ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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前書き:広島がかったよ(サッカー)


第92話~少年は練馬の河川に流れてくる人を見た~

「オイオイ・・・こいつァ、どういうことだって」

 

 前回の続きを説明してみよう。 グダグダな放課後の戯れからの帰宅途中、テルは河の中で人を見つけて人命救助の為に河から引き上げる。 だが、その引き上げた人物がなんと。

 

 

――――石を、もらう

 

神社でテルを串刺しにし、

 

――――お父さん、ようやく見つけたよ。

 

木原をも裏切り下田での大きな騒動を作り出し、ハヤテの持つ石を執拗に狙うテルにとっても凶悪な敵、黒羽だった。

 

・・・河から流れてきたのは桃ではなく、いつしか僕を串刺しにしたにっくきあん畜生だった!

 

 心の中でしょうもないノリツッコミをしながらテルはこの異常な状況に対応できないでいた。

 

目の前にいる黒羽は今まで自身を、その彼の仲間であるハヤテやナギ、伊澄、そして木原などに物理的に危害を加えた張本人である。 普通、そのような宿敵に遭遇した場合、主人公格のキャラクターは即戦闘、という展開になるのだが。

 

いかんせん、相手は何故か気絶した状態でまさかの川をどんぶらこしてきたのだ。 これでは戦闘どころではない。 これで戦闘に持ち込んだら明らかにこちらに悪役の称号が与えられるだろう。

 

・・・というかコイツ、なんでこんなにボロボロなんだ?

 

 それがテルが一番に疑問に思ったことであった。 見たところ、彼女の衣服は泥や木々で体をひっかいたような小さな傷が多々ある。 

 

 黒羽がまずこのような状態になっていることがまず考えられない。 つまり、この変態的なスペックを持つ黒羽をここまでにする人間が居たということ。

 

彼女、黒羽は何者かによって勝負を挑まれ負けたのだ。 そして現在に至るのだとテルは推測する。

 

・・・コイツを倒した奴が気になるが、それよりもコイツに声を掛けるべきだろうか、でも目を覚ましていきなりグサッはやだからなぁ。

 

体を揺すって起こしてやろうと肩に手を触れようとした瞬間、テルは動きをやめた。 相手は生粋の殺し屋(テル曰く)だ。 石のためだったら仲間の木原君もざっくりと後ろから刺す。 残忍極まりない人物なのだ。

 

そんな間抜けな死に方はまったくもってゴメンである。 咄嗟にテルは近くにあった木の枝を拾い上げ、約六十センチほど離れた所から彼女の頬をつついてみた。

 

「い、いいか。おれは別に卑しい事をしているわけではないからな。あくまで身の安全を確保するための・・・」

 

ぷに。 と柔らかい白い肌の一点が圧力で沈む。 意識があったら結構痛い奴だが、反応はどうだろうか。

 

「・・・ん」

 

 効果が少しはあったらしく、小さく彼女は眉を動かした。 慌ててテルは懐から鉄パイプ、撃鉄くんを取り出して臨戦態勢を取る。目の前の黒羽は、むくりと体を起き上がらせると辺りをゆっくりと見回して遂にはこちらの方を視界に捉えた。

 

「・・・・」

 

「な、なんだよコラ。 や、やろうってのか? おおおおお、俺はビビってなんかねぇからな? うん、刺されたからって大丈夫だからね俺は・・・多分」

 

 黒羽がゆっくりと立ち上がったのを見てテルも合わせて立ち上がった。声からしてビビっているのがまるわかりである。 やはり串刺しのトラウマはなかなか消えないようだ。

 

「・・・・」

 

相変わらずの無口で黒羽はテルに一歩一歩と足を進めていった。 このあとだ。とテルはより意識を尖らせる。 

 

・・・そのまま一気に太い剣を作ってまたしても串刺しか、それとも槍と取り出して遠距離からの串刺しか。

 

 この男、どこまで串刺しにされることを恐れているのか。 確かに未だにあの時の串刺しが影響で焼き鳥とか何かが串に刺さっているものが食べれなくっているらしいが。

 

「・・・・・」

 

