ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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第8話~夏を制する者は受験を制する? 嘘だね!僕ダメだったもん~

─1月11日。

 

(は~、それにしても昨日は西沢さんには悪いことしたな~)

 

 

屋敷の前の門で封筒を貰ったハヤテは心の中で溜め息混じりに呟いていた。

 

(でも今は女の子と付き合う資格ないし……でももう少し断り方が……でもああいう時、どうしたらいいのかなんて分からないし……)

 

屋敷の扉を開け、赤いカーペットが敷かれた階段を上がっていく。

 

 

実際、何故あんな断り方をしたのかは自分でもよく分からなかった。 しかし、歩の告白を受けた時にハヤテの中で気になる事があった。

 

(でもなんであの時……お嬢さまの顔が……)

 

ハヤテには脳裏に涙を浮かべ、悲しみの表情を浮かべるナギの姿が気になって仕方なかった。

 

(もしかして僕は……お嬢さまの事……)

 

その次の言葉を考える事は無かった。

 

「お嬢さま、お届けものが─」

ハヤテはナギがいる部屋の扉を静かに開ける。先程届いた封筒だ。

 

「おお、ありがと。 とりあえず封を開けてくれ」

どこからか声がする。ソファーからだ。見るとナギがふんぞり返って漫画を掲げて見ていた。13歳の体には不釣り合いなソファーにはナギが横になってもまだスペースが余る。 はっきり言って姿勢が悪い。

 

「お嬢さま。 お嬢さまも女の子なんですから……そういう本の読み方は止めて下さい」

 

「お?……おお」

 

ハヤテは見てられずナギを起こして姿勢良く漫画を読むよう促す。 ナギは訳がわからずただ頷いた。

 

(妹の事が心配な兄の気分はこんな感じなんだろうな……これじゃ当分恋人なんて……)

 

お嬢さまだけで手一杯だ。 とハヤテは気を取り直してナギに質問した。

 

「ところでこれ何ですか?白皇学院からの書類みたいですけど……」

 

 

「ん~?」

ナギは漫画を読みながら軽く返した。

「ああ、編入手続きの書類だろ? お前の」

「ああ、僕の─」

 

 

 

 

「ええ!? 僕のってなんですか!? 僕のって!!」

 

 

一瞬の間があって、ハヤテはようやくナギの発言に対し大きな反応を見せた。

 

「だからお前が白皇に編入するための書類だよ」

 

「いやいや聞いてませんよそんなの!?」

 

「うん今、初めて言ったからな」

 

それは数日前。テルがハヤテ達と出会う前の話だ。 ナギに弁当を届けるために超名門校・白皇学院に向かったハヤテだが不審者と間違われ、色々あったのだ。

 

「で…!でも僕、前の学校退学になってますよ」

昨日ハヤテは久しぶりに母校へと顔をだしたのたが、既に両親が学費の残りを奪い、ハヤテを退学扱いにしてしまったのだ。

 

「ああ、とっくに知ってるよ。 そっちの資料も取り寄せたからな」

 

 

「僕、退学になってるの昨日初めて知ったんですけど……」

 

「ああ、そうなの……」

 

ナギは平然と呟くがハヤテは全く自分は知らなかったのにナギがとっくに知っていたことに驚いていた。 やはり金持ち、情報網もかなりのものである。

 

「で、でも!学費はどうするんですか? 白皇の学費なんて僕、払う自信はありませんよ?」

 

 

白皇は超名門校だ。そうなれば学費も当然高い。ハヤテにはそれを払う経済力はおろか、借金が億単位とあるのだ。

 

「何を言っているのだ。 そんなの私が出すに決まっているではないか」

 

ナギはまたしても平然に返した。 お金持ちならではの考えだろうか。

「で!! でも!!」

「も~なんだよ~」

 

ハヤテの言葉を遮り、ナギは漫画を閉じてハヤテを不機嫌そうに見た。

 

「私と一緒に、学校行きたくないのかよ」

 

 

「………」

 

─僕がもう一度学校に

 

ハヤテはナギの言葉に胸から溢れるようなものを感じた。 自分の荒んだ学校生活。 バイトと、はっきり言って良いものとは言えなかった。 そんな自分が再び学校に行ける機会ができるかもしれないのだ。

 

 

ハヤテは今、正直に、ナギに深く感謝の言葉で一杯であった。

 

「あ…あ……あ…ありが──お嬢───」

 

気付けばハヤテは涙を流していることに気づいた。 何故だろうか、込み上げくるものが多すぎて上手く言葉が話せない。

 

そしてそんな泣いているハヤテを見たナギは突如のことで驚いた。

 

「わ──っ!! 何、泣いているのだ!!」

 

「だって……だって……」

ハヤテはぐすりながら呟く。 ナギがなんとかしようと考えていると扉にマリアがいることに気づいた。

 

 

「……何、泣かせているんですか?」

マリアにしてもイマイチ状況が読み取れなかったようで、ぱっと見で主人が執事を虐める、そんないけない事を思ったのだろう。

 

「いやいや!! 私は何もしていないぞ!!」

 

ナギは全力で否定するがここでまたややこしい人物が

 

「あん? 何やってんのお前ら……」

 

黒髪、死んだ魚のような瞳をした男。 善立 テルだ。

 

テルはナギの前で体を震わして泣いているハヤテの姿を見て、顎に手を当てて考える仕草を見せて続ける。

 

 

「オイオイ、いくら何でもまだ早いだろお前らには……」

 

