ハヤテのごとく!~another combat butler~ 作:バロックス(駄犬
場所は変わり、ここはラーメン辰屋。 テルの行きつけのラーメン屋である。
香ばしい豚骨ラーメンの香りが漂う店内。
放課後、テルは体調も良くなり、体調不良のせいで取ることができなかった朝と昼の分を取り返そうとしていた。
テルが箸を割り、さぁ食べようとした時である。
「翼を生やしたお化け?」
麺を半分食べようとしていた時、辰屋のその言葉にテルは箸を止めた。
「そうだ。 なんでもココ数日、夜になると翼を生やしたお化けが現れるって話だ」
ロシア人のアルバイト、バルトが続ける。
「ふーん、どこぞのアニメ好きの坊ちゃんが見た幻じゃねぇの?」
堕落しきったかんじでテルは構わずズルズルと麺を口に運んだ。
「まぁそうだな。 確かに目撃したヤツはかなりのアニメ好きだ。しかし他の奴らも口を揃えて天使だの鳥人だの言う……1人はたしか隣近所の大塚さんだったか?」
「いや辰屋殿・・・たしか犬塚さんではなかったか?」
「バルト、ダメだ。 俺はもう点が付いてるかどうかも区別できなくなったらしい・・・」
「どーでもいいけどよ、アニメとかに振り回されて現実と二次元の区別つけられないとなるとは……日本も末だなぁオイ」
他人事のようにテルが呟く。 バルトも腕を組みながらウンウンと首を縦に振った。
「まったくだな……これでは荒んだ日本になってしまうのも時間の問題・・・」
「さりげなく俺のメンマ奪ったなテメェ・・・」
テルはバルトの口の動きに注目一体、腕を組みながらどうやって取ったと疑問を浮かべながら睨み付ける。 口をモゴモゴと動かしているバルトは動じることなく言った。
「違う違う。 これは飴玉だ。 疲れたときは糖分、働いているときもまた糖分・・・」
「黙れエセ外国人、飴玉はシャキシャキと音はたてねーよ」
「エセじゃない! バルトだ!! 生粋のロシア人だ!!」
「テメェーら黙りやがれぇぇ!! 周りの客に迷惑だろうがァァア!!」
ゴキン! と、テルとバルトの両方の頭に辰屋の鉄拳が飛び、しばらく二人は大人しくなった。
「お化け・・・ねぇ・・・」
鉄拳制裁の痛みに耐えながらテルは残りのスープを一気に飲み干す。 実際、そのようなSFじみた世界とはもう既に繋がりを持っており、さほど驚いたりはしなかった。
----そして、夜。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「アレどこ行くんですかテルさん?」
夜の八時頃を回ったあたりか、仕事を終えたテルが何やら支度をして玄関に向かったのをハヤテが発見。 声を掛けられる。
「お仕事だ」
テルは力なく言うと、ハヤテは分かったかのように手をぽんっと叩く。
「ああ、伊澄さんのお手伝いですね?」
「まぁそんな所だ。 多分おれは今日は屋敷には帰れないだろう・・・」
眠そうなテルだが仕方ない。 悪霊退治はたいて夜に行われる。 しかも不定期であり、伊澄からの連絡があり次第問答無用で駆り出されるのだ。 そのため、テルは朝帰りを余儀なくされている。
「僕も行きましょうか?」
ハヤテが心配そうに言ったがテルが手をかざして制する。
「いんや、構わない。 どうせ伊澄が一人で片付けちまうし必要ねぇだろ。 それに最近生きのいい新人さんが仲間になったからな」
そう。 たいていの荒事はほとんど伊澄に任せている。 テルは何をするのか? 聞くまでもない、ほとんどが伊澄のサポートだ。 そう、囮役という名の。
ちなみに、最近入った新人というのは某関西人だ。
「咲夜さんも大変ですね・・・」
「まぁそうなんだがな? 確かに半分強制だから、幼馴染だから結構な頻度で咲夜が伊澄と居ることがあるよ? でもテルさんはポジションチェンジなんて全然気にしてないよ?」
