ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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第15話~出会い一つで変わった傭兵のお話~

ー八年前、アルベルト・シュトロハイム四十二歳。

 

とある国の紛争地帯。

 

「・・・・・・・」

 

 ふと目を覚ました。見上げるは曇天の空。 自分は地面に仰向けで倒れていたのが分かった。

 

「ここは・・・・?」

 

 体を動かそうとしたとき、下腹部に激痛。 よく見ると、体の服は下腹部だけ穴が開いており、その穴からは血がとめどなく流れていた。 

 

ーそうか、思い出した。 私は極秘任務の最中、この紛争地帯にいるある人間を暗殺するために銃弾の嵐をかいくぐっていたところを流れ弾によって撃たれたのだ。

 

そしてそのまま側にあった低い崖から落ちて意識を失ったのだな。

 

雨が降ってくる。 ポツポツと砂にまみれた体に雨が当たり、泥へと変わる。

 

 傭兵。それが私の家系だった。 頼まれればどこへでも行き、どんな戦地だろうが荒地だろうが金を積まれれば何でもやる。 生きるためにはやらなければならなかった。 

 

時間がたつ度に意識が遠くなっていくのを感じる。 どうやら血を流しすぎたらしい。 意識を遠ざかれば最期、私の魂は一瞬で刈り取られるだろう。 

 

まずい、本格的に目が霞んできた。 何かが見える・・・・これはなんだ?死の間際にみる最期の光景だというのか・・・・

 

 思えばロクな人生じゃなかった。 生きるためといい、何度も人を殺めてそれを繰り返していく人生。 こんな人生、嫌気がさす。 いっそこのまま楽になってしまおうか・・・・そう思えば自身の人生に区切りをつけれる。 

 

ー早く、この世界から消えよう・・・・そう思っていたときだった。

 

「おーい、車速く回してくれ! こっちに倒れている!」

 

 どこからか男の声。 だがこのとき既に私の視力はほぼ全体がぼんやりして見えた。 

 

目を閉じる前に見たのは明るい光だった。

 

 

 

 

「・・・・・・・」

 

 次に目を覚ましたとき目に映ったのは天井だった。 自身の体は丁寧な包帯が巻かれており、大きなベッドに寝かされていることが感触で分かる。 

 

「気がついたかい?」

 

ふと聞き覚えのある声がする。 その声は薄れゆく意識の中で聞いた声と同じだった。

 

「弾丸が体の中に残っていて取り出すのに苦労したよ。 でもあの出血と怪我で生きているなんて、相当体を鍛えていたんだね」

 

コーヒカップ片手に喋る男は清廉な茶色の髪に整った顔立ちで、白衣に眼鏡という地味なものだった。

 

「貴方が治療を?」

 

「おお! 日本語喋れるんだね! これは驚いた」

 

シュトロハイムの言葉に男は驚いて見せた。 すると男はカップ片手に近づいてくる。

 

「僕は日野寺 祐一(ゆういち)。 言ってみれば医者だよ」

 

シュトロハイムはその名を聞き、驚いた。 日野寺といえば世界をまたに掛ける医療の家系。 全世界でも信頼されている医療の最先端をゆくことで有名だ。

 

「あら? 起きたのね?」

 

 扉が開かれ、入ってきたのは明るいエメラルドの髪をした女性だ。

 

「僕の妻の美娑紀(みさき)だよ。ここでは一緒に活動している」

 

 笑顔で迎えてくれた娑紀は同じく、片手にコーヒーを持ち、白衣姿が似合っていた。

 

「貴方たちが私を治療してくれたのか?」

 

 シュトロハイムがそう聞くとミサキが両手で口を塞ぎ驚いた。

 

「まぁ、この人日本語が上手よ」

 

「ミサキ、それさっき僕も同じ反応したよ。 それにしても凄いね、どこで覚えたんだい?」 世界を渡り歩く傭兵は言葉の壁にも挑戦した。 もちろん、情報を得るためでありその中には日本語も含まれていた。 そんなことを正直に言う必要も無かったので

 

「独学で覚えた」

 

とその場をごまかしたのだ。 それに二人はまた驚いてみせる。 そんなに珍しいのだろうか、日本語を喋る外人は

 

「・・・・・・」

 

