どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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ハロウィンの日は女の子には絶対にお菓子をあげない作者です。一体どんな悪戯をしてくれるんですかね(ゲス顔)。




黒の暗殺任務戦

影胤たちが部屋を出た後、原田は頭を抱えた。

 

 

「勢いでとんでもねぇことをしてしまったあああああァァァ!!」

 

 

見事に自分の弱い部分を突かれてしまった。両膝を折り地面に両手を付ける。その姿に部屋に居た者たちは引いた。

 

我らの主将が嘆いている。後悔していると。

 

 

「だ、大丈夫ですよ。黒ウサギも影胤さんたちならやってくれると思いますので」

 

 

「そ、そうよ。大樹君も予想できなかったことなんだから」

 

 

黒ウサギと優子が励ますが、原田はさらに落ち込んだ。

 

 

「でも資料には『相手にはジョーカー的な存在が出て来るかもしれないから注意』って書いてあるんだよ! ジョーカーって『プレヤデス』のことだろ……!」

 

 

(((((もうッ、大樹の馬鹿ッ)))))

 

 

ここまで来ると余計なお世話だ。

 

 

「大樹君は私が怒っておくから。ほら、頑張りましょう」

 

 

真由美の言葉に「彼は怒られるのか……」っと我堂は同情していた。黒ウサギと優子は仕方ないっと思っている。

 

 

「そうだな……とりあえず武装準備だ。黒い雨が降っている中で戦うんだ。レインコートやら耐水武器を用意するんだ」

 

 

「了解!」(よっしゃ! 頑張るぜ!)

 

 

「医療班は次の戦いに出れる者だけ声をかけろ。無理はさせないでくれよ」

 

 

「分かりました!」(うわぁ……厄介な奴と話したくねぇ!)

 

 

「作戦班は確認作業だ! 言わずとも、分かるよな?」

 

 

「知るかよ……」(もちろんです!)

 

 

「よし、テメェはそこに立ってろ。後で殴る」

 

 

(((((あぁ……バカがいた……)))))

 

 

心の声と建前が逆になった部下がいた。顔が真っ青になり、やっちまった……っと言わんばかりの表情だった。

 

 

「あー、それと胃薬を用意しろ! ……ちょっとお腹痛い」

 

 

「「「「「司令官!?」」」」」

 

 

________________________

 

 

 

 

里見 蓮太郎は不機嫌だった。

 

原因は自分に相談無しで影胤たちが『プレヤデス』退治に行ったこと。先程から貧乏ゆすりが止まらない。

 

 

「里見君。ただでさえ貧乏なのに、これ以上貧乏になってどうするのよ」

 

 

「木更さん。最近は俺の財布にも1万円札が入っているようになったんだぜ?」

 

 

「影胤と小比奈ちゃんが働いているからでしょ。大樹君はもっと大金を持っているわ」

 

 

「儲かるようになったからな、ウチの会社」

 

 

「そうね。課を作れるくらい人も入ったし最高だわ」

 

 

「……そういや俺はどのくらいの地位なんだ? 副社長とか———」

 

 

「平社員」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「一番稼いでいないからよ。影胤討伐作戦以降、何も成果を出していないじゃない」

 

 

「そ、そんなはずは……あッ、『モンスターラビリンス』だ! あれなら———」

 

 

「私の手柄にしたわッ」

 

 

「ドヤ顔で最低なこと言うなッ!!」

 

 

「姐さん!! 料理できましたぜ!」

 

 

ちょうどその時、料理を作っていた玉樹がキッチンから戻って来た。蓮太郎は「ちくしょう……」と言いながら椅子に座る。

 

玉樹の作った料理は凄かった。シチューやスープは美味しかった。料理の腕が良いという意外な点を見つけてしまった。しかし、蓮太郎や木更は微妙な表情になっていた。

 

 

「「……大樹(君)の料理食いたいな」」

 

 

「ふぁッ!? オレっちが大樹とやらに負けているのか!?」

 

 

「あー、気にするなよ。お前の料理は美味しいよ」

 

 

「ただ、その……」

 

 

「姐さん! ハッキリ言ってくれ! 何が足りなかったのか!?」

 

 

「そうね……………世界、かしら」

 

 

「それ手に入れたらヤバイですよ姐さん!?」

 

 

「でも大樹君の料理と雲泥の差があるから……」

 

 

「嘘……兄貴の料理が泥……!?」

 

 

「待て弓月!? 俺の料理は決して泥では無い! 勘違いしないでくれ!」

 

 

「お前らは黙って飯でも食えないのか……」

 

 

蓮太郎たちの会話にジュピターさんは溜め息をついた。隣では美味しそうに食べる詩希。そんな詩希を見たジュピターさんは自分のパンをあげている。ジュピターさん優しいッ。

 

 

「今回はまぁまぁ良い判断じゃねぇのか? アイツらは並みならぬ強さを持っているし、奴を殺しておかないとまた不味いしな」

 

 

ジュピターさんの言葉にみんなが黙る。そして、一斉に口を開く。

 

 

 

 

 

「「「「「……何の話?」」」」」

 

 

 

 

 

「影胤の話に決まってんだろうがッ!! 忘れてんじゃねぇよ! おい里見! お前の機嫌の悪さはそれだっただろうがッ!!」

 

 

「そうだったッ……!」

 

 

「クッ、私も気付かなかったわ……いつの間にか忘れてしまっていた。これも全部———」

 

 

「「「「「———大樹のせい」」」」」

 

 

「人のせいにするなよ!? さすがに可哀想だろ!? アイツに同情するわ!」

 

 

