どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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長かった戦いに終止符が打たれる。

大樹の決めた覚悟。姫羅の譲れない願い。

どちらが勝るのか。続きをどうぞ。



Scarlet Bullet 【終戦】

戦争が始まった。

 

戦艦から港まで高速ボートで移動し、一気に本拠地に向かって走り出す。

 

 

「旦那様! どうか無事に……!」

 

 

「必ず帰って来なさい!」

 

 

「私たちは私たちでできることをします!」

 

 

「おうよ!」

 

 

リサとメヌエットのメッセージに俺は手を振りながら返事をする。諸葛も頼んだぜ。

 

基地から警報アラームが鳴り響き、すぐに軍隊が集まる。防衛する体制を作り、銃口をこちらに向けた。

 

凄い数だ。さすが400万人で防衛するだけのことはある。こんな数でも百分の一も集まっていないと考えるとゾッとする。あとの99以上はどこかに配置されていると思うと嫌な汗をかいてしまう。

 

よし、そんな臆病風は大声で吹っ飛ばそう。

 

 

「戦争だゴラアアアアアアァァァ!!!」

 

 

「大樹さんに変なスイッチが入りました」

 

 

「ティナちゃん止めて!! 今のだいちゃんだと撃たれるから!!」

 

 

ティナと理子は急いで大樹を止める。確実に死に急ぐ野郎だった。

 

 

「邪魔するな! 全員埋めてやるから心配するんじゃねぇ!」

 

 

「余計に心配するよ!?」

 

 

刻諒も驚愕する。ふむ、理解者が少なくて悲しいな。

 

今の突撃配置は作戦『ファランクス・トラスト』の通り、皆で固まって突撃している。俺は後ろの方を走っている。

 

 

ドドドドドッ!!!

 

 

敵が一斉に銃を乱射する。何千を超える銃弾が俺たちに向かって飛んで来る。

 

 

「【疾風(ウラガーン)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

刻諒の母である麗の拳から暴風が吹き荒れた。銃弾は風の壁に遮られて、全て地面に落ちた。

 

 

「「「「「Oh……」」」」」

 

 

「「「「「嘘……」」」」」

 

 

母ちゃんめっちゃ凄いなおい……アメリカの軍隊もこっちも、お互いに驚愕しているよ。

 

 

「トッキー!」

 

 

「【アブソリュート・シュトラール】!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

刻諒が踏み込んだ瞬間、姿を一瞬で消した。

 

否。あまりの速さに消えたように見えただけ。

 

刻諒は軍隊の目の前まで踏み込み、敵を目で捉えきれないスピードで突きを繰り返している。

 

次々と敵が倒れる光景に俺たちは呆気を取られる。

 

 

「……あの親子ヤバいな」

 

 

「兄貴の家族もヤバいだろ」

 

 

キンジとジーサードの会話に俺は心の中でこうツッコム。お前ら兄弟もな。

 

 

「ここは私たちが引き受ける! 突撃しなさい!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刻諒がそう言った瞬間、進行方向に道が開いた。

 

 

「ありがとよ! ここまで付き合ってくれて! お前は最高だぜ!」

 

 

俺が親指を立てながら言うと刻諒はニッと笑って返してくれた。

 

 

「防衛ラインの防壁は全部で4つだ!」

 

 

「クソッ、力が戻っていれば一瞬で壊せるのに……!」

 

 

(((((その攻略方法はおかしい)))))

 

 

ジャンヌの言葉に俺が返したけど、皆さんは何か不服らしい。何故か不服な視線が返って来た。あまり気にしないでおこう。

 

 

「次! 前から来るぞ!」

 

 

敵が走って来ているのが見えた。黒一式の防護服の重装備。ガチだぞ……!

 

俺がそう報告すると、

 

 

「今度は右だ!」

 

「左から来るぞ!」

 

「後ろから追いかけて来たぞ!」

 

 

「ホント多いなちくしょう!?」

 

 

全員が背を預けて応戦するが数が多過ぎる。というか今の俺、超お荷物。

 

コルト・ガバメントで敵を撃つが狙いは外すし、手首が取れそうになる。無能じゃん……。

 

 

「ここはボクたちが抑えよう! 正面に閃光手榴弾(フラッシュグレネード)を投げるその隙を突くんだ!」

 

 

「カウント! 3! 2! 1!」

 

 

「えッ!? ちょッ!? 待っ———!?」

 

 

ワトソンの言葉にすぐにカイザーはカウントを開始した。そして1を言ったと同時に、閃光手榴弾(フラッシュグレネード)を宙に投げた。

 

 

バンッ!!

 

 

空中で爆発し、閃光が走る。

 

 

「目がぁ!? 目があああああァァァ!!」

 

 

「大樹さんがまともに見ました!」

 

 

「本当に使えないなオイ!?」

 

 

ティナの報告に全員が驚愕して呆れた。キンジに馬鹿にされた。

 

 

「我が運ぼう」

 

 

「うおッ!?」

 

 

閻に担がれた(らしい。見えないから分からない)俺は運ばれる。完全にお荷物状態。

 

ワトソンとカイザーの開けた道を敵を駆け抜け、再び敵を薙ぎ払いながら駆け抜ける。特にジーサードとヒルダ、覇美の無双だった。ちょっとぉ!? 閻さん!? 振り回さないでぇ!!

 

 

「見えたわよ。第一防衛ラインの防壁」

 

 

夾竹桃の言葉に俺は防壁を想像する。見えないから。

 

 

「思ったより高いよ!」

 

 

かなめの言う通り、防壁の高さは8メートル以上はあった。これを越えるのは難しい(一部除く)。

 

 

「壊す必要はないよ。もっと頭を使うんだ」

 

 

「うわッ高いな……ってオイ!?」

 

 

やっと見えるようになった瞬間、シャーロックの行動に俺は嫌な予感がした。

 

 

カンッ!!

 

 

シャーロックが杖を地面に強く突いた瞬間、

 

 

バキバキバキバキンッ!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

巨大な氷が地面から飛び出し、囲むように氷の山が突き上がった。

 

ご丁寧に目の前には氷の階段が造られ、てっぺんまでのぼれるようになっている。

 

 

「というか頭使ってもできないからな!?」

 

 

「このくらい簡単だよ」

 

 

「俺たちにとって簡単じゃねぇし!!」

 

 

「それより僕はこの人たちを相手にするよ」

 

 

シャーロックが後ろを振り返ると、氷の山をジャンプだけで飛び越えて来た者たちが3人もいた。

 

刀、大剣、双剣。俺たちは三人の実力が並みじゃないことが分かった。

 

 

「……頼むぞ」

 

 

「君にそんな言葉を言われるなんてね。安心したまえ」

 

 

シャーロックは地面に叩きつけた勢いで壊れた杖———いや、中に仕込んでいた刀が姿を見せる。

 

 

「曾孫の大切な人の願いだ。断る理由はない」

 

 

________________________

 

 

 

「第一防衛ライン突破されました!」

 

 

「ボストーク号!? 何故あのようなモノが!?」

 

 

部下の報告に薄汚れた白衣の男は驚愕していた。

 

海の中から来るとは誰も思わなかった。航空制限を掛けた意味は無くなってしまった。

 

陸のほうに部隊を大きく置きすぎたせいで手薄になった海側の方に攻められると不味かった。

 

 

「すぐに部隊を集めろ! 絶対にここまで突破させるな!!」

 

 

「アタイはどうする?」

 

 

後ろで控えていた姫羅が尋ねると、白髪の男はすぐに指示を出す。

 

 

「お前は第四ラインを突破された時、最後の砦を守れ! ……そうそう、これで成功すればお前の願いを叶えてやる」

 

 

「ッ!?」

 

 

不気味な笑みを浮かべる白髪の男がそう言うと、姫羅は目を張った。

 

 

「まぁ奴らがそこまで来ることはないが……万が一あるかもしれないからな」

 

 

「……………」

 

 

「殺せるな?」

 

 

「……………」

 

 

姫羅は黙りながら部屋を出た。白髪の男は笑いながらそれを見送ると、部下に指示を出す。

 

 

「第三防衛ラインに全員集めろ! 待ち伏せだ!」

 

 

白髪は大声で告げる。

 

 

「世界に反逆する奴らだ! 全員生きて返すな!」

 

 

 

________________________

 

 

 

第一防衛ラインの防壁を乗り越えた。そしてご丁寧に降りる階段まで氷で作成してある。丁寧過ぎて何か嫌だ。

 

氷の上を滑り落ち、一気に地面まで降りる。

 

 

「うごッ!?」

 

 

「大樹さんが転びました」

 

 

「本当に敵の大将を取れるのか心配ぢゃ……」

 

 

今度はパトラに心配された。もう戦う前からボロボロです。

 

また閻に担いで貰う。お世話になります。

 

相変わらずジーサードとヒルダ、覇美様が無双。あ、よく見たら津羽鬼もすんごい速さで戦っている。ちょっと見えないけど。

 

しかし、限界がある。

 

 

「また囲まれた!? もう後がないぜ!?」

 

 

カツェが驚きの声を上げる。何度も繰り返すが敵の数が多過ぎる。

 

速くここを突破しないと400万人とは言わないが全員集まってしまう……!? このままだと奇襲の意味がなくなる……!

 

 

「そろそろかしら……!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

その時、背後から電気が弾けるような音とヒルダの声が聞こえた。俺は驚愕し、叫ぶ。

 

 

「ッ!? 全員伏せろおおおおおォォォ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺はティナを抱きながら地面に伏せる。他の者達も地面に伏せた。

 

その瞬間、光が瞬いた。

 

 

ドガシャアアアアアァァァン!!

 

 

ヒルダの体から雷のような電撃が一帯に放たれた。

 

 

「「「「「ぐぁあああああ!!」」」」」

 

 

「「「「「……………ッ!」」」」」

 

 

俺たちは軍隊が電撃で苦しむ声を、姿を、惨状をその目で見てしまった。ホラー過ぎて全員引いている。トラウマになりそう。というかトラウマになった。俺はティナの目を手で隠しているのでトラウマを植え付けさせないようにしている。ナイス俺。

 

 

「ここは私が引き受けるわ。ありがたく思いなさい!」

 

 

「……えっと、殺すなよ?」

 

 

「ええ、加減するわ」

 

 

白目を剥くほどの威力で加減されているのか。恐ろしいぞ。相手に同情するわ。

 

 

「理子も残る」

 

 

「!?」

 

 

何故か一番ヒルダが驚いていた。理子耐性なさすぎだろヒルダ。

 

 

「いくらなんでも多過ぎる。一人じゃ危ないから」

 

 

「だそうだヒルダ。しっかりと理子を守れよ」

 

 

「わ、分かっているわよ!」

 

 

「ほう……分かっていたのか」

 

 

「なッ!? 黒焦げにするわよ!」

 

 

「今の俺はマジでなるから勘弁して」

 

 

急いで俺たちは立ち上がり、第二防衛ラインに向かって再び走り出す。

 

 

「だいちゃん」

 

 

理子の横を通ると同時に、声が聞こえた。

 

 

「頑張れ」

 

 

「……ありがとよ」

 

 

俺はそう返し、敵を二人に任せた。

 

 

「どういう風の吹き回しだ」

 

 

理子がキツイ目でそう言うと、ヒルダはそっぽを向きながら答える。

 

 

「今は私も師団(ディーン)俘虜(ふりょ)。これくらいの仕事はするわ」

 

 

「……そう」

 

 

理子はワルサーP99を取り出し、ヒルダは自分の影から三叉槍(トライデント)を引きずり出した。

 

 

「ほんの少しだけ、頼りにする」

 

 

今度こそ、大樹の力になるために、理子は決意を固めた。

 

 

________________________

 

 

 

「第二防衛ラインです」

 

 

レキの言う通り、先程と同じような防壁が見えて来た。防壁の近くには戦車が……はぁ!?

 

 

「何だあの数は!?」

 

 

驚愕したのは俺だけじゃない。全員のはずだ。

 

戦車を用意していることは予想がついた。しかし、予想を上回ったことがある。

 

数だ。作戦班が出した予想分析を遥かに超えている。

 

 

「軽く見積もって1000以上、だな」

 

 

もうこれは笑えばいいのか? あんなに綺麗に並んで待ち構えている光景に拍手すればいいのか?

 

ジーサードの言葉に息を飲んだ。いくらなんでも無茶苦茶だ。もうちょっとバラバラに置くだろ普通。

 

そもそもどうやってあんな数を用意した? アメリカだけの力じゃ……ってやっぱり他の国と連携取っていますよねそりゃ。戦車の装甲が統一されていないもん。

 

 

「そろそろ来ると思うぜ」

 

 

バババババッ!!

 

 

上を見上げながらジーサードは笑う。ジーサードにつられて俺たちも上を見ると、何機ものヘリコプターが飛んでいるのが見えた。

 

 

「まさか俺たちの援軍か!?」

 

 

「俺の部下たちが乗っている。あとセーラとかいう奴と四姉妹」

 

 

セーラ・フッドと曹操(ココ)姉妹か!

