ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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第71話~下田温泉湯煙事情その2~

鉢合わせ。 という言葉を皆さんご存知か。

 

言葉の意は思いがけなく出会うことである。

 

これらを極めて特殊なシチュエーションで解説するとこうなる。

 

『借金取りと家の出口で鉢合わせ』 byハヤテ

 

『サボっていたら屋敷でマリアと鉢合わせ』 byテル(後にぼこられる)

 

『歩いていたらインド人と鉢合わせ』 by伊澄(迷子)

 

そして今回のケースは。

 

 

 

 

俺は夢でも見ているのだろうか。 今回、自分で言ってもなんだがこの話では一応重要な役をやろうとしているんだよ。 以前からコイツ(テル)との因縁がなんだかとか話の中で色々とやっていたけど・・・なんで。

 

(え・・・えええええええええええ!?)

 

なんでこんな所でこいつと遭うんだよ!

 

(いやいや、ちょっと待てって、少し早すぎだろ! なんでここで遭遇イベント起こさなくちゃならないんだよ! こんなギャグあふれるような空間になんで俺がいなきゃならないんだよ!)

 

頭を掻きながら欠伸をかくテルに対して背を向けながら木原は心の中で絶叫していた。

 

時間の余裕が出来たことにより、各自は自由行動ということになったので木原は湯へと浸かりに来ていた。しかし、来てみたらどうだ。 なぜこんな所にこの男、善立 テルがいるのか。

 

(オイオイどうすんだ? こんな所でドンパチやらかすつもりもないし、俺だって全く心の準備をしていないんだぜ!?)

 

「なぁ・・・もしかして」

 

と、悩む木原に声がかけられた。 その相手は言わずとも隣のテルであった。

 

いかん。 と心の中でつぶやいてゆっくりと振り返るとテルは一言。

 

「五月蝿くて気に障ったか?」

 

(コイツ忘れてるぅぅぅぅっぅうぅぅうぅ!! 俺のこと完全に忘れてるぅぅぅぅぅぅぅぅう!!)

 

思わず握っていた拳をすぐさま湯の中へと沈めた。 

 

簡単に言うと、テルとこの木原、顔を合わせていたのもたったの一度である。 しかも一瞬。 

そんなんでテルが覚えられる筈がなかった。 当然のことである。

 

「いや、悪い。 連れがああいうのに巻き込まれるとんでもない奴なんだわ。 だからちょっと我慢してくれよ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

(お前だよ! どうしようもなくとんでもない奴はお前ッ!)

 

表面でさらっと言うが心の中ではツッコミ。 しかし、面識がない中でこの会話は当然だ。 出来るだけ他人の振りをしてやり過ごす。 この手に限る。

 

(そう言えばコイツは馬鹿だということを忘れてた)

 

などと思い出していると地上では変態が暴れていた。

 

「綾崎ィ! 俺の愛を、愛を・・・ッ!!」

 

「ホモはだまって帰って。どうぞ」

 

この面子の中で、唯一木原の顔を知っているのがハヤテだが、突如として現れた変態貴公子、虎徹とのやりとりでこちらに気づいていないのが幸いだ。

 

(その間にここを御暇するか・・・)

 

と、考えを浮かべる。 なぜならここには三千院家の執事が二人、そしてなんか知らないけど変な人物が二人、しかも仲間らしい。 この状況はまさに敵の巣窟なのだ。

 

「じゃ、俺はこれで・・・」

 

「おいおい待てよ」

 

湯船を離れようとしたところでテルが呼び止めた。 まさか遂にバレたか。と内心で焦る木原だったが。

 

「五月蝿くしちまったからな。 ちょっとこの温泉卵を食べねぇか」

 

とテルの右手には温泉卵・・・というには余りにも大きな卵。

 

「いや、これダチョウの卵?」

 

「そう。 さすが金持ち、温泉で食べる温泉卵も規格外って訳だ・・・まぁ、けっこうあったからいいんじゃないか?」

 

「さすがに他人の食べちゃあマズイんじゃ」

 

と、その時だ。 木原の後ろで誰かが吠えた。 見ると後ろでは先程から争っているハヤテと虎徹の前に立つ千里の姿があった。

 

