ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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第18話~むかつくお前にアッパーカート~

「いいか? 俺が引き付けてる間になんとかしてハヤテを殴るなりなんなりとして気絶させろ」

 

「分かりました。 足止め、頼みますよ」

 

テルとシュトロハイムはハヤテと対峙していた。 作戦の確認である。

 

シュトロハイムの場合、破壊力抜群のパンチがあるのだがテイクバックが大きすぎるため避けられてしまう。

 

要するに溜めが長いという事だ。 だがそれでも十分動作は速い、相手のハヤテが速すぎるのだ。

 

「俺右腕使えないからな、やれる範囲は限られてるからな」

 

「ご安心を……私はアナタと違い有能ですので」

 

「何気にヒデぇ事言うねぇ……」

 

折れた右腕を手で押さえながらテルは吐き捨てるように言った。

 

自身の力の無さが痛いほど実感させられる。

 

それはある意味、歯がゆさである。

 

「さぁ、ハヤテ殿……終わりにしましょ─」

 

両手を広げ、高らかに言いかけた時だった。

 

その時、黒い突風が吹いたのである。

 

ドコンッ!

 

「ん?」

 

風が通っていったかと思うと後ろから轟音。

 

振り返るとシュトロハイムが壁にめり込んでいた。

 

「オイィィィ! お前偉そうな事言ってる割には一撃じゃねぇかァァァ!!」

 

「………」

 

壁にめり込んだシュトロハイムは物を言わぬ木偶とかしていた。 白目をむいて完全に動かない。

 

「お前出オチって言葉がお似合いのキャラだわ……」

 

頭に手を当てて嘆いたテルだが、ハヤテが目の前に現れる。

 

嫌な汗が流れ出した。

 

「や、止めないかいハヤテく~ん? これ以上君の残虐さが表れると全国の男性ファンと女性ファンから嫌われちゃうよ~」

 

左手でストップを呼び掛けるも、ハヤテは止まる事知らず。 またしても一瞬パッと消えると突然現れ、体にキックが当たった。

 

「ぐおぉぁ……」

 

今度蹴られた所は水月。 大体胴体の中心に足のつま先が突き刺さるようにめり込んでいた。

 

因みに水月、当てられるとマジで痛い。

 

「………」

ハヤテは無表情で蹴り足を引き離すとまた消えて今度は後方から

 

「がはっ……」

 

 

振り返る時には既にハヤテは見えず、見渡している内に真横から

 

「ぐ……」

 

止まらない猛打の嵐。 そう、どんなに一撃が強力でも当たらなければ意味がない。

 

どんな敵が相手でも疾風の前では無力同然。

 

「ハァ……ハァ…」

 

(マジで損な役だな……)

 

地面に叩きつけられた体を左手を使い、立ち上がろうとする。

 

今まで一番荒い息遣い。 危険信号赤灯火。 急に車は止まれない。

 

「………」

 

ハヤテはまだ動くかとするテルの頭に足を乗っけた。 その上から押し潰さんばかりの力が加えられる。

 

(マジ……一発殴りてェ……)

 

屈辱、それ以外の何者でもない。 怒りが体を支配し始めるが、不意にナギの姿が目に映った。

 

―何かを待っているような瞳。

 

―今は自分を信じて、必ず勝つと信じている瞳。

 

ならば主の為に執事ができる事はただ一つ。

 

 

諦められっかよ……

 

「……!!」

 

ハヤテは自身の右足に圧力を感じる。 目を向けるとテルが左手で掴んでいた。

 

ハヤテは左手を振り払うと後ろに飛び乗った。

 

その間にテルは体制を立て直し、立ち上がる。

 

ふらつきながら立ち上がる体はボロボロだ。出血も酷い、多分次また食らえば落ちる。

 

ならば賭けるしかない……

 

(こうなったら玉砕覚悟で……)

 

 

そう心で呟いた瞬間だった。

 

 

─違っがぁぁぁぁうッッッ!!

