どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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Scarlet Bullet 【弱者】

シャーロックに告げられた真実に、俺は絶句していた。

 

普通じゃない。血液型が変わっていることは。俺自身が一番混乱していた。

 

昔、小学校で、中学校で、高校でも、血液型を書いた覚えはある。だが、何を書いたのかは思い出せない。

 

どうしてだ? ロシアの病院に行った時、自分は血液型を分かっていた。だけど、もう覚えていない。

 

怖い。何も覚えていない自分が。怖くて酷く体が震えていた。

 

 

「そ、そもそも血液型が変わることってあるのか?」

 

 

「一応変わることはある。だが、おかしい点が二つある」

 

 

キンジの質問に答えたのは金一だった。

 

 

「まず一つ。血液型が変わるのは産まれたての赤子。つまり1歳になる前の話だということだ」

 

 

「母親の免疫で血液型が変わる話は私も知っている。だけど、大樹君の場合は今、起こっているのね」

 

 

キンジの説明に麗が補足する。その説明は自分の記憶にも医学の知識として覚えている。

 

もちろん、俺は1歳未満ではない。18歳だ。

 

まれに病気で血液型が変わることがあるが、健康児の俺は病気にかかっていない。よってこの線での血液型が変わることはない。

 

そしてもう一つのおかしい点、どんなことか俺は分かっていた。

 

 

「そしてもう一つは血液型の変わり方だ。A型やB型がO型に変わったり、AB型がA型やB型に変わることはある」

 

 

「でもO型がAB型に変わることは医学上、絶対にないってことだ。それが俺たちの驚いているおかしな点だ、兄貴」

 

 

今度はジーサードが補足する。しかし、その捕捉が一番俺の人間であることを否定していた。

 

キンジも驚愕した表情で俺を見ている。

 

 

「僕の推理が正しければ君はずっと気付かず、何も思わなかった。それは何故か? 結論を述べると———」

 

 

「もういい」

 

 

シャーロックの話を無理矢理切り上げ、俺は首を横に振った。

 

 

「どうしても思い出せなかった。オカンに教えてもらった血液型すら、思い出せない」

 

 

「大樹さん!」

 

 

「大丈夫だティナ。俺は見失っていない」

 

 

ティナに笑顔を見せて、安心させようとした。だけど、無理に笑みを作っていると思われている。

 

不安気な顔をするティナの頭に手を置き、優しく撫でる。

 

 

「確かに、今まで自分の血液型を答えれていた。でも思い出させない。どうしてか? 俺が答えてやるよ、シャーロック」

 

 

「推理できたかね?」

 

 

「違うな。これは俺の答えだ」

 

 

シャーロックは俺を面白そうな表情で見た。答えてやるよ。

 

 

「完全記憶能力……いや、神が俺を騙した」

 

 

そして、俺は告げる。

 

 

 

 

 

「だから何だ?」

 

 

 

 

 

ニヤリッと笑いながら言うと、周りは驚いた表情で俺を見ていた。

 

 

「ったく、何を怖がっていたんだ俺は……情けねぇ」

 

 

そうだよ。今まで助けて貰った。神様の力にな。でもな、騙されたとは思わねぇよ。

 

 

「俺の血に何かが流れている。でもこの血のおかげで、俺は救われているはずだ。そうだろ? シャーロック」

 

 

「……本当に君は僕の考えていることを覆す。強くなったんだね」

 

 

「これが俺に取って不利益なら、こんな血なんか全部ぶっこ抜いてやる」

 

 

「では大樹君は利益がある点を知っているのですか?」

 

 

諸葛の言葉に俺は親指を立てながら返す。

 

 

「いや知らん」

 

 

ドテテッ!!

 

 

ほとんどの人たちが椅子から転げ落ちた。

 

 

「知らないのかい!?」

 

 

「だって初めて知ったし」

 

 

刻諒(ときまさ)が大きな溜め息をつく。何だよ。本当のことを言っただけだ。

 

 

「では、その血は一体どのような効果があるのだ?」

 

 

「ジャンヌ君の質問に私が答えよう。それは血液による【同化】だ」

 

 

シャーロックの言葉に俺たちは首を傾げた。

 

 

「果たしてそれは()()()な?」

 

 

「大樹君うるさい」

 

 

「ごめん」

 

 

刻諒に怒られた。

 

 

「試しに大樹君が眠っている時に実験させてもらったんだ」

 

 

「おいちょっと待て。何サラッと最低なことをしているんだ」

 

 

「だいちゃん、静かにして」

 

 

「俺が悪いのか!? おかしいだろ!? 寝ている間にモルモットになったんだぞ!?」

 

 

理子に怒られたぁ!! 何でだあああああァァァ!!

 

 

「大樹君の血液にキンジ君の血液を入れてみたんだ」

 

 

「「おい!?」」

 

 

俺たちは同時に立ち上がった。

 

 

「何で男だよ!?」

「何で俺の血……ってそこなのか!?」

 

 

(((((ずれてるなぁ……)))))

 

 

ツッコムところがおかしい大樹に少し周りは引いた。

 

 

「結果は大樹君の血液は変わった。キンジ君と同じにね」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

それが【同化】……ということか。

 

 

「そして、確かめたいことができた。リサ君」

 

 

「は、ハイ!」

 

 

シャーロックに呼ばれたリサは立ち上がり、シャーロックのもとまで走る。

 

シャーロックはリサにこっそり何かを言い、リサは顔を真っ赤にさせた。

 

 

「何だろう……とりあえず身の危険を感じる……」

 

 

「大樹……強く生きろよ」

 

 

「おいキンジ!? 不吉なことを言うな!?」

 

 

「ご主人様!!」

 

 

「ひゃいッ!?」

 

 

リサに腕を掴まれ、俺はビクビクと震える。これはドキドキじゃない。恐怖だ。

 

 

「ご、ご主人様……大変申し訳ないですが……」

 

 

申し訳ないならやめて!!

 

 

「床に両膝を着いて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

 

「……わ、分かりました」

 

 

何故か敬語。俺は警戒しながら両膝を床に着き、両手を挙げた。

 

 

「不吉ぢゃのう……」

 

 

「死ぬのか?」

 

 

パトラとカツェの言葉に俺は涙が出そうになる。助けてママ。

 

リサは大きく息を吸い込み、吐き出す。深呼吸を何度か繰り返した後、

 

 

「えいッ!!」

 

 

「むぐッ」

 

 

抱き付いて来た。

 

俺が両膝を着いたせいで、リサが抱き付いた時にはちょうど豊満な胸が俺の顔に埋まった。

 

1秒……2秒……3秒……時間が流れて行く。そして、事態を理解した。

 

 

「むぐぅんッ!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

周囲から驚愕の視線と嫉妬の視線と怒りの視線と……って多いな!? 怖いよ!?

