どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】 作:夜紫希
青拠点は横に長い防壁のような造りになっている。そのため緊急時は一直線に走れば目的地にすぐ着き、ぶつかる角での衝突事故も少ない。この案は原田が出したものだ。
原田は一直線の廊下を駆け抜け、階段を下りて外へと向かう。
雨は未だに降り続けているが、外には人だかりができていた。中心には優子、黒ウサギと真由美もいるのが分かった。
「どけお前らッ!」
原田は人混みを一声だけで散らす。すぐに中心に辿り着き、言葉を失った。
「嘘だろ……!?」
信じられない光景に原田は目を見開いた。
「原田さん。これは、現実なんでしょうか……?」
「ッ……!」
黒ウサギも信じられない表情になっていた。優子は口で手を塞ぎ、目を逸らした。
真由美は震えた声で告げる。
「これは、
「……あぁ、間違いねぇけど……けどよッ!!」
そこには血まみれになったガルペスの遺体が横たわっていた。
白衣は赤に染まり、頭は撃ち抜かれている。右半身が無くなっており、無残な状態だった。
原田は短剣を取り出し、構えて警戒する。
「大樹が言っていただろ!? コイツの傷は回復する! どんなにボロボロになっても!」
「ならどうして回復しないの……? もう死んでいるようにしか見えないわ」
「考えが甘いんだよ七草……! 油断した所を狙う可能性だって———!」
「おい、何の騒ぎだ」
その時、声が聞こえた。
振り返ると宮川がこちらに歩いて来ていた。
「お前ッ……その傷は何だよ……!?」
右肩から左脇腹大きく引き裂かれたかのような胸の傷。しかし、大きく変わったことはもう一つあった。
髪の色が白色から
「ガルペスを抑えていた。あとあの女もな。それよりこの騒ぎは———ッ!」
その時、宮川の表情が固まった。ガルペスの遺体を見たせいで。
「……どういうことだ。お前がやったのか」
「違う。遺体が見つかっただけだ。お前がやったんじゃないのか?」
「俺はこっちに来ないように抑えただけだ。だが殺しちゃいねぇ……あの女がやったのか?」
「緋緋神が?」
「俺は邪魔が入ったせいで結局どっちとも殺せていない。そもそもコイツは本物かどうか確かめる必要がある」
宮川はガルペスの近くまで寄り、片膝を地面に着く。
しばらくガルペスを見た後、舌打ちをした。
「神の力はもう無い。本当に死んだようだな……」
「馬鹿な!? 遺体が残っている時点で不自然だと———!」
「死体があるから何だよ。お前は、この死体がどう意味するか分かるだろ」
「———ッ!」
「救われなかった。ただ、それだけだろ」
原田は歯を食い縛り、下を向いた。手を思いっきり握り絞めて。
宮川は立ち上がり、つまらなさそうな表情でその場を後にする。
「あの治療は……?」
「いらん。余計なお世話だ」
部下の言葉に聞く耳持たずの宮川。血塗れになったまま、彼は森の中へと姿を消した。
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突然のことに頭が追いつけなかった。
原田は誰もいない会議室の壁に背を預けて、その場に座り込んだ。
「意味が……分からねぇよ……」
ガルペスの遺体は焼却された。俺の目の前でガルペスの遺体が骨になるまで、全て見届けた。
生き返る様子や再生する兆しは最後まで見ることはできなかった。
復讐できなかった。この怒りは———どこにぶつければいい?
