ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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第一部が終わり、第二部が始まります。 漸く半分投稿できたって感じです。


第25話~第二部だけどスタートはなるべく早いほうがいい~

皆さん知っているだろうか、数奇な運命から始まり、貧乏人から執事になった少年の話を……

 

知っているだろうか、更にひょんな事から執事として仕える事になったもう一人の少年のことを……

 

 

 

「ズル……ズル……」

 

何かと寒いこの1月の下旬。 三千院家の執事、善立 テルはラーメン辰也にて昼食中だった。

 

今日頼んだのはとんこつラーメン。 香ばしいとんこつの香りが仕事疲れの嗅覚を刺激する。

 

「ふぅ……」

 

あらかた食べ終えると大きく息をついた。

 

「なぁテル、一体その包帯はどうしたんだ?」

 

そう問い掛けるのはこのラーメン屋の店主、辰也 次郎である。

 

九十九里浜にて意識不明のテルを拾い、世話をした人物。

 

「うん? 船に乗っていたらテロリストがやって来て襲われたりした」

 

「ハァ? 外国じゃあるめぇし……」

 

「全くだな……」

 

辰也を肯定するように現れたのはこの店のアルバイトであるロシア人のバルトだ。

 

実はそのテロリストの一味だったりしたが、現在はこの通りラーメン屋のアルバイトである。

 

「つーか、この店大丈夫なんだろうな?」

 

「何が?」

 

辰也は頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「何って……地上げ屋共だよ、前に追い払ったやつ」

 

以前、このラーメン屋には質の悪い地上げ屋が頻繁に出入りしていた。

 

数々の商業妨害がラーメン屋の客足が悪くなった原因でもあった。

「あれ以来全く来なくなりやがった。 もう妨害される心配はねぇ」

 

「こっちの問題は解決か……俺は抱えた借金の問題があるのによぉ……」

 

テルには借金がある。しかし、そんじょそこらの金の貸し借りではない。 その額六千万円也。 高校生が人生を棒に振るには充分。

 

「お前は何も考えなくていいんだよ。 元々この店が作ってた借金だ。 何が何でもあのお嬢ちゃんに返してやるからよ」

 

辰也は黙って皿洗いをする。 テルとしてもそうしたいのは山々だ。 だが借金の明細が自分宛てになってしまっているため否応無しという状況。

 

「辰也殿に心配をかけさせるのは頂けないな、急いで借金を返せる方法を考えろテル」

バルトが腕を組ながら言うのをテルは黙って聞いていた。

 

しかし、この男にそれを打開できる程の思考能力があれば、アインシュタインの相対性理論もフェルマーの最終定理もいとも簡単に理解できるだろう。

 

 

(しかし、六千万か……)

 

テルとしても何とかしたいと言うのも事実だった。

 

 

 

ひとまず屋敷に帰宅したテルはいかにして六千万の借金を返すかに悩んでいた。

 

街金はもっとも危険。 宝くじは当たらないのは目に見えてる。 競馬はできる歳ではない。

 

「臓器……」

 

思わず呟いてみたが慌てて首を振る。

 

(アレ?俺の現在の労働意欲って借金を返すだけだよな……)

 

借金をいかに返すというのが現在の労働意欲になっているという事に気づいたテルはなんとも17歳らしくない思考をしていると切実に思ったという。

 

 

 

「むぅ……」

「ん? なにしてんだナギ」

 

屋敷の廊下に、とても小さい少女が一人。

 

「………」

 

声を掛けた金髪ツインテールの少女は反応しない。 何か不機嫌な事があったのだろうかとテルが察知したのはその横顔だ。

 

鋭い眼光、つり上がった瞳は手に握られている一枚の紙に向けられていた。

 

「2月1日……白皇でマラソン大会なんですか……へぇ~」

 

「うおっ!?」

 

背後からの突然の奇襲にテルは驚いて振り返る。

 

「ハヤテ、なんでお前はいきなり現れるんだよ!!」

 

「嫌だなテルさん、神出鬼没は執事の専売特許ですよ?」

 

水色の髪をした少年、綾崎 ハヤテは当然のように返す。

 

彼は、綾崎 ハヤテはテルと同じ三千院家の執事である。

 

