どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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遅れた理由ですか? 多忙ですよ(モンハン)

謝る余地しかないですね。ごめんなさいすいませんでした。


掲げろ! 勝利の旗を!

———東京エリアの反撃は、世界の人類を震撼させた。

 

 

それは世界にとって脅威だと言える。逆境に立たされているにも関わらず東京エリアの攻撃は衰えるどころか、勢いを増していた。敵に回したくない国だと改めて認識された。

 

 

ガガガガガッ!!

ドゴンッ! ドゴンッ!

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

東京エリアに残った兵器を一つ残らず出し尽くす。惜しむ理由など無い。全力で叩かなければ、こちらがやられる。

 

雨のように弾丸を放ち続ける。火力兵器はしっかりと狙いを定めてガストレアに当てる。

 

血眼でガストレアを見つけては大声を出して報告する。決められた防衛ラインから一匹もガストレアの侵入を許さない。

 

 

「いいもん見せてくれるなぁ……ここは、あたしの大好きなモノが詰まった世界だ……!」

 

 

高みの見物をしているアリア———緋緋神は、頬を赤く染めてその光景に見惚れていた。

 

彼女の『幸せ』が満たされる。

 

 

「もうやめてアリア!」

 

 

だが、邪魔が入る。

 

飛行術式常駐型制御魔法を使った優子が緋緋神のいる空まで舞い上がって来た。

 

飛行魔法の継続時間は優子のサイオンが尽きるまで。しかし、彼女には神の力に匹敵する力———サイオンを枯渇させない【サイオン永久機関】が存在する。

 

つまり、優子がサイオン切れになる問題は無い。残る問題は、戦闘力の差をどう埋めるか。

 

 

「あたしは緋緋神、戦神だぞ」

 

 

そして、緋緋神から緋色の炎が溢れ出し、殺気が漏れた。

 

優子は震える体を必死に堪え、その場から逃げ出さない。

 

元々、こんなふうに戦うことは絶対に無いはずの世界で生きて行くはずだった。でも大樹たちと出会ってから、覚悟は決めていた。

 

だけど、みんなとバラバラになったあの惨劇。何もできなかったあの瞬間、守ることができなかったあの後悔。そして、二度と見たくない大好きな人の苦しそうな表情。

 

繰り返すわけには、いかない!

 

 

「アリア。今度はアタシが救うから」

 

 

「ッ!」

 

 

優子が取り出したのは黒ウサギのギフトカード。それを掲げる。

 

 

「木下 優子、主催者権限(ホストマスター)を使うわ!」

 

 

虚空から一枚の羊皮紙が出現。緋緋神の手元へと落ちた。

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム 【選ばれた者だけが知る秘密】

 

 

・主催者  木下 優子

・参加者  神崎・H・アリア

 

 

・ゲーム概要

 

1.主催者は3分経つごとに参加者に問題を出す。

 

2.問題は参加者が絶対に知っていることだけに限り、参加者の知らない問題の出題は不可。次の時間まで問題を出題することを禁じる。

 

3.参加者は60秒以内に解答する。問題に正解することができない場合、または制限時間を過ぎた場合は参加者の力を低下させる。

 

4.ゲ-ムは勝利と敗北が決する時まで続行。

 

 

・参加者側の勝利条件

 

 主催者の打倒。もしくは戦闘不能に近い状態にさせる。殺害は認めない。

 

 

・主催者側の勝利条件

 

 なし。

 

 

・参加者側の敗北条件

 

 制限時間内に主催者の打倒を失敗した場合。もしくは降参。主催者の殺害の場合も敗北となる。

 

 

・主催者側の敗北条件

 

 定められた時間内に参加者に対して問題を出題できなかった場合。

 打倒。もしくは戦闘不能に近い状態になってしまった場合。

 

 

宣誓 上記を尊重し誇りの下、ゲームを開催します。 無印 』

 

 

 

 

 

「これは……!?」

 

 

緋緋神は目を見開いて驚愕した。アリアの中からずっと見ていた光景。何が行われるか理解していた。

 

 

「問題」

 

 

「くッ!」

 

 

一秒も待つことなく優子は問題を口にする。緋緋神は表情を歪め、分の悪い戦いだとやっと気付く。

 

 

「答えれるなら、答えてみなさい」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「嘘だろ……!? 何で木下は主催者権限(ホストマスター)が使える!?」

 

 

優子と緋緋神の一連を見ていた原田は目を疑った。

 

箱庭でしか使用できなかったギフトゲーム。既に黒ウサギも使えないことを確認しており、戦略の一手と見ることは無かった。

 

だが目の前で起きてる光景は紛れもなく本物。優子の首に下げたペンダントが眩い光を放っている。

 

 

「一体……あのペンダントは……ゼウスは何を託したんだ……!」

 

 

優子を守り、強くしているペンダント。もはや神の力に匹敵する万能さを秘めている。魔法だけじゃなく、ギフトゲームまで使いこなせるとなると、黒ウサギを越えてしまっているのでは?

 

その時、脳にピリッとした感覚が走った。

 

 

「ッ! させるかッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

原田は大きく跳躍し、虚空に向かって膝蹴りを繰り出す。

 

手ごたえを感じ、ニヤリと笑う。蹴りを入れた瞬間、パッと隠れていた姿が瞬間移動したかのように現れた。

 

 

「ッ……………」

 

 

そこにいるのはリュナだった。無表情だが、わずかに眉をひそめている。まさか攻撃が来るとは思わなかったのだろう。

 

 

「お前の相手は……この俺だッ!!」

 

 

「無駄なことを」

 

 

バシュンッ!!

 

 

リュナは白い翼を展開。音速に近い速度で上に上昇して原田から距離を取る。

 

手に持っていた黒い弓の弦を引き、一本の光の矢を出現させる。

 

 

「【光の矢(フォトン・アロー)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

光の矢は地面に落ちた原田に向かって—―—

 

 

「【散光(ディフューズ・ライト)】」

 

 

———何千を超える光の槍となって解き放たれた。

 

原田は短剣を逆手に持ち変え、【神壁・紅の宝城】を発動する。

 

地面から空まで続く赤い光の壁が出現した。

 

 

バキバキバキバキッ!!

 

 

光の槍は赤い光の壁に降り注ぐ。しかし次第に赤い光の壁に亀裂が走り、あまり持たないことがすぐに分かる。

 

 

「まだだッ!!」

 

 

原田は短剣を地面に突き刺し、懐から紫色のカードを取り出す。

 

そのカードにリュナは驚き、声に出す。

 

 

「ギフトカード……!」

 

 

「あの日負けた屈辱。忘れるわけがねぇだろ!」

 

 

リュナと再戦する時までずっと残して置いた秘策。不意を食らった時はできなかったが、今は可能だ。

 

 

 

 

 

「来い! 【ヨルムンガンド】!!」

 

 

 

 

 

北欧神話の毒蛇の怪物の名を叫ぶ。ギフトカードから黒に近い紫色の光が辺りに分散する。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

地面に大きな亀裂が走り、その地から姿を現す。

 

黒い巨体が勢い良く地面から突き伸びる。荒々しい黒い鱗に獰猛なヘビのような顔はリュナに恐怖心を与えた。

 

体長はアルデバランより遥かに大きい。モノリスよりも巨大。

 

 

『我を再び、呼んだか……』

 

 

頭の中に低い声が響く。ヨルムンガンドの声だ。

 

 

「目の前にいる敵を食らい尽くせ」

 

 

『心得た』

 

 

原田の言葉に応じるかのように、ヨルムンガンドは咆哮を轟かせる。

 

 

ギャシャアアアアアアァァァ!!!

 

 

ヨルムンガンドの口周りに紫色の光が収束する。リュナは危機を感じ取り、急いで矢を放つ。

 

だが、リュナの行動は遅かった。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオォォォォォ!!!

