どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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全てを超越した最強

———序列最下位 楢原 大樹、参戦。

 

 

神々しく輝く黄金色の鞘から銀色の刀を抜刀した大樹。防弾繊維が含まれた汚れた学校制服を着用し、体には至る所に包帯が巻かれている。

 

しかし、彼は余裕の表情でそこに立っていた。

 

 

「ちょうどムカついていたんだよ。八つ当たりができて最高だぜ」

 

 

「ムカついていた?」

 

 

大樹の言葉に原田は異変に気付く。

 

大樹のズボンが異常に泥まみれになっていたことだ。自分たちも泥まみれになっていたので違和感が無かったが、よく見れば緑色のもずくのようなモノが制服や頭に引っかかっている。それに服が湿っていることも分かった。

 

 

「二度も同じ泥沼に落とされたからな……何故か翼は使えないし、掴まった木の枝は折れるし、ジュピターさん殺そうとするガストレアもいるし……とりあえず神と一緒にテメェら埋めるわ……!」

 

 

何故か彼はさらにバイオレンスになって帰って来ていた。

 

 

「……その前にガストレアが多いな」

 

 

そう言って大樹は刀を持った右手を後ろに下げた。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】」

 

 

そして、大樹の姿が消えた。

 

まるで瞬間移動。原田の目、緋緋神やリュナの目ですら追えない出来事が起きた。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】」

 

 

キンッ

 

 

気が付けば大樹は空高く舞い上がっていた。そして刀を鞘に戻した瞬間、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

前線にいた全てのガストレアが斬り刻まれた。

 

暴風が吹き荒れ完封無きまでに叩きのめされたガストレア。当然生き残っているガストレアはいない。

 

たった一撃で、何百と越えたガストレアが一瞬で全滅した。

 

 

「は……?」

 

 

その光景に原田は思わずそう呟いた。

 

ありえない。短期間で実力がこうも開くモノだろうか?

 

強過ぎる。桁違い……いや、次元が違う!

 

 

「奥にまだいるな。なら抜刀式、【刹那・極めの構え】」

 

 

ゴオッ!!

 

 

大樹の体が勢い良く回転し、勢いを殺さないように抜刀する。

 

 

「【凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

東京エリアの廃墟街に一筋の光が一閃した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

刀では到底出すことのできない斬撃の音が轟く。衝撃で土煙がビルよりも高く舞い上がる。

 

ガストレアが侵入してきた街に、もうガストレアの姿は見当たらない。残っているのはガストレアの死骸だけだ。

 

出来る限り原型を留めさせてあるガストレアの死体。綺麗に殺したという言い方は最低であるが、彼はそういう人間だ。

 

 

「大丈夫だ。お前らの仲間は俺が守ってやる」

 

 

コンクリートの地面に着地した大樹はガストレアにそう言い聞かせる。この声は、ガストレア(人間だった者達)に聞こえているだろうか? それは誰にも分からない。

 

 

わああああああァァァ!!

 

 

背後にある東京エリアの中心街から歓声が響き渡る。大逆転劇に、大樹の力に、人類は歓喜した。

 

 

「さてと、残るはモノリスの近くにいるデッケェガストレア。愛しの神様と可愛い幼馴染だな」

 

 

「そうですね。ですが、あなたは残ることはできません」

 

 

「なッ!? 危ない大樹ッ!!」

 

 

いつの間にか大樹の背後をリュナが取っていた。左右に持った二本の弓。矢は既に装填されており、いつでも射出できる状態だった。

 

 

「【黒い矢(ダーク・アロー)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、二本の黒い光の矢が放たれた。

 

矢は大樹の背中に当たろうとする。だが、

 

 

フッ……

 

 

「ッ!?」

 

 

確かにいた大樹は残像のようにブレて、姿を消した。当然黒い矢は当たることはない。そのまま通り過ぎて廃墟ビルを倒壊させた。

 

衝撃的過ぎる出来事にリュナは焦り、急いで周りを見渡す。

 

 

「悪いな。今は緋緋神を優先させてもらうぜ」

 

 

「なッ!?」

 

 

今度はリュナが背後を取られる。既に大樹は右足に力を入れており、回し蹴りをしようとしていた。

 

 

「ちょっと退場していてくれ」

 

 

ドゴンッ———!!

 

 

まるで戦車の砲撃。腹の底から響く低くて重い音が轟いた。リュナの腹部に大樹の回し蹴りが見事に入っていた。

 

 

———ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

そのままリュナの体は廃墟街を突き破りながら瓦解した32号モノリスのバラニウムを巻き上げながら東京エリア外まで吹き飛ばされた。

 

土煙が空高く昇る。煙の高さは威力の脅威を十分に表していた。

 

 

「嘘ッ……」

 

 

「一撃だと……!?」

 

 

優子と原田は目を見開いて驚く事しかできなかった。

 

あれだけ苦戦したガストレアを二撃で全滅寸前まで追い込む力。原田がさんざんやられ続けたリュナを一撃。()()()()()()()で県外まで吹き飛ばす力。

 

圧倒的に強い大樹に、誰もが言葉を失った。

 

 

「よっと」

 

 

大樹は跳躍して緋緋神の前まで辿り着く。緋緋神の表情は驚愕に染まっており、大樹を警戒していた。

 

 

(本当にこれが……あの楢原なのか……!?)

 

 

短期間でここまで力を付けて来た大樹を見て目を疑う。彼女も信じられなかった。

 

緋緋神は歯を食い縛り、右手に緋色の炎の渦を巻き上げる。

 

 

「は、ハハッ……随分変わったな大樹。あたしを楽しませてくれそうだ」

 

 

乾いた声で無理して笑う。緋緋神は自分が思った以上に怖がっていることに内心驚いていた。

 

大樹から溢れ出るオーラ。強者にだけ分かるモノじゃない。弱者ですら分かる。コイツとは戦ってはいけないっと何度も脳が警告している。

 

 

「別に俺は戦わないぞ」

 

 

「何?」

 

 

「緋緋神、俺はお前を救いに来た」

 

 

大樹の言葉に緋緋神はポカンッと口を開けた。数秒後、言葉を理解した緋緋神は大きな声で笑いだした。

 

 

「ふふッ、あはははッ……ははは、ははははッ!」

 

 

「あぁ? 面白いこと言ったか俺?」

 

 

「今までこんなことを言う馬鹿な男はお前が初めてだよ楢原! 救う? あたしは救われるような器じゃない。それに今、楽しくて仕方がないんだよ」

 

 

「本当にそうなのかよ」

 

 

ピタッと緋緋神の笑い声が止まった。

 

 

「緋緋神。お前の目的はこんなことじゃねぇだろ」

 

 

「……見たのか?」

 

 

「見たというより閲覧した? とりあえずまとめてあった資料を読んだ」

 

 

大樹は懐から一枚の写真を取り出す。その写真には笠のような形をした緋色の石が写っていた。

 

 

「それは……!?」

 

 

「分かるだろ緋緋神。いや、お前だよ緋緋色金」

 

 

そう、写真に写っているのは緋緋神の()()である緋緋色金の原石だ。

 

この原石が置かれているのは白雪の実家である星伽神社に奉ってあることを互いに知っている。

 

 

「安心しろ。別に壊そうとか考えてないから。むしろ白雪には守ってもらうようにしてるからな」

 

 

「……どういうつもりだ」

 

 

「だから言ってるだろ。俺はお前を救うために来たんだ」

 

 

大樹は刀を鞘に収めてギフトカードに戻してしまう。そして、両手を広げた。

 

 

「ほら、もう戦いなんてやめて俺の胸に飛び込んで来い」

 

 

「は?」

 

 

「いやそんなガチ低い声で威圧しないでくれよ……顔怖いぞ……」

 

 

「大樹君?」

 

 

「待てよ優子。魔法式を構築しないでくれ」

 

 

「お前この状況で……死ねよ」

 

 

「みんなひでぇ……」

 

 

緋緋神、優子、原田に軽蔑の眼差しで見られる大樹は泣きそうだった。

 

 

「でも、それはお前がしたかったことだろ。なぁ緋緋神?」

 

 

「それって……何だ……?」

 

 

「恋」

 

 

その瞬間、大樹を除いた全員が絶句した。

 

 

「———はぁ? いッ……今……?」

 

 

「おう」

 

 

「ッ……バカかよ……!」

 

 

かあぁっと緋緋神の顔が真っ赤に染まる。

 

 

「こんな時でも、どんな時でも俺は見ている」

 

 

「あ、あたしはそんなに簡単に落ちるような———」

 

 

「アイラブユー」

 

 

「———うぅ……!」

 

 

「今落ちる要素あったのか!? カッコイイところあったか!? 発音悪い英語の告白だぞ!? それでいいのか緋緋神!?」

 

 

大樹と緋緋神のやり取りに血を吐きながら原田が命懸けでツッコミを入れる。

 

 

「でも俺はアリアも愛している。当然美琴も優子も黒ウサギも真由美も愛している」

 

 

「ッ……さっそく浮気かよ」

 

 

「最初から浮気しまくりだけどな」

 

 

「自覚あったのかよ楢原……」

 

 

緋緋神に呆れられた目で見られる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

突如蒼色の弾丸が大樹の肩を貫いた。しかし、血の出血は見られず無傷のように見える。

 

 

『大樹さん。私がいませんよ』

 

 

「て、ティナ……【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】は……俺でもキツイ……!」

 

 

(((狙撃された!?)))

 

 

耳に付けたインカムから聞こえるティナの可愛い声はこの時ばかりは怖かった。まさかの味方からの攻撃に三人は驚く。どうやら隠れ残ったガストレアを駆除していたティナが一発だけ大樹を狙撃したようだ。

 

よろけながら大樹は一歩前に踏み出し、緋緋神に近づく。

 

 

「と、というわけで……アリアと一緒に生きて行くことはできないのか?」

 

 

「……断るに決まっているだろ」

 

 

「じゃあ俺も実力行使だ」

 

 

大樹の返しに満足したのか緋緋神は燃える炎の火力を上げる。しかし、大樹は刀を抜くことは無かった。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

大樹の背中から巨大な黄金色の翼が広がる。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

パアァ!!