ロボをなぎ倒し、トラックにひかれても死ぬことのない超肉体を持つ。 最近はサメを倒している実は体を改造されたサイボーグ執事だったり……

 

「そんな設定ありましたか?」

 

「頑強過ぎるのに越したことはない。 あと、実は地上最強の生物と肩を並べれる存在だとか……」

 

 

「だからそんな設定はありませんよ」

 

ハヤテは淡々と念を押すように言うがテルは頭を掻いている。

 

「んで? マラソン大会があるって?」

 

テルは先ほどのハヤテとの会話の流れを電車の線路を変更するかのように変える。

 

「……ええそうですけど」

 

先ほどの仕打ちにいささかムッとしたハヤテだが心を落ち着かせる。

 

「ま、出ようが出まいが関係ないけどな」

 

「どうしてですか?」

 

「だってまず、一人は確実に出ないってのはわかってんだから……」

 

テルのだらけた視線の先にはナギがいた。

 

「よしッ!!」

 

ナギは大戦中、敵艦に自爆特攻する兵士のような決意したような表情になると高らかに言い放った。

 

 

「2月1日は休みだ!!」

 

「な?」

 

テルが分かっていたかのように呟き、ハヤテは苦笑いをしていた。

 

「な~に朝から固い決意で自堕落になってるんですか?」

 

「痛っ!?」

 

突如、ナギの頭に馬場チョップが入る。

 

馬場チョップを入れたのはメイド服を着た女性、マリアである。

 

容姿端麗、才色兼備が似合う彼女、そこから醸し出されている雰囲気は大人そのもの……だが実はまだ17歳だという。

ちなみに「まだ」という言葉はハヤテやテルも口にはしない。 それは基本マリアにとってNGだからだ。

 

 

「な、なんだマリア! お前はこんな死人が出そうなデスマーチに参加しろと言うのか!?」

 

「そんな大袈裟な……」

 

まるで世界の終わりかのような顔をするナギにマリアは動じず対処する。

 

 

ようはナギは運動嫌い。しかも筋金入りの。 だから主であるナギのあしらい方は大体分かるのだ。

 

 

「でもお嬢さまは13歳ですから、高校生が走る距離は辛いのでは?」

 

「そーだそーだ!!」

 

ハヤテの言葉にナギが非難の声。 しかしこれにもマリアは動じない。

 

「大丈夫ですよ。 そのために参加する距離は自由に選べるんですから。 必ずどれか一つには出て下さいね」

 

ナギから取り上げていたマラソンの用紙をヒラヒラさせながらマリアが言う。しかし、

 

「ハヤテ、ケガは大丈夫か?」

 

「え? あ…全然平気ですよ?」

 

「聞きなさい!!」

 

マリアの説明よそにハヤテのケガの具合を聞くナギ。 明らかにわざとらしい。

 

「おいナギ。 何時までもだらけた生活送ってんじゃねーよ。 いいか? 運動はな、適度に行う事で免疫力が上がったり、体に良いことだらけなんだぞ? 年中引きこもりのお前が巣から出て飛び立つ時が来たんだよ」

 

「テル、色んな意味で頭、大丈夫か?」

 

「ぶちのめされたいか主殿?」

 

「………」

 

もうマリアは言葉を発しなかった。

 

 

 

「しかし、お嬢さまのアレも筋金入りですね」

 

「ええ、なんとかしなくてはと思ってはいるのですが……」

 

「アイツの場合、スポーツに対する関心のベクトルがまるで逆ですからね」

 

食堂にて、使用人3人は自身の朝食をとっていた。 主より後で食事をするのは使用人達のルールである。

 

「ハヤテはこのままでいいなんて、思ってないだろ?」

 

「まぁそうですけど……運動嫌いが無くなれば部活も始めるだろうし、外に出る事も多くなりますから」

 

 ハヤテも執事として、主の、ナギの運動嫌いをどうにか出来ないかと考えていた。

しかし現実は厳しく、本人にその気はない。 最早ナギには運動=健康有害が図式化されており、まさに一方通行なのだ。

 

しかし、主を導き出すのもまた執事の使命。

 

「お任せください」

 

ハヤテはお椀の上に箸をパチッと置いた。

 

「お嬢さまの執事として僕が必ず……マラソン大会に参加させて見せます!!」

 

「おお、ハヤテが何か決意したような眼差しに!!」

 

テルはウインナーをご飯と共に食べながら熱いハヤテを見ていた。

 

 

 

 

 そんなこんなで、ナギの改造計画が始まった訳だ。

ハヤテが大会に出るという口実で一緒に練習するというのが流れ。

最初こそ嫌そうなナギだったが、仕方ないといった感じで練習する事になった。

 

(大丈夫!!この練習中にスポーツの楽しさに目覚めれば……お嬢さまだってきっと大会に出たくなるはず!!)

