どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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スプラトゥーンとセブンナイツをやっていました。すいませんでした。

サボっていた罪を認めます。マジすいませんでした。


前進できない虚弱な心

【過去】

 

 

「———式を解く型はたくさんあるが、公式を全部覚えておけば抵抗できるし戦える。一筋縄で行かない時もあるけど、部分点をもぎ取りに行くくらいは食い付いとけ。損はないはずだ」

 

 

ホワイトボードに記憶していた公式をサッと書き、説明しながら教える。

 

現在、俺は教師をやっていた。しかし学校の教師ではない。塾の教師だ。正式な塾教師とは言えないが。

 

お金を稼ぐにはどうすればいいのか? 最初に思いついたのは家庭教師だった。っと言っても俺のような身分証明ができない人間が家庭にお邪魔することはまず無理。下手をすれば牢屋にぶちこまれるのがオチだ。

 

そこでまず現状を考えた。このマンションは大火災によって学校にも行けなくなった子どもたちが大勢いること。そしてピンと閃いた。

 

———学校に行けるようになるまで広いロビーを貸し切って授業を開こうっと。

 

結果はとりあえず成功。塾よりも何十倍も安いお得なサービスを提供することができた。

 

現在の受講人数は30人以上。クラス一つができているようなモノだ。まぁ受けたくない人もいるからね。ぶっちゃけかなり少ない。予想をかなり下回った。高校生だけじゃなく中学生と小学生も一緒に並行して授業するくらい少ない。トホホ。

 

 

「さぁて中学生たちは化学式の問題が終わったか? 分からなかったら俺が配ったプリントを見て解き直しすればいい。大事なのは本番で活かせるかどうかだ。で、小学生たちの国語は———」

 

 

自分の持っている知識は最大限に利用する。天才を超え、鬼才まで到達した学力(数学を除く。何故かできない)は子どもたちの教育に当然通用する。

 

 

「———『暗殺教〇』を読めば大体いけるだろ」

 

 

(((((マジか!?)))))

 

 

高校生と中学生は大樹の分かりやすい授業に凄い才覚はあると分かっているが、常軌を逸した授業内容にいつも戸惑ってしまう。

 

 

「って全員は持っていないか。買ってない奴はいるし、お前らの家は燃えたしな」

 

 

オブラートに包むどころか、激辛とうがらしと一緒に言葉を投げて来た。傷付く。

 

 

「みんな、面白いから買っておけよ?」

 

 

何故か推された。見所まで説明されてしまい、生徒たちは買いたくなってしまった。

 

 

「さてどうしよう。全員持っているモノで授業をしないと……あッ」

 

 

顎に手を当てて大樹は少し考えた後、結論を出す。

 

 

「よし、『しりとり』でもするか」

 

 

(((((マジか!?)))))

 

 

「ただの『しりとり』じゃないぞ。下手をすれば高校生どころか大学教授でも負ける『しりとり』だぞ」

 

 

(((((マジか!?)))))

 

 

「ルールは簡単だ。連想ゲームは知っているだろ? 『リンゴと言ったら赤い』とかリズムに合わせてやるだろ? それに『しりとり』を組み合わせただけだ」

 

 

(((((……………え!? 難くね!?)))))

 

 

大学教授でも負ける理由である。

 

 

「じゃあ行くぞ。最初は『力学的エネルギーの保存(ほぞ『ん』)』な」

 

 

(((((最後『ん』じゃん!?)))))

 

 

大樹先生は、結構テキトーである。

 

 

 

________________________

 

 

 

一回の授業時間は大体1時間。場合によっては伸ばしたりするが、基本的に1時間授業する。基本的にいつでもトイレに行ってもいいし、ご飯を食べながら受けてもいいようにしている。自由過ぎるけど気楽に受けた方が頭に入ると思うから、決して学級崩壊が起きているわけではないから!

 

ちなみに一回の授業で取る料金はなんと100円。1コインで済むのだ! お財布に優しいでしょ!?

 

授業は好評で特に中学生と高校生は俺の授業が分かりやすくて「いいね!」とグッジョブしてくれた。小学生は楽しくて「いいね!」らしい。お前ら、ちゃんと拡散しておけよ。俺の金のためにな!

 

 

「一日で三千円……これはヤバいな」

 

 

収入の少なさに頬を引き攣らせる。授業は毎日できるが基本は一日一回、たまに二回したとしても、一万円に届かない。普通のバイトより稼げているが、しばらくすればこの収入は減るはずだ。

 

何故なら学校は当然いつか再開されて、生徒たちは登校し、放課後に俺の授業を受けたいと思う子どもは減ると予想できる。だって学校行った後にまた勉強するとかヤダもん。遊びたいよね!? 俺もそう思う!

 

この状況を打開して良い方向に進まないと……!

 

 

「大樹先生!」

 

 

「ん?」

 

 

授業後、これからどうするか考えていると声を掛けられた。

 

 

「君は確か高校三年生だというのに志望校がD判定で担任から諦めろとガチで言われてショックを受けていた猿飛(さるとび)君じゃないか」

 

 

「傷口抉るのやめて貰えます!?」

 

 

目標があるらしいが、何故か教えてくれない。しかし、学歴がとても必要だと言っていた。

 

 

「あだ名は猿神(ゴッド・モンキー)

 

 

「何で知ってんすか!? あと僕は(まこと)です! シンじゃありません」

 

 

真から神、神からゴッド。付けた人はセンスあると……思わないな、うん。

 

 

「それでサル君、どうした?」

 

 

「さ、サルって……でもあだ名よりマシか。先生、実は頼みがあるんです」

 

 

「お尻が赤い雌を探せッ!!」

 

 

「何をどう思ってそこに辿り着いたアンタは!? あと僕は猿じゃありません! 家庭教師をやって欲しいんですよ!」

 

 

「なるほど。だが現金で払えよ? バナナはいらないからな?」

 

 

「だから僕を猿扱いしないでください! それ、ウチの両親にも同じ態度を取るんですか!?」

 

 

「まさか。サル君は顔もちょっとサルってるからが理由だ」

 

 

「サルってるって何!?」

 

 

「ウッキーウッキーうるせぇな」

 

 

「言ってないうえにしつけぇ!!」

 

 

「大丈夫だって。将来ネクタイに『DK』って縫っても違和感ないと思うぜ?」

 