 

 

黄金色の羽根が街全体に降り注いだ。大樹の翼は消滅し、羽根だけが宙を舞う。

 

 

「なッ!?」

 

 

その瞬間、緋緋神の体がガクッと地に向かって落ちた。

 

急いで体制を元通りにしようとするが、自分の力が使えないことが分かり、顔が青ざめる。

 

 

ガバッ

 

 

だが落下する体は止まる。跳躍して助けに来た大樹のおかげだ。

 

お姫様抱っこで抱えられる緋緋神はさっきより顔を赤く染めた。

 

 

「俺が支配している限り、緋緋神の力は使えない」

 

 

「ッ……無茶苦茶過ぎるだろ」

 

 

大樹は地面に着地し、緋緋神と目を合わせる。大樹は笑みを作るが、緋緋神は違う。

 

 

「どうしてあたしを否定するんだ!? 楽しく生きようとしないんだよ! 恋と戦いで遊ぼうとしないんだ!」

 

 

「どっちとも、俺は遊びと思わねぇんだよ」

 

 

大樹の目は真剣だった。

 

 

「本気で恋している人がいるから俺は本気で戦うんだ。本気で愛しているから、本気で幸せにしたいから、本気でその気持ちに答えたいから、俺は本気なんだ」

 

 

「あッ……」

 

 

「もう分かるだろ緋緋神」

 

 

緋緋神は大樹の怪我をもう一度見る。傷だらけになった体、あざや擦り傷が多く残っている腕や首。そして、痛々しく割れた爪。

 

ここに来るまでどれだけ本気だったのか。それが緋緋神に伝わった。

 

 

「本気で恋するなら、俺もそれに答える」

 

 

「楢原……」

 

 

緋緋神は頬を赤く染めて下を向く。しばらく黙った後、緋緋神は顔を上げる。

 

 

「じゃあお前は……あたしがこ、告白したら……」

 

 

純情な乙女のような反応を見せる緋緋神。

 

対して大樹は爽やかな笑顔で返事を返す。

 

 

 

 

 

「ごめん、俺好きな人がいるから」

 

 

 

 

 

 

ビギッとガラスにヒビが入ったかのような音が響いたような気がした。

 

原田は思った。そこで緋緋神を受け入れたらすべてが丸く収まっていたはずなのに。この体が自由に動けていたら奴をボッコボコのぐッちゃぐちゃにしていたはずだ。

 

優子も口を開けて唖然している。まさか断るとは思わなかったのだろう。

 

 

「 」

 

 

超絶句。緋緋神は一ミリたりとも動きを見せない。

 

大樹は少し申し訳なさそうな表情で続ける。

 

 

「やっぱり浮気は駄目だと思う」

 

 

「今更お前は何を言ってんだゴラアアアアアァァァアアガハッ!!」

 

 

「原田君!?」

 

 

今度は大量の血を吐き出しながらツッコミを入れる原田。無理をし過ぎたせいで、ついに意識を失った。

 

 

「でもまぁ? どうしてもって言うなら考えてやってもいいけどな?」

 

 

殺してしまいたいくらいのムカつく上から目線に優子はすぐに魔法式を構築。発動した。

 

 

「【エア・ブリット】」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「ごばッ!?」

 

 

圧縮させた空気が大樹の腹部に直撃。緋緋神は大樹を蹴って避けるが、大樹は背後にあるビルの壁に叩きつけられる。

 

優子は緋緋神を庇うように立ち、倒れる大樹を腕を組みながら見る。

 

 

「30個くらい言いたいことがあるけれど……とりあえず一つだけ言わせてもらうわ」

 

 

「ぐぅ……リアルな数字過ぎて辛い……!」

 

 

「最低よバカ! そうやってまた女の子を増やして……どうせ向うの世界でも女の子とイチャイチャしてたんでしょ!?」

 

 

「し、してねぇよ! 俺はそんなこと———」

 

 

「正直に言えば頬にキスしてあげてもいいわよ?」

 

 

「———結構したかもしれない」(キリッ)

 

 

ゴオォ!!!

 

 

そしてもう一度【エア・ブリット】がキリッとドヤ顔をした大樹の腹部に叩きこまれた。さっきより威力が大きい。

 

 

「そうやって女の子を(もてあそ)ぶ大樹君。死んだ方が良いわ」

 

 

「ぐふッ」

 

 

そして大樹も吐血。優子の一言は神の一撃より重かった。

 

 

「ねぇ大樹君? これからどうすればいいか分かるよね?」

 

 

「責任取ります! 取りますから許してください!」

 

 

「緋緋神は?」

 

 

「取ります!」

 

 

「アタシたちも?」

 

 

「絶対に幸せにしてみせます!」

 

 

「他の子たちは?」

 

 

「え?」

 

 

「アタシたちだけじゃなく、他の世界の女の子は?」

 

 

「え、えっと……その……ハッ!」

 

 

パチンッと指を鳴らして大樹は思いつく。

 

 

 

 

 

「じゃあ愛人で!」

 

 

 

 

 

その瞬間、計23発の【エア・ブリット】が大樹の体に叩きこまれた。

 

背後のビルは倒壊し、無残な姿になった大樹が優子の目の前に転がっている。

 

 

「アタシのサイオンと大樹君の体力。どちらが先に尽きるか勝負してみるかしら?」

 

 

(俺の体力は永久機関じゃないんですけど……!?)

 

 

すぐに大樹は立ち上がり、緋緋神と目を合わせる。しかし、緋緋神も少し拗ねているのか目を合わせようとしない。

 

 

「緋緋神。俺はアリアが……じゃなくてアリアも! 愛しているんだ」

 

 

『が』と言った瞬間、優子の魔法式が構築されたような気がした大樹であった。

 

 

「お前が俺に本気で恋するなら俺もそれに本気で答える。でも、俺はアリアとも本気で恋をしたいんだ」

 

 

「……それは分かっている……ずっと見ていたから……だけど」

 

 

緋緋神は後ろに下がって大樹から距離を取る。

 

 

「それでも、譲れない」

 

 

「……そうか」

 

 

大樹は緋緋神の両手を握り、辛そうに微笑む。

 

 

ガシャンッ

 

 

「は?」

 

 

「え?」

 

 

「やっぱり実力行使しかないか」

 

 

 

 

 

緋緋神の両手に手錠がはめられた。

 

 

 

 

 

「はあああああァァァ!?」

 

 

「ええええええェェェ!?」

 

 

「超合金で作られているから絶対に壊れないぜ。能力も封じたし、もう終わりだな☆」

 

 

いきなりぶっ飛んだ行動に緋緋神も優子もついていけない。変わらず大樹は続ける。

 

 

「じゃあ、やるからな」

 

 

「何する気だお前!?」

「何する気なの!?」

 

 

 

 

 

「いや、服を脱がそうかと」

 

 

 

 

 

この一言で緋緋神は本格的に自分がヤバいことを自覚した。優子は開いた口が塞がらなくなっていた。

 

 

「よーし、聞こえているかアリア? 今から服を脱がすぞー」

 

 

「本気なの大樹君!?」

 

 

「本気。マジ。リアリィー。俺はもう緋緋神をどうこうできなさそうだから、あとは自分で何とかしてくれ」

 

 

「お、おい!? これはアリアの———!」

 

 

シュンッ

 

 

緋緋神が何かを言おうとした時、大樹の体が一瞬だけブレた。

 

そして、いつの間にか黒色の帯を手に握っていることに気付く。それは緋緋神が巻いていた帯だった。

 

 

「今から十秒ごとに衣服を脱がす。緋緋神は脱がされたくなかったらアリアを解放しな。アリア、脱がされたくなかったら緋緋神をどうにかしろ。以上」

 

 

「———マジだコイツッ!?」

 

 

「大樹君!? それはいくら何でも酷過ぎよ!? あとその変態思考やめなさい!」

 

 

「大丈夫。常時運転だ」

 

 

「なお悪いわよ!?」

 

 

シュンッ

 

 

そして、また大樹の体がブレる。今度は左手にピンク色のトランプ柄の布を握っていた。

 

緋緋神はそれを見た瞬間、顔を真っ赤に染め上げた。

 

 

「ブラだ」

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

「【エア・ブリット】!!」

 

 

緋緋神の絶叫が轟く。緋緋神の味方、というより女の子の味方についた優子が圧縮した空気を大樹に向かって飛ばす。

 

しかし、大樹は横にヒョイッと一歩動かすだけで簡単に避けてしまう。

 

 

うおおおおおおォォォ!!!

 

 

東京エリアの男たちの盛り上がりはすごかった。それはもう東京エリアの危機など忘れてしまうくらいに。

 

だがそれは大樹の機嫌をそこねてしまう。

 

 

「嫁の可愛い姿は俺だけのモノだ! テメェらは見るな!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

鞘から刀を抜き一閃。左右のビルに一直線の亀裂が走る。

 

 

ドゴオオオオォォォ!!