 

俺が無理に引き剥がそうとするが、

 

 

ドタッ!!

 

 

俺が動いたせいで、リサがバランスを崩してしまった。そのままリサは後ろから倒れてしまい、

 

 

「ッ!」

 

 

怪我をしないように俺はリサの背中を支えてしまった。そのせいで俺が無理矢理リサを押し倒そうとした構図になる。

 

よって———!?

 

 

「銃は洒落にならああああああああ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「死ぬぞ!? 今の俺はマジで死んじゃうから!?」

 

 

(((((そうだった……)))))

 

 

俺の言葉に誰もこっちを見ようとしなかった。おい!? こいつらが御影(ゴースト)より強敵になりつつあるのだが!?

 

 

「ふむ……ヒステリア()サヴァン()シンドローム()は発動しなかった」

 

 

「してたらこんなにボロボロにならねぇよ!」

 

 

「推理通りだ」

 

 

「お前喧嘩売ってんのか!?」

 

 

ムカつく! 殴りてぇ!!

 

 

「この通り、能力が引き継ぐわけでは無い。だが、紙に記してある通り、キンジ君の血液とほぼ同じなのだよ」

 

 

「え? まさか彼の能力はさっきの行動に意味が———」

 

 

カチャッ

 

 

その時、キンジは刻諒のこめかみに銃口を当てた。

 

 

「それ以上喋るな」

 

 

「はい」

 

 

キンジも中々バイオレンスになっているな。人はここまで変わるのか。でもなキンジ。それ、逆に証明したことになるからな? ほら、周りの連中の目を見てみろよ。ああそうかって感じの目になってるだろ?

 

 

「大樹君の血は全てを【同化】することができることが分かった。動物はまだ試していないが……やるかね?」

 

 

「やらねぇよ!!」

 

 

「そう言うと推理していたからキンジ君の血を入れる前に実験させてもらったよ」

 

 

「殺していいよね!? もうクソ探偵やってもいいよね!?」

 

 

「わぁあ!? 楢原ッ!? 落ち着いてください!?」

 

 

(コウ)が俺の体に抱き付いて止めるが、俺はマジでシャーロックに殴ろうとする。殴らせろ! その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるッ!!

 

 

「結果はどうなったのですか?」

 

 

「ではワトソン君。推理できるかね?」

 

 

「えっと、やはり動物の血となるとさすがに———」

 

 

「残念」

 

 

シャーロックは首を振った。

 

 

「【同化】したよ。動物とほぼ同じにね」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ま、マジか……!?

 

 

「これが大樹君に豚の血を入れた時の資料だ」

 

 

「お前殺す」

 

 

「ヤバイよお兄ちゃん!? 目がマジな人になってるよ!?」

 

 

「シャーロック!? わざとやっているだろ!?」

 

 

金女とキンジが狂気のオーラを放つ大樹の体を止める。殺人鬼と同じような目をしていた。

 

 

「しかし、いくら血を【同化】しても大樹君にはその特徴は現れなかった。本当は犬の血を【同化】させたのだが……大樹君。私のポケットに入っている果物は何かね?」

 

 

「分からねぇよ。犬じゃねぇから」

 

 

何だよ豚じゃねぇのか。まぁそれでも許さないが。

 

 

「そうだね。僕のポケットには何も入っていないことすら見抜けない。犬の嗅覚を【同化】してないことが分かる」

 

 

同時に俺の騙されやすさも証明されたぞこの野郎。

 

 

「お手」

 

 

「誰だ! 今『お手』って言った奴出て来やがれ!!」

 

 

誰だよちくしょう!! 神の力があれば見抜けるのに!!

 

 

「大樹君。僕の推理は今、神の領域に触れようとしている。前代未聞だが正解は出させて貰うよ」

 

 

「……何が言いたいんだよ」

 

 

「これが僕の推理の最終結論だ。どんな血でも適合してしまう大樹君の血液は———」

 

 

シャーロックは告げる。

 

 

 

 

 

「———きっと神の血すら適合するはずだと」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「ッ……………!」

 

 

驚愕する俺たちに対して、シャーロックの推理は止まらない。

 

 

「吸血鬼の力を取り込めたのは大樹君の血のおかげだと僕は推理する。そして君が神ゼウスに選ばれた理由はその血のはずだ」

 

 

思考が推理に追いつけない。ゼウスの【保持者】に選ばれた理由が俺の血が関係しているだと?

 

 

「ま、待て! どうしてそう言い切れる!? 確かに俺の血は特殊かもしれない……でも、選ばれる理由が分からない!」

 

 

「大事なことだから僕はもう一度言うよ。君の血は『ほぼ』同じに【同化】するんだ」

 

 

シャーロックが『ほぼ』という言葉を強調した。『ほぼ同じになる』を裏を返せば『変わらない部分』があるという言葉が取れる。

 

 

「……何が変わらなかったんだ」

 

 

「ああ、それは分からなかったよ」

 

 

「は?」

 

 

あのシャーロックの口から『分からない』の単語が出て来たことに俺は思わずキョトンっとなってしまう。

 

 

「どれだけ調べても分からなかった。そして推理すらできなかった」

 

 

「……遠回しの言い方にはもう飽きた。言えよ」

 

 

「僕達はそれを『未知』と呼ぶ。誰にも分からない宇宙の果てと同じ……いや僕には推理できているが」

 

 

言いたいことは分かった。最後は聞かなかったことにしよう。

 

その『未知』が神の領域に触れているということか。

 

 

「つまりまとめると……俺は最初から普通じゃないってことか……」

 

 

自分で言っていて悲しい。

 

 

「「「「「知ってた」」」」」

 

 

「表に出ろボケナス共」

 

 

戦争だ。かかって来い。

 

 

「大丈夫ですかご主人様……お水を持ってきましょうか?」

 

 

「ッ……悪いな」

 

 

リサに無理をしていることを気付かれた。正直、混乱して頭が熱い。

 

神が俺を騙した。俺の血が神を呼び寄せた。そして俺を生んでくれたオカンとオトン。

 

グルグルと頭の中で謎が飛び交う。いや、暴れている。

 

神に生き返して貰った時、運が良かったとか思っていた。でもそれは違う。

 

神が望んだのは『俺』ではなく『俺の血』だ。そう考えると嫌な気持ちになる。でも、

 

 

「水はいらない。俺は大丈夫だ」

 

 

微笑みながら首を横に振った。

 

 

「シャーロック。お前の推理を聞いて良かったわ」

 

 

「珍しいね。君が僕を褒めるなんて」

 

 

「まぁな。やっぱり変わらねぇよ俺」

 

 

もう決めていたんだ。

 