 なにかしらと視線を感じる。 扉のところから・・・・よく見るとそこには小さな少女が顔だけを覗かせてシュトロハイムを見ていた。

 

「あの子は?」

 

シュトロハイムが視線をその子に向けると少女は一瞬ビクッとして顔を引っ込めた。

 

「あの子は真弓(まゆみ)。 僕らの一人娘さ」

 

祐一がそう言うとマユミはたたたと祐一に駆け寄り白衣の袖をつかんだ。

 

「倒れているのを発見したのはマユミだよ。 覚えてないのかい?」

 

 覚えていない。恐らく気を失っていたときだろう。

 

「まだまだ体は動かさないほうがいいよ。 傷は完全に塞がっていないんだから」

 

ユウイチはそう言うと体を起こして動こうとしているシュトロハイムをとめた。

取りあえず今はそうしていた方が良さそうだ。 体の力を抜き、静かに目を閉じる。 そうするとユウイチ達は部屋から出て行った。

 

そして、だれも居なくなったのを見て、目を開き自身の目的を思い出す。 そう、彼、日野寺 祐一こそ暗殺を依頼されたターゲットだったのだ。

 

時が経てば自身の怪我は回復する。 そうなった時が暗殺再開のときだ。今は体を休めよう・・・・・

 

 

~そして現代。

 

「アンタ・・・・傭兵だったんだな」

 

テルが目を細めて背もたれに寄りかかる。

 

「驚きましたか? お嬢様の言っていたことは事実です」

 

淡々と述べるシュトロハイムにテルが質問する。

 

「まさかマユミの親父を殺したのは・・・・・」

 

そういい掛けた時、シュトロハイムが口を開いた。

 

「続きを話しましょう・・・・」

 

 

 

 

 

私は確かにあの時は傭兵として暗殺を画策していました。

 

「ねぇ、シュトロハイムはどこで何をしていたの?」

 

 出会って数日。 シュトロハイムはベッドの上でマユミと会話していた。 いや会話というよりも尋問に近いか。

マユミはよりによって、何をしていたか、どうしてあそこで倒れていたのかと、正直に答えればこちらの素性がばれる様な事ばかり聞いてくる。 だから会話というより、尋問に近かった。

 

(まさかユウイチやマユミは私の計画に気づいているのか?)

 

 そんな考えが過ぎったがそれは無いだろう。 こんなあどけない少女がそんなことをするわけが無い。

しかし、この紛争地帯の中でいくらなんでも無用心すぎではないだろうか。 聞けばユウイチ達は争っている人々、関係なく治療に当たっているという。 その中に私のような人間もいて不思議ではないのだが。 

 

いずれにせよ、これは好都合だ。 そのほうが私は動きやすい後何日かすれば戻る。それまで待つんだ。

こうして体の治療に専念していたとき、私は不覚にもマユミに質問してしまった。

 

「マユミは何かになりたいのとかあるのか?」

 

「あるよ、お父様とお母様みたいなみたいな優しくてかっこいい医者になりたい!」

 

 やはりそうくるか。 

 

「お父様が言ってるの『人を助けること』は素晴らしいことなんだ。 お前が人を助け、命を救ったとき、その人が嬉しくなればお前も嬉しくなるんだ』って」

 

 ユウイチよ、理想が高いことは結構だがここにお前を殺そうとしている人間がいるのだぞ。

 

「もし、その助けた人が悪い人だったら? 恩とかをあだで返す人間だったら? そういう奴らに殺されてはただの無駄死にだぞ」

 

 つい意地悪な質問をしてしまった。 だがこういう人間がいた時、その理想を貫いていられるだろうかユウイチは。

 

「ん~と、まだ「おん」とか「あだ」とか分かんないけどどんなに悪い人も生きれたらうれしいと思う」 

 

「それもユウイチの教えなのか?」

 

「違うよ。私が思ってるの」

 

親が理想の高いものを目指していると子も理想が高くなるのだろうか。

 

「お父様とお母様のすぐ隣でお手伝いすることが私の夢なの! たくさんの人を助けて、みんな幸せになるの!」

 

しかし明るく振る舞って夢を語るマユミの姿はどこか寂しげで

 

「だからあまりお父様とお母様と遊べなくても頑張るの……」

 

 

何かと戦っているようだった。

考えてみればまだ五歳。 親とたくさん遊んでいたいだろう。

何を思ったのか私は自分のポケットから一枚の硬貨を取り出した。

 

 

「シュトロハイム、それな~に?」

 

この硬貨はよく任務前にやる占い。 表か裏を当ててやれば失敗することはないという自分が考えたものだ。

だが今回はそんな事には使わない。

 

「マユミ、このコイン、私がどっちに持ってるか分かるか?」

 

そう言うと硬貨をコイントス。 やがて目の前に落ちてくる硬貨を両手で素早くわける。 さぁ、どっちだ?