 

「それゴリラだから! ドンキーコ〇グだから!」

 

 

「誰もお前が高い所から樽を落としたって文句言わねぇよバカヤロー」

 

 

「だからそれド〇キーコングだって言ってんだろ馬鹿野郎!!」

 

 

それにしても家庭教師か。悪くない。

 

 

「いいぞ。東大までは狙えないけどいいか?」

 

 

「そこまで狙っていないですよ!? でもありがとうございます!」

 

 

こうして俺の新たな収入源であるサル君の家庭教師になった。

 

 

________________________

 

 

 

「た、ただいま」

 

 

家に帰る時、まだ慣れない言葉は緊張してしまう。リビングからヒョコっと顔を出した母が微笑む。

 

 

「おかえりなさい」

 

 

「あ、はい……」

 

 

「フフッ、かしこまらなくていいのよ。いつも言ってるじゃない。ここはあなたのもう一つの家よ」

 

 

「う、うっす」

 

 

いつも優しい声音で言ってくれるけど、逆に緊張してしまう。

 

料理は美味いし、優しいし、綺麗だし、欠点がない。旦那さんが羨ましいですよ! 

 

 

「大樹お兄ちゃん!」

 

 

ドンッ!

 

 

「うぐッ」

 

 

不意打ちを食らう。折紙が抱き付いて来るのはいいが、ちょうど頭部がみぞおちに入るのでキツイ。わざとなの? 狙っていたら怖いわ。多分、この無垢な笑顔を見れば狙っていないことは明らかだが。

 

 

「おかえり! 今日は何するの!?」

 

 

とりあえず俺の腹部に休息を与えてやってくれ。何度も食らっていたらヘコむよ? ついでに俺もヘコむ。

 

 

「そ、そうだな……何しようか」

 

 

そう言えば折紙だけでなく、学生たちは夏休みに突入していることを思い出す。

 

 

「折紙ちゃん、夏休みの宿題は?」

 

 

「……………」

 

 

あ、すっごいテンションが下がったな。分かりやすッ。

 

 

「よしよし、なら自由研究をやろう」

 

 

「自由研究?」

 

 

「ああ、読書感想文は『〇殺教室』でも書いていればいいから、自由研究をやろう」

 

 

そう言って俺は背負っていた新しいリュックから色々と取り出す。それはビンや粉のようなモノがたくさんあった。

 

 

「今日は、花火でもしようぜ?」

 

 

 

________________________

 

 

 

科学の勉強。花火の色は炎色(えんしょく)反応で決まることは知っている人は結構いるだろう。

 

赤色ならリチウム。黄色ならナトリウム。火薬に細工を施し、空に綺麗な花を咲かせる。

 

だが実際にやってしまうと色々と大変なことになるので線香花火をやることにした。まぁ火薬を扱う時点で本当は問題になりますがね。大丈夫、問題は絶対に起きないよう細心の注意を払っていますから。あと良い子は真似しちゃ駄目だぞ! 悪い子もだぞ!

 

 

「炎の色を途中で変えたい時は10の調合比率を———」

 

 

ボシュッ

 

 

「わーい!」

 

 

「———俺の化学の話、ちょっとは聞いてくれない!?」

 

 

単純に作り方だけを覚えて製作し、火をお父様に点けて貰い遊ぶ折紙。俺の雑学と勉強、そこまで面白くない!?

 

 

「ハハッ、折紙は遊ぶ方が好きなようだね」

 

 

「ちゃっかり火を点けたことに俺はジト目ですが」

 

 

「ハッハッハッ」

 

 

意外とムカつく父親である。

 

 

「ここまで物知りで優秀とは思わなかったわ。改めて凄いわよ大樹君」

 

 

「う、うっす」

 

 

だから何故母親の前では挙動不審になるのだ俺よ。

 

 

「妻は何があっても君には渡さない」

 

 

「娘は『まだ』なのに奥さんは『絶対』なのですか……」

 

 

目力すんごい。そんなに睨む? マジで?

 

 

「君のことを信頼しているから折紙を任せられる。私がいない間、妻を支えるのは許すが奪うことは許さない」

 

 

「お、お父さん!? 熱い! 花火の火が熱いよッ!? 両方とも守りますし取りませんから!? あつぅ!?」

 

 

すっごい笑顔で火を近づけて来るんだけど!?

 

 

「そう言えば大樹君。何か欲しいモノはないかね?」

 

 

「欲しいモノ? 奥さん」

 

 

「遺言はそれでいいのかい?」

 

 

「ホント調子に乗ってすいませんでした。いや、特にないけど……」

 

 

「遠慮せずに言いなさい。ほら、また火を当てるよ?」

 

 

「鬼か!? じゃあ服です! 着る服、これともう一着しかないんで」

 

 

今は夏だからいいが、Tシャツしかないのはちょっと嫌だ。違うモノを買ってくれると嬉しい。

 

 

「確かに困るね。塾の先生を始めたのに、その服は駄目だね」

 

 

「でも高いのは結構ですからね? 安物お願いしますよ」

 

 

「安心したまえ。パンツを買ってあげるから」

 

 

「服の話はどこいった!?」

 

 

近所の高台の広場に三人の家族と一人の青年の笑い声が響き渡る。

 

高台にある光。あの赤い地獄の炎ではなく、鮮やかな色をした炎が燃えていた。

 

大火災から1週間の時が経ち、大樹は今の暮らしに幸せを感じつつあった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

 

原田たちは開いた口が塞がらない状態だった。

 

理由は折紙の変化だ。

 

まず髪が長いこと。一日で短髪から長髪になることは普通では考えられない。

 

そして感情が豊かになっていること。アイドル顔負けな笑顔にド肝を抜かれた。今も大声で驚いた表情をする折紙に戸惑いを隠せない。

 

 

「な、何が起きた!? 大樹か!? 大樹なんだろ!? 大樹にどんなセクハラをされたぁ!?」

 

 

「えぇ!?」

 

 

原田の言うことに折紙は驚愕。アリアたちは頷きながら拳を握り絞める。

 

 

「大樹に何かされたのでしょ!? あたしがちゃんと腹に風穴を開けるから!」

 

 

「それ死にますよ!?」

 

 

そして一同驚愕。コイツ、ツッコミをしやがった!?っと。

 

続いて優子と黒ウサギも話し出す。

 

