どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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ガルペスはギャグキャラですよ?


過去と未来 並ぶ2つの世界

【過去】

 

 

———ホームレス生活3日目。

 

 

「「いらっしゃいませ!」」

 

 

大樹とガルペス———航平はコンビニ店員の期待の新人になっていた。

 

二人は仕事内容を一日目で全て覚え、次の日である今日ではベテランと同等の仕事ぶりを見せていた。

 

大樹は人とのコミュニケーションが優れており、揉め事やクレームが来ても必ず笑顔で帰させていた。

 

航平は裏方の仕事に関しては神だった。商品の発注表、レジでの売り上げ計算、全てを完璧にこなし、瞬時に終わらせていた。

 

二人の新人———いや、神人(しんじん)に死角なし。

 

 

「「ありがとうございました!」」

 

 

店長は語る。コイツら、就職する場所を絶対間違えていると。

 

 

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「やっぱり簡単だったな」

 

 

「ああ、この調子なら明日も大丈夫なはずだ」

 

 

公園にある2つベンチ。右は大樹が寝ており、左は航平が寝ていた。

 

家が無い二人。寝泊りは公園のベンチだった。

 

蒸し暑い夜は必ず公園の冷たい水で体を拭かないと苦しいまま寝ることになってしまう。

 

 

「店長に夜間もバイトさせてくれって言っておいた。これで夜はどちらかが働いている間にクーラーのある休憩室で寝れるな」

 

 

「椅子しか置いてないけどな」

 

 

航平が苦笑いで言うと、大樹は同意して笑った。

 

 

 

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———ホームレス生活7日目。

 

 

バイトの仕事にも慣れ始め、常連さんとも仲良くなったりもした。

 

充実した毎日とは到底言えないが、コンビニで寝泊まりできるようになってからは公園で寝泊まりするキツイ生活は脱却できた。コンビニで寝泊りできない日は仕方なくベンチで寝るが。

 

しかし、記憶の回復は一向に見られない。それどころか状況は悪化していた。

 

 

「どうしてだろう……ヤバい知識だけ異常に覚えている俺がいる……」

 

 

「こっちもだ……恐ろしい知識がどんどん出て来る」

 

 

自分の持っている知識———意味記憶は残っていたのだが、酷い知識が溢れていることに恐怖を感じていた。いっそのこと、思い出であるエピソード記憶ごと失って欲しいモノばかり。

 

公園のブランコにゆらりゆらりと二人の男は死んだ目で乗り遊んでいた。

 

 

「やっぱり……俺は最低浮気野郎の犯罪者なのかな……」

 

 

「こちらは完全犯罪する殺人鬼の可能性だ……」

 

 

最近の彼らは警察署に赴こうかずっと考えている。ちなみにこの一週間大樹は9回、航平は2回、警察署に行こうとしてお互いから止められている。

 

落ち着いた二人は現状の深刻さに頭を抱えていた。

 

 

「……残りの所持金は1万2千円。次の給料日まであと2週間。大丈夫だ……賞味期限切れで廃棄となる弁当を貰えば一食分お金が浮く……! それを繰り返せば……はぁ……はぁ……!」

 

 

「おい」

 

 

「……もし金が無くなったら山に行ってイノシシを狩ればいいだろ」

 

 

「やめろ」

 

 

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———ホームレス生活14日目。

 

 

 

「きのこのこのこ げんきのこ~♪」

 

 

「おい。早まるな」

 

 

「オオシビレタケ アカタケ テングタケ~♪」

 

 

「だからそれは全部毒キノコだ。やめろよ? 気を早めるなよ?」

 

 

「これとかマ〇オのキノコに似てない? 食えると思うんだ」

 

 

「ベニテングタケだ。って馬鹿、食べるな!?」

 

 

「えぎゅッ!?」

 

 

「明らかに危ない悲鳴になっている!? おい!? 楢原!? しっかりしろ!?」

 

 

 

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———ホームレス生活15日目。

 

 

「キノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコ……空にキノコがいっぱい」

 

 

「今日は幻覚症状か。バイトは休みだな」

 

 

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———ホームレス生活16日目

 

 

「それにしてもあのキノコは本当に危ないぜ。マ〇オっていつもあんなの食べているの? キチ〇イじゃん」

 

 

「それはお前だろ。そもそも自力で治すな」

 

 

「うるせぇ。文句を言うならお前は自分のキノコでも食ってろ」

 

 

「最低な下ネタだな。毒キノコを料理するのはお前ぐらいだろ。あと……塩と水しかないこの状況で、どうやって毒を抜いている?」

 

 

「……聞く、のか?」

 

 

「……言ってみろ」

 

 

 

「……………〇〇から出た〇〇〇」

 

 

「殺す」

 

 

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———ホームレス生活18日目。

 

 

 

朝日が見え出す時間に俺は起床する。ベンチから起き上がると洗い場で顔を洗う。

 

公園をランニングで3周、腹筋や腕立て伏せで体を鈍らせないようにほぼ毎日鍛える。自分でもよく分からないが、こういう鍛錬?のようなモノはしていたのような気がするのだ。

 

しかし、あまりピンッとこない。何か鍛え方が違う気がする。

 

 

「……ん?」

 

 

そんなことを考えているとあることに気付いた。いつもの時間になっても、あの音楽が流れて来ないのだ。

 

あの音楽とはラジオ体操のこと。そうそう、有名なアレだ。

 

夏休みに入った近所の子どもたちや老人がここでラジオ体操をやるのが日課なのだが、今日は音楽が聞こえてこない。

 

 

「困ったねぇ……」

 

 

「ねぇねぇ! まだぁ!?」

 

 

「ボクお腹空いた!」

 

 

様子を伺うと困った顔をした老人たちと不満そうな顔をする子どもたちがラジオを囲むように集まっている。

 

心配になった俺は声をかける。

 

 

「お客様、どうかいたしましたか?」

 

 

「え? ここはお店じゃないのだが……」

 

 

間違えた。コンビニのクセが出てしまった。

 

 

「小さいことは気にしないでください。ラジオが壊れているのですよね? 良かったら直しましょうか?」

 

 

「おお! できるのかね!?」

 

 

「ええ、こういう古い電化製品を直すときはやっぱりこれしかありません」

 

 

ラジオの前に出て来た俺は右手を出して、チョップした。

 

 

ダンッ!!

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

「叩いて直す。これに限る」

 

 

「いやいやいや!? 壊れるから! 昔のテレビじゃないんだからやめてくれ!」

 

 

「すまねぇな爺さん。この手しか知らない」

 

 

「凄い迷惑!?」

 

 

「というのは嘘で中の配線が完全に逝っているから叩いても配線を変えない限り絶対に鳴らないぞ」

 

 

「結局叩く理由ないじゃないか!?」

 

 

「そうだよ!! 文句あるか!?」

 

 

「逆ギレ!?」

 

 

「俺にもよく分からないんだ! とにかくこの場を荒らさなきゃいけない衝動に駆られて、気が付いたらこうなっていた!」

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

地面に両膝を着いて頭を抱える。何故俺はこんな最低なことをしてしまったんだぁ!!