 

 

超巨大レーザーの如く、ヨルムンガンドの口から紫の光線が放たれた。

 

放たれた矢は簡単に溶かし、そのままリュナと一緒に焼き尽くそうとする。

 

 

「くッ!?」

 

 

リュナの目の前に白い光の盾が出現する。ヨルムンガンドの光線が当たった瞬間、リュナの盾は一瞬も耐えることができず、粉々になった。

 

 

ズドンッ!!

 

 

しかしリュナの体は光線に飲み込まれることなく、そのまま地面に勢い良く叩きつけられた。

 

リュナの体は廃墟街のビル丸ごと一つ破壊するほどの勢いで落ちた。ヨルムンガンドの光線の威力がどれだけ強いか物語っている。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

復帰は早かった。ヨルムンガンドの追撃を恐れていたのかリュナはすぐに瓦解したコンクリートから身を出し、翼を広げて空を舞った。

 

 

「効いたか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ガチンッ!!

 

 

上からの襲撃。原田の短剣がリュナの頭上に振り下ろされた。リュナは黒い弓で受け止めるが、原田の方が一枚上手。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……」

 

 

無防備になった右腹に原田の回し蹴りが決まった。鈍い音が響き、リュナの口から空気が漏れる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

再び地に落とされ、灰色の土煙を巻き上げる。

 

原田はヨルムンガンドの頭の上着地して、煙を睨む。

 

 

「……おかしい。何で手ごたえを感じねぇんだ」

 

 

『何だと……?』

 

 

完全に決まったかと思われた攻撃。だが最初の膝蹴りのような手ごたえを感じない違和感に原田は汗を流す。ヨルムンガンドは原田の疑問に驚いていた。

 

 

ゴオッ!!

 

 

灰色の煙が吹き飛ぶ。中心にはかすり傷一つ無いリュナがそこに立っていた。

 

 

「展開、【悪夢の弓(ボウ・ナイトメア)】」

 

 

リュナの反対の手に、右手と同じような黒い弓が出現する。

 

 

「何をする気だ……!?」

 

 

『気をつけろ。良くないモノを感じる……』

 

 

原田とヨルムンガンドは警戒する。リュナの体から黒いオーラがユラユラと溢れ出す。

 

 

「【黒い矢(ダーク・アロー)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

二本の黒い矢が出現と同時に放たれる。

 

原田は避けることはできたが、嫌な予感がした。そのため【神壁・紅の宝城】をヨルムンガンドの周囲に展開させる。

 

しかし、二本の矢に恐ろしい現象が起きた。

 

 

フッ……

 

 

【神壁・紅の宝城】に当たった瞬間、黒い矢は弾けることなく消えたのだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

『何だとッ!?』

 

 

これには原田とヨルムンガンドは驚くしかない。すぐに周囲を見渡し黒い矢を探す。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、背後から爆音が響き渡った。

 

 

「……まさか!?」

 

 

そして、廃墟街を照らしていたサーチライトの光は一斉に消えた。

 

廃墟街が暗い闇に再び包まれる。悪天候のバラニウムを含んだ雲のせいでいつも以上に暗く、何も見えない。

 

黒い矢は回帰の炎に設置されたサーチライトを狙っていた。いや、リュナは最初からこれを狙っていた。

 

 

「やられた……! このままじゃ……!」

 

 

民警達が危ない。戦況が一気に不利な状況に落とされてしまった。

 

暗ければ敵を狙撃することもできない。暗ければ人間は敵を見つけれない。ただ相手に不意を突かれてしまうだけの状態に陥ってしまう。

 

それに比べてガストレアは人間より敏感。鼻や耳、目の利くガストレアがいれば圧倒的に有利な立ち位置に来てしまう。

 

すぐにリュナとの戦闘を離脱しようとするが、その足を止めた。

 

 

「……俺の役目は……リュナを止めることだ」

 

 

真由美に言われたことを思い出す。

 

 

『どんなことがあっても、こっちは任せて欲しいの』

 

 

必ずどうにかしてみせる。そう言ってくれた真由美を信じる。それに答えるべきだと原田は思った。

 

振り返らない。今、自分がやらなきゃいけないことをもう一度確認する。

 

 

「テメェの相手は、俺だぁッ!!」

 

 

短剣を強く握り絞め、(リュナ)に立ち向かう。原田はもう一度短剣を振り下ろした。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

突然の停電に民警や自衛隊は慌て始め、パニックに陥った。とにかく危険だと感じ取った者たちは後ろへと逃げ出し、ガストレアと戦うことを放棄した。

 

通信機も使えず、役に立たない。

 

 

「くそがッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ジュピターさんは散弾銃を何度もぶっ放し、バラニウム散弾をガストレアに浴びさせる。ステージⅠのガストレアはすぐに絶命するものの、目の前にいるステージⅡのガストレアはそう上手くいかない。

 

体長2メートル弱ある蟷螂(かまきり)のような姿をしたガストレア。両手には鋭い刃があり、コンクリートの壁だろうとも、スッパリと斬ってしまう。

 

恐ろしく速い斬撃をかわしながら逃げる。何度も避けることができているのは散弾銃のおかげだと言えよう。

 

しかし、カマキリのガストレアには全く効いておらず、効果が薄いようだった。

 

 

ザンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

ついに敵の鎌の刃先が背中に当たる。焼かれるような熱さが背中に走り、その場に転がる。

 

 

「ッ……ちくしょうがぁ」

 

 

無理矢理足に力を入れて走り出す。このまま逃げても逃げれない。

 

そう判断したジュピターさんは廃墟ビルに逃げ込む。ガストレアも後を追って来るが、その動きを止めた。

 

 

パシュウウウウウゥゥゥ

 

 

白い煙がガストレアの視界をジャックした。すぐに後ろに下がり、ガストレアは様子を見る。

 

建物に入る前にジュピターさんは煙幕筒を点火して、地面に転がしたのだ。

 

白い煙が建物内に満たされる。ガストレアは動きを止めていたが、入ることを決意した。

 

ガストレアがやっと建物に入った頃、ジュピターさんは急いで階段を駆け上がり、2階の奥まで来ていた。

 

コンクリートの壁に背を預け、荒い息を殺そうとするが、できなかった。

 

 

「はぁ……ぐぅ……けほッ」

 

 

血が地面に広がり、背中の傷が深いことを知る。もう登れる階段はなく、ガストレアは必ずここに来ることが容易に想像できる。

 

暗い闇の中、気持ちも沈み、全てを諦めたくなる。

 

 

「……?」

 

 

その時、空が明るくなったような気がした。崩れ落ちた壁から外を眺めてみる。

 

 

「ッ!」

 

 

そして、確かなモノに変わった。

 

 

空は、明るく輝いていることに。

 

 

目も眩むほどの光。輝きに思わず目を擦るが幻覚ではない。

 

光源は天を埋めるほどの数え切れない多さ。サッカーボール大の熱気球が空に浮いていたのだ。

 

 

「『幻庵祭(げんあんさい)』……!」

 

 

ジュピターさんはその光景を知っている。回帰の炎で毎年ひっそりと行われる祭り。かつてこの地で戦った英霊に感謝を捧げるようになったものだ。

 

ここまで大規模になったのは見たことが無い。膨大な人数が参加しなければこんな素晴らしいことにはならない。

 

 

「ハハッ……綺麗だ……綺麗じゃねぇか……」

 

 

オレンジ色に染まる空。光の世界に涙を流す。

 

もうあの残酷な東京エリアではない。今、東京エリアにいる人々の意志は一つになっている。

 

 

「ギギッ……」

 

 

「ッ!」

 

 

ガストレアの声が聞こえた瞬間、ハッとなり現実に戻される。

 

階段の下からゆっくりとカマキリのガストレアは姿を見せる。目があった瞬間、心臓が潰されてしまうかのような恐怖に襲われる。

 

散弾銃はあと二発。足は動かず、背中は焼けるように痛くて立てない。

 

倒せる見込みは、もうない。

 

