ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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ついに始まったマラソン大会、順調な走りを見せるハヤテペア。 一方一人スタートラインすら踏んでいないテルは? 第二部はテル以外にも新キャラが出てきます。  追記。 またしても抜けていた部分があったため、修正しておきました。 何度もすいません。






第26話~マラソンは楽できないスポーツ~

大会、いざ始まる。

ここは大会本部。 午前の部で大会を終わらせた暇な人々が大型テレビで観戦できる場所だ。

 

さらにここは本部ということもあり名?解説者なおかげで実況動画と早変わり。

 

 

『さぁ始まりました、マラソン自由型!! 伝統のコースを制して賞金を手にするのは誰か?』

 

実況者、瀬川 泉がなりきったように解説を行う。

 

『なおここからは各所に点在するモニターを元に生徒会放送局がゲストと共に解説を行っています。 最初のゲストは早々に橘 ワタルくんです』

 

『宜しくお願いします』

 

解説席に座っているワタルは手を組ながら冷静に答える。

 

『ワタルくんは今回の自由型に出場するハズでしたが……一体どうしたんですか?』

 

『ハイ。 出場予定でしたがペアの人が遅刻したため、どうせ今から走っても勝てないだろと思い、解説に回らせていただきました』

 

『あ~、そのペアの人物はどうしたんですかね?』

 

『さぁ、どこにいるんでしょうか』

 

淡々とワタルは解説するが、本心は穏やかではない。

 

『おや? スタート地点から奇妙な光景が』

 

泉が目をやると既に誰も居なくなったスタート地点に一人の人物が目に飛び込んできた。

 

 

『おや? あれは善立 テルくんです!』

 

『アイツめ、今更来やがりましたね』

 

『まさかワタルくんのペアとは……』

 

『はい、まさしくアイツです』

 

ワタルの言葉に泉は苦笑い。

 

モニターには補助員ともめるテルの姿が目に見えた。

 

 

 

 

 

 

「だから今来たって言ってんだろうが!なんでダメなんだよ!」

 

「ダメも何も、君は自分のペアを連れて来てないじゃないか」

 

「うっせーなハゲ、その帽子取り上げて残りない髪を剃り上げてやろうか」

 

「なんだとォォォ! まだハゲてねーから! まだ28だから若いから!」

 

補助員とテルの揉み合いは未だに続く。 テルとしては今から直ぐにスタートしたい。 だが規則として、二人一組がルールの自由型はペアがいなくては参加することができないのだ。

 

「分かったよ。ならペアを連れてくればいいんだな?」

 

テルは執事服のポケットから携帯を取り出した。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 

 

『どうやらまだ揉めていますね』

 

『そうですね。 これから何をするのか皆目見当つきません』

 

泉とワタルは携帯片手にしているテルに同じ意見を持っていた。

 

『ではレースの方に話を戻したいと思います!』

 

『そうですね。その方がいいです』

 

(一体何をする気だ?)

 

疑問が浮かんでいたワタルだった。

 

 

 

 

 

「うーん。先頭からだいぶ離されましたねぇ」

 

各地に点在するモニターを見て呟くのはハヤテだ。

「どうですかお嬢さま……まだ走れますか……って、聞くまでもないですね」

 

ハヤテはちらっとナギを見たが、ナギは枝を杖替わりに立っているのがやっとのように涙目を浮かべる。

 

「ではそろそろ……作戦開始といきますか」

 

ハヤテはそう言うと一枚の冊子を取り出した。

 

「作戦って?」

 

「以前ヒナギクさんがくれたこのレースについての説明書ですが……これによるとこのレースは各チェックポイントをクリアーしてゴールするので、チェックポイントを通過すればコースに従う必要はないんですよ」

 

 

「ほぅ……」

 

「だからお嬢さまを抱えて、チェックポイントを一気にショートカットしていこうかと」

 

「なるほど……え?」

 

途中まで納得していたナギ、しかし後の言葉を考えてみると

 

「やっ!!ばか!!ちょっ、ちょっと待て!!」

 

「へっ? なぜです?確かにメインコース以外の道を行くものは勇気あるものだけが行けとありますが……」

 

「そういう問題じゃなくてだ!!」

 

