ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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2013年最初の投稿をおっぱじめようとしましょう!


第97話~すれ違いならぬ、誤解の場~

―――――朝。 明るい日差しの差し込むこの台所でベーコンが香ばしく炙られている音が響く。 ここは、白皇学院学年主任の牧村詩織の自宅兼、研究室である。 居間とキッチンはつながっており、キッチンのすぐ向こうには十畳位の間があるが、資料やらパソコンの機器で溢れているのが見える。

 

ここだけではない。 実はこの家の家主である牧村の部屋や廊下にもちょっとした機器や資料で溢れている。しかもこの家には地下があり、大掛かりな研究の時はそこを使うのだ。

 

「・・・はぁ」

 

そんな90%が研究室と化しているこのラボでため息が聞こえた。今年特別扱いで高校生活を送っているこの男、木原竜児である。

 

フライパンを振って良く焦げ目をつけたところであらかじめにとかしていた卵を流し込む。前日のスーパーでは卵が破格の値段だったのをふんだんに使っている。

 

「ふぁ~ おあよぅ、木原くん・・・」

 

今のソファにて女性が起き上がった。 ズレたメガネにボサボサの寝癖をつけた女性は寝ぼけた表情で伸びをした。

 

「牧村先生、おはようございます。 また夜遅くまで研究ですか? ちゃんと眠らないと体壊しますよ?」

 

木原がそう言うと伸びをしていた牧村はソファから立ち上がりカーテンをうとうとした手つきで開いた。

 

「いやー、エイトの新しいパーツが出来そうで仕事のペース忘れちゃっててね~。 あ、今日の朝は何かしら? イタリア風? 中華風?」

 

「そういうのを朝からはちょっと・・・卵まだ余ってたんで今日はベーコンエッグとパンですよ」

 

わお。と牧村はキッチンから見えた皿に乗せられた綺麗な料理に思わず声を漏らした。

 

「しっかし、木原くんはホントに料理上手ね~。 私の朝の食事がここまで変化するとは思わなかったわ。学生卒業後はなんやかんやで一人でご飯も用意する時間もなかったからパン一枚で会社出勤なんてよくやってたわね~」

 

「そんな生活続けてよく体を壊しませんでしたね・・・よっと」

 

木原が操作したのはIH化されたキッチンの一部にあるボタンを押すことだ。 その瞬間、IH特有の黒色の天板にできていた細長い穴から鈴のような音が鳴ると勢い良く、焦げ目のついた食パンが飛び出してきたのだ。 

 

「私2枚でいいわよ。 バターとか用意する?」

 

「ああ、別にいいですから。 顔洗ったり、学校に行く支度してきてもいいですよ。 あと、コーヒも淹れておくんで」

 

「本当に色々悪いわね~ でもありがとう。そうさせてもらうわ」

 

 朗らかな笑みを浮かべた牧村は手を振って部屋を出て行った。 と、ここで木原はまたしてもひとつボタンを押すと今度は本来魚を調理する場所から音と共に一杯のコーヒーが出現。 もはやこの家では当たり前になったかの光景に木原は動じることなく取り出してテーブルに料理と一緒に運んでいく。

 

「・・・やはり天才か」

 

 既に慣れた光景といっても時々彼女が稀に見る天才だということを思い知らされる。 彼女、牧村詩織にとって研究とは生きることなのだろうか。 手当たり次第に家の家具を魔改造することが癖になっている。 主に研究のコンセプトは「ボタン一つで老後も安心」だったらしいのだが、先程のIHには不審者撃退用に催涙ガスや機銃などが飛び出してくるボタンも搭載されている。 どこでベクトルを間違ったのだろうか。

 

 

「それではいただきます」

 

「いただきます」

 

暫くして牧村が戻ってきたので二人は朝食を取ることにした。 テーブルに向かい合って作られた朝食を口へと運んでいく。

 

「それにしても牧村先生は気にならないんですか?」

 

「ん? 何が?」

 

突然の質問に牧村は首を傾げた。

 

「いや、なんとなくですけど・・・男子生徒が牧村先生のところで住み込みで研究の手伝いをするっていうのは、何か不健全な物を感じてるんですけど。 も、もちろん! そんな事は一度も思ったこともないですけど・・・せ、先生としてはどうなんでしょうか?」

 

「んー・・・急に言われても。 そりゃダメだけど、でも学院も特例処置で認めてくれてることだし、それに何よりも木原くん事は信頼してるのつもりなんだけどね?」

 

「そ、それは俺が顔の割にヘタレといってるのと変わりませんよ先生・・・」

 

違う違う。と牧村は持っていたコーヒーをテーブルに戻した。

 