「クソッ」
何が起きているのか……もう分からない。
グルグルと脳が掻き回されるような感覚に目眩がする。
ふと———あの光景が蘇った。
『お前だけでも逃げるんだ!』
『逃げなさい! 早く!』
『足止めは僕たちがする! だからッ!』
『生きて! 私たちのために———!』
「げほッ!? おえッ……ごほごほッ!?」
胃から溢れ出そうに
震える体を自分で抱き締め、小さな声で吐き出す。
「俺はッ……どうすればいいんだよ……!」
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その日の夜、時間にして19:00で雨が止んだ。
人類を味方していたバラニウムを含んだ黒い雨。頼りになる仲間が一人失ったような気持だった。
「ついに……動き出しました……!」
防壁の屋上で敵を観察していた民警が報告する。声は震えており、周りにも緊張が走った。
「落ち着いて。まだ大丈夫よ」
冷静な声で真由美が周りを落ち着かせる。隣にいる優子も何度も深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせていた。
屋上に待機している民警とイニシエーターは全員火力支援兵器であるロケットランチャーを構えている。
真由美が合図を出した瞬間、引き金は引かれる。
一方屋上とは真逆、一階フロアの方にも人が大勢いた。これから前衛部隊として戦うメンバーが揃っている。
黒ウサギと原田を始めとした最強たち。蓮太郎のアジュバンドが一番前線へと赴く。その後に我堂たちが率いる他の民警が突撃する。
「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」
アルデバランの咆哮が轟き、心臓の鼓動が早くなる。
まだか……? まだ行かないのか……? 民警の不安は大きくなるばかり。震える体を必死で止めようとする者もいる。
その時、屋上で様子をずっと見ていた詩希が大声を出す。
「入った!!!」
「「「「「ッ!!」」」」」
その合図は、アルデバランが森の中へと入ったこと知らせるモノだった。
「撃ちやがれえええええェェェ!!!」
ジュピターさんの声が響き渡った瞬間、全ての引き金が引かれた。
100発を越える火力支援兵器ロケットランチャーの弾が森に向かって放たれた。同時に森の中に仕掛けられた爆弾も爆発し始めた。
罠として仕掛けた爆弾の数は放たれた弾の10倍―――1000個を越えている。
人類の最大火力による攻撃が炸裂した。
ドゴオオオオオオオオォォォ!!!
爆風の強風が一気にこちら側へ押し寄せた。気を抜けば体が吹っ飛ばされるような台風のような熱い風。
耳の鼓膜は機能しているのか疑うレベルの爆音。目の前が赤い光で包まれ、目を潰されそうになる。
今まで見たことのない火力。仕掛けた本人たちである人類も驚くほどだった。
森は爆弾が仕掛けやすく、火薬やオイルと言った引火しやすいモノをばら撒き、ガストレアを一網打尽する作戦。その後の後始末は酷いモノになるが、この戦争を終わらせる一手になるのならばやらざる得ない。
黒煙が森を包み込み視界が塞がれる。急いで屋上にいた民警達が油断せず武器を構え、前線部隊は突撃準備する。
「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」
「「「「「ッ!?」」」」」
アルデバランの咆哮に全員が息を飲んだ。
ゴオォッ!!
黒煙が一気に内側から吹き飛ばされ森が鮮明に見えやすくなる。
そこには無傷のアルデバラン。そして一人の少女が浮いていた。
「嘘だろ……!?」
緋緋神ではない。その少女に原田は顔を真っ青にした。
白い衣を身に纏い、神々しい天使のような姿。長い黒髪に右手には悪魔のような巨大な黒い弓。
大樹の幼馴染で
———リュナがそこにいた。
シュパンッ!!
リュナの弓に光の矢が出現する。矢を引き、こちらに狙いを定める。
その光景に原田は喉が張り裂けそうなくらい大声で叫んだ。
「全員撤退だあああああああァァァ!!!!」
その瞬間、矢は音速を越えた速度で放たれた。
光の矢は万の数に分裂し、拠点に降り注いだ。
ドゴオオオオオオオオォォォ!!!