 

「『全て』を救う。俺の血が普通じゃなくても、この思いは変わらない。神の力が無くなっても、吸血鬼の力が無くなっても、変わらない……絶対に」

 

 

自然と話しているうちに自分の口が笑っていることに気付く。

 

そうか。俺は今安心しているんだ。

 

いつも通りの自分でいられることに。

 

 

「どんなことがあろうとも、この思いは変わらない」

 

 

だから俺は立ち上がる。

 

 

「アリアを救う。だから皆、力を貸してくれ」

 

 

我儘だ。俺はガキのように我が儘だ。

 

 

「何の見返りも無い。勝てる見込みもない。損するだけの戦争だ」

 

 

でも、ガキの俺は信じたい。

 

 

「それでも、力を———」

 

 

俺は『殺し』の力が欲しいんじゃない。

 

 

 

 

 

「———貸してくれ」

 

 

 

 

 

『救う』力が欲しかったんだ。

 

誰でも『守れる』力が欲しかった。でも、俺だけでは手に入れられない。

 

だから、俺は貰う。みんなの力を借りて、『全て』を『救う』。

 

 

「大樹さん」

 

 

ティナが俺の名前を呼ぶ。同時に全員が立ち上がった。

 

俺はその光景に驚き、涙が出そうになる。

 

 

「任せてください」

 

 

たった一言。そう返した。

 

『任せろ』。俺は助けを求めたアリアにそう言ったことがある。

 

でも今は立場が逆。全く、何て頼りがいのある人たちなんだろう。

 

 

「ありがとう……」

 

 

俺はお礼を言い、みんなにバレないように涙を拭いた。

 

________________________

 

 

 

「そしてもう一つ報告しないといけないことがある」

 

 

シャーロックがそう言うと、前に出て来たのは白雪だった。

 

白雪は真剣な表情で俺を見る。何かを言おうとした矢先、

 

 

「緋緋神の色金本体は、お前のところにあるんだろ?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「……やっぱり分かっていたんだね」

 

 

白雪は悲しそうな声に俺は頷く。俺の言葉にシャーロックとメヌエットを除いた全員が驚愕していた。

 

 

「御神体として(たてまつ)っているんだろ。薄々感づいていた」

 

 

「いつ……?」

 

 

「つい最近だ。資料をいろいろと調べているとふと思い出してな。だけど外国にお前ら星伽(ほとぎ)の資料はない。星伽(ほとぎ)のことが一番気になっていたのに」

 

 

かといって日本に戻ることはできない。あの時はロシアやイギリスやらバタバタしていたし。

 

だから俺は推測を重ねた。

 

 

「推測を重ねに重ねた。そしてある可能性を導き出した」

 

 

「やはり君も推理の素質があったんだね」

 

 

「うるせぇシャーロック。俺は探偵になんざならねぇ。それで可能性の一つである白雪が鍵となった」

 

 

「私……?」

 

 

「『緋巫女(ひみこ)』だ。この言葉は当然知っているはずだ」

 

 

「ど、どうしてそれを……!?」

 

 

「それって白雪の(いみな)じゃないか……!」

 

 

白雪とキンジが同時に驚く。

 

白雪に隠された名前———それが緋巫女だ。

 

俺は二人に構わず続ける。

 

 

「偶然じゃないよな? その名前は、緋緋神と関係している」

 

 

「なら今すぐその色金を壊せば———!」

 

 

「駄目だティナ。俺はそんなことはしない」

 

 

俺の言葉にティナは驚いた。

 

アリアを助け出す方法を見つけたにも関わらず、大樹は首を横に振ったから。

 

 

「……緋緋神は封印するべき存在なの」

 

 

「それを封印するのが星伽だな」

 

 

白雪は俺の言葉に頷く。

 

 

「……緋緋神のことは今はいいんだ。ただ白雪。俺に任せていろ。お前が気に病む必要はない。なぁキンジ?」

 

 

「ああ、白雪は押し付けられただけだ。緋緋神が悪い」

 

 

「キンちゃん……!」

 

 

キンジの言葉に白雪は感動し、抱き付いた。末永く爆発してください。

 

 

「緋緋神は俺がなんとかする。反対意見があるやつは打ち首な」

 

 

(((((反対させる気がない……)))))

 

 

横暴すぎる言動だが、全員が納得していた。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月12日

 

 

現在時刻 0:30

 

 

 

会議が終わってから2時間後。俺はトレーニングルーム(少し広いだけで何もない部屋)で刀身を失った【護り姫】を素振りしていた。

 

前のように炎は舞い上がらず、振る速度も激遅。こんなモノではDランク武偵にすら勝てないだろう。

 

Eランク武偵には勝てると思う。これでも剣道では最強と呼ばれた男は伊達じゃない。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】」

 

 

ダンッ!!

 

 

俺は大きく踏み込み、虚空に向かって斬撃を繰り出す。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

ズルッ

 

 

「あ」

 

 

ゴスッ!!

 

 

「ぶふぅッ!?」

 

 

左足と右足が絡まり盛大に顔から床にぶつけた。

 

神の力が無いせいでかなり痛い。鼻にトンカチで殴られたような鈍痛。

 

 

「あー、鼻血でちゃったよ……」

 

 

情けない自分の姿に大きなため息が出てしまう。

 

アメリカに着くのは二日後。敵にバレない航路を選んでいるので1日多くかかるそうだ。

 

しかし、ガルペスが相手ならそんな小細工は通じないはずだ。でも、足掻けるならいくらでも足掻いてやる。

 

他のみんなもそれぞれコンディションを整えたり、作戦を考えてくれている。

 

 

「……よし、もっかいやるか」

 

 

「頑張るんだな」

 

 

もう一度立ち上がり特訓を再開しようとした矢先、後ろから声が聞こえた。

 

振り返るとドアを開けてこちらを見ているキンジがいた。

 

 

「当たり前だ。俺が一番頑張らないでどうする」

 

 

「……大樹」

 

 

ダンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、キンジが青みを帯びたナイフを取り出して俺に向かって突撃して来た。

 

そのスピードは速くない。だが、今の俺には速かった。

 

 

ガチンッ!!

 

 

刀の柄で何とか刃を止める。だが、

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

キンジの拳が俺の腹部にめり込んだ。包帯しか巻いていない体は簡単に後方に吹き飛ばされる。

 

これがヒステリアモードだったら俺は今頃意識を刈り取られて……いや、まず最初の一撃で終わっていた。

 

重い一撃をくらうも、俺は床を転がり距離を取る。反動を利用し、もう一度立ち上がり構える。

 

 

「なッ!?」

 

 

しかし、目の前にはすでにキンジがこちらに向かって走って来ていた。

 

 

ゴッ!!