「そういうことじゃなくてね? 私は木原くんは真面目な性格だって理解してるつもりよ。 それに顔の事で気にするのは良くないわ。 最初は戸惑っていたけど、だけどね?」

 

ひと呼吸を置くと牧村は笑顔を向けて言った。

 

「木原くんはテルくんの友達なんでしょ? だから私、直感でわかったのよ。 この生徒は悪い人では絶対ないって」

 

「先生・・・」

 

思わず顔を隠したくなった。それほどに自分は感動している。 まさかテルたち以外にも自分を理解してくれていた人間がちゃんといたことに。

 

「・・・・」

 

すると不意に先日にも自分を理解していた人間とであっていたことに気づく。 自分のこの顔に恐ることなく近づいて来てくれた一人の少女の事を。 またしてもぼーっと気分だけがその日にちに巻き戻ってしまう。 別のことに気を取られていたためか、パンにバターを塗るはずが。

 

「あれ? 木原くん。 パンに醤油かけちゃってどうしたの?」

 

「うげっ・・・」

 

気づいたときにはもう遅く、木原は和と洋のコラボレーションされた醤油味のパンを加えていたのだった。

 

 

 

新学期を迎えた白皇学院は始業式に用意されていた豪華な装飾もなくなっていた。 既に通常授業も始まっており、大きな問題も起きずいたって平穏である。 

 

「あ、舞夜ちゃん!おっはよー!」

 

黒羽舞夜が教室に入ると一人の少女が笑顔で迎えてきた。 このクラスの委員長こと、瀬川泉だ。

 

「おはようございます。 泉さん」

 

えらく無表情の黒羽がそう返し、自身の席に静かに座った。 カバンを取っ手に掛けているとその間にいつの間にこちらに来たのか顔を上げると泉がいた。

 

「どうしたんですか。泉さん」

 

そう聞くと泉は少し苦笑いをしながら自身のカバンから慣れた手つきでノートを取り出した。 そして申し訳なさそうにこちらに両手を合わせて頭を深々と下げて言ったのだ。

 

「宿題をみせてください!」

 

「却下です」

 

「コンマ一秒で即答されちゃったよ! なんで!?」

 

涙目の泉の問いに黒羽は口調を変えることなく理由を述べる。

 

「ヒナギクさんに宿題を写すなどの類のお願いは一切聞かなくて良いと言われています。 その時は断固拒否しても私が許すと」

 

・・・お、おのれヒナちゃん! こんなところにまで既に手を打ってあるとは!!

 

われらが生徒会長は不成功を簡単には許してはくれない。 最近は黒羽がヒナギクと同じくらいに頭が良いことが明るみになってきたので厳しいヒナギクとは逆の黒羽に宿題を見せてもらおうというのが泉達の作戦だったが既に手が回っていた。

 

「こ、これじゃあ私またあの先生に怒られちゃうよ~! 連続でサボったらあの先生鬼みたいに当ててくるから嫌なんだよ~!!」

 

だったら最初からやれば良いのではないかと心の中で黒羽が思うがそれで済んでいるならヒナギクも苦労はしないだろう。 それでも泉が涙目でこちらを見つめてきている。 黒羽は仕方ないと心の中だけでつぶやくと一度間を置いてから泉に尋ねた。

 

「・・・その授業はなん限目からですか?」

 

「五限からだけど・・・え?見せてくれるの?」

 

黒羽の言葉に泉の表情が雲のなくなった青空のごとく晴れ渡る。黒羽は首を振って答える。

 

「いいえ。 写すことはさせません。 約束は約束なので・・・ですが」

 

黒羽は首をかしげている泉に続ける。

 

「そこまで時間があるのでしたら、私が解説しながら教えましょう。 勉学というのは自分で解かないと意味がありませんから」

 

「ん~、私だけじゃなくて美希ちゃんたちもいるんだけど・・・」

 

「でしたら、皆さんでご一緒に。 休み時間と昼休みをうまく使っていけば直ぐに終わるはずですから」

 

と、平然と言う黒羽に泉は小さく笑った。

 

「どうしました?」

 

「いやいや、別になんでもないよ。 でも、ありがとね舞夜ちゃん!」

 

満面の笑みを向けた泉は小さくコクりと頷いた。 すると泉の両脇から人が生えるように現れる。 美希と理沙だ。

 

「朝からゆりゆりな展開を見せつけてんじゃないよォ!!」

 

「そうだそうだ! あざとい化身め! こうしてくれる!!」

 

「あひゃひゃは! ちょ、ちょっと止めてよ二人ともォ! くすぐったいから!」

 

両脇に現れた二人は泉にしがみついて泉の体を擽り始めたのだ。 泉が耐えられず笑い声を上げるが、擽り犯人の一人である美希はあることに気付く。

 