 

「うん?」

 

突然の声が聞こえた。 聞いた事がある声……

 

 

あの時だ。 伊澄を助けに行こうとした時に聞こえた声。

 

何故だかは分からないが、テルの頭がぼーっとしてきたのを感じた。

 

その時は時間をも忘れ、

 

 

辺りが真っ白になる。

 

 

「違っがぁぁぁぁうッッッ!!」

 

怒鳴り声が聞こえた。 懐かしい声が

 

目に映るは高い天井。 辺りはだだっ広く、茶色の板が床の上に自分は仰向けになっていた。

 

「何度言えばわかんのよ? お前不器用すぎ! 体だけ強くても意味ないんだから!」

 

自身に向けて罵声を浴びせるのは一人の女性。 顔は分からない。

 

「理に叶った動きをしなさい? そうすれば色々な事に対応できるわよ?」

 

そう言うと女性は近づいて倒れている自分を起こすと自分の頭に手をのせた。

 

 

「お前は一度覚えたらなかなか忘れない子だから、記憶が飛んでも忘れはしないかもね」

 

ポンポンと叩くと女性は続けた。

 

「それでも忘れたら私か誰かにぶん殴ってもらいなさい? ショック療法で解決よ」

 

自分はその時やたらと不平不満を叫んでいた気がする。 主にその女性に対して……

 

女性は手をまたのせた。

 

「それが出来ればお前の約束が守れるような力になるかもしれないね」

 

その時、女性の顔をまた見た。 相変わらず顔は見えないが

 

「でも無茶はしちゃいけませーん」

 

笑っているような感じがした。

 

その手は優しく優しく、頭の上に乗っていたのを覚えている。

 

 

 

「また……」

 

視界が元に戻る。 ハヤテを見据えるとテルは構えた。

 

「訳わかんねーこと言いやがって……」

 

この記憶はなんなのだろうか、聞こえたら理解し難い事ばかりが耳に聞こえてくる。

 

だがその声を聞く度に背中を押されるような感覚になるのは何故だろう

 

「理に叶った動き……」

 

目の前に集中だ。 全身から力を抜き、目を細める。 唾を飲み込むのは痛みを一時しまい込むため

 

もう眠くなんじゃね? というくらい力を抜いた。

 

その時、ハヤテが消えたのが分かる。

 

(あれ?)

 

ザシュ! ザシュ!とハヤテが駆けて突っ込んでくる。 まるで短距離選手のような走り方で

 

(コッチに来てんのか?)

 

真っ直ぐ見据えるラインは確実に真っ正面だったがハヤテはギュッと進路変更。

目が自然とハヤテを捉える。

 

ハヤテは少し速さにアクセントをつけると片足になった。

 

 

蹴るのか? 蹴りだな?

 

目を見開いた瞬間、自然と体は避けていた。

 

蹴り脚は空を切り、目標の意外な動きに一瞬だけ驚愕する。

 

「……!!」

 

ハヤテが気付いた時、テルは既に懐に潜り込んでいた。

 

「殴り殴ってくれたな……」

 

額に青筋を浮かべながら左腕を構える。

ハヤテは避けようとするが右足が完全に伸びきってしまっているため戻すには一瞬の時間を要した。

 

一瞬の時間が完全な隙。

 

「喰らいやがれ……」

 

左腕に力を込めると怒り気味に呟く。

 

 

「ア○ソリュート・パ○ーフォォォォオス!!」

 

テルの拳はハヤテの顎にアッパーカート気味に打ち上げられた。

 

ハヤテの体が少しだけ浮かぶが、まだ終わりではない。

 

一撃で終わらせるにはまだ一撃は軽すぎた。 ハヤテは空中で右足を大きく振り上げ、踵落としを仕掛けようとする。

 

「………」

 

ハヤテは見た。 テルの口元がニヤリと笑っているのを

 

決して追い詰められた人間がする顔ではない。

 

「なら、本当に重い一撃ならどうだい?」

 

ハヤテは瞬時に前方に視線を向ける。 殺気を感じた。

 

その殺気の元はシュトロハイムである。

 

既にテイクバックが完了している。 溜めは終わっているのだ。 後は撃ち出すのみ。

 

「……!!」

 

ハヤテは避けようにも空中では身動きが出来ない。 タイミング的にも遅すぎた。

 

簡単な理屈だ。

 

体重×握力×スピード、イコール……

 

「ヌアアアア!」

 

破壊力ッ!!

 

 

ドゴッ!と顔に拳がめり込んだ。

 

直撃。 ハヤテの体はまるで垂直に置いて発射されたロケット花火のように飛ばされていった。

 

壁は轟音を立てて破壊され、塀はぼっこり穴が開いていた。

ハヤテは動かない。

 

「テメぇ最初っから狙ってやがったな?」

 

「おやおや、バレていましたか?」

 

「変な芝居打ちやがって、俺が動き止めてなかったらどうするつもりだったんだよ……」

テルが頭を掻きながら言うとシュトロハイムはニカッと 笑って返した。

 

「私はアナタならやれると信じていましたので……」

 

「お前に言われてもな………」

 

遠くではナギが喜びながらハヤテの方に駆け寄っていくのが見えた。

 