流星群のように降り注ぐ攻撃に誰も対処できない。撃ち落とすことも、逃げることも、許されなかった。
拠点は端から端まで逃げる場所を無くすように放たれた。拠点は粉々に破壊され、周辺の地を抉り取った。
森が燃え盛るように拠点からも炎を上げた。
人類の逆転劇。それは数秒の出来事。ガストレアの逆転劇により、人類の勝利は簡単に蹴り落とされた。
「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」
嘲笑うかのようなアルデバランの咆哮に、人類は絶望に飲まれた。
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負傷者数 不明。
死者 同じく不明。
民警の現在戦闘可能人数 31名。
人類の負けは確定したような報告に聖天子はその場で泣き崩れそうになる。
目の前に立った原田は右腕に包帯を巻きつけ、使いモノにならないくらいの大怪我をした。
あの最悪の瞬間、【
前線部隊にいた黒ウサギの負傷に原田は死ぬほど後悔した。
『マハーバーラ叙事詩』の紙片を取り出し太陽の鎧———【
しかし、神の力に対抗できるモノではなかった。何度も矢を食らううちに鎧は砕け、黒ウサギはしばらくは戦うことができないくらいの怪我をした。
今も緊急病院のベッドの上で寝かされている。真由美と優子がそばにいるはずだ。
大樹の大切な人を守り切れなかったことに自分が情けない。そしてこれだけの被害を出したことに己の無力さを思い知った。
唯一の幸い。それはガストレアの撤退だ。戦力を大幅に失ったガストレアは撤退し始め、追撃することはなかった。
リュナも役目を終えたかのように姿を消し、こちらも追撃はなかった。
「現状は……どうなっているのですか……」
「……最悪としか言いようがない」
聖天子の質問に下を向いて答えるしかない原田。聖天子の隣にいた
「負傷者の人数を把握しきれない状態です。死者は今のところいませんが、残念ながら戦える者はいないと見て構わないでしょう」
「……ではガストレアは?」
「ビーボックスの残り数は撤退時に2体の目撃を確認しました。あの爆撃で3体の撃破だと思われます」
「残りは?」
「約1000体以下だと解析班から報告があります」
多い。それでも多いと原田は歯を強く噛む。
こちらは31人。比率が明らかに不利だと、劣勢だと、負けると訴えている。
「原田さん……勝てる見込みは……?」
「……………」
この沈黙が何を意味するのか聖天子たちには理解できた。原田はただ下を向くことしかできなかった。
人類の敗北は、もう目と鼻の先だった。
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いつガストレアが攻めて来てもおかしくない状態だと言うのに、防壁と呼べるモノはなく、守る人間もいない。
ただ無防備な状態が続いていた。
東京エリアに住む人々は中心街に集まっていた。シェルターに入ることのできない人々にとって一番の安全地帯はそこしかなかった。
当然『呪われた子ども』たちもいる。ジュピターさんとその仲間たちが率いて避難としてやってきている。
「ジュピターさん……アンタも逃げた方がいい。チケットはあるんだろ?」
そう部下に言われたジュピターさんは何枚かのチケットを部下に渡す。
「……一枚は詩希の分だ。お前たち、頼むぞ」
「なッ!? 正気ですか!?」
「もう勝てる見込みはない! 今は生き残るだけを考えて———!」
「俺はお前たちと違って、戦える人間だ」
部下の怪我は酷いモノだった。大火傷、足の骨折、腕の骨折、頭部の怪我。それぞれ戦えるような状態じゃなかった。
しかし、ジュピターさんは頭を切った傷だけ。誰がどう見ても戦える状態だ。
「ジュピターさん……嫌だよ……!」
「ッ……聞いていたのかお前」
背後から啜り泣く声が聞こえた。振り返るとそこには涙を流した詩希がいた。隠れて会話を盗み聞きしたようだ。
詩希はすぐにジュピターさんに抱き付こうとするが、ジュピターさんは後ろに下がって拒絶する。
「あッ……!」
「お前は十分頑張った。あとは俺に任せてシェルターに入れ」
非戦闘員でありながら十分に活躍した。敵の居場所を見つける役目は重要だった。
情報は武器となる。詩希の情報は十分な戦力として認められた。