 

「安心して。脅されているならアタシに言えば解決よ! アリアと一緒で!」

 

 

「だから殺す気なのですか!? やめてください!」

 

 

「黒ウサギに力が戻れば風穴だけでなく、消滅させますよ!」

 

 

「ちょっと待ってください!?」

 

 

次々と心配(折紙視点だと殺害予告にしか聞こえない)の声に反論する。

 

 

「大樹お兄ちゃんは私の家族です! 酷いこともされていませんし、大好きです!」

 

 

「大変! 急いで救急車を!」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

携帯端末を取り出した真由美を折紙は止める。

 

その時、ティナはある結論に辿り着いた。

 

 

「もしかして、さっきの違和感でしょうか?」

 

 

「「「「真面目に答えちゃ駄目!」」」」

 

 

「え、はい……すいませんでした……」

 

 

「いやいやいやいやいやいや! 何でティナの素晴らしい意見を蹴ったお前ら!?」

 

 

すぐに原田はティナを庇う。おかしい。それはおかしい。

 

アリアたちは折紙と茫然と立ち尽くす琴里に聞こえないように集まり、話を始める。

 

 

「これは大変なことよ。大樹がまたフラグを作っているわ」

 

 

(うぉい!? アイツを大樹の嫁から脱落させるためにわざとやったのかコイツら!?)

 

 

深刻そうな表情で話すアリア。原田は頭に手を当てて唸った。言っていることは分かるが、必死に落とそうとしないでほしい。

 

あとティナ! 「なるほど、こういう場合はそうするのですね」とか納得しちゃ駄目だから! 大樹サイドに闇堕ちしているから!

 

 

「もう完全にアウトよ。過去でも大樹君はやらかしているの。なら今を変えるしかないのよ!」

 

 

「カッコイイこと言っているつもりか!?」

 

 

あの優子ですらこの始末である。

 

 

「……黒ウサギに良い提案があります。というわけで真由美さん、帰っていいですよ」

 

 

「何でよ!?」

 

 

「真由美さんが調子に乗るからですよ!」

 

 

「時間がないわ! この際、真由美が調子に乗ることは置いておきましょ!」

 

 

「優子まで!?」

 

 

珍しく真由美が負けていた。黒ウサギは表情を引き締めて話す。

 

 

「単純に考えるのです。大樹さんには妻がいることを教えれば、必ず諦めるはずです」

 

 

「え? 簡単じゃない。私が———」

 

 

「真由美さん。だから帰っていいですよ」

 

 

「———黒ウサギが凄い良い笑顔でいじめてくる!!」

 

 

今日の女の子たちは、色々とカオスになっていた。

 

しかし、黒ウサギが提示した作戦にティナが異論を唱える。

 

 

「ですが、ここにいる全員が大樹さんのお嫁さんだと言えば状況は悪化するのでは?」

 

 

「大丈夫です! 黒ウサギだけが、大樹さんの奥さんに———」

 

 

「「「「黒ウサギも帰って良し」」」」

 

 

「———というのは冗談でクジで決めましょう!」

 

 

本当に冗談で済ませるつもりだったのか疑ってしまう一同であった。

 

 

「原田さんは足止めをお願いします! 二人を聞こえないように話を逸らして来てください!」

 

 

「俺に仕事を押し付けるなよ!?」

 

 

文句を言うが既にクジを引こうとしていた。準備が良すぎる彼女たちに原田は溜め息をつく。

 

 

「ちょ、ちょっと!? 何をしているのよ!?」

 

 

琴里が怒りながら近づいて来る。原田は手を広げて道を塞ぐ。

 

 

「待て待て。これ以上行くな。その……し、死ぬぞ」

 

 

「死ぬの!?」

 

 

下手をすればの話だが。大樹なら死んでた。

 

 

「それより聞きたいことがある。鳶一(とびいち) 折紙、本人であることは間違いないな?」

 

 

「当たり前じゃない」

 

 

「……ちなみに髪は長いままだったよな?」

 

 

「……そもそも彼女が短い髪をしていた記憶がないわね」

 

 

琴里から提供して貰った情報に原田は目を瞑る。

 

これはもしかして、先程の違和感で世界が———いや、未来が変わったのではないか?

 

過去に行った大樹が過去の出来事を変えて、折紙を今の状態にした。よくある展開だが、それなら辻褄(つじつま)があうはずだ。

 

 

「「「「……………」」」」

 

 

その時、女の子たちが静かなのに気付いた。あれ? 文句なしで決まったんだよな? どうしてそんな低いテンションなんだ?

 

 

「初めまして折紙さん」

 

 

その時、ティナが折紙に挨拶をしていた。

 

 

 

 

 

「大樹さんの妻、ティナ・スプラウトです」

 

 

 

 

 

(よりによってティナかよおおおおおォォォ!? 馬鹿野郎!? 大樹がロリコンかどころか評価が最悪になってるじゃねぇか!? あと犯罪者と認識されるだろがぁ!?)

 

 

当然折紙と琴里は絶句。何も喋ることができなかった。

 

数秒の沈黙。最初に動いたのは折紙だった。

 

 

「ハッ! も、もしかして……大樹お兄ちゃんの彼女さんたちですか!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

なんと折紙が彼女たちを知っていた。彼女と言えるような関係なのかこの際は置いておく。

 

 

「知っているのか!?」

 

 

原田はすぐに食い付き、過去に行った大樹の情報を得ようとする。

 

 

「は、はい。お兄ちゃんが言っていました」

 

 

しかし、得られたのは———

 

 

「自分は何股もしたクソ野郎だったかもしれないと! 浮気されていたのはあなたたちのことですよね!?」

 

 

———点火したダイナイマイトだった。

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

「本人が全否定しやがったあああああァァァ!?」

 

 

当然女の子たちは驚愕。自分から一夫多妻制を申し出た結果がこれだ。大樹は嫁たちと浮気してしまったと最低野郎と勘違いしてしまている。

 

 

「あ、安心してください! 兄はちゃんと一人の女性だけを愛すと改心して誓いましたから!」

 

 

ドーン! そしてティナを除いた女の子たちが吹き飛んだ。

 

今の発言は大樹がティナだけを愛すことになってしまっている。

 

しかし、折紙はティナに向かってバツ印を人指し指で作る。

 

 

