ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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第72話~どんなに時が過ぎても~

「見てごらん、ナギ」

 

「なんですか、母よ」

 

夜の出来事だった。 幼きナギがテラスにて夜空の星をある女性と見上げていた。

 

「あの大きな星がお母さんの星よ」

 

「お母さんの星?」

 

自分よりも背が高く、亜麻色の髪にストールを羽織った女性はナギに頷いて続ける。

 

「どんな夜空でも光輝くお母さんの星よ。 あれと同じで、何があっても空を見上げればあの星のように、お母さんはずっとあなたを、見守っているわ・・・」

 

優しい口調でそのナギの母は言った。 しかし、すぐさまナギは自身の母親に返した。

 

「でも母よ・・・」

 

「ん~?」

 

「今指さしたのは大犬座のシリウスだ。 この前、同じ話をしたときに指さしてた牛飼い座のアルクトゥルスとは違うぞ」

 

「・・・・・」

 

なんと、十代もいかない年頃からナギは既に天才の域だった。 その見事までにナギの母は間違いを指摘されて言葉が出ず、額からは汗がでる。

 

「お母さんは空よ。 すべての星を包み込んでずっとあなたを見守っているの・・・」

 

「母よ・・・」

 

最終的に、ごまかした。

 

 

第86話~時はどんなに過ぎても~

 

(・・・・ずいぶんと懐かしい夢を見た)

 

三千院家の別荘、その大きな一室にてナギは目を覚ました。 目を覚ましたと同時に目に入ってきたのは柔らかい感触、そうだ。 自分はみんなが温泉に行ってしまったので昼寝をしたのだった。

 

「うわ・・・服のまま寝ちゃった」

 

到着してからすぐ寝てしまったのか、ロクに着替えることなくベッドに入ってしまったため汗を掻いてしまっている。 すこし気持ち悪い。

 

(あなたがなくなってからもう八年・・・私は十三歳になりました)

 

布団から降りて部屋の時計を見る。 時計は三時を回っているが、ハヤテやマリアたちが戻ってきたような様子はない。

 

(今でもあなたは星とか空になって私の事を見守っていてくれるでしょうか? まぁあの母のことだから見落としが多そうだけれど・・・)

 

窓の近くまで歩いて、その目の先に映る太平洋を眺めた。 伊豆は見事なまでに海まで綺麗であった。

 

「しかし服のまま寝ちゃったからな・・・汗かいたし、風呂でも入ろっかな」

 

と自ら動いてそれを実行するかのような発言だが、普段はマリアが髪を洗ってくれる。 そのため今回は自分でやらなければならない。 

 

「あ・・・でもこの別荘だとタオルとか下着の置いてある場所が分からない」

 

「ならいつもの屋敷なら分かるのか?」

 

「いや、そっちでも分からないけど」

 

「なさけないやっちゃな~」

 

「な!! なんだと―――!! って咲夜、お前何しにきたのだ―――!!」

 

先程からナギに問うように語りかけていたのは咲夜だったことにナギは気づいた。 咲夜はナギの問いに頬を掻く。

 

「何しにきた~って、毎年のことなんやから決まってるやろ?」

 

「ん・・・あ、そうか」

 

その毎年のことを言われてナギはようやく理解した。 しかし、誰も呼んでもいないのに入ってくるとはなかなか根性の座っている。

 

「なんや、人を泥棒みたいに・・・で? 三千院家のお嬢様は風呂にも入らず小汚いままか?」

 

「小汚いとはなんだ――――!!」

 

またしてもナギが吠えた。 

 

「フ・・・!!風呂に入りたいんじゃなくて!! お!温泉に入る為にとっているのだ!温泉に入るために!!」

 

「とってるって・・・何を?」

 

咲夜がまっ先に疑問を述べるが、ナギはすぐには答えなかった。 すこし戸惑って

 

「え~っと・・・フロ力?」

 

「溜めるとどんな魔法が使えるようになるんや」

 