 

「俺が感染すれば……数は増える……!」

 

 

カチャッ

 

 

懐から拳銃を取り出す。銃口は———

 

 

「テメェに人殺しはやらせねぇよ……!」

 

 

 

 

 

———自分の左側頭部。

 

 

 

 

 

「ギッ……」

 

 

「クハハッ、悔しいか? 仲間が増えなくてよぉ……?」

 

 

銃を握った手がガクガクと震える。銃口を強く頭に抑えつけて震えを無理矢理抑える。

 

自殺する恐怖はある。しかし一番怖いのは自分がガストレアになって人を皆殺しにしてしまうことだ。

 

 

『ジュピターさん!』

 

 

詩希の声が頭の中に聞こえる。最後に聞いた幻聴の声は手の震えを止めてくれた。

 

フッと笑みを作り、詩希の顔を思い出す。

 

帰りたかった。でも、帰れない。申し訳ない気持ちと感謝の言葉が次々と心の中から溢れ出す。

 

 

「俺も……そっちに行くよ……」

 

 

死んだ家族たちのところに行ける。これ以上、幸せなことはない。

 

悔いは残る。それでも、この世界はアイツがなんとかしてくれるだろう。

 

 

「ギギッ!!」

 

 

「うるせぇよ……もう死ぬから最後くらい黙ってろ」

 

 

襲い掛かるガストレアを無視し、目を瞑り引き金に指をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

意識が覚醒する。目を開くとそこには一人の少女が自分を守るかのようにガストレアの前に立ち塞がっていた。

 

 

「何で……何でいるッ!?」

 

 

 

 

 

その少女は、詩希だった。

 

 

 

 

 

服はボロボロになり、ここに来るまでにどれだけ転び、どれだけ傷ついたのかを訴えている。

 

両手を広げ、戦うことのできない少女が、ガストレアを睨みながら涙のたまった鋭い目で威嚇する。

 

 

「やめろ……逃げろッ! 勝てる相手じゃない!」

 

 

「嫌ッ!!」

 

 

「ふざけるなよッ! お前が生きていないと俺は———!」

 

 

「死んじゃ嫌だ!!!」

 

 

悲痛な叫びにジュピターさんは言葉を失ってしまう。

 

 

「一人は……嫌だッ……!」

 

 

「ッ……!」

 

 

一人は嫌だ。

 

それはジュピターさんも味わった経験だった。

 

家族が全員ガストレアに殺され、一人になった自分。あの時の哀しみは酷く、心を痛め、何度も泣き叫んだ。

 

嫌だ。

 

俺も嫌だった。

 

帰った家に誰もいないあの日々。

 

嫌だ。

 

一人で過ごしたあの日々。

 

嫌だ。

 

一人でいるあの日々が。

 

もう失うのは、嫌だ。

 

嫌だ。嫌だった。嫌なんだ。もう嫌だッ!!

 

 

「ギギッ!!」

 

 

「ひぃッ!?」

 

 

「詩希ッ!!」

 

 

カマキリのガストレアは鎌を振り上げる。標的は当然目の前にいる詩希だ。

 

名前を叫んだ瞬間、銃口をカマキリのガストレアに変えた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「グギッ!?」

 

 

頭部に銃弾が命中する。その瞬間、ジュピターさんの体はガストレアに向かって走り出していた。

 

考えるよりも、先に体が動いた。

 

詩希に……詩希に……詩希に……!

 

 

 

 

 

「手を出すなあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!!

 

 

「グギギャッ!?」

 

 

拳銃に込めた弾丸を全部使い切る。ガストレアに全て命中させて怯ませる。

 

 

「あああああァァァ!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

全身の力を込めた右手の拳でカマキリのガストレアの頭を殴る。

 

頭部を揺らされたガストレアはバランスを崩してよろける。

 

 

「このクソ野郎ッ!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

そのまま細い首を右手で掴み取り、地面に押し付ける。そして反対の左手に握っていた散弾銃を無理矢理ガストレアの口の中に突っ込む。

 

 

「ゴギギャッ!!」

 

 

「黙れえええええッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

バシュンッ!!

 

 

まずは一発。暴れるガストレアの頭部は汚く飛び散り、気味の悪い液体が体中に付着する。

 

 

「うあああああァァァ!!」

 

 

グシャッ!!

ドゴンッ!!!

 

 

そして、叫びながらそのまま首の喉奥まで突き刺し、引き金を引いた。

 

重い銃声が響き渡り、カマキリのガストレアの体が暴れ出す。

 

 

「いい加減にしろよッ……!」

 

 

散弾銃を引き抜き、残弾数は0になった銃。ジュピターさんは銃を大きく振り上げ、叫ぶ。

 

 

「クソッタレがあああああァァァ!!」

 

 

ドシャッ!!

 

 

銃の銃身でガストレアの体に叩きつけた。

 

ガストレアの体は気持ちの悪い音と共に絶命し、動きを永遠に止めた。

 

同時に粉々になった銃を見て少しずつ冷静になる。

 

 

「はぁ……! はぁ……ぐぅ……!」

 

 

壊れた銃から手を放し、後ろに下がり倒れる。生きてる心地が全くせず、呼吸がだんだんと小さくなる。

 

 

「ジュピターさん!!」

 

 

「はぁ……! はぁ……! この大馬鹿がッ……!」

 

 

涙をボロボロと零しながら抱き付く詩希の頭を撫でようと思ったが、自分の手がガストレアの体液まみれになっていることに気付き、その手をひっこめた。

 

 

「いいから……逃げるぞ……かはッ!」

 

 

「怪我がッ……うぅッ……!」

 

 

強がって立ち上がったが、痛みは予想以上に苦痛を伴い、口から血を吐き出してしまった。

 

詩希が嗚咽を抑えながら大泣きする。しかし、手を貸すことだけはやめない。

 

ズルズルと片足を引きずらせながら建物から出る。周囲にガストレアは見当たらないが、人もいない。

 

これ以上の戦闘は続行不能。あとは神に祈りながら拠点に戻る。

 

……歩き出してからどれだけの時間が経ったのか分からない。とにかく歩むスピードは遅く、まだまだ拠点には辿り着きそうには見えない。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、森の木々を薙ぎ払いながらこちらに近づく赤黒い物体が目の前に現れた。

 

鎧のような鱗にうねる長い体。大ムカデのようなガストレアだ。

 

脳が警告するかのように頭痛が酷くなった。考えなくても分かる。コイツはステージⅢだと。

 

 

「……逃げろ詩希」

 

 

頭部はこちらを向き、いつ食い荒らそうか考えている。

 

 

「い、嫌……!」

 

 

「元々死ぬ命だった。お前が救われるなら……」

 

 

ガチガチと歯を鳴らし、ゆっくりと近づく。しかし、もう足の震えは止まっていた。

 

 

「悪い。もう弾切れなんだ。俺は自殺できない。ガストレアにされちまう……」

 

 

「そんなの……駄目ッ……!」

 

 

「よく聞け鳥頭……お前は今、俺を殺せるか?」

 

 

意味の分からない質問に詩希は驚くが、すぐに首を横に振った。

 

 

「だったらガストレアは、殺せるな?」

 

 

「ッ! やる! 今ここで———!」

 

 

「違う馬鹿。その小さな頭ん中に、ちゃんと詰めろ」

 

 

ジュピターさんは告げる。

 

 

 

 

 

「絶対に、ガストレアになった俺を殺せ」

 

 

 

 

 

言葉を失った。

 

信じられない言葉に、詩希は動きを止めた。

 

 

「キシャアアアアアァァァ!!」

 

 

ついにガストレアは攻撃に出た。ムカデのガストレアはジュピターさんと詩希、同時に喰らおうとする。

 

 

ドンッ!!

