ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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原作沿いにやろうと考えていましたが抜けていた話をアップしたいと思います。 テルとラーメン屋のお話です。


第19話~血のつながりよりも大切なもの~

--12月29日。 年越し近しのこの時期に九十九里浜を散歩していたら変なのをみつけた。 最初はゴミかと思ったら、よく見るとワカメやらコンブがやたらと巻きついていたガキだった。

 

--その夜、ガキが目を覚ましやっがった。 俺はラーメン屋の仕事が終わって、そいつを看病していた時だった。

 

「オッサンだれ?」

 

--そのガキの第一声。 聞いてみれば自分の名前も記憶も覚えてないらしい。 

 

「腹が減った・・・・・・なんかないのか?」

 

--ガキのくせに、命の恩人に対してずいぶんな口を聞くガキだった。 俺は仕方なくラーメンを特別に作ってやった。 営業時間外なのによくやるな俺は・・・・・

 

「ウメェ・・・・・」

 

--当たり前だ。この道五十年、伊達に麺とばっかにらめっこしてねぇよ。 その日あいつは三杯のラーメンを食いやがった。夜働く俺の身にもなれってんだコノヤロー。

 

「ごちそうさん・・・・・」

 

--ガキは楊枝を勝手に取り出し、口の中を掃除してやがった。 このヤロウ、一回ぶん殴ってやるか って思っていた時だった。

 

「ありがとよ・・・・・・助けてくれて・・・」

 

--ガキが礼を言いやがった。 とんだ礼儀知らずな奴だと思っていたが、ガキは続けやがった。

 

「ラーメン、上手かったぜ・・・・・なんか礼をしなきゃならねぇな・・・」

 

--その先は・・・・・なんて言ったんだっけな、思い出せねぇや。 年はあんまとりたくねぇモンだ。 その後からだな、急にラーメン屋で働きたいって言い出したのは、もしそれがあいつの言ってた礼だって言うんならあのガキは迷惑だけをかけてねぇじゃねぇか

 

---とんだ厄介者だったよ。

 

 

 

-----------------

 

お昼時。多くのサラリーマンや従業員の人間たちが休憩を兼ねて腹の中を満たそうとする時間帯。ここ、ラーメン辰也もそれなりの客が居た。

 

「お~い辰屋さん、とんこつと醤油ラーメン頼むよ」

 

「あいよ」

 

 彼の名は辰屋(たつや) 次郎(じろう)。 この「ラーメン辰屋」の店主。 今年で70になる。

 

「そういえば辰屋さん、この前雇っていたあの子供、本当に辞めさせちまったのかい?」

 

「ああ、追い出してやったよ。 いつまでも不祥事起こされたらたまったもんじゃねぇ・・・」

 

 辰屋は頼まれたラーメンを静かに置くとただ黙って答えた。

 

「でも大丈夫だったのかい? あの子、聞けば住む所も何もない身寄りのない子だったんだろ?」

 

 客の言葉を聞きながら辰屋は自分の厨房に戻っていく。 このラーメン屋には元から一人だ。

 

「・・・・・知らねぇよ。 あいつなら大丈夫だろ」

 

皿を洗う水が静かに流れる。 客の男はそんな辰屋の姿を見て呟いた。

 

「俺が思うに、あんたとあの子・・・・・怒鳴られもしたけど二人が一緒にいるところを見ていれば、なんてこと無い、ただの『親子』に見えたよ・・・・」

 

「・・・・・・」

 

店主は黙って、流していた水を止めた。 そして何事もなかったかのようにスープの仕込みに入る。 客の男は続けた。

 

「辰屋さん、あの子と一緒に居たときのアンタはすげぇいい顔してたよ・・・・」

 

「ケッ・・・・・散々店の迷惑掛けていっただけじゃねぇか・・・・あのガキが居なけりゃ、店とあんたら客の食中毒被害も無くなるってモンだ。 だから追い出してやったのさ」

 

