どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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滅亡へのカウントダウン

原田の告げた『ステージⅣの数は10体』のワードに一同は疑問を持った。

 

ガストレア戦争でステージⅣは10体どころか100体……それ以上はいる可能性はある。

 

なのに指定された討伐数はたったの10体。どういうことなのか何一つ分からない。

 

 

「混乱するのは分かる。混乱させるためにわざと変な言い回しをしたからな!」

 

 

何故ドヤ顔で言っているのか全く意味が分からなかった。まさか大樹の代わりにボケようとしているのか? 蓮太郎たちは不安で胃が痛くなりそうだった。

 

 

「アルデバランは当然知っているよな?」

 

 

「バラニウム浸食液が使えるガストレアだよな? 今回の敵大将って聞いてるぞ」

 

 

原田の質問に玉樹が答える。他の者も同じ考えだった。

 

玉樹の言葉に原田は頷く。

 

 

「ああ、合っている。まず10体の奴の中で一番の大将がソイツだ。残りの9体について教えよう」

 

 

原田もその場に座り説明し始める。

 

 

「アルデバランは5000体を率いているという解釈は間違っていて、間違っていない」

 

 

「あぁ? どういう意味だ。そもそもアルデバランが率いている話は初耳だぞ」

 

 

「将監。大樹だ」

 

 

「……………」

 

 

将監は心の中で納得した自分が憎くなってしまった。周りも「あッ……(察し)」みたいな感じになっている。

 

 

「あの規格外、少ない資料からアルデバランの特徴をズバッと当てやがった。何だよ95%って……もう正解だろ……!」

 

 

ワナワナ震える手で原田は焚火に向かって草を投げつける。

 

 

「今後の対策を細かく作りやがって、 俺がすることは雑用だけじゃねぇか! 戦うだけじゃねぇか!」

 

 

ブチッ ポイッ ブチッ ポイッ

 

 

次々と草を投げつけ、焚火から草の嫌な匂いが広がる。みんなは同情の眼差しで原田を見ている。

 

 

「……とりあえず、アルデバランはステージⅣだから複数の生き物が重なってベースが分からないはずだが、(ハチ)がベースのガストレアかもしれないって書いてある。……書いてある」

 

 

「もういい。楽になれ」

 

 

玉樹に背中を叩かれた原田は文字通り楽になる。

 

 

「蜂がベースだ。そういう資料が残っていました。理由は分かりません」

 

 

コクリッ

 

 

全員が頷いた。それでいい。『大樹』という人物は一度忘れよう。

 

 

「誰かが見つけたんだ。ガストレアの統率が取れるのは『フェロモン』を使っている可能性が高かったらしい」

 

 

「まさか『集合フェロモン』でガストレアを集めたって言うのか!?」

 

 

虫などに詳しい蓮太郎がいち早く気付く。原田は頷き、捕捉を加える。

 

 

「同族だけでない。ガストレア全部だ」

 

 

「質問があります」

 

 

夏世が手を挙げて原田に疑問をぶつける。

 

 

「いくらアルデバランでも、ステージⅣです。5000という数は無理があります」

 

 

「だろうな。だから9体のステージⅣに仕事を分担させたんだ」

 

 

原田は資料を広げる。

 

 

「9体のガストレアにはアルデバランと同じようにハチをベースにしたガストレアだ。視察偵が命懸けで取った写真がこれだ」

 

 

写真には大きな球体の体に四枚の羽が生えたガストレアだった。表面はハチの巣のようにボコボコと穴が空いている。

 

 

「これも……ガストレアなのか……!?」

 

 

延珠の声が震えていた。不気味過ぎるその姿に、誰もが息を飲んだ。

 

 

「同じような奴が9体。アルデバランを囲むように一定の距離を保って位置している。名称は【ビーボックス】」

 

 

「ビーボックス……名前と姿が見事に一致しているな」

 

 

彰磨は嫌な顔をしながら写真を見ている。隣にいる翠も怖がっていた。

 

 

「アルデバランの放出したフェロモンをビーボックスはすぐに感知して、周囲に同じフェロモンをまき散らす。それが5000の統率が取れている仕組みだ」

 

 

「ならそれを全て叩けば……!」

 

 

玉樹の言葉に全員が表情を明るくする。原田はニヤリッと笑いながら告げる。

 

 

「統率の取れなくなったガストレアを次々と慎重に撃破すれば、俺たちは勝てる」

 

 

希望の満ちた言葉に全員の士気が上がる。

 

 

「これは死者を出さない戦争だ。だから明日には全員のアジュバンドが決定し、俺が指揮を取ることを納得させる」

 

 

原田にはIP序列が無い。ゆえに周りからの評価は低く、従ってくれる者がいない可能性がある。酷ければ歯向かう輩も現れるかもしれない。

 

 

「できるのか?」

 

 

「できるできないの問題じゃない。俺はやってみせる」

 

 

蓮太郎の言葉に原田は強く手を握る。約束を守る為に、彼は決意する。

 

 

「この戦争、誰も死なせやしない」

 

 

________________________

 

 

 

「それと今日は不甲斐ない里見のために俺がプレゼントを用意した」

 

 

「お前と出会ってから二日も経ってねぇのに偉そうだなおい」

 

 

「アイツの代わりだから! ほら、お前のいじり方も残してある!」

 

 

「燃やせ!!」

 

 

原田から取り上げた紙を蓮太郎はすぐに焚火で燃やした。しかし、すでに原田は内容を覚えているので意味が無い。

 

 

「っと、噂をすれば来たな」

 

 

原田が見る方向を見ると、三人の影が見えた。

 

焚火に近づくと顔が分かるようになった。

 

 

「き、木更さんッ!?」

 

 

「天童流剣士・特別遊撃部隊・天童 木更。里見 蓮太郎のアジュバンドに加わるために推参しました」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「なぬッ!?」

 

 

蓮太郎と延珠が同時に驚く。木更は蓮太郎の隣に座る。

 

 

「冗談じゃないわよ。すでに聖天子様に許可を取っているわ。もちろん、原田君にもね」

 

 

「木更さん駄目だ。アンタ、少しは自分の体のことを考えろよ」

 

 

持病を持っていることを知っている蓮太郎はどうしても参加させたくなかった。実力はあれど、無理をすればただではすまない。

 

 

「里見君。私の肝臓が良くなっているって知ってる?」

 

 