 

ヘリコプターの搭乗口が開き、一人の少女が姿を見せる。長いストレートの銀髪、つばの広い洒落た帽子に長大な長洋弓(ロングボウ)を握っている。

 

学校の制服のような恰好。スカートがフワっと舞い上がり……ほう。

 

 

「白か……」

 

 

「大樹さん。このことは帰ってから報告しますから」

 

 

「お願い。それだけはやめて」

 

 

見えたモノは仕方ないと思うのだが、罪は認めよう。

 

セーラはすぐに弓を構え、矢を放つ。だがあれだけで戦力になるのだろうか。相手は鉄の巨大な塊。矢だけではどうにも———

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「はれ?」

 

 

目を疑った。

 

セーラの放った矢が戦車に当たった瞬間、爆発したのだ。

 

誤字は無いぞ。マジで戦車爆発したから。

 

 

「対戦車爆撃矢。化学班が総力を上げて作り出した先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)だ」

 

 

もう少し平和に役立つ装置を作れよ化学班。才能の無駄遣いだぞ。

 

ヘリからセーラだけでなく、他の人達も出て来た。ロケランをバンバン戦車に向かって撃っている。

 

 

「凄い豪快だな……」

 

 

もうどっちが悪なのか分からない。はい楽しそうに撃つなそこ。ヒャッハッーじゃねぇよ。

 

 

「さすがにあの数はアイツらだけじゃ厳しい。俺たちは残るぞ」

 

 

「お兄ちゃん! 後は任せたよ!」

 

 

ジーサードとかなめはそう言い残し、戦車に向かって走り出した。

 

二人は先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)の剣で戦車を次々と破壊していく。二人が破壊した場所にわずかな道が開く。

 

 

「よし行くぞ! 頼んだぞ金三! かなめ!」

 

 

「その名前で呼ぶな!」

 

 

「任せて!」

 

 

キンジがジーサードの代わりに先頭を走り出す。別に鬼たちに任せておけば大丈夫だと思うぞ?

 

第二防衛ラインの防壁の目の前まで辿り着く。当然、入れるような入り口は無い。

 

 

「覇美、先に行く!」

 

 

ダンッ!!

 

 

覇美は壁を走り出し、閻と津羽鬼もそれについて行く。いやいや、俺たちはできないから。やったことあるけど。

 

 

「仕方ない。ロープで登るぞ。閻!!」

 

 

「む?」

 

 

キンジがベルトの横に付いたワイヤーを閻に向かって飛ばすと、閻がキャッチした。

 

すぐに意図を理解した閻は頂上まで登ると、ロープを近くにあったでっぱりに固定した。

 

 

「妾たちも行こうかのう」

 

 

パトラが精神を集中させると金一とパトラの体が浮いた。ちょっと、俺もそれがいいんだけど?

 

隣見て見るとカツェもいないし、少し大樹(お荷物)のことを考えてちょうだい!

 

 

「行くぞ」

 

 

キンジの後に次々と続く。(コウ)、ジャンヌ、レキ、白雪、夾竹桃、ティナが続く。俺も続こうとすると、

 

 

「待て! 置いてくな!」

 

 

「た、玉藻(たまも)? 早く登れよ」

 

 

「背負え」

 

 

「えぇ……マジかよ」

 

 

俺は無駄に重い賽銭箱を背負った玉藻を背負いながらロープをよじ登る。

 

クソッ、力が出ない。はぁ……不幸だ。俺は何て———

 

 

その時、上を見上げてしまった。

 

 

そこはもう———天国(楽園)だと言っておこう。

 

俺はもう二度と見れることの無い光景を目にしている。

 

白……白……白……黒……白……緑……。

 

一度に……一度に……あんなに見れるなんて……!

 

 

 

———俺は幸せ者だ……!

 

 

 

「生きてて……良かった……!」

 

 

(パンツを見て涙を流す馬鹿がいた……)

 

 

背中で様子を見ていた玉藻が呆れていた。

 

 

________________________

 

 

 

「……大丈夫か、お前」

 

 

鼻血をダラダラ流す大樹を心配する一同。しかし、表情は輝いていた。

 

 

「俺、絶対に倒して見せるからな!」

 

 

(((((何があった……)))))

 

 

※パンツです。

 

 

第二防衛ラインの防壁をロープで降りる。降りている途中、銃撃されていたが、先に行った覇美や閻、津羽鬼が敵を薙ぎ払ってくれたため、安全に降りることができた。もちろん、最後に降りたよ。あれは何度も見てはいけないからね!

 

 

「クソッ、数がさらに増えているぞ!」

 

 

「待ち伏せだ! 敵はここを通ることを見越している!」

 

 

キンジの言葉にジャンヌが答える。正面には敵の大軍隊が待っていた。

 

敵と応戦しながら慎重に、ゆっくりと前進するが、ついに止まってしまう。

 

 

「ヤバい! また戦車が来ているぞ! 今度はガトリングを積んでいる!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の報告に全員が戦慄する。閻たちが急いで破壊に向かおうとするが、圧倒的数のせいで足止めを食らっている。

 

 

ドゴンッ!!

 

ガガガガガガガガガガッ!!

 

 

ついに戦車の砲撃、ガトリングガンの連撃が放たれた。

 

 

敵の軍隊に向かって。

 

 

「「「「「ぐわあああああァァァ!!」」」」」

 

 

宙に舞う軍隊に俺たちは呆気に取られる。

 

よく見れば不可解なことがある。砲撃の弾丸の威力は比較的に低く、ガトリングガンの弾丸に至ってはゴム弾だと分かった。

 

 

「……このタイミングで援軍はカッコイイけど」

 

 

戦車の方向を見ると、ちょうど中から操縦者がパカッと上から出て来た。

 

 

「助けに来たぜ!! お前ら!!」

 

 

「「武藤ッ!?」」

 

 

お前かよッ!?

 

 

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「西エリアから敵襲! 侵入を許しました!」

 

 

「東南から無数のヘリがアメリカ空域を突破! こちらに向かって来ています!」

 

 

「第二防衛ラインの扉が開けられました!」

 

 

次々と部下の悪い報告に白髪の男が怒鳴り声を上げた。

 

 

「いい加減にしろッ!! どこの国だ! どこの奴らが牙を剥いた!」

 

 

『それは僕が答えてあげよう』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

白髪の男の答えはハッキングされたモニターの画面に映った男が答えた。

 

 

「貴様は……マッシュ・ルーズヴェルト!!」

 

 

『ちゃんと覚えているようだね? アメリカの国をよくも好き勝手にやってくれたね?』

 

 

マッシュは告げる。

 

 

『ヘンブリット・アインシュタイン』

 

 

「カッカッカッ……久しい自分の名を聞いたな」

 

 

白髪は自分の正体が見抜かれたにも関わらず、笑った。

 

 

「それで? 私をからかいに来たわけではないだろう?」

 

 

『かの有名なアルベルト・アインシュタインも天国で泣いているだろう。大統領の右腕が国家反逆だと……こんなに不健康そうな姿になって、馬鹿なのかい?』

 

 

「果たしてそれれはどうかな? 今の状況を分からないわけではないだろう?」

 

 

『僕達を悪にしたところで変わらない。最後に泣くのは君だ。それと国じゃないよ。ジーサードが集めれるだけ集めさせた軍隊。国籍も人種もバラバラ。呼んでいない出しゃばりな国もあるけど、利用するよ』

 

 

「無駄な足掻きを……やってみるがいい。この城壁を壊してみせろ」

 

 

『言われなくても』

 

 

そこで通信が切れてしまい、白髪の男———ヘンブリット・アインシュタインは指示を出す。

 

 

「『エヴァル』を第四防衛ラインに配置させろ! 改造型もだ!」

 

 

________________________

 

 

 

「このタイミングでの援軍はイケメンだが……お前じゃなぁ……」

 

 

「喧嘩売ってんのか!?」

 

 

武藤が戦車に乗って助けに来てくれた。よくよく考えて見ると俺と同じような発想で助けに来たな。だが悪くない。

 

俺たちは武藤が何かを言う前に戦車の上に乗り上がる。そして再び応戦を開始する。

 

 

「おい!? 俺たちは援護するだけだぞ!?」

 

 

「いいから突撃しろ。援護射撃は俺たちが……俺たち?」

 

 

武藤の言葉にキンジが言いながら疑問を持った。『俺たち』ってことは?

 

 

「学校の奴らもいるぜ! あの名古屋もいるしな!」

 

 

な、何だって!?

 

 

「何で俺たち変態集団に手を貸すんだ!?」

 

 

「その変態に俺たちを巻き込むな!」

 

 

いや、もう俺たちは普通じゃないから。もういいよね。

 

 

「大樹が国際指名手配犯でないこと、キンジが生きていることが証明されたんだよ。教務科(マスターズ)だけじゃなく、あの武装検事まで動いているんだぜ!」

 

 

「……微妙に不味いなそれ」

 

 

俺の言葉にほとんどの者が疑問に持つ。武藤は驚いて聞き返した。

 

 

「な、何が不味いんだ? 助けに来たんだぞ?」

 

 

「まず情報が漏れていたことは考えられない。俺たちが仕掛けたと同時にお前たちが仕掛けれたのは、ずっと前から準備をしていたんだろ?」

 

 

「た、確かにここに来たのは3日前からだ。上の人たちが合図を出すからって俺たちはずっと待機していたんだ。他の連中はもっと前から来ていたらしい」

 

 

「多分日本はアメリカに大打撃を与えるつもりだったんだ。政治的にダメージを与えて、立場を逆転させる気なんだろう」

 

 

「ま、マジかよ……」

 

 

アリアの母親を監禁した政府。情報を手に入れるためにあれだけのことをやった連中だ。今回も卑屈なことをしやがる。

 

既にこんな状況になることを見越していたんだ。

 

 

「だが安心しろ。逆転は簡単にできる。アメリカも日本も、どの国も被害を受けない一手がな」

 

 

「どうするのかしら? まさか日本の援護を蹴るつもり?」

 

 

夾竹桃の言葉に俺は首を振る。

 

 

「一応利用する。とりあえずこの戦争を起こした主犯格がアメリカ人で、表では日本人であればいいんだ」

 

 

「……どういうことですか? 大樹さん」

 

 

ティナには少し難しかったか。カツェや金一は何かに気付いたようだが。

 

 

「なるほど。それだと日本はこの戦争の尻拭いに来たことになるし、アメリカは助けて貰うのは当然となる。互いに影は隠れたまま」

 

 

「アメリカは本当の主犯格を影に隠し、日本は大打撃を影に隠す。さすがだな」

 

 

カツェと金一の言葉に全員が納得する。

 

つまり主犯格がアメリカ人だった場合、主犯格が日本人だと嘘をつけば丸く収まるのだ。アメリカは本当のことを隠せるし、日本は大打撃を与えるんじゃなくて助けに来たと誤魔化せる状況が作れる。

 

しかし、問題がある。

 

それは白雪が質問してくれた。

 

 

「でも偽物の主犯格はどうするの?」

 

 

そう、問題はそこだ。姫羅は既に死んだ、俺と同じ亡霊。仮に姫羅が主犯格だとしたら、捕まえても意味は無い。

 

一番最悪なのはこの戦争の主犯格がマジで日本人だった場合だ。こうなればアメリカは隠す必要性は無くなり、日本の立場は逆に悪くなる。

 

だからと言って主犯格がアメリカ人だった場合も問題が発生する。それは誰が日本人主犯格を演じる犠牲になるか。

 

 

「そこは問題無い。俺がなる」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の言葉に全員が攻撃を一瞬だけ止めた。

 

しかし、俺は笑いながら安心するように語り掛ける。

 

 

「安心しろ。俺はすぐに帰るから問題無いだろ。まぁ今度は絶対的な国際指名手配犯になるだけだ。見つからない犯人だよ」

 

 

「お前は……それでいいのかよ」

 

 

「別に自分を犠牲にしたわけじゃない。俺はこれがいいと思った。でも頼むとしたら———」

 

 

キンジの肩をポンポンと叩きながら頼みごとをする。

 

 

「———遊びに来た時は、助けてくれよ」

 

 

「……分かった」

 

 

戦車が動き出してから5分足らず、ついにほとんどの者の拳銃の銃弾が尽きた。……んだよ? ああそうだよ! 結局俺は一発も当てきれずに終わったよ! 荷物って呼べよ、ぐすんッ……!