「あと駄目ですよ! 大樹お兄ちゃんがいくら好きでも、結婚できませんからね! 困らせちゃ、メッ!ですよ」

 

 

そしてティナも吹き飛んだ。どうやら折紙は完全にティナの好意は『Like』で、『Love』とは違うモノだと判断されているようだ。

 

 

「あとホモもダメです!」

 

 

「舐めてんのか!?」

 

 

何故か原田まで注意された。解せぬ。

 

 

「ああクソッ、話が全然進まねぇッ!!!」

 

 

原田の悲痛な叫びが、マンション中に轟いた。

 

 

 

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【過去】

 

 

今日は折紙と二人で隣街へと遊びに行っていた。休日ということで道や店内は人で溢れかえり、賑わっていた。

 

はぐれないように小さな手を握り、俺たちは歩いていた。

 

 

「それで、次はどこに行きたいんだ?」

 

 

服屋に小物屋にレストラン。時間に余裕はあるのでまだまだ回れる。折紙はキョロキョロと辺りを見回し、指を指した。

 

 

「あそこ!」

 

 

「ん? 猫カフェか」

 

 

3階建てのビルの2階。看板に大きく『Neko Cafe』と書かれていた。え? 『Cat Cafe』じゃないの? 猫を英語じゃなくてローマ字にするのが普通のなの? それとも流行りなの? まぁいいや。

 

とりあえず折紙が行きたがっているし、行こうか。大丈夫、諭吉さんは財布にまだいる。これだけアレば大丈夫なはず。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

「にゃーお」

 

 

店員と一緒に猫がお出迎えをしてくれる。何コイツめっちゃ可愛いなオイ。すっげぇデブ猫だけど。

 

テーブル席に案内され、とりあえずショートケーキ2つとジュースとコーヒーを1つずつ注文した。

 

 

「んにゃ」

 

 

「はうぅ……」

 

 

人懐っこい小さいな猫が折紙の膝の上に乗り、甘えて来た。おふう、どっちとも可愛い。これは写真を取ってあの二人に送らなければ。

 

 

「な、撫でていいの!?」

 

 

「ああ、優しく撫でてやれ。ホラ、隣の席に座った女性みたいに———」

 

 

そこで俺は後悔した。

 

隣の席で優雅に猫に触っていた黒髪の女の子。レースとフリルで飾られたモノトーンのブラウスにスカート。目立つのはバラの飾りがついたカチューシャと医療に使わる眼帯だ。左目を隠していた。

 

うん、この子、ちょっと恥ずかしい時期にはいっているかも。2の数字のアレだな、うん。

 

 

「うふふ、ここが気持ちいいんですにゃ?」

 

 

———明らかに恥ずかしい場面に遭遇していた。

 

おいやべぇって。これ本人が気付いたら黒歴史になるって! 毎晩枕に顔をくっつけて恥ずかしい思いするって! あぁ! 折紙よ、見ないであげて!

 

 

「もうッ、甘えんぼさんにゃんですから~」

 

 

ストップ! 目立ってる! 店員さんもお客さんもニヤニヤしながら見てるから! 周りに気付かないまま失態に気付いてぇ!

 

 

「よしよーし、にゃんにゃん♪」

 

 

折紙が真似しちゃったよ! 頼む気付くな中二の娘!

 

 

「にゃんにゃん、にゃにゃにゃ~お♪」

 

 

猫語だと!?

 

中二の娘は留まる勢いを知らねぇのかよ!?

 

 

「んにゃッ」

 

 

いつの間にか俺の膝に座った猫が俺の腹部に頭をこすりつけている。

 

 

「あ? 今お前の構っている暇は———腹が減っているのか」

 

 

「え? お兄ちゃん?」

 

 

「ん? どうした折紙ちゃん?」

 

 

テーブルに置いてあった猫専用の餌を食べさせながら折紙を見る。折紙はキラキラした目で見ていた。

 

 

「猫の言葉、分かるの!?」

 

 

ガタッ

 

 

落ち着け隣の席の女の子。違うから。分からないから。

 

 

「分からねぇよ。ただ……猫の気持ちが把握できるだけだ」

 

 

「十分凄いよ!?」

 

 

何故か猫だけでなく犬や鳥などの鳴き声を聞くだけで、どんな感情を抱いているのか俺には分かるのだ。ホントこの常軌を逸した知識、何だろうな?

 

 

「んーんーんんー」

 

 

とりあえず口を閉じたまま猫に呼びかける。すると猫たちは耳をピクリッと動かし、

 

 

「「「「「にゃー」」」」」

 

 

店内にいた猫たちが俺の所に全匹集合した。

 

頭だけでなく肩や膝、腕にまで猫が乗って来る。その光景に店員や客はビックリしている。

 

 

「む、ムツゴ〇ウさんよ! イケメンなムツゴロ〇さんがいるわ!」

 

 

おいやめろ。ム〇ゴロウ師匠に失礼だろうが。

 

店員たちは携帯電話を一斉に取り出し俺を撮り始める。客もキャーキャー言いながら撮っている。肖像権が守られていない件について。

 

 

「もっとキリッとした表情で!」

 

 

「できれば罵って!」

 

 

うぜぇ!? 何だこれ!? やめてくれ!

 

 

「いいよ! その嫌な顔!」

 

 

別に期待に答えたわけじゃないのに勘違いされた!?

 

 

「やっばい! 今時ワイルドな男っていないからレアだわ……!」

 

 

「彼女いるのかしら!?」

 

 

「でもあの人、子連れよ。きっと美人な奥さんが……!」

 

 

何これ。居心地が悪いのレベルを超えているんですけど。

 

でも一番辛いのは隣の子だ。

 

 

「……………」

 

 

(寂しそうな顔をしないでくれえええええェェェ!)

 

 

罪悪感が凄いから! 猫を取ったこと反省してるから! ごめんなさい!