忌々しげに吐き捨てる辰屋。 だが客の男はそれを見て静かに言った。

 

「辰屋さん・・・・俺は知ってるよ。 前からこの店にタチの悪い地上げ屋が来てるって、無茶な立ち退きを要求する連中がよく来るって、他にも付け込まれた借金があって経営も不味いんだって」

 

「・・・・・・」

 

「辰屋さん・・・・もしかしてアンタ、それであの子巻き込まないために・・・・」

 

「そんなんじゃねぇよ・・・・」

 

客の男の言葉を辰屋は否定した。 そして、心の中で続ける。

 

(どっちにしろあのガキは戻ってこねぇ・・・・・これで良かったのさ)

 

 

 

 

 

第19話~血のつながりよりも大切なもの~

 

晴天。雲ひとつ無い青空が広がる中、善立 テルは一人歩いていた。 今回は執事の仕事で外に外出しているわけでも無く、ましてやただサボっているわけでもない。 彼が向かう場所はこの前まで世話になっていたラーメン屋である。

 

(せっかくマリアさんからもらったお暇だ。 あのジジィめ、店休みだったら只じゃおかねぇぞ)

 

懐から飴を取り出し、口の中にほおる。 

 

(そういえばそろそろだよな・・・・)

 

何か思い出したのか、テルは少し歩くスピードを速めた。 そしてその後ろで・・・・・

 

サササササササササ! とテルを追う三つの影。

 

「拙いんじゃないですかマリアさん・・・・」

 

「なにがですか?」

 

電柱に隠れていた三人のうちの一人であるハヤテがマリアに聞く。 

 

「だってこれ、れっきとしたストーカー行為ですよ? 今はまだバレてないですけどバレたらどうするんですか?」

 

「心配するなハヤテ」

 

そういうのはこの中になぜか参加しているナギだ。

 

「我々は今一人の執事の秘密に迫る重大な任務についている! それにこういう風にスニーキングミッションを一度はやってみたかったのだ!お前もそうだろハヤテ!」

 

「いや、別にそんな事はないですけど」

 

 なにかと理不尽なことをいうナギにハヤテは黙って答えるしかなかった。 ナギはさらに続ける。

 

 

「それにあの馬鹿テルだぞ? そう簡単に気づく奴ではあるまい・・・・・」

 

「でも、ラーメン屋に行ってどうするんでしょうか? 前にはもう一度行くと言っていただけでしたし・・・・目的がわかりませんわ」

 

 マリアは小声で呟く。 大きな声ではテルがこちらに気づいてしまうからだ。

 

「さぁ・・・・・執事の仕事でも辞めて、また働かせてもらうのではないか?」

 

「そんな・・・テルさんが・・・・」

 

ナギの言葉にハヤテは言葉を詰まらせる。 同じ仕事仲間として、互いに苦労を分かち合える友が消えてしまうという寂しさからだった。 ナギはそんなハヤテを見て一言。

 

「だ、ダメだぞハヤテ! リアルでそれはダメだからな!!」

 

「あの、お嬢様・・・・・何を誤解しているんですか?」

 

(本人はどう思ってるのでしょうか・・・・・まさか本当に辞めてしまうのですか? テル君・・・・・」

 

ひたすら歩くテルの背中をマリアは黙って見つめていたのだった。

 

 

 

 

「ふ~、昼時が終わったか・・・・・」

 

場所はラーメン辰屋に戻る。 お昼時が過ぎ、客足がすっかり途絶えてしまった。

 

 その昔、ラーメン辰屋は特別なサービスなどには拘らず、味一筋のラーメン屋である。 そして多くのサラリーマンや様々な人々の愚痴やその話に付き合ったりと人々に好かれていた店だった。 しかしこの時代。

そう上手くはいかない、あちこちに大きな店が立ち並び、味以外の事に勝負するラーメン屋が現れ始めた。 当然、味一つの取り柄であるラーメン辰屋は置いていかれる。 時代の変化を大きく痛感させられた。

 

