ハヤテのごとく!~another combat butler~ 作:バロックス(駄犬
登山なんて一回もやったことないけどね!
木原がたっぷりラヴコメしてる一方で、三千院家で途方もない借金を返済するために働いているテル。今は屋敷内での掃除に身を費やしているが、この掃除も数ヶ月でなかなか様になってきたと思う今日この頃。
「そういえば、もうすぐ白皇で高尾山ハイキングがあるそうじゃないですか」
ナギの夕食も終わり使用人たちが夕食を取る中、マリアが呟いた。 一つのテーブルを囲んでいる四人の少年少女たちは一旦食べていたものを飲み込んだ。
「たしか来週だったような・・・今日その連絡もらいました。 お嬢様がずっと嫌そうな顔してましたけど」
「そりゃあナギに山登りなんてアレですよ。光の玉なしにボスに挑むくらいの無理ゲーってやつですよ」
「マラソン大会の時はすごく頑張っていたんですけどねぇ・・・あれから一回も走ってるところなんて見たこともありませんし」
ハヤテの言葉にマリアが頷いた。 ナギと言ったら体力なしの代名詞。 マラソン大会で多少培われた体力もあれからまったく練習をしていないので元の体力に戻ってしまっている。
「まぁ、何事も続けなきゃ意味がないってことだって。 それにしても・・・山かぁ」
「どうしたんですかテル君。 山という単語にそんな懐かしの表情をするなんて」
遠くを見るようなテルの顔にマリアが問うた。テルはさらに乗っているプチトマトを皿に一つ運びながら答える。
「マリアさん。 俺にとって山っていうのはガキの頃に過ごした場所、つまりは庭みたいなもんなんですよ。 東京に来てから山とか行く機会がないからこのイベントの話を聞いたらガラにもなくはしゃいじゃいました。ええ、修学旅行前の前日みたいに」
・・・そういえばテルくんは幼少期を山で過ごしていたんですよね。木原くんとかお師匠さんと一緒に……
下田での温泉旅行の後、そこまで詳しくは知らないがテルと木原の話は少なからずとも耳にしていた。 師匠兼、母親の百合子と流れ者であった木原が一緒に体を鍛えながら過ごしていた時期があったという。
「それとなんとですね。 今回は三年生も一緒に行くんですよ高尾山!」
「そうなんですか?」
マリアの問いにハヤテは首を縦に振った。そしてハヤテの横にいるテルに目をやると明らかにため息をついて嫌そうな顔をしていた。
「テル君は何やら不満そうですけど・・・」
「いいじゃないですかテルさん。 千里さんとか唯子さんも一緒にくるっていうだけですよ?」
いやーだってさ。とテルは続ける。
「三年でしってる奴らってあの人たちだけだろ。 お前、あの二人以外に知ってるか? 三年の顔」
ハヤテは当然の如く首を横に振る。どう考えても知っている上級生の顔は今考えても唯子と千里くらいだけだ。
「俺、知ってる同い年の奴らと一緒に行くのはよくわかるけど。 なんでいっこ上の人達と、しかも顔殆ど知らない人らと仲良さそうに団体行動しなければならないのかよくわからん」
「テルくんって団体行動苦手そうですね・・・」
「人見知りなんですよ」
かなり違和感のあるセリフだとハヤテは思う。 あまり深く考えることはないが。 と、マリアの隣の黒羽が箸を止めると静かに口を開いた。
「では、テルさまで人見知りなら私は一体どんな人見知りなのでしょう。 知らない人と顔を合わせると口も聞けなくなるこのダメ人間。 救いの手は一体どこに・・・」
「え!?黒羽さん、自虐に走ちゃったよ! いや、ゴメン! 貴方に比べれば雀の涙みたいなくだらない悩みでしたスイマセン!」
そうですとも、と黒羽は続ける。
