どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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何個も並行して小説を投稿している作者様方は本当に凄いですよね。尊敬します。自分は一個でいっぱいいっぱいですから。

※大変申し訳ありません。手違いで話の挿入場所を間違えてしまいました。番外編に新しい話を追加させて頂いています。お手数とご迷惑をおかけします。


認められた誓いの言葉

【過去】

 

 

朝は折紙の朝食を作り学校に行かせる。その後は皿洗いや掃除、家事の仕事をこなす。

 

昼からは病院に行って二人の様子を見ている。時には投与する薬の配分などを変えなくてはいけない場合もあるため、必ず行かなければならない。むしろ昼にしか行っていないのは間違い。本当なら一日中いなければならない状況なのだ。

 

夕方は家庭教師。塾を開いて生徒たちに勉強を教え、その後はサル君の勉強を見る。それから帰宅して折紙の夕食の準備など家事を再びする。

 

夜からは工事現場の仕事をして金を溜める。金はその日に手渡しされる仕組みで、期間限定で働くことになっている。労働時間は深夜から朝まで続いている。

 

つまり、寝る時間はどこにもないわけだ。

 

だけどずっと寝れないわけではない。病院で30分だけ一休みしたり、塾の小テストで体を休めている。本来なら考えられない生活リズムだが、一週間続けても頭が痛くなるだけだった。

 

 

そして———

 

 

「げほッ……」

 

 

———二人が入院してから一ヶ月の時が経った。

 

 

頭痛だけじゃなく、目眩まで症状が悪化していた。咳も出始め、頭がボーッとする。

 

風邪と熱だろうか。寒気が尋常じゃない。

 

 

ピピピッ、ピピピッ

 

 

右脇に挟んだ体温計を取ると『39.5』と表示されていた。風邪や熱どころかインフルエンザ並みの体温じゃねぇか。

 

鉛のように重くなった体を起こし、病院に行く準備をする。このままソファに寝ていたいが、そうはいかない。

 

その時、朝ご飯を用意したが、塾のプリント課題を準備していないことに気付く。

 

 

「……病院で、パソコン借りるか」

 

 

家で作る余裕はない。急いで行って向うで休もう。

 

 

『ご覧ください! たった今、全自動(オールオート)システムの人工衛星が打ち上げられようと———』

 

 

耳に入れたくないテレビの雑音を消すと、準備に取り掛かる。

 

 

ガチャッ

 

 

「お兄ちゃん……?」

 

 

「折紙か。今日は早いな? どこかに行くのか?」

 

 

折紙はパジャマではなく、私服に着替えていた。学校に行くランドセルは背負っていない。

 

 

「今日……日曜日だから」

 

 

「あッ……そう、だったな」

 

 

日付どころか曜日すら覚えていない。そんな自分が危ないということは一番分かっていた。

 

それでも、無理してでもやらなきゃいけないことがある。

 

 

「一緒に病院行くよな? 自転車の後ろに乗るだろ?」

 

 

「うん……」

 

 

両親が入院してから折紙の笑顔を見ることがなくなってしまった。本当なら俺が安心させて笑わせてやりたいけど、俺にそんなことをする時間もなければする権利すらない。

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

「……どうした?」

 

 

「……何でも、ない」

 

 

「そうか……」

 

 

分かっている。言いたくても言えないんだよな。

 

俺は折紙に信頼されるような関係には、まだなっていない。

 

 

———家族の一員になんて、無理なことを。

 

 

________________________

 

 

 

「———となりますがそれでも……大樹さん?」

 

 

「ッ! すいません。ちょっとボーっとしていました」

 

 

担当医の猿飛さんに名前を呼ばれてハッとなる。大事な話をしているというのに、何をやっているんだ俺は。

 

 

「やはり休まれた方がいい。どう見てもあなたが不健康なのはハッキリと分かる」

 

 

「そんなわけないですよ。体温計で測りましたが、微熱でした。ちょっと寝不足なだけです」

 

 

「……嘘ですよね? あなたの目の下にある隈は不眠症の人と同じくらい黒く大きい。それに頭が回っていないのは高熱が出ている証拠です」

 

 

さすが医者と言ったところだろうか。

 

 

「熊じゃない。隈だ」

 

 

「……知ってます。最初から隈だと言っています」

 

 

「ズラじゃない、桂だ」

 

 

「いやいきなり銀〇ネタ出されましても……」

 

 

『とにかく俺は大丈夫だ。( ̄ー ̄)ニヤリッ』

 

 

「どっから取り出したんですかその看板。あなたどこのエリザ〇スですか……ってちょっと!? 待ってください!」

 

 

先生の静止の声を無視して俺は部屋から出る。折紙を迎えに行くために、二人の部屋の中に行く。

 

しかし、廊下を歩いていると不意に視界がぐらりと揺れた。

 

 

「あれ……やばッ」

 

 

ドタッ

 

 

