうなくらい折紙は叫んだ。

 

吐き出すように、逃れるように、すべてを無かったことにするように。

 

 

『お前を悲しませた分、辛い思いをさせてしまった分、俺が幸せにしてやる』

 

 

大樹は折紙に負い目を感じていた。だから、私に優しくしていた。負い目がなければ———本当の私は、どうでもいい存在。

 

グシャグシャになった心が悲鳴を上げる。

 

叫んで、叫んで、叫んで、大切なモノを焦がしていく。

 

記憶が、思い出が、何もかも黒く染まる。

 

 

「———あッ」

 

 

彼女は深い闇の中へと、落ちる。

 

そして、落ちた彼女は最悪を願う。

 

 

———コンナセカイ、コワレテシマエ。

 

 

黒い闇の手が、彼女の首を絞めつけた。

 

 

________________________

 

 

 

最初に駈け出したアリアが涙を流しながら大樹の名前を呼ぶ。

 

 

「大樹ぃ!! 起きなさいよ!!」

 

 

「いや起きてるよ」

 

 

「「「「「きゃあああああァァァ!!!」」」」」

 

 

ドゴッ! バキッ! ドゴンッ! ガキュンッ! バンバンッ! カキンッ!

 

 

「おぼッ!? ぎゃびぺッ!? ちょッ!? 俺怪我人! 一応怪我人だからぁ!!」

 

 

返事をしたらボコボコにされた。理不尽過ぎる。

 

 

「い、生きているの!?」

 

 

「生きてちゃ悪いのかよ……泣いていたクセに」

 

 

「な、泣いてないわよ!」

 

 

未だにアリアから攻撃を受けるが、全然力が入っていないぞ。これがデレか!

 

敵の攻撃を受けた。しかし、簡単に受けるだけで終わる俺じゃない。

 

体を使って敵の攻撃を受け流したのだ。こう……うにゃぁって感じで。伝わる? 無理か。

 

とりあえず原田に被害が及ばぬよう、自分の急所に当たらぬよう、工夫した受け流しだ。それでもめっちゃ痛いけどな!

 

 

「し、心配させないでよもう……!」

 

 

「YES! 黒ウサギの心配を返してください!」

 

 

優子と黒ウサギが安堵の息を吐く。真由美とティナは血など気にせず無言で抱き付いて来た。罪悪感が一気に湧き出る。

 

 

「あー、悪い。体がちょっと痺れてな。すぐには立てなかったんだよ」

 

 

大樹は後頭部を掻きながら申し訳なさそうに理由を教える。ドサッと一拍遅れて原田が尻もちをついた。

 

 

「お前……ふざけんなよ……」

 

 

「それはこっちのセリフだ。命狙われていることに気付けよな」

 

 

「それはもう思い知った。本当に反省している。ああクソッ、心臓止まるかと思ったぞ……」

 

 

悪いと珍しく謝りながら脱力する。何かごめんなさいね? でもこの程度驚かないだろうって思っていたし、もう慣れたと思ったんだよ。ホラ、俺って人外だから?

 

 

「安心しろ琴里。無事だ」

 

 

『し、心配なんかしていないわよ』

 

 

士道がクスクスと笑いながら通信している。おやぁ? 琴里ちゃんもデレか!

 

 

「結局、どっちも敵を逃がしちまったな。まぁ今日の所は見逃して———」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突如黒い風が吹き荒れた。一帯の公共物やコンクリートの地面を破壊する程強い衝撃だった。

 

反応が少し遅れたが問題無い。【神刀姫】を大量に展開して、目の前に剣の壁を築き上げる。

 

壁は黒い風を塞き止め、侵入を防いだ。

 

 

「きゃあ!?」

 

 

「急に何だ!?」

 

 

優子が悲鳴を上げ、原田が短剣で加勢しながら声を出す。

 

 

「……精霊だ」

 

 

答えたのは大樹だった。その解答に周りは驚愕する。

 

 

「七罪!?」

 

 

「違うに決まっているでしょうが!!」

 

 

原田と七罪のやり取りに周りはジト目で見ている。ふざけている場合じゃないぞ。

 

 

「精霊!? まさか今度は本当に来たのか!?」

 

 

「美琴なの!?」

 

 

士道が()()()()驚き、アリアは大樹に確認を求める。が、大樹は首を横に振った。

 

知っている。この感覚は、精霊の霊力だと。だけど、

 