 

 

「終わった……」

 

マユミは一人、状況を理解すると闘技場から上へと繋がる階段に足をかける。

 

(さよなら……で、いいのかしら)

 

一瞬だけシュトロハイムを見るとマユミは笑みを浮かべて今度こそ階段を上って行った。

 

 

「あれ? 僕は一体……」

 

ここでハヤテが漸く目を覚ました。

 

「ハヤテ!」

 

「うわっと……お嬢様?」

 

ナギはハヤテに泣きながら抱きついた。 ハヤテは訳が分からず唸る。

 

「そうだお嬢様、シュトロハイムさんに僕は何をされたんですか?」

 

テルはん?と耳を疑う。 どうやらアンテナを付けられてから何も覚えてないらしい。

 

「という事は散々俺を殴った事も?」

 

「あれ? どうしたんですかテルさん? 凄い傷だらけですよ?」

 

「腕を折ってさらに足蹴にしたことも?」

 

ゆらゆらと近付くテルにハヤテは普通に笑いながら返す。

 

「いやぁ、なんだか僕、体が痛いんですよね~特に顔が……」

 

「一発じゃ足らんわァァァ!」

 

「グホッ!」

 

テルはそのままハヤテの上にまたがりマウントポジションを取る。

 

「おんどれぇぇぇ! 千発ぐらい殴らせろやァァァ!」

 

「バカテル止めろ!」

 

ナギがテルを必死に止めに入っているがテルは叫び続ける。

 

 

「マユミお嬢様?」

 

一方シュトロハイムはマユミを探していた。

 

だが辺りにはマユミの姿は見当たらない。

 

シュトロハイムはなにか嫌な予感がした。

 

なにかマズい、とんでもないことが起きようとしている。

 

執事としての勘がそう告げていて、シュトロハイムは不安感を胸に闘技場から走り去った。

 

「ん?」

 

テルがその異変に気付いて振り返ると走っているシュトロハイムが目に入った。

 

「何やってんだアイツ……」

 

「とう!!」

 

「ぐはっ!?」

 

よそ見をしているテルにナギのドロップキックが炸裂した。

テルは地面を転がってナギと喧嘩再開。

 

しかしテルも嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様ぁぁぁぁ!! 何処ですかぁぁぁ!?」

 

 階段を駆け上がり、屋敷中をシュトロハイムは探し回っていた。 

 

「私もここで何年も執事をやっているが相変わらず広い・・・・」

 

 愚痴をこぼしつつもその表情からは焦りが感じられた。 今のマユミは何をするか分かったものではない。 今思えばリモコンを壊した辺りからすぐ気づくべきではなかったか。

 

(この嫌な予感に気付けないとは・・・・・ん?」

 

 悔やんでいるとシュトロハイムは立ち止まった。 辺りに漂う異臭、いや、どこかで嗅いだ事がある臭いだ。

 

 煙の臭い・・・・

 

「ま、まさか・・・・」

 

 シュトロハイムはぞっとする。 顔からは血の気がうせた。 今起ころうとしている事態に対して・・・・

 

(間に合ってください!!)

 

その思いを胸にシュトロハイムは二階へと続く階段を駆け上がっていった。

 

 

 

二階、マユミの書斎。 その部屋にはたくさんの医学に関する本と資料が保管されている。 全てはマユミの父、祐一が集めたものだ。 

 

その医学の空間が今、赤い炎を纏い、黒煙で満たされつつある。 バチバチと炎は床、カーテン、天井へと伝ってその脅威を拡大させていた。

 

その中にぽつんと一人立つ少女が居た。 マユミである。

 

「お父様も、よくここまで集めたものね・・・」

 

 若干、呆れたかのように笑うと煙を少し吸ってしまったのか咳き込んでしまう。

 

(全ては私がやってしまったこと・・・・色んな人たちに迷惑がかかってしまったわ)

 

 マユミは揺らめく炎を見つめ、自身の過ちを思い出す。 多くの無関係な人たちを自身の実験台として発明を作ったこと。 他人の大切なものを奪ったこと。 自身が恨んでいた少女が自分と同じ苦しみと悲しみを抱えていたこと。 

 

(これが私のケジメ・・・・お父様、お母様、今すぐそっちに・・・・)

 

 瞳を閉じ、激しくうねる炎の中へ身を任せようとしたときだった。

 

「お嬢様!!」

 

 聞きなれた声に、マユミは一瞬動きを止め、振り返る。 そこにはシュトロハイムが息を切らしているのが目に見えた。

 

「あら、シュトロハイム早いのね・・・・」

 