「こら、なんの話だ」

 

ナギがテルに言うがテルは続ける。

 

「最近の若者は乱れてるって聞いてるけど、戦国乱世並みの乱れ方じゃねぇか。 一応コレ全年齢版なんだからよ。 テルさんは認めません! 絶対に!!」

 

 

「人の話を聞けェェェェェエ!!」

 

ナギのツッコミと共にテルの顔面にメガトンパンチがグシャっとめり込んだ。

暫くして……

 

 

「あのなぁナギ、ツッコミってば声あげて殴ればイイって訳じゃねんだよ」

 

顔面から鼻血が出ているのをテルはティッシュで抑える。 ナギは不機嫌に返した。

 

「人の話を聞かないお前が悪い」

 

「お前、全ての人間のツッコミがそんなのになってみろ、病院行き一杯だよ? ツッコミの世界が崩壊だよ!」

 

 

「お前を今崩壊させてやるわァァァ!!」

ナギがハンマーを構えて今にも殴りかかろうとしたがマリアにより収められた。

 

 

「でもこの書類を見る限り、試験を受けなければいけないかもしれませんね」

 

マリアが書類片手に呟く。

 

「ハヤテが受験か……ま、頑張れや」

 

テルがハヤテの肩をポンと叩く。 他人ごとなのは確かだが、ハヤテはテルに聞く。

 

 

「テルさんはいいんですか?」

「なにが?」

 

 

「学校ですよ。 通っていたんじゃないんですか?」

 

ハヤテの言葉にテルは頬を掻きながら

 

「通うも何も……俺は学校に行っていたのかすら覚えてねぇの。 どうしようも無いだろうが」

 

「なら、僕と編入手続きして……」

ハヤテが言うがテルはふぅと言った感じで

 

「手続き書類はお前一人のだろ?」

確かにそうだ。この書類はハヤテ一人の物。 一枚の書類で二人の受験は不可能。 テルはそのまま続ける。

 

 

「俺はいいって、学校は多分疲れるし、ダルいし、執事の仕事と併用してなんて死んじまうだろうが」

 

 

これは嘘ではなく、テルが来て最初の頃よりポカが少なくなったのは確かだが疲労は溜まりに溜まる。そこに学校、この二つをやりこなすのは至難の業だ。 本人としてはダルい方が本当の理由かもしれないが

 

 

「だからお前は頑張って受かってこい。ま、頭の方はわかんねぇが……おっと仕事に戻らねば」

 

テルはそういうと扉を開けて出て行った。

 

 

 

テルが居なくなった部屋で三人は少し黙っていたがハヤテが口を開いた。

 

「お嬢さま」

 

「な、なんだハヤテ……」

 

 

ナギはいつになく真剣なハヤテに驚く。

 

「実はお願いが─」

 

 

 

───────

 

「あ~さぶ、さぶ」

 

現在夕方4時過ぎ、冷めきった風がテルの体に浴びせられる。

 

 

「はぁ、こんな寒空に買い物に行かせるとは……マリアさんも人が悪い」

 

 

めったにマリアに対して愚痴を言わないテルだが、それほどに寒かった。

 

「まぁ、このコートのお陰でかなり暖かいけど」

テルが着ているのは高級なコートで有名なカシミアというコート。 これはある国に住む羊の皮から作られたもので物によれば数百万はくだらない。

 

事の始まりは数時間前。

 

 

「買い物ですか?」

「ええ」

 

 

三千院家の長大な廊下、箒を持ったテルとマリアが会話していた。

「ハヤテ君の試験が明日なので買い出しが出来なくなっているんですよ」

 

 

「試験が明日って、素人がいきなり訓練無しにロケット乗って宇宙行くくらい無謀じゃないですか」

 

「まぁ、こんな時にどうとでもしてしまうのもハヤテ君ですし、 とりあえず紅茶を買ってきて下さい。 あとこれも……」

 

マリアはテルにコートを差し出す。テルは不思議そうにそのコートを着た。 寸法はバッチリだ。

 

「なんですかコレ?」

 

「三千院家の使いとして行くときはこのコートを着て行って下さい」

 

 

「……このコート高級そうですね」

 

「まぁ、テル君よく分かりましたね」

 

「そりゃあ手触りが……」

 

テルはコートの生地を手で触る。滑らかかつフワフワした生地だ。

 

「いいんですか?こんな高そうなコート……」

 

 

「嫌ですわテル君。 高そうなではなく高いんですよ♪」

 

「………」

 

テルは言葉が出ない。 マリアは曖昧ではなくハッキリと‘高い’と明言した。

更にマリアは続ける。

 

「それが百着くらいあればハヤテ君の借金が余裕で返済できるので、決して汚さないで下さいね♪」

 

「イ、イエッサ~」

 

そのマリアが浮かべた笑顔が逆に怖かったという。

そして現在に至る。

 

「こんな百万する物身に付けていたら汚れ一つ付けられねぇな……」

 

言われた店まっしぐらに道を歩く。

 

「まぁ、ハヤテじゃねぇし俺は見事汚れ無しで帰還してやろうじゃないの」

 

ゲラゲラ笑いながらテルは道を軽快な足取りで歩いていった。 その笑い顔からしてこれから何も起こらないというのを感じさせた。

 

だが彼は知らなかった。

 

 

彼にとって今日1日、一番不幸な時間が迫っていることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テルが紅茶を買いに出掛けている同時刻─。

 

