どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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今回は少し短いです。


ブラック・ブレット 絶望の第三次関東会戦編
彼のいない世界


ズーン……

 

 

天童民間警備会社の一室はとんでもなく暗かった。特に優子、黒ウサギ、真由美だが。

 

大樹とティナがアリアがいた世界に行った昨日からずっとこの調子である。原田と蓮太郎はどう慰めればいいのか分からないので困っている。

 

木更と延珠は買い物に出かけている(逃げた)。よって原田と蓮太郎がどうにかしないといけない。

 

 

((まぁどうすればいいのか全然分からないけどな))

 

 

原田と蓮太郎は遠い目をしており、何か吹っ切れた様子だった。あぁ、お茶が美味しい。

 

 

「やっぱり……」

 

 

黒ウサギが呟く。

 

 

「抱き付いておくべきでした……!」

 

 

(大樹ゴラァ……爆発しろよ……!)

 

 

悔しがる黒ウサギを見た原田は歯を食い縛った。

 

 

「そう言えば、どうして抱き付かなかったの? あの時の大樹君なら何でもやってくれたはずよ?」

 

 

限度はあると思うっと心の中でツッコム原田であった。

 

 

「真由美さん。考えてみてください」

 

 

真由美の言葉に黒ウサギは右手の人差し指を立てながら説明する。

 

 

「大樹さんは必ず寂しがっているはずです」

 

 

((((まぁそれは絶対に当たってる))))

 

 

黒ウサギの言葉に全員が心の中で同意して頷いた。今までの大樹を見て来た結果である。

 

 

「ですから帰って来た時は、最初に黒ウサギが会って」

 

 

キラーンっと黒ウサギの目が光る。

 

 

「大樹さんを黒ウサギだけしか見れないようにします」

 

 

「「「「それはおかしい」」」」

 

 

ボケているのか、本気なのか分からない答えだった。

 

あれ?っと優子は一つの疑問を上げる。

 

 

「でもアタシが最初に会ったらどうなるの? アタシがそうなるのかしら?」

 

 

「……………」

 

 

「黒ウサギ……」

 

 

顔を青くする黒ウサギに優子はこれ以上何も言わない。周りもそれを察して、視線を逸らす。

 

 

「冗談はこのくらいにしておきましょう」

 

 

「冗談に聞こえなかったのは私だけかしら?」

 

 

「真由美さん。正直に言いますと、特に理由はないです」

 

 

黒ウサギは首にぶら下げたロケットペンダントを大事そうに握り絞める。

 

 

「ただ、また会えるから……ちゃんと帰って来てくれるから……抱き付くのはいつでもできるって思いたかったからかもしれません」

 

 

「……アイツなら大丈夫だ。力が少し失っても、逃げたりしない」

 

 

原田は立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

 

「里見だったな。俺は聖天子の所に行って人材派遣と作戦指示、それから武器と兵器の調達書類を書きに行く。お前は『アジュバンド』を結成しろ」

 

 

「メンバーは影胤ペアと将監ペアだろ? これでも一応できているはずだが?」

 

 

『アジュバンド』の最低構成人数は3組から成り立つ6人グループ。つまり現段階で『アジュバンド』登録は可能なのだ。

 

 

「お前たちは主戦力だ。あと3組くらい捕まえて来てくれると指示も出しやすいし、緊急事態が起きても対処しやすくなる」

 

 

「そう言われてもなぁ……」

 

 

「影胤を許容できて、将監の機嫌を損ねない人材を探して来い」

 

 

「それ無理だろ!?」

 

 

まず最初の時点でとんでもないくらい詰んでいることに蓮太郎は頭を抑える。

 

 

「大丈夫だ。だってお前はロリコンだろ?」

 

 

「違ぇよ! あと関係ねぇだろ!? 馬鹿にしてんのか!?」

 

 

「大樹がいない今、ボケるのは俺になるんだよ!」

 

 

「知らねぇよ!」

 

 

「黒ウサギも頑張ります! 里見さん、お覚悟をッ!!」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「じゃあ私も頑張るしかないわね」

 

 

「待て待て七草! これ以上増やすなよ!?」

 

 

「アタシはしないわよ?」

 

 

「それが一番の正解だ!」

 

 

次々とツッコミを入れる蓮太郎。原田は驚愕したかと思えば、

 

 

「よくツッコムなお前……」

 

 

「お前は何で引いているんだよ!?」

 

 

引いていた。最終的に蓮太郎の立場が悪くなってしまった。こういうことに慣れている彼らの方が圧倒的に立場が有利だった。

 

 

(頼むから早く帰って来てくれ……!)

 

 

この時ばかりは誰よりも大樹の帰還を望んだのは蓮太郎である。

 

 

________________________

 

 

 

「って言ってもなぁ……本当に誰を誘えってんだよ」

 

 

「蓮太郎? どこに行くのだ?」

 

 

蓮太郎と延珠は電車に乗っていた。隣に座った延珠が服の裾を掴みながら聞く。

 

 

「勧誘。一緒に戦ってくれる人を探しに行くんだ。とりあえずプロモーターに会って誘うって感じだな」

 

 

蓮太郎の持ってるメモにはギッシリと名前と序列が書かれていた。ちなみに自分の序列650位より上のプロモーターは勧誘しない。下の者の指示を聞くのは絶対に嫌なはずだ。誘ったらパンチが帰って来るだろう。

 

 

「手当たり次第に会うから全員初対面か、一度見たことあるような顔のはずだ。嫌なら外で待っていていいぞ」

 

 

「ふふんッ! 蓮太郎だけでは心配だから妾がついて行ってやろう!」

 

 

「ハイハイ。ソリャドウモ」

 