 

「美琴じゃない……狂三でもない……?」

 

 

感じたことのない()()感覚に大樹は眉を寄せる。その時、異変に気付いた。

 

 

「……折紙はどこだ?」

 

 

他の皆も気付いた。折紙だけがこの場にいないことに。

 

事の大変さをやっと理解した大樹は立ち上がり、

 

 

「待て! 今は避難するべきだ!」

 

 

原田の言葉に我に返る大樹。この黒い風は性質が悪いことに、人に害を与えるモノだった。

 

 

「ケホッ……ケホケホッ……」

 

 

「ごめんなさい……少しキツいわ……」

 

 

咳き込む優子と荒く呼吸する真由美。俺は二人を抱き締めて神の力を発動する。

 

 

「全員俺の近くに来い。黒い風の効果は打ち消せる」

 

 

「でもお前……いつまで使える」

 

 

「死ぬ気で守るから老後まで発動してやるよ」

 

 

「ふざけてる場合か」

 

 

「空気が重すぎんだよ馬鹿。不安を煽ってどうする?」

 

 

「大樹」

 

 

「……1時間だ」

 

 

「それは()()()()()()()()()の話じゃないのか?」

 

 

「チッ……お見通しか」

 

 

大樹は原田たちを守る為に力を使っている。だが同時に、大樹は違うことにも力を使っていた。

 

 

「この黒い風を街に流すわけにはいかねぇだろ……正直、このままだと3分も耐えれるかどうかだ……!」

 

 

今まで隠していた苦しい表情を見せる。大樹の額から汗が滝の様に流れキツそうにしていた。

 

近くにあるビルが黒く腐敗し、音も無く崩れる。周囲一帯が消滅しているとも言える状況になっていた。

 

 

「俺だけならこの黒い風は問題無い。肌に触れたが異常は全然ない。だけど———」

 

 

「俺たちは危険ってことか……」

 

 

大樹の説明に原田は下唇を噛む。

 

まず大樹と一緒にここを出ることは不可能。神の力を発動しながら移動しても、黒い風の範囲の広さに時間が足りない。

 

次に原田たちが一瞬の隙を突いて脱出するのも不採用。その一瞬の隙が作れないからだ。

 

最後に大樹が街に流れる風を塞き止めるのをやめて、原田たちに集中すれば長時間耐えることはできる。だが地下のシェルターにいる人々の命が腐敗することが確定する。

 

打開策がないことに苛立つ原田。大樹の表情は悪くなる一方だった。

 

 

「大体、この風は何なんだよ……!」

 

 

「……折紙の、声が聞こえる……!」

 

 

大樹の言葉を聞いた原田は最悪な状況を想定してしまう。

 

 

「まさか精霊って……!?」

 

 

「ああ、折紙だ……何で今まで気付かなかったんだ俺……!」

 

 

悔やむように吐き捨てる大樹。力を入れ過ぎて手から血がポタポタと滴っている。

 

全員で必死に策を考える。しかし、誰も思いつくことはないく時間と大樹の体力が浪費されるだけ。

 

 

『ザッザザァー! ———道! 士道! 聞こえるなら返事しなさい!』

 

 

「ッ! 琴里か!?」

 

 

その時、今まで無反応だった通信機から琴里の声が聞こえる。士道は急いで通話を試みる。

 

 

『やっと繋がったわね! 状況はどうなっているの!? 竜巻の中は大丈夫なの!?』

 

 

「こっちは閉じ込められた! 脱出する手段がないんだ!」

 

 

『ッ……令音(れいね)! 士道の回収を急いで!』

 

 

通信機の向うで忙しく声が飛び交う。士道は祈りながら琴里の通信を待った。

 

 

「……チッ……!」

 

 

ツーッと鼻血を出した大樹は舌打ちをする。優子の息切れは酷くなり、真由美は喋る余裕が無くなっていた。

 

本当に時間がないことに士道は焦る。

 

 

「琴里!!」

 

 

『情けない声出さないで!! もう少しだから待ちなさい! 令音! どうして!?』

 

 

『シンの居場所が特定しなければあの黒い風と一緒にここに呼びこんでしまう。そうすればどうなること———』

 

 

「座標……特定できればどうにかなるんだな……!」

 

 

通信機に答えながら大樹は刀を握り絞める。黒い風が吹く方向と同じ方角に刃先を向けて、斜め四十五度ぴったりに傾ける。

 

