どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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シリアス多すぎてヤバい。


傷だらけの英雄

オリュンポス十二神の一人、ヘルメスは『文化英雄』と呼ばれた。

 

 

———神々の伝令使だから。

 

———旅人の守護神だから。

 

———商人の守護神だから。

 

———牧畜の神、貿易の神、競技の神、体育の神、市場の神、盗人の神、賭博の神、音楽の神だから。

 

ヘルメスは、あらゆる分野において神だった。

 

アルファベットや数字、天文学を発明した知恵者とされ、ギリシア神話のトリックスター的存在。

 

ゆえに、他の保持者より、誰よりも———

 

 

「【ケーリュケイオンの杖】!」

 

 

———ガルペスには、多くの力が与えられていた。

 

黒い本から出現したのは2匹の蛇が巻きついた短い杖。双翼を大きく広げ空高くまで羽ばたいた。

 

禍々しい姿を見せると同時に、蛇の瞳が怪しく光る。

 

 

「【死出の旅路(パストゥー・ザ・グレイヴ)】、【霊魂を煉獄に運ぶ者(プシューコポンポス)】、【巨人(ギガース)殺しの隻腕(せきわん)】」

 

 

杖から溢れ出す多色のオーラがガルペスの体へと吸い込まれていく。特に右腕が一番オーラが収束されていた。

 

 

「【戦車(チャリオット)】、【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】、【三又(みまた)(ほこ)】」

 

 

そして、ガルペスは他の神の力を使役できた。

 

順に神ヘパイストス、アテナ、ポセイドンの力を発動していた。

 

炎を纏った二輪の馬車が虚空からが出現し、無残に破壊された鎧が元通りに直る。そして右手に三つ又に分かれた刃を持つ武器が握られる。

 

 

「消えろ」

 

 

そして、三又の矛が右から左へ薙ぎ払われた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

矛から放たれた一撃は天を裂き、地を割る威力だった。地球を破壊しかねない一撃が、たった一人の男に繰り出された。

 

そして、その男もまた———

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

———最強の力が与えられていた。

 

 

「【神格化・全知全能】」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

大樹の両腕に黄金の光が収束する。集中的に込めた力は握った刀へと、握った銃へと伝える。

 

 

「右刀左銃式、【(ゼロ)の構え】」

 

 

銃弾を神の力で創造して生成。黄金の銃弾が12発、銃に込められた。

 

銃口はガルペスの攻撃に向けて。引き金を連続で引いた。

 

 

「【インフェルノ・ゼロ】」

 

 

ガガガガガガガガガガガガキュンッ!!

 

 

12発の弾丸を一直線に並べ、長い光の槍のような一撃になる。

 

そこから後を追うように右手に持った刀で、最後尾の銃弾に向かって突き刺す。

 

 

ガギンッ!!

 

 

「うおおおおおォォォッらあああああァァァ!!」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

ガルペスの一撃を簡単に消し飛ばし、銃弾はガルペスの体へと向かった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

銃弾は右肩に被弾し、右腕ごと吹き飛ばした。威力の反動で体は勢い良く回転し、遠くへ飛ばされる。

 

壊れた街の地を削りながら転がり続けた。

 

 

「はぁ……! はぁ……! ッッごはッ!?」

 

 

体が止まった時には、死んでもおかしくない状態だった。口から血を大量に吐き出した。

 

骨は折れるどころか砕け、ボロボロな体で満身創痍だった。

 

 

「……ッ!?」

 

 

そして、自分の発動した神の力が全て消えていることに一番驚愕した。

 

急いで辺りを見渡せば無数の黄金の羽根が宙を舞っていた。大樹が発動した【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】だった。

 

大樹はガルペスを地に落とした直後、反撃を抑えるためにすぐに発動した。ガルペスは回復能力を発動させることもできなければ、動くこともできなくなっていた。

 

 

———ヘルメスの力は多過ぎるがゆえに最強。だが、

 

 

———最高神ゼウスの力は、どんな神の力よりも超越していた。

 

 

格の違い。次元の違い。雲泥の差。

 

 

どう足掻いても、最強の力を持った大樹には勝つことなど不可能。

 

 

ガルペスは、ついに頭の中でそう結論付けてしまった。

 

 

________________________

 

 

 

絶望の淵に立たされていたガルペス。必死に策を考えていた。

 

文化英雄の錬金術(ヘルメス・アルケミー)】の力は絶大で、どの神よりも勝るはずだった。

 

あらゆる万物を生成し、あらゆる現象を生み出す。彼は力を生み出し、神の武器を造り上げ、最強の一撃を生み出した。

 

そのはずなのに、その一撃は簡単に破られた。

 

 

「観念しろガルペス。お前に、俺を倒すことはできない」

 

 

「ガキがぁ……!」

 

 

憎しみを込めた目で睨み付けるガルペス。大樹は強い意志の籠った目で返す。

 

 

「もしあの時、俺が神の力に操られたとしても、お前は勝てていない」

 

 

「なんだとッ……?」

 

 

「俺はもう一つの過去世界で、死んでいるんだよ。お前と仲良く一緒にな」

 

 

頭の回転が速いガルペスはすぐに気付いた。

 

 

「まさかッ……過去を変えているのかッ……!?」

 

 

「そのまさかだ」

 

 

現在進行形で過去が変えられていることに気付いているガルペスに大樹は確信する。

 

 

(さすがに頭の回転速過ぎるだろ……)

 

 

自分の驚きを隠せているだろうか。ガルペスがここまで驚きを見せているのは、全てを理解したからだ。その理解の速さには恐怖まで感じてしまう。

 

 

「引き分けだった……言いたいこと、分かるよな?」

 

 

「貴様ぁぁァァああアアア!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

ガルペスが地面に拳を叩きつけると、銀色の水が飛び出した。

 

飛び出したのは『水銀』。凶悪な猛毒性を発揮するよう細工された攻撃に大樹は、

 

 

「お前は絶対に、俺には勝てない」

 

 

バシュンッ!!