事の重大さを理解していないハヤテにナギは体をもじもじとさせる。

 

「抱えていくってお前、今体操服だし……それに走ったから……いっぱい汗かいてるし…だから…その…」

 

「大丈夫ですよ。 僕そういうの全然気にしませんし平気です」

 

「私は気にするって、うわっ!」

 

ナギの言葉を笑顔で聞かずに、ハヤテはナギに抱き抱えられた。

 

「そんなの気にしていたら優勝できませんよ」

 

「うわああああ!ばかああああ!!」

 

 

ハヤテは一気に脚に力を込めて、森の中に駆け出した。

 

 

 

ここは白皇学院敷地内……のハズだが、そこは見渡すばかり新世界、異常な成長を遂げた木々や苔などが溢れたジャングル地帯になっていた。イメージは死の森に近い。

 

そのジャングル地帯を突き進む二人の人影。

 

「まぁ確かにあの長いコースを地道に走るのは気が抜けるので分かりますが……ここって学校の敷地内ですよね? 唯子さん」

 

灰色のポニーテールを特徴とした少女が先頭たって歩く唯子に聞いた。

 

「うむ。 その通りだ書記くん、敷地内でありこれがショートカットのコースでもある」

 

「今更ながらに突っ込むのなんですが、本当に大丈夫なんですかここは?」

 

「大丈夫なんじゃないか書記くん。 少なくとも学校の中だ。猛獣なんているわけがない」

 

二人はどんどん奥へと進んでいく。 次第に茂みが濃くなり、奇妙な虫が現れ始めた。

 

「だいたい二人一組参加というのがおかしいですよ。 なんの為の二人一組なんですか?」

 

「それはだな書記くん、一人が遭難してももう一人が助けを呼びにいけるようにするためさ!!」

 

「メチャメチャ危険じゃないですかぁぁーー!!」

 

顔をにやつかせ、手をうらめしそうにする唯子に、書記は猛然と突っ込んだ。

 

「唯子さん、いくらあなたが三年の委員長としても勝手が過ぎます! 私の意見はいつも聞いてくれないし! なんでもできるからってヒドいです!」

 

書記は不満を余す事無く言い放つ。 唯子は黙ってそれを聞き、頷いた。

 

「確かに、いくらか私の身勝手さがある。 この自由型に参加したのは単に私が面白そうだという理由がそうだ……だが」

 

立ち止まった唯子は振り返り、手を差し出した。

 

「私は全力で君を守ろう。 いかなる時も、君の身を脅かす者がいれば、私は最低でも君はケガ無くゴールに送り届ける所存だ」

 

「あ……」

 

風により、黒い長髪が凛々しくなびく。

 

その瞳は追随を許さないかのように笑っているが意志のある瞳だった。

 

一瞬だがときめいてしまう自分がいる格好いいそう思った。

 

「………ズルいです」

 

思わず手を握りしめて唯子に示すのは信頼。 互いに了承したという事だ。

 

「さてチェックポイントはもうすぐだが……」

 

「へ? ひゃ……」

 

グイッと左手を引っ張られて書記は唯子に抱きしめられる。

 

「まぁ時間はあるだろうし? 幸いにここは人気は少ないので思う存分……」

 

「委員長! セクハラは禁止です!」

 

「セクハラではないのだよ書記くん、スキンシップと言いたまえ」

 

「スキンシップにもほどがあります!!って、にゃあああああ!!」

 

 

森の世界に黄色い声が響いていた。

 

 

 

『いや~どこも彼処も盛り上がっていますね~』

 

『どこか不健全な匂いがしますがまぁいいでしょう』

 

『ぶっちゃけた話、「正直もうキツいからやってらんねー」と既にリタイアが続出との事ですが……どうですかワタルくん?』

 

『名門ですからね。体力ないですね』

 

『取り敢えず今はこんな感じになっていますね』

 

一位 先生コンビ

 

二位 ?

 

三位 ?

 

四位 ?