 

 

キンジの右ストレートを右腕で受け止め、俺は痛みで顔を歪める。

 

 

ガシッ

 

 

キンジは握っていた拳を開き、そのまま俺の腕を掴んだ。

 

足を踏み込み、俺の胸ぐらを左手で掴む。身を翻して力を入れ、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ごほッ……!」

 

 

背負い投げで俺を地面に叩きつけた。肺に入った空気が全て口から逃げ出した。

 

キンジはすぐに俺の腕を掴んで地面に抑えつける。

 

 

「も、もしかして……怒ってる?」

 

 

「急にお前たちがいなくなった理由は分かった。とりあえず許してやる。だけど、今のお前で本当に勝てるのか?」

 

 

確かに、今の俺は最弱。ヒステリアモードじゃないキンジに俺は苦戦している。結局Eランク武偵に負けているな俺。

 

当然姫羅に勝てる保証はない。キンジの言っていることは間違っていない。だけど、

 

 

「諦めるつもりは……ないッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ゴッ!!

 

 

キンジの胸ぐらを掴み返し、引っ張る。そして、頭突きを繰り出した。

 

超痛い。石頭なのは俺だけじゃなく、キンジもだった。

 

隙を作ることができた俺はすぐに距離を取る。

 

 

「越えてみせる! 誰よりも強くなって、『全て』を『救う』!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

俺は大きく踏み込み、キンジに向かって走り出す。キンジもバタフライナイフを握り絞め、応戦する。

 

 

ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!

 

 

【護り姫】の柄とキンジのナイフが何度も当たる。どちらも一歩たりとも譲らない。

 

戦闘経験は互いに豊富。しかし、大樹は神の力を無くした状態での戦闘は全くない。対してキンジはヒステリアモードになっていない時でも戦った経験は多いと言ってもいい。

 

よって、この戦いはキンジが有利だった。

 

 

「そこだッ!!」

 

 

ギンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

キンジがナイフを突き出した瞬間、俺の持っていた【護り姫】が弾き飛ばされた。

 

宙を舞い、キンジの後方へと刀が落ちる。取りに行くことは不可能だ。

 

 

「……………降参だ。やっぱりお前は強いな」

 

 

「……どうして諦める」

 

 

まだ戦い続けるかと思ったキンジは諦める大樹に疑問を抱く。しかし、大樹は首を振って否定する。

 

 

「違うぜキンジ。諦めたつもりはない。また練習して強くなってみせる。次は勝つってことだ」

 

 

「今までとは違うんだな」

 

 

「自分の体はもう少し大事にすることにしたんだ。だから負けてもいい。そのかわり、俺は何度だって立ち上がってみせるぞ」

 

 

拳をキンジに向かって突き出し、俺は悪戯好きの悪ガキみたいに笑う。キンジは驚いていたが、すぐに呆れるように笑った。

 

 

「やっぱりお前も変わらないな、大樹」

 

 

「そうか? 結構変わったと思うぜ?」

 

 

「いいや、変わらないな。本当にお前は大樹だな」

 

 

キンジは【護り姫】を拾い上げ、俺に渡す。

 

 

「それにしても、何だよこの剣。炎を出したりできなかったのか?」

 

 

「それがよぉ……何か出ない」

 

 

「出ないのが普通なんだけどな……」

 

 

俺とキンジは部屋の壁に寄りかかり、床に座った。汗だくな二人。どちらとも疲れている。

 

 

「……いざとなったら木刀で戦うから」

 

 

「真剣持てよ……」

 

 

「人殺しは絶対にしない。お前もだぞ」

 

 

「当たり前だ。武偵だぞこっちは」

 

 

「でもレキとかしそうじゃね?」

 

 

「大丈夫だ。もうしないぞアイツ」

 

 

「なるほど調教済みでしたか」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

「そう言えばお前の自転車。ロケランで粉々になった」

 

 

「はぁ!? どういう状況だよお前!?」

 

 

「盗んだ。追われた。ロケラン撃たれた」

 

 

「……大体把握した。人のモノを勝手に盗むな!!」

 

 

「お! キンジ、この床って硬いな」

 

 

「話の逸らし方雑すぎるだろ!?」

 

 

「馬鹿野郎。キンジをいじることに関しては俺が最強だぞ」

 

 

「いらねぇよそんな最強!」

 

 

「むしろキンジをいじることに人生の半分を捨てたと言っても過言じゃない」

 

 

「過言でいろよ!?」

 

 

「過言に決まっているだろ馬鹿」

 

 

「うざいなお前!」

 

 

キンジは溜め息を吐きながら頭を掻く。楽しいなぁ、コイツをいじるのは……あッ。

 

 

「ゴムパッチンする?」

 

 

「するか!!」

 

 

「何やら楽しそうな会話をしているね?」

 

 

「「うおッ!?」」

 

 

突如俺の隣からシャーロックの声が聞こえた。二人揃って驚愕する。

 

シャーロックはニコニコと俺たちを見ながら古風のパイプを口に咥えていた。

 

 

「どうかね大樹君? 順調かね?」

 

 

「ああ、桃太郎がきびだんごを持ったまま動物に出会うこと無く鬼ヶ島に辿り着きそうなくらい順調だ!」

 

 

「それ負けるだろ!?」

 

 

負けない。桃太郎、頑張るもん。

 

 

「この二日。君はどう変わるのか……僕には推理できない。楽しみにしているよ」

 

 

「はいはいどうも。それで、用事は何だ?」

 

 

ただ応援の言葉を伝えに来たわけではないだろう。

 

 

「ティナ君が君を探していたよ。今はこの下の階にいると思うよ」

 

 

「ティナが? 分かった」

 

 

「それとこれは餞別(せんべつ)だよ」

 

 

シャーロックに渡されたのは小さな鍵だった。

 

 

「隣の部屋のロッカーに君の着る服がある。いつまでもその恰好は嫌だろう?」

 

 

「助かる」

 

 

上半身は包帯。下半身は緑色のズボン。さすがに寒い。

 

俺は鍵を握り絞めたまま部屋を出た。

 

 

「それでキンジ君。感想は?」

 

 

「ありえないだろ。本当に力を失ったのか?」

 

 

シャーロックの言葉にキンジは苦笑いだった。

 

 

 

 

 

「ヒステリアモードの俺と、互角に戦ったんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「か、体痛ぇ……!」

 

 

全身が筋肉痛のように激しく体が痛い。手加減しろよなアイツ……!