 しかし、それでも店の暖簾を下ろさなかったのは五十年間続けてきた自分の仕事に対する誇りと今は亡き妻と子の約束だった。

 

 

「今じゃ全く見る影もなしだな・・・・・」

 

 辰屋はがらんとなった店内を見渡して呟く。 過去にはこの時間帯なら少なからずとも客が入ってきたくらいだ。

 

 朝早くから仕込みをし、暖簾を上げ、朝来る人、昼来る人に自分の魂でもあるラーメンを出し、夜は客との愚痴に付き合い、眠る。 この繰り返しだった。

 

 辰屋は一人時代の寂しさを嘆いていた。

 

「ハツ・・・・五十年間守ってきたこの店はは俺やお前、そして客たちによって守られてきたんだ。 だが、今となっちゃあお前も客も誰も居ない・・・・」

 

 一人、今は亡き妻の名を呟き、その昔の光景を頭の中でフラッシュバックさせていた。 その時である。

 

「まぁまぁ、簡単に終わっちゃぁ困るんだけどねぇ」

 

突如、店の中に入ってくる人物。 辰屋はそれを見て「チッ」と舌打ちした。

 

「店終わらす前に俺たちに金を払ってもらわなきゃなぁ」

 

 びっしりとした黒スーツ。 キザな顔立ちや渋い顔、傷を持つ者、凶悪極まりない男たちが店内にずかずかと入り込んできた。 

 

「誰が店終わらすって言った? そんな気はサラサラねぇ」

 

 辰屋は強面集団に動じることなく言い放つ。 集団の中の一人が笑いながら返した。

 

「だったら他人が作った借金でも返してくれや。 それができないんならこの店売り飛ばすっていったなぁ」

 

「金は返してやる。 だから今日は帰んな・・・・」

 

 辰屋はただ静かに、怒りに耐えながら返した。

 

「それは無理だわ。 こちらにも限度ってモンがある・・・・」

 

 男たちはさらに店の中へと入っていく。その数は六人。

 

「それに・・・・もうここらで御開きでもいいじゃないですかい? こ~んな小っさい店、無くなっても誰もなんとも思いませんわ」

 

ドカッと椅子に座り、テーブルの上に足を乗っける。店内は今にも何かが起きそうな雰囲気だった。 

 

 

「な、なんかとんでもない事になってますよマリアさん……」

 

「ええ、まさかこんな事になっているとは……」

 

「くっ!マリアよ、あのバカテルはどうしたのだ?何故あいつを追っていた私達がラーメン屋にたどり着いていて、テルの姿が見当たらない!」

 

ラーメン屋の窓からハヤテ、マリア、ナギはラーメン屋の中の光景を目の当たりにしていた。

 

しかし、そこにテルの姿が見当たらない。一番そこにいなくてはならない人物が。

 

「あのお爺さん、このままだと危険ですよ!助けないと!」

 

ハヤテがナギに慌ただしく言う。

 

「確かにそうだな……ハヤテ、いつでも行けるよう準備を─」

 

(テル君、一体なにをやっているんですか……)

 

マリアは心の中でテルのやって来るのを願っていた。

 

 

 

 

「・・・・・とっとと帰れってんだよ、この溝鼠が」

 

 男達が高圧的な態度でひたすら迫るが辰屋は絶対に屈しない。いや、それ以前に彼の怒りは限界のはずだ。客が座るべき席に脚をのっけられる。こうも使われてラーメン屋の店主として黙っていられなかった。

 

 その辰屋の言葉に男もついに痺れを切らしたようで、すたっと椅子から立ち上がると頭をボリボリと掻いた。

 

 

「自分の立場をわきまえない奴は痛い目に遭わなきゃ分からんらしいな」

 

ドスの聞いた言葉を発すると、首を動かし合図を送る。 すると男たちが前へと歩み寄ってきた。

 

(ハツよ・・・・五十年間、守ってきたこの店も・・・・どうやらここまでらしい)

 