 

 

「あッ……!」

 

 

胸に強い衝撃が走る。

 

ジュピターさんが最後の力を振り絞った。

 

詩希の体を押しのけ、ムカデのガストレアの攻撃が当たらない範囲まで押し飛ばされた。

 

 

「あぁ……!」

 

 

「覚えとけ詩希。お前も、俺の———」

 

 

ジュピターさんは詩希から目を離さない。例え目の前にガストレアが迫って来ても。

 

離さない。死ぬまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———愛する娘だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グシャッ!!

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

腕を覆いながら痛みに耐える蓮太郎。自分の前では延珠が怒涛の攻撃の連打が炸裂している。

 

蓮太郎と延珠が交戦しているのはビーボックスだった。偶然出くわした相手に幸運というべきか、不幸というべきか。

 

しかし、今倒すことができれば周囲のガストレアは統率が取れなくなる。ならば倒す他ないだろう。

 

 

ドドドドドッ!!

 

 

「蓮太郎ッ!?」

 

 

「ッ!」

 

 

ビーボックスのハチの巣のような穴から鋭利のトゲが無数に飛び出す。延珠の声に蓮太郎はすぐに反応し、横に跳び込んで回避する。

 

 

「クソッ、大人しくしやがれッ!!」

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

バラニウム弾を二発撃ちこむ。しかし、ガストレアは全く怯む様子は見られない。

 

延珠がビーボックスの周囲を走り回り混乱させる。その隙に蓮太郎はビーボックスの頭部を狙おうとする。

 

 

ブブブブブッ!!

 

 

その時、羽音が強くなる。

 

危機感を感じたビーボックスはすぐに上昇。逃げようとしていた。

 

 

「逃げる気かッ!」

 

 

「延珠! 追うぞ!」

 

 

『いいえ、追わなくていいわ』

 

 

延珠とは違う声。インカムを付けた左耳から木更の声が聞こえた。

 

 

『良い位置よ』

 

 

「あッ……」

 

 

蓮太郎は気付く。廃墟ビルの屋上に人がいることに。

 

それは木更だった。

 

 

「天童式抜刀術一の型六番———」

 

 

ダンッ

 

 

木更は屋上から飛び降り、ビーボックスに向かって落ちる。目玉が木更の姿を捉えるが、もう遅い。

 

 

「———【彌陀永(みだえい)垂剣(すいけん)】」

 

 

ザンッ!!

 

 

無数の巨大な斬線が空中に飛び散り、ガストレアと木更が交錯。

 

 

タンッ!!

 

 

木更は地面に着地し、剣を鞘に収める。その瞬間、

 

 

ズバンッ!!

 

 

ビーボックスから体液が飛び散り、肉片を粉々に散らした。悲鳴を上げることなく、その命を終える。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ビーボックスの巨体が地面に落ち、砂埃を巻き上げる。蓮太郎と延珠は目を見開いて驚愕していた。

 

速過ぎる。そして強過ぎる。木更の剣は、イニシエーターを、機械化兵士能力者を、超えている。

 

ステージⅣを一撃など、アイツ以外にありえない。

 

 

「里見君。アルデバランが後退したわ。急がないとこっちが手遅れになるわ」

 

 

「後退ッ?」

 

 

「アレを見れば分かるわ」

 

 

木更の指を指した方向。それは黒い巨大なヘビのような怪物。

 

先程、停電する前に突如現れた化け物に人類は絶望したが、原田が一緒にいるのを目撃してから、何とか落ち着くことができた。

 

彼もアイツと同じ規格外。相手も規格外。自分たちが入る余地など、どこにもない。

 

 

「アルデバランを含んだガストレアのほとんどが後退。後で必ず仕掛けてくるはずだから注意して進みなさい」

 

 

「分かった。行くぞ延珠」

 

 

この場は木更に任せて、蓮太郎と延珠は走り出した。

 

 

「……………」

 

 

蓮太郎たちが走り去った後、木更は32号モノリスがあった方向を睨む。

 

 

刀を強く握り絞め、瞳には『復讐』の炎が燃え上がっていたことは、誰も見ていない。

 

 

 

________________________

 

 

 

「行けボーイ!」

 

 

「失敗したら許さないんだからね!」

 

 

ドグシュッ!!

 

 

玉樹の新武器のグローブの棘がガストレアの腹部を貫き、弓月のクモの糸がガストレアの動きを停止させる。今の二人のコンビプレイはガストレアを圧倒できるほどの強さだった。

 

蓮太郎と延珠は足を止めることなくひたすら走り続ける。途中蓮太郎と玉樹の目と目が一瞬だけ合った。それだけで二人は通じ合っていた。

 

 

(助かる!)

 

 

(気にするな!)

 

 

蓮太郎と玉樹の口が少しだけ笑う。互いに助け合うことに満足していた。

 

廃墟街をしばらく走り続けると、広場のようなところに出る。中央には噴水があるが、今はガストレアが居座る玉座となっていた。

 

 

「グバアァシャアアアアアッ!!」

 

 

「ッ!? ステージⅢ!?」

 

 

ガストレアの隠し玉。敵はまだ強い戦力を出し残していたようだ。

 

恐らく(サソリ)を台としたガストレアだろう。黄色と白を混ぜたような薄い色をした鱗に鋭く禍々しい両手のハサミは全てを粉々にしてしまいそうだった。

 

一番の特徴である巨大な尻尾の長さは石柱のように太く、先のトゲから紫色の液体がポタポタと流れている。

 

 

「ストライプバークスコーピオン……!」

 

 

猛毒を持つ言われるサソリを目の前にした蓮太郎は苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

 

通常のサソリでも危険だとされるサソリがガストレアになってしまえばどうなるか。言うまでもない、あの滴る毒は超強力な毒だと予想がつく。

 

 

ドゴッドゴンッ!!

 

 

噴水の石を破壊しながらこちらにゆっくりと近づく。尻尾で間合いを調整し、右や左から逃げ抜けられないようにしている。

 

蓮太郎たちも警戒しながらサソリが自分の間合いに近づくのを待つ。

 

 

「ッ!? 蓮太郎ッ!」

 

 

いちはやく気付いた延珠が声を上げるが遅い。

 

 

プシュウウウゥゥッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

サソリの尻尾から吹き出された紫色の体液が蓮太郎に向かって放たれた。

 

不意を突かれた蓮太郎は避けることができず、延珠が伸ばす手も蓮太郎に届かない。

 

 

「世話かけんじゃねぇぞクソガキッ!!」

 

 

バシンッ!!

 

 

蓮太郎の目の前に黒い大剣を二本背負った大男が上から割り込んで来た。

 

大剣をバツ字のようにクロスさせ、紫色の体液を弾き飛ばす。

 

 

「しょ、将監!?」

 

 

割り込んできたのは伊熊 将監だった。蓮太郎は驚くが、すぐに迎撃行動に移す。

 

 

ダンッ!!

 

 

大きく踏み込み、液体をかわしながらガストレアに向かって走る。

 

ガストレアは両手のハサミで蓮太郎に向かって振るうが、

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

「グビャッ!?」

 

 

サソリのガストレアの目玉に弾丸が撃ちこまれた。バラニウム弾のせいで再生できず、その場で暴れることしかできない。

 

見らずとも分かる。近くに夏世が隠れて狙撃したのだ。

 

好機と見た蓮太郎はそのまま跳躍してガストレアの攻撃を逃れる。同時に延珠の名前を叫ぶ。

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

既に延珠は蓮太郎の真上まで跳躍しており、蓮太郎の名前を叫んだ。

 

二人は空中で手を繋ぎ、蓮太郎は力を込めて延珠を下にいるガストレアに向かって投げ飛ばす。

 

 

「いっけええええええェェェ!!!」

 

 

「はあああああぁぁぁ!!!」

 

 

蓮太郎が延珠を投げた瞬間、超スピードで延珠はガストレアに向かって放たれた。

 

それは一つの弾丸ように。延珠の蹴りがガストレアの背中に直撃する。

 

 

ズバンッ!!