 

蓮太郎は延珠の頭を少し乱暴に撫でながら言った。

 

 

———二時間後

 

 

ズーン……

 

 

地面に両手をついて『orz』の状態の蓮太郎が路上にいた。延珠はどんな言葉をかければいいのか戸惑っている。

 

結果は惨敗。全て断られた。理由は簡単。

 

 

『お、お前は楢原 大樹のところの!? く、来るなッ!?』

 

 

『て、天童民間警備会社!? 私のところはもう手一杯です!』

 

 

『死にたくないよおおおおおォォォ!!』

 

 

まさかの超超超拒絶。まともに話をかわすことが一度も無かった。

 

大樹の恐ろしさを知っている強者は逃げてしまい、大樹の正義を知っている悪業者の者達は命乞いをしてしまい、大樹の名前を聞いただけで土下座を繰り出す者たちもいた。もう勧誘どころではない。

 

大樹が良い奴だと知っている者はちゃんといた。しかし、既にその人たちは『アジュバンド』を結成しており、大樹のために参加していた。行動が早過ぎて『あ、ども』か『よろしく』ぐらいしか返せなかった。

 

影胤や将監。彼らの名前より、大樹が厄介だった。

 

 

(もう後一組しか残っていないぞ……!?)

 

 

メモに書かれていない1組。蓮太郎が知っているのは『片桐(かたぎり)民間警備会社』だ。

 

ここが断れれば全滅。コイツだけは絶対に誘うと心に決める。

 

 

「延珠……戦闘準備だ。無理矢理でも入って貰わないと俺は荒れてしまう」

 

 

「落ち着くのだ蓮太郎!?」

 

 

一番心に響いたのは『蓮太郎と大樹が同じ化け物』だと認識されていたこと。その時ばかりはソイツを殴ってしまった。本当はあと6発ぐらいは殴りたかった。

 

こうして殺気を抑えながら暗くジメジメした路地を歩く。

 

目的地であるビルに辿り着くも廊下の壁が変色しており、ボロいアパートというより廃墟だと思わされてしまう。

 

 

「れ、蓮太郎……本当にいるのか?」

 

 

「多分な」

 

 

どうにか『片桐民間警備会社』と読める看板を見つける。かなりの不安を煽って来るが、いることを信じる。

 

 

「おい! 返事しろ!」

 

 

ドンドンドンッ!

 

 

呼び鈴が無いのでドアを叩いて呼びかける。しかし、返事が返ってこない。

 

留守かと思い、その場を後にしようとすると、

 

 

「あ、変態の里見 蓮太郎!」

 

 

一瞬殺意を覚えてしまいそうな発言だったが、声に聞き覚えがあった。

 

 

「片桐妹か」

 

 

弓月(ゆづき)だ、里見 蓮太郎! ファ〇クユー!」

 

 

女の子がなんて言葉を。延珠の教育に悪いっと蓮太郎は延珠を連れて来たことを少しばかり後悔する。

 

全体的に黒エナメルの服にスレイブチョーカー、エンジニアブーツ。染めた金髪は左右に分かれて結っている。背中に赤いランドセルを背負っている。学校帰りだとすぐに分かった。

 

 

「久しぶりだな片桐妹。三ヶ月前の大捕物以来か」

 

 

「こっちくんな変態! 変態がうつる!」

 

 

少し大樹の教育的指導を受けた方が良いっと蓮太郎は心の中で愚痴る。さすがに今から勧誘する人の妹を目の前で悪く言えない。言うのは勧誘した後。我慢我慢。

 

 

「フン、その時のアンタはまだ序列も低い下っ端民警だったのに、今やゾディアックを倒し、モンスターラビリンスを攻略、東京エリアの救世主だもんね」

 

 

ほぼ全て大樹の仕業である。蓮太郎は『ん、そだな』と死んだ目で返す。

 

 

「で、なにアンタ? もしかして嫌味でも言いに来たの? だったら今すぐ回れ右して帰れ変態」

 

 

「そうじゃない。お前の兄ちゃんに仕事の話があってきた」

 

 

「変態に恵んで貰う仕事なんてない」

 

 

「その変態に失礼な態度を取っていると変なことされるぞ?」

 

 

「兄貴ぃ!! お客さんッ!!!」

 

 

ガチャバタッ!

 

 

弓月は二秒でドアを施錠。そしてドアを開けて一瞬でその場から消えた。大樹直伝秘技『変態を逆手に取れば最強』が炸裂した。絶対に使わないと決めていたが、こう上手く行くのならば活用……しねぇよ。

 

隣で引いている延珠を引っ張りながら中に入る。

 

 

「うぅッ!?」

 

 

延珠が鼻を抑えながら唸る。蓮太郎も同じように鼻を抑えた。

 

むせ返る臭気に圧倒され、部屋は空のカップ麺にジャンクフードのゴミがテーブルに散乱。脱ぎ散らかした服がそこらじゅうに放置され、積まれた漫画雑誌は今にも倒れそうだ。

 

 

「兄貴! 起きて!」

 

 

弓月が窓際の一画、三角椅子で寝ている男の身体を揺する。男の顔に乗っていたグラビア雑誌が落ち、蓮太郎と目が合う。

 

 

「うわ……」

 

 

「おいコラ何だよ『うわ……』って」

 

 

「察しろよボーイ。起き抜け早々、見ただけで呪われそうなほど不幸な顔の奴が立っているんだぜ? 一瞬オレっちを迎えに来た死神かと思っちまったぜ。よっと」

 

 

掛け声を上げながら男は椅子から跳ね起きる。

 

黒のカーゴパンツにフィールドジャケット、飴色のサングラス。妹同様すくんだ金髪にピアスにハーフフィンガーグロブを装着。蓮太郎より少し身長が高かった。

 