 辰屋は近づいてくる男達を前に自分の人生の終わりを悟った。

 

(だがな、俺は最後まで守らせてもらうぜ・・・・それが店主としての最後の仕事だからよ・・・・)

 

 

──じゃあなクソガキ・・・・・ 

 

 

 この場にいない人間、最後に自分が追い出した少年を思った。  その時である。

 

 

「お、オイ!なんだテメェ!」

外のほうから男の声が聞こえた。

 

「ガキはすっこんでろ---って聞こえねぇのか!?」

 

男の脅迫じみた静止を無視し店内へ入ってくる。 辰屋はその人物を見て驚愕した。

 

 

「て、テメェは……」

 

 

死んだ魚のような瞳、気に食わない面。 辰屋が忘れるはずもなかった。

 

 

善立 テル その人である。

 

 

「く、クソガキィィィ! 何で来やがったがったァァァ!!」

 

(なぜ、なんで戻ってきた。 お前には巻き込まれて欲しくねぇんだよ。 こんな老い先短いジジィの為にお前の人生を無駄にさせたくねぇんだよ!)

 

「………」

 

テルは男達の間を顔を伏せながら黙って歩く。

 

 

「おいテメェ! 誰だごらァ!」

 

男達がテルに怒号を浴びせるがテルは聞こえてないかのように辰屋の元に歩く。

 

そしてテルは辰屋の目の前にある椅子に腰掛け、肘をつき、指と指を交差させて辰屋と向き合った。

 

「よう、クソジジィ。 まだくたばってねぇようだな」

 

 

テルはニッと笑うと辰屋に久しぶりの言葉としてはあまり不適切な言葉を言った。

 

「そういう聞いてる訳じゃねぇんだよ! 何で戻ってきたかって聞いてんだ!」

 

辰屋の言葉にテルは頭を掻きながら呟いた。

 

「なぁに、約束を守りに来ただけさ……それよりもラーメン出せ」

 

 

「約束ってお前……」

 

「はい、テルさん。醤油ラーメンです」

 

「うおっ!?お前、誰だい!」

 

テルの元に一杯のラーメンが出されり辰屋が見ると横にはハヤテが厨房でラーメンを作っていた。

 

「て、テル?まさかお前記憶が……」

 

「馬鹿やろう、まだ戻ってねぇよ。だが……」

 

驚きの表情の辰屋にテルは続ける。

 

「自分の名前と俺がやんなきゃならないことを思い出しただけさ」

 

じっと辰屋はテルを見つめる。外見は変わってはいない。ムカつく。いつでもぶん殴ってやりたい気分だ。だがなんだろうかこの違和感は……

 

「ってかなんでハヤテがいるんだよ」

 

今更になって気付いたのか、テルはハヤテを見る。ハヤテは一瞬ドキッとしたが

 

 

「い、いやだなぁテルさん、執事には神出鬼没のライセンスがデフォルトで備わっているんですよ」

 

「俺はそんなドッキリにしか使えないようなライセンスはいらねー」

 

 

「テメェ、いつまでも喋ってんだ!」

テルとハヤテの会話に男の怒号が割り込んでくる。今にも殴り掛かってきそうだ。

 

「あとなハヤテ、残念だがこのラーメン─」

 

テルはとことん男を無視する。余りにも無視されたのが限界だったのか、男は遂に殴りかかった。

 

 

「無視すんなやテメェ!!」

 

ガシャン! と何かが割れる音が響く。 辰屋は目を疑った。 男が殴りかかった時、テルはラーメンを持ち、殴りかかった男の顔面に丼が割れるほどぶちまけるのを見たのだ。

 

 

「…………」

 

男は白目を剥いて気絶している。 そしてテル手を払うと首を慣らしながらハヤテに言った。

 

 

「残念ながらハヤテ、そのラーメンは俺が注文したのとは違ェーな。 俺が注文したのはやたらとアホな、なんでも一人で済ましてカッコつけようとしてるバカなジジィのラーメンだ」

 