 

 

刀を握り絞めた右手の拳だけで、弾き飛ばした。

 

水銀は飛び散り、拳圧で跡形もなく霧散した。

 

 

「ぐぅッ!!」

 

 

憎しみの籠った表情で、歯を食い縛り、ガルペスは大樹を睨み付けた。

 

 

「そのまましっかりと歯を食い縛っときな」

 

 

今までの出来事に、全ての怒りを内に秘めた大樹の目は鋭い。

 

刀を地に突き刺し手放す。代わりに今までより一番強く、握り絞めた。

 

 

「お前は俺の大切な人を傷つけ過ぎた。この拳はどんな一撃よりもずっと重いぞ」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

黄金の光が大樹の拳に何度も収束した。

 

瞬き、瞬き、瞬いた。神々しく、何度も輝いた。

 

 

「【神格化・全知全能】———【神格化・全知全能】!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

ガルペスは、息を飲んだ。

 

制限解放(アンリミテッド)】を多数展開させることができるガルペスだが、大樹はそれを越えることをやっていた。

 

 

力の重複———つまり神の力を上乗せし続けているのだ。

 

 

いくらガルペスが神の力を『(ひゃく)』の力を並べようとも、『百』を超える最強の『(いち)』の前では弱い集合体にしかならない。

 

ガルペスが勝てる見込みは、これで完全に潰れた。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

何倍、何十倍、何千倍まで膨れ上がった力。

 

宿った右手の拳が、今、解き放たれた。

 

 

 

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!!」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

拳から放たれた光と共に、爆発する。

 

ガルペスの体が上に向かって、天高く飛び抜ける。

 

雲を貫き、空を貫く。衝撃は大気圏まで及ぼしていた。

 

 

(まだ……終われない……!)

 

 

ガルペスの肉体は既に半分死んでいるようなモノだった。だが、強い憎しみに満ちた心は叫んでいた。

 

 

(あの世界に復讐するまで……奴らをこの手で……!)

 

 

そして闇の光が、彼の元へと導かれる。

 

 

 

———《生まれ変われ、哀れな魂が宿った肉体よ》

 

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉は地上にいた大樹の耳に微かに聞こえた。

 

言葉を知っている大樹は、顔を真っ青にしていた。

 

 

 

《神の意志に従い、次元を超克(ちょうこく)せよ―――》

 

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

足に力を入れて、光の速度で跳躍する。ガルペスの元まで一瞬で距離を詰める———が。

 

 

ドシュッドシュッ!!

 

 

「しまッ!?」

 

 

自分の体に無数の武器の刃が突き刺さる。痛みと共に焦ったことを後悔する。

 

空中に仕掛けられた不可視の罠の武器に気付けなかった。さっきのように冷静ならば間違えるはずがないのに。

 

 

「《———転生》」

 

 

「ッッ! 待ちやがれぇ!!」

 

 

刀を振るいながら叫ぶ。ガルペスが俺の言葉に従うわけがない。

 

何度も見たことのある光がガルペスを包み込み、その姿を消した。

 

大樹の斬撃は虚しく空を切り、攻撃を外す。

 

 

「ッ……考えが甘かった……!」

 

 

転生するには準備が掛かるモノだと愚かな勘違いをしていた。原田にやってもらわなくても、神は手を繋ぐだけで簡単に新たな世界へと飛ばしてくれていた。

 

ならば、ガルペスも神と同じように簡単に世界へと行き来できるとするなら、原田のような準備はいらないはず。

 

地面に着地し、怪我の具合を確かめる。問題がないことが分かったら策を考え始める。

 

しかし、何も思いつかず時間だけがただ過ぎ去って行く。

 

 

(ヤバい……アリアたちが消える……!)

 

 

神雷(しんらい)銃姫(じゅうき)】を通して知った未来に、当然止めることは優先してガルペスと戦闘をしていた。

 

アリアたちが消える原因は2つ考えられる。

 

一つは過去の俺が死んだから。俺が彼女たちと出会わなければこの世界にいる要因にはなれない。だから消えるのだ。

 

しかし、それは今解決している。現に、俺が生きているのが何よりの証拠。

 

そして、この2つ目が一番の問題。それはアリアたちのいる世界の過去が変わることだ。

 

 

(ガルペスがこの過去の世界で転生すれば、当然他の世界も『過去の世界』として転生される……!)

 

 

もし……もしも、ガルペスが何も知らないアリアたちに襲い掛かれば―――――ッ!?

 

 

「クソッタレがぁ! 絶対にさせねぇ……!」

 

 

最悪の光景を頭から追い出す。代わりに打開策を必死に考えた。

 

 

(未来に戻って原田と一緒に過去へと帰ってくる? ダメだ、そんな時間はない……!)

 

 

次々と案は思いつくも、全て没案となって消える。

 

この場に居ても意味はない。とくかく動かなきゃいけないと判断した俺は武器をギフトカードに直し―――ッ!

 

 

「【神雷銃姫】……コイツなら……!?」

 

 

秘められた力を開放することができた銃。その力は超強力な銃弾を撃ち出すだけではない。

 

弾丸を撃ち出すためだけの銃器じゃなく、秘められた『本来の力』を引き出すための銃器(うつわ)となる武器だったのだ。

 

転生させてくれていたは神ゼウスの力。その力を持っている俺も、できる可能性は残されているのではないか?

 

 

「……馬鹿野郎」

 

 

いいや、違うだろ楢原 大樹。できるできないじゃないっていつも言ってるじゃないか。

 

 

「やってみせるのが俺だろうが……!」

 

 

ギフトカードから熱が引いた【神雷銃姫】を取り出す。右手に持ち、左手に【神影姫】を握りしめた。

 

本来なら2つは存在することが絶対できない武器。それでも、こうして俺の手の中にある。

 

世界を巡り、過去を巡り、未来を巡り、巡り巡った末に辿り着いた武器。

 

 

―――今、再び一つへと戻る。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

二つの銃が黄金色に輝く。

 

 

「【神格化・全知全能】!!」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

二つの銃が重なり合い、一つになろうとする。

 

 

バチバチガシャアアアアアアン!!

 

 

神の天罰のように弾け飛ぶ雷撃。頬に掠っただけで、皮膚が焦げただれ落ちていた。

 

激痛が全身に走るも、それでも目を見開いたまま、銃から手を離さない。

 

 

(【神刀姫(しんとうき)】を創造できたのはジャコのおかげだッ……! アイツの力がない今、俺がやるしかねぇだろうがぁ!!)