そのまま意識はスッと消えるように失ってしまった。

 

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「私がお兄ちゃんとの距離を取ったのは『嫌い』とか『信用できない』じゃないんです。お兄ちゃんが無理をして『頑張って』いたから、邪魔をしたくなかったのです」

 

 

折紙から聞いたことは、大樹が無理し続けて病院で倒れたことだった。あの強固で最強な体を持った大樹でも、1ヶ月という長期間を無理し続けるのは無茶がある。

 

 

「でも、それが逆にお兄ちゃんを追い詰めていた……!」

 

 

涙目で語る折紙に周りは何も言えない。ただ黙って折紙の話を聞き続けた。

 

 

「大樹お兄ちゃんは、私たちのためにずっと、ずっと、ずっと無理していたのに……!」

 

 

「お、落ち着いて。大樹君の性格上、そうなっちゃうのよ」

 

 

涙をポロポロ零す折紙に優子がハンカチを取り出しながら折紙に渡す。周りもうんうんと頷いて同意する。

 

 

「大樹が悪いのよ。いつまでも周りに心配かけてばかりで———」

 

 

「お兄ちゃんのことを悪く言わないでください!」

 

 

「———ご、ごめんなさい……」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

(ファッ!? あのアリアが素直に謝ったぞ!?)

 

 

折紙の気迫に押されたアリアはすぐに謝罪の言葉を口にした。

 

 

「ま、まぁ落ち着いてくれ。ここにいる人たちはお前と同じで大樹のことが好きなんだ。ただ悪口を言っているわけじゃない」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

女の子たちは顔を赤くする。アリアや優子は必死に言い訳するが、全く説得力が無い。

 

折紙も顔を赤くして原田を見ていた。

 

 

「やっぱりホモ———」

 

 

「ただし俺は違う。アイツのことが嫌いだ。以上」

 

 

原田は汗を流しながら思う。大人しい性格になっているが、根元は変わっていないのではないかと。

 

 

「ツンデレ、じゃないですよね?」

 

 

「悪い。女の子に手を出しちゃいけねぇと思うけど、さすがに我慢の限界が……!」

 

 

「お、落ち着いてください!? 黒ウサギは分かっていますから! 分かっていますから!」

 

 

怒る原田を黒ウサギとアリアが止める。悪気がないのは分かるが、言葉は性質(たち)が悪かった。

 

 

「ご、ごほん。それで……話の続きを聞こうじゃないかぁ……?」

 

 

「そんな鬼の形相で人の話を聞こうとしないでよ……」

 

 

原田のバックから『ゴゴゴゴゴッ……!』の文字が見えるくらい気迫があった。怖がる折紙を黒ウサギが守り、真由美は原田を止める。

 

とりあえず落ち着いて話せるようになった折紙が続ける。

 

 

「その後、お兄ちゃんが倒れたことがきっかけで、祖父母が病院に駆け付けたのです」

 

 

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【過去】

 

 

 

ビシッ!!

 

 

———最初に目が覚めた瞬間、頭にチョップされた。

 

 

「え?」

 

 

唐突な出来事に頭がついていけない。痛いとか誰だよとかの前に、何故チョップされたのか意味が分からない。

 

何故白髪のおじいちゃんにチョップされているんだ? 何故俺はチョップされた。

 

隣にいるおばあさんが笑っているのも分からない。チョップと同じくらい分からない。

 

 

———とにかく、何故『チョップ』だ。

 

 

「楢原 大樹君だね」

 

 

「は、はぁ……そうですが?」

 

 

「うむ」

 

 

ビシッ!!

 

 

———何でまたチョップされた俺ぇ!?

 

 

(ドユコト!? 何でチョップ!? ホワイ!?)

 

 

「す、すいません……どちら様でしょうか?」

 

 

「お前さんが世話になっている親の親と言えば、分かるんじゃないか?」

 

 

「ッ!」

 

 

親の親。つまり折紙の祖父母が目の前にいるのだ。

 

 

(失敗した……)

 

 

俺が倒れればそりゃ医者は祖父母を呼ぶよな。両親は病院で寝ているし、折紙はまだ幼い。呼ばないという手はないはずだ。

 

自分の名前が知られていることから全てを知られていることを察した。大体のことは医者や折紙から事情を聞いているはずだ。

 

 

「まずお前さんには言わなきゃいけないことがある。何故この重大なことを報告しなかったのか」

 

 

息が詰まる。

 

 

「ッ……………それは」

 

 

逃げ場がない俺はおじいさんに聞かれたことを素直に話した。信用できなかったこと。自分が追い出されてしまうこと。

 

体が弱っていたせいなのか、おじいさんの気迫に押されたせいなのか。ペラペラと俺は話してしまった。

 

全てを話し終えた後、おじいさんは大きなため息をつき、口を開いた。

 

 

「難儀な性格をしておるのう」

 

 

ポンッと今度はチョップではなく、手を置いた。

 