 

とにかく隣の子には申し訳ない。猫たちを抱きかかえて、眼帯をした少女の隣に座る。

 

 

「えッ?」

 

 

「悪い。猫が多かったから助けてくれ」

 

 

そう言って猫たちをポイポイ少女の太ももの上や肩、ついでに頭にも乗せてやった。

 

 

「ッ—————! ッ—————!」

 

 

声にならないくらい嬉しい表情をする。頭の上に乗せたのに全然怒ってない。むしろ喜んでいるよ。

 

せっかく美少女なのに、どうしてそんな恰好をしているのか不思議でたまらん。まぁちょっと似合っているから否定できないよな。

 

 

「大樹お兄ちゃん!」

 

 

「分かってるって。ホラ、折紙にもデブ猫をやるよ」

 

 

「おもッ!?」

 

 

________________________

 

 

 

あれから女の子は猫になった。

 

いや本当だぞ。最後は猫と意志疎通できていたわアレ。

 

だって「にゃ~お、にゃんにゃん♪」って()()話しかけてきたから。周りからハートがいっぱい出てたような気がする。

 

……全然そのことに気付いていなかったけど。気付いたら大変だったから気付かないままでいいけど。

 

 

「会計お願いします。……ついでに隣の席の人の分も」

 

 

「あ、はい」

 

 

店員が察する辺り、この店の人たちは優しいと思った。

 

それから買い物を済ませて一緒に家へと帰る。マンションのロビーまで来ると、着信があった。

 

 

「はい、ウッキー」

 

 

『……先生、しつこいです』

 

 

「サル君、俺はいじっていて楽しいぞ」

 

 

『なんて悪人なんだ!』

 

 

掛けて来たのは家庭教師しているサル君。折紙には先に入っているように伝えておいた。

 

 

「それで、どうした?」

 

 

『先生! テストの結果ですが———!』

 

 

「ああ、もちろん———」

 

 

『―――学年5位でした!!』

 

 

「———ぶっ殺すぞ!!!!」

 

 

『ええええええェェェ!? 何で!?』

 

 

「俺が教えたんだぞ!? 1位以外ありえねぇよボケぇ!!」

 

 

『ひ、酷い!? 志望校だって今までより一番良いB判定———』

 

 

「ぶっ殺すぞ!!!!」

 

 

『―――だから何でぇ!?』

 

 

「A判定じゃねぇからだ! 死ね!!」

 

 

『酷い!? さすがに酷いよ先生!』

 

 

一通り罵倒し終えた後、最後に一言だけ言って電話を切る。

 

 

「———この調子で頑張れよ」

 

 

『え? せ、先生———』

 

 

ピッ

 

 

……まぁ本人だって頑張ったし? 別に少しくらい褒めても? いいと思いましたというか? ツンデレじゃねぇよ!! バァーカバァーカ!

 

言い訳しながら部屋へと帰る。ドアを開けてただいまと言いながら帰ると、折紙の靴しかないことに気付く。

 

 

「珍しいな、二人は帰って来ていないのか? 休日だからどこにも行かないと思っていたんだが」

 

 

買い物は自分が済ませると伝えているため、今日は家でゆっくりしていると思っていたのだが?

 

リビングに行くと、折紙が電話機の前に立っていた。

 

 

「どうした?」

 

 

「留守電がいっぱい入ってるの」

 

 

「留守電が?」

 

 

電話機を見てみると留守電の数が何十件も入っていた。同じ番号から掛かって来ており、不自然なことになっていた。

 

 

トゥルルルルルッ!

 

 

言ってるそばから電話機が鳴り出した。もちろん、電話相手は留守電と同じ番号だ。

 

 

「もしもし?」

 

 

怪しいと思ったが、俺は出てしまった。

 

 

 

———この幸せを、ぶち壊す一本の電話に。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ダンッ!!

 

 

「お母さんッ!! お父さんッ!!」

 

 

勢い良く扉を開き、顔色を悪くした折紙と大樹が駆け寄る。

 

 

———折紙の両親は白いベッドに寝かされていた。

 

 

様々な医療機器が体に取り付けられた光景に目を疑う。

 

電話をして来たのは病院のナースだった。内容は折紙の両親が危険な状態だと言うこと。

 

細かいことは何も聞かず、折紙を連れて病院へと向かった。自転車に折紙を乗せて全力で漕いだ。この街にある大きな病院は一つなので場所は知っていた。

 

何が起こったのかは病院にいた警察の人たちが説明してくれた。

 

 

「強盗犯を逃した……!?」

 

 

「すまない。暴走車が君たちの両親を……!」

 

 

事件の発端は銀行強盗だった。

 

目的の金を強盗した犯人が車で逃走し、警察は追いかけていた。

 

信号無視やスピード違反はもちろん、暴走車となっていた。当然、急に止まれるわけがない。止まるはずがない。

 

 

———例え横断歩道を歩いていた優しい夫婦がいたとしても。

 

 

警察は未だに犯人を捕らえることができていない。そのことに怒りを覚え、警察の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「犯人を追いかけて事の深追いしなければ、こんなことにはならなかっただろうが……!」

 

 

「は、犯人の逮捕は早急にやる方が……!」

 

 

「だからと言って人を巻き込んで良い理由になるわけがねぇだろうがぁッ!!」

 

 

ダンッと警察を廊下に投げ捨てる。

 

 

「銀行に防犯カメラは絶対についている。そこから人物特定なんて今の技術なら簡単だろうが。広い範囲に監視網を張って置けば追いかける必要もねぇよ」

 

 

目を見開いて驚く警察を無視して折紙が部屋に戻る。

 

 

「先生! 二人は、大丈夫ですよね!?」

 

 

眼鏡を掛けた若い先生の両肩を掴みながら尋ねる。先生は落ち着くように言うが、無理がある。

 

 

「……申し訳ない。それは保証できない」

 

 

「なッ……!?」

 

 

「二人は非常に危険な状態だ。頭を強くぶつけたせいで脳にダメージが大きい。今も、心臓が動いているのが奇跡に近い」

 

 

医者やナースたちが必死に助けようとしてくれているのは分かる。でも、助かることに保証はしてくれない。

 

 

「……脳外科担当の先生は大火災のせいで両腕が動かせません。他の医者では技術が足りない上に、手術を行うには隣の県にいる医者を呼ばなければ……」

 

 

呼んでいるが到着まで1時間掛かると言われた。間に合うわけがない。

 

折紙が泣きながら両親を呼ぶ。しかし、返事は返って来ることはない。

 

このまま二人が息を引き取る瞬間を、見届けることしかできない。

 

ふと、視線を移せば血で汚れた袋が部屋の隅に置かれていた。医者には触らない方がいいと言われたが、無視した。

 

 

「………いらねぇって言ったじゃねぇか」

 

 

中にはラッピングされた箱。箱の中には黒いスーツが入っていた。

 

 

『そう言えば大樹君。何か欲しいモノはないかね?』

 

 

ああ欲しかったさ。こんなにカッコイイ服が。

 

 

『確かに困るね。塾の先生を始めたのに、その服は駄目だね』

 

 

ああ困るさ。生徒にだらしないって言われるから。

 

 

「わざわざ買いに行く必要ッ……ねぇだろうがッ……!」

 

 

何でお前らはそこで寝ているんだよ。これを買いに行っただけだろ。後は俺に渡して笑っていてくれよ。

 

 

「お母さんッ!! お父さんッ!!」

 

 

—――最愛の娘、泣かすんじゃねぇよ!!