「お嬢さま!?」

このセリフには何人か聞き覚えがあるだろうが決してナギの事では無い。

 

ここは東京のどこかにある屋敷。 外見は和風で昔の武士が住んでいそうな作り。かなり金が掛かっているのが分かる。良質な庭石や松の木、美しい鯉が泳ぐ池がある広大な日本庭園が広がっている。静かで騒音とは無縁そうなその屋敷は何故だか今日はいつも以上に騒がしかった。

 

「おい、伊澄お嬢さまはいたか!?」

 

「いや、こちらにはいらっしゃらない」

 

「くっ……! また見失ったか!!」

 

その和風の家には少し合わない黒スーツの男が屋敷を駆け回っていた。

 

「くそ! この前はスイスとかお出掛けなどで迷子になっていると言うのに……」

 

「だからあれほど目を離すなと……!!」

 

男達が躍起になって探しているのはどうやらこの屋敷に住む令嬢らしい。 となれば彼らはその令嬢の使用人、ボディガードだろう。

 

「おーいお前たち!!」

 

 

一人の男が手に紙切れ一枚を持ち、走ってきた。

 

「いたか!?」

 

「いや……それよりもお嬢さまの部屋にまた恐ろしい手紙が……」

男は紙切れを仲間に渡した。

「なになに?」

男はその文章を見た瞬間、血相を変えた。 手紙には達筆で三行ほどの内容が書かれていた。

 

 

~ナギちゃんの家にお届け物があるので 遊びに行きます。 夕飯までには戻ります。 ~ 伊澄

 

 

 

「………」

 

 

暫く男達は文を見つめていた。やがて全員で顔を見合わせて 叫んだ。

 

「なんてこったい! 一人で出掛けてしまったのか!?」

 

「蝶々とかを追っかけてそのまま迷子になってしまう人だからな……」

 

「ここだけの話、先日、三千院のお嬢さまは誘拐されそうになったと聞く……」

 

最後の男の一言に全員が顔を曇らせた。

 

「さ、探せェェェ! 迷子とか誘拐される前に探し出せェェェエ!!」

 

「もし、誘拐されそうになっていたらその犯人をフルボッコにしてやるのだァァァ!」

 

「♪~♪」

テルは柄にもなく、鼻歌交じらせて歩いていた。 高級コートを羽織っているため、汚してはいけないというプレッシャーがあったが、自分はハヤテではない。 不幸な事が起こるというのは1ミクロンも感じていないだろう。

 

「♪~♪」

ポケットから棒付きキャンディを取り出し、口に加える。このままスキップでも加えたいくらいの気分だ。

ガチャン!

 

 

「♪~♪」

 

一瞬、何かがつまずいた時の音がしたが空耳だと自分に言い聞かせる。 だかその直後

 

「た、大変だ!!」

テルの後ろで驚きふためく声。 振り返るとオッサンがいた。

 

 

 

地面に膝を付けてテルの方に手を伸ばして叫んだ。 そのオッサンの傍らには自転車が横たわり、車輪が空を切って回り続けている。

 

 

「ああ! カシミアについたら絶対落ちないタイプの墨汁が!!」

 

ふと上を見上げると、空中でバケツが黒い液体を撒き散らしながらテルめがけて飛んできた。

 

「ふおっ!!」

テルはコートを下からたくしあげてその場からバックステップ。 バケツは派手に地面に打ち付けられ、墨汁は辺りにぶちまけられた。

 

 

 

「オイ、オッサン……お前をこのバケツみたくしてやろうか……」

 

 

幸いコートには汚れは一つもついてはいない。 しかし、テルにとってこの数百万するコートを汚すこと、それは自分の首が危ういということを意味していた。

 

(汚したら確実に殺される……主にマリアさんとかマリアさんとか……)

 

結局マリアしか言っていないのだが使用人の実権を握っているのはマリアだとテルは思っていた。

 

 

執事長というのがちゃんといるのだが

 

テルはそのまま180度方向転換。 気を取り直して歩き始めたが

 

「ああ! 急にそこで方向転換されると!! カシミアについたら絶対取れないタイプのセメントが!!」

 

 

突如、テルの頭上にセメントの入ったバケツが飛んできた。

説明するとテルの後ろでセメントバケツを運んでいた従業員がテルが急に方向転換したせいで驚いてバケツを放り投げてしまったのだ。

 

「ふおおお!!」

 

バックステップでは間に合わない。 テルはコートをたくしあげて右足をハイキック気味に振り上げた。

ハイキックが見事バケツに決まりバケツは近くの店の壁に衝突した。

 

「何だってんだ一体……」

 

予測できない危険信号の連続にテルも嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 

(い、急ぐか……)

と不安から逃げるようにその場を離れるテル。 すると今度は

 

「キャアアア! 大変よォォォ!!」

 

前方から女性の声。 女性の姿はない、声だけだ。 人混みが広がるがその中を無理やり掻き分ける人物がいた。

「ど、どけェェェェエ!!」

 

怒号をあげながら走る男はバッグを持ち、片手にはナイフが握られていた。強盗が逃げている途中なのだろう。

 

 

「どかねぇとこのカシミアがよく刺さるナイフでブッ刺すぞ !」

 

「………」

 

 

男はテル目掛けダッシュしてきた。 体をかがめてナイフを構えながら

 

テルは回避する暇がない、というよりもしない。そろそろうざったくなってきた位だ。

 

テルは回避動作を取ることなく男に向かって走り出す。

 

 

 

(さっきからさっきから……)