怒るのでもなく、泣くのでもなく、ただ呆れていた。俺を憐れむように見ていたのだ。

 

 

「いいかよく聞け小僧。まず子どもを心配しない馬鹿な親なんていねぇんだ。心配しない親なんざ親じゃねぇ。タダの人間のクズだ」

 

 

「ッ……!」

 

 

「お前さんのおかげで助かったことは聞いた。でもなぁ……子どもが死にそうなっているのに、俺たちゃ呑気に生活していた。それに気付いた瞬間、子育てで一番の後悔を味わった。何をやっているんだちくしょうがってな!」

 

 

その言葉に、頭を金槌(かなづち)で叩かれたような衝撃が走った。

 

一番の被害者は自分じゃないということ。おじいさんとおばあさんに最低なことをしてしまったこと。

 

布団のシーツをグッと掴み、頭を下げた。

 

 

「すいません、でしたぁ……!」

 

 

「分かれば良い。それに俺たちゃお前さんを責めることはできねぇ。命を救ってくれたお前さんに感謝をしている。説教する資格はねぇ」

 

 

「でも俺は……!」

 

 

「さっき叩いて全部チャラにした。気にするな」

 

 

おじいさんが笑いながら俺の頭をポンポンと優しく叩く。先程のチョップした理由が分かり、この人は最初から俺のしたことを許そうとしていた。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

寛大な心を持った人だった。

 

何故この人たちはこんな俺を許し、迎えれるんだ。

 

 

「……どうして」

 

 

「ん?」

 

 

「どうして、見ず知らずの俺がここにいることを……許せるのですか?」

 

 

知りたかった疑問を、正面からぶつけた。

 

普通なら「出て行け!」と言われてもおかしくないはずだ。許していいはずがない。

 

おじいさんは腕を組み直すと、また呆れるように言った。

 

 

「お前さん、難儀な性格どころか馬鹿なんじゃないか?」

 

 

「え?」

 

 

「勘違いしておらぬか? この1ヶ月、お前さんは寝る間も惜しんで夜も働き、孫の面倒まで見ていた。許すも何も、お前さんはもう認めるに値する人間なんだよ」

 

 

「……つまりどういうことですか?」

 

 

「はぁ……お前さん、分からないのか?」

 

 

おじいさんは告げる。

 

 

 

 

 

「———もうお前さんは、家族の一員だということだ」

 

 

 

 

 

 

ハッキリと聞こえたはずなのに、信じられなかった。

 

そんなはずはないっと自分の心や脳が否定するが、おじいさんの微笑んだ表情が言葉を肯定してくれている。

 

緊張で固まっていた涙腺が緩み、ポロポロと水がシーツへとこぼれてしまう。

 

今までの苦労が報われた。この一ヶ月。いや、彼らを大火災の日に救ったその瞬間から今日この日までの時間が。

 

そのことに嬉しくて涙が止まらない。(ぬぐ)っても(ぬぐ)っても()き取れない。

 

 

「金のことなら心配するな。今は二人を、折紙のことを、頼んだ」

 

 

「……はいッ……はいッ!!」

 

 

俺はおじいさんの両手を掴みながら何度も何度も頷いた。

 

 

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夕方までぐっすり眠った後、なんと体調が回復したのだ。高熱は平熱まで下がり、頭痛や咳などは全てピタリッと止まっていた。

 

ありえない出来事だが、悪いことでないのであまり深く考えなかった。

 

起きた後は電話をして工事のバイトをすぐにやめた。無理な生活は絶対にしないことを誓った俺。金を援助してくれる祖父母。バイトをする必要性はなくなった。

 

荷物をまとめて部屋を出ようとすると、折紙が部屋に入って来た。

 

 

「お兄ちゃんッ……!」

 

 

今にも泣き出しそうな表情を見てすぐに察した。

 

俺に向かって飛び込んで来た小さな体を抱き締め、頭を優しく撫でた。

 

 

「心配かけて悪い。今まで辛かったよな?」

 

 

「もう、一人にしないでッ」

 

 

折紙の両親が眠っている今、頼れるのは家族の一員になった俺しかいない。

 

それを今、しっかりと認めた。

 

 

「ああ、一人にしない。約束する」

 

 

「絶対にッ……?」

 

 

「絶対にだ」

 

 

折紙はさらに強く俺に抱き付き、その手を離さなかった。

 

 

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折紙を背負いながら自転車を漕ぎ、家へと帰宅した。本当にここまで手を離してくれないとは思わなかった。だが好かれていると思えば元気百倍アンパ〇マンな状態になれるので余裕だ。顔が濡れても明日から頑張れそう。

 

そういや塾と家庭教師、休みにしちゃったな。明日菓子持って謝らないと。

 

 

「よいしょっと」

 

 

自転車に乗っている途中、眠ってしまった折紙。ベッドに寝かせると手を簡単に離してくれた。

 