「クソガキ……お前ェ……」

 

「俺が知ってないとでも思ったのか? あんたの店に客足が減っていたのは単に時代が変わっただけなんかじゃねぇ、コイツらが妨害してたのさ」

 

テルは男達の方をクイクイっと指した。

 

「お前、そこまで…なんで……」

 

そこまで知っていながら、なんで来たのだとその思いで一杯の辰屋にテルは背を向けながら返す。

 

「約束覚えてっか、このクソジジィ」

 

約束。恐らく、あの時だろうか? 助けた後にガキが言った言葉。

 

 

ようやく思い出したぜ。

 

 

 

 

 

「なんかお礼をしなきゃならねぇな」

 

─たしかアイツはその後に笑いながら言ったんだ。

 

 

「この恩は絶対に忘れはしねぇ……あんたのこの先の人生、短いだろうが、どんな事からでも俺が護ってやるよ……」

 

 

 

─そうだ。こう言ったなガキのクセに生意気なこと言ってたっけか。

 

 

 

 

「こ、この野郎! テメーら、全員でやっちまえ!」

 

 

味方がやられたのを見た男が合図を送ると他の男達が一斉に迫ってきた。

 

 

「あのテルさん、どうしますか? 実はラーメン結構作って余ってるんですけど……」

 

 

ハヤテがラーメンを両手に構えながら言う。 テルはやれやれといった表情。

 

「しょうがねぇな……じゃあアッチの不躾なお客様に食べさせるとするか」

 

「はい!」

 

ハヤテは頷いて二人はラーメンを構える。

 

その瞬間、男達の動きが凍り付くように止まった。 男達の視線の先には悪魔のような笑みを浮かべて目を赤くぎらつかせながら男達を見つめるテルとハヤテの姿があった。

 

 

その一瞬を見逃さず、二人はラーメンを持って男達の距離を縮めると勢い良く、顔面にぶちまけた。

4人の男達が一気に倒れる。

 

「よく聞けクソジジィ、確かに俺達は血の繋がりはねぇがよ……そんな目に見えるモンよりでっかくて大事なモンがあるじゃねぇのか?」

 

 

「少なくとも……」とテルは付け加えて続ける。

 

 

「あのラーメン食った日から、俺はアンタを親父と思ってんだぜ!」

 

 

テルは辰屋に向けて大声で叫ぶ。しっかりと耳に聞こえるように、忘れさせないために。

 

(ガキが……言うようになったじゃねぇか……)

 

戻ってきた男の成長を辰屋は嬉しく感じていた。

「おーいハヤテ、弾(ラーメン)の心配はするな! 私達が作っているからな!」

 

辰屋が物思いにふけっているその横でマリアとナギはラーメンを作っていた。主にマリアが作ってナギがなんかラーメンにかけている。

 

「ってアンタら誰だよ!後俺のラーメンを弾扱いするな!」

「ハヤテ!パス!」

 

「オイィイ!話聞けこの野郎ォォォ!」

 

 

ナギは辰屋の言葉を聞かずにハヤテにパスした。 ハヤテはそれを受け取ると向かってくる男達にぶちまけた。

「ウゲッ!なんでこのラーメンはネバネバしてんだァァァ!」

 

「熱い!熱いィィイ! 臭ェ!マジィイ!」

 

 

男達は顔に苦痛の表情を浮かべながら気絶した。

 

 

「ナギ、一体何を入れたんですか?」

 

マリアは隣で腕を組んでいるナギに恐る恐る聞いた。

 

「隠し味にちょっとくさやと長芋な……健康的だろ?」

 

 

(テル君第二号がここにいますわ……)

 

マリアはそう思わずにはいられなかった。

 

「て、テメェら……こんな事してただで済むと思うなよ!」

 

 

男のリーダー格が言い放つ。がもはや威厳もなにも無い。

「何言ってんだか……明らかにお前らの営業妨害だろうが。 普通に訴えてやるぞコノヤロー」

 