「嫌……嫌だぁ……!」
「……お前ら」
ジュピターさんが部下を顎で使う。部下たちは詩希の腕を掴み、ジュピターさんのところに行かせようとしない。
振り返りその場を後にする。ジュピターさんはこれが会うのが最後だと分かってしまう。
「嫌ッ!! 嫌だぁッ!! 嫌あああああァァァ!!!」
「くそッ……泣きてぇのはこっちだ馬鹿がッ……!」
泣き叫ぶ詩希にジュピターさんは下唇を強く噛んで堪える。
「嫌ぁあああああああッ!!」
少女の泣き声が、中心街に響き渡った。
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天童民間警備会社の一室。蓮太郎と延珠。木更はただ椅子に座り虚空を見つめていた。
戦争が終わるまで帰って来ることはないと思われた場所。だがこの光景はもう二度と見ることはできないのかもしれない。
ここに来る前、影胤は治療を受けた後、小比奈と一緒に参戦できると連絡が届いた。玉樹と弓月のペアの連絡はまだ無いが、彰磨と翠はできると先程電話で通知が来た。
将監と夏世は共に無事であることは確認できていたため、恐らく戦うのだろう。問題はジュピターさんがどう出るか。
「ねぇ里見君」
考え事をしていると、木更が声をかけた。
「私たちは……勝てるのかしら?」
それは自分も聞きたい質問だった。しかし、答えはどこにも転がっていない。
蓮太郎はしばらく黙り、口を開く。
「分からない」
正直な答えでなかった。本当は『無理だ』とか『勝てるわけがない』と答えたかった。
ただ二人を不安にさせたくなかった。
「でも戦うしかないんだ……」
「……できるの?」
「えッ……?」
「キミにそれが……できるの……?」
目の下を赤くした木更が蓮太郎に問いかける。蓮太郎はすぐに答えることができず、魚のようにパクパクと何も喋れずにいた。
「本当に勝てると思っているの、里見君?」
ガタッ
木更は椅子から立ち上がり、蓮太郎の両腕を掴んだ。
「死んじゃったらおしまいなのよッ!?」
悲痛な叫び声が部屋に響き渡る。木更の大声に蓮太郎は頭をガツンッと叩かれたような感覚に襲われる。
自分たちはまだ高校生。子どもだ。木更がここまで動揺し、怖がるのは普通の反応だったはずだ。それに気付けない自分が情けない。
延珠なんか小学生だ。それなのに戦いに身を投じて文句一つ言わずについて来てくれている。自分の常識の感覚は麻痺しているのか疑ってしまう。
蓮太郎はそれ以上何も言わず、下を向いて黙った。
何も答えてくれない蓮太郎に木更は後悔する。蓮太郎に八つ当たりした所で状況は変わらない。木更はそのまま蓮太郎の胸に顔をうずめた。
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心電図の音が一定周期で音が鳴る。部屋の真ん中にある白いベッドの上には黒ウサギが眠っていた。
体の所々に包帯が巻かれ、起きる気配は全く見られない。
傍らには優子と真由美が椅子に座り、優子は黒ウサギの手を握っていた。
真由美はいつまでも黒ウサギのそばから離れない優子の心配もしていた。もう3時間以上の時間が経過していた。
いつ声をかければいいのか。そう考えていた時———
「……黒ウサギ。あなたの力、借りるわね」
———優子は顔を上げた。
黒ウサギが持っていた白黒のギフトカードを握り絞め立ち上がる。決意した表情に真由美は驚くことしかできなかった。
「ど、どうしたの?」
「この戦争はまだ負けていない。大樹君が帰って来るまで時間を稼げばアタシたちは勝てる」
「でも戦える人たちはもう残っていないのよ? こんな状況で……」
「こんな状況でも、大樹君は諦めない」
優子はカードを強く握り絞める。
自分のためなら大樹はどんな危険なことも躊躇することなくしてしまう。例え血が流れても、腕が切断されても、不可能だと分かっていても、諦めること無く抗い続けた。
そんな彼は今もきっと命懸けで戦っているはずだ。ならば自分たちも理不尽な運命に逆らうのが筋というモノだ。
この東京エリアにいる人々を、大切な人であるアリアを、救わなければならい。
諦めていい理由は、存在しない。
「だからアタシも、諦めない」
「優子さん……」
真由美は優子の手が震えていることに気付く。やはり恐怖を隠すことができていないあたり、優子は無理をしていることを察する。