 

テルは沸き起こっている怒りを溜める事を止めた。 溜める位なら少しでも外に放出する形にしようと考えた。

 

テルは助走から一気に右足で踏み切る。

 

「!!」

 

犯人は向かって飛んできたテルに驚き立ち止まってしまった。

 

勿論、テルはそれを見たところで止まる訳がない。

 

「俺の邪魔すんじゃねェェエ!! コノヤロォォォォ!!」

叫びながら男の顔面にテルの怒りの跳び蹴りがめり込んだ。 男は蹴られた威力に二転三転転がりやがて止まると鼻血を垂らしながら気絶した。

 

「おお!! アイツやべえぞ!!」

 

「全くだぜ!! 勇敢な奴だ! 勇者だ!」

 

周りから拍手喝采が響く中、テルはダッシュでその場を離れていた。

 

これ以上変な事に巻き込まれないようにするためである。

 

 

 

「ゼェ…ゼェ……」

 

 

 

人盛りをかわし、テルは走ってきた疲れのためか膝に手を当てていた。

 

(何故だろうか……カシミアだけの集中攻撃ならまだしも、段々と俺の命に関わるように不幸がグレードアップしてないか?)

 

前言撤回、今日は鼻歌歌う気分でもスキップする日でもない……厄日だ。

 

(だが……)

テルは膝から手を離し、体を真っ直ぐにして心の中で呟く。

(この買い物は何が何でもやり遂げたらァ……例え雨が降ろうが槍が降ろうが……)

 

ドスッ!

 

「あ?」

後方から何かが地面に突き刺さった音。 また強盗の類かもしれないかとテルが振り向くとそこには長い一本の槍が

「なんで槍? ……へ?」

 

突き刺さった槍を見て、ふと空に視線を移すと無数の黒い点が見て取れた。 遠くから見たそれは近付いてくるとハッキリと形が見えてくる。

 

その見えてきた物にテルは顔青ざめさせてフルスロットルで走り出した。

 

空から降ってきたもの……それは紛れもなく槍だった。

「ギャアアアアアア!!」

 

ドドドトドドド!!!

 

 

襲い掛かる槍はテルを追いかけるように突き刺さる。 一瞬でも気を抜けば串刺しだろう。

 

「なんでマジで槍が降ってくんだァァァァ!!」

 

 

~東京の夕方ニュース~

 

 

草野「どうも、草野 ひとし です。

 

 

緊急ニュースですが先ほど今年公開映画、『えいりあんvsやくざ』のセット用品を乗せた飛行機の貨物室が爆発するという事故が発生しました」

 

 

「う~ん?」

その頃、三千院家ではテーブルを前にナギが漫画を読みながらテレビを見ていた。 ハヤテは現在明日の試験に向けてもう勉強中。

 

草野「『えいりあんvsやくざ』はストーリー上、槍や刀などの武器を使用するためそれを運送していましたが飛行機の事故により一部の荷物が落下しています。 近隣住民の皆様は外出には十分お気を付け下さい。 模造でも高いところから落ちれば十分危険です。 尚落下場所は東京の……」

 

「マリアよ……」

「はい?」

 

ナギは後ろに立ってテレビを見ているマリアに視線を移す。

 

「なぜだか知らんがよく分からない内にテルが無数の槍に串刺しにされている気がするのだが……」

 

「まさか♪ ハヤテ君じゃないんですよ?」

 

 

 

「まぁそれもそうか……それより伊澄はどうしたのだ?」

 

ナギは視線を漫画に向ける。 マリアはそれを聞きながら

 

「まだ来ていないみたいだな……という事は迷子か……」

 

最早その言葉が決まって出てくるようにナギは呟いた。

 

 

 

一方テルは

 

 

「………」

 

公園のベンチに横たわり屍と化していた。 公園に逃げこんだのは人気を避けるためである。

 

「なんで俺に不幸がくるんだ? 触らぬ神に祟り無しって聞くが触ってもねぇのに不幸が向こうからホイホイやって来やがる」

 

身を起こし、ベンチから立ち上がり公園を去ろうとした。 人気を避けていたとしてもトラブルはどこからやって来るか分からないからだ。

 

「早く帰って寝てェ……ん?」

頭を掻きながらしんどそうに呟いていた時、テルは公衆電話に立ち尽くしている人物に目が止まった。

 

「………」

公衆電話の前に立っているのは一人の少女。 この都会、東京という場所では目立つ和服を着た少女だ。

 

「………」

 

少女は公衆電話のテレホンカードを入れる口を見つめて袖から一枚の札を取り出した。

 

「………」

 

テルは目を細めてマジですか!? といった感じで少女を見つめていた。

びっしりと梵語が書かれたお札は明らかにカードを入れる口より遥かに大きい。

 

 

(ま、まさかと思うが……え?マジで?)