 

 

「グビャバァアアアアアッ!?」

 

 

ガストレアの悲鳴が轟く。背中の鱗は粉々に砕け、体を大きくへこませた。

 

地面に倒れ、ガストレアは動きを止める。

 

 

タンッ

 

 

蓮太郎は着地して距離を取る。延珠もすぐに蓮太郎のそばまで逃げて来る。

 

 

「とっとと行きやがれ。コイツは俺がやる」

 

 

ゴゴゴッ……

 

 

サソリのガストレアはゆっくりと体を動かす。背中の傷は泡を吹きながらゆっくりと再生し始める。

 

 

「待て! コイツはお前らが簡単に倒せるような奴じゃ———!」

 

 

「行ってください里見さん。このガストレアは、私たちが相手をしなければなりません」

 

 

後ろから狙撃銃とショットガンを握った夏世が歩いて来る。背中に大きなトランクを背負っており、武器が大量にあることを教えてくれる。

 

 

「将監さん。今の攻撃で武器が駄目になったのでは?」

 

 

「チッ、溶けていやがるな」

 

 

刀身を失った二本の剣を投げ捨てる将監。夏世はトランクから銀色の棒を取り出す。その銀色の棒に蓮太郎は見覚えがあった。

 

 

「あぁ? 何だこれ?」

 

 

将監が眉を寄せながら観察する。棒にスイッチがあることに気付くと、『ON』にした。

 

 

ヴォンッ

 

 

棒状の赤い光が伸び、ビームサーベルになった。

 

 

「……お前、これどうやって手に入れた?」

 

 

「東京エリアの危機です。お金なんてドブに捨てましょう」

 

 

「おい夏世!? いくらしたんだコレ!? こっちを見ろ!」

 

 

確か10億円だったな(白目)

 

 

「斬れ味はあのガストレアに通じるはずです。長く使えないので早急に倒すことを勧めます」

 

 

「分かってる。テメェはあとで覚えておけ」

 

 

将監は赤いビームサーベルを構えて蓮太郎を横目で見る。

 

 

「失せろ。コイツは俺がやる。テメェの獲物はアルデバランだろうが」

 

 

「将監……分かった。ここは任せた」

 

 

「ケッ、行け里見 蓮太郎」

 

 

この場を将監と夏世を任せた蓮太郎たちは走り出す。ガストレアがそれに気付くが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

夏世が撃った弾丸で気をこちらに引き付ける。ガストレアはゆっくりとこちらを見て、最優先で殺す敵はこちらだと認識した。

 

 

「……死ぬんじゃねぇぞ」

 

 

「もちろんです」

 

 

________________________

 

 

 

拠点の最終防衛ライン———別名『死線(デッドライン)』。

 

越えられれば死しか待っていない。中心街にガストレアが入り込めば一般人は喰い殺されることは間違いない。

 

回帰の炎から指示を出すのは真由美。通信機を一度に十個も開き、指示を飛ばしていた。動かせる数が少ない分、出す指示は少ないと見たら大間違い。少ないからこそ、細かく指示を出さなければならない。

 

誰一人失ってはいけない。誰一人欠けて良い理由なんて無い。

 

停電した時も真由美の判断は早かった。すぐに聖天子に連絡し、()()()()()()()()()()()『幻庵祭』の熱気球を飛ばして貰った。

 

不測の事態を予測する。そのカリスマ性は常人を遥かに超えていた。

 

だが、そんな真由美でも失敗がある。

 

 

「———急いで! きっと東のエリアから出ていないはずよ! お願いッ、探してッ!」

 

 

ジュピターさんの行方不明だ。他の民警や自衛隊を庇ったせいで彼の行方が分からなくなってしまったのだ。

 

後悔しても遅い。今は無事を祈るしかない。

 

 

『こちら狙撃班第一部隊。里見ペアと蛭子ペアがアルデバランに接近を確認。近くには護衛の薙沢ペア、我堂ペアを確認しました』

 

 

「ッ! 全狙撃班は拠点周りのガストレアをお願い。他の民警も前線を少しずつ下げて安全を確保してください」

 

 

『援護は不要、と?』

 

 

「彼らは十分に強いわ。それに狙撃できる距離を越えているはずよ。無茶はしないで遠くにいるガストレアは惹きつけるだけで問題ないです」

 

 

『了解』

 

 

通信が切れて真由美は少しだけ安堵する。ついにアルデバランを倒す時までやって来た。

 

問題は多くあるが、どうしても心配してしまうのは、優子だ。

 

空を見上げれば彼女は緋緋神と戦っている。

 

戦い続ける後輩に、先輩は敗けないくらい戦わなければならない。

 

真由美は防衛ラインに向かって走り出し、猛攻するガストレアを止めに行った。

 

 

________________________

 

 

 

問題 『あなたの本当の正体を答えなさい』

 

 

これは優子が緋緋神に出した最初の問題だ。緋緋神はその質問に目を見開き驚いていたが、すぐにニヤリっと笑みを零した。

 

そして、答えを口にする。

 

 

「神」

 

 

緋緋神の答えは———

 

 

「ッ!?」

 

 

———『不正解』となった。

 

体から力が抜ける感覚に緋緋神は驚愕する。自分の両手を見て嫌な表情をした。

 

 

「理解したぜ……()()()()()()答えじゃ駄目なのか……!」

 

 

優子は緋緋神が言いたいことを紐解く。

 

恐らく緋緋神は自分の存在が『神』だと確信、思っていた。でも、本当は自分が何者なのか知っている。それを答えなければならないにも関わらず、緋緋神は答えなかった。いや、答えれなかったに違いない。

 

 

 

 

 

———と、()()に考えておく。

 

 

 

 

 

その核心に辿り着くまでには、質問を続けなければならない? 何故緋緋神の正体を知る必要がある?

 

全ての鍵は、すぐに明らかになる。

 

次の質問までの時間は3分。

 

 

フォンッ!!

 

 

優子は緋緋神が仕掛けて来る前に魔法式を展開。同時に次の質問を思考する。

 

緋緋神が知っていて答えれないモノ。緋緋神が勘違いしている答え。

 

しかし、その思考は中断される。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

次の瞬間、緋緋神が目の前まで迫って来た。超スピードで飛行する速さは優子の飛行魔法を遥かに上回っている。

 

 

フォンッ!!

 

 

減速魔法と移動魔法の二工程を緋緋神に掛ける。同時に自分の体に加速魔法と加重魔法の二工程を掛けた。

 

普通の魔法師なら行えない高等技術をあっさりと行ってしまうあたり、優子には魔法の才能が秘められていた。

 

緋緋神が減速した隙に優子は下に潜り込み、ギフトカードを緋緋神に向ける。

 

 

「お願いッ!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

他者が他者の恩恵を使うには条件がある。ギフトゲームでの略奪か、他者の許可の下で使用が許されるかの2つ。例外はあるが、基本的に知られている前提は『他者が他者の恩恵は使えない』だ。

 

しかし、優子の持つ【絶対防御装置】と命名されたクリスタルはその常識を覆す。

 

 

「ッ!?」

 

 

緋緋神は不意の反撃に驚くが、緋色の炎を飛ばして相殺した。

 

 

「やっぱり一筋縄じゃいかないわね……だったら!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

飛行魔法に加速魔法を附属させて飛行スピードを上げる。緋緋神から距離を取り、魔法式を構築する。

 

 

「さすがに一方的にやられるのは腹立つぜ……」

 

 

ガチャガチャッ

 

 

緋緋神はガバメント二丁を抜いた。

 

 

バツンッ! バツンッ! バツンッ!

 

 

弾丸が優子に向かって飛んで行くが、優子は緋緋神が銃を抜いた時点で新たな魔法式を構築し、展開していた。

 

 

ギャギャギャンッ!!!

