どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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多分魔王アジ=ダカーハと最強の大樹との戦闘が一番規格外でぶっ飛んでいます(笑)


アジ=ダカーハに関することで、作者が間違っている可能性が90%の確率であります。

その時は『優しく丁寧にエロく教えて』下さると嬉しいです。やっぱエロはなしで。感想が大変なことになりそう(白目)




悪にある己の正義

【魔王アジ=ダカーハ】

 

 

———『拝火教(ゾロアスター)』。善と悪の二元論で世界の(ことわり)を解くという特異な宇宙観(コスモロジー)を持つ神軍の一派の筆頭が三頭龍だ。

 

この魔王は、悪行を為すことを目的として生み出され、暴威を振るう魔王なのだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

三頭龍の一撃は大気を揺るがした。余波で生まれた暴風は鼓膜を破壊するような産声を上げ、奈落と断崖を生み出すほど地面を抉り取りながら凄まじい衝撃波が放たれる。

 

その攻撃に大樹は音速で走り出し回避。三頭龍の間合いを見計らう。

 

 

『……………』

 

 

動き回る音速の大樹を黙って見続ける三頭龍は、指先で虚空に横に『一』の文字のようになぞった。

 

途端に背中の翼が形を変えて黒い刃へと姿を変える。

 

 

ダンッ!!

 

 

刹那、大樹の目の前に三頭龍が立ち塞がった。

 

大樹は三頭龍と目を合わせる時間もないまま、黒い刃が大樹に向かって振り落とされた。

 

 

ドシュッ!!

 

 

『ヌッ……!?』

 

 

そして、三頭龍の左腕が宙を舞った。

 

唐突に感じた左腕の痛みに三頭龍は驚愕する。気が付けば翼の黒い刃は見るも無惨な姿に変わり果てていた。

 

大量の血液が噴出し、巨体の体を赤く染め上げる。そして大樹の持っていた刀も血に染まっていた。

 

 

ドシュッ!! ガシッ!

 

 

まるで三頭龍の行動を読んでいるかのような動きだった。

 

大樹は持っていた刀を三頭龍の右足に刺して地面と固定。反撃しようとしていた三頭龍の右腕を掴み動きを止めた。

 

左手に持っていた長銃の銃口が三頭龍の真ん中の頭部の喉に突きつけられる。

 

 

「降参しろ、死にたいのか?」

 

 

『フンッ!!』

 

 

大樹の言葉を聞く耳など持ち合わせていなかった三頭龍は左右の頭部で大樹を噛みつこうとする。

 

攻撃を避けるために大樹は銃の引き金を引かないまま後ろに跳んで回避する。

 

 

ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!

 

 

三頭龍が流した血は地面に落ち、多くの生命を宿らせた。血に濡れた地面は姿を変えて双頭の龍へと変幻する。その数はどんどん増えて行く。

 

神霊級の分身たちを出した魔王に、大樹は舌打ちをする。

 

 

「チッ、無駄だ!!」

 

 

カッ!!

 

 

大樹の真上に千を超える【神刀姫(しんとうき)】が展開された。刃は魔王の分身へと向けられる。

 

 

「【神刀姫】!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

大樹の掛け声と共に、音速で刀が放たれる。刀は分身の体に刺さって行き、八つ裂きにした。

 

次々と分身が地へと落ちる中、三頭龍は己の分身を盾にすることで刀を防いでいた。

 

 

『……………!』

 

 

虚空から無限に出現する刀に三頭龍は耐え続けていた。膨大な力を蓄えながら。

 

 

「ッ!」

 

 

『遅いッ!!』

 

 

三頭龍の力に気付いた大樹だが、魔王がその一歩先に行く。分身を大樹に投げつけて動きを一瞬だけ鈍らせる。

 

 

「野郎ッ!?」

 

 

焦りながら刀で分身を一刀両断する。その無駄な行為が大樹の身を危険に晒す。

 

 

『【アヴェスター】起動———相克(そうこく)して(まわ)れ、【疑似創星図(アナザー・コスモロジー)】……!!』

 

 

三頭龍を中心に大地と大気が共鳴する。魔王の両手に力が収縮し、灼熱の球体が生み出される。

 

火を尊び崇拝する『拝火教(ゾロアスター)』の加護を受けた絶対悪の炎は、神すら灰にする。

 

 

『終わりだ愚かな英傑よ』

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

放たれた灼熱の双球。その双球に吸い込まれるように放たれた【神刀姫】を取り込んだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

『貴様ではこの『悪』の御旗は砕けないッ!!』

 

 

双球は一つの巨大な球へと合わさり、三頭龍が構築した炎球は光の輝きを増した。

 

大樹が放つ神々しい光と共に爆発的に膨れ上がるエネルギー。余波は建造物を瓦解、溶かし、灰にする。

 

 

(奴の恩恵は、恐らく力を吸収する類の恩恵! いや、全部上乗せしている!)

 

 

一つ一つ謎を紐を解く時間はない。しかし、『アヴェスター』と『ゾロアスター』の言葉などで敵の謎は大まかに推理できていた。

 

凶悪な笑みを浮かべた魔王アジ=ダカーハは、炎球を放った。

 

 

 

 

 

———が、炎球は消えてしまう。

 

 

 

 

 

『……………ッ!? 馬鹿な!?』

 

 

炎球はフッとロウソクの火を息で消すように消えてしまった。あまりの拍子抜けな現象に、魔王は酷く驚いてしまった。

 

そして、魔王が凶悪な笑みを浮かべたように、大樹もまた笑みを浮かべていた。

 

 

()()()()()? 魔王アジ=ダカーハ」

 

 

『何だと!?』

 

 

「さすが魔王だ。確かに、俺の恩恵は神から貰ったモノだ。少ないヒントでよく分かったな」

 

 

三頭龍は大樹から感じ取った神霊級の力で『神から力を貰っていること』を解き明かした。人間が到底できる動きじゃない身体能力、刀による常軌を逸脱した業の数々。

 

何十、何百、何千の神の力を魔王は推測をしただろう。しかし、その数多ある推測に、この推測はできなかった。

 

 

「俺の恩恵は、恩恵を()()()()()()()()()ことができる」

 

 

『馬鹿な!?』

 

 

アジ=ダカーハの恩恵。簡単に言えば相手の恩恵の性能を全てそのまま自分の力に上乗せする———それが最恐の魔王が持つ恩恵の正体。

 

万が一敵が『恩恵を無効にする』恩恵を持っていたとしても、その恩恵の性能も全て自分に上乗せされるため、『恩恵を無効にする』恩恵を、無効にすることができる。死角のない万能の超恩恵を兼ね備えていた。

 

当然、三頭龍はその推測はしていた。しかし()()()()()()()()()となれば話は別だ。

 

その恩恵が発動すれば、まずこちらの恩恵が完全に無効化されて『恩恵の性能』を自分の力に上乗せできないからだ。

 

炎が消えたのは【神刀姫】に与えられた神の力を取り込んだせい。無効化する力が発動したからだ。

 

 

「お前の力は大体見抜けていた。善悪二元論的宗教———ゾロアスター教の教義から推測させてもらった。人類が最初にもっとも見るべきモノ……俺が一番良く考えて考え抜いたことだ」

 

 

二元論を最速で構築できる相剋の【疑似創星図(アナザー・コスモロジー)】。そこから敵の宇宙観の反面を模倣して自分に取り込み限定的に行使する。その結果で、生まれたのが炎の球体だ。

 

善と悪の二元論。懲罰(ちょうばつ)すべき原初の試練。

 

真紅の布地に刻まれた『悪』の御旗を背負う魔王。それは善を勧め、悪を懲しめる運命から逃げないための証を持つ姿は聖人とも言える。

 

人類に『絶対悪』を打倒する英雄を求める———まさに人類最終試練(ラスト・エンブリオ)

 

 

『貴様……一体……!』

 

 

「まだ話は終わらねぇぞ? 光を『善』の象徴とし、純粋な『火』を尊ぶ。つまりお前の炎の恩恵は拝火教(はいかきょう)から来ている。『火の寺院』って称されているぐらいだからな?」

 

 

三頭龍は愕然とした。

 

恐ろしい速度で次々と解き明かしていく大樹に、驚く事しかできない。

 

莫大な知識は、魔王と互角。いや、上回っていた。

 

 

「歴史観や宇宙観から来る終末論……つまり人の善でない道徳的に道から外れた悪の説明は言わなくてもいいだろう。俺が言うのは、お前を倒す唯一の答えだ」

 

