どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

131 / 177
走り出す為に忘れない

「嘘だろ……冗談じゃねぇぞ!?」

 

 

転生した場所が自分の世界。それも自分が死んだ場所だ。驚かないわけがない。

 

俺は過去の時間帯軸にいる。ならばこの世界も過去の時間帯になっているのが道理。

 

何か嫌な予感がする……! とにかく元の世界に戻ろう。

 

 

タッタッタッ

 

 

「ッ!」

 

 

外から足音が聞こえた。【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を発動して自分の姿と気配を消す。念のために跳び箱の後ろに隠れた。

 

ガタンッと勢い良く開く鉄の扉。そこには———

 

 

「またせたな」

 

 

———ドヤ顔した大樹()がいた。

 

 

「ってアレ? 居ない? まだ来ていないのか?」

 

 

昔の俺はキョロキョロと辺りを見ていた。隠れている俺は無言で両手で顔を隠した。

 

 

「……フッ、焦る必要はないか。俺はついに……大人の階段に登るのだからな!」

 

 

そして、俺は顔を真っ赤にした。

 

 

(は、は、は、恥ずかしいいいいぃぃぃぃぃ!!)

 

 

馬鹿だよ。アホがいるよ。残念過ぎるバカタレがいるよ。

 

騙されていることに気付いていないし、これから死んでしまうとも知らない俺がいるよ!

 

 

「さて、待っている間は告白の答え方でも考えるか」

 

 

(やめっ、ヤメロォー!!!)

 

 

黒歴史だから! 紅魔族並みの黒歴史だからぁ!

 

昔の俺はスマホで『恋愛 告白』や『恋愛 受け答え』など調べ始めた。俺は知っている。

 

 

「コホンッ……ああ、俺も好きだぜ」

 

 

(おんぎゃああああああああああァァァァ!!!)

 

 

歯を見せながら笑う昔の俺。爆裂魔法並みの一撃を食らった俺は心の中で絶叫した。

 

拷問だろコレ!? 精神的ダメージが凄くデカいんだが!? ガリガリ削られるんだが!?

 

 

「うーん、何かしっくりこないなぁ……いや待てよ」

 

 

昔の俺はポンッと手を叩いて閃く。

 

 

「相手が告白することは決まっている……つまり相手は俺のことが好き……ならば俺が先に告白する手もありだろ!」

 

 

(もう死ねよコイツ!!)

 

 

って俺だよコイツ!!

 

 

「楢原 大樹は世界中の誰よりも朝〇南を愛しています」

 

 

(パクリじゃねぇか!!)

 

 

何でタッ〇なの!? 甲子園どころか野球部に入ってねぇだろお前!?

 

 

「皆好きです。超好きです。皆付き合って。絶対幸せにしてやるから」

 

 

(今からここに何人告白しに来るんだよ! お前はどこの生徒会の副会長だ! 何崎だ貴様ぁ!)

 

 

まぁ結局一人も告白しに来ないけどな! というか……アレ? もしかして、今の俺が副会長みたいじゃない? ん?

 

 

「闇の炎に抱かれろ!」

 

 

(普通に彼女燃えるわ!!)

 

 

「違う違う。俺に抱かれろ!」

 

 

(今度はただの変態になったよクズ野郎……!)

 

 

「……はぁ、抱かれてぇ」

 

 

(コイツ、ホント馬鹿だな!!!)

 

 

何度も言うけど俺だけどな! クソッタレがぁ!

 

今すぐ殴り飛ばして黙らせたい。縛って殴ってまともな人間に指導してやりたい。

 

馬鹿(大樹)は一時間以上も待った。その間俺は泣きながら苦しんだ。黒歴史だ。黒歴史がそこにいた。こんな姿、誰にも見せれない。

 

 

「誰も来ないな……」

 

 

10分で気付け! 一時間経っても気付かないのか!

 

 

「何故だ」

 

 

騙されているからだよ。

 

昔の俺はスマホに一通のメールが入っていることに気付く。メールの内容を見た瞬間、驚愕した。

 

 

「エイプリルフールかあああああァァァァ!!!!」

 

 

(本気でダサイぞ俺ええええええェェェェ!!!!)

 

 

同一人物である二人が同時に両膝を地面に着いた瞬間だった。

 

 

「ちくしょう、俺を弄びやがって……」

 

 

ああ、分かるよ。結局アイツ殴れていないからな。仕方ない。後で俺が殴りに行くか? え? 友達が死ぬ? 一発殴っただけで死ぬわけないだろ? なぁ? そうだろ?

 

昔の俺は怒りながら倉庫を出ようとするが、

 

 

(確かこのタイミングで……)

 

 

「いてッ」

 

 

ドサッ

 

 

昔の俺は跳び箱の角が足に当たり転ぶ。フッ(笑)

 

 

「あー、ついてない……」

 

 

(残念だが、今日のお前は不幸だぜ)

 

 

文字通り、死んでしまうくらい不幸だぜ。

 

愚痴りながら昔の俺は近くにあった棚に掴まり、体を起こそうとする。

 

 

バキッ!!

 

 

木材で作られていた棚は古いせいで、少し体重を掛けただけで簡単に壊れてしまった。

 

 

ガララッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

再び無様に転び、地面とチュー。うわッ、痛そう。

 

そして、最大の不幸が訪れる。

 

棚の上に保管されていた何十個の鉄アレイが大樹に向かって降って来たからだ。

 

 

「!?」

 

 

昔の俺は叫び声を上げる暇もなく、鉄アレイの雨が直撃した。

 

鈍い音が響き渡ると同時に、俺は目を伏せた。

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

 

実に呆気ない人生の幕を閉じた。しかし、死んでしまう光景を見ても、笑える俺ではない。

 

地面に倒れた自分から目を逸らし、俺はその場を後にしようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐッ……すっげぇ痛いんだが……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………は?」

 

 

背後から聞こえた声に、俺は間抜けな声を出した。

 

振り返ると痛みに悶える俺が、()()()()()()

 

 

「うわぁ……頭から血が出てる……最悪だちきしょう……!」

 

 

そう、苦しんでいるだけ。

 

 

 

 

 

———楢原大樹は、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

昔の俺は血をポタポタと流しながら急いで立ち上がる。

 

 

「保健室♪ 保健室~♪」

 

 

倉庫から陽気な声を出しながら行く昔の俺の背中を、俺はずっと見ていた。目をパチクリさせながら。

 

 

「あ、アレ? も、もしかして……まさか……!?」

 

 

———過去、変わっちゃった?