この男が勧誘対象のプロモーター、片桐 玉樹(たまき)。そしてイニシエーターの妹の片桐 弓月だ。

 

 

「まぁなんつーか、繁盛しているみてーだな」

 

 

「フン、皮肉はよせよボーイ」

 

 

「死神が来そうな部屋だな」

 

 

「だから皮肉は……」

 

 

「ここで殺人が起きても不思議じゃないな」

 

 

「おいちょっと待て!? 何か怒ってないか!? さっきのことはもう水に流せよ!」

 

 

ここに来るまでに溜まったストレスをぶつける蓮太郎。玉樹も対応に困っていた。

 

 

「はぁ……久しぶりだな。【絶対最下位】よりはマシな客だな」

 

 

「お前、アイツがここに来たら死んでいたぞ」

 

 

「……そう考えると今更ながら死神じゃなくて天使だな」

 

 

「「いや、それはねぇよ」」

 

 

気が付けば同時に蓮太郎と玉樹は首を横に振った。自分で否定していて悲しいというより嫌だ。天使は似合わな過ぎる。

 

 

「つまらない漫才をやりに来たわけじゃない。要件は———」

 

 

「当ててやろうか? モノリス崩壊のクソファッキンなシナリオが迫っているから仕方なくアジュバンドを作るために仲間集めをして回っているが、言った先々で断られて、仕方なくここに来た。どうよ?」

 

 

はなまる満点大正解である。

 

 

「まぁ当然だろ。オメェみたいな成り上がりの若造は日本中の民警の嫌われ者だからな。あと【絶対最下位】の存在。というかそれが原因だろ」

 

 

「ああ、ここでお前が断ればソイツにお前は殺される」

 

 

「脅迫しなきゃいけないほど追い詰められているのか!?」

 

 

蓮太郎の目は絶対に逃がさないと炎が燃えていた。さすがの玉樹も圧倒されている。

 

 

「と、とりあえず話は聞いてやる。で、獲物は何体だよ」

 

 

「5000」

 

 

その瞬間、玉樹と弓月の動きが止まった。

 

 

「な、なぁボーイ……今、何て言った?」

 

 

「5000」

 

 

「じょ、冗談は———」

 

 

「5000」

 

 

「……………」

 

 

「5000」

 

 

「さすがに聞こえてるぞクソファッキン!? 弓月。逃げる支度をしろ。東京エリアは終わりだ」

 

 

「まだ話は終わってねぇだろ」

 

 

「馬鹿こけボーイ」

 

 

玉樹の低い声音に蓮太郎は黙る。

 

 

「それは自殺行為とかそういうレベルじゃない。分かるか? 俺たちアリがいくら頑張ろうとも、百獣の王のライオンのガストレアには勝てない」

 

 

「何もしなかったら東京エリアは半日もかからずおしまいだ。お前等も死ぬぞ」

 

 

「逃げるに決まっているだろ? アリは賢く勝てない戦いはしない。逃亡あるのみ」

 

 

ダンッ!!

 

 

その時、蓮太郎が机にある紙と一緒に手を叩きつけた。その行為に玉樹は眉を寄せる。

 

 

「これは何だ?」

 

 

「被害報告だ」

 

 

蓮太郎は告げる。

 

 

 

 

 

「モノリス崩壊が発覚してから、外へと飛んだ飛行機は全て墜落している」

 

 

 

 

 

「なんだと……!?」

 

 

玉樹は蓮太郎から強引に紙を奪うと、下唇を強く噛んだ。蓮太郎は構わず続ける。

 

 

「幸い全ての航空機は不時着で全員無事。これはガストレアのメッセージだ」

 

 

「メッセージ?」

 

 

「お前らは逃げることすら許さないってな」

 

 

「ッ……!」

 

 

すぐに玉樹はその言葉を否定しようとしたが、否定できなかった。

 

頭の中でガストレアがそう伝えて来ているように思ってしまったから。

 

 

「敵の大将はアルデバラン。その他にもステージⅣは多数確認してある」

 

 

「……もう終わりなのか」

 

 

絶望的状況。希望の光など一筋も入らないこの暗い闇の中で、生きることは不可能。

 

片桐兄妹が悲観に暮れていると、

 

 

「いや、違う」

 

 

「「ッ!」」

 

 

蓮太郎がその言葉に首を横に振った。

 

 

「倒せる可能性はある」

 

 

「それこそありえない。今まで俺たちがどれだけ負けたか……もう分かるだろ? 俺たちは勝てない」

 

 

「勝てる」

 

 

それでもなお、蓮太郎は断言した。

 

 

「……本気で言ってるのか?」

 

 

「そのためにはお前の力が必要だ。俺とアジュバンドを組んでくれ」

 

 

戦う覚悟を決めた蓮太郎の瞳を見て玉樹は驚く。本当に勝利しようとしていることに、負けを認めない頑固さに、玉樹は誰にもバレないように笑みを作る。

 

 

「一つ言い忘れていたことがあったな。俺は自分より弱い奴の下にはつかねぇ」

 

 

「……じゃあ」

 

 

「ああそうだ」

 

 

玉樹は拳を蓮太郎に向かって突き出し、犬歯を向き出しにした笑みで挑戦状を叩きつける。

 

 

「オレっちに勝つことができたら、アジュバンド加入の件、考えて……いや、入ってやるよ。テメェも男ならタマがついているってところをオレっちたちに証明してみろやッ!!」

 

 

 

________________________

 

 

 