テルは男の前に立ち。堂々と返した。 男は一歩下がると悔しげに呟いた。

 

「テメェ……一体何者ンだ?」

 

 

「俺は……そうだな」

 

「いえいえ、テルさん。『俺』じゃなくて、「僕達』ですよ」

 

「まぁそうか……俺達は」

 

 

ハヤテの一言にテルは言い直して声を揃えて言い放つ。

 

「「通りすがりのただの執事だ!覚えておけ!」」

 

 

言い放った言葉に男はクソっと毒づく。

「おお! カッコ良すぎるぞハヤテェェェ!!」

 

ナギは腕を高々と挙げて歓喜の声をあげていた。

 

 

「クソっ、だったらこの借金、どうしてくれんだ!払えるもなら払ってみろ!」

 

男は勝ち誇ったかのように叫ぶ。 確かに営業妨害の方は解決できても実際ある借金は消えてはいないのだ。 コレを解決しない限り、奴らは何度もやってくるだろう。

 

 

「だったらその借金、俺が肩代わりしてやる」

 

 

「「ハァ!?」」

 

男と辰屋が間の抜けた声をあげた。

 

「おいガキ!勝手なこと言ってんじゃねぇ!」

 

ずかずかと詰め寄る辰屋。 しかし、テルは辰屋に向かって言う。

 

「俺は約束は護る。 絶対ェ護る。つーか護らせろ」

 

 

「バカやろうが……」

 

(こんな老いぼれなんか知らんぷりしろってのに……お前って奴は)

 

 

「バカかお前は?」

 

辰屋のセリフに続くように割って入る一言。

 

「ナギ……」

 

「お前が払えると思っているのかこのバカテル」

 

「バカじゃねぇし、俺は絶対ェ払うし」

 

「だったらどっからその金をだすのだ?お前の経済力ではたかが知れてる。 全く何も考えない奴だな」

ナギはふぅとため息をついた。

 

「放っておけ……」

 

「だがそんなバカな奴、私は嫌いじゃないぞ。 オイ、そこのハゲ」

 

 

ナギはリーダー格の男に言いつける。

 

「だれがハゲ散らかしただァ!」

 

男はナギに怒鳴るがナギは表情を崩すことなく続ける。

 

「その借金、私が肩代わりしてやる。 額を見せろ額を」

 

男はナギに借用書を見せた。子供が見たら予想もできない額だ。後悔させてやろうと思ったのだが、ナギは受け取ると紙をパシッと叩き

 

「なんだこんなものか……マリア!」

 

パチンと指を鳴らすとアタッシュケースを持ったマリアが前にでてきた。

 

「どうぞ」

 

男の前まで歩き、ケースを差し出す。 男が開けると中には札束があった。

「全額返済です♪」

笑顔で言うマリアに男はただ驚くしかなかった。

 

 

「お、お前ら何者ンだ? 一瞬であの額用意するとは……」

 

アタッシュケースを抱えると男はニヤリと笑った。

 

「わかったよ。 お前ら引き上げるぞ!」

その言葉に仲間は不満と怒号の声をあげた。 その反応に男は頭を掻きながら

 

「うるせぇな、金返せば大事な客だろうが」

 

その言葉を最後に男の仲間達は倒れている仲間を起こし、渋々去っていく。

仲間達が帰っていくなかで男は不適な笑みを浮かべる。

 

 

(ここまでされて黙ってられるかってんだ! 終わった後でも店に迷惑かけてやる!)