怒鳴るジュピターさんは頭を抑える。その隙に詩希はジュピターさんのスープを盗む。

 

 

「蓮太郎、妾はこの後どうするのだ? また戦うのであろう?」

 

 

「ああ、原田から指示が出た瞬間、総力でガストレアに奇襲を仕掛ける。バラニウムの雨で弱っているうちにな」

 

 

延珠の質問に蓮太郎は頷きながら説明する。自分の担当区域、緊急時の行動や撤退時の合図。他の者たちも忘れないように覚える。

 

 

「———と言った感じが建前だ。原田から許可を貰った。いち早く影胤たちと合流することの許可を」

 

 

「フンッ、どうせお前のことだ。許可貰わなくてもそうするつもりだっただろうが」

 

 

ジュピターさんはニヤリと笑いながら蓮太郎に言う。蓮太郎も笑って誤魔化したが、それはもう肯定しているのと同じだった。

 

 

「今日はもう寝ようぜ。オレっちは疲れ切ってしまったぜ」

 

 

「そうだな。今のうちに睡眠を取ろう。いつ出撃するか分からないからな」

 

 

玉樹の提案に蓮太郎は頷く。こうして蓮太郎たちの戦争一日目が終わった。

 

しかし、終われない者たちもいる。

 

 

________________________

 

 

 

「くああぁ~……まだ二時間しか寝てねぇぞ」

 

 

「将監さん。皆さんが待っていますよ。急がないと———」

 

 

「チッ、分かってる」

 

 

将監と夏世は防水コートを羽織り、将監は大剣を背負い、夏世は銃器を入れたスーツケースをからう。

 

青の拠点基地の外に出ると、自分たちと同じようなコートを着た四人が待っていた。

 

 

「遅かったじゃないか」

 

 

「チッ、何でテメェはそんなにピンピンしてんだよ」

 

 

「これでも元100番台の民警だよ? これくらいのことじゃまだまだ疲れないね」

 

 

影胤はリュックを背負い、小比奈の腰の後ろに回した鞘の数が4つに増えている。

 

 

「話なら歩きながらできる。日が昇る前に距離を詰めよう」

 

 

彰磨も影胤と同じようなリュックを背負い、翠もリュックを持っていた。

 

彰磨が歩き出すと、影胤たちも後を追うように歩き出す。

 

 

「里見君から『プレヤデス』の正体を聞いたかね?」

 

 

「はッ? 正体って高圧水銀を打ち出す奴のことか?」

 

 

「それ以外に何があるのかね?」

 

 

「……ウチのリーダーは正体が分かったっていうのか? 何も情報が無いのに、冗談だろ?」

 

 

「彼の推察能力は並み外れている。君も、そんな経験があるんじゃないのかい?」

 

 

「……………」

 

 

将監は思い出す。オオムカデのガストレアと対峙した際に蓮太郎から貰った助言を。

 

すぐにガストレアの台となっている名称を当てた。

 

さらに専門家でも頭を悩ませるようなことも里見は当たり前のように答えたこともあると聞く。ありえない話ではなかった。

 

 

「『プレヤデス』はテッポウウオのガストレアだと推測されている」

 

 

「テッポウオか。水タイプの———」

 

 

「お前それポケ〇ンじゃねぇか」

 

 

彰磨のボケになんと将監がツッコミを入れた。そのことに全員が驚く。

 

 

「将監さん……帰ったらバトルですね」

 

 

「はぁ!? 何でお前と俺がゲームしなきゃ———」

 

 

「待て。俺の6Vピカ〇ュウが先にバトルしよう」

 

 

「お前ガチ勢じゃねぇか!!」

 

 

「ん? まさか『6V』の意味が分かっている……………裁判長、俺からは以上です」

 

 

「有罪です将監さん」

 

 

「面倒臭いなお前らッ!?」

 

 

「「冗談だ(です)」」

 

 

「もう通じねぇよ!!」

 

 

「……いい加減、テッポウウオの話の続きからいいかね? 静かにしないと小比奈が斬るよ?」

 

 

「え? 斬っていいのパパ?」

 

 

「「……………」」

 

 

(凄い……あの将監さんが黙った!?)

 

 

一番驚愕していたのは夏世だった。翠は終始どうすればいいかオロオロしていた。

 

 

「よろしい。テッポウウオは口の先から圧縮した水を撃ち出して昆虫を捕食する魚だ。有名な魚だから大体分かるんじゃないかね?」

 

 

「水の代わりに水銀が放たれたと言うことですね」

 

 

影胤の説明に夏世が納得する。しかし、夏世は嫌な顔をした。

 

 

「恐ろしいガストレアですね……ただでさえビーボックスやアルデバランがいる状況に対してキツイ戦いです」

 

 

「これから戦いの激しさは増すだろうな。それでも未だに死者が0なんて信じられないな」

 

 

彰磨の言うことに全員同意する。この死者0と言うことは民警本人たちも驚くことだった・

 

 

「もし大樹君たちがいなければ半数……いや、全滅だったかもしれないね」

 

 

影胤の言葉にゾッとする。想像しただけで手が震えそうになった。

 

 

「……アイツらは何者なんだよ」

 

 

「少なくとも、我々人類の味方だ。敵に回ることは一切ない」

 

 

影胤は将監に返答しながら空を見上げる。

 

 

「彼はまた、私たちのように人を救っているのだろう」

 

 

黒い雲は未だ消えず、黒い雨が降り注いでいた。

 

 

________________________

 

 

 

敵は一度モノリスの外まで逃げている。赤の拠点に留まることはせず、わざわざモノリスの外まで出ていた。

 

よって影胤たちは倒壊したモノリスを越えた先———未踏査領域へと進むことになる。

 

