ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

96 / 148
今回のお話は木原くんが主役。


第96話~出会いの日には爆発を~

黒羽 舞夜が白皇学院に入学して次の日。 善立 テルは猫背で欠伸をだしながらひたすら歩いていた。

 

「あ~、なんだって最近俺は眠いんだ」

 

手で口元を仰ぎながら溢れていた目からの涙を拭き取る。 ちなみにハヤテとナギは既に学校に向かっており、テルはある人物と一緒に登校中である。 その人物とは。

 

「テルさま、宜しければ今朝にマリア様がお作りになった特性ドリンクをお飲みになってはいかがでしょうか」

 

唯一、三千院の使用人のなかで制服を着て登校することを許されている黒羽 舞夜である。 彼女が制服を着て学校へ行っている理由は三千院家のメイドであるときは常にメイド服を来ているわけだが、それは三千院家の中で仕事している時だけであり、こうして学校へ行くときは普通の学生となるわけだ。

 

「・・・分かった。 もらう」

 

テルは魔法瓶を受け取り、蓋型コップに液体を注いでいく。 ここである違和感に気付いた。

 

・・・なんじゃこの白い液体。 それとなんか鼻の機能をぶっ壊しそうなこの臭いは……

 

「ええ。マリアさんがテル様の為に眠気を完膚なきまでに破壊する秘薬とのことです。どうやら授業中によく眠っていることを知られているようですね。ちなみに、お残しは罰金だとか。 」

 

「えー」

 

と体からにじみ出る嫌な汗が警告を告げているわけだが、マリアが作ったものであるならば残すことは出来ない。 マリアのことだ。恐らく帰ったら目の前で監視していた黒羽にいろいろ聞いて事実を確かめるだろう。 捨てようものなら彼女の怒りを買うことは間違いない。

 

テルは生唾を飲み、意を決してその秘薬とやらを飲むことにした。 震える手つきを一気になくすために男らしく液体を口の中に含み、胃の中へと注ぎ込む。

 

「・・・・」

 

数秒後、飲み干したテルの顔からは何やらブツブツが現れ始めて次第に表情が青くなる。 そして次の瞬間、大空へと向けて彼は叫んだ。

 

「マッズゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥッ!!」

 

喉を両手で掴み彼は地面をのたうち回る。

 

「な、なんじゃこれ! 秘薬って名前をしたただの毒物じゃねーのか!!」

 

「いいえ。 ただ牛乳とくさやとにがりを混ぜた超高性能薬物です」

 

「なんつーモン混ぜてんだぁ――――――――!!」

 

 

・・・というかなんで俺こいつにこんな好き勝手されてんの?

 

憎たらしく残る苦味を感じながら、ふと疑問がよぎる。 いつもこういったちょっかいを出してくるのはマリアとかの筈だ。 だがどうしてだろうか、最近は黒羽がこういった事をしてきている。結構積極的に。

 

「なぁ、なんで最近俺にこういったちょっかい出してくるようになっちゃったの? この前たしかコーヒーにわざと塩五つくらい入れてから渡してたの俺は覚えてんだけど? 調子とか乗っちゃってる感じなの?」

 

過去の事を掘り返してきたテルに対して黒羽は表情を崩すことなく、いつものように丁寧に対応した。

 

「いいえ、実は後から隠れてもう一つ追加しておきました。 正確には六つです・・・。と、そんな事はどうでもよいですね」

 

「隠されていた真実をさらっと流しやがったコイツ!!」

 

「これも実はマリアさんの提案であり学校に行く時はテル様が私の執事ということになっていますので」

 

「それがこのちょっかいにどう繋がってんだ」

 

と、テルは目を細めて黒羽に問いかける。 黒羽が白皇学院に通うのと同時にいくつか決められた事がある。 その一つは、学校では黒羽は三千院家のメイドではなくナギと同じお嬢様の扱いになる。 もともとこれは体調を崩しがちな黒羽に対する必要な処置である。

 

そして二つ目はテルが黒羽の学校での面倒を見るということだ。 簡単に言えば、学校では黒羽がお嬢様、テルは黒羽に仕える執事という関係に変化しているのだ。

勿論これはマリアが提案したことである。

 

「率直に申しますと私も最初はこの事には反論しました。 しかし、主従関係をはっきりさせるために執事はもう雑巾のように扱き使ってもだいじょうぶですよ。とマリアさんが言うもので・・・」

 