 

なにがなんでも後悔させてやる。といった表情で店から出て行った。 なんと器量の小さい奴か。

しかし、男達の笑みも束の間だった。 店から出て来た男達はピタリと目の前の光景を見て足を止める。

 

「な、なんだテメェら……」

 

男達の目の前にはおびただしい数の人、人、人。怒りの形相で睨む者。 または箒や棒などの武器を持っている者。

 

先頭の男が口を開いた。

 

「アンタらか……この店に毎回毎回営業妨害してた奴らは」

「へ?」

 

間の抜けた声。 それもそうだろう、話し掛けてる男は立派に整った髭にサングラス、プロレスラーな筋肉、体長は二メートル近くあった。 彼から出される威圧感は恐怖に近い。

 

 

「このラーメン屋は俺の学生時代の思い出の店よ。潰させるわけにはいかねぇな……」

 

「俺達みたいなサラリーマンの愚痴をあんなに節介やいて聞いてくれる店主、なかなかいないぜ!」

「俺のランチはここって決まってんだよ!上司の豪華なランチなんかクソ食らえ!ここのラーメンが一番なんだよ!」

「……二度とこの店に近づけねぇようにしなきゃならねぇな」

 

筋肉質の男が拳の関節をパキパキと鳴らす。

 

その後はどうなったかは想像はつくだろう。 何があったかを聞くのは野暮というものだ。

 

「アイツ等はお前が連れてきたのかクソガキ……」

 

 

一同が歓喜の雄叫びをあげているなかその光景を見ていた辰屋はテルに尋ねる。

 

「俺は一人にだけ言ったつもりだったんだがなぁ……」

 

 

倒れている椅子を立て直し、テルはドカッと座り溜め息をついた。

 

「良かったじゃねぇかジィさん。 こんな店でも忘れないでみんなから好かれていてよ」

 

 

「お前……」

 

「まぁ、そういう事だな。 これで俺が執事としてアンタの店に来るのは……もう終わりだ」

 

 

「て、テルさん……そんな……」

 

 

まるでもう二度とここに現れないという口振りにハヤテがテルに言うがテルは「ただし……」と付け加えて続けた。

 

「今度は客として、息子として来てやるよ」

 

テルの言葉に辰屋は驚く。

 

「いいのか? お前はそれで……血の繋がりも無いんだぞ」

 

 

「ったく、さっきも言ったけどよ……」

 

頭を掻きながらもテルは辰屋と向き合った。

 

「血の繋がりがなんだ? そんな目に見えるモンより見えないモンの方が俺にとっちゃ大事なんだよ……」

 

 

血縁など関係無い。少なくとも、血の繋がりよりも確かな絆がここにはある。 この店を訪れる客達、そして今回来てくれたテル達。 絆とは広く、そして深いものだ。

 

 

「なら言わせろよ……」

 

テル達が帰ろうとしていた時、背後から辰屋が呟いた。 その言葉を聞き、テルは背を向けたまま聞く。

 

「また来いよ……このバカ息子が」

 

テルはその言葉を聞くと背を向けたまま一言。

 

 

「あばよバカ親父。 うめぇラーメン出さなかったら承知しねぇぞ」

 

そう言い残してテル達はラーメン屋を後にした。

「…………」

 

段々と見えなくなっていくテル達を辰屋は眺めていた。

 

(ハツ、見てるか?こんな俺を親父って呼ぶバカな奴がいたぞ……血は繋がってねぇが関係無ェって……こんな俺は幸せもんだなぁ……)

 

辰屋の頬に何かが流れた。とめどなく流れる冷たいが暖かい。

 

 

「アレ? 辰屋さん、泣いてるんですか?」

 

顔を見られたのかサラリーマンが声を掛ける。 辰屋は顔を上に、空を見上げた。

「バカやろ……こりゃ新しいスープだ」

 

「そりゃあ随分と……しょっぱそうな、嬉しそうなスープだねぇ」

 

 

その後はみんなで後片付けをして営業再開。 店主辰屋の顔には今までになかった笑顔が見られるようになったという。

 

 

 

 

 

「テル君、本当に良かったんですか?」

夕方の帰り道、マリアがテルに聞いた。

「何がです?」

 

「あのラーメン屋でまた働かないで執事の仕事をとった事です」

 

 

「何を言うかマリア……」

 

と急にナギが会話の中に入ってくる。

 

「このバカテルだぞ? その内ラーメンで死人が出るようになるぞ」

 