 

『何者だ……貴様一体、何者なのだ……!?』

 

 

三頭龍の体は震えあがる。

 

上層が恐れるこの魔王の存在。

 

下層を一夜で滅ぼすこの魔王の存在。

 

そんな存在を、(ことごと)く上を行く存在が目の前にいた。

 

彼のことを人とは言えない。人類の英雄と呼ぶには足りない。神という言葉でも()()()()()()

 

何故なら幾多の進軍を葬ったこの魔王が、大樹の存在をそう捉えてしまったから。

 

 

「正義と悪ばかり唱え続けるお前の言葉! それは全ての善を正義と法の神に帰し、不道徳な神と敵対する『拝火教(ゾロアスター)』の教義というならば、人類に———!」

 

 

 

『来るがいい無謀に挑む英雄よ! そして踏み越えよ―――我が屍の上こそ正義であるッ!!』

 

『貴様ではこの『悪』の御旗は砕けないッ!!』

 

 

 

答えのヒントは、魔王の口から出ていた。

 

 

 

 

 

「———悪を乗り越える勇気を求めている。そうだろ、魔王アジ=ダカーハ!!」

 

 

 

 

 

三頭龍は絶句するしかなかった。己の存在を見破られた時間———わずか数十分。

 

箱庭の英知を集めても数十分で解かれることは、絶対にありえない。

 

知識の化け物。いくら知恵を振り絞ったとしても、魔王の正体を暴くことは絶対にありえない。

 

その絶対にありえない概念が今、覆された。

 

 

『……甘く見ていた』

 

 

魔王は、再び闘志を燃やす。

 

 

『貴様の存在を軽く見ていたことを……だがッ!!』

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

三頭龍の放つ覇気。凶悪な暴風が渦巻き、灼熱の炎を一帯に生み出した。

 

 

『届かぬ!! 貴様はまだ、真実に辿り着けていないッ!!』

 

 

大樹の一撃では、魔王アジ=ダカーハを打倒できない。決定的なピースが欠けていた。

 

そのピースを己に当てはめれない限り、魔王は倒れない。悪夢が消え失せることはない。

 

 

「まさか、勝利条件に必要な永久機関のことか?」

 

 

だが、目の前にいる男はそれを言い当てるのだ。

 

先程述べた通り、彼は人とは言えない。人類の英雄と呼ぶには足りない。神という言葉でもまだ足りないと。

 

だから、彼は知っているのだ。何が足りないのか。何が欠けているのか。

 

全知全能の神から貰った力を使い、脳に叩きこんだ莫大な知識情報で解き明かす。

 

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を乗り越えなければ人類全てを滅ぼす要因がある。その要因がお前で、絶対悪として顕現したというなら悪意ある権力者が永久機関を地球環境を破壊し尽くす兵器として使ったからだということ」

 

 

人類の文明の発展と共に民草から信仰が失われ道徳心が欠如する末世人類———それが終末論。その終末論の引き金を引くには、悪意による暴走で十分だ。

 

 

「終末を乗り越えるには、人類が霊長として次の進化が必要……原因が永久機関なら、また永久機関を正しく使うってことだ。もしくは永久機関の力を手にした者がお前を打倒すれば証明できるだろ」

 

 

『ありえん……! そんな馬鹿なことがありえるわけがないッ!?』

 

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)の一つをここまで紐を解く大樹に、三頭龍は認めることができなかった。できるはずがない。

 

人類が得られる知識を越えた英知は、神の領域に触れるどころか凌駕していた。

 

理解できない。信じられない。ふざけるなッ!!!

 

魔王アジ=ダカーハは、最後の力を解放する。

 

 

『真実を述べよ!! 貴様は、何をしたッ!?』

 

 

怒号と共に大地から溶岩が吹き出し、空から何十を超える雷が落ちる。双頭龍の数は何倍も膨れ上がり、世界の終わりを迎えるような光景へと変わる。

 

地獄のような光景を目にしても、大樹は笑みを浮かべて答えた。

 

 

「大切な人を、救いに来た。ただ、それだけだ」

 

 

手に持っていた刀と銃をギフトカードに直し、拳を作り構える。

 

 

「全力で来いよ魔王。正義も悪も関係ない。『俺』というの名の下でぶっ飛ばしてやる」

 

 

『……!』

 

 

魔王の心は昂っていた。今まで以上に、この戦いに興奮していた。

 

出会ったことのない強者に、英雄に、『楢原 大樹』という人間に。

 

自分勝手な言い分だが、その言葉には確かに含まれている正義があった。

 

ならばと三頭龍は力を解放する。正義の前に立ち塞がる絶対悪は、自分だと言わんばかりに。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

三頭龍の切断された左腕が再生する。同時に霊格が肥大し力を溢れさせていた。

 

終末の時が来た。人類が滅ぶか、絶対悪が滅ぶか。

 

白い体は闇の様に黒く染め上がる。三頭龍から発せられる覇気は大地を震わせた。

 

 

『絶対悪に突きつけたお前という刃の輝き……絶対に忘れはしないだろう。だが、貴様の刃は人類の命運と共にここで断つッ!!』

 

 

「人類を背負う程俺は立派じゃねぇよ。だけど、人類救うことができるならいくらでも背負ってやるよ」

 

 

両者の最大を持って全力の一撃をぶつける準備は整った。

 

 

「全てを救うことを決めた俺に———!」

 

 

『絶対悪を掲げた御旗に———!』

 

 

正義と悪は叫ぶ。

 

 

「『敗北の二文字は、ないッ!!!』」

 

 

ダンッ!!!

 

 

同時に踏み込んだ両者の足は、大地を大きく震わせた。

 

白き流星の如く、光の速度を叩き出すのは大樹。対して黒き隕石の如く、超破壊力を生み出すのは三頭龍。

 

宇宙銀河に影響を与えてしまう衝撃が発生した。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

距離を詰めるだけで恒星を破壊する衝撃波を生み出す。ここからが本番だった。

 

 

 

『【覇者の光輪(タワルナフ)】!!!!』

 

 

 

「【双撃(そうげき)・神殺天衝】!!!!」

 

 

 

互いが持つ最強の一撃が全力でぶつかった。

 

 

衝撃はまさに超新星爆発(スーパーノヴァ)と同等の破壊力。

 

 

音は何も聞こえないくらいの超爆音。衝撃波は一帯の地を消滅させる。

 

 

それでもなお、正義と悪は叫ぶ。

 

 

 

『朽ち果てろッ!!! 人類の英雄よッ!!!』

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおォォォォ!!!!」

 

 

 

神の力と絶対悪の力。両者が交わることなど不可能。

 

 

ゆえに、反発し互いを殺し合う。生き残るのは自分だと叫ぶ。

 

 

———『正義』と『悪』の戦いは、この一撃で幕を下ろした。

 

 

________________________

 

 

超巨大クレーターの中心に、勝者の影と敗者の影が映っていた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

肩を上下させて荒く息をしていたのは勝者の影。敗者の影はその場に倒れていた。

 

 

『……ふむ』

 

 

己の体を見て笑った。胸の中心、心臓を貫かれていた。

 

 

———勝者は正義。

 

 

———敗者は絶対悪。

 

 

大樹の放った双撃———光の超一撃は魔王アジ=ダカーハの【覇者の光輪(タワルナフ)】を打ち破り、三頭龍の体を突き抜けた。

 

 

『まさか……まさかこの(オレ)を一撃で打倒するか……!』

 

 

「一撃……? 馬鹿言うんじゃねぇよ……腕斬ったりしてるから一撃じゃねぇだろ……!」

 

 

頭を抑えながら無理矢理笑みを浮かべる。そして、違和感に気付く。

 

 

(頭が痛くならない……? まさかッ!?)

 

 

「ぐぅ!!」

 

 

悲鳴を上げる体を無理矢理動かす。過去が変わったから頭痛が起きた。逆に言えば過去が変わっていないから頭痛が起きないのだ。

 

黒ウサギの身が危ない。だけど急いで行かないと———ッ!?

 

 

「がぁああッ!?」

 

 

唐突に激しい頭痛が襲い掛かって来た。これは過去を変えた時の痛みでは無い。

 

 

(【神の加護(ディバイン・プロテクション)】の副作用……!)