 

しかし、ハヤテのその思惑は出鼻から挫かれる事になる。

「ハァ…ハァ……ハァ…」

 

「………」

 

「……マジで?」

 

五分後、タータンの上でぶっ倒れていたのは他ならぬ、ナギだった。

 

うん、これは問題ない。が、問題は別にある。

 

ナギが五分で走破した距離、およそ50メートルッ!!

これはテルもハヤテも頭を抱えざるを得ない。

 

 

「あの……お嬢さま?」

 

「………ムリ、これ以上は…もう……」

 

ハヤテが駆け寄るもののナギは蚊の鳴くような声。 まさに虫の息状態だった。

 

「あの、体の具合とか良くないのでは……」

 

「そんな訳あるか!!」

 

ハヤテの言葉を、ナギは叫んで否定した。

 

「よき聞け! 人間はチーターとは違うのだ!! 走るようになど出来ていないのだ!!」

 

 

これを聞いている限り、もはや全ての人間としての身体構造を否定されている。

アースマラソンを頑張っている某芸能人が可哀想だ。とテルは眠そうな表情を浮かべているが。

 

ナギからすれば、この50メートルが長距離だという。

 

 

「やれやれ、不甲斐ない執事っぷりですな……」

 

突然背後からの声にハヤテも気付いたのか、直ぐに振り返る。 クラウスがいたのだ。

 

「クラウスさん!」

 

「クラウス……」

 

「なんだいたのか」

 

「ぐっ! まったく、主を導くのが一流の執事の務めだというのに……お嬢さまを導くどころか危険な目に遭わせるばかり……」

 

カイゼル髭が立派なクラウスは今度は眼鏡をくいっと押し上げる。

 

「この1ヶ月、君の仕事っぷりを見せてもらいましたが……導くどころか、堕落させる一方ですな君は!!」

 

 

ゴスッ!! とクラウスの頭部にナギの鉄拳が炸裂した。

 

「誰が堕落する一方だって?」

 

「お嬢さまは元気ハツラツですな……」

 

「ハヤテは執事としてよくやっている! どちらかというとテルの方が執事として出来ていないのだ! その点ハヤテはいつも私を守ってくれている!!余計な口を出すな!!」

「守るだけならSPにもできます! 主を良い方向に導けなければ一流の執事とは言えません!! 善立以上、一流未満ですよ!!」

 

2人の正論が飛び交う。 ここら一帯はどうやら戦時のような銃撃戦だ。

 

「なんか、さりげなく俺の悪口が言われていた気がするけど……」

 

「気のせいですよ」

 

テルの言葉にハヤテは苦笑いをしながら返した。

 

 

「ならば、ハヤテが一流であるという証拠に、今度のマラソン大会、私は一位をとるッ!!」

 

「ええ!!?」

 

「ちょ、ナギ! なに考えてんだ!?」

 

テルとハヤテがこれ以上ないまでに混乱している。

 

「よいのですか? そんな約束をして、もしダメなら少年には執事を辞めてもらいますよ」

その提案にはナギも一瞬躊躇いが生まれた。

 

「できるよな? ハヤテ……な?」

 

「え? ええ……?」

 

まるでこの場はこう言っておけとばかりのナギの熱い視線。ハヤテは戸惑いながらも頷いていた。

 

 

クラウスは再び眼鏡を押し上げる。

 

「分かりました。 では大会を楽しみにしていますよ」

 

捨て台詞を残してクラウスは去っていった。

 

「ハヤテ……」

 

「なんですかお嬢さま?」

 

「ドーピングコンソメスープって作れるかな?」

 

「作れても飲まないでください」

 

「白田になりたい人、いるか?」

 

ナギやハヤテが途方に暮れるなか、テルの手にはさりげなく魔神探偵脳神ネ〇ロのコミックスがあった。

 