「そんな嘘が———!」

 

 

「本当よ。私も菫先生も驚いていたわ」

 

 

木更は蓮太郎の手の上に手を乗せて重ねる。

 

 

「未来科学の新医療技術。楢原君のおかげよ」

 

 

「ッ!」

 

 

「治るかもしれない。そう言われたのよ? 私、嬉しくて……」

 

 

木更はギュッと蓮太郎の手を握り絞める。

 

 

「……恩返しか」

 

 

「それもあるわ。でも一番は里見君。あなたよ」

 

 

「えッ」

 

 

「里見君。あの時あなたが危ない目に遭ってるとき、ただお祈りしていることしかできなかった」

 

 

『あの時』とは影胤との戦闘のことを指していた。ずっとモニター越しでしか見えなかった蓮太郎。

 

木更はそれが嫌だった。

 

 

「身体の調子が良い今、足手まといにならない今、私は里見君の助けになりたい。だから、お願い」

 

 

「……………」

 

 

蓮太郎は目を瞑り、口から息を出す。そして目を開き、木更の両肩を掴んだ。

 

 

「断る理由はねぇよ。どんな時でも俺は木更さんを守る。だから心配すんなよ。俺は大丈夫だからよ」

 

 

「さ、里見君ッ!?」

 

 

木更の顔が真っ赤になり、俯きながら言葉をポツポツと零す。

 

 

「もう、なに恥ずかしいこと言っているのよ……! お馬鹿……ちょ、肩、痛い。あんまり、力を入れない、でよ……もう、お馬鹿」

 

 

そんな木更を見た蓮太郎は当然ドキドキしていた。そして勢い余って、

 

 

「き、き、木更さんッ! 俺、じ、実は木更さんのことずっと……!」

 

 

「えッ……!?」

 

 

 

 

 

「もうやめてくれよおおおおおおォォォ!!」

 

 

 

 

 

ビクッ!!

 

 

その時、原田の悲痛な叫びが轟いた。蓮太郎と木更もそちらを振り向く。

 

 

「大樹のイチャイチャを見せつけられ続けた俺の気持ちを考えろよぉ! やっとしばらく見ることはないと思ったのに、お前ら何なんだよぉ!!」

 

 

「原田さん。ハンカチです」

 

 

夏世の渡したハンカチで涙を拭く原田。いい雰囲気などもう死んでいる。

 

 

「というか俺が空気になっているだろうがぁ!!!」

 

 

その時、原田とは別の声が聞こえた。そう、忘れられていたが木更と一緒に来た残りの二人である。

 

 

「ジュピターさんなのだ!」

 

 

「その呼び方やめろ!?」

 

 

延珠の言葉に蓮太郎たちはギョッとした。

 

 

「あ、アンタも入るのか……!?」

 

 

「足手まといだね」

 

 

「雑魚は引っ込んでろ」

 

 

蓮太郎、影胤、将監の順でジュピターさんに向かって言う。ジュピターさんはワナワナと拳を震わせながら告げる。

 

 

「お前等の態度、大樹に報告な……!」

 

 

「「「歓迎する」」」

 

 

見事な手のひら返しに周りは溜め息を漏らした。

 

 

「ジュピターさん、私の自己紹介は?」

 

 

ジュピターさんの隣にいる小さな子ども。それは言わずとも分かった。

 

 

「俺のイニシエーターだ。名前は」

 

 

「織田 信長!!」

 

 

白井(しらい) 詩希(しき)だ。変わった奴だが気にするな」

 

 

変わった奴であることは言わずとも察した。

 

詩希は延珠と同じくらいの身長で、ボーイッシュな短い茶髪の髪型だ。元気が有り余っているような感じが伝わる。

 

服は戦闘用の軽い防弾チョッキを着ており、特別な材質で織られたピンクのスカートとピンクのパーカーを着ている。

 

何故か頭は底がへこんだ鍋を被っており、不思議を越えた子どもだった。

 

 

「よし、私がリーダーで文句はないな!?」

 

 

「あるわ馬鹿野郎。詩希、お前は少し黙ってろ」

 

 

「ムッ、ジュピターさんが黙るなら私も黙る」

 

 

「駄目だ。俺はこれから話があるんだよ」

 

 

「なら私も入る権利はある!」

 

 

「ん、黙ってろ」

 

 

ジュピターさんは詩希を座らせ、頭を撫でて静かにする。気持ちよさそうに撫でられる詩希は大人しかった。

 

 

「手短に済ませる。序列8万70……ぅん位、福山 火星(ジュピター)とそのイニシエーターである白井 詩希は里見の『アジュバンド』に加入を申し込む」

 

 

「序列誤魔化すなよ……俺も覚えていなかったが……それで、大樹か?」

 

 

「合ってる」

 

 

「……苦労してんだな」

 

 

同情が心に()みたジュピターさんであった。

 

 

「モデルは何だ?」

 

 

犬鷲(イヌワシ)だ。目が良くて遠くの小さなガストレアすら見逃さないぜ」

 

 

「ニャー!」

 

 

「ただ……見ての通り鳥頭だ……」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

ジュピターさんは思った。そこで『ワン』と言ってくれたらどれだけ嬉しかったか。

 

みんなは思った。そこで『ワン』と言ってくれたらどれだけフォローできたことか。

 

 

「だ、大丈夫よ! 詩希ちゃん、向うには何人の人がいるかしら?」

 

 

慌てて木更はフォローに入る。遠くを指で指しながら詩希に尋ねる。

 

確かにガストレアがどこから来ているか、それを教えてくれるなら戦力になる。木更の指した場所は軽く見積もって1キロ先。

 

詩希は少し考えた後、答えを口にする。

 

 

「たくさん」

 

 

「もうやめてあげて!? ジュピターさんが泣いているわ!?」

 

 

違う、そうじゃない。木更はジュピターさんがさらに落ち込んだことに後悔した。

 

 

「いや、いいんだ……アイツと関わるよりずっと楽でいい」

 

 

(((((そこは否定しない)))))

 

 

この時、みんなの気持ちが一致した。

 

 

「あ、じゃあいっぱいだ!」

 

 

「そうだな。いっぱいだよ……」

 

 

詩希を除いて。

 

 

 

———特別遊撃部隊 天童 木更、特別参戦。

 

 

———序列87046位 福山 火星、参戦。

 

 

———序列87046位 白井 詩希、参戦。

 

 