 

 

「すまない。本気で反省しているんだ。だから……お詫びに、みんなにラジオ体操を踊れるようにする」

 

 

「ど、どうやって……」

 

 

「チャンチャララ~♪ チャチャチャ~ン♪」

 

 

(((((自分で歌い出した!?)))))

 

 

「ヨーでる ヨーでる ヨーでる ヨーでる ようかいでるけん でられんけん♪」

 

 

「お兄さんそれ違う体操だよ!?」

 

 

小学生からツッコまれるが気にせずゴリ押しで歌い出す。振りつけも完璧である。

 

周りも圧倒されるが、小学生は楽しそうに踊り出し、老人は戸惑いながら真似をした。

 

そして全て歌い切り、決める。

 

 

「明日の朝までに、全部覚えてきなさい」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

———体操のお兄さん、誕生の瞬間であった。

 

 

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【現在】

 

 

「———私と士道が初めて会ったのが、その時よ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

琴里に告げられた衝撃の出来事。原田たちは何とも言えない顔をしていた。

 

大樹は過去に行っても大樹だった。そのことには安心した。しかし、体操のお兄さんをやっているホームレスさんは予想外。的を外すどころか観客に矢が飛んで行ってるレベルである。最初の出会いがラジオ体操で始まっている時点でカオスだが。

 

 

「そして、その日の夜。私と士道はよう〇い体操の振りつけを全て覚えたわ」

 

 

「「「「「なんかすいません!」」」」」

 

 

意外と真面目だった兄妹に原田たちは申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

 

「次の日からまた近所のおじいさんたちと、ようか〇体操をやることになったわ」

 

 

「さすが大樹さん」

 

 

「ティナ。褒めるところじゃないわ」

 

 

アリアはティナの発言にすぐにツッコミを入れる。

 

 

「その頃から関わりが増えたわ。あの人、必ずお菓子を用意してくれるし、一緒に遊んでくれたわね」

 

 

「大樹さん……ロリコンだったのですか……!」

 

 

「今は褒めるところよ。あと……何でもないわ」

 

 

アリアはティナにツッコミを入れたが、最後は言えなかった。『大樹とティナ……あッ(察し)』であるから。アリアだけでない、全員言えなかった。

 

 

「でもホームレスよね?」

 

 

「ええ、コンビニでバイトしているホームレスよ」

 

 

真由美の質問にさらに付け足して肯定する琴里。しかし、信じることはできなかった。

 

疑問に思っていたことを優子が話す。

 

 

「でも大樹君、一度一文無しから億万長者になったわよね? どうしてコンビニなんかでバイトしているのかしら?」

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

さすがの琴里も仰天。思わず立ち上がってしまった。

 

 

「YES。お店の経営で大赤字を出しても次の日には黒字に戻すくらい、朝飯前だそうです」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

「商店街の維持費のために一億をポンと渡す人でしたので……黒ウサギからすれば、大樹さんがお金に困ることは絶対にないと思います」

 

 

「え? でもあの時は、変なキノコを食べていたわよ。今思えば色が明らかにヤバそうだったわね」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

料理スキルが神レベルの大樹ならやりそうっと全員が思ってしまった。否定できなくてごめんなさい。

 

 

「それに大変な状態だったし、無理もないんじゃないかしら」

 

 

琴里の告げる一言に、全員が戦慄した。

 

 

 

 

 

「当時は記憶喪失だったから」

 

 

 

 

 

耳を疑った。

 

誰も、琴里の言葉を信じることができなかった。

 

 

「嘘……でしょ……!?」

 

 

「……冗談、よね?」

 

 

不安に染まった表情でアリアと優子が琴里に問いかける。その言葉に琴里は何かを察したのか、推理する。

 

 

「知らなかったのね? なら彼は今から記憶喪失になって過去の私たちと関わったに違いないわ」

 

 

「……詳しく、聞かせて貰えるから?」

 

 

真剣な表情で真由美が聞く。琴里も真面目な顔で頷いた。

 

 

「ええ、元からそのつもりよ」

 

 

 

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【過去】

 

 

———ホームレス生活21日目。

 

 

 

「給料日だあああああァァァ!!!」

 

 

公園のジャングルジムの頂上で叫ぶ大樹の姿。これで今日はネカフェに止まることができる。まともな食事ができる!

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォ!!」

 

 

「近所迷惑だからやめろ」

 

 

「すっげぇ!! 9万も入ってる!!!!」

 

 

「やめろ」

 

 

ゴッと航平に殴られて俺は地面に落ちる。しかし、痛みより喜びが上のためどうでもいい。

 

航平は溜め息をつきながら降りて来る。

 

 

「勝負はここからだ。一攫千金を狙うのだろ?」

 

 

「そうだった」

 

 

そう、記憶喪失の俺たちに残されたのは膨大な天才的知識だ。これを利用しない手はない。

 

しばらくはネカフェに泊まり、パソコンとずっと睨めっこをする予定だ。

 

 

「株のやり方は分かるよな?」

 

 

「ああ、当然だ。二人の合計金額は20万。15万だけ株に使うが、慎重にな」

 

 

「おいちょっと待て。何で俺より二万多いんだよ」

 

 

「……………さぁな」

 

 

「テメェ俺の出退勤表に何をしやがったゴラァ!」

 

 

「貴様がサボっている間、俺が働いていた分をこっちに貰っただけだ! 文句あるか!?」

 

 

「あるに決まってんだろうがボケ! 俺はちゃんと接客していただろうが!」

 

 

「誰が女子高生やOLの女性を口説けと言った! 毎日毎日レジに行列作ってんじゃねぇ!」

 

 

互いの胸ぐらを掴んで喧嘩する二人。公園を散歩する人たちからの視線が痛い。

 

 

「ハッ! 俺の人気に嫉妬かよ! お前の犯罪と比べたらマシな話だと思うがな! 警察に突き出すぞゴラァ!」

 

 

「その時は貴様も道連れにして逮捕されるだけだ!」

 

 

「「それはやめよう。うん」」

 

 

———二人は『警察』や『逮捕』というワードに弱い。

 

先程の争いがまるで嘘だったかのように静かになった。逆に周りの人たちはビックリしている。

 

 

「とにかく今は一攫千金だ。協力して金を増やすぞ」

 

 

「失敗したらどうするつもりだ?」

 

 

「そりゃお前———」

 

 

大樹は真顔で告げる。

 

 

「———毒キノコ生活だろ」

 

 

「どっかの配管工のオッサンも、ビックリする生活だな」

 

 

 

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———ホームレス生活23日目。

 

 

ネットカフェの奥の部屋に二人はいた。

 

お金の節約のため、一人部屋に無理矢理二人とも入ると罰ゲームかのような狭い空間だ。何が悲しくて男二人で仲良くしなければいけないのか。

 

この三日間。ホームレス生活を送る中で一番の苦労した時間であろう。ずっとパソコンの画面を見続け、一瞬のグラフのブレを見逃さない集中力は凄まじいモノだったであろう。

 

 

「……………おい」

 

 

「ぅん? まだ寝たばっかりだろぉ……寝させてくれ……」

 

 

目の下に大きな隈を作った航平の呼びかけに大樹は意地でも寝ようとする。しかし、航平はそれを許さない。

 

 

「……とんでもないエロ動画を見つけた」

 