 

 

一時間という制限時間が経ったのだ。脳を撃ち抜いた激痛が倍になって蘇ったのだ。

 

視界がグラグラと揺れてその場に倒れる。必死に地を這いながらも黒ウサギのところへ向かおうとする。

 

 

「ぐぅ……はぁ……はぁ……ッ!!」

 

 

『……苦しんでいるな英雄よ』

 

 

三頭龍は倒れながら無様な姿を見せる大樹に声をかける。しかし、その声が届かないほど彼は必死になっていた。

 

 

「俺がッ、助けなきゃッ……俺がぁ……!」

 

 

ダンッ!!

 

 

全ての力を振り絞って立ち上がる。

 

 

「負けるかよッ……クソッタレがああああああああァァァッ!!」

 

 

『………!』

 

 

まるで傷だらけの英雄を見ているかのようだった。

 

魔王の瞳に映るのは、正義を振りかざす男の姿ではなかった。

 

 

「黒ウサギいいいいいィィィ!!!」

 

 

大声で名前を叫ぶ男の姿。大切な人の為に美しく抗う愚かな男だ。

 

 

『……くはッ』

 

 

魔王は笑った。

 

このような男に負けたこと。それはどんな汚い英雄に負けることより最悪なことだ。しかし、これを笑わずにはいられない。

 

単純な男だ……魔王は呟いた。

 

 

『貴様の恩恵で(オレ)の力を完全に打ち消し、勝つことは容易だったはず。しかし、貴様は使わなかった。代わりにあったのは———勇気だ』

 

 

三頭龍は覚えている。

 

あの拳に込められた思いの強さを。

 

闇に埋もれた心の奥底まで響き渡ったあの福音を。

 

 

『我が屍を踏み越えし正義を持った一人の英雄よ———ここに称えよう』

 

 

「ッ!」

 

 

その時、大樹を襲っていた痛みが消えた。

 

気が付けば魔王の手が自分の腕を掴み、自分に力を授けていた。大樹は目を見開いて驚愕する。

 

 

「お前ッ……!」

 

 

『貴様は後悔するだろう……この(オレ)を殺さなかったことに』

 

 

白い粒子が三頭龍に集まるように、殻のようなモノを造り上げていた。

 

魔王は、深き眠りにつこうとしていた。

 

 

『最後に問おう。貴様にとって【悪】という存在はどういうモノかを』

 

 

「……………」

 

 

英雄———大樹は迷うことなく答えた。

 

 

「救うべき存在だ」

 

 

『……何故?』

 

 

「お前のように生まれた時から悪になんてなれやしない。憎しみや悲しみが、人を悪にしてしまう。でも憎めることができるのは、大切なモノが確かにあったんだ」

 

 

大切な人が殺された。殺した奴を憎んだ。しかし、その憎しみが生まれるのはそれだけ大切な人を愛していたという証拠にもなる。

 

悲しんで涙を流してしまうから、それを失いたくなかった。だから失わせた要因を憎む。

 

だから、絶対に【悪】が悪いとは言わない。

 

 

「俺は、救いたい。全てを」

 

 

『……大馬鹿者。この魔王を倒すことよりも、優先すべきことがあるなど堂々と言えたモノだ』

 

 

バサッ

 

 

大樹の背中から真紅の布地が羽織られる。絶対悪の御旗に印された紋様は消えている。

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を乗り越えた英雄に———褒美が与えられた。

 

 

『行くが良い、英雄よ。正義を掲げ、悪を知ったお前なら……問題ないだろう』

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

真紅の布地は大樹に適合し、悪魔のような翼を形作る。強風を巻き起こした。

 

 

『貫け。(こころざし)を持つ者よ』

 

 

「ッ! ありがたく使わせて貰うぜッ!!」

 

 

———【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】、発動。

 

 

超音速で飛翔した大樹はあっという間に見えなくなる。

 

その英雄の姿を見ていた三頭龍は白い殻に包まれるまで瞳に焼き付けた。

 

己が生で悪を示した魔王。己が死で正義を示す魔王。

 

しかし、あの男はそんな魔王を許し『救う』などと戯言を述べた。

 

 

『忘れぬぞ。この巨悪に撃ち込んだ拳の重み』

 

 

———魔王アジ=ダカーハは、何百年後の未来へ行く為に深き眠りにつく。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

「ッ……あまり痛くない?」

 

 

空を飛翔中、忘れもしないあの痛みが襲い掛かって来た。しかし、痛みはスッと消える。

 

羽織っている真紅の布地のおかげであることがすぐに分かる。

 

神の力を全力解放して打倒することができた魔王。その存在は一生忘れることはないだろう。

 

 

「ッ……【創造生成(ゴッド・クリエイト)】」

 

 

正体を隠す()()()を作り出して装着。やっと月の兎たちが見えた。

 

驚く彼らの前に降り立ち黒ウサギを急いで探す。怯えられた反応を見ると、話しかけて聞きたいと思えない。

 

その時、一人の女性が俺の前に立った。

 

 

「ねぇあなた」

 

 

白いトレンチコートに革のロングブーツ、左右の耳に逆廻きの貝殻のピアスを身に付けている金髪の女性。

 

大樹は立ち止まり、彼女の方に向く。

 

女性は真剣な目で、彼に問う。

 

 

「どうして、馬の被り物を頭につけているの?」

 

 

「……………ヒヒーン」

 

 

「全員攻撃準備」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

一瞬だけ女性の後ろにいた奴らからとんでもない霊格を感じたぞ。

 

何故馬の被り物を? それは仮面より正体を隠せるからさ!

 

 

「あなたが三頭龍と戦っていた男ね。その魔王は今どこにいるのかしら?」

 

 

「俺が魔王アジ=ダカーハだッ!!」

 

 

「全員超攻撃」

 

 

「おい馬鹿やめろ。冗談に決まっているだろうが」

 

 

「冗談は顔だけで十分よ」

 

 

「ヒヒーンwwwwワロスワロスwwwテラワロスwww」

 

 

「よし、死ね」

 

 

チュドーンッ☆

 

 

「テメェゴラァマジで撃ちやがったなボケェ!!!」

 

 

「やれやれ……こんな緊急事態に遊んでいる場合かね———」

 

 

女性の後ろから現れた山高帽に燕尾(えんび)服を着こんだ男。右手で帽子を抑えつつ呆れた。

 

 

「———金糸雀(カナリア)?」

 

 

「ブフッ!?」

 

 

か、かかかかきゃかきゃ金糸雀!? それ旧【ノーネーム】の参謀さんじゃねぇか!

 

事情を知っていた大樹。黒ウサギが嬉しそうに話していた女性だ。一気に動揺してしまう。

 

 

「先程の超衝撃も気になる。もし魔王が次、同じことをすれば終わりだ」

 

 

あ、俺と三頭龍のアレか。そんなにヤバかった?

 

 

「へーそうなのかー、じゃあ俺はこれで」

 

 

「「待て変態」」

 

 

「オーケー、俺を変態呼ばわりする覚悟はできていて言ったんだよな? この魔王アジ=ダカーハを打倒した俺に簡単に勝てると思うなよ雑種」

 

 

「「「「「えッ?」」」」」

 

 

「あッ」

 

 

シーンッ……と場が静まり返る。そして、

 

 

「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええェェェ!?」」」」」

 

 

「うるさッ!? めっちゃうるさッ!? 耳に穴が開くわ!! いや開いているのか」

 

 

「最悪だわクロア!! 月の都はこんな変態に救われたのよ! 月の兎が可哀想で仕方がないわ!」

 

 

「表に出ろクソビッチ。テメェの言動に一番腹が立った」

 

 

「待て金糸雀! あの魔王アジ=ダカーハだぞ!? そんな馬鹿なことが———」

 

 

そして、全員の視線は大樹の羽織っていた真紅の布地———【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】へと移る。

 

 

「「「「「戦利品ゲットしてるぅ!?」」」」」

 

 

「いや貰ったんだけどな」

 

 

「最悪だわクロア! 箱庭はこんな変態に救われたのよ! 箱庭に住む私たちはもう生きて行けないわ!」

 

 

「お前本気でぶっ飛ばすぞ」

 

 

「待て金糸雀! あれ人類最終試練(ラスト・エンブリオ)だと聞いた!」

 

 

「ッ!? 最悪だわクロア! 人類はこんな変態に救われたのね! 死ぬしかないわッ!!」

 

 

「キレたわ。なら死ね。もう死ね。はよ死ね。死んで死んで死んでくれ」

 

 

流石の大樹もブチギレた。

 

しかし、彼らの足元に転がっている黒い機械質の残骸を見て怒りを鎮めた。恐らく一機だけじゃない。軽く見積もっても30は超えている。今度は数で押して来たか。

 

 

「コイツら……お前らが倒したのか?」

 

 

「ええ、月の兎を狙っていたから壊したわ。何故かあの小さな兎さんが狙われていたわね」

 

 

実にありがたいことだった。本当に助かった。感謝の言葉で一杯だ。

 

金糸雀が見る方向には黒ウサギが……うん? あれ? 凄く小さいな……?