 

五位 ハヤテペア

 

六位 生徒会長

 

七位 委員長、書記ペア

 

最下位 テル

 

 

『波乱はありますでしょうか、誰が優勝するか分かりませんね』

 

『そうですね。ではワタルくんは誰が来ると予想しますか?』

 

『恐らく、生徒会長と委員長、三千院家の三つ巴になるでしょう。 生徒会長が六位という状況に納得いきませんが……』

 

『なるほど……でも!!』

 

『はい?』

 

泉が突然とマイクを片手に立ち上がった。

 

『このレースには今回はとんでも無い人物が登場しているのです!』

 

『はぁ……』

 

『白皇学院の上級生なら耳がバーストするくらい聞いているはずです! あ!来ました! 来ました! 白皇学院のモンスターこと、乙葉(おとは) 千里(せんり)くんだぁーー!!』

 

 

 

「なはははは! 優勝は私のものだぁーー!!」

 

レースのトップを走るのは雪路と体育教員の薫 京ノ介 。

「一億五千万はァ! 私のもんだァァァ!!」

 

(ドンペリよ私の為に待ってなさァァァい!!)

 

ペアの襟首を引きずりながら走る雪路は踊る欲望に身を任せ、怒涛の走りを見せていた。

 

このままでは雪路の優勝は堅い。

 

しかし、トップには邪魔という因果がつき物だ。

 

「そんな事はさせんぞ!!」

 

「む!?」

雪路はどこからか聞こえた威厳ある声に立ち止まる。

 

 

ゴロゴロ……

 

「な、なに?」

 

向こうの茂みから聞こえる奇っ怪な音に、雪路はたじろいだ。 そして次の瞬間。

 

「ハァッ!!」

 

まるで馬をかるような声と共に茂みから一台の山車とともに男が現れた。

 

山車は急ブレーキを掛けたように、雪路の前にドリフトで止まる。

 

「それ以上の横暴、この乙葉 千里が許さんッ!!」

 

金髪を逆立て、鋭い瞳を持つなかなか整った顔立ち、まるで王のような威厳を放つ。 身長は180はあるだろうか、かなり高い。

 

 

「あなたは千里くん!? 自由型にも参加していたのね!?」

 

「その通りだ! この自由型を制してこそ、俺の栄光のロードは始まる!」

 

千里は雪路を指差して言い放つ。

 

「この学院の生徒は、いや! 世界は望んでいる! 俺がキングになるということを!!」

 

 

雪路を指したかと思えば今度ははるか空を指す。 まるで後光がさしたように千里が輝いて見えるのは雪路の幻覚だろう。

 

 

『とんでも無い登場の仕方ですね』

 

『そうですね~でも男性の部では一位を総なめしたのは千里くんなのです~』

 

モニターに映る千里を見ながら、泉達の状況が続く。

 

『どういう人物か分かりますか泉さん?』

 

『はい♪ 千里くんは学院屈指の俺様キャラで、あたかめ自分が王様のような振る舞いをする、他人を寄せ付けない雰囲気を持つ一匹狼! 「小手先など愚の骨頂、全ては力で押し通す。」それがモットーーの二年生です♪』

 

『詳しい解説有難うございます。 しかし、先ほどから観客が騒いでいますね?』

 

ワタルは後ろの観客席を見渡す。 何故だかみんなため息をつき、なにやら暗い感じで呟いている。

 

 

きた…きた……

 

奴が…きた……

 

また…きた………

 

ざわ…ざわ……

 

『まぁ、頭の良い学校であんなキャラがいたら当然ウザいの極みですね~』

 

『多分そうかもしれません。 しかしあの山車は何でしょう?』

 

『大方、ペアを乗せるものでしょうね♪』

 

 

「おい女! 何時までもそこで寝てないでさっさと走らんか!!」

 

「ぐぅ~~~」

 

千里の声にひょこっと、山車の中から顔を出すのは紛れもない、伊澄だ。 山車の運転により目を回していた。

 

 

『伊澄だとォォォォ!?』

 

マイクを持ったワタルは大声を上げた。

 

「おい女、せっかく俺とペアを組めたのだ! 優勝しなければ意味がないぞ!」

 

「は、はい……ですが…きゅるるる……」

 

立ち上がろとするが伊澄は再び目を回して座り込む。

 

「クッ! 情けない! あの程度の運転で根をあげるとはな!!」

 

『テメェェェ!! 何ふざけた事言ってんだァァァ!!』

 

その場の全員が耳を塞ぐ。 ワタルの怒号が響いてきた。

 