「一応最後はフロガとかになるかも」

 

「なんやソレ? 宇宙の法則がみだれるとかそんな魔法なんか?」

 

まぁいい。 と咲夜がそこで話を切ると話を切り替える。

 

「だったら夕飯まで時間あるし・・・行ってみよっか?」

 

「へ?」

 

「鈍いやっちゃな~ここ最近の下田ですることといったら一つやろ! 秘湯巡りや!」

 

「おお!」

 

咲夜の提案にナギは簡単の声をあげた。

 

 

「え? 咲夜さんと一緒に温泉巡りに?」

 

「はい、そのように連絡を受けました」

 

一方で使用人たちは屋敷へと戻ってナギたちが居ないことを知った。 すぐさまマリアが情報を聞きつけたので大事になっていなかったのに胸をなで下ろす。

 

「しかし、咲夜も伊澄とかも来てるんだな・・・これだけの知り合いが集まってこの旅行、別の意味があるとしか感じられねぇな」

 

「僕も気になってましたよテルさん」

 

まぁ、ご都合主義みたいなお約束展開とは言わないでこれだけの顔見知りが伊豆に集まるのは何か別の意図があるのではないかと思った新米執事。 マリアはその様子を見てくすくすと笑った。

 

「それは明日になればナギが教えてくれますよ」

 

「え~教えてくれたっていいじゃないですか」

 

「ダメですよテル君、先に知っちゃってもそんな得することはありませんよ。 こういうのはその当日に聞いてこそ価値があるんです」

 

「そこまで価値がなかったら?」

 

「その価値を理解できないほどの脳の持ち主だと私は思います、ハイ」

 

「酷っ! マリアさん、優しい口調でブラックジョークをかますのは止めてくださいよ!!」

 

マリアのブラックジョークがテル胸を軽く抉り意気消沈としている中でハヤテがマリアに言った。

 

「じゃあ僕たちはお嬢様の所に迎えに行ってきます。 帰りが遅くなるような気がしますので・・・」

 

「そうですね。お願いします」

 

「ん? アレ? なんで俺も問答無用で連れて行かれることになってるの?」

 

「それはですねテル君、ハヤテ君が自転車をこいでるときに私たちよりも早く眠りに堕ちてましたよね? これって一種の職務放棄じゃないですか?」

 

笑顔だが、背後の黒いオーラに貫かれてテルはたじたじになる。

 

「いや、でも、一応旅行ですし・・・体を休めるのも大切なのでは・・・」

 

「ああ、そうですか。その間に私たちが連れ去られちゃっても仕方ないですよね・・・」

 

「ハイ、分かりました。 もう口ごたえしません」

 

まるで上司に頭が上がらない部下のようだ。 ハヤテは思う。 テルがマリアよりも優位になる状況は多分一生かかっても無いだろうと。

 

 

「はぁ・・・しかしこりゃホントエエ湯加減やんかー」

 

その頃のお嬢様がたちは既に入浴へと洒落こんでいた。 露天風呂の形式をしたその温泉で咲夜がほっこりしながらつぶやく。

 

「けどまぁ、ここの温泉に案内してくれた婆ちゃんにはビックリしたで、まさかこの温泉案内してくれるだけで一人四千円とか・・・」

 

そう、秘湯巡りに出かけたのはいいものの、どこの温泉に入るか迷っていた。 温泉街ではどこの温泉に入ればいいか迷うほど多かったのだ。 しかもナギが人見知りのために人があまり居ない静かな場所を限定してた。

 

そこで会ったひとりの老婆にこの温泉を紹介されたがまさか一人四千円と、かなりの額を取られることになった。

 

 

「ボッタクリもイイところやっちゅーねん!! なぁナギ?」

 

と、募る話を肴にしている咲夜がナギに振るとそれを聞いて振り返ったナギを見て昨夜は驚いた。

 

そこには瞳をぐるぐるにしているナギの姿だった。

 

「ああ!? スクールウェアが1000ゲイツポイントってどーいうことなのだ!! メールアドレスくらいただでよいではないかぁあ!!