 

「何だとおおおおおォォォ!?」

 

 

「本当に起きたな……」

 

 

大樹から無理矢理起こす方法を教えて貰っていたが、これは酷いと航平は心の中で思った。

 

 

「って嘘かよ……それで、どうした? お前の好きなエロ動画が決まったとか———」

 

 

「……これを見てまだ冗談を言えるか?」

 

 

パソコンの画面に記されていた自分の所持金額を見てみる。最初は上がったり下がったり激しかった。酷いときは2万まで落ちた。あの時はさすがに絶望した。

 

 

「……は? 待て待て。これはバグか? 30パーセント上昇って凄くないか?」

 

 

「一桁忘れているぞ」

 

 

「……え? 300……いやいやいや、嘘だろ?」

 

 

航平はマウスを操作して持っていた株を売却する。すると———

 

 

 

 

 

『所持金額 12,800,000』

 

 

 

 

 

———とんでもないことになった。

 

 

 

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———ホームレス生活24日目。

 

 

 

「うめぇ!! お肉うめぇ!!」

 

 

一攫千金に成功した二人は急いで銀行にダッシュ。全額引き出してひたすら店を回った。最後は焼肉店に来ていた。

 

実は未成年だということに気付いてない大樹はとにかく酒を飲みまくり酔った。ちなみに梯子した件数はここで5件目である。

 

航平はとっくに酔い潰れて何度かリバースしている。それでも彼は大樹に負けずと飲んでいる。大樹はノーリバースで常人じゃ考えられない程飲み食いしている。

 

 

「店員さん! メニューのここからここまで全部!」

 

 

「「「「「ふぁ!?」」」」」

 

 

 

———焼肉店のお肉終了のお知らせと同時に、ホームレス生活終了のお知らせも近づいていた。

 

 

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気が付けば8月1日の夕方。気が付けばホテルのベランダで寝ていた。何でや。

 

とりあえず気持ち悪い。頭がガンガンするし目はグルグル回るし。……あッ、無理だこれ。

 

急いで窓を開けて部屋に入り、トイレに直行した。

 

 

「……吐くのか」

 

 

「お、おう……うッ!」

 

 

様子を見に来た優しい航平は大樹の背中をさする。大樹はそれに感謝しながら出した。

 

 

「ありがろろろろう」

 

 

「言いながらするのはやめろ」

 

 

全てを出し切った後、よく分からない達成感があった。

 

 

「よし、復活だ」

 

 

「そうか。ならここでお別れだ」

 

 

「えッ」

 

 

航平は身支度を整えており、部屋を出ようとしていた。最初に出会った頃と同じ白衣を着て。

 

 

「な、何だよ!? 金は山分けしたからってそんなすぐに……!」

 

 

「貴様と違って、俺は思い出した。全てを」

 

 

「ッ……」

 

 

言葉に詰まり、俺は下を向いた。そうか、コイツは帰る場所も思い出したんだ。

 

 

「それなら引き留められないな。今までありがとうな」

 

 

「……最後に聞きたい」

 

 

航平は振り返らず俺に質問を投げて来た。

 

 

「世界の人々は全員、幸せになれると思うか?」

 

 

「……急に何を言っているんだ?」

 

 

「いいから答えろ」

 

 

大樹は不思議そうな顔をしながら答える。

 

 

「別に()()()()()()()()()と思う」

 

 

「ッ!」

 

 

航平は目を見開いて驚愕した。少し恥ずかしそうに大樹は続ける。

 

 

「やっぱ綺麗ごとを言っていると思うだろ? 昔の俺は最低な奴だったかもしれないが、目の前に困っている奴がいるなら、少なくとも今の俺は助けるぞ。そういう優しい心が広がれば世界は平和になって幸せになると思う」

 

 

「……酷い解答だ」

 

 

「ハハッ、そうかもな。でも、何かしっくり来るんだよこの考えは」

 

 

大切なモノを守る。その気持ちは俺の心を落ち着かせてくれる。何故かは分からない。

 

でも、俺の大切なモノって何だ? それが心の中をガリガリと削っている。

 

俺も早く思い出さなければ……後悔する前に……!

 

 

「そうか……」

 

 

航平はそう言い、部屋から出て行った。最後に俺は言葉を掛ける。

 

 

「何かあったら言えよ。力になれることがあったら、助けるからさ」

 

 

「……ああ」

 

 

ドアが閉まるその瞬間、航平は最後まで笑みを見せることはなかった。

 

 

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8月2日になった。普通に過ごしたら普通に日にちは過ぎる。

 

あんなに酔ったというのに朝になれば復活していた。ホテルの豪華な食事を食べても金は有り余っている。しかし、これ以上無駄に使うことは許される行為では無い。

 

気が付けば公園に戻って来た。自分自身、何故ここに戻って来たのか分からない。

 

 

「あ、兄ちゃんがいるぞ!」

 

 

「お兄さんだッ!」

 

 

休日だというのに元気に遊ぶ小学生たちがベンチに座っている俺を囲んだ。

 

 

「あれ? バイトは? クビになった?」

 

 

「んなわけあるか。やめたんだよ。大金手に入ったから」

 

 

「えぇ!? どうやって!?」

 

 

子どもに『株』って言っても分からねぇだろうな。分かりやすく言うとこうか?

 

 

「会社にとりあえず金を渡し、後から倍にして返して貰ったりして、ひたすら繰り返すことだ」

 

 

「「「「「最低だ!?」」」」」

 

 

え? 何が?

 

 

「あとは住む所を探して終わり。仕事はそのうち見つける」

 

 

「あ! ママが言ってたよ! お兄ちゃんはそう言い続けて部屋から出て来なくなったって!」

 

 

おい頑張れよお兄ちゃん。引き籠ってんじゃないよ。それに俺はちゃんと仕事を見つける。

 

 

「あッ! 体操のお兄さーんッ!」

 

 

「体操のお兄さーんッ!」

 

 

出たな五河(いつか)兄妹! 俺のことをそう呼ぶのは二人だけだからすぐに分かるぜ!

 

短いツインテールは白いリボンで留めている女の子が俺の背中にドンッと乗って来た。ついでに髪の短い男の子も俺の背中にドンッと乗って来た。

 

 

「だから急に乗るなと言っているだろ、士道」

 

 

「何で俺だけ!?」

 

 

「琴里ちゃんは可愛いから許されるんだ。覚えてとけよ、可愛いは正義だ」

 

 

「う、うん……?」

 

 

何故かご機嫌な琴里は俺の頭をグラグラ揺らす。ちょっとまた昨日みたいにリバースカードオープンしちゃうから。聖なるバリア ミ〇ーフォースを発動しちゃうぞ☆

 

 

「ああ、そういや明日って琴里ちゃんは誕生日だったな」

 

 

「えへへッ、いいでしょ!?」

 

 

「おう、また一歩大人に近づいたな」

 

 

褒めながら琴里の頭を撫でる。ご機嫌なのはいいが、問題が一つある。

 

俺は士道の体を持ち上げ少しだけみんなから距離を取る。

 

 

「お前、お小遣い稼ぎは順調なのか?」

 

 

「うッ」

 

 