部屋を出ようとすると、机の上に一枚紙が目に入った。

 

 

「……このタイミングで来るか」

 

 

『授業参観のお知らせ』と書かれた紙に俺は溜め息をついた。今両親が起きたところで明日までに間に合うはずがない。

 

折紙が朝聞きたかったことはこのことだろう。だけど、残念だが連れてくるのは無理だとしかいいようがない。

 

 

「お父さん……お母さん……」

 

 

「折紙……」

 

 

寝ているのに涙を流す折紙を見て俺は思わず紙をくしゃりと握った。

 

馬鹿野郎。さっき言ったばかりじゃねぇか。俺は家族の一員だと。

 

なら、やることはもう決まっている。

 

急いでリビングに戻り、ラッピングされた箱を取り出す。今まで開けようと思わなかったが、今開ける時だ。

 

 

「着させてもらうぜ」

 

 

明日のために、最高にカッコイイ黒いスーツを取り出した。

 

 

おっと、カメラの準備もしないと。

 

 

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【現在】

 

 

「———これがその時の写真です」

 

 

先程とは違い、折紙がニコニコと写真を見せて来る。写真にはスーツを着て笑う大樹とランドセルを背負った折紙が写っていた。間違いなく写っているのは本物の大樹だ。

 

優しい祖父母から授業参観に来た大樹と折紙の話は感動するが、話の途中『あの異変』が再び訪れていた。

 

 

ガゴンッ

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

そう、あの不思議な感覚。

 

一同は驚くが、琴里と折紙。また二人だけは何も感じていないようだった。

 

 

「また何か変わるぞ……!」

 

 

原田の言う通り、先程の現象でこの世界は大幅に変わっていた。折紙という人物が。元々あった過去が。

 

彼らは警戒する。写真、部屋、折紙。まだ変化は何もないが、この後一体何が変わっているのか……!

 

 

おぎゃああ! ぎゃあああ!

 

 

その時、隣の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 

折紙はハッとなるが、他全員は固まった。

 

 

「す、すいません! ちょっと席を外しますね!」

 

 

折紙は慌てて赤ん坊の泣き声が聞こえる部屋へ行った。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

赤ん坊の泣き声だけが耳に聞こえる静寂。そして、一同は最悪な状況を予想してしまう。

 

そして最低なことに、原田が口にしてしまった。

 

 

「大樹の子ども……んなわけねぇよな!」

 

 

———大樹の子だった場合を。

 

あえて原田が冗談を言うことで不安を拭おうと思ったが、

 

 

「「「「「—————ぐすッ」」」」」

 

 

「本当にごめんなさい俺が悪かったッ!! 頼むからしっかりしろおおおおおおォォォ!?」

 

 

普通に逆効果だった。

 

原田は叫んで女の子たちを呼び戻す。ただ想像しただけで彼女たちの表情はとてもじゃないが見ていられない顔になっていた。

 

 

「おい誰の子だアイツは!? お前なら知っているだろ!?」

 

 

「し、知らないわよ!? 彼女はまだ結婚なんてしていないはずよ!?」

 

 

琴里も知らないとなると、一体誰の子となるのだ。

 

恐る恐る気になっていた琴里が折紙に慎重に尋ねる。

 

 

「ねぇ……それって赤ん坊よね?」

 

 

(慎重になりすぎて人種の概念から問い出しちゃったよ。おかしいだろ)

 

 

「う、うん……」

 

 

「……男の子?」

 

 

(もうそれに関してはどうでもいいことだから! はやく誰の子か聞け!)

 

 

「ううん、女の子」

 

 

「……名前は?」

 

 

「もういいだろ!? はやく誰の子か聞けよお前!? お前の慎重のレベル高過ぎるわ!」

 

 

ついに痺れを切らした原田が折紙に質問する。折紙は答えようとするが、

 

 

ピンポーンッ

 

 

この部屋のインターホンが鳴った。

 

 

「あ、もしかしたらお父さんが迎えに来たかもしれないですよ」

 

 

折紙が立ち上がると、周りの女の子たちが焦り出す。

 

 

「まさか大樹!?」

 

 

「えぇ!? 何言っているんですか!? 違いますよ!?」

 

 

ぱぁっと落ち込んでいた女の子たちが笑顔になった。

 

 

「じゃあお前のお父さん!? つまり旦那さん!?」

 

 

「違いますよ!?」

 

 

———じゃあその子は誰の子どもだよ!?

 

 

心の中で全員がそうツッコミを入れた。

 

折紙が赤ん坊を抱きかかえながら玄関へと向かう。原田たちは後ろからこっそりと様子を見る。

 

大樹ではないことは確か。問題はその人が赤ん坊の父であるかどうかだ。

 

 

ガチャッ

 

 

「こんにちは折紙ちゃん。美也子(みやこ)の面倒見てくれてありがとうね」

 

 

「いえいえ、せっかくこちらに帰って来たのでゆっくりして行ってくださいね、猿飛さん」

 

 

(((((世界で一位二位を争う名医出て来たぁ!?)))))