 

「おわ!! な・・・なんやねん!! どないしたんや」

 

突然のナギの豹変に咲夜は心配するが当のナギはこれがあたかも普通のように振舞う。

 

「どうしたとはこっちのセリフだ。 なんで咲夜が五人もいるのだ?」

 

「へ?」

 

その一言を聞いて思わずジト目を向ける。 だがナギはまるで気に止めることもなく。

 

「にょほほほほ~! なんかごきげんなのだ~~!!」

 

まるで酔っ払いのような状態で泳ぎ出した。 温泉で泳いではイケマセン。

 

「まさか効能って・・・この酔っぱらいみたいになることなんか? しかもそれならなんでウチは平気なんや」

 

このナギの豹変っぷりは明らかに温泉に入ってからだ。 ならばなぜ一緒に入っている自分は同じ状態にならないのか。 真剣に考えている咲夜にナギが力ない顔でつぶやく。

 

「感覚も庶民派で美容院の事をパーマ屋さんとかいう大雑把な関西人には効かないんじゃねーの?」

 

「なんやとぅ! 今全国の関西人の事を敵に回したで!!」

 

「にょおおおおおお~~~」

 

「ちょ!! とにかくこのままやとあかん!! ちょっと待っとき!!人呼んでくるから!!」

 

体が思うように動かなくなったのか、ナギの体が水面下へと沈み出した。 自分の体がまだ動くがこのまま浸かっていたらそのうちナギのようになるのではないかと咲夜は直感で判断した。

 

すぐさま自分も上がろうとしたその時である。 この浴場に入ってきた人物がいた。

 

「あらら、どうしたのかしら。 お嬢ちゃんたち、困り事?」

 

「あ、あの・・! 連れがのぼせちゃって・・・」

 

そこに入ってきたのはひとりの老婆だった。 浴衣を着たその老婆、髪は白髪でメガネをしていた。 まっすぐこちらへと向かってくる。

 

「あら大変。 このままじゃ危ないからすぐ上がらせないと・・・・誰か他にいる?」

 

「え・・・」

 

咲夜は思わず口を閉じた。 この温泉はいくら露天風呂の形をしていて湯気が立っていると言ってもこの狭い浴槽を見渡せないほどみえない訳じゃない。 自分たちがここにいるのは分かっているが、ほかの人物たちが居ないのかと聞いてきている。

これはもしかして。

 

「ごめんね、声だけで判断したんだけどね。 私もうよく目が見えないの・・・力もないし、お嬢ちゃんを引っ張るほどの力も無いわ」

 

「ああ、スイマセン! なんか悪いことしちゃったみたいで・・・」

 

「いいのよ。 年にはやっぱ勝てないわね」

 

と、笑った。 不思議な人だ。 と思っていたがナギの状況を思い出して再び慌て出した。

 

「そ、そうや! ナギをどうにかしないと・・・!!」

 

「あ~たしかにこれはまずそうですね~」

 

「ぐほぅ!!」

 

咲夜は湯から上がろうとしたときにすぐさま体を湯の中へとリターンすることになった。 なぜなら、目の前にはいつの間にかハヤテがいたからである。 

 

「なんで借金執事がここにおんのやぁあ!!」

 

「いや、だってここ・・・一応混浴ですし、お嬢様の叫び声も聞こえてきましたし・・・・」

 

顔を恥ずかしさのあまりに、ゆでダコのように真っ赤にさせる咲夜の言葉にハヤテはなんら罪の意識もないそうで返した。

 

「まぁ、とにかくお嬢様は僕が介抱するので。 咲夜さんは服を着てください」

 

とハヤテは湯の中に沈んでいたナギをその裸のままお姫様抱っこ。 

 

そう、裸のままである。

 

「あら、知り合いの人? よかったわね」

 