自分たちの構えた拠点よりも暗い森の中を歩く。ぬかるんだ土は滑りやすく、雨は強くなるばかり。最悪だった。

 

 

「……近くにいます」

 

 

「そのようだね。銃器は一切使わないでくれ」

 

 

耳に手を当てながら翠はみんなに教える。影胤も気付いていた。

 

ガストレアがすぐそこにいる。だが今はこちらを襲い掛かるような気配はない。つまり、まだ見つかっていないということが分かる。

 

銃器を使わない理由は夏世が一番知っている。ガストレアを起こしてしまうからだ。以前爆発物を使って失敗したことを夏世はよく知っている。

 

 

「夏世。後ろにいろ。俺がやる」

 

 

「将監さん……」

 

 

「勘違いするな。俺が好きでやっていることだ。お前のためじゃねぇ」

 

 

「……ツンデレ」

 

 

夏世の呟いた言葉は雨の音で掻き消されてしまい、将監には聞こえない。夏世は口元に笑みを浮かべながら将監について行く。

 

 

「翠、ガストレアはこの方角に沿って多くなっているんだな?」

 

 

彰磨の質問に翠は集中しながら頷く。

 

 

「ならば『プレヤデス』とやらもこちらにいるだろうな」

 

 

「恐らくね。キングやジョーカーの周りには護衛がいるはずだ」

 

 

彰磨の推測に影胤も同意する。

 

さらに奥に進むとガストレアの鳴き声や足音、体を震わすような出来事ばかりが起きる。

 

緊張感が高まり、鼓動が早くなってしまう。息を殺したくても、殺せない。意識をすればするほど荒くなる。

 

慎重に歩き続けて1時間以上が過ぎた……はずだ。時間なんてもう気にしていられなかった。

 

 

「グルルルッ……」

 

 

「シャアアァァ……」

 

 

ガストレアの唸り声や鳴き声がすぐそこまで来ている。いつ気付かれてもおかしくないところまで潜り込んでいる。

 

 

「どうする? このままだと見つかるぞ」

 

 

「問題無い。真っ直ぐ進む。君たちは気付いていないかもしれないが、この地形は坂になっている。この調子で上に登ればガストレアの数も減るはずだ」

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

「来れば分かるさ」

 

 

彰磨の質問に影胤は振り返りもせず答える。理解できない解答に彰磨たちは文句一つ言わずついていく。

 

雨がさらに強くなる。森の木々が少なくなり、雨が強く体に当たってしまう。

 

 

「……そういうことですね。確かにバラニウムを含んだ雨に直接当たりたいとガストレアも思いませんよね」

 

 

「なるほど。赤の拠点を根城にしなかったのは雨を防ぐため。わざわざ外の森まで戻ったわけか」

 

 

夏世の言葉に彰磨も納得する。他の者も影胤の行動が理解できた。

 

坂を上り切り、森を見渡せる場所に辿り着く。しかし、夜と悪天候のため満足に一望することはできない。

 

 

「あれを見たまえ……っと言っても見えないかな?」

 

 

「暗視スコープ持って来ています」

 

 

影胤の指した方向をすぐに夏世は暗視スコープを取り出して見る。影胤には見えたらしいが、暗視スコープが無ければ誰にも見えないだろう。

 

そして、夏世は目を見開いて驚愕した。

 

 

「まさか……!?」

 

 

「最悪だね。アルデバランを先に見つけてしまうなんて」

 

 

戦慄が走る。

 

森の中に隠れ切れていない小山のような巨体。見間違いじゃない。アルデバランだ。

 

 

「今の私たちに勝つ策は無い。無視しておきたいところだが……アルデバランのいる場所から右の方にゆっくりと視線を移したまえ」

 

 

「……………ッ!」

 

 

「おい夏世! 何が見えたッ!」

 

 

森の中にアルデバランよりもっと小さいモノがうごめくのが見えた。

 

しかし、小さいと言っても通常のガストレアと比べれば大きいガストレアだ。

 

スコープの倍率を上げて正体を見破る。

 

高さと横幅はざっと10メートルほど。口は漏斗(ろうと)状に尖り、テッポウウオだった頃の特徴を残しているようだった。

 

膨張した腹は気球のように膨れ上がり、そこに水銀を溜めているのではないかと推測できた。

 

しかし、気になるのは手足だ。短過ぎる手足に夏世はわけがわからなかった。

 

 

「『プレヤデス』と思います……ただ不可解な点が……」

 

 

「あの退化した手足のことだろ? あれだと満足に食事もできないはずだ」

 

 

夏世の不可解な点に気付いた影胤が答える。他の者にも暗視スコープを回して『プレヤデス』を確認させる。

 

 

「恐らく『相互扶助(ふじょ)』じゃないのか?」

 

 

「ガストレア同士の助け合い……ですよね」

 

 

彰磨の後に緑が分かりやすく続ける。

 

プレヤデスの代わりに他のガストレアがエサを獲り、プレヤデスに与える。その対価に『光の槍』を撃っているのであろう。

 

 

「けッ、人類よりよっぽど愛に満ち溢れているな」

 

 

「将監さんの愛、私は忘れていないですよ」

 

 

「やってねぇよ!?」

 

 

夏世に手玉に取られる将監。その光景を大樹が見ていたら腹を抱えて笑っていただろう。彰磨と翠は笑いを真顔で堪えている。

 

 

「プレヤデスを倒せば確実にアルデバランはこちらに気付く。作戦を練ろう」

 

 

その時、影胤と彰磨と将監。

 

 

3人は悪い顔になった。

 

 

まるで今から起こる暗殺に楽しみがあるかのように。

 

 

「……わ、私も行きます」

 

 

「む、無理しないで夏世ちゃん……!」

 

 

「止めないでください。作戦は私が……!」

 

 

「夏世ちゃん……!」

 

 

必死に夏世を止める翠。小比奈はその光景をただ黙って見ていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

作戦を練った6人はプレヤデスへと近づく。

 

プレヤデスの居る場所は森林の深い場所。谷のような大きく長い穴に身を隠していた。他のガストレアも集まって自分の身を固めている。護衛のつもりだろうか?