 

と、とにかく急いで着替えよう。そしてサロン〇スを張ろう。

 

 

「……和服?」

 

 

ロッカーに入っていたのは黄色い和服。浴衣に近い和服だ。所々に黄金色の刺繍が入っており、黄色い紅葉の模様が綺麗だった。

 

黒い帯もあるし、実際に着てみる。

 

 

「動きやすいな……あ」

 

 

ここで和服に防弾繊維が縫込まれていることに気付く。思いっ切り戦闘用じゃねぇか。

 

着心地が最高級だったため、脱ぐのはやめた。戦争の時は脱げばいいだけだし。

 

鏡の前で自分の姿を見る。意外と似合っているんじゃねぇの?

 

 

「……………似ているのか」

 

 

和服が似合っていることに俺は表情を曇らせる。

 

和服なら姫羅も着ていた。楢原家の人は和服が似合うのか?っと冗談で考えていたら、ふとアイツを思い出してしまった。

 

……ふぅ、大丈夫だ……大丈夫。

 

 

パンッ!!

 

 

両手で自分の顔を叩き、目を覚まさせる。

 

 

「よし」

 

 

俺は和服を着たまま、部屋を出た。

 

廊下に出ると、二人の女の子がちょうど歩いてい来ているのが見えた。

 

 

「ヒルダとカツェじゃないか。何やっているんだ?」

 

 

ゴスロリに魔女っ娘。ハロウィンでもするのかよっと言いたいが言ったら殺される。

 

 

「ふんッ、どこに行こうと私の勝手よ」

 

 

「峰 理子のところに手作りを持って行くらしい。あたしはその付き添い」

 

 

「なッ!?」

 

 

カツェが速攻でヒルダを売った。ほう……手作りか。

 

 

「食っても死なないよな?」

 

 

「無礼者! 理子の好きな物を考えて……!」

 

 

「保障できねぇな」

 

 

このカツェの一言が引き金を引いた。

 

 

「……どうやら話し合う必要があるらしいわね……!」

 

 

「「あ、やっべ」」

 

 

俺とカツェは全力で逃げだした。

 

 

 

________________________

 

 

 

カツェを生贄に捧げることで逃げることに成功。僕、一般人なんで許してちょんまげ。

 

結局下の階に降りることに成功したが……部屋がどこか分からん。

 

面倒だが取り敢えず最初から順番に見て行くか。

 

 

「む、楢原ではないか」

 

 

扉を開けた瞬間、壁があった。違う。2メートル以上ある鬼だ。

 

俺は見上げながら、震えながら挨拶を返す。

 

 

「た、確かお前は……(えん)だったな……」

 

 

「如何にも。此度の件、誠に感謝する」

 

 

「へ?」

 

 

閻は後ろを見ながら礼を言った。だが助けたことに身に覚えがないので俺はポカンッとなってしまう。

 

閻の後ろには津羽鬼(つばき)(コン)、そして覇美……様もいる。みんなで人工芝の大温室で昼飯(おにぎりしか食べてないけど)を食べている。一瞬、津羽鬼がこっちを睨んだのは気のせいだと思いたい。

 

というかこの部屋もそうだがめっちゃ設備充実しているんですけど。羨ましい。俺も欲しいこの潜水艦。

 

 

御屋形(おやかた)様は緋緋神様の御威光に流されていた」

 

 

「ッ! まさか覇美ッ………様は緋緋神の適合者なのか?」

 

 

アリアと同様———いや、この場合(コウ)と同じなのかもしれない。

 

閻は俺の言葉にゆっくりと頷いた。緋緋神は(コウ)だけでなく覇美にも乗り移っていたのか。

 

 

「……今は大丈夫なのか?」

 

 

(なんじ)の力になるとあのお方に申したら助けて貰った。成ることは不可能だと(おっしゃ)った」

 

 

シャーロックですね分かります。アイツ本当に凄いな。緋緋神まで封印———!?

 

 

「アイツ緋緋神の抑え方を知ってんのか!?」

 

 

「それは違うよ」

 

 

「おっと、今度はワトソンか」

 

 

俺の後ろから否定したのはワトソンだった。ワトソンは腕を組みながら説明する。

 

 

「覇美「様付けしないと首飛ぶぞ」………覇美様はアリアより適合者にどうやらあまり相応しくないみたいなんだ。不完全っていう言葉が正しいかな」

 

 

俺のナイスな横やりにワトソンは苦笑いしていた。

 

 

「神の()(しろ)にできるのはアリアだけ。(コウ)と覇美様はアリアという完全を目指すために利用される駒かもしれない。緋緋神の影響をあまり受けない駒を封印できても完全たる本体は効力は全くないらしい」

 

 

「……駒か……ありえない話ではないな。実際、邪魔されたしな」

 

 

だけど呆れられたんだよな俺。あの時は力を求める醜い豚になっていたからぶひぃ。

 

 

「アリアを助けるにはやっぱり敵の本拠地だ。あそこに鍵があるって子孫も同じことを言っていたよ」

 

 

「メヌエットのことか。アイツの推理も凄いからなぁ……」

 

 

「そう言えばヒルダが君のことを探していたけど?」

 

 

「……どこにいるか分かるか?」

 

 

「階段で会ったからすぐ近くに———」

 

 

「さらば!!」

 

 

「———ってえぇ!?」

 

 

現在俺の作戦名は『いのちはだいじに』だから! 死にたくないです!

 

 

 

________________________

 

 

 

ヒルダに見つかる前に階段とは逆の方向へと逃げた。カツェの悲鳴は聞こえなかった。聞こえなかった。俺には聞こえなかった。あー、あー。

 

とりあえず新たな部屋に入り身を隠す。部屋が暗かったので電気を点けようと壁に手を伸ばすが、

 

 

「あら? 会いに来てくれたのね?」

 

 

「ッ!?」

 

 

首筋に細いワイヤーが当てられた。俺は恐怖のあまり硬直してしまう。

 

誰かは分かっていた。分かっているけど怖いです。

 

 

「きょ、夾竹桃……どうしたんだ……これは……?」

 

 

「当てているのよ?」

 

 

ワイヤー当てられても嬉しくないです。そこはおっぱいだろ。エロスの探求をしようよ。

 

 

「いろんな世界で女の子をはべらせているのでしょう? 浮気じゃないけどちょっと妬けるわ」

 

 

「妬け過ぎてますよ! 妬け過ぎて俺の首が落ちちゃうんだけど!?」

 

 

「純粋な乙女の心よ」

 

 

「純粋過ぎてヤンデレ一直線だよ!」

 

 

「酷いわ。殺したりしないわよ」

 

 

「そ、そうか……すまん、言い過ぎ———」

 

 

「3分の2殺しで止めるわ」

 

 

「———前言撤回!!」

 

 

半殺しより酷いぞ!?