「そういえば、今日はテルくんがいないが・・・」

 

「あ、ホントだね。 いつもなら一緒に登校してきてるのに」

 

美希に言われたことに泉も気づいた。 それを聞いてかいつも一緒にいる黒羽が思い出したかのように答える。

 

「テル様なら校門の方で木原様に呼ばれていましたので今はいません」

 

「ほう。あの木原くんがか、何用だ?」

 

理沙の問いに黒羽は不動のまま答えた。

 

「分かりません。 ただ、人気のないところで話がしたい、と言っていました」

 

その瞬間。 三人の動きが一斉に止まった。 そして遠くでそれを耳にしたハヤテやナギもこちらに強烈な視線を向ける。

 

「ど、どういうことですか! 黒羽さん!」

 

「あ、あのバカがどうしたって!?」

 

ハヤテとナギに続くように今度は美希と理沙が食いかかる。

 

「え? つまりは男の木原くんがテルくんを人気のないところに呼び出した・・・話がある。 これはつまり、そういう流れかッ!!」

 

「強面男にぐーたら執事!! なんて恐ろしいカップリングなんだ!! 腐女子の歓喜!! 薄い本が更に加速的に厚くなる!!」

 

「私が申しますに、そういう事はないかと。 それよりも、あなたがたは同じ男性が二人っきりになっただけでその発想にいたりますね。ということは、皆さんかなりの腐った脳をお持ちのようで・・・このクラスはホモ思考が多いのでしょうか」

 

少しだけ冷めた視線を全員に向けると一同はこほんと咳をしてお互い向き合う。そしてナギが腕を組んで真剣な表情で言い放った。

 

「これは・・・何としても確認せねば!!」

 

 

 

 

 

「―――――と、ナギ様が申していましたので実際に付いて来てみれば、二人が来たのは学院の裏側ですね」

 

HRが始まる20分くらい前に、黒羽たちはテルたちの跡を追ってみたところで一旦隠れて二人の様子を伺っていた。 

 

「ああ、ハヤテ。 私たちは一体どうした顔で今日一日を過ごしていけばいいんだろうか」

 

「いや、僕もちょっと驚きましたけど。 今考えてみれば、テルさんがそんなことになるわけがないと思うんですが」

 

「こ、これは男の子同士の行き過ぎた友情の予感ッ!?」

 

「落ち着け泉! オイ美希、カメラ回ってるか? 我が動画研究部としてこの奇跡動画は絶対に録画せねば」

 

「理沙よ。こちらは完璧だ。 これより録画ボタンを押させてもらう」

 

何故か草むらに隠れている人数が明らかに多過ぎることは黒羽はあまり驚いてはいなかった。 しかし、たかだか男二人が話し合うだけでこれだけ騒がれてしまうのは些か大事にしすぎだろうか。

 

「皆様。 少しばかり静かにして欲しいのですが。 たかが男同士の話にこれだけ興味があるとは皆様もの好きにも程がありますね」

 

淡々と述べる黒羽に泉がにやけながら指を振って否定する。

 

「ちっちっち。 私思うにだよ舞夜ちゃん、最近の木原君のぼーっとしてる原因はつまり恋なのだよ!」

 

「なるほど。では、その相手がみなさんはテルさんだと」

 

そうだとも、と。 泉は首を縦に降った。

 

「・・・ふぅ」

 

「うわっ! 凄いゴミを見る目でため息つかれたよ! 怖いよ舞夜ちゃん!!」

 

騒ぐほか数名を放っておいて、黒羽は数メートル先の二人の会話に注目。 無論、それは黒羽だけでなく他の数名も行っていることだが。

 

 

 

 

 

「・・・なるほど。 話を聞いて分かった、お前の面倒くさい説明を聞くからに? お前はどうやら? クラスの女の子が好きになってしまったと?」

 

「ああ、そうだよ。 って、さっきからなんで壁にパンチしてるのお前」

 

木原は親密になってこちらの話を聞いてくれているテルに少しだけ恐怖を感じている。 それは目の前の男が何やら不機嫌そうな顔で壁を殴っていたからである。

 

「なにって壁殴り代行的な」

 

殺気を込めながらテルは続ける。

 

「それで? 俺にどうしてもらいたいわけ?」

 

「いや・・・その」

 

面倒臭そうにテルがそう聞いたとき、木原の顔つきが少しだけ固まったのがわかった。

 

「このモヤモヤした部分を完璧に終わらせるためにはどうすればいいんだ? 俺昨日から胸の部分が凄いことになってて寝不足気味だ! ついでに朝食のパンに醤油をかけるという失態まで起こした!」

 

・・・そんなに一度に言わなくても

 