 

「今更だが俺のことは気付いているか、木更?」

 

 

「うそッ……彰磨くんッ?」

 

 

「久しいな木更。一応お前は姉弟子だから呼び捨ては不味いか?」

 

 

「いいわよ、昔からの仲なんだから。うわー、懐かしい」

 

 

木更と彰磨の再会に原田が不思議そうな顔をする。

 

 

「何だ? チームはそんなに身近な奴らを誘ったのか?」

 

 

「彰磨兄ぃは俺の兄弟子。木更さんも仲が良いのは分かるだろ?」

 

 

「なるほどなぁ……新規メンバーは片桐兄妹だけか。本当にいるのか、特に兄貴の方は?」

 

 

「……………」

 

 

「あ、あれ? ツッコミ……あれ?」

 

 

玉樹のツッコミが返ってこない原田は不安になった。

 

玉樹は木更の方を向いており、呟く。

 

 

「女神だ。オレっちの女神がいる」

 

 

「誰かソイツを病院に連れてけ」

 

 

「綺麗だッ! 凛々しいッ! お美しいッ! アンタはオレっちの女神だッ! マイエンジェルと呼ばせてくれ」

 

 

この場にいる全員が引いた。小比奈に関しては斬ってもいいかと影胤に聞いている。影胤も頷きそうになっていたが。

 

 

「そういうのは、困るわ」

 

 

冷静に対処できる木更に蓮太郎はビックリしている。慣れているのか? 蓮太郎は心配だった。

 

 

「じゃあせめて(あね)さんで」

 

 

「まぁ、そのくらいなら……」

 

 

「ありがとうございます! さっそくですが肩をお揉みましょうか? それとも椅子をご用意しましょうか?」

 

 

(酷い質問だ。これが大樹なら……)

 

 

原田は大樹が女の子に向かって玉樹と同じことを言うとどうなるか想像する。

 

 

(肩は多分無理だな。椅子を用意するなら……まさか自分が椅子になるとかしないよな?)

 

 

「……大樹はMか」

 

 

「急にどうしたんだよお前……」

 

 

呟く原田にゾッとした蓮太郎。ドン引きだった。

 

 

「じゃあ、お腹減ったからメロンパン買って来て。あ、皮は硬いやつじゃなきゃ嫌よ」

 

 

「喜んで!!」

 

 

(うわぁー、もうチーム内で地位が決まったよ。とりあえずアイツは一番下だな)

 

 

原田は二人のやり取りに頬を引き攣らせた。これは酷いっと。

 

 

「見て見て里見君ッ! 新しい財布が出来たッ!」

 

 

「「悪魔か!!」」

 

 

原田と蓮太郎は嬉しそうに報告する木更に同時にツッコミを入れた。

 

玉樹がメロンパンを持ってくるまで5分。はやく帰って来た玉樹はパシリの才能があると見た。

 

 

「じゃあパシリが返って来たことだし」

 

 

「姐さんのパシリッ!? ……まぁいいか」

 

 

(((((それでいいんだ……)))))

 

 

原田は冗談を言ったつもりだったが、玉樹は受け入れてしまった。みんなはそれ以上何も言わない。

 

 

「里見リーダーから士気を高めるお言葉をいただこうと思います」

 

 

「無茶振り!?」

 

 

原田の一言に蓮太郎は驚愕。

 

 

「つまらなければ小比奈が斬ってしまうよ?」

 

 

「え? 斬っていいのパパ?」

 

 

「命懸け!?」

 

 

影胤の一言に蓮太郎は戦慄。小比奈は抜刀している。

 

 

「なら俺もぶった斬る」

 

 

「オレっちも殴るぜ!!」

 

 

「増えた!?」

 

 

将監と玉樹も追加された。

 

 

「じゃあ私も」

 

 

「俺も」

 

 

「弟子の不始末は俺がやろう」

 

 

さらに木更とジュピターさん、そして彰磨の3人追加オーダー。蓮太郎の心拍数は通常より3倍は早くなっていた。

 

 

「お、俺が里見 蓮太郎だ……」

 

 

緊張した声だったが、みんなに聞こえるように話す。

 

 

「まず俺の助けに答えてくれてありがとう。これは素直に嬉しいよ」

 

 

「ツンデレか」

 

 

「黙ってくれ原田。それにこれだけの強者が揃っているんだ。負けるわけがない」

 

 

「ツンデレね」

 

 

「木更さんまで……俺は普段、そんなにツンツンしてんのかよ」

 

 

「してるよな?」

 

 

「しているわ」

 

 

原田と木更の意見が合致する。そのことに蓮太郎の頬が引き攣っていた。

 

 

「蓮太郎は妾だけに優しいのだ。ツンデレのデレは妾だけだな!」

 

 

「しまった!? 何で気付かなかった……里見はロリコンだ……!」

 

 

「里見君! そんなに小さい子がいいの!?」

 

 

(この状況はアイツより面倒くせぇえええええェェェ!!!)

 

 

アイツとは(ry

 

 

「とにかくだ! 俺と延珠も全力を尽くす! だから絶対に勝つぞ!!」

 

 

———序列200位 里見 蓮太郎、参戦。

 

 

———序列200位 藍原(あいはら) 延珠、参戦。

 

 

「えい、えいッ———!」

 

 

全員拳を空に向かって突き上げる。

 

 

「おーーーッ!!」

 

 

「「「「「ロリコンッ!!!」」」」」

 

 

「テメェら全員地獄に落としてやるッ!!!」

 

 

それが命懸けの鬼ごっこの合図となった。

 

里見の雄叫びと共に全員が走り出し、楽しそうな悲鳴が響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

3日後にモノリスが倒壊する。

 

現状、ガストレアは東京エリアから誰も逃がさないように囲んでいる。どこにも逃げ場はない。

 

32号モノリスの周辺には既にバリケードの数は1000を越え、銃や兵器も惜しみなく用意している。

 

全てが順調かと思われた。しかし、やはり問題は起きた。

 

 

「民警の数が500とか……ふざけんじゃねぇぞ……!」

 

 

本来なら1000近く集まる民警が半分も減っていた。正確には519名。木更にイニシエーターがいれば520だっただろうが、そんなことは今はどうでもいい。

 

 

「5000の数を聞いてほとんど逃げ出したのよ。最初はいたのに、いつの間にか姿を消したわ」

 

 