 

しかし、やはり今日のイケメン武藤は違った。

 

なんと弾薬を戦車の中に積み込んでいた。規則を破っての行動に俺は武藤がマジでイケメンに見えてしまう。

 

 

「お前、何でモテないだろうな。キンジよりカッコいいのに」

 

 

「お前もそう思うか!? おかしいよな! キンジの方がモテるほうがおかしいのによぉ!」

 

 

「おいお前ら。ぶっ飛ばすぞ」

 

 

喋る余裕も無いのに俺たちは喋る。場をリラックスさせるにはこれが一番。二番目はカイザーをいじることだが今はいないからな。

 

 

「見えて来たのぢゃ! 第三防衛ライン!」

 

 

パトラの言葉に俺たちは気を引き締める。今度の防壁は今までより低い。だが、

 

 

「ああちくしょう! 大勢のファンが待ち構えていやがる!」

 

 

俺は嫌な顔をしながら歯を食い縛る。

 

人が多過ぎる。ズラリと並んだ軍隊の数は今までより遥かに多かった。待ち伏せだ。

 

敵全員がこちらに引きつけるだけ引き付けて射撃を開始するつもりだ。

 

武藤も不味いと思い、戦車を止める。

 

 

「どうする!? このままだと確実に撃たれるぞ!」

 

 

武藤が叫ぶ中、右や左から、後ろからも銃弾は飛んで来ている。

 

必死に策を考える。周りを見渡し、状況を把握して判断を下す。

 

 

「誰か、あの防壁を一瞬で登ることはできる方法はあるか?」

 

 

「あるおん」

 

 

パカッと閻の背負った壺の蓋が外れ、鬼の子が顔を出した。

 

 

(コン)だったな。どうすればいい?」

 

 

「この敵の大群は如何とする?」

 

 

「大丈夫だ。あの防壁を上るのは全員じゃない」

 

 

「……戦力を削ぐおん?」

 

 

「仕方ないだろ。それに、早く行かなければならない」

 

 

「……心得た」

 

 

俺たちは(コン)の案に乗った。史上最悪の頭の良いダサイ乗り越え方で。

 

 

 

________________________

 

 

 

『第三防衛ラインに敵の主力を発見! 近づき次第迎撃します!』

 

 

「カッカッカッ!! 終わりだ! 袋のネズミだ! 例えそちらが軍隊を用意しようと、こちらには関係無い!」

 

 

ヘンブリットは部下の報告に大笑いした。部下たちもホッと息をついて安堵している。

 

 

「笑止! 400万だ! 人数を理解していないのか!? ありとあらゆる人間を集めて武器を持たせたのだぞ!? そこに乗り込むお前らは空前絶後の大馬鹿だよ!」

 

 

モニターには戦車で作戦を考えている大樹たちの姿。しかし、決意を決めた表情になる。

 

ヘンブリットは迎え撃つように指示をする。その瞬間、戦車が動き出した。

 

 

「撃ち殺せ!」

 

 

モニターから銃撃音が響く。部屋が戦場と同じように銃声が轟き、耳を塞ぐ者もいた。

 

戦車の前では鬼たちが武器を振り回し、【厄水の魔女】が水の壁を作り、【砂礫の魔女】が砂の壁を作った。

 

遠山兄弟も戦車の後ろで銃を使い応戦して戦車の後方を守っている。しかし、不可解なことがあった。

 

 

(何故だ……楢原 大樹が参加しないのは分かる)

 

 

大樹が力を失ったことはエヴァルの残骸からモニターできていたため知っている。この戦いに参加しないのは分かる。

 

 

(何故あの二人の狙撃手とあの鬼は攻撃しない?)

 

 

レキとティナ。そして閻は大樹と同じ場所、戦車の後ろに隠れている。

 

何か待っている? じゃあ何を待っている?

 

疑問だ。戦力になる彼らが戦わないのが……まさか!?

 

 

「今すぐのあの狙撃手と鬼を殺せ!!」

 

 

ヘンブリットが気付いた時には遅かった。

 

戦車の砲撃の方向———防壁のてっぺんを向いていた。

 

当然、兵たちは逃げる。しかし、それが大樹たちの狙いだった。

 

 

『『閻ッ!!』』

 

 

遠山兄弟———キンジと金一が一緒に走り出す。後ろにいる閻に向かって大きく踏み込む。

 

閻はタイミング良く二人の胸ぐらを掴み、そのまま投げ飛ばした。

 

 

(フン)ッ!!』

 

 

 

 

 

第三防衛ラインの防壁の頂上に向かって。

 

 

 

 

 

「「「「「はあああああァァァ!?」」」」」

 

 

部下たちは総立ちだった。目を疑い、信じられなかった。

 

当然兵たちもこの行動は読めなかった。もう何が起きているのか分からず、攻撃を止めていた。

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!

 

 

空いた空間にキンジと金一は綺麗に滑るように着地し、銃を構える。

 

 

『兄さんは右な』

 

 

『ならキンジは左だ』

 

 

そして、防壁に登っていた敵が全滅するのには時間が掛からなかった。

 

タイミングを見計らったかのようにティナとレキが防壁の敵を狙撃する。彼女たちはこの時のために銃弾を温存していたのだ。

 

 

「くそ……」

 

 

ヘンブリットは怒鳴る。

 

 

「クソ餓鬼がああああああァァァ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

ひゅう~、マジで飛んだよ。凄いスピードが出たな。これは絶対に飛ばされたくないな。

 

 

「次はヌシだ」

 

 

「ですよねー」

 

 

閻のおかげで俺は空を飛んだ。ワーイ。涙が止まらねぇや。

 

 

ドスンッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

見事に防壁の上に着地。幸い落下ダメージは少ない。

 

既に防壁の上の敵は全滅。遠山兄弟恐るべし。キンジに至っては白雪でヒステリアモードにしているから羨ましい。俺もヒステリアモードがあれば合法的にエロいことができたのに。合法的にはならねぇよ。

 

 

スタッ

 

 

俺の後に着地したのはティナとレキ。運動神経の違いを見せつけられてしまった。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「ごめんな……こんな俺で……」

 

 

「大樹さん。社長が言っていました。駄目な男程、可愛いところがあると」

 

 

里見、強く生きろよ。俺も強く生きるから。

 

 

「予定通りレキとティナはここから狙撃を開始しろ。金一は二人を守ってくれ」

 

 

「了解です」

 

 

「分かりました」

 

 

「キンジ。後は任せたぞ」

 

 

レキは早速狙撃銃で敵を的確に撃ち抜き、意識を刈り取る。命中率100%の称号は飾りじゃない。

 

ティナも『シェンフィールド』を起動させ、スカートの中から3つのビットを飛ばす。技術班が作り上げ、改造を施した『シェンフィールド・改』は使用者の負担を減らし、飛行速度を上げている。

 

金一はキンジの肩をポンッと叩いた後、すぐに防壁を登って来た敵の援軍と戦いに行った。

 

 

「大樹! 俺たちも行こう!」

 

 

「どうやって降りるんだよ。いいからロープ垂らせよ」

 

 

ガシッ

 

 

キンジは俺の腕を掴み、ニッコリと微笑む。俺もニッコリと微笑みながら首を傾げる。

 

 

「時間が無い。滑り下りるぞ」

 

 

滑る? ここ斜面90度ですけど?

 

 

ダッ

 

 

そして、キンジは俺を引っ張りながら飛び出した。

 

 

「いやあああああああァァァァ!!!」

 

 

今日一番の叫び声。もとい悲鳴。

 

キンジは斜めにちゃんと90度の斜面を滑る。スピードは落下スピードとほぼ同等。もう落ちているのと変わらないです。

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!!

 

 

キンジは俺の体を支えながら綺麗に地面に着地した。奇跡的に俺も無傷で地面に倒れることができた。

 

 

「……行けるか?」

 

 

「じ、寿命が縮んだぞ……」

 

 

「そうか。なら行けるな」

 

 

「俺の話聞いている?」

 

 

そして最後の言葉も聞かず、キンジは走り出した。俺も急いで後を追いかける。

 

応援に駆け付けた敵の軍隊が銃を乱射するが、キンジは一発の銃弾を撃つだけで全ての弾丸を撃ち落した。

 

連鎖撃ち(キャノン)———跳ね返した敵の弾丸をさらに跳ね返して撃ち落とす。神業級の秘技だ。

 

 

(キンジ強過ぎだろ……ティナたちが援護する意味ねぇじゃん)

 

 

ほーら、もう第四防衛ラインが見えちゃったよ。キンジ君余裕じゃん。

 

とか思っていた時期がありました。俺たちは異変にすぐに気付いた。

 

 

「人の気配が無い?」

 

 

「気を付けろキンジ。この先に何かがある」

 

 

リロードしながらキンジは警戒する。俺も周りを見渡しながら忠告する。

 

第四防衛ラインが見えた。高さは5メートルもないくらい今までの防壁を比べると薄く、小さい防壁だ。防壁というよりただの壁と言った方が正しいのかもしれない。

 

だが、守備は今までの最高レベルに達していた。

 

 

「チッ、あのロボットは厄介だぞ……!」

 

 

何十体の単位ではない。何百体の単位だ。銃を構え、半分以上が一斉に空を飛び、防壁の上から狙う。様々なエヴァルが俺たちを殺そうとしている。

 

舌打ちをしながら嫌な汗を流す。走って流れた汗じゃない。恐怖で流れた汗だ。

 

今の俺では勝てない。キンジもあの数を一人で相手にするのは厳しいはずだ。

 

 

(ここで援軍が来てくれたらどれだけ嬉しいか……)

 

 

その時、奇跡が起きた。

 

 

バチンッ!!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その時、基地の灯りが全て消灯した。俺たちを照らしていた灯りも、警報音も消え、灯りが完全に無くなった。

 

光源は夜空の星と欠けた月だけ。一帯が暗闇に包まれた。

 

 

Give your Shooting Star♪ 無限の彼方へ~♪

 

 

「誰だ?」

 

 

何故かキンジの着メロが夜のヤッター〇ンだった。良い曲だけどタイミングを考えろよ。

 

 

『遠山さん! メーヤです!』

 

 

キンジの電話越しから女性の声が聞こえた。またキンジの女か! コイツ後ろから刺していいですか!? え? 俺は刺さないでくれよ。

 

メーヤ・ロマーノ。バチカン異国で祓魔師(エクソシスタ)としての叙階(じょかい)を受けている。年齢は俺と同じらしいが、個性が強いとかキンジは言っていたな。

 

 

『御救出を感謝します。ところで助けてくれた遠山さんに感謝の気持ちを神に捧げたのですが、不吉なことに停電を起こしてしまったようなのです……』

 

 

え? この不幸を起こしたのはあなたなの?

 

 

「……いや、今回も戦運が活躍しているぞ。ありがとう、メーヤ」

 

 

「戦運? 何だそれ?」

 

 

「メーヤの能力だ。これのおかげで俺たちの運は激上がりだ」

 

 

キンジが真剣な表情で教えてくれるが、イマイチ信用できない。

 

激運? どのくらい運が良くなるのか定義が分からん。

 

 

「見ろ大樹」

 

 

キンジが指を差した方は第四防衛ラインの防壁———ではなく、エヴァルだった。

 

エヴァルは銃を構えたまま動かない。空に浮いたエヴァルも地面に落ち、まるで時間が止まったかのような感じだった。あれ?

 

まさか……動けないのか!?

 

 

「あれがメーヤの力だ」

 

 

「すげえええええええェェェェ!?」

 

 

嘘だろ!? このタイミングで停電を引き起こして大群の強敵を止めるとかどんな偶然だよ!? ありえねぇよ! 目の前で起きているけど信じれねぇ!!

 

 

「メーヤ。俺たちは大丈夫だから、みんなと合流———」

 

 

『遠山さん! 魔女を見つけました! 今から首を取るのでまた連絡します! 神罰代行ォーッ!! 私に続けェーッ!』

 

 

ブツッ

 

 

そこで通話は切れてしまった。

 

俺は下を向きながら質問する。

 

 

「魔女ってカツェのことか?」

 

 

「……パトラも含まれると思う」

 

 

「……味方同士で戦っているのか?」

 

 

「そういう……ことになるな」

 

 

「……誰かが何とかしてくれてるだろ」

 

 

「そうだな」

 

 

俺たちはこの出来事を忘れることにした。よし、進むか!

 

動かないエヴァルの軍隊の中を駆け抜け、第四防衛ラインの防壁に向かう。

 

 

「大樹!」

 

 

「おうよ!!」

 

 

キンジは振り返り、両手で俺が乗る足場を作る。

 

足をキンジの両手に乗せて、思いっ切り力を入れて俺を飛ばした。

 

防壁の高さを簡単に越え、俺は乗り越えようとする。

 

 

ガンッ!!

 

 

「いだッ!? 足がひっかかああああああああァァァ……………!!」

 

 

「……………」

 

 

大樹の足がギリギリ頂上の防壁のでっぱりに引っかかり、そのまま向う側へと落ちて行った。

 

あまりのかっこ悪さに、キンジは遠い目をするしかなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「何が起きた!? どうして電気が落ちる!?」

 

 

ヘンブリットが怒鳴り声を上げる。突然の原因不明の停電に誰もが混乱した。

 

予備電源を起動し、再びモニターに映像を映し出す。ヘンブリットはその光景にまた怒鳴り声を上げる。

 

 

「どうして動かない!? 敵が入って来ているのだぞ!?」

 

 

「しゅ、主電源の電気が途切れたせいでエヴァルの操作が不可能になりました!」

 

 

「ふざけるな! 主電源が切れた程度で動けなくなるようなやわじゃないぞ!」

 

 

「違います、誤解です! 主電源の信号コードがリセットされて、エヴァルが指示待ちしている状態なのです!」

 

 

あまりの不運な不測の事態にヘンブリットは混乱していた。予備電源で起動したモニターを見て、笑みを浮かべる。

 

 

「【レギオン】を起動しろ……」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ヘンブリットの言葉に部下の表情が真っ青になった。

 

 

「全員皆殺しだ」

 

 

「や、やめてください! 私たちの目的はこの国を守ることであって———」

 

 

「カッカッカッ、面白いことを言うなお前」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!