 

 

ビルは道の真ん中に落ちるように倒壊した。砂煙が舞い上がり、東京エリアの人々は山のように積み重なった瓦礫で大樹たちが見えなくなる。

 

 

「これで良し」

 

 

「何も良くないわよッ!?」

 

 

被害を大きくする大樹。

 

 

「優子。これはアリアを取り戻すために必要なことなんだ。俺だって好きでこんなことをしているわけじゃない」

 

 

「ッ……大樹君」

 

 

「説教と折檻ならいくらでも受ける。今は分かってくれ」

 

 

「……右の穴から鼻血が出ているせいで説得力がないわ」

 

 

「おっと」

 

 

「うわあああああァァァ!? 人の下着で拭くなッ!?」

 

 

「うおっと!? やべぇ……変態になるところだったぜ……!」

 

 

「もう手遅れだと思うのだけれど……」

 

 

「仮に俺が変態だとしても」

 

 

シュンッ

 

 

「みんなを愛する心は絶対に変わらない」

 

 

「カッコイイこと言いながらパンツを取ってんじゃねぇ!!」

 

 

ついに緋緋神はその場に崩れ落ち、真っ赤な顔でガタガタと震えながら怯える。

 

優子は右手で禍々しいオーラを放つ拳を作り、笑顔で問いかける。

 

 

「大樹君……いい加減に、しないと……怒るわよ?」

 

 

(優子の背後に阿修羅が見えるのは幻覚だ。きっとそうに違いない。いや謝ろう。うん、すぐに謝ろう)

 

 

大樹は腕を組んで冷静そうな表情をするが、かなり無理して今を演じている。優子たちからは見えないが、手の指が震えている。

 

 

「ごめんなさい———を言う前に緋緋神、アリア。次で見えるかもしれないがいいのか?」

 

 

既に下着一式を盗られた緋緋神。もう袴を脱がされればそこには男子の夢が詰まった桃源郷だ。

 

大樹は真剣な表情をしているが内心かなりビビっている。確実にあとで優子に説教される。黒ウサギにインドラの槍を投げられる。真由美に魔法でいじめられる。ティナに狙撃される。そして、アリアに殺される。

 

2回まで死ぬ覚悟を決めていたが、10回となるとガチでヤバイ。

 

 

「いいのかアリア! 見ちゃうぞ! 二回目だぞ! 見たいデス!」

 

 

「大樹君、とりあえず後で『二回目』のことを問い詰めるわ。それと願望が入っているわよ」

 

 

「うぅ……く、来るなッ!!」

 

 

「後ろだ」

 

 

「ひゃうッ!?」

 

 

光の速度で大樹は緋緋神の背後を取り、そのまま両肩に手を置いた。緋緋神の口からかわいい悲鳴が漏れる。

 

くるりッと緋緋神の体を回転させて顔を合わせる。

 

 

「冗談なんかじゃない。お前を救いたい気持ちは本物だ」

 

 

「ッ———!」

 

 

大樹は緋緋神の体を抱き寄せた。緋緋神は抵抗しようとするが、すぐにやめた。

 

自分でも抵抗しない理由は分からなかった。人の温もりを感じ取った瞬間、何故か暴れる気が起きなかった。

 

 

「俺は、お前の辛さを全て受け止める。全部背負ってやる。お前がやりたいこと、一緒に付き合ってやるよ」

 

 

「ど、どうして……そこまで……?」

 

 

「何度も言わせるな恥ずかしい」

 

 

大樹はしばらく見せることのなかった最高の笑顔で告げる。

 

 

 

 

 

「緋緋神、お前を救うって言っただろ?」

 

 

 

 

 

 

嘘。偽り。虚言。

 

そんな騙すような要素は一つも含まれていない真っ直ぐな言葉に緋緋神は心を打たれた。

 

あの時とは違う、殺意を向けるような、敵意を向けるような目をしていない。

 

一人の女性として、大樹は緋緋神を見ていた。

 

 

「ああ……」

 

 

緋緋神は目を細める。頬を赤く染めて大樹の顔を見る。

 

 

「恋してる」

 

 

「そうか。こんな俺でもいいなら、いくらでも好きになってくれ」

 

 

緋緋神は大樹の首に手を回し、顔を近づける。

 

 

「恋している。楢原に……大樹に……」

 

 

「ん? あの……近くないですかッ……」

 

 

ぐぐぐッと顔を近づける緋緋神に対して大樹はぐぐぐッと顔を離そうとする。しかし、大樹の後ろ首にはしっかりと手錠が繋いであり、絶対に逃がさないようにしている。超合金、ここで仇となった。

 

 

「もう分かるだろ……したいんだよ……」

 

 

「おまッ!?」

 

 

「だ、大樹君!?」

 

 

大樹は一気に焦り出す。見ていた優子もパニックになっていた。

 

 

「この衝動は大樹のせいだ。責任取ってくれよ……」

 

 

「待て待て! アリアの意志は!? ダメって言ってない!?」

 

 

「良いって言ってる」

 

 

「えッ? なら良いのかな……?」

 

 

「ダメに決まってるでしょ!」

 

 

涙目の優子に怒られる。大樹はハッとなり、再び顔から離そうと試みる。

 

 

「ち、力……変に入れたら……キスより大変なことになりそう!?」

 

 

「だ、ダメだからね! 頑張って大樹君!」

 

 

必死に逃れようとする大樹。必死に応援する優子。

 

しかし、緋緋神は禁断を呟く。

 

 

「アリアの唇……柔らかいぜ……」

 

 

ピクッ

 

 

この時、大樹は究極の決断をしようとしていた。

 

このままアリアとキスしてしまいたいという欲求。しかし、本能がダメだと警告している。

 

だが人間の三大欲求には逆らえない。

 

 

(駄目だ!!)

 

 

目を見開いて雑念をぶっ殺す。大樹は舌を噛んで堪えた。

 

 

「ギギギギギッ……!」

 

 

「大樹君!? 血が出てるわよ!?」

 

 

「どんだけ堪えてんだよ……!?」

 

 

口からポタポタと流れる赤い液体に二人は驚愕した。

 

アリアの唇を守るのか。もうこのまま奪っちゃうのか。

 

大樹は、決断する。

 

 

「俺のファーストキスは……嫁全員に一緒にあげるって決めてんだよ……!」

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

物理的に無理がある。大樹はそんな簡単なことを考える余裕も無くなっていた。

 

 

「今は引いてくれッ……緋緋神……」

 

 

「……そうか」

 

 

緋緋神の手が緩んだ。大樹はホッとするが、ニヤリッと口端を吊り上げる緋緋神を見て焦る。

 

 

バシッ

 

 

「しまっ———!?」

 

 

緋緋神の足払い。しかも緩んでいた腕にさらに力が入り、下半身から上半身へとバランスを崩してしまう。

 

倒れる方向には緋緋神の顔がある。当然、このまま倒れれば唇と唇が当たる位置だ。

 

体勢を立て直す? 無理だ。このまま無理矢理体を動かせばアリアの腕を折ってしまう。緋緋神もそうなってしまうように、体制を決めていたのだろう。

 

 

(グッバイ、オレのファーストキス……)

 

 

「あッ———」

 

 

優子が声を上げようとするが、もう遅かった。

 

そのまま大樹は目を瞑りながら倒れ、緋緋神もまた目を瞑っていた。

 

緋緋神が纏っていた緋色の光が小さくなり、緋緋神は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ無理ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

「ごぶべばはッ!?」

 

 

 

 

 

———大樹の唇に頭突きを食らわした。

 

 

 

 

 

「ええええええええェェェェ!!??」

 

 

その異常な光景に優子は驚くしかなかった。

 

真紅の血が大樹の口から飛び出す。そのまま後ろに倒れて動かなくなる。

 

緋緋神は痛そうに額を抑えるが、すぐにキリッと大樹を睨み付ける。

 

 

「早過ぎるわよ馬鹿! 子どもができたらどうするつもりよ!?」

 

 

「……………嘘」

 

 

突然のわけの分からないツンデレに優子は混乱する。

 

キスしたいと言い出したのは緋緋神。なのにこの結果。大樹が可哀想だ。

 

でも話し方に違和感が感じた。話し方がさっきと違う……声のトーンが……ッ!

 

 

「あッ」

 

 

優子は確信する。

 

 

 

 

 

「元に戻ったの!?」

 

 

 

 

 

「ええ、一応ね。久しぶりね、優子」

 

 

「……タイミングが酷いわ」

 

 

「し、仕方ないじゃないッ。緋緋神(アイツ)がやっと油断したんだから」

 

 

緋緋神———いや、アリアは乱れた自分の服を整える。優子はアリアの発言に疑問を持つ。

 

 

「油断? 何を狙っていたの?」

 

 

「緋緋神を乗っ取ることよ。『乗っ取りには乗っ取りを』。全く、大樹も最後諦めていたようだし」

 

 

「そ、そう……って大樹君は?」

 

 

いつまでも会話に参加しようとしない大樹に優子は不審に思う。大樹は口からドクドクと血を流しているが、命に別状はなさそうだった。

 

 

「まだ寝ているのかしら? いい加減起きなさい馬鹿ッ」

 

 

パチッとアリアが大樹の頬を叩くが無反応。その時、優子は思い出す。

 

 

「大樹君って……キスを我慢していた……」

 

 

「そ、そうね。複雑だけど血を流してまで我慢してたわ」

 

 

「どうやって我慢したのかしら……」

 

 

「……どういうこと? 血を流すほど歯を食い縛って……いえ、舌を噛んでいたほうが血が出やすいわね」

 

 

その瞬間、二人は気付いた。

 

 

大樹は舌を噛んで堪えていた。

 

 

そこにアリアの頭突きが命中した。

 

 

そして、この出血の量を考えると———?

 

 

 

 

 

「舌を噛み切ったの!?」

「舌を噛み切ったのかしら!?」

 

 

 

 

 

アリアは急いで大樹の脈を測る。しかし、

 

 

「ない……」

 

 

「嘘……でしょう……?」

 

 

よく見れば大樹の表情は穏やかであった。

 

しかし、大樹は最後に小さな声で言い残していた。

 

 

 

 

 

ホームズの人は、俺を殺すのが好きなのかな?

 

 

 

 

 

彼は、またまた死んだ(笑)

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

死人(大樹)視点】

 

 

 

 

「死んでたまるかああああああああああああああああああああああああああァァァァァ!!!」

 

 

「「きゃッ!?」」

 

 

死の淵から舞い戻って来た俺様! 復活ッ!!

 

緋緋神———いや、アレはアリアだと分かる。あの表情を見れば分かる。嫁検定一級に死角無し。

 

アリアの頭突きで死にそうになった。死んだけどね。【神の加護(ディバイン・プロテクション)】がオート発動しなかったら普通に終わっていたわ。

 

 

「会いたかったぜアリごばッ!」

 

 

「血を吐きながら近づかないで!?」

 

 

あれ? 感動の再会なのに拒否られたんだけど? 悲しい。

 

 

『大樹さん。オフューカスが最終防衛ラインを突破しました』

 

 

インカムからティナの報告がノイズ混じりで聞こえる。

 

 

「オフューカス? アルデバランが変態したアレのことか?」

 

 

『変態は大樹さんかと』

 

 

違う。変態違いだ。

 

 

「分かった。俺もそっちに向かう。せっかくハッピーエンドを迎えようとしているんだ。邪魔はさせねぇよ」

 

 

『では部隊を全部下げますね』

 

 

「ああ、頼んだ」

 

 

インカムの電源を切ってオフューカスが来るであろう方角を見る。目を凝らせば黒い影がユラユラと土煙の中で動いている。

 

 

「来い、【神刀姫(しんとうき)】」

 

 

ギフトカードから最強の刀を取り出し鞘を抜く。刀身の神々しい輝きが刀から溢れ出ているようだった。

 

 

「じゃあ、行って来るわ」

 

 

「待ちなさい!」

 

 

「ぐえッ」

 

 

颯爽とカッコ良く行こうとした矢先、アリアに襟首を掴まれた。

 

 

「な、何だよ?」

 

 

「……返しなさいよ」

 

 

「え? 何を?」

 

 

「———ッ!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐべらッ!?」

 

 

「下着に決まっているでしょ!? この痴漢! 恩知らず! 人でなし! 大樹!」

 

 

最後は悪口に入るんですかね?(困惑)

 

 

「だ、大丈夫だ! ちゃんと大事に取ってるから!」

 

 

「それが問題なんでしょう!?」

 

 

グギギギギギッ!!