 

『テメェェェ伊澄に謝れコンチクショォォォォ!!』

 

『あーあー、ワタルくん!? 落ち着いて落ち着いて!』

 

 

泉の声が聞こえる。 ワタルを静めようとしているのだろう。

 

 

「ふん! とんだ邪魔が入ったな、仕切り直しといこうか!!」

 

「望むところよ!」

 

千里の言葉通り、雪路も向かい合った。

 

 

「「勝負ッ!!」」

 

 

 

 

『落ち着きましたかワタルくん?』

 

『ま、まぁなんとか……』

 

まだ荒い息をついているがワタルはいつものように喋る。

 

『おーっと第三チェックポイントで善立 テルくんがチェックを受けているぞ~♪』

 

『え!? スタートできたんですかアイツ!?』

 

『ええーと、参加者はテル夫くんとワタルくんということになっているのですが当の本人はここにいますし……』

 

『最悪失格ありえますね』

 

ワタルがうーんと唸らせてモニターを見た。

 

 

「はーいチェックポイントなので確認をお願いします」

 

「へいへい」

 

テルが補助員らしき人物に従う。

 

「ペアがいないと聞きましたが大丈夫だったんですか?」

 

「問題なかった。 ほらほら、何隠れてんだよ。 出て来いってワタル、トイレで遅れてたってなぁ」

 

「………」

 

茂みからの中から出てきた人物に補助員は目を細めた。

 

「そもそもお前はひ弱すぎんだよ、もっと身体とか鍛えなきゃ駄目だぜ」

 

そこに立っていたのは、身長はテルの一回りはでかい、頭にバンダナを巻いたサングラスの外人が立っていた。

 

「なァ、ワタルン」

 

「オゥ、イエァ」

 

 

その場、補助員がモニターを見ていた一同が口を揃えて叫んだ。 このどうしようもない気持ちを。

 

 

 

「「「「「誰ェェェェェェェェェェェ!!!」」」」」

 

 

 

 

 

「おまっ、コレ誰だァァァ!!全くの別人だろうがァァァ!なんなんだこのふてぶてしい外人!!」

 

「は?何言ってんだワタルンだろ どっからどう見てもワタルン以外の何者でもねーだろ」

 

補助員は猛然と突っ込んむがテルは不思議ながら返す。

 

「どこからどう見ても別人以外の何者でもねーだろ!360度あらゆる角度から見ても一カ所たりともかぶってねーよ!つーかワタルンってなんだ なんでルンだけ英語発音なんだ!?」

 

「オイオイいちゃもんつけるのはよせよ。カブるも何も本人だからね 丸カブりだからね 思い出してみろ、ワタルンと言えばあのフランスパンのようなリーゼント……」

 

「ただ手にフランスパン持っているだけだろーが!そんな生徒じゃないだろ!リーゼントの学生はここにいねーよ!!つーかなんでフランスパンなんだよ!」」

 

「タイムイズマネー」

 

その時、ワタルンが一言呟いた。テルが思い出したかのように頷く。

 

「おお そうだな、こんな事してる場合じゃないな 早く行かなきゃな」

 

「今完全に英語喋ったよね!?もう全然モノマネとかするつもりもないよね フランスパン食べてるし!!」

 

補助員はフランスパンをむしゃむしゃ食べているワタルンに指差し突っ込んだ。

 

「一時間一万円 二時間二万円 ソノ間私ワタルン、オーケィ?」

 

「そっちの金かよ!完全に雇ってんじゃねーか!!」

そして今度はテルがうんうんと頷く。

 

 

「オーケィオーケィ、三時間フランスパン三本、四時間フランスパン四本、オーケィ?」

 

「なんで三時間以降の報酬がフランスパンになってんだよ!結局二万円しかもらえねーだろーが!!」

 

補助員はポケットから何かを取り出す。無線だ。

 

「これは明らかな不正だ!替え玉以外の何者でもない!大会側に報告させてもら―」

 

ゴンッ!