 

「うーん、右手!」

 

「残念、左手だ」

 

マユミはまさかそっちにあるとは思わなかったという顔で

 

「すごい、すごいよ! シュトロハイムは魔法使い?」

 

マユミは目を輝かせていた。

 

「はは……」

 

私は苦笑いをした。そこまで面白いものだったろうか? あまりこういう遊びをやるのは初めてだったのかもしれない。

 

「ねぇ、もう一回やって?」

 

何故かその後何度もつき合わされた。 全て当てることは出来なかったが。

 

「…………」

 

どうしたものか……マユミはどうやら疲れ切って寝てしまっていた。

 

 

「あら、マユミったらこんな所で寝ちゃて……」

 

マユミを見つけたミサキが静かに近付いてくる。

 

「シュトロハイムさんごめんなさい。 迷惑掛けたかしら……」

 

「いえいえ、私が一緒に遊んでいただけです」

 

それを聞くとミサキは申し訳なさそうな顔をした。

 

「この子には申し訳ないと思っているんです。 私達こんな仕事だからあの子と遊ぶ機会ができなくて・・・・久しぶりに遊べて楽しかったんだと思います」

 

 恐らくユウイチもミサキも同じくらい苦しいだろう。 

 

「あの人も気に掛けているんだけど、医療バカだから・・・・でも心はマユミと遊びたいって思ってるはずよ」

 

 ユウイチは医療のことになると周りが見えなくなるのか?

 

「私達も頑張って時間つくるわ。それまでマユミと遊んであげて?」

 

 そう言うとミサキは寝ているマユミを抱きかかえ自分の部屋へと戻っていった。 

 

子供と遊ぶなんて私は今回が初めてだ。 だからこれからうまくやれる自信はない。 だが私は親と触れ合ったことすらない。 そういうものは私の間には無く、教えられたことといえば傭兵としての在り方。生き方。 人を殺すための技術。 だが・・・・

 

ーマユミの笑顔をもっと見たいと思っている自分がいる。

 

なぜだ。 こんな迷いが生じるとは・・・・・

 

作戦の決行は今日にしよう。 時刻は夜。皆が寝静まった後だ。

 

情も薄いうちにやっておかなければ心が揺らいでしまいそうだ。

 

 

ーそして深夜。

 

 夜こっそりとベッドから降り、自身の持っていたナイフを持ってユウイチの部屋へと近づく。

 

息を殺せ、気配を悟られるな。 ようやくユウイチの部屋までたどり着いた。

 

(明かりが漏れている。 まだ起きているのか?)

 

 部屋が少し開いていたのでその隙間から覗くと、ユウイチは大量の本や資料に顔をうずめ、机に突っ伏して眠っていた。

 

(寝ている。 だがこれは好都合だ・・・・)

 

今一度、自分のナイフを見つめて部屋に入る前に準備を整える。

「あれ? シュトロハイム?」

 

「ま、マユミ・・・・」

 

 真夜中にまさかだがマユミと出会うとは、また出直すか?

 

ーあの人も心ではマユミと遊びたいって思ってる。

 

ーお父様とお母様と一緒に遊べなくても頑張るの・・・・

 

 

 突然、昼間の言葉が蘇る。 相手は命の恩人だ。 それを私は自らの手で殺そうとしてる。

ユウイチが死ねばマユミは、ミサキは悲しむだろう。

 

ーできるのか? 私に少女の幸せを奪うことが。

 

ーできるのか? 私に親の心を踏みにじることが。

 

(できない。 できるわけがない・・・・・)

 

「リンゴでも食べるか?」

 

「夜にはあまり食べないけど今日くらいなら・・・・」

 

 なんという間抜けな提案をしているのだろうか自分は。 そのままマユミと台所に直行し、果物ナイフでバスケットにあったリンゴを持って切ろうとしたが。

 