「シェルターにいた方が安全だとか思ってんだろ。クソッ、10倍も差があるのに勝てねぇよ……」

 

 

難しい表情で真由美が説明する。原田は頭を抱え、唸った。

 

 

「~~~~ッ!! 大樹に頼るか……」

 

 

「こんな状況になることも予想していたの!?」

 

 

「むしろ絶対になるって書いてあるな。コイツのシナリオ通りになるとムカつくな」

 

 

原田がペラペラと書き殴られた紙の束を見る。すぐに解決方法は見つかった。

 

 

「条件を出しての勧誘か……前線に身を投じない代わりに遠距離からの狙撃、もしくは銃撃を行ってもらう。イニシエーターもその補助でも構わない、か……」

 

 

「確かに死ぬことはないかもしれないけど……前線は……」

 

 

「今来ている民警に任せるしかないだろうな」

 

 

真由美の表情は暗い。人数を増やすためだからと言って、今いる民警に前線を出すことを申し訳なく思う。

 

 

「もしくは罠の管理や連絡の手綱として利用する。足が速いイニシエーターや目が良いイニシエーターならなおさら勧誘するべきだな」

 

 

「本当に、死者は出ないの? 私は、不安だわ」

 

 

「……何が何でも出さない。俺はアイツと約束したからな」

 

 

強い決意を持った原田を見た真由美は驚いた後、笑みを浮かべた。

 

 

「似ているわね、大樹君に。仲良くできている理由が分かったわ」

 

 

「それは喜ぶべきなのか判断に困るな」

 

 

「ふふッ、私も頑張らないといけないわね。……そうだわ! ねぇ原田君。私が活躍したことを大袈裟に大樹君に話してね?」

 

 

「抜け駆けか?」

 

 

原田の言葉に真由美は答えず、ただ小悪魔のような可愛い笑みを見せ続けた。

 

 

________________________

 

 

 

一方その頃、教会は賑わっていた。

 

東京エリアの帰る家が無い子どもたちが全て集まり、これで東京エリアで放浪の身となっている【呪われた子ども】たちはもう存在しない。

 

一件落着。これで問題無い。

 

……………と、簡単にはいかない。

 

 

「やっぱり多いわよ……アタシだけじゃ無理!」

 

 

走りながら文句を言う優子。手にはご飯をたくさん乗せたおぼんを持っていた。

 

子どもたちのご飯は大量に増え、作る量が大変なことになっていた。

 

さらに食事をした後は風呂もある。布団を敷く作業もある。そして明日の朝、起きたらすぐに朝食作り。

 

 

「どうして料理スキルの高い黒ウサギがいないのよ!?」

 

 

作り方は一応教えてもらったが、やはり量が多い。何人かの子どもたちが手伝ってもらったが、それでも忙しい。

 

でも、本当は分かっていた。

 

 

自分にはこれくらいのことしかできないことが。

 

 

真由美のようにカリスマ性が高く、頭が良いわけではない。

 

黒ウサギのように強く、頼られる存在でもない。

 

だけど、そんなことでは落ち込まない。立ち止まらない。

 

 

(大樹君……アタシも頑張るから、ちゃんと帰って来て)

 

 

大切な人のために、優子は自分が出来ることを何でも精一杯やると決めたから。

 

 

「それ、運びますよ」

 

 

「え?」

 

 

ヒョイっと持っていたおぼんを取られる。取った少女に優子は見覚えがあった。

 

大樹とデートした時に両目に鉛を注ぎ込んだ少女だった。両目には綺麗な黒色の目があり、治っていた。少しやけどのような傷が残っていたが、しっかりと見えているようだった。

 

少女はテーブルへと運ぶ。誰ともぶつからずに持って行く後ろ姿を見ていると、優子の頬が緩んだ。

 

 

「……救われたんだ」

 

 

少女の妹であろう子どもと笑いながら話す光景を、大好きな人に見せたかった。

 

帰って来たら教えてあげよう。そして、一緒に笑おう。

 

この戦争に、アタシは敗けない。

 

 

________________________

 

 

 

日が落ち、辺りは暗闇が支配していた。拠点の灯りだけが頼りだった。

 

民警を全て集めての会議。いや、作戦指示と言った方が適切だろう。

 

原田は壇の上で簡易スクリーンを使って作戦を伝えた。

 

 

「———以上が作戦内容だ。何度も繰り返すが危険なことはするな。投げ出してもいい。命を大切にしろ」

 

 

死ぬことは許されないことを何度も繰り返し、比較的安全に倒す作戦に誰もが驚愕した。本来なら死ぬ気で殺せと指示されるだろうが、この作戦は違う。

 

拠点を捨ててもいい。侵入されてもいい。ただ死ぬな。

 

通常ではありえない作戦に誰もが驚愕した。

 

 

「発言いいか?」

 

 

そんな中、一人の男が手を挙げた。原田はその男を知っている。

 

序列275位、我堂(がどう) 長政(ながまさ)

 

54歳と高齢だが『知勇兼備(ちゆうけんび)英傑(えいけつ)』と呼ばれている実力者だ。

 

厳格な眼光にただ者じゃないオーラを纏っているようだった。

 

 

「何だ? 何でも聞いてくれ」

 

 

原田がそう聞くと、武者鎧をガシャガシャ言わせながら我堂は前に出て来た。傍らにはイニシエーターである壬生(みぶ) 朝霞(あさか)も同じように鎧を着ている。

 

二人の着たあの鎧は『外骨格(エクサスケルトン)』。いわゆるパワースーツのようなもので、装着することで基礎スペックの底上げ、つまり簡単に言うと強くなる鎧ということだ。

 

 

「そんな生ぬるい作戦で勝てると思っているのか?」

 

 

「この作戦は【絶対最下位】が考え出した作戦だ。文句あるのか?」

 

 

原田の言葉に全員が騒ぎ出す。もうこの場に置いて【絶対最下位】を知らない者はいないだろう。

 

 

「……なるほどな。ではその壇に楢原 大樹が出るのでは?」

 

 

「今は不在だ。戦争に参加できるかは、分からない」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

最大戦力の不在に誰もが驚かずにはいられなかった。

 

 

「……何故不在か説明を願おうか」

 

 

「この戦争に勝つために今はいないだけだ。必ずアイツは来る」

 

 

原田の言葉に満足できなかったのか、我堂の周りにいた部下たちが怒鳴る。

 

 

「ふざけるな! 序列も無い貴様に従うことが苦痛であるというのに……そのいい加減な答えは何だ!?」

 

 

「辞退しろ! 今すぐ我堂さんと変わるべきだ!」

 

 

「人類を救う手綱を握る資格なんてない!」

 

 

この時、遠くから見ていた蓮太郎のアジュバンドはこう思った。

 

 

(((((ああ、可哀想に……)))))

 

 

原田では無く、あの部下たちに同情した。

 

 

「じゃあお前らに俺の強さを見せてやるよ」

 

 

原田がそう告げた瞬間、

 

 

ヒュゴオオオオオォォォ!!!