「ま、マリアさんめ! ふたり揃って俺をイジメるつもりだな! っていうか、お前俺の主状態だからこういう時くらい俺に敬語使うのは止めろよ、同年なんだから」

 

「いいえ、貴方は私の先輩であり、その先輩に敬意を払うのは当然のことです。そのほうが私にとってもテル様にとっても対等ではないかと。それにテル様のプライドを傷つけることもありませんし」

 

「いや、俺もう色々やられすぎてプライド砕け散ってるから」

 

対等と黒羽は言うが既にそのセリフはこちらに情けをかけまくっている。 これでは既にテルのなけなしのプライドが粉々に砕かれているといったようなものだ。考えれば考えるほど惨めになってくるテルである。

 

「ですがテル様がどうしてもということであれば、この主従関係をなくすように私が努力しますが・・・」

 

「努力って・・・何をする気だよ」

 

「できれば私がマリアさんに一言申せば終わるでしょう。 しかしそれではテル様がマリアさんに睨まれてしまいます。つまり、私が自力で問題を解決するように努力すればいいわけです。 目指すは体力向上です」

 

心の中でテルが思うことは一つだ。

 

・・・解決にはかなりの時間が掛かるんじゃないのかなぁ。

 

今はまだ明るみに出てはいないので白皇の生徒には知られていないだろうが、黒羽はかなり体が弱い。 貧血で倒れることなんて毎日のことであり、気付けば顔色が悪くなっている事が多い。 ちなみにここに来るまでにかなり時間がかかっているのは黒羽が何度か体力が無くなって休憩を挟んでいるからである。

 

そういう状態になるなら車で行かせろと言いたくなるのだが、これだけは何故か黒羽が拒否しているのだ。

 

・・・もしや気を使ってもらっているのか?

 

これは一つの予想だが。 体が弱いことで今のように誰かの面倒になるなどの待遇は黒羽が望んでいることではないのかもしれない。 それが迷惑になっていると思っているのなら、自分で解決して他人に迷惑をできるだけ掛けないでおきたいという気持ちなのではないだろうか。

 

「はっ、じゃあしっかり体力がつくように俺もしっかりとサポートしなくちゃならねぇじゃねぇか。 そこらでいきなり倒れられても困るし」

 

「少しだけ煽りを感じています。 私がまるでできないような物言いですね」

 

こちらを見据えた黒羽の反応を見てテルが更に笑った。

 

「まぁ、怒んな。 俺もお前の体力の無さは理解してるつもりだからよ。 一応それでお前は気にしてるのかもしれねぇけど、こういうのは一人じゃなかなかできねぇもんだからな。 だから俺もできることなら無理なくサポートしてやろうと思っただけだ」

 

そう言って鼻を鳴らすとテルを見ていた黒羽は目を丸くした。 予想外の返事だったのだろう。そして少しだけ考えると黒羽は一度目を閉じて数秒ほど置いてから目を開いてテルをその瞳に映した。

 

「では、早期解決のためにご協力をお願いします・・・後一つ質問よろしいですか?」

 

「ん?」

 

「わざわざ苦痛な面倒事を喜んで引き受けるテル様はかなりのMの気があるのですか?」

 

「んなもんねぇよ!!」

 

通学路にてテルが大げさに腕を振って黒羽の言葉を否定した。 それと同時に黒羽が何かに気づいたか、細い指で向こうを指す。そこにはテルの友人のひとりである木原竜児の姿があった。

 

「よう、木原クン。 今日も朝から運気が怖がって逃げていきそうな顔をしてるじゃないか」

 

気軽に声を掛けたテルだったが、これが本日の厄介事に巻き込まれるとは予想もしなかった。

 

 

 

 

 

 

「うーん?」

 

頭の上に無機質なオノマトペを含めたクエスチョンマークが現れたように感じた。 テルの冗談に木原が何も反応がなかったからである。

 

人違いかとテルが思っていたが後ろ姿は完璧に木原だ。 ちょっと側面まで迫って顔を覗いてみたが何もいつもの木原竜児と変わらなかった。 だが何故だろうか、ヤクザじみた顔の持ち主である彼が今はボーッとしておるような状態でいつものような覇気が感じられない。

 

「おーい」

 

「ん? あれ、テル・・・か」

 

テルが肩を叩いてようやく木原がこちらの存在に気付いたが、変わらず反応は薄いものだった。

 