「むぅ・・・・」

 

 生まれてこの方、果物なんて切ったことが無い。 私はリンゴの皮むきすら手間取っていた。

 

「シュトロハイム、あまりにも下手だわ。 ちょっと貸して?」

 

 私の切り方のひどさに見かねたのか、マユミが寝ぼけ眼で私の手からナイフとリンゴをとった。

そう言ったマユミの腕は流石で、綺麗にリンゴの皮を剥いていく。

 

「うまいな・・・・」

 

私がそう言うとマユミが切り終えたリンゴを渡した。

 

「シュトロハイムのナイフの持ちかたって危ないわよ? それじゃ怪我するわよ?」

 

 仕方が無い、今まで果物の切り方なんて知らなかったのだから。

 

「じゃあ仕方ないから私が正しいナイフの使い方教えてあげるわ、感謝しなさい」

 

そういうマユミは欠伸をしてリンゴを口に放った。 

 

それからその時間、マユミに数個のリンゴを使って皮むきの練習をされた。 なんの意味があるのだろうか。

 

「あら、上手くなったじゃないシュトロハイム。 あなた才能あるわよ」

 

 そう言われて、ようやく気づいた。 これが人を殺さない、ナイフの使い方。 正しいナイフの使い方を教えられた。

 

ー私にはできない。 彼女の、彼らの幸せを壊すことはできない・・・・・

 

 

 

数日後に私は怪我が治り、その祝いで軽いパーティを催された。 その時、ユウイチと酒を飲んでいたときだ。 私は意を決して自分の正体を明かした。

 

「・・・・そうか」

 

 しかし、ユウイチは確かに聞いたはずだ私の正体を。 だがあまり驚いていなかった。

 

「まぁ、慣れているんだよ。 一回だけじゃないからね」

 

聞けば、過去になんどか襲われた経験もあるらしい。

 

「今、僕を殺す気は?」

 

「ない・・・私はお前に助けてもらい、救われた。 マユミの幸せを壊すことはできない」

 

 そうか、と言うとユウイチはグラスの酒を飲み干した。

 

「確かに僕らの周りは決していい人ばかりじゃない。 それでも僕は人を救いたいんだ。 この身を費やしてでも」

 

「そうだな。 もともと戦争が引き金で多くの命が奪われている。 関係の無いものまでの命がな、それをできる限り救うのがお前の役目だ」

 

 自分のグラスも一気に飲み干そう。 自分の両手を見据える。 ユウイチに私は聞いてみた。

 

「ユウイチよ、私は変われるだろうか」

 

「変われるさ、お前なら」

 

「だが、私はこの手で人を殺めることしかできなかった。 できるのか奪うことしかできなかったこの両手で・・・・」

 

「できるさ」

 

 またしても即答。 ユウイチは笑顔で言った。

 

「少なくともお前は一人の女の子を笑顔にする方法を知っているじゃないか」

 

 それはマユミのことだろうか。 だが、これから変わるとするならば自分自身と向き合わなければ。

 

「ユウイチよ私も誰かのために尽くせる人間になりたい」

 

この時、多分だが生まれて初めて強く思った。だれかを笑顔にしたい。 色んな人を、そしてマユミも。

 

「シュトロハイム、僕と一緒に働いてみないか?」

 

「ああ、お前とならどこへでも行けそうだ」

 

2人でグラスをぶつけると向こうからマユミがやって来た。

 

「シュトロハイム、シュトロハイムは強いんだよね? お父様とお母様を守ってあげてね?」

 

「ああ強いとも、守るさ。 もちろんマユミもな」

 

マユミの頭に優しく手を置き、笑顔で言った。 できる限り彼女の期待に応えてやりたい。

 

「えへ、えへへ……」

 

頭に手を置かれていたマユミはその言葉を聞くと嬉しそうだった。

 

 

それから私は今までの職務に区切りをつけ、ユウイチ達の手伝いをするようになった。

 

私も医療について勉強して多くの患者達を治療する立場になり、人を助ける喜びを知っていった。

 

 

不思議だ。今まで人を殺す事しか出来なかった人間が人を助ける事ができるなんて。

 

 

私はユウイチと出会う前は死んでいたかもしれない。 今初めて、生きていることを実感している。

 

 

(ありがとう、ユウイチ)