 

 

鼓膜の耳がぶち破れてしまうかのような轟音が轟いた。

 

気が付けば原田の姿は消え、風が勢い良く辺りに渦巻いた。

 

 

「「「「「え……?」」」」」

 

 

プロモーターとイニシエーター。全員のまぬけな声が重なった。

 

上空を見上げると、そこには人影があった。

 

 

 

 

 

月の光でその正体が原田とは信じられなかった。

 

 

 

 

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 

また声が重なる。何度も見直して空を見上げた。

 

 

「ジュピターさん! 空飛んでる! 私と同じ!」

 

 

「因子はそうかもしれないが、お前は飛べないからな?」

 

 

二人の会話が耳に聞こえて周りの者は理解した。原田が空を飛んだことを。

 

 

ドンッ!!!

 

 

大きな音を響かせながら地面に着地する。地面が少しだけ揺れたような気がした。

 

原田はゆっくりと顔を上げる。そして、我堂の部下の一人まで歩き出し、

 

 

ガシッ!!

 

 

頭を両手で掴んだ。

 

そして、顔と顔の距離を近づける。

 

 

「アンダァスタァンドゥ……?」

 

 

発音の悪いたった1語の英語に、部下は恐怖で動けなくなった。掴まれた部下は失神しかけている。

 

この男は、普通じゃない。

 

 

「「「「「Yes!!  Understand!!」」」」」

 

 

発音が良い返答に原田は満足した。その光景に我堂と朝霞は終始開いた口が塞がらなくなっていた。

 

その後、原田に逆らう馬鹿はいなくなり、円滑に作戦準備が進んだ。

 

ジュピターさんは我堂と仲良くなり、チームに亀裂が走ることはなかった。『あの人、俺と同じ苦労人になるのかもしれん』とジュピターさんは懐かしむような目で我堂を見ていた。

 

 

________________________

 

 

残り2日。

 

早朝、モノリスは遠くからでも白化しているのが分かるようになっていた。アルデバランの残したひっかき傷。恐怖を与えるには十分過ぎた。

 

蓮太郎たちはいつでも出撃できる準備を整えてある。相手はガストレアだが、如何なる方法で自分たちの虚をつくの可能性がある。油断はできない。

 

影胤と小比奈は教会に戻り、片桐兄妹は買い出し、将監と夏世は一度三ヶ島ロイヤルガーターに帰った。この場には蓮太郎、延珠、木更、彰磨、翠、原田、ジュピターさん、詩希の8人となっている。

 

今はテーブルに囲むように座り、それぞれ作業をしていた。

 

テントの外に置いてある簡易椅子に座ったジュピターさんは膝の上で寝る詩希の頭を撫でながら呟く。

 

 

「最悪の状況になったみたいだな。シェルターに入れない奴らが『呪われた子どもたち』に八つ当たりしていやがる」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その言葉に全員がギョッと驚く。ジュピターさんはテーブルに置いていた小型テレビを全員に見えるように動かす。

 

シェルターにわざわざ『呪われた子ども』たちを入れないようにしたのは暴動を防ぐためだった。しかし、八つ当たりで攻撃を仕掛けられたらたまったものじゃない。

 

 

「テレビでふんぞり返って偉そうなことを口走っていやがる。庇う政府すら悪く言うとか、どんだけの馬鹿なんだコイツら」

 

 

「大樹から聞いたが、お前も元はそうじゃなか———」

 

 

「……………」

 

 

「———なんでもないごめん」

 

 

悪気は無かった。原田は口に出した言葉をすぐに後悔した。他のみんなは目を逸らして聞いていなかったフリをする。

 

 

「ま、まぁ教会なら大丈夫だろ。影胤と木下が今はいるんだ。俺も後で木更さんとちょっとだけ様子を見に行くから問題無い」

 

 

すぐに蓮太郎がフォローする。しかし、ジュピターさんの元気は戻らなかった。

 

 

「俺、死んだほうがいいのかな?」

 

 

「俺が悪かった!! どうか許してくれぇ!!!」

 

 

原田は地面に額を擦りつけて土下座した。ジュピターさんは思ったより重傷だった。

 

 

「そう言えば里見君。今日は松崎さんが教会に来ているわよ」

 

 

子どもたちの面倒を見ていた松崎。騒動のせいでここ最近は来れなくなっていたが、今日は行くっと連絡が来たことを蓮太郎に教える。

 

 

「本当か? なら延珠とジュピターさんも来るか?」

 

 

「妾も行く!」

 

 

「そうだな。これから詩希も世話になると思うからな」

 

 

延珠は元気よく返事をして、ジュピターさんは頷いた。

 

国際イニシエーター監督機構(IISO)からすぐにジュピターさんとコンビを組んだ詩希は、当然学校に通う暇はなかった。しかし、この戦争が終われば通える。

 

 

「というか無償で通えて、東京のお嬢様学校より平均成績が高くて、設備が充実した学校って……ヤバいな」

 

 

「ヤバいのは大樹だ。アイツのせいで延珠の成績が学校でズバ抜けている。先生から難関校の中学の受験を受けないかと言われた時は心臓が止まった」

 

 

「……詩希もそれくらい良くなれば誰にも馬鹿にされないか」

 

 

ジュピターさんは目を細め、詩希の頭を優しく撫でる。

 

誰もジュピターさんの呟いた言葉の意味を聞かなかったので、彰磨が代わりに問いかけた。

 

 

「そのイニシエーターは馬鹿にされていたのか?」

 

 

「……ああ、詩希は遺伝子的性質のせいで物覚えが悪い。でも、感情が豊かだ」

 

 

彰磨の質問にジュピターさんは何かに堪えながら話す。

 

 