「本当は気にしてるんですね・・・」
「んな訳ねーじゃん? テルさんそこまで寂しがりやな訳ないじゃん!? 遅刻が多いからって左遷されたわけでもないしィ? 今日だってもう既に一時間くらいもう遅れてるから機嫌直しにハーゲンダッツあいつ等に買ってやるけど別にいつも遅れてるから左遷された訳じゃないんだからね!?」
「原因は明白ですね・・・」
その様子を見た限り、ある程度の察しがついたハヤテはやれやれと言った表情だ。
「ヤベェ・・・もう俺の財布には五百円玉しか存在しない・・・ハヤテ、ちょっくら貸しry」
「嫌ですよ♪ 僕だってギリギリですから♪」
最近ではハヤテもテルに対して扱いが変わってきたようである。
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場所は変わり、どこぞの神社。 鳥居を抜けたそこには大きく空間が広がっている。 夜の神社は怖いという風評もあってか、人はいない。
そこを生業としている者たちを除いてだが。
砂塵と爆発が起こり、辺りは散らかされたと言うよりは戦争でも起きたのかという惨状。
あちらこちらの地面はクレーターを作り、神社の犬神の像は原型を留めていない位に崩れている。
「ぷはっ・・・しんど」
突如、土の中から一人の少女が這い出てきた。 テルの言っていたもう一人の新人こと、愛沢 咲夜である。
「相変わらずど派手にやりおったな~」
「ごめんなさい咲夜・・・大丈夫だった?」
砂埃を払う咲夜の前には和服を着た一人の少女が立っていた。 鷺ノ宮 伊澄である。
「この惨状を見る限り大丈夫なんて言える訳ないやないかい!!」
パシン! と咲夜お手製のビックハリセンが伊澄の頭に炸裂する。
「あう・・・」
あまりにも決まってしまったのか、少しばかり頭を押さえる伊澄。 咲夜は腕を組みながら続けた。
「しかし今回はかなり手こずったんな~」
「すみません・・・なかなか手ごわかったので・・・ごほっ」
と手を口に当てて咳払いする伊澄に咲夜が気づいたか心配そうに聞いた。
「なんや自分、体調でも悪いんか?」
「そんなことないわ。 少しだけ疲れただけよ・・・」
ふぅと咳が収まったのを確認して、いつものようなゆったりした喋り方になる伊澄。
「そうか、ならえんやけどな・・・ところでコレどないするん?」
咲夜がそう指すのはこの荒れ果てた神社だ。 一応明日にも来るか分からないが参拝客、つまり一般人だって来るのだ。 この荒れようは流石にマズイ。
「大丈夫よ咲夜、こういう時はあとで式神をつかって直しますから・・・」
「出たな陰陽師の特権・・・」
キランと目を光らせる伊澄に咲夜がぼそりと呟いた。
「ところで・・・テルはまた遅刻かいな」
首に手をやる咲夜はこの場にいないもう一人の人物の名を呟く。
「まったくです・・・咲夜が来てからというもの、最近は仕事もサボりがちで・・・」
「いや、それじゃまるでウチが来てから来なくなったみたいになっとるやんか・・・」
袖で口元を隠しながら不満を言う伊澄に咲夜が冷静にツッコム。 ふと気づいたかのように咲夜が伊澄に聞いた。
「そう言えば伊澄さん、テルの事どう思っとるん?」
「え?」
その言葉にか、伊澄は一瞬思考を停止したかのように動きを止めた。 しかし言葉の意味を理解したか、慌てて咲夜に聞き返す。
「どう・・・どうって、どういうことかしら・・・」
「ん? いや別にな? この仕事してて分かったんやけどな、テルの隣に立っている伊澄さん、メッチャ楽しそうな顔しとるからな~」
ちょっとばかり小悪魔じみた笑みを浮かべる咲夜に対し、夜だというのに薄暗くてあまり顔色が分かりづらいのだが、伊澄の頬は紅くなっていた。
「そ、その・・・」