 

 

私は思っていた。 これからもユウイチの下で働いていこう。 幸せがいつまで続けばいいのに。

 

 

 

─だがその幸せは長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本に帰る?」

 

「ああ、紛争が収まってきたからね。 明日には帰ろうと思うんだ」

 

お昼過ぎ。 コテージでシュトロハイムとユウイチは仕事の休憩をしていた。

 

 

ここ数ヶ月で紛争は沈静化してきた。 シュトロハイムやユウイチのおかげで負傷者たちはみんな完治していった。 紛争の終わりが近い。 数々の人々を救ってきたシュトロハイムにとって朗報だった。

 

 

「財閥にも報告してこれからの方針を決めたい……と思ってたんだけど、本当は別にあるんだ」

 

ユウイチはキリッとした顔から一変させて笑顔になった。

 

「戻ったらしばらく日本に留まってマユミやミサキと過ごそうと思ってね」

 

「なるほど、それは良いことだな」

 

シュトロハイムの顔も思わずほころんだ。

 

「今まで仕事しかしてなかったからマユミには寂しい思いをさせてきたからね。 家族との時間を過ごしたいんだ」

 

 

ユウイチは財閥の当主だが父親だ。 彼も家族を支える柱にならなければならない。

 

(これでマユミに本当の笑顔が戻る……)

 

今まで仕事の時はシュトロハイムがマユミと遊んだりしていた。 しかしやはり、ユウイチやミサキと過ごす事がマユミにとって最高の幸せだ。

 

 

「日本に来ないか? シュトロハイム。 お前がいれば……」

 

「いや……」

ユウイチの言葉をシュトロハイムは静かに返す。

 

「私は十分、人に尽くせた。 人殺しの私がこれ以上付いて行くのはな……」

 

「お前はもう人殺しじゃない」

 

「分かっている。 だがこれからマユミに必要なのは私ではなく、お前だ」

 

正直だと別れてしまうのは悲しい。 だが私は部外者、日野寺家とは本来無関係。

 

「決意は堅いんだな……」

 

「ああ、私はお前から色んな物を貰ったよ。 誰かのために尽くせる事、それが他人のだけじゃなく、自分のためにもなったからな……」

 

 

自身の両手を見つめる。 人を殺してきた手。 それが今は人を救える手になったのだ。彼らとの出会いは確実にシュトロハイムの『何かを』変えた。

 

「生きていればまた会えるか?」

 

「会えるさユウイチ。 こうして私達は会えたんだ……」

 

 

人との出会いは本当に一期一会だ。 しかも大切な、自分の人生を変えるほどの出会いは本当に一握りだ。

 

 

最後に二人は拳をガツと合わせた。

 

「まぁゲイシャガール、スキヤキの国行けないのは残念だが……」

 

「その日本の呼ばれ方古くないかシュトロハイム?」

 

 

 

 

 

(今日でユウイチ達とお別れか……)

 

シュトロハイムは一人最初に自分が寝ていたベッドを見ていた。

 

明日にでもユウイチが帰ってしまう。 そうなればまた浮浪の旅だ。 数ヶ月だが随分と長かったと思うと感慨にふけっていた。

 

「あら、シュトロハイムじゃない。 何していたの?」

 

部屋に入ってきたのはマユミだ。

 

(そうか、マユミとも別れなくてはならないか……)

 

 

分かってはいたが辛い事、しかし自分はマユミにとって最大の選択をした。

 

「マユミ、私とコイツで勝負しないか?」

 

 

そういってポケットから取り出したのは一枚のコイン。 勝負はもちろんコイントスからの見極め。

 

「いいよ。 やろやろ!」

 

マユミは顔を輝かせるとシュトロハイムの勝負に乗った。

 

 

─結果。

 

「右手!」

 

「……驚いたな、当たりだよ」

 

 

「わーい! 勝った勝った!」

 

 

マユミは両手一杯に高く伸ばして満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「むぅ、強くなったのだなマユミ……」

 

「エッヘン、何回やってると思ってるの?」

 

「まぁそうだな……マユミ、楽しかったぞ」

 

シュトロハイムはマユミの頭に手を置いた。

 

「楽しかったのはマユミの方だよ?」

 

マユミが怪訝そうに聞く。

 

 