「そのせいで上の奴らの目には詩希が使えない馬鹿と見えてしまった。元気に振舞えば自分たちを馬鹿にしていると思われる。悲しめばただやる気がないように見えてしまう」

 

 

「それで、酷い扱いを受けたのか」

 

 

彰磨の解答にジュピターさんは頷く。ジュピターさんが堪えていたのは怒りだ。詩希に対して酷い事をした上の者達への。

 

 

「詩希には元々、名前が無かった。コード番号か悪口で呼ばれていた」

 

 

「え? それじゃあ『白井』の苗字と『詩希』は偽名……?」

 

 

木更さんの推測にジュピターさんは違うっと言って否定した。

 

 

「白井は残った少ない情報から探して見つけたモノだ。でも名前だけは文字化けして分からなかった」

 

 

「じゃあ名前は……」

 

 

「ああ、俺がつけた」

 

 

ジュピターさんは告げる。

 

 

 

 

 

「生まれて来るはずだった、娘の名前だ」

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

衝撃を受けた。

 

 

「息子に妹ができるはずだった。でも、俺の妻はガストレアにやられた。当然、娘も無事じゃない。俺はあの時、3人も失った。一人は顔も見ていない」

 

 

「どうして……どうして名前を……?」

 

 

「二度と失いたくないからだ」

 

 

ジュピターさんの声に強い意志を感じた。

 

 

「俺の我が儘かもしれない。それでも、コイツは絶対に死なせない。俺の命、全てを賭けても守り抜いてみせるために名前をつけたんだ」

 

 

ジュピターさんの頭の中であの言葉が繰り返される。

 

 

『ホンモノの愛をあげなきゃならないんだ……!』

 

 

ジュピターさんは大樹の言葉に助けられた。

 

あの時、自分が動けた理由だ。

 

 

 

『どうしてお前は何も言わない? 馬鹿にされているんだぞ』

 

 

『え? 私、褒められているよ?』

 

 

『は? 何を言って……』

 

 

『だって鳥頭って()()()()でしょ?』

 

 

 

騙されていた詩希を見て心が痛んだ。監督者が詩希を騙し遊んでいることが気に食わなく、憎かった。

 

ニセモノを与え続ける悪から助けたかった。自分はホンモノを与え続けるヒーローになりたかった。

 

そして守りたかった。無力な自分のせいで家族を守れなかったあの罪を、この子を命に代えても守ることで償う。

 

自分勝手だ。最低だ。でも、守りたい気持ちに嘘はない。

 

 

「生きて欲しかったんだ。娘の代わりに、生きて……欲しかったんだ」

 

 

本当に自分のことしか考えていない最低な奴だとジュピターさんは思う。

 

 

「ハハッ……最低だな俺……」

 

 

「そ、それは違うと思います!」

 

 

ジュピターさんの言葉を否定したのは意外にも翠だった。普段大声なんか出さない子だ。彰磨も驚いている。

 

 

「ま、間違って……いないッ……だってジュピターさんは……詩希ちゃんのことを本当にッ……大切に思っているじゃないですか! 間違いなんてッ……絶対に無いですッ!」

 

 

翠の言葉にジュピターさんは固まる。

 

 

「守ってあげるってことは……大切にしたいんですよね……?」

 

 

ジュピターさんは翠の言葉に何も言えなかった。

 

 

 

 

 

代わりに目から涙をこぼした。

 

 

 

 

 

「そうか……俺はちゃんと……詩希を大切に思えているのか……」

 

 

「……アンタはいい人だ。そんなに気負いしてたら、その子が心配するぞ」

 

 

蓮太郎の言葉にジュピターさんはただ頷き、詩希の手を握った。

 

罪悪感で詩希を貰ったことに後悔していたジュピターさん。でもそれは違うっと翠がしっかりと教えてくれた。

 

大切にしたいから、守りたいから。詩希をイニシエーターにしたんだ。

 

彰磨は翠の頭を撫でて褒める。意外な一面を見ることができて彰磨も嬉しかった。

 

 

「いいチームね、里見君」

 

 

「ああ」

 

 

木更の言葉に蓮太郎は同感した。

 

そして同時により一層強くなった。

 

この戦争に、負けるわけにはいかないっと。

 

 

ピピピッ

 

 

「木更さん? 電話なってるぞ」

 

 

「ええ、でも公衆電話からだわ」

 

 

木更のポケットから鳴り響く着信音。携帯電話の画面には公衆電話からかけてきたことを教えてくれていた。

 

それでも知り合いからの電話のはず。自分の電話番号を知っているのは政府か友人だけだ。

 

 

「もしもし?」

 

 

木更が電話に出てから10秒。木更の表情が真っ青になった。

 

 

「ど、どうしよう里見君……」

 

 

蓮太郎は木更の口から出た言葉を信じられなかった。

 

 

 

 

 

『教会が、爆破された』

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「優子さんッ!!」

 

 

「黒ウサギ……真由美さん……!」

 

 

病院の廊下を走り抜けて来た黒ウサギと真由美。ベンチに座っていた優子が不安気な表情で待っていた。

 

 

「何が起きたのですか!? それに怪我は……!?」

 

 

「アタシは大丈夫よ。影胤さんが守ってくれたから」

 

 

「優子さん。詳しく教えてちょうだい」

 

 

優子はゆっくりと順を追って説明していく。

 

昼頃、影胤と小比奈が教会に来た時の出来事だった。不審な人物が何人も外にいることに気付いた。

 

普通の格好だが挙動がおかしい。優子にでも異常だと感づくことができた。

 

優子が怪しく思っていると、子どもたちがその不審な人物からお菓子をたくさん貰っていた。紙袋がパンパンになるほどお菓子を貰い、子どもが優子にお菓子を見せている時に影胤がすぐに気付いた。

 

 

 

 

 

それが、爆弾であることに。

 

 

 

 

 

影胤はすぐに斥力フィールドを展開し、優子と子どもたちを守った。紙袋は赤く燃え上がり、爆発した。

 

影胤は子どもと優子を守ることを優先したせいで、反応が少し遅れたせいで、影胤自身が爆風に巻き込まれてしまった。

 

子どもたちは擦り傷や打撲、少し怪我をする程度で済んだが、影胤は腕や体に大火傷を負い、負傷していた。それが引き金となった。

 

親を傷つけられた子どもが黙っているはずがない。小比奈はすぐに飛び出し不審な人物を無差別に斬っていった。

 