 

 

「ギャアアアアァァ!? 折れる!? 折れちゃう!?」

 

 

後ろから首に手錠の鎖を回されスリーパーホールドを受けてしまう。首から嫌な音が聞こえるが、

 

 

「もう死んでもいいや……」

 

 

「何感動しているのよ!?」

 

 

アリアに抱き付かれているからです。スリパーホールド、サイコー!

 

 

「ほら、ブラとパンツだ」

 

 

「堂々と渡してんじゃないわよバカ!」

 

 

アリアの罵倒頂きました(歓喜)

 

 

「懐かしいなぁ……嬉しいなぁ……」

 

 

「大樹君!? 顔が真っ青よ!? アリアもやり過ぎじゃないかしら!?」

 

 

優子に言われたアリアはやっと大樹を解放して(ついでに手錠の鍵も盗んだ)廃墟のビルの物陰で急いで下着を付ける。

 

大樹は満足した表情で拳をグッと掲げる。

 

 

「小さくても、やはりおっぱいは柔らかくて最高だ!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

大樹の側頭部に一発の銃弾がヒットする。大樹は頭から血を流すことは無く、地面に倒れてしまう。

 

 

「ど、どうりでやけに大人しいと思ったら……!」

 

 

顔を真っ赤にしたアリアの右手にはガバメント。銃口から硝煙の匂いが漂っていた。

 

 

「わ、悪い……アリアに会えたのが嬉しくて嬉しくて」

 

 

「な、何よッ。緋緋神なんかと浮気して……もうあたしのことなんか———」

 

 

「そんなことはない!」

 

 

大きな声を張り上げる大樹。自分の胸に手を置いてアリアに向かって告白する。

 

 

「この世界で再会してから、ずっと心配して夜も寝れないくらいアリアのことを考えていた。救いたくて救いたくて仕方なかった」

 

 

「大樹……」

 

 

「今こうしてやっと出会えたことに……俺はすごく嬉しいんだ」

 

 

俺はアリアの体をまた抱き寄せる。アリアの体はとても小さくて、子どもようだった。でも、アリアのことは一人の女性として、好きな人として見ている。

 

 

「おかえりアリア。ずっと好きだった。これからも、好きだ」

 

 

「……………バカ」

 

 

 

 

 

「それで、いつまでイチャイチャするのかしら?」

 

 

 

 

 

 

その時、背後から苛立ちの声が聞こえた。

 

優子ではない。優子はむしろ俺たちの感動の再会に少し涙を流していたから。

 

ゆっくりと振り返ると、そこには笑顔の真由美が立っていた。

 

しかし、やっぱり目が笑っていないです、はい。

 

 

「ま、真由美……!?」

 

 

「大樹君が帰って来たことは知っていたわ。会いに行くのを我慢して、やっと報告という建前で会えると思っていたのに……これは一体どういうことかしら?」

 

 

「いや、あの、その、えっと、これは、ですね……前に言っていた嫁の……」

 

 

「ねぇ大樹? あたしも、この女のことが知りたいわ」

 

 

その時、アリアの声のトーンが変わったことを聞き逃さなかった。

 

振り返るとガバメントと俺の背中に突きつけて笑顔で俺に問いかけるアリアがいた。当然、目が笑っていないちくしょう。

 

 

「こ、こ、こ、ここ、ここここれは……………ッ!」

 

 

何を迷っている楢原 大樹。もう分かっているだろ。

 

これからどうすればいいのか……そうだ、俺はッ!!

 

 

「紹介するぜ真由美。こちらは俺の嫁である神崎・H・アリアだ!可愛いだろ!? そして紹介するぜアリア。こちらは俺の嫁である七草 真由美だ! 美人だろ!?」

 

 

「だ、大樹君……振り切ればいいって話じゃないわよ……」

 

 

優子に呆れられていた。というか「頑張って死なないでね」って言い残さないで。

 

 

「分かったわ大樹」

 

 

「アリア……分かってくれて俺は———」

 

 

「今この引き金は引くべきだとね……!」

 

 

何も分かっていらっしゃらなーい!

 

 

「ま、真由美は分かってくれるよな!?」

 

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

パアァっと俺の表情が救われたかのように明るくなる。

 

 

「えいッ」

 

 

真由美は俺の右腕に抱き付き、ニッコリと微笑んだ。

 

 

「ふぁッ!?」

 

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 

「初めましてアリアさん。()()()()()、七草 真由美です」

 

 

火に油を注いだああああああァァァ!!

 

アリアの表情も怖くなり、俺はガタガタと震えるしかなくなった。

 

 

「へ、へぇ……でも本当にそれは大樹が許したのかしら?」

 

 

「ええ、私のご家族にちゃんと挨拶したわ」

 

 

合ってるけどやめて!

 

 

「……そう」

 

 

怖い! アリアが怖い! 誰か! 助けて! ヘルプミー!

 

 

「だ、大丈夫だ! えっと、その———!」

 

 

脳をフル回転させてこの修羅場を乗り切る案を捻り出す。

 

 

「———アリアのママに、ちゃんと会ったから!」

 

 

意味は思っているようなこととは違うけどね。

 

 

「えッえッ? ママに……?」

 

 

「ああ、シャーロックのクソ野郎にはアリアを必ず幸せにするって言ったから」

 

 

「お、お爺様!? 生きているの!?」

 

 

「ムカつくくらい超元気だった」

 

 

ホント、あの野郎はムカつく。

 

アリアは二つの報告を聞いて喜び、涙をホロリと流して喜んでいた。

 

俺たちが和やかにアリアを見ていると、視線に気付いたアリアがハッとなる。

 

 

「ど、どうよ! やっぱり大樹はあたしのパートナーね!」

 

 

そうですねー。

 

 

「ならアリアさんはこのことを知ってるのかしら?」

 

 

な、何を言い出すつもりだ……俺はこれ以上真由美に手を出した覚えが———?

 

 

「大樹君、私の学校では異性に告白されてばっかりだったのよ」

 

 

「あれぇ!? 俺を売るスタイルになってね!?」

 

 

ちょっと待って!? 何でそんなことを言うの!?

 

 

「そ、それがどうしたのよッ。大樹は断ったはずよ。違うかしら?」

 

 

さすが俺の嫁! よく分かっているじゃないか! ちゃんと丁寧に告白を断ったよ。

 

 

「そういうところ、あたしの方がちゃんと分かっているんだから」

 

 

アリアは控えめな胸を張って威張る。超可愛いんだけど。

 

 

「果たしてそうかしら?」

 

 

おっと、不穏な空気が漂ってきました。

 

 

「それでも大樹君はね……やってはいけないことをしたのよ……」

 

 

「何したのよあんた!?」

 

 

「してないしてない! 真由美の嘘に決まっているだろ!?」

 

 

「いいえ、大樹君。これは真実よ」

 

 

真由美は告げる。

 

 

 

 

 

「私の二人の妹に、手を出したのだから」

 

 

 

 

 

「えええええええェェェ!?」

 

 

出してないよ!? 仲良くしただけだよ!?

 

 

「死になさい」

 

 

(のど)はヤバい! ヤバいから!」

 

 

アリアは俺を汚物を見るかのような目だった。ガバメントを喉に突きつけられた俺は急いで両手を挙げる。降参だ。

 

 

「大樹君……妹さんは中学生だったわよね……」

 

 

「魔法式を構築しないで優子! 死んじゃう! 【ニブルヘイム】は死んじゃう!」

 

 

「だからアリアさん。私が本妻なのよ」

 

 

「真由美の凄い解答に俺はビックリだよ!」

 

 

 

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

その時、オフューカスの咆哮が轟いた。

 

まるで空に浮かぶ最恐の要塞。

 

かつてアルデバランだった怪物の面影を残すかのような頭部がいくつも(うごめ)き、羽根を動かして飛んでいる。

 

 

「悪い。とりあえず結論から言うと全員愛しているから」

 

 

優子と真由美は頬を赤く染め、アリアは真っ赤になっていた。これが普段から言われている者と言われない者の差である。

 

 

「ところで黒ウサギはどこだ?」

 

 

「……今は、病院よ」

 

 

「……………そうか」

 

 

その時、大樹の雰囲気が変わった。

 

 

「俺の嫁に手を出したらどうなるか……あの野郎に教えてやらないといけないな」

 

 

単純な怒り。しかし、いつもの大樹が怒る場合、ここまで冷静ではない。

 

何かが違う。その違和感はすぐに分かった。

 

 

「だけど、アイツ(オフューカス)を救うのが俺の役目だ」

 

 

大樹の怒りに、憎しみが一切無かった。

 

彼はオフューカスの存在を許し、間違いを許さなかった。

 

 

「大方ガルペスの野郎に何かされたんだろう? 迷惑をかけて悪いが、俺ができることはその命を安らかに葬ることだけだ」

 

 

神々しく光る刀から紅い炎が渦巻き燃え上がる。そのまま炎に包まれた刀を空に向かって突き上げる。

 

 

「【紅椿(あかつばき)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

オフューカスに向かって放たれる業火。十字に広がり轟々と燃え盛る。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

「ッ! おいおい冗談だろ……!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

オフューカスが煉獄の炎を撃ち破った。オフューカスの体の周りには殻のように金色の障壁が作り上げられていた。

 

すぐに追撃の【紅椿】を飛ばすも、今度は金色の障壁に炎が飲み込まれた。

 