 

残されたのは転生した俺と馬鹿が残した血の痕跡だけ。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……うん、ちょっと待てそこの馬鹿ああああああああああああああああああああああああああああァァァァ!!??」

 

 

 

 

 

そして、恩恵を持った最強が顔面蒼白で馬鹿を追いかけた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

緊急事態発生。俺氏、鉄アレイで死んでいない。

 

 

喜べない。鉄アレイで死んだことに尊厳とか名誉とかボロクソになって最初は悔いたけど、もうどうでもいい。とにかく大事なのは俺が死んでいないということだ。

 

しかし、心当たりはあった。

 

 

(俺があの駄神に会った時、記憶が曖昧になっていて思い出せなかった……死んだ原因がアイツに説明されるまで一切分からなかった……)

 

 

神が死んだ原因をねつ造した。そんな馬鹿なこと、あるわけがない。

 

 

(……だけど、そう言えないからマジで困る)

 

 

そんな馬鹿な話が本当になる()()()()()からだ。

 

あのクソ名探偵———シャーロック・ホームズの推理(余計なお世話)が役に立つからだ。

 

 

『———君自身も、普通じゃないんだよ』

 

 

絶対記憶能力による血液型の秘匿と改竄(かいざん)。ならば俺の死因も秘匿された可能性がある。

 

 

(……こうなってくると全部怪しいじゃねぇか)

 

 

そもそも神は何故俺を選んだ? 俺が剣道の才能があったから? 双葉との暗い過去があったから? 悲惨な最後を迎えたから?

 

それって全部、違うんじゃねぇのか?

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

 

 

「ぐぼれらがばぁあえあえらんぶれへんッ!?」

 

 

目の前でボコボコにされる友人を見て確信する。

 

こんな馬鹿を何十億、何百億、何千億……いや転生する世界も含めたら何十兆、何百兆、何千兆の人間の中から一人を選ぶなんて真似しないだろ。

 

教室の教卓に座りながら俺は死んでいない自分をずっと見続ける。

 

 

「それで? 謝罪の言葉は?」

 

 

「いや、謝罪と言うか実は本当で———!」

 

 

「言いわけ無用。地獄に落ちな」

 

 

「———理不尽ッ!?」

 

 

綺麗なスカイアッパーが決まった。そのまま友人は俺の方へと飛んで来るが、

 

 

「えいッ」

 

 

「ぐふッ」

 

 

とりあえず、斜めチョップで床に叩き落とした。虫を払うように。友人()を。ここ大事。

 

 

「うぉい!? 大樹! 今曲がったぞアイツの体!?」

 

 

「お前凄い技使ったな!」

 

 

「お、おう……俺だからな!」

 

 

周りにいる男たちに称賛の言葉を言われる昔の俺は戸惑っていた。まぁ俺の存在は見えないからな。そう見えて仕方ないだろう。

 

 

「ね、ねぇ大樹君? あの……先程は、その……」

 

 

友達をボコボコし終えた後、昔の俺は一人の女子生徒に話しかけられていた。

 

幼馴染の双葉と同じように長髪の黒髪。隠れ巨乳と男たちの間で噂され、校内ランキングで上位にいる女の子で凄く人気があるのだが———アレ?

 

 

(名前……思い出せない……)

 

 

何故思い出せない。かなり仲良かった友達のはずだぞ? バレンタインチョコ貰ったり、かなりお世話になった女の子のはずだぞ?

 

 

「ん? どうした———」

 

 

申し訳ない。昔の俺が名前を呼びそうだしそれで思い出せ———

 

 

「———先生?」

 

 

(どうしてそうなった!? 絶対違うだろ!?)

 

 

———思い……出せない……!? 何であんな呼び方になっているんだ!?

 

いや待て。そう言えば二年生最後の期末テストで勉強を教えて貰った記憶が微かに———全面的に俺が悪いわコレ。

 

あんな美少女の名前も忘れるなんて……俺は最低だな。はいそこ。『知ってた』とか言わない。

 

 

「さ、さっきの告白なんだけど……」

 

 

「大丈夫だぜ。悪は滅した」

 

 

「……うん! 良かったね!」

 

 

引き攣った笑みから満面の笑みへと変わった。

 

 

「おまッ!? 裏切り———」

 

 

「裏切り? どういう……ことですか?」

 

 

女の子の笑みから闇が見えたような気がした。

 

 

「———何でもないです姐御! サァー!」

 

 

アレ? 何だあの会話。 友人とあの女の子の関係、何か不穏な空気を感じるのだが。

 

こそこそと話す二人組。ちょっと盗み聞きするか。

 

 

「さっきのことを内緒にしてください……!」

 

 

「どうしてあの勢いで告白しないんだよ……大樹、アホみたいに信じていたんだぞ……!?」

 

 

「いえ、ですが……後で嘘だと思われそうなので……」

 

 

「じゃあ勢いで『今日は大樹君に、絶対告白したい!』とか今日言わないでくれる……!? 俺を脅してまで……!」

 

 

「……て、テヘペロ♪」

 

 

「世の中可愛いだけで許されると思うなよ……! ……許すけど」

 

 

……………え? 何今の? うん? マジで言ってんの?

 

 

『今日は大樹君に、絶対告白したい!』

 

 

(えええええェェェ!? マジでぇ!?)