 

 

神の力を注ぎこみ、繊細に、壊さないように創造する。

 

イメージする。己が思い描く最強の拳銃を。

 

 

「俺にッ、力を……貸してくれえええええェェェ!!」

 

 

二つの銃が完全に結合し、一つの銃へと生まれ変わる。

 

 

 

 

 

完成―――【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】。

 

 

 

 

 

黄金の長銃は美しかった。

 

炎のような緋色の雷が銃身に装飾が施され、グリップには桜の花弁の模様の装飾が施されていた。

 

【神刀姫】のように、【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】もまた目を奪われてしまう程輝いていた。

 

 

「《生まれ変われ、哀れな魂が宿った肉体よ》」

 

 

ガルペスが唱えた言葉を大樹も繰り返す。同時に銃に小さな光の粒が集まり始めた。

 

まだだ。もっと集まれ。光よ、聖なる光よ。

 

大切な人を救うために、力を、光を、与えてくれ!

 

 

「《神の意志に従い、次元を超克せよ―――》」

 

 

銃から神々しい光が溢れ出し、一発の光の弾丸が銃に込められる。

 

そして、銃口を自分の頭の右側頭部に突き付けた。

 

 

「《———転生》!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

撃ち出された光が大樹の体を包み込み、この世界から姿を消した。

 

 

________________________

 

 

 

ティナ・スプラウトは必死に走っていた。

 

暗闇に支配された森林を駆け抜け、目的地である東京エリアへと目指していた。

 

彼女の目的は聖天子の暗殺。序列98位【黒い風(サイレントキラー)】の二つ名を持つ彼女に敵う者は多くはない。

 

しかし、彼女は()()()()()()()()()()

 

 

「はぁ……! はぁ……! くッ!」

 

 

ガストレアウイルスの因子を持ち、並外れた身体能力を持った彼女でも疲れが見え始めていた。

 

東京エリアに侵入するのは簡単なはずだった。マスターの指示通り、ヘリで東京エリアの近くにある未踏査領域に降り立ち、そのまま外周区へと侵入する予定だった。

 

 

だが、その予定は狂わされた。

 

 

バギバギッ!!

 

 

ティナの後方から迫り来る黒い影。認識できない()()に襲われていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

身を(ひるがえ)して狙撃銃の弾丸を黒い影に当てる。しかし、弾丸は黒い影に飲まれ消えてしまう。

 

 

(ガストレアじゃない!? では一体アレは―――!?)

 

 

バシンッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

突如右の腹部に凄まじい衝撃が走った。体はくの字に折れ曲がりながら、横に吹き飛ばされる。

 

 

ドシッ!!

 

 

大木にぶつかった瞬間、体の中にあった空気が全て吐き出され、その場に倒れこんでしまう。

 

動かなければ殺される。でも足が、呼吸が、何もできない。

 

微かに感じる黒い影の気配。こちらにゆっくりと近づいていた。

 

 

(誰かッ……助け、て……)

 

 

ティナの意識は闇の中へと引きずりこまれようとしていた。

 

 

ポンッ……

 

 

その時、頭に何かが乗った。

 

それは大きく、温かさを感じた。

 

髪を撫でるように、頭を撫でるように動いていた。

 

不思議なことに、安心してしまった。心が落ち着いてしまった。

 

 

 

ティナの意識は、そこで途切れてしまった。

 

 

 

「ごめんな。本当は抱き締めてやりたいけど、起きたらいろいろ大変だから無理なんだ」

 

 

ティナの頭を撫でていたのは、大樹だった。ティナをお姫様抱っこで持ち上げて、微笑む。

 

そんな大樹の姿を見た黒い影はユラユラと動き、正体を明かす。

 

機械的な黒い装甲を身に纏った人間型の機械兵器。黒い影はその機械が何らかの能力であろう。

 

 

『対象を確認。優先目的に従い、排除します』

 

 

「優先、ねぇ……」

 

 

機械的な声に腹が立った。優先的に狙うのは俺ではなく、ティナであることに。

 

まだ大切な人を傷つけるつもりかガルペス。だったら俺も、容赦はしない。

 

 

フッ

 

 

敵は黒い影から霧へと霧散する。姿を消した相手に大樹は表情一つ変えなかった。

 

 

「……違うな」

 

 

機械が到底できるような技術ではない。敵の力は、ガルペスから貰ったモノだと結論付けることができた。

 

ならば、

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

大樹の背中から黄金の翼が現れ、神々しい光を辺りに降り注がせた。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

一瞬だけしか見えなかった黄金の翼だったが、無数の黄金の羽根が宙を舞った。

 

森の暗闇を掻き消し、敵の力を打ち消した。

 

振り返れば敵がハンマーのような鈍器で殴りかかろうとしていた。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

音速を超える速度で敵に向かって右足で薙ぎ払った。

 

 

「【地獄(じごく)(めぐ)り】」

 

 

ガシャンッ!!!

 

 

超威力を秘めた蹴りは敵の左腹部に見事に入った。超スピードで敵は左に向かって木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。

 

敵の体が止まったのは何百メートルという距離を優に超えた時だった。人の目では目視できないところまで吹き飛んでいた。

 

敵は粉々になったであろう。大樹は一安心(ひとあんしん)し―――!?