 

「ママ……」

 

 

ふとアリアが呟いた言葉に俺は聞き逃すわけにはいかなかった。

 

 

「ママだと? アリア、まさかと思うが———」

 

 

「最悪よ。あの化け物の中に、色金(イロカネ)が入っているわ」

 

 

アリアの報告に俺は舌打ちする。

 

ガストレアの体内に緋緋色金と同等。いや、それ以上の脅威を持った色金が入っている。金色の壁を見た限り、『金色金(キンイロカネ)』と言ったところか。

 

アリアがママと呼んだのは理由がある。

 

 

「緋緋神。そこにいるんだろ」

 

 

「ええ、緋緋神が泣いているわ。ママが苦しいって叫んでいるって」

 

 

色金については大体調べたが、詳しい話はしている暇はないようだ。

 

 

「……なら助けるしかないな。神の力を使えばあの障壁を一撃で壊せる。でもオフューカスどころか色金も壊してしまう」

 

 

「あの壁はあたしと緋緋神がなんとかするわ。もちろん、金色金も」

 

 

「さすがアリア。頼りになるぜ」

 

 

アリアは俺の隣に立ち、両手にガバメントを握り絞めた。

 

前方からガストレアがゆっくりと浮遊しながら進行する。これ以上、東京エリアに被害を出させない。

 

 

「優子。真由美。後は俺たちに任せろ」

 

 

「……そうね」

 

 

「任せるわ」

 

 

優子と真由美が微笑む。俺はグッと親指を立てて任せろとサインを送る。

 

 

「久しぶりに一緒に戦うわね。二人組でやることなんて全然なかったわ」

 

 

「ああ、ゲーム以来じゃないのか? 学校の」

 

 

「い、嫌なことを思い出させないでちょうだい……」

 

 

「ハハッ、悪い悪い。それじゃあ———」

 

 

大樹は刀を構え、アリアはガバメントを構えた。

 

 

「「———ミッション・スタート!!」」

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹とアリアが同時に踏み出した。

 

踏み出した瞬間、大樹の体はすぐにオフューカスの背後を空中で取る。音速を遥かに越えた光の速度は異常。オフューカスは気付かない。

 

 

「手加減しないといけないな……【無刀の構え】」

 

 

刀を握っていない左手でグッと握り絞める。

 

 

「【連撃(れんげき)神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

ドゴドゴドゴドゴオオオオオォォォッ!!

 

 

音速を越えた速度で何度も放たれる最強の連撃。金色の壁は無傷だが、衝撃の余波が廃墟街のビルを次々と倒壊させてしまう威力だった。

 

次元を何百と越えた力に、中にいたオフューカスは恐怖の悲鳴を上げる。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!?」

 

 

「緋緋神。力を貸しなさい。ママを……助けるわよ」

 

 

廃墟街の交差点の中心から緋色の輝きが溢れ出す。アリアは目を瞑り、緋色の炎を身に纏う。

 

俺が注意を引きつけたおかげでアリアを気にしていることができなかったオフューカス。

 

アリアの銃の銃身に紅蓮の炎を纏い、銃口をオフューカスに向ける。

 

 

「そうだ……ティナ! アリアと一緒に撃ち抜け!」

 

 

『ッ! 分かりました』

 

 

インカムに電源を入れて通信する。ティナの了承を得ると、『回帰の炎』から蒼い光が瞬く。ティナの狙撃準備が整った。

 

アリアはついに引き金を引く。

 

 

「【()(おどし)(ちょう)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

二つの緋色の炎が射出される。巨大な蝶のように、翼のように広がり、金色の障壁を包み込む。

 

 

『―――私は、一発の銃弾』

 

 

聞いたことのあるフレーズに驚く。これってレキと同じ……!?

 

 

『この銃弾は大切な人を守る為に。そして、救うために———』

 

 

「ティナ……お前……」

 

 

ティナと同じ気持ちになったような気がした。いや、きっと同じに違いない。

 

ずっとティナに助けれられていた。こんな駄目な俺のやり方に合わせてくれる。

 

その蒼い光に、俺は見惚れていた。

 

 

『―――【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】!!』

 

 

ドゴンッ!!

 

 

狙撃の音が遠くから響く。亜音速で放たれた弾丸は蒼く光り、音速の領域に突入する。

 

『シェンフィールド』を使った狙撃。ティナにとって1キロという距離は部屋のゴミ箱にゴミを投げて入れるくらい簡単なモノだった。

 

 

パアァアッ!!

 

 

蒼い光と緋色の光が混じり合う。青紫色の眩い光が強く反応する。金色の障壁を紫色に浸食し、撃ち破る。

 

 

パリンッ!!

 

 

盛大にガラスが割れる音が響き渡った。オフューカスはその光景に驚くが、反撃は早かった。

 

 

「クギャッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

何十を超える頭部が分裂してアリアに一斉に襲い掛かる。

 

 

「何度も俺の嫁に手を出してんじゃねぇぞ」

 

 

しかし、アリアの前には大樹が立ち塞がっていた。

 

 

「【黒烏(クロカラス)】」

 

 

大樹の体から黒い霧が散布する。散布された霧がいくつも収束し、漆黒の鳥を作り出す。

 

漆黒の烏は次々とオフューカスの頭部に向かって体当たり。霧が散布すると同時にオフューカスの頭部も破壊していた。

 

 

「ギフトカードには無いのに、吸血鬼の力は使えるのか。これは嬉しいぜ」

 

 

大樹は刀を握り絞め、アリアと背中を合わせる。アリアも銃を構えて周りを警戒する。

 

【黒烏】で大樹が破壊した頭部。その肉片が地面に落ちているが、動いていた。

 

 

「嫌な予感がするな……まさかと思うが……」

 

 

「色金がそこらじゅうに撒かれているわ。怪物の中で金色金はバラバラにして、全身に力を貰えるようにしている」

 

 

オフューカスの体は金色金がたくさん詰まっていた。色金同士が共鳴し合えるように、バラバラにすることで

一部が離れても効力が失われないようにされてあるのだろう。

 

やがて地面で蠢いていた肉片は姿を変えて立ち上がる。人型のような化け物、獣型のような化け物。数は多く、囲まれてしまった。

 

 

「コイツらの体内にも色金があるってことか……斬れば斬る程増えるとか、詰みじゃねぇか」

 

 

「大丈夫よ。多分あたしたちの力なら一発だけで抑えることができるわ」

 

 

「多分って……金色金はそこまで強いのか?」

 

 

「緋緋神のママよ? 当たり前じゃない。色金の頂点、緋緋神や瑠璃神よりも強いのよ」

 

 

アリアたちが瑠璃神を知っているのはさっきの銃弾で気付いたのだろう。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

突如側頭部に狙撃された。たまらず地面に倒れそうになるがなんとか踏みとどまる。アリアは突然の出来事に驚いていたが、俺の無事が分かった瞬間、引いた。何でだよッ。

 

 

『大樹さん。通信です』

 

 

「インカム使おうね! 電源入れてなかった俺が悪いけど狙撃する必要ねぇだろ!? しかも当てるなよ!?」

 

 

『いえ、それは私が話をしたかったからです』

 

 

耳からでは無く、頭の中に声が響いた。この声は瑠璃神だった。

 

 

「瑠璃神……………ティナに言わせろよ!?」

 

 

『ちょ、直接お話がしたかったので』

 

 

「それでも頭に狙撃とか常識ねぇだろ!?」

 

 

「常識がないのはあんたでしょ」

 

 

「ちょっと静かにしてくれアリア。俺は常識人だ。むしろ一般人だ」

 

 

「……逸般人(いつぱんじん)

 

 

「誰が上手い事を言えと言った!?」

 

 

『感謝の言葉を言いたかったのです。緋緋神を救ってくれて……ありがとうございます』

 

 

「ああ、恩は仇で返されたけどな」

 

 

『あなた方が呼んでいる金色金を破る力をあなたに捧げます。あの時のように』

 

 

スルーかよ。というかあの時っていつだ? 何の話をしている。

 

その時、頭の奥からチリッとした熱い痛みが襲い掛かって来た。

 

 

「うッ……」

 

 

次第に痛みが激しくなるが、急に痛みは引く。だんだんと頭が温かくなるような感覚と視界がハッキリと見えるようになった。

 

 

「何だこれは……?」

 

 

「嘘……信じられない……!」

 

 

アリアが驚いた表情で見ていた。

 

 

「大樹から……色金の反応がある……!」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「いつの間にそんなモノを隠していたのよ!」

 

 

「隠していたって……俺はそんなモノ元々———!?」

 

 

言葉が止まる。俺は思い出してしまった。

 

 

 

 

 

俺の頭の中に銃弾が入っていること。

 

 

 

 

 

(シャアアアアアアアアアアアロックウウウウウウウウウウウゥゥゥ!!)

 

 

シャーロック・ホームズの仕業だと分かった瞬間、俺は心の中で叫んだ。

 

そうだよ! 撃たれたんだよ殺されたんだよ! 絶対アレだ! あの弾丸、絶対に色金だ!

 

あの野郎、このことを()()()()()()のかよ!