 

「ジャコ!!」

 

 

『分かっている。イメージしろ』

 

 

突如虚空から現れた一匹の黒い獣が姿を見せる。

 

大樹の構えた腕に噛みつき、力を収束させた。

 

 

「鋭く、真っ直ぐに、一撃を!!」

 

 

『【煉獄(れんごく)一閃(いっせん)】!!』

 

 

黒い炎が刀の先から溢れ出し、小さな球体に集まる。凝縮された炎は黒く光り、解き放たれた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

黒い炎は風に負けず、ただ轟々と燃え盛り、一直線に進んだ。

 

大樹はその場に膝を着いて刀を落とすが、やり切った表情をしていた。

 

一体何の意味があるのか分からなかったが、すぐに理解する。

 

 

『ッ……まさかアレって……今モニターに映ったモノを今すぐ解析しなさい!』

 

 

『『『『ハッ!』』』』

 

 

琴里が居る場所からも大樹の出した炎が見えたようだ。士道は自分の考察を口にする。

 

 

「今のって琴里たちに気付かせる為に……?」

 

 

「まぁな……優秀そうな部下が居そうだったからな……!」

 

 

それにと大樹は続ける。

 

 

「お前らが言っていた回収って……ここに居る人間を全員脱出できるか?」

 

 

「……琴里」

 

 

『聞いているわ。座標を特定するまで待ちなさい』

 

 

『特定しました司令! あの炎が一直線に進んだモノなら計算に狂いはありません!』

 

 

『よくやったわ。喜びなさい士道。今から全員こちらに来てもらうから』

 

 

琴里の報告に士道の表情が明るくなる。聞いていた大樹も口元を緩めていた。

 

 

『一気に回収はできないわ。二人一組に人数を分けて———』

 

 

「優子と真由美を先に頼む。その次は士道と七罪。ティナとアリア、黒ウサギと原田の順だ」

 

 

「最後は大樹ってことか」

 

 

黒い風の影響を強く受けている優子と真由美を優先する大樹の発言に全員が納得する。しかし、最後に言った原田の発言には同意しない者がいた。

 

 

「俺は折紙を助ける為に行かない」

 

 

拒否する反応を見せた大樹に原田は耳を疑う。

 

 

「待てよ! この状況は確かに放ってはおけないが、まずは態勢を整えてからでも―――!」

 

 

「遅い。それじゃこの街の地下に避難した人たちを救えない。何よりそれじゃ―――!」

 

 

事に悔やむ表情。泣きそうな顔で大樹は口にする。

 

 

「———折紙を……折紙を救えねぇだろ……!」

 

 

「大樹……」

 

 

この状況に一番苦しんでいるのは優子や真由美でもない。ましてや黒い風を抑えている大樹でもない。

 

 

「終わらせる……過去も今も、未来でも、俺は変わらねぇ」

 

 

―――俺の大切な人、折紙だ。

 

 

「俺は……我儘な馬鹿野郎だ……!」

 

 

次の瞬間、大樹の顔に笑みが復活した。

 

アリアたちは少し驚くも、いつもの彼に呆れ笑う。

 

 

『……ふんッ、この馬鹿は任せろ。死なせはせん』

 

 

心配などもうしていないだろうが、ジャコは最後に女の子たちに言葉をかける。

 

ティナはその頭を撫でて、捕まえた。

 

 

『は?』

 

 

「大丈夫です。ここは大樹さんに任せましょう」

 

 

「サンキューティナ。悪いなジャコ。これは、俺と折紙の問題だ」

 

 

『……つまらぬ見栄ではないようだな』

 

 

「当たり前だ。俺を誰だと思っている?」

 

 

ジャコの溜め息に大樹は白い歯を見せて笑う。

 

抱き寄せていた優子と真由美をアリアと黒ウサギに任せる。

 

 

「大樹君……」

 

 

「ん?」

 

 

優子に手を掴まれる。大樹もちゃんと聞くようにように手を握り返す。

 

 

「……ばぁーか」

 

 

「……………ふえ?」

 

 

微笑みながら罵倒された。今までにない新しい罵り方なんだが。どうすりゃいいの? ぶひぃ!でも言えばいいのか?