 

 

【悲報?】昔の俺に春が訪れようとしていた。

 

嘘だろ。こんなに可愛い女の子が俺に告白? いや、でもよく考えたら二人っきりで何度も遊んだ記憶が……第三者から見ればデートに見える!? うぉお! 生きていたらこのままゴールイン!? 昔の俺って実はモテたり———あッ。

 

 

「こんなこと、嫁に知られたらぶっ殺されそうなんだけど……!?」

 

 

危ない危ない。まず黄金の右手一本は確実に終わる。今まで知らなくてよかった。俺ってよく口を滑らせるから。墓穴を掘りまくる男だから。この素晴らしい出来事は自分の心の中に永遠に留めておこう。

 

 

「アンタたち! いつまで残っているの! 早く家に帰りなさい!」

 

 

「ゲッ!?」

 

 

ゲッ!? 数学の田島がやって来たぞ!? 懐かしいな!

 

 

「楢原! 明日の授業はノートじゃなくて全部黒板で解かせるよ!?」

 

 

「鬼かアンタ! どんだけ俺のこと好きなんだよ!?」

 

 

「楢原は宿題、倍ね。周りにいるお友達も倍にするかい?」

 

 

ダンッ!!

 

 

「全力で逃げやがったなこの薄情者共!!」

 

 

高速のランニングバック並みのダッシュで散開する大樹の友達。同時に大樹も追いかけてその場から逃げ出した。

 

 

「……まだ死なないのか俺」

 

 

溜め息をつきながら、その後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「以心伝心 生の咆哮~♪」

 

 

「届いて~いますか~♪」

 

 

恩恵で俺の声が聞こえないことを良い事に昔の俺とデュエットする。それにしても帰りながら一人でそれを歌うのか俺。好きな曲だから分かるけど。

 

あの後は友達とゲームセンター行ったり、クレープを買い食いしたりして遊んだ。意外とリア充していたんだな俺。

 

暗い夜道を一人ご機嫌に帰る昔の俺を二、三歩後ろからついていく俺。

 

 

(そろそろ、覚悟決めないとな……)

 

 

もう気付き始めていた。

 

ギフトカードから【神刀姫】を取り出し強く握り絞める。

 

可能性として挙げられる昔の俺が死んだ要因。それは———

 

 

 

 

 

「俺がお前を殺すのかもな」

 

 

 

 

 

———今を生きる、俺自身なのかもしれない。

 

 

 

 

 

———俺が『俺』を殺す。

 

 

 

 

 

最悪な可能性。最低な方法。それでも、話が噛み合ってしまうのだ。

 

神が死因を隠蔽する理由。原因不明の死だとすればどうなる? 死んだ後、本当に俺が納得するだろうか? いやしないだろう。神を信じれず怪しんでしまう。

 

 

(いや待て……信じる信じないの前に、神が俺を見ている保障はどこにもないだろ?)

 

 

まず最初の前提、神ゼウスが俺を保持者として選ぶ要因が欠けている。原因不明の死を遂げただけで、選ばれる要因になりえるだろうか?

 

否。逆だ。原因不明の死を遂げたから隠蔽されたのじゃない。恐らく———俺が『俺』を殺したという不可解な現象が重要なのではないか?

 

 

(……考えられる……恩恵を消して俺が『昔の俺』の前で姿を現す。そして———その命を絶つ)

 

 

影に隠れていた謎の正体を掴んだような気がした。

 

何故神は俺を保持者として選んだのか?

 

今の俺が『昔の俺』を殺す現象を目撃したため、特別な存在だと感じ取った。強さなら今の俺の姿を見れば保持者の器に相応しいと思うだろう。

 

何故神は死因を隠蔽したのか?

 

死んだ後の俺がその出来事を信じないから。保持者としての身代わり、保持者の反乱、今起きている災厄を引き受けて貰えらなくなってしまう。本当は巻き込まれたという言い方が正しいけど。

 

 

疑問となっていたことが一気に解答される。しかし、この推測には最大の欠点があった。

 

 

『保持者は自分のいた世界に干渉できない。お前が今まで戦った保持者たちも、同じだ』

 

 

ガルペスが教えた情報。それが正しければ俺はこの世界に干渉することができないはずだ。

 

しかし、保持者たちは干渉することを願い、俺を倒そうとした。もしかしたら———!?

 

 

「いや、何で気付かなかった……馬鹿か俺……!?」

 

 

気付いた瞬間、汗がドッと流れた。あの教室での出来事を思い出す。

 

 

『えいッ』

 

 

『ぐふッ』

 

 

あの時、俺は友人をチョップで床に叩きつけていた。

 

 

 

 

 

———そう、俺は友人に触れることができていた。

 

 

 

 

 

ガルペスや保持者たちは自分の世界に復讐しようとしていた。

 

しかし、彼らは自分のいた世界に干渉できない。その願いは叶うことはない。

 

では何故? 彼らは俺を狙った?

 

 

「この力か……アイツが一番欲しがっているのは……!」

 

 

欲するのは圧倒的神の力の強さではない。アイツが、アイツらが欲していたのは———

 

 

 

 

 

———『自分のいた世界に干渉することができる』神の力。

 

 

 

 

 

「……繋がる……繋げれる」

 

 

俺の推測が全て正しければ、俺はこの後、昔の俺の目の前に現れて命を刈り取らなければならない。

 

鞘から刀を抜き恩恵をいつでも消せるようにする。

 

 

「あの駄神め、ホント嫌なことばかり俺に回って来るじゃねぇか」

 

 

自分で自分を殺す? アホか。そんな体験、俺のような規格外じゃなきゃ経験できねぇよ。

 

事の始まりからここまでの事は繋がった。でも最大の原因を求めようとすれば終わりの無い円のような無限ループになって繋がらない。

 

今、俺がここで自分を殺すことが悪いのか? 斬られる昔の俺が悪いのか? 斬られた俺を神が見つけるのが悪いのか? 死んだ俺に神の力を与えた神が悪いのか?

 

次々と原因が挙げられてしまう。そして、どれも当てはまらない。

 

だけど、分かっていることは一つだけある。

 

 

「それでも俺は、全てを救い続けたいことだ」

 

 

昔の俺の前まで走り、振り返って恩恵を解いた。

 

刀を上に上げて、そのまま頭部に向かって振り下ろした。

 

 

「頑張れよ、昔の俺」

 

 

ガギンッ!!