 

 

ヘンブリットから黒いオーラが溢れ出す。部下は異様な光景に怯える。

 

モニターの操作を終えた後、ヘンブリットは部屋を出る。

 

 

「そんな目的は元々存在しない」

 

 

 

________________________

 

 

 

痛い。落下ダメージが超痛い。あそこで受け身が取れなかったらもう走れなくなっていたかもしれない。すぐに受け身を取れた俺は凄いな! ここに来るまでの失敗が全部チャラになったかな!? ならねぇよ。

 

最後の防壁を乗り越えた先の空間は『無』の言葉が相応しかった。

 

誰もいない。人も、戦車も、銃音や爆発音は外側からしか聞こえない。見えるのは奥に巨大建造物の敵基地。

 

静か過ぎる。何故ここまで無防備なのだろうか。その答えはすぐに分かった。

 

 

「来たか……」

 

 

10メートル先には一人の鬼が立っていた。

 

 

「赤鬼……」

 

 

俺はソイツの名を呟く。

 

肌が紅く、黒髪の頭部に黄色い角。あの時と同じボロボロの黒いズボンだけしか着ていない。右手には巨大なトゲトゲがある金砕棒(かなさいぼう)

 

今度は鎖や鉄球などの邪魔なモノは付けられていない。

 

 

「驚いたぁ驚いたぁ……邪黒鬼を振り切るなんてなぁ」

 

 

赤鬼は俺を馬鹿にするような褒め方をしながら近づく。俺は刀身を無くした【護り姫】を制服の裏から取り出し構える。

 

 

「そんなモノで俺が倒せるとでも?」

 

 

「俺は、姫羅を救いに来た」

 

 

「ッ……それは本当か?」

 

 

「ああ、本当だ」

 

 

赤鬼はしばし黙り込んだ後、覚悟を決めた。

 

 

「それでも、ここは引かない。通すわけにはいかない」

 

 

「どうしてもか?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

その瞬間、赤鬼の雰囲気が変わった。

 

表情は怖くなり、殺気が溢れ出す。その恐怖にこの場から逃げ出したくなってしまう。

 

 

「鬼神よ……獄炎の覇者となれ……」

 

 

赤鬼の体から紅い炎がユラユラとゆっくりと燃え上がる。鬼の角が伸び、牙が鋭く(とが)る。

 

あの時とは格が違う。まだ赤鬼は本気を出していなかったのだ。

 

金砕棒(かなさいぼう)を構え、気迫だけで殺されそうになる。一瞬でも気を抜いた瞬間、気が付けばそこは天国だろう。

 

 

「……赤鬼」

 

 

「何だぁ? 最後の言葉か?」

 

 

大樹は刀身を失った【護り姫】を構える。

 

 

「一撃」

 

 

「あぁ?」

 

 

 

 

 

「一撃で決める」

 

 

 

 

 

その言葉に赤鬼は絶句した。

 

 

「———ッ!?」

 

 

大樹の目を見た瞬間、赤鬼は一歩後ろに下がってしまった。

 

 

(なッ……!? 恐怖で怖気づいてしまった……!?)

 

 

防衛本能で一歩下がったことに驚愕する。数々の修羅場をくぐって来たが、臆することなく逃げることだけはしなかった赤鬼。

 

それが今、恐怖で下がってしまった。

 

 

(これは……何だ?)

 

 

理解出来ない状況に赤鬼の呼吸は乱れる。そう、分からないから怖いのだ。

 

 

「怖いなら無理に戦う必要は無いぞ」

 

 

「ッ! そんなこと、あるわけ———」

 

 

「なら勝てるのか? この俺に」

 

 

その時、赤鬼の口は開いたまま固まった。

 

『勝てる』という単語が出ないことに驚愕し、怖くなったからだ。

 

ありえない。鬼どころか神の力も奪われている衰えた人間なのに、絶対的に勝てるハズなのに———

 

 

———赤鬼は、黙ったままだった。

 

 

(分からない……この短期間で何があった……!?)

 

 

危険だと本能が叫ぶ。それは悲鳴。本能が恐怖に陥るほどの危険度。

 

握った金砕棒(かなさいぼう)が小刻みに震える。そんな姿も憐れんだ目で大樹に見られている。

 

それが堪らなく不愉快だった。赤鬼は恐怖を怒りで殺す。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】」

 

 

「……やっぱりそうなるか」

 

 

赤鬼の構えに大樹は目を伏せる。

 

 

「構えろ。一撃で決める」

 

 

「その必要は無い。どっからでもかかって来い」

 

 

「……後悔するなよ」

 

 

「ああ」

 

 

無防備での反撃をするつもりだろうか。赤鬼はそう考え、大樹の策は失敗だと断定する。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

刹那———音速を越えた速度で大樹との距離を詰めた。

 

しっかりと獲物を捕らえた。金砕棒(かなさいぼう)と大樹の顔の距離は1センチもない。

 

大樹が見栄を張っていたことに赤鬼はイラつく。しかし、この攻撃を耐えることができれば通してやろうと考えた。

 

最低でも、それくらいの強さが無いと彼女を救えない。これは妥協ではなく、願いだ。

 

 

ザンッ!!

 

 

その瞬間、赤鬼の思考が止まった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

赤鬼が振るった絶技は地面を砕き、大気を震わせた。

 

当然だ。この一撃は赤鬼の本気の一撃。予想できない破壊力を秘めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそこに、大樹がいなければ意味が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

時間差———握っていた金砕棒(かなさいぼう)は無残に砕け散り、鉄くずへと返した。

 

誇りある武器が一瞬で、破壊された。

 

 

「がはッ……!」

 

 

口の中に赤い液体がたまっていた。足元を見れば大きな赤い水溜りが出来上がっている。

 

体を見れば一閃された重障の傷が見えた。足元の赤い液体は赤鬼の血液だ。

 

 

 

 

 

そして、赤鬼は前から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

それ以上、意識を保つことはできなかった。ただ赤鬼は暗闇へと落ちて行った。

 

首だけ振り返ると、そこには覚悟を決めた表情の大樹が立っていた。

 

最後に赤鬼は後悔した。

 

 

 

 

 

「これが、俺の力だ」

 

 

 

 

 

赤鬼はただの人間に、敗北を許してしまったことに。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

赤鬼が倒れ、光の粒子へと姿を変えた。その光景に俺は悲観に暮れそうになるが、止まっている時間は無い。

 

 

「そこにいるんだろ、姫羅」

 

 

後ろを振り向かず声をかける。返事はすぐに返って来た。

 

 

「……どうしてアタイがいるって分かったんだい?」

 

 

「お前と最初戦ったことを思い出してな。気配を消すギフトを持っていたことを」

 

 

振り返ると、そこには派手な赤い着物に腰まで長く伸ばした赤髪のポニーテールの姫羅が立っていた。

 

右手と左手には刀を持っている。あれはただの刀じゃない。職人が作れる領域を超えた最上級の神刀なはずだ。

 

 

「残念だよ大樹。このギフトを見抜けないことに」

 

 

「……………」

 

 

「【疑似消滅(イミテーションデリート)】。それがアタイが強くなれた恩恵(ギフト)。自分にある邪魔なモノを一時的に騙し消すギフトだ」

 

 

「あの時は『気配』を消したってことか……」

 

 

姫羅の目は俺の答えを肯定していた。

 

しかし、俺は知っている。恩恵(ギフト)はまだあることを。

 

 

『アタイの恩恵ギフトと同じ……!?』

 

 

『お前の【完全治癒(ヒーリング・オール)】とは格が違う。俺の方が最強だ』

 

 

中国での邪黒鬼と姫羅の会話を思い出す。確かに邪黒鬼は言った。それも恩恵だろう。

 

そして、一番俺に災厄をもたらす恩恵がある。

 

 

「アタイの恩恵は全部で3つ」

 

 

「ッ……」

 

 

「【疑似消滅(イミテーションデリート)】、【完全治癒(ヒーリング・オール)】、そして【黄道(こうどう)星剣(せいけん)】」

 

 

黄道(こうどう)星剣(せいけん)】———12種の武器を出現させる恩恵だ。多種多様な武器を使える姫羅を知っている。そんな強敵に、俺は挑戦するのだ。

 

わざわざ自分から教えるのは余裕か、それとも哀れみか。

 

どちらにせよ、俺は負けるわけにはいかない。

 

 

「それとアタイは戦を司る神、【アレス】の保持者だ」

 

 

(チッ、厄介だな)

 

 

心の中で舌打ちをする。闘争の狂乱を神格化した神……そんな神から力を貰っていることに最悪としか言いようがない。

 

 

「大樹、勝てるかい?」

 

 

「勝つ」

 

 

「———ッ!?」

 

 

即答した俺に姫羅は驚く。俺は右手に刀身を失った【護り姫】を握り絞め、左手に刀身を失った【名刀・斑鳩(いかるが)】を握った。

 

 

「それがお前を救う方法だ」

 

 

「……どういう意味だい」

 

 

「そのままだ。お前は何かに苦しんでいることは確かだ。それを消してやるって言ってんだよ」

 

 

「無理な話だよ、大樹。アタイはもう救えない」

 

 

姫羅は構える。構えは———見たことがなかった。

 

 

「【破壊の闘志】」

 

 

ゾッとするような言葉に俺は警戒心をより一層高める。しかし、高めたところで防御力が上がるわけではない。

 

何を仕掛けて来るのか分からない。構えじゃなく、闘志?

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如姫羅から殺気が……違う。殺気とは別の何かが溢れ出している。

 

 

ダンッ!!

 

 

「かはッ……?」

 

 

俺の口から鮮血が噴き出した。

 

 

ドゴォン!!

 

 

体の中がグチャグチャになるような感覚。気が付けば地面を勢い良く無様に転がり、血塗れになっていた。

 

 

(一瞬で……やられ、たのかッ……)

 

 

腕や足に力が入らない。それどころか指先一本すら動かせない。

 

手に刀が無い。どこかに飛ばされたみたいだ。

 

意識が遠くなり、目を瞑りそうになる。

 

 

「知らないはずだよ。『構え』とは違う別の技———それが『闘志』」

 

 

姫羅の声が聞こえる。必死に耳を澄ませ、呼吸を整える。

 

 

「自分の中に眠っている感情を燃やす。アタイが燃やしたのは『破壊』の意志。大樹を殺すために燃やしたんだ。今生きているのは奇跡。もし燃やした感情が『殺意』なら、とっくに今の大樹なら死んでいる」

 

 

……手加減されたということか。

 

感情を燃やす……それは俺もできるだろうか?

 

 

「ぁあ……があぁッ…!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

歯を食い縛りながらゆっくりと立ち上がる。全身が悲鳴を上げるが、俺は構わず手を、足を、体を動かす。

 

姫羅が信じられないモノを見るかのような目で俺を見ている。

 

 

(ありえない……破壊したはず……なのにッ!?)

 

 

『破壊』の感情を燃やし大樹の体を文字通り、破壊した。

 

骨が砕ける瞬間、筋肉の神経が切れる瞬間、そして何より大樹が壊れた瞬間を見た。

 

しかし、今目の前で立ち上がっているのは正真正銘、大樹本人だ。

 

 

「ああ痛ぇよッ……泣きたいくらい、死にたくなるくらい痛ぇよ……でもなぁ」

 

 

大樹は叫ぶ。

 

 

「大切な人のためなら、こんな痛みクソくらえなんだよぉッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は何も持たずに姫羅に向かって走り出す。足が痛くても、手が痛くても、頭が痛くても、その走りだけは止めなかった。

 

 

「クッ!」

 

 

姫羅は刀を十字にクロスさせ、迎撃の準備をする。今の大樹の行動は無謀とも言えるような行為だ。

 

腕を斬り落とし、完全に戦闘不能にする。それが姫羅の狙いだった。

 

 

「姫羅あああああァァァ!!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

グシャッ!!

 

 

大樹と姫羅の距離が2メートルも無くなった瞬間、姫羅の斬撃が繰り出された。

 

振りかぶっていた右腕を肩から切断され、腕が宙を舞う。

 

表情を歪ませ、前から倒れようとする大樹。だが、

 

 

ダンッ!!

 

 

「それがあああああァァァ……!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

右足を大きく出して踏みとどまった。そのまま左腕を後ろに引き絞り、渾身の一撃を姫羅にぶつける。

 

 

「どうしたあああああァァァ!!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

大樹の左拳が姫羅の顔面に叩きこまれ、そのまま後ろに倒れようとする。

 

 

「【怒りの闘志】!!」

 

 

(何ッ……!?)

 

 

一度見ただけで自分のモノにしてしまった大樹に驚愕する。ありえないことだった。

 

怒りの感情を燃やし、大樹の拳の威力がさらに上がる。そのまま前に左拳を再び突き出す。

 

姫羅は追撃を警戒してしまい、腕をクロスして防御。本来なら簡単に反撃できるはずなのに、一度油断したせいで完全に警戒してしまっている。

 

 

ガシッ!

 

 

姫羅の予想は外れる。大樹は姫羅の浴衣の胸ぐらを左手で掴み、そのまま叫ぶ。

 

 

「いい加減目を覚ましやがれッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

「こんの大馬鹿野郎があああああああああああァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

ドォゴンッ!!!

 

 

そして、大樹の頭突きが姫羅の額に直撃した。

 

鈍い音が一帯に轟く。頭突きで出るような音では無かった。

 

不意を突かれた姫羅は勢い良く転がり地面に倒れる。目が回り、視界が定まっていない。すぐに立ち上がることはできなかった。

 

大樹はしっかりと両足で立ち、切断された右腕を必死に抑えていた。

 

 

(ヤバい……マジで死ぬッ……!)