 

そのまさかで少女はお札をカード口に入れようとした。当然お札は入らない。

 

「………」

 

少女はお札が入らないのが分かるとお札をしまい込んで一言。

 

「この機械は壊れています……」

 

「壊れてんのはお前の頭だァァァ!」

 

テルが声を上げる。少女もその声に驚き、テルに振り向いた。

 

 

(し、しまった! 思わずツッコンでしまった……)しまったと言わんばかりに声を掛けてしまったと思うテル。 テルは落ち着こうとして少女に話し掛ける。

「そこにはお札じゃなくて専用のカードを入れんだよ」

 

(………)

 

少女はテル見るや少しの間を置いて口を開いた。

 

「大変です……」

 

「……?」

 

ゆっくりと喋る少女にテルは疑問を浮かべる。

 

「知らない人と会話をしてはいけないと友人に言われていたのに……また会話をしています」

 

「それは悪い事したかもな……ってか一度だけじゃないのかよ」

 

「でも大丈夫。 その友人は優しいのできっと許してくれます……」

 

「そうかよ。 んで?見た感じ困ってそうだがどうしたよ?迷子か?」

 

少女はテルの言葉にゆっくりと返した。

 

「迷子ではありません。 友人の家を目指していたら道が分からなくなってしまったのです……」

 

「それを迷子って言うんだよ! お前ポジティブシンキング にも程があんだろ!!」

 

「いいえ……迷子ではありません……」

 

「意地でも迷子って認めない気だよ!! コイツ頑固だ! こんなおっとり顔だけど頑固者だよ!!」

 

恐らくどんなに迷子であることを指摘しても少女は聞かないだろう。そう思ったテルははぁ、とため息をつきながら呟いた。

 

「わーったよ……お前を放っておいたら間違って核ミサイルの発射ボタンも顔色一つ変えず押しちまいそうだ。 だから手ぇ貸してやる……」

 

「……ありがとうございます……」

 

少女は袖口で口元を隠しながら礼を言った。 テルは続けて聞く。

 

「お前、名前は? 俺は善立 テル」

 

そう聞かれた少女はにこりと笑うとこれまたゆっくり口調で言った。

 

「鷺ノ宮 伊澄です……宜しくお願いします……」

 

触らぬ神に祟り無しという言葉がある。 これは厄介な事には知らん顔をするのがよいという意味だ。そうすれば厄介事に巻き込まれることは無いからである。

これまではテルは知らん顔しても厄介事に巻き込まれてきた。 これは偶然という事もあるかもしれない。

 

しかしテルは今回、自らからその厄介事に触れてしまったという事に気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鷺ノ宮 伊澄です……宜しくお願いします……」

 

伊澄は一礼し、にこりと笑顔を見せた。

 

「ところで……」

 

「ん?」

 

テルは笑顔で言う伊澄を見る。

 

「私はどこに行くのでしょう……」

「いや、さっき友人の家に行くとか言ってなかったっけ?」

 

 

第17話~ホ○ミの回復量は50ぐらい~

 

 

 

夕陽が傾いてくる時間帯、テルと伊澄の事態は難航を極めていた。

まさか自分が何のために出掛けていたかすら忘れるとは。

 

 

 

 

(伊澄……恐ろしい子!)

 

テルは伊澄の目指す場所を推理する事を考えた。 道案内するにはまずどんな場所か、そのヒントが必要だ。

 

するとテルが何かに気付いた。

 

「ん? 伊澄……そりゃなんだ?」

 

テルが一点を見るのは伊澄が片手に持つ綺麗な布で包まれた箱。

伊澄は箱を両手で添えてテルに見せながらゆっくり話す。

 

「これは友人に届ける物で……あ!」

 

箱を見つめながら話していた伊澄はあることに気づいた。

 

「そうです……私は友人の家に行くのでした……」

 

「気付くの遅ッ!! っていうか最初に俺言ったの聞こえなかったの!?」

 

突っ込むテルをよそに伊澄は続ける。

 

「そう……友人にこれを届けるのでした……」

 

「なるほど……ならその目的が分かったんならなんとかなりそうだぜ」

ここに来てようやく一筋の光が見えてきた。 目的が分かったのなら後はその友人の家に行けばいい話。

テルは伊澄の返事を待つ。 すると伊澄は辺りをキョロキョロと見渡した。

 

「………」

 

伊澄は一度間を置いて一言。

 

「すいません……友人の家はどこにあるのでしょうか?」

 

「いや、東京じゃないの? 間違っても天空の城みたく空とかにあったら困るんだが……」

 

テルは頭を抱える。予想はだいたいしてた。どうやら伊澄の天然には天性的な物があるらしい。

 

「じゃあその家の特徴を教えてくれ。 友人の特徴とかそんなんでも何でもいいから……」

 

もう破れかぶれだ。 テルはもうどうにでもなれといった表情。 最終的には分からなければ交番にでも届けるか、と考えていた。

「えっと……」

と伊澄は話し始めた。

 

「家は大きくて、友人は私と同じ位で金髪ツインテールの少し我が儘な天の邪鬼みたいな子が……」

 

「なに?」

 

その聞き覚えのある言葉にテルは反応した。

 

「もしかしてよォ伊澄、そこには優秀な執事が居なかったりしないか?」

 

「まぁ……テル様。よくご存知ですね……」

 

伊澄は袖口を口元に隠すように当てて驚いた目をしていた。

 

「知ってるも何も俺は今そのナギの執事をやってんだ。 新米だがな」

 

テルの言葉に伊澄は更に驚いた。

 

「まぁ……あのナギがハヤテ様以外に執事を雇うなんて……」

 

「ナギとは友達なんだな?」

 

「ええ、幼なじみです……」

 

「そうか、ならナギとはいい友達でいてやってくれや」

 

テルはふっと 笑って言うと伊澄もまた笑顔でコクリと頷いた。

 

「ええ、勿論です……」

 

「よし、場所は分かったんだしさっさと行くか!」

 

「はい……」

 

テルの言葉に伊澄も頷いた。 やがて歩きだすとテルは気付いたように伊澄に手を伸ばす。

 