 

突如、鈍い音がして補助員は倒れる。ワタルンが補助員をフランスパンで殴ったのだ。

 

テルが頭を掻きながら辺りを見渡す。

 

「あぶねーあぶねーバレる訳にいかねーからな、アレ? カメラがある。ワタルン」

 

「オーケィ」

木の枝に吊されているカメラにワタルンがフランスパンを振りかざす。解説側の画面で最後に映ったのはフランスパンを投げつけたワタルンの姿だった。

 

 

ブツン。

 

 

 

『え!?アレで壊れたんですかカメラ!? 固ッ!フランスパン固ッ!!』

 

画面が真っ暗になった為に泉が驚く。

 

『フランスパン以前に俺はあんな姿じゃなァァァイ!!』

 

ワタルは怒りの形相で叫ぶ。もはやテルのやり方は滅茶苦茶だ。

 

『これは失格だろ!!』

 

 

ワタルが泉に向けて言うが、泉が苦笑いしていた。何やら紙を一枚補助員から受け渡されたようだ。

 

『え~と、ただいまリアルタイムで見てる理事長からの伝言で、「面白いから許す」とのことです!』

 

『えええええっ!!!?』

 

驚くワタルをよそに、泉は更に読み上げた。

 

『あと、「橘 ワタルはあんな感じじゃなかったか?」とあります』

 

『なんでだァァァァァッッ!?』

 

 

 

 

一方そんなコントが行われているのとは知らずに、熱い戦いを繰り広げているペアがいた。

 

「ハアアアアアッ!!」

 

「ちょ、雪路! 俺を武器にー」

 

雪路が薫を千里に叩きつける。

 

千里は両腕を交差させ、その一撃を受け止めた。「そんな物を使ってでしか攻撃する事ができないとは……拍子抜けだな!!」

 

大人一人の質量を持った一撃を難無く受け止める千里。

 

「私のシークレットソードを受け止めるとは……さすがというべきかしら千里くん」

 

シークレットソード(薫)を引き離し、一旦距離を取る。 薫は既にげんなりとしていた。

 

「俺にそんな小細工が通用すると思ったのか!! 見せてやる!小細工なしのパワーの戦いを!!」

 

「望むところよ!!」

 

再び雪路は薫を振り回し、遠心力を生かした一撃をお見舞いする。 が、千里は動じる事無く、その薫を受け止めた。

 

「くっ!!」

 

またしても、と顔をしかめさせる雪路。

 

千里は今度はガッシリと掴み、逃がさないように腕に力を込める。そしてー

 

「オオオオオッ!!」

 

持ち方、握り方、そんな技を使うのではなく、ただ力任せに、雪路ごと持ち上げる。

 

遠心力を使うのではなく、まるで棒切れを扱うかのように投げる。

 

「ッッッ!!」

 

投げられた雪路は空中で身を翻して見事に着地する。

投げられた作用でズザザザ!と砂煙が起こるがなんとかその勢いに負けず留まった。

 

「なかなか、どうして―」

 

パワー負けした雪路は案外と不敵に笑っていた。

 

「人生には壁がつきものなのかしら……」

 

堂々と仁王立ちで千里は構える。

 

「いかなる場合でも世の中は絶対強者により支配される―」

 

「そうだとも、強者により、支配される事が世の常……俺はその支配する側になっている……」

 

明らかに自身が上、世界を手に入れるという高い……自信。

「だけど、革命を起こす権利は私にはあるわ。 まだまだ終わらないわよ!」

 

「ああそうだ!そうでなければ、面白くないッ!!」

 

互いに構え、少しずつ円を描くように距離を縮める。

 

緊張の一瞬。

 

まさに闘い。

 

「「!!」」

 

悟ったか、二人は一気に真横に走り出す。 顔を見合わせながら不敵に笑うのだ。

 

「「勝つのは俺(私)ダアアアアッッ!!」

 

まるでこの世の命運を掛けたように熱い戦いだ。なんの漫画だと突っ込まれても仕方がない。

 

しかし、二人は見落としていた。

 

この先に待ち構える大きな弊害を。

 

「「む?」」

 

一瞬、真横に走る事ができない……いや、足は動いているがその割にはゆっくりだ。

 

遂に二人は音速の壁を超えてしまったのか。 いや違う。

 

 

二人は気付かなかったのだ。 その先は崖になっている事に。

「「………」」

 

空中で走っているという奇妙な感覚に気付いた二人はお互いに確認した。

 

 

―アレ? これヤバくね?