 

 

バギンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

―――そして、脳に激痛が走った。

 

 

「あがぁ……ぁぁぁああああああああああ!!」

 

 

抱きかかえていたティナと一緒に地面に倒れる。地面に寝させたティナから手を放した後、急いで距離を取り、頭を抱えた。

 

 

「ああああああッ!! い、痛がああああああァァァ!!」

 

 

今まで味わったことのない痛み。死んだ時より苦しく、痛かった。

 

まるで脳がぐちゃぐちゃにされているかのような。

 

まるで脳に何十の釘が打たれたかのような。

 

まるで脳が、自分を拒絶するような痛みだった。

 

 

「うがぁああッ……! がぁあッ……!」

 

 

地面を転がりながら痛みに堪える。激痛に悶え苦しみながら、思わず言ってはいけないことを口にしてしまう。

 

 

「し、死に゛だい゛……!」

 

 

自分の首を両手で絞めつけながら口にして気付く。愚かなことを言っていたことに。

 

失言に気付いたと同時に痛みは少しずつ和らいでいた。

 

荒い呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせていた。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

時間を掛けて心を落ち着かせた後、立ち上がりティナを抱きかかえる。頭の痛みはまだ引いていないが、先程の激痛に比べれば何百倍もマシだった。

 

抱きかかえたティナを起こさないように歩き出す。モノリスがある場所まで目指す。

 

幸いモノリス付近の警備は薄く、簡単に抜けることができた。そのまま外周区に入り、一軒のボロボロの家を見つける。

 

人の気配を感じていないことは分かっていたので警戒せずに扉を開けて入る。中に入り、踏み込むとすぐに分かった。

 

 

(外周区の子どもたちか? 埃が全然ないな)

 

 

放置されていた様子が見られなかった。埃はあまりなく、まるで少し前まで住んでいたかのような雰囲気があった。

 

リビングに入ると、寝床として使っていたのであろうソファと毛布が畳んであった。

 

 

「悪い、借りるぜ」

 

 

ティナをソファに寝かし、布団をかける。しかし、このままティナが起きたら不審に思ってしまうだろうな。

 

だけど、あのまま森の中で放っておくわけにはいかない。できるわけがない。

 

 

「んッ……」

 

 

「ッ……」

 

 

ティナが目を覚まそうとしていた。俺は音を立てないように静かに家を出た。

 

今ここで俺の姿を見られるわけにはいかない。見られたら過去は変わり、今の俺がどうなるかわからない。

 

ガルペスはティナと同じようにアリアたちを襲っているはずだ。ならば急ぐしかない。

 

 

「……顔を見られないように、か。難しいな」

 

 

言い方は最低だが、ティナが意識を失ったことは好都合だった。だからと言ってティナと同じようにアリアたちの意識を奪うわけにはいかない。

 

 

「……これができたら人間卒業、神に就職していいかもな」

 

 

両手の手のひらを合わせて、神の力を両手に注ぎ込む。

 

 

「創造する」

 

 

頭の中で思い描くイメージを強く意識する。神々しい光が両手から溢れ出し、創造される。

 

 

 

 

 

「【創造生成(ゴッド・クリエイト)】」

 

 

 

 

 

光の中で作られたモノが両手に握られる。ついに創造するだけでモノを創り出してしまった。

 

創り出したモノ、それは仮面だった。

 

泣いた仮面。以前大樹が蛭子 影胤と組んでいた時にお揃いで着けていた仮面だった。

 

フッと笑みが思わずこぼれてしまう。

 

 

「よくよく考えてみればこの仮面、センス無いよな。まぁアイツは似合っているけど、俺はダメダメだな」

 

 

仮面を装着し、顔を隠す。そして―――【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】をギフトカードから取り出し、握り絞めた。

 

神々しい光の粒子が銃へと集まり、光の弾丸が銃に込められる。

 

 

「待ってろよ」

 

 

―――今、助けに行くから。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

この日、七草家は最悪な悪夢を見せられていた。

 

当時補佐家だった七連(ななれん)の者たちが暴動を引き起こしたのだ。

 

次々と現れる敵の魔法師に七草の特別警備隊は苦戦するも、何とか優位な戦況になっていた。

 

 

「撃てぇ!! 攻撃の数で敵を圧倒しろ!!」

 

 

「「「「「ハッ!!」」」」」

 

 

七草の雇った魔法師の団結力、魔法力。優れた者たちが一斉に魔法を発動する。CADを使い襲い掛かる敵を返り討ちにしていた。

 

七草家の敷地内に入られてしまった以上、全力で守るしかない。突破されれば我が主たちを失ってしまう。ゆえに彼らは必死に戦っていた。

 

警察の新たな援軍も到着した瞬間、彼らは勝利を確信できる。

 

だが、ついに彼らは悪夢を見てしまう。

 

 

「……おかしい」

 

 

「先輩! 敵が……!」

 

 

「ああ、分かっている。()()()()()()()()()な」

 

 

奇襲を仕掛け、七草家に牙を向けた連中だ。綿密な計画を立てて行動しているはずなのに、敵の動きは不規則でおかしかった。

 

数は敵が勝っているにも関わらず、数人ずつ攻撃を仕掛けている。その無駄としか思えない動きに違和感を感じ取っていた。

 

 

「油断するな! 敵は時間を稼いでいる可能性がある! 隙を見せるな!」

 

 

「……せ、先輩ッ」

 

 

その時、前にいた仲間たちが後退していることに気付く。

 

 

「どうしたッ……これは!?」

 

 

目の前の光景に、息を飲んだ。

 

 

『対象の優先を確認。同時に目標までの障害物および妨害者の存在を排除します』

 

 

機械的な黒い装甲を身に纏った人間型の機械兵器。見たことのない敵の姿に驚いたわけではない。

 

装甲にベットリと付着した敵の血痕にゾッとしたのだ。

 

この時、七蓮の襲撃者は全員戦闘不能に陥っていた。この事件の真相、七蓮の野望が失敗した原因がこの機械兵器であり、七草に地獄を見せる悪魔である。

 

 

「み、味方……!?」

 

 

「違うッ!! あのような姿をした者を私は見たことがない! 敵だ!!」

 

 

一斉にCADを敵に向ける。しかし、不可解なことが起きた。

 

 

バギンッ! バギンッ! バギンッ!

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

敵にCADを向けた瞬間、砕け散ったのだ。突然の武器喪失に彼らの表情は真っ青になる。

 

 

「て、撤退―――!?」

 

 

リーダー格の男の判断は素晴らしいモノだった。戦況が不利になったと理解し、すぐに撤退させる判断を下す速度。

 

しかし、敵の速度はそれを上回った。

 

 

フォン!!

 

 

彼らの足元に広がる巨大な魔法陣。そこから光が弾け飛ぼうとしていた。

 

 

(なッ!? 速過ぎる!?)