心の中でテルが思う。 目が完全に見開いてしまっている相当の意識っぷりだ。 しかし、木原の思った答えをテルは返せそうにない。 何しろテルもまたテルでこう言った話にはまったくもって縁がないのだ。

 

「落ち着け馬鹿。 話す相手まず間違ってるだろ常識的に考えて。 俺そういう恋バナにはまったくもって縁がないんだぞ? あるって言っても漫画のシーンとかでしか分かんない訳で、お前の期待してるアドバイスを俺はできそうにない・・・」

 

「知ってる」

 

「ああ、そう、知ってる・・・って、ああぁ!? ただ俺に自慢しに来ただけか

この野郎!」

 

まるで犬が威嚇するようにテルが木原を睨みつけた。 今にでも襲いかかってきそうな狂犬のようにだ。

 

「分かったけど。 ・・・お前にしか言えなかった」

 

だがその思いつめた表情の木原の言葉にテルは睨むのをやめた。

 

「まだ俺、顔の事で周りに警戒されてるみたいなんだ。 女子に関しては深く考えなくても・・・ 身近なヤツでもハヤテとナギは間違った意見をもらいそうだし、会長とはあんま話したことないし、黒羽は論外だし、三人組は話したらなんかネタにされそうだし・・・信用できそうな奴って、なんかお前くらいしかいないんだわ」

 

確かに、テルから見て木原の周囲の風当たりは当初より良くなったものの、完全になくなったわけではない。木原が気にするほど身近なハヤテたちも適応してきたのがかなり良かった。 その御陰で少しづつ周りの評価も変わりつつある。 

 

「いや、そりゃ頼られることに関してはこっちも嬉しいけどよ。 あまり気にすることねぇよ。お前の評価だって最近じゃ少しづつ変わってきてんだぜ? この前たしかあの三馬鹿達と外でゲートボールで遊んでたじゃんか」

 

 

他人の噂に皆が染まりやすいのはよくある事だ。 だから木原に対して厳しい考えを持っているクラスメイトはそのハヤテの話を知っていないだけの連中だろう。 ただ当の本人がこう言った話になると結構懐疑的な性格なのでこう言った変化には気づいていないのだ。

 

「・・・まぁお前がそこまで言うんだ。 俺もなんとかアドバイスしてやりたいのは山々だが、いかんせん時間というものが無い。 だから放課後にジジイのラーメン屋で続きは話そう・・・俺もなんとか仕事までの時間までは空いてるからな、ああ、その難題に付き合ってやるとも」

 

「ありがとな。・・・はぁ、また俺はあの苦しさに耐えなきゃならないのか」

 

・・・クソッ、楽しく青春してるこいつマジで殴りてぇ……!!

 

密かに拳を強く握っている自分がいる。本来ならちょっとにやけて喜ばしいことなのだが自分にそういった経験がまだ無い為、新しい体験をしているテルが非常に羨ましい。

 

二人は鐘の音が鳴る五分前になると教室へと早足で戻っていった。

 

 

 

 

 

「き、聞いてたか理沙・・・!」

 

「あ、ああ! 遠いからちょっと聞こえづらかったけど確かに聞こえた! 木原くんから『このモヤモヤをどうしたらいい?』と!」

 

木原たちが居なくなった茂みでは隠れていた美希たちが騒いでいた。

 

「そ、それにテル君も言ってたよね!?『付き合ってやる』って!」

 

「これは同意したのか!? つまりは二人はフォーリンラブ!?」

 

先程の一部始終を見ていたために隠れていた女子たちの思考は酷く腐っていた。 ついには泉やナギまでもがその煽りを受けてしまったいる。

 

「皆さん、少し落ち着きましょう。 私にはただ木原様がテル様に何か相談をしているだけのように聞こえました」

 

「そうです。黒羽さんの言うとおりです。二人に限ってそんなことあるわけないじゃないですか。 こんな禁断の愛みたいな・・・」

 

黒羽に合わせるかのようにハヤテも周りを諌めるように言葉を放った。 どうやら冷静なのはこの二人だけらしい。

 

「禁断は禁断でも、好きだって気持ちには変わりはないッ!」

 

美希が珍しく熱弁を振るっている。 思い当たる節でもあるのだろうか。

 

「しかし、これはうまいこと編集すれば拾えた音だけでも素敵動画が出来上がるぞ・・・さっそくニコ動にでもUPして・・・」

 

「ネットにあがった動画は回収しにくいことを知っていますか? 個人情報を漏洩させることは重犯罪になるのでは」

 

黒羽が美希たちにそう言った行為をさせないために釘を打つが、興奮状態のためか、聞く耳を持たない。 騒いでいる三人からは新しい淫夢動画シリーズやら、ガチムチネタが流行るなどの単語が聞き取れた。

 

・・・結論から申すと、皆さん大変腐ってますね

 