(そうじゃない。 私はお前と遊んでいて、初めて人と触れ合うことの楽しさを知った。 お前が居たから私は変われた……)

 

 

「このコイン欲しいか?マユミ……」

 

「え、いいの?」

 

差し出されたコインを見て、マユミは驚きの表情を見せる。

 

「私達が出会えた記念の証しだ。 私を忘れないでずっと持っていてくれ……」

 

 

その今までと違う雰囲気にマユミは顔をしかめた。

 

「え? シュトロハイム、なんて急にそんな……別れるようなこと言うの?」

 

シュトロハイムはしまったといった表情をしたがすぐにいつも通りの顔になり

 

 

「そういえばミサキ殿がさっき届いたケーキを食べに行かないか?」

 

「う、うん」

 

 

マユミはシュトロハイムの背中を見つめていた。

 

 

 

 

「ミサキ殿、先ほど届いたケーキはどこに?」

 

「ああ、それならテーブルの上にあるわよ? どうしたの?」

「いや、みんなで食べようかと」

 

シュトロハイムとマユミは台所に来ていた。 ちょうどそこにはユウイチもいる。

 

 

「なんだいシュトロハイム、そんなに甘い物が食べたいのかい?」

 

「まぁそんな所だ。 みんなで食べようか」

 

そう言うとシュトロハイムは皿を並べていく。

 

 

「あら?ユウイチさん、包丁が見つからないわ」

 

「何だって? 一緒に探すよ」

 

 

そう言うとユウイチは包丁探索に入る。

シュトロハイムは座ると四角い箱を見つめた。

 

「このケーキはどこから貰ったのですか?」

 

シュトロハイムが聞くと下扉を調べていたユウイチが頭をぶつけ。

 

「イタタタ……それ確か退院した患者がきてお礼としてくれたんだ」

 

「おお、それは嬉しい限りだな」

 

見返りを求めてはいないがこういうのがあると活動にもやる気がわくと言うものだ。

 

 

「ユウイチ、包丁はまだかー?」

 

「待ってくれ、どこだ?」

 

 

ミサキとユウイチが探している中、座っているシュトロハイムの袖が引っ張られた。 マユミである。

 

「ねぇシュトロハイム……」

 

「どうしたマユミ、なにかあったのか?」

 

「このケーキっておいしいの?」

 

「分からんがおいしいんじゃないか?」

 

「最近のケーキって『音』がなるのね」

 

「音?」

 

その単語にシュトロハイムは顔をしかめた。 シュトロハイムは箱を手に取り、自身の耳に近付ける

 

 

よく聞くと一定のリズムで何かがカチコチと鳴っていた。

 

(これは……?)

 

嫌な汗が首筋をかける。 箱を恐る恐る開けた。

 

 

シュトロハイムは開けた箱の中身を見て絶句した。

 

 

そこには白いクリームの代わりに時計が、生地の代わりに五本の筒、そしてその他の機械と繋がった配線。

 

 

─それは人を簡単に殺せる悪魔の兵器。

 

 

「どうしたんだいシュトロハイム?」

 

ユウイチとミサキが不思議そうに寄ってきてしまった。 シュトロハイムはこの危険を大声で叫んだ。

 

 

「ユウイチ!爆弾だ! 急いで伏せろ!」 爆弾という単語でユウイチは顔を一変させ、ミサキと一緒に床に倒れるように伏せた。

 

「マユミ!!」

 

シュトロハイムはマユミを抱きしめ何者からも守るため、できるだけ爆心地から遠ざかるように伏せた。 そして次の瞬間。

 

大地を揺るがすような轟音。同時に空気が一瞬で熱くなり、窓ガラスは全て割れる衝撃が発生する。

 

 

 

「ぐっ! クソ……」

背中に乗っていた家の木の破片をどかす。

 

「マユミ!」

 

抱きしめていたマユミを確かめる。 息はある。 どうやら衝撃で気絶してしまったらしい。

 

 

「なんという事だ……」

 

目に映ってきたのは衝撃で激しく荒れ、燃え盛る炎と黒煙。 一つの爆弾で辺りは一瞬で惨状と化した。

 

「シュトロハイム……」

 

奥からかすれた声が聞こえ、マユミを抱え行ってみるとユウイチがいた。

 

「ユウイチ!」

 

「シュトロハイム、無事か?」

 