 

 

突如弾丸が悲鳴を上げたかと思えば、弾丸の方向が反転し、緋緋神のところへと返って行った。

 

 

「何ッ!?」

 

 

緋緋神は体を逸らしてかわすが、不可解な現象に戸惑っている。

 

優子が使った魔法は運動ベクトルの倍速反転、逆加速魔法の【ダブル・バウンド】だ。弾丸を逆加速反転させて跳ね返したのだ。

 

優子は構築していた魔法を展開する。

 

 

「【疑似宇宙空間(ユニバースルーム・フェイク)】」

 

 

優子の最強魔法が発動する。

 

連続で四系統魔法を同時使役し、二種類の魔法で持続させて宇宙空間と同じような空間を造り出した。

 

 

「クッ……ッ!?」

 

 

緋緋神は自分の喉を絞めて苦しむ。優子はいつでも空間を壊せるようにCADに手を置いている。

 

殺すわけがない。殺すのが目的では無い。時間稼ぎだ。危なくなれば空間を壊す。

 

そう考えていた矢先———

 

 

シュンッ!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

———透明なキューブが襲い掛かって来た。

 

不意の出来事に優子は対処できず、後ろによろけてしまう。

 

そのせいだろうか。優子の作った空間に歪なヒビが入り、緋緋神は力を解放した。

 

 

「はあああァァ!!」

 

 

バリンッ!!

 

 

「そんなッ……!?」

 

 

目を疑う光景に優子は驚く。そして、命の危機を感じ取る。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

緋色の巨炎が優子に向かって放たれていた。すぐに魔法式を構築するも、間に合わない。

 

 

シュピンッ!!

 

 

突如ペンダントが光り出し、ガラスの箱が展開される。優子の体を包み込むように展開されたガラスの箱は炎から身を守り、防いでくれた。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

あの時のように命の危機を感じた優子は生きた心地がしなかった。酷く呼吸を乱れさせ、顔色も悪かった。

 

 

「おいおい、まだ始まったばかっただぜ? もっと楽しもうぜ」

 

 

「うるさい……わよ……」

 

 

返した言葉に勢いは無く、優子の体は震えていた。体力消耗のせいで震えているわけでは無い。恐怖で震えているのだ。

 

 

(ずっとこんな中で……みんな、戦っていたんだ……)

 

 

今まで守られてきた自分がどれだけ甘やかされていたのか痛感する。下唇をグッと噛み締め、緋緋神を睨む。

 

 

「問題」

 

 

「ッ!」

 

 

優子の出す問題に警戒する緋緋神。優子は真剣な表情で問題を口にする。

 

 

「あなたはどこから来たの?」

 

 

「……………」

 

 

緋緋神は何とも言えぬ表情で優子の顔色を窺う。

 

怪しかった。自分はもう間違えることは無いはず。なのに、どうして何の捻りも無い簡単な問題を出すのか。

 

緋緋神は笑みを浮かべることなく、回答する。

 

 

「宇宙だ」

 

 

「ッ!」

 

 

優子の表情が驚いた顔になる。当たり前だ。神だと名乗っていた者が宇宙から来たと言い出すのだ。驚かない方が無理だ。

 

しかし、無情にも緋緋神の答えは———

 

 

「ッ!? 嘘だろ……!?」

 

 

 

 

 

———『不正解』となった。

 

 

 

 

 

さらに体から力が抜ける感覚に緋緋神の手は震える。何がいけなかったのか、全く見当がつかない。

 

優子の不正や詐欺、騙しを考えるが、全く分からない。

 

どうして正解しない? 緋緋神に謎は解けなかった。

 

よって、緋緋神は目的を早く達成することにする。

 

 

シュンッ!!

 

 

無数のキューブを優子に向かって飛ばし、体を消滅させようとする。勝利条件は優子の打倒、殺害だ。

 

勝負を決める。3分経たないうちに。

 

キューブは優子の周囲を取り囲み、ガラスの箱が壊れるのは今か今かと待ちわびる。

 

時間がコクコクと過ぎて行き、緋緋神は次第に焦り出した。

 

時間が経っても、ガラスの箱が消えないのだ。

 

 

(どうしてだ!? もう一分以上経っているのに……!)

 

 

アリアだった時の自分は知っている。中から見ていた光景、情報、言葉。何一つ聞き逃すことも見逃すこともなかった。だから一分で消えることは確かだった。

 

ではなぜ消えないのか? 

 

 

「ッ!? クソオォッ!!!」

 

 

「気付かれた……!」

 

 

緋緋神はガラスの箱を凝視して気付いてしまった。騙されたことに怒りが込み上がって来る。

 

ガラスの箱。それは優子の魔法で作り出した『幻覚』だと言うことに。

 

最初に作り出された箱は本物。優子は緋緋神に気付かれないように本物そっくりのガラスの箱を幻覚で作り出したのだ。

 

繊細でレベルの高い魔法技術が必要だったが、優等生だった優子には可能な範囲だった。

 

 

「あたしを騙すなんて……死んで詫びろッ!!」

 

 

シュンッ

 

 

緋緋神の合図でキューブが一斉に優子に襲い掛かる。しかし、優子は余裕を持って飛行魔法を発動した。

 

 

「クッ、力が……!?」

 

 

キューブのスピードが遅かったからだ。

 

二回も奪われた力は酷い有り様。緋緋神の緋色の炎も弱く、追うスピードも愕然してしまうほど下がっていた。

 

簡単に逃げて行く優子に緋緋神は慌て焦る。そして、再び最悪が蘇る。

 

 

「問題」

 

 

「うぐッ……!」

 

 

緋緋神は息を詰まらせ、優子の言葉に恐怖感を覚える。

 

ゆっくりと出された問題は、驚くモノだった。

 

 

 

 

 

「あなたの正体は神ではない。なら地球外生命体ですか?」

 

 

 

 

 

誰がどう聞いても、その問題の答えは『YES』と答えるはずだ。

 

宇宙から来た。緋緋神はそう答えた。ならば必然的に緋緋神が『地球外生命体』なのは確かな答えだと分かり切っている。小学生でも分かる。幼稚園児でも、理解できる。

 

なのに……なのに……なのに……!

 

しかし、すぐに答えることはできなかった。

 

 

(どうしてその問題を出すのか、分からねぇ……!?)

 

 

優子の考えが全く見えない。そのことに緋緋神は焦りに焦っていた。

 

時間が迫る。ならばっと緋緋神は答えを口にする。

 

 

「あたしは()()だ。生命を宿していない、()()を持った金属だ。答えは、『いいえ』だ」

 

 

「……それが、あなたの正体ね」

 

 

「もう嘘じゃない。これが本当だ。間違えるわけがない!」

 

 

そして、緋緋神の答えは『正解』に———

 

 

「何でッ……!?」

 

 

 

 

 

———なることはなかった。

 

 

 

 

 

『不正解』になったのだ。

 

 

「ズルだ……それしか考えれないッ!!」

 

 

力が抜けようとも緋緋神は喉が張り裂けそうなくらい叫んだ。優子は首を横に振り、否定する。

 

 

「いいえ、正しいわ。あなたの答え、間違っているわ。完璧にね」

 

 

「ふざけるな! あたしは嘘をついていない!」

 

 

「そうね」

 

 

優子は真剣な表情で肯定する。

 

 

()()()()、嘘をついていないわ」

 

 

優子の含みのある言葉を聞いた緋緋神は黙ってしまった。

 

 

「でもね、ギフトゲームは正しく行われているわ。緋緋神の嘘以外、全部ね」

 

 

その時、緋緋神の口が震えだした。

 

どうして『不正解』になるのか、分かってしまった。

 

 

これはズルではない。

 

 

これは卑怯では無い。

 

 

これは間違いでは無い。

 

 

これは緋緋神の———!