 

 

娘がお前らの後を追いかけないように生きろって言っただろうが!!

 

いつまでもそこに寝てんじゃねぇぞ!!

 

 

「……脳外科の知識なら、俺にもあります」

 

 

「……何ですって?」

 

 

医者が目を見開いて驚愕した。

 

 

「俺は医者じゃない。でも知識ならある。聞いて欲しい」

 

 

「……その知識で、救えるのかね?」

 

 

意外なことに医者は耳を傾けて来た。この好機を、逃すわけにはいかない。

 

 

この膨大な知識は、きっと救うためにあるはずだ。

 

 

医者は持っていた診療録(カルテ)を俺に渡し見せた。そして見た瞬間、何をどうすれば助けれるのかが分かった。

 

まるで知識が俺に教えてくれるかのように。知識から手段を提示してくれた。

 

 

「まずここにある医療機器を全部教えてくれ。一回で全部覚えれる」

 

 

そして、二人の命を懸けた戦いが始まった。

 

 

________________________

 

 

 

最初の30分は過酷な勝負となった。

 

出血が止まらない。肺が不規則な動きをしている。折れた骨が手術の妨げになっている。

 

数え切れないほどの問題が起きた。しかし、大樹の指示は的確で判断が早かったため大事に至ることはなかった。

 

それから30分は順調に物事は進み、呼んでいた脳外科の先生と複数の先生が参戦したことに状況は良い方に転じた。

 

医者たちは大樹の知識に圧倒されていた。並みの一般人が持てるような知識じゃない。まして医学を勉強した者でも、医者をやっている自分たちでも得られる知識じゃなかった。

 

 

「機器使うには電力が足りません! 停電する可能性が!」

 

 

「生体情報モニタを消してください。病院の一般電気をハッキングして切りました。使っても問題ないです」

 

 

「も、モニタを消しただと!? それじゃあ患者の———!?」

 

 

「重体なのは同じです。表示して見たところで意味がありません。それに二人の細かい情報は自分が把握しています」

 

 

大胆な行動や指示に一同は驚くも、医者たちは大樹に従っていた。それは最初の行動で見せた並外れた知識のおかげである。

 

 

「先程言った手順で投与してください。二人の体と怪我は違います。間違えないようにしてください」

 

 

休む暇はない。永遠に動かされ続けていた。

 

 

 

———彼らの戦いは、なんと6時間にも及んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

手術は終わった。

 

 

 

結論から言うと、二人の命は救えた。

 

 

 

代わりに医者たちが体調を崩していたが、命を救えたことに比べたら問題ないと笑顔で返してくれた。

 

真っ暗になった空。ずっと起きて泣いていた折紙に大丈夫だと伝えると、すぐに眠りについた。

 

面会は禁止されているが、目が覚めれば会える。だけど、いつ覚めるのかは分からない。

 

頭痛と目眩がするが、折紙を背負いながら帰らなければならない。病院を後にしようとした時、

 

 

「待ってください」

 

 

「ッ……あなたは」

 

 

二人を担当していた医者が呼び止めた。

 

この人には頭が上がらない。一番最初に俺の言葉を信じ、周りに俺の指示で動くように言ってくれたのはこの人だからだ。この人がいなければ俺は救うことができなかった。

 

 

「はい、担当医の猿飛と言います」

 

 

「えッ!?」

 

 

首からぶら下げていた自分の名前を見せて来た。しっかりと『猿飛』と書かれていて驚愕した。

 

猿飛と言う名前に、俺は恐る恐る質問する。

 

 

「真君のお父様、ですかッ……?」

 

 

「む、息子を知っているのですか!?」

 

 

正解しちゃったよ。

 

ここで全てが結びついた。サル君が目指しているのは学歴が必要で頭が良くないとなれない『医者』だということに。

 

父に憧れ、医者に憧れたのだろう。純粋な子だ。勉強も人一倍真面目にしていた。……やり方は下手くそだったが。

 

 

「いえ、知りません」

 

 

「えぇ!? 今『真』って言ったじゃないですか!? 絶対知っていますよね!?」

 

 

「重い……! 命の恩人が生徒だったなんて……!」

 

 

今日からサル君に敬語で教えなきゃいけないじゃん!? やだよ!

 

 

「もしかして、家庭教師ですか!? いつも来ているあの……!?」

 

 

特定された! ちくしょう!

 

 

「息子がお世話になっています! あなたのおかげで勉強が捗っていると聞いて……そう言えば確か今日、テストの結果が返ってきますね!」

 

 

「もう昨日の話になりますがね。すいません、ですが力及ばずな結果になってしまいました……」

 

 

「ッ……そう、ですか」

 

 

「学年5位で申し訳ない」

 

 

「ええええええェェェ!?」

 

 

「しぃー! しぃー! 折紙が起きちゃうから……!」

 

 

「す、すいません……その話は本当ですか……!?」

 

 

「は、はい……申し訳ない……」

 

 

「ど、どこがですか……!? 息子が入ったのは有名な超難関高校ですよ? ギリギリ合格しましたが、学年順位がずっと最下位近くだったのに、一気に五位って凄いことですよ……!?」

 

 

あ、そうなの? えー、嘘っぽいけどな?