 

 

ドゴオオオオオォォォン!!

 

 

地面が爆発し、体が簡単に吹き飛ぶ一撃。

 

炎が轟轟と燃え上がり、一帯を焼き尽くした。

 

 

(ぜ、全滅ッ……!? そんな馬鹿なッ……!?)

 

 

薄れゆく意識の中、驚愕した。

 

ここにいる魔法師は全員エリートだ。防衛大学校を卒業した者や元国防を務めていた者もいる優秀な者たち。

 

そんな彼らが、一発の魔法でやられた。その事実に、驚くことしかできなかった。

 

 

『全敵の生存を確認。同時に目的優先順位と敵の生命力を確認……完了。敵の殲滅(せんめつ)を除外し、目的を優先します』

 

 

人間型の機械兵器は彼らの存在を無視し、奥へと侵入する。

 

七草の警備隊は命は落とさなかったが、大きな怪我を負い、戦闘を続行することはできなかった。

 

機械兵器が大きな広間へと進むと、一人の男が立っていた。

 

 

『目標の関係者、七草 弘一の存在を確認。同時に―――』

 

 

機械兵器の視線は、男の後ろへと移っていた。

 

 

『―――目標、七草 真由美の存在を確認』

 

 

「ッ……真由美が狙いか」

 

 

弘一は敵を睨み付けた。自分が狙いだと思われていたが、まさか自分の娘だとは思わなかったからだ。

 

真由美は怯えた様子で父の後ろに隠れていた。先程まで一緒に戦うと言っていたが、父に止められているため動けない。

 

 

『戦闘開始』

 

 

バギンッ! バギンッ!

 

 

その瞬間、再び不可解な現象が起きる。弘一と真由美が装着していたCADが壊れたのだ。

 

同時に敵の手に魔法陣が展開し、術式が発動されようとしていた。

 

 

「クッ!!」

 

 

弘一は真由美を守るように立ち、目を閉じた。

 

真由美は涙を零し、叫んだ。

 

 

 

 

 

「やめてぇ!!」

 

 

 

 

 

「あいよ」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

突如、機械兵器の体が消えた。

 

否。何者かが機械兵器を上に吹き飛ばしたのだ。

 

 

「なッ……!」

 

 

「嘘……」

 

 

まるで瞬間移動したかのように現れたのは泣いた仮面を着けた男。警備隊が防寒着として羽織っていた黒いコートを着ていた、

 

しかし、仮面を着けた男など見たことがない。

 

 

ドンッ!!

 

 

天井から瓦礫と共に落ちてくる機械兵器。黒い装甲を光らせながら高速で広間を動き回る。

 

音速に到達した速度。弘一と真由美の目では敵を捉えることはできなかった。

 

だが、

 

 

「遅いぞ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

仮面の男が右手を振り下ろした瞬間、機械兵器が地面に埋もれた。

 

床には大きな亀裂が入り、威力が強いことを物語っている。

 

 

「凄いな。敵にサイオンを送りCADを破壊する。術式や魔法式をめちゃくちゃにするなんて、誰も思いつかねぇよ」

 

 

仮面の男はグッと右手の拳を引き絞る。

 

 

「だけど、魔法を使わない俺には無意味だったな」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

一撃で機械兵器を粉々に破壊する。機械兵器はこれ以上動く様子を見せることはなかった。

 

ポカンッとした表情で仮面の男を見る弘一と真由美。対して仮面の男は、グッと親指を立て、

 

 

バギンッ!!

 

 

その場に崩れ落ちた。

 

 

「ぁぁ……ああぁッ……!」

 

 

「ッ!」

 

 

「真由美ッ!!」

 

 

突然苦しみ出した仮面の男に真由美は駆け寄った。弘一が止めるより先に。

 

仮面の男は頭を押さえながら必死に耐えていた。汗がドッと吹き出し、呼吸が乱れていた。

 

 

ポタポタッ

 

 

そして、仮面の内側から、赤い液体が滴り落ちていた。

 

 

「すぐ病院に連れてッ……!」

 

 

真由美の言葉に男は首を横に振った。無理矢理体を動かそうとしても、抵抗していた。

 

彼女は考えた。今、何ができるかを。

 

 

スッ

 

 

真由美は仮面の男の手を握った。

 

仮面の男はこちらを見ていた。どんな表情をしているか分からないが、驚いているに違いない。

 

時間が経つにつれて、仮面の男の呼吸は整い、立てるようになった。

 

 

「待って!」

 

 

どこかに行こうと察したのか、真由美は仮面の男を引き留める。

 

仮面の男は、振り返り一言だけ残して姿を消した。

 

 

「ありがとうな」

 

 

仮面の男は自慢の高速の走りでその場から逃げ出し、姿を消した。

 

真由美は不安な気持ちでいた。彼はまだ、戦い続けるであろうことを。

 

しかし、いつかどこかで会えるような気がしていた。

 

 

そして、七草家から離れたビルの屋上。仮面を外した男―――大樹はいた。

 

 

「ゲホッ、ゴホッ!? うおぇッ!!」

 

 

大量の血を吐き出しながら、悶え苦しむ大樹が。

 

真由美を救うことに成功した途端、ティナと同じような痛みが倍増して襲い掛かってきた。

 

胃液と一緒に血を吐き出す。無様に涙や鼻水を出しながら苦しんでいた。

 

 

(過去が変わった瞬間、痛みが襲い掛かってくるとか……ふざけんな……!)