「いや、これでも随分かかりましたとも・・・・それよりも早まったことはしないで下さい!!」

 

「だから説教しないでよ! 私は取り返しのつかないことしたの! 命をもって償うのが当然でしょ!?」

 

「謝りましょう! まだ間に合うはずです!!」

 

「間に合わない!! どうしてあなたはいつも私にお節介焼くのよ!?」

 

「お嬢様の執事なのだから当たり前でしょう!」

 

 その言葉にマユミは歯軋りをした。

 

「どこまで貴方は馬鹿なの・・・・」

 

「・・・・・・」

 

そう言うマユミの表情を見たときシュトロハイムは言葉を詰まらせた。 泣いている、マユミが泣いていた。

 

「私なんかに構わないで自由に生きればよかったじゃない・・・・最初はたくさん憎んでたけど段々貴方のしたことが正しく思えてきた・・・・でもそうするとお父様とお母様が浮かばれない・・・・だから今までひどく当たって追い出すようにしたじゃない!!」

 

 これまで何度も執事のことを辞めるようなことを言われてきたシュトロハイムはその真実を知った。 全ては自分のためであったこと、マユミは自分の父と母の十字架を背負って背負って何もかも自分で抱え込んでいたのだ。

 

「私なんかのために貴方の人生が縛られるようなことはないのよ・・・・」

 

「違いますぞお嬢様!」

 

「え?」

 

シュトロハイムは考える。 お互い、蓄えてきたものがあった。 ならば自分も明かすしかないであろう。 ここまできてやっと聞くことができたマユミの本音。 

 

「私はユウイチの意志を受け止め、貴方の執事になることを決めました。 しかし、私は不安だったのです・・・・」

 

自分の本音、この八年間で自分が思った本音を

 

「ちゃんと貴方の執事としてやれるかどうか、義務感にとらわれていました。 ユウイチの最期の願い、義務として受け入れ、忠実に使えたいと思ったのです」

 

 荒い息をしまいこみ、シュトロハイムは続けた。

 

「ですが貴方は以外にも朝起きてくる時間は遅い、嫌いなものは私に気付かないように残すし、それらを注意すると必ず執事を辞めなさいといわれました。 まぁそれらを正すのもまた執事としての使命だったのですが・・・・」

 

「う・・・・」

 

悪態を突かれたマユミは涙をぬぐう。

 

「私も気付いたのです。 これが家庭・・・・ユウイチもこんな思いだったのでしょう。 マユミ様と過ごしていくうちに執事としてではなく、一人の娘・・・・家族と見るようになりました。 私には普通の家庭は分かりませんが、この心は今も変わりません・・・・」

 

 人を殺すことを生業とした人生、その中でシュトロハイムの心は人をいかに殺すか、その技術、心得だけを追求して生きてきた。 

 

しかしそんな自分に新しく生まれたもの。 ユウイチやマユミと過ごして来たことによって人としての心が生まれたのだ。

 

「使命とかではない、本当の家族のように私は貴方を支えていきたいのです・・・・だからここで命を投げるのは止めて下さい・・・・」

 

「シュトロハイム・・・・・」

 

シュトロハイムの本音にマユミは瞳からあふれ出す涙が止まらなかった。 何度拭おうともこの流れる涙はなかなか止まってくれない。 ほんとに信じていいのだ。 この男だけは、家族と思っていいのだ。

 

「もう一度私の執事になってくれる? シュトロハイム・・・・」

 

その言葉にシュトロハイムは歯茎を見せるほどニカッと笑って見せた。

 

「なんども申しますが、私はマユミお嬢様の執事ですよ・・・・さぁ戻りましょう」

 

そう言い、マユミに近づいたシュトロハイムは手を伸ばした。 その時である。

 

「むっ!?」

 

突如として二人の間を隔てるかのように天井が落ちてきた。 ガラガラと上から大量の物が落ちてくる。 全て火が燃え移っていた。

 

「お嬢様ぁぁぁぁ!!」

 

「私は大丈夫よシュトロハイム・・・・」

 

叫ぶシュトロハイムに反応する声。 それは瓦礫の中からだった。 奇跡的にマユミの体は押しつぶされるのを避けているが、瓦礫同士の作り出した小さな空間に護られているということは抜け出せないことも表していた。

 

「クソッ! どうすれば良いのだ・・・・」

 

 この状況、下手に自身の拳を使えば下敷きになっているマユミの命が危ない。 

 

「ぬぅぅぅぅ!」

 

シュトロハイムは巨大な瓦礫をどかすために手をかけた。 だが片腕では当然上がる訳が無い。

 

(これが私の犯した罰なの?)