「あ、おばあちゃん。 もう大丈夫やで」

 

「はい、執事綾崎 ハヤテが参りましたから」

 

ハヤテの声を聞いた老婆が状況を理解したのか、安心そうに笑顔を浮かべていた。

しかし、改めてハヤテの声を聞いて困惑した顔になった。

 

「あら? 何故かしら・・・あなたって男よね・・・保護者にしては若すぎるし・・・犯罪の臭いがするわね」

 

「いや、僕をそんな風に呼ばないでくださいよ誤解です」

 

「なんていうのかしら・・・ロリコン?」

 

「だから違いますって!!」

 

「このお婆ちゃんやるなぁ」

 

見た目に寄らずハヤテに対してこのなかなか笑いのセンスを感じた咲夜であった。

 

「ん?」

 

終始お笑いムードが続くかと思った一同だが、ここでナギが目を覚ました。

 

「あ、お嬢さま気がつかれましたか?」

 

「・・・・」

 

ぼ~っとしながらハヤテを見るナギの目は未だに視点が定まっていないのかゆらゆらと泳いでいた。 そしてナギにはどう映ったのか、ハヤテの顔を見て

 

「あれ?母? どうしてこんなところに?」

 

「へ? お母さん?」

 

それは聞き間違えではないだろう。 ナギは明らかに自分の事を母と言った。 なにか夢でも見ているかと思ったハヤテは笑顔で返す。

 

「違いますよ。 僕はお母さんじゃなくて、ハヤテですよ」

 

「・・・・ハヤテ?」

 

ハヤテ。とその名を自分で口にしたとき、ナギの脳完全に覚醒した。 そして今いるこの状況を理解するのに時間があまり関わらなかったのはまさに不幸である。

 

「ぬおおおおおおお何をやっているのだお前はぁあああああ!!」

 

「ぐは!? お!! お嬢様さま!? 痛いですって!!」

 

やはりと言わんばかりにナギの攻撃を受けるハヤテ。 咲夜もやはりこうなってしまったかと飽きれる始末だった。

 

「ほほ。 面白い子だわ・・・でも犯罪はダメですよ?」

 

「だから違いますってぇぇええええ!!」

 

ハヤテの叫びが露天風呂で木霊するのであった。

 

 

 

「な? だから言っただろ? もうちょっと考えてから行けって」

 

「いや、そんなこと言われても・・・」

 

ナギの温泉騒動が収まって秘湯から出た一同。 ハヤテはテルから説教じみたことを食らっていた。

 

「だいたいお前は原作の教訓を全然生かしていない! だから見ろ! ほら!」

 

テルの指さす向こうではナギがいた。 しかし、いつも以上に不機嫌でこちらを向くと

 

「フン!!」

 

と顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

「このざまだよ! 軽率だっただよ! お前は! 俺にはそんな天然な経験は一度たりともなかったぜ!!」

 

この男も多分ノリで言ってるためか、マリアの着替えなどを覗いたりとしているので人のことを言えない。

 

そんなやりとりが続く中こちらは。

 

(くそぅ! まさかハヤテにまたもや裸を見られるとは・・・)

 

裸を見られるのは二回目。 もう羞恥心でナギは一杯だった。

 

(しかし、まったく照れたりしないではないか! あの態度はいかんだろ!常識的に考えて!!)

 

拳を握り締めて殺意を醸し出すナギだが突然頬に冷たい何かが当たる。 この経験は一度ある。 下田に行く途中に歩が自分にジュースを差し出した時のことだったか。

 

「あ・・・」

 

そんな事を思いながら振り返ると、先程の老婆がいた。

 

「しっかり水分とらないとね。 もう大丈夫かしら?」

 

差し出されたポカリを受け取ると

 

「あ、ありがとう・・ございます」

 

とギクシャクしながらだがナギは礼を言った。

 

「ふふ、素直でいい子で可愛いのね」

 