ホラね。やっぱりこのお兄ちゃん、良い子なんだけど抜けているところがあるんだよ。

 

 

「まぁお前の両親のお手伝いができなかった事情はあるだろう。それで? プレゼントする金は貯まっていないんだな?」

 

 

「あとちょっとなんだ! 今から街の自販機の下、全部見て来る!」

 

 

「待てコラ。汚れた金で妹のプレゼントを買うのか? 男ならお父さんをぶん殴って綺麗なお金を貰って来なさい」

 

 

「そっちは血で汚れていそうだよ!?」

 

 

「安心しろ。血が繋がっているからセーフだ」

 

 

「絶対にアウトラインに入っているよ!」

 

 

ったく、仕方ねぇな。

 

 

「じゃあ俺と一緒に街の魔物を退治して稼ごうな?」

 

 

「魔物って何!?」

 

 

「経験値とゴールドも手に入って一石二鳥じゃないか」

 

 

「稼ぎ方絶対に違う!」

 

 

「あッ、そうだよな。欲しいのは『ゴールド』じゃなくて『円』だよな。悪い悪い、じゃあニホンドラゴン狩ろうな」

 

 

「そこじゃないよ! あとニホンドラゴンって何!?」

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!」

 

 

俺たちの後を追いかけてきた琴里が士道の腕を掴む。

 

 

「『だるまさんがころんだ』やるって! 体操のお兄さんもやろ!?」

 

 

「え? 今はそんな場合じゃ———」

 

 

「よし、俺の本気を見せる時が来たようだな……!」

 

 

「———お兄さん!?」

 

 

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『だるまさんがころんだ』

 

 

鬼の役を一人決め、その鬼が他の人をすべて捕虜にすることを目的とした闇のゲーム。

 

 

「ルールは知っているよな? 鬼が例の掛け声を言っている間にしかお前たちは動くことを許されない。俺が振り返った時に動いていたら……どうなるか分かるよなぁ?」

 

 

「何で怖く言うの!?」

 

 

「お兄さん目がヤバイよ!?」

 

 

第1ゲ-ムの鬼は私です。行きます。

 

 

「行くぞぉ!! だーるーまー!」

 

 

木に向かって例の呪文を唱える。その間に子どもたちは俺との距離を縮めた。

 

 

「さーんーがー、転んだッ!」

 

 

ピタッ

 

 

振り返った時には、全員が動きを止めて誰も動かなかった。

 

 

「ほう……死人はでなかったか。次は簡単には行かないぜ……」

 

 

(死人って……捕虜じゃないの?)

 

 

(ボクたち……危ないことをしているのかな?)

 

 

(だるまさんがころんだってこんなに怖いの?)

 

 

緊張感が半端ないくらいあるゲームになっていた。大樹のせいで。

 

再び木に向かって掛け声を唱える。

 

 

「だーるー」

 

 

(遅いッ!)

 

 

掛け声が遅いことを確認した子どもたちは一斉に走り出す。しかし、それは大樹の罠だった。

 

 

「まさんがころんだッ!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突然のスピードアップ。対応できた者は少なく、ほとんどが動いてしまっている。

 

大樹は動いた子どもを次々と指を指して、

 

 

「さぁ、豚小屋にようこそ」

 

 

(((((豚小屋!?)))))

 

 

鬼も酷ければ、捕虜する場所も酷かった。

 

大樹の隣に並ぶ子どもたち。意外と五河兄妹が残っているな。

 

 

「だるまさんがころんだッ」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

今度は速いペースで唱える。しかし、慎重に進んでいた子どもたちは止まることに成功している。

 

が、大樹の表情が真っ青になった。

 

 

「っておい!? 後ろから犬がッ!?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

二人の子どもが振り向いてしまった。振り向いた子どもは犬がいないことを確認した瞬間、騙されたことに気付く。

 

 

「ハッ、フラ〇ダースの犬でもいたのかよ?」

 

 

(((((なんて汚い大人なんだ……!)))))

 

 

騙された悔しさより、大樹の汚い手に戦慄した。

 

この時点で残った子どもの数は3人。ちなみに捕虜となった子どもは11人だ。

 

なんと五河兄妹がまだ残っていることに驚きを隠せない大樹。

 

 

(アイツら……俺のことを熟知しているのか……? いや、違う!)

 

 

もっと単純なこと……アイツらは俺が嘘をつくことを分かっているんだ! 士道の苦笑い、琴里ちゃんのドヤ顔。確信できたぜ……!

 

いいだろう……俺との真剣勝負……受けてやろうじゃないか。

 

その前に、俺から目を逸らして動きを止めている子どもを退場させる。

 

 

「だーるまー」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大樹は木に向かって掛け声を出さず、子どもたちを見たまま続けた。その行為の意味はすぐに分かった。

 

大樹から目を逸らしていた子どもは耳で聞いた音を頼りにしなければならない。よって子どもは大樹が見てない状態だと勘違いしている。

 

 

「うッ」

 

 

目を逸らしていた子どもと大樹の視線がぶつかる。

 

 

「さんが、見ているよぉ~」

 

 

(((((こえええええェェェ!?)))))

 

 

とにかく怖かった。子どもは涙目で捕虜のところにダッシュした。

 

これで五河兄妹だけだ。さぁ、戦おうぜ!

 

 

「だるまさんがころんだッッッ!!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

大樹の掛け声は一瞬で終わった。周りの子どもたちは驚愕する。

 

士道と琴里は一歩どころか1センチも動くことができていない。

 

 

「お前ら二人は何時間後に、ここに来れるかな?」

 

 

(((((なんて大人げないんだ……!)))))

 

 

子どもの遊びにここまで本気を出す大人がいるだろうか? いや居た。目の前に。

 

こうして大樹と五河兄妹の真剣勝負———『だるまさんがころんだ』が始まった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「何かウチの馬鹿がすいませんでした」

 

 

「「「「「すいませんでした」」」」」

 

 

「あ、謝る必要はないわよ。私もその、楽しかったし」

 

 

大樹(馬鹿)が馬鹿なことをしていた。原田と女の子たちの顔は羞恥で赤くなってしまっている。

 

 

「それに勝負に勝ったら全員にアイスを買ってあげるくらい優しい人だったわ」

 

 

(((((勝ったの!?)))))

 

 

なんということでしょう。五河兄妹の勝利で終わっていた。

 

 

「問題は次の日よ」

 

 

「次の日……五年前の8月3日ってまさか……!?」

 

 

「知っているみたいね」

 

 

琴里の言葉に原田は息を飲んだ。

 

無くなった飴を取り出し、棒をゴミ箱に捨てた琴里は話し始める。

 

 

「そう、天宮(てんぐう)南甲(なんこう)町で起きた大火災よ」

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

「結局、何で俺はまた公園で寝ているんだろうな」

 

 

昨日は士道と一緒に琴里ちゃんのプレゼント代を少し払ってあげたり、ボロボロになっていたリュックを新しくしたり、温泉を満喫して公園のベンチで寝た。最後はよく分からん。何でだ俺。

 

コンビニのバイトもやめてしまったし、今日はハローワークでも行くか? 嫌じゃ嫌じゃ! 働きたくないでおじゃる!