 

必死に瓦礫をどかそうとしているシュトロハイムをかすかな隙間から覗きながらマユミは自身の運命を悟った。 このままではシュトロハイムも巻き添えをくらう。

 

「シュトロハイム、私のことは放っておいて早く逃げなさい!!」

 

「な、ふざけないで下さい!!」

 

「ふざけていないわ・・・・マジよ」

 

フッと笑うとマユミはそう返した。

 

「その言葉に従うことはできません!! たとえ執事としても!!」

 

「私は貴方に生きていてほしいの・・・・私の分まで生きて

!!」

 

「そんな・・・・」

 

一瞬、シュトロハイムの視界があの光景と重なった。 彼女の父、ユウイチ達を見殺しにしてしまった自分の無力さを知ってしまったあの日と・・・・

 

 最期にしてマユミが発したのは悲痛な願い。 主としての言葉なのかどうかは分からないが聞き入れるべきなのだろうか。 

 

「いきなさい・・・・早く!!」

 

マユミは目を閉じた。早く逃げてほしい。 死ぬのは一人で十分。 自分の罪で誰かが犠牲になることはごめんだ。

 

「誰ができるかァァァ!!」

 

だが、この男・・・シュトロハイムは諦めようとはせず。

 

「どうして・・・・」

 

「お嬢様の犯したことが罪だというのなら、その犯した罪は私の罪と同じなのです!! かぶった罪ならばお互いで分け合うか、私が全て背負いますとも!! どこまでも一緒に行きますとも!」

 

 彼女のためにできること。それはただ願いを聞き入れることではない。 一緒に居ることだ。 すこしでも彼女の不安を和らげてあげたい。 そんな想いが彼にはあった。

 

「もちろんこのシュトロハイム、諦めるつもりは毛頭ありません!!」

 

強がるシュトロハイムだが状況は芳しくない。 必死にどかそうにも一向に瓦礫が持ち上がる気配が無いのだ。

 

(このままでは・・・・)

 

シュトロハイムが焦りを感じたその時である。

 

「おう、どうした? 火災発生ですかコノヤロー」

 

 勢いを増した炎を駆け抜けて一人の男がやってきた。 テルだ。

 

「テル殿・・・・」

 

「なんかしんどそうな顔してな手伝うぜ?」

 

 炎の熱であふれる汗を拭いつつ、テルは左腕を瓦礫にかけた。 

 

「あ、貴方まで! どうして関係の無い貴方までもが私を助けようとするの!?」

 

 マユミは隙間から叫んだ。 敵である自分を助けるという意味が理解できなかったのだ。

 

「そんな事言われてもな・・・・うちのお嬢の頼みなんだから仕方ねぇだろ?」

 

テルはめんどくさそうに答えた。

 

「三千院ナギが・・・・・?」

 

「おうよ、火の手が上がっているのが分かったらすぐ俺に『助けに行け』と頼まれてな、ハヤテは消防車呼んで消化活動中だ」

 

「なんで・・・・貴方たちは」

 

マユミは呆然としてしまった。 この男だけならず、三千院ナギとその執事までもが自身を助けようとしている。

 

「うちのお嬢様の願いだったら致し方なしなんでね。 ついでにこの機を境に友達にでもなってくれや、趣味は合わないかもしれないがな」

 

「それはいい。 私も執事として主の友人が増えることはうれしい限りですな」

 

 シュトロハイムが嬉しそうな声で言った。

 

「マユミお嬢様、こんなにも私たちの為に動いてくれる人がいるのです。 人生もまだ捨てたものではありませんぞ」

 

「・・・・うん」

 

 ポツリと呟いたとき、マユミは涙を流しながら笑顔になっていた。 そして顔を隠し、

 

「ありがとう・・・・」

 

そう呟いたのだった。

 

「さーてさっさとコイツをどかさねぇとな・・・」

 

「全くですな。 お嬢様の窮屈さを考えると急がねば」

 

二人は同時に動かせる片腕を瓦礫に持ち上げるように手をかける。 テルが口を開いた。

 

「アンタどいてろって、年寄りなんだからすこし後先考えろって」

 

「そういう貴方も考えてはいかがでしょう? 腕一本ですよ?」

 

「アンタも一本しか動かせないだろうが」

 

「いやいや」

 

シュトロハイムがそう言うと二人は互いに目を合わせてフッと笑う。

 

 

 

「「二人合わせれば二本だ」」

 