 

 

「アタシはね……大樹君がどんな選択をしても、怒らない……」

 

 

「優子……」

 

 

「……と思う」

 

 

「小声で台無しなこと言わないでくれよ……」

 

 

「でも……」

 

 

優子は囁く。

 

 

「大好きだから」

 

 

「ッ……今のでより一層惚れたぞおい」

 

 

「ふふッ、顔が真っ赤よ大樹君」

 

 

優子は悪戯が成功したおかげか笑っている。そして真由美に指摘され、さらに顔を赤くする大樹。さらにさらに追い打ちを仕掛けるように、

 

 

「大好きよ、大樹?」

 

 

「YES! 黒ウサギも大好きですよ!」

 

 

「大好きよ大樹君」

 

 

「はい、大好きです。大樹さん」

 

 

「や、やめろぉ! これからの戦いに集中できなくなるだろうがぁ!!」

 

 

全員からのラブメッセージ。ついに両手で顔を抑えて隠す大樹であった。

 

 

________________________

 

 

 

士道の言う回収は早かった。1分と満たない時間で女の子たちが避難することができ、最後は原田と黒ウサギとなる。

 

女の子たちから受けた言葉に完全に沈んでいた俺によしよしと撫でる黒ウサギ。最後まで俺をいじめるのやめて!

もう俺のライフはゼロだと言ってるだろ!

 

 

「———大樹」

 

 

最後に原田から声をかけられる。お前は俺を攻撃しないよな? やめろよ?

 

 

「本当に、良いのか?」

 

 

それは手助けのことを指していた。俺だけで決着を付けたいと告げられてから、言い出しにくかったのだろう。

 

 

「ああ、大丈夫だ。そろそろ限界だから行ってくんね? 黒ウサギが心配そうな顔で見てるだろ? ほら、原田が俺にキスでもするんじゃないかと」

 

 

「するわけねぇだろ!?」

 

 

「そんな心配してませんよ!?」

 

 

「安心しろ黒ウサギ! 原田には七罪がいるし、俺のファーストキスは嫁たちに捧げる!」

 

 

「何口走ってんだテメェ!?」

 

 

「黒ウサギだけじゃないのですか!?」

 

 

「おっと原田の照れ返しは予想通りだが、黒ウサギの反応は予想外だ。よし、また顔が熱くなって来たから早く行けお前らッ」

 

 

「うおッ」

 

 

原田を軽く蹴飛ばして黒ウサギの近くまで移動させる。

 

士道から借りた通信機を手に持ち口元に少し近づける。これすっごい高性能。ステルス迷彩付きだけじゃなくその他諸々、高性能な機能が搭載されていた。分解して暴きたい。

 

 

「転送してちょんまげ」

 

 

『はいはい』

 

 

琴里が返事をすると同時に通信機を原田に向かって投げる。

 

原田は慌ててキャッチすると、

 

 

『———空っぽの俺を殺してくれて、ありがとよ』

 

 

口パクで大樹は告げた。

 

目を見開いて驚く原田。何かを言おうとするが次の瞬間、二人の姿は消えてしまう。

 

回収が終わった。ここからは、俺のターンだ。

 

荒い無理矢理呼吸を止めて拳を握り絞める。力を使い過ぎて弱っている? そんなクソな言い訳は捨てちまえ。

 

大切な人の為なら、どんな時でも、どんなことがあっても、全力以上の力を発揮してやる。

 

 

「すぅー……【制限解放(アンリミテッド)】ッ!!」

 

 

息を大きく吸い、大声を出す。同時に収束させていた神の力が爆発するように解放された。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】!!」

 

 

ゴオッ!!

 

 

刹那、大樹の背中から黒い風を打ち消す巨大な黄金の翼が羽ばたく。

 

街に黄金の雪が降るかのように、大量の羽根が舞い散った。

 

全てが腐敗し消滅した荒野が広がる。街があったと言われて誰が信じるだろうか。

 

黒い風が消えた今、残るは黒い風を生み続けている闇色の核が宙に浮いているだけ。

 

不気味に蠢くのは無数の目玉と数え切れない黒い人の手。

 

あまりの悍ましさに、さすがの大樹もゴクリッと喉を鳴らす。

 

しかし、絶望はしない。

 

 

「今、助けるからな」

 

 

覚悟を決めた瞳に、揺るがない炎が確かに燃えていた。

 

絶望を掻き集めた核の中心にいるのは、漆黒の霊装を身に纏った精霊———折紙だった。

 

 


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