 

 

「うおッ!? 何だ何だ!?」

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

———普通に刀、体をすり抜けたんですけど。

 

 

 

 

 

おい。盛大に推測間違えたぞ。ホラ、何回斬っても体をすり抜けるんだが。服すら斬れないんだが。

 

地面がゴリゴリ削れるだけ。金属音が響くだけ。昔の俺がビビっているだけ。

 

俺は、俺を殺せなかった。

 

 

(アレえええええええええェェェ!?)

 

 

俺の推測間違っていた!? 普通に間違っていた!? んな馬鹿な!? というか長々と語っていたクセに外すとか俺恥ずかしいッ!!

 

 

「おい! 俺の声が聞こえるか!?」

 

 

「あー怖い怖い。早く帰ろ……」

 

 

聞こえていない! 何でだよクソッ!

 

落ち着け最近19歳になった魔法使い見習いの童貞楢原 大樹! ……キレそう。

 

刀は地面に当てれた。友達にチョップできた。でも俺自身に干渉できなかった。

 

 

「最悪じゃねぇか……!」

 

 

自分自身の干渉を禁止されていやがる……! このままじゃ俺は俺を殺せない。

 

間接的に俺を殺せる手段が残っている———って駄目だ。それじゃあ偶然の事故にしか見えない。俺の推理『今の俺が『昔の俺』を殺す現象を目撃したため、特別な存在だと感じ取った』ができないならば、強さの証明もできない。

 

そして、神が俺を特別な存在と認識してもらえない。それは俺の推理で最も欠けてはいけないピースだ。

 

 

「どうする……!?」

 

 

焦る気持ちを抑えるも手段がないことに不安を感じ始めていた。自分の死に、こんなに惑わされるなんて。

 

その場から早足で立ち去る自分の背中を見続ける。その時、背後から足音が聞こえた。

 

足音は気配を殺すように、微かな音しか立てていない。常人では聞こえないくらい静かな足音だった。

 

すぐに恩恵を使い姿を消す。そして、目を見開いた。

 

 

「……その冗談は、ちょっとキツいぜ……!」

 

 

ドシュッ

 

 

目の前で、紅い鮮血が辺りに飛び散った。

 

それは早足で逃げていた大樹の体から出たモノだった。

 

即死。心臓をナイフで一突き。背中から飛び出したナイフが心臓を貫いていることを物語っていた。

 

俺が驚いているのは自分が殺されたことではない。殺した人物だ。

 

 

「何で……いや、そういうことかよ……」

 

 

理由を追及する前に、納得してしまった。

 

ドサッと赤い血を流しながら道路に倒れる俺の体を見下す男。白いコートは返り血で染まっていた。

 

特徴的な坊主頭をしている男の正体。知らないわけがない。

 

 

 

 

 

「原田……!」

 

 

 

 

 

———原田 亮良だからだ。

 

 

 

 

 

『だが世界に転生する際に記憶。つまり天使であるという記憶を消されてしまうんだ』

 

 

『だから俺を思い出すのは無理で助けることができなかったと?』

 

 

『いや、頭の隅でお前を助けないといけないって思わされるんだ』

 

 

『なにそれ怖い』

 

 

箱庭の火龍誕生祭。忘れもしないあの出来事の後、助けに来てくれた原田との会話を思い出す。

 

頭の隅で助けないといけない? 違う。記憶を消されても、お前はどこかで俺のことを知っていたんだ。だから記憶を失っていても、俺を助けようと思えたんだ。

 

アイツが隠している秘密。それは、俺に対して後ろめたさを感じるモノだった。

 

 

「馬鹿野郎……」

 

 

原田の行いは悪と言えるだろう。俺は原田に対して怒り、悲しみ、憎む。それが普通。けれど、

 

 

「泣きながら人を殺すとかッ……ホント馬鹿じゃねぇのお前……」

 

 

原田の目からボトボトと落ちる涙に、俺は苦笑いで呆れた。

 

みっともない姿だった。男のクセに、後悔するなら最初から殺すなよ。

 

死んだ俺の体から光の粒子が溢れ出す。それは一つの集合体となり、手のひらサイズまで大きなる。

 

そして、光の球体は導かれる様に空へと昇る。魂は神の元へと還る。

 

 

「……神ゼウス。あなたの言う通り、俺は楢原 大樹を殺した」

 

 

独り言のように呟く原田の言葉に俺は眉を顰める。命令していたのは、やはりゼウスだった。

 

しかし、ここで一つの疑問が生じた。

 

最初に推測していた『俺が特別な存在である証明』がここで示せなかったこと。そして、ゼウスはその示しをする前から俺を転生させる———殺すことを決めていた。その理由が全く分からない。

 

 

「俺は、絶対に負けないッ……アイツらの仇は、必ずッ……」

 

 

怒り。憎しみ。二つの感情を混ぜたような黒い眼光が暗い空を捉えていた。歯を食い縛りながら拳をグッと握っていた。

 

自分の死を知った。原田の秘密も知った。色々なことを知った。

 

ゴチャゴチャになる頭の中を必死に整理する。それでも、答えはここに辿り着くのだ。

 

 

「———お前も、俺が救ってやる。必ずだ」

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出す。

 

一発の光の弾丸が銃に込められる。そして、銃口を自分の頭の右側頭部に突き付けた。

 

楢原 大樹は、貫く。

 

これからもっと激しい戦いが起こるだろう。苦しい思いをするだろう。

 

それでも、最悪な結末だけはさせない。この命に代えても、止めて見せる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

撃ち出された光が大樹の体を包み込み、自分の居た世界から姿を消した。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

楢原 大樹は、ガルペスと激闘を終えた世界へと帰って来た。崩壊した街の中心に一人佇む。

 

この時代の技術はとても優れていた。災害復興部隊と呼ばれる人たちが街を直し、復興作業していた。俺のせいで申し訳ない気持ちで一杯だ。でもガルペスも悪いんだからね!