 

 

爽やかそうな男が玄関に立っていた。その男は大樹が家庭教師として育てた生徒であり、琴里が説明したように世界で活躍する名医———猿飛 (まこと)である。

 

大樹の子どもじゃないことに安心するが、突然の来訪者に驚愕した。

 

 

「大樹先生が見つかったって本当かい?」

 

 

「はい!」

 

 

折紙は笑顔で告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———またお父さんに会えて嬉しいです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「だから何でそうなるの!?」」」」」

 

 

 

———今度は、お兄ちゃん設定が消失した。

 

 

 

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【過去】

 

 

折紙の授業参観は父親として出席した。写真はたくさん撮ったし、折紙が見事に先生の問題を解いて見せた。フッフッフッ……折紙の学力は既に私の手によって53万まで到達しているのだよド〇リアさん。え? 学力53万ってどのくらいだよって? ……中学生レベルなら大体解けるくらいかな?

 

元々要領が良くて優秀な子だったから勉強を教えるのは楽だった。きっととても良い子に育つはずだよ! ……アレ? 何かフラグ建てたような?

 

 

「お父さん!」

 

 

「いやだからもう違って……」

 

 

「えへへへ……」

 

 

問題は時々俺のことをお父さんと呼ぶようになったことだ。確かにあの場は誤魔化すためにお父さんと呼ぶように言ったが、もういつも通りお兄ちゃんでいいのだが。というか本物に知られた時、めちゃくちゃ怖いからやめて。

 

 

「またアニメ見てるの?」

 

 

「ああ、することないしな」

 

 

休息の時間はアニメや漫画を見ることが多くなった。休日はビデオ屋に行って借りて視聴。漫画喫茶にも行くことがある。

 

……そう言えば昨日の折紙は怖かった。いつも俺がアニメを見ているせいか、俺の好きなアニメやヒロインを全て把握していたのだ。何それマジ怖い。

 

 

「私の勉強がある!」

 

 

「中学生もビックリするくらいの成績が取れるあなたにはしばらくは必要ありません」

 

 

「私と遊ぶ!」

 

 

「朝から夕方までショッピングモールに行って遊んだろ」

 

 

「……まだ夜のスポーツが残ってる」

 

 

「お前今何て言った? 聞き逃せないこと言ったよなぁおい?」

 

 

このように最近の折紙、時々怖いのだ。一体どこでそんな知識を覚えるというのだ。

 

 

「むー、お父さんって呼ぶよ!」

 

 

「別にいいけど、お前のお父さん、多分泣くぞ」

 

 

「なら大樹って呼ぶ!」

 

 

「呼び捨てぐらい気にしねぇよ」

 

 

「……なら私の未来の旦那って友達に言いふらす」

 

 

「それ俺の世間体が死ぬからやめてくれ」

 

 

ロリコンじゃねぇか! 俺はロリコンじゃねぇ! ……でもロリコンな気がするんだよな。

 

ったくそんなに構って欲しいのか。仕方ない。

 

 

「じゃあ、一回だけジャンケンしてやるよ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「最初はグー、ジャンケン八岐大蛇(ヤマタノオロチ)ッ!!」

 

 

「きゃああッ!? 手が気持ち悪い形になってるよ!?」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

ジャンケンに見事に勝利した俺は夜にゲームで一緒に遊ぶことを約束した。アレ? 何か負けているような気がする。

 

買い物は済ませていたが、食器の洗剤が切れていることが発覚し、近くのスーパーで買うために外出した。

 

料理は温めるだけで完成するので、帰宅したらすぐに食べれる。折紙には食器の準備を手伝わせているのでさらにはやく準備できるだろう。

 

 

「さぁて、はやく帰らないと」

 

 

スーパーの袋を手に持って走ろうとした時、空が妙に暗いことに気付いた。

 

もう夜になる時間帯だが、いつも以上に空が暗くている。雲が月に隠れているからという理由だけではなさそうだった。

 

 

「あらあら。こんな時間にどこに行くのですか?」

 

 

近道で使う暗い路地から声をかけられた。そちらの方を振り向くと、俺は戦慄した。

 

レースとフリルで飾られたモノトーンのブラウスにスカート。目立つのはバラの飾りがついたカチューシャと医療に使わる眼帯。そして黒髪の美少女。

 

 

「……にゃ、にゃおー」

 

 

「それはもう忘れてくださいまし!!」

 

 

「ひぃ!? すいません!!」

 

 

顔を真っ赤にして怒鳴られてしまった。そう、この女の子は猫カフェにいたあの子である。最後は猫語だったので、俺も猫語を話したのが普通に駄目だった。

 

 

「いいですか? あの出来事は忘れてください。絶対に忘れてください」

 

 

「分かったにゃん」

 

 

「~~~~~ッ!!」

 