「簡単に言えば、そう言うのは勝算がないってことだよな?」

 

「そうですよね」

 

ハヤテもテルもお互いが腕を組んで頷く。

確かにそうだ。 ナギは黙っているが、言わずとしても理解してるのだろう。

 

 

一年の女子で一位を取ること即ち、アレに勝たなければならないことだ。

 

 

 

 

 

「くしゅん!! 誰か私の噂をしてるのかしら……」

 

 

生徒会室では椅子に座った少女がくしゃみをしていた。 

話を戻そう。アレ、とは。 白皇学院の者なら誰でも知ってる。 頭脳明晰、容姿端麗、泣く子も黙らせる生徒会長、桂 ヒナギクである。

 

 

 

 

場所は白皇学院。テルとハヤテは時計塔にやってきていた。

扉の前ではテルが頭を掻きながら扉の前で誰かを待っていた。

 

バタン。 と生徒会室の扉が静かに開いた。 中から出て来たのはハヤテである。

 

「どうだった?」

 

テルが聞くが、ハヤテは顔を苦笑いにして首を振った。

 

「手加減は無いそうで、全種目出場するそうですよ」

 

事の発端はナギが晴れてマラソン大会に出場する事になったのだが、ナギが一位にならないとハヤテがクビになるというデスゲーム。

 

 

更に万能生徒会長、ヒナギクを倒さなければナギもとい、ハヤテには明日は無いわけである。

 

ナギからの要望でヒナギクが出場しないコースで勝つつもりだったが、先程のリサーチの結果、笑顔で全て出ると言われた。

 

 

「その代わりにこんな物が……」

ハヤテが取り出したのは一枚の紙だ。

 

「ん? なに、マラソン自由形?」

 

「はい、今年は久しぶりに行われるらしくて、2人1組で出場してゴールを目指すらしいですよ」

 

「なんだよその中忍試験みたいなツーマンセル」

 

頭を掻きながらテルは不思議に呟いていた。

 

「なんにせよ、頑張るしかねぇなハヤテ」

 

「そうですね。 テルさんは出ないんですか?」

 

「え? 俺が出ると思う?」

 

「まぁおおよそ分かっていましたけど……」

 

欠伸をしながら答えるテルにハヤテは肩を落とした。

 

「だってダルいじゃん、寒い中マラソンなんて、体もケガだらけだぞ? 最近俺骨折したりとか大変だよ?テルさんはね、結構平気な顔してるけどね、心の中では床を転がりたいの!」

 

仮にも主人公の言うセリフとは思えない。

 

ではナギに熱弁していたスポーツの有用性もさっきのテルの発言で明らかに歪んでしまっている。

 

「実はこのマラソンには賞金がでるらしいんですよ~」

 

「ふ~ん」

 

ハヤテは半ばわざとらしい口調で言うがテルは鼻をほじくり返していた。

 

「金額は……一億五千万だそうですよ?」

 

スブシュッ!!

 

「なん…だと……?」

 

テルさん大出血。 鼻に突っ込んでいた指を驚きの余りに奥深く抉ってしまうほど。

 

それは金額的にもテル的にも破格なものであった。

 

「アレ? テルさんなんで鼻血だしてるんですか?」

 

ハヤテがニコニコしながら問うがテルは鼻を手で抑える。

 

「え?なに、別になんでもないけど……」

 

「いやいや、明らかに金額の所で鼻血なんて可笑しいですよ」

 

「……これは今朝食べたチョコレートが原因なんだよ」

 

「チョコレートを食べて鼻血なんてそんなベタな」

 

明らかな動揺を見せるテルにハヤテは確信を抱いていた。 賞金が欲しいのだと。

 

しかし、自身のクビがかかっている以上、一位をテルに取らせる訳にはいかない。

 

(一億五千万の賞金があれば……借金を返せる!!)

 

だがテルも考えていた。

 

(一億五千万あれば、ジジィの借金返済して、残りは俺の物に……)

 

なんの因果か考えていた事は2人とも同じ、否、この学園には同じ思考を持つ人間は多数いる。

 

まさしくシンクロニシティ。

 

同じ時刻で同じ瞬間、場所は違えど他人と自分が同じ行動、思考をすることがある。

 

 

お互いが向き合い、悟っている。 もう既にギャンブルは、勝負は始まっていると……

 

だが言葉に出さない。

 

「ま、出てもまさか勝とうなんて思わないけどな~」

 

「そうなんですか~ なら僕とお嬢さまで一位を目指しますよ」

 

「おう頑張れよ~俺は悪魔で参加するだけだからな~」

 

「そうですか~」

 

(否、違う! コレは罠だッ! 明らかな……明らかな戦略ッ!)