「貴様らァ! 俺様のプライベートを怪我した罪は重いぞ! ここで湯に沈めてくれる!!」

 

「ちょ、千里先輩! 前かくしてから言ってくださいよ! 紳士としての自覚がないんですか!?」

 

と、千里に言及するのは虎徹だ。 この男が言えることではないというのは誰もが思っていることだ。

 

「王というのは堂々としているもの! 故に、隠すというその行為こそが姑息なことなのだ!!」

 

堂々と手を腰にかけて言い放つ千里。 タオルなんてまかれていない。 この温泉は少々湯気が多いのか、誰も見たくないが千里のブツはモヤがかかっていて見えない。

 

まぁ好んで見たいという人間はいないだろうが。

 

「先輩分かりました! 愛する人間にも! 身も心も全てさらけ出すということですね!」

 

何故か千里の言葉で感化されてしまったバカがいた。 感化された虎徹は腰に巻いていたタオルを外してハヤテの元へと走り出した。

 

「綾崎ィィィィィィイ!!」

 

「来るな――――――!!」

 

「待てェ! 俺様を無視して話を進めるな―――――!!」

 

 

「・・・な?」

 

「・・・・」

 

三人の男たちが湯船に入ることなく暴れている。 

 

木原は思った。この男たちは底知れない馬鹿なのだと。

今に分かったことではないが。

 

 

 

「いやぁ・・・極楽極楽」

 

湯につかること数分。 テルはこれまでの疲れをなくすくらいに温泉を満喫していた。 染みる湯加減、上を見上げれば伊豆の空。 これほど風味を堪能できる瞬間はないのではないか。

 

「ああ~ 普段の嫌なことも忘れられる・・・」

 

隣の木原も左肩に手をやって湯を堪能する。

 

「嫌なことってなんだよ?」

 

と木原の言葉にテルが反応した。 あまり話さないようにとしていたがバレないようにと心がけて話す。

 

「いや、俺の友達がもの凄いドメスティックバイオレンスな奴なんだよ。 自分の妹分(チビハネ)に俺がちょっとちょっかい出すと物理的に止めに来るんだ。 いつも無口なくせに行動力は半端ない」

 

木原はそう言うと深くため息をついた。その人物はもちろん言わずともわかるであろうが黒羽のことである。

 

「他人の妹なんてちょっかい出したらそりゃ報復だってくるわ。 それにしても妹想いなお姉ちゃんだこと」

 

なんも不審に思わず話を進めるテル。 木原の会話を聞いてその話を面白そうに聞いているのは気のせいだろうか。

 

しかしまぁ、一瞬チビハネを黒羽の妹と略してしまったがまぁあんま気にすることなくそれで通すことにする。 大体似たようなモンだからな。ほんと。

 

「実は俺も・・・」

 

「お前もか」

 

と、続くようにテルがため息をついた。

 

「俺の仕事場の上司も結構キツくてねー。ミスした時の罰が鈍器を投げてくるんだよ。 最近じゃ喉仏切断しようと俺の喉を鷲掴みしてくる・・・悪い人じゃないんだけどさ、綺麗だし」

 

「職場変えたほうがいいんじゃないか? 他人の俺がどうこう言える立場じゃないけどさ」

 

(コイツ、今けっこうとんでもない所で働いてるんだな・・・)

 

心の中で敵ながらも木原は同情した。 そしてお互いに大きくため息をついて。

 

「「お互い、苦労してるな~」」

 

と力なく笑うのだった。

 

「でも悪いことばかりなわけじゃなかった」

 

ため息の後、木原が上を見上げて呟いた。 湯気の先に見えるのは伊豆の空である。 

 

「もの凄いバカな奴が居てさぁ、どこか抜けてて、後先を考えないで走って。途中でめんどくさくなって放り投げるようないい加減なヤツ・・・そいつと一時期一緒だった」

 

「ほぅ・・・」

 

なんか、共感できる話だな。 とテルは心の中で思う。

 

だけど。  と木原は続けて

 

「他人の事になると身一つで相手がデカくても立ち向かってく、やっぱり馬鹿な奴だった・・・正義の味方気取りかよ馬鹿か。 って言ってたけどそいつは」

 