 

 

だが頭がクラクラし、視界がぼやけていく。何度も歯を食い縛って正気に戻ろうとするが変わらない。

 

何度も死の淵に立たされたからよく分かる。自分が死にかけだということに。

 

怖い。死ぬのが怖い。でも一番怖いのは、大切な人を置いて行くことだ。

 

だから死んでもいい。死んで、生き返ってやる。それくらいの気持ちで姫羅と闘っている。

 

 

「ごほッ……おえぇ……!」

 

 

頭突きした額から血を流し、大量の血を吐き出す。地面にはありえないくらいの血の池ができあがっていた。

 

 

「もうッ……限界だろッ……?」

 

 

俺と同じように額から血を流す姫羅。土壇場で成功した『闘志』が効いたのか、ヨロヨロとしている。

 

それと一つ分かったことがある。『闘志』に使った感情は消えてしまうことだ。今の俺には姫羅に対する怒りが無い。冷静になっている。

 

これは戦いで使いどころが難しいな。変に感情を燃やせば大変なことになる。

 

その時、姫羅の体に異変が起きた。

 

姫羅は浴衣で額をぬぐうと、血は止まり、傷が消えていた。

 

 

(【完全治癒(ヒーリング・オール)】かッ……!)

 

 

早過ぎる。回復速度が常軌を逸していた。恩恵を持つだけでここまで実力の差が違うのか。

 

いや、元々俺の方がずっと下か。俺は姫羅の技を真似ているだけの子孫だ。

 

 

「アタイは……大樹を殺したくない。殺せと言われても、やっぱりできないよ」

 

 

「だったら殺さずそこをどけよ。その『殺せ』と命令した馬鹿をぶっ飛ばしてやる」

 

 

「やめろ」

 

 

拒絶。たった三文字に溢れんばかりの怒りと殺意が込められていた。

 

 

「アタイは望みを叶えたい。そのためならアタイはなんでもやる」

 

 

「殺すこともか?」

 

 

「……それが必要なら」

 

 

必要があるから殺す? どうやらまだ正気に戻っていないみたいだな。俺の頭突きが効いていないか。あと5回くらいするか。ってもうできねぇよ。体力が残っていない。

 

 

「大樹、すぐに帰るんだ。アタイに勝つことは無理だ」

 

 

「……………」

 

 

姫羅の言葉に俺はゆっくりと後ろを振り返り、歩き出す。

 

 

「ある少女には嫌いな言葉が3つある」

 

 

突然話し出した俺に姫羅は眉を(ひそ)める。俺は痛みに耐えながら歩き出す。

 

 

「『ムリ』『疲れた』『面倒くさい』の3つだ。この3つは人間の持つ無限の可能性を自ら押し留めるよくない言葉だってさ」

 

 

一歩、また一歩っと前に進む。血がどれだけ流れようとも、俺は進むことをやめない。

 

 

「そんな少女の前でも、俺はかなり言った。いない時でも言った。でもなぁ……」

 

 

地面に落ちた刀身を失った【名刀・斑鳩】を拾い上げる。

 

 

「アイツでも無理なことはある。疲れることはある。面倒くさいこともある」

 

 

刀をボロボロになった制服のポケットに入れて、また歩き出す。

 

 

「それでもアイツは途中で投げるような真似はしない……だから……がぁッ!」

 

 

ドタッ……

 

 

【護り姫】の前で転んでしまう。ここからだと手を伸ばしても届かない。

 

 

「だからぁ……俺も……こんなことに、『ムリ』だと言わねぇ……!」

 

 

地面に這いつくばっても、進み続ける。

 

 

「『疲れた』って言わねぇ……!」

 

 

必死に【護り姫】に向かって左手を伸ばす。

 

 

「『面倒くさい』って言わねぇ……!」

 

 

ガシッ

 

 

ついに左手は【護り姫】を握り絞めた。

 

 

「救うまで弱音なんざ言ってられねぇんだよおおおおおォォォ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

【護り姫】を握った左手を勢い良く叩きつつけ、立ち上がる。

 

 

「あああああああァァァァ!!!」

 

 

叫びながら立ち上がる。

 

火事場の馬鹿力というやつだろうか。今までに無いくらいに力を発揮している。

 

【護り姫】を握り絞め、構える。最後の賭けに出る。

 

 

「来いよ……俺は絶対に倒れない……!」

 

 

「……クッ」

 

 

姫羅は歯を食い縛った後、二刀流を構える。

 

 

「【殺意の闘志】!!!」

 

 

悲鳴に似た声で姫羅は叫ぶ。体の皮膚が張り裂けそうなくらいの殺気が襲い掛かって来る。

 

 

「二刀流式、【黄葉鬼桜の構え】!!」

 

 

右手の刀を逆手に持ち、十字に構える。

 

 

(来るッ……!)

 

 

その瞬間、全神経を集中させた。姫羅の手によって俺のオリジナル技の最強版が繰り出される。

 

 

「【双葉(そうよう)天神焔(てんしんえん)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刹那、姫羅は俺の目の前まで距離を潰し、技を繰り出した。

 

史上最強の剣撃が襲い掛かって来る。衝撃波だけ体がボロボロになってしまいそうだ。

 

俺を殺そうとする斬撃に俺は立ち向かう。

 

 

「そこだああああああァァァァ!!!」

 

 

刀身が無い【護り姫】を上から振り上げた。

 

俺はこれを奇跡と呼べる。奇跡が起きた。

 

 

ガァキイイイイイイィィィン!!!

 

 

 

 

 

鼓膜を破ってしまうかのような甲高い金属音と共に、最強の斬撃は上へと跳ね返った。

 

 

 

 

 

信じられない光景を目の当たりにし、驚愕する姫羅。俺はすぐに目の前にいた姫羅に飛び掛かろうとする。

 

だが、その体が動くことはなかった。

 

 

「……くそッ……!」

 

 

「成長したよ。まさか跳ね返すとは思わなかった」

 

 

姫羅の二刀流の刀は俺の腹部に突き刺さっていたから。

 

 

「赤鬼にやった技の正体はもう見破っていた。相手の攻撃をそのまま跳ね返して倍以上の力を当てる。普通の刀じゃできない」

 

 

ボタボタっと流れる血も出ていない。ただ腹部に刺さって、制服を赤くにじませるだけ。

 

 

「【護り姫】の刀身を一瞬だけ出していた。一瞬だからこそ、できた。刀身を翻して全部の力を受け流し、刀身を消すことで力を放出した」

 

 

姫羅の言葉は正しかった。間違っている部分など無い。

 

俺は【護り姫】の刀身を復活させることはできた。しかし、復活させたところで姫羅には勝てない。だから新しい技を考えた。それがこの技だった。

 

作り出した刀身で全ての力を乗せて刀を翻す。そして刀身を消すことで乗せた力を放出させた。

 

これで強固の肉体を持つ赤鬼を倒せた。種明かしはこれで終了。

 

 

「アタイにあの一撃を返せなかったのは大樹に力が無かったから。アレが限界だった」

 

 

そうだ。あまりの強さに上に弾くのが精一杯だった。

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

姫羅の刺した刀身を握り、抜こうとする。

 

 

「終わりだよ……」

 

 

しかし、刺した刀はピクリとも動かなかった。

 

 

「えッ……?」

 

 

「……あぁ……どうやらッ……そのようだぁ……!」

 

 

大樹の口元が緩む。

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだッ……!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は最後の力を振り絞り、姫羅の顔面に左ストレートを入れた。

 

しかし、大樹の拳の威力は弱く、さらに今度は殴って来るのが分かったので、ダメージは0に近いくらいに抑えている。

 

姫羅は刀を引き抜きながら大樹から距離を取る。

 

 

「約束通り、3発入れたぞッ!! 邪黒鬼ッ!!」

 

 

『その答えの覚悟、しっかりと見た』

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

聞き覚えのある声が発せられたと同時に大樹の着ている制服から黒いオーラが噴き出す。しかし、その黒いオーラは闇の様に禍々しくない。

 

 

「な、何をッ……!?」

 

 

邪黒鬼(アイツ)と賭けをしていたんだよ……俺が姫羅を3発殴ったら力を返して貰うってな!」

 

 

『お前の『救う』覚悟、見せて貰った』

 

 

その言葉に俺は最高の笑みを浮かべる。

 

 

『だからもう一度答えろ。そして俺に聞かせろ』

 

 

「永遠に貫き通してやるよ! 俺は、救い続ける!!」

 

 

カッ!!

 

 

刀から閃光が走り、黄金色に輝く。

 

 

「『全て』をッ!!!」

 

 

『お前の賭けに乗ろう』

 

 

「『【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!!』」

 

 

その瞬間、俺の体は元通りになった。

 

切断された右腕も綺麗に治っている。変わらないのは制服などが血塗れなだけだ。

 

右手に【名刀・斑鳩】を持ち、大樹は叫ぶ。

 

 

「こっからが本気だぁッ!! 姫羅ァッ!!」

 

 

「くッ!?」

 

 

ガァギイイイイン!!!

 

 

互いにクロスさせた二刀流がぶつかる。金属音が轟き、衝撃波が渦巻く。

 

姫羅は大樹の力に圧され、苦悶の表情になってしまう。

 

 

ガガガガガガガガガガギィンッ!!!

 

 

音速の速度で斬撃を次々と繰り出す。姫羅も必死に防ぎ、身を守る。

 

今までの大樹とは比べモノにならないくらいに格が違った。スピード、パワー、テクニック。

 

以前殺意に駆られて暴走した大樹より圧倒的に違った。その違いに姫羅は驚愕する。

 

 

(大樹……強いことは認める。でも、アタイには勝てないッ!!)

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】!!」

 

 

姫羅の構えに大樹も応戦する。しかし、姫羅はこの勝機を確信していた。

 

技の原点は姫羅にある。ゆえに弱点の理解は誰よりも理解している。例え違う構えでも勝てる自信はある。

 

だが、今の大樹は違う。

 

 

 

 

 

「二刀流式、【阿修羅・極めの構え】」

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

大樹の構えは見たことのないモノに変わった。

 

当然だ。これは大樹が作り上げた【阿修羅の構え】の究極形態———攻防一体を実現させた最強だ。

 

姫羅は驚いたが臆することは無かった。すぐに技を繰り出す。

 

 

「【六刀(ろっとう)暴刃(ぼうは)】!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

ダイヤモンドすら斬り裂く六つのカマイタチが大樹に襲い掛かる。

 

 

「【光閃(こうせん)斬波(ざんぱ)】!!」

 

 

シュンッ

 

 

大樹の二刀流から放たれた六つのカマイタチが一つに収束した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刹那———収束した斬撃は音速の壁を突き破り、全てを薙ぎ払った。

 

地面は深々と巨大な亀裂を残し、後ろに(そび)えたつ基地の防弾ガラスを粉々にした。

 

姫羅の放った【六刀暴刃】のカマイタチはロウソクの火のようにかき消され、姫羅に【光閃斬波】の超斬撃が直撃する。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

姫羅の握っていた神刀は簡単に砕け散り、後方に吹っ飛ばされる。大樹の斬撃がどれほどの強さを秘めているか明らかだった。

 

 

「大樹……大樹いいいいいィィィ!!」

 

 

姫羅はギフトカードから新たな神刀を一本取り出し、大樹の名を叫びながら斬りかかる。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】!!」

 

 

向かって来る姫羅に大樹は左手に持った刀を宙に投げる。そして、構える。

 

 

 

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】」

 

 

 

 

 

姫羅の斬撃と大樹の斬撃がぶつかる。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

カンッ

 

 

しかし、大樹の下から斬り上げた斬撃は姫羅の攻撃を弾き飛ばすだけだった。だがこのことに姫羅は目を疑った。

 

姫羅の込めた一撃が全て無に還り、そして大樹の持った刀が振り下ろされる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

悲鳴すら上げれない威力に姫羅の体がズタズタに斬り裂かれる。雷の悲鳴ような斬撃音と共に、静かに暴風が荒れる。

 

また姫羅の体は宙に投げ出され、その隙を大樹は逃さない。

 

すぐに大樹は跳躍し、投げた刀をキャッチする。

 

 

「二刀流抜刀式、【刹那・極めの構え】」

 

 

瞬時に二本の刀を鞘に納め、光の速度で抜刀する。

 

 

「【凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)】」

 

 

斬撃する音は消滅した。

 

 

ズシャッ!!

 

 

聞こえてくるのは姫羅の身体が引き裂かれた音だけ。姫羅の深紅の血が空中で弾け飛び、

 

 

ドゴオオオオオォォォン!!

 

 

超スピードで地面に叩き付けられた。

 

大樹の放った2つの視認不可の斬撃は地面を大きく切り裂き、粉々になったコンクリートの残骸が空高く舞う。

 

斬撃の余波が未だに土煙を生み出し続け、ここ一帯に舞い広がる。視界がジャックされるが、彼らに目は無くとも戦える。

 

 

ガギンッ!!

 

 

すぐに二人の刀がぶつかる。姫羅は鬼のように危機迫る表情だが、大樹は落ち着いている。

 

 

(ありえない! アタイの技を超えることなんて……!?)

