ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

148 / 148
最終章を始めることが出来ることを嬉しく思います、とともに今まで待たせてしまって申し訳ないと言わざるを得ない。


最終章~call my name~
第144話~ミコノスにて、メイドさんは夢を見る~


 空があった。

 夜の空で、星が瞬く、漆黒の中に美しさを孕んだ空だ。

 散りばめられた宝石の如く輝く星、海面に映る月。

 

 夜風で揺れる波、さざめく音は耳に届けば聞いていて心地が良いものだ。

 

 

「これが夜のエーゲ海……素敵ですねぇ」

 

 

 窓辺に佇んだ少女、マリアが撫でる潮風に揺れる髪を抑えながら夜景を見てふと呟く。

 仕事着であるメイド服から離れた白のワンピース姿の彼女は今は仕事を忘れバカンスの真っ最中だ。

 

 

「ええ、ミコノスについたら俺も一度は拝んでみたかったんですよ。エーゲ海の夜景ってのをね」

 

 

 そのすぐ傍でアンティーク椅子に腰かけた善立テルの姿がある。

 三千院家の執事として、ゴールデンウィークを満喫するに至った彼もまたマリアたちと同じくバカンスを過ごしている身だ。

 片手に持っていた酒……ではなく、オレンジジュースを人啜りして椅子から立ち上がったテルは窓辺に移動し、マリアと並んでエーゲ海を眺める。

 

 

 男女がいて、二人きりのコテージ。

 そして彩るような夜景、つまるところイイ感じの雰囲気。

 

 

「ふふ、ゴールデンウィークの旅行の最終日にとてもイイものが見れた気がしますよ。ありがとうね、テル君」

 

「喜んでもらえたなら……良かった」

 

 

 やんわりとした、夜なのに太陽を感じさせる笑みを浮かべてマリアは言う。

 事実、この場所で『二人で会おう』と約束をして集ったマリアはテルがこういった(・・・・・)事を提案してきたことに少なからずとも動揺はしている。

 

 一年中死んだ魚のような目をしていて、仕事のうだつの上がらなさや料理が壊滅的に下手な部分をもち、自身よりも他者を気にかけすぎてしまうあまりに、他者からの好意に全く気付きもしない彼が一体どういう風の吹き回しなのか。

 心臓はトクン、トクンと静かにだが一オクターブほど高い音を刻み、傍らに立つテルの顔を見ようとし、ふと視線が合ったために気恥ずかしさからマリアは目を伏せる。

 

 

 身長がテルの方が高いために見上げ、一瞬だけ見ることが出来たテルの目は真っすぐに静かに揺れる海を眺めていた。

 どこか遠くを見るようにしていて、ワザとこちらを見ないようしていることにマリアは気付きつつも、いつものようにテルの事を茶化せないでいた。

 

 

 『夜で二人きり』という空間がそういった余計な事を挟むことは無粋だと言わんばかりに二人の間にはただ時間が流れ、波の音だけが聞こえている。

 無言ではあるものの、マリアはその空間に居心地の良さを感じる。

 一種の照れがあり、緊張していないと言えば嘘になるがマリアは、自身が惹かれた少年の隣で同じ瞬間(とき)を過ごせることが堪らなく幸せだった。

 

 

「マリアさん……」

 

 

 このまま世界の時間がとまってくれればいいのに、と内心で思うマリア。

 だからだろうか、テルが唐突に口を開いた事にマリアは不安を抱く。

 彼の事だから『そろそろ時間が……』、『俺腹減ったんで会場戻ってタンドリーチキン食ってきますね』とか彼自身が作り出したナイス素敵な空間をブレイクする事など朝飯前。

 このまま幸せなひと時が終わってしまう事を予感したマリアだったが、テルが身体をスッと寄せてきたことに思考を一時中断した、否、中段せざるを得なかった。

 

 

「え……テル君?」

 

 

 互いの両肩が触れる程に密着し、マリアの反対側の肩に回されたテルの手はそのまま身体ごと抱き寄せていた。

 男の胸板に触れた感触は少しだけごつごつしていて、普段から鍛えているのだろうか全体的に筋肉質なのだということを初めて知った。

 

 

「俺……この旅行でずっと言おうとしていた事があって」

 

「え?て、テル君、ちょ、と……え?え?え?え?え?え?」

 

 

 向かい合うように抱きしめられたマリアとテルの距離が必然と近くなる。

 力強くも、相手を労るような優しい抱擁ではあるが、たいしてマリアは脳内と実際に口にする言葉からに途轍もなくテンパっていた。

 