 

幼少期より様々な危険の渦中に身を置いてきた少年。 その危険な経験はやがて少年に相手の虚実を見破ってしまう力が自然と五感に備わさせていた。

 

 

(やはり気付いている……俺の嘘にッ!一点の曇り無くッ!ただ真実だけを……読み取ってやがる……)

 

 

お互いが自身の目的を達成する為には明らかに邪魔な存在だ。

 

((決戦は当日のマラソン大会ッ!!)

 

 

ハヤテはにこやかな笑顔でテルはいつものやる気のない瞳で目には見えない光線を飛ばす。

互いの光線はぶつかり合い、火花をちらした。

 

((負けられない……ッッ!!))まさに『絶対に負けられない闘いがそこにはある』である。

 

 

 

 

「アレ?アレアレ? ハヤ太くん、なんで教室に来たの?」

 

「瀬川さん、昼休みももう終わりじゃないですか……授業受けないと」

 

場所は教室。 昼休みも終わりに近づき、ハヤテは教室に戻ってきていた。

 

「瀬川さん、まさかサボるつもりですか?」

 

「ふぇっ!?」

 

泉は面を食らった。まさしく、今まさに美希や理沙とサボるつもりだったからだ。

 

「いや~あのね……?」

 

と、ここで泉はハヤテの後ろにいる美希や理沙いる事に気付く。見ると美希が大きなカードを持っていた。

 

美希が何やらカードに書かれている文字を見よと言わんばかりに手を動かす。 泉はそれを読み上げた。

「『あれ? ナギちゃんがいないけど大丈夫なのハヤ太くん』」

 

「なんですかその用意されていたかのような台詞は……」

 

ハヤテも不思議に思った。明らかにはぐらかそうとしてる。

 

 

がしかし、それよりも学校に来ているナギの姿が無いことが気がかりだ。

 

「あれ? どこに行ったんだろう……」

 

「『早く探してきた方がいいよ。 』」

 

泉はまた棒読みに近い。 これも美希達が出したカードの内容だ。

 

「そうですね。 瀬川さんありがとうございました」

 

「いや~お礼なんていいよ~。 それより早く探しに行かないと」

 

泉も照れながら頭に手をやる。今度のは泉の言葉だ。

 

 

泉の言葉を聞くや、ハヤテは急いで教室を出て行った。

 

「ほぅ、遂にハヤ太くんを言いくるめる女になったか……」

 

「ふぇっ!? 美希ちゃん違うよこれはね……」

 

「お前も悪女への道を一歩踏み出したか……」

 

「理沙ちん~そんなんじゃないってば~」

 

頑張れ泉。委員長の星を掴むまで。

 

 

「ま、マラソン大会も近いことだしダルいから授業をサボるか~」

 

「ん、そうだ泉、少し話があるマラソンの事だ」

 

「え?なに理沙ちん」

 

 

 

 

「お嬢さまどこ行ったんだろう……」

 

ハヤテは学院を探し回る。 各教室を隈無く探した。 挙げ句の果てには先ほどいた生徒会室に戻った程だ。

 

 

しかしナギは見つからない。 あの地獄(ナギにとって)の練習の次の日に学校に来たのだ。 途中で帰ってしまっても可笑しくはない。

 

 

「あ……」

 

いた。 場所は学院の外のカフェテリア。ナギはテーブルの上に顔を伏せ、静かに寝息を立てていた。

疲れていたのであろう。

 

 

しかし、もう一つ気になる事がある。

 

ナギの隣で座っている女性についてだ。

 

「あの~」

 

「……ん? なにか」

ハヤテの声に気付いたか、女性はハヤテの方を見る。

 

凛とした口調に艶のある長い黒髪、なかなか鋭い目つき。

 

最初に言った通り、『凛』という言葉が似合う人だとハヤテは思った。

 

「いえ、お嬢さまを探していたんです」

 