 

「「アアアアアアッッ!!!」」

 

二人は重力に従い、崖の下へ下へと落下していった。

 

 

『ちなみに、千里くんは少しドジをする人なんですよね~普段王様気分の裏にある 隠しスキルと言っておきましょうか♪』

 

『なるほど、要はバカなんですね』

 

泉やワタルは解説が終わると、係員の持ってきたお茶をズズッーと飲みだした。

 

『いや~お茶は落ち着きますね~』

 

『全くですね。 ちなみに、白皇の安全管理の方は完璧です。 名門ですからね』

 

 

 

一方、ショートカットを目指すハヤテは意外な相手と対峙していた。

 

「くっ!!」

 

顔を歪ませ、辛うじてハヤテは相手に投げられた何かを回避。

 

投げられた物はドドドド!! と地面に槍が突き刺さったかのような音をたてた。

 

「動きが悪い……どこか痛めて居るのかな?」

 

突き刺さったのは薔薇。

 

整った顔立ちで薔薇を片手に持つ。

 

彼の名は、冴木 ヒムロ。

彼もまたハヤテと同じ白皇学院の執事である。

「ヒムロ~頑張れ~!!」

 

遠くでは主である大河が扇子を和気あいあいと振っている。

 

 

「何時までも避けていられるかな?」

 

ヒムロの言葉にハヤテは顔を曇らせた。

いくら頑丈な肉体と言っても人間。 この前の怪我のダメージがしつこく残っていた。

 

(何とかしてヒムロさんを倒していかないと……でも一体どうすれば……)

 

ハヤテとしてはこれ以上足が止まるような事では時間が足りない。早くゴールにたどり着かなければならない。

 

しかし此方は手負い、あちらは強敵、現状は厳しい。

 

 

「ではおとなしく―」

 

ヒムロの携えた薔薇が高く振りかざされる。

 

―しかしその時。

 

「お待ちなさい!!」

 

ヒムロの薔薇を持つ腕がピタリと止まる声。

 

その人物達は風のように現れた。

 

「弱気を助け、強きを挫く! メイドブラックマックスハート!!」

「お…同じくメイドホワイトマックスハート…」

 

 

「………」

 

咄嗟の謎のメイド登場にハヤテは目を丸くした。

 

(あ…あれ、マリアさんとサキさんだよな。何だろう……突っ込んだらダメなのかな)

 

ハヤテは一目見ただけで二人がマリアとサキだという判別がついた。

 

なんせメイド服にただのグラサンを掛けただけだ。

 

これで分からない方がおかしい。

 

「あ…あの……」

 

「マックスハートです!」

 

「二人でキュアキュアなんです!!」

 

ハヤテが尋ねようとしたところ二人は若干恥ずかしそうにしながら声を荒らげた。

 

(やっぱり突っ込んだらダメか……しかしあの格好は……)

 

「かっこいい……」

 

「え?お嬢様?」

 

訂正。 分からない人もいるらしい。

 

「とにかくここは私達マックスハートに任せて、あなた方は先へ!!」

 

マリアは取り敢えず早く先に行くように促す。

 

「はい!!ありがとうございますマックスハートさん!!」

 

「………」

 

ナギの輝いている顔にハヤテは何も突っ込まないようにした。

 

「あの…本当に行ってもいいんですか?」

 

ハヤテが最後に聞くがマリアは背を向けて

 

「行って下さい!! むしろできるだけ早く行って見なかった事にしてください!!!」

 

と返す。 ハヤテは苦笑いし、その場を去って行った。

 

「なるほど…身代わりとはね……しかしあなた方で僕を倒せるのかな?」

 

ハヤテ達が居なくなった場でヒムロが薔薇を携え、呟く。

 

「さぁ それは…やってみないと分かりませんわ♪」

 

観客が居なくなった為か、いつもの調子に戻り笑顔で返す。

 

だがそれは逆に不敵な笑みともとれた。

 

 

「では行くよ―」

 

ヒュルルル……

 

「む?」

 

何か、空気を駆けるかのような音にヒムロが気づき、振り向いた瞬間。

 

ガンッ!と鈍い音と共にヒムロが崩れ落ちた。

 

 

「………え?」

 