 

 

「じゃあ特に難関高校じゃないと思いますよ。余裕で対策できましたし、カスですよカス」

 

 

「ちょっ!?」

 

 

超難関高校を平気な顔で言う大樹に医者は驚愕する。そして、さりげなく息子もカス呼ばわりされている。

 

 

「医者の家庭ならもっと金取れるのか。いいこと知った」

 

 

「ちょちょっ!?」

 

 

そしてゲスな男だということにも驚愕した。

 

 

「冗談です。この借りは息子さんに返させて頂きます」

 

 

「……はい、お願いします先生」

 

 

「お願いされました。じゃあ自分はこれで」

 

 

「待ってください。私の話は終わっていませんよ」

 

 

「え?」

 

 

「泊まってください。休憩室を用意しています」

 

 

「猿飛さん……」

 

 

俺はその好意に甘え、礼を言う。

 

 

「ありがとうございます。でも授業料はとります。生活があるので」

 

 

「あ、うん」(格安だから別にいいけど)

 

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

 

「———それから両親は命を救われたのです。お兄ちゃんのおかげで」

 

 

折紙は過去に起きた両親の命が救われたことを嬉しそうに話した。

 

そして、原田たちは思う。

 

 

(((((大樹は過去でも大樹やってた……)))))

 

 

祝。ついに『大樹』という単語が使われるようになりました。意味は察しの通りです。

 

 

「でも……当時の私は両親が目を覚まさないせいで、お兄ちゃんに失礼なことをしました。八つ当たり、でした」

 

 

「そ、それは仕方ないわ。まだ子どもだったわけだし、八つ当たりしちゃうわよ」

 

 

悲しそうな表情で折紙が反省した様子を見せる。優子がフォローするが、

 

 

「でも、ナースのお姉さんたちにモテてデレデレするのは許せませんでした!」

 

 

「「「「「おk、言質は取った」」」」」

 

 

(これ大樹が帰って来たら死ぬ。絶対死ぬ)

 

 

女の子たちの笑顔は怖かった。原田は大樹が無事に帰って来て、無事に生きれることを願った。

 

 

「それにしても、何者よ一体……ここまで凄い人物となると、普通じゃないわよ?」

 

 

琴里が怪訝な顔で俺たちを見る。正体を教えろということだろうか?

 

 

「大樹は、大樹だろ。ね?」

 

 

「「「「「ね?」」」」」

 

 

「『ね?』じゃないわよ!? あと折紙も混ざらないの!」

 

 

「え?」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「何でも合わせれば良いってもんじゃないわよアンタたち!?」

 

 

ごまかせないことに原田は小さく舌打ちする。神の力を持っているなど言えるわけがない。

 

どんな嘘をつこうか考えていた時、真由美が動いた。

 

 

「そうね……大樹君は努力家なの。必死に勉強して、頭が良くなったの」

 

 

「必死に勉強ね……なら」

 

 

パサッと琴里は資料をテーブルの上に置いた。

 

 

「彼が家庭教師をしていたのは聞いたでしょ? その生徒が、世界で一位二位を争う名医になったのよ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「その技術は神業。医学の常識を覆す技術だと言われているわ」

 

 

「「「「「……………」」」」

 

 

「彼は言っているわ。『この技術は全て自分の師が教えてくれたモノ。僕の師が間違いなく世界一位の名医だ』ってインタビューで言っているのよ」

 

 

彼の額から汗が、凄く流れる。

 

 

「必死に勉強して……いいえ、必死に勉強しただけで、ここまで教えれると思うかしら?」

 

 

記憶が無くても、大樹はとんでもないことをしやがる。原田はそんな大樹を呪った。

 

 

「ここまでバレているなら、言うしかないわね」

 

 

その時、アリアが溜め息をつきながら話し出した。まさかと思うが、神のことは言わないよな?

 

 

「大樹はブラック・〇ャック二世なのよ!」

 

 

(だから状況悪くなるようなことを言うなよぉ!?)

 

 

「まさかッ……医療免許を持っていなくて、神業の医療技術を持っていたのは……!?」

 

 

「そう、ブ〇ック・ジャック先生から教えて貰っていたからよ!」

 

 

とりあえず手塚治〇先生に謝った方がいい。謝れ。

 

何故か琴里も信じてしまっているようで、バレた後が怖くなってきた。

 

 

「でも、どうして記憶を失ったのよ? それが解せないわ」

 

 

「簡単よ。彼は私の曾御爺様、シャーロック・ホームズに認められた人間だからよ」

 

 

(意味がわかんねぇんだけどぉ!?)

 

 

ついていけないのは原田だけかと思ったが、優子たちも困惑しているようだった。しかし、その様子に琴里と折紙は気付いていない。

 

 

「お、お兄ちゃんはそんな人と出会っていたのですか!?」

 

 

「う、嘘よ!? だってシャーロックは———!?」

 

 

「———死んでいないわ。これが証拠よ」

 

 

アリアが取り出したのは、一枚の写真。その写真はティナが知っていた。

 

 

「あれは確か大樹さんが提案して理子さんが撮ったモノです。アリアさんにシャーロック・ホームズが無事なことを教えるためにあげた写真です」

 

 

「じゃあアレにはシャーロックが写っているのか」

 

 

「はい。あと大樹さんも」

 

 

「何でだよッ」

 

 

「いえ、大事にされる写真なら俺も写りたいと大樹さんが……」

 

 

「アイツ嫉妬深いなッ」

 

 

原田とティナの会話に優子たちは苦笑い。大樹もまだまだ子どもだなぁと思った。

 

アリアが取り出した写真。

 

 

そこには大樹とシャーロックが喧嘩している写真だった。

 

 

「「「「「認められたの!?」」」」」

 

 

「ええ、認めているはずよ」

 

 

一体どこが認められたのだろうか。思いっ切り大樹の形相は怒っている上に、シャーロックは笑って大樹の攻撃を受け流している。

 

アリアを除いたメンバーで原田たちは小声で話し合う。

 

 

「あれ絶対大樹が嫉妬してシャーロックに殴りかかった瞬間だろ……!?」

 

 

「黒ウサギもそのようにしか見えないのですよ……!」

 

 

「とにかくアリアを止めましょ……! これ以上は不味いわ……!」

 

 

「優子の言う通りよ。大樹君がとんでもない人になってしまうわ」

 

 

その時、ティナがあることに気付く。

 

 

「ですが、ここで嘘だったことになると、相当怪しまれることになりますよ?」

 

 

それは百も承知だ。だからと言って、ブラック・〇ャック二世でシャーロック・ホームズに認められた人間にしていいわけがない。まず手〇先生が許さないだろう。

 

 

「それでも、誤解を解きに行こう」

 

 

原田の言葉に、彼女たちは頷いた。

 

 

「つまり大樹はブ〇ック・ジャック二世でシャーロック・ホームズに認められた人間として試練———記憶喪失を与えられてあなたたちと過ごすことで大切なモノを得るために一般人に溶け込んでいて、この五年間は精霊を助けるためにずっと隠れていたのよ!!」

 

 

(もうどこを訂正して修正すればいいのか分からねぇえええええ!! というかデタラメ過ぎて収拾がつかねぇえええええ!!)