「……え?」

 

「え?じゃねぇよ。 箱貸せ箱。 持ってやるから」

 

「はい……ど、どうも……」

 

若干照れながらも重箱を手渡す。 テルは受け取ると肩を揉みながら

 

「なぁに、一応執事だからな」

 

と伊澄に言った。

 

「………」

 

「……なんだよ、俺の顔になにか付いてるのか?」

 

テルは顔をじっと見つめている伊澄に声を掛けた。 すると伊澄は一言。

 

「どうしてそんなに気分が悪そうなんですか?」

 

その言葉にテルは疑問に思いながら

 

「今俺そんなに体調悪そうに見える?」

 

その言葉に伊澄はコクリと頷いて返事した。

 

 

「はい……特に瞳の辺りが……」

「死んでるってか? 死んでるって言いたいのか? 何?嫌味でしょ? 俺に対する嫌味でしょ?」

 

 

 

おっとりとした顔で嫌味もハッキリ言う奴だと思っていた時だった。

公園の出口付近に数台の黒い車が急ブレーキを掛けてズラリと止まった。 その中からゾロゾロと黒服の男達が表れる。

 

(こいつら……)

 

目を細めてテルは只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか

 

「オイ伊澄、隠れてろ……」

 

と静かに命じた。 伊澄は訳が分からずに木の後ろに隠れた。

テルが前方を見据えると数十人の黒服の男達が殺気立った目でテルを睨んでいた。

 

「おい貴様、伊澄お嬢様はどこだ?」 (なんだこの死んだ魚のような目をした明らかに不審な男は……)

 

 

「なんだ?伊澄の知り合いか?」(なんだ?このいかにもヤクザみたいな怪しい奴ら……)

 

互いに発する言葉の中で様々な疑問がよぎる。 伊澄はというと……

 

(あら……あの人達は……)

 

とぽかんとした表情。そう、あの黒服達は伊澄の使用人である。 総出で探すこと数時間。漸く伊澄の所在を突き止めたのだ。

 

「全く……あの人も毎度の事から、こちらも仕事上大変だと言うのに……」

 

男の言葉にテルはハッと気づき、理解した。

 

(コイツらヤクザで人攫いの上に………ロリコンか!!)

 

テルはその発言と男達の服装、そして今にも殺しに掛かるような目を見てそう判断した。

 

(だったら話は早い……健全な小説が境界線を越える事はなんとしても防がねば!!)

 

テルは一つの決意の下に黒服達に言い放つ。

「おいロリコン共」

「誰がロリコンだ!」

男達は否定するがテルは肩を慣らしながら続ける。

 

 

「俺は今三千院家御案内のツアー中なんだよ。お前等に道案内は無理だ……どけ、ガイドの時間だ」

 

テルは言い放つが黒服達はどよめいた。

 

「何!? コイツ、三千院家を目指しているぞ!」

 

 

「そうか!伊澄お嬢様の次は三千院家の令嬢も攫うという魂胆か! なんと腐った奴……」

「ならば……」

「うん?」

チャキッと男達の腰の辺りから金属の音。腰に帯びていた鞘から研ぎ澄まされた銀色の刃が抜き放たれた。

 

「このカシミアがよく斬れるタイプの日本刀でたたっ斬ってやるしかないな……」

 

「………マシで?」

 

黒服達の構えた日本刀が夕陽に浴びせられて怪しく光る。どうやら取り返しのつかないヤバい状況になってしまった。

 

(コート云々の問題じゃねぇだろォォォ! 死んじまうだろうが!常識的に考えて!!)

 

殺気立った目を止めずに刀を構えた黒服達はテルにジリジリ近付いて距離を縮めていく。

 

(どうすりぁいい……)

 

徐々に心臓の鼓動が早くなる。 それと同時に後ろに後ずさった。 このままいけば自分は刀に一刀両断され晴れて終了。

 

バッドエンドしか浮かばず冷や汗を流していた

 

 

─その時だった。

 

 

 

 

 

─逃げるの? 困っている人を置いて……

 

一瞬、頭の中に声が響く。 テルが知っている声ではない。

 

知ってはいないが、何故だか懐かしい声だった。

 

 

(車に跳ねられた時に聞いた声じゃない……)

 

聞こえてくる声は清廉な女性の声。だがそれは母の声とはほど遠いものだった。

 

─目の前に困っている人がいたら迷わず手を差し出しなさい。

 

 

(誰なんだよ……)

頭に残る言葉にテルは忌々しく感じた。

ふと我に帰ると数十人の黒服達が見えた。

 

新たな謎が浮かぶ。両親以外にいる人物。

(いきなり聞こえてきたと思ったら訳のわかんねえ事ばかり思い出しやがって……だが)

 

不思議と顔にニヤリとした笑み。 その言葉は女が言うには余りにも臭かった。 しかし、どこか力強さを感じさせるその言葉はまるで背中を後押しするように前向いて歩けよと勇気付けられるように

 

テルの失っていた『何か』を思い出させるように

 

 

「オイこらロリコン共」

ドンと構えてテルは仁王立ちの状態で黒服達に言い放つ。

 

「コイツを攫いたいなら、この俺をどうにかしてからにしな……だが簡単にはいかんぜ?」

 

腕を組み、数十人の黒服達を前にしてもテルは表情を崩さない。 先ほどの動揺は無かったかのように。 それは黒服達もテルの豹変に戸惑っていた。

 

(なんだ?この男……この絶対的不利な状況であの余裕……あの余裕は一体どこから……)

 

 

「おーい!お嬢様が居たぞ!」

 

黒服達の一人が高らかに声を上げる。しかしその声はどこか慌ていた。

 

 

(な、どこに行きやがったんだアイツ!)