決闘は市民体育館を貸し切って行われた。正式に貸し切ったわけじゃない。玉樹が無理矢理子どもたちに『散れ! ガキは家に帰ってゲームでもしていろ!』っと教師が聞いたらブチ切れるようなことをした。

 

しかし、子どもたちは家には帰らず、決闘を入り口から見学。気が付けば数は増えていた。

 

 

「……これはどういった状況でしょうか?」

 

 

体育館には黒ウサギの姿もあった。もちろん呼んだのは蓮太郎。

 

 

「玉樹が嘘ついて逃げないように審判をしてくれ。アイツが逃げたら即座に跳び蹴りして構わない」

 

 

「ヘイボーイ!? 俺は約束は破らないぞ!? でもバニーガールとは良い趣味しているなボーイ!」

 

 

「喜んで蹴らせて頂きます♪」

 

 

「ファッ!?」

 

 

色目で見られたことに黒ウサギは静かに、そして笑顔で怒った。蓮太郎も少しビビっている。

 

蓮太郎と延珠。玉樹と弓月。二組の勝負が今から始める。

 

 

「名乗るわよ里見 蓮太郎! 序列1850位、モデル・スパイダー片桐 弓月ッ!!」

 

 

クモの因子。彼女はモデル・スパイダーだったことを改めて思い出す。

 

 

「同じく序列1850位、片桐 玉樹」

 

 

ハーフフィンガーグローブの上からチェーンが巻き付いた手甲(ガントレット)を巻いており、腰には半自動式回転銃(オートマチック・リボルバー)。しかし、今回は銃禁止のため警戒する必要は無い。

 

 

「序列200位、里見 蓮太郎」

 

 

「「はぁッ!?」」

 

 

片桐兄妹が同時に驚愕した。

 

 

「何でそんなに上がっているんだよボーイ!?」

 

 

「いろいろあったんだよ」

 

 

「ああクソッ! ムカつく野郎だぜ!」

 

 

この戦争のリーダー格の班を務めるために一時的にこの順位に位置することを聖天子に決められた。しかし蓮太郎は知っている。この戦争を勝てば、逆に順位が上がってしまうこと。

 

 

「妾も忘れて貰っては困る!」

 

 

隣に居た延珠が一歩前に踏み出し、名乗る。

 

 

「妾はモデル・ラビット、藍原(あいはら) 延珠。蓮太郎の『ふぃあんせ』だッ!!」

 

 

「よし、お前ら携帯電話を地面に置け」

 

 

即座に携帯電話を取り出した片桐兄妹と野次馬観客たち。しかし、蓮太郎の行動も速かった。すぐに拳銃を取り出し周りを脅した。

 

 

「……ボーイ。とりあえず落ち着こう、な?」

 

 

玉樹は両手を挙げながら蓮太郎をなだめる。他のみんなも『うんうん』と頷いている。

 

 

「何で俺はこんなことになったんだ……!」

 

 

「何故でしょうか……黒ウサギは今、可哀想な犯罪者と対面しているような気分です」

 

 

黒ウサギの言っていることに玉樹たちも同じ気持ちだった。同情してしまう。

 

 

「こ、これ以上何かが怒ってしまう前に黒ウサギが審判をお務めさせていただきます」

 

 

『『『『『ヒャッホオオオォォウ!!』』』』』

 

 

野次馬たちが一斉に騒ぎ出した。黒ウサギがいつも来ている服装、そして可愛さに大歓喜だった。もはや蓮太郎たちは空気になりつつある。

 

 

「……悪い」

 

 

「謝るな。お前は悪くねぇよ」

 

 

「……助かる」

 

 

少しだけ二人の間で友情が芽生えたような気がした。

 

 

「さぁ踊ろうぜボーイ!」

 

 

「それでは試合開始です!!」

 

 

その瞬間、延珠と弓月の目が赤くなった。

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギの合図と共に蓮太郎と延珠は踏み出した。

 

 

「「!?」」

 

 

その速さは序列200位を名乗るにはふさわしかった。片桐兄妹も驚愕している。

 

蓮太郎は右から、延珠は左から回り込み挟み撃ちを狙う。

 

 

「甘いぜボーイ!」

 

 

タンッ!

 

 

しかし、片桐兄妹は甘くは無かった。すぐに弓月は跳躍し、天井、壁、天井と次々と移動する。

 

逃げた弓月を延珠は追いかける。自慢の脚力で一瞬で距離を詰めようとする。

 

 

ゴッ!!

 

 

玉樹は蓮太郎の蹴りを左腕で受け止め、右手で反撃する。

 

 

「ハアアァッ!!」

 

 

蓮太郎は冷静に右手の拳を玉樹の拳にぶつける。だがその行動はすぐに後悔することになる。

 

 

ギャリギャリギャリッ!!

 

 

「ぐああッ!!」

 

 

右手の拳に痛みが走り表情を歪ませる。拳を見てみると人工皮膚が削り取られて超バラニウムが姿を現していた。

 

玉樹が装備していたのはただの手甲(ガントレット)ではなかった。

 

 

「バラニウム製の回転ノコギリ(テェーンソー)……!?」

 

 

「そうよ! ちっと気付くのが遅れたなボーイ」

 

 

それにっと玉樹は付け足す。

 

 

「ボーイも、ボーイの相棒も、な!!」

 

 

「ッ!? 延珠ッ!!」

 

 

ニヤリと笑う玉樹に蓮太郎の背筋が凍った。すぐに名前を呼ぶがすでに遅かった。

 

 

「蓮太郎! 囲まれた!」

 

 

延珠の叫び声は背後から聞こえた。

 

弓月を追っていた延珠はすぐに離脱し、蓮太郎の背後に立つ。そのことに蓮太郎は怒鳴る。

 

 

「馬鹿ッ、何で戻って来た!?」

 