 

 

少し話だけにも関わらず、アリアはとんでもないことを言っていた。誰も何も言えない。

 

しかし、聞かされた琴里と折紙は、

 

 

「そ、そういうことだったのね……ええ、分かるわ。ちゃんと理解したわ」

 

 

「な、なるほど。お兄ちゃんは凄い、ですね!」

 

 

(あの二人絶対に分かったフリをしていやがるぞ!?)

 

 

二人とも目が泳いでいる。完全に嘘を言っていた。

 

アリアは原田たちだけに聞こえる声で教える。

 

 

「とりあえず混乱させてごまかしたわ。あとは大樹に任せておきましょ」

 

 

「それ無責任って言うんだけど!? でも良くやった!」

 

 

大樹の正体をごまかしたことに関してはグッジョブだった。

 

どうやらアリアの狙いは話を混乱させることだったらしい。確かにアリアが普段するような行動ではない。できれば最初に言って欲しかったが、こそこそと話せば怪しまれる&「あたしがそんな馬鹿な真似するわけないでしょ。風穴開けるわよ」とあとで言われて納得した。……しぶしぶ納得した。……しぶしぶしぶしぶ納得した。

 

 

「とりあえずよくわからn———分かったわ。それで、話を戻すわね」

 

 

「お、おう」(今分からないって言おうとしたな)

 

 

琴里は咳払いをして、話しを戻す。

 

 

「———そもそも、何の話をしていたかしら……」

 

 

「「「「「あッ……」」」」」

 

 

それから、話を戻すのに1時間掛かった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「や、やっと思い出した……!」

 

 

折紙から話を聞いていたことを思い出すことができた一同。ここに来るまで茶菓子とトランプを使うとは思わなかった。遊んでないよ? 断じて遊んでいない。いいね?

 

 

「……話を戻す前にもう一戦―——」

 

 

「悪いが却下だ」

 

 

琴里の申し出をバッサリと斬り捨てる。対してドヤ顔しているのはもちろんアリアだ。

 

 

「何でロイヤルストレートフラッシュなんか出るのよ!?」

 

 

「今日は運がいいのね」

 

 

「絶対に嘘よ! イカサマしたでしょ!?」

 

 

「証拠は?」

 

 

「うッ」

 

 

「証拠が無いのに犯人扱いするのかしら?」

 

 

「くぅ~~~~~!!」

 

 

悔しそうな表情でアリアを睨む琴里。そんな様子を見ていた原田、黒ウサギ、ティナが順番にジト目でボソリと呟く。

 

 

「トランプの混ぜ込み」

 

 

ギクッ

 

 

「『ステレオグラム』によるトリック」

 

 

ギクギクッ

 

 

「裏面の模様」

 

 

カーッとアリアの顔が赤くなった。バレていないと思ったか。残念、三人は気付いていました。

 

トランプの裏面の模様に細工が施されている。焦点をズラすことで隠された文字が立体に浮かび上がり、どんなトランプか分かる仕掛けだ。それを途中、アリアは混ぜ込んだ。

 

言ってやろうかと思ったが、風穴は開けられたくないのでやめておいたが、調子に乗るのは良くないと思った三人だった。

 

 

「話を続けようぜ。それで? 大樹はそれからどうしたんだ?」

 

 

「……それから、私は———」

 

 

折紙は俯きながら話を始めた。

 

 

「———お兄ちゃんが、無理をし始めたのです」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

折紙の両親が入院してから一週間の時間が経った。

 

毎日二人の見舞いに折紙と一緒に行くが、あれから折紙の笑顔を見ていない。

 

塾と家庭教師の仕事だけでなく、洗濯や掃除、買い物も自分がすることになった。そして母親がどれだけ苦労していたのかを知った。

 

父親の仕事先は事情を知っているため、長期休暇を貰っている。幸いなことに優しい上司と同僚がいたおかげで、安心して休んで欲しいと言ってくれた。

 

 

「はぁ……」

 

 

家のソファに身を沈めながら溜め息をつく。

 

問題は折紙だ。あれから俺の話は頷いたりするだけ。ろくに会話をしてくれなかった。

 

両親が目を覚ませばそんな辛い時間は終わる。そう、思っていた。でも———

 

 

「昏睡状態……いつまで続くんだよ……」

 

 

手術は成功し、命を助けた。しかし、重度の昏睡状態が続いているのだ。

 

原因は脳のダメージが大きかったと見ているが、正確なことは分かっていない。ただ、このままだと遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)———植物状態になり得る可能性が出て来たのだ。

 

そうなると回復する見込みは困難を極める。回復させる知識はあれど、成功確率は限りなく低い。

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

さらに金の問題も出始めている。手術費、維持費、生活費などなど。多くの金が必要だった。

 

保険金が降りているが、当然俺は口座番号なんて知らない。親戚や祖父母にこのことを言えば、口座はどうにかなるかもしれないが、俺は当然厄介払いされるだろう。

 

追い出されることに関して俺は構わない。だが一番の問題は、その金が奪われないかだ。

 

折紙の親戚や祖父母を信じれない人だというわけじゃない。俺自身が人を信じれないのだ。

 

度重なる疲労のせいか、若干人間不信になってしまっている自分がいる。マイナスなもしものことを何パターンも考えて、不安になってしまっている。

 

 

「……………頭いてぇな」

 

 

あと1時間後には家を出て力仕事の工事のバイトに行かないと。その前に設立した学校から帰って来る折紙の夕飯の準備とお風呂を沸かしておかないといけない。

 

それに朝帰りになるから朝食のパンをメモと一緒に置いておかないと、あと折紙が起きるように目覚まし時計に———ああ、クソッタレ。

 

 

「そういや、最後に寝たのいつだよ……」

 

 

丈夫な自分の体の限界は、越えようとしていた。

 

 




あれぇ? またシリアスかな? でも【現在】組が何とかしてくれると思いますよ(笑)

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