「ああ、マユミも大丈夫だ」

 

気絶しているマユミを見て安堵していたユウイチだったがユウイチとミサキは体が巨大な破片が乗っかっていた。

 

「すぐ助ける! ウオオオオオッ!!」

 

マユミをそっと置き、破片を気合いの声と共に持ち上げようとするが少しも持ち上がらない。

 

 

「クソッ!」

 

忌々しげに吐き捨てるが更に不幸が重なる。 屋根が落ちてきたのだ。

 

「なにッ!?」

 

落ちてきた屋根は一部だったが人を押しつぶすには十分な大きさであった。

 

 

マユミは大丈夫な範囲だがユウイチ達はそうもいかない。 シュトロハイムは身を挺して背中で受け止めた。

 

「ヌウゥゥゥゥウ!!」

 

身を挺して防いだのは良かったが屋根の尖った一部の破片がシュトロハイムの肩にズブッと刺さった。

 

「シュトロハイム!」

 

「だ、大丈夫かユウイチ……今助けるぞ…!!」

 

笑顔で背中の破片をどけたがここで体の異変に気づいた。

 

(左腕が……)

 

左腕は完全に糸でも切れた人形のように無気力にだらんと動かなかった。

 

(マズいぞ……)

 

状況は危険だ。こうしている間にも炎は勢いを増していく。 そしてユウイチ達の上にある破片、両手でも上がらなかったのに片手で上がるわけがない。

 

「なんのこれしき……」

 

ここで諦めるわけにはいかない。 無理でも片手でも何が何でも持ち上げる。 自分を助けて生きるという事を教えてくれた恩人を殺す訳にはいかない。

 

だが無慈悲に、ユウイチ達の動きを封じている破片は上がらなかった。

 

「うう、ユウイチ……」

 

炎がまた勢いを増し、煙が呼吸を邪魔する。

 

(このままでは……)

 

ユウイチは苦しそうにしながら持ち上げようとしているシュトロハイムを見た。 そのすぐ近くには愛娘のマユミ。

 

 

─男は決意する。

 

「シュトロハイム、僕が言うことをよく聞いてくれ……」

 

右腕の力を緩めて、シュトロハイムはユウイチの言葉に耳を傾ける。

 

「マユミを連れて逃げてくれ……僕らは置いて行っていい」

 

「何を言っているユウイチ!」

 

突然何を言っているのか、シュトロハイムには分からなかった。 分かっていたとしても当然受け入れるわけがない。

 

「お前が居なくなったら誰がマユミを守る! お前は父親だろう! これからマユミと家族一緒に過ごすのではなかったのか!」

 

「ああ、だがこの状況で、マユミを助けれる人間はお前しかいないんだ」

 

 

シュトロハイムは頭を抱える。 膝をつき、悲しむように。

 

「それに急がなければ、家のガスタンクが爆発する……家から出なければみんなの命はない……」

 

ガスタンク爆発を危惧したユウイチの判断、それはシュトロハイムにとって悪魔の選択。

 

 

「やめろ、止めてくれ! 私にまた人を殺させるのか!?」

 

「お前は殺さないよ……救うんだ、マユミを」

 

炎により部屋は崩壊を始める。

 

「マユミはまだ五歳だ。 ここで死んだらダメだ。 死ねばそこまでだけど、生きていれば未来はある! マユミが……」

 

身を焼く激痛に耐えながら左腕を伸ばす。

 

「マユミの未来をお前が守ってくれないか?」

 

 

神を……ここまで憎んだことはなかった。 そこに神がいたら迷わず殺したい。

 

 

こんな自分に、小さな命と未来を託すというのか。

 

「任せてくれ……ユウイチ…」

 

涙がこぼれ落ちる。 隠すつもりはない。託されたこの思い、守っていかなければならない。 シュトロハイムはユウイチの手を握った。

 

「ありがとう、マユミに笑顔を……」

 

握っていた手を離し、マユミを抱きかかえる。 しかしここで

「お父様? お母様?」

 

マユミは起きてしまった。 マユミは起こっている事態が飲み込めない。

 

「シュトロハイム? なんでお父様とお母様が危ないことに……」

 

 

シュトロハイムは無言だったが焦りがあった。 その間にもマユミはシュトロハイムの手から抜けてユウイチ達に近づこうとする。

 

 