真由美は優子の先輩だ。だから後輩の優子ばかりに重みを背負わせてはいけない。
「そうね……大樹君なら諦めないわね」
優子の言葉に同意した真由美は立ち上がる。優子の手を両手で包み込み、微笑む。
「大丈夫よ。私も、黒ウサギもいる。一人で背負わないで」
「真由美さん……!」
「それと、もう『さん』付けはやめないかしら?」
「えッ!? でも真由美さんぐむッ!?」
真由美は急いで優子の口を手で塞ぎ、首を横に振る。優子も譲らない真由美に観念し、口を開く。
「真由美」
「何かしら、優子?」
「「……………ふふッ」」
互いに名前で呼び合うと、くすっと笑ってしまった。慣れないことをしてしまったと二人は思う。
「一緒に、戦ってくれるかしら?」
「いいわよ、やるからには勝ちましょ」
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絶望的な状況の東京エリア。昨日の大損害から一夜明け、死者が0名と二度目の奇跡が起きた。
しかし、そこに追い打ちをかけるかのような動きをガストレアは見せた。
正午 12:00
ガストレアは東京エリアに向けて進みだした。その数は900に近い数字だと判明し、上層部に報告されている。
このまま何もしなければ1時間も経たないうちに、東京エリアは崩壊する。人類はそこまで追い詰められていた。
ここまで死者出さず、完璧な戦いを見せた東京エリア。既に歴史に残りつつある快挙であり、敗戦として名を刻まれるのも時間の問題。
最後の戦場として選ばれた場所は東京エリア第四十区『回帰の炎』と呼ばれる所だった。
戦場にするには打って付けの場所。見渡せば廃ビルが群を成して
第二回目の関東会戦はこの地で行われ、快勝することができた。そんな幸運が付きそうな場所だった。
だが現実は甘くない。今この地に集まった人間はわずか300人足らず。自衛隊の数も『シデムシ』のガストレア
による奇襲で減らされてしまい、絶望的人数だと言える。
司令官として原田は行動を起こさなければならない。策を練らなければならない。部下に激励の言葉を送らなければならない。だが今の彼に何もできる気力どころか、やったところで無駄になるようにしか思えなかった。
一番彼を堪えさせたのはやはり黒ウサギの負傷。それに対して責任と後悔が重く、重く圧し掛かっていた。
さらに相手には新しい戦力のリュナもいることを確認済み。一度殺されかけた相手に恐怖感を隠すことはできなかった。死ぬ可能性に心底怯えてしまう。
下を見続け何も喋ろうとしない司令官に民警たちも士気を落としている。31人しかいない、こんな状況で勝てるはずが無い。
「勝てる作戦はあるわ」
その瞬間、その場にいた全員の息が止まった。
顔を上げて声の聞こえた方向を見ると、そこには二人の少女がいた。
「木下……七草……!?」
原田も顔を上げて驚愕する。信じられない言葉に耳を疑ってしまったからだ。
「原田君。アタシに作戦があるの。それをどうしてもやって欲しいの」
「作戦……だと……!? この状況で勝てる見込みがあるのか!?」
どんなことでもいい。原田は立ち上がり、優子の作戦に食いつく。
一度深呼吸をした優子は告げる。
「緋緋神は、アタシが一人で止めるわ」
「なッ!?」
「「「「「ッ!?」」」」」
優子の言葉に原田は目を見開いて驚いた。周りの人間も、緋緋神のことは知っている。存在や姿だけでなく、強さも。だからこそ、その言葉に驚愕した。
「な、何考えてやがる!? アイツは俺でも苦戦する奴だぞ!? 緋緋神は俺が―――!」
「リュナは……どうするの?」
優子の言葉に原田は一瞬だけ表情を硬くする。だがすぐに次の言葉を出す。
「ッ……それも俺が相手にして―――!」
「原田君。できないことを言わないで」
ピシャッと切り捨てられた厳しい言葉に原田は黙ってしまう。だが言葉だけで黙ったわけでない。決意を決めた表情の優子を見たからでもある。
「アタシにはそれができるの。信じて」
優子の瞳は大樹のように力強い意志が籠っていた。
原田はしばらく思考した後、決断を下す。
「分かった。任せる」
「ええ、任せてちょうだい」
笑顔で答える優子を見た原田は同じように笑う。
自分が情けない。だからどうした? 今ここで、立ち止まっていい理由にはならないはずだ。
ドゴッ!!