それから鐘の音が鳴って、一同が血相を変えながら教室に駆け込んだのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

そして時間は経って昼休み。

 

 

「アレ? 朝撮ってたあの動画がなくなってるぞ?」

 

「おいおいどうしたんだ美希。 バッテリー切れてたのとか気づかなかったとか?」

 

「いや、違うんだ理沙。 バッテリーはちゃんと満タンだったんだが・・・おっかしいなぁ、撮影終了したら勝手に保存ささるはずなんだけど・・・これじゃあ動画投稿もできないな」

 

 

 

 

 

 

時間というのはあっという間に過ぎるもので、放課後になった。 いつもとは違うルートで銀杏商店街の道を歩いているのはテルと黒羽と木原だ。

 

・・・美希さんたちが撮っていた動画は削除することはできましたがさて……

 

昼休み、黒羽がカメラの動画を削除することになんら難しいことはなかった。 三人娘は外の動画研究部でまったりしたいと出て行ったきり机の中にカメラを置き忘れていったのを黒羽は見逃すことはなかった。

 

それにその時は教室には誰もいなかったため、誰も彼女の削除行為を見ていたクラスメイトはいない。 上の階のガラスが割れる音がしたので恐らく三年生の千里と唯子の喧嘩を皆が見に行っていたためだろう。

 

「んじゃ、俺これからこいつとちょっと用事あるから。 お前先に帰っててもらえないか? 仕事までには戻るからよ」

 

ちょうど、ラーメン辰屋という店の前にきたところ三人は立ち止まった。 黒羽は思う。 ここで二人は朝の話の続きをするという訳なのだと。

 

「それは私が介入していては話しにくいことですか」

 

「一緒について来るってことか? ダメだな。 こればっかりは、男同士ではサシで話し合いたいこととかがあるもんなんだよ」

 

・・・しかし、本当に泉さんたちの言うとおりでテルさまに同性愛癖があったとしたらで私はどうするべきなのでしょうか。 本来なら、ここでテル様についていくことも一つの手でもあるかもしれませんが、あっさり否定されてしまいました。

 

黒羽は考える。 彼女にとって彼がそう言った性癖を持っていたとしても彼女はどう対処していいか分からない。 どうこれから接するとかの問題ではなく、普通に興味がないのだ。 少なくとも彼女の知っている彼は『そういう』事をするようには思えない。

 

たまにマリアとかと話をしているときは雰囲気が変わるくらいだから、彼がその手の人間でないことは明らかだ。

 

だが可能性という事を考えて、それは自分が知っている部分でのテルだ。 出会ってから数日で彼の全てを理解したわけではない。 三千院家の同居人であるハヤテたちも同じで互いに隠されている秘密もあったりするのだ。

 

・・・興味とかがあるわけではないのですが。

 

他人の事を知らない自分はその人のことを知らなければならないのではないか。 だが、こうして否定をもらったことで彼女は彼の言葉に従うことにする。

 

これらのことを踏まえて、黒羽は言う。

 

「テル様は男同士の行き過ぎた友情を信じますか」

 

 

 

 

告げた一言に、二人は目を点にしてお互いを見合った。

 

「なんか凄い勘違いしてるみたいだぞテル」

 

「そうだな。 うん、凄いぶっ飛ばしたい気分だけど・・・なぁ、こいつにだけは後で話をしても大丈夫か?結構口は硬いと思うから」

 

ものの数秒、二人は話し合って何かを決めると黒羽に向かってテルは口を開いた。

 

「取り敢えず、俺はそういうことには興味はないけど。 行き過ぎる友情か・・・まぁ、あるんじゃね? どこぞの誰かさんが『ホモと友情は紙一重』って言葉を考えたくらいだからな」

 

難しい顔で答えた彼に黒羽は少し俯くと顔を再び上げて

 

「私の回答に答えを得ました。 それではこれで失礼します」

 

「・・・お、おう」

 

お辞儀をした黒羽を見て戸惑いながらも彼はそう返事した。 二人に背を向けて黒羽はその場をあとにする。

 

「なんか勝手に納得してたみたいだけど。 あれ絶対勘違いしてるよね」

 

「ああ、手遅れになる前に手は打っておこう」

 

二人はやるせないように笑みを浮かべると辰屋ののれんをくぐっていったのだった。

 

 

 

 

 

「まぁ、女の話に俺もあんまアドバイスはできない。 いや、むしろできるわけがない」

 

「そうだな」

 

ラーメン辰屋のテーブルに座り二人が注文した料理が来るのを待っているあいだにも話は始まっていた。 両手を組んで二人は話を進める。

 

「そこで、俺の漫画での知識とかをうまく活かそうと思ったわけだが、ここには運良くも長く生きながらえてる妖怪ラーメンジジイにアドバイスをもらおう」

 