 

 

それでも、彼は立ち止まることをやめない。

 

ギフトカードから【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】を取り出し、寝ながら銃口を自分に向ける。

 

神の力を集中させればすぐに光の粒子は集まる。痛みが集中力を邪魔するも、何とか光の弾丸を銃に込めることができた。

 

 

「絶対に、負けるかよ……!」

 

 

強い心を秘めたまま、彼は引き金を引く。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

木下 優子が文月学園に通い始めて数ヶ月。学年上位を取り続けるのにはたくさん勉強をしなければならなかった。

 

二年生でAクラスになれる可能性を持った者たちは夕方になるまで居残っているのが普通だった。

 

 

「鉄人だぁ!! 全力で逃げろぉ!!」

 

 

「「「「「うぎゃあああああァァァ!!」」」」」

 

 

「貴様らぁ!! 覚悟はできているだろうな! 宿題を出さなかったバカ共には、明日の朝まで楽しい補習で地獄を見せてやる!」

 

 

「矛盾してる!? 楽しいとか言っているのに地獄を見せるとか言ってるよ!?」

 

 

「……極悪、非道……!」

 

 

「明久バリアぁ!!」

 

 

「雄二貴様ぁぁぁあああああ!!!」

 

 

「ほほぅ! まずは吉井か! 貴様は特別に補習室に暮らしたくなるくらい勉強の良さを教えてやろう!」

 

 

「絶対に嫌だあああああァァァ!!」

 

 

「今だ! 坂本が吉井を生贄にした!」

 

 

「逃げるなら今しかない!」

 

 

「逃がすか! 西村先生! 僕はあなたの味方になります! だからあのバカ共と一緒に勉強させてください!」

 

 

「「「「「あのバカ、裏切りやがった!!」」」」」

 

 

「最初に裏切った人たちに裏切りもクソもあるか! シャァァアアッ!!」

 

 

「黙れこのバカ!!」

 

 

「ぶべらッ!?」

 

 

「吉井が死んだ!」

 

 

「この人でなし!」

 

 

ただし、この時間に残っているバカは例外である。

 

窓が割れる音や悲鳴が学校外からも聞こえる。優子はため息をつきながら帰っていた。

 

家まであと少しのところまで来ると街灯に明かりが点き、暗い夜道を照らす。

 

その時、背後から足音が聞こえてきた。

 

普通の足音ではない。ロボットが動いているような金属音に近い足音だ。

 

不思議に思った優子は振り返ると、目を疑ってしまった。

 

 

「え?」

 

 

後ろを振り返っても、人の姿が見えないのだ。

 

それにも関わらず、足音は次第に大きくなっていく。こちらに一歩、一歩と近づいている。

 

怖くなった優子は急いで走り出した。

 

 

(嘘嘘嘘!? 嘘でしょ!? 幽霊なんているわけが……!?)

 

 

ガシャッ ガシャッ ガシャッ ガシャッ

 

 

「ッ!?」

 

 

足音は走り出したかのように感覚が短くなっていた。

 

恐怖心がより一層大きくなった優子は必死に走り続ける。しかし、足音は一向に小さくならず、大きくなっていた。

 

 

「嫌ッ……イヤッ……!」

 

 

涙目になりながら走る優子。体力は無くなり、疲れが見え始めていた。

 

 

ザシッ

 

 

「キャッ!?」

 

 

恐怖と疲れで足腰に力が入らなくなり、足をもつれさせてしまった。その場に転倒してしまう。

 

そして、足音は大きくなる。振り返っても誰もいない。

 

心が折れてしまった涙を零しながら、優子は大きな声で助けを求めた。

 

 

「誰かッ、助けてぇッ!!!」

 

 

 

 

 

「………………ぃぃぃぃいいいいいいしぃやあああああ!!!」

 

 

 

ドガシャンッ!!

 

 

 

「あああぁぁぁきぃぃぃいいもおおおおおおォォォ………………!!!」

 

 

 

 

 

そして、優子の目の前に()()が通った。

 

そう、()()が通った。()()が通って()()にぶつかった。

 

 

「……………………え? い、石焼き芋?」

 

 

突然の出来事に、優子の涙は止まってしまっていた。

 

 

既に読者の方々には分かるだろうが、通った()()の正体は【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】でブーストをかけてマッハ2に達した原付バイクに乗った大樹だ。

 

そして優子を追いかけていたのはガルペスの刺客である機械兵器。ティナと同じようにステルス能力があった。

 

ぶつかった瞬間、大樹と敵は空高く舞っていた。

 

 

ガギギギギギッ!!

 

 

音速バイクに轢かれているにも関わらず、機械兵器はまだ動こうとしていた。バイクは当たった瞬間、粉々に砕けたのに、相手は頑丈だった。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

両手を合わせて一つの拳を作り、大樹は空中でクルリッと前転して勢いをつける。

 

 

「【天落撃(てんらくげき)】!!」

 

 

ドガシャアアアアアン!!

 

 

機械兵器の頭から体、足のつま先まで響かせた一撃。機械兵器は無残に砕け散り、地面に叩き付けられた。

 

下にあった湖から勢い良く飛沫を空高く上げる。水は数秒だけ雨のように降り注いだ。

 

 

バギンッ!!

 

 

大樹は綺麗なフォームで地面に着地し、仮面を外した。

 

 

ドサッ

 

 

今度は声を出せなかった。

 

口から流れ出すように血を吐き、その場に倒れた。

 

激しい頭痛がまた襲うも、声など上げれなかった。あまりの痛みの強さに。

 

体が痙攣し、喉が締め付けられるように痛み、呼吸がまともにできなかった。

 

視界が真っ白に染まると同時に意識も薄まる。

 

 

(過去を変えるだけで、何で俺がこんな目に……!)

 

 

何故か憎しみが生まれていた。

 

何故か悔しかった。

 

―――そもそも何故、俺はこんなことをしているのか?

 

 

「ッ!?」

 

 

意識が覚醒する。

 

危なかった。脳がやられて、一瞬自分が何をしているのか分からなくなってしまったのだ。

 

ゆっくり呼吸を繰り返しながら胸を抑える。大切な女の子たちを思い出すことで心を落ち着かせていた。

 

 

「………………まだ、大丈夫だぜ。全然行ける」

 

 

笑みを作れるほど、余裕ができていた。口に溜まった血をペッと吐き出し、ギフトカードから取り出した銃を握りしめる。

 

 

「俺が……この俺が……助けてやるからよぉ!!」

 

 

そして、今までよりずっと速く光の弾丸を銃に込めることができた。

 

最後に深呼吸をして、引き金を引いた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

ロンドンの悲劇―――『獄火街(ごうかがい)大混乱事件』

 

 

原因不明の大火災。ロンドンの中心街から突如炎が立ち上がり、街を火の海へと包み込んだ。

 

当時小さかったアリアも事件に巻き込まれていた。屋敷にも火が移り、雇われた執事やメイドたちがパニックに陥っていた。

 