突如の事態にマリア達は何が何だか分からない。

 

「……フランスパンですかねコレ?」

 

気絶したヒムロの側を転がっていたフランスパンをサキが拾い上げた。

 

「あんれ~ 何やってんですかマリアさん?」

 

マリアが聞き覚えある声のする方を振り向くとそこにはワタルンに肩車しているテルがいた。

 

「テルくん!!」

 

「スイマセン。 結構急いでるんですけどハヤテ達来てませんか?」

 

「ええ、ハヤテくん達なら先ほど通っていきました」

 

「そうすか。 なら随分距離を縮めれたな……」

 

テルは高い位置から遠くを見つめる。

 

「というかテルくん、その人は……」

 

マリアが聞いているのは勿論ワタルンの事だろう。

 

「え? ああ、ワタルンですよワタルン、サキさんも分かるでしょ?」

 

「イヤイヤ、ワタルくんそんなに大きくないし、そんな外人みたいな顔してませんよ!?」

 

マリアが至極当然、突っ込んでくる。

 

「サキさんも何か……」

 

マリアがサキの方を見たとき、サキはプルプル震えていた。

 

「若、若が……こんな、髪を染めて……うっ…悪い子に……ううっ……!」

 

ブワッとその場に泣き崩れた。『サキィィィィィィィイ!! なんで分かんねえんだァァァァ!!』

 

その場でワタルの絶叫が響いたのは言うまでもなく。

 

「にしてもマリアさん……その格好…」

 

「な、なんですか……」

 

テルが流石に気になったか、マリアとサキの服装をじーっと見つめ、

 

「マリアさんがコスプレ好きだったとは……」

 

「いや違います!」

 

「分かってます!!」

 

「何がですか!!」

 

マリアの言葉を制して、テルは続ける。

 

「人の趣味とか、そういう領域には俺は何も言いません! 全てを含めてマリアさんだと思ってるんで、ハイッ!!」」

 

「凄い勘違いしてますよ、話を聞いてください!」

 

「人間のプライバシーを考慮してますんで、俺!」

 

カシャ。

 

「え、ちょっ!」

 

突然のフラッシュにマリアは目を隠す。

 

マリアは気付かなかった、テルが携帯のカメラを使っていることに。

 

 

「なにちゃっかり撮影してるんですか!! 返しなさいテルくん!!」

 

「おし、保存完了。 ワタルン、さぁ~行こう、立ち止まること~なく~」

 

「歌ってればごまかせると思ってるんですか!?」

 

マリアが下から物凄い剣幕で睨むがワタルンは急に走り出した。まるで百メートルランナーのような華麗な走り。

 

「流れる時に~負けないよ~に~」

 

ドドドドドド!!!

 

テル達の姿はあっという間に見えなくなってしまった。

 

「見事に誤魔化されましたね」

 

サキが苦笑いを浮かべながらマリアに駆け寄る。

 

「まったく、困ったものです……」

 

マリアは溜め息をついた。

 

「ハァ……」

 

更に大きな溜め息をつく人物が木の裏に一人。

 

 

「私の出番がない……」

 

溜め息をついた人物、それはアタッシュケースを持ったクラウスだった。

 

 

 

「美希、急がないと巻き返せないわよ!」

 

「ま、待てヒナ、私はちゃんと走っている! ヒナが速すぎるの!」

 

コースを走る二人の人物、ヒナギクと美希だ。

 

「現在六位よ? 私も想定外だったけど、まだ間に合うわ!!」

 

「そ、それは分かるが! 私はヒナほど体力が……」

 

「その時は気合いよ気合い!」

 

「根性論は私には合わない!!」

 

二人の口論が走りながら続く。 現状、ヒナギク達は六位。今まで安心してロースペースで進んでいたが、その結果だ。

 

ヒナギクは焦っていた。

 

「この薔薇も渡された意味が分からないわ……何よ散らされたら負けって…」

 

ヒナギクが自身の胸に付けてある薔薇を見る。 大会のチェックポイントで渡されたのだ。

 

ペアの内、どちらかが散らせば負けというルールである。

 

「誰かと闘うんじゃないかヒナが」

 

「誰か……って誰よ」

 

ヒナギクは走りながらこれから当たる敵について考察する。

 