ハヤテは少々戸惑いながらもそう返す。 すると女性は分かったかのように片肘をテーブルに置いて静かな笑みを浮かべた。

 

「ああ、君が三千院くんの新しい執事の子か……」

 

「はい、綾崎ハヤテです。 もしかしてずっと寝ているお嬢さまについていたんですか?」

 

「まぁそんなとこだな。ウトウトしている姿を見たから気になっていたが案の定寝てしまったぞ」

 

女性は笑みを浮かべると肘を外して腕と足を組んだ。

 

「私は奈津美(なつみ) 唯子(ゆいこ)だ。 話は聞いているぞ綾崎くん、なんでも反射の超能力が使えるようだな」

 

「どこから聞いたんですかそんな噂……」

 

「フフッ、冗談だ……」

 

そう言うと唯子は少し笑った。

 

自身の噂は置いといてそろそろ戻ろう。時間的にもまだ大丈夫だが寝た状態のナギを起こすのは骨が折れる。

 

「はぁ、では僕はお嬢さまを起こして……」

 

ハヤテがナギに触れようとした次の瞬間である。

 

ガシッ。

 

「え?」

 

ハヤテは右腕に力強い圧力を感じる。 唯子が左手でハヤテの右腕を掴んでいたのだ。

 

「あ、あの~」

 

「起こすな」

 

「はい?」

 

ハヤテは唯子の言葉に耳を疑う。

 

ハヤテはその時の唯子の目を見た。 その鋭い眼光はまさしくザクのモノアイそのもの。 恐ろしい殺気を帯びている。

 

 

「君は寝ている人間を起こすことに躊躇いをもたないのだな……」

 

「えーっと起こし方の問題ですか?」

 

ハヤテは訳が分からずにそう答えてみる。

 

「起こし方の問題ではない、起きてしまったら……」

 

唯子はカッと目を見開き、言い放った。

 

「この可愛い寝顔が見られなくなるではないか!!」

 

「は?」

 

「だから寝顔だ寝顔!」

 

唯子は意味が理解出来ていないハヤテに呆れ顔で説明を開始する。

 

「見ろ、疲れとお日様の陽気な日で生み出された寝顔はまさしく天使のものだ。 この寝顔はナギ君ならではだ!!」

 

熱い熱弁はまだ続く。その時の唯子は笑みを浮かべているが次の発言でハヤテはその笑みの裏に隠されている真実を悟る。

 

 

「可愛い……お持ち帰りしてもいいか?」

 

刹那的にヤバいと思った。

 

「あの、そういう発言は疑われるので止めたほうが……」

 

「何を言っている。 私は真実を隠さず君に公表している。 可愛いものは可愛い、できれば愛でたい。どこに疑われる要素がある?」

 

「全部です!!」

ハヤテはこれまでに無いくらい素早い突っ込みを見せた。

 

 

唯子はナギの横顔をぷにぷにとつついてクスっと笑う。

 

「まぁ頑張れよ執事くん。 マラソン大会」

 

「あれ、唯子さん何で知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も寝言でナギくんが呟いていたが……」

 

「そうですか……」

 

「しかし自由型にでるなんてよほどの勇気があるんだろうな……」

 

「えーっと、そんなに凄いんですか?マラソン自由型って……」

 

唯子の意味有り気な雰囲気にハヤテは気になったか唯子に聞いて見る。

 

「そうだな。白皇学院には五つの伝統行事がある。その内の一つがマラソン自由型だ」

 

唯子は得意げに説明を進めていく。

 

「自由型はフリーダムだ。勝つためなら手段選ばず、なにしても良い。だが殆どの参加者がリタイアしてゴールすら出来ないほどの過酷な競技だよ」

 

「よくご存知で……」

 

「この学院に3年もいれば耳にも入るさ……」

 

「そうなんですか……って、え?」

 

ハヤテは耳を疑う。先ほど唯子が言った事についてだ。

 

「……唯子さん、僕らと同じ一年ですよね?」

 

ハヤテの一言に唯子はムッとした表情になる。

 

「失礼な、私は二年だぞ。今年の4月から3年だ」

 

「ええーー!!?」

 

「そんなに驚くことではないだろ。上級生が居たっておかしくないはずだ」

 

「いやでも、今まで上級生キャラなんて出てきてませんでしたし……」

 