 

 

オリジナルがあったとしても、原点は超えられない。それが姫羅の常識だった。

 

しかし、何度も繰り返そう。

 

 

 

 

 

大樹の前では、その常識は簡単に覆されることを。

 

 

 

 

 

「いつ……いつからこんな技を……!?」

 

 

互いの刀をぶつけたまま姫羅は大樹に問いかける。

 

 

「昨日だ。俺がこの技を作り上げたのは」

 

 

「ッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

その言葉を聞いた瞬間、姫羅は怒りに任せて刀を振るった。

 

 

「ふざけるな! アタイが何年懸けて作り上げたと思っている!? どれだけ代償を払ったと思っている!?」

 

 

振るう速度は次第に上がるが、大樹は簡単に受け流してしまう。

 

怒りに任せた攻撃を流すなど、朝飯前どころの話ではなかった。

 

 

「確かに俺は何もしていない。1日で完成させて、代償なんてものは払っていない」

 

 

ガキンッ!!

 

 

姫羅の刀を弾き、姫羅は危機を感じ取り表情を歪ませる。

 

 

「でも、俺は強くなった」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「———ッ!?」

 

 

ガラ空きになった姫羅の胴体に刀を握った拳を()じ込む。声にならない悲鳴を上げて後ろに吹っ飛ばされる。

 

 

「理由は簡単だ」

 

 

朦朧(もうろう)とする意識の中、姫羅はしっかりと聞き取った。

 

 

「大切な人のことを、思っているからだ」

 

 

「ッ!」

 

 

「お前が教えてくれたことだろ。『愛する者を守るために』くれた武器がコイツだろ」

 

 

姫羅から貰った【護り姫】を見せつける。倒れた状態からでも姫羅はその刀から目を離さなかった。

 

 

「ずっとコイツは俺の大切な人を守ってくれた。答えてくれた。だから今度は、俺が答えて見せたんだよ」

 

 

「……………」

 

 

「お前は俺を救ってくれた。そんな恩人を救えないクソ弟子に俺はならない!」

 

 

大樹は構えながら叫ぶ。

 

 

「姫羅に勝つ! それがお前を救うんだ!」

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

音の壁をぶち破った速さで姫羅は刀で突き刺そうと、大樹に突進する。

 

大樹の声が聞こえないように叫ぶ姫羅。突きつけられた大樹の言葉を受け入れることはできなかった。

 

苦しかった。それを簡単に飲み込めば自分が自分じゃ無くなるような恐怖もあった。

 

 

『これも返さないとな』

 

 

「ッ!」

 

 

邪黒鬼がそう呟くと、身体にあの能力が戻ったような感覚がした。大樹はすぐに腕を振るい発動する。

 

 

「【災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】!!」

 

 

「遅いよッ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

大樹の身体が姫羅の突きで心臓を貫く。そのまま上に斬り上げて完全に殺そうとしていた。

 

 

バシュンッ

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、斬った大樹は黒い霧になり、一帯に散布した。

 

わけのわからない出来事だったが、偽物だということだけは分かった。

 

 

「【黒烏(クロカラス)】」

 

 

バサァッ!!!

 

 

散布した黒い霧は何百匹ものカラスに変わった。本物と違うところは影のように漆黒のカラスだといこと。

 

 

(変化!? それとも分身!?)

 

 

シュンッ

 

 

全てのカラスは一気に姫羅に向かって突撃する。姫羅は刀を構え、迎撃する。刀がカラスに当たると先程と同じように黒い霧に散布した。しかし、散布した後は何も残らなくなった。

 

斬撃を繰り返してカラスの数を着々と減らしていく。

 

 

(そこッ!!)

 

 

ガギンッ!!

 

 

次に斬ったカラスからは金属音がぶつかる音が響いた。

 

カラスはすぐに大樹に姿を変えて、刀同士がぶつかっている状態になった。

 

 

ザンッ!!

 

 

「あッ……!?」

 

 

その瞬間、姫羅は背後から斬撃を受けた。

 

斬ったのはもちろん、大樹だ。

 

 

「俺にはもう一人師匠がいる。そしてこれが新しい俺の戦闘術———忍術だ」

 

 

目の前で競り合っていた大樹は黒い霧に散布し、背後に立った大樹だけが残った。

 

姫羅は片膝を着きながら体を震わせていた。

 

おかしい。何故こんなに実力差がある。たった数日だけで差をどれだけ広げられた?

 

実力が向上している? 違う。そんな言い方じゃない。

 

格? これでも足りない。

 

次元? 駄目だ、もう言葉では到底表しきれなくなっている。

 

それだけ大樹と姫羅に実力の差があった。

 

 

(アタイじゃ勝てない……!?)

 

 

違う。まだ秘策は()()もある。

 

 

「【黄道(こうどう)星剣(せいけん)】」

 

 

「ッ!」

 

 

姫羅を囲むように12種の黄金の武器が出現した。宙に浮いた武器には星座が掘られている。

 

 

(ついに来やがったか……!)

 

 

今度は大樹の表情が険しくなる。トラウマどころの話じゃない。アレに一度殺されていると言っても過言じゃない。

 

 

「アタイはこの技を破られたことはない」

 

 

「死亡フラグだぜ。それを破るのが俺だッ!!」

 

 

「ッ……【極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】」

 

 

姫羅は前方に出現した牡羊座が掘られた剣を握った。

 

 

「二刀流式———」

 

 

対して大樹は二本の刀で戦う。だが、

 

 

 

 

 

「———【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】」

 

 

 

 

 

握った刀を下に向けた。

 

 

「ッ!?」

 

 

その構えに姫羅は驚かずにはいられなかった。

 

大樹と姫羅の戦闘は一秒どころか一瞬の隙すら与えたら終わるの戦い。決着がつくはずだった。

 

だが今の大樹は無防備。その体制から避けることはできず、斬撃を受け止めることは不可能だ。

 

今踏み込めば勝てる。頭では分かっている。

 

 

(どうして……勝てると思えない……!?)

 

 

倒せるイメージが、斬れるイメージが、前に踏み出すことさえイメージが湧かない。

 

だが、それでも姫羅は無理矢理体を動かした。

 

 

「【天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)】!!」

 

 

一瞬で姫羅は大樹との距離を詰め、牡羊座の剣を振り下ろした。

 

 

「俺はもう負けない」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「そんなッ……」

 

 

姫羅の斬撃はいつの間にか弾き飛ばされ、牡羊座の剣は宙に舞っていた。その現実に姫羅は信じられなかった。

 

気が付けば大樹が右手に持っていた刀を上に上げていた。目視していないが、その右手に持った刀で弾いたことは分かった。

 

すぐに牡牛座の斧を両手で握り絞め、横から斬り裂こうとする。

 

 

(大切な人を悲しませたくない)

 

 

バギンッ!!

 

 

今度は左手に持った刀で斧を地面に叩きつけて破壊する。姫羅は叫びながら双子座が掘られた双剣を振り回す。

 

 

「ああああああァァァ!!」

 

 

(失うことも、傷つけることも絶対にさせない)

 

 

ガァッキンッ!!

 

 

右手、左手の順で一撃で姫羅の手から消す。明らかに姫羅の速度を凌駕していた。

 

 

(絶望する悲劇は生ませない)

 

 

キンッ!!

 

 

蟹座の曲刀の刀身は折られ、

 

 

(俺が俺であるために『全て』を守る)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

獅子座の大剣は盛大に粉々に砕け、

 

 

(そうすれば悲劇は生まれない)

 

 

ガギンッ!!

 

 

乙女座の短剣は簡単に手から離れ、

 

 

(そうすればみんなが笑える)

 

 

天秤座の二丁拳銃は銃口に大樹の刀に突き刺され、

 

 

(そうすれば、『全て』を救える」

 

 

シュンッ

 

 

蠍座の鎌はバラバラに斬り裂かれ持てなくなり、

 

 

(そう思ったんだ)

 

 

射手座の弓の硬質の弦は既に斬られ使いモノにならなくなり、

 

 

(甘い考えかもしれない。でも曲げない)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

振り下ろした山羊座の戦棍は後ろに逸らされ、大樹の後方に吹っ飛び、

 

 

(最後まで貫き通す。それが良いって思えたから)

 

 

水瓶座の長銃の銃身が斬られ、撃つことができなくなり、

 

 

「俺は、負けないッ!!!」

 

 

バギィンッ!!

 

 

最後に残っていた魚座の刀が折れた。その光景に姫羅は何もすることができなかった。

 

大樹は踏み出し、刀身から神々しい緋色の炎が舞い上がった二本の刀を振るう。

 

 

 

 

 

「【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刀から放たれた二撃の緋色の炎が姫羅を一瞬で包み込んだ。

 

炎は雲を突き破るほどの巨大な火柱となり、全てを燃やし尽くす。

 

 

「……………」

 

 

大樹は四枚の黒い光の翼を羽ばたかせて空を飛んでいる。瞳には緋色の炎が映っていた。

 

 

(やっぱり……そう簡単には終わらないよな)

 

 

ゴオォッ!!

 

 

火柱から荒々しい赤黒い翼を背中に生やした姫羅が飛び出して来た。

 

姫羅は俺の目の前まで飛んで来るが、攻撃は仕掛けない。

 

 

「……アタイには、最後の策が残っている」

 

 

「神の力なら俺が上だ。諦めろ」

 

 

「また分かっていないよ、大樹。アタイはすでに神の力を使いこなしていることを」

 

 

姫羅は握っていた刀を下げる。俺と同じようなことをしたので警戒はする。だが、

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

ドシュッ!!

 

 

「【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】」

 

 

その瞬間、俺の体が引き裂かれた。

 

 

「なッ……!?」

 

 

身体から血が噴き出し、俺は片膝を地面に着く。

 

姫羅の攻撃全てを見切った。ゆえに今の攻撃を見逃した事実を受け入れることはできなかった。

 

 

(何が起きた……!?)

 

 

姫羅は動いていない。刀も、振るったモーションもなかった。

 

不可解な現象に戸惑っていると、

 

 

ドシュッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

今度は手や足が斬られ、地面に倒れてしまう。

 

見えない。いくら目を()らしても斬撃が目視できない。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

翼の操作が不安定になり、俺は地面に落下する。受け身を取って衝撃を減らしたが大きくダメージを受けた。

 

 

「神の力を極限に高めた者が到達できる力……それが【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

ゆっくりと地面に着地した姫羅が俺に説明する。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】、だとッ……!?」

 

 

「戦を司る神は【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】。あらゆる物事の行程に意味を無くし、ただ真実だけを残す」

 

 

それはあまりにも理不尽過ぎる力だった。

 

姫羅は『相手を斬る』という動作を無くして、『相手を斬った』状態にしている。

 

ふざけるなっという言葉が口から吐き出したくなる。しかし、姫羅が次に言った言葉のせいで俺は言えなくなった。

 

 

「今のアタイは触れるだけで人を、どんなモノでも八つ裂きにできる」

 

 

「……待て……お前は俺に触れていないはずだろ……!?」

 

 

「忘れたのかい? アタイの恩恵(ギフト)を」

 

 

「……まさか」

 

 

「【疑似消滅(イミテーションデリート)】は些細なことなら何でも消せる。例えば邪魔な動作である―――」

 

 

姫羅は告げる。

 

 

 

 

 

「―――触れる行程も消滅できる」

 

 

 

 

 

聞きたくなかった言葉に俺は絶句した。

 

今の姫羅は理不尽的最強。俺に触れなくても、触れた状態になる。そして『斬る』動作行程を省き、『斬った』状態にする。

 

どうやって逃げる? いや、不可能だ。これは見えない攻撃でなく、決して触れることを許されない攻撃なのだから。

 

 

ダンッ!!

 

 

光の速度で姫羅の背後に回り込み、自分の姿を姫羅の視界から消した。

 

 

「例え見えなくても【疑似消滅(イミテーションデリート)】は発動する」

 

 

ドシュッ!!

 

 

「がぁあッ!!」

 

 

俺の体から血がまた吹き出す。必死に傷痕を抑えるが、今度は手を斬られ、次は足を斬られ、全身がズタボロになってしまう。

 

姫羅の背後で倒れてしまい、冷徹の眼差しで俺の姿を見る。

 

 

「今のアタイに勝てる者は誰もいない」

 

 

ドシュッ!! グシャッ!! ズシャッ!!

 

 

「あがッ……ぁぁぁああああああッ!!」

 

 

次々と引き裂かれる体を守れることはなく、ただ叫んで痛みに耐えることしかできなかった。

 

血が飛び散り、防ぐことができない攻撃に歯を食い縛る。口の中に気味の悪い鉄の味が広がるが、気にしていられる余裕は無かった。

 

 

(やってッ……やるッ……!)

 

 

斬撃を食らいながらも俺は立ち上がる。

 

負けられない。この戦いは大切の人のために、姫羅のために、なにより俺自身のためでもある戦いだ。

 

もう後悔したくない。大切な人の泣かせたくない。失いたくない!!