次々と不審な人物が斬られ、地面が真っ赤な大きな池ができあがり、小比奈のドレスが真っ赤に染まる。影胤がすぐに抱き寄せて止めたが、遅かった。

 

奇跡的に死人はでなかったが、全員が重傷を負った。障害が残る者、腕や足を失った者、視力を無くした者。最悪だった。

 

 

「子どもたちの手当てはもうすぐに終わる。でも、影胤さんが……」

 

 

「病院にはいないの……? まさか警察に……!?」

 

 

優子の代わりに真由美が答えた。優子は首を縦に振る。そして手で顔を覆った。

 

 

「ごめんなさいッ……何度も違うってッ……言っても聞いてくれなくて……!」

 

 

恐らくこの事件は影胤が悪いっということになっているのだろう。今は誰もが赤目を嫌い、敵視している。それを庇う影胤は警察の目には悪に見えたはずだ。

 

 

「大丈夫よ。警察が関わっているなら聖天子様の元に連絡が行くはず。原田君にも私が連絡しておくわ」

 

 

「そうです優子さん。黒ウサギたちは子どもたちを守りましょう」

 

 

真由美と黒ウサギは優しく声をかけて、優子の背中をさすった。

 

二人のおかげで優子の啜り泣くのが止まるのは早かった。

 

 

________________________

 

 

原田は東京警察署に来ていた。理由は影胤がここに連れて来られたからだ。

 

意外だっと原田は思った。影胤は何の抵抗もせずに素直に連行された。それが気掛かりで仕方ない。

 

廊下を歩き、聖天子様から貰った許可証明書を部屋の前にいる警察官に見せて中に入れてもらう。

 

部屋の中は病室と同じような家具の配置だったが、小さい窓には脱走を防ぐ鉄の檻がある。

 

上体だけ起こした影胤がベッドにいた。上半身は肩まで包帯に巻かれ、腕もグルグルと巻かれている。仮面は没収されたのか、包帯で目以外の顔を隠している。

 

 

「聖天子から釈放の許可を貰った。木下の証言もあったからすぐに怪我をした奴も捕まるだろう」

 

 

「小比奈は?」

 

 

「無事だ。里見たちと一緒にロビーで待っているはずだ」

 

 

そうかっと影胤は言った後、立ち上がろうとする。

 

 

「怪我は大丈夫なのかよ」

 

 

「問題無い。心配をかけさせて悪かったね」

 

 

「……違うな」

 

 

「……どうしたんだい?」

 

 

「まだ会ったばかりだが、今のお前、何か違う」

 

 

原田は直感で思ったことを口にする。影胤は少しだけ動きをピタッと止めた後、すぐにスーツを着始める。

 

 

「そうだね……私は今の自分を見て混乱しているんだろう」

 

 

「混乱……何に?」

 

 

「小比奈が人を斬った時、嬉しかったことだ」

 

 

「……………」

 

 

「おや? 狂っていると言っても構わないんだよ?」

 

 

「いや、この事件は襲った人間が悪い。俺もそう思っているから」

 

 

小比奈は悪い事をした。でも、一般的、客観的に見たら小比奈の行いは『正義』に見えるだろう。

 

だから影胤が小比奈の悪行に嬉しいと思うことは、普通の感情だと原田は納得している。

 

 

「だけど、殺そうとすることは間違いのはずだよ? 君ならもっと穏便に片付けられた」

 

 

「買いかぶり過ぎだ」

 

 

「それに、それだけじゃないんだ」

 

 

影胤はシルクハットを深く被り、呟く。

 

 

「『呪われた子どもたち』が傷ついた瞬間、言葉にできないくらいの怒りを覚えた」

 

 

「ッ!」

 

 

原田は影胤の言葉に息を飲んだ。

 

これが以前東京エリアを崩壊しようとした大悪党が、そんな言葉を口にすると。

 

大樹が影胤を変えたことに嬉しく思うが、表情は真剣なままを保つ。

 

 

「小比奈が何もしなかったら、私が彼らを八つ裂きにしていた。原型を留めることするら許さないくらいに」

 

 

「お前……」

 

 

「私は悪だ。この世の誰よりも黒く、この世の全てを嘲笑う」

 

 

気が付けば影胤の手には仮面が握られていた。隠し持っていた仮面のようだ。

 

 

「このふざけた世界でも、私は笑い続けよう。絶望に屈しないために」

 

 

影胤は思い出す。大樹が泣いた仮面をつけたあの時を。

 

 

『何故泣いた仮面を?』

 

 

『お前の仮面不気味すぎだろ。だから泣いたっという設定』

 

 

『設定……君は私たちを何だと……』

 

 

『笑うのもいいけど、泣くことも大事だぞ』

 

 

『……どういうことだい?』

 

 

『お前の代わりに、俺がこの仮面を使ってやるよ』

 

 

あの時、影胤は大樹の言葉を理解できなかった。しかし、たった今、理解した。

 

彼は、私のために泣こうとした。

 

感情に流されるなっと自分に言い聞かせて来たが、もうやめよう。流されてもいい時があることを知った。

 

私は怒りを覚えてしまった。この燃えるような感情は敵にぶつけよう。

 

私はこの世界を笑っていた。しかし、大切なモノは絶対に笑わない。

 

そして、私は泣くことが無い。

 

 

「この戦争を終わらせる。ふざけた世界を壊す」

 

 

それが願い。その願いが叶うころに、自分は泣けるだろうか?

 

彼の思いに答えることはできるだろうか? いや、私は———ッ!