 

 

(なるほど、ロリウサギか……あの幼い容姿が、とんでもないナイスバディになるとは思えないな)

 

 

「待ちなさい。その手に持っている物を渡しなさい」

 

 

「安心しろ。ちょっとロリ撮って来るだけだから」

 

 

「よし、死ね」

 

 

チュドーンッ☆

 

 

「っていない!?」

 

 

既に大樹は光の速度で黒ウサギのところまで瞬時に移動。黒ウサギの可愛い姿を携帯端末のカメラに収めていた。もちろん、馬の被り物をした男を見て黒ウサギは涙を流している。そして大人の月の兎たちにボコボコにされていた。

 

 

「ふむ、彼は良い趣味をしているではないか」

 

 

「黙れロリコン。一緒に死ね」

 

 

ついでに数多のコミュニティを襲って幼い少女を誘拐し、一大ハーレムを造ろうとした【燕尾服の魔王】もボコボコにされた。

 

 

「良い写真が撮れた」

 

 

「どれどれ……ふむ、確かに良い写真じゃないか」

 

 

「分かるのか同志よ!」

 

 

「分かるとも我が友よ!」

 

 

ガシッ!!

 

 

燕尾服と大樹は強く手を握り絞めた。

 

 

「早く死ね。苦しんで死ねとは言わないわ。早く死ね」

 

 

「「ちょっとうるさいぞババァ」」

 

 

「よし殺す」

 

 

________________________

 

 

 

大樹が被っている馬の被り物は、もはや馬に見えないくらいボロボロになっていた。血はベトベトに付着しているわボロボロになって目玉が飛び出しているわ。とりあえずR-18のグロ並みだった。

 

 

「金糸雀。頼みがある」

 

 

「絶対に受けたくないんだけど……」

 

 

「そう言うなよ。俺とお前の仲だろ?」

 

 

「もう最悪なんだけど。名前も知らない上に馬の被り物を被った変態に仲を諭されそうになっているんだけど……」

 

 

「受けようッ」

 

 

「「「「「このロリコン、もう変態に諭されてた!!」」」」」

 

 

金糸雀だけじゃなく周りにいた人たちが全員驚愕していた。変態二人は表情は全く見えないが、すがすがしいってくらい良い笑顔になっているだろう。

 

 

「ウサギ達のこと、頼んだぞ。特に小さい子」

 

 

「任された」

 

 

「もう好きにしてちょうだい……」

 

 

金糸雀は頭に手を当てて呆れた。

 

 

(ティナ、真由美、優子、アリア、黒ウサギ……これであとは美琴だけだ……)

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出して光の弾を作り出す。

 

ガルペスは必ず美琴の所まで行くはずだ。ここまで念入りに一人一人消そうとするやつだ。恐らく最後は———アイツがいる可能性が高い。

 

 

「どこに行こうとするのかね?」

 

 

「ちょっと、な……あ、その前に大事なことを言うの忘れてた」

 

 

「大事なこと? それは一体……?」

 

 

俺は引き金を引きながら告げる。

 

 

 

 

 

「アジ=ダカーハの封印、まだやっていなかった(笑)」

 

 

 

 

 

「「「「「テメェこの野郎!!!」」」」」

 

 

大樹は姿を消し、その場から逃げるように去った。

 

 

 

———その後、【アルカディア】大連盟は『自由を象徴する少女と丘』の旗印を使い封印することができたそうだ。

 

 

 

———そして、その日からあの場に居た皆は口を揃えてこう言うのだ。『あの馬の骨野郎、絶対に許さん』っと。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「あのコ、足をケガしているの?」

 

 

幼い少女は隣にいた医者の男に聞く。

 

少女の目には一人の男の子が必死にリハビリをしている姿が映っていた。

 

 

「いや、彼は筋ジストロフィーという病気なんだ」

 

 

「きん…じす?」

 

 

「筋肉が徐々に低下していく病気だよ。彼はそんな理不尽な病を背負って生を受けた」

 

 

男の子がバランスを崩して倒れる。少女は不安気な表情になるが、男の子が頑張って立ち上がると、少女の表情に明るさが戻る。が、

 

 

「しかし、例えどんなに努力しても筋力の低下は止まらない」

 

 

絶望を、少女に突きつけた。

 

 

「現在の医学に根本的な治療法は無く、やがて立ち上がる事もできなくなり、最後は自力で呼吸も心臓の活動さえ困難に……」

 

 

少女は男の子を可哀想な目で見ていた。今にも泣き出しそうだった。

 

 

「だが、それはあくまで今現在の話だ。君の力を使えば彼らを助けることができるかもしれない」

 

 

少女は医者の顔を見る。

 

 

「脳の命令は電気信号によって筋肉に伝えられる。もし仮に生体電気を操る方法があれば通常の神経ルートを使わずに筋肉を動かせるはず」

 

 

医者は少女に向かって手を伸ばす。

 

 

「君の電撃使い(エレクトロマスター)としての力を解明し『植え付ける』事ができれば筋ジストロフィーを克服できるかもしれないんだ」

 

 

そして、医者は笑みを見せる。

 

 

「君のDNAマップを提供してもらえないだろうか?」

 

 

少女は病人たちを見る。

 

———必死に生きようとリハビリに励む男の子を。

 

———車椅子に座った少女を。

 

———ガリガリにやせ細った男の子を。

 

少女の中で、答えは決まっていた。

 

 

「……うんっ」

 

 

———御坂 美琴は医者の手を握った。

 

 

 

________________________

 

 

 

万能の恩恵である【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】には自身の姿を消す恩恵が備わっていた。

 

大樹は姿を消し———超電磁砲(レールガン)量産計画【妹達(シスターズ)】の原因となる一部始終を見ていた。

 

 

 

 

 

そして———隣でガルペスも一緒に見ていた。

 

 

 

 

「止めないのか?」

 

 

「ッ……!!」

 

 

ガルペスの問いに大樹は何も答えない。歯をグッと食い縛る大樹の口から血が流れている。握り絞めた手が震えていた。

 

今ここで止めれば【妹達(シスターズ)】は作られることはなく、一方通行(アクセラレータ)が大量虐殺を止めることができるだろう。だけど……!

 

 

「止めれないだろうな。止めれば今のお前は、ここにいられないのだから」

 

 

ガルペスの言う通りだった。

 

全ての出来事に何一つ欠けてはいけない。一つでも欠けてしまえば俺はここにいないから。

 

 

「これが現実だ。例え過去を変えれる状況になっても、自分の為に、自分勝手に他人の不幸を見過ごしている卑怯者だ」

 

 

「分かってんだよッ……俺が最低なことくらい、今一番分かってんだよッ……!」

 

 

「……………」

 

 

「でもよぉ……この出来事がないと……御坂妹は生まれてこないッ……美琴と仲良くなれないッ……一方通行(アクセラレータ)はずっと一人のままなんだ……!」

 

 

「それも———」

 

 

「ああ自分の勝手な解釈だクソッタレがッ……!」

 

 

涙をボロボロと流しながら美琴が医者に連れて行かれる光景を見ていた。

 

 

「……楽にしてやろう」

 

 

ガルペスの手からナイフが投げられようとする。標的はもちろん美琴。だが大樹がガルペスの手を掴んで止める。

 

 

「クッ……!」

 

 

首を横に振る大樹を見てガルペスはナイフを虚空へと消す。その瞬間、

 

 

バギンッ!!