 

 

「夾ちゃん! 飲み物持っ来たよ!」

 

 

援軍到着のお知らせです。

 

 

「り、理子……」

 

 

「あ、だいちゃんだ! って殺されそうになってる!?」

 

 

そりゃ驚きますわな。ワイヤーを首に巻かれているもの。

 

ここでどさくさ紛れに逃げてしまうかな。

 

 

「浮気者を確保したわ」

 

 

「ナイス!」

 

 

(俺に味方はいないのかあああああァァァ!!)

 

 

何で浮気者なんだよ!? 心当たりあり過ぎるわ!

 

 

「さて、どうしようかしら?」

 

 

「もう何かする前提!?」

 

 

「冗談よ」

 

 

冗談に聞こえません。

 

 

「でも理子はビックリしたよ? ハーレムを目指しているって」

 

 

「そ、そんなこと言ったかな……?」

 

 

「あら? 言っていないのに随分と動揺するのね」

 

 

自分が泥沼に入って行くのが分かった。そして首まで入っていることも分かった。

 

 

「言ったんだ! 欲望の赴くままに女の子とキャーな展開に!?」

 

 

「するわけねぇだろ!? 純粋に俺は彼女たちを———!」

 

 

「ボロが出たわね」

 

 

「———あッ」

 

 

頭のてっぺんまで沈んだ。泥沼で死んだな俺。

 

 

「ハーレムエンドだ! キーくんと同じなんだ!」

 

 

「違う! 俺はあんなに鈍感じゃない!」

 

 

「これがブーメランなのね」

 

 

「待て夾竹桃!? 俺は鈍感じゃないだろ!? むしろ敏感だ!」

 

 

「「はぁ……」」

 

 

「何だその溜め息!? 呆れているのか!?」

 

 

「ええ」

「うん」

 

 

「肯定されたあああああァァァ!!」

 

 

俺は泣きながら部屋を出て廊下を走った。鈍感じゃないもん!

 

理子と夾竹桃は大泣きする大樹を見て笑っていた。

 

 

「あーあ、これは盗むのは難しいなぁ」

 

 

「そうかしら? いろいろ言っているわりに、大樹は私たちを意識しているわよ」

 

 

「理子たちだけじゃないよ。他の女の子にも意識している」

 

 

「……拗ねているの?」

 

 

「ううん、らしいなって」

 

 

「……そうね。大樹らしいわ」

 

 

________________________

 

 

 

 

「———ということがあったんだ。ほら、俺って鈍感じゃないだろ?」

 

 

「「……………」」

 

 

「何で黙るんだよ!? お前たちもかよ!」

 

 

今度はリサとメヌエットに会ったので相談してみた。そしたらこのざまだ。

 

リサに注いで貰った紅茶を一気に飲み干し、俺はテーブルの上でうつ伏せになる。

 

 

「ダイキが一方的に悪いわ。推理せずとも分かるわ」

 

 

「リサはいつでも旦那様の味方ですから」

 

 

「俺は悪くな……って旦那様!? ご主人様じゃなかったのか!?」

 

 

「……恐ろしいわね」

 

 

俺とメヌエットは驚愕。リサは平然として冷静だ。どうやら訂正するつもりはなさそうだ。

 

 

「と、とりあえず……俺は悪くない。うん、悪くない」

 

 

「ところでダイキ。相手の気持ちを知っているのに知らないフリをするのはどう思うかしら?」

 

 

「……と、時と場合によるかな?」

 

 

「私たちの気持ちに気付いているのにそれに気付かないフリをする大樹。あなた自身どう思うかしら?」

 

 

「……………」

 

 

逃げ場を失った。メヌエットのジト目から俺は顔を逸らすことしかできなかった。

 

 

「呆れたわ。何百人と結婚するつもりなのかしら?」

 

 

「多過ぎるだろ!? そこまでいねぇよ!?」

 

 

「そこまで……ね……」

 

 

「あッ」

 

 

泥沼が毒沼に変わった。

 

 

「旦那様、おかわりはいかがですか?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

その時、リサの目が笑っていないような気がした。

 

俺は注がれた紅茶を飲み、落ち着く。

 

 

「なぁリサ。この紅茶、ぬるいんだが?」

 

 

「はい」

 

 

「……いや、あの、ぬるいぞ?」

 

 

「はい」

 

 

「……………はい」

 

 

分かった。これ怒っている。理解した。

 

 

「どうするつもりなの? 私だけ選んでくれたら丸く収めるわ」

 

 

「どう収める気だよお前……」

 

 

「権力」

 

 

「怖いなオイ!? ……多分、そんなモノじゃアイツらを止めれないと思うが」

 

 

「……死になさい」

 

 

「何でだよ!? どういう結論に辿り着いたんだよ!?」

 

 

「いやよ、いやよッ。この楽しいダイキは私のものですわ」

 

 

「モノじゃねぇよ!?」

 

 

「そうです、違います! リサの旦那様です!」

 

 

「それも違うからな!? ご主人様どこいった!?」

 

 

「それなら曾御爺様に頼みますわ」

 

 

「それだけはご勘弁を!!」

 

 

「旦那様! この身は全て、頭からつま先まで旦那様の所有物です。そのことをお忘れにならないでください」

 

 

「忘れる前に初耳だぞ!? だからもう俺のメイドなんかに———」

 

 

その時、リサが涙目になっていることに気付いた。

 

 

「———なってくれてありがとう」

 

 

「女の子に弱いのね、ダイキは」

 

 

否定できない。そもそも否定することを許されていないような気がする。

 

 

「お、女の子には優しくするように母に言いつけられてな……小学生の時は『女好きの変態』って馬鹿にされたシクシク……」

 

 

「思い出しながら泣かないで欲しいわ……」

 

 

「そ、そんな!? 旦那様は素敵な方です! リサは知っています!」

 

 

「リサぁ……優しいなぁ……!」

 

 

「弱みに付け込まれると落ちるタイプね……」

 

 

 

~ 大樹が泣き止むまで10分 ~

 

 

 

「うわあああああん! リサが優しいよぉ!!」

 

 

「余計に泣かしてどうするのよ!?」

 

 

「も、申し訳ありません!」

 

 

あまりの優しさに大樹が号泣していた。既にティッシュ箱を1個を使い切ってしまっている。

 

 

「そうなんだよぉ……ずっと会えなくて会えなくて……アリアには会えたけど美琴にはまだ会えなくてぇ……!」

 

 

「大丈夫です。美琴様もきっと生きています。寂しいお気持ちは十分分かります。リサでよろしければいつでも、旦那様の御相談に乗ります。元気づける妹、(いつく)しむ姉、そしてお母様にもなれるように努めます。だから、どうか旦那様一人で苦しまないでください」

 

 

「うわああああああああああん!!」

 

 

「悪化したわよ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

涙を大量に流しきった後はまた廊下を歩いていた。

 

というかティナは一体どこにいるんだ。見つからないぞ。

 

 

ドゴンッ……ドゴンッ……

 

 

(銃声……? さすがに敵じゃないから……)

 

 

試射か? 誰かが練習しているのかもしれない。

 

銃声が聞こえる方に向かって歩くと、火薬の匂いが漂う部屋を見つけた。

 

扉を開けると鼓膜を破ってしまうかのような銃声が聞こえた。

 

 

(ティナ発見……変わったライフルを使っているな?)