 

まぁそんな駄目な大人になるわけにはいかない。まず引き籠るための家がないから。現実を見るって辛いよ。

 

 

「……………」

 

 

———俺は一体誰なんだ?

 

全く思い出せない。大切な人が、大切な目的が、大切なモノがいっぱいあったはずなのに。

 

それが欠けてしまった今の俺は、存在していいのだろうかと不安になってしまう。

 

 

「思い出したい……」

 

 

でも、心の中で思い出すことを怖がっている自分がいる。

 

 

「……ああああああァァァもうッ!!」

 

 

頭をガシガシと掻きながら叫ぶ、嫌なことを考え過ぎだ。

 

仕方ない。仕事を探しに行こう。そのうち嫌なことは、きっと忘れるだろう。

 

 

________________________

 

 

 

「働けねぇ……!」

 

 

普通に働くことが無理なことに気付いた。

 

コンビニは履歴書を渡すだけですぐに採用してくれた。人手は少なかったし、適当に対応してくれたが、働くとなると住民票が、戸籍とかがめっちゃ必要!

 

俺にはそんなモノありませーん! やべぇバイトやめなきゃ良かった。ここまで後悔するとは思わなかった。

 

 

「住む部屋の契約にも住民票がいるし……もう詰んでるじゃんこれ……!」

 

 

一生野宿生活が決定したような気がした。

 

絶望の淵に落とされた俺はトボトボと歩く。日は傾き夕暮れ前だ。

 

住宅街を通り、また公園に戻ろうかと考えていた。

 

 

 

 

 

———そして、音が爆発した。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

突然の出来事に何が起こったのか理解できない。爆発音が響き渡り、自分の体が吹き飛ばされたことはかろうじて理解できた。

 

コンクリートの地面に何度も叩きつけられて俺は壁に激突する。衝撃は激痛を生んだが、不思議とそこまで痛くないことに気付く。

 

 

「え……」

 

 

目を開けば、そこは地獄になっていた。

 

視界に広がった紅い光景———街が燃えていた。

 

真夏の暑さではなく、炎の熱さに全身が固まった。

 

 

「何だよこれ……! 一体何が……!」

 

 

「だ、誰かぁ!? 助けてくれぇ!!」

 

 

男性の助けを求める大声に固まっていた体が動くようになる。男性はすぐ近くにいた。

 

男性は頭から血を流し、必死に瓦礫をどかしていた。瓦礫には一人の女性が泣いて苦しんでいる。

 

 

「あ、アンタ! 妻を……妻を助けてくれぇ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

返事を返すよりも先に体が動いた。すぐに瓦礫を退かす作業に入る。

 

その時、重そうな瓦礫がヒョイっと動いた。

 

 

「ッ……!?」

 

 

瓦礫の重さを感じない。自分は鍛えているから力持ちだとコンビニの商品運びで気付いている。しかし、瓦礫を簡単に退かしてしまうくらい力が強いことは初めて知った。

 

女性は無事に救出。足に酷い怪我を負っているが、命に別状はないことは医療学の知識で分かる。

 

すぐに自分のリュックの中から折り畳み傘を取り出し、着ていたコートを脱いで女性の足を固定した。応急処置のつもりだが、早く病院に行く方が大事だ。

 

 

「ありがとぉ!! この恩は必ず返すッ!!」

 

 

男性が女性を背負い、涙を流しながら感謝の言葉を言う。

 

首を振りながら俺は火が回らない———風が吹く向きとは逆の方向を指で差す。

 

 

「そ、それよりここから早く逃げてくれ! すぐに火が回るぞ!」

 

 

「ま、待て! アンタも一緒に———」

 

 

男性が一緒に逃げようと言っている。でも、ここで逃げたら駄目だ。

 

怖い。命を落としてしまうかもしれない出来事にぶちあたっているんだ。恐怖を感じないわけがない。

 

だけど、逃げる理由にはならなかった。

 

 

「俺は、この街の人を救いたい!」

 

 

________________________

 

 

 

 

燃え盛る街を駆け抜ける。不思議なことに人の悲鳴や助けを呼ぶ声は敏感に聞こえた。

 

助けを呼べない怪我人や気を失った重傷者は、何故かそこにいるというのが分かってしまう。

 

一瞬で瓦礫を退かし、負傷者を背負って逃げる。それを繰り返した。道中逃げている人がいれば避難場所を教えた。

 

唯一、火が回らない場所がある。それが———なんと公園だった。

 

救出した人たちは中心にある噴水のそばに寝かせる。中心からそばにあるのは遊具だけ。木などは外周にしかなく、既に燃え切ってしまっているので安全な場所になっていた。

 

 

「悲鳴……こっちかッ!!」

 

 

また耳に聞こえた。すぐに公園から走り出し、悲鳴が聞こえた場所に向かう。

 

 

ギャンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如空で閃光が弾け飛んだ。急いで上を見上げれば、白い何かがいた。

 

目を凝らせば正体が分かる。それが一人の女の子だと。

 

 

「ッ……次から次へと……何なんだよッ!! クソッタレがぁ!!」

 

 

あの少女がこの街を破壊したのか? あの少女は正義の味方なのか?

 

正解は不明。しかし、足を止まらせるわけにはいかない。

 

再び疾走する。速く。もっと速くと速度を上げる。

 

その時、男性と女性、二人の後ろ姿が見えた。しかし、二人は逃げようとせず、辺りを見渡していた。

 

 

「何やってんだアンタら!? 早く逃げろよ!!」

 

 

「だ、駄目だ! それはできない!」

 

 

「娘がッ……娘がまだ帰って来ていないの!!」

 

 

子持ちの夫婦だとすぐに分かった。だがここで「俺も探します」と言う暇はない。

 

 

「公園に行け! 火が回らない場所だ! 子どもも何人か救出している! もしかしたらアンタらの娘もいるかもしれない!」

 

 

「し、しかし———!」

 

 

「行けって言ってんだろうがぁ!! 俺もまだ探してやるから!」

 

 

それでも動こうとしない男の胸ぐらを乱暴に掴む。

 

 

「両親亡くした時、娘がお前らの後を追いかけないように生きろぉ!!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

その言葉で二人はやっと走り出す。これで後はその娘を探せば———!

 

 

「お父さん! お母さん!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

三人が走り出そうとした瞬間、一人の少女がこちらに向かって走って来た。

 

 

「折紙!!」

 

 

男性が娘の名前を呼ぶ。両親は折紙と呼ばれた娘に向かって走り、二人で娘の体を抱き締めた。

 

 

(良かった……近くにいたのか……)

 

 

ホッと安堵の息を吐く事ができた。

 

 

ドクンッ……!

 

 

だが、嫌な予感がした。

 

家族の頭上———空高くにあの白い女の子が居た。

 

空に光の線が描かれ、何かが起きようとしていた。

 

 

「くッ!」

 

 

考えるよりも先に、体が動いた。

 

家族に向かって走り出す。その瞬間、光が一つに集結し、降り注ごうとしていた。

 

 

「やめろおおおおおおおおおおォォォォォ!!!」

 

 

叫びながら家族たちを突き飛ばす。全身を使って、力を込めたタックルをぶつけた。

 

家族たちは大きく飛ばされるが、さすが親だ。子どもをしっかりと守っている。

 

視界は真っ白な光で潰され、全身を焼き尽くすような激痛を感じた。

 

 

———救えた。

 

 

人生の最後にしては、素晴らしい終わり方ではないだろうか?