 

 

「がぁッ!? あああああァァァ!!!」

 

 

「フンッ、過去を変えたな。俺が殺そうとした奴を救ったせいで」

 

 

激痛に悶える大樹をガルペスは見下しながら鼻で笑う。

 

 

「世界を管理している最高神の影響だ。本来ならゼウスが受けるダメージをお前が受けることになったのだ」

 

 

「ッ……まさか『保持者』が……!?」

 

 

「今更気付いたか。無様だな」

 

 

痛みに耐えながら驚愕の真実を知る。ガルペスは続ける。

 

 

「言ってるだろ。『保持者』は神の身代わりだと」

 

 

以前ガルペスが言っていた『『身代わり人形』という言葉を思い出す。その言葉通りなら、激痛に襲われる理由に説明がついてしまう。

 

 

「……別に構わねぇよッ」

 

 

「何ッ?」

 

 

「それでも俺は構わねぇって言ってんだよッ……!」

 

 

頭から血を流し、口から何度も吐血する大樹の表情は笑っていた。

 

 

「あの駄神のおかげでッ……俺は大切なモノを得たッ……大切な人と出会うことができたッ……あの馬鹿野郎にはお礼に一発殴らねぇと気が済まねぇんだよッ……!」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

「全てを救うッ……過去は変えられなくても、その分……いや、それ以上に未来はッ……俺が、絶対に救い続けてやるんだよッ……!」

 

 

最後の力を振り絞って出した大樹の答え。これまでの疲労と大量出血で、意識は途切れてしまった。

 

 

「……そんな考え、俺には不可能だ」

 

 

完全に倒れた大樹を見ていたガルペスは、着ていた白衣を脱ぎ、大樹に被せる。

 

 

「———《生まれ変われ、哀れな魂が宿った肉体よ。神の意志に従い、次元を超克(ちょうこく)せよ―――転生》」

 

 

 

________________________

 

 

あれはもうどのくらい前のことだろう。

 

俺を絶望の淵へと叩き落とした忌々しい出来事が起きたのは。

 

愛した世界が、愛した人が俺を裏切った。だから俺は……。

 

16世紀後半、世界中の国々が絶対王政の名の下に民へと圧政を強いていた時代。

 

俺はとある国の都市の片隅で医者をやっていた。

 

暮らしは裕福とは言えなかったが、人々を助けるということだけですべてが満足だった。

 

ある年の冬。

 

国を恐ろしい病が襲った。

 

何十人もの患者が目の前で死んでいった。

 

俺はこの病への薬を作るための研究をする決意をした。

 

俺は救えなかった患者の遺体を埋葬するという理由を並べ、何十人もの人間の死体を解剖していた。

 

全てはこの国を救うため。一人でも多くの人々を救うためだと信じて。

 

何日も寝ない日もあった。食事もとらない日もあった。

 

 

「ちゃんと休む時は休まないと体壊すよ?」

 

 

私が愛する妻、エオナ=ソォディアだ。いつも彼女が俺を気遣ってくれる。彼女の支えがあったから、私は医学に集中することができた。

 

そして、数ヶ月の時を経てそれは完成した。人々を救う唯一の希望———治療薬の完成だ。

 

すぐに俺はこの薬を患者たちへと投与した。効果が出るのに半日も経たなかった。真っ青で死にかけているような表情だった患者たちの顔には元気が戻り始めたのだ。

 

 

「成功だ……!」

 

 

今までの苦労が報われた。喜びに震えながら俺は呟いた。この国を救えたことに。

 

 

次の日、診療所のドアを叩く音で目を覚ました。

 

 

「ガルペス=ソォディアだな。貴様に謀反の疑いがかかっている。我々に同行してもらおう。」

 

 

ドアの前に立っていたのは国の憲兵たちだ。手には槍と

 

 

「俺が何をしたというのだ」

 

 

「貴様に薬を投与された病人どもが次々と死んでいるのだ。これを謀反と言わず何というか」

 

 

「なッ!?」

 

 

憲兵の言葉に絶句した。そんなはずはない。あの薬は完璧だったはずだ。

 

連行される道中、俺は何を考えていただろう。或いは何も考えていなかったのかもしれない。

 

行き着いた先は人を裁く裁判所。被告人はこの俺だ。

 

 

「被告人ガルペス=ソォディア。病の薬と称した殺人薬で多くの罪なき民の命を奪い、国家の転覆を目論んだ。よって貴様を絞首刑とする」

 

 

「しかし……!」

 

 

「罪人が口をきくんじゃない!」

 

 

反論は許されなかった。

 

 

「この反逆者が!」

 

「殺人鬼!」

 

 

四方より罵詈雑言が飛んでくる。中には過去に俺が看病した奴らもいた。

 

人間とはこうも簡単に手のひらを返すものなのか。

 

俺はこんなクズどもを救おうとしていたのか。

 

裁判が終わり留置所へと連行される途中、俺は監視の首を絞めて意識を落とし、逃げ出した。

 

この国から逃げるために。走り出した。

 

しかし、最後に……最後に……彼女には会っておきたかった。

 

彼女だけには俺の成し遂げたこと、無実だということを伝えたかったから。

 

ドンドンドンッ!っと彼女の家のドアを勢い良く叩く。

 

ドアが開くと、エオナが驚いた顔で迎えたが、事情を察した。

 

 

「ッ! 裁判にかけられたって聞いて……とりあえず中入って!」

 

 

「あぁ……」

 

 

彼女に手を引かれて俺は家へと入る。

 

リビングの椅子に腰掛けると俺はすぐに大声で必死の弁解を始めた。

 

 

「俺は何もしてない! 俺はただ人々を救いたかっただけなんだ!」

 

 

彼女に嫌われたくない。その一心で誤解を解いていた。

 

 

「と、とりあえずコーヒーを飲んで落ち着いて……冷めてしまうわ」

 

 

彼女はコーヒーが入ったカップを差し出す。

 

 

「……悪い」

 

 

どのくらい話しただろう。自分が治療薬を作り出すための行程、患者の為に寝る時間を削ったこと、様々なことを、細かいことを隅々まで話した。

 

彼女は嫌な顔一つしなかった。

 

 

「私は、ガルペスがそんなことするわけないって信じていましたよ」

 

 

彼女は微笑む。

 

彼女は俺のことを信じてくれている。この国で唯一。反逆者となってしまった俺のことを。

 

俺を理解してくれる人がいる。ただそれだけで安堵が訪れる。

 

 

———グラリッと視界が揺れた。

 

 

なんだ……?急に眠気が……。

 

まさか、このコーヒーに……?

 

彼女の表情を見ることもできないままに俺の意識は途絶えた。

 

そして、次に目が覚めたとき。そこは留置所の中だった。

 

 

 

 

 

———裏切られた。

 

 

 

 

 

この世界で唯一の理解者だと思っていた人間に。

 

 

最も愛した人間に。

 

 

「—————ハッ」

 

 

怒鳴り散らすことはなかった。泣き喚くこともなかった。

 

 

俺は、呆れて笑った。

 

 

そして翌朝、俺は絞首台の目の前に立っていた。

 

もうすぐ俺の命が消える。

 

すべてを失い。裏切られてた惨めな人生が幕を閉じる。

 

その瞬間、無かった感情が生まれる。

 

心の中に生まれる感情は闇のようにドス黒い憎しみ。そして、この世界に復讐することができないままに死んでいくことへの怒り。

 

俺は一歩……また一歩と絞首台へと上がって行く。

 

そして首に縄をかけられる直前。絞首台の周りに群がる人間たち……屑共に向かって叫んだ。

 

 

「今ここで俺が死のうとも、必ずお前たちに、この国に、この世界に復讐するために戻って来るッ!!」

 

 

———ガルペス=ソォディアの人生はここで幕を閉じた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ガバッと勢い良く起き上がる。とんでもない夢を見ていたようだ。

 

ガルペスの過去。命の最後。そして———!

 

 

「金髪巨乳の奥さんと結婚しているとか許せねぇえええええッ!!」

 

 

「黙れ」

 

 

「うおッ!?」

 

 

すぐそばから聞こえたガルペスの声に飛び上がる。【無刀の構え】で戦闘態勢を取るが、椅子に座りつまらなさそうに本を読むガルペスを見て気付く。

 

 

「あれ? ここはどこだ?」

 

 

壁も床も木で作られた部屋。窓から外を見れば森が広がっていた。

 

 

「ここは俺が使っていた診療所だ。ちなみにそこのベッドで、人体を解剖していた」

 

 

「うぎゃあああああァァァ!! おまッ!? 何て場所に寝かせて———!?」

 

 

寝かせて? ちょっと待てよ?