 

ガストレアの数に圧倒されるが、圧倒されてはいけない。数はざっと見ただけで200以上はいるが、この森にはまだ4000体近くのガストレアが潜んでいる。それを考えるとゾッとなってしまうが、今はこれだけしかいないっとポジティブに考えれる。

 

殺るなら今しかない。

 

 

「「「よし、()るか」」」

 

 

((あぁ……終わった……))

 

 

()()()()()()

 

作戦名『皆殺し』。夏世と翠は合掌していた。

 

 

ダンッ!!

 

 

その瞬間、悪魔のような3人の人間がプレヤデスに襲い掛かった。将監は大剣を大きく振り上げ、彰磨は拳を強く握り絞めて、影胤は斥力フィールドを鎌状に展開させた。

 

だが、

 

 

「キヒッ、寝込みを襲うのは美しくない……でも戦争中ならカッコイイぜ」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

三人の動きが止まった。踏み出した足を急いで地面を踏みしめた。走り出していた体を止める。

 

目の前に立ち塞がったのは緋色の袴を纏った少女———緋緋神だった。

 

 

「よりによって大樹君の嫁が来るとは……可能性としては考えていたが、本当に来るとは思わなかったよ」

 

 

「まぁ楢原の女になるのは考えても良かったけど、もう駄目だな。アイツは壊れた」

 

 

「……どういうことかね?」

 

 

「こっちからあっちに干渉できていたけど何故かもうできねぇからな。いいぜ、教えてやる」

 

 

緋緋神は不敵な笑顔で影胤に話す。

 

 

「心は『鬼』に食われたよ。自分の大切な人を殺すくらいにな」

 

 

「……落ちたと言うのか」

 

 

「落ちるより酷いものさ。今の楢原は人の心すら壊す。どうしようもない愚か者だ」

 

 

緋緋神の言葉に影胤はシルクハットのつばを掴み、深く被り直す。

 

 

「……クックック」

 

 

「……何で笑う」

 

 

「フハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

ついに耐え切れなくなったのか影胤が盛大に笑いだした。周りのガストレアが起きることも気にせずに。

 

 

「確かに、実に愚かだ。無理をしてまで自分の体を傷つけるなど、正気じゃない———」

 

 

「おい影胤。テメェ……」

 

 

将監が何かを言おうとするが、影胤はすぐに告げる。

 

 

「———だから、君のような(やから)たちは愚かだ」

 

 

その言葉に緋緋神の笑顔が凍り付いた。

 

 

「神は所詮その程度のモノか。これでは話にならないね」

 

 

「あたしを……馬鹿にしているのか……?」

 

 

「くだらん。その話が本当なら君は焦るべきだ。策を練るべきだ。そして、怯えろ」

 

 

影胤は斥力フィールドを展開させる。小比奈も両手に刀を握り絞めて笑う。

 

 

「人類を甘く見たな、愚かな神よ」

 

 

「後悔するなよ……!!」

 

 

平常を装っているが、緋緋神は怒っている。神の逆鱗に触れた。

 

全員が構える。緋緋神が右手を上げると、全方向からガストレアの咆哮が轟いた。

 

目覚めた。いや、緋緋神が目覚めさせたのだ。

 

 

「夏世ッ!!」

 

 

将監が夏世の名前を叫ぶ。夏世は銃器を入れたスーツケースの底、隠していたもう一本の黒い大剣を取り出す。

 

夏世はそれを将監に投げ渡す。

 

 

「ギャーギャーうぜぇんだよッ!! クソッたれがッ!!」

 

 

ズバンッ!! グシャッ!!

 

 

二刀流で中型のガストレアの首や胴体を真っ二つにした。その威力はもう1000番台の実力を遥かに超えていることを証明していた。

 

 

「目的を忘れるな! 雑魚は後回しだ!」

 

 

彰磨と翠はプレヤデスに向かって走り出す。その行動を緋緋神が許さない。

 

次次元六面(テトラデイメンシオ)を彰磨の前に出現させる。だが、

 

 

「『レヘ・ツヴィンガー』!!」

 

 

ギャンッ!!!

 

 

球体状に広がった斥力フィールドが内側から破裂し、緋緋神に向かって数え切れない斥力の破片が襲い掛かる。

 

緋緋神は目の前に緋色の炎壁を作り出し、回避しようとするが、

 

 

「ッ!?」

 

 

いつの間にか斥力の中に閉じ込まれてしまった。

 

直方体の箱。斥力の(おり)に捕らわれた緋緋神は驚愕する。簡単に捕まったことに、そして何より見抜けなかったことに。

 

斥力の磁場が体の行動を鈍らせ、頭が痛くなる。出力を上げればとんでもないことになっているだろう。

 

加減されているのはアリアの体だからか、影胤の優しさか? いずれにせよ、この檻は長く持たない。 

 

 

ゴォッ!!

 

 

「脆いッ!!」

 

 

緋緋神の体から溢れ出す緋色の炎が斥力を分散させて、檻を壊す。しかし、一瞬の隙はできた。

 

 

グシャッ!!