 

 

「あのね緋緋神。アタシは———」

 

 

優子は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———()()()とゲームをしているのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———勘違いだ。

 

 

 

 

 

「ここまであたしを……馬鹿にしたのは……初めてだ……!」

 

 

怒りに震える緋緋神に優子は勝利を確信した表情になる。

 

ルールに不正など無い。あるとすれば勘違い。

 

 

・参加者  神崎・H・アリア

 

 

しっかりとギアスロールに記載されている。緋緋神の勘違いがこのゲームで問題となっている。

 

そこに『緋緋神』とは書かれていない。『神崎・H・アリア』と書かれているのだ。

 

そう、問われているのはアリアのことなのだ。緋緋神のことではない。いくら正直に答えたとしても、アリアのことではない限り正解は絶対に辿り着かない。

 

同時に、緋緋神は『詰み』まで落とされている。

 

もし優子が『8歳の時に貰った誕生日プレゼントは?』と問題を出せば緋緋神は当然答えることはできない。何故なら緋緋神はまだその頃、アリアの中にいないからだ。

 

つまりアリアが知っていて、緋緋神が知らないことを質問すればどうなるか? 緋緋神は答えることもできず、ただひたすら体力を消耗するだけ。

 

 

「このあたしがッ……!」

 

 

「もうすぐよ。戦いは、すぐに終わるから」

 

 

優子は右耳のインカムから連絡が来ていた。

 

 

『里見 蓮太郎と蛭子 影胤、アルデバランと戦闘中』っと。

 

 

________________________

 

 

 

「「ハアァッ!!」」

 

 

ザンッ!!

 

 

繰り出される二つの斬撃。巨体のガストレアの胴体が見事にバツ印が刻まれる。

 

我堂と朝霞による同時攻撃はガストレアを一撃で葬ることができる威力。我堂たちの実力は民警の中で一番群を抜いていると言える。

 

蓮太郎と延珠は二人にこの場を任せて、アルデバランのいる方向へと走り抜ける。

 

 

「グァアアッ!!」

 

 

不意にガストレアの咆哮が轟いた。蓮太郎たちの進行方向からサイに似たガストレアがブルドーザーの如く何匹も走り出してくる。

 

 

「俺の弟子に手は出させんぞ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

先頭を走っていたサイのガストレアの横腹に彰磨の拳がめり込む。重い衝撃と共に、ガストレアは内側から破裂し絶命する。

 

ガストレアは突然の出来事に一瞬だけ動揺する。それが致命的だった。

 

 

シュンッ!!

 

 

残りのガストレアたちの脇を抜けるように一閃が走った。一閃の正体は翠。

 

翠がガストレアたちを追い越して伸びていた爪を短くした瞬間、

 

 

ズバンッ!!

 

 

ガストレアの手足の付け根や首、皮膚が比較的柔らかい箇所が切断された。ガストレアは悲鳴も上げることなくその場に転がり死んでしまう。

 

ズバ抜けた実力を隠し持った二人に蓮太郎たちは圧倒される。

 

 

「行け里見!」

 

 

「行ってください里見リーダー!」

 

 

彰磨と翠の声でハッとなる。蓮太郎と延珠は走り出し、アルデバランへと向かう。

 

ふと顔を上げてみればアルデバランが逃げ出している後ろ姿が見える。動きは遅く、弱っているようにも見えた。

 

 

「里見君! 私たちはこっちだ」

 

 

「ッ! 影胤!」

 

 

ビルの屋上から飛び降りて来たのは影胤。隣には小比奈もいる。蓮太郎は無事合流できたことに安堵する。

 

 

「私もビーボックスを始末して来た。そのせいかアルデバランが他のガストレアを置いて逃げ出したんだ」

 

 

「チッ、自分だけ生き残ればいいってことかよ」

 

 

実質そちらの方が人類には困る。あんな化け物がまたモノリスを溶かし、この地に現れることを考えると恐ろしくて考えられない。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎たちは追いかけるために全力で走り出す。その速度はアルデバランより速く、すぐに追いつけるほどのスピードだった。

 

アルデバランの背後を取り、すぐに攻撃を仕掛けられるような位置まで辿り着く。

 

 

「作戦通り、私が先行しよう」

 

 

「頼んだ」

 

 

影胤はそう言うと、小比奈と一緒に跳躍した。ぬかるんだ土を蹴り飛ばし、ビルの壁を利用しながら高く上昇する。

 

斥力の磁場が影胤の手に収束する。アルデバランの背中を取った瞬間、解き放った。

 

 

「【エンドレス・スクリーム】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

影胤の最強の矛である光の槍がアルデバランの硬い装甲を砕いた。貫くことはできなかったが、十分な成果だと言えよう。

 

 

「小比奈!!」

 

 

「はいパパッ!!」

 

 

すぐに砕いた装甲まで小比奈は近づく、両手に握った二刀流を振るった。

 

 

ドシュドシュグシャズシャッ!!

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!」

 

 

アルデバランの悲痛な叫びが響き渡る。それでも小比奈は刀を振るうことをやめない。

 

無残に飛び散る肉片を一つ残らず斬り刻む天使は血塗れ。狂気とも言えるその姿は誰にも止めることはできない。

 

 

「今だ里見君! 傷口が再生する前に爆弾を設置するんだ!」

 

 

「分かってる!」

 

 

ドンッ!!

 

 

脚部のカートリッジを炸裂させて大きく跳躍。しかし、アルデバランは簡単に蓮太郎の侵入を妨害する。

 

 

「ギシャッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

アルデバランの口が大きく開き、鋭い牙で蓮太郎を食おうとする。

 

しかし、それを決して許さない者がいる。

 

 

「せぇあああああァァァ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

延珠の重い蹴りがアルデバランの頭に叩き込まれる。狙いを外したアルデバランの頭部は蓮太郎の横をすり抜ける。

 

好機と見た蓮太郎はアルデバランの首に着地し、真下にある背中に向かって勢い良く跳躍した。

 

 

「小比奈! 戻って来なさい!」

 

 

危機をすぐに感じ取った影胤の声に素直に従う小比奈。蓮太郎は小比奈のいた場所を睨み付けて狙いを定める。

 

全てのカートリッジを使い切った最強の一撃。

 

 

「【隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)全弾撃発(アンリミテッドバースト)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

最強の一撃が炸裂した。衝撃波は地を砕くほどの威力。強烈な痛みにアルデバランは堪らずその場に崩れ落ちる。

 

体内に入ることに成功した蓮太郎は腰のベルトからEP爆弾を取り出し、アルデバランの肉の中に設置した。

 

すぐに助けに来てくれた延珠の肩を借りてすぐに体内から脱出する。腕時計を見ながら爆弾が爆発する時刻を確認。影胤は拠点本部に報告してくれていた。

 

その場から一目散に逃げ出し、ビルの中に隠れる。影胤も別の建物の中に入って行った。

 

ゆっくりと動く時計の針を祈りながら目で追いかける。延珠も蓮太郎の服を掴んで震えている。

 

これで失敗すれば人類の敗北。唇が震えて恐怖に負かされそうになるが、運命の時がやって来た。

 

 

カッ!!

 

 

一瞬だけ光が瞬く。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォォ!!!