 

 

防音ヘッドホンをしたティナを見つけた。しかし見慣れない武器に俺は興味を持った。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が響く。ティナが撃ちだした()()()()()()は的を粉々に貫いた。

 

うん……弾って普通光らないよね? 閃光弾だと的を粉々にしないし……おかしいね。

 

 

「何だ今の銃弾は!?」

 

 

「大樹さん?」

 

 

驚愕する俺にティナは気が付き、ライフルのスコープから目を離す。

 

 

「どういう撃ち方をしたこうなる!?」

 

 

「普通にですよ?」

 

 

「できるか!! 普通にレーザービームみたいなのでるわけねぇだろ!?」

 

 

(普通じゃない人に普通について言われた……)

 

 

おい!? ティナの目が一瞬死んだけど聞いているのか!?

 

 

『私が力を貸しているのです』

 

 

「コイツ……脳内に直接……!? って誰だ!?」

 

 

まさか本当にこんな名言を言えるとは思えなかった。頭に響く声に俺はビビってしまう。

 

 

『彼女との波長は私と見事に一致します。力を送るのも容易です』

 

 

「お、おう……そうか。で、どちら様でしょうか?」

 

 

瑠瑠神(ルルガミ)と言えば分かるでしょうか?』

 

 

「……そういうことか」

 

 

『お察しの通り、責任は———』

 

 

「つまらないことしてんじゃねぇよ」

 

 

瑠瑠神の言葉が止まった。大樹の言葉によって。

 

 

「どうせアレだろ? 緋緋神が迷惑をかけたからこの手で責任を取るって言いたいんだろ? 殺したりしてな」

 

 

『……不満ですか?』

 

 

「ああ、不満だ。不満しか残っていねぇよ」

 

 

『ヒヒは人間の運命を壊し過ぎた。あなたの大事な人もヒヒのせいで失ってしまった』

 

 

「ふざけるのもいい加減にしろよ」

 

 

「大樹さん……?」

 

 

ティナが俺の心配をするが、気にしていられなかった。

 

失った? そんな冗談は笑えないぞ。

 

 

「失っちゃいねぇよ。アリアも美琴も。誰一人、失っていねぇよ!!」

 

 

『———ッ』

 

 

「いいか、よく聞け。アリアを救う。美琴も救う。そして———」

 

 

俺は瑠瑠神に宣言する。

 

 

 

 

 

「———緋緋神も、救ってみせる」

 

 

 

 

 

その言葉にティナも驚いていた。そして何より、瑠瑠神が一番驚愕していた。

 

 

『……不可能です。ヒヒはもう……』

 

 

「お前が何を言おうと俺はやめない。俺は決めたんだ。この思いは曲げない」

 

 

瑠瑠神は何も返さず、ただ黙り続けた。

 

静寂が漂う。沈黙が続く中、破ったのはティナだった。

 

 

「それでこそ、大樹さんです」

 

 

「おう、俺復活だ」

 

 

微笑むティナに笑顔で返してやる。互いに握った拳同士を軽くぶつけて笑う。

 

 

「頼むぜティナ」

 

 

「任せてください」

 

 

そんな二人を見た瑠瑠神は思う。

 

この人たちなら、『希望』へと変えてくれるのではないかと。

 

 

________________________

 

 

 

あれから俺はずっと刀の修業を続けた。

 

キンジ、ジャンヌ、ジーサード、シャーロック。特に後ろの二人は死ぬかと思った。容赦無さすぎだろアイツら。

 

 

「だらっしゃぁッ!!」

 

 

「遅いッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

金一の蹴りが俺の腹部にめり込む。俺の体はボールのように地面を転がる。

 

意識を保つのが精一杯。立ち上がることは無理だった。

 

 

(いや、まだだッ!!)

 

 

俺は【護り姫】を握り絞め、歯を食い縛りながら無理矢理立ち上がる。

 

刀身が無い刀でも、俺は諦めなかった。

 

 

(……キンジの言う通り、これは異常だ)

 

 

金一は弟のキンジとの会話を思い出す。

 

 

『シャーロックに自我を保ったままヒステリアモードになれるようにしたんだ。効力は薄いが、ちゃんとヒステリアモードだった』

 

 

『それを俺に言ってどうする?』

 

 

『大樹と互角だったよ』

 

 

『!?』

 

 

あの時は耳を疑った。しかし、今目の前で起きていることに金一は認めるしかできなかった。

 

 

(俺もカナまでとは言わないがヒステリアモードになっている……)

 

 

キンジから貰った向上薬を使用している金一。それに戦い続けている大樹の力は本物だった。

 

 

「どうして刀を変えない」

 

 

「この刀は特別なんだよッ……今まで俺の思いに答えてくれたッ……だからッ」

 

 

ダンッ!!

 

 

「俺も答えてみせるッ!!」

 

 

「そうか」

 

 

大樹は大きく踏み込み、金一に突進する。金一は目を瞑り、

 

 

ドゴッ!!

 

 

「その覚悟、忘れるなよ」

 

 

「———ッ!?」

 

 

腹部に叩きこまれた拳に大樹は言葉を発することすら許されなかった。

 

そのまま大樹は意識を手放し、地面に倒れた。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月13日

 

 

現在時刻 1:00

 

 

現在位置 会議室

 

 

 

「おはよう。頑張っているようだね? 調子はどうだい?」

 

 

「お前、このグルグル巻きの包帯人間を見て無情なのか?」

 

 

シャーロックはニッコリと大樹の姿を見ながら挨拶をした。殴りたいこの顔。

 

 

「ど、どうしたんだいその怪我は!?」

 

 

「コイツらが手加減もなしで俺をボコボコにしたんだよ!」

 

 

刻諒が焦りながら俺の様子を伺う。俺は元凶を睨みながら怒鳴った。

 

 

「「「「「すまん」」」」」

 

 

「お前ら絶対に反省していないだろ? 表に出ろ」

 

 

「仕方ない。私は大人数で大樹君を殴りたくないのだが……君が言うなら仕方ない」

 

 

「あ、いや、ちょっと待ってシャーロックさん」

 

 

失言なうっと。呟くレベルで危ない状況になった。

 

 

「そうか。大樹が言うなら仕方ないな」

 

 

「待てよキンジ。お前は俺の味方じゃないのか?」

 