 

自分の体に、綺麗に包帯が巻かれていることに俺は驚いた。

 

 

「お前……俺を助けたのか?」

 

 

「……起きなければ解剖でもしようと思っていた」

 

 

「それツンデレだろ」

 

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 

「うん、それがお前らしい」

 

 

「チッ」

 

 

悲報。ガルペスに助けられた件について。

 

ヤバい。どうしよう。コイツに助けられると……もうどうすればいいのか分からないんだけど。

 

 

「おい。武器を直せ。俺は何もしない」

 

 

「し、ししししし信じられるかよッ!」

 

 

「動揺するな……俺だってこのような真似はしたくなかった」

 

 

ガルペスが本を閉じると、部屋の扉が開いた。一体何の本を……解体新書あたり読んでいてもおかしくないな。

 

それは過去で見たガルペス=ソォディアの姿。白衣を着た男が大量の紙の資料を手に入って来た。

 

 

「患者の容体は急変することなくゆっくりと浸食するようにウイルスが……」

 

 

ブツブツと呟きながらテーブルに資料を置き、こちらに気付くことなくペンを持って書き始める。

 

 

「……お前って、美形で金髪だったのか」

 

 

「震えて驚くことでもないだろ……この髪と顔は……最後の俺だ」

 

 

「はい?」

 

 

ガルペスの言葉に意味は理解できなかった。それより金髪のイケメンだったことに驚きなんだが。どうして今と前世がこんなに違うんだ。劣化してんぞ劣化。例えるなら映画のジャイ〇ンからアニメのジャ〇アンに変わるくらい違うぞ。

 

 

「というか、俺たちの存在に気付かないのかよ」

 

 

「気付くわけがないだろ。貴様の能力でな」

 

 

「あ、そうだった」

 

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】が自分に羽織られていることに気付く。さっきから気付くの遅いよ。全然回り見てないじゃん。

 

 

「……………」

 

 

大樹は無言で立ち上がり、ガルペス=ソォディアの背後に立ち、

 

 

バシッ!!

 

 

「痛ッ!? えッ!? 何だ!?」

 

 

頭を叩いた。

 

 

「おい貴様!?」

 

 

「プギャーwwwざまぁwwwワロスwww」

 

 

「死にたいようだなッ……!」

 

 

ドゴッ! バギッ! ゴギッ! ドゴンッ!

 

 

ガルペスと大樹が殴り合う。二人の姿が見えないガルペス=ソォディアはバタバタとなる物音にビックリしていた。

 

 

「な、何だ!? 何が起きているんだ!?」

 

 

「ええい! やめんか!!」

 

 

「クソッ……もっと仕返しできねぇだろうが……」

 

 

しぶしぶ大樹は大人しくなる。全く大人げない主人公であった。

 

声だけ聞こえるように恩恵を解き、チューチュー、ニャーニャーとネズミとネコの鳴き真似を大樹がすると。

 

 

「何だ……ネコとネズミが喧嘩していたのか……」

 

 

「過去のお前ってアホだよな。あんなに激しく喧嘩するのはト〇とジェ〇ーぐらいだぞ。納得したぞこの馬鹿」

 

 

「死に黙れ」

 

 

ギスギスとした空気が漂う中、また部屋の扉が開いた。

 

長い金髪と大きな胸を揺らしながらコーヒーを持って来た美人———エオナ=ソォディアだ。

 

 

「彼女の胸に触ったら殺す」

 

 

「怖ぇよ……触らねぇよ……もし触ったこと、嫁にバレたら生きていけねぇだろ……」

 

 

「……………フッ」

 

 

「テメェ今鼻で笑ったなおい」

 

 

本当に触ってやろうか考えていたが、その考えはすぐに消えた。

 

 

「キャッ!?」

 

 

「あッ」

 

 

エオナがその場で転んだからだ。

 

 

バシャッ!!

 

 

「あちぃ!?」

 

 

熱いコーヒーを浴びたガルペス=ソォディアは飛び上がって服を脱ぐ。エオナが急いで立ち上がろうとするが、

 

 

ゴンッ!!

 

 

「痛ッ!?」

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

エオナの頭がガルペス=ソォディアの顎に直撃。頭突きと同じくらいの勢いだった。

 

ヨロヨロとガルペス=ソォディアは後ろへと下がり、開いた窓の縁にぶつかり、

 

 

ドテッ

 

 

「うぉあッ!?」

 

 

「が、ガルペス!?」

 

 

そのまま窓から身を投げた。

 

別にここは二階じゃなくて一階だが、それでも落ちたら痛いだろう。というか、

 

 

「……………嘘だろ」

 

 

一部始終を目撃した大樹は戦慄していた。

 

コーヒーをこぼしただけでガルペスに3コンボくらい攻撃がヒットしたぞ。マジか。

 

俺はゆっくりとガルペスの方を向くと、

 

 

「フフッ、相変わらずドジだな、エオナ」

 

 

「キメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!!!」

 

 

おぇ! おんげぇ! 気持ち悪! おげぇ! おうぇ! オロロロロロ!!

 

 

「嘘だろお前!? ボコボコにされていたぞ!? 俺みたいに嫁にボコボコにされていたぞ!?」

 

 

「……何を言っている? 彼女は少し転んだ。それだけだろう」

 

 

「転んでコンボ繋ぐ嫁がどこにいる!? コーヒーぶっかけて、頭突きでアッパー入れた後、場外まで落としたぞ!?」

 

 

窓から顔を出してガルペス=ソォディアの様子を見ると、

 

 

「ハッハッハッ、怪我ないかい、エオナ?」

 

 

「サイコパスかお前ら!?」

 

 

何笑ってんだよ!? 自分の心配しろよ!? ボロボロじゃねぇかお前!?

 

 

「だ、大丈夫よ……手を少し捻らせただけだから」

 

 

「それは大変だ!!!」

 

 

「頭から血を流すお前の方が大変だよ!」

 

 

怪我人二人(一人重傷)は部屋を出て行った。

 

今の光景にドン引きする俺に、ガルペスは首を傾げた。

 

 

「どうした?」

 

 

「いや……………何でもない」

 

 

大樹は気付いてしまった。

 

 

———自分も嫁にボコボコにされて笑顔だったことに。

 

 

(コイツと同類とか絶対に嫌なんだけどぉ!?)

 

 

そして、絶望した。

 

 

「それは仕方ない。だが自己嫌悪に陥ることはない」

 

 

「は?」

 

 

「お前が大切にする人より、エオナは美しいことは仕方ないと言っている」

 

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 

冗談じゃ済まない話だ。俺の嫁が世界一……いや宇宙一可愛い。いいな? 反論する奴は全員俺の拳で潰す。

 

 

「まぁお前の愛する妻は可愛い。そこは否定しない。可愛いけど、そこまでだよなぁ」

 

 

「は?」

 

 

「俺の嫁の可愛さと比べれば足元にも及ばん。出直せポンコツ旦那」

 

 

「ぶっ殺す」

 

 

———その後、二人は日が暮れるまで嫁の話を続けた。

 

 

________________________

 

 

 

それから俺とガルペスは誠に遺憾ながらガルペスと一緒に行動していた。と言ってもガルペス=ソォディアとエオナ=ソォディアの生活様子を見ているだけだ。

 

 

「ごばッ!?」

 

 

「た、大変だッ!? ソォディアの旦那がまたやられたぞ!?」

 

 

「これで何度目だよ!? 奥さんわざとだろ!?」

 

 

「医者を呼べェ! ってコイツが医者だった!?」

 

 

ちなみにガルペス=ソォディアは毎度嫁の不幸体質にモロくらっています。凄い凄い。ドア開けただけで8コンボくらいダメージヒットした。

 

 

「心配しないでくれ。俺は大丈夫だ」

 

 

「「「「「頭から血を流している奴に言われたくねぇ!」」」」」

 

 

アイツ不死身か。

 

 

「エオナの不幸体質は周りにいる人たちを容赦なく傷つけていた」

 

 

「うん、容赦ない部分はかなり分かるぞ」

 

 

ドン引きするくらい慈悲が無い攻撃だったからな。

 

 

「そのせいで彼女は一人だった……だから俺は———」

 

 

なるほど、ここから運命的な出会いと感動的な話に———

 

 

「———彼女の不幸体質を全て自分に来るようにした」

 

 

「お前ドMだよ。ドMが恐怖するくらいのドMだよ」

 

 

———涙出ねぇよ。代わりに嫌な汗が出たわ。

 

 

「彼女が愛したモノが傷つくという法則が明らかとなった。だから彼女は俺だけ愛するようにした」

 

 

「俗に言う束縛系男子ですね分かります」

 

 

「フン、嫉妬は醜いぞ」

 

 