「そないことあらへん、いつもは根暗で融通のきかないめんどくさいやっちゃやで」

 

「こ、こら――――!! へんな事いうなぁ―――!!」

 

と、そのやりとりを見てか老婆の顔が綻んだ。

 

「うふふふ、面白い子達ね。 姉妹なのかしら?」

 

(凄い・・・)

 

(当てた・・・)

 

遠くで見ていたテルたちは驚きを隠せなかった。 しかしまぁ、とても落ち着いた老婆だ。

 

「すいません、飲み物まで買っていただいて・・・お礼は必ず」

 

礼を言うハヤテだったが老婆は笑った。

 

「いいのよ。 それに私なんて全然役に立ってなかったわ。 最後に助けたのは貴方よ変態さん」

 

「違いますから! 僕変態とかじゃありませんから!」

 

「おいおい、この婆ちゃんやるな」

 

「そう思うやろ! このお婆ちゃん笑いのセンスめっちゃあるで! こんな所に逸材がいるとはうちも思わんかったわ~」

 

咲夜とテルがうんうんと頷く。 咲夜と同世代だったら間違いなくお笑いコンビを組んでいただろう。

 

「それじゃ、私はこれで失礼するわね」

 

「あ! 待ってくれ!」

 

「・・・?」

 

不意にも老婆を呼び止めたのはナギだった。 少しカミカミになりながらもナギは言う。

 

「こ、ここでただで帰してしまっては、三千院家の名折れだ!! という訳でテル!!」

 

「え? 俺?」

 

「お前はこのお方を家まで丁重に送って差し上げろ。 それが終わるまで帰ってくるな」

 

「なんでさ!」

 

突然のことにテルは当然のごとく声を上げた。

しかしナギはテルの扱いが分かっているのか耳元に近づき。

 

「安心しろって、後でハーゲンダッツやるから。 あと、マリアには内緒にしていてやるよ」

 

「もちろんチョコチップだろうな」

 

((コイツ、落ちるのはえ――――!!))

 

耳打ちの内容がこちらまで聞こえてきたか、ハヤテと咲夜はそのテルの軽さに呆れ、絶望した。

 

 

 

 

結局、テルがこの老婆を家まで送っていくことになった。

 

「別にいいのにねぇ。 私は一人でも帰れるのに・・・」

 

「別に気にしなくてもいいぜ。 主の頼み事だからな、まっすぐな精神をもつ執事は従順なんだ」

 

「ホンマかい、糖分で簡単に釣られる精神をもつ執事やん」

 

「コラ、身も蓋もないことを言うんじゃあない。 それとなんで咲夜まで来てるんだよ」

 

林の中を進んでいくテルたちの後ろには老婆の手を引いていく咲夜の姿があった。

 

「なに、しっかりアンタの仕事っぷりを監視しないといかんからな」

 

「くそぅ、俺の信頼度ってどんくらいになってんの? お前らの中で」

 

「地の底まで落ちてると言ってもええで」

 

がくりと頭を垂れるテル。ここまで歯痒いことがあっただろうか。

マリアとかハヤテや咲夜までもがこういう評価。 途端に自信が無くなってきた。

 

「あら、私はそんな悪い人じゃなさそうに見えるわ。 私にとっては信頼にたる人物よ」

 

老婆にニッコリと言われてテルは頭を掻きながら照れくさそうにした。

 

「そんなついさっきあった人間を信頼するとか・・・・婆ちゃん、いい人すぎるだろ」

 

「うふふ、目が見えなくなると代わりに別のものが見えてくるのよ。 その人のこととかね」

 

「つまりは直感やな」

 

「そうかもね・・・あ、次の場所は右よ」

 

 しかし、このお婆ちゃん凄い。 これだけ足場が安定していない林道を目が見えない身でありながら迷うことなく歩いている。

 よく体の一部が破損したり、目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなった人はその失った器官を補うために別の器官が異常に発達するらしい。 このお婆ちゃんもその例のひとつだろう。