 

やっべ、すっげぇ顔が赤い。黒歴史確定な出来事だったからな。現在進行形で起きていそうだけど。

 

からかい過ぎたと思い、すぐに謝罪する。

 

 

「悪い悪い。誰にも言っていないから安心しろ」

 

 

「そ、そうですか……………それはとても安心しましたわ」

 

 

「おう。じゃあ俺はこれで———」

 

 

その時、全身に嫌な予感が流れた。

 

頭で考えるより先に、体が自分の意志に反して勝手に動いた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「は?」

 

 

何かが頬を掠めた。ビッと肌に痛みが走り、自分の頬を触った。

 

そして、手に赤い液体が付着していることに気付いた時、自分の身に危険なことが起こったことを理解できた。

 

 

「冗談、だろ……!?」

 

 

「いいえ、冗談ではありませんわ」

 

 

目を疑った。

 

 

女の子が持っているのは古式の拳銃。武器だった。

 

 

———つまり俺の頬を掠めたのは銃弾だ。

 

 

今、自分が本能で横に避けなければ死んでいた。

 

射殺されていたと認識した瞬間、恐怖が一気に込み上げて来た。呼吸が不規則になり、汗がドッ流れ出す。

 

 

「最初に出会った時から感じていました。微力でしたが不思議な力を」

 

 

「不思議な力? お前……何を言って……!」

 

 

「とてもとても気になりました。そしてもう一度出会い、確信しました」

 

 

ガチャッと女の子は古式の銃の銃口を俺に向けた。

 

 

「あなたは、食べるに値する人でしたの……!」

 

 

「……ハハッ、性的な意味だったら普通に喜べたけど、絶対違うよなコレ……!」

 

 

女の子の言葉を聞いた瞬間、体が震え始めた。まるで死が近づくのを恐れるかのように。

 

銃口と俺の顔の距離は1メートルもないだろう。この距離なら女の子は外すことはない。必ず当てる。

 

死ぬ。マジで死ぬ。次は絶対に死ぬ。

 

 

「……いや、まだ死ねないわ」

 

 

一人にしないって約束した女の子がいるんだ。俺は、ここで死ぬわけにはいかない。

 

銃口を鋭く睨み付けて()()を待った。

 

引き金が引かれる瞬間を。

 

その銃口から飛び出す瞬間を。

 

火薬が弾ける瞬間を。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

(ッ———!!)

 

 

ハッキリと自分の目で銃弾を捉えた。ゆっくりとこちらに向かって飛んで来る銃弾を、顔を右に傾けるだけで避ける。

 

 

ガスッ!!

 

 

「え?」

 

 

銃弾を避けるとは思わなかったのだろう。女の子はその光景に目を疑い、声を漏らした。

 

銃口から発射された弾丸は壁に突き刺さりコンクリートの破片を散らせた。

 

この時、自分の運動神経が異常だとかスーパーサ〇ヤ人並みだとか普通なら考えるが、そんな暇はない。でも一つだけ確信していた。

 

 

———自分は、最強だということを。

 

 

女の子の初弾を避けれたのは偶然では無い。ちゃんと見て回避したのだ。

 

銃弾が見えるなんてありえない。アニメや漫画の世界でなければ不可能なはず。だが現に今、できてしまっている。

 

逃げれると思った瞬間、風を切るような速度で走り出した。

 

 

「くぅッ!」

 

 

「ッ! 逃がしませんわよ!!」

 

 

やはり女の子も異常だった。体が宙に浮き、俺の後を飛翔して追いかけて来た。古式の銃を虚空から出した時点でそんな気はしていたが。

 

どうする? このままさっきのスーパーまで戻るか? 人通りが多い場所に逃げるか?

 

 

(他人を巻き込むわけにはいけない……ならッ!!)

 

 

このまま一人で逃げ切るッ!!

 

高速のスピードで暗い路地を走り抜ける。右や左に曲がって追われることから逃れようとする。しかし、

 

 

「そこまで、ですわ」

 

 

「なッ!?」

 

 

先程の女の子が目の前に()()も現れた。どうやら彼女は分身の様なモノを作ることができるようだ。

 

3丁の古式の銃をこちらに向けている。足に力を入れて急ブレーキをかけようとしたが、それだといつまでも逃げられないと頭の中で思った。

 

 

「こんの野郎がぁ!!!」

 

 

ヒュンッ!!