 

恩恵で人に見つからないように街を歩き、人通りが少なくなったところで大きなため息をつくと共に恩恵を解いた。

 

 

「———超アルティメット疲れた」

 

 

ガルペスに治療して貰ったとはいえ、動くのは辛い。力の使い過ぎ、信じられない出来事、あまりの疲労にまた吐きそうになるが今度は堪えた。

 

グルグル巻きにされた包帯を(ほど)き、【創造生成(ゴッド・クリエイト)】というチート能力を使う。

 

手の中で創造されるのは一般人と書かれたTシャツと黒いズボン。急いでボロボロになった服を脱ぎ捨て着替える。

 

この力、一見万能に見えるが弱点は多いようだ。ガルペスの過去を見ている時間、暇だったので検証していたが、まず命が宿る生き物は生み出せない。それと力を結構使ってしまうことだ。アレ? 意外と少ない? 普通に強いじゃん……!?

 

 

「……23時かよ」

 

 

夕方に帰ろうとしたのに、この時間はヤバいな。折紙たち、心配しているよなぁ。

 

 

タッタッタッ

 

 

……病院に帰る前にやることがあったな。俺に向かって走って来る女の子とかな。

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

「はいはい大樹ですよーっと」

 

 

勢い良く抱き付いて来たのは狂三。いつもの真っ黒な服装で出迎えてくれた。

 

グルグルっと二回転して衝撃を和らげながら受け止める。地面に押し倒されるひ弱な主人公じゃないぞ俺は。

 

 

「丸一日帰って来ませんので心配しましたわ!?」

 

 

あちゃー、1日ズレていたかあちゃー。これは鳶一一家、激おこですわ。

 

 

「色々あったんだよ。てか、こっちはすっげぇ疲れてんだ。休ませろ」

 

 

「えッ!? 膝枕!?」

 

 

「お前のその思考回路、絶対ショートしてるぞ」

 

 

むしろ回路図がトンチンカンな状態なっていると思う。

 

 

「普通に帰らせて普通に寝させろ」

 

 

「ではお風呂が普通じゃ———」

 

 

「一番普通だ馬鹿野郎」

 

 

「普通じゃないお人が『普通』と言われますとちょっと……」

 

 

「何悪口言ってんだこの野郎」

 

 

言いたい放題だな。とっとと用件終わらせて帰ろ。

 

俺はポケットから一発の銃弾を取り出す。

 

 

「ほらよ。これにお前の力が封印されている。いつものように、アホみたいに狂った自分を撃て」

 

 

「怒りますわよ?」

 

 

だって怖いよ? 追いかけられたとき、本当に怖かったよ? この小説、R-18指定になっちゃうよ。

 

 

「あー……それとありがとうな。助けてくれて」

 

 

「お顔が真っ赤ですわよ?」

 

 

「うるせぇ。苦手なんだよこういう雰囲気。ゴキブリ捕まえる方が簡単だわ」

 

 

「どこがですか!? それは引きますわよ……!」

 

 

引くなよ。踏みとどまれ。

 

 

「多分これで会うのは最後だろうな」

 

 

「ッ……それは、どういうことですの」

 

 

どうしようかなー? 言おうかな? 未来結構変わるかな?

 

……内緒にするのが辛いが、悪いな。どうしても言えないんだ。

 

 

「嫁の所に帰るんだよ。遠い場所だから、しばらく会えねぇんだ」

 

 

目を見開いて驚く狂三。俺の腕をより一層強く掴む。

 

 

「早く病院に!」

 

 

「あれ? 時間操るような奴が俺の嫁説を信じない? 嘘だろおい?」

 

 

「……信じますわよ。大樹さんの言葉なら」

 

 

「お、おう」

 

 

急に真面目な表情になるなよ。切り替え早過ぎんだよ。

 

 

「……目の前でありえない光景を見せられれば誰でも信じると思いますし」

 

 

それはよく言われる。

 

 

「論より証拠って奴だ。ホラこれ嫁の写真。あと、銃弾寄越せ。俺が撃ってやる」

 

 

「クッ、悔しいですが可愛い子たちですわね……それと、不安なので自分で撃たせてください……」

 

 

そんなに怯える? 俺も怖い部類に入るのか? 嘘だろ? こんなに優男でイケメンな俺が? ……おいそこ今笑った奴出て来い。しばくぞ。

 

 

「あの、大樹さん? 写真に写った女性、同じ方ではなさそうですが……」

 

 

「当たり前だ。俺の嫁が一人だと誰が言った」

 

 

「もう開き直っていらっしゃいますの……!?」

 

 

「それにしても俺の嫁たち、ずっと会っていないからなぁ。会ったらおかえりのキスくらい———狂三さん? 銃口が俺の額に当たっていますよ?」

 

 

「あらあら? (わたくし)としたことが、失礼しましたわ」

 

 

「お、おう……分かってくれたなら良いんだよ」

 

 

「今、(引き金を)引きますわ」

 

 

「今何か余計な言葉が隠れていた気がするんだけど!?」

 

 

引き金に指を置くな!

 

 

「まさか大樹さんが浮気者とは……ショックですわ」

 

 

「褒め言葉として受け取ろう」

 

 

「……これは手遅れですわね」

 

 

うん。自覚あるよ。かなり。

 

拗ねた表情で俺の腹を指で何度も突く狂三。変な声が出そうになるが、何とか堪える。

 

 

「四、五年後くらいか? 次会えるのは? また記憶を失っていたらよろしくな」

 

 

本当はただ知らないだけだけど。

 

 

「ッ! つまりその時は存分にからかえると!」

 

 

「あぁ、すっげぇ遊ばれたよこのドSが」

 

 

「え? 遊ばれた?」

 

 

「それ以上追及するな変態ドS」

 

 

「わ、私に向かってそんな暴言を吐かれるのは……あなただけですわよ……!」

 

 

だろうな。確信できる。

 

それから色んなことを話した。他の人から見ればほとんどつまらない話だと指を指されるかもしれないが、有意義な時間だと断定できる。モヤモヤしていた心も、いつの間にか晴れていた。