「誰が妖怪だゴラッ!」

 

不意にテルの後方に老人が現れて、制裁の鉄拳をテルにお見舞いした。 店主である辰也次郎は未だに健在だ。

 

辰也はお盆に載せていた二つのラーメンを二人の前に並べる。 香ばしい匂いが鼻をつつく。 高級な食材などを使わず時代の流れに左右されない職人の業だ。

 

「俺なんかよりずっと先輩の方から話を聞いたほうがいいだろ。 つーわけで、爺さんご教授を」

 

「お願いします」

 

と、二人が頼み込むと辰也が手を顎に当てて、そうだな、とつぶやく。

 

 

「あんちゃんよぉ、本当にその子の事が好きなのかァ?」

 

「・・・分からないですけど。多分そうだと思います」

 

「なんだよジジイ。 勿体ぶってんじゃねぇよ。奥さんいたのにそういうこととか分かんねぇんじゃねぇだろうな! アンタ図書室にいる文系の学生の委員長を体育会系のノリで口説いてたと思ってたのによぉ!!」

 

隣のアホは突っ走っ立てたため辰也がげんこつを一発。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。 ハツはなぁ、俺がちゃんと自分から口説いたんだ! 俺が文系で、アイツが体育系だったけどな!!」

 

それは意外。と木原が思ったところで、辰也が腰に手を当てて一息をつく。

 

「まぁ俺がしたことは一つだな。 出来るだけ相手と多く時間をつくったりしたな、無理にでも。例えばアイツが朝にゴミ拾いしてるのを耳にしたらさぞかしランニングしてたのを装って一緒にゴミ拾いに参加したりな」

 

「せこいな」

 

「うるせぇよ。 文系の俺じゃこういう考えしか浮かばなかったんだよ」

 

そうだ。と何か思い出したかのように辰也は手を叩いた。

 

「もう一つ、女ってのは強い人間について行きたくなるもんだ」

 

納得したように辰也は続ける。

 

「昔ハツのことを好きな奴が俺の他にもう一人いてな、バリバリ体育系のヤツで野球部のエースだったんだ。そいつとサシで殴り合いをして勝ったんだよ。 それを機に俺ら二人は付き合い始めたんだ。 努力したぜぇ、勝つためによぉ、ボクシング部の練習を重ねて家に帰ったら枕に穴ができるまでシャドー、ランニングで体力作りまでやったなぁ・・・だからあんちゃんも腕っ節は鍛えておいて損はないぜ・・・ってオイ、何してんだ」

 

「いや、もう充分話は聞かせてもらったんで。 これ以上話聞いてると結婚までの過程とかそのあとのノロケ系の話が出てきそうで、だから今日はこれで退散させてもらいます。 ごちそうさまでした」

 

「お、オイ!こっからがいい話なんだって! 卒業式の日にな・・・」

 

話をまったく終わらせる気がないので木原とテルはお金を置いてお辞儀をすると二人はそそくさにその場をあとにしていった。

 

 

 

 

 

 

その後はテルともそれぞれの帰路について木原が一人で歩いていた。一応、聞くことは聞くことができたと思ったか、今日はこれまでにしておこうということだった。

 

 

・・・腕っ節か。 自信はあるんだけどな……。

 

先程の辰也の言葉を思い出す。 自分もこの数年間、師であり、親でも百合子とテルと修行を重ねてその後も格闘技などに身を費やしてきたのだからそこらへんのゴロツキには負けはしないつもりはある。 

 

実際に辰也の当時のようにそんな展開はあるかどうかは分からないが、ぜひとも試してみたいものだ。しかし、それよりも気になることがある。

 

・・・アイツがこれまでに協力してくれるとはな……。

 

テルは初め話半分で聞いていたのかと思ったが、こうしてちゃんと時間をとって対策を考えてくれている辺り、真面目に話を聞いてくれていた。 少なからずとも感謝をしなければならない。 恐らく、これから先は多少は相談相手になるかもしれないのだから。

 

「・・・まぁ、後はホモ疑惑をテルにうまく説明させるとして――――」

 

「何ですか、あなたたちは?」

 

と突き当たり角を曲がろうとした時だった。 壁の向こう、何やら女性の声が聞こえたのだ。壁に張り付き、恐る恐る角を覗き込むとそこには一人の少女の前に三人の男たちが対峙するという光景が広がっていた。

 

 

「・・・あ」

 

木原はその光景よりもまずその少女に最初に目がいった。その男どもに絡まれていた少女が春風千桜だったからである。

 

 

 

 

春風千桜は思う。 自分は不幸な人間だと。

 