木原は目を瞑って思い出す。 たしかその男はこう言ったのだ。

 

『これも他を寄せ付かせねぇ大馬鹿野郎の性分なんでね。 知ってるか? 大馬鹿野郎は学がなくても自分の性根には正直だ。 だから言える。 俺が実行できるのは俺が全身で心のままに反応してるからだ』

 

 

・・・だから俺は、お前を見捨てない。

 

 

「・・・今はどこにいるのか分からないけどな。 引っ越しちまったし」

 

「そうか。 でもそういう馬鹿なことを言う奴は、どこに行っても同じことを繰り返してるに違えねぇな」

 

岩盤に背をあずけて、同じく空を見上げるテル。 その男の話を聞いて親近感が湧いた。

 

「そうだな・・・馬鹿は繰り返すよな・・・分かっていても繰り返すよな」

 

最後に、よかった。

 

心で納得したように湯から上がる。 心配をしていたが、そんな必要はなかった。 喉のつっかえがなくなったような気分で木原は晴れ晴れとしていた。

 

「あん? もう行くのかよ?」

 

テルが呼び止めると木原はその緩んだ笑みを向けて頷く。

 

「ああ。 連れと来てるんだ。 もう少しここで下田を堪能していくかな・・・明日には帰るけど」

 

「そうかよ」

 

ふぃー、と息を空へと吐き出して手を振って、テルは最後に一言。

 

「じゃあな、失礼なことをいうけど言わせてくれ、捕まるなよ。 なんかアンタ、顔で結構苦労しているクチだろ? あとその腕とか」

 

その言葉を聞いてまた木原は笑った。上がったときにタオルで隠しておいた義手がバレたらしい。だがそんな事にしても何も気にしないといったところか、 手を振って湯を後にした。

 

バカ王子と執事二人はまだ無駄な争いを続けている。 一般のお客にも迷惑がかかるというのがわからないのだろうか。

 

テルの水面に写った顔がすこしだけ変だった。 何やらさっきの男の話を聞いてから、胸の当たりに、そして頭の当たりに引っかかるものがある。

 

水を掬って顔にかけた。 熱い水が表面の皮膚を刺激する。

 

「・・・なんか、忘れてる気がする」

 

 

 

 

「・・・・」

 

『遅刻だコノヤロー! 遅い奴には罰金だ! 罰金罰金! バッキンガム!!』

 

一人、暖簾から出てきた木原は目の前にいるひとりの少女に出会った。 肩にはそれに似た小さな物体もいる。 今までなら気配だけで誰なのかわかるのだが、今回だけはその人物の顔を見るまで黒羽とは分からなかった。

 

どうやら自分はかなり浮かれていたらしい。

 

『バッキン、バッキン、バッキンガム!!』

 

「おう、そっちも終わったのか?」

 

『ぷぎゃ―――――!!』

 

右手でチビハネを握って黙らせる。 木原の問いに頷いた黒羽は頭にタオルを乗せていた。 どこかのオッサンか、と心の中でツッコンだ木原である。

 

「じゃあ、ぼちぼち準備でも始めますか」

 

ポケットに手を突っ込んで牛乳を手に取る。 先ほど買ったものだ。 やはり入浴の後にはこのいっぱいだろう。

 

「・・・どうしたの」

 

牛乳の蓋を開けようとした時だ。 黒羽がこちらを見て言った。

 

「今日は、どこか・・・上機嫌」

 

そうか? と返すと黒羽はまたしても頷いてみせる。 一本の牛乳を飲み干して、その問いに答えた。

 

「なに、いつまで経っても変わらないっていうのがあるのはやっぱいいもんだよな・・・ってね」

 

牛乳瓶を箱に入れ、黒羽と向き合ったときには木原の纏うものが別のものへと変わっていた。 先程の上機嫌さはなくなり、逆に不機嫌な表情へと変貌を遂げる。

 

「行こう、作戦は今日の夜だ。 直接綾崎ハヤテのいる場所へと乗り込んで、『石』を奪い取る」

 

(もし、その時にアイツが俺の前に立ちふさがった時は・・・その時は・・・)

 

 

 






後書き
義手をつけたまま温泉に入っている木原くんに突っ込んだらいけないよ。

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