 同時に目を見開き、全身の力を込めて瓦礫を持ち上げる。 瓦礫は一気に持ち上がりマユミの姿がはっきりと見えた。

 

「シュトロハイム・・・・」

 

「お嬢様、いきましょう・・・・」

 

差し伸べられたその手をマユミは何も言わず握った。 笑顔で。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと心配して来て見れば・・・・これはどういう事なの?」

 

日野寺家正門、そこにたたずむ一人の少女がいた。 桂 ヒナギクである。 やっぱりテルの隠し事が気になり自ら調べにきたのであった。

 

しかし、日野寺家に来てみればどうであろうか、屋敷からは火の手が上がり、消防車が消火活動を行っている。 そして何より

 

「ここはどこ? 私は誰?」

 

「く、来るな! ブルーベリー色のつぶらな瞳をした悪魔が襲ってくるぅぅぅぅ!!!」

 

正門の目の前にいた門番らしき男二人が変な事を口走っていたのだ。 

 

その原因は誰かさんのピザを食べたことによって起きたことなのだとは彼女は知る由も無い。

 

「あれ? ヒナギクさんじゃないですか」

 

「ハヤテ君!? 何してるのバケツそんなにもって・・・」

 

ヒナギクが声のするほうに目を向けると大量のバケツを一人で持つハヤテの姿が目に入った。

 

「消火活動中なんですよ。 といってももうすぐ火も消し止められますが・・・・」

 

屋敷の方も随分と火が消されてあと少しといったところだ。

 

「なんだヒナギク来てたのか」

 

「あら、ナギまで・・・・三千院家が居ると言うことはまさかテル君もここに来てるの?」

 

ナギの姿にヒナギクは不思議そうな顔をする。

 

「まぁアイツは今救助活動中だ。 もう少しで戻ってくるだろう・・・・あ、来たぞ」

 

 ナギが屋敷の入り口を見ると中からテル達が出て来たのが分かった。

 

 

 

「ごめんなさい・・・・」

 

「私からもこの通りです・・・・」

 

 火の手も無くなり、ひと段落した場でマユミとシュトロハイムはナギに向かって頭を下げていた。

 

「全くだぜ・・・この俺の状態を見ろ。 体は傷だらけ、腕は骨折。 賠償金を億まで追求できるぞ」

 

その瞬間、ナギがテルの右腕を軽く肘うち。 テルは叫びながら地面を転がった。

 

「たしかに・・・・この私にとてつもなく迷惑をかけた礼はしてもらわなくてな・・・・」

 

「・・・・・」

 

近づくナギにマユミは顔を俯かせ、言葉が発せられない。 自分がしたことを考えると悲しくなった。

 

がしっと肩をつかんだ。 マユミはその瞬間、ビクッと反応し、顔を強張らせる。 ナギが口を開いた。

 

「お前、ポ○モンできるか?」

 

「へ?」

 

ナギの言葉にマユミは思わず間の抜けた声を上げてしまう。

 

「私とバトルをしないかといっている。 最近ハヤテが強すぎて困っているのだ。 他にいい対戦相手がいてくれれば私の経験値も大いに稼げるのだが・・・・」

 

「許してくれるの・・・?」

 

その言葉にナギはうーんと唸り、黙って返した。

 

「まぁ、誰にでもそう想ってしまうこともあるだろう。 間違いもあるだろう。 だが、その間違いを正してくれる奴がいるのだから。 私はもうお前のことは許している」

 

「お前ほんとに十三歳?」

 

テルが横でボソッと突っ込んだ。

 

マユミは顔をまた俯かせる。 今度は顔から笑みが生まれていた。

 

「ポ○モンバトルがしたいと言ったわね・・・」

 

「ん?」

 

マユミは顔を上げた。

 

「私のユ○ノオーに勝てるかしら?」

 

「なんの! 私のカ○リューが蹴散らしてくれるわ!!」

 

「いや!お前ポケモン持ってたのかよ!?」

 

テルが自然と突っ込むとシュトロハイムも割って入ってきた。

 

「私も持っていますよ。 使い手はケッ○ング、ちなみに既に新発売される黒と白は予約済みです」

 

「くそ、出遅れたぜ!! まだ俺は予約どころか! ニ○テンドーD○すら買っていないッッッ!!」

 

「話題についていけないわ・・・・」

 

ヒナギクが一人呟いた。

 

「ヒナギクさんも始めてはいかがですか? ピ○チュウならヒナギクさん気に入るかもしれませんよ?」

 

「いやいや」

 

ハヤテの言葉をテルが否定した。

 

「ヒナギクが好きなのは多分、サルだ。 あのパワーとスピードまさしくコイツそっくり・・・・」

 