「なんだなんだァ? いつも以上にリアクションすくねぇぞ? そんなんじゃヤクザの組長もつとまらんぞー」

 

「お、おう・・・」

 

・・・なん、だと・・・・・・。

 

「おかしいですねテル様。 いつもなら『テメェ、俺がいつ次期組長になった!!』とテル様にピンポイントバリアパンチをお見舞いしてくるはずなのですが」

 

黒羽も木原の異変には気づいたようだ。 いつもならやられっぱなしの木原ではないのだが、ここまで異常な様子を見せつけられてしまうと拍子抜けというよりも何かあったのではないかと不安である。 だからこそ彼は思う。

 

 

「これはなんかあったと考えるべきだなぁオイ」

 

 

 

 

 

 

「何ィ? ロリコン竜児の元気がない?」

 

「そうなんだよ我が主」

 

教室にてテルの報告を受けていたのは先に学校に着いていたナギだった。 朝のHR前ともあるがそれまで時間が空いているため席の空白はまばらだ。

 

「たしかに、木原さん朝から窓の外眺めてため息ばっかりついてますよ。 完全に上の空ですね」

 

ナギの後ろにたつようにハヤテが窓際に座る木原に視線を映した。 肘をついて力ない瞳で竜児は青空を見つめる。  

先程からテルも教室に入るまで話しかけていたのだがどんなに話題を振っても「おう」、「そうだな」としか答えてくれない。

 

「あの木原くんがあそこまで上の空になるなんて・・・」

 

「会長、というと?」

 

ヒナギクの言葉の意味を聞いたのはテルだ。ヒナギクは続けて言う。

 

「意外なことに木原くんって学院での奉仕活動とかにかなり協力的なのよ。 朝の時にもやってるんだけどね毎日。 それで頑張るわねってこの前声をかけたらあの笑顔で」

 

『こんなにいい所がゴミとかで汚れちゃうってのは、地球に悪い。 それに、汚いところがキレイになる瞬間ってのは爽快だ。 掃除LOVE! 大清掃LOVE! 俺はこの学院のゴミを処理しまくるのだ!』

 

「っていうほど掃除が好きなのに、その掃除好きの木原くんが朝の奉仕をすっぽかすなんて・・・これは異常事態だわ!!」

 

拳を握って震わせるヒナギクに一同は木原に改めて視線を送る。 相変わらず上の空だが。

 

「そういえば木原さんってポイ捨て嫌いでしたね」

 

「ああ。私を誘拐したときなんて缶を投げたらもの凄い形相でポイ捨て阻止してきたからな」

 

「アイツは料理もできるし、小遣い管理もできる。 あの顔を除けば普通にモテるお料理系男子だ」

 

テルの語った木原の性格にハヤテたちはふーんと納得した。 確かに財布の中身をいつも確認したりしていたし、守銭奴とまではいかないが性格的にもマメなのは分かった。

 

「取り敢えず話を戻すよ? なぜアイツがあんなになっているかをさ・・・」

 

テルの合図で一同はお互いを見るように視線を戻す。

 

「そういえば俺この前、アイツの財布から五百円借りると偽って勝手に七百円借りてたんだった。アレがばれたかな?」

 

「テルさん、それ普通に犯罪沙汰ですから。今すぐ謝るべきです」

 

「一応もう返したんだぞ! 650円ほど! それに事前に連絡してあるからこれはあまりアイツの欝状態には関係ない!」

 

勝手に竜児を欝状態と決め付けるのはどうかと思ったハヤテだったが今度はナギが何かに気づいたかのように口を開いた。

 

「そういえば・・・」

 

「お嬢様? なにか思い当たるフシとか?」

 

「おお、昼休みにあいつを購買部に行かせてメロンパンを毎日に買いに行かせていたからかな」

 

「ぱ、パシリじゃねぇか!! お前、こいつがいるのに他人に頼んでどうすんだよ! こいつの意味がないだろうが!」

 

「だって、あいついつもあの人混む購買部で無傷で素早く戻ってくるから・・・ハヤテが目に届かないときはちょっと頼ろうかと・・・」

 

わいわいと言い合うテルとナギをよそに全く頼ってもらっていなかったハヤテは肩を落として負の感情を吹き出していた。

 

「んー、思い当たる節はいっぱいだけど」

 

「やっぱりこれは・・・」

 

「恋じゃないかな☆」

 

いつの間にか会話に参加していた生徒会三人組の最後の台詞を放った泉にテルは眉を潜めた。

 