 

「妾だけ残っても、嬉しくない」

 

 

「……そうかよ」

 

 

蓮太郎と延珠は再び構え、この状況を睨んだ。

 

 

 

 

 

既に蓮太郎と延珠は、クモの巣の罠にかかっている。

 

 

 

 

 

弓月はクモの因子を持っている。

 

弓月は不可視の糸でテリトリーを作り上げ、俺たちを閉じ込めた。飛び回って逃げていたわけじゃない。俺たちを追い詰めるための行動だった。

 

既に体に二本くらい糸が体に当たっているほど狭まれ追いつめられている。身動きが取れるのはわずかだけ。

 

現在進行形で今も弓月はテリトリーを作っている。完全に逃げ場を無くした。

 

 

「諦めなボーイ! もう詰んでるぞ!」

 

 

「おい延珠。ああいう勝った気でいる奴は大抵最後は負けるからな? 真似するなよ」

 

 

ブチッ

 

 

玉樹の頭から聞こえてはいけない音が聞こえた。轟音を上げながらチェーンが回転する。

 

 

「死ねやこんにゃろおおおお!!」

 

 

「殺してはダメですよ!?」

 

 

玉樹の叫び声に黒ウサギは驚愕。わりとガチな殺意が込められた拳が蓮太郎へと向かって来る。玉樹が不可視の糸に絡まらないのはサングラスのおかげであろう。

 

蓮太郎はすぐにその場にしゃがみ、延珠が蓮太郎の前に出る。

 

 

「蓮太郎は妾が守るッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

延珠の放った超威力の蹴りは玉樹の手甲(ガントレット)が粉々になった。

 

 

「なッ!?」

 

 

「隙ありッ!!」

 

 

そのことに驚愕する玉樹であったが、すぐに弓月がフォローに入る。真上からの攻撃に延珠は対応できない。

 

 

「延珠は俺が守るッ!!」

 

 

パァンッ!!

 

 

蓮太郎の右脚部のカートリッジから炸裂音が響き渡る。蓮太郎は勢いだけで糸を無理矢理千切り、弓月が飛び込もうとした場所から真上に上昇する。

 

 

「しまっ———!?」

 

 

「天童式戦闘術一の型三番」

 

 

失態に気付くのは遅かった。蓮太郎の捻りを加えた拳が弓月に当たる。

 

 

「【轆轤(ろくろ)鹿()()()】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

カートリッジ不使用の拳が弓月の体に当たり、糸を切りながら玉樹の所に落とされる。

 

 

「ぐぼはぁッ!?」

 

 

まさかの追撃に玉樹は抵抗する暇も無く、弓月と一緒に後方へと飛ばされた。

 

同時に子どもたちや野次馬の歓声が響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

「フ〇ック! オレっちじゃなきゃ死んでいたぞ!?」

 

 

「はぁ? お前も死ね死ね言っていたじゃねぇか」

 

 

戦いが終わった後も蓮太郎と玉樹はガンを飛ばし合っていた。弓月と延珠は友として認め合ったのに対して醜い男たちである。

 

 

「はい、そこまでですよ」

 

 

黒ウサギが間に入り込み、喧嘩を止める。

 

 

「これで勝負は終わり。片桐さんの負けですよ」

 

 

「ちょっと待て! オレっちはまだ———」

 

 

「終わりですよ?」

 

 

「あッ、ハイ」

 

 

(大樹と同じ対処だな……)

 

 

笑顔の黒ウサギは怖い。大樹は『ひゃい、しゅみましぇん』っと、汗をダラダラ流しながら謝っていた。

 

玉樹は溜め息を吐いた後、仲良くする延珠と弓月を見て口元を緩めた。

 

 

「弓月は赤い瞳がバレないように人を避けてっから、学校で友達が出来なくなってな。見ろよあの楽しそうに喋る二人を」

 

 

「……大樹は、【絶対最下位】はそれを実現させようとしている」

 

 

「堂々と救う宣言していたしな。ホント、普通じゃないぜ。教会で保護しているらしいな?」

 

 

「ああ、多分お前のところより良いモノは食えているぜ」

 

 

「マジかよ!? ……オレっちも住もうかな?」

 

 

「おい」

 

 

冗談だっと玉樹は付け足した後、蓮太郎に右手を差し出す。

 

 

「感服したよ里見 蓮太郎。オレっちたち片桐民間警備会社の力、テメェらのために、東京エリアのために一つ役立たせてくれ」

 

 

「よろしく頼む」

 

 

蓮太郎は強く玉樹の手を握り、大きく振った。

 

気が付けば拍手の嵐が巻き起こり、二人とも恥ずかしそうに苦笑いをした。

 

 

———序列1850位 片桐 玉樹、参戦。

 

———序列1850位 片桐 弓月、参戦。

 

 

 

 

 

「ところでオレっちだけなのか? 他に仲間は?」

 

 

「蛭子 影胤と蛭子 小比奈。それから伊熊 将監と千寿 夏世だ」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

「マジ?」

 

 

「マジ」

 

 

「……やめても?」

 

 

「『テメェも男ならタマがついているってところをオレっちたちに証明してみろ』」

 

 

返って来たブーメンを玉樹は投げ返すことができなかった。

 

ただその場であの時の蓮太郎みたいに『orz』になった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「では黒ウサギは原田さんのところに戻ります。二組は誘えなくても、一組は頑張ってください」

 

 

そう言って黒ウサギはその場を後にした。残されたのは蓮太郎と延珠。新メンバーの玉樹と弓月。足元にはテントや生活品が置いてある。

 

ここは東京エリア第40区。32号モノリス10キロ手前で拠点を作っているのだ。

 