「「「「「ッ!?」」」」」
原田は左手の拳で自分の顔を力を込めて殴った。唇が切れて血が地面に飛び散るが、今の彼はそんなこと気にしない。
「何負けようとしてんだ俺は……まだ大樹が来る可能性だってあるって言うのに……まだ戦えるっているのに」
ああ情けない。情けなくて惨めだ。惨めで無様だ。ああくそったれ。
だけど、そんなことはどうでもいい。
情けない? 惨め? 無様? くそったれ?
だからどうした。こんなこと、いちいち気にしていい時間なんて無い。
「……俺は、もう逃げることは許されねぇ人間なんだ!!」
あの日失った命は還ってこない。大切なモノは元に戻らない。
ならば次はどうするか、もう決まっている。
大樹と同じ考えだ。もう二度と、悲劇を起こさせはしない。
もう失わないために、俺は逃げない。
「全員よく聞けッ!! 今からガストレアの進行を———」
いざ大声に出そうとした声を止める。『進行を妨げて時間を稼ぐ』なんて甘い。もっと強く出ろ!
「———いや、ガストレアを
「「「「「ッ!」」」」」
その言葉に聞いていた者たちは驚愕する。絶望的な状況で言う発言ではない。正気とは思えなかった。
「もう負けるわけにはいかないんだ! 逃げるわけにはいかないんだ! 失いたくないんだ! だから———!」
「安心したまえ。君の言葉は彼らに届いているはずだよ」
その時、影胤の声が聞こえた。原田が顔を上げて見ると、自衛隊や民警たちとは違う、別の部隊がこの地に何百人もやって来ていた。
「まさか……!」
彼らは全員怪我をしていた。原田のように腕が使えない者、足が動かせない者、目や顔に包帯が巻かれている者。誰一人万全な状態はいない。
しかし、彼らの手には武器が握り絞められている。
戦えない負傷たちが、己の寿命を削ってまでも助けに来たのだ。
「大樹君の影響……かしら……」
「似ているわね……」
真由美の呟いた言葉に優子は同意した。
影胤を止めるために、東京エリアの明日を守る為に残った民警たちに似ている光景だった。その光景に原田は必死に涙を堪えながら感謝の言葉を繰り返す。
「ありがとうッ……ありが、とうッ……!」
原田は左手で目を擦りながら嗚咽を抑える。
その姿に誰も馬鹿にしようとする人間はいない。
「……木更さん。俺は、変えたい」
「里見君……」
「変わろうとしているんだ。今、俺たちが夢見ていた世界に……」
蓮太郎は強く目を閉じて決意する。木更も言いたいことが分かったのか、それ以上何も言わず、蓮太郎の手を握り絞めた。
反対の手には延珠の小さな手が握られている。ガストレア因子で苦しめられた彼女たちの日々に、終止符が打たれようとする。
その邪魔をすることは、絶対に許されない。
「俺は、守りたい。延珠を……木更さんを……みんなを」
「私もよ里見君。守りましょう」
「妾も……みんなを守りたい」
繋いだ三人の手は、戦争が始まるまで放れなかった。
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「……夏世」
「何ですか将監さん」
遠くから一連の騒動を見ていた将監と夏世。将監の背中には二本の黒い大剣がクロスして背負われている。夏世は罠や小型爆弾と言った部類がたくさん詰まったリュックを背負っている。
二人は戦いにしっかりと備え、いつでも出撃できるようになっていた。
「夢を見たいか?」
「ッ!」
将監の質問に夏世は驚く。だがすぐに微笑みながら返す。
「もう夢は叶いました」
「叶ったのか……?」
「はい。叶いました」
「……そうか」
「そうです」
「……なら、もう痛ぇ目を見ることない日を願ってろ」