─マユミの未来を守ってくれ

 

「え? 何をするのシュトロハイム……」

 

突如マユミの動きが止まる。 シュトロハイムがマユミの腕をつかんでいた。

 

「熱いし、早く二人を助けないと死んじゃうじゃないの……」

 

だがシュトロハイムは無言で再びマユミを抱きかかえる。

 

たがマユミは 激しく暴れた。

 

「離して! 離して! シュトロハイム、お父様とお母様が……」

 

涙を激しく流し、暴れるマユミを見て、歯ぎしりをする。

 

悔しさと悲しさの思いで、シュトロハイムは外へと走り出した。

 

「お父様─!お母様─!」

 

最後に聞いたのは愛する娘の鳴き声。 ユウイチはシュトロハイムの姿を見て自然と笑みがこぼれた。

 

「頼んだよ……マユミを……」

 

気が付くと隣のミサキが手を握っている事に気付いた。

 

「ミサキ……すまない」

 

「ユウイチさん、私達は夫婦。 どこまでも一緒にいるわ、でも……」

 

ミサキは少し残念そうな顔した。

 

「マユミの色んな姿を見れないのは残念ね……」

 

「学校に行く姿、部活の姿、卒業式、そして……花嫁姿」

 

最後のはユウイチも顔を沈めた。 だがミサキは手を強く握る。

 

「でもシュトロハイムなら……」

 

「ああ、そうだな……」

 

二人はお互いに手を握ったまま離さなかった……永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後すぐに、爆発が起こった。 シュトロハイムとマユミは衝撃に吹き飛び、前のめりに倒れ込む。

 

「お父様、お母様……う、うぅ……」

 

起き上がったマユミはすぐ家へと戻ろうとするが家の惨状を見て、足が止まった。

 

「マユミ……」

 

「どうして……」

 

俯くシュトロハイムにマユミが呟いた。 そして振り返り

 

「どうして約束守ってくれなかったの!?」

 

 

─お父様とお母様を守ってあげてね。

 

「………」

 

マユミから向けられた瞳は怒りと悲しみだった。 睨みつけられたシュトロハイムは無言になる。

 

「どうして……どうしてよぉ……」

 

睨んでいた瞳は顔を俯かせて見えなくなり、蚊のなくような小さい声で地面の草を握りしめた。

 

「マユミ、ここにいろ」

 

そう命じたシュトロハイムは真剣な顔で林の中へと走って行った。

 

「うぅ…ぐす…うぁ……」

 

マユミは一人、草を握りしめたままだった。

 

 

 

 

 

 

茂みの奥、三人の男が歩いていた。

 

「ええ、はい。 任務は完了しました。 これより帰投します」

 

男が無線を終えた。 この三人は先ほどの爆弾を届けた張本人。

 

「おい急ぐぞ……」

 

「「了解」」

 

 

リーダー格の言葉に反応すると三人は足を早めた。

 

 

辺りは薄暗く、木々にはカラスが何羽も止まっていた。

まるでこれから何かが起こるのを見守るように……

カラスが一声泣いた時、それは起こった。

 

「貴様、何者だ」

 

三人の目の前に一人の巨漢が立ちはだかった。

肩には破片が刺さり、右手にはナイフが、口にもナイフがくわえられていた。

 

「誰だ!」

 

遠くから見ても感じられる、殺気。 赤い眼光は狩人の目だ。

それはシュトロハイムに違いはなかった。

 

 

ナイフを構え、脚に力を込め、一気に駆ける。

男達も銃を構え向かってくるシュトロハイムに発砲した。

カラスが、木々に止まっていた鳥達が一斉に飛びだった。

 

 

 

 

─マユミの未来を守ってくれ

 

 

(ああ、守ってやるとも……)

 

 

身を貫いた弾丸の傷の痛みに耐えながらシュトロハイムはマユミの元にたどり着いた。

 

「私がアナタをお守りします。 例えこの身が砕け、死することがあっても……」

 

マユミは俯かせていた顔を上げ、涙を拭う。 目は赤かったがその瞳は敵を見る目だった。

自分自身に向けられている敵意だとしてもシュトロハイムはひるむこともなかった。

 

 

(どんなに嫌われてもいい……アナタの側に居続けたい。 そしていつか……)

 

 

 

 

─いつかあなたにまた笑顔を……


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