 

「でもこの道はなれちゃってるのに体はとても疲れてるの。 歳をとっちゃうのはホントイヤね」

 

腰を摩っている。 やはりこの年齢ともなると体力的にキツいのだろう。

それを見てか、テルは深くため息をついた。

 

「はぁ、俺も何十年もしたらこんな髪の毛の色になっちまうのかなぁ・・・」

 

「ふふ・・・この髪の毛はね、地毛なの」

 

はい? とこの場にいたテルと咲夜はまさかというくらいに驚いた。 若いときからこんな髪だったのかと思うと、ちょっと聞くべきではない内容だったかもしれないと思った。

 

それを雰囲気で感じ取ったのか、老婆はこちらを向いて慌てて手を振った。

 

「あまり気にしなくていいのよ? 私はもう悩んでなかったからいいの。 この髪の毛は私の一家の遺伝であり、証みたいなものだから」

 

そう言った老婆は笑顔を崩さなかった。 昔は悩んでいたに違いない。 だがそのコンプレックスをどこかで振り切った。 そんな前向きさが感じられた。

 

「テルもこんくらい前向きだったら良かったのになぁ」

 

「俺はいつだって前向きだ。 コンプレックスをバネにして成長してい――――」

 

「前向きだったらこんな温泉の効能をバカみたいに信じてここに来たりはせん」

 

 咲夜の一言にテルが唸る。 結局、温泉の効能とやらでテルの顔は全く変化が無かった。 

どこか変化があったわけでもなく、挙げるとすれば体がさらにだるくなった位だった。

 

そのやり取りを見てか老婆はくすくすと笑った。

 

「ふふ・・仲が良いのねあなた達、恋人だったりするのかしら?」

 

「なっ!! 何を言うてんねん!!そんな訳ないやないか!!」

 

老婆の一言に顔を真っ赤にする咲夜。 そしてこの男テルは動じることもなく。

 

「そうだぜ婆ちゃん。 こんな庶民派で美容院のことをパーマ屋さんとかいう大雑把な関西人と付き合う訳が―――」

 

「おどれはウチのことをそんな目で見てたんかい! つーか温泉での会話聞いてたやろぉぉぉぉぉ!!」

 

「ぶぺらあああああああ!!」

 

振り向きざま右ストレート。 そこらへんの素人にも通用するくらいの一撃がテルの顔面を直撃した。

 

 

 

咲夜とテルとのコントを経て、老婆の家へとようやく到着することができた。 レンガ造りの家だ。 聞けば、生まれてからこの家にずっと住んでいたという。 結構な実質数百年以上は立っている家らしく、とても古いとは言えない。

 

「いてててて!! 鶏が! 鶏が襲ってくる!!」

 

どうやらここの家には鶏が飼育されていたらしい。 何羽かが外に出ており、その鶏たちがテルの頭へと群がり始めた。

 

「ごめんね。 この子達元気がいいからね」

 

「いや、元気が良いからって・・・こら! 俺の頭を苗床にするのは止めろ! 俺の頭は決してそんな髪型をしているわけじゃねー!」

 

と、テルは鶏から逃げ出すがその後ろを鶏たちは追いかけていた。 テルは動物にも大人気らしい。

 

「それでね咲夜ちゃん、ちょっと私の話に付き合ってもらえないかしら」

 

「ええで。 あっちのバカテルも色んな意味で手が付けられなさそうだし・・・」

 

家の中へと入るとなかには暖炉があった。 まだ寒いこともあり、老婆はすぐに暖炉に火をつける。

 

「ここで一人で暮らしてるんか?」

 

「そうよ。 夫はもう三年前になくなっちゃって、そこからはずっと一人なの」

 

「寂しくないんか?」

 

「そうね・・・とても寂しいわ。 でも失った人たちとの何もかもが今の私を支えていてくれて、それは私と一緒にまだ生きているっていう証だと思ってるの」

 