 一歩、一歩を踏みしていた黒羽の動きが変わる。 歩調が変わり、一気にこちらに前に倒れ込むように身を低くしたのだ。 

 

いよいよか。とテルが鉄パイプを上に構えた瞬間。

 

ぽふっ。

 

「ん?」

 

テルは自身の右側の半身に何かが当たっているのを感じた。 ちらりとその右半身を見るとそこには。

 

「な、なん・・・だと・・」

 

そこには自身の体に倒れ込んできた黒羽だった。 あまりの出来事にテルの小さな頭は混乱する。

 

「どういうことだよ・・・」

 

 黒羽の体は完全にテルに対して体を預けている状態だった。 そのまま力なく下の方へずり下がっていくのをテルは慌てて抑える。

 

「お、お前・・・どういうつもりだ」

 

 最初は驚愕はしたものの、その中でテルは集中を切らさない。まだどこかでこの少女が自分を串刺しにしてくるのだろうと恐怖にも似た感覚が付き纏っているのだ。 

 

だがそれは漸く開けた黒羽の口の一言で一気に変化していくことになる。

 

「ここ・・・は?」

 

「あ?」

 

「あなた・・・だ、誰?」

 

「・・・お前、覚えてないのか?」

 

その問いに黒羽が小さく頷いたのを見て、テルは黒羽から目を逸らした。さっきから異様に距離が近かったためである。

 

・・・ま、まさかコイツも記憶喪失とかかぁ?

 

若干の動揺を含みながらもテルは一つの自身と同じ記憶喪失の可能性が脳裏を過ぎった。 といってもこれはあくまで仮説に過ぎない。 これが罠である可能性が高いのだ。

 

意識を尖らせろ四方八方、いつでもどこでも殺気に対応できるようにしろ。

 

「・・・がくっ」

 

「エエェ・・・・」

 

まるでこちらのヤル気を削ぐかのように黒羽はかくっと首を力なく倒した。 これはもう戦闘どころではないのだろうか。

 

 

 

「・・・あれ」

 

 黒羽が目を覚ましたとき、彼女は自身の視線が若干高めであるということの気づく。 

 

「気付いたのか」

 

と、今度は下からの声に黒羽は自分がこの少年に背負って貰っているという状況を理解したのだ。

 

「いつまでも寝てやがるから死んじまったのかと思ったぜ」

 

「わたしは・・・」

 

言葉を続けようとしているがあとが出ない。 無理に声を出そうとしてはいるのだが。疲れているせいだろうか。

 

「もう喋んな。 なんかお前、ボロ雑巾みたいな状態だったからな。 今、ウチに送り届けてやる。 ケータイも充電ないから俺がタクシーだ」

 

よっと、とずれ下がっていた体位を持ち直して歩を進める。 

 

・・・コイツ、なんて軽さしてやがんだ。

 

 最初に担いだ時から思っていたが、黒羽の体重は有り得ないくらい軽かった。 その軽さに少しだけぞっとするような気分に襲われる。ここまで軽いと、今度は命の危機とかに関わってくるのではないかというほど不安に駆られる位にだ。 

 

テルの両肩にかかっている両の手はまったく力を感じない。 掴んでいるのだが、とてもそんな風には見えなかった。 よくぞこの細い腕でテルの鉄パイプを片腕で防いだものだ。

 

「しかしまぁ、テルさんはこんなに心が広いからこんな状況に対応できているものの・・・ハヤテやナギとか分かってくれるかなぁ・・・」

 

特にどこぞのゴーストバスターは何故かこの女にはとんでもなく執着しているのでここで出会うのはまさに危険な状態である。

 

「あ、の・・・」

 

「ん?」

 

不意に別の事を考えていたからか黒羽の言葉に立ち止まり、ちょっと間の抜けた返事をテルはする。

 

「名前・・・は」

 

搾り出すように彼女はそう口にした。 テルは地面に映る土手の道を細めで見つめながら歩くのを続ける。

 

「善立 テル」

 

 恐らく、初めて敵の人間とこうやって普通の自己紹介をしたことだろうとテルは思った。 なんせ今までいきなり現れては突っかかってきて、名乗ることすらできなかったのだから。