「いやいや委員長。 それはないって」

 

テルの言葉に他のナギやハヤテもうんうんと頷く。 泉は両手を組んで探偵のように悟った顔で続ける。

 

「いや、これは間違いなく恋だよ。 これは絶対。 コーラにメントスを放り込むと有り得ないくらい吹き出すくらい確実にこれは恋だよ・・・ね、ヒナちゃん!」

 

「ええ!? このタイミングで!?・・・・そうね」

 

最終的にはヒナギクに丸投げされてヒナギクは慌てて口裏を合わせるかのように言った。

 

「まぁ、その可能性もなきにしも有らずかしら?」

 

平然を装って言って見たものだが若干のおかしさには皆も気づいたらしい。しかめっ面でナギが突っかかってきた。

 

「・・・なんだヒナギク、お前そういう経験あるのか?」

 

「え?」

 

いきなりナギが放った言葉が核心をついてきたのでそんな驚いた反応をしてしまった。 完全に油断していた。 やはり女の勘というのは恐ろしいものだ。と同性ながらも思う。

 

「そ、そんな訳あるもんですか! ハイ、この話は終わり!! もうすぐHR始まるから散って散って!」

 

少しばかり動揺してるのが丸分かりという位の声でヒナギクは両手を叩きながら言った。 強引に閉廷されたこの会議に疑問を抱く者は少なからずともいたが丁度担任の雪路が来たので結果オーライだ。

 

・・・しかし、木原くんがまさか。

 

もしかしたらと思うと同じ境遇にあっていた自分としては捨て置ける問題ではない。 あの頃は自分も何も見えてなかった時もあるし、授業もなんとかやり過ごしていたが遂には夢にまで出てきた。

 

先程のナギの問いに逃げたのは現在進行系で自分がそういう状況に陥っているからであり、うまい説明でその場を逃れれる自信がなかったからだ。

 

・・・でも勘違いってこともあるし、それでも今の状況は放っては置けないわね

 

ならばとヒナギクは思う。 生徒会長として助けなければならないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼぉーっと」

 

のほほんとした口調で木原は空を見るのを止めてひたすら黒板を眺めていた。 今は世界史の授業。雪路が普段のだらけっぷりの姿とは正反対の教師としての勤めを果たしているところを見るとまともな授業だ。少なくとも今のところは。

 

・・・なんでこうなっちまってんだろうなぁ。

 

頭の中ではいくつもの処理が行われている。 目の前の雪路の授業をノートに書く思考と欝の気分の原因を探る思考。 人間の脳は一度に複数の事を処理できるような超人間のような事は出来ない。 よって彼の脳は数日前から無理な思考処理によって疲労している。 最近はロクに寝れてもいない、御陰で今日は初めてボランティアに遅刻した。

 

環境管理の人々には後でお詫びをしなければならないと思う。 

 

「はぁ」

 

と予期せずため息をついている自分がいる。 今まで、17年生きていて多分初めての感覚だ。 どんなに体とかを鍛えていても人はそういった一つの出来事で簡単に崩れてしまうのがよくわかる。

 

あぁ、おかしい。 風邪とか引いたのか。 いや、いつもならもうとっくに治ってるはずだ。 でもいつもより長引いているかもしれない。と自らの身を案ずるが程なくして、んなわけねぇだろと自分にツッコミを入れる。

 

こんな時間が長く続くことは目に見えていた。 堕落と欝の間にいるような状態から抜け出すためにはねるのが一番。

 

まぶたを閉じて、顔を机に突っ伏して教科書でしっかり顔を隠したら自分の世界へとダイブする。 今は少しでもこの気分から逃れたいという一心だった。

 

・・・やっぱりあの時の事が忘れられないからだろうか。

 

視界が薄暗くなっていきながら木原はその思いを一度封印して眠りについたのだった。

 

 

 

 

蓋を開けてみれば時間が流れるのは早いものでもう既に放課後であった。 生徒たちはもう既に帰り、部活に行く生徒たちが見られる。 その中で木原だけは未だに机に座ったままで空に浮かぶ夕日を眺めていた。

 

「おーい、竜児。 お前帰んないの?」

 

陽気に声をかけてきたのはテルだった。 テルの隣には黒羽がおり、ハヤテやナギは教室のドアの付近で立っていた。 

 

「俺はもうちょい残ってるわー。 先に帰んな」

 