(この先のトップだったのはお姉ちゃんだったけど、トラップに掛かってるから多分出くわさない、だとするとハヤテくんかヒムロくん辺りかしら……)

 

一応自身の剣道があるとは言ったものの相手はなかなか手強い人々ばかり、ちなみにテルは入ってはいないだろう。

 

 

「ヒ、ヒナ! ペース! ペース!」

 

「あ、ごめん」

 

ヒナギクは急ブレーキを掛けたように止まる。 知らぬ間にペースが上がっていたようだ。 距離としては50メートルほどはあった。

 

(なんにしても、負けてられないわね……)

 

そうヒナギクが闘志を燃え上がらせた矢先。

 

 

「とうっ!」

 

突如ヒナギクの眼前に真横から一人の人影が現れた。

 

 

鮮やかに着地を決めて、スッと立ち上がる。

 

「ふむ、コースに出てしまったか……」

 

長い黒の髪を揺らし、凛とした表情で辺りを見渡すのは唯子だ。

 

「ま、待ってくださいよ唯子さ~ん」

 

「遅いぞ書記君、まだまだ走れるだろう」

 

後から書記がヨレヨレの状態で林の中から現れた。

 

「唯子さん………」

 

「む……」

 

ヒナギクの呟きに気付いたのか唯子がヒナギクの方を見る。

 

「おお、ヒナギクくんじゃないか」

 

「唯子さんも出ていたんですね」

 

ヒナギクの言葉に唯子は腕を組んだ。

 

「当然だ。 私は面白そうな事が大好きだからな」

 

唯子は笑顔で答える。さながら冒険を楽しんでいるような、楽天家みたいだ。

 

「さて、ここに居るという事はお互い優勝を狙っているという事だな?」

 

「まぁ、そうですけど……」

 

「私と楽しい事をしないか?」

 

「またセクハラですか?」

 

「違う違う、いくら私でもそこまでスキンシップに及んだりはしない」

 

唯子は腕を組んだまま少しだけフッと笑う。

 

「聞いてますよ唯子さんのセクハラ被害が下級生にも及んでるって……」

 

「まったく、スキンシップと言っているのに……」

 

分からん奴だなと唯子は溜め息をついた。

 

「勝負しないか?」

 

「え?」

 

一瞬、ヒナギクは唯子が何を言っているか分からなかった。

 

「勝負だよ勝負。 書記君、私の竹刀、持ってきているか?」

 

書記はサササッと近寄り、唯子に竹刀を渡す。

 

「いや、ちょっと唯子さん、いくらなんでも……」

 

(……ヒナ?)

 

美希はヒナギクが何故か気遣うように接しているのかが分からなかった。

 

 

「いいじゃないか、私が一手仕合いたいと頼んでいるんだよ」

 

唯子はまるで楽しみが始まるような瞳だ。 しかしヒナギクの表情は冴えない。

 

「で、でも―」

 

それを見たか、唯子の表情が少しだけ曇る。

 

「なんだその怪我人を見るような目は、私も簡単にやられるような女じゃない」

 

唯子は竹刀を持ち替えたりしながら続ける。

 

「それとも恐いのか、負ける事が……」

 

「む!」

 

一瞬だけヒナギクの眉がつり上がる。

 

「そうだな、君は一番じゃないと気が済まないんだよな~ この私に負けて一番を取れなくなる事事態が恐いのか?」

 

 

「………」

 

勝負において、ヒナギクは妥協を許さない。 いつだって真剣に全力で取り組んでいる。

 

だからこそ、これ以上の暴言は許せない、例え先輩であってもだ。

 

「怪我をしても知りませんよ! 美希! 竹刀!」

 

美希は慌てて、どっからか出したか竹刀をヒナギクに渡した。

 

 

(そうだ。それでいい……)

 

唯子は竹刀を構えたヒナギクを見て、笑みを浮かべる。

 

そして唯子もまた左手に竹刀を持って構えた。

 

(久しぶりだな……)

 

 

向かってくるヒナギクに唯子はまたクスリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 




千里と唯子の学年は同じです。 この二人はこの小説のオリジナルキャラでこの先、物語に大きく関わってきますが、今はこんなギャグキャラです。

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