「高々ゴミ粒のような悩みにテル様という人は・・・しかし、他人をこうして罵倒している私もまた問題のある人間です。 このイベントに参加して心と体を鍛えさせていただきます」
一同は動きを止めた。様子が変わったのを見て不思議そうに黒羽が首を傾げていると前のテルが引きつった顔で聞いてきた。
「え、お前・・・来るの? 高尾山」
「はい。健全な肉体は健全な精神を宿すと聞いています」
「いやいや、そんなスポーツ論を聴いてるわけじゃないんだよ俺は。 え? 高尾山で何するか分かってんの? 山登りだよ? 学校の登校とはレベルが違うんだよ」
人差し指で黒羽を指してテルは厳格な表情で言い放った。
「無理! お前に登山は無理!絶対どこかで迷子になる!」
「テル君。 人を指差すのはやめなさい。 でも黒羽さん、高尾山ハイキングには本当に行くつもりなんですか?」
「ええ。 私もいつまでもお守りしてもらっているばかりいては三千院家のメイドとしての名折れです。そろそろナギ様と同じ運動レベルでは正直シャレにならないと思いましたので」
この場にナギがいたら食事中でも構わず怒鳴り散らしてきそうな発言にテルは冷や汗をかいた。 本当に執事と主との食事が別で良かったと思ったテルたちである。
しかし、テルはこの発言に思うところがあったのは確かだろう。 それは最近になり黒羽とテルの仮主従関係がテルにとって負担になっているのではないかと黒羽が思っていたからだ。
もしかしたら、黒羽はこちらの負担をなくすように自分の殻をなんとか破ろうと、限界を超えようとしているのかもしれない。 そのための今回のチャレンジだろう。
・・・そう考えると、無理に止めさせるのもなぁ。
と考えてしまう。
「そうですねぇ、高尾山自体がそんな無理もない登山ですから危険は特にないと思いますけど・・・黒羽さんの場合だとちゃんとバックアップをしておかないと本当に死んじゃいますからね」
マリアの言葉をわかっているとでも言いたいのか、悟った顔で黒羽は言う。
「ご心配なく。今回はテル様たちの助け無しでもこの高尾山ハイキング、やり遂げてみせます」
何故かいつもの無表情なのだが、内なる闘志というものか、熱くなっているものがその時マリアには見えたという。
――――そして迎えた高尾山ハイキング当日。
「いいかぁお前らぁ! 山ってのは怖いんだよ! 山舐めてっと死ぬぞ! そんな事もわからないお前らは腐ったみかんだ!」
高尾山のハイキング最初の集合場所、一番下の広場に響く女教師の声。 間違えることはないだろう。 桂 雪路の声であった。
「例え頑丈な男であっても武道やって体を鍛えた男女であっても、山舐めたら死ぬんだからね!? そんで死んだらあたしの給料に関わってくるとかそんなこと考えてないんだからね!?」
「あの先生、生徒の命を金勘定にかけてるぜ。なんて奴だ」
「いつものことじゃないですかテルさん。 そんなことよりも他の生徒さんたちがアウトドアな服装なのに執事のみなさんはこんな場所でも執事服を着ていることに違和感はないんですか?」
「下田でもそうだったじゃん。 というか、俺より長く執事服着てる奴がそれを言うか」
ため息をついて辺りを見回してみるとクラスの人間の他にやはり知らない顔の生徒が混ざっている恐らくあそこでまとまっている集団が三年生なのだろう。
「というか雪路、お前登山で、しかも山舐めんなって言っておきながらなんでミニスカ、ハイヒールなんだ? お前が舐めてるだろ、山を」
「そうだよ」
「ハイヒールのヒール部分へし折るぞ!」
「黙らっしゃい! 女ってのはねぇ、二十代後半になると人前ではイケてない服を着ちゃいけないっていうルールがあんのよ!」
三人組のしてきを上手いこと大人の事情で躱す雪路。 明らかに一人だけ抜け出ていた。 その前によくほかの先生止めなかったな、とテルは思うばかりである。