「ふぇ~、いきなり勘違いしているうえに何言ってんだコイツぅ~」

 

 

嫉妬する部分、大きなおっぱいと美人な嫁くらいしかないんだが。不幸体質のせいで大きくマイナスになるけどな。

 

不幸体質は、俺の予想を遥かに上回っていた。

 

夕飯のスープは紫色。何度も倒れるわ倒れるわ。死んだかと思えば笑顔で幸せそうに起き上がるわ。もうゾンビだ。ガルペス=ソォディア=ゾンビだわ。

 

一緒に布団に寝るだけで窒息死しそうになっているし、朝起きたら何故か外で寝ているし、朝ご飯の目玉焼きが爆発するし、大事な資料は紛失するし、注射が頭にぶっ刺さるし、全く関係無いのに村の人たちの喧嘩巻き込まれるし、ネコに引っ掻かれるし、馬がタックルしてくるし、ついでに嫁もタックルして来ていた。カオス。

 

 

「お前の死因って、まさか嫁なのか?」

 

 

「そんな馬鹿なことがあるわけないだろう」

 

 

目の前でヤ〇チャのように力尽きているガルペス=ソォディアを見ていたらそう思うだろ。

 

 

「……可哀想だな」

 

 

「ああ、エオナの不幸体質をどうにかしてあげたかった」

 

 

「そっちじゃないんだよなぁ……」

 

 

俺、敵に同情しているんだけどなぁ。気付てないだろうなぁ。この嫁馬鹿め。ん? 俺? 俺は馬鹿じゃない。超ウルトラスーパーアルティメットぐらい嫁を愛しているから!(つまりコイツも嫁馬鹿)

 

 

 

________________________

 

 

 

一体いつまでこのイチャイチャ(九割残酷なシーン)を見せられるのだろうか。もう胸が痛いんだけど。別の意味で。

 

そう思っていた矢先、すぐに状況が変わった。

 

診療所に患者が流れ込むように忙しくなったのだ。

 

 

「……破傷風(はしょうふう)か」

 

 

「よく分かったな」

 

 

俺の見た夢と同じ光景が広がっていた。真剣な表情で患者たちを診察するガルペス=ソォディア。

 

患者の容体から推測した感染症の名称を当てる。ガルペスは肯定した。

 

 

「傷口から体内に侵入することで感染する。擦り傷でも感染する可能性があるから、この時代での感染率は高くなってもおかしくはない。症状で……すぐに分かった」

 

 

「当時は呪いだと騒がれていた。金縛りの様に筋肉が硬直、老いるように歩行障害、悪魔が憑りついたかのような痙攣を起こす。とてもじゃないが病気とは思えなかった」

 

 

ガルペス=ソォディアは患者の容体だけでなく、感染する前の出来事や人との関係、何でも調べようとしていた。妻のエオナと共に病の正体を突き止めようとしていた。

 

寝る時間も削って、何十日、何週間、何ヵ月と時間をかけて、ついに辿り着いた治療薬を、ガルペス=ソォディアは手に入れる。

 

治療薬をリンゴと同じ値段、時にはタダで患者に売り投与した。村の人たちだけでなく、隣の村まで、国まで薬を売った。

 

 

「当時は原因と病気の正体は分からなかった。しかし、その菌に対抗する抗生物質を投与するだけで症状を抑えることに成功した。そこから原因を探り出そうとしていたが」

 

 

『ガルペス=ソォディアだな。貴様に謀反の疑いがかかっている。我々に同行してもらおう』

 

 

突如現れた憲兵たちにガルペス=ソォディアは連れて行かれた。

 

 

「邪魔が入って解明できなかった。奴らは俺の治療薬を欲していた。当然、金儲けの為にだ」

 

 

裁判所で一方的に裁かれ、留置所にぶち込まれようとしているガルペス=ソォディア。俺とガルペスは手を出すことなく見ていた。

 

 

「……過去、変えないのか?」

 

 

「変えたら今の俺はここにいない。消えるわけにはいかない。それに———」

 

 

監視の首を絞めて意識を落とし、ガルペス=ソォディアは逃げ出した。その時、ガルペス同士がぶつかろうとする。その瞬間、

 

 

スッ……

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルペスの体は、空気のように突き抜けてしまった。

 

ガルペス=ソォディアは気付かない。ガルペスにぶつかったことに、すり抜けたことに。何も気付かない。

 

 

「———俺は、この世界に干渉することができない」

 

 

諦めたかのような声で答えるガルペスに、俺は何も言えなかった。

 

 

「保持者は自分のいた世界に干渉できない。お前が今まで戦った保持者たちも、同じだ」

 

 

「……アイツらは、もう違う。世界に復讐しようだなんて、考えないッ」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉にガルペスは何も反応しなかった。

 

 

夢と同じようにガルペス=ソォディアはエオナの下へ走り逃げて来た。自分はやっていないと必死に話をした。

 

しかし、エオナの出したコーヒーを飲んだ瞬間、ガルペス=ソォディアは倒れた。

 

 

「エオナは、脅されていたのだよ」

 

 

「……誰にだ」

 

 

「国からだ。自分の命が惜しければ俺を捕らえろとな」

 

 

エオナがガルペスを裏切った。ガルペスの口から、そう言っているような気がした。

 

 

「彼女を……エオナ=ソォディアを恨んでいるのか?」

 

 

「……どうだろうか。私は彼女に生きて欲しかった。だからあの行為を……何とも思えない。憎いのは、国の奴らだ」

 

 

目の前で倒れたガルペスを抱き締めながら大泣きするエオナ。俺たちは、ただ見続けることしかできなかった。

 

 

「しかし、彼女の不幸は続くのだ」

 

 

ダンッ!!

 

 

勢い良く扉が開かれた。ここから先は夢で見ていない展開。俺は驚きながらその光景を目にする。

 

入って来たのは憲兵。抜刀した剣を構えながらエオナに近づき———

 

 

ドシュッ!!

 

 

———エオナ=ソォディアの命を、断った。

 

 

最愛の妻が死んだというのにガルペスは無表情。大樹は呆然とその残酷な結末を目に焼き付けていた。

 

 

「何やってんだよ……何やってんだお前らぁ!!!」

 

 

「やめろ」

 

 

憲兵に殴りかかろうとした時、ガルペスに蹴り飛ばされる。

 

蹴り飛ばされた大樹はガルペスを睨み付けた。

 

 

「貴様がここで過去を変えればどうなる。全て消えて良い覚悟があるのか」

 

 

「ッ……だからってッ……こんなこと……!」

 

 

「俺は望まない。この復讐心は、絶対に消させない……」

 

 

憲兵はガルペス=ソォディアを連れて出て行った。

 

血に染まった部屋に佇むガルペスの姿は、どんな敵よりも恐怖を感じた。

 

憎しみの根源は、ずっと深く根付いていた。

 

 

「彼女が生きて行けるなら私は死んでも構わなかった。だが、これを見ても死んでも構わないと思えるか?」

 

 

「……………」

 

 

「……しかし、これは何度も見れば笑える光景だ」

 

 

「ッ……本気で言ってるのか?」

 

 

「エオナは何の躊躇いもなく、裏切った。所詮———」

 

 

ガルペスは諦めた様に笑った。

 

 

「———愛など、この程度だ」

 

 

「……そんなことは、ない」

 

 

「自分の価値観を俺に押し付けるなよ? このあとは自分が処刑されるが、見ようと思わん」

 

 

ガルペスが右手を上から下へ振ると目の前の虚空に黒い渦が発生する。ガルペスはこの世界から去ろうとしていた。

 

 

「……待てよ」

 

 

「俺はこの世界では戦わない。貴様も今日は引き上げろ」

 

 

ガルペスは俺に向かって一発の銃弾を投げた。片手でキャッチすると、とてつもない力を感じた。

 

 

「これって……」

 

 

「時崎 狂三の精霊の力をそこに凝縮させたモノだ。もう俺には必要ない。それで勝手に元の時代に帰れ」

 

 

その時、フッとガルペスは不敵な笑みを見せた。

 

 

「しかし、()()()()()()()に帰れると思わないがな」

 

 

「ッ……どういうことだ」

 

 

「そのままの意味だ、愚か者」

 

 

ガルペスは黒い渦の中へ歩き出し、姿を消してしまう。

 

言葉の意味は分からないが、これで全てやるべきことは終わったのか。ガルペスの企みは分からないが、これで何とか最悪な未来を変えれた。

 

まずはあの世界に帰らないと。ここで狂三の力を使って未来に帰っても意味がない。この世界の未来に帰ってしまうだけだ。

 

転生の準備に取り掛かろうとすると、

 

 

シクッ……シクシクッ……

 

 

「ん?」

 

 

女性の啜り泣く声が聞こえてきたのだ。しかも聞き覚えのある声も一緒に。

 

 

『ごめんなさいガルペスッ……本当にごめんなさい……!』

 

 

「は、ははッ……わ、笑えにゃい……冗談だじょ……」

 

 

そして、大樹から大量の汗が吹き出し、ガクガクと体を震わせた。

 

ゆっくりと振り返ると、そこにはエオナ=ソォディアの遺体があった。

 

 

 

 

 

そのそばで泣く、エオナ=ソォディアの霊体もあった。

 

 

 

 

 

「で、出たあああああああああああァァァァ!?」

 

 

『きゃ、きゃああああああああああァァァァ!?』

 

 

足が無い。何か透けてる。幽霊ですね!