 

 

「ふぅ……あの鬼畜探偵野郎は一度痛い目にあわせるべきだな」

 

 

「もしお爺様に手を出したら、嫌いになるから」

 

 

「シャーロック万歳!!!」

 

 

クソッ、陰でネチネチ嫌がらせするしかなくなったじゃないか。まずは靴に噛んだガムを入れよう。次は机の向きを逆にして、その次は廊下でわざとぶつかる。陰湿な悪戯だな。

 

 

「それでアリアさん。何故俺の頭に向かって銃口を向けているの?」

 

 

「ん、気にしないで」

 

 

「大いに気にするよ!? 一度死にかけているからこっちは気にしないといけないから!?」

 

 

「ん、生き返るでしょ」

 

 

「できるけど死にたくない!」

 

 

「……ん」

 

 

「『ん』じゃねぇえええええェェェ!? 頼むから撃つな!」

 

 

「ちょっと気が散るでしょ。ビーム出すのに時間がかかるから」

 

 

「頭木端微塵じゃねぇか!? さすがに無理がある! ソレで一回殺されかけているから!」

 

 

「もううるさいわねッ! 今から緋緋神の力を送るのよ」

 

 

最初からそう言ってくれよ……殺されるかと思ったわ。

 

 

「失敗したらごめん」

 

 

「俺の命軽いなオイ!? というかそんなことできるのか?」

 

 

「多分」

 

 

怖い。流れて的に失敗しそうで怖い。

 

 

「でも瑠璃神ともう適合できているし、大丈夫よ」

 

 

アリアの目線を辿ると、俺の刀を見ていた。刀に蒼色の炎が渦巻き燃えていた。

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

「ギギャッ!!」

 

 

「うおっと!」

 

 

突如襲い掛かって来た人型のガストレアに向かって縦に斬る。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

斬撃はガストレアの背後にあった廃墟ビルごと薙ぎ払い、燃やし尽くした。

 

さらに斬撃の余波で近くにいたガストレアも燃やし尽くされ、一刀両断されていた。

 

あまりの強さに俺は唖然。軽く斬ったつもりが、こんなことになるとは思わなかった。

 

 

「大樹、今から緋緋神の力を送るわよ」

 

 

「待て待て! もう十分だ! オーバーキルだ! これでオフューカス屠れるから!」

 

 

「まだ足りないわ」

 

 

「どんだけ俺を強くする気だ!?」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

無慈悲な銃声が響き渡る。まさかのゼロ距離からの射撃に俺は諦めた。

 

額が熱い。単純に熱い。普通に火傷だな。

 

次第に脳の奥も熱を帯びた様に熱くなった。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

大樹の額から緋色の炎が燃え上がる。黒い髪が変色し、アリアと同じ緋色に染まっていく。

 

刀の刀身に緋色の光が神々しく輝く。大樹の体の傷が全て癒され、皮膚が元通りになった。

 

 

「これが……色金の力……!」

 

 

「凄いわよ大樹。あんた、あたしまでとはいかないけど、適合しているわよ」

 

 

悪戯に成功したかのようなアリアの笑顔に俺はフッ微笑む。

 

ギフトカードから【神影姫】を取り出し、左手に持つ。

 

 

「この力をオフューカスにぶつければいいんだな?」

 

 

「ええ、簡単でしょ?」

 

 

「ちょっとチャージに時間が掛かりそうだな」

 

 

俺はアリアに背中を預け、アリアは俺に背中を預けた。

 

 

 

 

 

背中合わせ(バック・ツー・バック)。信頼し合った俺たちならできる。

 

 

 

 

 

「どうやら待ちきれないみたいだぜ? 敵も色金パワー全開だ」

 

 

「コイツらには風穴開けまくってよし!」

 

 

「景気がいいな! なら遠慮なく背中を預けろ! 俺も預けるからよ!」

 

 

「当たり前よ! 頼りにしているんだからね!」

 

 

同時にニッと俺とアリアは笑う。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

「「「「「シャアッ!!」」」」」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

オフューカスの頭部が全て復活し、獰猛で大きな口を開いて金色の巨大なレーザーを射出した。肉片のガストレアも同じように口を開いてレーザーのようなモノを射出する。

 

 

「一刀流式、【受け流しの構え】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

刀を抜刀して横に薙ぎ払う。緋色の炎を渦巻かせて壁を作り出し、俺とアリアを金色のレーザーから身を守る。

 

 

「【鏡乱(きょうらん)風蝶(ふうちょう)】」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

炎の壁が金色のレーザーを跳ね返し、辺りに拡散する。いくつかのレーザー光線はガストレアに当たってしまい、絶命していた。

 

金色のレーザーが全て消滅、役目を終えた緋色の炎が消える。

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

消えた瞬間、中からアリアが緋色の弾丸がガストレアを撃ち抜いた。

 

ガストレアの体内に隠された金色金は力を無くし、再び肉片となって崩れ落ちる。

 

 

「一発でも当てれば終わりね。楽勝じゃない」

 

 

「マジか。ぬるゲーじゃん」

 

 

そう言って挑発した瞬間、ガストレアが飛び掛かって来た。

 

 

ザンッ! ドゴンッ! ガキュンッ!

 

 

飛び掛かって来たガストレアを刀で斬る。撃つ。背後の敵は全てアリアに任せた。

 

緋色の刀身で敵を斬れば勝手にバラバラになる。銃弾を当てれば大きな風穴が出来上がり崩れる。

 

脆い。色金の力が無ければこうはいかないだろうが、緋緋色金と瑠璃色金は金色金に(まさ)っていた。

 

 

「緋緋神が言っているわ。ママが抑えている間に助けてって」

 

 

「言われなくても、分かってるさ」

 

 

敵の攻撃が激しくなる。飛びかかって来る敵の数が多くなり、レーザーは弾幕のように撃たれる。しかし、俺たちは動揺一つしない。

 

大樹はレーザー光線を全て斬り落とし、アリアは確実に敵を撃ち抜いた。攻防一体の二人に死角はない。

 

 

「大樹!」

 

 

「おう!」

 

 

アリアはガバメントを真上に投げ、俺の両肩を掴んで逆立ち。上から降って来る敵を両足で蹴り飛ばす。その隙を逃がさないように【神影姫】で飛ばされたガストレアを撃ち抜く。

 

 

「よっと」

 

 

両肩を掴んでいたアリアの腕を掴み、上に軽く飛ばす。アリアは投げた銃をキャッチし、物陰に隠れて奇襲を仕掛けようとする敵の頭を撃ち抜く。

 

 

右刀(うとう)左銃(さじゅう)式、【臨界点(りんかいてん)(ぜろ)の構え】」

 

 

その瞬間、俺の見ている世界が止まる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

緋緋神と瑠々神から借りた力を込めた弾丸を見える敵の数だけ放つ。しかし、弾丸は空中で静止していた。

 

スーパースローの世界ではない。止まった世界だ。自分だけがゆっくりと動ける世界。

 

自分の目に神の力を宿しただけ世界が漠然と変わる。神の力は、人類(俺たち)の常識を覆す。

 

 

「【終焉(ラスト)(ゼロ)】」

 

 

そして、斬撃を一閃する。

 

 

キンッ……

 

 

抜刀した刀を鞘に戻す。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!!

 

 

斬られた弾丸がガストレアの目の前で爆散。緋色の炎が一帯に燃え上がり、ガストレアを焼却する。

 

廃墟街が一気に火の海に包まれるが、酷い光景ではなかった。

 

ある者はそれを美しいと見惚れた。ある者は神々しいと涙を流した。

 

緋色に染まる空と緋色に染まる地。緋色の光景は、綺麗だった。

 

 

「……あたしがいる必要、あったかしら?」

 

 

「時間稼いでくれなかったらできねぇよこんなこと」

 

 

アリアが大樹の隣に着地すると同時に緋色の炎は全て消える。

 

辺りは無に還り、ガストレアは全て消え去っていた。

 

 

「残るはオフューカスだけ。今の攻撃でも金色金は耐えやがったしな」

 

 

オフューカスにも攻撃を当て爆散させたが、もう既に半分以上再生し切ってしまっている。

 

ブクブクと泡を吹き出し、気色悪い産声を上げる。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!」

 

 

オフューカスは誕生の咆哮を轟かせる。スコーピオンより強いとか聞いてねぇぞ。元々ステージⅣだったクセに……常識破りだな。

 

神の力で一瞬でケリを付けることはできるが、それでは金色金が救えない。方法はやはり緋緋神たちの力を借りること。

 

もう一度溜めてみるか? さっきの一撃でも無理となると厳しいが……やらないよりマシか。

 

 

「……大樹。緋緋神に変わるわ」

 

 

「……大丈夫なのか?」

 

 

「ええ、信頼して問題ないわ。緋緋神のことも、全部分かったし」

 

 

アリアは緋緋神を理解できて、許せる存在になったのか。嬉しいことだ。

 

 

「弱みも握ったし」

 

 

……………へぇー。

 

アリアの言葉を聞かなかったことにしていると、アリアの首がカクンッと下を向いた。変わったのか?

 

 

「……大樹。はや———」

 

 

「続きは無し。状況を考えろ」

 

 

「———チッ」

 

 

またアリアに殺されるだろ? 諦めな。

 

 

「あたしの色金を覚醒する。そうすれば大樹の色金も覚醒するはずだ」

 

 

「……なるほど、【共鳴振動(コンソナ)】か」

 

 

片方が覚醒すると共鳴する音叉のように、もう片方も目を覚ます性質がある。シャーロックはそんなことを言っていたことを思い出す。

 

 

「だから感情を激しく燃やす必要がある」

 

 

「美琴から聞いたけど、俺が死んだ時に覚醒したんだよな……まさか死ねと?」

 

 

「凄い曲解だな……アレはアリアが……いや、言っていいだろ?」

 

 

どうやら中でアリアと緋緋神が話し合っているようだな。答えは何だ?