 

 

「……そろそろ、帰るわ」

 

 

「……そう、ですの」

 

 

俺が帰ることを伝えると、狂三は微笑むが、寂しそうな表情を見せた。

 

 

「そんな顔するなよ。必ずまた会えるからよ」

 

 

「……約束ですわ」

 

 

「ああ、約束だ。またネコカフェ連れて行ってニャーニャーしてやるよ」

 

 

「……もうそれでいいですわ」

 

 

お互いの右手の小指を絡ませて約束する。

 

俺が立ち去る前に、狂三は影の中へと消えていく。

 

 

「また、未来で」

 

 

「おう、また未来でな」

 

 

________________________

 

 

 

『キレてます』

 

 

「ですよねー」

 

 

電話から聞こえる解答に俺は引き攣った笑みで溜め息をつく。

 

病院の猿飛医師に話を聞いた所、折紙たちは今日の昼に帰宅。伝言は『今スグ、帰ッテコイ』と何故か平仮名が片仮名で書かれている紙を置いて行かれたそうだ。普通に恐怖を感じるメッセージだわ。

 

 

「『怒っている』って言わない辺り怖い……」

 

 

『まぁ昨日の災害に巻き込まれたかもしれないですから当然家族は心配しますよ。早くお家に帰ってあげてください』

 

 

「そうしたいけど、ねぇ……」

 

 

『歯切れが悪いですね? どうかされたのですか?』

 

 

「……元の居場所に帰らなきゃ行けないって言ったら察せます?」

 

 

『……………お大事に』

 

 

「おい」

 

 

この医者、察して憐れんだ声で言いやがったぞ。

 

 

『ですが、帰る場所が違くても会えないわけじゃないんですよね?』

 

 

「四、五年単位で会えないって言ったら?」

 

 

『お大事に』

 

 

「その言葉の使い方すっげぇ腹立つからやめろ」

 

 

『はぁ……どうしてそんなことに……』

 

 

それは大体ガルペスのせいだろ。……あ? 人のせいにするな? うるせぇ!!

 

 

『……私は、また会える日を楽しみにしますよ。今はあの方々の所へ早く行ってください』

 

 

「えっと、コンビニでお菓子か何か買ってから行った方がダメージが———」

 

 

『お大事に』

 

 

「———ダメージ減の薬くらい提供してくれよ……」

 

 

 

________________________

 

 

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で無くした鍵を生成。完全記憶能力で形状は覚えているため簡単に作れた。

 

 

「た、ただいまー……」

 

 

まるで鬼嫁に怯えるサラリーマンの夫。オトン、アンタは夜遅くまで働くなんて偉いよ。でもオカンには勝てない。俺もよく知っている。マジで母は強いことを思い知ったよ。

 

ボロボロになった靴を脱ぎながら廊下を歩くと、妙な気配を感じた。

 

リビングに一人。誰かいる。

 

 

ガチャッ

 

 

扉を開けると、俺は息を飲んだ。

 

 

「……まさか、会うことになるとはな」

 

 

そこには天使がいた。

 

ウェディングドレスのような純白のドレスに身を包んだ姿はまさに天使だと言えよう。白いショートカットの髪をした少女———

 

 

 

 

 

「折紙」

 

 

 

 

 

———鳶一 折紙だった。

 

 

 

 

 

「お父さん……」

 

 

「俺はお前のパパじゃ……いや、やめよう」

 

 

ドンッと少し強い衝撃が胸に走る。下を向けば折紙が抱き付いて来ていた。

 

そのまま俺は抱き締め返し、ゆっくりと一緒に座る。

 

 

「……家族はどこに?」

 

 

「お父さんが病院に来たと嘘の電話を入れた」

 

 

「あー、あの家族ならすぐに行きそうだ。優しいよな」

 

 

こくんっと折紙が頷く。

 

 

「……俺のせいだよな」

 

 

「違う」

 

 

「違わない。俺が、全部変えてしまったんだ」

 

 

折紙がここにいることで、全てを理解した。

 

 

「その力は精霊だろ? この時間軸に来るためか?」

 

 

「……時崎 狂三の力も借りた」

 

 

「……そうか」

 

 

「ッ……私はあの大火災で———!」

 

 

「大丈夫だ」

 

 

抱き締める力を強めて折紙の言葉を遮った。

 

天宮(てんぐう)南甲(なんこう)町で起きた大火災。その街の上空で見つけたのは白い衣を纏った女の子。その正体が、未来から飛んできた折紙だったのだ。

 

 

「過去を変えた俺のせいだ……」

 

 

「……過去」

 

 

「折紙。俺の考えが正しいなら———お前の両親は死んだんだろ?」

 

 

「ッ! どうしてそれを……!」

 

 

折紙が驚くも俺は続ける。

 

 

「そして、両親を死んだ原因は———折紙。お前にあるんだろ」

 

 

言葉を失ったかのような反応をした折紙。最後は頷いてしまう。

 

そのことに怒りなど感じなかった。微塵も思わなかった。

 

 

「どうしてか、聞いても大丈夫か?」

 

 

「……両親の仇が、取りたかったッ……!」

 

 

ポトリッと何度も俺の服に落ちる雫を見ながら俺は折紙をより一層強く抱きしめる。

 

 

「空間震警報が収まった後、お父さんがいなくなった。必死に探していたら、両親を殺した精霊に出会ったッ……」

 

 

「ッ……」

 

 

自分とガルペスが過去に飛ばされた出来事を指すのだろう。もっと折紙に対して、ちゃんと向き合っていたらと後悔してしまう。

 

 

「奴は私は、力を与えたッ……死んだ両親の為に、消えたお父さんを探すために……時崎 狂三の力を借りてまでここに来たのにッ……!」

 

 

俺が消えた。それは恐らくガルペスと共に死んだことを話しているのだろう。今はその死ぬ過去を変えて俺は生きている。

 

未来は大きく変わっているのだ。何度も、改竄(かいざん)されて。

 

 