「ふん!!」

 

その瞬間、テルの頭にヒナギクの鉄拳が炸裂した。 ガツンと音を立てて、テルは地面に倒れる。

 

「ポ○モンは分からないけど、とてつもなく不愉快なことを言われたのは分かるわ・・・・」

 

「ま、そんなこんなでもう帰るぞ。 いくぞハヤテ、テル」

 

ナギがそう言うとハヤテは帰ろうとしたがここで異変に気付く。

 

「あれ? テルさんが起きませんよ?」

 

「え?」

 

それに反応するのはヒナギク。

 

「あれ? なんか赤い液体がいっぱい出てきて、なんか体がビクンビクン動いていて、なんかこれ以上この文章では表してはいけないような程に危険な状態ですよ!!」

 

「そこまで追い込んだのは誰だか私は知っているが」

 

「わ、わたし?」

 

ヒナギクが自身を指差す。

 

「いや、ほとんどは・・・・」

 

「誰ですかお嬢様!? そんなことをした人は! 僕が成敗しますよ!!」

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

マユミとナギとシュトロハイムは深く、ため息をついていた。 テル、哀れなり。

 

 

 

 

 

ドスンッ! 

 

地面に叩きつけられた。 地面というか、正確には床だった。 

 

「いってぇ~」

 

体中を見るとあざだらけである。 何度も何度も投げられた証拠だろうか。 

 

投げられた? 誰に? 決まっている。

 

「少し動きが良くなったかと思えばまだまだね・・・・」

 

自分を投げていたと思われる人物が近づいている。 女性だ。 あの時、夢に出てきたと思われる女性だ。 

 

「どうしたのかしら? ただ突っ込んでいくだけじゃ意味が無いわよ」

 

 笑いながら挑発するようなセリフを言い放ち、自分の怒りを買う。 また自分はその女性に突っ込んで行った。

 

「はい、馬鹿の一つ覚え」

 

女性は一瞬だけ体をずらすと足を引っ掛けて自分の姿勢を崩させる。 

 

前のめりの体制になった自分の足に手をそっと添え、真上に押し上げた。

 

パァンッ! と音が響く。 体が一回転し、床に叩きつけられた音だ。

 

「まったく、こんな安い挑発に乗るなんて・・・・」

 

仰向けになって倒れていると女性は膝を着いて顔を覗かせた。

 

「鬼・・・・」

 

 ポツリと嫌味をこめてつぶやいて見せると女性は笑った。

 

「鬼で結構。 でもこれでも成長したものだわ、関心関心」

 

女性はパンパンと膝を叩いて見せた。 接し方の態度と言葉からにするにアメとムチが大好きなのだろうか、この人は・・・・

 

「うふっ・・・・じゃあ今日はここまでにしてお昼にするか」

 

 一瞬だけまた笑い、自分の額に手を乗せた。 

 

やっぱり何回も思ったことだがこの人の手は優しい。 暖かくてどこか安心するような・・・・

 

(アレ? なんか誰かに似てる?)

 

心の中でそんな疑問が浮かんだ。 顔は相変わらず見えないけど面影が何故か見たことがある。

 

プツンと何かが切れるかのような音がした。 それと同時に真っ暗になっていく・・・・

 

 

「・・・・・・」

 

瞼の裏から目が少しだけ動いた。 どうやら気を失っていたらしい。 あちこち体が痛む、すごい痛みだ。

 

 ここで少し違和感を感じる。 何故だかテルは自分の頭に何かが乗っかっている気がした。 夢で感じた暖かく優しい手にどこと無く似ている。

 

「あれ? マリアさん? 俺って生きてます?」

 

 瞳を開けると額に手のひらを乗せていたのはマリアだった。

 

「ええ、生きてますよ? 私が死神に見えますか?」

 

にっこりと笑うとそっと額から手を離した。 この時、テルは夢の中で感じた疑問が解決するかのように

 

「なるほど・・・・」

と呟いた。

 

「どうしたんですか? 頭でもやりましたか?」

 

不思議に思ったマリアがテルにさりげなくひどいことを言いつつ聞いた。  

 

「なんつーか、変な夢見てて・・・・変な鬼の女が俺を投げ飛ばすんですよ。 何回も何回も」

 

 その時の感覚といったら思い出したくも無い。 夢であったとはいえ痛みと感覚が妙にリアルだった。

 

「知り合いですか?」

 

「分かんないすよ。 でも夢の中の俺はなんかその人と毎日そういうやり取りとかしてたんですかね? 飯とかも食ってたそうっす」

 