 

 

「あたしは言うぜ。アリアが愛する人が死んだから、哀しみの感情が爆発したんだ」

 

 

「ほう……愛する人ねぇ……」

 

 

ニヤニヤと俺と緋緋神はにやける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「あッ」

 

 

「おぶッ」

 

 

緋緋神が驚いた表情で俺の腹を殴っていた。どうやらアリアの仕業みたいだ。

 

 

「あー、忘れろって怒ってる」

 

 

「俺も愛してるからな、アリア」

 

 

「……あたしは?」

 

 

「そんなことは置いといて、覚醒するにどうすればいい?」

 

 

「そんなこと!?」

 

 

緋緋神はショックを受けていたが、すぐに説明する。

 

 

「何でもいい。感情を爆発させれば問題無い」

 

 

「感情……」

 

 

怒らせても悲しませても嬉しくさせても———つまり何してもいいというわけですね!(意味不)

 

 

「あたしは精神集中するからまた戻るぜ———忘れないさい」

 

 

「無理でーすッ」

 

 

はい、アリアが帰って来たよ。俺は両手を挙げてアリアに銃を降ろすようにすぐになだめる。

 

 

「さて、どうしようか」

 

 

「変なことをしたら風穴」

 

 

「分かった。じゃあとりあえず服を脱ごうか?」

 

 

「あんたの変なことの定理が分からないわよ!?」

 

 

「羞恥心爆発」

 

 

「あんたを爆発させてあげるわよ……!」

 

 

怖い。でも羞恥心に近い感情を爆発させるのが一番だと俺は思う。

 

 

「アリア」

 

 

俺は片膝を地面に付けてアリアの右手を握る。

 

 

「な、何するつもりよ……」

 

 

「俺は生涯、アリアを守り続けることを誓う」

 

 

「しょ、しょーがい!?」

 

 

「この命……いや魂が消えるまで、俺は守り続ける」

 

 

「~~~ッ!?」

 

 

「絶対に離さない。ずっと俺の傍にいろ」

 

 

そう言ってアリアの手の甲に一瞬だけ口を当てた。

 

アリアが口をパクパクとしながら顔を真っ赤にする。

 

最後に、偽りの無い本物の言葉を口にする。

 

 

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 

 

その瞬間、アリアの髪の色がさらに輝きを増した。

 

それに答えるかのように緋色の炎を纏った刀の輝きも轟々と激しくなる。

 

共鳴振動(コンソナ)】———成功。

 

立ち上がりオフューカスのいる方向を向く。

 

 

「よし、じゃあちょっと行って来るわ」

 

 

そう告げるとアリアは下を向いたままコクンっと頷いた。マジで可愛いんだけど? 今すぐ愛でたい。

 

地面を蹴り飛ばし跳躍。背中から黄金の翼が広がる。

 

収束する———緋緋神の力が———瑠々神の力が———神の力が。

 

 

「救ってやるよ」

 

 

緋色に染まる刀。それを、オフューカスに振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【緋寒桜(ひかんざくら)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緋色の火柱が雲を突き抜けた。

 

 

この戦争を終わらせる、最後の一手となった。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……チッ」

 

 

木々の隙間から見える巨大な火柱を目撃した男は苛立ちをあらわにしながら舌打ちをする。

 

足元にはボロボロのリュナが倒れており、気絶していた。

 

 

「戦争も無事に終わった。これでもシナリオ通りって言うのかよ」

 

 

男は足でリュナの体を揺する。しかし、意識が戻る気配はない。

 

 

「……もういいか。結構終わっているし、時間の問題か」

 

 

男は諦めてそのままリュナを見捨てる。その場を後にした。

 

 

「あと一人。いや、二人になるのか? ここまで長かったからな」

 

 

そして、ニヤリと笑う。

 

 

「気付いていないうちに、死んでもらう。それがいいか」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……起きたら日付が一週間進んでいた。これはよくある出来事」

 

 

いつの間にか病院の衣服に着替えていることもあるある。ベッドの上に寝て点滴を打たれていることも分かっている。

 

 

「でも、隣に黒ウサギがいることは普通じゃねぇ」

 

 

「ま、まぁ……ソウデスネ」

 

 

そう、隣のベッドには黒ウサギがいるということだ。

 

俺と黒ウサギは同時に溜め息を吐く。俺は黒ウサギを守れなかったことに後悔、黒ウサギはやられてしまったことに後悔。

 

お互い落ち込んでいた。

 

 

「大丈夫なのか? 俺がマッサージしてあげようか?」

 

 

「セクハラですよ……一週間も寝ていたのにどうしてそんなに元気なのですか?」

 

 

「まぁここ最近ずっとまともに寝れなかったからな。体力回復、いつでも俺はフルマラソンできるぜ!」

 

 

テヘペロっと可愛く反応すると黒ウサギにジト目で見られてしまった。呆れられていますね。

 

 

「それに外傷は無し! 今までの戦闘と比べたら一番元気だぜ?」

 

 

「ですが中はグチャグチャですよね?」

 

 

「何故知っている!?」

 

 

「お医者様が怖がっていたからですよ……」

 

 

神の加護(ディバイン・プロテクション)】の副作用。もうッ、中も元通りにしてよね! 吐くの辛いんだよ!? グロ18禁だよ!?

 

 

「ある意味黒ウサギより重傷でしたよ。黒ウサギは恩恵が守ってくれたというのもありますが」

 

 

「俺にそんな恩恵は無い!」

 

 

机の上に置いてあったギフトカードを黒ウサギに見せつける。

 

 

【神刀姫】

 

【神影姫】

 

【神格化・全知全能】

 

秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)

 

天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)

 

【緋緋色金】

 

【瑠々色金】

 

 

(すごく増えてる!?)

 

 

黒ウサギは驚愕した。増えている数が一つどころではないことに。

 

 

「はぁ……俺も自分の体を守ってくれる恩恵が欲しいぜ」

 

 

「ちょっと大樹さん!? 十分過ぎるくらい強い恩恵があると思うのですが!?」

 

 

「気のせいだろ」

 

 

「違いますよ!? 絶対に違います!」

 

 

「じゃあ木のせい」

 

 

「人のせい……じゃなくて木のせいにしないでください!」

 

 

「じゃあ誰が悪いんだよ」

 

 

「大樹さんですよ!」

 

 

「ありえねぇ……!」

 

 

「何故信じられない表情をするのですか!? 一番の原因ですよ!?」

 

 

いやー久しぶりのやり取りに感動だわ。やっぱり黒ウサギいじりは最高です。いじりすぎたらダメだけど。

 

 

「機嫌直してくれよ? 久しぶりに会えて嬉しかったんだよ」

 

 

「知りませんッ。黒ウサギがどれだけ心配したと思っているのです」

 

 

「俺は毎晩みんなの写真を見なかったら多分死んでた」

 

 

(大樹さんの方が重かった!?)

 

 

「戦闘で写真が全部血塗れになって破れた時は絶望したぜ……」

 

 

「そ、そうですか。……えっと」

 

 

黒ウサギは横目でチラチラと大樹を見ながら尋ねる。

 

 

「だ、誰の写真を持って……いかれたのですか?」

 

 

「さぁ? 忘れた」

 

 

「全然大事じゃないですか!!」

 

 

「うん」

 

 

「あっさりし過ぎですよ!?」

 

 

あーマジで楽しい。黒ウサギとの会話はホント楽しい。

 

平和だ。幸せだ。最高ッ。

 

……………あー、どうしよう。あー、困ったな。

 

タイミング逃したしなぁ……どうしようかなぁ……。

 

 

 

 

 

黒ウサギの()()()()()()こと、いつ触れようか。

 

 

 

 

 

何故無いのだろうか。今の黒ウサギ、新鮮で綺麗で可愛いよ。でも違和感バリバリ全開なんだよ。

 

もしかしたら触れて欲しくないのかもしれない。そうだよ、触れないでおこう。

 

 

「それにしてもビックリしたぜ。ボロボロにやられたって聞いた時は」

 

 

「黒ウサギもウサ耳を疑ったのですよ」

 

 

そのウサ耳が無いんだけどなぁ……!?

 

もしかして触れて欲しいの? それなら少しずつ触れて見るか?

 

 

「えっと、黒ウサギの髪はやっぱり綺麗だよな」

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

「髪型を変えるのもありかもな。ツインテールとか! ウサ耳みたいにさ!」

 

 

「もうッ、それではウサ耳が四つになってしまいますよ?」

 

 

ならないんだけどなぁ……!?

 

あれぇ? まさか気付いていないことはないと思うんだが……だって黒ウサギが起きたのは5日前。当然ウサ耳が消えていることには気付いているはず。気付かなくてもお見舞いに来た優子や真由美。アリアが指摘するはずだ。

 

結論、ウサ耳が無い事は知っている。しかし、触れて欲しくない。これだ。

 

 

「えっと……大樹さん」

 

 

「ん? どうした?」

 

 

遠い目で外を眺めながら苦いコーヒー飲んでいると、黒ウサギが頬を赤く染めながら気まずそうに尋ねてきた。

 

 

「あ、アリアさんとその……キスしたのは……本当なのですか」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

コーヒーを吹き出しながら驚愕。タイミングはわざとですか!? コーヒー勿体ない!

 

 

「し、してないしてない! したかったけどしてないから!」

 

 

「えッ」

 

 

ドサッ

 

 

その時、部屋の入り口にコンビニの袋が落ちる音が聞こえた。

 

入り口を見ると顔を真っ赤にしたアリアとジト目をした優子と真由美が立っていた。黒ウサギは固まっている。

 

 

「あ、あーあのーのーのーですねー……………フッ、殺せ」

 

 

果物ナイフを机に置き、俺はベッドに寝た。一周回って察した。いつでも死ねる。というか死なせて。

 

 

「……別にいいわよ。大樹君がそういう人だっていうこと知っているから」

 

 

「ぐふッ」

 

 

優子のダメージはでかい。

 

 

「そ、そうやって誰でも仲良くする女たらしですもんね」

 

 

「がはッ」

 

 

黒ウサギのダメージもでかい。

 

 

「こうして大樹君は好きな人に嫌われるのでした。めでたしめでたし」

 

 

「ごばはッ!!??」

 

 

真由美のオーバーキルに吐血。ベッドが赤く染まり、そのまま地面に転げ落ちる。

 

 

「よ、容赦ないわね……さすがにアタシはそこまで言えないわ……」

 

 

「優子。こういう時は強く言わないとダメよ。」

 

 

「それには黒ウサギも同意ですが、強過ぎて血を吐いていますよ……」

 

 

ヨメニ、キラワレタ……! もう生きていけないよ……!

 

 

「ほら、いつまでもめそめそしないのッ」

 

 

「あ、アリア……!」

 

 

アリアに体を起こされ、優しさに感動してしまう。しかし、

 

 

「あッ……!」

 

 

俺と顔が近かったせいか、アリアは急いで距離を取ろうとした。それが問題だった。

 

 

ズルッ

 

 

「キャッ!?」

 

 

「うおッ!?」

 

 

アリアは俺の足に絡まり、そのまま俺に向かって倒れる。怪我をしないようにアリアの体を支え、自分から床に倒れるようにする。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「いてぇ!?」

 

 

後頭部が床に激突。鈍痛が走る。

 

 

ゴッ!!

 

 

「ぐえッ!?」

 

 

安定の追撃。アリアの体重が腹部に圧し掛かる。体重は軽いが、勢いがあるせいで痛かった。踏んだり蹴ったりだ。

 

そのままアリアも俺に重なるように倒れた。

 

 

むにッ

 

 

「んぐッ?」

 

 

顔を覆うように何かが当てられた。何だ? この柔らかい感触は? 