周囲には既にいくつものテントが組み立てられており、プロモーターやイニシエーターが大勢いる。

 

 

「それにしても5000体か……どうやって倒すんだよ? まさか全滅させるわけじゃないよな?」

 

 

「さすがに全滅は無理だろ。全滅させる勢いはあっても、不可能だ」

 

 

玉樹の言葉に蓮太郎はすぐに首を横に振った。二人はテントを組み立てながら話す。延珠と弓月もそのサポートをする。

 

 

「オレっちなら罠を仕掛ける。一網打尽できるくらいの大爆発だ!」

 

 

「それで戦力を削れるなら俺たちは今までの戦争は負けねぇだろ」

 

 

「なら誘き寄せて一網打尽!」

 

 

「お前は一網打尽しか考えてないのかよ」

 

 

「じゃあボーイならどうする?」

 

 

「逃げる」

 

 

「さっきと言ってることがおかしくないか!?」

 

 

「逃げるって言っても時間を稼ぐって意味だ。大樹が戻って来るまで耐えるしかないだろうな」

 

 

「ん? どういう意味だ? オレっちはてっきり【絶対最下位】の無双は当たり前だと思っていたが……?」

 

 

「アイツは今東京エリアにいねぇよ」

 

 

「はぁああああああああああ!?」

 

 

大声で驚愕する玉樹に蓮太郎は機嫌の悪そうな顔をする。

 

 

「事情があるんだよ。それに代わりに大樹並みに強い奴なら他にもいる。とりあえず勧誘して来る」

 

 

テントも完成したので蓮太郎は無理矢理話を切り上げて、延珠を連れて逃げ出した。

 

勧誘は本当だ。拠点に集まっている大勢のプロモーターとイニシエーターは『アジュバンド』の仲間を集めるため、もしくは勧誘する目的がある人たちが多い。蓮太郎もその一人だ。

 

祭りの露店のように並ぶ飲食店や武器屋。東京エリアの命運が本当にかかっているのか疑ってしまうほど賑わっていた。

 

 

「蓮太郎、あんなのはどうだ?」

 

 

延珠が指を指しながら勧誘する人を見つける。『あんな』とか言っている時点で不安だが、予想は的中した。

 

重装備の民警ペアに蓮太郎は首を横に振った。

 

 

「ダメだ。アイツらはやめよう」

 

 

「なぜだ?」

 

 

「首回り、頭、肘や膝裏まで防具でびっしりだ。素人ほど死にたくないって気持ちが防御力を重視する安易な方向に傾きやすい。でもそれはガストレアとの戦いでは致命的だ。延珠、お前なら分かるよな?」

 

 

防御力より回避力。スピードがいかに大事か延珠は理解し、何度も頷いた。

 

 

「ならあれだな!?」

 

 

パンツ一丁にタイガーマスクの覆面を被った男を延珠は見つけた。

 

 

「違う。そうじゃない」

 

 

「もっと脱がせるのか!?」

 

 

「どうしてそんな発想に辿り着いた!?」

 

 

「全裸はいないぞ!?」

 

 

「いねぇよ!!」

 

 

「おい聞いたか? 民警同士のいざこざがあったらしい」

 

 

「実力の違いがわからず片方のペアが突っかかっているってよ」

 

 

騒がしい。盗み聞きをして分かったことはいざこざが起こったこと。どうやら揉めている人たちがいるらしい。

 

一瞬玉樹かっと思ったが、まぁその時は鉄拳制裁して謝らせようとリーダー的判断で解決することを蓮太郎は心に決める。

 

喧嘩を止めるために蓮太郎と延珠は急いで現場に向かう。

 

 

「おいハゲ。俺様が誰だか知ってんのか?」

 

 

「誰がハゲだ。ったく、目腐ってんのか?」

 

 

「あぁ!?」

 

 

(やべぇ……すっげぇ聞き覚えのある声だ)

 

 

一人はモヒカン頭の巨漢。傍らには枯れた瞳のイニシエーターが付き従っている。

 

もう一人は高級そうな白いコートに黒いズボンを着た男。イニシエーターはいない。しかし、見覚えどころか知人だ。

 

 

(何で原田がいるんだ!?)

 

 

そう、大樹の親友である男、原田だった。

 

 

「は、原田さん!? 喧嘩はダメですよ!?」

 

 

(あ、黒ウサギ)

 

 

なだめようとする黒ウサギを見つけた。苦労しているなぁっとしみじみ思う蓮太郎と延珠であった。

 

 

「俺はこの戦争の団長どころか指揮を執る最高司令官だぞ。それを『ザコ』だの『ハゲ』だの、埋めるぞクソッタレ!!」

 

 

「発想が大樹さんに似ていますよ!?」

 

 

「ぐぅ……イライラし過ぎてるな俺……一度戻るか」

 

 

「いい加減にしろよ! ぐだぐだ言ってんじゃぇぞ!」

 

 

爆発しそうなくらい真っ赤にしたモヒカン。原田はつまらなそうな顔で見ており、黒ウサギは何かに怯えていた。

 

 

「強盗や殺人を繰り返すこと20年。三ヶ国で死刑判決になっているお尋ね者、ブリック・ナイゲルたー、俺のことよ。知ってのんのか、おい?」

 

 

「はぁ? じゃあお前は上空3000メートルから何度も落ちても無傷で、死んでも生き返るゾンビのようで、山を木っ端微塵に吹き飛ばし、ガストレアと武器なしでも余裕で戦えて、嫁たちに尻にしかれる【絶対最下位】の親友であるこの俺、原田を知らないのか?」

 

 

(((((何だその凄い経歴!? でもお前は知らねぇ!)))))