 

 

「「「!?」」」

 

 

大樹が叫びながら前に大きく踏み出した瞬間、体が煙のように掻き消えた。

 

 

———大樹の体は光の速度に到達したのだ。

 

 

女の子は撃つ暇も無く、大樹を見失う。既に大樹は女の子たちの間をすり抜け、もうその場にいないことに気付いていない。

 

 

「ッ!」

 

 

ぶつかりそうになる壁に手を突きながら方向転換する。このまま真っ直ぐに行けば家に帰れる。しかし、彼女がまだ追いかけて来ている可能性はあった。

 

どう逃走するか考えている時、異変は起きた。

 

 

「な、んだ……これ……!?」

 

 

突如体に途方もない倦怠(けんたい)感と虚脱感が襲い掛かって来た。まるで体におもりがつけられたかのような感覚。

 

しかし次の瞬間、俺は眉をひそめた。

 

 

「……いや、気のせいか?」

 

 

ドッと襲い掛かって来た異変は、すぐに過ぎ去った。もう体は軽くなり、衰弱することはなかった。

 

 

「……驚きましたわ。まさか【時喰(ときは)みの城】が効かないなんて」

 

 

「ッ……どっからでも現れるんだなお前」

 

 

背後から歩いて来た女の子に頬を引き攣らせる。余裕で追いつかれたような感じで来たので焦ってしまう。

 

格好と同じで中二病全開の名前だが、さっきの体を弱らせる能力は本当の様だな。

 

 

「それで、さっき何したんだよお前」

 

 

「時間を吸い上げる結界を作り出しましたの。この一帯に」

 

 

「時間を吸う……? どういうことだ……?」

 

 

「こういうことですの」

 

 

女の子は医療用の眼帯を外した。そこには異様な目をしていた。

 

充血しているわけではなく、眼球がないわけではなく、そこには『時計』があった。

 

時計の針がグルグルと逆方向に回る。女の子は笑みを浮かべながら話す。

 

 

「ふふ、これはわたくしの『時間』ですの。命……寿命と言い換えても構いませんわ」

 

 

「おいおい……現在進行形で寿命取られているのかよ俺様は……!」

 

 

「あらあら? 勘違いしないでくださいまし。あなたの時間は吸い上げれないですわ」

 

 

「何……?」

 

 

吸い上げれない? 吸っていないじゃなくて、できないのか?

 

 

「何故か無効にされているのです。まるで打ち消されているかのように」

 

 

「……あっそ」

 

 

ならこのまま帰ってくれませんかね? いや、帰らないだろうな。それに、何か策がありそうだし。

 

 

「ですから、直接あなたを食べて差し上げるのですわ……!」

 

 

「ホント言葉だけ聞いたらエロいのにマジで残念だちきしょう……!」

 

 

女の子は古式の長銃と短銃を虚空から取り出し、二つの銃口を俺に向けた。

 

大樹は歯を食い縛りながら女の子と目を合わせる。その表情に女の子は妖艶な笑みを見せた。

 

 

「そんな真剣な顔で見られると照れますわ……」

 

 

当たり前だ。命が狙われているのに真剣にならなきゃおかしいだろ。

 

 

「愛しい……とても愛しい……最後にぜひ名前をお聞かせて頂いても?」

 

 

「おう、いいぜ。最後に聞く名前じゃねぇけどな」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「楢原 大樹だ。ちゃんと覚えていやがれ」

 

 

「……ええ……ええ! ぜぇったい、忘れませんわ……!」

 

 

ごめんなしゃい(泣きながら震え声)

 

だから怖いよ。怖いからやめて。名前を教えたことに凄く後悔してしまうから。

 

 

時崎(ときさき) 狂三(くるみ)……一生あなたのことを忘れませんわ」

 

 

「そ、そうか……わ、忘れても全然いいからね! 自分、気にしないから! というか忘れろ!!」

 

 

むしろ忘れられた方が良い気がした。

 

 

「さて、続けましょうか……」

 

 

「お断り、だぜッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

一気に踏み込んだ力を解放し、真上に向かって高く跳躍する。上に逃げられることを予測できなかった狂三は攻撃の対処に遅れてしまう。

 

攻撃を遅らせた隙を大樹は逃げる時間に使う。ビルの屋上に着地し、そのまま走り抜ける。

 

 

「かっとビングだぜ!! 俺ええええええェェェ!!」

 

 

某カードゲームの主人公の有名なセリフを叫びながらビルの屋上から飛んだ。

 

跳躍した高さは10階建てのビルすら越え、何キロも長く飛んだ。

 

そして、とんでもない真実に気付く。

 

 

「って着地のこと考えていなかったああああああァァァ!?」

 

 

後先考えない行動に後悔する。目の前には高層ビルの巨大な窓が迫っていた。

 

当然避けることはできない。よって、

 

 

バリィイイインッ!!