 

 

将監の握った二つの大剣と彰磨の必殺の一撃を秘めた拳がプレヤデスに当たった。

 

大剣はプレヤデスの膨らんだ腹部を大きく引き裂き、拳は内側から破裂させる衝撃を与えた。

 

プレヤデスの悲鳴が轟く。

 

 

「……………」

 

 

緋緋神は特に動揺することなく、プレヤデスが絶命する瞬間を見届けた。

 

 

「撤退です! 退路は翠さんが作っています!」

 

 

「あんにゃろうッ……まだ殺し切れていねぇぞ!」

 

 

夏世が先導し、将監は愚痴りながら逃走し始める。

 

 

「大丈夫か翠?」

 

 

「はい! 問題ありません!」

 

 

彰磨が翠の心配をしながら走り出す。翠は元気よく答えた。

 

 

「ああ、ときめく。あたしの求めた戦争……お前らは最高だッ!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

緋色の炎柱が何本も燃え上がり、退路を塞がれる。

 

 

「殺すまでの数分間……数秒かもしれない……本気であたしを楽しませろ!!」

 

 

立ち塞がる緋緋神に全員の表情が硬くなる。武器を構え、緋緋神の攻撃を警戒するが、

 

 

「だったら死んでも文句は言うなよ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、一発の銃弾が緋緋神の頬を掠った。緋緋神の反応が遅れていれば額に直撃していただろう。

 

銃弾が飛んで来た方向をすぐに振り返ると、そこにはなんと銃を構えた宮川がいた。

 

だが残念なことに体に大きな傷があった。右肩から左脇腹にかけて引き裂かれたような大きな傷が白い服を真っ赤に染め上げていた。その大怪我に全員が目を見開いた。

 

 

「……さっさと行け。コイツは俺がやる」

 

 

だが宮川は痛がる素振りは見せず、無表情で影胤たちに先を急がせる。

 

将監や彰磨たちは行くことを躊躇(ちゅうちょ)したが、影胤が首を振ったのを見て、行くことを決意する。

 

 

「将監さん……」

 

 

「行くぞ夏世。腹が立つが俺たちとは次元が違いすぎる」

 

 

夏世の手を引きながら走り出す将監。彰磨も将監と同じように翠の手を引いて走り出す。

 

影胤は後ろを振り返ることなく小比奈と一緒に走り出す。

 

 

「……それって何だ?」

 

 

緋緋神は眉を寄せていた。見ていたのは宮川の持っている普通の拳銃より二回りくらい大きな黒い拳銃。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

返事の代わりに返って来たのは宮川の撃った銃弾。緋緋神はまたギリギリの所で回避する。

 

 

「……キヒッ、同じ匂い……いや、違う……もっと上の……!」

 

 

「察しが良いのは気に食わん。それ以上模索するな」

 

 

宮川は再び銃口を緋緋神へと向けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「夏世! 早く連絡を送れ!」

 

 

「今送っています!」

 

 

将監の言葉に夏世は走りながら大声で答える。

 

先頭では小比奈と翠がガストレアを瞬時に撃破して行き、拠点へと一直線で向かっていた。

 

 

「ヴァンッ!!」

 

 

「キャガッ!!」

 

 

犬型ガストレアに鳥型ガストレア。地上から上空からガストレアの群れに狙われていた。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

アルデバランの咆哮が轟いた。

 

その咆哮に全員が息を飲んだ。

 

 

「あの野郎、起きやがったぞ!?」

 

 

「当たり前だ。ガストレアの最強攻撃力を持ったガストレアが殺されたのだからね。緊急事態だろう」

 

 

焦る将監の言葉に影胤は冷静に返す。

 

 

「どうする!? このままだと袋叩きに遭うぞ!?」

 

 

彰磨の言ったことに誰も答えれない。隠れても鼻の()くガストレアによって発見されるだろう。逃げても足の速いガストレアに追いつかれる。

 

この状態は明らかに詰み。対策を打たないと死んでしまう状況だった。

 

 

「どうして……拠点に連絡は送ったのに……どうして返事が返ってこないのですか!?」

 

 

夏世は顔を真っ青にしながら連絡通信機を操作していた。連絡を送ればすぐに自衛隊が動き出し、空からの爆撃が開始される予定だった。

 

しかし、無情にも連絡は返ってこないまま時間は過ぎて行った。

 

 

「そんな……!」

 

 

「……………」

 

 

翠も泣きそうな顔になり、小比奈も表情が険しかった。

 

その時、将監は夏世の隣まで走り、並んだ。

 

 

「夏世」

 

 

ポンッ

 

 

そして、夏世の頭の上に手を置いた。

 

 

「え……?」

 

 

「言え。今、俺たちは何をすればいいのか?」

 

 

静かに語る将監に周りも驚く。一番驚いているのは夏世だ。

 

 

「お前の策を言え。無いなら考えろ」

 

 

「……………」

 

 

「時間なら俺が稼ぐ。俺には()()ができねぇからな」

 

 

将監は足を止めて、後ろを振り返る。その先からガストレアが近づいて来る気配が体にビンビンと伝わって来る。

 

夏世はしばらく黙った後、将監の腕を掴んだ。

 

 

「時間は必要ありません。思いつきました」

 

 

「けッ、遅ぇよ」

 

 

酷い事を言う将監だが、夏世の口元は笑っていた。

 

夏世は一呼吸置いた後、急いで説明する。

 

 

「これは可能性の話、確実ではない策です」

 

 

「それでも無いよりは良いはずだ。言ってくれ」

 

 

彰磨の言葉に夏世は頷く。

 

 

「この付近に『ビーボックス』がいるはずです。それを早急に倒せば生き残る可能性は上がるはずです」

 