無きにしも非ずの可能性を言うナギにテルは顔をしかめて一言。

 

 

「そう言えばなんでみんなついて来たんですかねぇ~?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ナギはテルから離れ、ハヤテの手を掴んだ。

 

「は、ハヤテ!さっさと帰るぞ!」

 

「そ、そうですねお嬢様! 僕帰って早く夕食の準備をしなきゃいけませんし」

 

そい言うとハヤテはナギを抱えて爆走。

 

「おいコラ!待ちやがれ!」

 

そう言っている間にもハヤテの姿はどんどん見えなくなっていく。 加速装置でも付けているようだ。

 

(また……置いてかれました)

マリアは一人自分の扱いについて呟いた。

 

という事は帰り道はテルとマリアの二人っきりだ。

 

(テル君はああ言いましたが、自分の本当の親が見つかった時はどうするのでしょうか?)

 

ふと疑問が浮かぶ。彼の探す両親が見つかったとする。テルはどうするのかラーメン屋の店主を父親と呼んでいられるのか。

 

 

マリアは意を決して聞くことにした。

 

 

「あの、テル君……」

 

「なんですか?」

 

 

「もし……もしですよ? 両親が見つかって記憶も戻ったらテル君はあの店主さんを父親と呼びますか?」

 

 

「………」

 

テルは空を見上げて少し考えると静かに返した。

「何も……変わりはしませんよ。 もう俺らの間には溝も誤解もありません。喧嘩をすることがあっても記憶が戻っても両親が見つかっても俺はあの人を父親と呼ぶつもりです……あと忘れてもらっては困りますが」

 

テルは笑みを浮かべるとマリアを見て言った。

 

 

「俺にとって、ナギやハヤテ、マリアさんは家族ってことにしてるんで」

 

 

「あはは、私はなんでしょうか?」

 

 

「いや、マリアさんはお母さんですよ。雰囲気的に……」

 

 

その言葉にマリアはピクッと反応した。

 

「……どういう意味です?」

 

「いや!あの!別に深い意味はないんですよ?本当に!」

 

 

「じゃあなんでそんなに汗ダラダラなんですか?」

 

「すいまっせーっん!」

 

「あ、テル君!待ちなさい!」

 

 

ダッシュで走るテルをマリアは追いかけた。 追いかけていく中でマリアはある事を思っていた。

 

(家族……か。 いつしか全て分かる日が来るのでしょうか……)

 

 

言い表せない不安感がよぎる。

 

─家族ですから

 

 

テルの言葉が思い出される。 何故だか安心する自分がいた。少なくとも、今だけはこれでいい。 核心に迫るのはまだ先でもいい。

 

 

(これから面白くなるんですから……)

 

 

不安が消え、これからの日々に期待感が高まった。

 

 

 

第18話・完

 

 

 

 

 

 

と思っていたのか!!

 

 

翌日、ナギの屋敷にて。

 

 

「オイ……」

 

「なんだバカテル」

 

 

わなわなと一枚の紙を握りしめるテルはナギに聞く。 この紙を。否、テル宛てになった借用書を。

 

「なんで俺名義ィィイ!?しかもナギから借りた事になってる!?」

 

 

「なんでって……自分で払うって言っときながら……」

 

 

「お前払ったんじゃないのか?」

 

「いや、お前が余りにもダラケるからさ。マリアが『借金の一つでもあった方が必死こいてやりますよ♪』っていうからさ」

 

「マリアさぁぁぁん!」

 

 

「騒ぐなバカテル。 たったの6000万だ。私に返せばそれで済むという事にしてある」

 

 

「お前は金の感覚が狂ってんだよ!ハヤテより低いからってこんな額見たら夜逃げ所か自殺するわ!!」

 

 

「よかったな!借金執事がもう一人増えたぞハヤテ!」

 

「テルさん……頑張っていきましょう!」

 

 

「やめろ!見るな……そんな目で俺を見るなァァァァ!」

 

 

こうしてグータラ執事は借金を作ってしまったのである。


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