「ん? 実際どうなんや? ん?ん?」
面白がって咲夜は続けるが伊澄は一向に恥ずかしそうにして、話そうとしない。
しかし、ようやく伊澄が口を開いた。
「なんと言えばいいのか・・・分かりません・・・」
「・・・・そっか」
(これは・・・相当やで)
伊澄に気付かれることなく笑うと咲夜はこの話を切り上げることにした。
(しかし、あの万年金欠しそうで死んだ魚の目をしたあの男にそんな価値があるんかいな・・・)
その点だけを見るととても他の女に声を掛けられるようなことはないと第一印象で決めていた咲夜は不思議に思っていた。
(はぁ・・・これじゃホントにワタルが可哀想になってきたで・・・)
またしてもため息、どこぞのレンタルビデオ店の子供店長のことを考えていた咲夜だったが
「まったく咲夜は・・・ごほっ」
伊澄の咳に反応して思考を中断した。
「なんや、熱でもあるんやないか自分?」
よく見ると、伊澄の顔は熟れたリンゴのように赤かった。 どことなく息遣いも荒い。 目も少しばかりか覚束無さそうだ。
「実際立ってるだけでも辛いんとちゃうんか?」
「だ、大丈夫よ・・・疲れてるだけで・・・・」
そう言って、伊澄は笑顔を浮かべる。 しかしそれが作り笑顔だというのは見て分かった。
「ま、もう少ししたらテルも来るしな。 責任もって負んぶしてもらわなあかんな~」
「も、もう~! 咲夜~~!!」
「嫌なん?」
そう言うと、またしても黙り込んでしまう。 今度は頭から湯気が出てきていた。 ここまで来ると正直すぎて笑えてくる。 ますますワタルが可哀想になった。
結構この生活にも慣れてきていた咲夜はこの状況下でも笑い飛ばしてくれる度胸があった。 彼女の中ではどんな時でも『爆笑』を心がけているからだ。
(今はもう・・・一人じゃない・・・)
伊澄は思う。光の巫女として悪霊と戦う日々。 ずっと一人だった。 誰かに話しても信じてもらえないだろうから、信じたとしても自分のいる世界は楽しいことはない、逆に危険だけが満ち溢れている。
それでも彼は逃げなかった。
そばに居てやると言った。
自分はそれに応えられているだろうか。
少なくとも・・・・彼女の中で、守らなければならない者が増えたのは確かだ。
だからこそ誰も傷つけない。させない。 それだけの決意が彼女にはあった。
「私は幸せだったんですね・・・咲夜」
少しばかりボーッとした眼差しで呟く。 咲夜は笑いながら返した。
「ちゃうちゃう、幸せなんやで? 伊澄さん」
「そうね」
そうお互いにクスクスと笑う。 あとはこの場所にもう一人来ればいいのだが・・・と考えていた時だった。
「・・・・?」
風が・・・・吹いた。
「おお、寒い寒い。 これは風も引いてまうわ・・・ってどないしたん伊澄さん?」
咲夜が両肩を押さえながら咲夜を見た。 普段見せない、悪霊退治に見せる険しい表情。
「・・・これは?」
伊澄が辺りを見回す。 勘という以前に、脳が認識するよりも早く肌という器官が察知した。
その気配を探り、その『何か』の場所を特定する。
「・・・・!!」
それが自分の後方にいるとは最初は分からなかった。 ちょうど雲がかかり、月が隠れていたからだ。
後方の鳥居の上に『そいつ』は立っている。
「あなたは・・・?」
次第に雲に隠れていた月が姿を現す。 と、同時に月明かりに照らされその姿が明らかになった。
『そいつ』は伊澄の意を介さず、地面に降りた。
「うわっ」
咲夜が声を上げる。 鳥居は少なくとも6~7メートル位あるだろうか。 そこから直立姿勢のまま飛び降りた。
ストッ。
と静かな音だけを立てて『そいつ』は着地した。
月明かりに照らされたのは一目見れば分かる位の黒が目立ち、若干の白のラインが入ったローブを着た『人』だ。
(・・・人?)