 

「理由は?」

 

 

「ビーボックスを倒せば付近にいるガストレアを混乱させることができます。ですが時間が経てばすぐにアルデバランは異常に気付き、ガストレアを大量に向かわせるでしょう。しかし、混乱している時間、隙ができている時間を突き、逃げ切ることができれば現状より大きく生き残る可能性が上がります」

 

 

「確かに……君の言っていることは正しく良い判断だ。だが一番の問題がある。ビーボックスの場所は分かるのかい?」

 

 

「アルデバランは自分が暗殺されないように防衛包囲網を張っていました。ならばフェロモンを瞬時に全ビーボックスに伝えれるように等間隔で囲むように置かれているはずです」

 

 

夏世は影胤に聞かれたことをドンドン話していく。

 

 

「赤の拠点で私たちのアジュバンドが戦った2体ビーボックスがいましたよね? あの二体は偶然隣り合ったビーボックスでした。その時倒した際に座標をある程度把握しています。そこから失った3体のビーボックス……つまり残りアルデバランの包囲網を逆算した結果を導き出した結果———」

 

 

夏世は東の方向を見ながら指を指す。

 

 

「———この先に、ビーボックスはいます」

 

 

その完璧過ぎる夏世に将監を除いた全員が驚愕した。将監は夏世の行った一連を当たり前だったかのように、何も反応を見せず、夏世の指した方向を向く。

 

 

「話が長い。結論だけ言え、結論だけよぉ」

 

 

「そうでした。将監さんの頭では理解できませんでしたね。訂正します。将監さん、あっちに行ってガストレアを倒してくだちゃいね?」

 

 

「あぁ!? 斬られたいのか!?」

 

 

夏世は笑いを堪えながら将監の隣に立つ。

 

 

「あのペア……頼もしいじゃないか」

 

 

「大樹君が認めるのも頷ける。あの時とは違うようだね」

 

 

彰磨の褒め言葉を影胤はすんなりと受け入れる。

 

 

「時間が無い。もう話はまとまっただろ? すぐに殺すよ」

 

 

「ビーボックスの周りにはどれくらい溜まっていると思う?」

 

 

「少なく見積もっても100だね。私たちがここにいることは向うは気付いているからそれ以上は確実に置かれているね」

 

 

「どれだけいろうが関係ねぇよ。全部、ぶっ殺せばいいんだろうが」

 

 

三人の悪魔は笑う。それにつられて三人の小悪魔も微笑む。

 

ガストレアは地獄を見ることになる。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

アルデバランの咆哮は、やがて悲鳴に変わる。

 

 

________________________

 

 

 

ザシュッ! ズバンッ! グシャッ! ドゴンッ! バキッ! ズシャッ!

 

 

次々とガストレアの体が引き裂かれる音が森の中に響き渡る。

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

「ヴォアッ!?」

 

 

同時にガストレアの悲鳴も響き渡っていた。

 

急速に絶命するしていくガストレアに、後方で待機していたガストレアは恐怖する。

 

本能的恐怖。ガストレアは今まで感じたことのない恐怖を味わっていた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

プレヤデスのようなレーザーが薙ぎ払われた。影胤の斥力による槍だ。

 

ガストレアは触れただけで体が消えてしまい、その完全に命を終える。

 

 

パンッ!!

 

 

彰磨の拳は当たっただけで内側から破裂し、苦しみながら死へと導かれる。

 

 

ドシュッ!! グシャッ!!!

 

 

2つの大剣を大きく振り回す将監の攻撃は強大。防御力の高い亀形のガストレアの甲羅は粉々に粉砕され、一刀両断されてしまう。その力は脅威と言わざる得ない。

 

 

シュンッ………グシャッ!!!

 

 

翠による爪の斬撃は時間を一拍遅らせる程の速さだった。翠がガストレアの横を通り過ぎた後、やっと体が上半身と下半身が分かれてしまう。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

しかし、穴があるとガストレアは夏世を見て分かった。ショットガンを撃った瞬間、背後から大勢のガストレアで襲い掛かる。

 

だが、

 

 

ズパアアアアアンッ!!

 

 

その時、足元に仕掛けられたバラニウム製のワイヤートラップが発動した。

 

網状に仕掛けられたトラップは勢い良く上に向かって引き上げられ、ガストレアたちを細切れにした。

 

一網打尽。底知れぬ未知にガストレアは夏世に対して警戒をより一層高めた。

 

そして、一番の恐怖は———。

 

 

ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!!

 

 

———誰よりも多くのガストレアを屠っている少女。小比奈だ。

 

笑った表情で楽しそうに斬る姿はまさに小悪魔。影胤は小比奈のことをこう呼ぶ。

 

 

 

 

 

『邪悪な天使』っと。

 

 

 

 

 

ドシュッ!!!

 

 

小比奈の二つの刀から六つのカマイタチが飛び出す。ガストレアの頭部や手足を斬り落としてしまう。

 

大樹に教わった剣術。それを短期間で会得したのだ。

 

教わったっと言っても小比奈は毎日のように大樹に斬りかかっただけだ。大樹は教科書を読みながら斬撃を回避し、たまに剣術を見せるだけの繰り返しだった。

 

しかし、その繰り返しだけで小比奈はできるようになってしまった。

 

大樹は天才である小比奈を見てこう思う。

 

 

 

 

 

『お前マジふざけんな。俺がどれだけ頑張ったと思ってんだこの野郎』っと。

 

 

 

 

 

……悲しい彼の叫びは小比奈には届かない。

 

 

「見えた!」

 

 

翠の大声に全員が上を見上げる。森から飛び立とうとするビーボックスの姿が見えた。

 

 

「逃げるつもりかッ!?」

 

 

「空に逃げられてはどうしようもありません! すぐに木に登って———!」

 

 

将監の言ったことは当たっていた。ビーボックスは彼らの猛攻から逃げようとしていた。

 

夏世がすぐに指示を出そうとするが、

 

 

「行きなさい小比奈!!」

 

 

「はいパパ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

小比奈の跳躍は地面にクレーターを造り上げるほどの跳躍力だった。

 

高速でビーボックスに向かって飛ぶ小比奈。二本の刀をビーボックスの穴に突き刺す。

 

 

グシャアアアアアアア———!!