 

少しだけ膨らみがあって、いい香りがして———!?

 

 

(あッ……これアカン……)

 

 

悲しいのかな? 嬉しいのかな? 経験則で分かってしまった自分にムカつく。喜怒哀楽、いろんな感情が渦巻いた。

 

うん、これ……アリアの胸だわ。

 

 

「な、なな、ななな……!」

 

 

きっとアリアは顔を真っ赤にして怒っているだろう。優子たちも怒っているだろう。

 

俺はゆっくりとアリアの体を起こし、胸から離れる。そして右手でグッと親指を立てた。

 

 

「ナイスおっぱい!!」

 

 

「風穴記憶破壊(デストロイ)!!」

 

 

そして、アリアの蹴りをくらった。

 

 

 

追記 完全記憶能力が勝ちました。記憶破壊は通じなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

ティッシュを鼻の両方に詰めて血を止める。俺は床にキチンと正座し、アリアと優子、真由美は俺のベッドに座った。

 

 

「まず緋緋神がどうしてこっちの世界に来れたのか話そう」

 

 

俺は分かりやすく説明した。

 

 

「単純に世界を繋いでいるだけ。以上だ」

 

 

「短いわよ!? ちゃんと説明しなさい!」

 

 

アリアに銃口でグリグリと頬をねじられる。痛い痛い。

 

 

「が、ガルペスの仕業なんだよ! 人間や物質が通ることができない極細の次元のパイプみたいなのを奴は作ったんだよ!」

 

 

構造は全く分からなかった。資料を見ても現代語でも古代文字でもない字が使われているせいで解読できなかった。一応記憶してあるので少しずつ解読するつもりだ。

 

 

「そこから緋緋神がアリアの体を伝っているのね」

 

 

真由美の言葉に俺は頷く。理解が早くて助かるぜ。

 

 

「ま、待って。それじゃあ……他の世界に行ったら……緋緋神はどうなるの?」

 

 

アリアの言うことに周りはハッとなる。次元のパイプがない世界に行けば当然緋緋神はアリアに乗り移れない。乗り移るなら原石が必要になる。

 

 

「……会えなくなるだろうな」

 

 

「そんな……」

 

 

「安心しろアリア」

 

 

俯くアリアに微笑みながら俺は自分の胸を叩く。

 

 

「俺に任せろ。というわけでカモン、原田」

 

 

「い、いつから気付いていやがった……」

 

 

入り口のドアがゆっくりと開く。ほぼ全身、包帯を巻いた男が現れた。

 

 

「ミイラ?」

 

 

「違う! 俺だ俺!」

 

 

何だよ。驚かせるなよ。気配が原田だったのに、出て来たのがミイラとか笑えねぇよ。

 

 

「とりあえずお前がいつギフトカードを手に入れたが知らねぇけど、ちょっとあっちの世界に行って来てくれよ」

 

 

「は、はぁ!? 何でそんな面倒なこと———」

 

 

「おい。黒ウサギのこと、ブチギレてもいいんだぜ?」

 

 

「———行ってきます!!」

 

 

シュバッと敬礼する原田。よかったな、俺が怒らなくて。

 

 

「ぐ、具体的に何をすればよろしいのでしょうか?」

 

 

「け、敬語……」

 

 

黒ウサギが可愛そうな目で原田を見ていた。同情してやるな。

 

 

「原石持って来い」

 

 

「……え?」

 

 

「緋緋色金持って来いって言ってんだよ」

 

 

「……………え?」

 

 

「あと瑠々色金もな。それと金色金もどうにかして持って来い」

 

 

「……日にちもかかるし、写真の大きさから見て結構無理が———」

 

 

「持って来い」

 

 

「———しゃあ! 持って来ます!」

 

 

こうして原田は約二週間、姿を消した。

 

 

「お、鬼ね……」

 

 

「優子。むしろアレだけで済ませた俺は天使だぜ?」

 

 

「何させるつもりだったのよ……」

 

 

「結局『俺に任せろ』と言いながら原田さんが頑張っているじゃないですか」

 

 

「ダメだぜ黒ウサギ。アイツは俺の手足となって動いているんだ。俺が動かしているから、全部俺のおかげだろ?」

 

 

「もう悪魔ですよ……!」

 

 

ゲスな笑みで笑う大樹は恐ろしかった。

 

 

「この問題は原田が帰って来てから。今はこの世界の一番の問題を考えようか」

 

 

俺は立ち上がり、窓から外の景色を見る。

 

 

 

 

 

そこは、荒れ果てた地に変わっていた。

 

 

 

 

 

ビルはほとんどが倒壊。道路は瓦礫やガストレアの死骸がまだ残っている。外に出ている者は誰もいない。

 

 

「あれから一週間経つのに……まだ変わらないのね……」

 

 

口を抑えながら真由美が呟く。

 

確かに人類は勝利した。しかし被害は酷く、壊滅一歩手前まで追い詰められていた。

 

人々は住む家を失い、食料ももう底が尽きそうになり、一種の地獄だった。

 

このまま放置すれば、東京は死の地に変わり果ててしまう。

 

 

「とりあえず明日から俺は作業に参加する。瓦礫除去作業、死骸除去作業、食料消費削減メニュー、復興作業、建築作業、子どもたちの世話に未踏査領域への食糧調達———」

 

 

「多いわよ!? 一人でやる気なの!?」

 

 

「優子のためと思えば行ける!」

 

 

「やめて!?」

 

 

優子が必死に止める。えー、じゃあやめておこうかな?

 

 

「じゃあ私も入ろうかしら? 大樹君、私のために働きなさい」

 

 

「はい喜んで!」

 

 

「真由美!? やめてあげて!」

 

 

「頑張ったら私と優子が……ご褒美をあげるわ」

 

 

「ちょっと今から行って来る」

 

 

「あげないわよ!? あげないからヘルメットとツルハシを置きなさい! というかどっから出したのよ!?」

 

 

「く、黒ウサギもあげますからね!」

 

 

「もうこれは行くしかねぇ!!」

 

 

「黒ウサギは何を競っているのよ!?」

 

 

「面白そうね……ねぇ大樹。あんた、あたしの奴隷にしてあげるわ。死ぬ寸前まで働いたらご褒美よ」

 

 

「い゛がぜでぐださ゛い゛……!!」

 

 

「嘘でしょ!? 涙を流すほどなの!? 何がそんなにいいのよ!?」

 

 

アリアの言葉がトドメとなった。優子はなんとか大樹を引き留め、安静に過ごすことを約束させた。

 

 

「はぁ……ご褒美が……」

 

 

「どうせ良い事じゃないわよ。アリアなんか踏まれるだけよ?」

 

 

「確かに価値は……ちょっとしかないな」

 

 

「ちょっとはあるんだ……」

 

 

思考がおかしいことに優子はドン引きだが、彼にとってそれが普通だと言うことにすぐに気付き、冷静になった。

 

 

「あら?」

 

 

何かに気付いた真由美が俺に近づき、俺の右側の側頭部の髪を触った。

 

 

「な、なんだ?」

 

 

「これ……髪の色が……」

 

 

「あ、ホントだ。変わっているわね」

 

 

優子も近づき髪に触れる。な、何だ!? 俺の髪に何が起きた!? ハゲちゃった!?

 

気を利かせた黒ウサギが手鏡で俺の髪を見えるようにする。

 

 

「お?」

 

 

髪の毛が数本、アリアと同じ緋色に染まっていたのだ。あの戦いが終わった後、普通に元通りになったと思ったが、どうやら残っていたらしいな。

 

 

「……悪いわね」

 

 

「え? 何が?」

 

 

アリアが俺から目を逸らしながら謝罪した。そのことに驚いた。

 

 

「一応、あたしのせいじゃない……」

 

 

「待てよ。まずこれは悪いことじゃねぇだろ? むしろ、同じ髪の色になったらお揃いだ。それはそれでアリ」

 

 

「そ、そう……ならそういうことにするわ……」

 

 

和やかな雰囲気になっているって? 周りの視線、結構痛いですよ?

 

 

「……今、何か思い出したわ」

 

 

今度は優子がわざとらしく何か気付いたような反応を見せる。何かって何だよ。

 

 

「えっと……………そうそう、そう言えば黒ウサギ。ギフトカード、返すわね」

 

 

今の沈黙で話題を考えたな。

 

 

「えッ、優子さんが持っていたのですか!?」

 

 

「ごめんなさい、勝手に使ってしまって」

 

 

「い、いえ! 恩恵が離れても使えないだけで無くなりはしません。なので返って来れば問題ないのですよ!」

 

 

そう言えば何で優子が黒ウサギのギフトカードを? 使えるわけないのに無くしていたのか?

 

 

「そ、そうなの? だから今はウサ耳がないのね」

 

 

俺も納得した。そういうことか。ウサ耳は一時的に消えているだけか。便利だな。

 

どうりでみんなが何も言わず、黒ウサギが何も言わないと思えば、知っていたなら俺に教えてくれよ。

 

 

「えッ?」

 

 

その時、黒ウサギの表情が凍り付いた。

 

ゆっくりと自分の頭に手を置きなでなで。なでなで。ポンポン。

 

黒ウサギはウサ耳が無くなっていることを確認した。

 

 

「う、うしゃ……黒ウサギのウサ耳が……!?」

 

 

おい、まさか!?

 

 

 

 

 

「無くなったのですよッーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

「「「「えええええェェェ!?」」」」

 

 

全員が同時に驚愕していた。みんな気付いていなかったの!?

 

黒ウサギは頭を抑えながら泣き崩れてしまう。

 

 

「というか教えてないのかよ優子たちは!?」

 

 

「だ、だって誰も触れないから……!」

 

 

「わ、私も……もう終わった話かと……!」

 

 

優子と真由美が困った表情で説明する。なるほど、みんな俺と同じことを考えていたんだな。アリアもうんうん頷いているし。

 

と、とりあえず落ち着かせないと……!

 

 

 

 

 

「うしゃ耳がないのですよッーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

あ、これ普通に大丈夫じゃないヤツだわ。

 




ついに解放されたギャグを入れた結果がこれだ。申し訳ありません。

ブラック・ブレット編はもう少し続きます。

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