 

「誰か……誰かいないの!?」

 

 

悲鳴は聞こえているのに誰もいない燃える廊下に一人。アリアは必死に走っていた。外に逃げようとも、火の手が強くて出られなかった。

 

ただひたすら火がない方へと走る。その時、

 

 

コホォォ……

 

 

「ッ……何、今の……」

 

 

空気が抜けるような音。それが何度も聞こえた。

 

気配を感じ取りその場で後ろを振り返ると、黒い影が見えた。

 

 

コホォォ……

 

 

黒い影は人型の機械ロボットのような姿をしていた。全身に黒光りする装甲を身に纏い、ゆっくりと近づいていた。

 

頭部にはガスマスクのようなモノが取り付けられ、そこから先程の音が聞こえた。

 

 

「アンタが……アンタがやったのね……!」

 

 

コホォォ……ガシャッ

 

 

「ッ!?」

 

 

両腕に装着された噴射口のようなモノをアリアに向ける。そして、

 

 

ゴオォ!!

 

 

口の中から赤い炎が噴射された。

 

 

(火炎放射器!? やっぱりコイツが!)

 

 

間一髪、アリアは近くのドアを開け、部屋の中に飛び込み回避した。

 

室内の温度が一気に上昇し、頭がクラクラになってしまう。

 

 

コホォォ……ゴオォ!!

 

 

「ッ!」

 

 

敵が空気を吐いた瞬間、周囲の火が強く燃え出した。その光景を見たアリアは確信する。

 

 

(人じゃない!? まさかロボット!?)

 

 

シャーロックから受け継いだ鋭い直感で敵の正体を見抜く。ガスマスクのようなモノから吐き出されているのは火を強くする酸素だと。

 

しかし、そんなことが分かったところでどうすることもできない。街を火の海にする怪物だということには変わりない。

 

後ろにはすでに火の手が回り、逃げ場はない。前からは敵が火炎放射器をアリアに向けながら近づいて来ている。

 

 

「……ケホッ」

 

 

ドタッ

 

 

視界が傾き、アリアの体は倒れた。体力はすでに限界を超えていたせいで、立つことはできなかった。

 

追い打ちをかけるように有害な煙を吸い過ぎ、火災による体温上昇に小学生の年齢の子が耐えれるはずがなかった。

 

 

(負けないッ……!)

 

 

アリアは心の中で叫んだ。

 

 

(絶対に、負けない!!)

 

 

ビシッ!!

 

 

その時、部屋の温度が一気に下がった。

 

燃え盛っていた炎はフッと消え、床がドンドン冷たくなった。

 

薄れた意識の中、一人の者がアリアの前に立っていた。

 

 

「よく頑張ったな」

 

 

男の褒める声が聞こえた。その優しい声音を聞いて安心したアリアはそのまま気を失った。

 

 

『コホォォ……妨害者。楢原 大樹を確認。優先順位を変更したのち攻撃―――』

 

 

「うるせぇよ」

 

 

バギンッ!!

 

 

敵が行動しようとする前に大樹が神の力を発動する。

 

刹那―――敵は氷の中に閉じ込められた。

 

天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】。敵のいる一定の空間を絶対零度まで温度を下げる超常現象を引き起こした。

 

既に大樹は屋敷の火を全て消した。アリアが感じた温度の急低下や床の冷たさは大樹がしたことだった。

 

 

「いい加減しつこいんだよ……」

 

 

グッと大樹が右手を握った瞬間、氷に大きなヒビが入り、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ガラスが砕け散った様な音と共に、氷は黒い細氷(さいひょう)となり、敵の残骸を全く残さなかった。

 

 

バギンッ!!

 

 

そして、大樹はまた倒れた。

 

全身から血を流していた大樹の姿はもはや死人にしか見えない。

 

血管が破裂して、皮膚を破った痛々しい傷。朦朧(もうろう)とする意識に、吐き出すにも吐き出せない気持ち悪さ。

 

頭が馬鹿になりかけていた。このままだと歩くどころか、立つことすら忘れてしまう。赤ん坊以下の廃人になり果てる。

 

だから大樹は覚悟を決めていた。

 

 

カチャッ

 

 

神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】に、()()()()()()

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で生み出した一発の鉛の弾丸。そのまま銃口を自分の側頭部に突き付けた。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、引き金を引いた。

 

銃弾は大樹の頭部を簡単に貫き、そのまま反対まで突き抜けた。

 

手から銃が落ち、その場に倒れる。

 

自殺にしか見えない行為。だが、次の瞬間―――

 

 

「ゲホッ!! ゴホッ!!」

 

 

―――大樹は生き返ったかのようにガバッと身を起こし、血を吐き出した。

 

何度も咳き込んだ後、大樹は辛そうな表情でゆっくりと立ち上がる。

 

 

「はぁ……さっきより、大分マシになった、な……」

 

 

激痛でイカレてしまった脳を殺し、【神の加護(ディバイン・プロテクション)】で脳を回復させた。

 

常軌を逸した発想。頭のネジが数十本取れていないと思いつかない強引な方法だった。

 

幸い痛みは激減した。チリチリと熱のような痛みだけしか今はない。

 

アリアを助け出すことに成功した。なら、ここにいる意味はない。はやく次の世界に―――!

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、体は止まってしまった。

 

割れた窓から見える燃える街を見てしまった。赤い景色に、目が釘付けになってしまった。

 

優先すべきことがある。助けなきゃいけない、大切な人がいる。

 

 

『俺は、『全て』を救うッ!!!』

 

 

あの言葉に偽りはない。嘘を、つきたくない!