きっかけは些細なことだった。 豆粒みたいに極小粒なきっかけ。 バイトの帰りに歩いていたら三人組の冴えない男の肩に体をぶつけてしまったこと。

 

「こっちだって謝ってるじゃないですか。わざわざこうやって通せんぼして時間をかけるのはなんでですか?」

 

否は認める。だがそれは向こうも同じだ。 それにこちらは前方を見ていたのに対して向こうは明らかに意図的にぶつけてきたのがわかる。 普通に考えれば圧倒的に三人組の方が否は大きい。

 

 

「いやぁ、そんなこといってもよォー。 コイツがすんげェ肩いてぇって言ってんじゃんかよォ。 だからさぁ友達としてはサァ、ちょっと気持ちこもってない謝罪だけじゃちょっと済まされないって言うかァ?」

 

「い、イテェ! 半端ないよォー! ちょ、チョー痛ぇーよォ!!」

 

「ああ、これ折れてるんじゃねェ――――!? やっぱりタダで済まされないネェ―――――!!」

 

・・・コイツら滅茶苦茶だろ!!

 

千桜は心の中で怒りを覚える。 やり口にしてももっとマシな方法を思いつかないだろうか。昭和の時代遅れの不良どもの常套手段。 テンプレ通りのご都合主義、角を曲がったらヒロインとぶつかるくらいの、お約束、心の中では確実に危険な状況なのにベタすぎてどこかつまらなそうにしている自分がいた。

 

「制服見ると、キミ白皇の生徒だネェ! ずっと勉強ばっかやっててつまんなくないでしょ? ちょっと遊びに行こうぜェ―――!」

 

・・・話の論点がズレ過ぎだろ。 怪我した肩はどうなった。それとお前らその不良っぷりJOJOの不良気取ってんのか!! ふざけるのは顔だけにしろ!!

 

心の中で行われるツッコミの嵐。 たまに漫画に影響されてこういった行動を起こす輩がいるが常識的に考えてただの迷惑だということを理解していない。  

 

「それに君さァ、めっちゃ『遊び』知らない顔してんよォ。 あんなただの糞真面目な学校で何が楽しいのかねェ? ガリ勉くんたち一緒にいてさぁ、ちゃんと青春っていうの? つまんない人?楽しんでるのかねェーーー!?」

 

・・・あ、凄いぶっとばしたくなった。 確かに勉強主体の学校だからそういうふうに見られるかもしれないけどさぁ。 

 

千桜は思う。 単に『学業重視する学校』なだけでそこに通う生徒は普通の生徒だ。 常に落第しそうな生徒会の三人娘、完璧無欠だけど高所恐怖症の生徒会長、何をしでかすかわからない腹黒な副会長、仕事よりも酒好きな女教師、ガンプラ教師、世界有数の金持ち令嬢とその不幸執事となんかメイドの趣味に偏りのあるアホな執事。 

 

個性あって別に彼らが言うほどつまんない人間などではない。 彼らの発言は千桜の親しい人物たち全員を一方的な決め付けで馬鹿にしたのだ。 怒りがわかないならそいつは頭の感情の司る器官がイカれてるのだと思う。

 

「いいからこっちに来いってんだよォ―――――!!」

 

男の一人がこちらの腕をつかもうと手を伸ばす。こうなったら柄にもなく大声を叫ぶか、それとも携帯電話を使って警察を呼ぶか、と考えてた時だった。

 

「ンンッ?なんだお前はァ?」

 

手を伸ばしていた男の腕が横から掴まれていた腕によって動きを止められていた。 

 

「・・・なんかついカチんと来ちまった。 自分の事はともかく意味もなく一方的に、知らない奴に俺の親しい奴が馬鹿にされんのはどうしようもなく腹がたっちまう」

 

「な、なんだァこの野郎はァ!? なんでお面なんて被ってんだァ?」

 

「いやぁ、多分お前らびっくりすると思うし・・・」

 

・・・思い切って出てきたけどバレてないかなぁ。 朝、牧村先生に渡された試作のお面カバンに入ってたから使ってみたけど。

 

お面を被って勇んだ姿をしているのは木原だった。

 

「き、気持ちワリィ――! お、俺様ンに逆らうヤツわよォ」

 

その瞬間、腕を掴まれていた男が腕を振って払う。すぐさま体制を整えると、男は薄汚い笑みを浮かべて襲いかかってきた。

 

「ゼッテェ許せネェんだぜェ―――!!」

 

男は木原に向かって、オーバーとも言えるスイングで蹴りを前へと繰り出した。 目指すはその顎。 顎に食らわせて倒して、一気にのしかかりマウントを取る。 いたって自然、『いつもの流れ』。

 

「・・・およ?」

 