 

 

ブリックとは天と地の差があった。改めて【絶対最下位】の脅威を知る民警たちであった。

 

 

「クソみたいな嘘も大概にしろよぉ!?」

 

 

「実は嘘では無いですよ……最後の部分は否定し辛いですが」

 

 

「あぁ!? 文句言ってんなよ女!!」

 

 

「ひゃう!? 黒ウサギは何も言っていないですよ!!」

 

 

両手をバンザイして首を横に振る黒ウサギ。その時、胸が揺れて全員の視線が集中したのは言うまでもない。

 

 

ドンッ!!

 

 

「「「「「痛い!?」」」」」

 

 

そして全てのイニシエーターがプロモーターの足を踏んだことも言うまでもない。

 

 

「おいプ〇ッツ。サラダ味でも何でもいいが、その子に手を出したらタダでは済まさんぞ」

 

 

「誰がお菓子の名前だ!」

 

 

ブリックは原田に視線を戻した後、ニタリっとゲスの笑みを浮かべる。

 

 

「テメェの女くらいちゃんと守れよ? 俺みたいな悪人に連れていかれねぇようによぉ」

 

 

「やめろよ? マジでやめろよ? 多分加減できねぇぞ? あと勘違いするな」

 

 

「へへッ……だったら———」

 

 

その時、モヒカン男の手が黒ウサギに触れようとした。原田が手を掴んで止めようとする。が、

 

 

「———こいつでも食らっとけッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

黒ウサギを触ろうとした手は拳となり、原田の顔面に叩きこまれた。

 

 

「……………は?」

 

 

モヒカン頭の男がまぬけな声を出した。周りで見ていた全員も同じような反応だった。

 

 

「まだまだ、力不足だな」

 

 

 

 

 

原田はたった二本の指だけで拳を止めていた。

 

 

 

 

 

パンッ!!

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

人差し指と中指の二本。指だけでブリックの拳を上に飛ばす。二本の指で弾かれたことにブリックは目を見開いて驚愕することしかできなかった。

 

原田の手はデコピンする形になり、ブリックの額へと当てる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

岩でも砕けたかのような音と共にブリックの体が超スピードで後方へと屋台を薙ぎ払いながら吹っ飛んだ。

 

 

「「「「「えええええェェェッ!?」」」」」

 

 

「やり過ぎですよッ!?」

 

 

その光景に全員が驚いた。黒ウサギは真っ青になっていた。

 

 

「そこのお嬢ちゃんも、やる?」

 

 

ブンブンブンブンブンブンブンブンッ!!

 

 

残像が見えるくらいの速さでブリックのイニシエーターは首を横に振った。

 

 

「さぁて、あの犯罪者は俺が教育してやろうかな? というか俺に逆らったらどうなるか見せしめとしていいかもしれないな」

 

 

(((((怖いッ! あの司令官怖いッ!)))))

 

 

原田の恐ろしさを叩きこまれた民警たち。彼には逆らえない。絶対服従されるしかない。

 

 

「そうだ。ここにいる民警に伝えなきゃいけないことがあったんだ」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ビクッ!!

 

 

全員が武器に手を伸ばした。何故か分からないが怖かった。

 

そして、原田は笑みを浮かべながら告げる。

 

 

「バーベキューやるからあとでお前ら集合な。もちろん、タダだ」

 

 

「「「「「ひゃっふうッ!!」」」」」

 

 

銃声のファンファーレが響き渡り、こうして原田は尊敬されるようになった。

 

 

「単純過ぎて、黒ウサギは心配ですよ……」

 

 

黒ウサギの呟きに蓮太郎は心の中で同意した。

 

 

 

________________________

 

 

 

「久しぶりだな、里見」

 

 

「なッ……彰磨(しょうま)兄ぃ!?」

 

 

騒動を傍観していると、長身で長いコートを着て、目元にはバイザーを被っている男が蓮太郎の肩を叩いた。

 

蓮太郎はその男を知っていた。

 

天童式戦闘術八段。薙沢(なぎさわ) 彰磨。蓮太郎の兄弟子だ。

 

 

「れ、蓮太郎の知り合いか?」

 

 

「ああ、紹介するよ延珠。俺の兄弟子である薙沢 彰磨。彰磨兄ぃだ」

 

 

「お前の活躍は風の噂に聞いている。精進しているか?」

 

 

口元を緩ませた彰磨の腕と蓮太郎の腕が組み合わさる。蓮太郎も頷きながら笑みを浮かべている。

 

 

「俺の活躍というより大樹だけどな」

 

 

「【絶対最下位】だな? スコーピオンを一撃で葬ったのは本当か?」

 

 

「どうして知って……いや、おかしくはないか」

 

 

ステージⅤのガストレアを一撃で葬った大樹のことを知っているのは少ない。しかし、その少ない人間が密かに誰かに喋ることはある。あるに決まっている。人は秘密を共有したがる生き物だからだ。

 

彰磨がそれを知っているのは人から人へ。さらに人から人へと秘密が感染していき、彰磨の耳まで辿り着いたのだろう。

 

 

「本当だよ。あの太陽のような爆炎は大樹がやった」

 

 

「……信頼ある弟子に言われても信じきれないな」

 

 

「それが当たり前なんだよ彰磨兄ぃ……」

 

 

徐々に規格外な展開に慣れてしまうこの病。きっと『大樹病』か『ダイキウイルス』だ。感染者は非常識な行動やありえない光景を見ても驚かさせない効力を秘めている違いない。何気に怖い。

 

 

「だがお前が影胤を倒したことは信じれる。よく頑張ったな」

 

 

「……まぁ、な」

 

 

兄弟子に褒められた蓮太郎は視線を逸らしながらニヤける。正直、嬉しかった。

 