 

テルは男の言葉にすぐ後ろを振り向いた。しかし、そこには伊澄は居らず変わりに重箱が置かれていた。

 

 

「なに!? どこだ!」

 

黒服達は一斉に伊澄の所在を尋ねる。 発見したと報告した男は指を示した。

 

「「「………」」」

 

その指差した所に全員がギョッとした。

 

 

指差された所は低地でもなければ平地を指している訳でもなかった。

 

 

「て、テル様~~」

 

公園の出口のすぐ近く、高らかな場所から伊澄の助けを求める声が響いていた。 現在、伊澄は高層ビル最上階の屋上にいた。

 

「「「アンタは何してんだァァァァ!!!」

」」

 

 

公園にいた全員が見事に、息ピッタリに叫んだ。

 

 

「オイィィ! ほんの数ページもしない間に迷子になってんじゃねーよ! コッチがマジモード入ってたのによ! お前はアレか!? 加速装置かワープ機能でも付いてんのかァァァ!!」

 

 

伊澄の規格外の行動にテルは猛然と突っ込んだ。 当然、伊澄には聞こえてはいないが。

 

 

突っ込んでいるテルをよそに黒服達は大慌てである。

 

「なんという事だ! 伊澄お嬢様が危険な所に!」

「しかもどうやったか知らんが金網の外側に出ているぞ!」

 

「何人かは早くビルに急げ!」

 

 

「もし風に揺られて飛び降りでもしたら……」

 

 

 

「すいませ~ん……気が付いたらこんな所に……でも大丈夫ですよ~」

 

本人が出来る限り高めに発した声は当然届く訳がない。取りあえず、大丈夫だなと安心していたその矢先。

 

ビュオォォォ!!と、強いビル風が吹いた。

「あら……」

 

一瞬にして伊澄の浮かび、気付けば屋上の足場から体が離れてしまっていた。

 

少しだけ宙に浮いていたがそれも一瞬。 伊澄の体は重量の法則に従い、ビル最上階から落下した。

(は、ハヤテ様……)

 

一瞬、この場にいない人物を頭に思い描いた。

 

この時、テルの体は既に動いていた。 黒服達の動きは気にしない。 ただひたすら伊澄の所へと。

 

「き、貴様!」

黒服達の一人がテルの行動に気付き、日本刀を構えた。

刀が振られる一瞬の間、テルの頭に再びあの声が響く。

 

 

─そして……守りなさい。

 

 

(ああ、守ってやるよ…… )

 

 

─ 一度手を差し出したなら、自分の魂に賭けてでも守りなさい。

 

(テメェ(自分)の命尽きるまで! 何度でも! 守ってやらァァァ!)

 

「でぇい!」

 

 

日本刀が真横に振り抜かれた。 業物から成されるその一閃は大抵の物を切り捨てるだろう。

 

 

そこに物があったならだが。

「!!」

 

刹那。 そこにはテルの姿は無い。 一閃の下に刀が振り抜かれる瞬間、テルは男のすぐ上へと飛んでいた。

 

 

上に視線を移すと男の目にテルの姿があった。 宙に浮いたテルは黒服達の体を踏み台にして黒服達の包囲網を突破していく。

 

 

そして一気に黒服達の乗っていた車の上に飛び乗った。

 

「逃がさん!」

黒服達は刀の間合いから遠ざかられたと感じると、懐から拳銃を取り出して発砲。

 

テルは待っていたかのように車の上でしゃがみ込んだ。

そして、車に一発の弾丸が当たり、次の瞬間

 

ドン!と車は爆発して大破。 しかしテルはその爆発を利用して上へと舞い上がった。

 

 

「執事にィ! 不可能はないィィイ!!」

 

そして落下している伊澄をキャッチ。

「ん……ハヤテ様?」

 

伊澄は落下してから今まで目を閉じていた。

 

 

普通、こんな絶対的危機的な状況で普通の人間ならば救出は出来ない。 出来るとすれば綾崎 ハヤテぐらいだろうか。

ハヤテには何度か助けられた事があった。 だからこそその信頼から伊澄は呟く。 瞼にうやむやに映る人物を思い浮かべながら

 

「……ハヤテ様?」

 

しかし、そこに居たのは、自分を救ってくれた人物は

 

 

「悪かったな、ハヤテじゃなくて」

善立 テル その人だった。

 

 

「そうだよなぁ……俺みたいな奴なんかよりああいう何でも出来る奴に助けられた方がイイに決まってるよな~」

 

テルは嫌味たらしく伊澄に言う。

「え、いや、その……」

 

思わず顔を隠してしまうが明らかに顔が恥ずかしさで真っ赤だった。

「あらあら……ってアレ?」

 

 

しかしテルはここであることに気付く。

 

 

「この後どうすればいいんだっけ?」

 

助けたといってもテルは数百メートル高く舞い上がっていたままだった。 当然何時までも上昇していく訳ではない。やがて重力の法則に従い……落ちた。

 

「うおおおおッ! 落ちてるのかコレ!? 落ちてんの!?」

(こうなったら一か八か!!)