 普段マリアが知っているテルからは想像もつかないような凛とした顔。

 彼が真に成すべきことを決めた時、覚悟を決めた時にそういった顔をすることはあるが、それが自身に向けられた事など今までなかった。

 

 

「俺……マリアさんの事が」

 

「ふぁ……」

 

 

 今までなかったからこそ、普段の彼を知るギャップがあるからこそ、マリアはテルのことを本能的に『かっこいい』と思ってしまう。

 目をぱちぱちと数度見開くマリアの胸は跳ねるように躍動し、顔は熱を持ったかのようにぼーっとする。

 『今日は絶対に帰さない』、みたいなセリフを吐くガラではないにしろ、そんなクールさを帯びたテルに見つめられたマリアは自分がもう逃げられないという事を悟る。

 

 

 

 徐々に近づいていく二人の顔。吐息が顔に架かる距離。

 少年が自身を求める行為を必死に受け入れようとして幸福感を得ながら、マリアは瞳を閉じて、待つ。

 そして互いの艶めしい唇が触れようとして―――――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 室内に眠りこけていたマリアは外から響く音と振動で目を覚ました。

 窓際から見えるのは空港の滑走路。

 徐々に近づいていく空港の景色が、マリアたちを乗せた自家用ジェット機がミコノス島に到着したことを知らせている。

 

 

 

「あ、マリアさんおはようございます。ミコノス島につきましたよ!」

 

 

 アロハシャツを着ている綾崎ハヤテがそう告げる。

 初めての海外旅行ということもあってか、かなりウキウキ気分であった。

 隣ではアイマスクを被った三千院ナギが未だに座席シートの上で眠っていた。

 

 

 室内を見回したマリアは携帯の画面を見て、時間を確認する。

 少しだけ汗ばんだ額を拭って傍に置いていた飲みかけのオレンジジュースを飲み干す。

 おしとやかなメイドたれと心に刻んでいた彼女からは想像もつかない所作のあとで、一息ついて心の中で呟く。

 

 

(夢オチって最悪の文化だと思いません?)

 

 

「あれ?マリアさん、どうしたんです? 顔が赤いですよ……もしかして熱、とか?」

 

「ち、違います!断じて!夢に現を抜かしてたとか!"なんて素敵"とかロマンティックを感じていたわけでもなく―――――こ、コホン。

 

 わ、私は大丈夫ですのでハヤテ君はナギを抱えて先に降りて行ってください。私はテル君を起こしてから行きます」

 

「え?え、はい、分かりました……それじゃあテルさんの事、よろしくお願いします」

 

「ええ、おまかせを」

 

(よし、なんとか体裁は保った……!)

 

 

 一体なんの体裁なのかは分からないが、マリアにとっては大事なモノなのだろう。

 ハヤテがナギを抱きかかえて機内から降りていくのを見て、マリアは立ち上がると前の方の席で未だに目を覚まさず大きなイビキを掻いて眠っている少年の元へ。

 

 

 

「ぐぉ……ぉぉぉ……」

 

 

「……」

 

 

 先まで夢に出ていた少年、善立テルがシートにふんぞり返ったままだ。ナギと色違いのアイマスクをし、今回の旅行の為に仕入れたのだという耳栓をしている。

 完全に眠ることに特化した形態と言ったところだろうか。実際に三千院家の自家用機がミコノスに降りるまでの衝撃や轟音を気にすることなく爆睡しているところを見るとかなり充実した睡眠をとることが出来ているようである。

 

 

(な、なぜ私はこの人を……)

 

 

 好きになってしまったのだろう、と。

 マリアは注意していなければ思わず口にしていたであろう想いを必死に胸の内に留めた。

 

 

 意識し始めたのは……多分ホワイトデー辺りからだろうか。

 使用人同士で彼から初めて日頃のお礼としてチョコを贈られて嬉しくなり、来年は必ず返そうという約束をした。

 

 

 『割とマジで期待してます』と言った少年の笑顔をマリアはよく覚えている。

 

 

 日々の仕事の中では大きな成果を上げられないテル。主人からの怒りを大きく買い、執事としては相応しくないとも言われる。

 だが、そう罵られる裏でテルが必死に努力しようていたことも知っている。マリアの家庭菜園の手入れを手伝ったり、夜は密かにキッチンで料理の研究を行っていた。その度に劇物級の新作メニューが生まれ不評を買っていたが。 