これが人生経験の差なのだろうか。 笑顔から感じられるにこの余裕に咲夜はかっこいいなとも思ってしまう。

 

「孫娘だっていたのよ。 ほらこの写真、確か右が私で左が夫、したがその孫娘よ、可愛いでしょ?」

 

と懐から差し出された写真には老婆の言うとおり、写真に映る老婆とその夫の間にはひとりの白い髪をした少女が写っていた。 咲夜たちと同じ年齢だろうか。

 

「それでいて優しい子だったのよ・・・髪のこととかでよく不仲になったりしたわ」

 

「・・・・」

 

咲夜は先程からの老婆の話はほとんど『だった』というのが多い。 察するに、その孫娘もこの世には居ないのだろう。

 

 なぜだろうか。 この人の周りには悪霊でもついているかのように不幸が起こっている。

大切な人がどんどん減っていくというのはさぞ悲しいだろう。

 

「結婚はしてなかったけど、幸せな人生だったと思うわ。 あの子は剣道とかがすごくて門下生がいたほどだから・・その子達のことを本当の家族みたいに接していたらしいけど」

 

女性のみでありながら指導する身になるのはかなりの腕だと判断してよいだろう。 老婆は湯呑をテーブルの上に置いた。

 

「ほんとにお婆ちゃんは・・・悲しくないんか」

 

という咲夜。 老婆は少しも考えることなく、答える。

 

「悲しいくない分けがないわ。 だけど、私の心の中にいるから・・・それに、願ってももう時間は戻らないし」

 

過ぎた時間は決して戻ることはない。 時間は溝を埋めたり深めたりとできるが、命だけはどうしようもない。

 

「んー。 やっぱお婆ちゃんかっこええな。 あのバカみたいやわ」

 

咲夜はそう言って庭を走るテルを見て呟いた。 まだ鶏に追いかけられている。 なぜか途中から鶏の他に野ウサギもやってきているが。

 

「でもあの子、とても人から好かれるような心を持っているわ・・・お嬢ちゃんは嫌いかしら?」

 

「べ、別に嫌いではあらへんけど・・・ただなぁ・・」

 

(・・・もうちょい人の気持ちを察することができればええのになぁ)

 

老婆の問いにまんざらでもなさそうに答える咲夜。 だがいかんせん、その男はどうしようもなく馬鹿なのだ。 他人の明らかな好意にまったく気づかないほどの鈍感やろうなのだ。

 

 

 

 

話を終えた咲夜たちは自分たちの別荘に戻ることにした。 流石に、これ以上居座り続けるとマリアとかのお説教をくらいそうだったからだ。

 

「そんじゃあ邪魔したでお婆ちゃん、また遊びにくるさかいな」

 

「俺はもう来ないぞ・・・鶏とうさぎには絶対に遭いたくないからな」

 

そんな不適切発言を咲夜は見逃すことなく、制裁の鉄拳をテルに浴びせた。 老婆は手を振って答えた。

 

「またいつでも来てもいいわよ~変態さんによろしくね~」

 

と最後まで笑顔だったが、最後まで誤解を解くことができなかったハヤテは不幸である。

 

最後にテルは頭を掻きながら大きく手を上げて言った。

 

「なんかあったらいつでも呼んでもいい、この俺、善立 テルはいつでも会いに行くからよ!」

 

「・・・え?」

 

途端に老婆が笑みを止めた。 テルたちは既に向こうへと歩きだしている。 老婆はその名を確かに聞いた。 『善立』と。

 

もうテルたちの姿は見えなくなっていた。 もう夜に近い。 夜中の林道はいくら自分でも危険だ。 これ以上は動くとはできなかった。

 

誰もいなくなった空間で老婆は再びその写真を手に取り出して、震えながら呟いた。

 

「大変よ・・・百合子」

 

 

 

 






後書き
また新キャラ出てきた・・・やべぇよやべぇよ・・・。

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