 

 

突き刺したまま、小比奈はビーボックスを蹴り、上に向かって跳躍する。

 

 

———ドシュッ!!

 

 

頭のてっぺんまで斬り上げた後、刀身がボロボロになった刀を捨てて、残りの二本の刀を抜刀する。

 

狙いは目玉。小比奈は笑顔で斬り裂く。

 

 

ズバンッ!!!

 

 

目玉を斬り裂いた瞬間、ビーボックスの羽は止まり地面へと落下し始める。

 

 

(やはり次元が違いますね……)

 

 

夏世はその光景に圧倒された。

 

同じイニシエーターでここまで差が出るのかっと。小比奈の強さはズバ抜けていた。

 

 

スタッ

 

 

小比奈はすぐに脱出し、影胤の元まで帰って来る。

 

 

「よくやった小比奈」

 

 

「偉い?」

 

 

「ああ偉いとも」

 

 

影胤は小比奈の頭を優しく撫で、小比奈は気持ち良さそうにしていた。

 

 

「んなことしてる場合か! とっとと逃げるぞ!!」

 

 

「将監さん。私、偉いですよね?」

 

 

「テメェは一発殴られてぇのか……!?」

 

 

「よく頑張ったな翠」

 

 

「はい……ふぁ……!」

 

 

その時、彰磨が翠を優しく撫でているのを見てしまった。ちなみに彰磨は将監に見えるようにやった。つまり確信犯である。

 

翠は気持ち良さそうに撫でられている。

 

 

「……………」

 

 

夏世は真剣な目で訴える。『さぁ! カモン!』っと。

 

 

「……いいから行くぞこのッ!!」

 

 

「わッ」

 

 

夏世は乱暴にわしゃわしゃと撫でられた。それも一秒だけ。

 

髪がくしゃくしゃになり、すぐに将監は走り出した。

 

 

「……デレました」

 

 

「ああ、デレたな」

 

 

彰磨と夏世は拳をぶつけ合い、その後を追った。翠も後ろから追いかける。

 

 

「やれやれ、これも大樹君の影響かね?」

 

 

影胤は呆れながら走り出し、小比奈はその後に続いた。

 

 

________________________

 

 

 

「影胤ッ!!」

 

 

「ッ……里見君かね?」

 

 

森を抜けた矢先、蓮太郎たちが走って来るのが見えた。隣には延珠、後ろには木更、玉樹、弓月。そしてジュピターさんと詩希もいた。

 

全員レインコートを着用しており、防水対策は万全だった。

 

 

「まさかプレヤデスを倒したのか!?」

 

 

「ああ、そのまさかだ」

 

 

玉樹の質問に彰磨は答える。その言葉に蓮太郎たちは驚愕する。

 

 

「あの軍勢の中、よく生き残ったわね……」

 

 

「正直危なかったです。ビーボックスを倒せていなかったら殺されていました」

 

 

「ビーボックスも倒したの!?」

 

 

木更と夏世のやりとりにさらに驚くことがあった。ジュピターさんは「コイツら怖ぇ……」っと引いていた。

 

 

「それよりも爆撃はどうした? 自衛隊は動いていねぇのか?」

 

 

「……自衛隊は、もう動かねぇ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

蓮太郎の呟いた声は、耳を疑った。

 

 

「奇襲を受けた。ピンポイントでな。俺たちと同じ、奴らも奇襲を仕掛けていやがったんだ……!」

 

 

「どれだけ死んだ?」

 

 

「逃げることを優先していたから奇跡的に……いや相手は意図的に必要以上に狙わなかったかもしれない。死者はいないんだ。その代わり……」

 

 

「……もしかして……もう、ないんですか?」

 

 

翠の言葉に蓮太郎は頷いた。

 

敵が人を殺さなかった理由は戦闘機など優先したためだ。攻撃する手段を奪えば後はこちらのモノっと奴らは考えたと分かる。

 

 

「どうやって奇襲を仕掛けたのかね?」

 

 

「ガストレアの死骸が原因だ」

 

 

「死骸だと? まさか生き返ったとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

 

蓮太郎の答えに将監は頭を掻きながら尋ねる。

 

蓮太郎は首を横に振った。

 

 

「『シデムシ』って知って———」

 

 

「知るわけねぇだろボケ。昆虫オタクが」

 

 

「———そこまで言う必要ねぇだろ!?」

 

 

「違いますよ将監さん。ロリコン生物オタク根暗ですよ」

 

 

「悪化してるじゃねぇか!」

 

 

「また話が進まないな……」

 

 

ジュピターさんは頭に手を当てて溜め息をついた。隣にいる詩希は眠そうにしている。

 

 

「とにかくだ! 『シデムシ』は動物の死体に集まる昆虫だ。その死体を餌にしたり繁殖したりすることで有名なんだ」

 

 

「まさか……あの死骸の中に隠れていやがったってのか!?」

 

 

「ああ、オレッちたちに気付かれることなくガストレアたちは近づき奇襲を仕掛けやがった」

 