 

だけど、悔やむことが一つ残っている。

 

 

失った記憶を、取り戻したかった。

 

 

この時だけは、そう純粋に思えた。

 

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「———以上の出来事よ。【ラタトスク】が捉えた映像は、そこで終わっている」

 

 

琴里から告げられた出来事は想像を超えるモノだった。

 

空に現れた女の子———それは紛れもなく精霊だ。

 

精霊の攻撃によって街は大火災に見舞われ、街を焼き尽くした。

 

しかし、街の人々を大樹は救い続けた。その様子を【ラタトスク】だけでなく、【AST】の衛生カメラも捉えている。

 

彼らは大樹のことをこう呼んでいる。

 

 

「彼は『英雄(ヒーロー)』って呼ばれていたわ。彼がいなかったら死者が出て、悲惨な事件になっていた。今も救われた人たちは彼に感謝をしているはずよ」

 

 

「待ってよ」

 

 

琴里の言葉を優子が止めた。

 

 

「大樹君はどうしたのよ……精霊の攻撃を受けたくらいじゃ、大樹君は死なないわよ……」

 

 

「死んだわ」

 

 

琴里は、否定した。

 

 

「残念だけど、それが真実よ」

 

 

「ッ……!」

 

 

突きつけられた言葉に優子は唇を強く噛み———

 

 

 

 

 

「それが真実でも、大樹君は生きているわ……!」

 

 

 

 

 

———前を向いた。

 

泣いていない。涙も見せていない。そのことに琴里は驚愕した。

 

周りの女の子も同じだ。

 

 

「そうよ、大樹は死なない。私たちを残したりしないわ」

 

 

アリアも、

 

 

「YES! 大樹さんは生きています!」

 

 

黒ウサギも、

 

 

「大丈夫よ。大樹君なら、ね」

 

 

真由美も、

 

 

「大樹さんは、必ず生きています」

 

 

ティナも、

 

 

「アイツが死ぬなんて、地球が消滅するよりありえねぇよ」

 

 

そして原田も、彼が死んだと、誰一人信じていないのだ。

 

その光景に圧倒された琴里は小さく息を吐く。

 

 

「はぁ……ちょっと悪戯しようとしただけなのに、こっちがやられたわ……」

 

 

「え……?」

 

 

琴里は新しい飴を取り出し口に咥える。優子は戸惑うが、琴里は申し訳なさそうな表情で続ける。

 

 

「ごめんなさい。確かに、彼は生きているはずよ」

 

 

「ッ! それじゃあ……!」

 

 

「でも私はこれから先は知らないわ。でも、知ってる人がいるでしょ?」

 

 

「それってもしかして……!」

 

 

優子の言葉に頷いた琴里。

 

 

 

 

 

「パパのこと、彼女に聞きましょう」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【過去】

 

 

気が付けば暗い闇が視界を支配していた。

 

ここは死後の世界かと思ったが、どうやら違うようだ。

 

 

「……おぇ」

 

 

異臭。吐き気を催すような臭いに口を塞ぐ。体は問題無く動くが、天井が低いせいで起き上がれない。

 

時間が経つにつれて、自分がどうなったのか理解した。

 

 

「そうだ……あの光に飲まれて……ハッ!?」

 

 

ゴッ!!

 

 

「いでぇ!?」

 

 

急いで起き上がろうとしたが、やっぱり天井が低すぎて頭をぶつけた。

 

痛みに悶えるが、自分の体が綺麗なことに気付く。

 

 

「……無傷? いや、そんな馬鹿な……?」

 

 

服はボロボロなのに対して、体は全くの無傷。切り傷一つすらない。

 

 

「どうなってんだこれ……というかここはどこだ?」

 

 

また記憶喪失なのかっと思わず自分自身を疑ってしまう。

 

ポチャンっと水が落ちる音。異臭。以上の二つから予測できる場所。

 

 

「下水道……だろうな……」

 

 

災害で壊れた下水道。恐らくあの光で真下に落ちたのだろう。

 

生きていることに幸運を感じているが、脱出しなければ幸運とは言えない。

 

 

「狭いけど、動かないとなッ」

 

 

モゾモゾと横に移動を開始する。狭い場所を潜り抜けることを繰り返し、脱出を目指す。

 

水が流れて息を止めなければいけない場所もあった。下手をすれば死ぬ可能性のある場所を通り抜ける場面もあった。

 

しかし、鍛え上げられた肉体がここで役に立つ。全てを乗り越えることができた。

 

 

「おっし!」

 

 

そして何時間もの死闘の末、やっと広い場所に出ることができた。

 

グッと背を伸ばし、苦しい場所から解放された。あとはこの臭い下水道を出るだけだ!

 

 

________________________

 

 

 

「……酷い光景だな」

 

 

下水道から出て来た俺は一言。マンホールを元に戻しながら辺りを見回す。

 

家のほとんどが黒くなり崩壊している。住宅街と呼べる場所じゃなくなってしまった。

 

消防隊員や自衛隊が復興作業をしている。公園を拠点にしている点は少し面白かった。

 

 

「帰る公園すら失ったし……どうするかなぁ」

 

 

新しい公園を探すか! 何で公園限定だよ!

 

道を歩いていると、ポッカリと大きな穴が開いた道が見えた。もしかして———?

 

 

「ここか、俺が落ちたのは」

 

 

ひえー、よく生きていたな俺。普通に死ぬぞ。死ぬと言うか消滅するだろ。どんだけヤバい光が降って来たんだよ。

 

ゾッと震える。あ、恐怖でじゃないです。僕が異常な人だということは察しました。

 

トイレに行きたいけど、どこにもない。どうしよう!? まぁ立ち〇ョンすればいいか。ちょっと失礼して———

 

 

ガシッ

 

 

「すいません。警察の者ですが、立ち入り禁止区域で何をやっているのですか」

 

 

———青い服を着た男性に肩を掴まれた。

 

 

「えっと……自分、この穴に落ちていた者ですが」

 

 

「冗談はいいよ。君、無傷じゃないか。それに臭いし、何をやっているんだい?」

 

 

「いや、あの、本当のことだから……」

 

 

「まぁいい。ちょっと署まで来て貰うよ」

 

 

「……………」

 

 

ヘルプ、ミー。

 

さて、スーパーダッシュッを使って逃げるか? 信じてくれないことが凄く悲しいけど、人生は厳しいということはしっかりとこの身に刻んであるよ。

 

 

「待ってください!!」

 

 

警察官が俺の両腕に手錠を付けようとしたその時、一人の男性が止めに入って来た。頭に包帯を巻いた優しそうな男性。そして、その男性には見覚えがある。

 

 

(あ、ヤバい)

 

 

最後に助けた家族———そのお父さんだった!