手を振ってそう言うと、そうか。とテルは納得して頷く。 だがすぐに振り返ろうとはしなかった。 十秒ほどたっただろうかこちらが不思議に思ったときにテルはこちらに一言告げた。

 

「俺、よくわかんねぇけどよ。 なんかあったら言えよ」

 

「・・・おう」

 

「随分と短いですね。 普通にこういったら良いじゃないですか。 『心配している』と、私が代わりにお伝えしましょうか。ええ、それはもう簡潔に、これ以上ないくらいに簡潔にお伝えしますよ」

 

「いらんわ」

 

そう吐き捨てるとテルは黙ってその教室を出て行くのだ。 木原は改めて思う。 俺は心配されていて仲間に迷惑をかけているのだと。 なら早くこの状況を打開しなければならない。 

 

だがどうやって?

 

そんな事を考えているときだった。

 

「木原くん・・・」

 

考え事を長くしていたためか声をかけられていたことに木原は気づいていなかった。 気づいた方向にふと顔を上げて木原は目を丸くした。

 

そこには思いつめた顔でヒナギクが立っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

・・・と、まぁ一人になったのを見計らって声をかけたわけだけど。 緊張するわね・・・ってなんで緊張?

 

同じ言葉を自らに繰り返すヒナギクだがそれはこの二人のいるシチュエーションだった。 夕日の放課後、男女が二人っきりでこの場面はまるで告白前の男女のよう。

 

いやいや、とヒナギクは首を振って否定する。これは悩める生徒の悩みを少しだけ聞くだけであり、いわば生徒会長としての義務だ。 そう自分を納得させてヒナギクは話を切り出す。 できるだけさりげなく。

 

「最近なんか悩んでるみたいだけどどうかしたの?」

 

よし。と心の中でガッツポーズ。 取り敢えずあまり動揺しないように出来た。相手の反応はどうだろうか。

 

「悩み・・・か? いや、これといって別に」

 

「嘘言いなさい嘘を。 今朝からぼーっとして何考えてるかわかんないって皆で話してたところなんだから」

 

「マジか。気づかなかった」

 

・・・結構騒いでたはずなのに気づかないなんてこれは、大きな訳がありそうね

 

頭を掻きながらうなづいている木原を見てヒナギクは本題に再び戻した。

 

「私は生徒会長として一人の生徒の負担を減らす手助けとかしておきたいと思っているの。 他意は別にないのよ?」

 

こほん、と咳をひとつ入れて述べた言葉に木原も少しだけ黙るとため息を吐いた後にようやく重い口を開く。

 

「たいした事じゃないんだけどなぁ・・・なんかこう、色んな事に手が着かないで食欲が全然進まないんだよ」

 

本題に入るかと思いきや少しだけ遠回りしている内容だ。

 

「いつもなら走るランニングコース10キロもなんかぼーっとしてる間に30キロ走ってたし・・・」

 

・・・三十キロって、もはや普通の男子高校生の行うランニングコースじゃないわね。

 

このままでは対した内容も聞かされないのではないかとヒナギクが思っていた時だ。

 

「こうなってきたのもあの時からなんだよなぁ」

 

不意に放った木原の一言にヒナギクの興味が一気に注がれる。

 

 

 

 

 

 

 

それはどうやらここ数日の話らしく。 不幸なことに財布を落としていた木原は校舎内を探していた訳だが。 顔の御陰で誰も手を貸そうしてくれないし、テルたちも先に帰っていて欲しいと頼んでいたため一人で探していたのだ。

 

だが、そんな彼の財布を見つけてくれた女性がいたらしい。

 

『これってもしかして君の財布なのか?』

 

少しだけクールっぽい印象を見せた少女は今まで誰としても近づこうとしなかった木原に何も臆することなく近づいてきたのだ。

 

『気をつけるといいさ。 ここってかなり平和なところだけど財布をそのまま貰うっていう曲がった考え持った人もいるから・・・それと』

 

少女はもう彼の顔を見ようとはせず振り返ると少し笑みを含んだ様子でこう言った。

 

『これだけじゃ運命は始まらない』

 

その時木原は確実に口の形をへの形にしただろう。 それくらいの唖然とする発言が少女からはあったのだ。 その発言をした少女もしまったと咳をして言葉を濁してその場を去っていったのだ。

 

 

 

 

「それって・・・」

 