 

「て・・・る」

 

「おお。 ちょっと言い回しが古いけど、善の心を奮い立たせて道を照らす男だ。 俺の親がそう名付けたらしい」

 

「かわった名前・・・」

 

そして一瞬だったが聞こえるか聞こえないか程度の力で彼女は言った。 テルはならばと彼女に問う。

 

「お前は・・?」

 

今度はテルが相手の名を尋ねた。 木原との会話から黒羽という呼ばれ方をしていたがテルが気になったのは黒羽に続く下の名前だ。

 

「黒羽・・・舞夜(まいや)、踊る方の舞に夜でマイヤ。名前の由来とかあまり分からない・・・」

 

「まぁ、あまり無理に教えてもらわなくてもいいんだけどな」

 

少し上を見上げて考え始めた黒羽を見てテルは苦笑をこぼす。 だがその一方で敵であるこの少女とこのような会話をしていても良いのだろうかという考えが浮かんだ。

 

しかし、今まで発せられていた殺意すらも全くもって感じられない。 果たしてこの子が今後ろから刺されても文句は言えないはずなのだが、この状態のコイツならそういう事は出来ないだろうと断言できてしまっている自分がいる。

 

「なぁ、お前なんであんな所にいたんだよ?」

 

テルは少しだけ核心に迫るような質問を黒羽に投げた。

 

 

 

 

 

「光を・・・見た?」

 

 彼女の、黒羽の証言はとても考えられないようなものであった。 聞くにはどうやらもの凄い紫色の光が自分を包み込んだのを覚えているという。 そして気づいたら先程の河川に流れていた。

 

「その光景しか覚えていない。 自分が何故あの場所に居たのか、そして私は何よりも何を目的にして生きていたのか分からなくなった・・・」

 

「なんか急に話が重くなったんだが。 取り敢えず落ち着けよ、思い出そうとしても簡単に思い出せるなら苦労はしねぇ」

 

これは自分の経験から得たものだろう。 焦ったってしょうがない、こういった自身の問題は時間をかけてじっくりと解決していかなければならない。かつての自分がそうだったように。 

 

初めて自分の経験が生きたと心の中でこの記憶喪失になっていた時期に感謝したテルであった。

 

「ごめんなさい」

 

「なんで謝った?」

 

「なんだか急に貴方には色々と申し訳ないことをしたと」

 

「いや、別に。 困ったときはなんとやらってヤツで・・・」

 

・・・そりゃあ色々やられてるが。 串刺しにした恨み、忘れるで置くべきか。

 

 心の中でテルはつぶやく。 本来ならかなり許されるべきモノではないのだが、今の目の前の黒羽はテルが知っている黒羽とは全くかけ離れていた。 まるで別人。例えるなら夫の皮膚の中に地球を侵略しにきたバグ星人がいるのではないのかとう豹変ぶりだ。

 

「まだ家まで遠い――――――」

 

果てしない距離を嘆いていた時だった、言葉を遮るようにテルの肩を掴んでいた黒羽の手がギュッと握るように強くなったのだ。

 

「どうした?」

 

背負ったまま振り返り、黒羽の視線の先には一人の少女がいた。 和服を纏った一人の少女が。

それはテルもよく知る人物だった。 そう、それはその手の業界では屈指の実力をもった妖怪退治屋であり、今まさにその目付きは仕事に取り掛かる怖い目付きだ。

 

「テル様、すぐさまソレから・・・ソレから離れて下さい!!」

 

袖から多数の札を取り出した伊澄は、宙にそれを投げ捨てると霊力の込められた光の球を多数展開した。

 

 

〇 

 

突然の出来事に、伊澄は混乱していた。

 

「テル様・・・これは一体どういうことなんですか?」

 

帰宅途中、否。 それは口実であり、いつも通り道が分からなくなって気の向くまま歩きまくっていたら中腰状態のテルを見つけた事から伊澄は声をかけようとしたのだが。

 

なぜか、いつしか撃墜したはずの宿敵も一緒に居たのだ。

 

「どうしてその人がテル様に背負ってもらっているのですか?」

 

 危険察知もさることながら、何やら別の衝動にかられながらも伊澄はテルに真実を問いただそうとした。

 

「何って・・・川をどんぶらこしてたから人命救助に及んだだけだ」

 

「人命救助って・・・」

 

敵に、しかも自分を串刺しにした相手を助けるなど。 この男、テルはどこまでお人好しなのだろうか。

たしかに以前にもこのような場面を見たことがあるが、今回は余りにも二人の距離が近すぎる。

 

・・・これでは相手に攻撃してくれと言ってるようなもの! それほどまでにテル様は串刺しになりたいと? なにやら別の衝動に目覚めてしまったのでしょうかテル様は?