 

 

「た……」

 

 

「「た?」」

 

 

俺はその場で土下座を繰り出した。

 

 

「タックルしてすいませんでしたあああああァァァ!!」

 

 

「「ええええええェェェ!?」」

 

 

________________________

 

 

 

「あの、えっと……お風呂、ありがとうございました……」

 

 

全身綺麗になった俺は頭を下げる。目の前にいる家族に感謝した。

 

現在、マンションの3階に仮住居している鳶一(とびいち)一家のお世話になっていた。

 

着替えだけでなく、お風呂も貸してもらい、警察に事情を説明したり、あとタックルした件については許して貰えました。

 

リビングに集まった家族たちは笑顔で出迎えてくれる。

 

 

「いいのですよ。それにお礼を言うのはこちらの方だ。私たちの命を助けてくださり、ありがとうございました」

 

 

父親は俺に深く頭を下げると、母親も一緒に下げた。俺は首と手をブンブン横に振る。

 

 

「いやいやいや! 違います! 俺は何もしていないです! ただアイ〇ールド21に憧れてタックルの練習をしていただけですから!」

 

 

「ハハッ、面白い嘘をつく人だ」

 

 

すっげぇ笑われた。本当に面白そうに笑うからめっちゃ恥ずかしい。

 

 

「この恩は必ず返させて頂きます。今日は夕飯を食べて行ってください」

 

 

「疲れているのでしたら泊まって頂いても構いませんよ」

 

 

父親と母親の良心に俺は目から滝のように涙を流した。天使や! 神様や!

 

 

「気持ちはありがたいけど、家計が厳しい家庭に甘えることはできない」

 

 

「……鋭い人、ですね」

 

 

「まぁ、こう見えて結構優秀なんで。家も財産も無くしたあなたがたは保険金や国からの援助に頼るしかない」

 

 

いくら大火災だから、事故だからと言って国がホイホイお金を配るとは限らない。無駄に使う(やから)や悪人が出るのは百パーセント。よって過度な配布はなくなり、真面目な者が苦しむ。

 

幸い父親は仕事が残っているようだし、この厳しい最初の時期を乗り越えれば、また普通の生活が送れるだろう。

 

 

「ではタクシーを呼んで家まで送ります」

 

 

「あ、えっと……歩いて帰りますよ」

 

 

「そんなこと言わずに、送らせてください」

 

 

凄い言い辛い。これ言ったら絶対に嫌な顔されるぞ。

 

 

「その……言いにくいのですが……自分、家が無いんですよ」

 

 

「ッ……すいません、あなたも私たちと同じ被害者———」

 

 

「そうじゃなくてですね……あの、俺ってホームレスなんですよ」

 

 

空気が、凍った。

 

当たり前だ。命を救ってくれた人がホームレスとか、罪悪感どころか申し訳ない気持ちで一杯だろ。

 

ここで助けさせてください!っと言わせないためにアレを見せよう!

 

 

「で、でも大丈夫! 俺には600万以上の金が……あッ」

 

 

そこで俺は重大なことに気付いてしまった。

 

 

———リュック、どこに行った?

 

 

「全財産失ったああああああァァァ!?」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

あまりのショックに、発狂しかけた。

 

 

________________________

 

 

 

「すいません……取り乱しました……」

 

 

落ち込んだ大樹に二人は首を横に振って許した。大金を無くしたショックは、確かに大きいはずだと二人は分かっている。

 

 

「いえ、それよりこれからどうするのですか?」

 

 

「そうですね……山で毒キノコ狩りをしましょうかね……」

 

 

((自殺!?))

 

 

二人は自殺だと勘違いしているが、大樹は真面目に生きようとしている。

 

 

「大丈夫です! あなたもここに住みましょう! なぁ母さん!?」

 

 

「そうよ! あなたの言う通りよ!」

 

 

二人は必死に大樹を止める。対して大樹は苦笑いだった。

 

 

「身元不明な俺を泊めるとか、ホント優しいですね」

 

 

だから、これ以上甘えてはいけない。

 

 

「それに俺は記憶喪失で、最低な奴かもしれないんですよ? もしかしたら記憶を思い出した瞬間、とんでもないことをするかもしれない」

 

 

これで良い。二人の恩は十分に返された。お風呂に着替え。何一つ不満ない恩返しだ。

 

だからここで終わろう。彼らとの関係をリセットするんだ。

 

 

「それがどうしたというのですか?」

 

 

———父親の強い言葉に、息を飲んだ。

 

 

「私たちは命を救われた。それは一生を懸けなければ返せない恩なのです。あなたが助かるなら全力で助けたい。あなたが暗殺者や独裁者であっても、私は嫌いになることは絶対にありません。何故ならそれだけ恩を感じたから」

 

 

それにっと父親は付け足し、言葉を続ける。

 

 

「あなたはきっと、立派な人間のはずです」

 

 

返す言葉が、見つからなかった。

 

勘違いしていた。優しさとかじゃなく、彼は俺の存在を許しているのだ。

 

それは友であることを許し、一緒にいることを許す。そして何より恩人であることに敬意を払う人だ。

 

この人はきっとどんな人でも、恩があるなら受け入れる器の大きい人。

 

 

「戸籍が無いと何もできませんよね? いいのですか?」

 

 

「うッ」

 

 

痛い所を突かれた。あとこの人、ズルいよ。

 

 

「ねぇあなた、もしここに住ませるなら折紙のお兄ちゃんになるのかしら?」

 

 

「そうだね。私たちの息子だね」

 

 

「What!?」

 

 

何か話が大変な方向に捻じれているんですけど!?

 

 

「Who……じゃなくて、折紙って娘さんですか?」

 

 

「ええ、まだあなたにはやりませんよ」

 

 

「いや『まだ』って……というかお年頃の女の子はきっと俺のことを嫌いますよ?」

 

 

「それはどうかしら?」

 

 

おっと、母親の雰囲気が怪しいぞ?

 

 

「折紙、お兄ちゃんは欲しくないかい?」

 

 

「ほしい!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

父親の質問に元気よく答える声が背後から聞こえた。いつの間にか俺の後ろに隠れていた白いショートカットの髪をした女の子。気配が無かったのだが!? 暗殺〇室でも通っているのかよ!?

 

 

「え、えっと折紙ちゃん? 本気で言っているのか?」

 

 

「うん! お兄さんって、公園にいる体操のお兄さんでしょ?」

 

 

わーお。士道が言っていた『この地域では有名な体操のお兄さん』は本当だったのか。疑ってめんご☆

 

そんなキラキラした目で見られてもなぁ。怪しくないの? お兄さん、自分でも結構悪い人に見えると思っているのだけど? サングラスとか掛けたらヤバいぜ?

 

折紙の言葉に両親は納得したような表情になる。

 

 

「なるほど、あなたが体操のお兄さんでしたか」

 

 

「なら大丈夫ね、あなた」

 

 

「そうだね。安心できるよ」

 

 

ちょっと話について行けない人、ここにいますよ? どうして体操のお兄さんの信頼度がそこまで高いの?

 

状況を理解できていない俺に気が付いた父親が微笑む。

 

 

「いつも子どもたちと遊んで面倒を見てくれて、近所付き合いでみんなに優しい青年と噂になっていたよ」

 

 

どうしよう。割と本気で楽しく遊んでいた時間があったことを言えないんだけど。恥ずかしいんだけど。

 

というか全然優しくないよ? ちょっとおばあちゃんの荷物を持ってあげたり、ちょっと近所の壊れた電化製品や水道を直してあげたり、ちょっと川に落ちた猫を助けたぐらいだよ? あれ? 結構イケメンなことしてたな俺。

 

 

「折紙、今日から大樹お兄ちゃんと呼びなさい」

 

 

「はーい!」

 

 

うん? もう確定しちゃった? マジで?