ヒナギクはその先の言葉を口にせずとも分かっていた。 その状況からこの状態になっているということはだ。 だが、まだ決め手にはなっていない。ならばとヒナギクは意を決して聞くことにした。

 

「今でもその人のこと、覚えてる?」

 

「ああ、覚えてるとも。 うん、最近じゃなんか夢の中にも出てきた・・・もしかしてコレってさ」

 

話を聞いていたヒナギクも話していた木原もお互いにその結論を自分で辿りつこうとしていた。そしてヒナギクは思う。 この人も同じだ。同じなんだと。 だとすれば、いったい誰がという疑問にまたたどり着いた。

 

・・・クール口調だって言ってたわね。 もしかして三年生の唯子さんとか? 美希はクールとは程遠いけど・・・まずあの三人を候補からまっ先に外すべきよね。

 

と、あれこれ考察しているときに気づいた。 これでは自分が他人の恋愛を面白がっているのと同じなのではないかと。 

 

それは明らかに相手を貶すといった行為だ。 今自分は、と改めて考える。なんのために彼に放課後に話しかけているのかを。

 

・・・私がこの場面でやらなきゃいけないこと。それは・・・・・・

 

「その、想いに対してもすぐに答えを出さなくてもいいと思う、から。 でも相談したいことがあったらいつでも・・・私じゃなくてもテルくんとかハヤテくんがいるから」

 

「・・・ハヤテはいいとしてテルに相談することには抵抗があるな」

 

と机から立ち上がった時だ。

 

「おっと、ヒナ。 取り込み中のところ済まなかったな・・・この前の予算案の件なんだが」

 

「あら、ハル子。 大丈夫よ? 今終わったところだから」

 

入ってきたのはこの白皇学院の生徒会書記を任されている春風 千桜 であった。 これから生徒会の会議とかがあることをヒナギクは完全に忘れていた。 同じクラスということもあるとこうして教えてくれるのでとても助かる。

 

「じゃあ木原くん、私これから生徒会で会議ある・・・から」

 

とゆっくりと木原の顔を見ていくうちにヒナギクの言語スピードは失速していった。 なぜなら彼の、木原の顔からは笑が消え失せて、目は大きく見開き、体は全身が震えている。

 

「・・かっ、・・・あ、・なっ・・・」

 

「お、この前の。 あれからちゃんと財布は大事にしてるか?」

 

その問いかけに、一瞬だけ木原の体が跳ね上がる。 その瞬間をヒナギクは見逃さなかった。

 

「ん? どうした? 私の顔に何かついているか?」

 

不思議そうに木原を見つめる千桜。 その二人のやり取りを見てヒナギクは感じた。 意外、どうしようもなく言葉も出ないこの状況を唖然と呼ぶのだと。

 

「いや、おう。 だ、大丈夫だ。 うん、何もついてないから大丈夫」

 

「そ、そうか。 それよりも君はさっきから何をしているんだ?」

 

千桜の目先にいる木原は何やら荷物をまとめて手提げのカバンを小学校のランドセルのように担ぐと大きく窓を開けて。

 

「脱出!!!」

 

突如身一つを床のない空間へと投げ出したのだった。

 

「・・・ヒナ。 今のは」

 

何が起きたのかが未だに理解できない千桜だったが口調はいつものように冷静だった。下を見るとうまいこと着地した木原が猛ダッシュで校門へと向かっているのが見えた。

 

「え、え・・・・」

 

これまでの一連の流れ、もとい彼のオーバーな反応を見て、ヒナギクは確信した。 だがそれでも信じられないっと言った疑問が今更ながら頭の中に流れ込んできて体が僅かに震え出す。

 

「さん、はい」

 

「ええええええええええええええええええ!!?」

 

千桜の謎の合図に合わせてヒナギクのあげた一声は夕日の白皇学院に響いていくのだった。

 

「大きく響いたな。 ちなみに思わず合図送っちゃったけど何に対しての「えー!」だったの?」

 

「し、知らない!私も分からない! それよりも行くわよハル子! 会議始まっちゃうでしょ!?」

 

頭の中でもう一人の自分が大慌てでこの状況に対処できず走り回ってるようだ。 ヒナギクは残った理性でその場をやり過ごして二人で生徒会室へと向かう。

 

 

 

・・・っていうか同じクラスだったのに気づかなかったんかい!!

 

 

 

こうして一人の男の春が始まるのであった。






まぁこれも学園ものだから、こういう話もあるんですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。