 

だが、いくらテルがそのような別の何かに目覚めることは気にすることではない。 とにかく、あの危険な敵をテルから引き剥がさなければならない。

 

「・・・テル様、ソレは敵です。 放っておいたらナギや、ハヤテ様、そして何よりテル様に危害が及びます。一刻も早く離れてください」

 

「ちょっと待てよ伊澄! 話せば分かる!!」

 

「なんです? 昔の政治家の死に際の文句を言っても事態は何も変わりませんよ? 話して何が変わるんですか?」

 

少し口調を強めて言ったためかテルが慌てて待ったを掛けた。 少しばかり後ろにいる黒羽をテルは気にしながら言葉を続ける。

 

「・・・コイツ、理由はわからないけどそこでぶっ倒れてたんだよ。 なぜか今はお前や、俺が知っているあの全身を凶器にする力も使えてねぇ。 何もできないのにも程がある。俺だって恨みが無いわけじゃねぇよ?そりゃあれだけ見事に刺されてたりしてたら敵わねぇさ」

 

「テル様、それは罠ですよ。 テル様の隙を伺っているんです」

 

即座に伊澄が断言した。 特に確信や、明確な意図はなく。

 

「目的のためならどんなことでもするのがソレです。 テル様が少し抜けているところがあって気づいていないのかもしれませんが、私の目は誤魔化せません・・・」

 

「いや、抜けてるのはお前だろ」

 

と、テルに突っ込まれたが伊澄は気にせず会話続行。 テルの方に反論させてもまともに取り合わないつもりだ。

 

「だったら・・・」

 

伊澄は右手をかざして一つの球体を動かして見せた。 伊澄の手に合わせて動いたそれは真っ直ぐテルの足元へ。

 

「なっ!?」

 

テルの足元に閃光が走り、小さく音を立てて球体は地面にぶつかり爆発した。 威嚇の為だろうか、テルが一歩も動かなくても当たらないようにしたようだ。

 

だが、その威力は無視できたものではなく、地面には五十センチほどの穴が空いていた。 人に当たっていたらただでは済まない。

 

「おい、伊澄! ガチで怪我させるつもりかよ!? どうしてそこまでコイツにこだわってんだよ」

 

焦りを感じたテルは数歩下がって伊澄から距離を取る。 それを感じ取ったか、伊澄が今度は両手を動かした。 ゆっくりと動かすのに合わせて複数の球体がゆらゆらと動き出す。

 

「どうしてって・・・わからないんですか」

 

「何がだ!!」

 

ぎしっ。と伊澄は歯を食いしばった。 自分が感じたのは半端ない怒り。 これはこれまでのテルに対しての怒りでもベスト3には入る勢いだろう。

 

・・・誰の為にしてると思ってるんですか……全部。

 

無意識に力が入る。 伊澄はあの日から、テルが黒羽に刺されて自分を助けてくれた、自分が無力だと思ったあの日から強くなりたいと、この人の力になりたい、この人を守りたいと。

 

ならば、テルを守るためにしなければならないことはなんだろうか。 それは脅威となる存在を排除することだ。

 

 

・・・今日の私は、一体どうしたんでしょうか。

 

何故か、心の中で何かが渦巻いているのを伊澄は感じていた。 いつもの冷静さを欠けさせ、感情のままに動かしたくなるこの渦巻きはいつもの自分を忘れさせる。

 

それはあのテルの背中に乗っている黒羽を見るたびに沸き上がるのだ。 テルと一緒にいるという図式だけでこみ上げてくるのかもしれない。

 