 

父親はニコニコっというより、ニヤニヤしている。

 

 

「もうここまで来たら、後には引けないね?」

 

 

コイツ……! 同年代だったら一発殴っていたぞ。

 

 

「……はぁ、参りましたよ。正直嬉しいですよ、こんな俺をここまで気にしてくれて。あとあなた方がすっげぇお人好しだということも知りました」

 

 

「嫌いかね?」

 

 

「全然。むしろ大好きですよ」

 

 

後頭部を掻きながら照れ隠しする大樹。ここまでされて、嬉しくないわけがない。

 

———決意しよう。

 

記憶を取り戻すまで世話になり、恩を忘れないことを。

 

記憶を取り戻しても、絶対に裏切らないことを。

 

 

繰り返される恩返しに、勝って見せよう。必ず、俺が多く恩を返して見せる。

 

 

「できることは、何でもやるつもりです」

 

 

「ああ、よろしく大樹君」

 

 

「これからよろしくね、大樹君」

 

 

二人は心を安心させてくれるような微笑みで挨拶する。

 

ドンッと俺の背中に抱き付いた折紙がニッコリと笑う。

 

 

「大樹お兄ちゃん! 一緒に遊ぼう!」

 

 

「おう」

 

 

折紙の頭を優しく撫で、俺はこの家族の一員となった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

 

ガゴンッ

 

 

「「「「「「ッ!」」」」」

 

 

大樹のことをお父さんと呼んだ折紙に会いに行こうとした時、原田たちの頭に何かが響いた。

 

まるで何かが切り替わったかのよう音。OFFになっていた電源をONにしたような……言葉で表せない不思議な感覚だ。

 

 

「今のは……!?」

 

 

「とても、変な感覚でした……」

 

 

真由美は驚きながら辺りを見回し、ティナは不安気な表情になっていた。

 

 

「どうかしたの? もうすぐ着くわよ?」

 

 

「ま、待てよ。今、何が起こったんだ?」

 

 

未知の現象に原田が琴里に尋ねる。しかし、琴里は何が起こったのか全く分かっていようだった。

 

 

「今? 何もなかったわよ?」

 

 

「は?」

 

 

「それより急ぐわよ? 彼女が住んでいる家はもうすぐよ」

 

 

そう言って琴里は再び歩き出した。

 

不可解な現象を感じたのは琴里を除いたアリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ。そして原田だ。

 

 

「嫌な予感がするわ……」

 

 

「YES……アリアさんの言う通り、何かありそうです」

 

 

勘の鋭いアリアと黒ウサギ。二人の言葉で周りは気を引き締めて警戒する。

 

数十分後、とあるマンションに辿り着いた。琴里が言うには、

 

 

「大樹とデート後、折紙は空間震へ向かった大樹を探したけど見つからないから大人しく帰って来ているわ。遠くからでも凄く悲しさが伝わったわ」

 

 

とりあえずこの時点で大樹の尋問&拷問のスペシャルコースが決定した。原田は「無茶しやがって……」っと同情の涙を流した。

 

しかし、琴里の言葉に妙な言い回しがあった。

 

 

「あの表情で悲しさが伝わったのか……」

 

 

原田の疑問は、女の子たちも同じことを思っていた。一切表情を表に出さなかった人が、琴里には悲しいっと分かったと言っているのだ。

 

原田の言葉を聞いた琴里は苦笑いで答える。

 

 

「むしろ感情をバンバン表に出すわよ。それにちょっとだけ泣きながら帰っていたのよ?」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

折紙が感情を表に出していたことにはもちろん驚愕だが、大樹がそれほど何かをやらかしたことに冷や汗を流した。

 

これから会うとなると、まず謝罪から入った方がいいかもしれないっと一同は思った。

 

 

「彼女とは一悶着(ひともんちゃく)あったけれど、今は士道と同じく仲良くしているわ」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

どうやら彼女の性格上、他人にはあまり感情を見せないのかもしれない。

 

仲の良い琴里は手慣れた手つきで折紙の部屋番号305を押す。

 

 

『……………はい』

 

 

「え、えっと、五河 琴里よ」

 

 

———果たして本当に仲がいいのだろうか?

 

フルネームで答えているし、すっごい緊張感を持って会話しているぞこのツインテール。大丈夫なのか?

 

それより、会話の相手の折紙が気になった。

 

 

(確かに元気がない……何をやったんだ大樹は……セクハラは……ありえそうだから否定できねぇ)

 

 

明らかに元気がなかった。周りも動揺している。原田は卑猥なことをされた折紙に同情している。

 

 

『琴里ちゃん……五河君も一緒?』

 

 

「いえ、今日はいないわ。あなたに会わせたい人たちがいるの」

 

 

『……ごめんなさい、今日はちょっと』

 

 

何故だろう。彼女の話し方に違和感がある。アリアたちも何か違うと感じている。

 

 

「楢原 大樹を知っている人たちよ。あなたも会ったでしょ?」

 

 

『ッ!』

 

 

ガゴンッと扉が開いた。どうやら会ってくれることを許したらしい。

 

エレベーターを使わず階段で3階までのぼる。フロアの奥にある部屋が彼女の住む場所らしい。

 

ベルを鳴らす前に、ドアが開いた。

 

 

「ッ!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

扉を開けた()()の女の子に、全員が驚愕した。

 

 

 

 

 

———長髪で、白い髪の女の子。それは折紙で間違いなかった。

 

 

 

 

 

「「「「「えええええェェェ!?」」」」」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

「ちょっと!? 何叫んでいるのよ!?」

 

 

驚愕する一同。この短時間で髪が短髪から長髪に変わるだろうか? 否、無理である。

 

折紙は可愛い悲鳴を上げて、琴里は怒鳴った。しかし、それどころではない。

 

 

「何って髪だよ!? どうして伸びているんだよ!? 呪いの日本人形かよ!?」

 

 

「失礼ね!? 折紙はずっと長い髪だったじゃない!」

 

 

琴里の反論に、原田の呼吸が止まった。

 

嘘を言っているようには見えない。本気で琴里は言っている。

 

だから、原田たちは怖くなった。

 

 

「あ、あの……昨日はすいませんでした!」

 

 

折紙が別人のように話し出して謝罪。

 

 

「突然連れて行ってしまって……迷惑でしたよね? で、でもあの時は———」

 

 

涙目で縮こまる彼女が、ニッコリと笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———お兄ちゃんに会えて、嬉しかったので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「お父さん設定はッ!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

———この世界の歯車は、何度も何度も狂い出す。

 

 

———最後に辿り着く結末は、誰も知らない。

 

 

 

 




お兄ちゃんもいいけど『兄さん』と『にいにい』も捨てがたい。『お兄様』は距離感を感じてしまうからやっぱ自分は『お兄ちゃん』と妹に何度も呼ばれたい。

そして残念だが、私に妹はいないよ!(号泣)

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