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】かッ……それが俺の力だったのかッ……!」

 

 

「何ッ……!?」

 

 

笑み浮かべながら勝ち誇る大樹に姫羅は戦慄した。

 

 

「俺の【制限解放(アンリミテッド)】は【神格化・全知全能】だ……!」

 

 

「ふ、不完全な力じゃないかい……代償は大きいし使いこなせていないはず……!」

 

 

姫羅は引き攣った笑みで首を横に振るが、大樹は変わらず口元がニヤリッと笑っている。

 

姫羅は大樹が何度もその力を使って傷ついていることをしっている。ゆえに土壇場のこの状況で成功するはずがない。

 

 

「違うな……俺も神の力も完全だ。ただ間違えていたんだよ……」

 

 

「間違えて、いた……?」

 

 

「使い方だ……!」

 

 

大樹は自分の右腕を強く握り絞める。

 

黄金色のオーラが右手から全身へと広がる。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】……!」

 

 

俺は今まで使い方を間違えていた。

 

腕や目に力を与えて、失敗した。でも、失敗しない方法は見つけた。

 

成功する保障は無い。でも、成功させるんだ。

 

 

「俺の血は全てに適合するッ! なら神の力も適合するに決まっているッ!!」

 

 

ドクンッ……!!

 

 

力を血液に送り込んだ瞬間、体が燃えるくらい熱くなった。それは全身に神の力が宿るような感覚だった。

 

血液の流れが速くなり、息が苦しくなる。

 

頭が痛い。鼻から血を流し、視界がグラグラと揺れる。

 

 

(頼むッ……もう俺は敗けたくないんだッ!!)

 

 

俺は【災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】だった。ただ人を傷つけ、誰も救えない破壊の悪魔。

 

でも違うんだ。俺は、そんな力が欲しいわけじゃないんだ。

 

 

「答えてくれッ……!」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

紅色の光が俺の体を包み込む。その光景に俺は笑みを浮かべた。

 

答えてくれた。苦しかったモノが全て和らいだ。

 

 

「ありがとう……」

 

 

これで、準備は整った。

 

 

【————の吸血鬼】

 

 

ギフトカードに書かれていた文字が左から右へと消えて行く。

 

 

【————————】

 

 

最後の文字が消滅し、心の中でまた礼を呟いた。

 

ずっと支えられた存在だった。この力が無かったら今の俺はここにいないだろう。

 

右手を空に向かって突き出し、今までに出したことの無い、本気の声で叫ぶ。

 

 

 

 

 

「【神格化・全知全能】ッ!!!!」

 

 

 

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

その瞬間、大樹から黄金色のオーラがより一層輝いた。

 

それは一つの太陽のような輝き、神々しい強さを秘めているようだった。

 

大樹の背中から空を覆い尽くすような巨大な黄金の翼が広がっていた。

 

 

 

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

黄金色の羽根が飛び散り、宙を舞いながら地面に落ちる。

 

触れた所で効果がないことは絶対にありえない。姫羅は落ちて来る羽根を避けながら【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】を発動する。

 

 

「そんな……!?」

 

 

しかし、発動することはなかった。

 

まるで神の力を打ち消されたかのような感覚。今の大樹に力が効かないことが分かってしまう。

 

 

「俺が支配している限り『全て』を支配する神の力。姫羅の力は何も使えない」

 

 

「そんなッ……!?」

 

 

無茶苦茶過ぎる力に姫羅は信じることが……いや、信じたら終わりだ。

 

ギフトカードで【疑似消滅(イミテーションデリート)】を使役するが、発動することはなかった。

 

 

「これが()()()の【制限解放(アンリミテッド)】だ」

 

 

「そんなッ……そんなことがッ……!?」

 

 

 

 

 

「三つ目は、【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】」

 

 

 

 

 

ヒュゴオオオオオォォォ!!

 

 

その瞬間、何もかも飲み込む巨大な竜巻(ストーム)が出現した。

 

竜巻の数は異常としか思えない。目視できるだけで8つ。超災害現象だった。

 

 

「創造するッ!!」

 

 

ガシャアドゴオオオオオォォォン!!

 

 

竜巻の中に発生した狂暴な雷が姫羅に襲い掛かった。同時に竜巻は姫羅の元に一点集中でぶつかる。

 

姫羅の体は電撃で焼かれ、暴風に引き裂かれた。

 

 

「これで最後だあああああァァァ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

瞬時に巨大な氷山が地面から突き上がり、姫羅の体を包み込んだ。体の自由を奪われ、体温も削られる。何より全身が凍結したことが一番のダメージになっている。

 

 

バリンッ!!

 

 

氷山は砕け散り、細氷がダイヤモンドのように光り落ちる。

 

 

ドンッ!!

 

 

氷と一緒に姫羅の身体も地上に落下し、動かなくなっている。

 

ついに、戦いが終わった。

 

 

「……姫羅」

 

 

「……アタイは……会いたかった……」

 

 

黄金色の翼を消し、地面に着地すると姫羅の小さな声が聞こえた。

 

もう大樹と闘うことを諦めたのか、姫羅の手には刀が握られていない。

 

 

「誰にだ」

 

 

俊一郎(しゅんいちろう)

 

 

「……まさか」

 

 

 

 

 

「世界でただ一人、アタイが愛した男だよ」

 

 

 

 

 

先祖の愛する人。つまり姫羅の夫だ。

 

俺は首を横に振る。

 

 

「会えるわけが、ないだろ……」

 

 

「でもガルペスが言ったんだ! 死んだ人を蘇らせることは造作もないって!」

 

 

「……お前なら分かっているだろ。こんなことをしてまで生き返った人が、悲しむことぐらい」

 

 

「当たり前だッ!! ……それでもッ……アタイは会えないことを後悔し続けていた……!」

 

 

嗚咽を抑えながら泣く姫羅に俺は刀を強く握る。

 

ガルペスの存在で狂わされた姫羅。普段の俺なら怒り狂い、憎しみに狂う。

 

でも、今は違う。

 

 

「姫羅。お前の気持ち、痛いほど分かるよ」

 

 

姫羅の身体を強く抱き寄せる。

 

 

「大切な人に会いたい気持ち、失ったことがあるから分かる」

 

 

「大樹……アタイを許してはいけない……」

 

 

「許す。俺はお前の弟子だ」

 

 

「どうして……」

 

 

涙を流しながら姫羅は俺のボロボロになった制服を強く握り絞める。

 

 

「もうこれ以上苦しまなくていい。あとは俺に任せておけ」

 

 

「アタイは……アタイは……!」

 

 

「最低とか言うなよ? 姫羅は最高の師匠だ。誰にも否定させない、文句も言わせない。だから、誇ってくれ」

 

 

姫羅はそれ以上何も言わず、ただ泣き続けた。

 

あとは、俺に任せろ。

 

 

________________________

 

 

 

「やはり失敗しおったか」

 

 

「ッ!」

 

 

一人の男の声が聞こえた。姫羅の体がビクッと震える。

 

 

「テメェが黒幕か」

 

 

男の髪は白髪でボサボサになっており、不健康そうなガリガリの体だった。薄汚れた白衣を纏い不気味な表情をしている。

 

 

「自己紹介をしようか。私はヘンブリット・アインシュタイン。世界を変えて、ガルペス様に従う者だ」

 

 

「そうか」

 

 

俺は姫羅の身体を支えたまま睨み付ける。

 

 

「それで、誰だよお前」

 

 

「……カッ……カカッ……カッカッカッ!! ……これだから神の力は厄介だ」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

ヘンブリットの声が低くなると同時に黒いオーラが噴き出した。

 

 

「私が誰かはどうでもいいこと。すでに戦争は終わりを告げようとしている」

 

 

笑いながらヘンブリットは姫羅に視線を移す。

 

 

「どうだった? 本物そっくり、ニセモノの旦那様を見た時の感想は?」

 

 

「なッ!?」

 

 

「ガルペス様がわざわざ御作りになさった代物だ。今は粗大ゴミにでも出されているだろう」

 

 

「ふざッ……けるなよッ……ふざけッ……うぅ……!」

 

 

信じていたモノを簡単に崩され、姫羅は泣き崩れた。

 

 

(……遠慮はいらねぇみたいだな)

 

 

大樹は強く決心した。

 

ヘンブリットは右手の人差し指を空に向ける。ヘンブリットの行為に俺たちは何も理解できない。

 

 

「【レギオン】、起動」

 

 

その瞬間、空が死んだ。

 

真っ暗な夜の星空が全て消滅し、月も消えた。

 

予備電気で復活した基地の最後の灯りも全て消え、何も見えなくなる。

 

 

「……随分と大層なモノを作るじゃねぇか」

 

 

理由は分かっていた。

 

 

 

 

 

空を消したのは、一機の飛行物体だからだ。

 

 

 

 

 

ステルスによって隠されていた飛行物体。自分たちの空はずっとあの舞台に奪われていたと考えると、恐ろしいとしかいいようがなかった。

 

星より多く光る無数のサーチライト。数え切れないほどの銃口や兵器。地球が終わるような錯覚に陥ってしまいそうだ。

 

空を奪われた恐ろしい状況に戦争を起こしていた者達は一斉に動きを止めて混乱に落としてしまう。

 

 

「これは私のような小さき者が作れる代物ではない。至高の存在であるガルペス様が作り上げた———」

 

 

ヘンブリットは汚い笑みで告げる。

 

 

 

 

 

「大陸破壊の兵器だ」

 

 

 

 

 

「そんな……!?」

 

 

ヘンブリットの言葉に姫羅は戦慄した。震える体をさらに震え上がらせ、俺はただヘンブリットを見ていた。

 

 

「私を殺したところで無駄だぞ! 既にオート砲撃の準備はできている! アメリカ大陸は消滅! 次は南アメリカ! ユーラシア大陸! 次々とこの世界を崩壊へと導く! 残念だったな! 私の勝ちだよッ!!」

 

 

「……そういえば、まだやっていないことがあったな」

 

 

「あぁ?」

 

 

俺は姫羅から手を放し、姫羅を守るように前に立つ。そして右手に持った【護り姫】、左手に持った【名刀・斑鳩】、二つの刀身を重ねる。

 

 

「最後の賭け、乗ってくれないか? 邪黒鬼」

 

 

『それは救うためだな?』

 

 

「ああ、力を貸してくれよ」

 

 

『……いいだろう』

 

 

邪黒鬼の言葉に姫羅が声を荒げた。

 

 

「やめるんだ大樹! また鬼の力に———!?」

 

 

『それは違う。俺は約束していた』

 

 

否定したのは大樹ではなく、邪黒鬼だった。

 

 

『答えを見せてやる。だから力を貸してくれっと……だから俺は貸す』

 

 

「邪黒鬼……アンタは、まだ悪を殺すのかい……?」

 

 

『今は違う』

 

 

その言葉に姫羅は驚いた。

 

自分の知っている邪黒鬼とは違ったから。あの人に優しい鬼に戻ったから。

 

根は優しい。ただ過剰な正義に酔っただけ。

 

それがいま、目を覚ましている。

 

 

 

 

 

『姫羅。今の俺は、お前を救いたい』

 

 

 

 

 

その言葉をきっかけに、姫羅の目からまた涙が零れ落ちた。

 

嬉しい気持ちが溢れ出し、喜びが涙に変わった。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

二つの刀が黄金色に輝く。

 

 

「【神格化・全知全能】」

 

 

与えるのは、【護り姫】と【名刀・斑鳩】だ。

 

二つの刀は大樹の手から離れ、結合する。

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

とてつもない衝撃波に吹き飛ばされそうになる。しかし、大樹は一瞬たりとも目を離さない。一歩たりとも下がらない。

 

自分には適合する力があった。しかし、刀に適合する力など存在しない。

 

邪黒鬼を、この刀を、信じるしかない。

 

 

『お前を見て、俺も救いたいと思えた』

 

 

(姫羅を見て分かっただろ?)

 

 

『ああ、だから俺は悪を許せない』

 

 

(それでも殺したり傷つけるのは正しいことではない)

 

 

『……どうすればいい?』

 

 

(救え。『全て』を)

 

 

『……迷いが無いその決意がお前を強くするのか』

 

 

邪黒鬼の言葉に大樹はニヤリっと笑う。

 

 

『お前の決意に俺も答えてやろう』

 

 

二つの刀が結合し、新たな刀が創造される。

 

黄金色の鞘に黒い柄。これが二つの刀から生まれた新しい刀。

 

 

シャンッ

 

 

引き抜けば銀色の刀身。その輝きはこの世で見ることはできないほど美しかった。

 

一目で分かる。これ以上の上等の刀は絶対に存在しない。

 

まるで創造上の刀、神にしか使えない武器。名は———

 

 

 

 

 

「———【神刀姫(しんとうき)】」

 

 

 

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

大樹の言葉に答えるかのように、【神刀姫】が神々しく光る。

 

 

「な、何だその力はッ……!?」

 

 

「全てを救う力だ」

 

 

この力が分かるのかヘンブリットが怖がっていた。大樹は右手に【神刀姫】を強く握り絞めながら答える。

 

 

「か、カッカッカッ!! まさか【レギオン】に攻撃するのか!? 無駄だ! 破壊した破片がこの地に落ちて死者を生むだけだ! それに落とせるわけがないだろ!?」

 

 

「俺は、救う」

 

 

そして、光の速度で刀は振るわれた。

 

 

黄金の光を纏った刀身は、創造する。

 

 

それは理不尽な運命を消す。

 

 

それは変えられない絶対の事象を砕く。

 

 

それは正義と悪の両方の味方となる。

 

 

思うがまま全ての(ことわり)を創造する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが俺だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、【レギオン】は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刀を振り下ろした瞬間、黄金色の斬撃波が【レギオン】を包み込み、姿を消した。

 

塵どころか分子すら残っていない。瞬きをする暇も無く、【レギオン】はこの世から消滅した。

 

 

ドサッ……

 

 

ヘンブリットが両膝を着き、綺麗な星空を見上げながら乾いた声で笑った。

 

 

「か……カッカッ……ありえない……神の力はそこまで強くならない……」

 

 

「神の力じゃない。俺の力でもない」

 

 

黄金色の光が消えた銀色の刀身をヘンブリットに向ける。

 

 

「大切な人を守る……救う力だッ!!」

 

 

「……ま、まだだッ!!」

 

 

ヘンブリットは薄汚れた白衣から小さなナイフを取り出し、自分の首に刃を当てた。

 

 

「動くなよ!? コイツがどうなってもいいのか!?」

 

 

「それでも俺は弱い。だけど助けてくれる人がいる」

 

 

「な、何を言ってい———!?」

 

 

ガギンッ!!