「だったら・・・力づくですよ・・・もう。 強制的に離れてもらいますから!!」

 

伊澄は腕を振るった。 二つの腕を交差させ、光の球体が十発同時にテルへと襲い掛かる。 数発ほど地面へと逸れた球体は激しい土煙をあげた。

 

・・・少し、やりすぎました。

 

心の中で反省したが既に遅い。 土煙は目の前を完全に隠してしまうほど巻き上がってしまっていた。これでは爆音に気付いた人たちにここを見つけられる可能性がある。

 

二人はどうなったのかと考えていた伊澄が次に見たものは。

 

「痛ェことするじゃねぇか伊澄・・・」

 

煙から出てきたのはボロボロになったテルだった。 黒羽を背負ったまま。

 

「熱いなぁオイ。 なんで俺は今日に限って体にダメージを貰うような出来事に遭遇するんだ?」

 

「ど、どうして・・・そこまでして」

 

「それは、こっちが聞きてぇくらいだ。 なんでここまでするんだよ」

 

少しだけ睨みを利かせたテルの視線が伊澄に当てられる。 それを見た伊澄は後ずさりしながら言った。

 

「わ、私は・・・テル様の、為を思って・・・その」

 

「俺を思って・・・か。 確かに、コイツが未だにこれが演技だっていうのは保証がねぇ。 それを思っているからお前も考えていたんだろうけどよ」

 

「だったら・・・分かっているじゃないんですか?その人が敵だって」

 

「震えてたんだよ」

 

不意にテルが言葉を放った。 その言葉の意味に伊澄は戸惑う。

 

「震えてたんだよ。 お前が来てからさっきまで。 今はもう気絶しちまってる。 いつものアイツが罠として隙を狙ってるなら、途中で気絶することなんて有り得るか?」

 

「・・・・」

 

一度顔を伏せて、無言になった伊澄は周りに存在していた光の球体を全てかき消した。 

 

「今のコイツはな、ただの女の子だ」

 

ボロボロになった体を無理に動かしているのが伊澄には分かった。 若干、体が揺れているのを見て、そう思ったのだ。

 

「治療を―――――」

 

「なぁ伊澄・・・」

 

袖をたくし上げて治療するために寄りかかろうとした伊澄にテルが止めるように言った。

 

「誰かの為に力を使うのは、イイことだよな? けど、他人を怖がらせてまで為になることって、それは本当にいいことなのか? 正しくて、曲がっていないことか?」

 

すれ違いざまに、伊澄の動きは完全に停止してしまっていた。 理解できない。 その一言である。

テルはそのまま歩いて伊澄の居た場所から去っていく。 その後ろ姿を、伊澄はただ見送ることだけしか出来なかった。

 

「私は・・・何を間違って・・・」

 

―――それは曲がっていない信念か?

 

「当たり前ですよ。 大切な人を守りたいこの気持ちは、決して曲がっていません」

 

だが、先程のテルの言葉が伊澄の胸にチクリと痛みを帯びて刺さる。 見送った先に見える夕日はいつになく虚しく赤く輝いていた。

 

・・・このどうしようもない気持ちは、一体。

 

 

 

 

 

場所は変わり、ここは三千院邸。 住む人間が増えたと言っても部屋が多いことには変わらず。 この家は下手すれば百人くらいは泊まれるくらいの部屋の数があった。

 

その数ある部屋の一室にて、大きなベッドを囲んで三千院家の面々が集まっていた。

 

「なるほど。 大体分かりましたわテル君、川から流れてきた女の子をキャッチして重傷だからここで治療をしてくれないかと・・・そういうことですね? 今度は男だけでなく、女にも手を出すようになりましたか」

 

「マリアさん。 前半の解釈は非常に有難いんですけど、後半のだけで俺がホモじゃなくてもうガチ両刀のような風に捉えられちゃうんでそこだけカットしてもらってもいいですかね?」

 

医療セットを抱えているマリアがベッドの脇のテーブルにそれを置く。 周りには千里やハヤテ、ナギとここの住人が揃いぶみ。

 