それでも伊澄は疑念を巡らせていた。 目の前にいる奴は少なからずとも『人』だ。 黒のローブの袖からは白い肌をさらして、黒のブーツがあるところ足もあるのだと理解できる。
しかし、この背筋からくるものは何だろうか。 生まれてこの方、背筋が凍るほどゾッと感じたことはない。
(悪霊?・・・いったいこれは・・・)
渦巻く疑念を振り払おうと札を構えたその刹那。 相手が右手を翳してきたのが見えた。
その瞬間、伊澄は本能的な反射で前方に結界を張った。
その判断は正解だったようで伊澄の結界に『何か』がぶつかる。
力と力の衝突により、地面の砂が舞い上がった。
「これは・・・・」
砂埃が晴れてきて目に入った光景に伊澄は驚愕した。
結界にぶつかってきたのは先端が尖った黒い物体まるで槍だ。 しかし驚くのはその出所。 それは細く伸びてフードの翳した右の掌から出てきていた。
「・・・・・」
フードの人物は何かが自身の『攻撃』を阻んだのが分かったのか、その槍を自身の掌の中に『戻す』。
「う、腕の中に消えたで・・・」
咲夜もその光景をみて唖然としていた。
「咲夜、私から離れないで・・・」
「え? 何を言って・・・ってまた来た!!」
咲夜が言いかけたところでフードはまた右手を翳して黒い槍を放つ。
「同じ手・・・ッッ」
と、同じく前方に結界を展開した。 だがそれを図ったかのように槍は結界に直撃する寸前に枝分かれした。
「うわっ! 色んな所から来るーーー!!」
「くっ!!」
前方に結界を張っていたために虚を突かれたが、伊澄は即座に全方位に結界を展開。 激しい衝撃音が四方八方から襲ってきた。
「はぁ・・・はぁ・・」
黒い槍はまたしても貫けず、主の元へ戻っていく。 ここで咲夜があることに気付いた。
「伊澄さん・・・息が荒いで?」
「え?」
そう。 先ほどから、伊澄は自身の体調の変化に気付けないでいた。 頭がぼんやりして集中力が足りず、額からは異常なほどの汗が出ていた。
「・・・・・」
それを見たフードの人物は同じように黒い槍を放つ。 しかし今度は両手だ。
二本の両手から放たれた槍は同じく枝分かれし、無数の槍と化す。
その量に空一面が漆黒の色で塗りつぶされた。
「耐える!!」
その決意のもと、防御意識して、全方位ほ結界を作り出す。 次の瞬間、槍の雨が襲いかかってきた。
何千何万という槍の衝撃に結界は耐えてくれるだろうか。
(なにがなんでも・・・守って見せる!)
辛い体力の中、それだけを想い、力を込める。
先ほどとは尋常ではないほどの砂埃が舞い上がる。
襲ってくる衝撃がなくなるのを確認すると伊澄は安堵した。
「耐えた・・・」
荒い息を吐きながらフードの人物を見据える。 しかしその目に映った光景を見て、伊澄は目を見開いた。
大木が浮いている、否、持ち上げられているのだ。 今度は黒い腕が肩から伸びて、その大木を持ち上げていた。
「うわああああ! 伊澄さんまた来るで! 結界結界!!」
振りかざしているのを見てその大木を叩きつけてくるのは明白だろう。 しかし同じように結界を使って守ればいいと咲夜は簡単に言うが、伊澄は顔をしかめた。
「この結界は霊的な攻撃の類を完全に遮断するけど・・・それ以外は」
そこから先は言わなくても分かった。 つまり、物理にはめちゃくちゃ弱いということだ。
「ぬおおおおおお!!」
大木が動きを見せた瞬間、咲夜が叫び声を上げながら伊澄の手を引いてその場から退避。 振り下ろされた大木は轟音を上げて地面に叩きつけられた。
「どわぁぁぁ!!」
地を揺るがす威力に、二人は見事に地面に伏した。
「なんか無いんか伊澄さん!! マジヤバいこの状況を打開する術とか!!」
手をばたつかせながら伊澄に聞くが、肝心の伊澄には聞こえてなかった。
(ああ、マズイ・・・)
目の前の景色が歪む。
(力が・・・・)
歪んだ伊景色を少しだけはっきりさせると右手を翳しているフードの姿が見て取れた。
この状況、何かしないと確実にやられる。 しかしその手段すら考えられないのだ。
まさに絶体絶命。
(テル・・・さま!)
その名を心の中で叫んだ時、黒い槍が二人に向かって放たれた。
「なあぁぁぁぁあ!!?」
咲夜も覚悟して目をつぶった時だった。
べちゃ。
と、何かぶちまけたかのような音が聞こえる。 恐る恐る目を開けると、そこには槍に貫かれたアイスがあった。
「・・・・・」
フードの方にもアイスは投げられていたようで、肩から飛び出ていた槍がそのアイスを貫いている。
「あ~あ、オレの小遣い全部無くなっちゃたよ。 どうしてくれる?」
月明かりに照らされた男は残念そうに頭を掻いていた。
「テメェら、ご近所迷惑ってのが分かってねぇな、特に関西! 叫びすぎて耳が破裂しそうだっつーの!!」
ダルそうに答えると、右手に携えていた鉄パイプを肩に担いだ人物は・・・
「さて・・・お前は何モンだ?」
善立 テルその人であった。
後書き
テルの好きなアイスはハーゲンダッツのラムレーズン。