 

 

ヘンブリットの持っていたナイフは宙を舞い、砕け散った。残骸が地面に散らばる。

 

 

「姫羅あああああァァァ!!!」

 

 

ナイフを砕いたのは姫羅。【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】を発動し、ヘンブリットの持っていたナイフを刀で砕いたことにした。

 

 

「そろそろ退場して貰おうか。本物のヘンブリットからよ」

 

 

「こ、殺すのか!? カッカッカッ! 無駄だ! 死んでも私の魂が尽きぬ限り不滅だ!」

 

 

「その魂が狙われているぞ」

 

 

ドスンッ!!

 

 

重い銃声が聞こえた瞬間、蒼色の銃弾がヘンブリットの右胸を貫いた。

 

 

「ティナと瑠瑠神の力を合わせた狙撃、【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】だ。本当は緋緋神を殺すらしいけど、別に使わないから。記念にお前にやるよ」

 

 

「ま、また神の力かッ……ぁぁぁああああ!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

ヘンブリットから溢れていた黒いオーラが消えて行き、その場に倒れ込んだ。

 

すぐに駆け寄って安否を確かめると、気を失っているだけだった。どうやら憑りついていた奴は消えたみたいだ。

 

後ろを振り返ると、第四防衛ラインを越えた真下にティナとキンジ、レキの姿が見えた。ギリギリ間に合って良かった。

 

 

「終わり、かい……?」

 

 

「とりあえず、終わりだな」

 

 

涙を流した笑顔の姫羅と微笑んだ大樹。

 

師匠と弟子が生んだ迷惑な戦争は終わりを告げようとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

 

戦争は【レギオン】が消滅した瞬間に止まった。

 

世界が終わってしまうかのような超常現象にほぼ全員が戦意を失い、誰も戦おうとしなくなった。

 

最終的にアメリカは俺のせいだとニュースで報道し、日本は『何も無くて良かったですね。じゃあバイバイ』とぶん殴りてぇ対応をするだろう。最後はそうならないが。特に俺のせいで。

 

俺とティナは基地に侵入し、探していた大事な情報を見つけた。どうして緋緋神があの世界にいることができるのか、どうしたらいいのかも策を作ることができた。

 

軍の基地の入り口まで戻って来ると、女の子達に抱き倒されてしまった。ティナの視線が痛かったが、これくらいの褒美があってもいいじゃん。

 

他の人や鬼たちも無事に帰って来ており、安堵の息を吐けた。

 

何故無事だったのか? それはシャーロックはあの後、1分で猛者を片付けて全員と合流して助けたらしい。死亡するどころか、怪我どころか、全員無傷だった。シャーロック、あなたは俺よりおかしい。

 

そして、最後の決着を迎えようとしていた。

 

 

「最後にアタイと剣を交えよう。それで思い残すことはない」

 

 

俺と姫羅はどうやって用意されたのか分からないが、シャーロックが竹刀を用意した。

 

姫羅はすぐに手に取り、位置について構える。しかし、俺は握れずにただ竹刀を見ていた。

 

その時、竹刀を握ろうとした反対の手が、誰かの小さな手が握り絞められる。

 

 

「ティナ……?」

 

 

「私も撃つときは震えました。でも、大樹さんが私を信じてくれたから……当てることができたのです」

 

 

「そうか……じゃあ信じてくれ」

 

 

「はい」

 

 

微笑んだティナの表情に俺の意志は固まった。

 

竹刀を両手で握り絞め、姫羅の前に立つ。

 

 

「これって一発で決まるよな?」

 

 

「アタイの一発でね」

 

 

「寝言は寝て言えよ。刻諒、合図を頼んでいいか?」

 

 

「……やっていいのかい?」

 

 

「お前にやって欲しいんだ」

 

 

「……分かった」

 

 

俺と姫羅は真剣な表情をして、構えていた。

 

その距離は5メートル。勝負は一瞬で決まる。

 

この勝負に俺の思いをぶつける。見つけ出した解答を教えるんだ。

 

 

「楢原 姫羅。会えて嬉しかったよ」

 

 

「楢原 大樹。俺も、会えて嬉しかった」

 

 

俺と姫羅の様子を見た刻諒は右手を上げる。

 

 

「アタイまで救ってしまう大樹は、本当に誇りに思うよ」

 

 

「姫羅の技が俺を強くした。そのことに俺は誇りに思う」

 

 

そして、刻諒は右手を振り下ろす。

 

 

「いざ尋常にッ!!」

 

 

刻諒の声と同時に二人は踏み出した。

 

 

「はあああああああああァァァ!!!」

 

 

「うおおおおおおおおおォォォ!!!」

 

 

バギンッ!!!

 

 

大樹と姫羅の竹刀が振り下ろされ、二人の位置が一瞬で逆転した。

 

一瞬の出来事。結果は本人たちにしか分からない。

 

 

「……これが大樹の答え……良いと思うよ」

 

 

姫羅の握っていた竹刀は刀身が無くなっていた。

 

大樹と姫羅の体に傷は無い。これが大樹の出した答えだと姫羅はすぐに理解できた。

 

身体を傷つけず、武器だけの破壊。もう教えることは無いもない。

 

 

「大切な人を、しっかりと守るんだよ」

 

 

「……ぁたッりまえだぁ……!」

 

 

二人は振り向かず、ただ言葉だけ交わす。大樹は歯を食い縛り、涙を必死に堪えていた。

 

姫羅の体が輝き始める。その光景に誰もが驚いた。

 

光の粒子が宙に舞い、姫羅はこれで最後だと悟る。

 

 

「アタイのように、後悔しないで生きるんだ」

 

 

「そ、それは———!!」

 

 

「振り返るなッ!!」

 

 

「———ッ!?」

 

 

振り返って否定しようとした大樹を姫羅は大声を出して止める。

 

 

「後悔した分、アタイは満足している。赤鬼も礼を言っている」

 

 

「ッ……!」

 

 

「大樹。助けてくれて、ありがとう」

 

 

「ッ……俺はッ!!」

 

 

大樹は大声で空に向かって叫ぶ。

 

 

「俺は幸せだッ!!!」

 

 

「ッ!」

 

 

「姫羅のおかげで幸せだッ! 姫羅のおかげで大切な人ができたッ! 姫羅のおかげで俺は強くなれたッ!」

 

 

「大樹……」

 

 

「姫羅のおかげで楽しい人生だッ! 姫羅のおかげで守れるッ! 姫羅のぉッ……おかげでぇ………俺はッ……!」

 

 

嗚咽を抑えながら叫び続ける大樹に姫羅は微笑む。

 

 

 

 

 

「……ありがとう。アタイの優しい弟子」

 

 

 

 

 

「ぐぅ……俺の方がッ……ずっとぉ……ずっとッ……ずっと、ずっと、ずっと…………ありがとうございましたああああああァァァ!!」

 

 

姫羅が消えた後も、大樹は振り返らず、強く竹刀を握り絞めた。

 

 

 

________________________

 

 

 

俺とティナの見送りに来てくれた人に別れを告げる。事情で見送れない人たち(特に軍の完全制圧をしている)は俺からの伝言を頼んでいる。

 

 

「そろそろ行って来る———おっとっと」

 

 

みんなに別れを告げようとした時、理子が正面から抱き付いて来た。

 

 

「絶対に、帰って来て……」

 

 

「ああ、約束する」

 

 

俺は理子の頭を撫でながら言うが、中々放してくれそうにない。なので他の見送りに来てくれている人たちに礼を告げる。

 

 

「夾竹桃もありがとうな」

 

 

「この借りは大きいわよ?」

 

 

「で、できれば小さめで……」

 

 

「私は妥協しないわ」

 

 

「……覚悟決めておくか」

 

 

悪戯に成功した子どものように笑う夾竹桃はとても新鮮で可愛かった。

 

 

「旦那様。リサはいつまでも帰りを待っています」

 

 

「あー、もうそろそろ名前で呼ばないか? ほら、フレンドリーに」

 

 

「では……だ、大樹様で」

 

 

「……もうそれでいいや」

 

 

リサが嬉しそうに言うからそれでいいや。

 

 

「大樹君。私は世界を守るよ」

 

 

「落ち着け刻諒。ぶっ飛び過ぎている」

 

 

「そうだね。まずは日本を守るよ」

 

 

「……頑張れよ!」(放棄)

 

 

そんな冗談?を言ってくれる刻諒には本当に世話になった。母親にも礼を伝えてほしい。

 

 

「私は大樹君と出会ったことに感謝の気持ちしかないよ」

 

 

「サンキュー」

 

 

拳同士をぶつけ合い、友情を確かめ合った。刻諒と俺は一緒に笑う。

 

 

「あ、キンジ。生きていたんだ?」

 

 

「勝手に殺すなッ」

 

 

「死んでも生き返るだろお前」

 

 

「お前もな」

 

 

「「……………」」

 

 

「「ぐすんッ」」

 

 

俺たちは肩を抱き合い分かり合った。

 

 

「とりあえず、まぁ……ありがとよ」

 

 

「アリアたちを助けなかったら許さないからな」

 

 

「ああ、分かっている」

 

 

「美琴も」

 

 

「おう」

 

 

「……またあの日のように笑えるように」

 

 

「そうだな。絶対に、またあのゲーセンに行こう」

 

 

何だかんだ言って、仲が良いコンビである。キンジは最後に俺の背中を叩き、喝を入れてくれた。

 

 

「お姉様を頼みましたわ」

 

 

「ああ、メヌエットも元気でな」

 

 

「ちゃんと大樹は私のだと伝えなさい」

 

 

「おい」

 

 

冗談に聞こえなかったが、不愛想な表情ばかりしていたメヌエットの笑顔が見れたことは嬉しかった。

 

 

「元気でね。カイザーも応援しているよ」

 

 

「なぁワトソン。カイザーはどうしたんだ?」

 

 

「……この戦争のイギリス代表、証拠代理人としてアメリカに渡した」

 

 

「売って「売ってない」……そうか」

 

 

ドンマイ、カイザー。ワトソン、あまりいじめるなよ?

 

 

「ティナさん。銃はあなたの味方です。あの時のように信じて引き金を引いてください」

 

 

「はい。レキさん。ありがとうございました」

 

 

いつの間にかあの二人が仲良くなっていたことに驚きを隠せない。コンビ組んだら脅威的すぎだろ。怖ッ。

 

 

「白雪。お願い事、聞いてくれてありがとうな」

 

 

「ううん、それより本当に良かったの?」

 

 

「ああ、緋緋神は任せてくれ」

 

 

「……分かった。こっちも任せて」

 

 

俺の無茶な願いを白雪は嫌な顔一つせず聞いてくれたことに感謝する。

 

 

「とりあえずあのクソ探偵にも礼を言ってくれ。とりあえずな」

 

 

「最後までツンデレだな」

 

 

「ぶっ飛ばすぞキンジ」

 

 

原田に渡された赤いビー玉を取り出し、俺とティナはビー玉を中に入れたまま手を繋いだ。

 

まだ抱き付いた理子に反対の手でポンポンと頭を軽く叩く。

 

 

「助けてくれて、ありがとうな理子」

 

 

「……大樹ぃ……待ってるから……!」

 

 

「ああ、俺も会うのを楽しみにしているよ」

 

 

涙を流しながら理子は笑みを浮かべる。

 

俺から離れ、手を振る。それにつられてみんなも手を振った。

 

 

「ティナ。休む暇はないかもしれない」

 

 

「大樹さんより休んでいますので大丈夫です」

 

 

「ハハッ、頼りにしているぜ」

 

 

赤いビー玉を砕くと同時に、俺とティナはあの世界へと帰って行った。

 

 

 

 

 

のちに、この戦争は世界的に報道されて全世界に大樹の名が知れ渡る。

 

 

 

 

 

残念ながら、天才ヘンブリット・アインシュタインの手によって、大樹は『英雄』として名を残させられた。

 

 




制限解放(アンリミテッド)】の数が3つの大樹君。

【神格化・全知全能】

物語を見ての通り神の力を譲渡する力。


秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)

力を封じる。全てを。全てを。


天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)

天候操作。今までのとは格が違う。














チートよりチートのことを『大樹』と言います。

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