「その内おかしな先輩も出てくるはずだ。特に……乙葉 千里という男には気をつけた方がいい」

 

「はぁ……」

 

ハヤテは少しばかり険しい瞳をする唯子を見てそう返すしかなかった。

 

「そんな事よりナギくんをお持ち帰りしてもいいか?」

 

 

もはや変な先輩は目の前にいる事を本人は自覚しているのだろうか。ハヤテは不意にゾクッとしてしまう。

 

「あの、だから誤解を生むような発言は……」

 

「なんと! もう既に飛躍した展開を迎えて、私より先にナギくんを愛でているのか!?」

 

「話を膨らませないでください!!」キーンコーン。

 

その時、学院の鐘が鳴る。 唯子はすたっと椅子から立ち上がった。

 

「ま、頑張りたまえ執事君。君にしか出来ないやり方でな」

 

唯子はそう言い終えると去って行った。

 

「むにゃ、どうしたハヤテ?」

 

鐘の音で起きたのかナギが目を擦る。ハヤテは去っていく唯子を見て

 

「不思議な人がいっぱいですね……この学院は」

 

そう呟くのだった。

 

 

 

そして次の日。 まだナギの特訓は続く。

 

今日は200から300メートルほど走っていた……がやはり耐えきれる事なく力つき果て、木陰に寄りかかっていた。

 

 

「本当に体力のない子ですね~」

 

今更な事をいうのはマリア。

 

 

「そんな事はない。ハヤテの特訓がハードすぎるのだ!! 」

「2、300メートル走っただけですよお嬢さま……」

 

「それでもハードなの!!」

 

ハヤテの言葉にナギは非難の声を上げた。

 

「でもナギがマラソン大会で一位をとらなきゃハヤテ君がクビという賭けを……クラウスさんとしているそうじゃないですか」

 

マリアの言葉にナギも反応する。マリアは改めてハヤテに聞いた。

 

「ハヤテ君もいいんですか? そんな約束……」

 

「大丈夫ですよ……」

 

ハヤテは動じる事のない表情で言い放つ。

 

「それでもお嬢さまは一位をとってくれると……僕は信じていますから!!」

 

ナギもこの発言には唖然とする。

 

「大丈夫ですよね~お嬢さま」

 

「お? おお……」

 

振り返った屈託のない笑顔にナギは頷くしかなかった。 ナギやマリアとしてもその根拠のない自信はどこから出てくるのか分からない。

 

 

暫くして走り込みの練習が再開される。

 

(しかし、一位をとれなきゃクビというのもムチャですが……あの子の運動嫌いも筋金入りですし……大丈夫かしらハヤテ君……)

 

 

「そう言えばお嬢さまって凄く体が柔らかいですよね?」

 

「そうか? まぁこれ位なら普通に届くぞ」

 

ナギはその場で前屈をしてみせる。膝は曲がっておらず、手は地面につくほどの完璧なものだ。

 

「わぁスゴいじゃないですかーー!! 」

 

「そうか?」

 

「何もしていないのにそんなに体が曲がるなんて…スポーツの才能があるかもしれませんよ?」

 

ハヤテは賞賛を惜しまなかった。 ナギとしても次第に表情が明るくなっていく。

 

「じゃ、じゃあもう少し頑張ってみようかな」

 

「それがいいですよお嬢さま」

 

 

(へぇ…あの運動嫌いを上手くのせて、自主的な練習を促すなんて……)

 

「ハヤテ君は意外とやり手かもしれませんよ、クラウスさん」

 

「ギクッ!!」

 

マリアは木の陰にかくれているクラウスに聞こえるように呟いた。

 

 

 

「あんなのを見せられたらなぁ……」

 

一方、テルは屋敷の窓から走り込みをしているナギの姿を見ていた。

 

ナギが頑張っている。あの運動嫌いがだ。 それを邪魔しようとしている自分がいる。

 

(俺悪役じゃん!!)

 

端から見ればそうなる。 だがテルとしても賞金は欲しい。 辰也の困ることがないようになんとかしてやりたい。

 

 

テルは迷っていた。

 

 

 

 

んなこんなで2月1日。

 

マラソン大会ーーー当日ッッッ!!