 

玉樹は将監を肯定し、拳を握り絞めながら悔しそうに言った。

 

 

「最悪なのは拠点じゃなくて自衛隊の拠点を狙ったことだ。大きく火力が削られた」

 

 

自衛隊の仮拠点は青の拠点の隣にある。ガストレアは青の拠点を無視して自衛隊の拠点を攻めたのだ。

 

蓮太郎の話によると、隣接していたため、すぐに異変に気付くことはできた。しかし、戦闘機は全大破。戦車も使いモノにならないとのこと。

 

 

「東京に残っている戦闘機は中心拠点。民間人の防衛に使われるから出動は許可されないだとよ」

 

 

ジュピターさんのトドメと言わんばかりの言葉に、将監たちは絶句した。

 

自分たちの努力が無駄になってしまったことに。

 

 

「無駄じゃない」

 

 

その時、詩希の声が聞こえた。

 

ハッキリと言い切った言葉に、ジュピターさんですら驚いていた。

 

 

「詩希……? お前、何を……?」

 

 

「……分からない、けど……ジュピターさんが悪い」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「ジュピターさんが頑張った人たちをいじめたから」

 

 

「……あー、そう、だな……」

 

 

誰よりも早く詩希の意図にジュピターさんは気付いた。

 

ジュピターさんが言った言葉で将監たちが悪く言われているように詩希には見えたのかもしれないっと。

 

やっぱり人の感情に敏感なんだなとジュピターさんは改めて思う。

 

 

「お前らはよくやったよ。プレヤデスを倒した時点で凄い成果だ。ビーボックスも倒せたならそりゃ成功どころか大成功だ」

 

 

「……まさか慰めているのかい?」

 

 

「さぁ? 俺は思ったことを言っただけだ。こっちは大打撃を受けた。でも、あっちも大打撃を受けた。お前らが大成功しなきゃ最悪な結末だったはずだ」

 

 

ジュピターさんは振り返り、元の道へと引き返す。

 

 

「帰るぞ。風邪になったら最悪だ」

 

 

「ジュピターさんの言う通りだ! 妾も蓮太郎が風邪になったら困る」

 

 

「へいへい」

 

 

延珠と蓮太郎が後に続く。玉樹の「オレっちのマイスイートエンジェルが風邪をひく!? それだけは絶対にダメだ!」とか弓月の「アタシたちはそもそも病気にならないよ兄貴……」なども聞こえた。

 

残った者たちも歩き出す。不思議と表情はみんな明るくなっていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

青の拠点の会議室。円卓会議が終わり、作戦の立案や見直しが一通り終わった。

 

原田は椅子に背を預けて短い息を吐く。

 

 

(奇襲は痛かったが、青の拠点が狙われなかったのは救いか……)

 

 

自衛隊の拠点が襲われ、壊滅した報告を聞いた時は意識を失いそうになった。

 

だが、こちらも成果はある。

 

影胤たちがプレヤデスとビーボックス一体の討伐。お釣りが貰えるくらいの成功だった。

 

 

(雨が止むのは今日の夕方、か……)

 

 

現在時刻は午前8:00———約10時間前後だ。もちろん予報なので変わることはあるので警戒は緩めない。

 

時間的に暗い中の戦闘は不利であるが、俺たちは森に足を踏み入れないので光源は必要ない。

 

 

「反撃の時は来た……ってところだな」

 

 

短剣を握り絞めながら原田はニヤリっと笑う。

 

人類の反撃。逆転の策は練ってある。

 

次は、そう上手くいかせないっと心に決める原田であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい司令官笑っているぞ」

 

 

「はやく言えよ。胃薬じゃなくて栄養剤渡しちゃいましたって」

 

 

「無理だ……今ここで入ったら黒歴史になるはずだ」

 

 

「何事も無かったかのように入れば問題無いだろ」

 

 

「そうだな」

 

 

「そうするか」

 

 

ガチャッ

 

 

「「「司令官、失礼します」」」

 

 

「うん、失礼する前に失礼するお前らにムカつくわ」

 

 

着々と部下の信頼を得ている原田であった。(遠い目)

 

部下三人衆は原田の前まで歩いて来る。

 

 

「で、何だよ? 栄養剤以外になにかあるんだろ?」

 

 

「はい。実は———」(聞いていたのか……)

 

 

部下は原田に報告する。ついでに胃薬も渡した。

 

 

「———となっております」(ひゃー長い報告書だったなぁ)

 

 

「じゃあ迎え撃つ準備は完璧だな?」

 

 

「はい」(前もこんな風に報告したけど赤の拠点無くなったんだよなぁ……)

 

 

「それともう一つ報告があります」(あ、この馬鹿。またよからぬことを考えているな)

 

 

「はぁ……もう帰りてぇ」(重要な案件かと)

 

 

((あ、やっぱりバカだコイツ))

 

 

「ほう……俺の前でまたそんなことをよく言えたな……!」

 

 

原田から怒りのオーラが溢れ出す。失態に気付いた部下は謝る。

 

 

「めんご☆」

 

 

「よし、お前はこの戦争が終わったらブチのめす。報告を続けろ」

 

 

「はい、実は崩壊したモノリス付近の森で———」(死んだな、南無三)

 

 

部下の一言で、原田は言葉を失った。

 

 

 

 

 

「———死体が発見されました」

 

 

 

 

 

 

 




ネタ切れになった私が行う行動。それはすぐにシリアスに走るということ。

シリアスが多いと感じたあなた。察してくれると嬉しいです。……番外編大丈夫かな? 

ネタのオンパレードにするつもりなので。滑っても続けます。ド根性精神です。

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