「……分かりました。でも、忘れないでください」
将監はそれから何も喋らず、ただ戦争開始時間まで待ち続けた。
夏世の夢。それはあの日、東京エリアの危機の時から変わらない。
自分のことを正しいと言ってくれた大切な人と、一緒にいられること。
だから、叶った夢を壊させない。
「私は、あなたの道具ですから」
「……そうかよ」
夏世は刺青の入った腕に背を預ける。将監は何も言わず、ただ受け入れた。
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「……なぁ、どうして逃げなかった」
「分からん。兄弟子として置いて逃げるわけにも行かない。けれど翠も大切だ。結局答えは出せなかったが……残るべきだと思った」
玉樹の質問に彰磨は上を見上げながら答える。玉樹の表情は暗かった。
あの倒壊、下手をすれば死んでいた。その恐怖は今も染み込んでおり、作戦会議にも出席することができなかった。
妹の弓月も兄の元気の無さに自信を失い、戦う気力は無かった。このままシェルターに入ろうかと思った。
でも、二人はできなかった。
二人は見てしまった。『呪われた子ども』たちが全員シェルターの外にいる光景。そして、あの歌が耳に入ってしまった。
曲名———『アメイジング・グレイス』だ。
あまりの綺麗な歌声にガストレアを憎む一般人ですら、時間を忘れた。
彼女たちは祈りを捧げていた。人類の勝利を、信じていた。自分たちを、信じていた。
ここで負ければ、一体彼女たちはどうなってしまう。それを考えただけで、ガストレアより怖かった。
「オレっちは……疲れた。戦いたくない。でも、逃げたら終わりなんだ」
原田の言葉がずっと頭の中に残っていた。玉樹はグッと奥歯を噛みながら足を動かす。
「弓月。オレッちのこと、嫌ってもいい。力を貸してくれ」
「大丈夫だよ兄貴。どんな時でもアタシは、兄貴について行くからね!」
司馬重工の新しい武器、バラニウム製特殊グローブを装着した玉樹。弓月と一緒に作戦部隊へと走って行く。
その光景に彰磨は小さく笑い、隣にいる翠に声をかける。
「いけるか?」
「はい、大丈夫ですッ」
いつもより力が籠った返事に満足する。彰磨と翠も、玉樹たちの後を追った。
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「アルデバランの解析結果がでたよ。倒す方法もあるかもしれへん」
作戦立案の美織からそんな言葉を聞いた。周りの民警達は全員驚き、ざわざわと騒ぎ始める。
「時間が無いんだ美織、早く説明してくれ」
「里見ちゃん、アルデバランは再生する。どんなに攻撃しても、無駄なのは分かってる?」
今まで黒ウサギの雷撃や青の拠点による大爆撃にも耐えたアルデバランの脅威は言わずとも知れている。もはやステージⅣの領域を越えているガストレアだ。
「だからもう方法はこれ
そう言って美織が取り出したのは銀色の小型ケース。ケースを開けると中には円筒状の物体が入っていた。
「【エキピロティック・ボム】。長いからEP爆弾ってみんなは呼んでる。ごく狭い範囲内に強烈な爆熱ダメージを与えるもんで、自衛隊が使う爆弾より20倍の威力があるんや」
「に、20倍……!」
期待できる火力に思わず耳を疑った。美織は続ける。
「再生するなら再生させなければいい。アルデバランは細胞一つ残さず完全消滅させる。それ以外に、アルデバランを倒せる方法は無い」
「……少し待て。何で今まで使おうとしなかった? ソイツをぶつければアルデバランは消滅できたんじゃないのか……?」
「それが問題やったんよ里見ちゃん。このままEP爆弾をぶつけても倒しきるまではいかないんよ」