「真実は違ったッ……両親を殺したのは、私が精霊に攻撃して外したのが原因でッ!!」

 

 

「十分だ」

 

 

泣きながら苦しそうに叫ぶ折紙の言葉を止めた。

 

 

「俺のせいだ。本当なら、あの大火災で両親が亡くなり俺がお前を育てるはずだった。でも、俺が助けたせいで変わってしまったんだよな」

 

 

初めて会った時、俺のことを父と呼ぶ理由はそこにあった。でも、俺があの大火災で過去を変えてしまった。

 

最低だ。今、ここにいる折紙の思い出を全否定している。俺の存在が、両親の生が、彼女を殺しているのだ。

 

それが酷く心を痛めつけていた。それでも、折紙がずっと辛いことを知っている。だから、この心の痛みは甘えだ。

 

唇をグッと噛み、震わせた。手も、震えていた。

 

 

「違う……違うッ……お父さんは何もッ」

 

 

「悪くない……そう言ってくれて嬉しいぜ折紙。でも、俺のせいで『折紙(お前)』は消えてしまうんだろッ……?」

 

 

過去が変われば、未来は変わる。当たり前のこと。

 

今度は、俺が涙を流す番だった。

 

目の前に居る可哀想な女の子を救えない。こんなにも苦しんでいるのに、痛みから解放させてあげれないなんて。

 

 

「何だよこれッ……どうすりゃいいんだよッ……!」

 

 

今から過去を変える? ならあの時死ななかった折紙の両親を殺すってか? そんな真似できるわけがねぇだろうがぁ!!

 

もう何もかも手遅れ。それが俺たちに突きつけた最悪な現実だった。

 

 

「……よく聞いて欲しい、大樹」

 

 

「ッ!」

 

 

折紙が名前で呼ぶ。しっかりと聞こえるように、顔を近づけて耳元で話す。

 

 

「新しい未来での私は、違うと思う」

 

 

「そんなことはねぇ! 俺が折紙を大事に思う気持ちは……今も未来でも変わらねぇ!」

 

 

「……嬉しい」

 

 

その一言を聞いた瞬間、折紙の体から光の粒子が溢れ出した。

 

抱き締めている温もりが少しずつ無くなる。折紙の体は透け始めていた。

 

 

「私は、大樹の元にはもう帰れない。でも、未来の私は大樹の元に、そばに居れる」

 

 

「……約束する」

 

 

涙を零しながら決意する大樹に、折紙は顔を合わせて聞いた。

 

 

 

 

 

「お前を悲しませた分、辛い思いをさせてしまった分、俺が幸せにしてやる」

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 

「絶対だッ」

 

 

大樹の言葉に折紙は言葉を失うほど驚いた。

 

でも、嬉しいという感情は確かにそこにあった。

 

折紙は、感情に流されるままに、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎこちないなかったが、笑みを見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———ありがとうっと言い残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

抱き締めていた折紙が消えた瞬間、あの悲劇と同じくらいの喪失感を味わった。

 

しかし、あの時のように絶望しない。今は前に進める強い心を持っているから。

 

涙を拭き、立ち上がる。深呼吸して、閉じていた口を開いた。

 

 

「最後は、やっぱり———」

 

 

ドタドタと足音が聞こえ始める。玄関の扉が勢い良く開き、入って来たのは鳶一一家だった。

 

父親と母親。そして幼い折紙。息を切らしながら俺の前まで走って来た。

 

 

「———ちゃんとお別れの言葉を言いたかった」

 

 

「……事情は先生から聞いたよ」

 

 

先生とは猿飛医師のことだろう。あの人が教えたとすぐに分かった。

 

 

「どうしても、帰らなければいけないのかい?」

 

 

父親の言葉に無言で頷く。それと同時に折紙が俺の体に抱き付いて来た。

 

 

「嫌だ」

 

 

「……ありがとよ」

 

 

強く抱き付いて来た折紙の頭を撫でながらお礼の言葉を口にする。拒否した言葉に対しておかしい答えだった。

 

それでも、大樹は間違っていないと断言できる。

 

 

「離れたくない。俺のことをどれだけ想ってくれているのか十分に伝わった」

 

 

「嫌ッ……一人にしないでって言ったのに……!」

 

 

「一人じゃねぇよ」

 

 

俺は折紙を引き離させて、クルリッと体を反転させた。

 

折紙の目の前には、父親と母親がいる。退院して元気になった二人が。

 

 

「俺がいなくても、折紙は一人じゃない。家族がいる。友達もいる。そして、大切な人が増えるはずだ」

 

 

自分の指で折紙の涙を拭き取る。それでも何度も涙で零れるが、次第にその零れる量は少なくなっていく。

 

 

「本当はもっと居たかった。けれど、俺の帰りをずっと待っている人がいるんだ」

 

 

「……大切な人?」

 

 

「ああ。折紙、お前と同じくらいずっと大切な人なんだ」

 

 

俺は顔を上げて両親の顔を見る。すると二人は微笑んで先に言葉を出した。

 

 

「今まで本当にありがとう。君には数えきれない程世話になってしまった」

 

 

「礼を言うならこっちもですよ。俺も、感謝しています」

 

 

「いつでも戻って来ていいからね。待っているわ」

 

 

「はい。必ず戻ります」

 

 

両親に対して最後は笑顔で返すことができた。

 

問題は、折紙だな。まだ少し納得していないようだ。

 

これでお別れだと思われているのかもしれない。でも、俺たちは必ずまた会える。

 

 

「折紙。俺は約束しているんだ」

 

 

「約束……?」

 

 

「お前を悲しませた分、辛い思いをさせてしまった分、俺が幸せにしてやるって約束しているんだよ。だから、折紙が少し大きくなった時、また会おう」

 

 

右手の小指を折紙の前に出すと、折紙も右手の小指を出してくれた。小指と小指を絡めさせて約束する。

 

 

「絶対にッ……絶対にッ……また会おうね……!」

 

 

「ああ、また会おう」

 

 

———涙を流しながら見せる笑顔は、とても可愛く綺麗に見えてしまった。

 