 

 

 そして彼は仕事という括りを抜きにしてみるととてもコミュニケーション能力が高い。

 男子生徒、女子生徒からの人としての評価はそれなりにあり、身体を張ったクラスの盛り上げ役ということもあってか男女問わずそれなりの評価があった。

 

 

 ハヤテやナギの話を聞くには、

 

 『馬鹿だなぁお前は』と言われても『嫌な奴』と言われたことがなく。

 『うるさい奴だよなぁ』と言われても『まぁ楽しいからいっか』と皆が納得してしまう人と言う。

 白皇学院でテルはそういう位置づけにいるらしい。

 

 

 つい最近はヒナギクの事を『まな板だよ、すっごいまな板だよコレ!』と家庭科の調理実習でネタをやっていたら当人から激しい怒りを買い、チョークスリーパーのダイレクトアタックを受けていた光景が話題を呼び、白皇学院内で生徒会長・桂ヒナギクのプロレス講座という記事まで発展して全校生徒を笑わせたほどだ。

 

 

 他にも爆笑を誘って話題になった出来事があったらしい。

 校舎内で缶蹴り大会とか。

 女子生徒をゴミ箱に入って追跡していたりとか。

 高尾山ではクマと戦って生還したとか。

 

 

 話題に尽きない男だと、マリアは思う。

 同時に、自分が白皇学院で学校生活を送っていた当時にテルのような少年がいてくれたら、と思う。

 

 

 だって絶対に楽しいから。

 白皇で勉学漬けになって生徒会長をするよりも、彼のようなハチャメチャで賑やかな存在がすぐ傍に居てくれたら退屈しないだろうから。

 そして何より使用人同士ではなく、もっと近い『学生』として立場でテルと接することが出来るから。

 

 

 

 

「ふふ……楽しそうですね。 想像したら尚のこと……」

 

 

 

 生徒会長のマリアがだらしないテルを戒める。テルがそれに反抗して見せる。

 授業で分からないところがあったら放課後の時間を使ってでも面倒を見てあげる。

 やる気も無さげに取り組むけど勉強の甲斐あってなんとか点が取れるようになって。

 なんやかんやで下校するタイミングが一緒になって、次第にそれが当たり前になっていく。

 周りが『バカップルだ』の囃し立てたせいで少しだけ疎遠になって、でもすぐに元の関係になるけど互いに『特別』な想いを抱き始めて。

 

 

 そんなあったかもしれない(・・・・・・・・)学生生活を想像して瞬時にマリアは顔を赤らめた。

 三千院家のメイド長として浮ついた気持ちが多くなってきた気がする。

 こんな事ではだめだ。いかに仕事とは一切離れた旅行だとしても従者なのだということを自覚しなければ。

 

 

「ほーらテル君、ミコノス島につきましたよー」

 

「んぅ、ぅう……お」

 

 

 若干ズレていたアイマスクを取るとテルの眠りに耽る顔が現れる。

 口を開き、目元がヒクヒクと引きつっている。これだけ目の前でマリアが声を掛けているのに目覚めないといのは凄まじい睡眠力であった。

 この男ならばハイジャックされたり、爆発事故が起きても気づかないまま眠ることが出来るのでは?とマリアは感心し、呆れてしまう。

 

 

「早く起きませんと、ハヤテ君たちも待ってますし―――――――へ?」

 

 

 次の瞬間、頬を抓ろうとして伸びた腕がテルの手に掴まれた。

 そのままぐいっと引き寄せられたマリアは上体だけが前のめりになり、テルとの顔がすぐ真横までに近づく。

 

 

「ちょ、ちょっとテル君!?」

 

(なになになにこれ!?え?テル君まさか起きてるの!?)

 

 

 テルの寝息が間近で聞こえる、それほどに接近した距離。

 さきほどまで打って変わった『すー、すー……』という寝息がマリアの耳に響くとなんとも言えない感覚がある。

 

 

 

「ぐぅ……んぉ……」

 

 

 当の本人テルは寝ている。寝相が悪いというのは初めて知ったマリアである。

 どこのTo Loveるな展開だと内心で突っ込んだマリアだが、自然と顔を真横に向けたテルに焦りを覚えた。

 

 

(ちかいちかいちかいちかい――――――――っ!!)