 

 

 

「勝つぞーーーッッ!!」

 

天気は快晴。 雨オチなんてことがない空に、雪路の叫びが木霊していた。

 

「なんだアレ?」

 

「桂ちゃんは今日も絶好調だね♪」

 

 

美希と泉がその光景を眺めている。

 

「しかし賞金が出るかどうか分からないけどマラソンなんてよくやるわね」

 

「あは、 私は500メートル出たよ。 美希ちゃん運動キライだもんね」

 

「マラソンなんて適当に棄権しとけばいいのに……特に自由型なんて出る人の気が……」

 

「あーいたいた。 おーい美希ーー」

 

二人の所にやって来たのはヒナギクだ。

 

後ろには理沙がいる。

 

「これはこれは一年女子のコースで全勝された生徒会長さまじゃありませか」

 

「ヒナちゃんおめでとー」

 

「あら、ありがと」

 

美希は淡々と泉はシンプルにヒナギクに賞賛の言葉を送る。

 

「これでラストのマラソン自由型も制すれば全種目制覇ね。 ま、頑張ってくださいな」

 

「何、言ってるの?あなたも出るのよ?」

 

「……は?」

 

笑顔でいうヒナギクに美希は間の抜けた声を上げた。

 

「だって生徒会で出てないのはあなただけじゃない。 だから最後くらい出なさいね。 私が必ず完走させてみせるから」

 

「ッッッ!!?」

 

美希は慌てて泉と理沙を見る。2人とも午前の部で一つ競技に出ていたのだ。

 

明らかに策略だ。

 

「ちなみにコースは白皇の敷地一周だからかなり長いけど」

 

「挫けず頑張れよ♪」

 

理沙と泉がニヤニヤ、ニコニコと笑いながら親指をぐっと立てる。

 

「いやーーー!!」

 

美希は断末魔の叫びを上げた。

 

 

 

 

「いやーしかしお嬢さま、思った以上に参加者がいますねー」

 

 

場所はスタート地点前。2人の周りには人、人、人の群れ。

 

「これは結構、大変かもしれませんねお嬢さま……お嬢さま?」

 

(………)

 

ハヤテはナギに声をかける。 だがナギは顔を曇らせ、聞いてはいなかった。

 

(わたしが負けたらハヤテがクビになってしまう……私のせいでハヤテが……私が頑張らないと……でも私が負けたらハヤテは…)

 

離れる事になるだろう。言葉にこそ今まで出さなかった。しかし不安は募る。

 

ナギは知らずのうちに迫り来るプレッシャーによりいつもより緊張していた。

 

(ハヤテは……)

 

「お嬢さま」

 

ポンとナギの肩にハヤテは手を置いた。

 

「短い間でしたが、お嬢さまは頑張って練習しましたよ。 だから僕の事は気にせず、頑張って練習の成果を発揮しましょうよ」

 

「ハヤテ……」

 

ハヤテの笑顔を見てか、ナギも少しだけ表情のかたさがなくなる。

 

信頼しているのだ。 ハヤテはナギの事を……

 

ならば自分も信じるしかない。 自分とハヤテを……

 

「二人一組、お嬢さまの足りない所は僕が補いますから……一緒に……ゴールを目指しましょう」

 

「ハヤテ……」

「あのーー二人してゴールを目指しているところ悪いんですが……」

 

「はい?」

 

このマラソン大会の補助員らしき男がハヤテ達に声を掛ける。

 

「ゴールを目指す前に取り敢えずスタートしてもらえませんか?」

 

((…………))

 

二人は辺りを見渡す。

もう既に、人は見当たらず、風だけが虚しく吹いていた。

 

「ああ!! いつの間に」

 

「いえ、二人のモノローグあたりから……」

 

「とにかく行くぞハヤテ!!」

 

「はい!! お嬢さま!!」

 

慌ててハヤテ達はスタートを切る。 さい先は悪い。好スタートとはいかなかった。

 

 

「ハヤテ君達……大丈夫かしら……」

 

 

遠くでは心配してやって来ていたマリアが双眼鏡で見守っていた。

 

ーこうして……大ピンチのレースは本番へ……

 

 

 

ーそして当主人公のテルは……

 

 

「アレ? 今何時?」

ー寝ぼけた状態で未だに屋敷にいた。




なんかどっか見たことあるマラソン大会ですね。

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