 

 

窓ガラスを盛大にブチ抜いた。

 

ガラスの破片が体中に突き刺さり、床に転がった時には全身から血が溢れ出していた。

 

 

「うがぁッ……超痛———あれ?」

 

 

床には血の跡が点々とあるのに対し、体に傷はどこにもなかった。

 

ガラスの破片と血が付着した服だけ。己の体は綺麗なままだった。

 

痛みは確かにあった。しかし、もう感じていない。

 

 

「どうなってんだこれ……? 絶対におかしいだろこれ……」

 

 

「馬ッッッ鹿じゃありませんのッ!?」

 

 

「うおい!?」

 

 

背後から大声で罵倒された。体をビクッとしながら振り返ると、そこには興奮した様子で焦った狂三がいた。

 

俺をドンと押し倒し、声を荒げる。

 

 

「信じられませんわ! とんでもない速度で逃げ出したかと思えばビルの窓ガラスに突っ込むなんて……何を考えていますの!?」

 

 

「こっちは逃げるのに必死になんだよ! 命狙ってる奴が何言ってんだ!?」

 

 

「そして血塗れかと思いましたら無傷じゃないですか化け物!」

 

 

「テメェがそれ言う!?」

 

 

「もういいですわ! 危険な真似をする前にわたくしが食べてあげますからじっとしていてください」

 

 

「優しさに見せかけた暗殺をしようとするな!!」

 

 

最初の優しさは何だったんだよ!?

 

うおおおっと声を出しながら赤ん坊のようにハイハイでその場から逃げ出す。陸上部員並みの速さでビルの中を駆け抜けた。

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

「ぎゃああ! アイツ容赦無さすぎだろぉ!?」

 

 

とにかく発砲する狂三。恐らく怒っているであろう。狙いなどおかまいなしで撃って来る。

 

一階のロビーまで非常階段を使って逃げて来た。出口へと向かうが、

 

 

「追ーいー詰ーめーまーしーたーわーよー……!」

 

 

思わず女の子のように悲鳴を上げてしまいそうになるが、急いでフロントのカウンターへと姿を隠した。

 

 

「完全に包囲しておりますわ。社内にいた人間は全員【時喰(ときは)みの城】で眠らせました。電話を使って助けを呼んでもいいですが、信じてくれるのでしょうか?」

 

 

(完全どころかネズミ一匹脱出できないくらい超完璧に追い詰められてるぅ!?)

 

 

どうする!? 方法を考えろ! 一瞬で考えろ!

 

まずアイツは人に見られることを極力避けている。人がいない暗い路地にわざわざ追い込んだ理由がこれで分かった。それに社内にいた人間も眠らせるくらいならその仮説に確信を持てる。

 

なら大勢の人間をここに呼ぶ方法を考えれば良い。そうすればアイツは逃げてくれるに違いない!

 

電話か? だけど信じてくれると思わない。それにすぐ来てもらわないと困ってしまう。

 

大声で叫ぶか? いや、届くとは思えない。ここ一帯は遮蔽(しゃへい)物が多過ぎる。

 

 

「出て来なくても結構ですわ。わたくしが迎えに行きますので」

 

 

(ぴゃあああああァァァ!?)

 

 

恐怖で頭が自動的にフル回転させる。考えろ考えろっと心の中で何度も繰り返す。

 

カウンターに置いているモノは使える用途が一切ない。他にないのか!?

 

 

コツッ

 

 

「ッ! コイツだぁ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

テーブルカウンターの裏に隠したボタンが指に当たった瞬間、勝利を確信した。

 

何の躊躇もない。すぐにボタンを押した。

 

 

ジリリリリリッ!!!

 

 

室内にうるさいサイレン音が響き渡った。その音に狂三が嫌な顔をする。

 

俺が押したのは防犯で取りつけられている防犯ベルだ。押せば警察たちがたくさん来るような仕組みになっているはずだ。もちろん、狂三もそれを分かっているはず。

 

 

「どうする? このまま捕まえようとするか?」

 

 

「ッ……いいですの? あなたが捕まる可能性だって———」

 

 

「それは無理だと思うぜ」

 

 

「……どういうことですの?」

 

 

「舞台はもう整っているんだよ。お前が社内の人間を眠らせたおかげでな」

 

 

「ッ!」

 

 

笑みを見せながら説明する大樹に狂三は下唇を噛んだ。

 

俺は適当に幽霊や悪霊に襲われたことにすればいい。社内の人間が原因不明で衰弱したんだ。信じるかどうかは分からないが、無視することはできない結果になる。

 

 

「……一度、手を引かせていただきますわ」

 

 

「そのままずっと引いててくれ」

 

 

「嫌ですわ」

 

 

狂三は頬を赤くしながら足元の影へと沈んでいく。

 

 

「———ぜぇったい、逃がしませんわぁ……!」

 

 

トラウマになるレベルで泣きそうだった。

 

狂三が完全に姿を消した後、パトカーのサイレンが聞こえ始めた。

 

はぁっと大きく息を吐き出し、カウンターの電話を勝手に借りて留守電を入れた。

 

 

「悪い。洗剤落としたからもう少し時間が掛かる。そのまま歯を磨いて寝てくれ」

 

 




中身がギャグ要素満載の『灰と幻想のグリムガル』ってどんな感じにカオスになるのか最近妄想しています。マナトのあのシーンはケツに矢を刺す感じでシリアスにします。これがホントの尻アス。やかましいわ。


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