さらに後ろの方ではナギと黒羽がなにやら向かい合って何か話していた。
「ナギ様。 できれば私はナギ様と同レベルの運動レベルから脱するために今日勝負を申し出たいと思います」
「ほほーう。 最近までロクに自力で登校できなかった奴が私に勝てると思うか? いいだろう! その勝負、乗ってやる! ここで逃げたら女が廃るのだ!」
何やら女子ふたりは勝手に決戦の火蓋を切っていた。 すると隣にいたハヤテが突然呟いた。
「心配ですか?」
「あ?」
「黒羽さんですよ」
なんで?と、聞く前にハヤテは言うのだ。
「最終的にマリアさんがお願いするまでテルさんは昨日、黒羽さんが行くのをなんだかんだ反対してましたね」
「へっ、別にだな。 行くのは構わねぇけど、目の前で色々とヤバイことになるのは俺はやなんだよ。 それだったら行かせないほうがいいじゃないかって思っただけだ。 賛成したのも、俺らが陰ながらサポートするっていうアイツにはいってない条件があるからだぞ」
「なるほど、だからこのバッグには余分にタオルとか水分が入ってるわけですか」
「・・・お前、趣味悪い。 死ね」
「ええ!? そこまで言わなくても良いじゃないですか!!」
出発前にテルはマリアから黒羽をサポートするように頼まれていた。 出来るだけ影ながらのサポートと言っておきながら渡されるモノは特になしで、どういうサポートするかはこちらが考えるしかなかった。
取り敢えず揃えたのは水とタオル、そしてロープに救急グッズに発炎筒。その他もろもろ、ちなみにこれらの物品は三千院家の書庫の『最高!山は心の友』に書かれていたものである。ここには色々あるらしい。
「はーいお前らァ! 集団で行動しろよな!どんどん行けよォ!気をつけてなァ!」
準備が整ったのか、雪路大声で合図を送ると纏まった人の集団が各自で動き出した。 ここからは各自で勝手に山頂を目指せとのことだろう。
「やれやれ、漸く出発か。 そろそろ行こうぜ、どこかの二人のせいでトラブルになる前にな」
「それは私たち二人のことでしょうか」
黒羽が聞き捨てならなかったのか、細めた視線をこちらに向けてくる。 珍しく覇気的な物を感じるがそれほどまでに気に食わなかったのだろう。 真面目に答えるのは新たな波紋を呼ぶのも面倒なのでテルは適当に答える。
「お、お前いつもの黒服よりこういうスポーティな服装でも充分似合うじゃん。あと髪型、動きやすいようにポニテにしてるのな」
「はい、それほどまでに私の今日に掛ける意気込みは十分だと・・・って、なに話を逸らしてるんですかへし折りますよその鼻を」
「HAHAHA。冗談はこれくらいにしてそろそろ行くぜ皆の衆。 山の空気は美味い、山で吸えば一段と美味くなるってよ」
黒羽が冷静と同時に恐怖を感じるセリフを吐いたが苦笑いで誤魔化す。 それを見て黒羽は視線を外して
「・・・・」
無表情で小さく、溜息らしきものをついていた。それは本当に気づくか気づかないか微妙なラインだったが。
新学期早々の学校行事、高尾山ハイキングが今始まるのであった。
後書き
どうも相変わらず更新遅れの男です。 時間が色々と去ってしまい頭のなかで色々と考えていた短編ネタが消えてしまい急遽高尾山の話になりました。
テルとの主従関係早期解消に燃える黒羽さん。 なんだかんだいつまでも世話されていることをよく思っていなかったわけです。 いい子なんです。
最近伊澄さん出番少ないんじゃないですか?みたいに思われてましたが今回でようやく出ます。
ついでに、木原くんと千桜の話も勧めたいと思いますので。もちろん、勝手に混ぜた三年生キャラ達も。
笑いを混ぜれるかわかりませんがギャグとシリアスの高尾山ハイキング開始です。