 

 

 

 

 

凄まじい轟音と衝撃波が吹き荒れる。ビルの建物内にいるというのに、暴風に吹き飛ばされそうになってしまう。

 

……約一分の時間。未だに立ち続ける煙。緊張の一瞬が来てしまった。

 

耳は鼓膜を破ってしまいそうになるが、ギリギリセーフ。一応聞こえている。

 

 

 

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

だから、聞いてはいけないモノも聞いてしまう。

 

 

「———」

 

 

蓮太郎は言葉を失った。延珠も同じように耳を疑った。

 

その場から立ち上がり、轟く咆哮の方角を見る。そこには黒い影が()()()いた。

 

果たしてアレはアルデバランであろうか? いや、違う。

 

 

「いや、嘘だろ……そんな……馬鹿なことが……」

 

 

ゆっくりと立ち上がり、外の光景を見る。

 

そして、絶望した。

 

 

 

 

 

アルデバランが姿を変えて、そこに降臨していたことだ。

 

 

 

 

 

「なんということだ……!」

 

 

後ろからその光景を信じられない声がする。影胤だ。蓮太郎も同じ感想だった。

 

アルデバランだった面影が残された頭部は10を超えて一つ一つに意志を持つかのように不規則に動く。ビーボックスのような胴体が八つの羽を高速で動かした姿は悪魔そのモノ。

 

浮いた柱のような足は衰弱し、プラプラと動く気配はない。

 

アルデバランより小さい体だが、その体には得体の知れない恐怖が詰め込んである。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

もうこれは、アルデバランではない。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「何なんだアレは!?」

 

 

リュナとの戦闘中に遠くから見えた不気味な姿をした怪物。アルデバランの突然変異に目を見開いて驚いていた。

 

 

「黄色い悪魔の花はご存知ですか?」

 

 

「……何?」

 

 

「黄色い花は、ガルペスが作ったモノですよ」

 

 

その瞬間、原田に驚愕の衝撃が頭に走った。

 

 

『変な黄色い花の花びらが一帯に散っていた。多分これが原因だと見て間違いない』

 

 

以前大樹が影胤の事件時、『天の梯子』で不可解なモノを見つけた。それが黄色い花。

 

全てあの時から仕込まれていたということに、驚くことしかできなかった。

 

 

「あの花の花粉はガストレアウイルスの進行率の上昇、ガストレアウイルスの強固なる遺伝子強化が強制的にされる効力を持っています」

 

 

「何だと……!?」

 

 

「ガストレアの急激な増加、ステージⅣの強さの原因はあの花です。あれは人類にとって悪魔の花と言うべきでしょう」

 

 

リュナは空中に展開した百を超える弓で原田とヨルムンガンドを狙う。

 

 

「彼の居ない、あなたたちは弱い」

 

 

 

________________________

 

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「キャッ!?」

 

 

緋緋神の炎が優子の服を軽く焦がす。軽い火傷で腕が痛むが、弱音は吐いていられない。

 

アルデバラン———いや、既に上層部からのコードネームが付けられた。

 

隠れた存在であるゾディアック・ガストレアに認識され、ステージⅤとなった怪物。

 

 

 

 

 

名は———『オフューカス』と。

 

 

 

 

 

黄道上に位置しているにも関わらず、黄道十二星座に含まれない『へびつかい座』の名前を借りた怪物だった。

 

さらにオフューカスの出現と同時にガストレアの猛攻が強まった。これ以上の戦闘は危険と判断され、既に全民警の撤退が決まった。

 

そして緋緋神もまた、勢いを上げていた。

 

力を何度も抜かれているにも関わらず、攻撃の激しさは変わらない。優子は一方的にやられていた。

 

 

「キヒッ、あたしの勝ちだあああああァァァ!!」

 

 

「しまっ———!?」

 

 

緋緋神のキューブが優子の目の前まで迫る。避けることのできない攻撃に呼吸が止まる。

 

 

「危ねぇぞ木下!!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

その時、優子の体は何者かの手によって服を掴まれ、その場から動かされた。動かした相手は———

 

 

「原田君!?」

 

 

———頭から血を流した原田だった。

 

額から流す血は異常。ぱっくりと額が割れ、すぐに手当てが必要だと分かる。

 

 

「クソッ……!」

 

 

優子を抱きかかえながら何度も跳躍して後ろに逃げて行く。

 

 

「ヨルムンガンド!!」

 

 

『食らうがいい!!』

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

ドラゴンのような咆哮と共に撃ち出された紫色の光線が緋緋神を狙う。

 

 

バシンッッ!!

 

 

『ぐぬッ……!?』

 

 

しかし、リュナの黒い矢が交戦を相殺する。たった一本の矢に負けてしまうことに悔しさを隠せない。

 

 

「ギギャッ!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

気が付けば目の前から飛行するガストレアがこちらに突進して来た。不意の出来事に原田と優子は何もすることができず、ガストレアにぶつかる。

 

 

「キャッ!?」

 

 

「がぁッ!?」

 

 

原田が優子を守ったおかげでダメージは少ないが、原田は大きかった。

 

二人はそのまま地面に向かって落ちる。

 

 

「ッ! だめぇ!!」

 

 

フォンッ!!

 

 

優子の減速魔法と停止魔法を用いて原田と優子の体を落下から身を守る。優子はゆっくりとコンクリートの上に降り立ち、原田は地面に倒れる形で落ちた。

 

 

「追い詰めたぜ。これで終わりだな」

 

 

緋緋神の言葉に、優子と原田は息を飲んだ。

 

振り返ると、そこには大勢の人がいた。

 

 

 

 

 

東京エリアの中心街。避難場所まで侵入を許してしまった。

 

 

 

 

後ろから悲鳴が聞こえる。すぐ前を見て見上げればガストレアの群れが視認できた。民警は必死に戦っているが、何十匹もこちらまで侵入してしまっている。

 

勝負は、ついてしまった。

 

 

「ああ、最高だった。もう終わってしまうのが惜しい。でも、それがルールだ」

 

 

「やめろ……!」

 

 

原田は必死に体を動かそうとするが、全く動く気配はない。既にリュナとの戦闘でやられてしまっていた。

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

優子は後ろから聞き覚えのある声に戦慄する。振り返るとそこには一人の少女がこちらに向かって走って来ていた。

 

教会の子だ。自分たちのことが大好きな優しい子。

 

 

「来ちゃ駄目えええええェェェ!!」

 

 

「シャアアアアアァァァ!!」

 

 

優子の期待を裏切るかのようなガストレアの咆哮が響き渡る。少女に向かってクモのガストレアが飛び掛かろうとする。

 

考えるよりも、足が早く動いた。少女の体を抱き締め、ガストレアから少女の身を守る。

 

 

(お願い……誰か……!)

 

 

優子は涙を流しながら叫ぶ。

 

 

 

 

 

「大樹君ッ……助けてッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突如クモのガストレアが一刀両断される。右と左が綺麗に分かれ、その命を終えた。

 

優子の前に立つ一人の青年。その姿に涙をボロボロと零した。

 

 

「……馬鹿ッ」

 

 

いつもと変わらないオールバックにした黒髪。

 

 

「来るのが……遅いわよッ」

 

 

金色の鞘に入った刀を握り絞めている。頭や腕に巻かれた包帯。学生服に似た制服を着ている男。

 

 

「バカ……バカバカ……馬鹿ッ!!」

 

 

「説教なら後でいくらでも受けてやるよ。だから少しだけ、待っていろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楢原 大樹が、帰って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……あなたはまだ足止めを……!?」

 

 

リュナが驚愕した表情で大樹を見ている。そこにいるのが、信じられないかのように驚いていた。

 

 

「すまない優子。兄貴の手当てをしてくれないか?」

 

 

大樹が後ろに向かって指を指すと、そこには行方不明になっていたジュピターさんが倒れていた。詩希が必死に名前を呼んでずっと呼びかけている。

 

 

「ジュピターさん!」

 

 

「ギリギリだったぜ。助けるのが遅かったらヤバかったからな」

 

 

大樹はゆっくりと前に向かって歩く。

 

 

「でもまぁ、よくやったな原田。後は、任せろ」

 

 

「すまねぇ……くぅ、本当にすまねぇ!!」

 

 

「謝ることなんてねぇよ」

 

 

そして大樹は表情を変える。ニヤリと笑った表情に。

 

 

「あとは俺がやる」

 

 

神々しく輝く銀色の刀を抜刀した。その輝きにリュナと緋緋神は警戒する。

 

 

「待たせたな緋緋神。リュナは久しぶりか。どちらにも感動の再会に涙したり怒りたいところだが、俺はあの時と違うからな」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「今から俺は、全てを救うぜ」

 

 

 

 

 

 

 





おかえり大樹君。

まぁ私はティナちゃんが無事に帰って来てくれたことに大いに喜びますが。

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