 

 

 顔同士が向き合い、無防備な少年の顔が露になる。

 これでもまだ起きないのであれば、マリアは『このまま何かしても気づかずにやり過ごせるのではと』思ってしまう。

 

 

(こ、これは……チャンスなのでは?)

 

 

 マリアが望むのは先ほどの夢の続き。

 今なら誰もいない故に、その続きを自身で描くことが出来るのはマリアの一存だ。

 しかし、自身の理性が寸でのところで冷静さを取り戻そうとする。

 

 

(い、いいえ! 最初がこんな形だなんてダメですよ! ちゃんとロマンチックなところで……あ、でも相手が寝ているのであればノーカン、ノーカンだって誰か言ってましたし……)

 

 

 天使の顔をした悪魔と悪魔がマリアに行動せよと囁いている。

 素直になれよ、と言う二人の内なるマリアはいずれも『ここで止める』という説得をしようとは考えても居なかったらしい。

 マリアは周囲を見渡して、再度誰も来ないであろうことを確認した。

 

 

「て、テル君が悪いんですよ……」

 

 

 どこかのピンク髪の魔法少女が呟きそうで呟かなさそうなセリフを口にする。

 少年が悪いのだ。出番が少ないからフラグもべきべきにへし折ろうとしてくるくせにこうした時だけ強引にフラグを建築しようとしてくる。

 そんな少年にドキッと心惹かれてしまうのは事実。だが、メイド長としてのプライドが簡単に屈する事を拒んでいた。仕事関係などを含めた立場では自身が上なのだという事を少年に教えてあげる必要がある。

 これはおしおきだ。メイドによる教育的指導なのだ。

 

 

 

 という、聡明なマリアの割には強引な建前を用意して彼女は行動する。

 心臓をバクバクと鳴らしながらも頬を染めては、無防備な少年の顔に自らの顔を近づけようとして―――――――、

 

 

 

 

 

 

 

「マリアさーん、テルさーんお嬢様が早く来て欲しいって言ってますよ……ってマリアさん?」

 

 

 先に降りたハヤテが二人を心配し、機内に戻ってきた矢先に彼が見た光景とは。

 

 

 

 

「い゛でででででっ!!ま゛ま゛マ゛リ゛ア゛ざん゛い゛だい゛い゛だい゛ぃぃぃい!!

 口ッ、口割れるッ!!四つに割れちゃうッ!!!」

 

 

「てーるーくーん!はーやーく起きないと寄生獣みたく顔がパカってなっちゃいますよー?」

 

 

「お゛起きてる!起きてるから!だからプライヤー握る力を緩めて!このままじゃノリマキせんべぇみたいな顔になっちゃうからストップストップッッ!!」

 

 

 テルの口に二つのプライヤー工具を突っ込んで両の口端を摘まんだまま左右対称に引っ張るマリアとそれを受けて悶絶するテルの姿であった。

 

 

 笑顔でテルの口を拡張させようと努めるマリアはまるで中世の拷問官を思わせる。

 えぇ……と口からそんな言葉を漏らしたハヤテはテルがまた、何かしらやらかしたのだろうと推測した。

 

 

「じゃあさっきまでの事、テル君は覚えています?」

 

「え、さっきまでの事って……一体…」

 

「はい、もうワンセット」

 

「理不尽ッ! つーかセット制なのコレ……いだだだだだだぁッ!!!」

 

 

 テルの絶叫がミコノスの空に木霊した。

 マリアの行動をハヤテの寸での声掛けによって遮られたことがこの光景を生み出してしまったことなどテルとハヤテが気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物語は始まる。

 世界は流転する。

 流転する世界と同様に運命もまた流転する。

 少年の『想い』によって、少女の『選択』によって。

 

 

 ここは少年少女たちの織りなした物語の終着地点。

 または未来を手に掴むための出発地点とも言えよう。

 

 

 苦難の道を歩む少年を、少女は待ち続ける。

 

 

 魔法の言葉はcall my name(名前を呼んで)

 辛い時、迷った時、助けて欲しい時に呟き、叫べば―――――あなたを救う風がきっと起きる。

 これから始まるのはそんな物語だ。

 

 

 

 




マリアさんががっつりヒロイン説。
畑健次郎さんの次作、『トニカクカワイイ』もなかなかのラヴコメぞ。あれはいいぞ。

ハヤテの原作また読み返してるぞ。なかなか大変だぞ。
それではまた来年の夏にでも(おい)。

書き溜めて、一気に投稿してみたいけど他の作品もあるので許して……許して……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。