だが、男は奇っ怪な状況に見舞われることになる。 男の蹴りは空振りに終わった。しまったと思いつつ、大きく後ろに体をのけぞる。 無様にも地面に体をぶつけるだろう。

 

・・・アア~ッ、しまったァ―――――!! 空ぶったら地面に倒れるゥ――――!!」

 

と、思っていたのだが。

 

「・・・・」

 

男の体は地面に倒れず、なぜか蹴りに行く前の直立の姿勢になっていたのだ。

 

「?????」

 

何が起こったかわからない。 頭の中で処理が追いつかない状態の時に目の前の木原がニヤリと笑った。

 

「こんのォ~」

 

もう一度、と。蹴りを繰り出す。今度は間合いを計算してるし、外すことはない。 今度こそやつを地面に這わしてやる。

 

だが、またしても空ぶり・・・

 

またしても男は後ろに倒れず蹴る前の状態になっていた。

その後、何度同じことをしたかわからない。 蹴っては直立の繰り返し。やがて蹴る余力もなくなったか男は汗だくの状態になっていた。

 

「ゼェ、ゼェ、ゼェ! な、何をしたんだよォお前はよォ~~~~~!!」

 

「お、お前・・分かんないのか」

 

震えた声で取り巻きの一人が口を開いた。 

 

「・・・られてんだよ」

 

「あ?」

 

小さくて聞こえづらかったが今度ははっきりと言った。

 

「投げられてンだよ! 一回転してンだよ!!」

 

「ハァ?」

 

そんなことあるものか、と木原の方を向く。 木原はため息をついた。

 

「ウン、そのとおり。 重心移動と合気の合わせ技みたいな奴でね。 風車見たくにクルッと一回転してんのお宅・・・その証拠にホラ」

 

木原が言ったとたんに男の視界が揺らぐ。 激しく回された御陰で体に遅れて酔が回ってきたのだ。白目を剥いて男は大の字に倒れる。

 

 

「あ、兄貴ィ!」

 

「ち、畜生! 覚えてろよオロロ~~~~ン!!」

 

お決まりの安い台詞を吐いて男たちは去っていくのだった。

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

「あ、あの・・・」

 

一息ついたその矢先、千桜から声をかけられた。振り返ってみるとちょっとだけ唖然としているみたいで。

 

「君ってグラップラーなの?」

 

「はい?」

 

「いや、間違えた。 助けてくれて有難う」

 

素直にお礼を言われたことに木原は内心ホッとする。 お面のおかげだろうか、内面が割れていたらここまでお礼は言われなかっただろう。

 

「人間言われたら限界な部分ってのがあるからさ。 さすがに俺もあそこまで好き勝手に言われたら黙ってられなかった」

 

「そうだな。 私も言いたいことを言ってもらえて凄いすっきりしてる気分だよ」

 

と、微笑みかけたところで木原は心臓の鼓動が一際大きく波打つのを感じた。

 

「見たところ白皇の制服だけど、君みたいな人がいたもんだな。 格闘技の部活動なんて白皇にあったかな?」

 

「い、いや・・・これは個人でやってることでして」

 

「でして?」

 

思わず敬語になってしまったことにしまったと思う木原。 いけない。とんでもないほどに自分は上がってしまっている。

 

「そんなことよりも、顔はみせてくれないのか? ちゃんとお礼を言いたい。なんたってテンプレ展開から助けてくれた恩人だからな」

 

と、手を伸ばして来た時に木原は思わず身を引いてしまった。 反射的にだがそれが拒否反応だと悟られる前に木原はその場を一気に駆け抜ける。

 

「あ、ま、待ってくれ!!」

 

「ま、待てない! 今日はこれでェ! さようならァ!!」

 

叫びながら帰る木原の姿はあっという間に見えなくなった。一人残されて誰も居なくなったその場に千桜は佇む。

 

「じ、実に不思議な体験だった・・・」

 

人生のTOPに数えられる出来事ではないか。 不良に絡まれ、謎の覆面少年に助けられるヒロイン。どこかの漫画で見たシチュエーション。 心のなかではベタだと思いつつも。 

 

「実際に体験すると凄いなぁ・・・」

 

顔を隠したあの男とはまた会えるだろうか。 そんなことを思っていた千桜だった。

 

「ん?これは・・・」

 

その場に落ちていた手帳を拾い上げる。 生徒手帳だ。しかも白皇の。先程の少年が落としていったものだろうか。手にとった手帳を広げて中を確認して彼女はあの仮面の少年の正体を知ってしまうのである。

 

 

 






後書き

ハヤテ「皆さん、新年明けましておめでとうございます」

ナギ「今年も」

ヒナギク「宜しく」

マリア「お願い」

黒羽「しま」

テル「す・・・・・って、俺これだけかよ!」



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