 マリアはへぇといった表情。 

 

「取りあえず、一歩前進という形にすれば良いんじゃないでしょうか? 少しでも記憶らしきものが戻ったんですから」

 

無理して思い出す必要は無いのだから今はそれで良いかもしれない。 なんにせよ、今回彼がいなかったらナギとハヤテはずっと離れ離れのままだった。 それを繋ぎ止めてくれた、そして今はゲームして遊んでいる日野寺の令嬢との関係を間接的に直したのはテルだ。

 

(この子にはそういう力があるんでしょうか・・・・)

 

「まぁ、そういう事なんですかね・・・・あ、あともう一つ」

 

テルが何かを思い出したかのように続けた。

 

「その人すンごいマリアさんに似てたんですよね、そっくりとかじゃなくて雰囲気が」

 

この時、マリアの中で何かが切れる音がしたという。

 

「テル君? その女性と私が同じってどういう意味ですか?」

 

「何って、言葉のとおりですよ」

 

「へぇ~じゃあ、私はその人と同じ鬼なんですね?」

 

 不気味な笑みを浮かべるマリア。 テルはようやく気付くが時既に遅し。 

ただひたすら、テルはその日にマリアに謝り続けたのだという。

 

 

 

----翌日。

 

 前夜の出来事から一日明け、テル達はいつも通り白皇学院に足を運んでいた。 はっきり言って昨日の今日なので体は疲れていたが

 

「テルさんどうしたんですか? そんなに疲れた顔をして・・・・」

 

「お前はどうなんだよハヤテ・・・・」

 

テルはケロッとしているハヤテにいささか殺意が芽生えたという。 結局、ハヤテには今回の事件を深く説明することは無かった。 

 

 全てはシュトロハイムにやられたということにしてある。 ハヤテが操られていたと言う事は内緒だ。  そうした方が彼の為なのだろう。 本来真面目過ぎるハヤテがこの事を聞いたら辞表を出しかねない。

そう考えたテルの配慮だった。

 

「しっかし、この解決の仕方はストレスが溜まんな~」

 

「え? 何がですか?」

 

 ハヤテは何を言っているか分からない表情。 隣にいたナギはため息をつくと口を開いた。

 

「まぁそんな事より、教室に入らないとホームルーム始まるぞ」

 

「分かってるって・・・・」

 

 そう言いテル達は教室の中へと入っていく。 中に入るなり突っかかって来た人物たちがいた。 生徒会三人娘である。

 

「おやおや、テル夫君。 ギプスなんかして授業をサボろうという精神は私たちも歓迎するぞ?」

 

「あは~☆ テル夫君もサボタージュ♪」

 

「新手の厨二病か? 舐めるなよテル夫君。 私もその気になれば隠された右腕の力を解放して・・・・」

 

美希と泉、そして理沙が順に言った。 

 

「どうでもいいけどテル夫って何だよ。 なんか一文字違うだけでネットにいそうじゃねーか」

 

そんなことを言っていると今度はヒナギクが

 

「ちょっとさっきの会話聞こえたわよ。 あんた達、サボりもいい加減にしなさい」

 

「いや待てよ。 その『あんた達』には俺も含んでるのか?」

 

「違うの?」

 

「んな訳ないだろうが! 何でこう人の話を聞かない・・・・疲れるだろうが」

 

「お前が言えた事ではないがな。 全く持ってうるさい連中だな・・・・ハヤテ、席に座るぞ」

 

「そうですね」

 

ナギとハヤテは顔を見合わせて席へと向かう。 それと同時に勢い良く教室のドアが開いた。

 

「ほら~さっさと席に着きなさい、日曜が明けた休み気分が抜けない生徒たちよ」

 

「おーい雪路先生、顔色悪いぞ。 どうしたんだ?」

 

「いやぁ~私もちょっと眠くてね、休みだからって夜遅くまで飲んじゃった」

 

「お姉ちゃんが一番休み気分抜けてないじゃない!!」

 

 ヒナギクの声が教室に響き、少しばかりホームルームに入るのが遅れた。 いつも通りの光景。 ここからまた説教、授業、そして執事の仕事が始まるのだ。

テルは席に着くと動かない右腕を机の下にやり、左腕で頬杖をついてダルそうにその光景を遠い目で眺めて呟いた。

 

 

 

「・・・・眠ぃ」

 

 彼の多忙な一週間がまた始まる。

 

 

 

 

 

 




後書き
これにてオリジナルストーリーの心変わり篇は終わりです。 次回からは原作に戻って話を続けていきたいと思います。

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