視線を逸らした先に一人の少女が目に入った。彰磨の後ろに隠れながらこちらを見ている。

 

 

「彰磨兄ぃ……もしかして……!?」

 

 

「ああ、その通りだ。(みどり)。自己紹介だ」

 

 

彰磨が翠と呼んだ少女を前に出す。

 

ロングパーカーにスカート。魔女のような(つば)の広いトンガリ帽子を被っており、おどおどしていた。

 

 

「ふ、布施(ふせ) 翠と、いいましゅ」

 

 

思いっ切り噛んだ。しかし、俺たちは表情に出さない。大人だから。

 

すぐに延珠も自己紹介して翠と仲良くなろうとしている。任せて大丈夫だな。

 

 

「良い子だな。これからも仲良くしてやってくれ」

 

 

「安心してくれ。教会に行けばもっと友達が増える」

 

 

「教会?」

 

 

「子どもたちを集めているんだよ。そこらの小学校より設備がいいぜ」

 

 

「フッ、面白そうなことをやっているな」

 

 

そうそうっと彰磨は言いながら思い出したことを話す。

 

 

「面白いと言えば『アジュバンド』を探しているのだろう? お前の悪巧みに俺も混ぜてくれ」

 

 

「……心強いよ」

 

 

断る理由など無い。ただ嬉しい気持ちだけがあった。

 

 

———序列970位 薙沢 彰磨、参戦。

 

———序列970位 布施 翠、参戦。

 

 

________________________

 

 

 

「知っていると思うが、自己紹介しよう。序列550位 蛭子 影胤だ」

 

 

「モデル・マンティス。蛭子 小比奈」

 

 

———序列550位 蛭子 影胤、参戦。

 

———序列550位 蛭子 影胤、参戦。

 

 

「フンッ」

 

 

「序列705位、伊熊 将監さんです。私はモデル・ドルフィン、千寿 夏世です」

 

 

———序列705位 伊熊 将監、参戦。

 

———序列705位 千寿 夏世、参戦。

 

 

それぞれの自己紹介が終わり、シン……と静かになる。中心で燃える焚火の音しか聞こえない。

 

 

「「……………」」

 

 

彰磨と翠は目を見開いて驚き、

 

 

ガクガクブルブルガクガクブルブルッ

 

 

玉樹と弓月の表情は真っ青になって手が震えていた。手に持ったコップの中身は既に地面に全てこぼれている。

 

それも当然だ。影胤たちは東京エリアを滅亡寸前まで追い込み、元序列134位。

 

将監たちは今ではロイヤルガーターの『怪物殺し(ガストレア・スレイヤー)』と恐れられている実力者となっている。

 

そしてトドメと言わんばかりの仮面と強面の男たち。もう周りの人たちはすぐにテントを片付けて逃げ出している。

 

 

「里見……これは大丈夫なのか?」

 

 

彰磨が心配するのは分かる。だから蓮太郎は、

 

 

「……………」

 

 

「里見……!」

 

 

黙った。正直、大丈夫と言えない。不安しか残らない。

 

影胤は両手を広げながら俺たちに話す。

 

 

「安心したまえ。今の私は自分でも驚くほど大人しくしている。理由は話すことは無いが、仲間だと思って構わない」

 

 

「信用できないな。東京エリアを滅亡しようとした男をどうやって信用すればいい?」

 

 

「これは大樹君の受け売りになってしまうが、私は証明するよ。行動でね」

 

 

彰磨の言葉に影胤はシルクハットの(つば)を掴みながら返す。彰磨はポカンっとなっていたが、笑みを浮かべた。

 

 

「そうだな。俺もしっかりと見ておこう」

 

 

「里見君の兄弟子の力、私も楽しみにしているよ」

 

 

そう言って小さく笑いながら二人は握手を交わす。恐らく一番組み合わさってはいけない二人組じゃないかと里見は後悔した。

 

 

「……………」

 

 

終始無言を貫き通そうとする玉樹を見て蓮太郎の表情は引き攣った。序列が一番下だとこうなるのか。

 

 

「では延珠さんが勝ったのですか?」

 

 

「むー、蓮太郎が殴ったから妾じゃない、のか?」

 

 

「あの変態に負けたのが一番悔しかった!!」

 

 

違う。もうイニシエーターたちは仲良くなっている。話題が自分なのは非常に不本意だが。玉樹だけ例外だった。

 

 

「おい里見。アイツはどこだ?」

 

 

「今はいねぇよ。大樹は遠くに行っている」

 

 

「けッ、怖気づいたわけじゃねぇだろ? 策でもあんのか?」

 

 

意外と大樹のことを分かっている将監に蓮太郎はつい笑ってしまいそうになるが堪える。ここで笑ったら殺される。

 

 

「それを含めて俺から話がある」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

蓮太郎の背後から声が聞こえた。振り返るとそこには原田が歩いて来ていた。

 

 

「今回の戦争で勝利の鍵になるのは敵の大将軍の討伐だ」

 

 

「大将軍?」

 

 

蓮太郎が聞き返す。他の人も理解していなかった。

 

原田は真剣な表情で、最悪を告げる。

 

 

 

 

 

「ステージⅣの数は10体。この10体を倒せば、俺たちの勝ちだ」

 

 

 

 

 

あまりにも過酷な勝利条件に、誰もが耳を疑った。

 

 






『大樹病』『ダイキウイルス』

もし大樹がこのことを知ったら、


大樹「『大樹病』って酷すぎるだろ!? 出番が無いからってやりたい放題だな!? 空気感染でもするのかクソッタレ!! 埋めるぞ!!」


とか言うでしょうね。(確信)

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