「間違いじゃないじゃないですか。 実質、ここのところのテル君とハヤテ君の絡み率はもう異常ですし、ナギの漫画がBLの類のものになったらどうするんですか?」

 

「お嬢様、念の為に漫画の方を見せてもらってもいいですか? それっぽいのがあったら僕が責任をもって焼却処分しておきますので」

 

「誰が書くかこのボケェェェ!!」

 

ハヤテの真剣な問いにナギが返したのはハリセン一閃。 弾ける音が響いてハヤテが顔を抑えながら卒倒する。

 

「それで? 事態はおおかた理解できたのだが、この女は一体どうするつもりだ?」

 

「王様、嘘言っちゃいけないぜ。 お前、さっきの説明じゃ全く理解できてないだろう。 どこか抜けてるからなお前」

 

テルの指摘に頭に血を登らせた千里はテルの頭を両腕で縛りヘッドロックをかけて締め上げる。 メキメキと骨が音を立てるのはとても痛々しい。

 

「ストップ、ストップ! 王様! マジで頭壊れる!」

 

「この無礼者がぁぁぁぁぁ!!」

 

だが次の瞬間、千里の喉元に一本のメスが突きつけられる。 目の前にはメスをもったマリアが居た。

その冷気にも似たような雰囲気とは別に、笑顔をマッチングさせたマリアは二人に一言。

 

「う・る・さ・い」

 

その後、二人は黙り込んで何かに震えるようにしていたそうな。

 

「王様の話の続きだけど、この後どうしようかなんて決まってない。 だけど、このまま放っておくのも出来ないな、同じ記憶がないヤツだからな。 なんかこれで放置して野垂れ死にでもされたら後味が悪いというか・・・」

 

「でも記憶を取り戻して、また襲ってきたらどうするんですか? その可能性もなきにしもあらずですよ」

 

ハヤテの言うことももっともだ。 記憶喪失である間は黒羽は手は出してこないだろう。 だが何かの拍子で自分の事を思い出したりしたらこちらが油断しているときにグサリとされる可能性もあるのだ。

 

「そん時ァ、そん時だ。 簡単に記憶なんて戻る訳がないんだけどな。 まぁいつでも刺されても大丈夫なように腹と背中には鉄板でも仕込んでるかねぇ」

 

「凄い動きずらそうですけどね・・・対応策が凄いしょぼい」

 

楽観視しているテルにハヤテは苦笑いだ。 なんにせよ、油断せず注意していれば咄嗟の攻撃に対応できると信じる。

 

「さて、じゃあこの子が寝ている間にちょっとズブ濡れになった服を取り替えようかしら?」

 

マリアが言うと、目線で何やらこちらを見つめている。 男性陣に向かって何やら訴えかけているようだ。

 

「あの、皆さん。 分かっていると思いますがここは女子の絶対領域にあたる空間となりますので・・・」

 

「ああ、なるほど・・・よし、いこうぜ王様」

 

「うむ」

 

マリアがこほんと咳きこんだのを見てテルと千里が頷いた。 だが、何故かこの状況を的確に理解できていない輩が一人いるわけで。

 

「じゃあ僕も手伝いましょうか」

 

「馬鹿かオメェは!!」

 

「え!? なんでですか? 一応お手伝いとかもしないと・・・」

 

ハヤテの一言にテルが激怒しながらハヤテの首根っこを掴んで部屋から引きづる。

 

「あのさぁ・・・デリカシーって言葉知ってるかゴラ。 それとも何か? 女性の裸はその天然で見慣れてるから平気だと思ってんの? いっぺん死んでみる?」

 

「うむ。 王からも一言お前に申しておこう。 今のお前は軽率すぎるな・・・」

 

二人ハヤテを引きずりながら部屋を後にしていった。

 

「それじゃあ作業に取り掛かりますか。 ナギ、あなたもたまには手伝いなさい」

 

「えーー」

 

「手伝わないと今日の夕飯ナギの嫌いなものばかり入れるわよ」

 

「なんだその昔の嫌がらせ!!」

 

ナギはため息をつきながらもマリアの手伝いをすることになったのだった。







後書き
い、いかん!このままでは伊澄さんがヤンデレになってしまう!!

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