 

 

「3分だ。全部消して全員助けてやるよ」

 

 

大樹はアリアを抱きかかえて外に飛び出す。そしてアリアを探していたメイドに後は任せて火の街へと駆けて行った。

 

 

―――『獄火街(ごうかがい)大混乱事件』

 

 

真相はガルペスによって起きた大火災。

 

しかし、一人の青年が神の力を使って街に大雨を降らし、瓦礫から人々を次々と助け出した。

 

 

人々は知らない。

 

―――アリアを助けに来た『ついで』にしかないことを。

 

―――大雨を降らせたのは大樹だということを。

 

―――神の力をフルに使って瓦礫を退かし人々の気配を感じ取って救助していたことを。

 

 

 

 

 

そして―――180秒で全てを救い出したということを。

 

 

 

 

 

その伝説を知るのは、色金を通して見ていた神だけである。

 

 

________________________

 

 

 

 

黒ウサギの瞳には、龍が映っていた。

 

 

ギェエエエエエエヤアアアアアアアアアアアァァァァァァァァエエエエエエヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!

 

 

龍の叫びは大地に亀裂を発生させた。

 

声の圧で同族が小石のように簡単に遠くへと吹っ飛んでしまう。

 

燃え盛る自分の故郷の中心に、魔王が君臨していた。

 

箱庭第三桁・『拝火教(ゾロアスター)』神軍が一柱―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――魔王 アジ=ダカーハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身が白い三頭龍。龍の悪魔のような姿をしていた。

 

頭部にある異形の三本首と六つの目が倒れ行く同族を見ていた。

 

遠くからでも鋭く感じる威圧感に、当時小さい体だった黒ウサギは恐怖に震えていた。

 

月影の都は滅びる一歩手前、いや目の前まで来ていた。

 

彼らは戦おうとしない。逃げることに精一杯だった。

 

 

『この程度か』

 

 

三頭龍は逃げ惑う黒ウサギの同族を見て呆れた。

 

 

『死力を尽くさず、知謀を尽くさず、蛮勇を尽くさない。同族を逃がすことに尽くしてどうなる?』

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

三頭龍が歪な翼を広げただけで突風が吹き荒れた。

 

数多の神群を退けた人類最終試練(ラスト・エンブリオ)。人類を根絶させる要因の試練に太刀打ちできる英傑はこの場にいない。

 

 

絶対悪に対して、正義を振りかざせる者はいなかった。

 

 

同族が負わせた三頭龍の体の傷口から噴き出した血液を浴びた大地や朽ちた大木を双頭龍へと変幻させる。神霊級の強さを持った双頭龍が空を埋め尽くす数まで増えていた。

 

 

『貴様らには失望した。絶望をくれてやる』

 

 

三頭龍の大地を飲み込む程の牙の中に、炎熱の数十倍の閃熱をため込んだ魔王。

 

終末論の引き金を引く力を召喚し、炎熱として操る恩恵―――【覇者の光輪(タワルナフ)】。

 

 

―――括目せよ、愚かな者たち。

 

 

―――この炎こそ魔王アジ=ダカーハが固有で所持する最大の恩恵。

 

 

―――世界の三分の一を滅ぼすと伝承で伝えられてきた、閃熱系最強の一撃である!

 

 

全員の目が、炎へと移されていた。災厄の炎に、絶望していた。

 

しかし、黒ウサギの視線だけは別だった。

 

 

 

 

 

三頭龍―――の前にいる一人の男だ。

 

 

 

 

 

 

「そんな絶望、俺たちにはいらねぇよ」

 

 

 

 

 

『ッ!?』

 

 

突如目の前に現れた男に、三頭龍は酷く驚いた。

 

すぐに標的を男に向けようとするが、あろうことか男は右手の拳を三頭龍の口に向かって放っていた。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

ドゴオオオオオオオオオオォォォ!!

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

激しい風圧と振動が月影の都を襲う。眩い光が弾け飛び、三頭龍の体を包み込んだ。

 

アジ=ダカーハに、初めてダメージが通った。

 

 

『ッ……馬鹿な……あの閃熱系最強の一撃を素手だと……!?』

 

 

三頭龍は生きていた。

 

超強力な不死性を持った三頭龍。幾多数多振りかざしても死ぬことはない。

 

だが、アジ=ダカーハは死を恐れてしまった。

 

目の前にいる一人の人間。神々しい光に包まれた男に。

 

 

「ちょうど良い機会だ。まだ力を手に入れてから本気の全力を試したことがなかったんだよ」

 

 

男の背中から巨大な黄金の翼が広がり、右手に刀、左手に長銃を握り絞めた。

 

それらの武器から絶大な力を感じ取れた。この魔王でさえ恐れてしまう力を。

 

まるで英雄のような存在感。黒ウサギは男に目を奪われていた。

 

 

「今のうちだ!」

 

 

「逃げろ!」

 

 

同族に手を引っ張られた黒ウサギは惜しくも彼の勇姿の戦いを見ることができなかった。

 

三頭龍は男を睨みつけながら、仮面を着けた男に問う。

 

 

『貴様は、何者だ』

 

 

「別に名乗る程有名じゃねぇよ。楢原 大樹って名前だけどさ―――」

 

 

仮面を外し、正体を明かした。

 

 

「―――大切な人の故郷をぶっ壊したクソッタレを潰す人間だということも、よく覚えていやがれ。こんのヘビ野郎がぁ!!」

 

 

神の力を最高まで解放した、楢原 大樹がそこにいた。

 

溢れ出す神々しい光。正義を掲げる英傑が、英雄が、絶対悪の前に立ちはだかった。

 

同時に、恐れていた三頭龍は大樹の答えに、逆に満足していた。

 

 

『来るがいい無謀に挑む英雄よ! そして踏み越えよ―――我が屍の上こそ正義であるッ!!』

 

 

「ハッ、馬鹿言ってんじゃねぇよ! 俺の正義はお前の場所の近くには絶対にない!」

 

 

『……何?』

 

 

「いいかしっかりと聞けよ」

 

 

大樹は、笑みを浮かべながら挑発的な宣言をした。

 

 

「テメェは俺に惨敗した後、土下座させて人々の為に働かせてやるよ。テメェには、一生罪を償わせてやる!」

 

 

『―――絶対悪に対するその侮辱、二度と言えぬようその頭蓋ごと、滅ぼしてやろうッ!!』

 

 

そして、【最強の正義】と【絶対悪】がぶつかった。

 

 

箱庭の……いや、全人類の存続さえ決まってしまう最大の勝負が始まる。

 




バカテスでギャグの絶大な入れやすさを知った。やっぱ神だなバカテスと思いました。

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