 

 

 

 

 

「———蛭子 影胤。悪の名の下に、正義(ニセモノ)を裁く」

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 

原田はその言葉にゾッとした。しかし、それは恐怖であって恐怖じゃない。

 

人をここまで変える大樹(アイツ)が怖い。そして、世界を本当に変えてしまうかのような可能性が生み出されつつあるこの光景。

 

確信した。この戦争は、負けないっと。

 

 

「ああ、頼りにしているぜ……!」

 

 

震える声を抑えながら、原田は笑った。

 

 

 

________________________

 

 

 

『本日の正午を持って、32号モノリスを破壊する』

 

 

アリアは———緋緋神は拠点に現れた直後、そう言い残し、姿を消した。

 

ちょうどあの日から5日後、宣戦布告通りモノリスを破壊するようだ。

 

防衛ラインを築き上げ、全民警が武装して位置についた。もちろん蓮太郎のアジュバンドも。

 

東京エリアはこの短期間で2つの防衛拠点を作り上げた。

 

まず最前線に青の拠点を作り上げた。主に防壁が数多く造り上げられ、ガストレアの足止めするために堀も作った。この拠点はガストレアの足止め———時間稼ぎだと思って構わない。

 

次に山や川、平地に赤の拠点を作り上げた。土地を利用した様々な罠、最大火力を誇る仕掛けも施している。恐らく東京エリアの切り札だ。

 

無論、赤の拠点が破壊、突破された時の策は容易してある。最悪な状況になった場合もどうするか想定済み。

 

 

「司馬重工は全面的に民警のバックアップをさせてもらうで」

 

 

心強い言葉を言ったのは司馬 美織だ。長い振り袖から手を出し、握手を求める。当然、原田は握った。

 

 

「感謝する。もちろん、報酬は里見で」

 

 

「俺を売ったのか!?」

 

 

原田と美織の力強い握手に蓮太郎が驚愕。思わず手を斬ってやりたくなってしまった。

 

 

「バラニウムの弾丸は大量に使って構わへん。何か問題が起きたら連絡しいな」

 

 

「非戦闘員は赤の拠点で待機して指揮監督や武器の用意をしている。そこにいてくれるとありがたい」

 

 

原田の要求に美織は笑顔で応じる。蓮太郎も美織がバックにいてくれることに嬉しく思う。

 

 

「あーら木更。いたの? 胸がブクブク膨満したんちゃう? ガストレアに食って貰うとか思うとるの?」

 

 

「あら美織? ガストレアのエサになりに来たの? 残念ね。そんな胸の無い子はおよびではないから」

 

 

「「戦争ね」」

 

 

「おいおいおいおい!? 新しい戦争始めてんじゃねぇよ!?」

 

 

原田が急いで止めにかかる。二人はどんな状況でも平常運転のようだ。

 

ある程度口喧嘩した後、美織はその場を後にする。

 

 

「気いつけてな、木更」

 

 

「ッ!」

 

 

小さい声だったが、木更には聞こえた。美織の言葉が。

 

 

「言われなくても……分かっているわよ……」

 

 

頬を朱色に染めた木更に、蓮太郎は微笑んだ。

 

こんな状況でも、心配していることを嬉しく思う。

 

 

「里見、最後の通達だ。仲間を全員集めろ」

 

 

「ッ……分かった」

 

 

原田の言葉に蓮太郎は気を引き締めた。

 

すぐに仲間を集め、原田の所に集合する。

 

 

「青の拠点は時間稼ぎ。最低でも二日は耐えて欲しいと思っている。無駄な戦闘は控えて、遠距離から倒してくれ。武器は十分にある」

 

 

「けッ、んなぁかったるいことをする必要あるか。俺は構わず行くぞ」

 

 

将監は大剣を握り絞めながら原田に逆らう。しかし、原田はニタリっと笑っていた。

 

 

「青の拠点と防壁の間は堀が掘ってある。奇襲を仕掛けやすいぞ。お前のような近接格闘を得意とするような奇襲がな」

 

 

「へッ、分かってるじゃねぇか」

 

 

「敵の状況は私が後ろで指揮を取ります。将監さんの強さを余すことなく発揮できます」

 

 

夏世の言葉に将監は特に文句は言わず、そうだなっとしか言わなかった。丸くなった将監を見て蓮太郎は思わず笑いそうになった。

 

 

「詩希なら遠くのガストレアが見れる。防壁から俺が連絡を伝えれば指示を出しやすいだろ」

 

 

ジュピターさんの言葉で作戦が決まった。

 

 

「中間の防壁で拠点を守る。ジュピターさんのペアは防壁に登り、それ以外は下で戦闘。緊急時はその防壁を捨てて構わない」

 

 

原田の言葉に全員が頷く。蓮太郎は最後にメンバーを見る。

 

 

———序列200位 里見 蓮太郎&藍原 延珠。

 

———特別遊撃部隊 天童 木更。

 

———序列1850位 片桐 玉樹&片桐 弓月。

 

———序列970位 薙沢 彰磨&布施 翠。

 

———序列550位 蛭子 影胤&蛭子 小比奈。

 

———序列705位 伊熊 将監&千寿 夏世。

 

———序列87046位 福山 火星&白井 詩希。

 

 

全アジュバンドの中で一番強いだろう。自分の最強チームを見て負けることなど微塵も思えなかった。

 

 

「原田君たちはどうするの?」

 

 

木更が気になっていたことを尋ねる。

 

 

「俺は中間より後ろの防壁で待機する。黒ウサギは前線で戦う」

 

 

「あのウサギが前線だとッ?」

 

 

「俺の次に強いのは間違いなく黒ウサギだ。七草と木下は後衛で援護射撃する」

 

 

「……最後に聞きたいことがある」

 

 

彰磨が質問をする。それはとても大事なことだった。

 

 

「俺たちは、何千人いるんだ?」

 

 

「……民警は800人だ。自衛隊を含めたら1200人いるかどうかだな」

 

 

1200人で5000体を越えるガストレアに挑む。

 

これは一方的に蹂躙(じゅうりん)される。負け戦のように思える。だが、この場にいる全員がそんなことは思わなかった。

 

この5日間、原田は信頼を民警や自衛隊と築き上げた。我堂とも仲良くなっている。同じ戦う仲間として、認めてもらった。

 

他の民警も原田を信頼している。だから、あの作戦は良好な作戦だと思えた。

 

 

誰も死なずに、勝利する。

 

 

ドゴオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

巨大な音が響き渡る。振り返るとモノリスが崩れ始めていた。

 

上体が地面に降り注ぎ、黒い煙を巻き上げる。バラニウムの粉が風に乗って舞う。

 

その光景は人類を絶望させただろう。しかし、俺たち民警は絶望しない。

 

絶望に打ち勝つ。人類滅亡なんて馬鹿なことを阻止する。

 

 

「あの黒い煙が無くなった瞬間、ガストレアが攻めて来るぞ」

 

 

原田の言葉に全員が気合を入れる。

 

 

歴史に名を刻む『第三次関東会戦』が始まった。

 

 

 

 




次回話を出す瞬間に番外編のアンケート集計結果を出したいと思います。次回の後書きと活動報告に書き出しますのでお楽しみに。

感想と評価をくれると嬉しいです(久々に書いた)。

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