 

「弟と兄。どちらが多く殴れるか勝負だ、キンジ」

 

 

「ねぇ金一君、死んじゃうからね? 俺、マジであの世に行くから」

 

 

「超能力はありだな?」

 

 

「ジャンヌの氷、俺のトラウマになりつつあるんだけど」

 

 

「よし、兄貴たちの【桜花(おうか)】と俺の【流星(メテオ)】を合わせた新技を試そうか!」

 

 

「いやあああああああァァァ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

「じぬがどおぼっだ……」

 

 

「よ、よく生きていましたね……」

 

 

俺たちは戦艦にある植物園のベンチに座っていた。隣に座ったティナにドン引きされている。何で。

 

見事に逃げ切った。見事に受け流しった。見事に生きていた。もう見事過ぎて100点満点。評定S+だよ。

 

 

「癒されるぅ……自然ってすんごい……」

 

 

「……いよいよ明日ですね」

 

 

「……ああ」

 

 

そう、明日アメリカに到着する。到着した瞬間、俺たちの戦争が始まる。

 

 

「今更だが400万人ってヤバくね? ガストレアとの規模違いすぎるだろ」

 

 

「弾の数にも限りがあります。でも作戦班が……」

 

 

その時、ティナが嫌な顔をした。

 

 

「さ、作戦班がどうした?」

 

 

「い、いえ……不気味に笑っていたので……」

 

 

それ、悪いことを思いついた人たちの笑顔だよ。いけるっぽいな。うん。

 

 

「作戦班怖ぇ……」

 

 

「大樹さんは……大丈夫ですか?」

 

 

「まぁな。コイツに力を見せつけないとな」

 

 

俺は手に取った【名刀・斑鳩(いかるが)】を見せつける。

 

この戦いは神の力を無しで戦わなければならない。しかし、未だに俺は弱いまま。

 

ティナには大丈夫だって顔をしたが……心配させたくないなぁ。

 

姫羅に勝てるのか? 神の力を持った強敵に、俺は一撃でも入れれるのか?

 

どうする? 技は全て相手が上回っている。俺が技を繰り出したところで勝てる見込みは0だ。

 

 

(いや……待て……)

 

 

———刹那、頭の中で一つの考えが浮かんだ。

 

 

「……………そうか」

 

 

俺は勢い良く立ち上がる。

 

 

「これが俺の力なのかッ!!」

 

 

右手に【護り姫】、左手に【名刀・斑鳩】を握り絞め、俺は走り出した。

 

 

「ティナッ!! 俺は守って見せるぞ!!」

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

俺は走り出した。自分に秘められた最強の力を手に入れるために。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月14日

 

 

現在時刻 10;00

 

 

 

原子力戦艦ボストーク号は海から顔を出していた。

 

濡れた甲盤の上には全員が集合し、目の前に広がるアメリカ軍基地———御影(ゴースト)の本拠地を見ていた。

 

 

「基地大きいな……んッ、このチョコ美味いな」

 

 

「あ! 理子の作ったチョコだよ!」

 

 

そして今日はバレンタインデーなので女の子にチョコを貰って食べていた。シャーロックも貰っていたな。

 

ティナ、理子、夾竹桃、リサ、メヌエット。あと何故かワトソンとカツェにも貰った。

 

 

「うぅ……女の子にチョコを貰うのはやっぱり嬉しいなぁ」

 

 

「泣くほどかよ……」

 

 

キンジは当然白雪から貰っていた。あと驚いたことにレキもキンジにあげていた。ビックリ。

 

 

「それにしても……雰囲気変わったな」

 

 

「分かるか?」

 

 

「ああ、やべぇのがビンビン伝わるぜ」

 

 

ジーサードに言われ、俺はドヤ顔をする。

 

着ている服は武偵制服。というかほぼ全員がこれ。着ていないのは一部だけ。

 

 

「やっぱり馴染むよな、この服」

 

 

「非合理的だよ……あ、ハイ。チョコ」

 

 

「かなめはあまり好きじゃないみたいだな。サンキュー」

 

 

「だって戦争だよ!? お兄ちゃんたちの思考がおかしいんだよ!」

 

 

「「おかしくない」」

 

 

キンジと俺の言葉が被る。そうだよ。おかしくない。

 

 

「さて、作戦の説明をマッシュ君にして貰おう」

 

 

シャーロックの紹介で出て来たのは背が低い中坊ぐらいの白人少年だった。マッシュルームみたいな髪型に金緑メガネをかけている。

 

 

「正面突破。以上だ」

 

 

「「「「「おい」」」」」

 

 

「アメリカンジョークだよ。作戦名は『ファランクス』だ」

 

 

ファランクス———大昔で用いられた戦争戦術の一つだ。重装歩兵の密集陣形で進行して攻撃するスタイル。

 

昨日の会議でも案が出ていたが、それはリスクが高いと言うことで却下されたはずだが?

 

 

「言いたいことはわかる。これは昨日却下された。でも進化したのだよ」

 

 

「お、おう……そ、それで? 説明をくれよ」

 

 

「『ファランクス・トラスト』になった」

 

 

作戦班はどうしてもファランクスは入れて置きたい傾向があるらしい。

 

トラストって何だっけ? 突っ込むだっけ?

 

 

「全員で本拠地まで突っ込んでほしい」

 

 

作戦班はネーミングセンスが無い傾向もあるようだ。そのままじゃないか。

 

 

「特に君だ、大樹」

 

 

「お、俺!?」

 

 

「楢原 姫羅を倒せるのは君だけだ」

 

 

「私たちはあなたが一番に本拠地に送り出すことを考えました。本拠地まで潜り込み、敵の大将を討ち取ってください」

 

 

諸葛まで後押しされてしまっては文句は言えない。いや、言う必要も無い。

 

俺は最後のチョコを食べ終え、深呼吸をする。

 

 

「任せろ」

 

 

俺の言葉に全員が笑う。俺の顔も笑っている。

 

もう一度全員で敵の本拠地を見る。戦争が始まる。

 

 

「さぁ……始めようぜ」

 

 

全員が武器を構える。

 

暗い夜は敵の照明が光ることで明るくなる。敵はこちらに気付いた。

 

準備はOK。もう迷うことはない。

 

ティナが俺の手を握る。俺は安心するように握り返す。

 

姫羅。今行くぞ。

 

 

 

 

 

「世界の一つや二つ……救ってやるよッ!!」

 

 

 

 

 

のちに、この戦争は教科書や歴史に残る戦争となる。

 

 

 

 





次回 緋弾のアリアⅡ 第三次世界大戦編

最終回 Scarlet Bullet 【終戦】


何百年の時代を越えた楢原家の戦い。

大樹と姫羅の最終決戦です。

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