「さっきと言ってることが違うじゃねぇか! 完全に消滅させるんじゃなかったのか!?」
ジュピターさんの文句は正しい。しかし、早とちりだった。
「このままじゃ火力不足。ならどうするか……」
「なるほど、体内爆発か」
美織の言葉に影胤が反応した。体内爆発という言葉に半数がハッとなり、半数が首を傾けた。
まだ理解していない者達に理解した真由美が説明する。
「密封状態で爆発させると、爆発した力の逃げ場が無くなって威力を上げて危険なのよ。そうね……火を点けた爆竹を鍋に入れて蓋をしたら分かるわ」
「見たことある! その動画、確か天井に大穴を開けるくらい鍋が勢い良く飛んで行ったはずだ!」
思い出したかのように玉樹が大声を出す。そして、その発言で全員が気付く。さりげなく、そんな危険なことを試しにやらせようとしたことに。
「……威力が上がることは分かったわ。アルデバランの傷口から爆弾を入れて再生を待つ。そして完全に再生して密封状態を造り上げる。最後は起爆」
「木更の言う通り、これがウチらの出した作戦、その流れも合ってる」
「でもまだ問題はあるよな?」
原田の問いかけに美織は頷く。そう、問題はその傷口だった。
「どうやってあの硬い装甲を貫いて風穴を開けるのか。どうやってアルデバランのところまで行くのか。本当はまだ問題があるけど、今はこの二つや」
「装甲なら俺が貫ける……でも……」
「原田君は新しい敵の相手であるリュナを抑えないといけない。他にできる人が———」
美織の発言に原田が立案するが、真由美の言葉で却下された。原田も通るわけがないっと少し思っていたようだ。
その時、真由美の声が止まった。彼女の視線の先には蓮太郎。そして影胤がいた。
「里見君と影胤さんの同時攻撃で、どうかしら?」
「俺ッ!?」
「ふむ……悪くない案じゃないないのかね」
蓮太郎は首を横に振り、影胤は承諾した。拒否する蓮太郎に影胤は説得し始める。
「実際里見君の攻撃力は強い。私の『イマジナリー・ギミック』を破ったのが証拠だよ」
「……まさかお前と組むことになるなんてな」
「おやおや? 同じ会社仲間じゃないか。仲良くしないかい?」
「……まぁいいけどよ」
「決まりだな」
パンッと原田は手を叩いて話をまとめあげる。
「時間はもうない。リュナは俺が抑える。木下は緋緋神。七草は全部隊の指揮を任せたい」
「ええ、問題無いわ」
「よし、里見のアジュバンドはアルデバランの討伐に向かう二人の援護だ」
「待て。里見リーダーのチームだけでは人数が少な過ぎる。私も加わろう」
原田の提案に抗議したのは我堂。だがその抗議は嬉しいモノだった。
頼もしい言葉に原田は頷いて許可を出す。
「それ以外は東京エリアの死守。だけど、誰も死なないでくれ」
ちょうどその時、回帰の炎を取り囲む七つのビルの屋上に設置されたサーチライトの光が点灯した。暗かった廃墟街が照らし出され、視界が良くなる。
どちらかの命運をかけた戦いに終止符が打たれる。
最後の戦争が始まろうとしていた。
原田は息を吸い込み、大声で叫ぶ。
「勝つ! 俺たちは、負けるわけにはいかねぇんだよッ!!」
短剣を左手に持ち、その刃を天に向ける。
「行くぞッ!!」
「「「「「おぉッ!!!」」」」」
———第三次関東会戦、最終決戦が始まった。
次回 第三次関東会戦 最終決戦
大樹「へぇー、次で最終決戦始まるのか……ふーん」
ティナ「皆さん、頑張ってください」
大樹「最後は……ねぇ……出番……とか……チラッ……出番が……チラチラッ」
ティナ「もしかして、もう無いのでは……?」
大樹「 ( ゚Д゚)エッ…… 」