 

大樹はそのまま扉を開けて逃げようとするが、

 

 

『ま、待ってください!』

 

 

ガチンッ!

 

 

「うぇ!? ドアが開かない!? そんな馬鹿な!?」

 

 

ガチャガチャと鳴らしながら必死に逃げようとする大樹。エオナはゆっくりと大樹の手を掴んだ。

 

 

「さ、触った!? 今触った!? 嫌だぁ!!」

 

 

『お、落ち着いてください! 私は死んだ魂です!』

 

 

「人はそれを幽霊って言うんだよぉ!!」

 

 

ってアレ? 幽霊? ん? 待てよ……エオナ=ソォディアの魂?

 

 

「何だ、ただの幽霊か。驚かすなよ」

 

 

『えぇ!? さっきまであんなに怯えていたのにどうして!?』

 

 

「悪霊だったら全力で逃げた。物理攻撃効かないとかふざけんな」

 

 

『問題はそこなんですか!?』

 

 

うん。だからアンタが幽霊とかよく考えたら鼻で笑えるくらいどうでもいい。

 

 

「それで、どうした幽霊。お経なら全部暗記してるぞ?」

 

 

『やめてください!』

 

 

エオナ=ソォディアを落ち着かせて話を聞くと、気が付けば幽霊になっていたという。

 

 

『あなたはとても霊感が強い人間ですね。幽霊になったばかりの私でも分かります』

 

 

「えぇ……マジか……普通にショックだわ」

 

 

『そうですね……こう、ゴワァっとした感じの霊感があります』

 

 

「うん、分からん」

 

 

聞き流そう。霊感が強いとか今はどうでもいいだろ。

 

 

「……ガルペスを見捨てたこと、後悔しているのか?」

 

 

『……はい』

 

 

涙をポロポロと流しながら答えるエオナ。自分の遺体のお腹をさすりながら嗚咽を漏らす。

 

 

『最愛の夫だけでなく……自分の子まで救えなかったッ……私はッ……最低です……!』

 

 

「なッ!? 妊娠していたのか!?」

 

 

コクリッと頷くエオナに大樹は驚きを隠せなかった。

 

エオナはガルペスが憲兵に連れて行かれ裁判を受けている時に妊娠していると分かったという。それを伝える前に国に脅され、ガルペスを国に引き渡すことになってしまった。

 

 

『きっとガルペスは私が死んだら……酷く落ち込んで人を憎むと思いました……今まで不幸だった私を幸せにしてきた人生が、無駄になってしまうなんて……彼には酷過ぎるッ……!』

 

 

「……どの道、事情を知らないアイツはこの結果(ザマ)でも憎んでいる」

 

 

『えッ……』

 

 

俺はガルペスが今までしてきたことを話した。

 

彼女わんわんと大泣きして、この裏切りを悔いた。何度も愛しの名前を呼んで謝罪した。

 

 

「……憎しみに満ちたアイツの心に、もう光は灯せない」

 

 

『それでもッ、我が子を守る為だと知れば、ガルペスは分かってくれるはずなんですッ! 事情を知っていれば、国が腐っていなければ、私たちはッ……!』

 

 

エオナ=ソォディアがガルペスを裏切った理由。

 

 

 

 

 

———それは、お腹にいる我が子を守る為。

 

 

 

 

 

『誰よりも———幸せな家庭を築けたッ……!』

 

 

 

 

 

きっとガルペスがこのことを知っていれば未来は変わっていただろう。俺の大切な人を傷つけはしなかっただろう。

 

 

『お願いですッ……ガルペスをッ……私の愛した彼を———』

 

 

エオナ=ソォディアは、願う。

 

 

『———救ってくださいッ……!』

 

 

「……………ふざけんじゃねぇよ」

 

 

アイツは、俺の大切なモノを奪い、大切な人を傷つけ、俺の大切にする全部をグチャグチャにした奴だ。

 

 

「どいつもコイツも、不幸な目に遭いやがって……」

 

 

遠藤 滝幸(バトラー)は執事としてお嬢様と幸せな時間を時間を奪われた。たった一人の欲望のせいで。

 

新城 陽(エレシス)新城 奈月(セネス)は、多重人格のせいで誰よりも子を愛した母親を失った。受け入れられない周囲の人間のせいで。

 

姫羅は箱庭で魔王にコミュニティを潰された。再び愛する夫に会うために悪魔に魂を売るも、裏切られた。最低な悪魔のせいで。

 

そして、脅されて自殺してしまった阿佐雪 双葉(リュナ)。俺のせいで、人生を終えた。

 

 

「俺は死んでも幸せだった。大切な人ができて、一緒に過ごせたから……でも、お前らは違うッ……」

 

 

ガルペスは、最愛の妻に裏切られたと思っている。事情を知って、同じ場面に遭遇すればガルペスの心も変わっただろう。

 

 

そして———愛を、知れたはずだ。

 

 

「何で救われねぇんだよ……十分頑張ったじゃねぇかッ……お前らは、何でこんな不幸になるんだよッ……!」

 

 

バトラーは記憶障害でも、執事の仕事を必死に覚えた。体に叩きこむように記憶を刻んでいた。

 

奈月は周囲の人間にどれだけ否定されようとも、姉の陽を肯定し続けた。そんな奈月を陽はずっと支え続けた。

 

姫羅は俺に技を教えてくれた。血が滲むような修行をして得た剣技を、俺に授けてくれた。

 

そして双葉は、どんな時でも笑顔で一緒に居ていくれた。こんなにも、優しい人なのに、

 

 

「ガルペス……」

 

 

そして医者として病を治し、寝る時間を削ってまで人を救い続けた人間。

 

そんな人間たちが———不幸になる。

 

 

「約束する……エオナ=ソォディア」

 

 

『ッ……』

 

 

「俺は———」

 

 

決めたことを曲げるつもりはない。だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———あの嫁馬鹿を、止めてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———全てを救う。それが俺の決めた心だから。

 

 

 

________________________

 

 

 

ガルペスが命を終える瞬間を見届けた。拳をグッと握り絞めながら見ていた。

 

最後まで、アイツのことを見ていないといけない。そんな気がしたから。

 

エオナは目を離した隙に、姿を消した。どこに行ったかは分からない。

 

でも、やる事は決まっている。

 

【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】をギフトカードから取り出す。神々しい光の粒子が銃へと集まり、光の弾丸が銃に込められる。

 

 

「今、帰るからな……」

 

 

大切な人を想いながら、引き金を引いた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

転生に成功した。しかし、失敗したと錯覚してしまう。

 

目の前に広がる光景に、俺は戦慄した。

 

独特なゴムの匂い。少し暗い部屋。

 

埃が被った得点板。変色したマットの山。空気の抜けたサッカーボールが転がっていた。

 

心臓の鼓動が、速くなる。

 

 

「何で……こんな場所に……!?」

 

 

ここは———俺が一番知っている場所。

 

 

 

 

 

「学校の、体育倉庫……!?」

 

 

 

 

 

———俺が死んだ場所だったからだ。

 

 

 




大樹と魔王アジ=ダカーハが戦った。



当然威力は壮大で爆発的な衝撃が度々起きた。



つまり月の都は二人のせいである意味消滅したテヘペロ★



月の兎「住む場所ドコよ (´・ω・`)」



黒ウサギ、コミュニティ参加決定。



月の兎のほとんどが上層部に行く。


これが箱庭の過去っと作者は考えています。ウサギ可哀想過ぎて泣ける。

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