女の子の泣き顔に見惚れてしまうなんてと思うが、それくらい折紙は笑顔で俺を見送ろうとしてくれる気持ちが十分に伝わったのだ。

 

ギフトカードから【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を取り出し羽織る。その光景に三人は当然驚く。

 

 

「大樹君……君は……!」

 

 

「内緒ですよ」

 

 

「……ハハッ、やっぱり君は凄いな」

 

 

しかし、すぐに三人は笑みを浮かべてくれた。

 

リビングの窓を開きベランダに出る。折紙が大声を出しながら手を振る。

 

 

「いってらっしゃい!!」

 

 

「———ああ、行って来る!」

 

 

親指を立ててウインク。満面の笑みで俺はベランダから飛び降りた。

 

飛び降りると同時に羽織っていた【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】が翼のように広がり、俺の体と一緒に空を舞う。

 

加速させながら上昇した体は雲をよりも高く舞い上がる。

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出し右手で握り絞めた。

 

 

———帰ろう、大切な人が待つ未来に。

 

 

神の力を解放すると光の粒子が銃に集まる。輝く光は一点に凝縮され、一発の弾丸を創り上げた。

 

そして、銃口を自分の頭の右側頭部に突き付けた。これ実は結構怖いよ? 失敗したら頭ボーンッ!だからね? 即死だからね?

 

転生することができたんだ。未来過去に跳ぶことなんて余裕に決まっているだろ?

 

 

ガキュンッ!!

 

 

撃ち出された光が大樹の体を包み込み、夜空に大きな星が流れた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

———死んだ。

 

 

 

別にぐげぇ!!と言いながら(はらわた)をブチ()けて死んだわけじゃない。誤解しないように。そう何度も死んでたまるか! ……めっちゃ死んだことある俺が言えるセリフじゃないが。

 

気が付けば俺は見覚えのあるベランダに布団と一緒に干されていた。

 

暖かい日光が俺を良い感じに温めている。

 

動けない。それぐらい俺は死んだ。神の力をごっそり持って行かれて。

 

 

(まさか未来に帰るだけでこんなに疲れるとは思わなかった……)

 

 

例えるなら一週間熱唱しながらフルマラソンをしたぐらいやった並みに疲れた。分かりにくい? じゃあ、今からやってみよっか(満面の笑み)

 

 

「何だ何だ!? 今ベランダに誰か落ちて来なかったか!?」

 

 

聞き覚えのある男の声に俺は苦笑い。俺だよ。ベランダに落ちて来て干されている。

 

窓が勢い良く開かれ、男は驚愕した。

 

 

「ってうおッ!? 大樹!? 何でだよ!?」

 

 

「それはこっちが聞きてぇよ原田」

 

 

坊主頭の男———原田がそこに立っていた。俺は嫌な顔で顔を見る。

 

 

「おいテメェ。ここは折紙の家だぞ。もし不法侵入なら問答無用でぶっ殺す」

 

 

「誤解だぁ!! ちゃんと家主に許可取ってお邪魔してるわ!」

 

 

「そうか。じゃあ死ね」

 

 

「何でだよおおおおおォォォ!?」

 

 

「俺は折紙を幸せにするって約束したんだ。居るだけ不幸を呼ぶお前がここにいる時点で死刑判決下ってんだよ」

 

 

「理不尽ッ!! って馬鹿なやり取りしてる場合じゃねぇよ!!」

 

 

原田は急いで俺を担ぎ上げて部屋の中へ乱暴に放り投げる。おい。俺は怪我人だぞ。雑すぎるだろ。

 

 

「お前が居ない間、大変なことになったぞ!?」

 

 

「アリアたちが消えたことか? もう大丈夫だ。それは解決したから———」

 

 

「その後だ馬鹿野郎!!」

 

 

「———ゑ?」

 

 

その時、俺の服の右袖がクイクイと強めに引っ張られていることに気付いた。

 

視線をそちらに移すと、

 

 

「おそいわよ! いままでどこにいっていたのよ!」

 

 

金髪のツインテールの小さな女の子が俺に対して説教をしていた。

 

それは、誰かにとても、とても、とても似ていた。

 

同時に反対方向からも左袖がグイグイと引っ張られている。今度はそちらに視線を移すと、

 

 

「だめよアリア! わたしがさきなんだから!」

 

 

黒髪の小さな女の子がプンスカと可愛く怒っていた。

 

それは、誰かにめちゃくちゃ似ていた。ホントめっちゃ。

 

 

「—————アポ?」

 

 

「駄目だ……大樹の顔が超高校級の野球選手みたいになっていやがる……!」

 

 

思考が追いつかない。両手にロリっている俺は何も喋れない。

 

 

「アタシだってさきなんだから!」

 

 

「わたしだってずっと待ってました」

 

 

前から新たに二人追加。わーい、見たことのあるロリが二人追加だぁー! 金髪のロリに関してはすっげぇそっくりだなぁ!

 

 

「あ、ははは……はは、はは……ははははははははははははは」

 

 

「大樹!? しっかりしろ!? 大樹いいいいいいィィィ!!」

 

 

これは何かの間違いだ。そうだ。俺はきっとまだ悪い夢を見て———!?

 

 

「く、クロうさぎが! クロうさぎが先です!」

 

 

ウサ耳がついたロリに抱き付かれた瞬間、俺は全てを理解した。

 

僕ね、見たことあるよ。しかも、写真まで撮ったんだ。

 

震える手で携帯端末を取り出し写真を空中に浮かぶディスプレイに映し出す。なんということでしょう。目の前にいるウサ耳の少女と同じじゃないですか。

 

 

『しかし、本当に元の時代に帰れると思わないがな』

 

 

ガルペスの言葉が頭の中を駆け巡る。あー、これはもう駄目だ。叫んで楽になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の嫁が全員ロリったあああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼に休息の一時は、まだ訪れることは無かった。

 





次回、【七罪の悪戯にご用心】


大樹「おk 犯人特定したわ」


原田「ロリコンが何か言ってるw」


ロリコン「表出ろ」



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。