 

テルは片手に伊澄を抱えてコートを脱いで近くにある信号機に狙いを定めた。 どうやって脱いだかは聞かないで欲しい。

 

「持ってくれよ!俺のカシミアちゃん!」

信号機の三色ランプの部分にコートを巻き付かせる。 運良くコートはしっかり絡まった。

 

「よっしゃ!さすがは俺のカシミアちゃ─」

 

しかし、喜びも束の間。 テル達がぶら下がると

 

ビリビリビリッ!!という音を立てて破れてしまった。

 

「んなっ!!」

呆気に取られていたテルはすぐさまに下へと落下。

 

テルのとっさの判断。 伊澄をお姫様抱っこしてコンクリートへ

 

ドン!

 

 

着地。 脚から脳天を貫くかのような激痛がテルを襲う。 伊澄はテルの腕から降りて心配そうに声をかけた。

 

「て、テル様……あの…大丈夫ですか?」

「あ、安心しろ……俺はどこぞの未来少年より丈夫だ」

 

 

テルは前のめりに倒れながらも親指を立てて返した。

 

「待て!」

 

着地した地点に黒服達がズラリと横に並ぶ、武器とかを色々構えて

 

 

「また来やがったか……」

 

テルは毒づきながらも身を起こして立ち上がろうとする。が

 

 

(やべ、体が……)

 

脚に力が入らない。体中が悲鳴を上げるほどの激痛。 テルの体は爆発と落下の際のダメージで限界寸前だった。

 

 

(まだまだ……)

ここまで来てテルは不適な笑み浮かべて無理にでも立ち上がろうとした。

 

が、その時、テルの動きを制するように伊澄が前に出た。

 

「オイ伊澄!」

「すいません……テル様……もういいんです……」

 

「馬鹿野郎が! 簡単に諦めんな! こちとらガイドの方がまだ終わってねぇんだよ!」

 

身を貫く激痛に耐え、無理にでも体を起こしたテルは必死の形相で叫んだ。テルの姿を見て伊澄は驚いたがゆっくりと話始めた。

 

「いえ、テル様は誤解しているようですが……この人達は私達の使用人ですよ?」

 

「………はい?」

 

 

テルはキョトンと喋る伊澄に間の抜けた声を上げた。

 

 

 

その後、伊澄の説明により双方の誤解が解けた。

説明を受けた後もテルに納得していなかった使用人が数名いたという。

 

同時に伊澄もナギと同じ、金持ちのお嬢様だという事も分かった。 そしてもう一つ。

 

「テル様。じっとしていて下さい……」

「ん? おお……」

 

テルは黙って伊澄の言葉通り黙っていると伊澄がテルの頭に手を当てた。すると

 

「うおっ!!」

突如、テルの全身を緑色の光が包んでいく。そして身体中の痛みや傷が癒えていった。

「お前がホ○ミを使えるとはな……」

 

「ナギやハヤテ様には内緒ですよ……」

 

ニコリと笑うと伊澄はそう言った。

 

 

その後は車の中での話となる。ついでに伊澄が三千院家に行く車にテルも乗っけて貰ったのだ。

 

「つーかお前、こうやって使用人達と車で来れば良かったじゃねーか。そうすれば迷う事も無かったろうし……」

 

「何を言うんですかテル様……」

テルの言葉に伊澄がゆっくりと反応して返す。

 

「私がそう何度も迷子になる筈がありませんよ……」

 

「お前、このお話、最初からもういっぺん見直してみ?」

 

「それよりも…申し訳ありません……コート……」

「う、まぁな……」

テルは苦い顔をする。 伊澄に体の傷を直してもらったがコートの傷は直す事は出来なかった。

(殺されるかも……な…)

テルの脳裏には薙刀を持った笑顔のマリアがよぎった。

 

「不幸が起こるわ、不審者に間違われるわ、コートは破れるは……結局、ロクな事が無かったな……」

 

 

「そんな事ありませんよ……私はテル様に守ってもらいました……それだけでも充分感謝しています……」

 

「まぁ、そうかも知れねぇけどよ……いや、待てよ?」

 

 

テルは何か思い出したかのように呟くとフッと笑った。

「いや伊澄、俺はもう一つ守ったぜ、大事なモンを……」

伊澄は何の事だか分からずに首を傾げる。 テルはそのまま続けて一言。

 

「俺が決めた、俺だけのルール(決意)だ……」

 

「………」

 

(この人、ハヤテ様とはまた違う……雑だけど決して揺るがない心、そして魂……ハヤテ様とは違った何かを持っている……)

 

伊澄は思った。 この人のような芯の強い人間になりたい。そうすればみんなの笑顔を守る事ができる。 大切な人達を守る事ができると。

 

「そういえばその重箱、なに入ってんだ?」

 

「これは明日試験のハヤテ様に届けるうなぎの蒲焼きです……」

 

重箱からかすかにうなぎの香がする。テルは重箱を涎を垂らしながら見つめていたといた。

それを見ていた伊澄は笑顔で言った。

 

「宜しければテル様にもお裾分けしますが……」

 

その言葉にテルは瞳を輝かせた。

 

「マジでか!? センキュー! ケガの事とうなぎの借りはいつしか返すからな!」

 

 

 

 

しかし、帰ってきたテルがうなぎをすぐ食べることは出来なかった。 マリアはコートと紅茶を忘れた事を聞くとなかなかテルを屋敷に入れなかったらしい。

 

屋敷の扉を開けると笑顔で薙刀を構えたマリアが見えたそうな……その時の迫力は刀を持った数十の使用人達以上だったという。

 

 

 


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